まどか「対創の」ほむら「物語」 (364)

・叛逆後

・相も変わらずまどほむです

・初めてシリアス、のつもりで書きました

・稚拙な地の文有り、序盤はかなり多いです


おかしい所や食い違い等がありましたら申し訳ございません



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6月某日


机の上で頬杖を着き、窓の外の景色を眺めながら授業を聞き流す。
別に景色を眺める事が楽しいわけではない。ただ、真面目に授業を受けようなんてつもりも更々無かった。

学校に通っている理由…それは鹿目まどかの監視。
監視といっても彼女の行動を見張っている訳ではない。力の目覚めを妨害する為だ。

今の暁美ほむらにはそれが今この教室に、この世界にいる唯一の理由だった。


特に代わり映えしない景色をいつものポーズで眺め続けていたほむらだったが、
周りの席に座っている生徒がいそいそと教科書を仕舞い始めたのを見て、自身も帰る支度を始めた。

「では今日はここまで」


教壇に立って数学を教えていた教師が教科書を閉じた。同時にチャイムが校内に鳴り響く。


ほむら(さて、帰りましょうか)


退屈な今日の学校生活を終え鞄を持ち席を立とうとしたその時、ほむらに話しかけてくる物好きな生徒が一人いた。


まどか「あ、あの…ほむらちゃん」

ほむら「…何?」


勇気を振り絞ってきたであろうまどかの一言に素っ気なく返事をする。
萎縮していたまどかが更に身を縮込ませてしまった。

ほむら「…帰ってもいいかしら?」

まどか「あ、…えっとね、い、一緒に帰って欲しいなぁ、って思って…」


想像していた通りのまどかの言葉にほむらは予め用意していた言葉を返す。


ほむら「ごめんなさい、用事があるの。…じゃあね」


そのまま目も合わせずに立ち上がり、手に持った鞄を肩にかけそのまま教室を出て行った。


さやか「…やっぱりやめといたほうがいいよまどか」

まどか「わたし…ほむらちゃんに嫌われてるのかなぁ…」


一連のやり取りを遠目で眺めていたさやかがまどかを慰める。

さかや「これで何連敗?」

まどか「…10、かな」


まどかがこの学校に転入して一か月が経った。まどかがまともにほむらと会話出来たのは転入初日だけだった。

ほむらはまどかを避けていた。

理由は簡単だった。初めてこの世界でまどかと接触した時に、彼女の力が目覚めかけたから。
それ以降、ほむらは自分からまどかに話しかけたりはしなかった。

まどかに話しかけられても最小限のやり取りで済ませる。
こんな日々を一か月送ってきた。
そしてこれからも続けていく。ほむらはそう決心していた。

全てはまどかの為。

まどかに一秒でも長く、人間としてこの世界で生きていてもらいたかったからだ。
まどかが寿命を迎えるのが先か、それともこの世界が壊れるのが先か。

だから…まどかの力を目覚めさせるきっかけを作ってはいけない。


それ故に、ほむらは仮面を被り、心に壁を作った。

6月21日


まどか「ほ、ほむらちゃん」

ほむら「ごめんなさい。先に帰るわね」


いつのようにまどかの願いをあしらい、ほむらは席を立った。

今日もこのまま何事もなく終わる…そう思っていた。


さやか「ちょっと待ちなさいよ」


階段を降りようとした時、さやかが後ろから話しかけてきた。


ほむら「…珍しいわね。貴方まで話かけてくるなんて」


ここ暫くまどか以外の人間と会話をしていなかったほむらは、少しだけ驚きの感情が込もった声を出した。

さやか「なんでそんなにまどかを避けてるの?」

ほむら「…別に避けているわけじゃないわ」


全く隠す気のない嘘を吐く。その態度にさやかの態度は警戒から苛立ちへと切り替わる。


さやか「あんたねぇ…!ぐっ…」


突如頭を押さえ、少し苦しそうな表情になったさやかだったがほむらは全く心配する素振りを見せない。


ほむら「言いたいことはそれだけ?じゃあ私は…」

さやか「…なんで……こんな世界を作り直してまで…」


ほむらの表情が変わる。驚きの表情が浮かび、すぐに警戒するような表情に切り替わる。

>>8 やってしまった… さやかですね申し訳ないです。



ほむら「まだ記憶が残っているのね。…本当にしぶとい」

さやか「いいから答えなさいよ!なんでまどかに冷たく当たるの!」

さやか「なんで…まどかの為に世界を改変したのに…まどかを拒絶するのよ」

ほむら「…まどかの為よ。人として幸せに生きて欲しい。私の唯一の願いよ」

さやか「幸せ…?何寝ぼけたこと言ってんのよ!」

ほむら「訂正しなさい。私の願いを否定することだけは許さないわ」


ほむらの周辺の空気が変わる。さやかに敵意と殺意を向ける。

その雰囲気に威圧され、思わず一歩だけ下がってしまったさやかだが踏みとどまりほむらに問いかける。

さやか「あんたには今まどかが幸せそうに見えてるの?」

ほむら「…ええ。友達に囲まれ、家族に囲まれ、どう見ても幸せでしょう?」

さやか「まどかがあんたに誘いを断られた時の顔を見てもそう言える?」

ほむら「…」


ほむらはまどかの誘いを断った時、いつも目を見ていなかった。

いや、見れなかった。どんな表情をしているのか分かっていたからだ。

さやか「あんたの目には今まどかは幸せそうに見えてるかもしれないけど」

さやか「あたしから見たら全然幸せそうに見えない」

さやか「あんたがまどかの隣にいないから」

ほむら「…うるさい」

さやか「別にアンタを許すつもりなんて無い。でもさ、まどかの為に世界を改変したのなら最後まで責任を取りなさいよ」

ほむら「黙りなさい」

さやか「アンタがそんな態度を取り続けている限りまどかは一生幸せになれないよ。断言してもいい」

ほむら「黙りなさいと言ってるでしょう!」

ほむらは何も言い返せない自分に腹が立ったからか、
それともさやかの全て御見通しと言わんばかりの態度に怒りを覚えたのか。

もしくは、その両方だったのか…ほむらは声を荒げさやかの言葉を制止する。

苛立ちを隠せない様子のほむらを、さやかは少し憐れむような目で静観していた。


ほむら「…貴方のその妙な鋭さは変わらないわね。今度こそ記憶が蘇らないように完全に封印してあげるわ」


ほむらはさやかに向け手を伸ばす。だがさやかは一切抵抗する素振りを見せなかった。

ほむら「…少しは抵抗すると思っていたけれど」

さやか「こんな所で暴れるわけにもいかないでしょ。それに…」

さやか「もう言いたいことは言い切った。だからもういい」

ほむら「…っ」


いちいち腹を立たせてくれる。少し歯ぎしりをするが、それもこれで最後だ。

さやか「あとね」

さやか「あたしはあんたが悪魔だってことは絶対に忘れない」

ほむら「…さようなら。女神の鞄持ちさん」


さやかの言葉にほむらは最後まで言い返すことが出来なかった。

まどか「…ど、どうしたの二人とも!?」


先程のほむらの声が聞こえたのか、まどかが慌てた様子で駆け寄ってきた。


さやか「…えっと、何の話してたんだっけ」

ほむら「貴方に借りたCDを忘れてしまったから明日持ってくるって話でしょう?寝ぼけているの?」

さやか「あー、そうだっけ?……そうだ!あれお気に入りのなんだから絶対今日返せって言ったのに!」

ほむら「だからちゃんと明日持ってくるわよ。…そういう訳だから。じゃあね」


適当に作り上げた理由をさやかに刷り込み、その場を収めたほむらは階段を降りていく。

まどか「さ、さやかちゃん、ほむらちゃんとCDを貸したりするほど仲良かったんだ?」

さやか「あー、うん…まあね」


さやかはまだ少し混乱していた。何かもっと大切な話をしていたような気がする。
しかし頭の中に靄が掛かったように思考がはっきりしない。

そしてさやかは…


さやか(まあ、いっか)


考えるのを諦めてしまった。

だが、ほむらを警戒しないといけない。

なぜだかわからないが、さやかはそう考えていた。

7月20日


さやかとの一件から一か月経った。あれからさやかは特に話かけては来ない。
まどかは時折諦めずに誘いを持ちかけてくる。そしてほむらも諦めずに誘いを断り続けていた。

最後にまともにまどかの顔を直視したのはいつだったか、そんなことをボンヤリと考える。


「あんたがそんな態度を取り続けている限りまどかは一生幸せになれないよ。断言してもいい」


さやかの一言をまだ引き摺ってしまっているのだろうか?
違う、と言い切れる自信は無かった。


…まどかがこちらを向いている気配がする。ほむらは窓の外を凝視し続けた。

人間と視線を合わせるのを避ける悪魔なんて滑稽だ。ほむらは心の中で自虐する。

だが、そんな日々とも暫くお別れだ。

早乙女「では皆さん。明日から夏休みですが羽目を外し過ぎないように!」

早乙女「特に!異性との交遊に関しては夏休みの間は禁止にします!」

さやか「今度も早かったね」

杏子「一か月もったっけ?」

さやか「さあ?」


新たに付き合い始めた男性と一か月持たずに破局を迎えた和子は、
青春を謳歌している目の前の生徒、もとい軽口を叩いたさやかと杏子をを憎むかのように睨み付ける。


さやか「せ、先生!そろそろチャイムが鳴っちゃうから!」

早乙女「あら、本当ね。それじゃあ皆さん、よい夏休みを」


ようやく教師らしい顔つきに戻った和子は夏休み開始の合図を告げた。


早乙女「そうそう、宿題を忘れた人は…どうなるかわかっていますね?」


手に持っていた指し棒が真っ二つにへし折られる。最早見慣れた光景だった。

杏子「さやか、ああならないように気を付けろよ」

さやか「杏子、九月に入った早々命を落とさないようにね」

杏子「…あたしにいい案がある」

さやか「へぇ…聞こうか」

杏子「お互い担当を決めて写すってのはどうだ?」

さやか「その案…乗った!」


だが、この案が実行に移されるのは夏休み終了二日前になることを二人はまだ知らない。


そんな二人の茶番を横目で流しつつほむらは帰り支度を始める。

しかし、ほむらはこのまますんなりと帰れるとは思っていなかった。

まどか「ほむらちゃん」


先程視線を感じた時から、話しかけてくるのではないかと確信に近い予感はあった。


ほむら「何?」


いつもと変わらず、お決まりの言葉で返事をする。


まどか「夏休み、どっか行くの?」

ほむら「実家に帰るわ」

まどか「あ…そ、そうなんだ」


出鱈目に吐いた嘘をまどかはあっさりと信じてしまう。


ほむら「ええ。それじゃあね…また九月に会いましょう」

食い下がる隙も与えずほむらは会話を切り上げて立ち上がる。
まだ会話を続けたそうなまどかだったが切り出し方がわからない、そんな様子だった。

このまま帰れそうだと思った時だった。意外な人物が声をかけてきた。


杏子「おいほむら!夏休みどっか行こーぜ!」


杏子だ。別段仲良くも険悪でもない、そんな関係だったがこの手の誘いは今までに無かった。
そんな杏子に、隣にいたさやかも少し驚きの表情を浮かべていた。

ほむら「…遠慮しておくわ。それに私は実家に帰るからどの道無理よ」

杏子「実家に帰るって夏休み期間中ずっとってワケじゃねーだろ?」


まどかは食い下がってこなかった言葉に、杏子は簡単に食い下がってきた。

ほむら「やっぱりやめておくわ。出来ない約束はしない主義なの」

杏子「なんだよー。折角の夏休みなのによー」


杏子は机の上で胡坐をかき、腕を組んで文句を垂れている。


ほむら(面倒くさいわね…。夏休みで気分が高まっているのかしら)


相手をしないで帰ってしまえばいいもののまどかの手前というのもあってか、律儀に杏子の相手をする。

ほむらは、さやかに対しては少し嫌悪感…というよりも苦手意識があった。
まどかに対しては特に気を使って立ち回っている。

だが、杏子に対しては特に気を使うこともなく接していた。

過去のループの中で、共に戦った時間が一番長かったのは紛れもなく杏子だった。
そのせいか、ほむらは杏子に少し気を許していた部分もあった。

それは今現在でも変わらなかった。

ほむらと杏子のやり取りをつまらなさそうに見ているさやか。

ほむらと杏子のやり取りを少し羨ましそうに見ているまどか。


その二種類の視線を背中と正面から受け、ほむらは今すぐにでも立ち去ってしまいたかった。


杏子「そんなにあたし達のこと嫌いかよ?」

ほむら「…」


返答に困る質問だ。

後ろにいるまどかの表情が少し曇ったのが振り向かなくても分かる。


この場を簡単に、手早く脱出するには「嫌い」と吐き捨ててしまえばよかった。

しかし、杏子はあたし達と言った。どう考えてもまどかも含んだ物言いだ。


まどかのことが嫌いだと、ほむらは口が裂けても言えなかった。

まどかに助けられ、まどかを想い、まどかの為に全てを費やして今がある。

世界中の人間を敵に回すような嘘は吐けても、まどかのことが嫌いという嘘だけは絶対に口にできなかった。


ほむら「…そんなことは無いわ」


ほむらの答えに少し安堵したのか、まどかの表情が少し緩んだ…そんな気がした。


杏子「じゃあいいだろー?少しくらい遊んでくれてもさー」


まだ諦めようとしない杏子に対し、ほむらは本腰を入れて話を切り上げにかかった。

ほむら「…やっぱり遠慮しておくわ。宿題は自分達でやりなさい」

杏子「うげっ…」


ほむらの一言に杏子の顔色が一気に悪くなる。


ほむら「やはりね…。そんなことだろうと思ったわ」

杏子「い、いや別に宿題手伝ってもらいたいだけじゃねーぞ!?」

ほむら「そうだったとしても動機の半分以上がそれでしょう?…もう帰るわ。貴方の隣の子の視線が痛いからね」

まどか「ほ、ほむらちゃん!?」

杏子「お、おい!ほむら!」


今度はもう立ち止まらない。二人の呼びかけを無視し、そのまま教室の扉をくぐり抜けた。

杏子「…あーあ。おいさやか!お前もちっとは協力しろよ!」

さやか「…別にあいつの手なんか借りなくても宿題くらいできるよ」


まどかには聞こえないよう、小声でさやかは杏子に言葉を返す。


杏子「さやかってホント、ほむらに冷たいよな」

さやか「そう…だね。自分でもなんでだかわかんないんだけどさ…」


杏子とさやかのやり取りが少し気になりつつも、まどかは先程ほむらが出て行った扉を見つめていた。


まどか(…一緒に、どこかに遊びに行きたかったな……)

8月3日


ほむらは特に何かするわけもなく夏休みを消化していた。

この世界を作り出して以来、ほむらは食事を摂らず、眠ることさえしなかった。
自分の部屋でも学校と同じ様にずっと窓の外を眺めていた。

暇だと思うこともなかった。特に何も考えず、沈んでいく太陽と月を見続ける。
何度太陽を見送ったかわからなくなり時計に表示されているカレンダーに視線を移す。

まどかと顔を合わすことなく二週間が経過していた。
もっとも、まどかがほむらと顔を合すことができるのは、まどかがほむらの部屋に訪ねてくる他ない。
だが、まどかには帰省すると伝えてある。万が一訪ねてきても居留守を使ってしまえばよかった。

ほむらはまどかの周辺に魔力を張り巡らせ、異変が起きた際すぐ気が付くようにしている。
こうしておけば外に出る必要は無かった。

必要はない筈だった。だが、ほむらは夕暮れの街を歩いていた。
何時の間に外に出ていたのだろうか、ほむらは自分でもわからなかった。
なぜ外に出たのだろうか、それもほむらにはわからなかった。
少しでも人間らしい振舞いがしたかったのか。

時折、悪魔の自分を人間だった頃のほむらが干渉してくる…そんな気がする。

ほむらは自分の左手の甲に視線を向ける。
悪魔でも、人間でも無かった頃にソウルジェムがあった位置だ。


ほむら(貴方の心はもう邪魔なのよ…。出てこないで頂戴)


悪魔が警告する。人間だった頃の弱かった自分に対して。人間でも無かった頃の自分に対して。

どれだけ歩いたのだろうか、ほむらは足を止める。

遠くから太鼓を叩く音と笛の音が聞こえてきた。


ほむら(…お祭り?)


ここで踵を返し、今来た道を戻れば違う未来があったのかもしれない。

だがほむらの足は、音が聞こえる方向に歩を進めた。

そしてほむらは出会ってしまう。

この世界の終焉を迎える時間、その時計の針を進めてしまう人物に。

ほむら(私は何をしているのかしら…)


祭りの音に誘われ、無意識に歩を進めたものの祭りを楽しむ気持ちは欠片も無かった。


ほむら(帰りましょう…)


歩くのを止め、振り返る。…だが遅かった。


「…ェェェェェン」


声が、聞こえた。


ほむら(…泣き声?)


振り返った位置でそのまま立ち止まり、少し耳を澄ませる。


「ウェェェーーーーン!」


声の聞こえた方向に視線を向ける。周囲に灯りが無く、少し薄暗いがそこには子供がいた。

その子供に、ほむらは見覚えがあった。


ほむら(…鹿目…タツヤ)

まどかが世界を改変した後の世界、そこで鹿目家とほむらは親交があった。
初めて会った時、タツヤは川沿いの土手の地面にお絵かきをしていた。

まどかを描いていた。

それ以降ほむらは、学校の帰りにそこに寄るのが日課になっていた。
タツヤはほむらを実の姉のように慕い、懐いていた。

そんな様子に母の詢子も父の知久も頬を緩ませた。家に招待したことも何度もあった。
ほむらも鹿目家の温かさに触れ、その居心地の良さに甘えてしまっていた。

だが、その生活も長くは続かなかった。

ほむらは分かっていた。自分の成長が止まっていることに。
このままではいずれバレてしまう。自分が普通では無いことに。

だからほむらは親交を絶った。遠くに引っ越すという名目を立てて。
三人は寂しいと言ってくれた、ほむらはそれが嬉しかった。
この家に住んだらいいと提案してくれた。ほむらは断るのが辛かった。

それでもほむらは三人に別れを告げた。
小学校に上がったばかりのタツヤは最後まで泣いていた。
知久と詢子は笑って見送ってくれた。
それがほむらが見た三人の最後の姿だった。


