淡「咲は私の言うとおりにしてればいいんだから!」 (600)

咲-Saki-のifストーリー

咲さんは臨海女子に通ってます

淡が恋愛100年生(プレイガール)です

週一更新

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1407217808

ぼんやりと、淡は物思いに耽っていた。

その姿を見た2軍の麻雀部員たちは、憂い顔の大星さんも可愛い!と囁き合う。
決して考え事をしている淡を邪魔しないよう、小声で。

ここ白糸台高校で、淡は名門麻雀部唯一の一年レギュラーとして特別視されている。
加えて大星家の財力は半端なものではなく、学園にもかなりの寄付をしていた。

これで注目を浴びない方が、どうかしている。

学校内には多くのファンがいて、こうしてほーっとしているだけでも誰かしらに視線を向けられしまう。

だが淡にとってそんなことは、慣れたもの。
どこともなく目の前の光景を眺めていた。

誠子「よっ、淡。何考え事してるんだ?」

尭深「もしかして立ったまま寝てるとか?」

丁度通り掛かった先輩達に声をかけられる。

淡「寝てないし。目、開けてるでしょ」

尭深「淡ちゃんなら出来そうだと思って」

淡「どういう意味だよタカミー!」

不機嫌そうに言い返す淡を見て、誠子がたしなめる。

尭深「ずばり、新しい獲物探していたとか?」

二人は淡が見てた方向に目を向ける。
少し離れた場所で、恋人同士なのかじゃれあっているカップルがいた。

誠子「はあ…また人の物に手ぇ出すのか?」

淡「またって、何よ」

誠子「前に揉めたこと忘れたのか、バカ」

淡「バカって言うな」

誠子「じゃあ、覚えてるよな。彼女と別れてまで付き合ったのにヒドイって、乗り込みして来た女子の件」

淡「そんなことあったっけ?」

尭深「誠子ちゃん、駄目だよ。淡ちゃんには何言っても無駄だから」

来るもの拒まず、去るもの追わず。
この学校に入って、淡の付き合った相手の数は片手じゃ足りない。

気に入ったら、恋人がいようがおかまいなし。
そのくせ、飽きたら即捨てる。

そんなヒドイ女、誰にも見向きされないのが普通なのに
未だに淡と付き合いたい女生徒は後を絶たない。

不思議な話だ。

淡「言っとくけど、別にあのカップル達になんて興味ないから」

誠子「じゃあ何で見てたんだ?」

淡「見てないよ。ちょっとぼんやりしてただけ」

そんな中、尭深が恋人達の方を見て「あ」と声を上げた。

尭深「ひょっとして淡ちゃん、あの子達のことが羨ましいんじゃない?」

淡「はあ?」

尭深「だって、淡ちゃんの付き合い方っていつも長く持たないじゃない」

尭深「あんなほのぼの幸せそうなやり取り、したこと無いでしょ?」

意地悪く尭深は笑う。

淡「ふん。庶民の幸せなんて、私の足元にも及ばないし」

そのまま二人の前を通り過ぎ、淡は歩き出す。

本当はわかっている。
尭深に指摘された通り、先程の名前も知らない恋人達を見ていた。

お互いがお互いを見つめて、蕩けそうな顔して笑っている。
幸せだと纏ってる空気でわかる。

庶民の恋愛だとバカにしても、何故か虚しい。

そう、淡はあの二人が羨ましかった。
自分にもあんな風に目と目を見ただけで幸せだと思えるような相手が欲しい。

いつも手にするのは淡の上辺しか見ようとしない人ばかり。
運命の相手なんか信じていないけれど、巡り合えたらどんなに幸せだろう。

尭深達が知ったらきっとからかわれるに違いない。
だから誰にも言わない。心の中の一番奥に仕舞ってある秘密。

インターハイ県予選が始まる頃。
一軍の部室ではレギュラー達が練習に明け暮れていた。

菫「よし。今日のところはここまで!」

部長の菫は三連覇に向けてやけに張り切っていた。
が、チーム虎姫一の実力者である照は何やら憂い顔だ。

誠子「元気ないですね、宮永先輩」

照「…そう?」

菫「ははーん。お前まだ妹のことが諦めきれていないのか」

照「だって…咲と一緒に麻雀したかったのに…」

淡「……妹?」

ふいに聞こえてきたその言葉に淡が反応する。

淡「テルー、妹なんているの?」

照「うん、いるよ。二つ下なんだ」

淡「へえー。で、何組なの?」

照「妹は…うちの学校に入らなかったんだ」

淡「へっ?」

姉妹なのに別の高校に通う理由が分からない。
淡は訝しげに尋ねた。

淡「で、その妹さんはどこの学校に通ってんの?」

照「……臨海女子」

東京では白糸台と並ぶ麻雀の名門校ではないか。
ますますもって分からない。

淡の物問いたげな視線に気づいたのか、照がため息をつきながら応える。

照「憧れの人が通ってるんだって」

淡「憧れの人?」

照「その人と一緒に麻雀がしたいからって、咲は臨海を選んだんだ」

淡「へぇー…」

照の妹。一体どんな打ち手なのだろうか。
少し、いやかなり興味がある。


――――



――――


淡「ここが臨海かー」

淡は臨海女子の校門前に立っていた。
照の妹を偵察する為だ。

淡「…そういえば、下の名前聞いてなかった」

顔も名前も知らずに、臨海に来てしまったことを今思い出す。

淡「ま、いっか。何とかなるでしょ!」

見ればわかるだろうと、堂々と校舎の中に入り麻雀部部室を探してまわる。

淡「あ、ここだね。よし…」

ドアを薄く開け、中をそっと覗いてみる。
が、どうもそれらしい人物は見つからない。

淡(は、ははーん。さては私が偵察来ると察して警戒してるのかな?)

