比叡「司令との関係ですか?」提督「えーっと…仮面夫婦かな?」 (197)


比叡「…」

提督「…」

比叡「…暇ですね」

提督「暇じゃない。働け」

比叡「えぇー」

提督「えぇー、じゃない。今のお前は秘書艦だろうに」

比叡「私が居ても居なくても、報告書の作成に支障はありませんし」

提督「…そうだろうか?」

比叡「他の皆も言ってますよ。秘書艦なのに書類を扱わないでいるのは変だって」

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提督「かといって、全てを秘書艦に任せる訳にもいくまい」

比叡「司令は加減が出来てないんですよ。ご自分に出来ることは全部こなそうとして…」

比叡「私達はそれで楽が出来ますが、それでは誰も秘書仕事の経験を積めませんし」

提督「頭じゃ分かっているのだが、これは性分でね」

比叡「…それならいいんですけど」

提督「何だ?」

比叡「いえ…恐れながら申し上げると、司令は前線指揮を取れないことに不満を感じて」

提督「感じてない」

比叡「…そこで言葉を遮られると、かえって不安になるんですが」

提督「…気のせいだ」

比叡「なら、私の武装を見ないで言って下さい」

比叡「どうせまた『俺にもこういうものを扱える力があればなあ…』とか思っていたんでしょう?」

提督「……」


提督「…なあ比叡」

比叡「ダメですよ。もし司令に何かあれば、この鎮守府は解体されてしまうんですから」

提督「それはそうだが…しかし」

比叡「だってもへちまもありません。あなたは司令で、艦隊を指揮する立場にあります」

比叡「そして、その意向をあなたに代わって遂行するのが私達艦娘です」

提督「…要するに、互いの領分を侵すなと」

比叡「そのように受け取ってもらえれば、幸いです」


提督「…お前が言うなら仕方ないか」

比叡「分かっていただけて何より」

提督「ならば秘書として、書類仕事を手伝って貰おう」

比叡「…それは司令の領分ですので」

提督「貴様の領分でもある」

比叡「…」

提督「…」

比叡「…もしもここに襲撃があれば、私は司令を守らなくてはいけません」

比叡「いわば護衛任務です。決して、秘書艦としての仕事をサボっている訳では」

提督「なら何故寝ていることが多いのだ?」

比叡「そ、それはですね…」

提督「貴様が寝ていれば、有事の際に私が危険な目に遭っても守れない訳だが…」

比叡「ご…ごもっともで」

提督「秘書仕事の経験を積ませないのは問題だと、貴様自身も言っていただろうが」

比叡「は、はい…」

提督「つまりはそういうことだ。経験を積めば書類仕事は早く終わるし、その分の労力は他に回せる」

提督「…やってくれるな?」

比叡「よ、喜んで…」


  ○

比叡「終わったぁ…」

提督「ご苦労さん。ほら、これでも食って元気出してくれ」

比叡「…間宮アイスっ!?」

提督「秘書艦担当にはいつもこれを与えている」

比叡「ほ、ホントですかっ!」

提督「お前の居眠りさえ治れば、これを食える頻度が増えなくもない」

比叡「気合!入れて!行きます!」

提督「後はそうだな…カレーの新しいレシピを俺で試さなければ」

比叡「あ、それは勘弁して下さい」


提督「…何故だ」

比叡「一応、司令と私はケッコンカッコカリした間柄です。妻が家事に邁進する手助けをするのが、夫の役目では?」

提督「なら普通のレシピで作れ」

比叡「普通のレシピでも、ちゃんと作ってますから」

提督「いつもそうしろよ!」

比叡「それに…レシピが失敗だった時、その不味さで苦しむのが私一人なのは何だか寂しくて」

提督「え、そんな理由で食べさせてたの!?」

比叡「ひょっとしたら、私の口に合わないだけで他の誰かは違うかもしれないという希望が…」

提督「それは希望じゃなくて願望だ!」


比叡「どこかの料理人も言ってました!新しい事を試して失敗した時にも、料理をする喜びはあると!」

提督「食わされる側はたまったもんじゃないがな!」



金剛「…相変わらずですネー」

榛名「ええ、見せ付けてくれちゃってますね」

霧島「比叡お姉さま…一体何を考えているのかしら」

榛名「お姉さまに自分を意識させるために、提督の側に寄り添うことにしたんじゃないかと」

霧島「ふむ…それは中々に倒錯してますね」

金剛「単に何にも考えてないだけという気もしますけどネー」

榛名「あ、それもありえそうですね」

霧島「体裁としてはあくまでカッコカリだから、気兼ねしなくてもいいと考えた可能性も」

金剛「実際の所、どうなんでしょうネー…」

榛名「どういう意図があるにしても、結構イライラさせられるのは確かですが」



提督「よし分かった。こうなったら俺も一緒にカレーを」

比叡「えー!それだと冒険出来ませんよ!」

提督「せんでいい!」

一旦ここまで
一応、キャラの口調は仕事のオンオフで変わってます

>>1
×書類を扱わないでいるのは変だって→○書類を扱う頻度が低いのは変だって


<食堂>

鳥海「今日のカレー担当は誰だったかしら…」

摩耶「先週はイムヤが担当だったな。具材がえらく豪華で驚いたよ」

鳥海「クルージングがてら捕ってきたって言ってたけど、漁業権とかって一体どうなって…」

摩耶「触れない方がいいと思うぜ」

鳥海「でも気にはなるでしょ?」

摩耶「そりゃあな」

鳥海「お魚とか捕れるのなら、その場で刺身にして食べてみたいし」

摩耶「いいなーそれ。出来ることなら、一枚噛ませてもらいたいぜ」


愛宕「…あらあら、何やら二人で面白そうな話してるじゃない」

摩耶「おう、愛宕姉さん」

鳥海「お疲れ様です」

愛宕「今から食堂?」

鳥海「そうですね。ところで姉さん、今日のカレー担当って誰か知りませんか?」

愛宕「えーっと…確か比叡って聞いたけど」

鳥海「あら、比叡さんですか」

摩耶「お、それなら安心だな!」

愛宕「二人とも嬉しそうねえ…昔はあの子の名を聞いた途端、神妙な顔つきをしていたけど」

鳥海「そう言えばそうですね。何だか感慨深いです」

摩耶「変われば変わるもんだよなー。仮とはいえ、提督とケッコンしてからは特に」

鳥海「姉妹三人のフォローじゃ限界があったからね。ほら、みんなして比叡さんに優しいから」


 ○

提督「…比叡よ」

比叡「何でしょうか、司令」

提督「この際だからはっきり言っておきたいことがある。お前のカレーは」

比叡「マズい、ですよね。知ってますよ」

提督「…正確には、妙なアレンジを加えようとした場合だが」

比叡「気遣わなくても良いんですよ?実際、ああいう真似は身勝手もいい所ですし…」

提督「まあ、褒められたものではないな」

比叡「じゃあ私、これからはレシピ通りに作ることを心がけて…」

提督「一人で出来るのか?金剛たちの助けを借りずに」

比叡「それは…その」


提督「…だから、俺が助けになってやる」

比叡「え…」

提督「お前に悪意がないのは知っている。お前はただ、美味しいカレーを振舞いたかっただけなのだと」

比叡「で、でも司令は私から…私のカレーから逃げて…」

提督「その通りだ。情けない事に、俺はあの場から逃げ出そうとしたんだ」

提督「過去は決して変えられないし、それを言葉で誤魔化そうとも思わない…だが」

ガバッ!

比叡「ひゃっ、し、司令…いきなり何をっ…!」

提督「これからを、未来を変えていくことは出来る。比叡…お前にその意志があるのならば、必ず」

比叡「…私に出来るでしょうか。姉妹に甘えて、現実から目を逸らしていた私に」

提督「やってみせろ!」

比叡「!?」

提督「お前は俺が見込んだ艦娘だ。出来ないなどとは言わさん!」

提督「そして俺も覚悟を決めた。俺はもう、お前の料理から逃げ出したりはしない!」

比叡「しっ、司令…」


 ○

愛宕「…みたいな事が、ケッコンカッコカリの後であったらしいわねぇ」

摩耶「へー、提督の奴も中々やるじゃん」

鳥海「司令官さん…以前に比叡さんのカレーで昏倒したと聞きましたが」

愛宕「今はもう、そんな心配しなくていいって提督は言ってたわよ?」

鳥海「そうですか。それなら安心ですね!」

愛宕「だけど失敗することもあるみたいで…その時は、比叡と二人で不味いカレーを味わうとか」

摩耶「…悲しみや苦しみは共に乗り越え、って奴かな」

鳥海「もし二人して昏倒したら?」

愛宕「それはその…金剛姉妹が助けに来てくれるんじゃないかしら」

摩耶「…迷惑だなー、それ」

今回はここまで
ドラマCDは未聴ですが、アレンジなしなら美味しく作れるらしいですね


 ○


...ガチャッ!


金剛「Good morning!提督ぅー!」

提督「ああ、おはよう」

比叡「おはようございます、お姉さま!」

金剛「!?」

提督「ん?」

金剛「どうかしましたか?」


金剛「…提督。今は何時でしたでしょうか」

提督「一体何事だ」

比叡「お姉さま、話し方が素に戻ってますよー?あ、今は午前6時ですね」

金剛「比叡には聞いてないネー!大体、こんな光景見たら誰だって動揺シマース!」

提督「…何がおかしいのだ?」

比叡「さあ、私には分かりかねます」

金剛「比叡がこんな時間に、それも眠気なしで居るだなんておかしいにも程がありマース!」

金剛「これは一体どういうことなんデスカー!?」

提督「どういうことと言われてもだな…その、私が生活習慣の改善を促した結果としか」

比叡「その通りです!ですから何らおかしなことなどありません!」


提督「とは言っても悪癖がすぐに治るとは言えまい。今の所、早起きして貰うのは秘書艦担当の日だけだ」

比叡「正直今も若干眠いですから」

提督「慣れるまでの我慢だ。精進せよ」

比叡「はっ!」

金剛「…事情はよく分かりました。ですが腑に落ちないことが一つ」

提督「…聴こう」

金剛「比叡が睡眠不足のようであるのは、今に始まったことではありまセーン!」

金剛「これについては当人に散々改善を迫りましたが、結果は思わしくありませんデシタ…」

金剛「それが今更になってこうなったとなれば、相応の理由があるはずデース!」

金剛「…一体何があったんデスカー?」


提督「うむ、それはだな…」

比叡「間宮アイスです!」

金剛「!?!?!?」

提督(おい!そこはどうにかしてごまかせよ!)