そして今、初めて出会った時の姿にそっくりな鹿目タツヤはそこにいた。

悪魔ではなかった頃の記憶が刺激され、何も考えられなくなっていた。
ほむらは泣いているタツヤに近寄る。


ほむら「こんなところで泣いてどうしたの?」


視線の高さを合わせるように腰を下ろし、覗き込むようにタツヤに声を掛けた。


タツヤ「うっ…グスッ…、ママが…パパが…」

ほむら「はぐれてしまったのね?」

タツヤ「…うん」

下を向き、手で涙を拭いながらタツヤは答える。


ほむら「大丈夫よ。すぐに見つかるわ」


ほむらはタツヤを慰め、泣いているタツヤの頭に手を乗せ優しい手つきで撫でた。


タツヤ「…ほんとうに?」


泣き止んだのか、涙を拭っていた手が止まる。

タツヤが顔を上げ正面を向く。ほむらと視線が交差した。


タツヤ「…ほむあ?」

ほむら「…っ!」


頭を鈍器で殴られた様な、心臓を握られた様な感覚を覚えた。


ほむら「…なん…でっ…」

タツヤ「ほむあ!ほむあ!」


まどかが家でほむらの話題を出したから知っていたという可能性もあったがそうではない。

明らかにタツヤは目の前にいる少女がほむらだと認識し、確信していた。


ほむらの被った仮面は剥がれ、心に築いた壁はいとも簡単に崩れてしまった。


無意識の内にほむらはタツヤを抱き寄せ、そして抱きしめていた。


ほむら「…うっ……ううっ…」

タツヤ「ほむあ、ないてるの?」

ほむら「ごめん…ねっ…」


それ以上、言葉を出すことは今のほむらにはできなかった。

ほむら「…ごめんねタツヤ君。手間をかけさせてしまって」

タツヤ「んーん!大丈夫!」


少し涙を流し、落ち着きを取り戻したほむらはタツヤの手を握った。


ほむら「私も一緒に探すわ。ご家族も心配しているでしょうし」

タツヤ「ありがとほむあ!」

ほむら「いいのよ。じゃあ行きましょう」


手を握ったまま二人は歩き出した。
先程まで泣いていた二人の顔にもう涙は無く、そこには笑顔があった。

ほむら「お祭り楽しかった?」

タツヤ「うん!わたがしおいしかった!」

ほむら「ふふっ、それはよかったわね」


少し会話がかみ合っていない感はあるがほむらは気にしない。
何も飾らない素の自分を曝け出してタツヤと会話する。

気を使わず会話ができるというのが楽しかった。

傍から見れば仲の良い姉弟にしか見えない。

だが、そんな時間もすぐに終わりを迎える。


ほむらとタツヤはほぼ同時に気が付いた。

知久と詢子がいた。心配そうに周囲を見渡しタツヤを探していた。

タツヤ「あっ!パパ!ママ!」


握っていた手がスルリと滑り抜けていく。タツヤは一目散に駆け出していった。


知久「タツヤ!」


タツヤが知久の胸に飛び込んだ。知久と詢子の顔に安堵の色が浮かび上がる。


詢子「タツヤ!一人で歩き回っちゃダメだって言っただろ!」

タツヤ「うぐっ…ヒック…ごめんなさい」

知久「でも無事で本当によかったよ」


タツヤは安心したのか再び泣きだしてしまった。
そんなタツヤの頭を知久は優しく撫でる。

知久は頭を撫でている中、遠目でこちらの様子を見ているほむらに気が付いた。
ほむらと知久の視線がぶつかる。

その瞬間ほむらは後悔した。どうしてさっさと立ち去らなかったのだろうか、と。

知久「もしかして、君がこの子を?」

ほむら「あ…いえ…その…」


知久はタツヤを抱えほむらに近寄った。詢子も知久の動きに続く。


詢子「タツヤが世話になっちまったみたいだね。ありがとな」

ほむら「いえ…そんな御礼を言われるようなことでは…」

知久「そんな事は無いよ。本当に感謝してる」


ほむらはここから立ち去る機会を窺っていた。一刻も早くここから離れないと……

まどか「タツヤ!」


遅かった。浴衣姿のまどかが慌てるように駆け寄ってくる。

逃げるように立ち去ろうとしたほむらだったがそれは叶わなかった。


まどか「ほむら…ちゃん?」


名前を呼ばれた。思わず動きが止まってしまう。

今はまどかと顔を合わせたくなかった。

会話をするのを避けたかった。

知久「まどか、知り合いの子なのかい?この子がタツヤと一緒にいてくれたみたいなんだ」

まどか「…そうだったんだ。ほむらちゃんはわたしと同じクラスの子なんだよ」

詢子「へぇ。それじゃあ尚更ちゃんと御礼をしないといけないな」

ほむら「…私は…別にそんなつもりじゃ…」


ほむらは距離を取るように少し後ろに下がる。
だが、まどかはそんな様子のほむらにお構いなしに駆け寄り距離を詰め、ほむらの手を握った。


まどか「ほむらちゃん」


駄目。見てしまってはいけない。

まどかから慌てて視線を逸らす。

だが、魔法をかけられたかのようにほむらの視線はじわじわとまどかに吸い寄せられていく。


そして、まどかと目が合ってしまった。

まどかは笑っていた。過去幾度と見た屈託のない笑顔がほむらに向けられていた。


まどか「ありがとう。ほむらちゃん」


まどかの温かさが、手のぬくもりがほむらに伝わる。

ほむら(…ずっと……避けていたのに……)


無防備な状態でまどかに触れてしまった。
まどかの温かさを思い出してしまった。

ほむらの心が、揺れてしまった。


知久「ほむらちゃん、だったね。是非とも御礼がしたいんだけど」

ほむら「それは…」

まどか「ほむらちゃん…もしかして迷惑、なのかな…」


まどかの表情が曇る。ほむらはもう、そんな表情のまどかは見たくなかった。

ほむら「ちっ、違う!そんな事は…無いわ」

まどか「…ほんと?」


絞り出すように言葉を放ち俯いたほむらを、まどかは下から覗き込むように見つめる。


ほむら「…ええ。でも…迷惑だと思って……」

詢子「そんな事無いって。気ぃ遣いすぎだぞ?」

知久「まどかも、友達が家に来てくれると嬉しいよね?」

まどか「え…う、うん!」


まどかは友達という単語に少し戸惑い、言葉が詰まってしまった。


ほむら「…友達……」


望んでいなかった。ずっと一人で生き続けるつもりだった。

どうしてこうなってしまったのだろうか。

望めば離れ、拒絶すれば近づいてくる。

まどかの為に作り出した世界なのに。

まどかを想って突き放していたのに。


何故こうも思い通りにいかないのだろうか。


ほむら「…分かりました。お邪魔させていただきます」

まどか「来てくれるの!?」


ずっとほむらの手を握っていたまどかの手に更に力が入る。

ほむら「ええ。こんなにもお誘いしてもらって…無碍にするのも申し訳ないもの」

まどか「ありがとう!ほむらちゃん!」


再び、満面の笑顔。
この笑顔を見る度に、ほむらの胸は高鳴ってしまう。


知久「ごめんね。しつこくお誘いしてしまって」

ほむら「いえ……う、嬉しかった、です」

詢子「ほー、クールでかっこいい感じだと思ったけど…結構可愛いところもありそうだな」

ほむら「…そんなこと、…ありません……」


過去に同じ言葉をかけられた事がある。
そしてほむらは、その時と同じように俯き顔を隠した。

まどか「そういえばほむらちゃん、いつこっちに戻ってきたの?」

ほむら「…お、一昨日よ」


付いた嘘に更に嘘を重ねる。仕方が無い、この事態は完全に想定外だった。


まどか「じゃあ、夏休みはもうずっとこっちに居るの?」

ほむら「え、ええ。そうね」

まどか「ティヒヒ、そうなんだ!」

知久「じゃあ、ほむらちゃんの都合がいい時があったらまどかに伝えておいてね」

まどか「ほむらちゃん、携帯の番号…交換してくれない?」


ずっと握っていた手を少し名残惜しそうに離し、まどかは下げていた巾着から携帯を取り出した。

ほむら「…ごめんなさい、私携帯は持っていなくて」


これは嘘では無かった、正直今の自分には必要が無いと思っていたからだ。


まどか「…あっ、そうなんだ……」


番号の交換を断られ、まどかは悲しそうな表情を浮かべる。
その表情を一秒でも早く消し去りたいほむらは慌てて口を開いた。


ほむら「ば、番号だけ先に教えておいて頂戴。契約したらすぐにこちらから連絡を入れるわ」


咄嗟に並べた言葉の中に契約という単語が混じった。嫌な記憶が少し、蘇った。


まどか「うん!…ハイ!これがわたしの番号だから!」


手渡されたメモにはまどかの携帯番号とメールアドレスが記されていた。
ほむらはそのメモを受け取り、慎重に折り畳みポケットに仕舞いこんだ。

ほむら「できるだけ早く連絡するわ」

まどか「い、いいよそんなに急がないでも」

ほむら「…私が連絡したいのよ」

まどか「…えっ?」

ほむら「…ごめんなさい、なんでもないわ。では私はこれで」


振り向き、立ち去ろうとしたほむらを知久が呼び止める。

知久「一人で大丈夫かい?家が近いのなら送っていくよ」

ほむら「いえ、大丈夫です。御家族でお祭りを楽しんでください」

まどか「ほむらちゃん…」

ほむら「…必ず連絡するから、待っててね…まどか」

まどか「…うん!待ってるよほむらちゃん!」

タツヤ「ほむあー!ばいばーい!」

ほむら「じゃあねタツヤ君。もう勝手に一人で歩き回っては駄目よ」

タツヤ「うん!」

ほむら「いい子ね。…では、失礼します」


頭を下げ、ほむらは立ち去る。

早く一人になりたかった。

詢子「なんか、不思議な子だな」

知久「ママもそう思うかい?」

まどか「えっ?どういうこと?」

詢子「初めて会ったはずなのに、そんな気がしなくてな」

知久「僕も同じだよ」

タツヤ「はじめてじゃないよ!ほむあだよ!」

詢子「はいはい。あんな綺麗な子、一度見たら忘れる訳ないだろ?」


タツヤの抗議を聞き入れず、知久と詢子は聞き流した。


知久「それにしても、本当に一瞬目を離した隙にいなくなってたからビックリしたよ」

詢子「お前は忍者かっつーの」


詢子はグリグリと、拳をタツヤの頭に軽く押し付ける。
その刺激が心地いいのか、タツヤは楽しそうに笑っていた。


まどか(ほむらちゃんと仲良くなれた…、んだよね…)

まどか(…嬉しいな)

帰宅したほむらは真っ暗な部屋の中で膝を抱え座り込んでいた。
恨めしそうに見つめる視線の先には自分の左手があった。


ほむら(本当に、何がしたいの?)


本気で断ろうと思えばいくらでも理由は思いついた筈だ。

ほむらは戸惑っていた。理由が思い浮かばなかった事にではなく、断ろうとすら考えなかった自分に。

まどかの側に居れば、まどかがこの世界から再び消えてしまうかもしれない。

まどかの側に居れば居るほど、まどかの側から離れられなくなるかもしれない。

まどかの側に居れば居るほど、私は…

ほむら「…くっ!」


ほむらは勢いよく立ち上がり、テーブルに左手を着いた。

右手に魔力を込める。込められた魔力は具現化され、ナイフのような形をしていた。

作り出したそれを、ほむらは自らの左手に突き刺した。


ほむら「ぐっ…!あっ…!」


鋭い痛みが左手に走る。その気になれば痛みなど完全に遮断できるが、敢えてそうはしない。

タツヤに心を揺さぶられ、まどかの接触を許してしまった、そんな不甲斐ない自分への罰だった。

ほむら「…つっ…!」


突き刺したナイフを勢いよく引き抜く。引き抜いた際にナイフに付着した血が部屋に飛び散った。


ほむら「ハァ…!ハァ…!」


血まみれになった左手を見つめる。かつてソウルジェムがあった場所に痛々しい傷跡が出来ていた。


ほむら「…悪魔でもっ…血は赤いのね…つっ…!」


久しぶりに感じた痛みに思わず足元がふらつき、尻餅を着く様に床に座り込んだ。


ほむら「…これで最後にするのよ、暁美ほむら。自分の願いを貫きなさい」


他人に言い聞かせるように力無く呟いた。

だが、一度心に起きてしまった揺れは簡単には収まってはくれなかった。

また書き溜めできたら投下します。

初めてのシリアス物の為不安で一杯ですがおかしな点があればご指摘お願いします。

それではここまで読んで下さった方、どうもありがとうございました。

よっしゃまどほむやんけ

>>58
いつもありがとうございます。

少し投下します。

8月4日


次の日、ほむらは購入したばかりの携帯を手慣れた手つきで操作していた。

包帯を巻いている左手では無く、左手を貫いた右手で。


ほむら(早い方がいいわね…)


まどかから受け取ったメモに記された番号を打ち込み、通話ボタンを押した。

耳に当て、呼び出し音を聞きながらほむらはこれからの事を考える。


ほむら(…今日が過ぎたらまた今までの生活に戻る。それが正しいのよ)


五回目のコールで繋がった。一度思考を停止し会話に集中する。

まどか『も、もしもし?』


知らない番号からの電話に少し戸惑い、警戒している様子だった。


ほむら「急な通話でごめんなさい…ほむらよ」

まどか『ほむらちゃん!もう携帯買ったの?』

ほむら「ええ。早い方がいいと思って」

まどか『ゴメンね。わざわざ携帯用意してもらっちゃって…』

ほむら「いいのよ。これから必要になると思うし」

まどか『持ってると便利だもんねっ』


ほむら(これから必要になる?私は何を言ってるの?)


先程まで考えていた事と口に出した内容が一致しない。

まどか『ほむらちゃん?』

ほむら「あっ…ご、ごめんなさい」


自分に驚き、思考が止まり会話も止まってしまっていた。


ほむら「それで…昨日の件なんだけど」

まどか『うん。ほむらちゃん、いつなら大丈夫?』

ほむら「私は別にいつでも構わないわ」

まどか『ホント?…ちょっと待ってね』


携帯越しに扉が開いた音が聞こえる。続いて階段を駆け下りる音。
そして、少し遠くからまどかの声が聞こえる。

まどか『パパ!ほむらちゃんいつでも大丈夫なんだって!』


まどか『うん…うん!分かった!』


まどか『ごめんね、待たせちゃって!』

ほむら「いえ、階段で転んでしまうんじゃないかと少しヒヤヒヤしていたところよ」

まどか『…もー、転ばないよぉ』

ほむら「ふふっ…ごめんなさい」

まどか『…ティヒヒ!あっ!パパがね、ほむらちゃんがいいのなら今日でも大丈夫だ、って』

ほむら「昨日の今日でいきなり押しかけてしまっていいの?」

まどか『うん!タツヤもほむらちゃんに会いたがってるみたいだし』


ほむら(早い方がいい…。好都合ね)

ほむら「そう。じゃあお言葉に甘えさせて頂こうかしら」

まどか『今日来てくれるの!?』

ほむら「ええ。今日はもうやる事も無かったしちょうどいいと思ってね」

まどか『分かった!パパに伝えておくね!…そういえばほむらちゃん私の家の場所ってわからないよね?』


ほむら(目を瞑っていても辿りつける自信があるわ、なんて言ったらどういう反応をしてくれるのかしら)


ほむら「あっ…そうだったわね。住所を教えてもらえれば多分大丈夫だと思うのだけど」

まどか『どこかで待ち合わせしない?迎えに行くよっ』

ほむら「そんな…迷惑じゃないかしら?」

まどか『ううん!そんなことないよっ!』

ほむら「…それにも甘えてしまおうかしら」

まどか『じゃあね…場所なんだけど――』

ほむら「――それじゃあ…また後でね」

まどか『うん!…楽しみにしてるからっ』


最後まで楽しそうに喋っていたまどかとの会話を終え、電話を切る。

ほむらは通話を終えた携帯をもう用済み、と言わんばかりにベッドに放り投げる。


ほむら(…楽しみにしている訳じゃない。私は……)


少しだけ左手の傷が疼いた気がし、ほむらは顔を顰める。

左手の怪我を包帯の上から庇うように右手で抑え、腰かけていたベッドから立ち上がった。

待ち合わせに指定された場所にほむらはいた。時刻は少々早かったが、待たせるよりはよかった。


ほむら(…手土産まで用意して、私は本当に何をやっているのかしら)


ここに来る途中、洋菓子店に立ち寄りケーキを買った。
立ち寄るか、それとも手ぶらで行くか悩んだが結局店に入ってしまった。
入ってしまえば後は早かった。特に悩みもせずにケーキを選び、支払いを済ませる。

鹿目家の味の好みは知っている。一番喜ばれそうなケーキを人数分見繕った。


ほむら(…悪魔が聞いて呆れるわ)


心の中で自嘲していた時、自分を呼ぶ声が聞こえた。

まどか「ほむらちゃーん!」


手を振り、小走りで駆け寄ってくる。
夕暮れでもまだまだ暑い。まどかはうっすらと汗をかいていた。


まどか「ゴメン…待った、よね?」

ほむら「いえ、私が来るのが早過ぎたの。まだ集合時間の五分前よ?」

まどか「もうちょっと早く着く予定だったんだけど…」

ほむら「気にする必要は無いわ。じゃあ、案内頼める?」

まどか「うんっ!」


まどかのすぐ後ろをほむらが歩く。無意識の内に隣を避けていたのかもしれない。

歩きながらまどかは少し振り向き、ほむらに話しかける。

まどか「ほむらちゃん、それって…」

ほむら「手ぶらでお邪魔するのは少し気が引けてしまって」

まどか「そんな…、こっちが御礼をしたくて招待したのに」

ほむら「いいのよ。私も感謝しているのだから」


悪魔を差し置いて、暁美ほむらが自分の気持ちを伝える。


まどか「感謝?ほむらちゃんが?」

ほむら「…ごめんなさい、忘れて頂戴」

まどか「う、うん。……ほむらちゃん…手、どうしたの?」

ほむら「料理をしていて少し火傷をしてしまって…。大した事ないわ」


待ち合わせまでに怪我を治すこともできた。だがほむらはそうしなかった。
この傷は自分への罰なのだから…治す訳にはいかなかった。

まどか「でも…痛そう」


自分のことの様に顔を歪ませる。

他人の為に本気で笑い、他人の為に本気で泣いてしまう。

それがまどかの魅力の一つだった。


ほむら(そして…貴方は優し過ぎて強過ぎる)


優し過ぎて、強過ぎた。
だからまどかは消えてしまった。

まどかが消えてしまった世界で、唯一ほむらだけがまどかを憶えていた。

寂しく、悲しいという気持ちも誰にも分かってもらえなかった。

まどかとの思い出は、自分が想像した絵空事ではないかと疑ってしまうこともあった。


ほむら(でも、絵空事なんかじゃなかった。目の前に…まどかがいる)

もう二度と、あんな寂しい思いはしたくない。

もう二度と、まどかを一人にしない。

もう二度と、まどかを寂しい思いにさせたりしない。


そう…誓ったのに――


ほむら(私は、自らの誓いに背こうとしている)

ほむら(まどかの記憶を刺激してはいけない。まどかの力が目覚めるきっかけを与えてはいけない)

ほむら(まどかが幸せでいてくれればそれでいい。そう思っていたのに…)


「あんたがそんな態度を取り続けている限りまどかは一生幸せになれないよ。断言してもいい」


さやかの言葉が頭にこびりついて離れない。


ほむら(どうすれば…いいのよ…)

まどか「ほむらちゃん」


名前を呼ばれた。気がつけばまどかの足は止まり、ほむらの顔を覗き込んでいた。


ほむら「ご、ごめんなさい。どうかしたの?」

まどか「ほむらちゃんが…すごく辛そうな顔をしていたから…」

ほむら「…大丈夫よ。心配しなくても……」

まどか「手が、痛むの?」


まどかがほむらの左手に手を伸ばした。手を引いて拒否することは出来た。

しかしほむらは手を動かさず、まどかの手を受け入れた。

まどか「大丈夫?」


まどかは、ほむらの左手を両手で優しく包み込むように握った。


ほむら「…っ!」

まどか「ご、ごめんなさい!痛かった!?」


手が触れた瞬間にほむらが声を出し、俯いたのを見てまどかは慌てて手を離そうとする。


ほむら「待って!……もう少し、握っていて…欲しい」

まどか「…痛く、ない?」

ほむら「貴方の手…とても温かいの。だから、もう少しだけ…」

まどか「…うん、分かった」


手が傷んだ訳では無く、心が締め付けられるような痛みを感じていた。

ほむら「…まどか」

まどか「どうしたの?ほむらちゃん」


聞いてはいけない、それは分かっている。

自分が望む答えが返ってきてしまったらもう戻れない。


ほむら「貴方は今、幸せ?」


口が勝手に開く。聞きたくて、聞きたくなかった質問を投げかけてしまった。

まどか「うんっ!大好きな家族がいて、日本に帰ってきて不安だったけど友達も出来て…」

まどか「それに…」

まどか「ほむらちゃんとも仲良くなれたから!」


今、目の前にまどかがいる。

目の前のまどかが、笑ってくれている。

幸せだと、言ってくれた。


ほむら「…そう」


ほむらは俯いたまままどかの答えを聞いた。

そして、ほむらは顔を上げて言葉を続ける。


ほむら「それならいいの」


柔らかな笑みを浮かべたほむらの顔が、まどかへ向けられた。

鹿目家の食卓に加わりほむらは夕食をご馳走になった。

ほむらにとっては食事を摂るという行為自体、久しぶりの事だった。
ただでさえ美味しい知久の手料理が、一層美味しく感じられた。

久しぶりの食事だったからだろうか。
久しぶりの知久の手料理だったからだろうか。

それとも、隣にまどかがいたからだろうか。


手土産として渡したケーキを皆で食べた。美味しいと言ってくれた。

とても些細なやりとりだったが、ほむらはとても嬉しく感じていた。

ほむら「ご馳走様でした。本当に今日はありがとうございました」

知久「いえいえ。…泊まっていってもいいんだよ?」

ほむら「いえ、今日は帰ろうと思います」

詢子「ほむらちゃんにはまだまだ聞きたいことがあるんだけどなぁ」

知久「ママ、別に今日が最後って訳じゃないんだし」

詢子「そうだな。ほむらちゃん、いつでも遊びに来ていいからな?」

ほむら「はい、ありがとうございます」

まどか「ほむらちゃん、また遊びに来てね」

ほむら「ええ」

ほむら「楽しみにしているわ」

タツヤ「ほむあ!ばいばい!」

ほむら「ふふっ、おやすみなさい、タツヤ君。…では、失礼します」

鹿目家を離れ、ほむらは左手に巻いていた包帯を解いた。

左手にあったはずの傷跡は綺麗に消えていた。
具合を確かめるように少し左手を握る。痛みももう微塵も感じない。

左手で携帯を取り出し、通話ボタンを押した。
耳に携帯を押し当て、相手が通話に応じるのを待つ。

三回目のコールで繋がった。


まどか『もしもし?どうしたの?』

ほむら「伝え忘れてしまったことがあったの」

まどか『えっ?』


ほむら「浴衣姿、とても似合っていたわよ」

まどか『ほ、ほむらちゃん!?』


慌てふためいているまどかの姿が目に浮かぶ。ほむらは口元に笑みを浮かべていた。


ほむら「ふふっ、ごめんなさい。じゃあ…おやすみなさい」

まどか『へっ…!?そ、それだけ!?』

ほむら「ええそうよ。ごめんね、大した用事じゃ無くて」

まどか『うう~…ほむらちゃんの意地悪…』

ほむら「そんなこと言わないで。じゃあ…また、ね」

まどか『…うん!またねほむらちゃん!おやすみっ!』

ほむら「おやすみなさい、まどか」


ほむらは通話を終えた携帯を大事そうに、慎重にポケットに仕舞いこんだ。

今日の分終了です。シリアスとは一体なんだったのか。

では失礼します。

8月11日


ほむらの生活に変化が起きていた。食事と睡眠をとるようになった。
空腹も眠気も感じることは無いが人間と同じ生活サイクルを送る。

自分がすでに人間とはかけ離れた存在だということは重々承知している。
それでもほむらはこの生活を止めようとは思わなかった。

まどかの前では悪魔ではない、暁美ほむらで有りたいと思うようになっていた。


あれから一週間経った。
まどかの優しさに触れて以来、毎日通話やメールでやり取りをしている。

まどかは今幸せだと言ってくれた。
幸せだと言ってくれるのなら、ほむらは側に居ようと決心した。

正解では無いのかもしれない、とほむらは思う。
だが、元々この世界を創ったこと自体が正解では無かったのかもしれない。
現にほむらの行為に対して異議を唱えた者もいた。
すでに抗議をする権利も奪ってしまったが、あの時の言葉はほむらの胸に深く刻み込まれている。

