「あっしがおっ死んじまった話」 (120)

ヤッ、こいつあドウモ旦那。

こんな田舎っぺえのあっしのために、このようなリッパな席をご用意頂くとは……甚く感謝しておりまする。
イヤイヤどうも、申し訳ない。……イエイエ結構!座布団なんて……あっしのようなシガない庭師にゃ、冷たい板の間が合うてまして。
そのままで結構……結構!汚れマス……座布団を汚してしまいマスので……へへへ、いやどうもかたじけない。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1407419228

ヤヤ、こいつは奥様。
へへへ、お美しいこって……あっしは齢三つの頃から庭の木々をいじくり回しておりますが、
このようにお偉ガタに囲まれるっテエのは……何分初めての事でして。

あっしがお話出来る事と言いましたら、松の木の綺麗な切り方だとか、石の積み方ぐらいなもんでげして。
田舎モンには少々辛い席で御座います……エライ事になりましたなあドウモ。

へえ?聞きたい事があると?……旦那が、あっしにでゲスか?

……あっしの身の上話で御座いますか。イヤア、こいつは困りました。
何分ただの田舎モンの庭師でゲスので……へえへえ、そうですね。そういう事になりますナ。
お話出来るような事なんぞ……そうですな。

……タッタ一つ御座いますが……こいつあツマラないお話でして。

眉唾物の空想話で……龍がごうと鳴き鳳凰がぴょんと飛ぶ……そのようなお話で御座いますので。
誰も信じてくれないような……あっしがおっ死んじまった話でゲして。

ヘエ、奥様はそのようなお話が大のお好きだと仰る……マイリましたなァドウモ。
酒の肴にするにゃあチと、下らないお話でゲスので……ハァ。
あっしがおっ死んじまった訳ですからね。こんな話、旦那にしても……。
アラ、旦那。旦那もお好きだと言いますか。ウワア、えらい事になったナ。

ならばお話しますが……どうか、ドウカ。……ちいとばかし長いお話になりますのでね。足を崩して頂ければト。
ヤッ、奥様お酌なんぞは……あっしには必要の無い事でゲス。お構い遊ばしません。こぼれます、コボレマスので……結構。どうも……。
代わりに旦那、葉巻を一本頂ければト……ヤヤ、ドウモかたじけない。……火まで頂けるとは、恐縮です……。

……フウーッ……。

……では、お話しましょうか。

……あっしの生まれ故郷は、そいつァ大層な田舎なもんでゲして。
あっしはその土地を治めるさる貴族の屋敷で、庭師として生きておりました。
日ガナ一日枝をチョキン、石をゴロリと転がしましテ、お偉ガタが喜びなさるような、素晴らしい庭を作っておりました。

自慢じゃあありませんが、あっしの作る庭はそれはそれは綺麗なモンで……主人が喜びなさるモンなんで、あっしも張り切って枝をチョキチョキ、石をゴロンときたもんです。
アンマリにも張り切って、毎日毎日道具をキチンと手入れしてたモンなので、主人はあっしの道具を金剛石(ダイアモンド)か何かだと思ったようで……。
使い古したあっしの道具が、もうチットで紙のお金に変わる所でゲしたという……アハハハハ、笑い話が御座いまして。

今思えばそうした方が良かったかもしれません。……イヤ何、こちらの話でして。フウーッ……。

自慢といやあ、あっしの歳の離れた妹も自慢の一つでした。
名をミチコと言いまして……こいつがあっしに似ず、可愛い娘なんでゲス。
背丈は五尺チョットぐらいの、小柄な愛らしい猫のような娘でして……。

丁度奥様に良く似た顔立ちで御座いました。……イヤ失礼!奥様の方がお綺麗で……ドウモ、すみません。ヘヘヘ、慣れないモノで……ドウモ。

ともかくあっしは妹を、マルで実の娘であるかのように可愛がっておりましテ。オイと呼べばハイと答え、ナアと言えばナアニと答える……そんな妹が可愛くて可愛くて仕方ありませんでした。
仕事の方でも、そうですね。……あっしが植えた苗にミチコが水をやる、あっしが切った枝をミチコが集めるという具合でしテ。それはそれは仲が良く……。

へへへ、どうも相すいやせん。惚気話に付き合わせてしまいやして。しかしここが大切なお話でして……フウーッ……ああ失礼旦那。灰皿を……エエどうも。ドウモ……。

ミチコは誰にでも愛想が良く、あっしと違って皆の人気者でゲした。
お空の上にある太陽に負けないくらい、明るい笑顔で庭仕事をするモンですから。
小さい頃から他の庭師に、可愛がられて育ちました。

あっしは気が気じゃありませんでしたね。アハハハ……アハアハアハ……可愛い妹をそこらのキタネエ庭師にやれるかと、鼻息荒く妹の周囲を、犬のようにグルグル回っておりましたよ。
しかしこいつも長くは続かないモンでげして。……フウーウーッ……いや奥様、酒は結構で……こぼれますので……ヘエ、お気持ちだけで……ハイ。

ある日、あっしは目ざとく気付いちまったモンでげして。
貴族の若様が、ミチコに『イロ目』を使ってる……訳でゲして。

確かにミチコは、それはそれは可愛いモンでしたが、まさか若様の目に留まるとは思いもしませんでしたナ。
頭痛が痛いというバカな言葉が出ちまうのも無理は無いですよ。

貴族と庭師とじゃあ、それはもう身分が違うって騒ぎじゃあありませんからね……あっしは若様のお気持ちに気付きましたが、ナンとも言わずに日々を過ごしておりました。

しかし、どうにもオカしい。……若様はどうやら、本気なようでゲして……へへへ、兄としては喜ぶ所なんで御座いましょうが、どうにも受け入れられなくてですね。
若様が日ごと、ミチコとの距離を詰めていくのを、歯ガユイ気持ちで見ておりましたよ。

