ブラックジャック「ハンカチ王子?」 (64)

某ホテルにて

斉藤「はい。僕は嫌ですが、一時期そう呼ばれていました。
僕をご存知ですか?」

BJ「覚えているさ。つまり君は…斎藤佑樹だな?」

BJは斉藤の顔を指差した。

斉藤「はい。日本ハムファイターズの斉藤です。」

なぜか彼はドヤ顔をしている。

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BJは興味なさげに窓から外を見た。

BJ「そんな王子様が私に何の用かな?」

斉藤「先生…今、僕がどんな状態かご存知ですか?」

BJ「知らんね。プロ野球はあんまり見ないんだ。」

斉藤「あれほど球界で注目を浴びた僕は、今や2軍で飼い殺し
されているんです!」

彼は声を荒げた。

BJ「それは、実力が無いからだろう?」

斉藤「違います!怪我のせいです。」

BJ「怪我ねえ…」

BJはニタニタ笑っている。

斉藤「自己管理が甘かったことは認めます。だから僕は
地道にリハビリを重ねて、怪我はほぼ完治しました。」

斉藤「問題は、怪我が治っても1軍に定着させてもらえない
ことです!僕には自信があるのに!」

斉藤は拳を握りしめた。

BJ「2軍での成績は良いのかね?」

斉藤「あんな酷い所で、真剣に投げられるはずがないでしょう!?
みんな下手でエラーだらけだ!」

BJ「それは君も同じだろう?」

斉藤「なんですって?」

BJ「君は投手として役に立たない、だから2軍に残っている。
違うかね?」

BJは伸びをしながら言い放った。

斉藤「それは違う!僕には才能がある!まだ調子がよくない
だけなんだ!」

BJ「あきれたものだな…」

>みんな下手でエラーだらけだ!

イースタンリーグ失策数ランキング
1宇佐美 35個(日本ハム)
2森本龍 20個(日本ハム)
3松本剛 19個(日本ハム)
4飛雄馬 15個(デ)
5内田 12個(楽天)

一理あるカニ

斉藤「それに、何回か1軍でも投げています。この前は2年ぶりに
勝利投手にもなりました。監督も目を覚ましたはずです。」

しかし彼は浮かない顔をしている。

BJ「結構なことじゃないか。なおさら私に会う理由はない。」

斉藤「その後すぐ…肘のじん帯が断裂したんです。」

BJ「じん帯か…。選手生命が危ういわけだ。」

斉藤「そうです…。だから、先生に手術を頼みに来たんです。」

BJ「肘が治れば、君は活躍できると?」

斉藤「もちろんです。時間がかかってもいい。肘さえ治れば…」

彼は、シーズン25勝を達成する自分を想像した。

斉藤「フハハハハハ!」

BJ「…まあいい。私は医者だ。金さえあれば、手術はする。」

斉藤「僕はプロ野球選手ですよ?お金ならあります。」

BJ「じゃあ、今度私の家に来てくれ。住所は教える。」

斉藤「はい。よろしくお願いします。」

斉藤はホテルをあとにした。

一週間後…

BJ「連絡があったよ、今日、ここに来るそうだ。」

ピノコ「うわーい!はんかち王子見たかったのよのさ!」

BJ「何が王子だい。彼はもう26だぞ。」

ピノコ「べー!」

コンコン
扉をノックする音がした。

ピノコ「ぴやっ!来たのよのさ!ピノコはずかちい!」

ピノコは奥の部屋に飛び込んだ。

BJ「なんで隠れるんだ…まったく。」

ガチャ

斉藤「先生、今日はよろしくお願いします。」

BJ「まあ、入りたまえ。」

彼は斉藤を椅子に座らせた。

斉藤「2000万円はここにあります。」

斉藤は持っていたブリーフケースを開けた。
たくさんの札束が入っている。

BJ「いいだろう。すぐに始めよう。ただし…」

彼は念を押した。

BJ「私は君の肘を治す。完璧に。だが、その後活躍できる
という保証はしない。それは君の責任だ。」

斉藤「分かっています。」

BJ「じゃあ、入りたまえ。」

彼は斉藤を手術室へ招き入れた。

準備は整った。

BJ「では、これから右腕の側副靱帯再建手術、いわゆる
トミー・ジョン手術を開始する。」

BJ「私なりの方法でな。メス!」

ピノコ「あい」

2時間後…

BJ「縫合終わり。これでよし。」

ピノコ「先生、はんかち王子かちゅやくできゆかな?」

BJ「どうだろうな、それは彼次第だ。」

BJ(今のままでは難しいだろうな…)