許してもらおうとは思わない。
理解してもらおうとも思っていない。

全てが終わった後、どんな罰でも受ける覚悟はできている。

それでも今はただ、まどかの幸せそうな笑顔が見ていたかった。


ほむら「じゃあ、気を付けてね」

まどか『うん!また電話するね!』


通話が切れる。まどかはお盆を利用して家族で旅行に行くらしい。

そんなに頻繁に顔を合わせてはいないものの、暫く会えないというのは少し寂しかった。

8月12日


相変わらずほむらは窓から見える景色を眺めていた。
だが、その日課とも言える行為にも変化があった。


ほむら(暇、ね…)


暇を暇だと感じるようになっていた。
こんなことを二か月近く繰り返していた自分に少し呆れてしまう。


ほむら(少し、外を歩こう…)


立ち上がりほむらは玄関の扉を開く。

夏らしい、高い青空が出迎えた。

特に目的も無くほむらは街を散策する。

まどかがまだこの世界にいた頃と何も変わらない見滝原の街がそこにあった。

遠い昔、この街の色々な場所で魔女と戦った。
魔女が生まれやすい場所、人気の少ない場所、それら全てを把握する為この街を調べ尽した。

それでも夏の装いをしたこの街を歩くと、自分の知らない別の街を歩いているのではないかと錯覚してしまう。


ほむら(そういえば…)

ほむら(まどかとこの街で夏を過ごすのは初めてね)

今、隣にいないまどかのことを想う。

まどかは今、何をしているのだろうか。

まどかの身に何かあればすぐにでも駆けつける様、準備はしている。
常にまどかの行動を監視することもできたが、ほむらはそうしなかった。

まどかの口から、何をしていたのか直接聞きたかったからだった。


ほむら(私の事を知っている人が、今の私を見れば笑うでしょうね)


「今日もなぎさはチーズが食べたいのです!」

ほむら(この声…)


急に耳に飛び込んできた聞き覚えのある声にほむらは少し警戒する。


正面から、仲の良さそうな姉妹のように手を繋いでこちらに歩いてくる姿があった。

ほむら(巴マミ…、それに…百江なぎさ)


どうするべきか、と一瞬思考を巡らせたがすぐにそれは無駄だと結論付けた。

二人はほむらの事を知らない。

二人の記憶も封印し、別の記憶を植え付けている。。
同じ学校に通っているマミならほむらの顔を知っててもおかしくはないが面識はない。
わざわざ話しかけては来ないだろう。

足取りを変えず、ほむらはそのまま二人とすれ違う。


なぎさ「…今の人、どこかで見た気がするのです」


すれ違い、そのまま去ろうとした時に耳に飛び込んできた言葉に思わずほむらは身構える。

なぎさ「うーん…どこかで…」

マミ「私は学校の中で見た気がするわ。…でも、それよりもっと前から知っているような……」


ほむら(無理に思い出さない方がいいわ。記憶というのは厄介なものよ)

ほむら(次から次へと余計な思い出がついてくる…だからお願い。…思い出さないで)


なぎさ「あー!わからないのです!」

マミ「私も駄目ね…。まあ、勘違いってとこでしょうね」

なぎさ「チーズを食べれば思い出すかもしれないのです!」

マミ「はいはい。じゃあ帰ってチーズケーキでも作るわね」

なぎさ「チーズケーキ!急いで帰るのです!」

マミ「もうっ。なぎさちゃん…あまり手を引っ張らないの」

ほむらは少し胸を撫で下ろす。解けるはずがない、と思っていてもさやかの件もある。楽観視はできなかった。

去っていく二人の背中を足を止めて見送り、ほむらは聞こえないように呟く。


ほむら「貴方達は今…幸せ?」


返ってくるはずもない答えを少しだけ待ち、ほむらは再び歩き始めた。

8月20日


夏休みも残るところ二週間を切った。セミの鳴き声も段々と聞こえなくなってきている。

騒がしいと思っていた鳴き声も聞こえなくなると少し寂しく感じてしまう。

しかし、夏の暑さは以前衰えを見せず外を歩いているまどかの体力を容赦なく奪っていく。


まどか(暑い…なぁ…)


暑さに参りそうになりながらもまどかは足を止めない。
目的地は、初めてほむらを家に招いた時に待ち合わせをした場所だった。

まどかはほむらの家に招待されていた。

8月19日


ほむら「まどか、一つ聞いてもいい?」

まどか『何?ほむらちゃん』

ほむら「貴方…宿題は終わっているの?」

まどか『…』

ほむら「その沈黙は肯定と捉えていいのかしら」

まどか『あ、あはは…』

ほむら「終業式の日の、あの指し棒の様になりたいの?」

まどか『ううっ…それだけは嫌かも…』

ほむら「…宿題、を見てあげましょうか?私の家で」

まどか『えっ!?で、でも悪いよ!』

ほむら「別に遠慮しなくてもいいわ。…まどかが来たくないというのなら話は別だけど」

まどか『…ほむらちゃんの意地悪。行きたくない訳…無いもん』

ほむら「ふふっ…ごめんなさい。で、どうするの?」

まどか『行きたい…』

ほむら「分かったわ。じゃあ明日、前にまどかの家にお邪魔した時に待ち合わせした場所で待っているわ」

まどか『あの場所だねっ。りょうかいだよ!』

ほむら「時間はまどかに合わせるわ」

まどか『うーん…じゃあお昼の一時でどうかな?』

ほむら「ええ、構わないわ。それじゃあ明日ね」

まどか『うん!ありがとうほむらちゃん』

ほむら「いいのよ。じゃあ…おやすみなさい。まどか」

まどか『おやすみ、ほむらちゃん』

8月20日


まどか(そういえば…一時って一番暑い時間だよね…失敗しちゃったかも)


自ら決めた時間に後悔の念を抱きつつ、まどかは待ち合わせ場所を目指す。
携帯に表示された時計に目を落とす。待ち合わせ時刻の30分前だ。

この調子でいけばあと10分ほどで着くだろう。
今日こそはほむらを待たせないようにしよう、まどかはそう思っていた。

待ち合わせ場所にまどかが辿り着いた時、涼しい顔をしているほむらがそこにいた。


まどか「もー…ほむらちゃん早過ぎだよぉ…」

ほむら「近くで少し用があってね。…もう、汗だくじゃない」


少しでもまどかを待たせない為にほむらは嘘の理由を用意してまで、集合時間の30分前に到着していた。

ほむらは手に下げた鞄からハンドタオルを取り出し、まどかの顔に浮かんだ汗を拭き取った。

まどか「あ、ありがとうほむらちゃん…」

ほむら「拭いてもすぐ汗をかいてしまうわね。早く移動しましょうか」

まどか(汗をかいてるのは暑さだけが理由じゃないんだけど…)


ほむらがまどかの汗を拭きとる際、お互いの顔が近寄ったのが原因だとほむらは思いもしなかった。

ほむら「入って。何もない家だけど」

まどか「お、お邪魔しまーす」

ほむら「すぐにクーラーを点けるわ」


最初はベッドとテーブルしか無かったほむらの部屋だったが、少しずつ物が増えていた。

今では人が生活する上で必要最低限の物は一通り揃っている。


ほむら「適当に座ってて」


そう言いほむらはキッチンに入り、冷蔵庫を開き飲み物を用意する。


まどか(ドキドキする…)


初めて訪れたほむらの家の中でまどかは緊張していた。


まどか(これも一応…遊びに来た、ってことになるのかなぁ)

あくまでも宿題をみてもらうのが今回の目的だったが、まどかはほむらの家に行きたいとずっと思っていた。

自分から言い出す勇気が無かった為機会が無かったが、今回ようやくそのチャンスが舞い降りた。


まどか「…頑張ろうっ!」

ほむら「あらっ、気合十分って感じね」

まどか「ひゃ、ひゃい!」


ほむらに聞かれたのが恥かしかったのか、自分でも呆れるほど情けない声を出してしまった。

ほむら「ふふっ、もう、何よその声。…はい、お茶だけれど」

まどか「い、いただきます!」


汗をかき、更に緊張で喉がカラカラだったまどかは差し出されたお茶を一気に飲み干した。


ほむら「もう一杯飲む?」

まどか「う、ううん!大丈夫!」

ほむら「遠慮しなくてもいいのよ?」

まどか「ほ、本当に大丈夫だから!」

ほむら「そんなに必死にならなくても…、じゃあ早速だけど始めてしまいましょう」

宿題を終わらせたことにしたほむらは、苦戦しているまどかに付き添っていた。
手が止まり、助けを求めてきた際には助言を与える。

ほむらの手助けを得て、その問題が解けるとまどかは顔をほころばせていた。

そんなやり取りを繰り返した後、ほむらは時計に目を向ける。
気がつけば時計の短針がぐるりと一周していた。


ほむら「少し休憩を挟みましょうか」

まどか「ふー…疲れたぁ」

ほむら「全く手を付けていない状態じゃなくてよかったわ。この量ならすぐ終わりそうね」

まどか「ほむらちゃんの教え方が上手だからだよっ」

ほむら「褒めても宿題は減らないわよ」

まどか「ううっ…本当の事だもん…」

ほむら「…どういたしまして。まどか、アイスティーでいいかしら?」


ほむらは立ち上がり、キッチンに移動しまどかに問いかける。

まどか「うん!ありがとうっ。…あっ、忘れてた」


そう言いまどかは自分の鞄に手を伸ばす。
そして、鞄の中から小さな紙袋を取り出した。


まどか「パパがおやつに、ってクッキー焼いてくれたの。一緒に食べよ」

ほむら「あら、また小父様に御礼を言わないといけないわね」

まどか「ティヒヒ、いつも御礼を言い合ってる気がするね」

ほむら「そうね。本当にお世話になってしまっているから…」


テーブルに二人分の飲み物とお菓子が並ぶ。


まどか「ティータイムだね」

ほむら「そうね。息抜きも大事よ」


それからしばらく二人の間で会話が弾む。とても楽しそうな、和やかな雰囲気だった。

ほむら「クッキー…美味しいわね」

まどか「パパは何でも美味しく作っちゃうんだよね…羨ましいなぁ」

ほむら「小父様の料理の腕前を目指しては駄目よ。目標が高すぎるわ」

まどか「そうだよね…」

ほむら「少しずつ覚えたらいいわ。私も協力するから」

まどか「えっ、いいの?」

ほむら「ええ。二人で協力して何かを作るのは楽しいと思うわ」

まどか「でも、迷惑かけちゃうかもしれないよ…?」

ほむら「構わないわ。怪我にさえ気を付けてくれればね」

まどか「ありがとうほむらちゃん」

ほむら「つい最近手を怪我した私が言えることではないけど…」

まどか「もぅ…痛そうで心配してたんだよ」

ほむら「ふふっ…ごめんね」


ほむらは知久の焼いてくれたクッキーに手を伸ばし、一枚手に取り口に運ぶ。
クッキーのさくさくと拡散していく甘さが口いっぱいに広がる。

まどか「…」


その様子をまどかが何も言わずに見つめていた。


ほむら「…あんまりジロジロ見られると恥ずかしいのだけど」

まどか「ご、ごめん!美味しそうに食べるなぁ、って思って…」

ほむら「そう言うまどかも美味しそうに食べるわよ?」

まどか「そうかな…? ティヒヒ、自分じゃわかんないね」

ほむら「そうね。自分の事が分かっているつもりでも、実際は分かっていないなんてよくあることだわ」

まどか「でも、ほむらちゃんは自分の事でも全部分かってそうなイメージがあるよ」

ほむら「そんなことは無いわ。時々自分が何を考えているのかわからなくなることもあるし」

まどか「ほむらちゃんでも?」

ほむら「…ええ。私は自分の全てを把握できるほど…完璧じゃないわ」

完璧な人間ではない、と頭に浮かんだ言葉を間違いだとほむらは気付き、訂正した後に口に出した。


まどか「わたしからはほむらちゃんはそうは見えないんだけどなぁ」

ほむら「あまり過大評価されてしまっては困るわ」

まどか「そんなこと無いよ!格好良くて、勉強もできて、…それに、優しくて」


夏休み前まではあれ程冷たく接していたのに、まどかはほむらが優しいと言った。
その言葉にほむらは再び胸を締め付けられる。

ほむら「…そんな事、無いわ。…それにまどか。貴方の方がずっと優しい人間よ」

まどか「…なんかほむらちゃんにそう言われると照れちゃうね」

ほむら「照れなくてもいいわ。まどかはよく自分を他人と比べる事があるけど、もっと自分に自信をもっていいと思うわ」

まどか「自分に…かぁ」

まどか(勉強も…英語以外は自信が無くて、特に自慢できることも無くて)

まどか(…このままだと誰の役にも立てないよね、むしろ迷惑をかけちゃうかも)


まどか(だから、わたしはあの時変わりたいと思って)

まどか(あの時?)

まどか(あの時って…いつ?)

まどか(何でだろう…すごく気になる…)

まどか(でも…思い出せない…)

まどか(それに…)

まどか(他にも…何か…忘れている……ような……)

まどか「ほむら…ちゃ…ん」

ほむら「…まどか?どうし……」

まどか「わたし…」

まどか「大切なことを…忘れてる気が…」


世界が歪む。

いや、歪んでいる訳では無い。

元々歪んでいた世界が元の形に戻ろうとしている。


赤いはずのまどかの瞳が、金色の光を帯び始めていた。

ほむら「!? 駄目っ!」


ほむらは咄嗟にまどかを抱きしめ、力を押さえつける。


ほむら(くっ…!あの時より…抑えが効かない…!)


転入初日、まどかの力が目覚めそうになった時よりも強く、激しく抵抗される。


ほむら「嫌っ…!まだ…っ…まだ起きないで…!お願いだから…!」

まどか「ほむら…ちゃん…どうしてあの時…」

ほむら「嫌っ!聞きたくない!」

なりふり構わずまどかの覚醒しようとする力に抗う。

元の世界に戻ろうとした世界が再び歪み、まどかの瞳から金色の光が薄れ赤の色が戻ってきた。

ほむら「ハァ…!ハァ…!」


ほむらは疲弊した様子で肩を揺らす。額に浮き出た汗が滴り落ちた。

どれほどの魔力を費やしたのか、ほむらは自分でも分からなかった。

まどか「…」

まどか「…ほ、ほむら…ちゃん?」

ほむら「ぐっ…、ま…どか?」

まどか「ほ、ほむらちゃん!?どうしたの!?」


我に返ったまどかは、ほむらの急変した様子に戸惑いながらも声を掛ける。

ほむら「だ、大丈夫。心配しないで」

まどか「で、でも!そんなに苦しそうなのに!」

ほむら「…黙っていたけど少し、…心臓が弱くて。急な発作が起きるといつもこうなのよ」

まどか「そんな体で一人で暮らしてるなんて…」

ほむら「…いいの。少しだけ苦しいだけだから。本当に…少しだけ」

まどか「ほむらちゃん…」

ほむら「ごめんね…まどか…」

まどか「…いいよ、ほむらちゃん。しばらく…このままで…」

ほむら「…ありがとう」


大切なものを失いかけた恐怖と、失わずに済んだ安堵が押し寄せほむらの瞳から涙が流れていた。

まどかはほむらの背中に腕を回し、お互いにその身を預けるように抱き合っていた。

勉強会は結局そのままお開きになってしまった。

ほむらは、まどかに側にいて欲しい気持ちよりも、今は一人で居たい気持ちの方が強かった。
最後までほむらの事を心配していたまどかを安心させるように、笑顔を作り見送った。


部屋の電気も点けず、ほむらは自分の部屋の床に座り込み膝を抱えている。
分かっていた筈だ。いつかこうなる日が来るのだと。
今日は未然に防ぐことができたが、次もそうだとは限らない。


ほむら(やはり…こうなってしまうのね)


今のほむらが魔法少女のままだったなら、ソウルジェムは濁りきっていたかもしれない。
それほどの絶望を感じていた。

決断したはずだった。まどかが幸せなのならば側にいると。
だが、その決意も今日の出来事で揺らぎ始めている。

離れても、近寄ってもそれは間違いなのだと宣告された。


ほむら(もう…駄目なの…かな…)

そんなほむらの思考を遮るかように、携帯が着信を告げる。
暗闇の部屋にディスプレイの光が灯る。

ほむらは少し逡巡するが、携帯に手を伸ばす。
通知画面を見ないでも誰からの着信かはもう分かりきっている。
通話ボタンを押して耳に押し当てた。


まどか『もしもし…』

ほむら「…まどか……今日は本当にごめんなさい」

まどか『気にしないでいいよ…。わたしの事よりも…ほむらちゃん、具合どう?』

ほむら「…大丈夫よ。気にかけてくれてありがとう」

まどか『何かあったらすぐに言ってね…?…何もできないかもしれないけど』


まどかの優しさが携帯越しに伝わってくる。
その優しさが今は有り難く、少し辛かった。

ほむら「ねぇ、まどか」

まどか『どうしたの?ほむらちゃん』

ほむら「なぜ貴方はこんな私を気にかけてくれるの?」

まどか『…えっとね……わたしにもわかんないんだけど』

まどか『ほむらちゃんの悲しそうな顔…見たくないなって、思って…』

ほむら「…っ!」


悲しい顔を見たくない。それはほむらも同じ気持ちだった。


まどか『ど、どうしたの!?また苦しくなっちゃったの!?』

ほむら「いえ…そうじゃないの……」

ほむら「…もう一つ、聞いていい?」

まどか『うん。いいよ』

ほむら「側にいて欲しい人が側に居れば居るほど、寿命が縮まってしまうとしたら…貴方は…どうする?」

まどか『うーん、難しいなぁ』


電話の向こうでまどかがほむらの質問に真剣に悩んでいる。


まどか『ちょっと…わかんないかも…』

ほむら「そう…よね。ごめんなさい、変な事を聞いてしまって」


問いかけた質問に答えが返ってこず、ほむらは少し落胆した。
だが、仕方のないことだった。そんな簡単に答えが見つかる現状では無いからだ。


まどか『でもね』


一切の迷いも感じられない声がスピーカーを伝わり、ほむらの耳に入り込んでくる。


まどか『最後の時だけは…隣に絶対に居て欲しいかな』

ほむら「…最後がいつ来るかもわからない時は?」

まどか『あー…それなら…側に居て欲しい時には側に居て欲しいかな』

まどか『それが最後になっちゃっても後悔しないくらい楽しく過ごしたいな』

ほむら「…そう。答えてくれて…ありがとう」

まどか『ううん!ごめんね、ちゃんとした答えになってなくて』

ほむら「いいの。まどかの気持ちが聞けて…嬉しかった」

まどか『ほむらちゃんが嬉しいって言ってくれてわたしも嬉しいよっ』


答えは見つかっていない。でも、少し気が楽になった気がする。

まどか『ねぇ、ほむらちゃん』

ほむら「何?」

まどか『ほむらちゃんは今…幸せ?』

ほむら「私は…」


楽しくて、苦しくて、嬉しくて、悲しくて…そんな相反する感情が同時に押し寄せてくる。
それでも…まどかの声が聞けて、姿を見ることができて、温かさを感じることができる。