しかしまあ、あっしはトコトン運が悪い男でして。

……磨き終わったノコギリ一丁を、庭の石蔵に仕舞おうと思うた、夕暮れ時の頃です。
石蔵の影で、若様とミチコが……チッスをしているのを、見ちまいましてね。
……ヘエ……キッス、ですか。……どうも相すいません。田舎者でげして。
それを見ちまった訳で御座いますから、あっしの中にある世界というやつが、ガラガラと音をたてて崩れていきやしてね。

許せん……あの若造……おれの妹に手をかけやがって……畜生……と、きたもんです。

しかし次の瞬間には、

貴族である若様なら、妹を安心して任せられるナ……と、くる訳です。
アハハハハハ……アハアハアハ……どうです、可笑しい話で御座いましょう。

兎も角あっしは、ウスラ汚え嫉妬を一摘みと、兄として祝福してやろうという気持ちを抱えて、自分の部屋へ帰ったもんでして。
ただ、ナニ……その後がいけませんでしたナ。

そうだ、妹が若様に嫁ぐってえんなら、兄として何かやらんとな……ときたもんです。今思うとなんとも気が早い……田舎モンな訳でゲスからな。カッテがわからん訳でして。
あっしは懐にカネを突っ込み、古びたコートを羽織って、外へ飛び出したのです。町へ降りて何か買ってやろうと息巻いておりました。……初めての事でしたナ。夜に出歩くというのは……。

秋口の事でした。月の綺麗な夜でげして……。

あっしが手入れした庭を横切り、正門へと出向いた訳ですが、
何やら様子がオカシイ……。

正門の前に、見慣れぬ馬車が一台、停まってるじゃあありませんか。
何分、夜に出歩くのは初めてでゲスので……見慣れぬのも無理は無い訳ですが。
あっしは驚いて、自分が昼間転がした岩の影に隠れて、馬車を眺めていたのです。

馬車の周囲には、カイゼル髭にシルクハットという……何やらウサンクサイ輩が数人おりましテ。
その中に、ナント……若様がおられるのを、見ちまいましてナ。
こいつはいよいよオカシイぞと、あっしは訝しんだ訳です。

そのうちにバタンと扉が閉まり、ぴしゃんという鞭の音がします。
こいつはいけねえと、あっしは無我夢中で、馬車の後ろに掴まりました。

ゴトゴトと馬車は山道を進みます……あっしは見つからないよう細心の注意をはらいながら、チラと窓越しに馬車の中を見ました。
若様は、カイゼル髭の輩どもと、なにやら下卑た笑みを浮かべながら話をしているのです……。

あの顔といったら……それはモウ……妹には見せられん顔でしたナ。
フウーッ……いや失礼、あんまりに長くお話したモンで……。お水は結構、ケッコウ……。

秋口の事ですから、馬車の外に掴まるというのは、ナニ、少々身体にコタえるものがありまして。
町へ行くだけだったなら、ちょいと酒場で一杯、身体を温めようか……ナンテ、考えていた訳なのですが。

馬車はグングンと速度を上げて、脇道にそれていくではありませんか。
コイツはもうダメだ、なんて思った次第です。
何がダメなのかはサッパリでごぜえますが……。

風に吹かれ、身体のシンまで冷えきった頃に、ヤット馬車の速度が弱まりました。
見ると、森の中に立派な赤煉瓦の建物があるのです。……驚きましたよ、それはそれは……。

あっしはエイヤっと馬車から飛び降り、近くの木陰に身を潜めました。
馬車はすぐに止まり、中からカイゼル髭と若様が降ります。
あっしは、男共が赤煉瓦の建物に吸い込まれていくのを、じいっと木陰で見ておりました……。

さて、赤煉瓦へと入っていった若様達ですが、
これが一刻たってもニ刻たっても、ウンともスンとも言わん訳でして……。

そのうちにあっしはシビレをきらして、ソロリソロリと赤煉瓦へと近づいていきました。
中から若様が出てきて鉢合わせしたら、わんと一声吠えて逃げてやるぞと、そう思いながら近づいていきました。

結局、誰にも会わずに煉瓦まで辿り着いた訳で御座いますが、
やはり、気になってしまうのが人のサガというモノでげして……。
若様は一体、カイゼル髭と、中で何をやっているのか、と……そう思った訳ですな。人としては当然でしょう。

赤煉瓦を指先でコツコツつつき、グルグルと周囲を回りました。
入口の鉄製の扉は、カカアの財布のヒモのように硬く閉まっておりましてな。どうにも中の様子は見れそうにない。
あっしは暫く考えました。そして、

上の方になら、昼間に使う『明かり窓』があるかもしれないナ……と、思うた訳です。

見上げると、道理で、僅かながら光が漏れております。
帷幕(カーテン)で覆っておるのでしょうが……マア、あちらからすれば完全に覆う必要は無い訳ですからナ。こんな山奥に人なんぞ、来るはずなんぞ無い訳ですから……。

