思い出を売った人の話 (63)
オリジナルの短編SSです。地の文で進行していきます。
ゆっくり書いていきます。よければ、しばらくお付き合いください。
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シックな雰囲気のカウンターで、バーテンが紙片を手に行きつ戻りつしている。
店内には客が一人きりで、最低限の灯りを残して照明は消えており、
おそらく閉店後なのだろう。
年齢は二十歳前後だろうか、少年と言っても差し支えない風貌の青年は
カウンターの椅子に座り、じっとバーテンを見つめている。
「性別、男。年齢、二十一歳。現在地は……バー、クロス・トゥ・ジ・エッジ。
所持品、財布。所持金、七千百五円」
バーテンが読み上げているのは青年のことについてである。
読み終えると、 バーテンは紙片を青年の前に置いた。
「住居はもう決めていますか? これから、なにを……」
青年は口をつぐんだまま、じっと紙片を見つめていた。
紙片には先ほどバーテンが読み上げた他に一つ、
余計に書かれているものがあった。
「申し訳ありません」
バーテンはわざとらしく言い、わざとらしく頭を下げて、咳払いをした。
青年はまだ紙片を見つめている。
「三井様……。ああ、あなたのことですよ」
青年の名は三井。彼は紙片から目を上げて、バーテンの方を見た。
バーテンは満足そうに続けた。
「三井様は、ええ、正確には三井様のお父様とお母様は、
三井様の人生の時間をお売りになられました」
三井は怪訝そうに目を細めた。
――そりゃあ、うさんくさいだろうなあ。バーテンはシニカルに笑った。
「三井様は記憶がありますか?
いや、あってもぼんやりしたものだと思います。
いかがですか、なにか思い出せますか?」
「……なにも」
青年は初めて口を開いた。煙のような声だった。
「そうでしょう」
青年には記憶が、いや、思い出がない。
それが不可解なことかどうかも、おそらく彼には分からないのだろう。
バーテンは稀に見る悲しき若者にとうとうと語り始めた。
「私どもは人生の仲買人。信頼のおけるお客様だけに、上質な人生の交換をご提供します」
青年の目はバーテンの方へ向いていたが、
何もかも空っぽのような意識がくらくらと出歩いている。
「あなたは、三歳から今までの人生を売ったのです。
およそ十八年間の人生の時間は、莫大な金額で売り払われました」
「どうやって売っているんですか」
青年は夢見ているような眼で問いかけた。
「企業秘密です」
バーテンは肩をすくめ、紙片に書かれた数字を指で示して読み上げた。
「十八年間、正確には十八年二か月と四日間分の金額が五十一億千二百十万円。
うち、手数料と三井様のご両親の受け取った前金など差し引きまして、
三井様のお手元に十二億七千六百万円……」
青年は興味なさ気に数字を追った。
彼には自分の人生がいくらだったかよりも、もっと知りたいことがあるはずだ。
バーテンはそう思った。
だが、彼はそれがなにか、おそらくすぐにはわからないだろう。
思い出のない人間とは得てしてそういうものだ。
こういう仕事であるから、何人か思い出のない人間を見てきた。作りだした。
バーテンはため息を飲み込んで、三井に迫った。
「もし、よければ、これからの"人生"のサポートを私どもが請け負いますよ」
格安で、と付け足すことも忘れない。
以上が第一話です。なんて言うと大げさでしょうか。
こんな感じでのんびり書いていきたいと思います。
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