ほむら「私は今、とても幸せよ」

まどか『…よかった』

まどか『ほむらちゃん…側にいてくれる、よね?』

ほむら「ええ。約束するわ」

まどか『ティヒヒ、なんか照れちゃうね、こういうの』

ほむら「そうね。…でも悪い気はしないわ」

まどか『…うんっ、そうだね』


二人はそのまま、夜遅くまで会話を続けていた。

後悔しないように、心の底から楽しむようにお互いの名前を呼び合っていた。

上げて落とすの落とす場面を考えるのが難しい…。では今日はここで失礼します。

9月1日


夏休みが終わり、憂鬱な表情を浮かべた生徒があちこちに見える。

以前と変わらずほむらは自分の席で頬杖をつき、窓の外の景色を眺めていた。


まどか「おはようほむらちゃん」


周囲の生徒がほむらに声を掛けたまどかをチラリと見やる。
見ている側も心が痛む光景がまた繰り返される、そう思っていた。


ほむら「おはよう、まどか。昨晩はよく眠れた?」


少し笑みを浮かべ、ほむらがまどかに問い掛けた。
その光景を見ていた周囲の生徒は驚きを隠せないでいた。

まどか「うん!宿題も終わってたし、ちゃんと眠れたよ」

ほむら「そう、それはよかったわ。でも持ってくるの忘れました、っていうオチはやめてね」

まどか「もぉー…大丈夫だよぉ!」

ほむら「ふふっ、そう怒らないで。ちょっとした冗談よ」


暫く見ていなかった二人の関係に大きな変化が起こっている。
以前とは違い、今はもう仲のいい友達にしか見えない。

さやかと杏子も信じられないと言った様子で目を丸くしていた。


杏子「なぁ…あの二人なんかあったんじゃねぇか」

さやか「……そうみたいだね」


夏休みの間も、二人はまどかと何度も顔を合わせている。
妙に明るい節はあったが夏休みだからだろう、と二人は結論付けていた。


さやか(何があったのか…聞いておかないとね)

全校集会が終わり体育館から教室へ移動している時に、さやかと杏子ははまどかを呼び止めた。


さやか「まどか、あいつ…、…ほむらとなんかあったでしょ?」

まどか「えっ?どうして?」

杏子「あのほむらが誰かと笑って会話してるとこなんて見たことなかったぞ」

まどか「確かに普段からずっと笑ってる子じゃないけど…笑ったら可愛い顔するんだよ?」

杏子「…ほほー」

まどか「き、杏子ちゃん?その目は何なの…かなぁ?」

さやか「まどか、夏休みの間何があったの?」


まどかを茶化すような目で見ている杏子とは対照的に、さやかは真剣な目つきでまどかを見ている。


まどか「…ええっと…実はね」


そのさやかの目に気圧され、まどかはほむらと仲良くなったきっかけの夏祭りの出来事を語りだした。

杏子「へぇ…あのほむらがねぇ」


話を聞き終えた二人は、にわかには信じられないという表情と複雑そうな表情を浮かべる。


杏子「さやか、何でそんな顔してんだ?喜んでやればいいじゃん」

さやか「あ、ああ…うん。そうだね」


さやかはなぜ自分がこれほど、ほむらを警戒しているのか分かっていない。
忘れてはいけない何かを忘れている。
そんな考えが浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。

だが、さやかは思い出せない。見えない何かが記憶に蓋をしている、そんな感覚だった。

さやか(なんだろ…、この感じ)

まどか「さやかちゃん、どうしたの?」

さやか「んっ?…あぁ!何でもない!何でもないよ!」

杏子「おいおい寝惚けてんのか?ボーッとしてよ」

さやか「うるさいなぁ。これから怒られることを考えたら憂鬱でたまんないのよ」

杏子「ああ…考えないようにしてたのに」

まどか「…宿題、忘れたんだね?」

さやか「あの量は二日じゃ無理だあああ!」

杏子「なんでだよ…時間はたっぷりあったはずなのに…こんな…」

三人のやり取りを遠くから、見つからない様に監視していたほむらはその場を離れる。


ほむら(美樹さやかの記憶ももう気にしないでよさそうね)


前回の反省を踏まえ、より一層強固な封印を施してある。
記憶が蘇りそうな気配はもう無い。気に掛けなくてもよさそうだった。

ただ、今後の懸念材料はまだあった。


ほむら(あの二人と…どう関わるべきなのかしら)


恐らく、まどかと接していればあの二人もいずれ絡んでくることになる。

巻き込んでしまったあの二人に対して、どんな顔で接すればいいのだろうか。


ほむら(…成り行きに任せるしかないわね。少なくとも…まどかが悲しまないようにしないと)

ほむらが思っていたよりも早く、さやかと杏子と接する機会が生まれた。


まどか「ほむらちゃん、一緒に帰ろっ」

ほむら「ええ。少し待ってね」


帰り支度を済ませたまどかが駆け寄ってきた。手早くほむらも支度を済ませる。


まどか「あっ、杏子ちゃん!さやかちゃん!一緒に帰ろっ!」

ほむら「…」


二人の名前に一瞬気を取られ、帰り支度をしていたほむらの手が止まる。

杏子「んー?二人で帰るんじゃねぇの?」

まどか「みんなで帰りたいな、って思ってしまうのでした」

杏子「なんだソレ」


杏子は少し鼻で笑うが不思議と嫌な感じはしない。


杏子「あたしはいいよ。さやかは?」

さやか「…あたしも構わないよ」


ほむらを監視できる、さやかにとってもまたとない機会だった。

放課後の通学路。長い髪を揺らして杏子とほむらが歩いている。
そのすぐ後ろをさやかとまどかが並び、前を歩く二人についていく。


ほむら「私も付いてきてよかったの?」

杏子「むしろあたし達が付いてきたっていう立場なんだけど」

ほむら「まぁ…確かにそうだけど」

杏子「しっかし…あれだけまどかの誘いを突っぱねてたのに随分とまぁ…」


少し前を歩いている杏子とほむらの背中をさやかは見つめていた。


まどか「さやかちゃん…今日ちょっと変だよ?」

さやか「…そうかな」

まどか「うん。…さやかちゃん、もしかして…ほむらちゃんのことあんまり好きじゃない?」


嫌い、という言葉を使うのを避けたまどかの顔が曇る。
そんなまどかを見てさやかは慌てて口を開いた。

さやか「そ、そんなことないって!これから宿題しないといけないのが辛くて辛くて…」

ほむら「ちゃんと夏休みの間に終わらせないからよ」


二人の会話にほむらが割り込んできた。
急に飛び込んできたほむらの言葉にさやかは面を喰らった様子だった。


さやか「う、うるさいわね。急に会話に入ってこないでよ」

ほむら「全く…まどかはちゃんと終わらせたというのに」

まどか「ほむらちゃんが手伝ってくれたからだよっ」

杏子「おい!夏休み前に宿題は自分でやれって言ったの誰だよ!」

ほむら「まどかはきちんと自分でやったわ。わからない所を教えただけよ」

杏子「ぐっ…」

ほむら「貴方達はどうせ写す気満々だったんでしょう?」

さやか「あ、あたしも一緒にしないでよ!」

杏子「何自分だけ違いますって言い方してんだよ!」

ほむら「まどか、先に行きましょうか」

まどか「い、いいのかな」

ほむら「いいのよ。こんな炎天下で二人の漫才を見ていたら熱中症になってしまうわ」


夏休みが終わってもまだまだ暑い。
汗を流しながら口論を続けるさやかと杏子を放置してほむらはまどかに帰ろうと促した。

さやか「こらっ!置いていくな!」

杏子「待てよ二人とも!」

まどか「暑いのに二人とも元気だね…」

杏子「なんだよ、夏バテか?」

まどか「うーん、そうじゃないんだけどこう暑いとさすがにね…」

杏子「飯の量が足りてないんじゃねえの?まどかの家の料理美味ぇんだからもっと食わないと勿体無いって」

まどか「あ、あんまり食べ過ぎると太っちゃうし」


いつの間にか杏子とまどかが並んで歩いている。そうなれば勿論――


ほむら「…」

さやか「…」


――前を歩いている二人の弾む会話とは対照的に、重い雰囲気と沈黙がそこにあった。

さやか「…なあ」

ほむら「何かしら」

さやか「なんで急にまどかと仲良くなったの?」

ほむら「きっかけがあったから、ただそれだけよ」

さやか「今までも作ろうと思ったらいくらでもきっかけなんて作れたじゃん」

ほむら「…どうしてそこまでまどかに拘るの?」

さやか「そんなの決まってる、友達だから」


曇りのない目でさやかはほむらを見据えている。

ほむら「…貴方は不器用ね」

さやか「なによいきなり」

ほむら「思い込むと一つのことに拘る意固地さを貴方は持っている」

ほむら(私も…人の事を言える立場では無いけれど…)

さやか「…それが?悪いって言うつもり?」

ほむら「いえ、気に障ったのなら謝罪するわ。ただ…貴方らしいと思っただけ」

さやか「…褒めてるの?それとも馬鹿にしてるの?」

ほむら「貶しているつもりは無いけれど…どう受け取るかは任せるわ」

さやか「あんた…損する生き方してるね」

鞄を握ったまま両手を頭の後ろで組み呆れたようにさやかは言う。

確かに第三者から見ればそう映るかもしれない。
ただ、どれだけ損をしてでも守りたいものがあっただけだ。

いくら恨まれ、蔑まれてでも構わない。
全てを覚悟してこの世界を創ったのだから。


ほむら「そういえば、質問に答えていなかったわね」

ほむら「私は恐れていた。…誰かの側に居ることを」


誰かという言葉で大事な部分は濁し、ほむらは自分の気持ちを語りだした。

ほむら「今でも…正直まだ怖いという気持ちもある…けど」

ほむら「背中を押してくれた人がいた。本人はどう思っているかわからないけど」

ほむら「それに…側に居て欲しいと言ってくれた人がいた。だから…私は…」

さやか「…そっか」

さやか「ごめんね、今まであんたのことそんな風に見てなかったから」

ほむら「…構わないわ。それに、私は許されてはいけないの」

さやか「…何があったの?」

ほむら「…」


ほむらは何も答えずに少し顔を背ける。
その仕草を見たさやかは、それ以上問い詰めるようなことはしなかった。

さやか「…とりあえず御礼は言っておくよ」

ほむら「御礼?」

さやか「まどかと仲良くしてくれてありがとね」


心が締め付けられる。これも罰なのだろうか。

押さえつけている記憶を解放し、植え付けた偽物の記憶を取り除いた時にさやかは同じ台詞を言ってくれるだろうか。

今、ほむらに向けている笑顔を同じように見せてくれるのだろうか。


ほむら(私は…皆を裏切っている)


これからさやかや杏子と行動を共にすれば、今みたいに胸を締め付けられるような痛みを何度も味わうだろう。


ほむら(それでも…何度傷付いてでもいい。私は貴方の側にいたい)

ほむらとさやかの会話が気になったのか、後ろを振り向いたまどかと目が合った。
まどかは微笑み、ほむらに話しかける。


まどか「ちょっと皆で寄り道しない?」

杏子「おっ、いいな」

さやか「まどかが言い出すなんて珍しいね」

まどか「だって…せっかく四人でいるんだもん。すぐ帰っちゃうのは勿体ないよ」

まどか「って思うんだけど…どうかなほむらちゃん?」

ほむら「私は…」

杏子「行こうぜほむら」

さやか「一人だけ先に帰るなんて言わないよねー?」

三人が柔らかい視線をほむらを向けた。

後ろめたい気持ちがほむらの心を押し潰そうとする。

でも、構わない。耐えればいいだけだ。

身も心も傷だらけになってしまっても構わない。


ほむら「そうね。貴方達二人の世話をまどかだけに押し付けるのは酷よね」


ほむらの言葉に杏子とさやかが抗議の声を上げるが、ほむらは聞き流す。

ほむら「じゃあ…まどか、行きましょうか」

まどか「うんっ!」

杏子「おい!だから二人で先に行くなって!」

さやか「とか言いながらあたしを置いていくな!」


四人が並んで歩いている。

会話をしながらまどかは思う。ずっとこのままみんなと一緒にいれたらいいな、と。

会話を聞きながらほむらは思う。いつまでこの時が続くのか、と。

次は金曜か土曜のどちらかになると思います…では失礼します。

10月1日


夕暮れの通学路を、ほむらとまどかが並んで歩いていた。


まどか「でねっ、今度マミさんにケーキの作り方を教えてもらうんだ」

ほむら「そうなの。それはよかったわね」

まどか「うん!今度ほむらちゃんも一緒にマミさんの家に遊びに行こうよ!」

まどか「なぎさちゃんっていう子と一緒に住んでてすっごい綺麗なお部屋なの」

ほむら「…そうね、機会があれば是非ともお邪魔させてもらいたいわね」

まどかはさやかと杏子に紹介されたマミとも親交を深めていた。
ほむらは未だにマミとなぎさと面識は無いが、いずれ顔を合わせるだろう。

憧れる人が二人に増えた、とまどかは喜んでいた。
もう一人は誰なの?とほむらは聞くがまどかは答えてくれなかった。

そんな二人の間を少し冷たい風がすり抜ける。
夏が終わり、季節は秋へと切り替わろうとしていた。

まどか「秋って感じがするね」

ほむら「そうね。風がとても気持ちいいわ」

まどか「ずっとこれくらいの気温だといいのになぁ」

ほむら「でも、夏の暑さも冬の寒さも趣があっていいと私は思うわよ?」

まどか「あー…、確かにそれぞれの季節の良さってのはあるね」

ほむら「まどかは夏と冬ならどっちが好き?」

まどか「うーん、悩むけど冬の方が好きかなぁ」

ほむら「理由は?」

まどか「えっとね…」


一瞬俯き、まどかはほむらの手を握った。


まどか「……手を繋いだ時にね…、温かさが伝わりやすいかなぁ、って」

そう言い、上げたまどかの顔の頬が少し紅潮していた。


ほむら「…そうね。特に貴方の手は温かいから」


握った手に少しだけ力を込める。それに反応する様にまどかも握り返した。


まどか「…少し、寄り道していかない?」


まどかはこのまま真っ直ぐに家に帰りたくはなかった。

それはほむらも同じだった。


ほむら「ええ。構わないわ」

通学路から少し逸れた場所にある公園に二人はいた。

手を握ったままベンチに腰を下ろしている。


まどか「…ほむらちゃん」

ほむら「何?まどか」

まどか「ほむらちゃんは今、幸せ?」


いつかまどかに聞いた質問で、いつかまどかに聞き返された質問だった。

ほむらの答えは変わっていない。


ほむら「ええ。とても幸せよ」


一瞬手を離し、すぐにお互いの指を絡め合うように握り直す。


ほむら「まどか…、貴方は今幸せ?」


まどかは自分の体をほむらに預けるように身を寄せる。


まどか「うん…。とっても…幸せだよ」


まどかに触れているところがとても心地よく、温かい。

ほむら「…もうすぐまどかの誕生日ね」

まどか「知っててくれてたんだ。嬉しいな」

ほむら「当たり前でしょう?当日はご家族でお祝いするの?」

まどか「うん、そうなんだ」

ほむら「次の日は空いてる?」

まどか「えっと…土曜日だよね?うん、空いてるよ」

ほむら「一日遅れだけど、お祝いをしたいわ」

まどか「…いいの?」

ほむら「ええ。私がしてあげたいの」

まどか「…ありがとう、ほむらちゃん」

ほむら「何か、欲しい物でもある?」

まどか「ううん…。ほむらちゃんからはもういっぱい貰っちゃってるから」

ほむら「…何か渡した記憶は無いのだけど」

まどか「…こんな、楽しくて…幸せな時間をほむらちゃんがくれたから、いいの」


座ったまま、まどかがほむらに抱き付くような形で空いた手をほむらの肩の上に乗せる。

ほむら「…まどか?」

まどか「最近ね、とても怖い夢を見るの」


嫌な予感が胸をよぎる。


まどか「夢の中でわたしが眠っていて…目が覚めたらパパもママもタツヤもさやかちゃんも杏子ちゃんも…」

まどか「それに…ほむらちゃんもみんないなくなっちゃっているの」

まどか「すごく寂しいのに、その寂しさも誰にも気が付いてもらえなくて…」

まどか「でも…その夢が本当は現実で…今ここにいるのが夢なんじゃないか、って思う様になって」

ほむら「違う!夢なんかじゃない!」

まどか「そうだよね…。でも、その夢が頭を離れなくて…忘れようとしてもすぐ頭に浮かんできちゃうの」


まどかの身体が震えている。俯き、表情は見えないがほむらの膝元にまどかの涙が零れ落ちていた。

ほむらは少しまどかから体を離し、まどかの涙を拭おうとまどかの瞳を見る。


まどかの瞳が赤から金へと色を変えていた。

ほむら「っ!」


まどかの力を抑え込む為にほむらは魔力を解放する。

だが、まどかの目覚めようとする力はほむらの魔力を上回っていた。


ほむら「そんなっ…!」


空が、大地が、空間が割れる。
世界の終わりを告げる光景が広がる。


まどか「ほむらちゃん…ほむらちゃんはわたしの為に…」

ほむら「嫌っ!」


魔力が足りない。世界が終わってしまおうとしている。

ほむら(あと少し…!あと少し魔力があれば…!)