あっしはウンウン唸りながら、煉瓦を登って行きました。
そして、やっとこさの思いで、明かり窓まで辿り着いた訳です。
我ながら何という執念で御座いましょうか……。

アンナ執念なんぞ無ければ、あっしはおっ死ぬ事は無かった訳ですから、皮肉なモンです。アハハハハ……。

あっしは恐るオソル、窓の向こうを見ました。
そこには……ヤヤ、どうも言葉にはしづらいモンでして。奥様の前では特にねェ。へへへへへへ……。

窓の向こうにゃあ、何てことはねえ……丸裸の人間が大勢いたんですよ。

大きな大きな部屋でした。それに似つかわしい大きなベッドや、ソファアやクッションやマットなんぞが、所狭しとありましてね。
その間や上に、大勢……丸裸のね、男女が……大勢……身体を求め合っている訳です。
咥えたり揉んだりときた訳です……ハハア、こいつがナントモ、言葉にゃあし辛い理由でして。
あっしは目ん玉をマンマルにして、中の様子を見ましたよ。
これが不思議な事に、あっしにゃあこの赤煉瓦の建物が、極楽浄土じゃあなく地獄なんだと……そう思うた次第でゲして。
あっしは時間を忘れて、中を見ておりましたね。……フウーッ……ウウ……。

さんざっぱら地獄を眺めていたあっしですが、
一刻もたった頃にやっと、気付いちまったんでゲス……。

丸裸になり、獣のように交わる奴らに『加わっていない』奴がいる、と……。

そいつは印度の紅茶を片手に、少し離れた所でその様子を見ておるんです。
さも楽しそうに、見ておるんです……地獄を……極楽浄土を……。

『そいつ』が若様だと気付くのに、そう時間はかかりませんでしたね。

あっしは転がり落ちるように赤煉瓦から降りると、
一目散に屋敷の方へとかけ出しました。

何分、若い年頃でしたモンで……馬車でガタゴト揺られた道を、ひとっ走り戻るのはそう苦ではありませんでした。
頭の中で、先ほど見た景色を忘れようと、努力しながら走ったのをよく覚えております。
あれは悪夢だったのだと、自分に言い聞かせたのをよく覚えております。
マア、忘れるというのはドダイ無理な話だった訳ですが……そいつは置いときましょうか。

あっしはむかむかと沸き立つ吐き気を抑えながら、自分の部屋へと帰った訳です。
……ナンデあんなものを見ちまったんでげしょうねえ……フウーッ……。

……何?その話がどう、あっしがおっ死んだ話と繋がるのかって?
イヤこりゃ失礼、旦那。あっしは人より木々と話した年数の方が長いモンでげして。
話下手なのはどうか、ご了承を……足を崩して下さい、ドウカ……。

長々と話した地獄話……極楽浄土話でごぜえますが、こいつは密接に、あっしの死に繋がるもんでゲして。
何分、こいつを見ちまったモンだから、あっしはおっ死んじまった訳ですので。
今からそれについてお話しましょう。しかし……フウーッ……。
どうにもいけねえ、舌がくたびれちまいましたよ。

旦那、葉巻をモウ一本頂けますかい?
ヤヤ、どうも……有り難い。良いモクでげすな。こんな上質なモンは初めてで……。

ゴホン。……フウーッ……。

失礼、旦那。並びに奥様。……この一本を吸い終わるまで、暫し休憩といたしましょうや。
ここからが舞台のメーン・ステエジ……あっしがどうやっておっ死ぬかという、お話になりますのでね……。
くたびれた舌でロレツが回らないなんて、白けちまったらいけねえや。

フウウーウウウ……失礼、お二人……ドウモ。

(今更ですが、ご指摘にあった通り、このSSは夢野久作『人間腸詰』を元ネタに、>>1の夢野久作好きを盛り沢山にしてお送りします)

……フウウー……ウウーウウ……。

アッ、こいつあイケネエ旦那。あっしとした事が、ついウトウトと居眠りコイてたみてえで。
失礼、ドウモ……葉巻があんまりにも上等なモンですから……ヘヘ……。
亜米利加(アメリカ)のハッパでげすか?ヘエ……道理で……。

……フウーッ……。
……サテ、どこまで話しましたかな……。

しがない田舎の庭師であるあっしが、ヒョンな事から自身が仕える若様の、悪魔のような一面を……赤煉瓦の地獄を……極楽浄土を……見ちまったという話でしたな。
ソイツを見ちまったモンで、あっしは腰を抜かして赤煉瓦から転がり落ち、一目散に自分の部屋へと逃げ帰ったという話でしたナ。
無論、ムロン、覚えております。ヘヘヘ……ナニ、物語にはこういう『タメ』も、必要なモンでげして。
ここからです……このキタネエあっしの部屋から、全ては終わるんで。

さて……。

自分の部屋へと帰ったあっしですが、煎餅布団を頭からヒッ被っても、ドウにも眠れやしねえもんです。
長い長い山道を走ったばかりだというのに、あっしは汗一つかかず、代わりにガタガタ震えてやがるんです。
目をつぶると先ほどの地獄が……極楽浄土が……脳裏をよぎります。

毎日毎日お仕えしている、柔和な顔をした若様が、アンナ地獄を見て茶をススってるモンですから……そりゃアもう怖くて怖くて……。
ツラが良い奴はカワまで厚いってエのは、どうやら本当の事でしたナ。

忘れようとしても、簡単に忘れるモンでは御座いません。
暗闇の中に、裸でまぐわう男女の姿が浮かびやがるモンですので。ハァ。
あっしはそのタンビに目をコズり、アレは夢だと言い聞かせるんです。

しかし……田舎モンのあっしって奴ァ、女の味もそう深くは知らないモンでげして。ヘヘ……。
地獄の女の裸体が浮かぶタンビに、ムクムクと湧き上がる気持ちがありやした。
あっしは水差しをヒッ掴むと、そいつでシコタマ頭をブン殴ってやりましたよ。ハハ……。