比叡「司令から、秘書艦担当であれば何時でも与えられるとお聞きしましたので…つい」

提督(あっ)

金剛「…提督?」

提督「何かね?」

金剛「間宮アイスなんて私、一度も貰ってません」

比叡「えっ?」

提督「あ、ああ…そう言えば渡し忘れていたかもなー…はは」

バンッ!

提督「ひっ!」

金剛「嘘はよくないデスヨー?」


比叡「し、司令?」

提督「…あれは私個人がこっそり溜め込んでおいたものなのだ。自分への褒美としてな」

比叡「じゃ、じゃああのアイスは…」

提督「とどのつまり、へそくりのようなものだ。変にごまかそうとしたのがいけなかった」

金剛「そうデスカー…つまり提督は、艦娘みんなの大好物を独占していたという事デスネー?」

提督「その通りだ。是非もない」

金剛「…まあ、アイスについては私の秘書艦担当日を増やしてくれれば」

提督「善処しよう。勿論アイスも忘れずにな」

金剛「流石提督。話が早くて助かるネー♪ …それと比叡」

比叡「は、はい」

金剛「貴女が私の言いつけよりもスイーツをとったこと…とても残念です」

比叡「そ、それについては申し訳なく思い…」

金剛「ですからもう甘やかしてはあげないネー!当然、たまにしてあげてた添い寝だってしてあげないヨー?」

比叡「ふぇっ!?」


提督「えっ…比叡お前、そんなことして貰ってたの?」

比叡「は、はい」///

金剛「比叡は甘えん坊でしたから…でも今日からはそんなの、NO!なんですからネ!」

比叡「ひっ、ひぇー!後生ですお姉さま、どうかそれだけは…」

金剛「私よりもアイス」

比叡「うぐっ!」

金剛「ですから今後は間宮に甘えるといいデース!うまくすれば、アイスを奢ってもらえるかもしれませんヨー?」

比叡「そ、そんなこと言わないでぇ」





提督「…流石にこれは俺のせいではあるまい」

今回はここまででー


 ○

提督(…あの後金剛に滅茶苦茶絞られた)

提督(面倒なことだ。そもそもアレは俺のポケットマネーで得たものであるし)

提督(決して任務報酬の分をちょろまかしたわけではない。そう、不正などなかった)


ワイワイ ガヤガヤ


提督(…何の騒ぎだ?)

提督(どうも嫌な予感がする。これはきっと青葉のせいに違いない)

提督(俺は詳しいんだ)


提督「…一体何事だ」

朝潮「…司令官」

不知火「一体何事…などと。その台詞は、私達のものだというのに」ギロッ

提督(フフフ、怖い)

提督「そう言われても、俺に心当たりはない」

初風「へー…そういう態度に出ちゃうんだ」

朝潮「残念です、司令官」

不知火「こうなれば、徹底的に追い詰めるしかありませんね」

ガサッ

提督「…これは」




『司令官による富の独占!?』

『艦娘を慰労する為のアイスは、司令官によって横領されていた!』

『悪徳司令の横暴を許すな!』


提督「…」

不知火「…申し開きはありますか?」

提督「無いとは言わんが、事ここに至っては欺瞞にしかならない」

提督(出し惜しみさえしなければ、こうして疑われることもなかったろうか…)

提督「許しは請わない。ただ、可能であれば贖わせて貰いたく思う」

朝潮「そうですね、では…」

初風「とりあえずは、希望者全員に溜め込んだものを全て振舞ってもらおうかしら」

提督「…従おう」

提督(あああああああああああっ!俺の、俺のアイスがあぁぁあぁぁあぁ…!)


提督「…」ツーン

比叡「司令…お気持ちは分かりますが、どうかふてくされるのは止めてください」

提督「…ふてくされてなど、いない」ムスッ

比叡「そういうのがダメなんですよ。全く…子供みたいなんですから」

提督「…男なんて、みんな見得に拘るだけのガキだ」

提督「君とて女ならば、男のみっともない部分はよく分かるだろう?」

比叡「そうですね…貴方や他の鎮守府に居る司令官たちを見ていれば、何となくは」


提督「…美味かったんだ」

提督「一人でこっそり食べるデザートは、とても」

提督「後ろめたさと、どこか心地よさのある緊張感が同居していて…」

提督「俺はそれを、たまらなく感じていたんだ。みんなに黙って、アイスを頬張る状況にな」

比叡「…そのお気持ち、分からなくはありません」

提督「だろう?」

比叡「ですが司令は、もう少ししたたかであるべきだったのではないでしょうか」

提督「全くその通りだ。こうも間抜けでは、策を練るなどとてもとても…」


比叡「そう拗ねても仕方ありません。失敗はただ学び、次に活かせばいいのです」

提督「…そだな」

比叡「司令…どうかお気を確かに」

提督「全部食い尽くされちまった…駆逐艦達は勿論、長門や加賀といった大食艦もな」

提督「山のようにあったアイスが一瞬で、跡形も無く」

比叡「…あれはまさに、諸行無常というものでした」

提督「…うむ」パクパク

比叡「…あの、司令」

提督「何かな?」

比叡「アイスの貯蔵は、もう尽きたものと思っていたのですが…」

提督「あんなもの、氷山の一角に過ぎん」ムシャムシャ

比叡「…一体どれだけ、どこに溜め込んでいるんですか」

提督「さあな。ふぅ…今日のアイスも美味かった」キラキラ


 ○

提督「…」カキカキ

榛名「提督、お茶が入りました」

提督「うむ、頂こう」

榛名「…」ドキドキ

提督「…これはいいものだ。この濃厚な甘み…玉露か」

榛名「流石ですね、提督。これはつい先日買ってきたものでして…」

提督「榛名が緑茶も嗜むとは聞いていたが、随分と目利きがよいのだな」

榛名「そのようなお言葉…榛名には、勿体無いです」

提督「…そう謙遜するな。貴様はいつも、職務を程度良くこなしているのだから」

榛名「は、はい」


提督「それにだ榛名、貴様の働きが不足だというのなら…私は誰も褒められなくなってしまう」

提督「私の、ひいてはこの鎮守府の為に尽くす者を、少しも労ってやれないということだ」

榛名「…申し訳ありません」

提督「…謙虚でなくなれとは言わない。それはお前の魅力であり、生き方だろう」

提督「それに加減が必要だというだけだ。度が過ぎれば、それは卑屈になってしまうから」

榛名「仰る通りです…提督、私はどうしたら」

提督「習慣だろうしすぐに治るものではないだろう。だからな榛名、まずは新しい習慣を持ちなさい」

榛名「習慣ですか…一体どのような?」

提督「どうということはない。自分がいい事をしてもらったら、こう言えばいい」


『いつもありがとう』


提督「とな。実際俺は、榛名のお陰で随分楽が出来ているんだ」


榛名「…お、お礼ならちゃんと言えてますから!」

提督「それよりも謙遜する頻度が高いんだよ、お前は」

榛名「そ、そんなことは…あるかもしれません、けど」

提督「そうむすっとするな。まあ、そんな風に振舞う榛名は可愛らしくていいがな」

榛名「…ありがとうございます」///

提督「照れるな照れるな。ああ、そういうお前が俺は愛らしいし、誇らしく思っているぞ」

榛名「も、もうっ!」

榛名(そんなに言うなら、比叡お姉さまよりも私を選んで欲しかったです!)