翌日

BJ「知っているとは思うが、この手術には長期間のリハビリ
を伴う。復帰は手術から12~16ヶ月先だと言われている。」

斉藤「ええ…覚悟はできています。」

斉藤はベッドの上で険しい表情を浮かべている。

BJ「ところがどっこい、だ。私は無駄に長いリハビリが
気の毒でね。少し工夫させてもらった。」

斉藤「はい?」

BJは近くのカバンから、妙なシートを取り出した。

斉藤「何ですか?それ。」

BJ「これは特殊な、ちょうど人間の腱のような繊維性の
素材でできている。」

BJ「これを、君の肘の骨に直接埋め込んだ。」

斉藤「う、埋め込んだ?」

BJ「通常は反対側の腕などから正常な腱を移植する。しかし
これだと腱が定着するのを待たなくてはならない。」

BJ「だがこの素材は、その腱が位置するべき骨に、腱の代わりとして
埋め込むことができる。そして人間のどの腱よりもはるかに切れにくい。
慣れるだけでいい。」

斉藤「じゃあ…リハビリ期間は?」

BJ「2ヶ月だ。」

斉藤「そんな…信じられない!」

BJ「本当だ。試しに動かしてみろ。」

斉藤は右腕を挙げてみた。
すると、肘から先も動かせるではないか!

斉藤「う、動く!痛みも無い!すごい!フハハ!」

BJ「すぐにボールを投げられるようになる。」

BJはカバンに謎の素材をしまった。

斉藤「こんなに簡単に済むのに…なぜその素材は
使われないんですか?」

BJ「これはアメリカで作られたばかりの素材だ。
まだ実用性は研究中。だから発表はされていない。」

BJ「それを、ちょっぴりいただいたワケだ。」

斉藤「そんな物…人間に埋め込んで大丈夫なんですか?」

BJ「君が実験台だな。だが人体に害が無いことは
すでに解明されている。心配するな。」

BJは部屋を出て行った。

斉藤(2ヶ月!シーズンには間に合わないけど、春期キャンプ、
オープン戦なら大丈夫だ!やったぞ!)

斉藤は術後の経過を見るために1週間、BJの家にいたが、
問題は無いので帰ることになった。

斉藤「先生…ありがとうございました。感謝しきれません。」

彼はBJの手をかたく握った。

BJ「リハビリは最後まで続けるんだな。」

斉藤「ご心配なく、2ヶ月なら軽いもんです。」

ピノコ「ねーえー、サインちて。」

斉藤「え、いいよ。」

斉藤は右腕を使ってすらっと色紙を書いた。

BJ「さっきも言ったように、半年後に必ず来てくれ。
日時はまた連絡する。」

斉藤「もちろんです。では先生、ありがとうございました。」

斉藤は嬉しそうにスキップしながら去って行った。

そして半年が経った。 2月である。


BJ「寒さは続くな…ピノコ!ストーブ
つけてくれ!」

BJ(おっと、あいつは出かけてるんだったな。)

コンコン

BJがドアを開けると、斎藤佑樹が立っていた。

BJ「おいでなすったな。だが、まだ午前8時だぞ。」

斉藤「一刻も早く…お会いしたかったんです。」

彼の表情は暗い。

BJ「中も寒いが、入りたまえ。」

斉藤は中に入ってきた。

BJ「それで…どうだ?あれから…」

斉藤は吐き出すように言った。

斉藤「どうもこうもない!全然ダメです!」

斉藤「試合をやっても相変わらず打たれる!チームメイトも、
監督も、僕を邪魔者のように扱う!何も変わらない!」

彼は拳を振り回した。

斉藤「肘が治っても変わらないんです!」

BJ「そうだと思ったよ。」

BJは不適な笑みを浮かべた。

斉藤「な、なんですって?」

BJ「肘が完治しても、君が選手として活躍できるとは
思っていなかったってことだ。」

斉藤「じゃあ、なぜ…!?」

BJ「君と初めて会った後、ちょっと調べたんだ。君の
成績と、言動とかをね。」

BJ「そして、君の不振には大きな精神的原因があると
分かった。しかし私は精神科医ではない。」

BJ「私にできる治療は、この程度だ。効果はてきめん
だと思うがね。」

BJが合図をすると、奥の部屋から誰かが出てきた。
斉藤はその人物を見て、驚いて飛び跳ねた。

斉藤「た…田中!?」

そこに立っていたのはかつてのライバル、田中将大だった。

田中「よお、久しぶり。」

田中は照れ笑いを浮かべている。

斉藤「むこうから…帰って来たのか?」

田中「ああ、おとといだ。ブラックジャック先生から
連絡があってな、急いで来たんだ。」

斉藤「でも…なぜ?」

田中は真剣な顔つきになった。

田中「斉藤、俺がなぜ24勝を達成できたか、ヤンキース
に行けたか…分かるか?」

斉藤「それは…お前にすごい才能があるから…だろ?」

田中は首を振った。

田中「それは違う。俺にたいした才能は無い。」

田中「決勝でお前に負けた時…本当に悔しかった。俺は
ずっと…天才だ、天才だと言われ続けていたんだ。」

田中「決勝までは、メディアも俺をこぞって賞賛した。
だが全部お前が持って行ってしまった。」

斉藤は黙って話を聴いている。

田中「その後楽天に入っても、俺は自分の才能を信じて、
練習をおろそかにした。チームメイトにも偉そうな態度を
とっていた。」

田中「でも…シーズンで初登板した時、俺は打たれまくった。
全然ダメだったんだ…みじめだったよ。」

斉藤「…」

田中「2回すら投げられなかった。ベンチへ戻ったとき、
涙が止まらなかった。あの日、俺は変わったよ。」

田中「自分が…ただ自惚れているだけだと気づいたんだ。
俺の才能なんて、プロでは役に立たなかったんだ。」

田中「それから、俺は勝つことだけを考えるようにした。
勝つために練習する。全ては勝つために。自分に念じた。」

田中「俺も、去年肘を怪我した。期待されていた分、辛かった。
でも落ち着いて、しっかり治すことだけを考えた。勝つために。」

彼は斉藤に駆け寄り、肩に手を置いた。

田中「斉藤。お前は、俺よりもずっと才能がある。お前は甲子園で
一番輝いていた。でも、今のお前は腐っている。」

田中「才能は伸ばすものだ。ただそれに甘んじていただけでは、
何の意味も無いんだ!お前もそれに気付いたんだろ!?なぜ
変えないんだ!その考えを!」

田中の手に力が入る。

田中「俺はもう一度、お前と戦いたい!あの時と同じ、強い
お前と!…俺は向こうで待ってる。だから、お前は…自分を
取り戻してくれ!!」

斉藤はしばらく黙っていたが、やがて椅子に
座り込んだ。

斉藤「先生…僕の成績、調べたんですよね。」

BJ「ああ、しっかり頭に入ってるよ。カルテとしてね。」

斉藤「僕の一年目の成績…教えてくれませんか。」

BJ「6勝6敗だ。」

斉藤「そうかあ…一番良かった年で、その程度かあ…。」

斉藤「すごい記録を作ってやろう、って思ってたのに…
その程度で満足してたのかあ…。ははは…」

BJ「…」

斉藤「田中…僕は…間違えていたのかな…」

田中「斉藤、キャッチボールをするぞ。」

斉藤「え…?」

田中「肘、治ったんだろ。ボールも、グラブもあるぞ。」

田中「投げながら話そう。色々なことを。」

斉藤「そうだな…」

2人は外に出て、キャッチボールを始めた。
それは昼過ぎまで続いた。

部屋に戻った時、斉藤の顔は晴れ晴れとしていた。

BJ「どうだ?目が覚めたか?」

斉藤「ええ…僕はバカでした。もう仲間にも、監督にも
迷惑はかけたくない…僕は練習します!」

BJ「そりゃあ、よかった。」

斉藤「よおおおし!やるぞおお!」

彼は再び部屋を出て、いきなり腕立て伏せを始めた。

BJ「変な奴だ。」

田中「ええ…。そういえば先生、ご存知ですか?」

BJ「何を?」

田中「人間の腱に代わる、新しい医療器具が開発された
んです。それを使えば、じん帯の手術に驚くべき革新を
もたらすらしいですよ。」

BJ「それはもしかして、『ファイバー・テンドン』とか
いう素材のことかい?」

田中「ええ。すでに、MLBの選手のトミー・ジョン手術
にも使われるらしいです。術式の名前自体、変わるかも
しれませんが。」

BJ「そうか…フフフ…それは良かった。」

田中「どうしたんですか?」

BJ「何でもないさ…。ただ、その使用方法が発表されなか
ったら、誰かが困っていたと思ってね…フフフ」

外の寒さは薄れ、春の風が吹き始めた。

2016年 7月21日 デトロイト、コメリカ・パーク

デトロイト・タイガースのベンチ横にて

男「それでは、斉藤選手のインタビューです。」

男「斉藤選手、よろしくお願いします。」

斉藤「お願いします。」

男「まずは今日の完封勝利、おめでとうございます。」

斉藤「ありがとうございます。」

男「この試合を含め、13勝2敗。防御率も1.89と新人賞
まっしぐらですが、この成績をどう見ますか?」

斉藤「そうですね…僕は、チームが勝利するために投げて
いるんです。僕の登板が、よりタイガースを優勝に近づける
ことができれば、僕は満足です。」

男「では、同じく13勝をマークしているヤンキースの田中選手
について、どう思われますか?やはり、ライバル意識はあり
ますか?」

斉藤「ライバル?そんなの、昔の話です。」

斉藤は笑い、ハンカチを出して汗を拭いた。

斉藤「彼は…僕のあこがれです。彼の存在が、僕を救って
くれた。ぼくはこのメジャーという舞台で活躍することで
彼に恩返しをしたいんです。」

その時、ベンチの中からにこやかな大男が現れた

カブレラ「オーウ、サイトーウ、サイトーウ。」

カブレラは斉藤に抱きついた。

斉藤「フハハハ!ノー!ノー!」

他のチームメイトもベンチから現れ、
斉藤は彼らと談笑しながら、ベンチの奥へと消えていった。


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