グワングワンと世界が揺れて、ドウラ、これなら良く眠れそうだワイ……と……。
そう思った矢先であります。……フウーッ……。

……こん、と音がね。……響いたんでゲス。

あっしは布団から跳ね起きました。窪んだ瞳で、ジッと扉を睨みつけてやります。
しかし……暫く待っても、ナニも音がしやがらないモンでして。
ハテ、あれは空耳だったのかしらん、と……そう思った次第です。

お次はコンコンと、二回……。
……軽く扉を叩く音が響いたんです。

あっしの心臓はそれアもう……恐ろしい早さで鳴っておりましたよ。
ズウタイはデカくともキモは羽虫ときております……ハハハ……。
あっしは身動ぎ一つせず、ジッと扉を見ておりました。

サテハ、あっしに気付いた若様が、追いかけてきたのではあるまいナ……。

そんな事を考えながら、あっしは扉を見つめ続けておりました。
そのまま暫く時が経ちました……。

……静寂を破ったのは向こうの方です。
可愛らしい……鈴のような声が、扉の隙間から聞こえてまいりました。

「お兄さま……お兄様。……一体、ドウかされましたか?」

……ナンて事ァありません。ミチコです。……あっしの妹の、ミチコの声なんです。
ミチコがあっしの部屋の扉を、コンコンと叩いておったのです。

あっしはスッカリ安心しきって、オウ、と声をかけようとしました。
しかし……ドウにも声が出ない。

ドウヤラ赤煉瓦の上で腰を抜かした拍子に、声を落っことしちまったヨウで……。
唇を舐めあげようにも、舌までガチガチに固まっておりましてナ。

仕方ないっテンデ、あっしはまたも水差しを引っ掴みますと、今度は中の水を顔中にブチまけました。
冷たい水は鉄のヨウな味がしました。
それでヤット、舌が動くようになったのです。

「応。ミチコか。おれはここだ」

自分でも驚くくらいに、落ち着き払った声が出やした。
お水ってエのは偉大でして……何も余計なモンなんぞ無いのに、コウも人を生き生きとさせちまうモンなんですから。
人生の最後に飲むモンは、酒や果汁では無く水であるべきですナ……。
イヤ奥様……今は結構……お水はケッコウです。こぼれます……こぼれてしまいマスって……。

「アア、お兄様、お兄様。良かった……お変わりありませんか」

扉の向こうで、ホッとしたような声がします。
これが、ナントモ可笑しな言葉でげして……。
チョット部屋に引っ込んだ実の兄が、一晩で支那人に変わるハズがありませんでしょう。ハハ……。
だからあっしも笑ってやったんでげす。

「ミチコよ、可笑しな事を言うな。おれはおれだ。変わるハズがあるまいテ」

「イエお兄様。そういう事ではありません」

「なんだってんだ。先の物音なら、ナニ、水差しを落ッことしてしまっただけだ」

「違います、違いマス……」

と……何やら要領を得ません。
首をかしげておりますと、躊躇いがちに、妹の方から答えが出ます。

「……あたし、見てしまったのです。……お兄様が、青白い顔で……夜のお庭を横切るのを」

……ナンともまあ、イヤな所を見られたモンで。
地獄から逃げ帰った所なんざ、カカアにも見られた事が無エってえのに……。
フウーッ……。
……旦那も男ならわかりましょう?
尻尾を巻いて逃げ出した所を、見られちまった恥ずかしさ……虚しさ……心苦しさを……。

「お兄様……お兄様」

ポトポトと柔らかい音が響きます。
言葉を失ったあっしを案じて、ミチコが素手で扉を叩く音です。
優しい音が、分厚い扉の向こうからズッと聞こえるのです……。

あっしの声は震えておりました。

「何でもナイ……ナンでもナイんだよ……」

「嘘です。お兄様……一体、ナニがあったので……?」

「ナンでもナイんだ……はやく、お部屋にお戻り」

「嫌です。お兄様……聞いて下さい、お兄様……」

強情な娘だ、誰に似たんだってんで……あっしは怒鳴りつけようとしました。
震える姿を、妹に見せたくは無かったのです……。

しかし、あっしは言えませんでした。
妹の声が……アンマリにも、素晴らしいモンでしたから。

「お兄様……最愛のお兄様、タッタ一人のお兄様。……幼くして両親を失ったあたしを、大切に育てて下さいましたお兄様。……あたしは、お兄様のタッタ一人の妹です。……お兄様のタッタ一人の家族なのです。……あたしは、苦しむお兄様のお力になりたいのです……どうか、ドウカ……扉をお開け下さい……お兄様の苦しみを、あたしにもお預け下さい。ドウカ……」

……なんともいじらしい……美しい娘でしょう……。
一人、地獄を見ちまったモンで苦しむあっしにとって、その言葉は暖かいものでして……。
今すぐ抱きしめてやりたいと思いました。……涙を拭いてもらいたいト……。

あっしはその時になって初めて、自分の部屋にガッチリと鍵をかけていたのを思い出しました。
震える手で鍵を開けますト……寝間着を着たミチコが、そこに立っておりました。

