城ヶ崎美嘉「カッコいい人達」(24)
夏休み終盤のとある日
あい「ふぅ……今日も暑いね」
ちひろ「お疲れ様でしたあいさん、お仕事どうでした?」
あい「充実した仕事だったよ、私のサックスを活かしてくれる番組だったのだからね。この仕事を持ってきてくれたP君に感謝しないと」
ちひろ「ジャズ関係のパイプ辿ったみたいです、Pさんかなり顔広いですし」
あい「頭が下がるよ。それにしてもまだ夏は終わらないね……」
ちひろ「あ、冷蔵庫に麦茶ありますのでどうぞ。それで私ちょっと出ますので、すみませんけどお留守番お願いできませんか?」
あい「私は構わないよ。暫く身体を休めたいしこの暑さだ、外で何かをする気力は無いしね」
ちひろ「ゆっくりしてて下さい、じゃお願いしまーす」
あい「……彼女もなかなかに忙しいことだ。私達アイドルも負けてはいられないな」
真奈美「お疲れ様、戻ったよ」
あい「やぁ真奈美さんお疲れ様」
真奈美「おやあい君お疲れ様。その汗を見るに君も上がって来たばかりかな?」
あい「ええ、今丁度。ちひろさんが先程までいましたが出掛けたので、今は私が留守を任されてます」
真奈美「なかなかに威厳のある留守役だな」
あい「フフッ、からかわないで下さい真奈美さん。其方は如何でした?」
真奈美「真夏のライブがハードだという事実を再認識したさ。年少組のペースに気を配り、菜々さんはライブ終了と同時に……いや言わないでおこう、ウサミン星の名誉の為に」
あい「菜々さん……」
真奈美「それはともかく丁度いい、ライブ前の差し入れに持って来たんだが君もどうだい?多く作り過ぎたか数が余ってしまってね」
あい「真奈美のクッキーですか、これはいい。喜んで頂きましょう」
真奈美「では飲み物もセットでどうだね?」
あい「ふーむ……冷たい紅茶もクッキーに合うんですね」
真奈美「淹れ方と茶葉次第さ。味はどうだい?」
あい「文句の付けようが無いです、食感も甘みも程良く飽きが来ません。何より疲れた身体に糖分は反則ですよ」
真奈美「それは良かった。そう言って貰えると嬉しいよ……あい君もやってみるかい?」
あい「料理自体はそこそこやれるのですがお菓子となるとまた……いや何事も挑戦か?機会があれば是非」
真奈美「ハハハ、そこまで深く考える必要は無いぞ?今度薫達も誘ってやってみようか」
あい「かな子君は?」
真奈美「……P君の許可が降りれば、な」
あい「ハハ……」
美嘉「こんにちわー★」
真奈美「ん?」
あい「美嘉君じゃないか」
美嘉「あ、真奈美さんにあいさんお疲れ様です。二人ともお仕事帰りですか?」
あい「ああ、その後事務所の留守番をね」
真奈美「美嘉君は制服姿だが、今日は登校日だったのか?」
美嘉「あ、これは」
真奈美「っと、話を降っておいて申し訳ないが立たせたままも悪い。美嘉君も一緒に食べないか?」
美嘉「わっ、真奈美さんのクッキー!頂きまーす★」
あい「フフ、真奈美さんのクッキーは知名度抜群ですね」
真奈美「照れくさいが幸せな限りだ。さて美嘉君のお茶も用意してあげようか」
美嘉「んんん~!美味し過ぎて幸せ」
あい「こう、全身で感情を物語るのも見ていて面白いと思いませんか真奈美さん。バラエティーなどでは役に立つでしょうし、幅も広がる」
真奈美「だな。成る程TV栄えするだろう……ふむ」
美嘉「あの~真剣に見られると恥ずかしいっていうか」
あい「おっとすまない」
真奈美「つい仕事目線で。ところで先程の話だが」
美嘉「うん、アタシ今日は夏休みの宿題提出に行ったんです。始業日は仕事あるんで先に、と思って」
真奈美「それで制服姿だったのか。しかし偉いな、前もって提出とは」
あい「君もかなりの人気アイドルだ、宿題も終わらせる時間はあまり無かったんじゃないかい?」
美嘉「そこはほら、終業式終わった日に簡単に終わりそうなのを進めたり。後は仕事の時持って行ってやれるだけやったり、帰って来たら時間決めてやったり。
なんだかんだで昨日終わったけど、もうちょい早く終わらせたかったなぁ~う~ん」
あい、真奈美「ほう……」
美嘉「えっと二人してマジ目線しないでよー!」
真奈美「あ、いやすまんちょっとね。こういうと誤解を招くかもしれないが……つくづく君は見た目に反してきっちりしているな、と」
美嘉「え、そう?」
あい「ああ、素直にそう思っているよ」
真奈美「悪い意味じゃない、普通に良い娘だとね」
美嘉「え、なんか照れる……う~ん……何ていうかこれってアタシが勝手に思ってる事なんですけど」
あい「うん」
美嘉「ホラ、アタシみたいなギャルって、こういう格好が大好きだったりするから……まぁ、こういう見た目なんですけど。
やっぱり周りからは『軽そう』たか『頭悪そう』とか、『いい加減そう』とか思われたりしたりして」