ほむら(…やるしか…無さそうね)


覚悟を決めた。まどか以外の全てを失う覚悟を。


ほむら(…まだ、この世界を終わらせるわけにはいかない…だから)


ほむらに魔力が集まってくる。その全てをまどかの力を抑え込む為に回す。

僅かであったがほむらの魔力が上回っていた。

まどか「……ほむら…ちゃ……」


糸が切れた人形のようにその場に倒れ込みそうになったまどかを抱きかかえ、ほむらは呟いた。


ほむら「…限界ね」


壊れかけた世界が音も無く修復されていく異様な光景に一瞥もくれず、ほむらは腕の中で眠るまどかの顔を見つめていた。


まどかが意識を取り戻した。記憶が混同し、頭が上手く働かない。

目を開く。目の前には悲しそうな顔をしているほむらの顔があった。


まどか「ほ、ほむら…ちゃん?」

ほむら「目が覚めたみたいね。大丈夫?」

まどか「わ…わたし、どうして」

ほむら「急に意識を失ったみたいに倒れてしまって…動かしていいかどうかわからなかったから…」


まどかは気が付いた。自分の頭の下にほむらの膝があった。


まどか「ご、ごめん!すぐ起きるからっ…」

ほむら「待って!」


ほむらは上から覆い被さるようにまどかを抱き締めた。

ほむら「…急に動いては駄目よ。……今は少し休んだ方がいいわ」

まどか「…う、うん」

ほむら「…いい子ね。寝心地はあまり良くないと思うけど」

まどか「そんなことないよ…。すごく…落ち着くの」

ほむら「ありがとう…まどか」


ほむらはまどかの頭に手を置き、優しく撫でる。

残り少ない、まどかとの時間が過ぎ去っていく。

ほむら「それじゃあ、今日はゆっくり休むのよ」

まどか「うん。…ごめんね、送ってもらっちゃって」

ほむら「いいのよ。気にしないで」

まどか「…お家に上がっていって欲しいけど」

ほむら「ごめんなさい。今日はどうしても外せない用事があるの」

まどか「そっか…」

ほむら「…また今度お邪魔させてもらうわ」

まどか「…うん!絶対だよ!」

ほむら「…ええ。それじゃあね、まどか」

まどか「バイバイほむらちゃん!また明日!」


まどかが玄関をくぐり、扉を閉めるのを見届けたほむらは歩き出した。


ほむら(…あそこなら、邪魔は入らないでしょう)

人の気配が全くない廃墟にほむらは一人、そこにいた。
バレエの衣装ような黒の衣服を身に纏い背中からは黒い翼が生えていた。

物音一つしない廃墟の、ガラスが抜け落ちた窓枠に腰を下ろし月を眺めている。


ほむら(…来たわね)


足音が聞こえる。複数の足音だ。
段々とほむらに近づいてくる。

ほむらは動かず足音の主が姿を現すのを待った。

そして、四人分の人影を視界に捉える。

ほむら「来たわね。…美樹さやか、佐倉杏子、巴マミ、百江なぎさ」


魔法少女姿のさやか、杏子、マミが武器を構えほむらを警戒する。


マミ「暁美さん、その姿…」

ほむら「これが今の私よ。悪魔とでも何でも呼ぶがいいわ」


冷たい笑みを浮かべ、ほむらは目の前に立ち尽くす魔法少女を見据えている。

ほむら「百江なぎさ…貴方は魔法少女の力を失っているようね」

なぎさ「どうして…こんなことをしたのです?」

ほむら「どうして?それはこの世界を改変したことかしら?」

ほむら「それとも…貴方達の記憶の封印を解いたこと?」

マミ「両方よ、暁美さん」

ほむら「…この世界を改変したのは、鹿目まどかの為」

ほむら「貴方達の記憶を戻したのも、鹿目まどかの力を抑える為の魔力が足りなかったから」

ほむら「記憶の封印に回していた魔力を回収させてもらっただけ。簡単なことよ」

ほむら「特に…美樹さやか。貴方の記憶の封印にはそれなりに魔力を費やしていたわ」

ほむら「本当に、厄介な存在だったわ。貴方は」


質問に対する答えを並べ終え、ほむらは立ち上がった。

ほむら「他にも質問があるならどうぞ?」


茶化すようなほむらの態度に杏子は怒りを露わにし、持っていた武器を地面に突き刺した。


杏子「ふざけてんじゃねえぞてめぇ…」

ほむら「私は至って真面目よ」

杏子「ほむらぁ!」

さやか「杏子!待って!」


槍を地面から引き抜き、ほむらに突撃しようとした杏子をさやかが止める。


さやか「ダメよ!…少しあたしに時間をちょうだい」

杏子「ちっ…!」

ほむら「意外ね。貴方が止める立場に回るなんて」

さやか「…これからどうするつもりなの?」

ほむら「どうするも何も、この世界が終わるまで鹿目まどかの側にいるだけよ」

ほむら「もっとも…終わりはすぐそこにまで来ているけどね」

なぎさ「どういうことなのです?」

ほむら「さっきも言った通り…鹿目まどかの力を抑えるのももう限界を迎えている」

ほむら「次に鹿目まどかが目覚めようとすれば、私はもう何もできない」

ほむら「問題は、その次がいつ来るか…」

さやか「あたしはもう円環の理の一部だ。だから…あんたのやっていることは止めなきゃいけない」

ほむら「そう言うと思ったわ。戦うつもりなら相手をしてあげるわよ」

ほむら「今の私でも、貴方達三人を相手にするくらい訳ないわ」

ほむら「死ぬ覚悟が出来た人からかかってきなさい」

杏子「…その前に一つ聞いておきたいんだけどよ」

ほむら「…何?さっさとして頂戴。私だって暇では無いの」

杏子「どうしてあたし達も巻き込んだ?」

ほむら「…」

杏子「どうしてあたし達もこの世界に連れ込んだんだ、って聞いてるんだよ!」

ほむら「…答える必要は無いわ」

杏子「いいから答えろ!」

ほむら「…鹿目まどかには仲の良い友人が必要だった。だから……」

杏子「別にそれはあたし達じゃなくてもいいだろ?他の誰かに置き換えてまどかにそう刷り込めば済む話じゃねえか」

ほむら「それは…」

ほむらの言葉が詰まる。返答に困っている様子だった。
杏子は手に持った槍を握り直し、ほむらに切っ先を向け問い掛ける。


杏子「わざわざ記憶を封印するひと手間を加えて…どうしてなんだ?」

ほむら「…それを知って一体何になるっていうの?」

杏子「まぁ、確かにそれを聞いて状況が変わるってわけでもないけどさ」

杏子「自分を押し殺して、強がって、嘘を吐くのもしんどいだろ?」

ほむら「…強がってなんかいないわ」

杏子「またそうやってすぐ嘘吐きやがる。それなりに長い付き合いなんだしバレバレだって」

ほむら「今の私は貴方達が知っている暁美ほむらじゃない!」

杏子「うっせーよ。お前はあたし達が知ってるほむらだっての」

ほむら「違う!」

杏子「違わねーって。ほむらの中に作られた世界でのほむらと、この数週間一緒にいたほむらは何にも変わっちゃいなかった」

杏子「それとも、あたし達が見ていたほむらは全て嘘だった、って言うつもりか?」

杏子「まどかの隣にいた、楽しそうだったほむらも全部嘘なのか?」

まどかの名前が挙がる度にほむらの心が揺れる。
ほむらは自分の心の弱さを責める。
どうしてここまで脆くなってしまったのかと恨めしく思う。


ほむら「ち…ちが…」

杏子「…頼む、本当の事を教えてくれよ。どうして…あたし達は今ここにいるんだ?」


先程までの様子とは一変し、普段の杏子とはかけ離れた懇願するような声。

脆い心を守る為に作った脆い壁はあっけなく崩れてしまう。

ほむら「……私はっ…貴方達を消すことができなかった…」

ほむら「まどかの事を知っている人を消すなんでできなかった…」

ほむら「貴方達が…まどかと会話をする姿を見ているだけで…心が救われた…」

ほむら「皆にまどかの姿が見えている…皆がまどかを認識出来ているって…」

ほむら「だから…私は…」

杏子「…ほらな、いつものほむらじゃねーか」

マミ「もう…戦うつもりは無いって言っておいて、真っ先に突っ込もうとした人がよく言うわね」

杏子「っせーな。ちょっとだけイラッとしただけだよ」

呆れた様子でマミは杏子を窘め、杏子は顔を歪ませた。
だが、反省はしていない様子でポケットから駄菓子を取り出し、口に放り込んでいく。

ほむら「…なぜ、攻撃してこないの?」

ほむら「私がしたことを許せないんでしょう…?」

ほむら「偽りの記憶を植え付けられて、そんな貴方達を嘲笑うように接していた私が憎いんじゃないの!?」


いつまでたっても仕掛けてこない三人に苛立ち、痺れを切らしたかのように怒声を上げる。


さやか「記憶が戻ってから気が付いたよ」

さやか「あたし達と一緒にいると苦しかったんでしょ?」

ほむら「ち、違う!私は…苦しくなんてっ…」

さやか「嘘だね」

ほむら「…っ!」

さやか「あんたの性格、友達として付き合って少しは理解できたつもりだからさ」

ほむら「友達…?私と…貴方が?」

さやか「うん。少なくともあたしはそう思っていたよ」

ほむら「そんなっ…、私は…」

さやか「…ほむらがしたことは許されることじゃない」

ほむら「…分かっているわ。許してもらうつもりもない」

さやか「じゃあせめて、最後まで貫き通しなさいよ。あんたの願いをさ」

ほむら「願い…を…」

さやか「そう。ほむら、あんたの願いは何?」

ほむら「私の…願いは…」

分からない。
なぜ敵対している筈の相手の背中を押すような行為をするのか。
背中を押されてなぜ私はこんなにも救われた気持ちになってしまったのか。


ほむら「まどかに…人として…幸せに……生きてもらいたい…」


悪魔が暁美ほむらの本心を吐きだした。
膝が崩れるように座り込み、俯いたままほむらは動かない。


さやか「うん。まどかの事はほむら…あんたに任せたよ」

さやかはほむらにそう頼み、魔法少女から元の姿へと戻った。


さやか「じゃあ帰ろっか」

マミ「…そうね」

杏子「ああ」

なぎさ「はいなのです」


返事をした杏子とマミも元の姿へと戻る。そしてそのまま4人は立ち去る。

ほむらは何も言うことが出来ず、目を伏せその場に座り込んでいた。

杏子「あのままにしておいてよかったのか?」

マミ「暁美さんの性格を考えたら、一人にしておいたほうがいいと思ったのだけれど」

さやか「あたしも同じ意見ですよ、マミさん」

杏子「まぁ…確かにそうかもしれないけどさ」

なぎさ「杏子はとても優しいのです」

杏子「うっせー、茶化すな」


杏子はなぎさの頭に手を置き、髪がぐしゃぐしゃになるように撫で回した。


なぎさ「うー…!杏子がいじめるのです…」

そんなやり取りを横目で見ながらさやかは考える。これでよかったのだろうかと。

円環の理の一部をもぎ取るという行為をしたほむらに、まどかの事を頼んでしまってよかったのかと。

ほむらを近づかせないようにするべきなのかもしれない。

それ以前に今すぐまどかの記憶を刺激し、目覚めさせるべきなのかもしれない。


しかし、さやかはそうしなかった。


さやか(あたしも…まどかには少しでも幸せな時間を味わってほしい)

さやか(それに…)

さやか(今まで頑張ってきたご褒美、ってやつもあるからね)


この世界が終わるまで…二人を静かに見守ろう。さやか達が出した結論は同じだった。

このキャラならここまで言わせても大丈夫だろう、っていう線引きが甘い気がする…。

今日分はここまででまた明日投下します。では失礼します。

ありがとうございます。イメージは崩さないようになんとかしたいと思います。

では続き貼ります。

10月2日


ほむらは眠れぬ夜を過ごし、学校へ向かっていた。
眠気は元々感じないが睡眠を取るという行為が習慣付いていた為、頭が働いていないような錯覚を覚える。

まどかの力を抑える為とはいえ、あの4人の記憶の封印を解くのは抵抗があった。

思い出したくないことも思い出させてしまう。
忘れていた方が幸せなことだってある。

だが、全てを記憶の底から呼び戻してしまった。


そんな事をしたほむらは批難されて当然だと思っていた。
だが、4人はほむらを扱き下ろすようなことはしなかった。

それどころか、まどかを任せると言ってくれた。

ほむら(突き放して、罵ってくれた方が気が楽だったというのに…)

ほむら(本当に…望んだ通りに事は進んでくれないのね)


まどか「ほむらちゃーん!」


後ろから掛けられた声に体が勝手に反応する。
足を止め後ろを振り向く。
手を振りいつもと変わらぬまどかが駆け寄ってきた。

まどか「おはようっ!ほむらちゃん」

ほむら「お、おはようまどか」

まどか「どうしたの?ちょっと元気無さそうだけど…」

ほむら「そ、そんなことないわ。それよりも…まどかの方こそ大丈夫なの?」

まどか「うん!昨日は迷惑かけちゃってゴメンね」

ほむら「いえ、まどかが大丈夫ならそれでいいの」


全ては自分のせいなのに、という言葉がほむらの頭に浮かび上がる。


まどか「…ほむらちゃん、何かあったの?」


まどかのその一言に、ほむらの心臓は跳ね上がりそうだった。

ほむら「…どうしてそう思うの?」

まどか「なんか…思い詰めてるっていうか、難しい顔してたから」


ほむらの周りの人間が鋭いのか、それともほむらが分かりやすいのか。
あるいはその両方だったのかもしれない。


まどか「ほむらちゃん、あんまり一人で抱え込んじゃダメだよ?」

ほむら「っ…そう…ね」


さやか「おっはよー!」


いつの間に近寄ったのか、後ろからさやかがほむらの肩を組み朝の挨拶をかわす。

ほむら「み、美樹さやか…!?」

さやか「何よその呼び方?そんな堅苦しい呼び方今時流行んないよ」

まどか「おはようさやかちゃん」

さやか「おはよーまどか。今日もあたしの嫁は元気そうだね」

杏子「ったく…朝から訳わかんねぇこと言いやがって」


少し遅れて杏子もやってきた。食事を取る時間が無かったのかトーストを齧っている。


ほむら「…ちょっとこっちへ来なさい」


ほむらはさやかの腕を掴み、通学路の脇道に入っていった。

まどか「ちょ、ちょっと二人とも!?」

杏子「たまには二人で喋りたい時とかあんだろ?ほっとけほっとけ」

まどか「だ、大丈夫なのかな…」

杏子「大丈夫だろ多分。ほむらはこんなとこで喧嘩をおっぱじめるような奴でもねーしな」


杏子は残ったトーストを一気に口に放り込む。そして鞄に手を伸ばし中からパックの牛乳を取り出した。


杏子「先にのんびり行っとこうよ。待ってられる時間もそんなにねーし」

まどか「う、うん…そうだね」


まどかは二人が消えていった脇道に一瞬目をやるが、後ろ髪を引かれる思いで先に歩き始めた杏子の背中を慌てて追った。

ほむら「…どういうつもり?」

さやか「ほむらこそどういうつもりよ?まどかの前じゃ仲良くするんじゃなかったの?」

ほむら「それはっ…」


自らが提案した事をさやかに言い返されほむらは言葉を失う。


さやか「あんまりギスギスしてたらまたまどかに心配されちゃうよ」

ほむら「…貴方は、それでいいの?」

さやか「ん?何が?」

ほむら「世界の敵の私に、見せかけでも仲良くするなんて不快に思わないの?」

さやか「…あんた昨日あたしの言ったこと忘れちゃったわけ?」

ほむら「……何の事?」

さやか「あたしはほむらの事を友達だと思ってるって」

ほむら「それは…貴方が記憶を失っている時の話でしょう?」

さやか「それはほむらが勝手に思い込んでるだけじゃん?少なくともあたしはそんな事言った覚えはないよ」

ほむら「…」

さやか「今でもあたしは…じゃなくてあたし達はほむらの事を仲間で、友達だと思っているよ」

ほむら「…こんな、神に逆らうようなことをしているのに……?」

さやか「ほむらがしたことを正しいって言う気はないよ。ただ…間違いは間違いだ、って指摘してあげないとね」

さやか「それが友達ってもんじゃないの?」

ほむら「…ごめんなさい、わからないわ……」

さやか「そっか…。まぁ、あたし達はこれでいいって話合って決めたから」

ほむら「…どうして私を」

ほむら「私なんかを…と、友達と呼んでくれるの?」

さやか「それは…あたしの友達の為にずっと頑張ってくれてたから」

さやか「ずっとほむらの事を信じなくて…言う事聞かなくて今更何を言ってるの、思ってくれても構わないけど」

ほむら「…それは貴方のせいじゃないではないわ」

さやか「でも、少しくらいは真剣に耳を向けるべきだった。今じゃそう思ってるよ」

ほむら「本当に、貴方は愚かね……」


弱弱しくほむらは呟く。
言葉自体は辛辣なものだったが、中傷する気は無いのだとほむらの口調から汲み取った。


さやか「そうかもしんないね。…まどかの事、頼んだよ」

ほむら「…ええ。……ありがとう、さやか」

さやか「ありがとう、か。…へへっ」

さやかは照れくさそうに指で頬を掻く仕草をする。
そして思い出したかのように腕に巻いた時計に視線を移した。


さやか「あっ…!やばっ…遅刻だ!」


慌てた様子で走り出したさやかは、立ち止まったままのほむらに声を掛ける。


さやか「こら!何してんのよ!早く!」

ほむら「え、ええ…」


ほむらはさやかに追いつき、二人並んで学校への道を急ぐ。


ほむら(…結局、また思い通りに事は進んでくれなかった)

ほむら(思い通りにいかなかったのに…なぜ私の心はこんなに穏やかなんだろう)

ほむら(でも…駄目、まどかだけに留まらず皆にも甘えてしまいそうな自分がいる)

ほむら(これ以上、皆を付き合わせる訳にはいかない)

ほむら(終わらせよう…まどかとの約束を果たしてから…)

何とか遅刻を免れた二人は平穏に、何も変わらない一日を送る。

相変わらず暇があれば杏子とさやかがじゃれ合っている。

そんなじゃれ合う姿をみてまどかも笑い、時には困った表情を見せる。
まどかが困った表情を見せればほむらがすかさず二人を止めに入る。
夏休みが終わってから今日まで、頻繁に行われた流れだった。

日常の一部と化していたやり取り。

だが、そんな日常も終わりを迎えようとしている。

その日の夜、ほむらは携帯を握りしめ時計を凝視していた。

23時59分。

すでに打ち終えたメールを最後にもう一度確認する。

確認する必要が無いほど短い文章だったが、念には念を入れ何度も見直す。


ほむら(あと10秒…)


送信ボタンに指を置く。だが、まだ押しはしない。


ほむら(3…2…1…)

ほむら(…0)


送信ボタンを押す。携帯の画面には送信完了の文字が表示された。


ほむら(…寝ましょうか)


やりたかったことを終え、携帯を枕元に置きほむらはベッドに潜り込む。

その時、着信を告げる音がほむらの部屋に鳴り響いた。

ほむらは慌てて携帯を手に取り着信先を確認する。


まどかからだ。


ほむらは通話ボタンを押し携帯を耳に押し当てた。

ほむら「…起きていたの?」

まどか『ほむらちゃんからメールが届いたら嬉しいな、って思って…』

ほむら「恥ずかしいわね…」

まどか『ティヒヒ、…嬉しかったよ』

ほむら「…そう、それならよかったわ」

まどか『こんな遅くまで起きていてくれたんだね』

ほむら「私が最初に…まどかを祝ってあげたかったから」

まどか『ほむらちゃんのおかげで…今までで一番幸せな誕生日になりそうだよ』

ほむら「喜んでくれたのなら私も嬉しいわ。…まどか」

まどか『なぁに?ほむらちゃん』


先程まどかに送ったメールの文章を読み上げるように、ほむらはまどかへ向けて言葉を送る。




ほむら「お誕生日、おめでとう」

まどか『…ありがとう。ほむらちゃん』

10月3日


今日がまどかの誕生日だと知ってる生徒がまどかにお祝いの言葉を送る。
その全ての言葉に対し、まどかは笑顔を浮かべ感謝の言葉を返した。

転入してきてから今日までに、まどかには沢山の友達が出来ていた。


ほむらは自分の席に座り、友達に囲まれているまどかを見つめていた。


さやか「まどかを取られて寂しいの?」

ほむら「…そんなに独占欲が強く見えるのかしら?」

さやか「…冗談だって。本気にしないでよ」

ほむら「分かっているわ。私も冗談よ」

杏子「目つきは真剣そのものだったけどな」

ケラケラと笑いながら杏子は、チョコレートがコーティングされたスティック菓子を口に運ぶ。

そんな杏子のいつもの仕草を、ほむらは真剣な目つきで見ていた。


杏子「…なにジロジロ見てんだ?喰うかい?」

ほむら「いえ…催促した訳では無いの。ただ…」

さやか「ただ?」

ほむら「少しでもこの日常という風景を目に焼き付けておこうと思ってね」

杏子「お前…」

ほむら「私は決めたわ」

ほむら「…今まで付き合わせてしまってごめんなさい。明日でこの世界を終わらせるわ」


学校の教室という日常の中で発せられた非日常的な言葉だった。

さやか「…本当にいいの?」

ほむら「ええ。いつ来るかもわからない終焉に怯えるくらいなら、自分の意志で終わらせる」

杏子「しかし…急だな、ホント」

ほむら「貴方達には申し訳ないと思っている。でも、これ以上貴方達に迷惑をかけるわけにはいかない」

さやか「またそうやって自分一人で…」

ほむら「慰めは要らない。どんな言葉をかけてくれても…私は貴方達を巻き込んでしまった、この事実は変わらない」

杏子「…今日がこの世界最後の学校生活か」

さやか「何よ?最後だから真面目に授業受けるぞー、って言うつもり?」

杏子「あたしが真面目に授業を受けたらその時点で世界が滅びるっつーの」

さやか「あんた…自分で言ってて虚しくならない?それ」

杏子「自覚してるからいいんだよ」

ほむら「…貴方達は最後まで変わらないわね」

杏子「最後じゃねえだろ?」

ほむら「…どういうこと?」

杏子「また会えるんだろ?新しい世界でさ」

さやか「なんかあたしもそんな気がするわ。全然最後って気がしないんだよね」

ほむら「…マミには私から直接伝えておくわ」


チャイムが校内に鳴り響く。同時に先生が扉を開き教室に入ってきた。

さやか「あ、そういや今日の数学って小テストするとか言ってなかったっけ?」

杏子「どうせテストなんか返ってこないし気にする必要ないじゃん」

ほむら「あら、じゃあ翌週まで世界を終わらせるのを延期にしようかしら」

杏子「おい!そんなつまんねー理由で延期すんじゃねーよ!」

「こら!美樹!佐倉!早く座れ!」


教師の一言に二人は慌ててほむらの席を離れる。

自分の席に戻っていく二人の背中を、ほむらは優しい眼差しで見送っていた。

生徒達が思い思いの場所で弁当を広げている昼休み、ほむらとマミは校舎裏に居た。

マミはほむらの話に静かに耳を傾け、ほむらが話終えた後に口を開いた。


マミ「そう…分かったわ」

ほむら「ごめんなさい。急すぎて呆れてしまうでしょう?」

マミ「少し驚いたけれど…この世界の終わりが早まった、それだけの話よね」

ほむら「驚いているようには見えないわ。…あの二人もそうだったけど」

マミ「美樹さんも佐倉さんも『最後って気がしない』って言っていたんでしょう?」

ほむら「…貴方もそう思っているのね」

マミ「ええ。理由はわからないけれど」

ほむら「一度世界が書き換えられる瞬間を目撃しているからなのかしらね…、貴方達は肝が据わり過ぎているわ」

マミ「そういう暁美さんは二度も体験しているんでしょ?」

ほむら「…そうね。でも…次が本当に最後だから」

マミ「次の世界でも…またみんなでお茶会をしましょうね」

ほむら「マミが淹れてくれた紅茶…大好きだったわ」

マミ「あら、嬉しいわね。暁美さんがそう言ってくれるだなんて」

ほむら「…伝えておきたいことは伝えておこうと思ってね」

マミ「伝えておきたいこと…ね。…私も暁美さんには謝っておきたいことがあるの」

ほむら「いいの、もう過ぎたことだから。それに…充分過ぎるほど謝礼は受け取ったから」

マミ「そんなっ…私はまだ何も…」

ほむら「こんな私にも優しくしてくれた。…それだけで充分嬉しかったわ」

ほむら「…貴方達には感謝している。本当にありがとう…」

マミ「っ…暁美さん…貴方……」

ほむら「…それじゃあ私はここで失礼するわ」


何かまだ言いたげなマミを残しほむらは立ち去る。


ほむら(巴さん…絶対に貴方も幸せに感じる世界にしてみせるわ)