トタンに、鍵を開けた事を後悔しました。

月明かりに照らされたミチコは……濡れた髪を後ろで結った妹は……。
……美しすぎたのです。輝かしく……麗沢(つややか)で……ナマメかしい……。

「アア……お兄様」

ミチコがあっしの腕に飛び込んできました。
石鹸の香りがただよいました。胸がムズ痒くなる香りです。
泥や草木の臭いじゃない……女の香りが、妹からしたのです。

地獄の女の裸体が、脳裏をよぎりました。

「ミチコ……イケない、やめてクレ……おれに触らないでクレ……」

あっしの振り絞るような声も、彼女の前では通用しません。

「お兄様……お兄様。こんなに白い顔にナッテ……あたしがついておりまする。あたしが……お兄様、ナニがあったかは存じません。しかし……あたしがついておりまする」

妹の小さな身体が、あっしに擦り寄ります。
あっしはミチコの身体に、手を回す事が出来ませんでした。
鼓動は痛いくらいに脈打っております。ムカムカと吐き気が湧き上がりました。
あっしがヨロケると、妹はヒッシとあっしの身体を支えます。

「お兄様……お兄様、シッカリ……」

首をかしげて、あっしの顔を覗きこむ……。
その姿がナントモ慎ましく……アデやかで……。

地獄の女の裸体が、脳裏をよぎりました。
あっしはきっと、地獄の香りに酔っておったんでしょうなア。

大きな身体を折り曲げるあっしを、ミチコは甲斐甲斐しく支えます。
あっしの目の前に、ミチコの唇がありました。

するとどうでしょう。あっしの頭の中に、赤煉瓦の地獄では無く……昼間の光景が……。
若様と接吻をかわすミチコの姿が……浮かび上がったのです。

可愛らしく、潤った唇を、若様は奪っていったのです。
あの悪魔は……屋敷では温かな笑顔を見せる若様……地獄を茶菓子代わりにミルク・テイーを楽しむ若様……は、こんなにも可愛らしい……無垢な少女の……唇を奪っていったのです。
全てをダマして、アザムいて……唇を奪っていったのです。

あっしの中に、ふつふつと沸き立つ感情がありました。
嫉妬とも色欲とも支配欲とも言える……禍々しい感情がありました。
ナニも知らぬ歳若い処女である、ミチコは……そんなあっしを優しく支えます。

極楽浄土の女の裸体が、脳裏をよぎりました。
あっしはコンナにも美しい彼女を……自分のものにしたいと、思うたのです。

気付けばあっしは、ミチコを床の間に押し倒しておりました。
何も知らぬ生娘である彼女は、不思議そうにあっしを見つめます。

あっしは目を合わさぬようにして……乱暴に唇を重ねました。
ムサぼるように唇を奪いました。
コジ開けるように唇を押し付けました。

初めは驚いて、身体を硬直させていた彼女でしたが、すぐに我を取り戻し、暴れます。
非力ながらも、強く、ツヨく……。
妹の非力な拳が、あっしの胸板を強く叩きます。
あっしはそれを、抱きしめるように押さえつけました。
ギュっと強く押さえつけました。

そうして暫くしておりますと、暴れていた彼女も……次第に力を失っていきます。
それがナンともなやましく、可愛らしいのです。

一頻り唇を味わうと、今度はシッカリ見つめ合いました。

「お兄様……オオ、お兄様……ご乱心を……」

涙で潤んだ瞳が、あっしを見上げます。
一挙一動が可愛らしい……美しい……そして、怖い……。
背徳感とでも言うのでしょうか。あっしは背中をゾクゾクさせました。
きっとその時、あっしは地獄の悪魔のような顔をしておったのでしょう。

乱れた着物から、乳房が顔を出しておりました。
控えめでいて、それでいて女であることを主張する乳房です。
あっしはその先を……乳首を舐めあげ、軽く噛みつけました。
ビクンとのけぞった妹の身体が、あっしの腕の中で暴れました。

極楽浄土の女の裸体が、脳裏をよぎりました。
禁断の果実というヤツは、キットこんな味をしたんでしょうなア……。

股ぐらは強くいきり立っております。
涙を流す姿すら、愛おしい……もう止まれません。
あっしにとってミチコはもう、妹でも娘でも無く……女だったのです。
一人の女だったのです。

あっしは……妹を犯しました。
何度も、何度も欲望を吐き出しました。
ミチコはキット、泣いておったのでしょう。
あっしは自らの欲のまま、妹を犯しました。
背徳感が加速します。
それがあっしを、何度も何度も駆り立てるのです。

……どのくらいたったのでしょうか……。
気がつけば、チュンチュンと小鳥のさえずる声が聞こえます。
一晩中まぐわっていた事に驚きました。一晩中精を吐き出していた事に驚きました。
そうして顔を上げた隙に、ミチコはあっしの手からスルリと抜け出しました。

待ってくれなんて、言えるハズもありません。
ミチコは非道い身体のママ……顔も身体もナニもかもドロドロで、グショグショで、乱れた着物のママ……自分の部屋へと逃げ帰って行きました。
そうして二度と、あっしの前に姿を現さなかったのです。

……フウーッ……。

(今日で終わらせる予定でしたが……二時間の書き溜めでは、コレが限界でした。次の投下で終わらせます)

……アハハ……。
アハハハハ……アハアハアハ……ああ、オッカシイ。

どうです、笑えますでしょう?へへへ……ナンともミニクい話で。
あっしは最低な咎人で……稀代の強姦(レイプ)魔で……狂妄(しれもの)で……狂人(キチガイ)だった訳です。

アッハッハッハ……アハハハハ……。

こうしてお話しているあっしが、まさかそんな輩であったトハ……夢にも思いますマイ。
何せ、実の妹を散々に犯した訳ですから……古来より許されるものではありませんコッテ。アハハ……マイっちまいますね、ドウモ……。

