偶像仕事人『禍福は糾える縄の如し』【モバマスSS】 (44)

注 ・つい、モバマスメンバーで仕事人もしくはブラックエンジェルズもどきやってみた

・オリ設定、キャラ崩壊、口調の齟齬の可能性あり

・元ネタの設定上、残酷描写、及びアイドル等による殺人描写の可能性あり

・地の文有

・複数P、事務所の世界観

以上のことに留意の上お読みください
    何か違和感あれば即座に教えていただけるとありがたいです



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1407342137

魑魅魍魎蔓延る芸能界、そこには数多の涙があり、一人の人間が享受するにはあまりに大きい栄光があり、決して表に出ることの無い嘆きがある。
もっとも、それはほとんどが当人の努力不足、及び運を持つ持たないに由来するだろう。しかし、その限りない闇に呑まれ、その人生を喰らわれる者が多いこともまた事実。

そんな世界に飛び交う、とある噂。いわく、法で裁けぬ悪人に天誅を下す殺し屋集団がいる、いわく、金さえ払えばどのような悪人であろうとも罰を下す裏の人間が存在する、いわく、その集団に狙われた者は帰ってこない…。

荒唐無稽な与太話、辛い世界を切り抜けるための方便、そう断じられることがほとんどなこの噂。しかし、今日もまだ、芸能界の闇で、光の指す場所で、まことしやかに語り継がれている。

その中で最も広まっている噂、それは

いわく、その集団は『仕事人』、という、と…。

―222事務所

時は平成、大小様々な事務所が群雄割拠し、新機軸のアイドルを次々打ち立てる現在の状況はアイドル戦国時代といっても過言ではないだろう。そしてその一角、未だ弱小事務所との評判ではあるものの、その戦乱に身を投じる222事務所に元気な声が響き渡った。

みく「おつかれさま! Pちゃん、あーにゃん、のあにゃん!」

にゃんP「おう、おつかれ。今日は三人とも頑張ってたな!」

アーニャ「ダー、おつかれさまです、みく」

のあ「お疲れ様、みく」

みく「ふにゃあ、それにしても疲れたにゃあ…、Pちゃん、ちゃんとお休み取ってくれたよね?」

にゃんP「おう、任せとけ。明日は今日の反省会してそこからしばらくはオフだ」

のあ「…仕事がない、の間違いじゃなくて?」

にゃんP「ウグッ、…いえ、のあさん、大丈夫です、今回のライブも成功したし、きっとこれから仕事が舞い込んでくる…はず」

みく「そういって何か月もレッスンだけの日が続いたにゃ」

アーニャ「でも、みく、にゃんPは頑張ってくれてます」

にゃんP「あーにゃぁ…、お前だけだよ、俺を責めないのは」

みく「もー、そういじけないでよ、さて、じゃあ今日はこれで終わり?」

にゃんP「ああ、それじゃあ今日はお疲れ様、ちゃんと危なくないようタクシー拾って帰れよ」

のあ「ええ…それじゃあ、また明日」

アーニャ「ダ スヴィターニャ、また明日、です」

みく「じゃあね、Pちゃん!」

にゃんP「おう、ゆっくり寝ろよ!」

事務所から出た三人は途中で別れ帰り道を急ぐ。しかし、にゃんPの言に逆らい、人気の無い道を各々歩く。
夜道の灯りは心細く、自然と急ぎ足になっていく三人。と、突然、傍らの闇から現れた影が三人それぞれを遮った。


みくの下には変わった髪型の少女。

???「やあ、にゃんPさんがタクシー代を渡してるんじゃないか? 夜の一人歩きは危険だよ」

みく「…、そっちが呼び出したんだにゃ。まったく…お仕事?」


アーニャの下には気弱そうな少女。

???「あ、あの、アナスタシアしゃん!」

アーニャ「…外で不用意な接触は避けるべきだと、言われているはずですよ」


のあの下には高慢そうな女性。

???「…用件は、言われなくとも分かっているわね?」

のあ「…星の巡り合わせが悪いようね」

三人の目がほんの数分前とはがらりと変わる。その目は冷徹で、人間味を全く感じさせない。
そのまま連れ立って六人の姿は闇の中に消えていく。それを見ていたのは、星と月のみだった。

―翌日

222プロと同じく、数あるプロダクションの一つ、SHプロの扉が開く。

飛鳥「おはよう、プロデューサー」

静岡P「ふああ、おはようさん、飛鳥。どうだ、オフはゆっくりできたか?」

飛鳥「ああ、それなりにね。…ほかの二人はまだ来ていないのかい?」

静岡P「おう、まだ来てないな。…そういや、飛鳥、この記事読んだか?」

飛鳥「? …『河川敷で男性の遺体を発見、日本刀のようなもので斬られた跡』、この記事が一体どうしたんだい?」

静岡P「いや、この殺された人、前一度だけ会ったことがあるだろ?」

飛鳥「…ああ、思い出したよ。くるみを嫌らしい眼で見ていた代理店の社長さんだね」

静岡P「お前…、言うなあ。ま、たしかに良い噂を聞かない人だったからなあ、殺されても当然、とか言いたくはないが、納得できる人ではあるな」

静岡Pが言い終えたと同時に静岡Pの持つ新聞が奪い取られた。

静岡P「うおっ! 何だ、時子、驚かせるなよ」

静岡Pの背後には新たに二人の人影。

時子「何を言っているのかしら、私は私の欲しいものを見つけたから取っただけよ」

くるみ「と、時子しゃん…でも、ぷろでゅーしゃーが…」

時子「アァン? この男は私の下僕、下僕の所有物は私の物よ。アンダスタン?」

くるみ「ふぇぇ…、で、でもぉ」

静岡P「お、おはよう、気にするなよ、くるみ。これは時子なりの挨拶だと解釈することにした」

くるみ「そ、そうなの? でもぷろでゅーしゃーはそれでいいの?」

飛鳥「すっかり鍛えられたね、君も…。さて、今日の予定は何だったっけ?」

静岡P「ん? ああ、今日はFプロと合同で番組の打合せだ。…番組といってもラジオだがな」

飛鳥「何を言ってるんだい、細かい仕事をこなしてこそ一人前だと教えてくれたのはPだろ?」

静岡P「…その通りだ、ちょっと焦ってたな。じゃあ準備しとけよ、俺は事務員さんまだ来てないんで車用意してくるから、あ、時子とくるみはレッスンの準備しといてくれ」

静岡Pが事務所から出ていき、事務所内にはアイドル達だけが残る。
それと同時に彼女たちの目は昨夜の222プロの面々と同じ、暗い色を宿した光を映す。
時子が記事を一瞥すると無作法に机上へ放り投げる。

時子「…今回も上手くいったようね」

くるみ「もらったお金のぶんは、ちゃんとお仕事しなきゃ…」

飛鳥「ああ、彼女たちの首尾も上々だったみたいだしね」

三者三様に声を漏らす三人、と、時子の目がくるみを見据えた。

時子「…くるみ」

くるみ「ひゃ、ひゃいっ!」

時子「昨晩も白猫が言っていたけど無闇に慣れ合わない。…いいわね?」

くるみ「はい…」

飛鳥「厳しいね、まあ、捕まったら困るから当たり前だけどさ」

くるみ「ごめんなしゃい…」

項垂れるくるみを一瞥し、時子が眉根を寄せる

時子「それにしてもFプロ…ね」

飛鳥「…何かひっかかるのかい?」

時子「…いいえ、代金も受け取っていないのに憶測で動くなんてナンセンスよ」

人には生まれながらにして持つ運がある。
それはときとしてその持ち主を傷つけ、翻弄し、またあるときには持ち主に幸福を与え、思いもよらない幸を招く。
しかし、この世には不幸の星の下生まれてきたような人間がいることもまた事実。
そして、今、街の真ん中で立ち往生する少女もその部類に含まれるであろう人間だった。

ほたる「どうしよう、お財布落としちゃった…」

下を向き、必死に財布を探す少女、彼女の目に涙が浮かぶ寸前、その肩に手がかけられた。

みく「ゼーッ、ゼーッ、や、やっと見つけた、財布、落としてたよ」

ほたる「あ、ありがとうございます! よかった…これでお仕事に行けます! 本当にありがとうございます!」

みく「いやいや、気にしないで。私も落としたの偶然気が付いただけだから」

ほたる「そういうわけには…あぁ、でも時間が、…あ、あの、これ私の電話番号です! あとで必ずお返しをしますから!」

みく「いや、ホンマに、…って行っちゃったにゃ。…白菊ほたるちゃん、か、…どっかで聞いたような」


揺れる電車の中で、うとうとと白菊ほたるは不幸に魅入られたかのような己の一生を思い返していた。ほたるがアイドルとなったのは二年前。
それまでも不幸一筋の人生だったが、テレビに映る輝く衣装に、自らを変えたいと両親に懇願したことが始まりだった。
そして何十倍と言われる倍率を乗り越え、彼女は候補生としてFプロに所属することとなった。
彼女はそこで初めて幸福というものの本当の価値を知る。過去の不幸を鑑みれば、その喜びは一入だった。

しかし、不幸の影は彼女を逃しはしなかった。彼女の所属が決定した翌月、彼女の両親が強盗によって殺害されたのだ。
茫然自失となった彼女は、気力を失い、生きる屍と化す。だが、Fプロの社長はそんな彼女を見捨てず、自らが身元引受人となり、彼女の生活を助けた。
その支えもあり、彼女は徐々にアイドルへと打ち込んでいく。だが、彼女の周りでは不幸が絶えることはなかった。
一時的に移籍したプロダクションが急に倒産する、共演したアイドルが事故に遭う。
そういった現象が起こるたび、彼女は疎まれ、遠ざけられ、そうする内にとある通り名が付くこととなる。いわく、『死神』と。

だが、彼女はそんな環境にもめげず、何度も絶望から立ち上がり、仕事を続けた。
それは彼女を最初に救ってくれた社長への恩返しであると共に彼女の生きる意味となっているから。少なくとも彼女はそう結論付けていた。

夢うつつにそんなことを考えていたほたるの携帯電話が震え、ほたるは意識を覚醒させる。
メール受信画面に映っていたのは、社長と担当プロデューサー、そして。

ほたる「…茄子さん」

彼女が慕う一人の女性の名前。
アナウンスが彼女の降りる駅を知らせていた。

本日はここまで。

―某ラジオ局

静岡P「あ、どうも、SHプロの静岡Pです」

えふP「…ああ、どうも、FプロのえふPです、今日はよろしくお願いするね。…といっても、悪いね、こっちの都合で待たせちゃって、まったく、白菊は…」

静岡P「…いえいえ、うちの飛鳥も事前に打ち合わせできる時間が増えましたし、ほら、鷹富士さんとも打ち解けてるみたいじゃないですか」

静岡Pの指す先には楽しげに語り合う飛鳥とどこかふわふわとした雰囲気の女性。


茄子「ふーん、飛鳥ちゃんってラジオ聞くのが好きなの。でも今どき珍しくないかしら?」

飛鳥「ふふ、マジョリティよりマイノリティってね。それに結構同行の士は多いんだよ」

茄子「そうなんだ、何だかラジオって、…気を悪くしないでね? その、古いイメージがあったから」

飛鳥「いや、気にしないさ、どうだろう、お勧めの番組を教えるから茄子さんも聞いてみるかい?」

茄子「え、いいの? ありがとう! 飛鳥ちゃん」


静岡P「いいもんですねえ…、若い子らが戯れてるってのは」

えふP「貴方もそう変わらないでしょ。…まあ、確かに茄子は空気を操ることにかけては天才的です、茄子が入ってからうちの事務所はガラリと変わりましたからね。でもねえ、うちには」

静岡P「…えふPさん、そこまでにしましょう。白菊さんの話はこちらも伺っています。ですが『死神』なんてものは有り得ない。…もし例え白菊さんの不幸が周りに被害を及ぼしているのだとしても白菊さんに非は無い。ならば、精一杯アイドルとして輝こうとしている彼女を支えてやるってのが俺たちの筋ってやつでしょう」

えふP「…ハハッ、嫌だな、静岡Pさん。邪推だよ、それは。僕は白菊の事を信じてるし、大切に思ってる。…と、そんなことを言っている間に到着したみたいだ、少し迎えに行ってくるね」

静岡P「…そうですか、ええ、それでは行ってらっしゃい。飛鳥! ほたるちゃんが来るぞ! 準備するぞ!」


茄子「あ、飛鳥ちゃん、呼ばれてる。…飛鳥ちゃん? どうしたの? 怖い顔で出口なんか見つめて」

飛鳥「…茄子さん、仕事人って噂、聞いたことある?」

茄子「え、それってあの恨みを晴らすっていう? でも、それがどうかしたの?」

飛鳥「いや、何でもないよ、茄子さん。それじゃあ、ちょっとPのところに行ってくるね」

ラジオ『「茄子」「ほたる」のミス・フォーチュンラジオ!』

アーニャ「? 珍しいですね、プロデューサーがラジオを聞いているのは」

にゃんP「ん、ああ、いやな、この白菊ほたるって子、色々とあって今まで何度もチャンスを潰されてきたんだ。それが今回ようやくこうやって短いけど仕事貰えたって聞いてな。ちょっと気になったんだよ」

のあ「…聞いたことがあるわ、『死神』と呼ばれた子ね。…正直どうかとは思うけど」

にゃんP「ああ、まったくです。いやあ、実際この子はアイドルとしては逸材ですよ」

のあ「それは…容貌? それとも歌声、演技力かしら」

にゃんP「いいや、そんなもんじゃないですよ。確かにその力もある、だがこの子の一番のアドバンテージは芯の強さです。度重なる不幸に折られそうになりながら、挫けそうになりながら、それでも前を向く、そんな強さが彼女にはあります」

アーニャ「なるほど、…確かに、それは大切な物です」

にゃんP「ああ、…特にあのおっちょこちょい猫には必要だろうな。…というか二人とも何でオフなのに会社来てんの?」

みく「ヘニャックショイ! …うぅー、どこかで噂してる? 白菊ほたるって聞いたことあるって思ったら、Fプロのアイドルだったにゃ …近いしちょっと寄っておこうかなあ。それに…ほたるちゃん、急いでたのかもしれないけど、この紙…すっごい大事そうな領収書だしにゃあ」

車窓に流れる景色を眺めながら鷹富士茄子は考える。
鷹富士茄子は生まれながらにして運に愛されていた。特に何をしたわけでもないのに彼女の下には幸運が転がり込んでくる。
それは落し物を見つける、偶然が巡って表彰される、等ささいなものではあったが、他人からすれば奇異な物に映っただろう。

そして人並み外れた幸運を持ちながらも、鷹富士茄子は歪むことなくまっすぐ育った。
だが、その胸中には常に複雑な思いが渦巻く。
自分は幸運無しでは何もできないのではないだろうか、自分は幸運に踊らされているのではないか、そういった思いが。

彼女の転機となったのはとある日、偶然に受けたスカウトだった。
その時、彼女は思う、もし、自分のできうる全力の努力で、アイドルとして輝くことができたならば、と。
そして、輝きを振りまくアイドルであるなら、この幸運をより多くの人と分かち合えるのではないか、と。

そして所属先で出会った少女もまた彼女の人生を大きく変えることとなる。
白菊ほたる。不幸に魅入られ、それでもなお、自らの意志で立ち上がり、前を向く少女の姿は、幸福に愛された鷹富士茄子にとっては驚異以外の何物でもなかった。彼女と関わるうちに、鷹富士茄子は確固たる思いを抱く。決して、自分の成功を幸運のせいだと言わせないと。白菊ほたるの不幸を共に吹き飛ばして見せると。…必ず、白菊ほたると共に、アイドルの頂点で輝いてみせると。

タイヤのきしむ音。ふ、と現実に戻った茄子は自分によりかかるほたるの髪を優しく撫でるのだった。

―夜、Fプロ事務所ビル

みく「あ、すいません」

F事務員「はい、どういった御用事でしょうか?」

みく「えーっと、ちょっと白菊さんに」

F事務員「すいません、白菊はまだ帰っていないんです」

みく「あ、そうですか…えーっと、たいした用事じゃないですけど、この前会ったときにこれを間違って渡されちゃって」

F事務員「そうですか、ではこちらで預かっておきますね」

みくが事務員に領収書を渡し、事務所の出口に向かおうとするその時、ドアが開き、恰幅のいい男と、怜悧な女性、財前時子が入ってくる。

みく「…」

時子「今日は本当にありがとうございました、えふ社長」

えふ社長「はは、そうしゃちほこばらなくてもいいさ。それじゃ、お疲れ様。おお、事務員クン、どうだい、調子は?」

そう言ってのしのしとエレベーターに消える男の姿を見送り、みくは表に出る。
その後を追うように時子が会社から出る。二人は目を合わせることなく、低い声で話し合う。

みく「あれ、Fプロの社長でしょ、…どうしたの、枕営業でもしてきた?」

時子「次にそんなふざけた冗談を言ったら口を縫い合わすわよ、ノラ猫。偶然行きつけの店で会ったの」

みく「ふーん…、で?」

時子「何もないわ」

みく「そう、じゃあいいけど。…なーんか嫌な雰囲気がしたにゃあ」

時子「ええ、…そうね」

一旦終了。続けば本日の夜

―一週間後、SHプロ

SHプロに静岡Pの驚く声が響き渡る

静岡P「ハアッ!?」

くるみ「ひうんっ! ど、どうしたの、ぷろでゅーしゃー?」

静岡P「…ああ、悪い、驚かせたな、くるみ」

静岡Pの手元には一冊の週刊誌、スキャンダルの元となるこの手の雑誌は、常に確認されている。
今回もその類かと時子が察し、週刊誌を取り上げる。

時子「何々…? 『清純アイドルの乱れた夜! か弱きモンシロチョウは毒蛾だった!』…何かしら、この悪趣味な記事は」

そこに載る写真に写っているのはありきたりなホテル街。
ただし、被写体は、男と二人でその一角に入ろうとする白菊ほたるだった。
静岡Pの語気に怒りが混じる

静岡P「…ああ、でっち上げにもほどがある。この写真だけ見れば彼女が無理やり引っ張られていると見えるところを、文章で補ってやがる。…汚ねえ」

飛鳥「…でもプロデューサー、この文章が事実だって可能性も」

静岡P「なら飛鳥、この前共演したとき、彼女がそんなことをする人間に見えたか?」

飛鳥「主観で判断するのは悪手だよ、…でもね、ボクは絶対にありえないと思う」

静岡P「ああ、俺も同意見だ。…くそ、折角彼女が新しい一歩を踏み出したってのに!」

くるみ「ぷろでゅーしゃーは優しいね…」

時子「…フン、こんなこと日常茶飯事じゃない」

静岡P「おい、時子、その言い方は無いだろ」

時子「はぁ…、そんな落ち込んでいる間にできることは山ほどあるでしょう?」

飛鳥「…ああ、辛いことを言うようだが結局のところ、彼女も他人に過ぎないからね、ボクらが深入りすることじゃないはずだ」

静岡P「…そりゃそのとおりだけどよ」

―同日、Fプロ、社長室

えふ社長「…ほたる、正直に話を聞かせてくれ」

ほたる「…わ、私」

ほたるの顔からは血の気が引いている。社長は優しく微笑み、ほたるに話の続きを促す。

えふ社長「大丈夫だよ、ほたる。私はお前を娘同然だと思ってる。だからこそ、教えてほしいんだ」

ほたる「私、…あんなことやってません」

えふ社長「…だろうな、まったく、忌々しい連中だよ。…事情を話してくれるかい?」

ほたるはおずおずと、だがしっかり話しだす。

ほたる「…あの人は、以前私が一時的に移籍したプロダクションの役者さんだったらしいんです」

えふ社長「…ああ、あそこか。覚えている、そういえばあの男はその後芸能界から離れたと聞いたな」

ほたる「…はい、私が移籍してすぐに潰れてしまった」

えふ社長「お前に責は無い。…それで?」

ほたる「話があるとか言ってあの近くまで連れて来られて…そこであの写真を撮られたんだと思います。…というよりは、あの写真を撮らせるのが目的だったのかも。ちょっと抵抗したら、すぐに離れてくれましたし」

えふ社長「…ふうむ、確かに、そいつは誰かの回し者かもしれんな。ほたる、お前、何か心当たりはないか?」

ほたる「…ない、です。…ごめんなさい、社長さん、また、私のせいで」

ほたるが声を詰まらせ、その両目には涙があふれる。
社長はほたるの頭に手を置くと、優しく撫でた。

えふ社長「気にするな、…しかしほとぼりが冷めるまでは大人しくしておいた方がいいだろうな。…すまないがほたる、ラジオは降板だ」

ほたる「…はい」

沈痛な表情で社長室を出ていくほたる。
その姿を眉を下げて見送った後、社長は携帯電話を取り出した。

―同日、路上

男優「お、お姉さん美人だね、俺と一緒にお茶飲まない?」

のあ「…結構よ」

男優「ちぇっ、じゃあ、これ、俺の電話番号! よかったら連絡してよね」

のあは掴まされた紙を無言でバッグにつっこむと、立ち去ろうとする。
しかし、先ほど振り払った男の後を追う影に一瞬目をやると、首を振り、その後を追った。


―十分後、路地裏

暗く湿った路地裏で鷹富士茄子は困惑することになる。
今回の事件、鷹富士茄子は普段の態度からは想像もできないほど怒っていた。
理由はもちろん、白菊ほたるの一件である。
今までにもこういった事はあった。そしてその度に彼女が悲しむのを彼女は目撃し続けていた。
それに慣れることができれば彼女にとってはある意味良かったのかもしれない。

だが、彼女はそれを許すような人間ではない。
故に彼女は、今回もほたると共に悲しみ、そしてほたる以上に怒っていたのだった。

そして現在、彼女は路地裏の片隅で息を潜めている。
何故なら、そこには男がいるから。彼女は所々で女性をひっかけようと歩く彼を追ってここまで来た。
ただの男なら彼女はそこまですることなどはない。だが、それがほたるを悲しませた原因となれば話は別だ。
最初は話をしようと追っていたところ、人目を避け、路地に入る男の姿に不審を覚えた彼女はこっそりと暗がりに隠れ、様子見に移った。
しばらくは手持ちぶさたに煙草を咥えていた男は何者かの姿を確認し、手を振る。

男優「うーっす、どうも」

茄子「(…えっ!?)」

そこに現れた三人の男…、そのうちの一人の姿を見て、茄子は混乱した。

えふP「声が大きい。…誰にも気づかれてないだろうね」

現れたのはほたると茄子の担当プロデューサー、…えふP。

悪徳カメラマン「へへ、まったくだよ」

悪徳ライター「…ここで面倒なことになったら困る」

男優「大丈夫っすよ、で」

えふP「あいかわらずがめついね、貴方は、はい、報酬だ」

悪徳カメラマン「どうも、いやあ、ボロい商売だ」

男優「へへ、どうも。しかし本気で死神を手放しちゃうんすか?」

えふP「ああ、もう利用価値は無くなった。…どころか、ちょっと事務所に邪魔になってきたんでね」

茄子「(何を、何を言っているの…!?)」

えふP等の会話に茄子は混乱を深めざるを得ない。
しかし、茄子の頭はすでに現状を理解していた。
…そう、ここにいる彼らが少なくとも白菊ほたるを不当に貶めた首謀者なのだと。

茄子「(まさか、まさかほたるちゃんの不幸って)」

そしてさらに彼女を驚愕させる一言が放たれる。

男優「でもあの子の両親まで殺して、よくやるっすね」

えふP「貴方も共犯でしょうに」

茄子「(…!)」

男優の口から放たれたおぞましい真実に、茄子は一瞬めまいを覚える。

悪徳カメラマン「そんなことまでしてたんで?」

悪徳ライター「…まあ、記事で人を殺す我々が言えたものでもないだろう」

悪徳カメラマン「おお、嫌らしい笑い方。ま、その通りですな」

茄子「(しっかりして、茄子。…伝えなくっちゃ、この事実を!)」

血の気が引くような真実の数々。
だが茄子は気を取り直し、この事実を伝えんと路地裏をこっそりと去ろうとした。
しかし足元の空き缶を誤って弾いてしまう。倒れた缶が音を立て、二人が振り向く。

茄子「しまっ…!」

男優「誰だ!」

えふP「おい、誰も来てないって言ったじゃないですか」

二人が徐々に茄子の方向に近づく、逃げようとも足が震え動かない。


だが、そんな茄子の前に一つの影が立つ。
フルフェイスのヘルメットに、ライダースーツ。
ボディラインから辛うじて女性と分かるものの、正体は全く掴めない。

茄子「だ、誰、って、きゃあ!」

謎の女は無言で茄子にもメットをかぶせ、耳元でささやいた。

???「…逃げなさい、相手はまだ貴女の顔を確認していない」

茄子「で、でも」

???「…心配するべきは、私ではない、…そうでしょう?」

茄子「! …すいません!」

男優「誰だテメェ!」

悪徳カメラマン「ひ、一人逃げますよ!」

???「…先には行かせられないわ」

茄子は謎の女にそこを託し、表通りへと駆ける。ただ、大切な少女を救うため。
…しかし、少しばかりその足は遅かった。

ほたるは交差点で夜空を見上げる。
悲しい時、辛い時、彼女はそうしてきた。そこにある輝きは何万年も輝き続けている。
永遠とも思える輝き、それは全てが偶然の産物だ。奇跡の産物だ。
ならば、今ここにいる自分はどれだけの輝きを出せばあれに匹敵する輝きを出せるだろうか。

そう思うことで彼女は自らを奮い立たせた。
あの輝きにいつか、追いついてみせると。
偶然から生まれた輝きでさえ、何万年も輝けるのだ、ならば、自らの不幸など、努力という必然できっと消してしまえる、そう信じ。

そして彼女は手元に目線を移す。
しっかりと握りしめられたそれは茄子から貰ったお守り。
常に明るく、優しい彼女をほたるは姉のように慕っている。
ほたるにとっても、ともに楽しみ、ともに泣いてくれる彼女の存在はとても大きなものだった。
生きるために縋り付いていたような彼女のアイドルとしての毎日は、確実に彼女を変え、進んでいく。

ほたるは顔を前に向ける。
そこには多くの不幸を乗り越え、様々な人間と出会った彼女の微笑みが。
その表情はこれから幾度も曇るだろう。だが、彼女はその度に立ち上がる。

だが

その小さな体が、ドンッと押し出された。

「…え?」

突然の衝撃に一瞬ほたるの思考が止まる。
そこに近づく一つの光、大きなクラクション、悲鳴。

ほたるが意識を失う前に見たものは憧れ、追い求めた星の輝き。

不幸な少女、白菊ほたるの体は空中に跳ね飛ばされた。

一旦休憩

―翌日、総合病院

みく「…面会謝絶、か」

茄子「…ごめんなさい、ちょっと、ね」

みく「いやいや、別に大丈夫にゃ。正直、ほたるちゃんも私の事覚えてないだろうし」

茄子「そんなことないと思うわ…ほたるちゃんって絶対にそういうこと忘れない子だから」

えふ社長「…ああ、きっと覚えているよ」

みく「…じゃあ、失礼します。ほたるちゃんが起きたら、よろしく伝えておいてください」

えふ社長「ああ、…目覚めたら、ね」

ほたるが事故に遭った。
昨夜、逃亡の途中にその連絡を受け、即座に駆け付けた茄子は包帯まみれの痛々しい姿に思わず息をのんだ。
手術は一晩中続き、茄子はただその身の無事を祈るしかなく、自分の幸運を全て擲っても構わない、ただ、彼女を救ってほしい、と。

結果として、トラックに跳ね飛ばされたほたるは奇跡的に一命を取り留めていた。
だが、意識は戻らず、このまま昏睡状態に陥る可能性がある、というのが医師の見立て。
その知らせに、茄子は涙を流し、夜明け近くに現れたえふ社長も顔を曇らせた。

そして翌朝、突然の訪問者が去り、茄子は昨夜のことを社長に告発しようと口を開く。
これ以上、ほたるに不幸が訪れないように。

そこにあったのはほたるへの強い思い。…そして、炎のようにゆらめく怒りと憎しみ。


茄子「…社長、ちょっとお話があります」

社長「…どうした、そんな深刻な顔をして」

茄子が口を開こうとしたその時、社長の携帯電話が鳴り、周囲の看護士が白い眼を社長へと向ける。

社長「す、すまん…、電話の後でいいか?」

茄子はその着信音がえふPからの物だと気づく。
そして昨夜から敏感になっていた彼女の直感が違和感を告げていた。

茄子「…はい、大丈夫です」

慌ただしく駆けていく社長。その後をひっそり茄子はつけていく。

えふ社長「…私だ」

茄子は社長の声が届く範囲に身を隠す。足元に注意しながら。

えふ社長「…フン、誰かに目撃された上におめおめと見逃すとはな。…もちろんだとも、ほたるは跳ね飛ばされたよ。…何? ハッハ、確かにその通りだ。突き飛ばした、の間違いだな」

茄子「(…嘘!?)」

えふ社長「…悲しまないのか、だと? 何を言う、元々アイツに家族面していたのはいざというとき、どのようにでも扱えるようにするためだ。…ハハハ、中々センセーショナルだろう? 家族を殺され、それでも立ち上がる悲劇の少女、その周囲には常に不幸が漂い、孤高の少女はそれを喰らって輝きを増す。…ああ、その通り、うまく使わせてもらったよ。だが、正直なところ、うちの事務所にまで被害が及ぶとはな…『死神』の面目躍如といったところか」

茄子「(…社長まで、そんな、じゃあ、ほたるちゃんはそんなことのために、…いや、ほたるちゃんだけじゃない、ほたるちゃんのせいにされている不幸に巻き込まれたたくさんの人は…)」

えふ社長「…ああ、それと、逃げた方はまさか茄子じゃないだろうな」

茄子「!?」

えふ社長「…いや、確たる証拠があるわけじゃないさ、だが先ほど相談がある、とな。もし気づいたならば気は進まんが始末しなくてはならんだろう。まあ、マスコミ関係はうまいこと抑えるさ。弱小アイドルと一介の社長、どちらを選ぶかは見る者次第だろうが。…? まさか、アイツは幸運の女神様だ、そう簡単には手放せんわな。…ハハッ、上手いことを言う、たしかに、死神から女神への宗旨替えだ」

その後、二、三話を続け、社長は電話を切り、冷ややかな笑みを浮かべて去っていく。
茄子の全身は震え、吐き気が襲う。
信じていた者に裏切られ、殺意をさえ向けられている。その揺るがしがたい事実は確実に茄子の心を抉っていた。
そのまま倒れこみたいが、怪しまれてはいけないと、ふらふらと社長のいる階まで向かう。
そして社長の顔を確認した途端、茄子は崩れこむように倒れこんだ。

茄子が目を覚ましたのは病院のベッド。
意識を取り戻したことを確認すると、看護師は貧血だと告げ、一応一日だけ入院することになったと伝え、部屋を去っていく。
静かな部屋、傍らのチェストには社長からの置手紙。
内容は当り障りのないものだったが、その文字におぞましさを感じた茄子はびりびりに引きちぎるとゴミ箱に放り込んだ。

外は既に星が輝いていた。
夜空を見上げ、笑顔を浮かべるほたるの顔を思い出し、茄子の頬を涙が伝う。

茄子「(何が幸運だ、何が女神だ。…私は、ほたるちゃんの為に何をしてあげることもできなかった! 何もしてあげることができない! あの子の不幸を喰い物にした社長を告発することも、あの子の不幸を晴らしてあげることも、何もできなかったじゃないの!)」

耐えきれないほどの無力感。すでに社長一同の悪逆非道を訴える手段はどこにも存在しない。

その時、茄子の脳裏に一つの光景が浮かぶ。

『…茄子さん、仕事人って噂、聞いたことある?』

仕事人。晴らせぬ恨み辛みを金さえあれば一手に引き受ける闇の復讐者。
荒唐無稽なその存在、茄子は一度はその話を否定する。だがその夜、茄子の頭からその単語が抜けることはなかった…。

翌日、退院した茄子はほとんど無意識に銀行へ向かい、貯金を引き落とした後、とある廃ビルへと向かう。
噂にある廃ビル、そこに仕事料を持っていくことが仕事人への依頼法。

茄子「…」

廃ビルの中はしんと静まり返り、人の気配は一切しない。
茄子はやつれた顔で、持参した料金を確認すると辺りを見回した。

茄子「…誰か、いますか? 依頼をしに来ました」

声は無い。やはり噂は噂だったか…、茄子がそう肩を落とし、立ち去ろうとした瞬間。

???「そのまま後ろを振り向かないで」

茄子「…!」

茄子の背後から声が響く。

???「…さて、依頼と聞いたわ。まずは確認させてもらう、アナタはその相手を本当に殺したいほど憎んでいるかしら?」

茄子の心に一瞬迷いが生じる。
だが、茄子はほたるの傷ついた姿、そして名も知らない、不幸に貶められた人々を思う。
そして茄子は、心を決める。自分は、ほたるの幸せを奪った人間を殺したいほど憎んでいるのだと。

茄子「…はい」

???「…そう、ではもう一つ問うわよ、アナタが行おうとしている行為は結局自らの手を汚さない人殺しに過ぎない、復讐を望む者が救われることはないの。禍福は糾える縄の如し、…いつか状況が打破できるかもしれない。それでもアナタは仕事を依頼するのかしら?」

茄子は迷わない、その手を汚すことになろうとも。

茄子「はい、覚悟は決めました、これ以上の被害を私は望みません。私が地獄に堕ちようともかまいません」

???「…それを望んでいないかもしれないわ」

茄子「ええ、私のエゴです」

???「…確かに承ったわ、料金を置いて立ち去りなさい。他言無用、決して振り向かないこと」

茄子が去ったことを確認し、時子は柱の陰から姿を出す。
封筒の中身を確認した後、携帯電話を取り出した。

―同日、夜

街の中心にある寂れたバー、その中にあるVIP用と書かれた扉を開け、一人の少女が滑り込む。
内部にいるメンバー、…222プロとSHプロのメンバーが彼女のことを見ることはない。
中心部に座る時子が鍵をかけ、全員の顔を見回す。

時子「…全員揃ったわね。遅刻よ、ノラ猫」

みく「…一応みくはアイドルだからね? で、今日のお仕事は?」

飛鳥「…察しはついてるけどね」

時子が机上に札束を置き、五枚の写真をその上に乗せる。

時子「知っているとは思うけど今回の依頼は白菊ほたるを巡る一連の非道な行いに対する報復」

時子「今回の標的は五人、Fプロ社長、FプロのプロデューサーであるえふP、その手先の男優、悪徳カメラマン、悪徳ライター」

のあ「…、最後の二人を加えた理由は?」

時子「…カメラマンとライターの二人は今回の一件だけじゃなく、多くの白菊ほたるを巡る事件に関わっていると判断して標的に加えたわ

時子「仕事料は一人二十五万、参加しない人間は無しよ」

しばらくの沈黙の後、まずくるみがカメラマンの写真に手を伸ばし、アーニャがライターの写真に手を伸ばす。

アーニャ「この二人は一緒に動いていることが多いです。…アー、だから、くるみ」

くるみ「は、はい! い、いっしょにいきまひょう!」

アーニャ「…お仕事の途中にミスだけは止めてくださいね?」

二人が扉を開け、出ていく。
次にのあが男優の写真に手を伸ばす。

のあ「…」

そしてそのまま無言で外へと向かう。

飛鳥はえふPの写真に手を伸ばし、みくは社長の写真へと手を伸ばす。

飛鳥「それじゃあ、行ってくるよ」

みく「…決まりだね」

時子「ええ、しくじらないでちょうだい」

全員が出ていき、電気が落とされた室内は漆黒の闇に包まれた。


街灯に照らされ、地上に引きずり落とされた星空に、仕事人という名を被ったアイドルが駆けていく。

今日はここまで。
ついでに『えふP』、『えふ社長』が『F』表記じゃないのは純粋なミスです。

―翌日、深夜、繁華街

ネオン輝く繁華街。そこを一組の酔客がフラフラと歩く。

悪徳カメラマン「へへへ、それにしても、ボロい商売じゃあないですかい」

悪徳ライター「…さっきからそればっかりだ、酔いすぎだろ」

悪徳カメラマン「人を殺した金で酒を呑む! いやぁ、この世は地獄ですねぇ」

悪徳ライター「声を抑えろ、…まったく。…おい、どこに行く」

悪徳カメラマン「へへ、ちょっと催してきまして。ちょっと、その、えへへ」

悪徳ライター「…さっさとすませろよ」

光の無い路地裏。鼻歌を歌いながら立小便を終えるとカメラマンはふらふらとライターの方向へと歩いていく。

くるみ「あのぉ…」

その背中に声がかけられた。

悪徳カメラマン「ふえ?」

振り向くとそこには一人の少女。カメラマンは僅かにその顔を記憶していた。

悪徳カメラマン「えーっと? 確か君はSHプロの…」

くるみ「は、ひゃ、ひゃいっ! 大沼くるみでしゅ!」

盛大に噛む少女に、毒気を抜かれ、何の疑問も持たずカメラマンはくるみに近寄る。

悪徳カメラマン「でも、何だってこんなところにアイドルが?」

くるみ「え、えっと、くるみ、お別れを言わなくちゃいけなくって」

悪徳カメラマン「へぇ、お別れ。…? 誰に?」

カメラマンが疑問を感じるとほぼ同時。どこか頼りないくるみの瞳がぎらりと狂気の色を灯す。
そしてくるみはごく自然に、彼へと倒れこんだ。
突然のことに慌てたものの、彼はしっかりとその小さな体を抱きかかえる。
そこで彼は下腹部に違和感を感じる。まるで、氷の塊を突き刺されているかのような…。
下腹部に目をやると、そこには一本のナイフが生えていた。それを握りしめているのはくるみの手。

くるみは何も言わず、ナイフをひねる。ぐげっという声がカメラマンの喉から漏れた。
くるみはナイフを引き抜くと、首筋にあてながら、今にも泣きそうな顔でただ告げる。

くるみ「カメラマンしゃんに。えっと、…さようなら」

彼が喉を引き裂かれる前の最後の記憶は舌足らずなその声だった。

悪徳ライター「…遅い、何してんだ」

帰らないカメラマンを待ちきれず、ライターがカメラマンの入った路地裏に向かう。

悪徳ライター「おい、遅いぞ…!? おい、何だよ、これは!」

ライターが見たのは路上に倒れこむカメラマンの姿。
辺りには水溜りのように血溜まりができており、カメラマンが生きている可能性を想像するのは難しい。
困惑するライターの背後から足音。とっさに身構えたライターの顔を、狼のような切れ長の瞳が見据えていた。

悪徳ライター「あ、あんた、SHプロの…。お、おい、これはいったいどういうことだよ!?」

アーニャ「私が殺しました…と言ったら?」

悪徳ライター「お、俺も殺す気か!?」

アーニャ「ダー、仕事ですから」

その返答に脂汗を滲ませながらライターは構えをとる。

悪徳ライター「へ、へへっ、いいぜ、やってやらあ、お前みたいなガキ一人、刃物さえ気ぃつけてりゃあ、転がせる!」

アーニャ「…はぁ」

悪徳ライター「どうした、…そうか、アイツの血で刃物が使えねえんだろ!」 

ただ力を抜き、ため息を吐くアーニャに、ライターが下卑た笑みを浮かべる。

悪徳ライター「ケケッ、こう見えて俺はボクシングには自信があってよお。…殺人アイドルを捕まえたお手柄記者、か。悪くねえ、悪くねえなぁ…!!!」

巧みなフットワークで距離を詰め、アーニャの顔面めがけ強烈なストレートを繰り出すライター。
だがしかし、アーニャはゆらめくような動きから竹のを思わせるしなやかさでそれをかわし、蛇のように手足をライターに巻きつける。

悪徳ライター「…ガッ!?」

アーニャ「…女の子の顔を狙うなんて失礼ですよ。…選ばせてあげます、絞め殺されるか、殴り殺されるか」

ライターの首に巻きついた腕が締め付ける力を増し、顔が鬱血していく。
脚に巻き付いた脚は膝を砕き、ライターが抵抗する方法はすでに無い。

ライター「クソッ、は、離せ…、クソガキがぁ…」

アーニャはため息を吐き、その目をギラリと輝かせる。

アーニャ「…では、どっちでもない方法で。パカー、さようなら、です」

そのままライターの体は回転し、自らの体重を乗せ、頭から固いコンクリートへ叩き付けられる。
声も出せないまま、ライターの意識は死へと呑まれていった。
ライターの頭は割れ、どくどくと血が流れ出す。
物言わぬ死体となった二つの男を背に、アーニャはくるみを伴い路地裏の奥へと消えていく。

―同時刻、河川敷

男優は歓喜していた。一昨日、闇雲にナンパして回った結果が実を結んだのだ。
しかも連絡を受けた女はその中でも最高級の一品。
加えてそのモーションの一つ一つが彼に劣情を催させるには十分に官能的だった。
先日の仕事で財布は膨れている。このまま女の気持ちを留め、あわよくば…。
そう淫靡な妄想を膨らます彼を見越したかのように、女は川が見たいと告げてきた。

男優が女を連れてきたのは「そういったこと」の定番スポット。
彼はもうすでに「その気」になっていた。
女の隙を見てシートに押し倒し、その上に馬乗りになる。

のあ「…何をするの?」

男優「何言ってんだよ、お前も『その気』になったからこんなところに連れて来させたんだろ?」

女がその陶器のような顔を少し歪め、頬に朱がさす。
たまらないほどの征服感に襲われ、彼は女の唇にしゃぶりつこうと顔を寄せる。

のあ「嫌、せめて目をつぶって…? 折角だから、ロマンティックに行きましょう…?」

熱を孕んだ女の声に、彼は脳を蕩かせたかのように頷き、目を閉じる。

だが、いつまでたっても女が近づく気配がない。怪訝に思った彼が目を開け、見たのは。
黒く、光を吸い込む銃口だった。


男優「あひっ…!ガッ!」

悲鳴を上げようと開かれた男優の口にのあが銃口を突っ込む。
その顔は、先ほどとは打って変わり、無機質な、人ならざる顔で。

男優「ガガッ、い、いぎっ!」

混乱と恐怖で次々に表情を変える男優にのあは一言だけ告げる。

のあ「…死にたくないかしら?」

男優は涙を流し必死に頷く。のあの頬が、僅かに微笑んだ。

のあ「…そう」

そして、引き金を引く。
サイレンサーによって音を消された銃弾が男優の延髄を突き破り、どす黒いモノをまき散らしながら一瞬で死に至らしめる。
ごぼごぼと流れ出す血を全身に浴びながら、のあはその銀髪をかき上げる。
冷たくなっていく男を振り払い、一言冷たく呟いた。

のあ「…答えを聞くとは言ってないわ」

一旦休憩、続きは深夜。がんばって今日中に終わらせたい所存です

―同時刻より少し後

えふP「…繋がらないね、…まったく、役に立たない」

えふPは携帯電話を片手に事務作業を続ける。待っているのは男優からの着信。
もっとも、男優の行く末など知る由は無い。

その時、トントンと背後から何かが窓に当たる音。

えふPは振り向くが窓には何も映っていない。
気のせいかと思い直し、作業に戻るとまたしても窓に当たる音。

えふP「…? 風で石でも飛んできたか?」

その後も作業を続けるが、断続的に続く音にえふPは我慢の限界を迎える。

えふP「ああ、もう。いったい何だってんだ」

窓を開け、えふPは首を外に突き出す。
その瞬間、えふPの首に何かが絡みつき、体が宙に持ち上げられる。

えふP「ガッ! な、何がァ」

えふPの首に巻き付いているのは鮮やかなエクステ。
ワイヤーか何かを仕込んでいるのか、えふPの喉に食い込むそれからは血が滲み始める。

えふP「だれ、止めっ」

必死に首からエクステを外そうともがくえふP。
しかし、その体は徐々に窓の外へと引きずり出されていく。
えふPの体は既にそのほとんどが窓を越え、目は充血し、顔は赤黒く変色している。
最後に引っかかっていた足が外れ、えふPの体が外へと落ちる。

えふP「はがッ…」

えふPの視界が黒く染まり、力の抜けた肢体から様々な体液が流れ出た。

飛鳥「…よかったじゃないか。君は死神に好かれたんだよ」

ヒュンッという音と共にえふPの喉からエクステが外れ、飛鳥の手に収まる。
そこについた血を暗い目で見つめ、飛鳥はビルを後にした。

―翌日、未明、廃工場

えふ社長「…誰だね、私を呼びつけたのは」

すっかり人が寝静まった深夜、誰もいない廃工場に一台の車が乗りつける。
そこからのっそりと現れたのはFプロ社長。

えふ社長「…早く出てきたまえ。こちらは交渉をしに来たんだ」

社長の手には一通の封筒。
今日の朝早く投げ込まれていたその封筒には過去の悪行の証拠。
そしてただ一文『一人で来い』の文字と共に地図が封入されていた。

えふ社長「…誰もいないのか?」

もしかしたらこれは単なる嫌がらせなのかもしれない。
そう自分に言い聞かせ、立ち去ろうと車の方へ歩を向けた社長は、背後から地面を踏む音を聞く。

えふ社長「…誰だ」

社長が振り向いた先には一人の少女。屈強な男や、いかにも悪人といった人間を想像していた彼は少し面食らった。
その少女はネコミミを付けている一点を除けば、どうということもないただの少女。
だが、社長はその顔を確認し、再度驚く。

えふ社長「…君は、ほたるのところに来ていた、前川みく」

社長を見つめるみくは片手を背に回し、野獣のような瞳で見つめる。

えふ社長「…冗談はここまでにしたほうがいいよ、君」

社長は自らを脅していたのが単なる少女だと分かると、とたんに態度を崩し、いかめしい態度をとる。

えふ社長「…君が何を知ったのかは知らんが、これ以上のことをするなら、…ほたると同じようになってもらわなくてはいけなくなる」

みく「…やってみればいいにゃ。社長さんのお仲間に電話してもいいよ。…繋がるならね」

氷を思わせるような生気を伴わない声に、社長は知らぬ間に冷や汗をかく。
一瞬で気圧されたことを悟られぬよう、何とか取り繕った余裕で電話を取り出し、えふPに電話を掛ける。
この大人を馬鹿にする小娘に、社会の恐ろしさを教えてやろうと。

しかし、コールは続くがまったく応答が返ってくる気配がない。
冷や汗の量が増す。次々に別の人間に連絡する、だが、誰も応答しない。
焦り、脂汗で滑る手が電話を取り落す。

みく「みんな死んでるんだにゃあ」

それを笑うように響くみくの声は社長の焦りに火をつけた。
怯えを隠し切れない社長がアタッシュケースから取り出したものは一丁の拳銃。

みく「…外道が」

黒光りするそれは、人を殺す凶凶しさを微塵も隠さず、視線をいやがおうにも集める。

えふ社長「君がいけないんだ、そう、君がいけないんだよ。大人を脅すんだからねえ、さて、前川くん。ここで死んでもらおうか」

みく「外道の言うことはいつも同じ、答えはノーにゃ」

えふ社長「ハハハ、…もしそうだとして、前川くん。生き残った君はその情報をどうするつもりかな?」

社長の目はまだ怯えが残る、そうでありながら、その目に映るは濁った勝者の喜び。

えふ社長「マスコミ関係はすべて私が抑えているんだ。私に怯え、過ごす日々は辛いと思うよ? アイドルだって廃業しなくちゃいけない。それに…」

みく「うるさいにゃ、外道」

社長の言葉を遮るみくの言葉。
その言葉に、怯えきっていた社長はついに激昂した。

えふ社長「黙って言わせておけば…死ねッ!!! 屑が!!!」

社長は銃弾を放つ。その弾道は間違いなくみくの脳天を貫き、脳髄を飛び散らせる。

はずだった。


みくはひゅっと息を吐くと背中に隠し持った日本刀を抜き放ち、弾丸を斬る。
卓越された達人の動きは、ある意味では野獣のようであり、またある意味では時を止める芸術だという。
その言葉を体現するかのようにその動きは荒々しく、それでいて精巧。
そしてみくは抜身の刀を手に、社長へと銀閃を放つ。

驚いた社長は、いや、常人なら誰であろうとみくの動きには付いていけない。
二十メートルはあるだろう距離を一瞬で詰め、そのまま一閃、二閃と刀を振る。それだけで二人の交錯は終わった。

拳銃もろとも細切りにされていく両手を社長は驚愕の表情で見つめ、数瞬の後、悲鳴を上げる。

えふ社長「ガ、アアアアアァァァァァ!!! う、腕が、私の腕が!」

地面に蹲り、溢れ出る血を眺めながら苦痛に顔を歪める社長。
そしてつかつかと近づいてくる足音に怯え、後ずさりながら必死に助けを乞う。

えふ社長「や、止めて、な、何が望みだ!? 金か? 名声か? そのどちらでも思うままにくれてやる、だから…!」

社長の絶叫をみくはただ一言で切り捨てる。
その声は、地の底から聞こえたかと思うほど低く、冷たく、その目は、既に人のモノでは無かった。

みく「―地獄に、堕ちろ」

―病院

TV『今日未明、○○市の工場跡地で、男性の遺体が発見されました。遺体はFプロダクションの社長、えふ社長氏と見られ、警察は…』

茄子はほたるの眠る病院でその報を聞く。

茄子「…やってくれたよ、ほたるちゃん」

茄子はそう言い、意識の無いほたるの髪を撫でる。
こんなことを、おそらく彼女は望まないだろう。それを分かってなお、茄子はほたるが救われたことを心の底から喜んでいた。

茄子「ねえ、ほたるちゃん。人の幸不幸なんて分からないね」

茄子は目を開かないほたるに語り掛ける。

茄子「私はね、きっと地獄に落ちる。でも今までの幸運の代償かもしれないって思ったらちょっと気が楽なの」

茄子「たぶん私の幸福はいろんな人に分け与えるために手に入れたんだって思ってた。でも、もしかしたら、ここで貴女を助けるためのものだったのかもしれない」

茄子「だから、ほたるちゃん、ごめんね。私はほたるちゃんと一緒に輝けない。自分の幸福を、人を殺すために使っちゃったんだから」

茄子はそうつぶやき、最後にほたるの顔を撫で、笑顔で病室を立ち去ろうとする。
だが、何かが彼女の裾をつかんで離さない。

茄子は振り返る。

意識を失ったはずのほたるの手が、しっかりと茄子の服を握っていた。
茄子は驚き、そしてほたるの頬に伝う雫を見て、顔を崩し、涙を落とす。

茄子「いいの? 本当に良いの? ほたるちゃん、私なんかが、私なんかが傍にいて」

茄子の涙は止まらない。その雫に反射する朝日は、星々のように輝いていた。

―数週間後、某ロケ会場

にゃんP「おお、ミス・フォーチュン復活か。いやあ、ほたるちゃんが事故に遭ったりえふ社長が殺されたり、一時期どうなるかと思ったが、よかったよかった」

静岡P「ホントですか、にゃんPさん! うわあ、本当によかったですね」

にゃんP「ああ、まあ、うちの連中にとってのライバルがまた一つ現れたってのはあるけどな」

静岡P「あはは、…あれ、ところでにゃん・にゃん・にゃんの三人は?」

にゃんP「ん? もうそろそろ来るはずだが…、噂をすれば何とやら、だな」


みく「…正直に言うにゃ、みくのハンバーグを焼鮭に変えたのはのあちゃんでしょ!」

のあ「…証拠無き真実は真実とは呼ばないわ、みく。憶測で物を言うのは避けるべき…にゃん」

みく「フシャァー! 取って付けたように媚を売りやがったにゃ!」

アーニャ「みく、落ち着いてほしい、にゃん」

飛鳥「…いやあ、元気だね、222プロは」

時子「フンっ、行くわよ、飛鳥、くるみ」

くるみ「ま、待ってくだしゃいぃ…」


静岡P「…ハハハ、やる気だな、時子の奴。まったく、今調子がいいからって」

にゃんP「おう、じゃあ行きますかね、現状に安心できない身分でもあることだし」

静岡P「調子がいい悪いは表裏一体…あれ? これって何ていうんでしたっけ」

にゃんP「ん? あー、ちょっと違うがアレじゃないか?」


―『禍福は糾える縄の如し』ってヤツ。


偶像仕事人『禍福は糾える縄の如し』(了)

これにて終了、閲覧感謝します。

時子さんが加担していないのは、作品にもよりますが、手配役は余り直接行わないので。やるとしたら飛鳥と同じく絞殺かな。

個人的には必殺シリーズよりブラックエンジェル分が強め。展開は少し強引でしたが、まあ、必殺っぽく絞殺、武術による殺人、日本刀出せたからいいかな、と。

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