ほむら「それじゃあ明日、10時に駅前の時計台で」

まどか「うん!わかった!」


いつものようにまどかと一緒に帰り、家まで送る。

明日の待ち合わせの場所と時間を確認し、ほむらは立ち去ろうとする。


まどか「ほむらちゃん…やっぱりちょっと上がっていかない?」


そんなほむらを引き留めようとまどかが提案を持ちかけてきた。

しかし、ほむらはその案をやんわりと断る。


ほむら「いえ、今日はご家族とゆっくり過ごして頂戴。向こうでは記念日を大切にするんでしょう?」

まどか「確かにそうだけど…一時的に住んでただけだし」

ほむら「…ごめんなさい。やっぱり今日はやめておくわ」

本当は少しでもまどかと一緒に居たかった。
だが、何としてでも明日は迎えたい。リスクが少しでもあるのなら避けるべきだ。

それに、ほむらはまだ明日の準備が整っていなかった。


まどか「…わかった」

ほむら「…明日を楽しみにしているわ」

まどか「私も…」

ほむら「それじゃあね」

まどか「うん、バイバイほむらちゃん」

ほむらのお目当ての店はショッピングモールの中にあった。
店に入り、迷わずお目当ての品を手に取りレジに進む。

明日世界を終わらせるというのに、このプレゼントは皮肉が過ぎるかもしれない。
しかしほむらに悪意は無い。ただ、まどかにこれを渡したかった…それだけだ。

誰かが言っていた。奇跡も、魔法もあると。
奇跡が起き、次の世界でもまどかがこれを持っていてくれたら涙を流して喜ぶだろう。


ほむら(喜んでくれるかな…まどか)


綺麗にラッピングされたお目当ての物を受け取り、丁寧に鞄にしまいこんだ。

夜。近くに誰もいない丘にほむらは一人、椅子に腰かけ月を眺めていた。


ほむら(この世界を創って初めて迎えた夜も、ここで月を眺めていたわね)


遠い昔の出来事のように思える。
あの時と比べて、周りの環境がガラリと変わってしまっていた。

突き放そうとしたまどかが、今までで一番側にいてくれる。
一人で生きていくと決めたのに、自分のことを友達と呼んでくれた子がいた。
ほむらが望んだ全てが、望まぬ方向に進んでしまった。

ダークオーブを手に取り、月の光を浴びせるように星が輝く空に掲げる。
おぞましく、妖しい光を放ちほむらの手の中で踊るように回り続けている。

ダークオーブに目を向けていたほむらの後ろで何かが物音を立てたが見向きもしなかった。


ほむら(どうせあいつでしょう。最後に見たときはもう既にボロボロだったけどまだちゃんと生きているようね)

ほむら(…そういえばあの子達も暫く見ていないわね。私にはもう興味が無いのかしら)

ほむら(…今更どうでもいいわね)


掲げていたダークオーブを両手で包み込み胸元へ寄せる。

お祈りを捧げるようなポーズでほむらは願った。


ほむら(お願いします)

ほむら(最後くらいは…私の望んだ通りの…)

ほむら(私が望んだ世界でありますように)


10月4日


駅前に到着したまどかは時計台を目指して歩く。
肩から下げたショルダーバッグから携帯を取り出し時刻を確認する。


まどか(30分前はちょっと早すぎたかも…でもいつも待ってもらってるし)


移動しながら携帯を鞄にしまう。すでに視界に時計台を収めている。
あとは信号を渡るだけだったが、目の前で信号が赤に変わり信号待ちを余儀なくされる。

足を止め、待ち遠しそうに信号が変わるのを待っていたまどかに声を掛けてくる人物がいた。


ほむら「あら、早いわねまどか」

まどか「ほ、ほむらちゃん!?」

今日一日一緒にいる約束をした、ほむらが隣でまどかと同じく信号待ちをしていた。


ほむら「少し早く目が覚めてしまってね」


いつもと同じ、約束の30分前に到着するように行動していたほむらは隣にまどかがいたことに少し驚いていた。


まどか「そうなんだ…。ティヒヒ、集合場所が信号になっちゃったね」

ほむら「ふふっ、そうね。でも少し味気無いから折角だし時計台まで行かない?」

まどか「うん!そうだねっ」


信号が青に変わる。二人は並んで横断歩道を渡り始めた。

そしてほぼ同時に横断歩道を渡り切った時、まどかが突如走り出した。

ほむら「ま、まどか!?」

まどか「今日こそ先に到着してほむらちゃんを待つもん!」


よくわからない意地を張ったまどかが一目散に時計台まで走り切った。


まどか「…ふぅ…ふぅ……あー疲れたっ」


少し乱れた呼吸を整え、まどかはほむらが時計台に到着するのを待つ。
とても嬉しそうな笑顔を浮かべながら。

ほむらはそんなまどかを見つめ、笑みを浮かべながらまどかに近寄る。


ほむら「ごめんなさい、待たせてしまったわね」


ほむらは待ち合わせに遅れてしまったかのように申し訳なさそうに振舞う。


まどか「ううん、わたしも今着いたばっかりだから!」


そんなほむらに合わせるようにまどかはお決まりのような言葉を返す。

ほむら「…ふふっ」

まどか「…ティヒヒ」


お互い、そんなやり取りが可笑しいと感じたのか同時に笑いが込み上げてきた。


まどか「ほむらちゃんっ!」

ほむら「なぁに?」

まどか「おはよっ」

ほむら「ええ、おはよう。まどか」


二人はここでようやく朝の挨拶を交わした。

ほむら「さて、どうしましょうか」


開口一番、ほむらは今日のスケジュールが白紙であることを告げた。


まどか「えっ?行きたい場所とかあるんじゃないの?」

ほむら「あるといえばあるけど…今日はまどかのお祝いだしまどかの行きたいところを優先しようと思ってね」

まどか「うーん…そう言われると困っちゃうよぉ」

ほむら「別にどこでも構わないわよ?」

まどか「じゃあね…これ観に行かない?」


まどかはそう言いながら鞄の中から紙切れを取り出す。どうやら映画のチケットらしい。

ほむら「…これは?」

まどか「先週公開されたばっかりの映画らしいんだけど…ママが仕事先の人から貰ったチケットなんだ」

ほむら「成程ね。じゃあまずはこれを観ましょうか」

まどか「うん!」


まどかと映画館に行くのは初めてだった。
最後だからこそ、今までまどかと行かなかった所にいきたいと思っていたほむらには丁度いい場所だった。


まどか「じゃあ映画館に行こっか」

ほむら「あっ、ちょっと待って…」


今度はほむらが手に持った鞄に手をやり、中から綺麗にラッピングされた小箱を取り出した。

ほむら「一日遅れだけど…まどか、誕生日おめでとう」

まどか「…いいの?貰っちゃって」

ほむら「貰って欲しいの」

まどか「…うん。ありがとうほむらちゃん」


ほむらは両手でまどかにプレゼントを手渡す。
まどかはそれを両手で慎重に受け取った。


まどか「…開けていい?」

ほむら「ええ、どうぞ」


綺麗に包装された紙を破らない様に、丁寧に中身を取り出す。

派手過ぎないピンクと、薄い紫が特徴的な腕時計だった。

まどか「こ、これ凄く高そうなんだけど!?」

ほむら「大した額じゃないわ。まどかに似合うと思って」


正直、中学生が購入するには少し過ぎた額ではあったがそんなことはどうでもよかった。

まどかとほむらの色、その二つの色で構成された時計。

この時計を見た瞬間にほむらのプレゼントは決定していた。


まどか「…でも」


時計にそこまで詳しくないまどかでも、それなりに高価な物だと判断できるほどの品物だった。
本当に受け取っていいものか、少しためらっている。


ほむら「…まどかに…どうしても身に着けていて欲しかったの」


ほむらは本音を絞り出した。一緒にいる間だけでも、あわよくば次の世界でも身に着けていてほしい。
ほむらの心の底からの願いだった。

まどか「…分かったよほむらちゃん。…お願いがあるんだけど」

ほむら「なに?」

まどか「ほむらちゃんに巻いて欲しいんだけど…」

ほむら「…ええ。お安い御用よ」


ほむらは時計を梱包された箱から取り出し、まどかの手首に巻いた。


ほむら「…どう?窮屈だったりしない?」

まどか「ううん、ピッタリみたい。…可愛い時計」


自分の腕に巻かれた時計に見入る。
この時計は一生手放さない。まどかはそう誓った。

まどか「本当に…ありがとう、ほむらちゃん」

ほむら「気に入って貰えて私も嬉しいわ。…じゃあ、そろそろ移動しましょうか」

まどか「うん!…ほむらちゃん」


まどかはほむらの名前を呼び、腕時計が巻かれた左手をほむらに差し出す。
その意図を理解したほむらは右手でまどかの左手をそっと握った。


ほむら「行きましょう」

まどか「はーい!」


小さな子供のように元気よく返事したまどかの手を引きほむらは足を踏み出した。

公開されたばかりとあって館内の席はほぼ埋まっていた。
まどかとほむらは中央よりやや後方の席を確保し、まどかに通路側の席を譲り腰を下ろした。


まどか「さすがにすごい人だね」

ほむら「そうね。それほど好評なのかしら」


まどかはこの映画のタイトルは聞いたことはあるが中身は全く知らなかった。
ほむらはタイトルすら知らなかった。と、いうよりも映画自体に興味が無かった。


ほむら「どういう内容なのか分かる?」

まどか「ううん…わかんない」

ほむら「じゃあ開けてみてのお楽しみ、ってところね」

まどか「そうだね。…つまらなかったら…ゴメンね」

ほむら「構わないわ。…まどかが隣にいてくれればつまらないものなんてないわよ」

まどか「…ティヒヒ、わたしもだよっ」


館内の照明が落とされる。スクリーンに映像が流れ始めた。

映画の内容は、同じ時間を繰り返し残った記憶を頼りにして恋人を救うという、ほむらには少し酷な内容だった。


ほむら(…所詮、作り物よね)


そうと分かっていてもほむらは目だけで映像を追い、内容は頭に入れないようにしていた。
隣にまどかが居なければ即刻この場を離れていただろう。

チラリと隣に座ったまどかを見る。
暗くて表情はよくわからないが真っ直ぐに前を見ているのだけは分かった。


ほむら(まどかは…楽しめているのかしら)


感じている不快さを顔に出さずほむらは黙々と時間を消費していく。


ほむら(…)


再びまどかの方に目を向ける。今度はまどかに巻かれた時計を視界に収めた。


ほむら(この世界に残された時間を0にしようとしている私が時計を贈るだなんて…さやか達が知ったらどう思うかしらね

一か月という時間に追われ、時間を巻き戻し、その繰り返しから抜け出した後はまどかがいない時間を歩んできた。
そして、まどかに人間として生きる時間を与え、今日までこの世界で過ごしてきた。

その終着点がすぐそこに見えている。


まどかに巻かれた腕時計を眺めながら自分の歩んできた道を振り返っていた時だった。
まどかの左手が拳を握るかのように少し力が込められていた。

その変化を見逃さずほむらは視線をスクリーンに戻す。
視線を戻した時にほむらはようやく状況を理解した。


主人公とヒロインが抱き合い口づけを交わすシーンが流れていた。

ほむら(…成程ね)


流れに完全に置いていかれていたほむらは、一瞬呆気にとられながらも映像を眺め続ける。


ほむら(…視線を感じるわ)


すぐ隣から。

試しに一瞬映像から視線を離しまどかへ向けてみる。


まどか「!?」


刹那だが完全に目が合ってしまった。

まどかは見てはいけないものを見てしまったかのように動転し、スクリーンに視線を移した。


ほむら「…」


悪魔の悪戯心に火が付いた。

ほむらは二人の間に設けられた手すりを握るように右手を置く。

それに気が付いているはずのまどかを食い入るように見つめ、目を離さない。

まどかはこちらを見ない。ほむらが見つめているのが分かっているから。
しかし、まどかの左手が別の意志を宿しているかのように少しずつ手すりへと近づいてくる。

恐る恐るといった様子でほむらの右手とまどかの左手が接近し、僅かに手が触れたその瞬間。

ほむらの右手がまどかの左手をガッシリと掴んだ。


まどか「…っ!」


いきなり手を掴まれたことに驚き体が僅かだが揺れ、声が出そうになる。


まどかを見つめたまま顔をまどかの耳元に近づけ、悪魔の様に甘く囁く。


ほむら「…あまり過剰に反応したら周りの人に気づかれてしまうわよ?」

手を握っているだけだったが敢えて含みのある言い方をし、まどかの羞恥心をくすぐる。

そんなほむらの思惑に簡単に引っかかってしまったまどかは恥ずかしさを隠すように顔を伏せた。

ほむらの攻撃は更に続く。


ほむら「…映画を観ないでいいの?折角映画館まで来たというのに」


逃がさない様にまどかの顔を追い、更に耳元で囁く。


まどか「…だって…ほむらちゃんが…」


ほむらが囁く度に吐息が耳にかかり、まどかは体を僅かに震えさせる。

反省したようにそう告げ、ほむらは手を離す。

だが、一度離れた手を今度はまどかが握り返してきた。


ほむら「…あら、どうしたの?」

まどか「…」


まどかからの返事は無い。


ほむら(本当に、少しやり過ぎてしまったかしら…)


ほむらは俯いたまま動かないまどかの顔を覗き込む。

ほむら「まどか…本当にごめ…」


謝罪の言葉を紡ごうとした口が塞がれた。


まどか「…ティヒヒ、お返し…だよ」


出来る限りの照れ隠しの言葉を紡ぎだしたまどかの唇によって。


映画のシーンは着々と進んでいくが二人にはもう、どうでもよかった。

上映が終わり、余韻に浸ってまだ席を立たない観客がいる劇場内にほむらとまどかも居た。
二人とも心ここにあらずといった感じで席に座ったまま動かない。


先に動いたのはほむらだった。


ほむら「…まどか、とりあえず外に出ましょう」

まどか「…うん」


二人は同時に立ち上がり、先程まで混雑していた劇場の出口に向かった。


映画館を後にした二人の間に気まずい空気が漂っていた。


まどか「…ほむらちゃん、ごめんなさい」


俯いたまま、申し訳なさそうな声を出しまどかの頭が更に下げる。

>>235 更に下がる○ 更に下げる×


ほむら「…いえ、私が悪乗りしすぎたから」

まどか「で、でも…わたしが…あんなことしたから…怒ってるんだよね?」

ほむら「…怒っている?誰が?」


ほむらは呆気に取られた様子でまどかに問い返した。


まどか「だ、だって…ずっと怖い顔してたし…」

ほむら「それは…いきなりの事で驚いただけで、決して怒っていた訳じゃないの」

まどか「…ホントに?」

ほむら「本当よ。…強いていうならもう少し場所をわきまえて欲しかったけれど」

まどか「~~~っ!」


見る見る内に顔を真っ赤にさせたまどかが再び顔を伏せてしまった。

ほむら「まどか、顔を上げて」


ほむらはそう催促するがまどかは無言で首を横に振る。


ほむら「まどか、お願いだから…顔を見せて」


懇願するようなほむらの声に渋々と、少しずつまどかが顔を上げる。
それでもまだまだ恥ずかしいのか、肩に掛けていた鞄で顔の半分を隠していた。


ほむら「もう…貴方のそういう仕草を見ると悪戯をしたくなるのよ」


少々強引に、鞄を握るまどかの左手をほむらが右手で握り締める。


ほむら「少し歩きましょう。直に恥ずかしさも収まるわ」

ほむらの提案にコクリと頭を下げまどかは足を踏み出した。

少し冷めた風に見えたほむらだったがそうではなかった。必死に耐えていた。


このまままどかとずっと居たいという気持ちがより一層強くなる。

まどかの声を聞く度に、顔を眺める度に、可愛らしい仕草を見る度に、ほむらの心が揺れそうになる。

そんな自分の弱い心が揺れない様にほむらは湧き上がってくる感情を押し殺す。

愛おしいという感情を必死に殺していた。

正午になりどこの店もランチタイムを迎え盛況の中、ほむらとまどかは人気が疎らなベーカリーショップにいた。
味が悪い訳でも無い。ただ、立地が少し悪く更に店内で飲食できるスペースがあることもあまり知られていない。
知る人が知る穴場の店、という場所でこの街を調べ尽したほむらだからこそできたチョイスだったのかもしれない。

席についたほむらの前には焼きたてのクロワッサン、それと中にチーズとハムが入ったバターロールを載せた皿があった。
ほむらはそのすぐ脇に置かれた淹れたてのホットコーヒーを一口啜る。