ハハ……ハッハッハッハッハ。
オヤ、旦那。いい笑顔でゲス。もっともっと笑いなさい。こんなあっしを笑えばいいんでさァ。
アハアハアハ……アハハ……。

……アレェー、奥様……どうかしやしたか?
笑いこそすれ、泣く所ではございやせんぜ?笑いなさい。ハハ……。
ハハハハハハハ……。

……どうもイケねえや。
女ってヤツぁ可哀想な話になると、すぐに自分の事のように思って泣きやがるってンで……。

イヤ失礼。言葉が過ぎました。相すみません。本当……。
……フウーッ……。

……旦那も吸いやせんか?ドウモ、一人フカすってえのは居心地がワルいもんでゲス……。
イヤア、それとも……コンナ狂人と同じに葉巻とは、お偉ガタのシャクに触りますか……ハハ……。
アハハハハ……ハハ……。

フウーッ……。
……地獄がネ……狂わせたんですよ。

ミチコは二度と、あっしの目の前に現れませんでした。
何分、男を知らぬ生娘であった訳ですからナ……心に深い傷跡となっても、オカシくないモンでげす。
深いフカい……傷跡だったんでしょうナア。
誰にも話す事が出来ない、フカい悩みです。コレばっかりはドウシヨウもないってんデ……。
ミチコは皆から逃げるようになりました。誰にも話せない、傷跡を抱えちまったばっかりに……。

それをオカシく思ったのは、若様だったモンで。
当然でげしょうねえ……毎日毎日、表面向きは愛し合っていた相手が、ある日フイッと姿をくらませやがるモンですから。
泣きながら自分の前から、姿を消すモンですから……。
あっしはイイ気味でしたけどねェ。……スカッとしたモンですよ。へへへ……。

……しかし、ドウニモ人生ってヤツは、上手くいかないモンでゲして……。

若様はある日、庭仕事をしているあっしの胸ぐらを掴んだんです。
妹がオカしくなっちまったってェのに、呑気コいて庭仕事しているあっしを、訝しく思うたんでしょう。

「貴様、おれのミチコに一体ナニをしやがった」

……と、きたもんです。
トタンにあっしも、カッと頭に血が昇ります。

おれのミチコ、だと……ナニをウ……ミチコはおれのだ……と、きたもんです。我ながら小さいコッテ……。
カッとキちまったモンですから、あっしの動きも凄まじいモンでさア。
エイと若様の服を掴むと、そのマンマ投げ飛ばして、松の木にブツけてやったのです。

毎日庭仕事をしておりますし、死んじまった親父から、柔道の手ほどきを受けていたモンでしてね……センの細い若様を投げるのは、大したことではありませんでしたよ。
松の木にブツかった若様は、キュウと声を上げて目をグルグル回しました。
怒りで顔が真っ赤になります。
あっしはそれを見て、ゲラゲラと笑いこけましたね……従うべき主に手を上げちまったんでさァ。もうドウにでもナレってんで……大声を上げて笑ってやりやしたよ。

「許さん、貴様……おれは領主だぞ。貴様の雇い主だぞ……いずれ貴様とは義理の兄弟となる者だぞ……」

そんな、怒りに満ち満ちた言葉が聞こえてまいりやす。
それを聞いて、あっしはまた笑い声を上げるのです。

「アハハ、可笑しな事を言うボンだ。ミチコはおれのモンだってェのに、自分のモンのように言いなさる」

「エッ……それは、ドウイウ……」

「アハハハハ、アハアハアハ……ミチコはおれの女でさ。お前がチッスで満足しとる所、おれはヤツを女にしたんだ……ミチコを女にしてやったんだ……」

その時の若様の顔色とイッタラ……。
真っ赤だったのが紫になり、青くなり、焦げ茶色になり、紅く染まるのです。
昔、洋行した植木屋の息子が、きゃめれえお(カメレオン)というイキモノを連れ帰っておりましたが……そいつソックリに顔色をコロコロ変えやがるのです。あっしは笑いが止まりませんでした。

何分、良家のご子息が妻とする女な訳ですから……ソレは生娘と相場が決まっとるモンでさあ。
ドンナに田舎モンで身分が違おうとも、ソコだけは守らなきゃあナラン訳です……。

それが、実の兄とまぐわうフシダラな……禁忌を犯す重罪人だったトハ……若様の頭ン中は、怒りと悲しみと絶望と苦しみと切なさとで、ゴチャゴチャになっちまったンでしょう。
唇をワナワナ震わせて、呪いの言葉を吐き捨てながら、あっしに殴りかかってくる訳です。
それをヒョイと避けながら、あっしはナオも笑い続けます……。

「ハハハ……赤煉瓦の地獄を楽しむ若様も、表向きの想い人は大切だと見える……頭のイカレた放蕩息子に、大切な妹をやれるカヨ……アハハ……ペッペッ……」

得意満面に、ソウ言いました。
……言わなきゃア良かったンですがね……。

若様の顔色が、スッと青白くなります。
アレ、と思う間もありやせん。表情を無くし、まるで能面のヨウな……鬼のヨウな……幽霊のヨウな……顔になったのです。
あっしはその顔に、見覚えがありました。……赤煉瓦の地獄を眺めていた顔と、マッタク一緒だったのです……。

フウーッ……。

「……ドコで知ったかは知らんが……知っちまった以上、生かしてはおけんナ……」

洞穴の底から聞こえるヨウな、感情の無い暗い声が聞こえやした。
それが、あっしの聞いた最後の声でやした。

ヌッと、太い腕が四本伸びてきて、あっしの首根ッコを掴みやした。
アッと言う間の出来事です……あっしはそのマンマ石蔵の中へ、ズルズルと引きずり込まれやした。
何がナンだかわかりやせん。……後で知った事なんですが、コイツぁ若様がヒッソリと雇った、毛唐の用心棒だったヨウで……。
肌のイロが違えば、力も違うってなモンです。あっしも力にゃチョイと自信があるモンでしたが、毛唐二人がかりにゃ敵いません。

