キョン「鍋?」朝倉「鍋ね」 (11)

 冬も終わり、桜が咲き始めた今日この頃。気温も高くなり、花粉のことを考えなければ過ごしやすい季節になった。
とはいえ、やはり夜はまだまだ寒く、温かいものを食べたくなる。

「お待たせ」

 炬燵に入り待つこと約30分。ポニテエプロン姿の朝倉が鍋をもって部屋に戻って来た。

 なんのことはない。朝倉に鍋に誘われた。それ以上でもそれ以下でもない。
俺を殺そうとしていた人物の家に、鍋に誘われほいほいついてきたわけではあるのだが、長門が「心配ない」と言っていたので、おそらく大丈夫だろう。

「今日は長門さんがいなくて寂しかったから、キョン君がいてくれて良かった」

 そうにっこりと微笑む朝倉に、思わず見惚れてしまいそうになる。谷口のランク付けでは確かAA+であったか。

 そのランクに恥じない可憐さである。

「どうかした?」

「いや、なんでもない」

「そう?じゃあ、冷めないうちに食べましょ」

 鍋の蓋を取ると、水蒸気とともにいい香りが辺りを包む。

「今日は水炊きにしてみたの」

 少し……いや、かなり意外であった。

 いつぞやの長門が構築した世界ではおでんを出してくれたため、どうも「朝倉=おでん」というイメージを勝手に持っていたようだ。

「あれ?もしかして水炊きって嫌いだったかしら?」

「いや、そんなことない」

 むしろ、鍋の中では個人的に上位に入るものである。
あっさりとしているが、投入する食材によって出汁に風味が増し、食欲をそそる。

「そっか。良かった良かった」

 うふふと笑みを浮かべ、取皿にとりわけてくれる朝倉。

 それが、ポニーテールとエプロンと相まって旦那の世話を焼く若奥様という印象を受けてしまう。
そしてこの場では、旦那となるのは必然的に俺になるわけで……

「どうかした?」

「いや、なんでもない」

 先程と同じやり取り。

 見惚れてしまったなどと、気恥ずかしくて言えるはずもないので同じように誤魔化してしまう。
それを見透かすかのように朝倉はにんまりと笑っている。

 顔が熱くなるを隠すように豆腐を口の中に放り込んだ。

「あ、熱っ!」

 そりゃそうだ。さっきまで煮込まれていた豆腐である。火元からは離れているとはいえ、まだまだ熱い。

「大丈夫?」

 朝倉が心配そうに俺の顔を覗き込む。大したことはないが、少々舌を火傷してしまったのか舌先がヒリヒリする。
あぁ、恥の上塗りというかみっともないというか、格好悪くてげんなりしてしまう。

「ほら、お水でも飲んで冷やさないと」

「すまんな」

「別にそれくらい構わないわよー」

 にこにこと笑う朝倉。さっきからずっと朝倉に笑われているような気がする。

 俺は肩を軽く竦め、食事を再開した。

「お粗末様でした」

 締めうどんまでしっかりと頂き、満腹感に満たされる。
余談ではあるが、どこぞのうどん県では締めはうどん以外認められないそうである。

「そういえば、火傷した舌は大丈夫?」

「ああ。もう痛みはほとんどない」

「ほんとに?」

 ずずいっと朝倉が距離を詰めてくる。肩が触れ合う距離。そこからじっと俺の顔を見つめてくる。

「あーんってしてみて」

 いくらなんでもそれは恥ずかしすぎる。

「いいから。ほらほら」

 さらに近くなる距離。頬を朝倉の両手で固定され、顔を背けることが出来ない。

 それでも、だ。口を開ける事を断固として拒否させてもらう。

「もう、意地っ張りね」

「なんとでも言ってくれ」

 拗ねたように口を尖らせた朝倉ではあるが、何かを思いついたのか、にんまりと笑った。

「しょうがないわねー。そんな強情なキョン君にはお仕置きしないとね」

 そう言うと、俺の頬から手を放し後ろ手に何かを取り出そうした。
フラッシュバックするのはいつぞやの教室での出来事。

 俺は、反射的に目を閉じてしまった。

 唇に柔らかい感触。

「これで消毒できたかな?」

 目を開けると間近に朝倉の顔。
 脳みそが何が起こったのか徐々に理解していく。
悪戯な笑みの朝倉に、どうも俺はさらなふ火傷を負わされてしまったようだ。

終わり

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