ほむら「食べないの?」


ほむらは前に座るまどかに声を掛ける。

まどかが選んだ昼食はアップルパイと紅茶だけだった。
普段から少食だったまどかだが、今日は更に量が少ない。

まどか「…あんまり食欲が無くて」

ほむら「駄目よ。ちゃんと食べないと」

まどか「うん…」

ほむら「これからまだまだ回りたい場所があるんでしょう?」

まどか「そう…だね」


ほむらに促されようやく昼食に口をつけたまどかだったが、その速度は遅い。


ほむら「…まどか、口を開けて」


一口サイズにちぎったクロワッサンをまどかの口元に差し出した。


まどか「うぅ…」


恥ずかしさがぶり返したのか、まどかの顔が徐々に下を向く。

ほむら「食べてくれないと今日一日ずっとまどかが嫌がりそうなことをするわよ」

まどか「…意地悪」

ほむら「…まどかと普通に会話をしたいのよ。…だから、食べて」


ほむらのお願いするような声を聞き、まどかは観念したのかおずおずと口を開きクロワッサンを口に迎え入れた。


まどか「…あ、んっ」

ほむら「お味はどうかしら?」

まどか「…ティヒヒ、美味しいよ」


数十分ぶりのまどかの笑顔にようやく胸を撫で下ろすことができたほむらは満足そうにコーヒーを一口啜った。


まどか「はい、ほむらちゃん。お返しだよっ」


今度はまどかが一口サイズにちぎったアップルパイをほむらの眼前に差し出す。

ほむら「まどかの食べる量が少なかったから私のを分けたのよ?」

まどか「ダメ!ほむらちゃんだけズルい!」

ほむら「しょうがないわね…。……んっ」


パイ生地のサクサクとした食感と、余分な甘さを控えたリンゴ本来の味を生かした風味が口に広がる。


ほむら「美味しいわね」

まどか「うん!このお店のパン本当に美味しいね」

ほむら「ええ。静かで居心地も良くて本当にいいお店だと思うわ」

まどか「また来ようね!」

ほむら「…そう、ね」


何気ないまどかの一言がほむらの表情に影を落とす。
思わず出てしまったその表情を隠すようにほむらは慌ててコーヒーに口を付ける。

まどか「ほむらちゃん?」

ほむら「あ、いえ…次はどこに行きたい?」

まどか「うーん…次の場所かぁ」


まどかは左手の時計に視線を向ける。時刻は13時を迎えようとしていた。


まどか「ショッピングモールとかどうかな?」

ほむら「ええ。構わないわよ」

まどか「決まりだねっ!じゃあ行こっか」


残ったアップルパイをまとめて頬張る。
少々多すぎたのか、まどかの頬はリスの頬袋のように膨らんでいた。

ほむら「そんなに慌てなくても大丈夫よ」


呆れるように笑い、まどかの口の端に付いたパイをほむらが紙ナプキンで拭き取った。


まどか「んぐ…んぐ…っ!だってもっと色んな場所行きたいんだもん」


紅茶で流し込みようやく喋れるようになったまどかが口を開いた。


ほむら「そうね。それは私も同意見だわ」


ほむらは立ち上がりまどかに手を差し出す。
差し出されたその手に、まどかは笑みを浮かべながら自分の手を差し出し手を握った。


ほむら「行きましょうか」

まどか「うんっ!」


手を繋ぎながら二人はショッピングモール内を散策する。
まどかにはここに来たがっていた理由があった。


まどか「このフロアにある雑貨屋さんのショーケースにすごく可愛いぬいぐるみが飾ってあるの」

ほむら「あらそうなの?本当にまどかはぬいぐるみが好きなのね」

まどか「うんっ!でもそろそろお部屋に置ききれなくなってきちゃったけど」

ほむら「お部屋に沢山飾ってあるものね。…あの店かしら?」

まどか「そうだよっ…ってあれっ?変わっちゃってる…」


数日前に訪れた時はチェックのシャツを着たテディベアが飾ってあったが、
今は小さなリスのようなぬいぐるみに変わっていた。

まどか「もう誰かが買っていっちゃったのかな…」

ほむら「そうかもしれないわね」


店前のショーケースに張り付いていた二人を見て店の中から店員が応対に出迎えた。


まどか「あっ、すいません。ここに飾ってあったクマのぬいぐるみって売り切れちゃったんですか?」

「あぁ、そこに飾ってあったテディベアは昨日売れてしまって…申し訳ございません」

まどか「…そうですか」

ほむら「一足違いだったって訳ね。そんなに欲しかったの?」

まどか「…ほむらちゃんに見せたかったのに」

ほむら「仕方が無いわ。気を落とさないで」


落ち込んだ様子のまどかの頭をほむらは優しく撫でる。

まどか「もぅ…わたしはぬいぐるみじゃないよぉ」

ほむら「…じゃあ止めましょうか?」

まどか「…意地悪」

ほむら「ふふっ…」


暫くそんなやり取りを続けた後、店員の視線に気が付いた二人は慌てて礼を言いその場を逃げるように立ち去った。

まどか「さやかちゃんとはよく来るけどほむらちゃんとは初めて来るね」

ほむら「そうね。私はあまり音楽を聴かないからあまり縁の無い場所だわ」


二人はCDショップに居た。
ほむらは縁が無い場所だと言ったが全く関わりのない場所では無い。

最後のループで、まどかが魔法少女の存在を知るきっかけになった場所だ。


ほむら(…ここの改装中のフロアはいつまで立ち入り禁止なのかしら)


繰り返したループ内でも常に立ち入り禁止の札が掲げられ、今現在も手が付けられずに放置されていた。


ほむら(ある意味謎の深い場所ね…)

まどか「ほむらちゃん、この曲どうかな?」


誰もいない場所に向けていた視線を切り替え、まどかに視線を移す。
ほむらはまどかが勧めてきたサンプル曲が流れるヘッドフォンを装着し、しばし耳を傾けていた。

ショッピングモールを後にした二人は学校へ向かって歩いている。
ほむらが提案した事だった。


まどか「でも、どうして学校に?」

ほむら「…私服で学校に行くなんて早々ないでしょう?少し普段と違って見えるかもしれないって思ってね」

まどか「あっ、確かにそうかも」


二人は学校に通じる道に出た。石舗装で綺麗に整地され、その脇には小さな川が流れている。


ほむら「初めて通った時も思ったけど、やはりこの道は綺麗ね」

まどか「うん!わたしもこの道大好きなんだ」

通い慣れている道を二人は歩く。普段と違い周囲に生徒の姿は無かった。

ほむらは川を跨ぐように設置された小さな橋の上で一つ大きな伸びをした。


ほむら「んんっ…」

まどか「ティヒヒ、どうしたの?ほむらちゃん」

ほむら「…風が気持ちよくてね。体全体で感じてみたかったのよ」


目の前に見慣れた学校がある。
時には楽しく、時には重い足取りで通った通学路。
それも今日で見納めだ。


ほむら(…さようなら)


ほむらは心の中で通い慣れた学校と通学路に別れを告げた。

少し歩き疲れた二人は公園のベンチに腰掛けていた。


まどか「いっぱい歩いたね」

ほむら「そうね。疲れちゃった?」

まどか「ううん、ほむらちゃんが隣にいるからへっちゃらだよっ」

ほむら「ふふっ、どうもありがとう」


「おっ、君は…」


不意に割り込んできた男性の声にほむらは反応し視線を向ける。

少々強面といった風体の男性が二人に視線を向けていた。


ほむら「…どちら様かしら?」


僅かに冷たさを含んだ物言いでほむらは問い掛ける。

まどか「あっ、クレープ屋さんのおじさんだ」

「毎度。この間はありがとうな」

ほむら「…クレープ屋、さん?」


この見た目で?という言葉が続きそうになったのを咄嗟に抑え込む。


「そこの屋台で細々とな。…この見た目で、って思っただろ?」

ほむら「…いえ」

「気にしなくてもいいさ。自覚してるからな」

ほむら「…すいません」

まどか「ほむらちゃん、クレープ食べない?」

時刻は三時を少し回った頃。おやつには丁度いい時間だ。


ほむら「そうね。失礼なこともしてしまったことだし」

「気を使ってくれなくても構わないだけどな。まぁ買ってくれるっていうならサービスくらいするぜ」

まどか「やった!ほむらちゃん行こ行こっ」

ほむら「あっ、ちょっと!」


まどかはほむらの手を引っ張るように屋台に駆け込む。
昼食が控えめだっただけに少し小腹が空いていたのかもしれない。

意気揚々と駆け込んだまどかはメニューとの睨めっこに明け暮れていた。


まどか「…うう、悩むなぁ」


種類が豊富でどれも美味しそうに見える。まどかの目移りが止まらない。


まどか「…どっちにしようかなぁ」

ほむら「どれと悩んでいるの?」

まどか「えっとね…苺生クリームとブルーベリー生クリームカスタード…」

ほむら「じゃあその二つにしましょう」

まどか「えっ?ほむらちゃん自分で選んでいいんだよ」

ほむら「どちらも美味しそうだし構わないわ。それにこのままでは比喩では無く本当に日が暮れてしまいそうだし」

まどか「うう…ごめんなさい」

ほむら「冗談よ。本気にしないでね?…じゃあ注文するわね」

まどか「はーい」

ほむら「すいません、苺生クリームとブルーベリー生クリームカスタードを下さい」

「あいよっ」

クレープ屋の主人は強面な見た目とは裏腹に、器用に生地を薄く伸ばし丁寧に焼いていく。


まどか「あの生地焼いてるのって思わず見入っちゃうよね」

ほむら「ええ。難しそうに見えるけど上手に焼けるものね」

「はいよ。苺生クリームとこっちがブルーベリーだ」


まどかが苺を、ほむらがブルーベリーを受け取る。


まどか「あれっ?何かトッピングされてる」

ほむら「こっちもだわ。…ラズベリー?」

「サービスするって言ったろ?ラズベリーのジャムだ。どっちも相性いいんだぜ」

まどか「ありがとうおじさん!」

ほむら「ありがとうございます」

「いいってことよ。今後とも御贔屓に頼むぜ」

まどか「いただきまーす」

ほむら「いただきます」


屋台の前に用意された椅子に座り、二人はクレープに口を付ける。


まどか「美味しいっ」

ほむら「そうね。食べやすくて美味しいわ」


甘さを控えた生クリームと、苺とブルーベリーとはまた一味違った甘酸っぱさのラズベリーがマッチする。


「ほれ、これもサービスだ」


そういい店主が中身の入った紙コップを二つ差し出した。

ほむら「これは…?」

「ローズマリーとペパーミントをブレンドしたハーブティーだ。かみさんの趣味でな」

ほむら「ハーブティー、ね」

「また見た目と違って洒落たもん飲んでるな、って思ったろ?」

ほむら「…すいません」

「大丈夫だよ。こっちのほうも自覚してるからな」

まどか「また絶対クレープ食べに来るよ!」

「宜しくたのむわ。そっちの嬢ちゃんもな」

ほむら「…ええ」



まどか「ほむらちゃん、はい…あーん」

ほむら「あ…んっ…。まどかも…はい」

まどか「あーんっ。んー!こっちも美味しい!」


「…ああいう娘が欲しいな」

クレープを食べ終え、二人は椅子に座ったままハーブティーを啜っていた。


ほむら「さて、そろそろ日が暮れてきたけど…」

まどか「もうそんな時間かぁ」

ほむら「…そうね」

まどか「…わたし、どうしても行きたいところがあるんだけど」

ほむら「行きたい所?どこなの?」

まどか「ティヒヒ…内緒っ」

ほむら「もう…意地悪ね」

まどか「着いてからのお楽しみだよっ」

ほむら「仕方ないわね。楽しみにしているわ」


二人は向かう。二人にとって思い入れの深い場所に。

さやか「…もうすぐ日没ですね」

マミ「そうね。今日と言っていたけど時間までは聞いていなかったわね」

なぎさ「本当に…今日で世界が終わってしまうのです?」

杏子「らしいぜ。実感は全く沸かないけどよ」


マミの家に、まどかとほむらを見守ると決めた四人が集まっていた。
今日も変わらず美味しいマミのケーキと紅茶に手を付け時間を消費していた。

マミ「暁美さん、どうする気なのかしら…」

さやか「何かよからぬことを企んでいるって事は無いと思いますけど」

杏子「おいおい、大丈夫だと思ったから二人にしたんだろ?」

マミ「そうなのだけど…少し様子が気になってね」

なぎさ「何かあったのです?」

マミ「いえ、特に何かあったという訳ではないのだけれど…なんて言えばいいのかしらね…」

杏子「そういえば何か妙にスッキリした感じだったな」

マミ「そうね。踏ん切りがついたというか…覚悟を決めたというか」

マミ「でも、そんな言葉で済ませてしまっていいの?って思えるのよね」

さやか「…そういや昨日杏子帰り遅かったね。何してたの?」

杏子「ん?ああ、帰りにゲーセン寄って帰ろうとしたらほむらに少し呼び出されてな」

さやか「何を喋ってたの?」

杏子「そんな大したことじゃねーよ。本当にただの世間話って感じだったな」

さやか「…あたしも昨日ほむらと電話で喋ったんだけどさ。こっちもただの世間話だったけど」

杏子「…珍しいな。あいつが用事も無く電話かけてくるなんて」

さやか「うん。その時は珍しいな、くらいで終わらせちゃったんだけど」

マミ「私の電話にも暁美さんから着信があったわ。なぎさちゃんと話がしたいって」

なぎさ「そうなのです。…あの時暴力を振るってごめんなさい、って言っていたのです」

マミ「…暁美さんのソウルジェムの中に作られた世界でのことね」

さやか「…」

マミ「世界を終わらせる前日に、ここにいる全員と個別に、ね…」

杏子「なんだよ、この世界でのお別れの挨拶のつもりだったのか?」

さやか「…まさか」

さやかは携帯を取り出し、手早く操作して耳に押し当てた。


さやか「…ダメか」


耳を離し、再び携帯のボタンを押し電話をかける。


さやか「ダメだ。まどかにも繋がんない」

マミ「二人とも電波が届かない所にいるか、電源を切っているか…」

さやか「ほむらが意図的に電波を遮断しているか」

杏子「何の為にだ?」

さやか「わかんない。でも意図的に遮断しているとしたら…」

杏子「二人きりを邪魔されたくないだけじゃねえか?」

マミ「確かにそれもあるわね」


憶測が新たな憶測を呼ぶ。
その全てが僅かでも可能性を含んでおり、簡単には切り離せない。

さやか「ほむらは自分の手で世界を終わらせると言っていた」

さやか「どうやって終わらせるんだと思う?」

杏子「そりゃあ…この世界がほむらの魔力で作られたもんなんだったら解放すりゃあいいだけじゃねえの?」

さやか「そうだね。じゃあ次、新しい世界を生み出してどうすると思う?」

なぎさ「再び一からやり直すのではないのです?」

さやか「でも、結局は同じことに繰り返しになるだけだよね」

さやか「まどかの力を抑え込むのが限界を迎えては世界を創り直す」

さやか「そんな無意味な繰り返しを今のほむらがするとは思えない」

マミ「…この状況を打開する手がある?」

杏子「どうやってだ?ほむら自身も、まどかも救える手があるってのか?」

マミ「それは…」

さやか「…ほむらが自分が救われるのを諦めていたら?」

なぎさ「…まさか」

さやか「わからない。でも可能性が無い訳じゃない」


さやかとなぎさがほぼ同時に立ち上がる。二人とも同じ可能性を感じ取ったようだった。


杏子「説明くらいはしてくれるよな?」

さやか「あくまでも可能性としてだけど…」

さやか「ほむらはこの世界から消えようとしているのかもしれない」

ほむら(やはり…ここだったのね)


バスに乗り、移動を開始した辺りから薄々勘付いてはいた。

一面に花が咲いた丘。


まどか「どう?凄く綺麗でしょ?」


少し斜面になっている丘を駆け下り、まどかは花畑の中で楽しそうにくるくると回っている。


ほむら「そうね。とても素敵な場所だわ」


決意を固めた場所。ここでいい。

ここで終わらせよう。この世界を。

ここで消してしまおう。暁美ほむらという存在を。

杏子「一体どこに行きやがったんだよあの二人は!」

マミ「魔力探知も駄目、携帯も繋がらない。…行き先に心当たりは?」

さやか「…すいません」

マミ「佐倉さんだけのせいではないわ。…それにまだあくまでも可能性、でしょう?」

杏子「バラけて探すしかねーな。見つけたらちゃんと連絡入れろよ?」

さやか「分かってるよ」

マミ「なぎさちゃん、一緒に来なさい」

なぎさ「で、でも…なぎさにはもう魔力は…」

マミ「構わないわ。貴方ももう仲間なのよ」

なぎさ「仲間…」

マミ「ええ。そして、あの二人もね」

杏子「だな。あたし達を置いて一人で勝手に消えちまうなんて許さねえ」

さやか「…そうだね。絶対に見つけ出してやる」

三手に別れ二人を探す。
魔力で肉体を強化して建物の屋上を飛び越えてる。
視力を強化し街中をくまなく探し回る。

しかし二人の姿はどこにも見当たらない。


さやか「一体どこに…」


そう呟いた時だった。

さやかは身の毛もよだつほどの量の、おぞましい魔力を感じ取った。


さやか「これはっ…!?」


マミと杏子も確実に気が付いているだろう。さやかはそう判断し魔力を感知した方角に向かって駆け出した。

ほむら「まどか」


優しくまどかの名前を呼び、ほむらは後ろからまどかに抱き付いた。


まどか「ほむらちゃん…?」

ほむら「まどか…今までありがとう」

まどか「…何?いきなりどうしたの?」

貴方を失って永久に感じてしまうほどの寂しい時間を味わった

そんな時、再びまどかが目の前に現れてくれた

誰かが用意した偽物ではないのかと疑った時もあった

でも…目の前に居たのは本物のまどかだった

私は嬉しくて、幸せで…そして後悔した

あの時貴方をどんな手を使ってでも止めておくべきだったと

だから私は貴方の、人しての記憶を奪いこの世界を創りだした

人として全ての人に忘れられることも無く幸せに生きて欲しいと願って

貴方が隣にいてくれるだけで私は幸せだった

貴方も幸せだと言ってくれた。本当に…嬉しかった

でも…そんな幸せな時間ももう終わり

これから私は自らの罪と向き合わなければいけない

まどか「…どうしたのほむらちゃん……何を言っているの?」


ほむらはまどかから少し身体を離した。

まどかは振り向きほむらの目を見つめる。

不安そうな色と赤い色の瞳がそこにあった。


ほむら「…貴方の瞳は綺麗ね。全ての光を吸い寄せているようだわ」

まどか「ほむらちゃ…んっ…」


ほむらの唇がまどかの唇を塞ぎ、名前を呼ぶのを遮った。


ほむら「もう一度、貴方に危害を加えるのを許して頂戴」

そう告げたほむらは魔力を身に纏い、悪魔へと姿を変える。


まどか「…ほむらちゃん!?」

ほむら「愛しているわ、まどか」


ほむら「そして…目覚めなさい。女神様」


ほむらは、まどかの力を押さえつけていた魔力を集め戻す。

解き放たれたまどかの力は目に見えるほどの力強い光を放つ。


ほむら「頂くわ、貴方の力」

二人のいる丘を包むように奔流する漏れ出したまどかの力にダークオーブをかざす。

ダークオーブに漏れ出した光が集まり、その光を吸収していく。


まどか「っ…ほ、ほむらちゃん…どう…して…」

ほむら「貴方はもう何も気にしなくていいの。全てを忘れ、全ての役割を捨ててしまいなさい」

ほむら「力も、記憶も…貴方の役目も全て私が奪ってあげる」

まどか「…だ…め……」


まどかの意識が闇へと沈み、倒れ込みな体をほむらが支える。

危険な賭けに勝ったほむらは少し安堵の表情を浮かべ意識を失っているまどかに視線を落とす。


ほむら(まどか、次に目が覚めた時…貴方はただの人間よ。幸せに暮らしてね)

まどかから視線を離し、周囲にあふれ出した全ての光を回収したダークオーブに目を向ける。


ほむら(途方も無い程の力…)

ほむら(でもこれも私がまどかに因果の鎖を巻き付けてしまったから)

ほむら(だから、責任をもって私がこの因果の力を貰っていくわ)