石蔵の冷たい床の上に、うつ伏せに……コウですな……押さえつけられたのです。

あっしはウス汚く罵る事しか出来やせん。
何がナンだかわからぬマンマに、思いついた言葉を投げつける事しか……。

土地を治める貴族サマの、次期当主ともあろうモンが、毎夜マイヨ酒池肉林の宴を繰り返しておるなんて……知られちまったらイチ大事ってモンでさア。
いい気になっていたあっしは、その事までオツムが回らなかったって話です……へへへ……コイツあドウモお恥ずかしい……。

暴れ続けるあっしでしたが、視界のスミッコで、何やらイヤアなモンを見ちまいやした。
それは……一体ナンだと思いやすか?

へへへ……イヤ、こいつは失敬。
下らん謎かけナンゾやるつもりは毛頭ありやせん……。

何てことはねえ……ノコギリですよ。エエ……。

あっしが今しがた磨き上げて、アブラを塗ったばかりのノコギリです。
毎日飽きもせず、丁寧に手入れをしたノコギリです。
その、ぴかぴかに光ったノコギリを……若様が手にとっておるのです。
あっしは言葉を失いました。ジッと、ノコギリが放つ鈍い光を見ておりました……。

若様が、ノコギリをあっしの首に当てます。
尖った刃が首に突き刺さりやす。

マチバリが指に刺さったくらいで女ッコは泣き出すモンですから、その痛みといったらモウ……。
あっしはアラン限りの力で暴れました。声を張り上げて逃げようとしやした。

泣いていたのかもしれません。

ソンナあっしなんて意に介さず……若様は、ノコギリを引き下ろしました。

知っての通り、ノコギリってヤツぁ引けば切れるようになっておりますので……。
刃があっしの皮膚を切り裂きます。刃と刃の間に皮膚が引っかかり、千切れるヨウに切り裂かれるのです。
あっしは悲鳴を上げました。

泣いていたのかもしれません。

口のハシからアワを吹いて、ケムクジャラの腕から逃げようとします。
恐ろしい凶器から逃げようとします。
……意味はありませんでしたな。

若様がノコギリを押し上げます。
ごりゅり、と音がしました。
肉がスリ潰され、形を無くす音です。
あっしは痛みを訴えました。

泣いていたのかもしれません。

若様がノコギリを引き下ろします。
皮膚の下にあるアブラが削られたのがわかりました。
刃と刃の間に詰まって、そこら中に飛び散るのです。
あっしは許しを請いました。

泣いていたのかもしれません。

またもノコギリは押し上げられます。
筋肉の繊維がぐちぐちという音をたてました。

泣いていたのかもしれません。

またもノコギリは引き下ろされます。
肉と肉が連なって引きずり出されました。

エエ……泣いていたんでしょうなあ……。

ギコギコという音が響きます。
あっしが毎日聞いておる音です……違うのは、ノコギリを持つのが若様で……松の木があっしという事でした。
モウ何も考えられません……。

ハヤク、コノジゴクヨ、オワッテクレ……。

……途切れトギレにそう思った事だけは記憶しております。
その間にも肉は裂け、飛び散り、潰れ、ミゾは深まっていきます。

あっしは涙を流しました。
泣いていたのです……女のヨウに……ミチコのヨウに、泣いておったのです……。

ブツリ、という音がしました。
瞬間、あっしの首から血液が、ドバッと噴水のように吹き出ます。
ドウヤラ若様のノコギリが、ジェイドーミャクをキッちまったヨウで……。

……ヘエ……頸動脈……ジェイでは無くケーですか。……ドッチでも同じじゃあありませんか……ジェイでもケーでも……。
兎も角そのナントカ脈を、切っちまったようでした。

血がそこいらに飛び散ります。床に水たまりが出来ました。
若様の一張羅が真っ赤に染まったモンですので、

シメタ……イッパイ食わせてヤッタゾ……。

なんて、思った次第であります。
しかし若様はナンとも思わなかったヨウで、ノコの手を緩めようとはしませんでした……。

ガツンという衝撃が走ります。
ノコギリの刃が、首の太いホネにブチ当たった衝撃でした。
ホネを切り落とすってエのは、それこそホネが折れるってなモンです。

コイツでこの『庭師ゴッコ』は、終わるかもしれんナ……。

そう思った矢先です。
若様は器用にホネとホネの間、関節の所に刃をネジ込むと、そのままゾックリと切り離してしまいやした。
その凄まじさといったら……。
あっしがオン鶏なら、こうして首をハネられたいモンだと思った次第です……ハハハ……。

ゴトンという音がします。
世界がグルリと一回転し、身体がフンワリ軽くなります。
そのままクルクル回ったと思うと、石畳の上でピタリと止まります。

あっしは首のない身体を見ました。
見間違えるハズがありやせん……あっしです……あっしの身体なんです……。

あっしの首は、スッポリと切り落とされてしまったのデス……。

……フウーッ……。
……恐ろしいのは、この話……。
…………マダ終わりじゃあありません、って事でげして……。
へへへ……。

次に若様は、休む事無く、あっしの肩に刃を当てました。
ドウヤラ若様は、気狂のあっしをトコトン殺すつもりらしく……。
ドッチが気狂だかわかったモンじゃあありません。

ノコの刃があっしの身体に、ズブズブ沈むように入っていきやす。
もう痛みなんて感じません……首が取れちまったモンですからな。
そのまま暫くしたかと思うと、マアルい関節が顔を出しやした。
コレは刃が通らねえ……サテどうするか……ときたもんです。