提督「…何か言ったか?」

榛名「いーえ、なんでも」

>>51
× 『いつもありがとう』→○ 『ありがとう』

今回はここまでです。


 ○

『…艦娘とは何だろうな』

提督『さあな。俺に訊かれても分からんよ』

『ふむ、分からないときたか』

提督『おかしいか?』

『貴方はいつも物知り顔で物事を語るからな』

提督『…私でも、知らない事くらいあるさ』

提督『ただ、知らない事を認めたがらない節はあるかもしれん』

『成程、いじっぱりか』

提督『そう言われればそうなのかもな』

『…やけに素直じゃないか』

提督『お前とこうしている時くらいは、肩肘張らずに居たいんだよ』


『…どうしてだ?』

提督『どうしてだろうな。自分の気持ちなのに、よく分からんのだ』

『分からないことばかりだな。今日の貴方は』

提督『はは、まったくだ。だが悪いとは思わない』

提督『全知全能なんてものではないんだし、そんなのはあって当然だろう』

『そうか?理解出来ないことなど、気味悪い物の怪のようにも思えるが』

提督『物の怪…深海棲艦のようなものだと?』

『まあ、そんなところだな。理解の及ばぬものとは、受け入れられないものとも言える』

『そういったものがもたらすのは、苛立ちなどといった負の要素…気持ちのいいものではないな』

提督『まあ、一理ある。ましてそれが自分に内在するものとあっては』


『…以前の私なら、こんなことは口にしなかったろうな』

提督『違いない。出会った頃のお前は、戦いこそが全てだったろうから』

『だが、変わってしまった』

提督『いけないか?』

『そうではない。ただ、私にはそれが分からないから、艦娘は…私は一体何なのかと思ってしまう』

『それはいい事なのだろうか?それとも…』

提督『…恐らくだが、どうなるかはお前が決めるんだよ。○○』

提督『兵器としての存在意義…そして、ヒトガタとして生まれてきたことの意味』

提督『誰かの意図でそうなったにしろ、お前はお前の好きにすればいい。そして、俺はそれを肯定しよう』

『…戦いたくないと言えば?』

提督『お前がそう望むなら、ただ従おう。たとえ誰に何を言われようとも…お前の意志は、何者にも阻ませはしない』


『…それはつまり、この○○が兵器でなくなってもいいという事か』

提督『まあ、そうなるな』

『だがもし、私が兵器でなくなっては…』

提督『そう焦るな。今すぐの話でもあるまい』

提督『私もお前も、この戦場を投げ出して逃げられる訳はない。我々だけのものではないからな』

『……』

『…どうも気が逸っていたようだ。すまない』

提督『気にするな。むしろ俺は、新たなお前の一面が見れて幸せだったぞ』

『っ!』

提督『何を考えてたかは知らんが、随分と頬を赤らめて…』

『なっ…提督、貴方は少々底意地が悪過ぎるのではないか!?』

提督『…いつかでいい』

『え?』

提督『いつかでいいから、お前の出した答えを聞かせて欲しい。俺はそれを、誰よりも早く知りたいんだ』

『……』

『…本当に、いいのか?』

提督『ああ』

『その…私らしくないと、嗤ったりなどしないか?』

提督『…そんなこと、ある訳ないさ』

提督『○○、どうか俺を信じてくれ。月並みな言葉だが、俺には気の利いたことは言えないから』

『……』

『……』

『…分かったよ提督。きっといつか、この気持ちに答えを出そう』

提督『ああ』

『だがその時は提督、貴方の気持ちも聞かせてくれ。そう…出来れば私よりも先に、な』

提督『…私の、気持ち?』

『貴方も何やら物思いに耽っているようだからな。それが何か、私は気になって仕方がない』


提督『……』

提督『…それで私が何も言わないのは、不公平だな』

『ああ、そうとも』

提督『だがな○○、一人ではどうも答えを出せる気がしないのだ』

『なら、二人で考えればいい。三人寄ればもっといいのだろうが…』

提督『二人でいい。いや、お前と二人がいいんだ』

『…提督』

提督『あまり贔屓はすべきではないが、こればかりはな』

『もし金剛辺りが聞いたら、何て言うのだろうな』

提督『問い詰められたら分からないと答えておくよ。この感情が、そういうものかどうかは実際分からんのだから』

『随分と、曖昧なのだな』

提督『そういうものが一つくらいはあってもいいと、俺は思うがね。○○、お前はどうなんだ?』

『私は…そうだな、私もきっと貴方と同じく――――』


 ○


…いとく!


…提督!起きてください!


居眠りするのは私の方なんですから、どうか!





提督「…うむ」

比叡「ほっ…やっと起きてくれた」

提督「すまないな、比叡」

比叡「いえいえ。私の方こそ、提督の疲れを見抜けなくて…」

提督「気にするな。こちらは隠すつもりでいたのだ」

比叡「…私は信用できませんか?」

提督「いや、そうではない。単なる仕事中毒という奴でな」

比叡「…明石さん」

明石「提督のメンテですね!承りました!」

提督「おっ、おい比叡……!」

比叡「こちらは私達に任せて、どうか数日はゆっくりお休みを」

提督「そ、そんな馬鹿な事が…」

明石「馬鹿なのは提督のご判断です。これに懲りて、今後少しは身体を労わってくださいね」

提督「…ああ」


 ○

比叡「……」

榛名「比叡お姉様?」

比叡「えっ、な、何?」

榛名「一体どうなされたのですか?先ほどからどうも、上の空で仕事をなされているようで」

比叡「そ、そうかな…」

榛名「幸いミスは見受けられませんが、秘書艦としてはあまりよろしくないですよ?」

比叡「だよね…ごめんね榛名、心配掛けちゃって」

榛名「いえいえ」


 ○

…幸せそうな寝顔だった。

どんな夢を見ていたかは分からないが、どうせ楽しい夢だったろう。

それが何故か、私には苛立たしく思えた。

どうしてだろう?

けれど、そう思うことに意味はない。

所詮彼と私はカッコカリ。

お互いの幸せを願いながら生きるだなんて、大層な間柄じゃない。

だからあの時私は言った。

『私の心は、お姉様に』

そして彼は『そういう話じゃない』と軽く流して。

だから私もそれに合わせた。

ただ、それだけ。

私達の関係なんて、そんなものでしかないんだ。



なのに。

なのに、どうして。

今回はここまででー
今後は過去話っぽいのが増えるかもしれませぬ


 ○

提督「いつもすまないな」

明石「そう仰るならご自愛下さい」

提督「…善処する」

明石「そう言って無理をするの、これで何度目ですか?」

提督「さて、どうだったかな」

明石「はあ…私に出来ることは、あくまで予防と応急処置くらいなんですからね」

提督「分かっているさ」

明石「分かっているなら、心配などさせないでくださいませ」


提督「…仕方の無いことだ」

明石「仕方が無いとは何ですか。ご自分の事でしょうに、まるで他人事みたいな言い方」

提督「俺は私人ではない。軍人…すなわち公人であり、その中でも高い地位にあるのだ」

提督「つまり責務がある。滅私奉公の精神で、身を粉にしてでも働かねばならないからして…」

明石「ならばなおさら、周りの反応はお気になさるべきでしょう」

提督「気にすることはない。軍部は俺だけで成り立っている訳でもなし」

明石「あの」

提督「何だ?」

明石「…まさかとは思いますが『俺だけで』ではなく『俺が居なくても』ではありませんよね?」

提督「……」

明石「……」

提督「…はは、まさか。そんな訳ないだろう」


明石「…どうなんだか」

提督「そう言うのも無理はないが、俺はある人と約束をしているんだよ」

提督「その人との約束は、俺にとってかけがえのないもので…守らなければならないものだ」

提督「そしてそれは、俺に何かあっては決して叶わないのだ」

明石「…ならば尚更、無理をなされてはいけませんね。ですから提督、私とも一つ約束を」

提督「いや、それは出来ない」

明石「どうして」

提督「今後俺が過労にならないように、お前は俺の食生活にも口出しするはずだ」

明石「当然です」

提督「そしたら甘味が全部ダメになるじゃないか」

明石「私のせいではありません。提督ご自身の落ち度ですから」

提督「…話し合おうじゃないか。どうだ、間宮と最近着任した伊良湖による」

明石「魅力的な提案ですが結構です。私にも、矜持と言うものがありますから」


提督「た、頼む…この際他はどうなってもいい。だから、甘味だけは」

明石「お身体の為です」

提督「私の身体と甘味は、いわば水魚の交わりに等しいからして」

明石「人はお菓子がなくても、生きていくことは出来るでしょう?」

提督「疲労の回復には糖分が」

明石「あくまでは一時的で、長期的に見ればむしろ逆効果…提督もご存知のはず」

提督「…それでも俺は、甘味が欲しい」

明石「もう甘やかしはしませんよ。これからは、苦味も堪能していただかなくては」





提督「苦味がいいなら、お酒は」

明石「ご遠慮下さい」

提督「…なんということだ」

今回はここまでです


>>77

× 明石「あくまでは一時的で、長期的に見ればむしろ逆効果…提督もご存知のはず」
○ 明石「あくまで一時的で、長期的に見ればむしろ逆効果という説もあります…それは提督もご存知のはず」


 ○

提督「…そんな訳で、俺は明石に反抗してここまで逃げてきたのだ。いわばストライキと言う奴だな」

伊168「何がそんな訳なのかしら」

伊58「私は別に構わないけど、後でどうなっても庇えないよ…?」

伊19「イクは提督が居てくれる方がいいのね!」

伊401「…とりあえず潜ります?」

提督「潜る潜る。ほら、ちゃんとウェットスーツも持って来てるし」

比叡「水中では十二分に動けませんが…私も精一杯頑張ります!」

提督「うむ」

まるゆ「…あの」

提督「うん?」

まるゆ「今の話で、どうして比叡さんがここにいるのか説明がつかないんですが」


提督「ああ、それはだな…比叡」

比叡「はい!私、採れたての魚介類に目がくらんでついてきちゃいました!」

提督「と、言う訳だ」

まるゆ「は、はあ。それで隊長、これからどうするんですか?」

提督「どうするも何も、目的は一つしかあるまい」

比叡「いっぱい捕って!いっぱい捌いて!そして、いっぱい食べるだけです!」

まるゆ「…分かりました。とりあえず、お荷物の方はまるゆにお任せくださいね」



伊168「…いいのかなあ」

伊401「いいんじゃない?提督なら、間違ってもこっちに責任を問わせたりはしないでしょうから」

提督「何かあってもなくても埋め合わせはさせてもらうが…何がいいかな?」

伊168「うーん…司令官と一緒ならそれでいいかな」

伊401「はいはい!私、サントル運河のボートリフトを見てみたいです!」

伊19「提督!お魚さんたちいっぱい捕ったら、ご褒美欲しいの!」

伊58「捕るのもいいけど、見るのもまた乙なものですよ?だから一緒に楽しみましょ!」

提督「わかったわかった。で、比叡は?」

比叡「え、私もですか?」

提督「何だかんだ言っても、こちらの都合に付き合わせたには違いないからな」

比叡「お気になさらなくても…そうですね、返事は後回しでもいいのでしたら」

提督「俺は構わんぞ」

比叡「では、お言葉に甘えますね」


 ○

 バタン!

明石「はあ…はあ…」

榛名「あれ?どうかなさいましたか?」

明石「どうしたもこうしたもありませんよ!提督はどこに?」

榛名「ああ、提督でしたら…」


     『ここ一週間の任務は全て完了した。よって、ここに休暇を申請するものとする』


榛名「とまあ、そういう訳でして」

明石「…大淀!」

大淀「ごめんね明石。けれどもう、申請は正式に受理されてしまったから…」

明石「そ、そんな…」

明石(これじゃあ休養にかこつけて、合理的に提督と居る時間を増やす算段が!)

明石(その為に敢えて、気付いていたはずの消耗にも目を瞑ったというのに…!)

大淀「…そう言えば、提督は一体どちらに?」

榛名「行き先は私も聞いていませんが…どうやら比叡お姉さまも同行しているらしいですね」


 ○

榛名「あの、明石さん」

明石「何でしょうか、榛名さん」

榛名「悪巧みでしたら、もう少し上手くやったほうがいいですよ?」

明石「悪巧みだなんてそんな。私はただ、提督の意向を損ねようとしなかっただけです」

榛名「……」

明石「……」

榛名「素直になれなかっただけでしょう?」

明石「それって貴女も同じですよね?」

榛名「…」

明石「…」

榛名「…苦しいですし止しましょうか」

明石「それがいいですね」

榛名「ついでに今後の相談なんかもいいですか?」

明石「…私の話も聞いてくれるのでしたら」

榛名「勿論です」


>>75

× 明石「…まさかとは思いますが『俺だけで』ではなく『俺が居なくても』ではありませんよね?」
○ 明石「…まさかとは思いますが、提督は自分が居ても居なくてもなんて思ってはいらっしゃいませんよね?」

一旦ここまでですー


 ○

提督「…」



 プカプカ...