さやか「ほむら!」


いち早く駆けつけたさやかは、動かないまどかと悪魔の姿のほむらを視界に捉える。
恐れていた可能性が現実になり、さやかは自分の甘さを呪った。

ほむら「思っていたより早かったわね」

さやか「その言い方…まるであたしがここに来ることが分かっていたような言い方だね」

ほむら「そうね。貴方達なら来るだろうと思っていたわ」

なぎさ「…これは一体…どうして……?」

マミ「暁美さん、貴方一体何を!?」

杏子「まどか!しっかりしろっ!」

さやか「みんな!」


遅れてやってきた三人は困惑の表情を浮かべている。
だが、落ち着き払ったほむらの様子から、遅かったのだということは理解できていた。

ほむら「…全員揃ったわね」

さやか「ほむら!また一人で全てを背負い込んで…一人になる気でしょ!?」

ほむら「貴方達は私に楽しいひと時を与えてくれた。だからもういいの」

ほむら「次の世界では貴方達も魔力を失い、ごく普通の人間として生きていくの」

ほむら「もう、魔女や魔獣との戦いで命を落とす恐怖に怯えることのないようにね」

さやか「だけどその世界にアンタはいないんだろ!?」

ほむら「ええ。私には居場所はもう必要無い」

マミ「そんな世界なんて…!」

ほむら「まどかも、貴方も、なぎさも…人として真っ当な人生を歩みなさい」

ほむら「私は一人で構わない」

さやか「どうしてなのよ!?なんで一人になりたがるのよ!友達だって言ったでしょ!」

ほむら「私は貴方達の事を友達とも、仲間とも思っていない」

杏子「何だと!テメェもういっぺん言ってみろ!」

ほむら「…貴方達が仲間だと、友達だと言ってくれたのは本当に嬉しかった」

ほむら「でも、私は貴方達の言葉を受け入れてはいけない。甘える訳にはいかないの」

杏子「ワケわかんねぇことばっか言いやがって…」

さやか「あんた、円環の理の役割を全て背負い込む気なんでしょ?」

ほむら「そんな生易しいものではないわ。円環の理も、貴方達の記憶も、魔力も全て奪う」

ほむら「私は今度こそ暁美ほむらを捨て去り、悪魔になる」

マミ「させないわ!」

ほむら「残念ね。もう貴方達は眺める事しかできないわ」


ほむらが四人に向け手を向け体の自由を奪う。
さやか達の体に目には見えない重圧がのしかかり、たまらず膝を地に付ける。

さやか「くそっ!」

杏子「やめろ!ほむら!」

ほむら「本当は手荒な真似をしたくは無かったのだけど」

マミ「暁美さん!こんな結末で皆が幸せになれると思っているの!?」

ほむら「結末は最早どうでもいい。こんな物語の終わり方も記憶の片隅には残らないのだから」


ほむら「皆が次の世界で幸せになってくれさえすれば、私も幸せなの」



まどか「だめ…だよ…」

ほむら「!?」

まどか「一人ぼっちにならないでって…約束したじゃない…」

さやか「まどか!」

意識を取り戻したまどかが立ち上がる。
頭を抑え、今にも再び倒れてしまいそうな足を奮い立たせほむらを見据える。


ほむら「…意識を失ったままでいればよかったのに」

まどか「私は…ほむらちゃんを止めないといけないから…」

ほむら「止める…、ね。力を奪われた今の貴方に…」

まどか「ほむらちゃんを一人になんてさせない!」


まどかの身体に淡い光が集まる。
髪が伸び、純白のドレスを身にまとった女神が姿を現す。
まどかの中に眠っていた力が完全に目を覚ました。


ほむら「そんなっ!?まだこれほどの力が!?」


ほむらはまどかの底知れぬ力に驚愕の表情を浮かべる。

ほむら(これ以上まどかの力を奪い取れるなんて期待はできない…)

ほむら(でも…ここまで来て引くなんて以ての外。やるしかないわ)


杏子「桁外れ、なんてもんじゃねーな…」

さやか「まどか!頼む!ほむらを…止めてやってくれ!」

ほむら「私を止めるということは再びまどかが消えるということよ」

さやか「…っ!」

ほむら「さやか、貴方の気持ちは理解しているつもりよ」

ほむら「だからこそ私は自ら消えることを選ぶわ」

ほむら「さようなら。もう二度と会うことは無いけれど…幸せにね」

さやか「ほむら!」

世界の崩壊が始まった。

この世界を創りだし、繋ぎとめていた全ての魔力がほむらの元に還ってくる。


なぎさ「世界が崩れて…」

マミ「暁美さん…」

杏子「くそっ!何もできねぇまま…」

さやか「まどか!ほむらをたのん…」


全てを言い終わることを許さず、まどかとほむら以外の全ての生命が消え去った。

音も風も光も無い。あるのは足元に残された丘の一部だけだった。


ほむら「…今の私と貴方、どちらの力が上回っているのでしょうね」

まどか「…」

ほむら「私は私の望む世界を創り出す。鹿目まどか、貴方は人として生き…人としてその命を終えなさい」

ほむら「美樹さやか、佐倉杏子、巴マミ、百江なぎさ…皆も同じように人生を終えるのよ」

まどか「でも…そうすれば円環の理には」

ほむら「そうね。私はもう貴方達に認識すらされず、二度と会う事もないでしょうね」

まどか「そんなこと…させない!」

ほむら「ではどうするというの?貴方が望む世界を創り出すとでも?」

まどか「わたしはみんなの祈りを無駄にはさせない。それを願って今のわたしを受け入れたの。だから…」

ほむら「その願いも私が奪ってあげるわ。だから心配はいらない」

まどか「そうやって…ほむらちゃんはなんで悪く聞こえるような言葉を使っちゃうの?」

ほむら「私は悪魔よ。嫌われて、疎まれて…それが正しいのよ」

まどか「ほむらちゃんは悪魔なんかじゃないよ」

まどか「こんなに優しくて…優しさに触れて傷ついちゃって…そんな子が悪魔な訳がないよ」

ほむら「…どう思おうが貴方の勝手よ。好きにしなさい。でも、私の願いは邪魔させないわ」

まどか「わたしの願いも…絶対に貫いてみせる」

ほむら「…そうやって、またあのまどかがいない時間を過ごさせるというの?」

まどか「それは…」

ほむら「もう私は駄目なのよ…。貴方の温かさに触れ過ぎてしまった」

ほむら「私はもう…貴方のいない世界になんてひと時たりとも居たくはないのっ…」

まどか「わたしもほむらちゃんがいない世界なんて嫌っ!」

ほむら「じゃあ…私の記憶から完全に貴方の記憶を消してくれると約束してくれる?」

まどか「そんなっ…」

ほむら「私は貴方の記憶から完全に暁美ほむらという存在を消し去ると約束するわ」

ほむら「貴方も約束してくれるというのなら、貴方の創り出す世界を甘んじて受け入れるわ」

まどか「…ずるいよねほむらちゃん。そんなこと…できるわけ…」

ほむら「そうね。私は悪魔だから」

まどか「本当に…意地悪…」

ほむら「…貴方とこうやって反発し、対立するのは初めてね」

まどか「そうだね。初めての喧嘩ってやつなのかな」

ほむら「随分と規模が大きな喧嘩になってしまったけれど…それも最初で最後」

ほむら「私は、貴方の創ろうとしている世界に対抗して自分の望む世界を創り出すわ」

まどか「わたしの願いは変わらないよ。ほむらちゃんを一人になんて絶対にさせない」


足元にあった丘の一部も消えた。何もない空間に二人は佇んでいる。

そして何もない空間が震え、何かが生み出されようとしている。

ほむら「お別れねまどか。二度と会えないから先に言っておくわ」

まどか「そんなことない。また必ず会えるって信じてるから」

ほむら「…まどか」

まどか「何?ほむらちゃん」

ほむら「愛しているわ」

まどか「わたしも…ほむらちゃんのこと大好きだよ」

お互いに力を瞬時に開放する。
凄まじい力と力がぶつかり合い、二人は見えない何かに弾き飛ばされる。


ほむら(さようなら…まどか…)


意識が薄れゆく中、無意識に伸ばした手が何かに触れた気がする。

その何かがわからぬままほむらの意識は闇に沈んでいく。


二人が望んだ世界は違っていた。

まどかは祈りと願いを無駄にさせない。そしてほむらが幸せな世界を望んだ。

ほむらはまどかの願いを引き継ぎ、自分を友達と呼んでくれた人が幸せになる世界を望んだ。

お互いに自分を犠牲にし、自分以外の幸せを願った。


だからこそ反発し、対立し二人は自分の望む世界を創り出した。


果たして、どちらの願いが強かったのか――

色々かなり苦しんだ場面でした。
でももう投下してしまったので、あとはもう終わりまで書くだけなので少し気が楽になりました。

今から続きを書いて今日の夜に投下できればなと思っています。では失礼します。

六月某日


(き、緊張する…)


一人、扉の前で待たされている少女は強張った表情を浮かべていた。


先生「今日はみんなに紹介したい人がいます」


教室の中から聞こえた言葉に少女は一瞬身体を震わせた。
紹介されるのが自分であり、教室中の視線を浴びるのがわかっていたからだ。


先生「それじゃあ…入ってー」


呼び出され、一度だけ大きく深呼吸して扉に手を掛ける。
静かな廊下にガラリと扉を引く音が響いた。

教室内に足を踏み入れ、教壇に辿り着いた少女は黒板に背を向けて足を止めた。
少しずり下がった眼鏡を直す。

少女の後ろで先生がチョークを黒板に走らせ、少女の名前を刻んでいた。

黒板に書き込む音が止むまで少女は俯いて待つ。
そして、チョークが置かれた音を聞いた少女は緊張を和らげるように再び深呼吸をしてから口を開いた。


ほむら「あ、暁美ほむらです。…よ、よろしくお願いします」


簡潔に自己紹介をして頭を下げる。
頭を下げた際に先程元の位置に戻したばかりの眼鏡が再びずれ下がってしまった。

先生「暁美さんは心臓の病気でしばらく入院されていて、少し登校が遅れてしまったの」

先生「だから今こうしてみんなの前で紹介したって訳ね。遅れからくる不安もあるだろうし」

先生「と、いう訳で暁美さんと仲良くしてあげてねみんな」

ほむら「よ、よろしくお願いします」

先生「じゃあ暁美さんはそこの空いている席の右の方に座って」

ほむら「は、はい」


窓際に誰も座っていない席が二つ並んでいた。
ほむらは先生に指定された席に座りようやく一息つくことができた。


先生「じゃあ授業の方を…」


先生が授業を始めようとしたその時だった。
先程ほむらが潜ったばかりの扉が再び開かれ、その向こうには一人の生徒が立っていた。


「おはようございまーすっと」

先生「はい、おはようございます。早く席に座りなさい」


眠そうに堂々と欠伸をしながら自分の席へと向かう。
現在教室に空いている席はただ一つ、ほむらの隣だけだ。

ほむら(この人が…私の隣の席の…)


すぐ側まで近寄ってきた少女をほむらはまじまじと見つめた。

その視線を感じ取った少女はようやくほむらの存在に気が付き、怪訝そうな顔を見せた。


「ん…? あたしの隣って誰かいたっけ?」

ほむら「つ、つい先日まで入院していて、今日が初めて登校で…」

「んー…」


すぐ側に自分の席があるにも関わらず、少女は足を止めてほむらの顔をジロジロと見つめている。


ほむら「な、なんでしょうか…?」

「…いや、何でもねえ」

先生「ほら、早く自分の席に座りなさい」

「はいはーい」


ようやく自分の席に着いた少女は眠そうな顔をしていた。

ほむら(あっ…自己紹介しておかないと…)

ほむら「あっ、あの…」

「んー、何だ?」

ほむら「わ、私は暁美ほむらといいます…。……よろしくお願いします」

「ほむら、ね。あたしは佐倉杏子だ。よろしくな」

ほむら(いきなり名前で呼ばれた…)

杏子「じゃあおやすみ」


ほむらに就寝を告げ、杏子は鞄を枕代わりにし机に突っ伏してしまった。


ほむら「えっ…? さ、佐倉…さん?」


話しかけてはみたがもう杏子は規則正しい寝息を立てており返事はこなかった。

僅か数分の出来事、これがほむらと杏子の出会いだった。

ほむらが学校に通い始めて一週間が経った。
最初こそ転入生のような扱いを受けていたほむらだったが今ではもうすっかり落ち着いていた。

ほむらは一人で居る事が多かった。
すでに教室内にはいくつかの仲の良い子同士でグループを形成しており、ほむらはその輪に入ることが出来ずにいた。

ただでさえ引っ込み思案で自分から話し掛けるのが苦手なほむらにとって二か月の遅れは痛すぎた。


昼休み、昼食を終えた自分の席でほむらは本を読んでいた。
この時間を利用して誰かに話し掛けるという選択肢もあったが、ほむらにはその選択肢を選ぶ勇気が無かった。

本を読むことに夢中になっていたほむらは、隣の席から聞こえた物音に反応し目線を向けた。


杏子「んっ…」


今日も遅刻し、席に着くなり眠りに落ちた杏子がようやく目を覚ました。

杏子「なんだよ…もう昼じゃねぇか」


体を伸ばしながら杏子が一人呟く。そしてまだ少し眠たそうな目をほむらに向けた。


杏子「隣の席なんだったら昼休みくらい起こしてくれよ」

ほむら「す、すいません…」


理不尽な言いがかりだったがついついほむらは謝罪の言葉を口にしてしまう。これも性格から来るものなのだろう。


杏子「…まぁいいや。さぁ、メシだ」


口に出そうとした言葉を飲み込み、杏子は先程まで枕代わりにしていた鞄から弁当箱を取り出す。
食べる事に夢中になっている杏子から視線を外し、ほむらは再び手に持った本に目線を落とした。

読書を再開したほむらだったが、隣から浴びせられる視線のおかげで集中出来ずにいた。


ほむら「…あ、あの」

杏子「どうした?」


体をほむらの方に向け、本を読んでいる姿を眺めて食事していた杏子にほむらは勇気を振り絞って話しかけた。

ほむら「…なぜ私の方を見ているのですか?」

杏子「なんとなく?」

ほむら「は、はぁ…」

杏子「気にすんなって。いいから読書続けなよ」

ほむら(続けろって言われても…。読みづらいから話しかけたのに…)

杏子「…」


読書をするほむらの姿を見るのが楽しいのか、視線を外さずに杏子は黙々と食事を続ける。


ほむら「あのー…」

杏子「んだよさっきから」

ほむら「す、すいません何でもないです」


見られていると読みづらいと伝えようとしたほむらだったが、杏子の返事を聞き言葉を飲み込んでしまった。

杏子はそんなほむらの様子を見ながら残っていた弁当をまとめて口にかきこみ、手早く弁当箱を鞄にしまってほむらに話し掛ける。

杏子「なぁ」

ほむら「…なんでしょうか?」

杏子「それ、面白いのか?」

ほむら「この本、ですか?」

杏子「ああ」

ほむら「えっと…つまらなくはない、と思います」

杏子「ふーん」


席は隣同士だったがほむらは杏子と会話をしたことがあまり無かった。
杏子がいつも席で寝ているというのも理由だったが、ほむらは杏子の様なタイプの人間は苦手だった。

ほむらは杏子の事を自分と正反対の人間だと思っていた。
言葉遣いも荒く、気性も激しい性格で思った事をすぐ口に出す。
それがほむらが抱いた杏子に対する印象だった。

杏子の事をそう思っていたほむらだったが少しだけ腑に落ちない点があった。


ほむら(初めて会った時も、今さっきも何か言いたそうだった…)

ほむら(聞いてみたいけど…)


ほむらは本に目を向けながらもチラチラと杏子を見る。
先程振り絞った勇気はとっくに消え去ってしまっていた。

杏子「おい」

ほむら「は、はい!?」

杏子「何か言いたいことがあるんならハッキリ言ったらどうだ?」

ほむら「いえ…わ、私はそんな…」

杏子「嘘付け。チラチラこっち見てたじゃねーか」

ほむら「そ、それは…」

杏子「いいから怒らねーから言ってみろって」


杏子がチャンスをくれた今しかない。ほむらは自分を奮い立たせ、口を開いた。


ほむら「…初めて会ったときなんですが……何か言おうとしていませんでしたか?」

ほむら「それに先程も…」

杏子「…気づいてやがったか」

ほむら「…すいません」

杏子「別に謝ることはねーよ。…ちょっと聞きたいことがあっただけだ」

ほむら「聞きたいこと、ですか?」

杏子「ああ。…あたしと前にどっかで会ったことあるか?」

ほむら「…はい?」

杏子「いや、なんか初めて会った気がしなくてな」

ほむら「私はつい最近越してきたばかりなので…」

杏子「らしいな。だからそんな訳無いって分かってるんだけどさ」


それでもなお納得いかないといった様子の杏子だった。

杏子「あとな、なんかしっくりこねぇんだよな」

ほむら「しっくり、ですか?」

杏子「なんて言ったらいいんだろうな…」


杏子は思っていることを上手く言葉に出来なかった。


杏子「…ちょっと動くなよ」


何か思いついた杏子は立ち上がりほむらのすぐ側まで近寄る。
突然の行動に驚き、ほむらは身を縮こませた。


ほむら「ちょ、ちょっと…」

杏子「いいからあたしに任せておけって」


杏子はほむらがかけている眼鏡を取り外し、更に三つ編みにしていたリボンを解いてしまった。

杏子「おー」

ほむら「か、返して下さい」

杏子「恥ずかしがんなって。こっちの方が似合ってると思うよ」

ほむら「ですが…」

杏子「今日一日この恰好な」

ほむら「め、眼鏡が無いと文字が見えません」

杏子「あー、それもそうだな。じゃあ眼鏡はオッケーにしとくわ」

ほむら「ありがとう…ございます」


なぜか感謝の言葉を告げたほむらは杏子から受け取った眼鏡をかける。
ぼやけていた視界では見えなかったが、杏子の顔を見ると満足したように笑っていた。

杏子「あとな、あたしに敬語使うのやめろよ。同い年なんだし」

ほむら「それは…」

杏子「あぁ? 嫌だっていうのか?」

ほむら「ずっとこの話し方だったので…急に変えろと言われても」

杏子「じゃあ少しずつ変えてけ。決まりな」

ほむら「えぇ…」

杏子「文句ねぇよな?」

ほむら「は、はい…わかり…ました」


この日以降ほむらは、特に用も無い杏子に話し掛けられては喋り方に文句を言われる日々を送ることになる。

最初はただ困るだけだったほむらだったが、杏子と仲良くなれたのは嬉しく思っていた。

4月某日


桜が綺麗に咲いている。少し足を止め、ほむらは見とれるように満開の桜を眺めていた。


ほむら(今日から二年生、か…)


たった一年で随分と変われた気がする。ほむらはそう思っていた。

三つ編みを解き眼鏡を外した。堅苦しいと言われた口調も止めた。

喋りやすくなった、と杏子は言った。

杏子に脅されたからね、と返すと杏子はほくそ笑んでいた。


ほむら(何だかんだあったけど…杏子には感謝しないといけないよね)


からかわれるのが目に見えているので勿論口に出すつもりは無いほむらだった。

杏子「おーっすほむら、おはよー」

ほむら「おはよう杏子」

杏子「あたし達も今日から二年生だな」

ほむら「そうだね。中学に留年が無いことに感謝しないといけないと思うけど」

杏子「…中学にも留年ってあるらしいぞ」

ほむら「…本当に?」

杏子「ああ。私立だと原級留置っていうのがあるらしい。先生から直接聞いたから間違い無いと思う」

ほむら「でも普通に登校して普通に授業受けてたらまず聞かない言葉だよね」

杏子「普通を強調してんじゃねーよ」

ほむら「だって杏子ったら起きてるのが珍しいってレベルじゃない」

杏子「はぁ…、一年前の大人しいほむらは一体どこに行っちまったんだ…」

ほむら「杏子のおかげよ。感謝しているわ」

杏子「思ってもないこと言いやがって」

ほむら「ふふっ、そういうことにしておくね」


仲良く並んで登校し、校舎前に張り出されたクラス割の前で二人は立ち止まった。

杏子「おっ、群がってんな」

ほむら「もう少しマシな言葉を選択できないの…?」

杏子「えーっと…」


杏子に続いてほむらも自分の名前を探すことに集中する。


ほむら(暁美…暁美……あっ、あった)


自分の名前を発見したほむらは続いて、今年一年クラスメートになる生徒の名前を確認する。


ほむら(あっ…)


とある人物の名前を発見し、ほむらは少し安心したような表情を浮かべた。


杏子「どうした? ホッとした顔してよ」


ニヤニヤしながら杏子がほむらの肩に腕を乗せた。
心の中を見透かされたような杏子の言葉に、ほむらは表情を隠しきることができなかった。

杏子「へへっ、今年も一年よろしくな」

ほむら「…何よ、勝ち誇ったような顔しちゃって」

杏子「あれ? 照れてんのか? そんなにあたしと一緒のクラスが嬉しかったのかぁ?」

ほむら「違う!杏子のバカ!」

杏子「ったくよー。ほむらはわかりやすすぎるんだって」

ほむら「…」

杏子「ほら、突っ立ってないで教室行くぞ」

ほむら「…覚えておきなさい」

杏子「それはやられ役のセリフだっつーの」


先に進む杏子のすぐ後ろをほむらが歩く。


ほむら(…そんなにわかりやすいかなぁ…私って)


ほむらは確認するようにペタペタと自分の顔を触る。
その仕草をタイミングよく振り返った杏子が目撃し、ニヤニヤしているとも知らずに。

身内の不幸と腰爆弾が爆発したダブルパンチを喰らっていました。申し訳ございません。

かなりモチベーションが下がっていますが続きは書きます。

>>232>>233の間

ほむら「…ごめんなさい、調子に乗り過ぎたわ」

という一文が抜けていました。

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