若様はドコからか、木槌とノミを持ってきたかと思うと、
あっしの肩に当ててカンカンと打ち付け始めました。

ホンの僅かな時の間です。居眠りするヒマもありやせん。
その間に若様は、あっしの腕を胴体から切り離してしまいやした。
その手つきの慣れた事……鮮やかな事といったら……。

アッ、コイツあコロシは初めてじゃあねえな……。

と、その時になって初めて気付いたのです。

若様はあっしの腕と足を、ほとんど関節ごとに切り離し、バラバラにしちまいやした。
そこらはもう血の海です。ムッとする熱気と生臭さが充満しております。
蝿があっしの右人差し指を食っているのが見えました。

しかし若様はスズしい顔で、次に胴体に取り掛かりました。
ヘソの辺りに刃を当てて、またギコギコと動かし始めるのです。

少しするとザクロの実のヨウにパックリ割れ、中からゴム風船にソックリなものがデロンと出てきました。
ヘエ、これが腸ってモンでして……。

身体ん中にアンナ長いモンがスッポリ収まっているモンですから、何やらムズ痒くなるような話でして……。
若様はソレを指先でつまみなさると、火箸でシッカリとはさみ、クルクルと巻き付け始めました。

……エッ……ナンデそんな事をするのかって……。

腸というヤツには、あっしが昼間にたらふく食った、ムギメシやら漬物ナンゾがパンパンに詰まっておりますからナ……ソレがドロドロと溶けあって混ざり合い、臭い糞となってやがるモンでさア。
ソイツをブチまけたく無かったんでゲショウ……ソレトモ、あっしの腸を丁寧に洗いまして、腸詰(ソーセージ)なんぞを作るつもりだったのやもしれません……。

火箸に腸をスッカリ巻きつけてしまいますと、あっしの胴体は笑っチまうくらいにカラッポで……黒い穴が空いてるだけになりやした。

最後に若様は、剪定バサミを取り出しました。
ナニを切るつもりなんだろう、と、無い首ヒネりましたね……。

あろうコトか、若様は……ソイツをあっしの、股間にデスね……。
あっしのイチモツに当てやがるモンでして。ハア……。

あっしは目をツムる事すら出来やせん。
ただ、目の前でイチモツが輪切りになるのを……睾丸を八つに分けられるのを……。
その上からトンカチで叩かれ、犬のエサにされるのを……。
見ている事しか出来やせんでした。

……こうして、あっしはおっ死んじまった訳です。

歯車がチイと狂っちまったバッカリに……おっ死んじまった訳なのです。
二十数コの肉片に分けられ、人としての尊厳をグチャグチャに押しつぶされて……。
おっ死んじまった訳なのです。
若様の手によってネ……。

……フウーッ……。

ソレカラ先の事は、あっしには何もわかりません。

アレから何年たったのかも……若様がドウなっちまったのかも……。
ミチコがドウなっちまったのかも、何もナニもわからないのです。

どうか、ドウカ願わくば……妹には、アンナ悪魔となんて一切関わる事無く、幸せに……。
タダ、シアワセに暮らしてもらいたい、ト……。
心から思う次第であります……。

……フウーッ……。

…………エッ?

……あっしがそうしておっ死んじまった訳ナラバ……。
コウシテお話しているお前は……。

……イッタイ何なのかっテ?

……へへへ……。

へへへ……アハハハハ……。

アーッハッハッハッハッハ!アハアハアハアハアハアハアハアハ!

ウヘヘヘヘヘヘ!イヒヒ!アヒヒ!

アヒヒヒヒヒヒヒヒ!!

アハハ……旦那も人が悪いこって!
見ればわかりますコトを、ワザワザ聞きなさるモンですから!
あっしはもう可笑しくてオカシクテ……。

アハハハハハハ!

ワハハハハハハハハハハハハハハ!

妹と関係を持つとイウ、許されざる咎を背負ったあっしです。
恐ろしい禁忌を犯したあっしです。

ドウヤラ極楽浄土の神様も……地獄の閻魔大王さえも、
あっしの事ナンゾいらんという……。

アハハハ!お笑い草じゃあありませんか!
タッタ一晩のアヤマチで、あっしはこの終わらぬ地獄を……。
ホントウのジゴクを生きる事となった訳ですから……。

アハハハハハハ!

イーッヒッヒッヒッヒ!!

だがね、旦那……。考えてもみてクダサイ。
あっしがジゴク行きというのなら……。

赤煉瓦の地獄を日々楽しみ、殺人を犯す外道畜生も……。

あっしと同じ咎を背負いながら、ソレを隠してシアワセな結婚をしたあの売女も……。

みんな、ミインナ、ジゴク行きじゃあありませんか……。

アハハ……こいつぁオカシイや!
あっしが地獄を見ちまったバッカリに、全員ソロってジゴク行きたあ……。
この話にピッタリなオチでしょう?

アハハハハハハハ……。

アハハハハハハハハハハハハハハハ……。

ハハハ……。

オット失礼……旦那、灰を落としてしまいやした。
相すいやせん……ドウにもこのナリじゃあ、灰を集める事すら出来ねえモンで……。

……フウーッ……。

……ところで旦那。
世間話なんですがネ……。





……バラバラにしたあっしの身体、
イッタイ何処へヤったんで?

…………

終わりです。ありがとうございました。
いい息抜きになりました。フウーッ……さ、他のSS書くのガンバロ。

夢野久作は、私の妹好きの原点であります。
興味を持った方は、是非。それでは……。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom