伊織「紅葉」(29)


「綺麗ね」

大窓から外を見やる、木々が紅く色づき、遠くの山々も紅葉で鮮やかに化粧されていた。
その景観を隣に立つ美希と眺めている

「そうだね、みんな真っ赤なの」

美希の隣に立ちながら、横目で美希の方へ視線を動かす。
目を輝かせながら、美希はその景色を見ていた。


「デコちゃんが急に旅行に行こうなんて言い出した時はビックリしたけど

 こんなに綺麗な景色が見られて嬉しいって思うな」

その言葉通り嬉しそうにしている美希は窓の外を眺めながらその場でぴょこぴょこ飛び跳ね、喜びを全身で表している。

「さ、そろそろお風呂に入りましょう」


名残惜しいが大窓から移動して風呂場――――と言っても客室露天風呂だが移動する。
脱衣所でお互い衣服を脱ぐ、同い年なのに美希とは身体的に違いがかなりある。
肌も白く、出る所は出て引っ込む所は引っ込んだメリハリの利いた身体。
……悔しくなんて無い。

服を脱いだ美希が勢い良く扉を開けて露天風呂へと入っていく。
私しかいないからか、身体を隠すこともしていない。

「広~い! でこちゃん、露天風呂おっきいよ!」

身体はいくら大人のそれであっても、中身は歳相応の少女である美希は、恐らく始めてであろう客室露天にそれこそ歳相応にはしゃいでいる。

「でこちゃん、はやく~!」

扉越しに私を急かしてきた。
軽くため息を吐き、美希に倣って身体を隠さず露天風呂へと向かう。


竹垣に左右と天井を囲まれ、正面は鮮やかな紅葉に彩られた山々を望む広々とした空間。
その中央に檜風呂が鎮座していた。

既にその縁に座って山々を眺めている美希。

「綺麗だね~」

視線は紅葉から動かさず、背後の私に同意を求めてきた。

「…」

遠くの山の紅と、近くにある美希の白い肌のコントラストに目を奪われ、返事をすることが出来なかった。
返事がなかった事を訝しみ、そこで美希はやっと私の方へ顔を向ける。


「でこちゃん?」

声をかけられてはっと我に返り、そうねと短く同意すると、美希の隣に腰掛けた。

どちらからともなく縁から湯船の中に入り、暖まりながら景観を眺める。
そこに会話はなく、ただ静寂だけが私達を包んでいた。

ちらりと横を盗み見るとそれに気づいた美希と目が合う。
美希は、私の目を見ながらふわりと微笑んだ。
真っ赤な紅葉の風景から、ぱっちりとした薄黄緑の瞳に釘付けになる。


――――無言。

しかし徐々にその薄黄緑の瞳へとまるで吸い込まれるように近づいていき、瞼が閉じられたことによって瞳が見えなくなったあと、私は自分の唇を美希の唇に重ねていた。
ドラマや映画で見るような、貪るような口づけではなく、ただ、お互いを確かめるような。
そんな甘い口付けを交わす。

「んっ…………はぁ……どしたの、でこちゃん?」

キスをされた事自体を気にしている訳ではなく、へらへらと緩んだ笑顔を浮かべていた。

「別に。大した理由はないわ」

悪びれること無くそう言い放つ。


「もう慣れてるでしょ?」

そう、美希とこういう間柄になってもう数ヶ月。
大体は私が受け手に回ることが多いが、たまにこうして自分からする事もある。
その度に美希はニヘラとだらしない笑顔を浮かべてはどうしたのと聞いてくる。

「デコちゃんはあまえんぼさんなの」

湯船の縁に寄りかかっていた私を無理矢理膝の上に乗せ、後ろから抱きしめてくる。
背中に柔らかな弾力を感じるが、悔しくなんて無い。


「でーこちゃんっ」

美希の膝の上に乗っているせいで、耳元に美希の口が来る。
それを分かっているのかささやき声で名前を呼ばれた。
息が耳にかかるのがくすぐったい。

軽く首を後ろに回すと、今度は美希からのキス。
抱きかかえられたままされるキスは、とても気分が落ち着く。
身体が徐々に熱くなってきたのは、湯船に浸かっているからだろうか。
逆上せる前に上がろう。


「……ぷぁ……そろそろ上がらない? 逆上せそうだわ」

唇が離れ、顔を外に向けると同時に提案する。
提案を聞き入れてくれた美希は、しばらくするとその腕から開放してくれた。

露天風呂を後にしてタオルで身体を拭く。
部屋に備え付けられた浴衣に袖を通して帯を締める、それだけで、旅行に来たんだなと実感できた。


湯冷めしないよう半纏を羽織り、旅館の中庭を散歩する。
遠くの山々の様に、庭の木々も紅葉が紅く色づいており、枝から落ちた葉が石畳をも染めていた。
売店でお茶を買い、ベンチに座って中庭の木々を眺める。
しん、と静まり返った空間には私と美希だけ。
穏やかな時間が流れ、やはり会話は無く、気が付くと日も大分傾いていた。

部屋に戻るとすぐに食事の用意が始まり、地産の食材に舌鼓を打つ。
少し無茶を言って、白米をおにぎりにしてもらった。
それを見た美希は山々の景観を眺めていた時よりも目を輝かせている。

花より団子だ。


食事が終わり、布団の準備もしてもらい、豆球だけ付いた薄暗い空間の中で、美希と二人並んで寝転んでいる。
外から聞こえる虫の声。
もうすっかり秋なのだと妙な感慨深さがある。
虫達の歌声に耳を傾けながら目を閉じかけたその時。

「でこちゃん」

突然隣の美希から声をかけられた。
もぞもぞと身体を動かして見やる。
美希はこちらを見ながら

「何かあった?」

と、訪ねてきた。
薄暗いため、どんな表情なのかは伺えない。


「こんな風に急に旅行に行こうなんてでこちゃんらしくないの」

隣の布団にいた美希が、私の布団に潜り込んで来る。

「ちょ、ちょっと……!」

苦情を言おうとしたが、美希は意に介さず、その瞳はじっと私を見つめていた。

「ねぇでこちゃん。教えて? 何かあったの?」

離れていた時には気付かなかったが、美希の瞳には私を心配しているといった気配が込められている。


「別に、何も無いわよ……」

嘘だった。
美希の感じていることは恐らく正しい。

「隠さないでよ」

美希は確信を持って問い詰めている。

「何でもないって言ってるでしょ!」

その口を塞ぐため、強引に唇を奪う。
露天風呂で交わした優しいキスではなく、ただ貪るだけの荒々しいものだった。


「んっ!?……で、こ……ちゃ……っ」

突然普段と違うキスをされた事に驚いたのか、美希は身を捩って抵抗している。
引き剥がそうとする腕を掴み、美希の身体の上にまたがってマウントポジションを取った。

「ぷぁ……っ怖いよ、でこちゃん……」

景色を見ながら感動で輝かせていた瞳が。
おにぎりを食べながら喜びで輝いていた瞳が。
今は恐怖と不安に塗りつぶされている。

「こんなの、いつものでこちゃんじゃないの……」

その一言が、妙に私の心をざわつかせた。


「いつもの私って何よ……!」

馬乗りになったまま、声を荒らげ、美希を見下ろしている。

「猫被ってる私? 水瀬の家に縛られてる私? あんたといる時の私?」

美希は突然の事に驚いた表情を見せたが、すぐに私の目をじっと見据えた。

「でこちゃんはでこちゃんなの」

意味がわからなかった。


「どんなでこちゃんも、でこちゃんなの

 だけど、今のでこちゃんはミキの好きなでこちゃんじゃないって思うな」

分からないが、美希の目は真剣そのもので、思わず怯んでしまう。
そのせいで掴んでいた腕を振りほどかれ、逆に押し倒されてしまった。

「お願い、何があったのか話して? ミキが力になれるかは分かんないけど

 話を聞いてあげることくらいならできるから」

こういう時、自分が力になると言い切らないのが美希のいい所だと思う。
力になれるかは話を聞いてから判断する、無責任に言い切ったりはしないのだ。


私が美希を誘って旅行に来た理由。
それはなんて事のない、けれど私にとっては重大な事だった。

「――――やっぱ水瀬のお嬢さんは違うね」

収録終わりのスタジオで耳に入ったスタッフの一言。
恐らくはただの戯言だったのだと思う、しかしその言葉が私の中で膨れ上がり、そうして私は美希を引き連れてここに逃げてきた。
単純に、疲れてしまったのだ。

アイドルとしての私は、水瀬の力に頼ったことは無い。
そうすることで、水瀬財閥の水瀬伊織ではなくただ一人のアイドルとして兄や父に認めて貰いたかったから。
しかし、どれだけ私が自分の家を拒んだとしても、周囲は私をそうは見てくれない。
これまで私が意地を張ってやってきたことは何だったのか。


話し終えた私の頬には、いつの間にか涙が何度も通った跡ができている。
美希はじっと私の目を見ながら、ただ黙ってそれを聞いていた。

「そっか……」

聞き終えた美希は一言そう呟くと、私を抱きしめた。

「ミキにはでこちゃんの辛さは分からないの

 でもね、疲れたら今みたいにお休みすればいいし、それは悪いことなんかじゃないの」

努めて優しく語りかけてくれている。

「ミキなんて事務所にいたらすぐお休みしちゃうもん」

なんて冗談を笑いながら言うものだから、釣られて私も笑ってしまった。


「でもね、さっきみたいに乱暴なのは良くないって思うな」

カッとなって強引にした事に対して今度は不満を溢した。
すぐ横でころころと表情が変わるのが見えていなくても分かる。
ここは素直に謝っておいた方がいいだろう。

「悪かったわよ……」

謝ると美希はすぐに笑い声を漏らし、あっさりと許してくれた。


「分かればいいの」

そう言うと美希は腕の力を緩め、横にあった頭を私の目の前に移動させた。
目の前にやってきた美希は、すぐに目を閉じ、心なしか唇も前に突きだしている。
お詫びにいつもの様にしてくれということらしい。

「……んっ」

ここで拗ねられても面倒なのでいつも以上に優しく、先端同士を一瞬触れさせ、一度離してからゆっくりと唇を重ねる。
そのまま上体を起こして、今度は私から美希を抱きしめた。
薄布2枚だけしか私達を隔てるものは無く、ほぼ直に美希の温もりを感じられる。
風呂とは逆に、美希を私の膝の上に載せた形だ。


「ぷぁ……ふふっ……いつもよりやさしいの」

至近距離で見る美希の表情は、とろんと蕩けており、薄黄緑の瞳は潤み、艶っぽさを滲ませていた。

「ねぇ、でこちゃん……」

甘えたようで切なさを含ませた声を上げ、何かをおねだりするような、そんな表情を見せている。

「ミキ、ミキね……、キスだけじゃ…………や」

上目遣いでこちらに訴えてくる美希。


「や……って言われても……」

どんなに大人びていても、私達はまだ子供だ。
キスのその先など、分からないし、ましてや同性同士でならなおさら知る由もない。
しかし目の前で切なげにしている美希を見て、劣情を催さない訳でもない。
今最大限できる事として

「んっ……!」

抱きしめた腕を緩め、片方の腕を美希の浴衣の襟元から滑りこませる。
温もりと一緒に柔らかい感触が手のひらに伝わってきた。


始めて触れたその柔らかさに驚く。
鼓動が高まり、頭がクラクラとしてきた。
ただ、胸に触れているだけなのに、かなり気分が高揚しているのが分かる。
しかし、触れられている美希の鼓動も、相当早くなっていた。
お互いにかなり興奮している。

「で、こちゃ……んっ」

触れながら再び美希と唇を重ねる。
優しく出来るほど余裕はなく、執拗に唇を食む。
しかし、やはりというべきか美希にも余裕が無いらしく、同じように私の唇を貪っている。


開いた唇の割れ目に舌を滑り込ませ、舌同士を絡ませ、吸い、歯の裏をなぞり、口内を蹂躙する。
涎のぴちゃぴちゃとした水音が響き渡り、その音が余計に興奮を煽り立てた。

全体を揉みしだいていた手を先端部へと移動させる。

「~~~~~~~~ッ!!?」

その瞬間、身体をがくがくと痙攣させて、美希はぐったりとしてしまった。

「え、ちょ、だ、大丈夫!?」

はぁはぁと息を荒げ、焦点の合っていない目で天井を見上げている美希。


「あ……は……はぁーっ……はっ……ぁっ」

時折身体をびくりと震わせている。

「あ、は……目がちかちかするの……」

ひょっとしてこれは良くない状態なのではないだろうか。
不安になり、美希に声をかける。

「ちょ、ちょっと美希、大丈夫なの!?」

頬を優しく叩きながら声をかけると、虚ろだった瞳の焦点が私に合った。
すぐに嬉しそうな表情に変わり、そのまま背中に腕を回してもたれるように抱きしめてくる。


「んふふ、ミキね、でこちゃんに触られたら頭がふわふわ~ってして、真っ白になって、ちかちかってなったの」

抽象的すぎていまいち美希に起こった事態が飲み込めない。
それでも美希は嬉しそうにしていた。

「でもね、全然嫌じゃなくて。むしろ、その…………気持よかったの……」

照れくさいのか、言葉尻が小さくなっていったがどうやら美希は気持ちよかったらしい。
良くない状態では無かったらしくひと安心したが、焦った事でそういう気分はどこかへと消え、また美希自身も先ほどので満足したらしく抱き合ったまま眠りについた。


翌朝、目が覚めた私は隣で眠る美希の幸せそうな寝顔を見ながら、悩んでいた事が薄れていることに気がついた。
正確に言えば悩んでいるのが馬鹿らしくなったのだが。
しかし、美希のお陰といえばお陰なので、やはり美希を誘って良かったといえる。

「幸せそうに寝ちゃって。……ありがとね、美希」

眠る美希の頬に軽い口づけ。
昨夜の余波なのか、美希の頬は紅葉のように紅く染まっていた。
しかし起きる気配は無く、まだ時間にも余裕があるのでこのまま二度寝してしまおう。
美希をもう一度抱きしめ、幸せな気持ちと共に微睡みに沈んでいくのだった。

「……どういたしましてなの、でこちゃん」

意識が朦朧とする中、唇に暖かく柔らかいものが触れたような気がしたが、確かめる気も起きずそのまま意識は途切れた。




おしまい

終わりです。
ちょっとライトな百合を書きたかったんです。

少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。

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