あい「……ふむ」
美嘉「確かにアタシ達に近い歳の人達からは同じ目線で見て貰えるんだけど、それ以上……殆どの大人の人達にはバカみたいって思われてるってのは感じてて」
真奈美「……」
美嘉「周りがどう見るかは知ってる、でもアタシは今しか出来ない事がしたい。毎日テンションアゲて楽しく過ごしたいし、大胆な服も着たいし、弾けたいなって。
で、そうして周りが変な目で見ない為にはどうしたらいいかって考えて。
そしたらアタシの中で『やる事をちゃんとやる』って決めたの」
美嘉「勉強とか、学校での時間とか、ご近所さんとの付き合いだとか色々あるけど。身近な事をきちんとやってれば、少なくとも誰も文句なんて言って来ないんじゃないかなー、とか思って」
美嘉「アタシなりの意地通すなら通すなりの事、しないと笑われるかな?って。えっと、偉そうに喋っちゃったけどこんな感じ?あはは……」
あい「いや……十分さ。実に納得したよ、でしょう真奈美さん」
真奈美「有言実行という言葉を体現しているな。立派だ」
美嘉「や、やめてー……二人から言われると照れるどころかもう顔赤くなりますからー……」
真奈美「成る程、確かに私も正直に言えばギャルと呼ばれる少女達に対して抵抗のある見方をしていたな。無論彼女達とて良い娘もいる、君や莉嘉君や里奈君などね。
だが同じ事務所で接しているからそう思えるのであって、端から見ているだけでは誤解するだけになるだろう」
あい「良くも悪くも奇抜ではあるが、行動と信念次第という事か」
美嘉「ちょっとちょっとそんなに真面目に考えないでよー!」
美嘉「あ、でもアタシからしたら真奈美さんもあいさんも羨ましいかも」
あい「と、言うと?」
美嘉「だってカッコいいもん。なんてゆーか、ビシッ!としてて、オーラあるって言うか」
真奈美「お、オーラ……?」
美嘉「うんオーラ。こう、大人の女!って感じの」
あい「ハハ……大人の女、か」
美嘉「アタシは今、まだ子供だけど。いつかは二人のようなバッチリキメてる大人の女になりたいなぁ」
真奈美「そう見えるかい?これでも日々色々あるんだ」
美嘉「でもそんな感じに見えないし。感じさせないって、凄いと思う」
あい「ありがとう、そんな風に思って貰えるのは嬉しいね。
……だが、そうだな。美嘉君の言う我々のような大人の女に、美嘉君はならなくてもいいかもしれない」
美嘉「へ?」
真奈美「君はそのままの君が素晴らしいという事さ」
あい「美嘉君の言う通り私はそういう風に見えるよう、振る舞っている部分もある。まぁこの口調とかは素なんだけどね……これもイメージの定着に一役買ってしまっているんだろう
それはともかく、人に弱い部分を見せたくないと強がってしまっている所も、私にはあるんだ」
美嘉「あいさんが?」
あい「そうとも。事実そうして来た……泣きたい時も、苦しくて誰かに縋りたい時も、『私は大丈夫。ほら心配ないだろう?』と周りに見えるように」
真奈美「私もそうさ。私の周りからのイメージは美嘉君が抱いている物とあまり変わらないだろうが……そうだな……素の部分と、あい君のように『見せる為の姿』と。
私にも覚えがあるよ、アメリカで孤独だった頃、初めて挫折をした時、味方は誰もいない中で自分を強く見せる事が必要だった頃……」
美嘉「……」
真奈美「美嘉君、大人というのはね、とても弱いんだ。その弱さを隠す為に強がり、余裕を持っているように振る舞う事が必要な時もある。
君達から見た我々はカッコ良く映っているのだろうが、実際は……そう、格好付けているだけなんだ」
美嘉「……」
あい「幸運にも縁があってこの事務所でアイドルを始めて、子供達も増えて……ますます化けの皮を剥がしにくくなってしまった。フフッ、タイミングを逃す毎日だよ。
そしてたまに怖くなる……本当の私を見せてしまえば、皆が幻滅するのでは、と」
真奈美「同じだよあい君、私もだ。君も私もここでは頼れるお姉さんポジションだ、純粋に慕ってくれる娘達を幻滅させたくはないからな」
美嘉「……」
あい「っと……君を置き去りにして喋ってしまったね。あまり気分のいい話ではなかっただろうが、大人の女性というのも困りもの、という内容だ」
美嘉「うん、うん」
真奈美「美嘉君?」
美嘉「あ、ゴメンなさい。やっぱり二人ともカッコいいなって」
あい「ん?」
真奈美「なんと?」
美嘉「真奈美さんとあいさんのお話は、やっぱちょっとショックだけど。でも二人ともそんな自分の弱い部分?だっけ?それをアタシに話してくれたでしょ?」
美嘉「アタシ全然二人に比べたら人生勉強足りないですけど、でも自分の弱さを他人に話せる人って、そうはいないと思う。
それも、アタシみたいな小娘相手に」
あい「……」
真奈美「……」