比叡「気合!入れて!釣ります!」

 バシャッ!

比叡「よし!」

伊58「おお…これはまた大きい上に美味しそうな魚でち」

伊401「比叡さん、これで彼是15匹目か…凄いなぁ」

まるゆ「も、持ちきれるかな?」

比叡「持ちきれないならこの場で捌いて食べちゃいましょう。その為の私ですから」

伊58「え…こんなものまで捌けちゃうの?」

比叡「御召艦は伊達じゃないってことですね!」


提督「…」

 プカプカ...

提督「…」

 プカプカ... プカプカ...

提督「…平和だなあ」

伊168「提督…いくら現実逃避しても、魚は釣れないわよ?」

伊19「魚なら他のみんなが捕ってきたし、今回は諦めても…」

提督「いや、まだだ!」

伊168「そう言われてもね…提督、ボウズだし」

伊19「…ちょっと、いや、かなりカッコ悪いのね」

提督「言ってくれるじゃないか…だからこそ引けないんだが」

伊168「うん。魚は引けてないね」

伊19「みんな比叡の所に行っちゃうから」


提督「…」

提督「…いっそのこと潜るか」

伊168「え?」

伊19「提督、今はもう夕方だから危ないのね」

提督「一匹だけでいいんだ、な?」

伊168「…どうしよう」

伊19「こうなった提督はいくら言っても止まらないから…じゃあ、5分だけ」

提督「あいわかった。いざ!」

 ドボン!

伊168「相変わらず、提督は思い切りがいいなあ」

伊19「…向こう見ずなだけじゃない?」


 ゴポゴポゴポ...

提督(…)

 キョロキョロ

提督(…)

 キョロキョロ

提督(まいったな…いくら見渡しても魚が見当たらない。どんだけ嫌われとるんだ)

 .ゴポゴポゴポ...

提督(もう時間もない、口惜しいが今日は引き上げ)

 ゴポポポッ!

提督(むっ!?)

 ...ギラリ

提督(…サメか。こいつは厄介だな)


 ...ニタリ

提督(変異種なのか、随分と表情豊かだな)

 ゴボボッ!

提督(それにあの口元…アレって全部、俺が用意していた餌じゃないか!)

 ガバッ

提督(そんでもって次は俺ってか…そうか)

 グバァッ!

提督(…ふむ)

 ガシッ!

 ...グポグポグポッ!

提督(少しばかり調子に乗りすぎたな。バカめ)

 ...ズシャッ!


 ○

提督「…ふむ」

比叡「ふむ、じゃありませんよ!どうするんですかこれ!」

提督「降りかかる火の粉をはらっただけだ」

比叡「でもこのサメ…保護対象の希少なヤツですよ!」

提督「俺の餌を食い逃げして、その上俺まで食おうとしたこいつが悪い」

伊401「餌取られた時手ごたえとかはなかったんですか?」

提督「殆ど無かったな。動き方自体は巧みだったし、相当上手くやったんだろう」

まるゆ「…」ガタブル

伊58「だ、大丈夫でち?」

伊168「ま、捕っちゃったものは仕方ないわ」

伊19「港の方には持っていけそうもないし、ここで捌くしかないのね」

比叡「…えっ」

提督「すまんな比叡。我が鎮守府を守るため、何とかしてくれ」

比叡「ひっ、ひぇぇ…」



 …この後滅茶苦茶解体した。

 
 ○

提督「…ふう、食った食った」

比叡「全く…世話をかけないで下さいよ」

提督「まあいいじゃないか。俺もみんなも手伝ったし、サメは美味しかったし」

比叡「アンモニア臭がしないだけ良かったですけど」

提督「記録に残せないのが残念だ。学術的意義もかなりのものだったろう」

比叡「なーにが学術的意義ですか。私よりも釣れなくて、その汚名を返上したかっただけでしょうが」

提督「…男はつまらん意地と面子にこだわるからな」

比叡「それで不用意に動いて、立場を失ってはどうしようもありませんよ…もう」

 ギュッ

提督「うん?」

比叡「あんまり心配かけないでくださいね。折角あの戦争が終わって、一時とは言え今は平和なんですから」


提督「……」

提督「…ああ、そうだな」

比叡「私達と深海の間で平和条約が結ばれてかなり経ちます。それでも、戦いがなくなった訳ではありません」

比叡「だからこそ…たとえ仮初であっても、私達は平和を甘受しなくては」

提督「平和、か」

比叡「平和でなくては司令の好きな甘味だって、心底から楽しめはしないでしょう?」

提督「違いない」







提督「……」

提督(…彼女のいない世界では、いくら甘味を味わってもどこかに一抹の寂しさが残るがな)

今回はここまででー
迷走してるし、とっとと終わらせていけるようにしないと…ですね



………


……








提督「…久しぶりだな」

「ああ。前に会ったのはいつだったか」

提督「もう10年も前だ」

「そんなにか」

提督「ああ、存外あっという間に時は過ぎたよ」

「…どうにも実感が湧かんな」

提督「俺もだよ。奴らに運営された戦争が終わっただなんて、未だに信じられん」


「―――いや、まだ終わってなどおらん」

提督「確かにな。奴らの足取りは、10年を経ても未だに掴めないままだ」

「さしずめ雌伏とでも称して、機を伺っているのだろう」

提督「…酷く、不愉快だな」

「己に酔った連中など、そんなものだ」

提督「自身の醜さを直視できず、あまつさえそれを美化し耽美の対象とする」

「…見習いたくはないものだな」

提督「だがあれらも、俺たちの持つ一つの可能性だ」

「それならば尚のことだ、提督よ」

提督「勿論だとも、深海提督…禍根は我らの手で絶たねばならんからな」


深海提督「…どうせなら……」

提督「…」

深海提督「どうせなら、生まれ方も決めたかったよ。私は…いや、彼女達も…そして、お前も」

提督「…今更だ」

深海提督「ああ、今更だとも。だがこうして感傷に浸らねば、弱い私は彼女のことを忘れてしまう」

提督「そう言うな。過去に囚われずに生きようとするのも、間違いではないはずだ」

提督「…私はきっと、彼女のことを過去には出来ないだろうから」

深海提督「……」

深海提督「…やはりお前も捨てきれないか。彼女との日々を」

提督「ああ、忘れられなどしないよ。俺はこの先も、ずっと過去に囚われるのだ。ずっとな」

深海提督「お前の代わりに過去を払拭しろと?」

提督「まあ、そうなるな」



 ...

 ...ズドン!


提督「…いきなり砲撃とはな」

深海提督「戯言をぬかすからだ。いいか…二度とそんな阿呆はのたまうな」

提督「…すまなかったな」

深海提督「謝るくらいなら、過去を軽んじる真似は止めることだ」

提督「出来ればな。なにせ、あの時ほど己の無力を嘆いたことはなかったから」

提督「そうしてたどり着いたのが、奴らの理を受け入れることだった…忌々しさで腸が煮えくり返るわ」

深海提督「…不本意だが、それもまた世界だ」

深海提督「ままならぬからこその素晴らしさ。そして、下らなさ。奴らなしに、我らの存在はなかった」

提督「……」

提督「だからこそ、俺は奴らを殺す。そう決めて、その為に生きる」


深海提督「…それからのことは?」

提督「何も考えちゃいない…今はな。そういうお前は?」

深海提督「私達はお前たちと違い、自らを蝕む毒が仕込まれているからな」

提督「……」

深海提督「そう暗い顔をするな。お前のような奴がいくらか居なければ、この今日はなかった」

提督「そしたら俺とお前は、今も終わりのない闘争を繰り返していただろう」

深海提督「…強いられた闘争を、な。そういう意味では、お前は私よりもずっと自由だ」

提督「毒がないからか?」

深海提督「そうだ」






提督「…どうしてだろうな。俺にはそれが、戦いから心を守る楯のように思えるよ」


 ○

提督「…」

比叡「…」

提督「…あのな比叡」

比叡「こんな夜中にどこへ行っていたのですか?」

提督「…月見だ」

比叡「成程。確かに今日は月がよく見えますからね」

提督「その月を肴にして、酒でも楽しもうと思っていたのだ」

比叡「…お一人でですか?」

提督「ああ。俺もたまには、ただ一人でゆっくりしていたい時もある」


比叡「…」

提督「そうむすっとするな。この海域には、あの変異種くらいしか脅威はないと調べがついている」

比叡「…そういうことではありません」

提督「では、何だ?」

比叡「ちょっとだけ、ちょっとだけですよ。寂しいかなって」

提督「イムヤ達も一緒だろうが」

比叡「私達、一応夫婦なんですよ。だったら一緒に楽しんだっていいでしょう?」

比叡「…今夜はこんなに、月が綺麗なんですから」

提督「…」

比叡「…」

提督「…気が利かなくて、悪かったな」

比叡「そんなのいいですって。取り返しは、ちゃーんと付いたんですから。ね?」


 ○

提督「…見事なものだ」

比叡「ええ。見ていて心が癒されます…!」

提督「癒しと言うか、元気になっている気がするが」

比叡「月の光は太陽からのものですから。適度に浴びれば、身体の調子だってよくなります!」

提督「ならば日中でも元気に居て欲しいものだな」

比叡「えっとそれは…その、ほら、私って実は夜行性なんですよ」

提督「ふむ、それは初耳だな。ならば今度の演習は夜戦でいいな?」

比叡「えっ…いや、それは戦艦の私ではデメリットが大きいかと思うんですけど」

提督「…朝も昼間も夜もダメなら、お前は一体何がいいんだ……」


比叡「…まあそんなことよりも。私、こうして月を楽しめるようになったんですね」

提督「天気と場所が良ければ、新月辺り以外はいつの夜でも見れるだろう?」

比叡「陸上ならそうでしょうけど…昔の海ではこうはいかなかった」

提督「…そうだったな」

比叡「…実はつい数年前まで、夜って特別好きでも何でもなかったんです」

比叡「いや…海で迎える夜なんかは、ホントもう大っ嫌いでした」

提督「…第三次ソロモン海戦か」



比叡「あの場で私が沈まずに済んだかどうかはともかく、まだ戦えはしました」

比叡「けれど戦況はそれを許さず…私はただ、味方を逃がすための囮にされてしまったんです」

比叡「…誰の責任かどうかはさておいて、あの11月12日で受けた集中砲撃」

比叡「夜が明けてからの米軍機による攻撃…そして、私の処分命令」

比叡「こんな形にならなければ、私にとって夜は忌々しいもののままだったし…そう思うことすらなかったかも」

比叡「…だからこそ、こうしていられて良かった」

比叡「どうしてこうなったのかは分からないけれど、私…今とっても幸せなんです」

今回はここまででー


提督「…幸せ、か」

比叡「ええ。勿論いい事ばかりではありませんが」

提督「お前は艦娘だからな。無理もない」

比叡「ですが他の誰でもない、自らの意思で動けるようになったことは…何物にも代えがたいと思います」

比叡「運用されるだけの兵器に過ぎない私は所詮、その乗り手達に身を委ねるしかなかった」

提督「お互い様だろう。彼らとてお前がなくては、海原を往くことなど出来なかった」

比叡「持ちつ持たれつ、ということですか」

提督「そうだな。もっとも兵器である以上は、平和になればなればで容易く処分されるだろうが」

比叡「どのみち、死は避けられないんですね」

提督「形あるものはいずれ滅びる。それだけだ」


比叡「…そういうのって、怖くないですか?」

提督「怖いさ。死んで花実が咲くものか」

比叡「意外ですね。まあ、死ぬのが怖いのは私も同じですけど」

比叡「一度は沈んだ私ですが…だからといって、もう一度あんな思いを受け入れようとは思わない」

提督「…そうなる可能性を強いてきたのが、俺だ」

比叡「その可能性を予見し防いだのも、貴方です」

提督「俺はただ命じただけだ。お前たちか敵、いずれかの死を望むと」

提督「戦うということはそういうことだ。俺は決して、そんな己を誇ろうとは思わん」

比叡「…ですが司令。貴方の作戦があったから、私達は誰一人沈まず、に……」

提督「…!」

比叡「し、司令?」

提督「…いや、すまない。どうも気が動転していたようだ」


比叡「…私、何か気に触るようなことでも?」

提督「いや、そうではない…そうではないんだ」

比叡「ですが…」

提督「比叡…お前は悪くない。いいか、お前は何にも悪くないんだ」

提督「だがその反応から察するに、俺の顔は相当怒っているように見えたのだろうな」

提督「…すまなかった」

比叡「い、いえ…どうか気になさらないで下さい」

提督「…ああ」





提督(…俺は一体、何をやっているんだ)

提督(こんなことがしたくて…俺は彼女と一緒にいたい訳じゃないのに)

提督(もしあの人が今の俺を見ていたら、きっと今頃叱られていたに違いない)

提督(それはもう、二度と叶わぬことだけれども)

ここまででー



 ○


「…ざまあみろ」

男は万感の思いを込めて、そう言った。

目の前は屍累々。

死臭に満ちた海の上で、彼はただそれらを眺めてばかりいた。



『我々は正しい』

『お前如きが、我らの大望を阻むことは許されない』

『塵芥風情は速やかに逝け』



…目の前の屍共は、男にとって絶対の存在だった。

それだけの力があったし、本来男などでは到底太刀打ち出来ないもので。

事実彼は打ちのめされ、生殺与奪の権を握られていたのだから。


そんな者達が、死を前にして命乞いをしてきた。

それはもうみっともないくらいに必死で。



『死にたくない』

『許してくれ』

『私達とて、本意ではなかったのだ』



心にもない言葉だ。

男はそれを一蹴し、怨敵にむけてさらに一撃。

響く轟音。続けて炸裂音。

一人の血潮と肉が飛び散り、周りはみな阿鼻叫喚の様相であった。


「どうした?彼方がたとて、こうした殺戮を楽しんでいたのではなかったか?」


そう口にする男の顔に感情はない。

ただ、当然のように目の前にいる敗者たちの所業を弾劾する。


『…な、なななななななな』

『き、さま…どういうつもりでこんな』

『わっ…分かっているのか!我々を害するとはどういうことか』

『…白痴が!』

『最早言葉も解さぬと…』


口々に男を罵る者達の姿に、最早威厳はない。死を前にして己を取り繕うだけだ。

男はそれを理解しようとしなかった。むしろ拒んですらいた。

かつては尊敬の対象であった彼ら彼女らが、揃いも揃って醜悪極まりない存在と言う事実。

それを今もなお受け入れたくないという思いがどこかにあったのだろう。


「…どうか潔く死んでいただきたい」

『何を馬鹿な…!』

「今ならまだ、尊厳のある死に方を選べると申しているのです」


だから彼は口にした。彼らに向けた、最後の情けを。







                ――――被造物の分際で、我らに対してものを与えるなどと!





『所詮貴様も艦娘も、そして奴らとて玩具なのだぞ!』

それは、愚か者達のつまらぬ矜持。

『…弄ばれていれば良かったものを!』

この期に及んで、男に驕り昂ぶるその有様。それが男の抑圧された感情を露にする。

「―――にを」

彼は握り拳を作り、必死になってこれを抑える。怒りをもって無道の者を誅しはしないという思いだ。

男にとってはけして赦されないこと。彼が喪った者の遺志を、事も無げに踏みにじる真似になるから。

愚か者の為ではない。


―――目の前の敵に、男は愛する者を奪われた。

言葉にすれば存外軽いが、目にするにはすこぶるおぞましい手で。

絶望に立ち尽くした。怒りのままに敵へ挑み、敗れた。

そして彼女と同じように辱められ、しかし殺しては貰えなかった。死ねばどれだけ楽だったろうか。

悲しみで涙は枯れ果て、憎むことに疲れきり、心は擦り切れるばかりだった。

そんな日々が長く続き…ふとした幸運から、男は拘束を解き逃げ出した。

たった一人の軍隊。

共に戦う仲間を全て喪った彼に残ったものは、一式の艤装のみ。

当然男は艦娘ではない。

しかし艤装を扱う力は持っていた。何故ならそういうものとして造られたから。

彼本来の役割としてはまるで必要のないものだったが…結果として、それが彼を英雄にしたのだ。

望んではなかったけれど。


…しかし男は言うだろう。自分は英雄などではないと。


『―――たかが艦娘如きの死、何だと言うのだ!』


…憎悪。いや、よく分からないもの。

それが男を突き動かした。それからは、まさに悪鬼の如しであった。


「…口を」

『う、うん?』

「そのよく回る口、治療でもなさった方がいいんじゃありませんか?」

『むぐっ!?』


男はそういうと、敵の口へと砲身を突っ込んだ。そしてそのまま引き金を引く。

幸か不幸か空砲であったし、撃たれた方は相当頑丈だった。


『……!』


だが、口からはおびただしいほど血が流れている。無論止まる気配はない。

男はそれを楽しそうに眺めていた。それとは対照的に、敵方は震え上がっていた。

なにせ男は、先刻相対していた時よりもさらに強くなっていた。ついさっきは反応すら出来なかった。

そして撃たれた仲間が足蹴にされ、手や足を順に吹き飛ばされていく様を漫然と眺めていた。

もはや隙をうかがおうとも考えられない。皆、ただの木偶と化している。


「…ああ、もう死んでしまった。恐縮ですが…次は誰が相手をしてくださいます?」


男の問いに返事はない。彼はそれを了承と捉え、しばし愉しむことにした。



………


……








提督(ああいうことがあったもんだから、どうしても今の生活に欺瞞めいたものを感じる)

提督(ウジウジせずに割り切ればいいのにとは思う。だが、旧海軍省の幹部全員は斃せていない)

提督(また誰かを喪わないとは限らないんだ。俺達はまだ、戦争を継続している)

提督(今はただ小康を保っているだけ。それは俺も他の皆も分かっているはずなのに…)

提督(…俺が臆病なだけか)


 男は月下のもと、一人ごちていた。とても辛気臭い。

 かつて共に生きた者達を喪い、そして甦った彼女達と共に居る事実を未だ受け入れられずにいるのだ。

 当然彼女達は何も覚えていない。以前の彼女達は既に無く、女神によって再現されたのが今の彼女達であるから。


「…しれーい」

「っって!」


頬に急な痛みを感じた。男の顔から辛気臭さは消えたが、代わりに怒気を帯びていた。

男…提督は隣に居る女性を睨み付ける。だが、女の方はそれを気にもとめようとしない。

悪びれた様子は無く、むしろそれが当然のように思っているようだった。


「…比叡」

「何でしょうか」

「何でしょうかではない。一体何の真似だこれは」

「私はさっき気にするなって言いました。でも司令は聞いてくださらなかったようで、ずっとぶつぶつぶつぶつ」

「…そんなにか?」

「ええ!それはもう神妙な、いや根暗めいた顔つきで!」


比叡はひどく怒っていた。



「まー私もさっきまではね、柄にも無く暗い話をしちゃったりしてましたけれども」

「柄にも無いとは思わんが…それで?」

「要するに私はこう言いたかったんですよ。月が綺麗と思えるのって、素敵!
また死んじゃったりするのは怖いけれども、人のように生を謳歌するのって素晴らしいって!」


 一々仰々しく振舞う比叡に、提督は若干辟易しつつも頷いた。

 とりあえずでいい。調子を合わせとけばこの場は収まるだろうと思ったのだ。


「だったら!飲みなさい!」

「うん?」

「哀愁に酔うより酒に酔いましょう!隼鷹さんも言ってました!」

「いやいやいやいや…つうか、アイツは一体何を吹き込んどるんだ」


 そう言いつつも男は杯をとり、早速彼女に酌をしてもらっていた。どうやら納得してしまったらしい。



 しばらくして…


提督「…あっはっはっは!」

 ゴクゴク

比叡「司令!いい飲みっぷりですねー!」

 ダバァー!

提督「とーぜんだ!俺は海軍省一の笊と呼ばれた男だからな!」

比叡「それって褒め言葉なんですかぁー?」

提督「まあな!酒には強いし、その上軍規の穴という穴をくぐり抜けてきたぞ!」

比叡「不良軍人じゃないですか!やだーーーー!」

提督「何が軍規だ!俺が軍規だろうが!」

 グビッグビッ

比叡「わー!司令ってばおっとこまえー!」

提督「あたぼうよ!軍規が怖くて、提督なんかやれるかよ!ぎゃーっはっはー!」



 ...ズドンッ!



提督・比叡「!?」

伊58「うるさい!皆ぐっすり寝てたのに、ふざけるなでち!」

伊19「提督…軍規以前に守らなきゃいけないことってあると思うの。うん」

提督・比叡「……」


 めっちゃ叱られました。

おやすみなさい、なのです

…30分後くらいに更新できたらいいな


>>101 訂正

深海提督「…それからのことは?」

提督「何も考えちゃいない…今はな。そういうお前は?」

深海提督「…ああは言ったが、こちらは正直それどころではないな」

深海提督「私達はお前たちと違い、自らを蝕む毒が仕込まれているのだから」

提督「……」

深海提督「そう暗い顔をするな。お前のような奴がいくらか居なければ、この今日はなかった」

提督「そしたら俺とお前は、今も終わりのない闘争を繰り返していただろう」

深海提督「…強いられた闘争を、な。そういう意味では、お前は私よりもずっと自由だ」

提督「毒がないからか?」

深海提督「そうだ」






提督「…どうしてだろうな。俺にはそれが、戦いから心を守る楯のように思えるよ」


提督「…おはよう」

比叡「お、おはよーございまーす…」

提督「…大丈夫か?」

比叡「そんなわけないでしょう」

提督「だろうなあ」

比叡「まあ司令を責めはしませんけど。私も共犯です」

提督「…あれはお前、俺のことを気遣って」

比叡「ストップストーップ!それ以上は言いっこなしですから!」

比叡「私は貴方が元気ならそれで良いんですよ。他のみんなだってそう」


提督「…どうしてああもうじうじするのだろうな」

比叡「何か後ろ暗い事でもあるんじゃないですか?」

提督「そうかもな。なんだ、気になるのか?」

比叡「そりゃあもう。ですが追求はしませんよー…青葉じゃるまいし」

提督「あいつはあれが仕事でもあるからな」

比叡「あることないこと書きたてようとするのは、彼女達の習慣なんでしょうかね?」

提督「ブン屋はみなあんなもんだ」

比叡「蜂と言うよりは蝗ですけどね」

提督「どちらも数を武器にする点は同じだな…」


比叡「青葉と言えば、ケッコンカッコカリの時にもやって来ましたね」

提督「まあ世間じゃちょっとした話題になった訳だからな」

比叡「そうですね。比叡の中で、一番最初に提督とああなったのは私ですから」

提督「申し込んどいてなんだが、あれは本当に意外だった」

比叡「私もですよ。どうして提督は、お姉さま命の私を選んだのか…正直今でも納得してません」

提督「どうしてだ?」

比叡「将来に向けた予行演習として、だなんて言われても」

提督「断ってもよかったんだぞ?」

比叡「断ったじゃないですか。お姉さまがいるからって…一応指輪は填めましたし、書類にサインだってしましたけど」

提督「俺の顔を立ててくれたんだろ?」

比叡「…とりあえずは、そういうことでいいんじゃないですか?」


提督「…不満そうだな」

比叡「そんなことないですってば」

提督「だったら難しい顔をするな」

比叡「昨日の提督を真似てるだけですーぅ」

提督「おいおい、一体どうしたんだ」

比叡「どうもしてませんよーだ…ふん!」

提督「まいったな…どうすりゃ機嫌を直してくれる?」

比叡「それくらい、自分で考えてくださいよ…」

提督「お前の気持ちなんだぞ?俺はお前じゃないし、男と女じゃ価値観だって違うだろうが」

比叡「…そういうのがダメなんですってばっ!」

 ツーン

提督「比叡?」

 ...プイッ

提督(ふむ…どうしたものか。口も利いてくれないのでは、ますます訳が分からんぞ……)

寝落ちしそうだし一旦ここまでです。
いつもいつも色々至らなくて、申し訳ありません。


提督「…」

比叡「…」

提督(…一々関係を深めようとしなくていいのに)

比叡(あんな言い訳でとぼけるなんて…心底あんな事が言えるようなら、皆からとうに排斥されてますって)

提督(所詮は仮初だ。比叡は何も悪くないが、俺の方が色々と耐えられない)

比叡(この人は、いつまで隠し事をしているんでしょうか?)

提督(ただでさえ、喪った艦娘たちと甦った艦娘たちが重なって見えるんだ。人格自体は元を踏襲しているからな)

提督(そのせいか割り切りにくい。前の比叡は、俺に対して特別強い関心は持たなかったはずだが)

比叡(甘いものを食べてる時みたいに、笑顔でいてくれたらいいんだけどな)

比叡(…やっぱり仮の夫婦だから無理なのかな。あれ?私、どうしてこんなことを…)




比叡『金剛型二番艦、比叡です。ところでお姉様はどちらに?』

提督『第一声がそれか』

比叡『お姉様の居ない艦隊なんて、少しも価値がありませんから!』

提督『言い切るな』

比叡『まあ、榛名か霧島でもいるのなら…我慢出来なくもないですけど』

提督『が、我慢…』

比叡『叛意をひた隠しにするよりは、余程マシではないでしょうか!』

提督『そうかもしれんが、もう少し明け透けではない言い方をだな』

比叡『司令はお辛いでしょうけど…そんなの、私の知ったことではありません!』

提督『…はあ』


 ○

提督『…どういうつもりだ』

比叡『どうと言われましても…その、私は金剛型の名に恥じない戦いを』

提督『ふざけるな!』

比叡『も、申し訳ありませんっ!』

提督『その謝意は誰に対するものだ?』

比叡『勿論司令に対して…』

提督『馬鹿者!旗艦である貴様が無理をして傷つけば、迷惑被るのは僚艦だろうが…!』

比叡『で、ですが…』

提督『言い訳はいい。まずは僚艦達に頭を下げてくるんだ』

比叡『…了解しました!』


比叡『……』

提督『で、どうだったんだ?』

比叡『こっぴどく叱られてしまいました…』

提督『だろうな。霞なんかは特段怒っていたに違いない』

比叡『ええ…旗艦の癖に僚艦を省みず、結果孤立無援になるとはなんてザマって』

提督『全くもってその通りだな…俺のことも罵っていたのではないか?』

比叡『…はい。未熟な私を旗艦に据えたあのクズは、提督失格だって言ってました』

提督『ふむ…仕方あるまい』

比叡『仕方ないって…そもそも今回の件は私が』

提督『組織の管理者とはそういうものだ。部下の責任は、そのまま上司である自分の責任にもなる』

提督『今回の件も、私が貴様の不足を見抜いていれば旗艦には据えなかっただろうからな』

比叡『…私のせいで、そんな』


提督『そう思えるだけまだいい。始末の悪い者は、自らには落ち度なしと開き直るくらいだ』

比叡『…酷い』

提督『ああ、酷いな。だが在り来たりな現実でもある』

提督『他者の負い目を理由に責め立て、死に至らしめる事例もあった。霞に座乗していた宮坂大佐の件などがな』

比叡『…』

提督『責任の所在はともかく…霞は多くを喪った。その屈辱は艦娘になった今もなお忘れちゃいないだろう』

提督『だがその後は過酷な輸送任務を乗り越え、やがては帝国水上作戦最後の勝利をもたらした…』

提督『アレの気性はそうして生まれたものなのだろう。お陰で私も随分と助けられているがな』

比叡『そうですか?ぶっちゃけその、あの子ってかなりキツいですし…まさか司令』

提督『奴のお陰で皆や私の気が引き締まるということだ。断じて、貴様の考えているようなことではない』


比叡『…ああいう部下は、上司からすれば面白くないでしょう』

提督『かもしれんな。実際提督の中でも、彼女を嫌う者は少なくないと聞く』

比叡『あの子…霞もそれは承知の上で?』

提督『無論だ。心構えのない者が、戦場に出ることなど許さないというような面持ちでな』

比叡『心構え、とは?』

提督『死を想うことだ。兵器でもある以上、艦娘たちの存在は死に近い』

提督『それが分からず余計な真似をする者がいる、ということだ』

比叡『…人間と同じように扱うとでも?』

提督『そういうことだ』

比叡『どうなんでしょうかそれは。とは言え、全面的な否定も難しいでしょうが』


提督『哲学だな。疑問を持つのは悪くないが、戦場に赴くには不要なものだよ』

比叡『哲学…そういうの、私にはよく分かりませんが』

提督『私は何故存在しているとか、何の為に生きているとか、そういうやつだ』

提督『貴様で言うなら…どうすれば金剛のようになれるか、どうして金剛のようになりたいかという所か』

比叡『なるほど…ですがそんなの戦場では』

提督『役に立たんな。必要なのは結論だけだ…戦いの最中に思い悩むなどという悠長な真似は出来ん』

提督『でなければ自分は勿論仲間も死ぬ。そういう事態は好ましくないと、私は考えている』

比叡『…私がしたことって、結局そういうことなんですね』

提督『ああそうだとも。理想を求めるのはいいが、それに現状が追いつかないのでは意味がない』

提督『演習と実戦で練度を積み、自身に出来る最善の行動をとる。それが生き残る為の秘訣だ』

比叡『えっと…それでいいんですか?』

提督『いいとも。それとも貴様は戦って生き延びたいとは思わないのか?』


比叡『そんなことありませんよ!ですが死を恐れては、戦うことすらままならないと思いますが』

提督『各々の考え方にもよるだろうが、私はそう思わない。戦場で死を恐れないのは慢心であると考えているからだ』

比叡『慢心、でしょうかそれは。むしろ命を惜しむ方が戦場において好ましくないのでは?』

提督『いや、惜しまずにいるからこそ負けて死ぬのだよ。例えば天龍などはな』

比叡『天龍?ですが司令、この鎮守府じゃ彼女は健在ですけれど』

提督『…ああ、知らないのか。数ある艦娘の中でも、天龍は特に沈みやすいのだ』

比叡『どうして?』

提督『死ぬまで戦いたいと、そう望んでいるからだ』


比叡『兵器としては、それも望ましいでしょう』

提督『望ましいものか。特攻作戦や短期決戦に運用するのが関の山だ』

比叡『それなら代わりの彼女を用意すればいいんです。最悪…私達はいくらだって代えが利きますから』

提督『…犬死でもいいのか?』

比叡『そんなの嫌ですよ!どうせ沈むにしても、せめて相応の戦果を挙げてからがいい!』

提督『どうせ、と言ったか』

比叡『だってそうでしょう。無意味に逝ってしまっては、悔いしか残らない』





提督『…比叡よ』

比叡『はっ!』

提督『貴様ひょっとして、馬鹿なのか?』

比叡『はっ、はいぃぃっ!?』

提督『戦場で死ぬだなんて、ウォーモンガーでもなければ多少は悔いが残るものだろうが』


比叡『わっ、私は兵器ですよ!?』

提督『だったら何だ。また負け戦で沈みたいか?』

比叡『そんなのやですよ!さっきも言いましたけど…沈むなら、せめて勝って沈みたいです!』

提督『なら沈むか?』

比叡『…冗談じゃありませんよ!折角生まれ変わったのに、また戦場に出て沈むだなんて!』



提督『…そうだ、それでいい』

比叡『え?』

提督『折角自我を持ったんだ。お前はお前の意志で動き、戦えるようになった』

提督『かつてよりも不自由なく、それこそ当時をはるかに圧倒する力を振るえるはずだ…ならばそれを十分に活かし生き延びろ』

比叡『…司令。それは指揮官としての命令ですか?』

提督『なに、ただのスローガンだ。不服なら従わなくてもいいんだ』

比叡『従わなければ死ねと?』

提督『そうではなく、好きに生きろということだ。とはいえ勝手にされては困るがな』


比叡『…司令のお考えが解りません。貴方は、私達艦娘をどう捉えているんですか?』

提督『無論、兵器だと捉えている。そして共に戦う仲間だともな』

比叡『仲間…?』

提督『かくいう私も兵器でね』

比叡『!?』

提督『提督と呼ばれる存在…その後期型である者には、自らが兵器であるという自覚がある』

提督『もっとも前世代の提督は、偽の記憶などを植え付けることで人としての意識を形成していたがな』

比叡『…ならば司令は、私達と同質の存在なので?』

提督『知らん!』

比叡『は…』

提督『知らんものは知らんのだから仕方あるまい。気にはなるが、気にし過ぎては命が危うい』

提督『私の命以上に、仲間である貴様ら艦娘の命がな。それが守れなくて何が提督か』


比叡『…』

提督『無論、お前たちをただの消耗品として扱う者も居れば、娼婦のように扱う者も居る』

提督『男も居れば女も居て、老若もあって、そもそも人ではない者もな』

比叡『う、うーん…それはそれで気になりますが』

提督『とにかくだ、消極的に生きようとするな。行き着く先が死でも、最期まで生ききってみせろ』

提督『沈もうとして沈むのではない、みっともなくても生きようと足掻いた結果沈むのが望ましいのだ』

提督『…そうだろう?』ニカッ

比叡(あっ…)///

比叡『…そうですね。私もそれがいいと思います』

比叡(いつもしかめっ面ばかりしてると思ってたけど、この人…こんな風に笑うんだ)

比叡(…はっ!私は一体何を…)


 ○

比叡『…司令』

提督『どうした?また金剛にでもフラれたか?』

比叡『そうじゃないです!お姉様ったら、あろうことか私と司令の仲を怪しんで…』

提督『ふむ、そうか』

比叡『納得しないで何とかしてくださいよ!司令と私は、絶対そんな間柄じゃないんですから!』

提督『まあそう焦るな』

比叡『焦らずに居られますか、これが!』

提督『そうやってお前に関心を向けるのも、一つの手だとは思わんか?』

比叡『!』

提督『本命を落とすために俺を袖にする…お前がよければ、当て馬になってやるぞ?』


比叡『…』

提督『気にするな。こういうことに付き合うのも俺の仕事だからな』

比叡『…えっと、本当にいいんですか?』

提督『おう!』

比叡『金剛お姉様は、提督のこと…よく慕っていますけれども』

提督『恋とは時に不道徳だ。時には、誰かを傷付けることも厭わない』

比叡『だからって…』

提督『どう転がっても、今のままじゃお前か金剛が泣くぞ?』

比叡『ですけど』

提督『二人とも素敵な娘だ。それを泣かせてしまうなど、俺の本意ではない』

提督『叶うならどうか笑って欲しい。戦時だからこそ、幸せと笑顔は尊ばれるべきだ』

比叡『…司令の幸せは?』

提督『仲間達が笑って過ごす毎日だ。少なくとも、今はそう感じているよ』


比叡『…』

比叡(…司令にとって、私もお姉様も大事な仲間の一人)

比叡(けどそれはただ一人じゃなく、大勢の中の一人で…私の望む一人とは違う)

比叡『…』

比叡『…なんだかすれ違ってますね、私達』

提督『そうか?』

比叡『司令と私の意識が違い過ぎて、ホント困っちゃいます』

提督『…気に触ったならすまない』

比叡『気に障ったというか…違うんです、そうじゃないんですけど…何だかもやっとしちゃうんです』


 ○

比叡『…ようやく、戦いが終わるんですね』

提督『ああ、そのはずだ』

比叡『我が艦隊からは、未だ戦没者が出ていません…誇らしいことです』

提督『だが多くの艦隊は海に沈んだ。それを忘れてはなるまい』

比叡『無論です』


 『―――だからこそ、勝って皆で共に帰らねばな』


提督『そうだな○○。俺達は勝って、戦後もしっかり生き延びるんだ』

『当然だ。この○○、今更深海共に負けるつもりはないよ』

比叡『…』

『どうした、比叡?』

比叡『…なっ、何でもありませんよ?ええ』

提督『柄にも無く緊張しているのか?いや…お前は生真面目だからそうでもないか』

比叡『そ、そうなんですよ!緊張のし過ぎでどうも気合が空回っちゃって…』


提督『…心配するな。お前には共に戦う仲間も、姉妹だって居る』

金剛『提督の言う通りネー!私達は独りで戦っているわけじゃないんですヨー?』

榛名『比叡お姉様。最後まで戦い抜いて、今度は共に生き延びましょう!』

霧島『こうして姉妹四人で肩を並べて戦うなんて、今後一度だってないんですから』

『…な?』

比叡『はっ…はい!私、一生懸命頑張って生き延びます!』

提督『ああ。皆で生き延びて、この先の平和を勝ち取る…今はただ、それだけだ!』


「おおーっ!」

提督の言葉へ、その場にいた艦娘たち全員が呼応した。

彼女達は死兵ではない。

数多の死や兵器としての宿命を乗り越えて、懸命に生き延びようとしているのだ。

誰に乞われた訳でもなく、己の意思で。彼の言葉は、あくまできっかけに過ぎない。





菊と刀。

血と鉄。

罪と罰。

――――そして、知と愛。

様々な事柄が交錯する中、艦隊は戦場へと赴いた。



………


……











俺の言葉は欺瞞だった。

その浅薄な言葉が仲間、愛する人を死に至らしめた。

咎人である俺は、十字架を背負い贖わねばならない。その為だけに生き、死ぬ。

彼女達の死を忘れない。

志半ばで散った彼女達の無念を。

悲痛を、憎悪を、そして願いを。

その願いを新たな彼女たちが継承し、叶えさせるのが我が役目。

今の俺はただのいのち。

己に望んでいることなど、何もない。


 ○

比叡「金剛お姉様の妹分、比叡です!経験を積んで、姉様に少しでも近づきたいです!」

提督「ああ、よろしく頼む。姉ともども海の平和を守ってくれ」

比叡「平和ですか…深海棲艦との戦いは、もう終わってしまってますけど」

提督「また戦わないとも限らんだろう」

比叡「それもそうですね。平和な世になっても、兵器が必要とされるのが世の常ですから」

提督「喜ばしいことなのだろうか、それは」

比叡「私としては肯定してくれないと困るんですけど…司令は、私達が戦うことを望んでらっしゃらないと」

提督「さて、どうだろうな。戦うことがないのは何よりだが」

比叡「その辺はお医者様にも同じことが言えますね。患者が増えても減っても、それはそれで困ると」

提督「…ある意味真理だな」








                   …俺はこの先、彼女達と共に生きていけるだろうか―――。





ここまでです。
もっと面白く書けるように、頑張ります。


 ○

比叡「…朝ですね」

提督「朝だな」

比叡「司令…眠くはないんですか?」

提督「眠い」

比叡「なら寝ましょうよ」

提督「それなら比叡、貴様もだ」

比叡「えぇー…私は司令に付き合って完徹したのに!」

提督「深夜番組を見ていただけだろうがっ!」


比叡「だってあのグラサンの人が面白くて…」

提督「グラサン…ああ、あの人か。昼番組もそうだが、随分とご執心のようだな」

比叡「ええ!ですがあの方、昼よりも夜の方がイキイキしているように見えますね」

提督「夜の方が自由にできるからだ。昼間と夜間では、表現規制の程度に差があるからな」

比叡「…いかがわしいのは大抵夜に偏ってますよね」

提督「人目に付きにくくする為だ」

比叡「矛盾してません?」

提督「違いない。だが人目に付きやすいと、何かと目を付けられやすいのだよ」

比叡「憲兵さんたちみたいな?」

提督「まあ、そんなものだ。元になった人物も、表現規制で散々苦しんだらしいからな」


比叡「…ままならないものですねぇ」

提督「そうだな」

比叡「ぶっちゃけ時間帯で規制しても、録画媒体とかでどうとでもなりません?」

提督「実際目にしなければ、関心を持たずに済むという考え方も出来るからだろうな」

比叡「それでも限界はありますよ」

提督「その通りだ。であるから選択眼を養ったりするべきだという意見も当然ある」

比叡「…小難しいなあ。余計なこと考えたってしょうがないのに」

提督「誰かの好きが誰かの嫌いかもしれない、ということだ」

比叡「なるほど。私も政治番組とかは苦手ですから、それはよく分かります」

提督「なら、それを潰してバラエティに変えたいとは思わないか?」

比叡「流石にそれはないですね…というか、好みで無いから潰すなんてワガママですよ」


提督「…残念ながら、そういうワガママもあるということだ」

比叡「どうしてですか?」

提督「物事が自分の好きなようになればいいという気持ちは、意志ある者なら多少は持つもの」

提督「極端な話、争いはそれがぶつかり合うから起こりうるとも言える」

比叡「争いと言うと、戦争も?」

提督「かもしれん」

比叡「争わないとダメなんですか?」

提督「そうとは限らん。だが結果として争おうとする者も居るのだ」


比叡「…それでもし生き死にが決まるのなら、とっても馬鹿らしいです」

提督「それを思い知ったからこそ、こちらと深海の側は停戦協定を結んだのだ」

比叡「終戦ではないんですね」

提督「そうだ。だから再び戦うことになるやもしれん」

比叡「…」

比叡「…」

比叡「…戦わずに済むなら、それが一番ですね。テレビでも見てのんびりしていた方がいいです」

提督「ふむ、艦娘としては不味い発言だな」

比叡「そうでしょうとも。ですが私は、くだらない理由で命をやりとりするのはもっと好ましいと思います」

比叡「…提督はどうですか?」


提督「…」

比叡「…」












提督「…ああ。俺もそう思うよ、比叡」

比叡「…!ですよね!それがいいです!」

提督「戦わずに済むのなら、それに越したことはないからな」

比叡「ええ…ええ!」

提督「では早速、職務に励もうか」

比叡「…眠いからヤです」

提督「おい」

比叡「じょ、冗談ですよ…この番組を見終わったらちゃんと」

提督「今やれ」

>>171 ×もっと好ましい → ○もっと好ましくない

今回はここまででー


提督「…」

提督(そう、戦わずに済むならそれでいいんだ)

提督(だが争いが無くなるとも思えん。我々は所詮、何もかもを受け入れられる器ではない)

提督「…」

提督(しかし何もかもを拒むわけにはいかない。俺は今の、この平和を受け入れなければ…)

提督(受け入れて、より良いものにしていかなければ…その為に、俺はこの先も生きて)

提督(…生きて、生きて…それで一体、何になるというんだ……)

提督(もう誰も居ないここで、俺は…どうしていけばいい?)





提督「…我ながら、何とも情けない話だ」

比叡「何がですか?」

提督「ッ!?」


提督「…何をしている?」

比叡「何って、任務を完了したのでご報告に」

提督「…そうだったな」

比叡「他人事みたいに言わないで下さいよ、もー」

提督「ああ、すまない。今日はどうやら、何もかもが上の空になってしまってな」

比叡「珍しいですね…まあ今は休暇中ですし、こうして仕事をしているのも変なんですけど」

比叡「なのに私まで付き合わせて、あまつさえそれが上の空だなんて言うのはちょっと…」

提督「…」

比叡「司令?」

提督「…あ、うん。気をつける」

比叡「…あの、司令」

提督「大丈夫だ、比叡。俺は…俺は、大丈夫だからな。うん!」

比叡「……」


…つまらない嘘をついてしまった。大丈夫な訳などないのに。

率直に言って疲れている。

かつての俺や彼女達…多くの者が望んだこの平穏を受け入れること。

それこそがこの休暇の目的だったはずなのだ。

大した事ではない。

あの戦いの日々に比べれば、少しも大した事ではないはずなのだ。

…なのに、苦しい。

あの頃よりもずっと辛い日々を、それこそ血反吐の出るような思いで過ごしている。

死と隣り合わせではない、今の方が。






おぞましい。

それでは奴らと何も変わらないじゃないか――――。


金剛「提督ぅー!」

 やめろ。

榛名「提督」

 やめてくれ。

比叡「司令!」

 違うんだ、お前たちじゃない。

「―――提督」

 違う!

 お前じゃない!お前なんかじゃあない!


…こんなのは、ゴメンだ。焼き増しだなんて冗談じゃない。

それじゃあ戦う意味なんて無かったじゃないか。

ただの、茶番。

『かつての栄光を取り戻すため、もう一度やり直さなければならない』

奴らはそう言っていた。

俺達はただの道具だった。

そして俺は、そのことをを知っていた上で戦っていた。

何もかもを受け入れて戦ってきた…しかしそれは、そういう「つもり」でしかなかった。





もしはじめから、あの戦いの目的…『歴史の再現』を俺が知っていたのなら。

…そうだったら、この今はまた違ったものになっていたのだろうかと、不毛と知りつつそう思う。

ここまででー。



 ○


提督「…ここは、静かだな」

 彼は感慨深げな様子だったが、どうにも含みのあるような言い方だった。

伊58「…」

 彼女はそのことが面白くなかったし、不安めいたものも感じていた。

伊58「…提督は、ここに来たくなかったの?」

 そして率直な疑問と、遠回しな批判を彼に伝える。

 二人が居る場所は伊58のお気に入りで、今日は提督と二人でそれを楽しむつもりだったから。


提督「そんなことはない」

伊58「それならもうちょっと楽しそうにしてくれたって、いいんじゃない?」

 ゴーヤは不満を露にしている。

 それもそのはず、最初は提督の方も随分と乗り気でいたのだ。

 なのにここへ着くなり様子を一変させ、口数はめっきり減ってしまった。

提督「…すまない」

伊58「…」

 気まずい雰囲気だった。

 そして彼女の心中は、この場所に来るのを後悔したくなる気持ちでいっぱいだった。

 戦争が終わり、取り戻された穏やかな海。

 それを象徴するといってもいいここは、綺麗な水と多くの命で溢れている。


 そんな場所に、提督は何やら思うところがあるようだった。

 ゴーヤはそれが気になって仕方なかったが、敢えて尋ねようとはしなかった。

 彼は戦争を知っている。

 そして彼女は戦争を知らない。戦地に赴く為、必要な訓練などはこなしているが。

伊58(きっと私の知らない何かなんだろうね。興味はあるけど、無神経な真似はしたくないかな…)

 そう思うのは、彼女が少なからず提督を慕っているからでもあり、信じきれていないからでもあった。

 男は優しかった。

 しかしゴーヤは、全ての提督が必ずしもそうではないと知っていた。

 そして艦娘の中には無碍に扱われる者もいて…潜水艦は、その手の話に事欠かなかった。

伊58(…ああはなりたくないでち)

 無論、この提督にはそんなことをするつもりなど毛頭無かった。

 だが彼女はそれを知らない。

 互いのコミュニケーションは不足でないし、不全でもない。

 それでも何もかもは知り合えない。つまりは、その程度ということ。

伊58(それに私、比叡さんを差し置いてまでここに来たのに、あの人も知らないことを訊くのはね…)

 カッコカリと言う関係。

 しかし周りはそれを仮とは思っておらず、むしろ順当とさえ思っていた。 

中断


 二人の仲がどうにかなる気はしないが、ケチはつけたくない。

 だからゴーヤは遠慮した。

 そう思いたくなる程、二人の仲は良いように見えていて…事実、その通りで。

伊58(羨ましいな、比叡さん)

 少々の嫉妬はある。

 厳しさも優しさも適度に持ち合わせていて、それが様になる容姿な男。

 ―――深海棲艦との長きに渡る戦いを終わらせた、英雄。

 そんな提督をゴーヤは強く慕っているし、彼女と同じような感情を持つ艦娘は少なくなかった。


 ○

伊58「い、いや…」

提督「…」

 目の前には、屍一つ。

伊58『』

 ゴーヤと同じ姿をした少女は、ゆっくりと水底に沈みつつある。

 仰向けになった彼女の目に光はない。

 誰が殺したのか。

 所属する鎮守府の提督か、或いは仲間にか。





 ただ…直接手を下したのは、提督の側にいる少女だ。


伊58『…あなた、誰?』

『誰って…私はあなた、ゴーヤだよ?』

伊58『えっ、と…あなたが、私?』

『そうだけど?』

伊58『…おかしくない?』

『どうして?』

伊58『確かに私もあなたも、同じ「伊58」として生み出された艦娘だよ』

伊58『でもね、だからと言って同じな訳じゃないの』

『…どーいうことかな?』

伊58『同じように生み出されたって、同じように育ったって…どうしてもズレはある』

伊58『あなたと私の立つ場所が違うように。お互いから今見える景色も、全く同じにはならないから』

『…』

伊58『あなたが向こうでどんな目に遭って来たか、私は敢えて訊かないよ?』

伊58『それに聞いたって多分、あなたの望むような答えはあげられないから…でもね』

ギュッ

『え!?』

伊58『こうやって抱き締めたり、側に寄り添ってあげることなら出来るよ』

伊58『私のてーとくがそうしてくれたように、ね』


『…』

伊58『一緒にいこ?そしたらきっと、今よりいいこといっぱいあるよ!』

『…』

 彼女はゴーヤを抱き締め返す。

 彼女の提案に応え、彼女と一緒に過ごす日々を受け入れようとするかのように。

『だったら…そうね』

 瞬間、現れる艤装。

伊58『!?!?』

 そして閃光。

 突然の事態を、平和に生きたゴーヤは殆ど認識出来ていなかった。

 自分が、目の前の彼女に傷付けられたという事実以外は。


『私と一緒にあの地獄へ来てもらうか…あるいは、私があなたに成り代わるか…どっちがいいかな?』

 爆風による衝撃などは彼女も受けたのだが、さしたるダメージは無いらしい。

 彼女が臨戦態勢なのに対し、ゴーヤは迎撃体勢すらとれていない。

 非常に危険な状況だった。

伊58『…して』

『んん?』

伊58『どう…して、こんな…こんな、ひどいこと……』

 悲しそうにゴーヤは言う。

 少女は戦うために来た訳ではない。目の前にいる彼女を助けに、ここまで来た。

 しかしその彼女は、構えた艤装の矛先をゴーヤに向ける。


『…何言ってるの?』

伊58『…ふぇ?』

『私達、兵器なんだよ?こうして傷付けあうことが、存在する理由』

 確かにその通りだ。

『あなただって、演習くらいはしたことあるでしょ?アレはこういうことを、もっと上手に出来るようにするためのもの』

 彼女の言っている事は、艦娘の在り方としては当然の事。

伊58『…そうかも、しれない、けど…戦うこと自体に、それほど大きな意味なんて』

 しかしそれをゴーヤは肯定出来なかった。

 戦う以外の生き方を知っていて…それを好ましく思っている彼女は、同じ姿の彼女を説得しようとする。

『…かも、ねっ!』

 だが、

伊58『ぐっ、う…げっ、けほ…けほっ』

 無情な相手は、うずくまるゴーヤをボール感覚で思い切り蹴飛ばす。そして、

『哀れみなんていらない。私は、あなたに何かを与えてもらわなきゃいけないほど弱くない』

伊58『…!!』

伊58(そ、そんなつもりじゃ…なかったのに……)

 二人の悲しいすれ違い。

 幼すぎる心にとって、優しさはそれを傷付ける刃でしかなかったのだ。

ここまで

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年03月27日 (月) 04:08:02   ID: 0mMK1712

面白いのに続きないのか。

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