美嘉「大人になると色々あるんだろうけど、でも強がる二人も強がらない二人もカッコいい。てゆーか、最高?じゃないかなとか」
美嘉「二人がこれまで体験して来た事、アタシには想像つかないです。でもこれだけは言えるかな、聞かなくても伝わる凄さっていうか……えっと、ごめんなさい上手く言えないですけど」
美嘉「とにかく真奈美さんもあいさんもやっぱりアタシの目標!」
暫し後
真奈美「……何故かな、この言いようのないムズ痒さは」
あい「例えるなら……いえやめておきます、思い浮かびませんでした」
真奈美「しかし……フフッ、ハハハ」
あい「フフフ……!」
真奈美「最高、か。弱さも含めてとは。いやはや恐ろしいよ何の混ざり気も無い、純粋な言葉とはな」
あい「ええ、突き刺さりますとも」
真奈美「全く美嘉君は。そんなに我々を嬉し泣きさせたいのだろうか」
あい「真奈美さん、私はこれから少しだけ、少しだけ砕けてみようかと……いえ砕けてみる勇気が湧きました」
真奈美「同感だ……フフッ
うん、そうだな本当の私を知って貰うのも悪くないかもしれない、そう思えたよ」
あい「そしてその上で応えていきましょうか。彼女達の期待と眼差しに」
真奈美「そうだなあい君。我々も少し肩の力を抜くべきだったんだろう……でなければこの事務所の人々に対して失礼だろうし」
あい「そうですね……あ、でも」
真奈美「どうした?」
あい「美嘉君は私を真奈美さんと同じような形に捉えていたようだが……………………………………私はまだ、23でして。言われる程の厚みというか、いえよく実年齢+で誤解されますが……」
真奈美「そういう雰囲気なのだから仕方ないな」
あい「いえあの」
真奈美「菜々さんがいても言えるか?」
あい「無理ですね」
真奈美「よし、今度美嘉君に聞いてみよう。君から見て菜々さんはどう感じる?と」
あい「是非ともそうしましょう」
真奈美「それにしても美嘉君は……今から侮れないぞ、あれは」
あい「ギャルの見た目の件で、私達に『どう見えてる?』と聞いてきませんでしたね。私達が思っている事を把握して。考えての事か、あれが素か……どちらにしても先が楽しみだ」
真奈美「日本の若い娘もなかなかじゃないか、なぁあい君」
あい「真奈美さん」自分と真奈美を指差し
真奈美「私はそろそろ……だよ。君は若いが大人だ」
あい「真奈美さんにしては適当ですね」
真奈美「肩の力、抜いてみたのさ」
あい「フッ……成る程」
あい「それはそうと、美嘉君が事務所に入るなり視線を忙しそうに動かしてましたね」
真奈美「それは勿論彼さ、生憎と留守だったがね」
あい「フフッ、ライバルが多い中で僅かでもスキンシップを計りたかったと」
真奈美「ライバルは多いが……ふむ、分からんぞあい君、案外美嘉君のような娘がP君には合っているかもしれない」
あい「うん?というと?」
真奈美「すまんがこれに関しては、カンでしかない」
あい「根拠の無い事を好まない真奈美さんにしては珍しいですね」
真奈美「そんな時も、あるさ……おや、ちひろさんが戻って来たようだ」
あい「実りの多い留守番でしたね」
真奈美「ああ、収穫は上々だ。気分もいい。あい君、この後どうだい?」
あい「付き合いますよ……今夜のサックスは極上の音色が出せそうだ」
五年後、とある結婚式場
あい「……あの時の真奈美さんのカン、確かだったようですね」
真奈美「まさか当たるとはな……」
あい「お似合いだ、としか言えないな」
真奈美「だな。見ろ、本当に良い顔をしている」
あい「……一部……今にも飛び降りそうな雰囲気や刃物を持ち出しそうな雰囲気や今すぐにでも自棄酒しそうな雰囲気も漂っていますが」
真奈美「その為に私やあい君がいるんだ、こういう時の為の早苗さんはほら……自棄酒しそうなグループにいるのだし」
あい「ああ……ええ、しかし私は武道派になった覚えはないですが」
真奈美「乗り掛かった船だ、付き合って貰うぞ?」
あい「私もあっち側にいれば良かった……!」
真奈美「フッ……まぁ、なんだ。これで美嘉君も大人の女性になった訳だが」
あい「……この先色々あるでしょう、けれど挫けて欲しくはない」
真奈美「ああ、遠慮なく我々を頼ればいい。彼女がいつか言っていた、カッコいい我々にな」
あい「ええ。とはいえ夫婦喧嘩は範囲外ですが」
真奈美「そこはP君の甲斐性次第だ。まぁ彼は尻に敷かれるのが丁度良い」
あい「聞いた話だと既に尻に敷かれているらしいですが」
真奈美「よし我々の出る幕は無いな」
あい「あの時から妙にコミカルになりましたね真奈美さん……」
真奈美「フフフ……」
以上です、お付き合い頂きありがとうございました。
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