そうとでも思い込まなければ、やっていけない淡だった。
ここまで足を運んで何も情報を得ず帰るなんて冗談じゃない。

誰でもいい。
適当に捉まえて照の妹の情報を聞き出そう。

そう思い、淡が身を翻した瞬間。

?「きゃあっ!」

淡「わっ!?」

突然視角に現れた少女とぶつかってしまう。

淡「ちょっと!急に廊下の向こうから出てこないでよ、危ないじゃない!」

?「あ、ご、ごめんなさい」

?「あの、怪我とかしませんでしたか?」

小さくなりながら、少女が申し訳無さそうに声を掛けてきた。

淡「それは大丈夫だけど」

?「そうですか。よかった…じゃなくって、本当にごめんなさいっ」

また少女は謝る。
ごめんなさいしか浮かばないのかと、淡はつまらなさそうに少女を見つめた。

淡「謝らなくてもいいけど。その代わり」

びくっと、少女は肩を竦める。
何を要求されるかと、怯えているようだ。

小動物そっくりな様子に少し笑ってしまう。
意地悪な気持ちが湧き、淡は一歩距離を縮める。

すると少女は一歩下がる。

淡「白糸台の大星淡」

?「えっ?」

淡「私の名前。名乗ったんだから、あんたも名前教えてよ」

少女は一瞬きょとんとした後、ああ、と微笑んだ。

?「お姉ちゃんとこの学校の。そういえば制服もお姉ちゃんと同じだ」

気づかなかったよ、と少女はマイペースに頷いている。

淡「で。あんたの名前は?」

咲「あ、ごめんなさい。私は宮永咲といいます」

ぺこっと礼儀正しく頭をさげる少女に、淡はしばし絶句した。
まさか目の前の少女が照の妹だったとは。

咲「あ、あの…?」

訝しげに声をかけてくる咲に、気をとりなおして応える。

淡「ふーん、咲か。覚えたからね」

咲「え、あの?」

淡「今度あんたんとこの部長に言っとくよ。おたくの部員にぶつかられたって」

咲「え」

一瞬で固まる咲の表情。

辻垣内智葉は厳しい部長としても有名だ。
ちょっとからかってやろうと淡は声をあげる。

淡「あー、さっきぶつかられたとこが痛いなー」

淡「骨に異常とかあったらどうしよっかなー」

咲「あ、あわわ…」

淡の言葉に咲は慌てふためく。
そんな咲の様子に、淡はこっそりほくそ笑んだ。


これが宮永咲との出会い。

淡が初めて出会った、思い通りにならない相手だった。


――――



――――


練習が終わったら、すぐ校門まで来いとの命令に咲はちゃんと来た。

咲「あの、これからどうするつもり…?」

待たせておいた車に、乗れと指示をする。

初対面の人間の所有する車だからか、咲も不安げにしているが
構わず淡は中へと押し込んだ。

淡「そんなに心配しないでよ。別に誘拐しようなんて思ってないから」

咲「そ、そうですか」

ビクビクする咲が可笑しくて、思わず堪えていた笑い声が漏れてしまう。

咲「何で笑ってるの?」

淡「べっつにー」

そうこうしている間に、車が停まる。

淡「着いたよ。降りて」

淡の言葉に咲は素直に車から降りた。

咲「あ、ここって…」

周囲を見て気付いたようだ。

淡「行くよ」

咲「ねえ、どういうこと?」

質問する咲を無視して淡は歩くように促す。
訝しい顔をしたものの、咲は渋々足を動かした。

校門をくぐり、目的地へと辿りつく。
そこは咲の姉である照が通っている白糸台高校だった。


きょろきょろともの珍しそうにあたりを見回す咲を横目で見やりながら
ひたすら廊下を歩きつづけ、たどり着いた麻雀部部室のドアを開けた。

誠子「淡!お前練習さぼってどこ行ってたんだよ」

誠子が呆れたように声をかけてきた。
その横には、座ってお茶を飲んでいる尭深。

咲は二人をまじまじと見つめる。
視線に気付いた誠子も、咲を上から下まで興味深そうに眺めた。

誠子「その子は何なんだ?」

淡「宮永咲。テルーの妹だよ」

誠子「え…」

一瞬ぽかんとする誠子だが、すぐに我に返るとあたふたと喚き出した。

誠子「お、お前っ!何先輩の妹さん連れてきてんだよ!」

淡「ちょっと先輩方にこいつの実力を見てもらおうと思ってね」

咲「えっ」

淡の言葉に思わず声を上げる咲。

咲「どういうこと!?」

淡「見てわかんないの?今からあんたは私たちと打つから」

咲「な、何で!?そんな勝手に…」

慌てふためく咲に、淡は腕を組みながら告げる。

淡「そう、やりたくないんだ。ならさっきの件を辻垣内に報告しちゃおっかなー」

咲「わかったから!やればいいんでしょ」

肩を落とす咲を見て、誠子と尭深が顔を見合わせた。

淡が自分から誰かに勝負しようと持ちかけるなんて珍しい。
しかし、照の妹である咲には二人とも興味を持っていた。

誠子「私は亦野誠子と言うんだ。よろしく」

尭深「渋谷尭深です。よろしくね」

咲「あ、どうも…」

淡「挨拶はその位にして、さっさとはじめるよ。咲」

咲「え、うん…あ、名前」

淡「別にいいでしょ。宮永じゃ先輩とかぶっちゃってややこしいし」

淡「あ、私のことも淡でいいから」

咲「う、うん」

そっけなく言う淡に咲はこくりと頷いた。

淡「じゃあ、はじめるよ」


淡(ふん。思いっきり恥をかかせてやるんだから…!)

手を抜くつもりもなく、最初から淡は全力だった。
当然勝つと思っていた。

淡「嘘…」

だけど、結果は敗北。
呆然とする 淡をよそに、尭深は淡々と結果を告げる。

尭深「咲ちゃんが1位、淡ちゃんが僅差で2位。私が3位でラスが誠子ちゃん」

淡は無反応のまま動かない。相当ショックだったようだ。

誠子「さすがは宮永先輩の妹さん。完敗だよ」

咲「いえ、そんな」

尭深「でも淡ちゃんも惜しかったね」

尭深に話しかけられ、ようやく淡は自分を取り戻す。

淡「ふ、ふん。こんなのマグレなんだからね!」

強がる淡に向かって、咲はにこりと微笑んだ。

咲「淡ちゃん、強いんだね。私、すっごく楽しかったよ!」

淡「……っ」

何だろう、今。
確かに心臓がはねる音がした。

尭深「咲ちゃん、よかったらお茶でも飲む?」

誠子「ああ、そろそろ弘世先輩と宮永先輩も監督とのミーティングから戻ってくる頃だしな」

尭深「そうだね。皆でお菓子でも食べて待ってようよ」

咲「あ、すみません。私そろそろ帰らないといけませんので」

誠子「そうか。今日は淡が無理矢理連れてきてしまってすまなかったね」

咲「いえ。皆さんと打てて楽しかったです」

尭深「また遊びにおいでね」

咲「はい」

和やかに交し合う先輩たちと咲との会話に、はっとして淡は我に返る。

淡「咲!今日は負けたけど、今度は絶対勝つから!」

咲「うん。また打とうね」

お邪魔しました、と咲はぺこりと頭をさげて部室を出ていった。

誠子「あれが宮永先輩の妹さんか~、いやほんと強かったな」

尭深「そうだね。淡ちゃんと良いライバルになれそう」

淡「ライバル…」

淡がぼそっと呟くと同時に、部室のドアが開いた。

菫「皆、待たせたな」

照「全く監督の話は無駄に長いんだから…」

誠子「先輩方お疲れさまです」

尭深「あ、宮永先輩。今しがた先輩の妹さんがいらしてたんですよ」

照「えっ、咲が!?」

尭深の言葉に照が目を見開く。

照「それで、咲はどこに!?」

誠子「もう帰っちゃいましたよ」

照「……そう」

がっくりと照が肩を落とす。

菫「しかし何だって照の妹さんがここに?」

尭深「淡ちゃんが連れてきたんです」

照・菫「は!?」

翌日。

さすがに2日連続で部活をサボる訳にいかないので
終わると同時に、淡は臨海女子へとお付きの運転手に車を走らせた。

昨日は菫と照に「勝手なことをして」とがっつり怒られてしまった。
が、淡は全く懲りていない。

それどころか、どうしても咲に勝ちたくて
またこうして会いに来る始末。

淡「今度こそあいつにぎゃふんと言わせてやるんだから!」

拳を握りしめ、淡はずんずんと歩き出す。
麻雀部の部室前まで来ると、ドアをそっと開けて中を覗いた。

淡(咲は…咲はどこ?)

きょろきょろと中を見渡すと、お目当ての少女の姿が見えた。

淡(いた。なんだ、辻垣内と一緒か)

いきなり声を掛けて、二人の反応を見てやろうと考える。

淡(堅物で有名な辻垣内は、勝手に入ってくるなとか怒りそうだけどね)

二人に近づこうと意気込んだところで、ふいに淡は動きを止めた。
智葉の方は何か咲に指導しているらしく、真面目で威厳のある顔をして話している。

部長らしい態度でこれは問題は無い。

対して聞いている咲は、神妙に頷いているけれど。

淡(あいつ、もしかして…)

ただの部長として見てる目では無い。咲の時折覗かせる表情からピンと来る。
熱のこもった視線で智葉を熱心に見つめている。

淡(そういえば、咲は誰かに憧れて臨海に入ったってテルーが言ってた)

淡(……うん。間違いない)


宮永咲は、辻垣内智葉に対して特別な感情を抱いてる。


智葉だけを写しているであろう咲の大きな目。
いつか見た恋人達と似ているようで、少し違う。

同じように見て欲しいのだろうか。
満たされず、寂しそうにも見えた。

書き溜め分終了です。
次は5日後の日曜に投下予定です。

しつこくてすみませんが、荒らしは華麗にスルー!でお願いします。


早く完結まで読みたい
あと荒らしもそれに構う奴もひたすらスルーして書き続ければええんやで?自動保守みたいなもんだから

>>24
スレが荒れてるのを見ると書く気力を失いますので。
なので絶対に荒らしには構わないでください。切実にお願いします。

京太郎「この話はIfですが、実際の咲と淡は俺のチ○コ奪い合っております^^」


京太郎「これから2人ともしっかり雌豚として調教していくのでどうか4649~(^_^)v」

わざと乱暴に、淡は部室のドアを開けた。
その音に咲と智葉が同時に振り返る。

咲「あ、淡ちゃん!?なんでここに…」

大きく目を開ける咲を無視して、淡は智葉へ声を掛けた。

淡「どーも、お邪魔しまーす!」

智葉「何だお前は。他校生が勝手に部室に入ってくるな」

淡「まあまあ、固いこと言わない」

智葉「その制服、白糸台の…ああ、期待のバーーーローー年か。で、うちに何の用だ?」

淡「私と同じく有能な一年が入ったらしいって聞いたから、ちょっと偵察にね」

意地悪く笑って咲を見ると、何を言われるのかと顔を引き攣らせている。

智葉「練習の邪魔だ、とっとと帰れ」

淡「あ、そう。ならしょうがないなあ」

大袈裟に肩を竦めてみせる。
淡が帰るのかと思ったのか、咲の顔から緊張が抜けていくのが見える。

淡「じゃあ、校門で待ってるからね。咲」

突然出された名前に、咲も智葉も「は?」という顔をして固まってしまう。
吹き出しそうになるのを堪えて淡は踵を返した。

智葉「宮永、奴と知り合いだったのか?」

咲「えっ!?ええと、その…」

慌てふためく咲の声が耳に届く。

淡(くすくす。予想通りの反応だなぁ)

楽しいおもちゃを見付けた気分だ。
してやったり、と淡は薄く笑う。

まだまだ、楽しいことはこれからだ。


――――

わざと乱暴に、淡は部室のドアを開けた。
その音に咲と智葉が同時に振り返る。

咲「あ、淡ちゃん!?なんでここに…」

大きく目を開ける咲を無視して、淡は智葉へ声を掛けた。

淡「どーも、お邪魔しまーす!」

智葉「何だお前は。他校生が勝手に部室に入ってくるな」

淡「まあまあ、固いこと言わない」

智葉「その制服、白糸台の…ああ、期待の新一年か。で、うちに何の用だ?」

淡「私と同じく有能な一年が入ったらしいって聞いたから、ちょっと偵察にね」

意地悪く笑って咲を見ると、何を言われるのかと顔を引き攣らせている。

智葉「練習の邪魔だ、とっとと帰れ」

淡「あ、そう。ならしょうがないなあ」

大袈裟に肩を竦めてみせる。
淡が帰るのかと思ったのか、咲の顔から緊張が抜けていくのが見える。

淡「じゃあ、校門で待ってるからね。咲」

突然出された名前に、咲も智葉も「は?」という顔をして固まってしまう。
吹き出しそうになるのを堪えて淡は踵を返した。

智葉「宮永、奴と知り合いだったのか?」

咲「えっ!?ええと、その…」

慌てふためく咲の声が耳に届く。

淡(くすくす。予想通りの反応だなぁ)

楽しいおもちゃを見付けた気分だ。
してやったり、と淡は薄く笑う。

まだまだ、楽しいことはこれからだ。


――――

部活の時間が終わるのを見計らって、淡は校門付近で立っていた。

淡「遅い。この私を待たせるなんて…」

約束もしていないのに、イラつきながら通り過ぎていく生徒達を睨みつける。

別の出口から逃げ出したんじゃないだろうなと考え始めた瞬間、
ものすごい勢いで校門を飛び出してきた咲を見付けた。

淡「咲、こっち!」

声を掛けると咲はハッと振り向いて、ほぼ突進状態で淡へと向かってきた。

咲「淡ちゃん、一体どういうつもり!?何で突然うちに…」

興奮気味の咲に、淡はぽんと肩に手を置いた。

淡「ちょっと落ち着きなよ、咲」

咲「誰の所為なの!?」

淡「わかったから、とにかく移動するよ。ここじゃ目立ち過ぎるし」

淡の言葉に咲はぎくっと周囲を見渡す。
他校生と揉め事かと勘違いしたのか、通り過ぎる臨海の生徒達がちらちらと視線を向けてくる。

淡「行くよ」

渋々咲は、淡の後と着いて行った。

淡「…で、辻垣内にあれから何か言われたりした?」

先程時間を潰している間に見付けた小さな公園に淡は入って行った。
夕方も過ぎた時間なので、遊んでいる子供たちもいなくて静かに話も出来ると判断したからだ。

淡はベンチに腰を降ろしたが、咲は距離を取ったまま立っている。

咲「どういう知り合いか聞かれたよ。この間偵察に来た時声を掛けられたって、言っておいたけど」

淡「ふん。言い訳じみたこと言うんだね」

冷めた口調で、淡は返す。

咲「淡ちゃんがおかしな真似するからでしょ。特に親しい間柄でも無いのに」

怒る咲を前にして、さっき推測したばかりのことを投げかけてみる。

淡「そんなに辻垣内に誤解されたくないの?深読みされて、勘違いされたら困りますって?」

咲「は?」

立ち上がって咲の腕を掴む。

淡「辻垣内のこと、好きなんでしょ」

咲「な、何言ってるの。どこからそういう発想が出てくるの…」

言い掛かりだと、咲は絶対認めないつもりでいるだろう。
最も、ちょっとした動揺も淡は見逃さない。

淡(ふん、とぼけても無駄だよ)

淡「ふうん、じゃあ私の勘違いだって言いたいわけ?」

咲「当たり前でしょ。勘違いっていうか、妄想?」

強気な視線を向けて言う咲に「そう」と頷く。

淡「なら辻垣内にも聞いてみるかな。最近、後輩から熱い視線を送られてないかどうか」

咲「…えっ」

淡「また部室まで行ってみるかな~」

咲の腕を放し、歩き始める振りをする。

咲「ちょっと、どういうつもり!?勘違いって言ってるでしょ」

淡の制服をぐいっと咲の手が引っ張る。

淡「なら別に辻垣内に聞いても問題無いでしょ。それとも掘り下げられると何か困るの?」

咲「それは…」

淡「どうなのよ」

困りきった顔をしている咲の姿を見るのが楽しい。
目を伏せて、もごもごと口を動かす咲に詰め寄る。

淡「言わないなら、もっとレベルを上げるかな」

淡「そうだなぁ…今日咲に告白されて付き合うことになったって言ってみるか」

咲「止めてよ!淡ちゃん、何がしたいの!一体何が望みなの!」

必死になる咲に、淡はそっとほくそ笑んだ。
どうやら本当に咲は、智葉に誤解されたり好きという気持ちをばらして欲しくないようだ。

完全に弱みを握ったと、淡は拳を握り締める。

淡「そうだねー、私の望みは…」

うーんと考え込んだ瞬間、淡のポケットから着信音が鳴り響く。

淡「誰よ、こんな時に」

見慣れない番号だったので無視しようとしたが、鳴り続けている。
咲に「逃げたら部室へ直行するから」と言い渡し、仕方なく通話ボタンを押す。

淡「ハイ?」

?「あの、淡…」

最悪だ、と淡は顔を顰める。

淡「何よあんた、二度と会わないって言ったでしょ!」

相手は少し前に付き合ってた上級生の女だ。
付き合ったというか、ただ淡の都合で連れ回しただけに過ぎないが。

?「ごめんなさい。でも、やっぱりもう一回話がしたくて」

淡「こっちは何も話すことなんかないよ」

?「……」

淡「全部終わったんだから。もういいでしょ。切るよ」

まだ何か言いたそうな様子だが、構わず淡は切った。

淡(誰かから携帯借りたか、新しく買ったか。そこまでして話そうとしても無駄だったね)

早速今掛けて来た番号を、着信拒否する。

淡「何よ」

咲「別に…」

一部始終を聞いてた咲に、呆れたような目を向けられる。

淡「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ」

咲「何も無いよ。淡ちゃんのことに、口出ししたくも無いから」

文句は一言も無い。
ただ目線だけが「最低」と訴えている。

淡「フン。咲みたいなねんねに何がわかるって言うのよ」

咲「だから、何も言ってないでしょ。ねえ、もう帰ってもいいかな?」

身を翻して帰ろうとする咲を「待ちなよ」と引き止める。

淡「あんた、辻垣内に告白するつもりなの?」

咲「…だから、その件は」

淡「認めないっていうんなら、辻垣内にばらすよ」

咲「なっ…」

淡「冗談だって言い訳しても、しばらく気まずさは残ったままだろうね」

楽しげに話す淡を、咲は唇を噛み締めて睨む。

淡「認めたら、ばらすのだけは勘弁してあげるよ」

咲「なんでそんなことするの…」

淡「面白そうだから」

きっぱりと言い切る淡に、当然のことながら咲は怒り出す。

咲「面白そうだからって、人に迷惑掛けていいの!?」

淡「私は私のやりたいようにやるよ」

咲は最悪…と嘆く。

淡「さあ、どうすんの咲。この場で認めれば辻垣内には何も言わない。でも認めないと即ばらすよ」

咲「……」

咲は悔しげに淡を見やる。

咲「…認める、よ」

淡「はあ?聞こえないなあ。もっと大声で言って。咲の好きなのは、誰?」

咲「辻垣内先輩のことが好き!これでいいんでしょっ!」

やけくそ気味に叫んだとしても仕方ない。
肩で息をする咲に、淡は満足げに微笑んでみせた。

淡「やっと認めたね。しっかし辻垣内のどこが良いの?私にはさっぱりわからないんだけど」

咲「わからなくたっていいよ。別に…」

淡「そっか。ライバルが増えたら困るって心配してるんだ。安心しなよ、私はあんなの趣味じゃないから」

咲「ああ、もうどうとでも言えばいいよ」

疲れた、と咲は呟く。
本当に疲れきった表情をしている。

淡「で、あんたは告白するつもりはあるの?」

咲「え?」

淡「するならその前に、私に報告して」

咲「なんで!?そんな義務みたいに言ってるの!?」

更にわけのわからない展開に、咲は口をぱくぱくと動かす。

淡「そんなの、咲が派手に振られるところを見たいと思ってるからだよ」

咲「淡ちゃんって、最低!」

咲が怒るのも当然だ。振られるところが見たいと言って喜ぶバカはいない。
そんな咲にもどこ吹く風で、淡は咲の腕を掴んで引き寄せた。

咲「痛っ、放してよ」

淡「辻垣内にばらされたくないんでしょ。だったら私の言うことを聞きなよ」

咲「私、先輩に告白するつもりなんか無いんだけど」

淡「は?」

ぱっと手を放すと、咲の体が傾いて地面に倒れてしまう。

咲「いったー、急に放さないでよ」

淡「あんた、あいつに告白するつもり無かったの?」

上から咲を見下ろす。
倒れこんだまま、咲はこくんと頷いた。

淡「なんでよ。辻垣内をモノにしようって思ってるんでしょ?」

咲「私、別に先輩と付き合いたいとか考えてないよ」

咲「ただ一緒に麻雀が出来ればいいの……それだけで」

咲の言ってることは、全く淡には理解出来ないことだ。

ちょっと気に入れば声を掛け、すぐに相手を思い通りにしてきた。
一緒に麻雀をしてさえいれば満足だなんて、あり得ない。

淡「咲の考えてること、さっぱり理解出来ない」

咲「私も淡ちゃんのこと理解出来ないよ」

首を傾げてる淡に、咲は溜息をついてみせた。

咲「そういうことなんで、振られるところは見れないから。ご期待には添えません」

淡「待ちなよ。まだ結論には早いよ」

咲「え?」

立ち上がった咲は制服についた埃を払う。
その間にも、淡は自信たっぷりに話を進める。

淡「要は、こういうことだね。咲はどうせ辻垣内に告白しても振られる」

淡「それ位なら、お気に入りの後輩の座をキープしておきたいと、こういうことだよね?」

咲「全然違う」

淡「そんなのただの意気地無しがやることだよ」

咲「聞いてよ、人の話」

もしもし、と咲は淡の顔の前で手を振る。
だが淡はまるで聞いていない。

淡「そんな弱気でいいと思ってるの?」

咲「いや、だから…」

淡「咲が良くても、私は許さない。そうだね…なら楽しみ方を変えるとするかな」

咲「楽しみ方?」

淡「これから先、私の言う通りに辻垣内にアプローチしなよ」

びしっと指を突きつけて、淡は宣言した。
が、咲が簡単に従うはずがない。

咲「嫌だよ、そんなの。なんでそんなことしなきゃいけないの」

淡「バーカ。私が辻垣内との仲を進展するようアドバイスしてやろうって言ってるの」

淡「有り難く思いなよ。そして逐一報告すること」

咲「バカはそっちでしょ…」

咲「大体さっきの電話の話聞いてて、淡ちゃんのアドバイスが役に立つとは思えないんだけど」

淡「何よあんた。私の言うとおりにしてたら、絶対上手く行くのにそれを拒否するの?」

咲「そんな根拠どこにあるの」

淡「これから証明してあげるから。全部終わったら、私に土下座して感謝しなよ」

淡「辻垣内とうまくいったのは淡様のおかげだって!」

咲「嫌って言ってるでしょ」

淡「なら、すぐに辻垣内にばらす!」

咲「うっ…」

よりによってこんな傍若無人に知られるなんてと咲は頭を抱えた。
その横で、淡は完璧なる作戦を早くも練り始めている。

本来なら試合以外で関わることもない淡と咲。
二人の出会いは、着実におかしな方へと転がり出した。


――――

とりあえずここまでです。
週一でまったり投下しようと思ってたんですが
予定を変更して急ピッチで早めに終わらせます。
あと、自分の発言のせいでスレが荒れてしまい申し訳ありませんでした。

淡「おっちょこちょいでも良いんだって」

咲「は?」

……オッチョコチョイって?
意味のわからない言葉を発する淡を前にして、咲は両眉を寄せた。



県予選初日を明日に控えた本日。
淡は再び咲を呼び出した。この間考えた作戦を実行する為に。

弱みを握られてる咲としては淡の言う通りにするしかない。
そうして部活帰りの所を車に乗せられ、大星家へと連れて来られた。

淡の家はかなりの規模で、驚いてしまうが顔には出さない。

咲(度を越えた金持ちだから、人格が破綻してるのかな…)

勿論余計なことも言わない。
淡の話だけ聞いて、さっさと帰ることが一番優先するべきことだ。

車から降りて、淡は咲に家の中へ入るように指示をする。
外観だけじゃなく中もかなりお金を掛けた装飾に溢れ返っていた。

長い廊下を歩き、そして淡が「入って」と指示した部屋は。


客間でも自室でも無く、キッチンだった。

咲「えーっと、どういうこと?」

淡は一人納得しているようだが、咲はエスパーじゃない。
いきなりキッチンに連れてこられ、おっちょこちょいでも良いとか言われても。

これから何をするのか淡が何を言いたいのかわかるはずもない。
だが淡はこれ位わからないのか、と言った具合に溜息をついてみせる。

その態度にカチンときたが、咲は黙って次に言われる言葉を待った。

淡「少し辻垣内のことを調べさせてもらったよ」

咲「はあ…」

ポケットから一枚の紙を取り出し、淡は内容の一部を読み上げる。

淡「好みのタイプは何でも一生懸命やる子。ただしおっちょこちょいでも良い」

咲「へ?」

淡「辻垣内はそういうのが好きなんだって。なんかマニアな匂いがするね」

マニアな匂いと言われ、何だかとんでもないものだろうかと咲は誤った想像をしてしまう。

淡「まあ、人の好みはそれぞれだしどうでも良いけど」

淡「それより辻垣内の心をがっちり射止める準備の方が重要だよ」

咲「準備、って」

嫌な予感に、咲は逃げ腰になる。
淡の自信たっぷりな態度が更に不安を煽る。

淡「決まってるでしょ。明日は県予選だよ」

淡「辻垣内の好みのタイプもわかった。ならすることは一つ。わかるよね?」

咲「ワカリマセン」

淡の頭の中なんて、という言葉は呑み込む。

淡「全く、飲み込みが遅いんだから」

咲「そうじゃないと思うけど」

淡「まあいいよ。咲、当然料理は出来るよね?」

会話になってない会話に、段々咲は頭が痛くなってきた。

咲「まあ、出来るっちゃ出来るけど」

淡「よし。じゃあ辻垣内に自作うなぎ弁当差し入れ作戦開始だよ!」

咲「……ハイ?」

とんでもない単語に咲は瞬時に固まってしまう。

咲「あの」

淡「何」

咲「弁当差し入れ作戦って、何?」

恐る恐る尋ねてみると、もう一度まだそんなこともわからないのかと言った風に見られる。

淡「明日から県予選でしょ」

咲「うん」

淡「普段はクラスも学年も違う咲と辻垣内は、昼ご飯を一緒に食べる機会はほとんどない」

咲「…うん」

淡「だったら明日することは一つ。辻垣内の好物を作って、その弁当を差し入れして一緒に食べる」

淡「どう?いい考えでしょ!」

咲「ちょっと待って」

もしもし、と悦に入ってる淡に呼びかける。

咲「うなぎ弁当って、何」

淡「辻垣内の好物がうなぎなんだって」

淡「それで、どうせ弁当を作るならと最高級のうなぎを用意させたんだよ」

咲「用意させた!?生きたうなぎを!?」

淡「うん。鮮度が落ちないように、水槽に入れてある」

その一言がトドメになって、咲はふらっと近くの壁に手をついた。

咲(常識が通じない…)

しかも行動に起こす財力があるので尚タチが悪い。

淡「どうしたの咲?」

咲「どうしたもこうしたもないよ!何の為にそんなもの用意してるの!?」

叫んでも淡には通じないとわかっていても、言わずにはいられない。

淡「そんなものって、どうせ差し入れするなら良いうなぎがいいに決まってるでしょ?」

淡「咲のサポートの為にわざわざ取り寄せたげたんだよ。感謝してよ」

咲「どこの世界にうなぎをさばいて弁当にする高校生がいるの!?そんなんで先輩が喜ぶとでも!?」

淡「だから言ったでしょ。辻垣内は一生懸命な子がタイプだって」

咲「度が過ぎてるよっ!」

そうかな?と淡は首を傾げる。

咲(ダメだ、やっぱり普通がわからないんだ)

淡「偶然良いうなぎが手に入ったから今日のお弁当に持って来たけどちょっと量が多いから先輩食べて下さい作戦、開始だよ!」

咲「作戦名、長っ!」

咲の叫びを無視して、淡は話を進める。

淡「じゃあさっそく、うなぎをさばいて蒲焼にするところからはじめようか」

咲「…はあ。もうどうにでもして」

抵抗するのを諦めた咲は、淡が満足して早く帰れるようにと
用意されたうなぎをさばき始めた。


――――

そして夜が明けて県予選初日。

西東京の白糸台高校は、東東京の臨海女子とは大会会場が違う。
が、どうせ大将の自分まで出番は回ってはこないだろうと、淡は東東京の会場まで足を運んでいた。

淡「咲の奴、一体どこにいんのよー!?」

広い会場の中。
わざわざ智葉を探し出して、淡は額に血管を浮かべた。

よりによって、咲がそばにいない。
智葉は留学生の一人と食事中だった。

淡(まさか、逃げたんじゃないでしょうね)

ここで逃げたとなったらただじゃおかないと、淡は拳を握り締める。

淡「ねえ、辻垣内!」

大声で智葉の名前を呼ぶと、怪訝そうに立ち上がりそれでも淡の方へと歩み寄ってきた。

智葉「またお前か。一体何の用だ?」

淡「咲はどこにいんの?今日は欠席? 」

一瞬、智葉は考え込むが以前にも淡が咲へ声を掛けたこともあって、
二人が知り合いだと納得したのだろう。特に疑問に思わず淡に返事をする。

智葉「宮永なら来ているぞ。何か用事か」

淡「今ここにいないのは、どうして?」

智葉「同じ1年のネリーらとどこかで食べているのだろう。会場から外へ出ていないとは思うが」

淡は思い切り顔を顰める。

淡(この分だと、作戦は実行してないようだね)

淡「そう。食事の邪魔して悪かったね」

くるりと智葉に背を向けて、淡は走り出した。
会場のどこかにいる咲を探し出す為に。

咲はすぐに見つかった。
智葉のいうように、ネリーやハオと一緒にお弁当を広げていた。

淡「ちょっと咲!こんな所で何してんの!」

淡の大声に、咲は飛び上がってしまった。

咲「あ、淡ちゃん!?どうしてここに…」

そのまま淡に腕を捕まれ、凄い力で引っ張って行かれる。

ネリー「サキがユウカイされる!」

咲「えと、ネリーちゃん達。友達としゃべってくるから先に食べておいてね」

ハオ「分かりました。行ってらっしゃいサキ」



食堂の隅の席まで連れて行かれた咲は、淡から視線をそらしたままでいる。

淡「言ったよね?辻垣内に弁当差し入れしろって」

咲「……」

淡「一緒に食べてないなんて、どういうこと?」

びくっと身を縮める咲に淡はため息をつく。
どうして言う通りにしないのだろう。本当に腹立たしい。

さらに淡が問い詰めようとしたところで、後ろから聞きなれた声が淡を呼んだ。

誠子「こら!淡!」

淡「げっ、誠子!なんでここに!?」

誠子「お前がこの会場にいるって情報を他校生からもらってな」

誠子「全く。弘世先輩がカンカンだぞ、早く戻るんだ」

淡「うっさいなあ。どうせ私まで回ってこないでしょ。ならいいじゃん」

誠子「そういう問題じゃないんだよ!」

誠子「つか、咲ちゃんに絡んで何やってるんだよ」

淡「別に。ちょっとしゃべってただけだよ。ねえ咲?」

咲に目を向けるが、無言で逸らされる。

淡「何とか言ったらどうなの、咲」

誠子「淡、やめろって。咲ちゃん怖がってるだろ」

淡「はあ?咲は作戦を無視したことわかってて咎められたくないだけ。そうでしょ咲」

誠子「作戦って何だよ…」

淡「誠子には関係ないでしょ。向こう行ってよ」

揉め始める二人を前にして、咲はどうしようかと視線を泳がす。

誠子「もう咲ちゃんに構うの止めて、一旦戻ろう、な?」

淡「うるさい誠子。私はまだ咲に聞きたいことがあるんだから。一人で帰ってよ」

誠子の声を振り切って、淡は咲に声をかける。

淡「どうして辻垣内に、それ渡さなかったの」

それ、と指さした前には咲がさばいたうなぎが入った弁当箱がある。

淡「昨日せっかく頑張って作ったのに、無駄にしちゃってそれでもいいの?」

咲「いいよ、別に」

投げ遣りな言葉にカッと来るが、咲の目を見て押し黙る。
唇はぎゅっと結ばれ、潤んだ瞳で淡を睨みつけている。

咲「私にはやっぱり無理だった」

咲「どうしようって直前まで悩んでたけど、淡ちゃんみたいに何も考えずに先輩を誘うことなんて出来ないよ」

咲「変に思われるかもしれないって……そう考えたら動けなくなった」

淡「……」

咲「臆病者とか言いたければ、言えばいいよ」

咲の表情は変わらず、淡を睨みつけているけれど。
どうしてだか、泣いているようにも見えた。涙なんか出ていないのに。

淡「悪かったね」

咲「え?」

淡「ちょっと私も強引に進めようとした。咲の意見、一個も聞いて無かったし」

咲「はあ…」

素直な淡の言葉を聞いて、咲は拍子抜けした顔で見上げる。

淡「それ、美味しそうだね。ちょっともらってもいい?」

咲「…うん」

淡の言葉に、咲は素直にお弁当箱を差し出した。
一口、食べてみる。

淡「美味しい」

咲「そう?よかった」

顔を見合わせて、そして。
お互いに笑う。

咲「もともと中身は淡ちゃんがくれたものだし」

淡「そうだったね」

一応和やかとも言える空気に、一人蚊帳の外だった誠子が声を掛ける。

誠子「ちょっと待って、私完全に無視されてない?」

淡「なんだ、まだ居たの誠子」

誠子「ヒドすぎる!何呑気に咲ちゃんの作ったお弁当食べてるんだよ?」

誠子「しかも辻垣内に差し入れってどういうことなんだ?」

淡「誠子には関係ないことだよ」

誠子「何だって?あー、もういい。咲ちゃん、私にもお弁当食べさせてくれないかな?」

咲「えー…っと」

誠子「そこで淡の顔見るのはなんで!?なあなんで?」

淡「うるさいなあ誠子は」

あんまり騒ぐものだから、咲は誠子にもお弁当を差し出した。

誠子「ありがとな、咲ちゃん」

咲「いえ」

誠子「あー、咲ちゃんのお弁当美味しい!つかこのうなぎ自分でさばいたの?凄いな」

咲「料理は家でよく手伝ってますから」

誠子「へえ、いいお嫁さんになるな。咲ちゃんは」

その光景になんとなく面白く無いものを感じ、ふと目を逸らす。

淡(別に…何がむかつくって訳じゃないんだけど)

きっと自分のおもちゃを他人が構っているのが気に入らない。
それだけだと言い聞かせて。

さて次は何作戦で行くかと、淡は新しい計画を考え始めた。


――――



書き溜め分終了です。
次は2、3日後に投下予定です。

いささか騒がしかった食事が終わった。
立ち上がった咲は、淡の方を向いて口を開く。

咲「じゃあ私、そろそろ控え室に戻るから」

昼休憩も残り少ない。
お互い午後から試合を控えている身だ。

淡「そうだね。今後の件はまた話し合うことにしようよ」

咲「今後って?」

嫌な予感に咲は眉を顰める。
大体こういう勘は当たるものと決まっている。

淡「例えば練習を日々頑張っているけどいまいち成果が上がらないんでどこがいけないのか指導お願い、
出来たら一緒に付き合って下さい作戦のこととか」

咲「前よりも長くなってるし!素なのかわざとなのかもう分かんないよ…」

げんなりとする咲の後頭部を、淡は軽く叩いてやる。

淡「終わっても先に帰るんじゃないからね。そうだ、待ち合わせ場所はこの会場前。必ず来なよ」

咲「何勝手に決めてるの」

淡「咲にそんな口利く権利は無いって忘れたの?」

うっと咲は口篭る。
逆らえば、淡は迷うことなく智葉に全部喋ってしまう。

咲「…わかったよ。待っとけばいいんでしょ」

とぼとぼと歩き出す咲に、それまで黙っていた誠子が声を掛ける。

誠子「咲ちゃん、試合頑張ってね」

咲「はい、亦野さんも頑張ってください。それじゃあ失礼します」

肩越しに振り向いて返事をする。
そしてすぐに前を向いて、咲は行ってしまう。

誠子「なあ、淡」

去っていく咲の背中を見ながら、誠子は話を切り出した。

淡「何」

誠子「咲ちゃんって、辻垣内のことが好きなのか?」

2人の会話を聞いていれば簡単にわかること。

淡「言っちゃ駄目だよ。もちろんテルーにもね」

肯定も否定もせず、ただ淡は釘を刺すだけ。

誠子「別に誰にも言うつもりは無いけどな。ただ何でお前がその手助けしてるんだ?」

誠子が納得出来ないのは、そこだ。
淡が他人の恋に首を突っ込むなんて珍しい。

淡「別に…単なる暇つぶしだよ」

ぷいっと淡は顔を背け、歩き出した。
こっちもそろそろ試合の時間になる。

大将の淡までは回って来ないだろうが、
レギュラー二人がいないのはまずい。

誠子「単なる暇つぶしとは思えないけどな。ひょっとして親切心を装ってモノにしようとか?」

淡「は?」

誠子「咲ちゃんって足キレイなんだよなー、触ったらすべすべしてそうで」

淡「何気持ち悪いこと言ってんの」

足フェチの先輩に、心底気味悪そうに顔を顰めた。

誠子「あ、怒ったのか?やっぱり咲ちゃんの事気になってるんだろ」

淡「誰があんなのに。それだけは見当外れだよ」

言い切った淡を見て、誠子は「そうか」と頷く。

誠子「なら、もう咲ちゃんと関わるのはやめた方がいいんじゃないか?」

淡「何で?テルーの妹だから?」

誠子「いや、そんなんじゃなくて…」

淡の鋭い視線に臆することも無く、誠子は静かに答える。

誠子「今はそうでなくても、側にいるうちに好きになってしまう可能性もあるだろう」

誠子「でもあの子は辻垣内が好きなんだろ。そうなったら傷付くのはお前だぞ」

誠子の言葉が終わるのと同時に、淡は鼻で笑い飛ばす。

淡「そんなありえない話を作り出して、笑っちゃうよ」

そんなことあるものか。
咲を好きになってしまうなんて、ありえない。

誠子「でも」

淡「もういいよ。とにかく誠子は私のすることに口出ししないでよ」

誠子「淡…」

はあと誠子は溜息を付く。
聞こえていたが、 淡は無視して横を向いた。

あまりにも馬鹿馬鹿しい話で、相手にする気にもなれないからだ。

この時、淡は誠子の話をまともに取り合っていなかった。
口を出されて煩いとしか認識していない。

ようやく理解した時にはもう時遅く。
苦しい気持ちに身動き出来なくなってしまう、なんて知らずにいた。


――――


試合が終わって、淡は即効で東東京の大会会場へと急いだ。
なぜか誠子まで付いてきたが、まあいい。

咲「何やってたの。遅かったね」

言われた通りに、咲は待っていた。

淡「これでも車を急がせてきたんだから」

咲「で、そっちは勝ったの?」

淡「あんた、他校の結果くらい聞いてないの?」

咲「うん」

即答だった。
脱力する淡を見て、咲は誠子に「どうかしたんですか?」と尋ねる。

誠子「咲ちゃんがあんまり淡に無関心だから、がっかりしてるみたい」

淡「そういう事を言ってるんじゃない!試合に勝つことも大事だけど、情報を得ることも必要でしょ」

淡「あんた、次どこと当たるか知ってんの?」

咲「え、知らないけど」

淡「ほら!こういう態度がダメだって言ってるの!」

熱く語る淡を前に、咲は「はあ…」と頷くことしか出来ない。

淡「もっと辻垣内にやる気があることをアピールしないと。今みたいな無関心な発言は絶対に控えなよ」

咲「それも作戦の一つ?」

淡「そう。一生懸命頑張ってます作戦」

咲「大分短くなったね…そのまんまなのは変わらないけど」

二人の会話を聞いていた誠子が笑い出す。

誠子「何かからまわってるボケとツッコミみたいだな」

淡「咲が無関心なのがいけないんだよ。そういう所、徹底的に直して行くからね」

咲「…頼んでないのに」

淡「なんだって?」

咲「いや、淡ちゃんの指導受けてこれからも頑張って行こうかなーって」

淡「とてもそんな風には聞こえなかったけど」

溜息をつく淡に「そうだ」と咲は顔を上げる。

咲「で、そっちは勝ったの?」

淡「当たり前でしょ。私を誰だと思ってんの?」

誠子「まあ淡まで回らなかったんだけどな」

鼻を高くする淡にすかさず誠子がツッコミをいれる。
そんな二人を見て、咲はくすっと微笑んだ。

咲「私、また淡ちゃんと打てるの楽しみにしてるからね」

淡「…っ」

全開の笑みを浮かべる咲に、一瞬目を奪われる。

淡「…ふん。今度はリベンジしてやるんだから」

すぐに我にかえって、咲の頬を片手で摘んだ。

咲「いひゃい、ひゃなしへぇ(痛い、放して)」

ぽいっと手を放すと、咲は頬を擦りながら淡を涙目で見やった。

誠子「咲ちゃん、大丈夫?可愛い顔が歪んだらどうするんだ淡」

咲「ってあの、何で亦野さんは私の足撫でてるんですか…?」

誠子「思った通りの感触!すべすべだー」

淡「キモっ!」

誠子「ぎゃっ!」

淡に蹴られて転がる誠子を冷たく見下ろす。

淡「ウチの部員に変態はいらないね。ここで始末しておくかな」

誠子「ちょっとした出来心だろー!」

悪かった、許してと誠子が人目も憚らずわめいて。

「許してあげたら?」と呆れながら止めに入る咲に、
淡は振り上げた拳を降ろした。

これからどうしようか考えていると、咲が夕飯の手伝いがあるから帰りたいと言い出したので
この場は一旦解散することに決めた。

別に咲の意見を尊重したわけでなく、傍にいる誠子がうっとおしかったからだ。

誠子「うーん、やっぱりいい足してるなぁ…」

小声で呟いているけど、聞こえてくる。
こんなのをずっと聞かされたら頭がおかしくなってしまう。

だが言うべきことは言わないと。
淡は咲に向かって「アドバイス」を言い渡す。

淡「いい?今日の作戦は失敗したけど、今から言うヤツは絶対実行してもらうから」

咲「あまり無茶なのは出来ないよ?」

無駄だとわかってても、咲は遠回しに抵抗してみた。

淡「大丈夫。今度のは幼稚園児でも出来る位簡単だから」

淡「毎日一回挨拶以外に、辻垣内と何か会話すること。いいね」

咲「えっ…」

眉を顰める咲を余所に、淡は得意げに胸を張る。

淡「さっさと進展したいけどシャイな私には無理だからじっくりお互いのことを知りながら仲を深めていく作戦、開始だよ」

咲「だからその作戦名が長いんだって気付いてる?」

咲の言葉を無視して、淡は「絶対やりなよ」と念押しする。

淡「毎回どんな会話をしたか全て私に報告すること」

淡「会話の中からどうすれば辻垣内が喜ぶか、気を引き付けるか対策が出来るからね」

淡「親しくとなると同時に、辻垣内のデータも取れる…これぞ完璧な作戦だね!」

両腕をバッと大きく広げて、淡は満足げに笑った。

咲「で、もう言いたい事は終わった?私、すぐにでも帰りたいんだけど」

淡「いいけど、私の言ったことちゃんと守りなよ」

咲「ハイハイ」

おざなりな言い方に、淡の顔が引きつる。
そんな淡の様子に気にすることなく、咲はこの場から去っていこうとする。

誠子「咲ちゃん、またね」

淡の隣で誠子が愛想良く咲に手を振る。

咲「…さようなら。亦野さん」

またねと言いながら、誠子の目は咲の顔ではなくひたすら足にのみ注がれている。
誠子の視線に気付いた咲は、そそくさと足早に帰って行った。

誠子「いやー、あの足は十年に一人の逸材だな」

一人で誠子は鼻息荒くしている。

淡「誠子、本気でキモイ。離れて」

言いながら、淡は自ら距離を置こうとした。

誠子「キモイとは何だ!私はただ足に対して拘りがあるだけで」

淡「誠子の価値観なんかに興味ないから」

必死に自分の考えは普通だと誠子は主張しているが理解出来ないし、理解したくもない。

淡「大体、咲に近づくなって私に言っておいて、誠子の方こそ興味津々じゃない」

あのおもちゃで遊んで良いのは自分だけだ。
興味を示している誠子に不快な目を向けると、あっさり「それは違うぞ」と否定される。

誠子「咲ちゃんの足は一級品だけど、それだけだ」

誠子「他に好きな人がいるのに振り向いてもらおうとは思わない。相手が辻垣内なら尚更だ」

淡「どうだか」

誠子「あ、やっぱり私が咲ちゃんと仲良くなるのがイヤなのか?」

淡「……」

誠子の言ってる意味じゃなく、自分のおもちゃに他の人間の手垢がつくのが嫌なだけだ。

遊ぶ権利があるのは自分だ。
そんな楽しいことを他人に教えたくないだけ。

この時の淡は、たしかに自分の感情をそういうものだと信じ込んでいた。

淡「別に勝手にすれば。ただ誠子の足フェチに咲は完全に引いてたみたいだけど」

嫌味っぽく言うと、誠子は驚いたように声を上げる。

誠子「ええー、そうかな?あれだけ褒めてたのになんでだろ…」

どうやら気付いてなかったらしい。

おかしいなあ、とぶつぶつ言ってる誠子に
淡は付き合いきれない、とそっとこの場を離れて行った。

書き溜め分終了です。
次は2、3日後に投下予定です。

翌日。

早速作戦が実行されてるか確認の為、淡は運転手を急かして臨海女子を訪れた。
ちょうど校門から出てくる智葉を見かけて、淡はさっと隠れる。

多分咲はもう少ししたら出てくるだろう。

淡(早く終わってたら、とっくに帰ってただろうけどね)

連絡手段を取る方法を考えておくべきか。
このままだと簡単に逃げられることもありそうだ。

しばらくして、淡は咲の姿を発見した。
ただ一人では無く、同じ麻雀部員の明華を伴っている。

そのまま淡に気付かず、通り過ぎようとした瞬間。

淡「…ちょっと」

咲の制服を引っ張ってやった。

咲「えっ!?」

驚いた咲が後ろを振り返ると、眉を吊り上げた淡が立っていた。

淡「何この私を無視して行こうとしてんのさ?」

咲「淡ちゃん、また来たの?」

明華が二人の顔を見比べて、首を傾げる。

明華「咲。いつの間にチーム虎姫の方とお知り合いに?」

咲「あ、えっと…」

淡「…あんたは?」

明華「私は二年の明華と言います。麻雀部に所属してます」

明華の丁寧な挨拶に淡は「ふーん」と無関心そうに返した。

淡「あんた 、私のこと知ってんの?」

明華「ハイ。全国レベルの選手は全て頭にインプットしてますから」

淡「あ、そう。私今から咲と大事な話があるんで悪いけど一人で帰ってくんない?」

咲「え、ちょっと?私は話なんか無いって!」

抵抗する咲に、淡はいつもの台詞を使う。

淡「なら、話し相手を辻垣内に変えるとするかな」

咲「……」

これを言われたら、どうにもならない。

咲「明華先輩、すみません。私ちょっとこの子と話があるんで」

明華「分かりました。ではお先に失礼しますね」

また明日ゆっくり聞かせてもらいますねー、と明華はぶんぶんと手を振って帰っていった。

何を聞かせるのか。
きっと淡との関係だろう。

非常に気が重くなった咲の腕を淡が掴む。

淡「行くよ、咲。さっさとしなよ」

咲「あー、ハイハイ」

もうどうにでもしてと、少しやけくそ気味に咲は返事をした。

またあの公園で話をするかと考えたが
淡自身何か飲みたかったので、今日は近くのカフェへ入ることにした。

注文を終えて、頼んでた品が揃ってから淡は改めて咲に向き直った。

淡「で。今日の成果を聞かせてもらおうじゃない」

咲「…やっぱりその話、しなきゃいけない?」

淡「当たり前。何の為にわざわざ臨海まで足を運んだと思ってんの?」

ぼそっと咲は不満げに呟く。

咲「頼んでないのに」

淡「何か言った?」

さあ言えと迫る淡に、咲は渋々口を開く。
どこか落ち着かなく目をきょろきょろさせて。

咲「えっと、ちょうど休憩時間に先輩が近くにいたから」

淡「いたから?」

咲「良い天気ですね、って」

最初の出だしに、淡はコーヒーを吹き出しそうになった。
そこを突っ込むのは後にしようと、「それで?」と話を促す。

咲「先輩は、そうだなって言った」

淡「で?」

咲「お終い」

淡「…………」

まさかこれで終わりじゃないだろう。
そう思って淡は咲を凝視するが、俯いたまま動こうとしない。

淡「それじゃ通りかかった近所の人への挨拶と同じじゃない。どこが会話?」

怒るというよりも呆れた。溜息しか出てこない。
淡に呆れられるのが不本意なのか、咲は口を尖らせて抗議する。

咲「だっていきなり会話しろって言われても、何話したらいいか分からないし…」

淡「そういう時は『良い天気ですね』の後に『こんな日は絶好の登山日和だから今から行きませんか?』」

淡「『時間は遅いかもしれないけど、きっと星空が綺麗に見えます。そして一泊しましょう』位言えないの?」

淡「一気に一泊旅行に進展するチャンスだったってのに、全くもう…」

咲「言えるわけないよそんな事!だいいち部活はどうするの!」

淡の提案に、出来るかと咲はすかさずツッコミをいれる。

淡「全く。咲に欠けてるのは積極性だね。分かってるの?」

咲「淡ちゃんの言動を全て実行したら、絶対変な目で見られるよ」

折角良いアドバイスをしてやってるというのに、咲は不満そうにしている。
淡は再びため息を吐く。

淡「大体、今のままの会話を続けていたんじゃ親しくなるのに100年かかるよ。それじゃ嫌でしょ?」

咲「別に…」

カップに口をつけて、咲はコーヒーを一口飲んだ。

咲「ねえ、前にも言ったけど。別に辻垣内先輩が私のことを見てくれなくてもいいの」

咲「今の状態で満足してるから。もう余計な口出さないで…って淡ちゃんに言っても無理だろうけど」

ふぅっと息を吐く咲に、淡は「わからない」と眉を寄せる。

満足している?
好きな相手が振り向いてくれなくて、今の状態で何故満足出来るのか。

ろくろく会話も出来ず、接点は部活だけ。
どこが良いというのだろう?

淡「あんた、本当に辻垣内のこと好きなの?」

ぽろっと疑問が零れる。

咲「さあ…」

淡「さあって…そこが肝心でしょうが。でないと作戦を練っても意味が無くなるでしょ!」

何の為に手を貸したと思ってると怒る淡に、咲は冷静に話をする。

咲「好きだとは、思ってるよ。ただそれが独り占めしたい、まではいかないだけで」

咲「辻垣内先輩の麻雀してる所は、凛々しくてかっこよくて…ずっと見ていたい」

咲「でも、淡ちゃんが言うみたいに一緒にお弁当食べたいとか、一泊したいとかはまでは結びつかないんだ」

要するに、まだ恋とは何かわかっていないらしい。

淡(やっぱりまだまだ子供だよ、咲は)

同い年なのにこうも違うものなのか。

淡「辻垣内の麻雀している姿は、見ていたいんだね」

咲「うん」

淡「その辻垣内がずっと咲と一緒にいたいって言ったら、どうする?」

咲「どうするって…よくわかんない。そんな風になれるなんて、思ったことも無いから」

咲「でもやっぱり嬉しいかな。会話はあんまり上手く出来ないけど…」

咲「って、なんで淡ちゃんにそんな事まで話さなきゃいけないの!?」

ハッと口を押さえる咲に、淡は「勝手に喋ったのは咲でしょ」と冷静につっこむ。

なんだか恥ずかしいことを喋ったと、咲は顔を赤くしてコーヒーを俯いて飲み干し始める。
そんな咲を淡はまじまじと見つめる。

こうして話していると、最初のおどおどしていた時とまた違う印象を見せる。
知れば知るほど面白い存在。

淡(咲のこと、もっと知ってみたい気にさせられる…)

誠子『側にいるうちに、好きになってしまう可能性もあるだろう』

誠子『でもあの子は辻垣内が好きなんだろ。そうなったら、傷付くのはお前だ』

不意に誠子の言葉が浮かぶが、即座に否定する。

淡(そんなのとは違う。これはただの好奇心なんだから)

なかなかこちらを向かない咲に、淡は声を掛けた。

淡「ねえ咲、携帯は持ってるよね」

咲「うん。高校に入って買ってもらったけど…」

淡が虎姫のメンバー以外で他人の携帯ナンバーを聞きだしたのは、これが初めてだった。

今までは尋ねなくても相手が教えてくれる。
それに聞きたいと思うような人も別にいなかった。

初めて、連絡を取りたいと思った相手。
そのことに全く淡は気付かない。

ただ、「これでいつでも呼び出し出来る」と満足そうに笑った。


――――

書き溜め分終わり。
明日から帰省するので次は5日ほど空きます。

淡と関わってから気が休まった日は無い。
白糸台高校の前に立ち、咲は重い溜息をついた。

携帯に残されていたメッセージ。

淡『今日は遅くなりそうだから咲がこっちに来て』

これに従って、咲はここまで来た。
幸い淡が運転手を寄越した為移動する手間は無かったが、そういう問題じゃない。

咲(何で私、携帯番号教えちゃったんだろ…)

今になって悔やんでも仕方ないことだ。
どうせあの時拒んでいても、後に姉である照から咲の番号を聞いたに違いない。

トボトボと歩いて、咲は学校の中へと入って行った。
運転手から「淡お嬢様より部室で来るようにと伝言を預かってます」と言われたからだ。

咲「で、どこだっけ。その部室って」

以前にも淡に連れられて来たことはあったが、いかんせん方向音痴の咲には
一度来ただけの場所を探し当てることなど不可能に近い。

迷子になる前に、咲はその辺を歩いている生徒に場所を尋ねることにした。

咲「あの、すみません」

女生徒「ん?」

咲「麻雀部の部室はどちらでしょうか?」

女生徒「我が麻雀部に何の用?君、他校生だよね?」

逆に質問されて咲は戸惑う。
大会中ということで警戒されているのだろうか。

咲「えっと、私は…」

淡に呼ばれて来たと咲が言おうとする前に、
ぐいっと後ろから腕を引っ張られる。

淡「こんな所で何してんの、咲」

咲「淡ちゃん!」

女生徒「あ、大星さんこんにちは」

淡「部室で待っててって伝言頼んだはずなんだけど、聞いてなかったの?」

咲「聞いたけど、ちょっと迷っちゃって…」

二人のやり取りを見ていて、
女生徒は恐る恐るというように淡に声を掛ける。

女生徒「あのう、ひょっとしてこちらの方は」

淡「何よ」

女生徒「大星さんの恋人なんでしょうか?」

咲も淡も瞬時に固まってしまう。
が、すぐに我に返って声を上げる。

淡「勝手な勘違いしないでよ!咲に興味なんてある訳ないでしょ!」

咲「恋人な訳無いです!勘違いでも止めてください! 」

同時に、否定した。

淡「…ちょっと、勘違いでも止めろってどういう意味?」

咲「私に興味無いんでしょ。なら良いじゃない」

淡「よくない。私が否定するのは良くても、人に言われるのはムカつく」

咲「勝手なことばかり言って。そういう言い方にこっちもムカつくよ」

取っ組み合いでも始まりそうな言い争いを前にしても、
女生徒はのほほんと「仲良しですね」なんて言う。

咲・淡「「どこが!?」」

女生徒「だって、息ぴったりです」

ね?という女生徒に、淡と咲は互いに顔を見合わせてしまう。
すぐに「ふん!」とそれぞれ逆方向を向いたが。

淡「とにかく咲は私の恋人なんかじゃないから。妙な噂流さないでよ?」

女生徒「わかりました」

淡の言葉に、女生徒は真面目に頷く。

淡「さっ、部室行くよ!」

咲「ちょっと淡ちゃん、腕掴まないでよ!」

誠子「あれ?咲ちゃん」

咲「こんにちは。亦野さん」

部室のドアを開けると、中にいた誠子がこちらに顔を向けた。

誠子「淡、また咲ちゃんを引っ張り込んで何するつもりだ?」

淡「別に。咲、そっちのソファに座って」

咲「…分かったよ」

咲は言われたとおりに備え付けのソファに腰を下ろす。

淡「他のメンバーは?」

誠子「弘世先輩と宮永先輩はミーティング。尭深は風邪でお休みだ」

淡「ふーん」

煩い先輩方がいなくて良かったと呟きながら、淡も咲の向かいのソファに腰を下ろした。

誠子「ねえ。咲ちゃんはミニスカートの方が似合うと思うんだ」

咲「…はい?」

突然妙なことを言われ、咲が怯んでいるのを見てため息を吐いた。

淡「その辺にしておけば?誠子の嗜好に咲が怯えてるじゃん」

誠子「どうせまた作戦会議だろ。そんな話より私と生足について語ろうか、咲ちゃん」

言われても咲は同意も出来ず、ただ顔を引き攣らせるだけだった。

淡(駄目だこりゃ…)

誠子は無視する格好で、淡は話を切り出した。

淡「で、今日はどうだった?」

咲「どうって」

淡「辻垣内との会話の件だよ」

淡の言葉に、咲はうんざりしたように溜息をつく。
誠子が首を傾げているが、構ってられない。

淡「今日は何を話したの」

咲「今日は…何も」

淡「どういうこと?」

咲「先輩、何だか忙しそうだったから…声をかけずらくって…」

淡「……」

が、淡にそんな言い訳など通じない。

淡「それにしたって、一言も会話交わせないなんて情け無い」

そう言うと、咲はむっと唇を尖らせる。

咲「そんなこと言われたって…」

誠子「淡、その辺にしとけよ」

呆れたように誠子が呟く。
そして、咲の方へ笑顔を向ける。

誠子「ごめんね、咲ちゃん。うちの後輩が無理ばかり言って。お詫びにこれでも食べて」

立ち上がって、誠子は鞄から何か取り出した。
淡からはよく見えなかったが、どうやらお菓子のようだった。

咲「くれるんですか?」

誠子「勿論」

咲「ありがとうございます、亦野さん」

誠子はパッケージの箱を破り、中のチョコレートを取り出して咲に手渡した。

咲「ちょっとビターですね。でも美味しい」

誠子「そりゃ良かった」

自分を差し置いて、ほのぼのとしている二人。
それを見て淡がキレずにいるはずが無い。

淡「咲、あんたは他の女に愛想を振り撒いている場合じゃないでしょ!?」

咲「は?別に振り撒いて無いし」

淡の鋭い視線に、咲は訳がわからないと眉を顰める。

淡「咲が会話をすべきなのは辻垣内でしょ!」

淡「そのノルマをこなさずに、今どこぞの馬の骨といちゃつくとはどういうこと!?」

咲「ノルマって」

誠子「馬の骨扱いかい」

咲と誠子のツッコミが入った。

淡「咲の気持ちは所詮その程度の物だったんだね」

淡「今のままでいいって言うのも、勇気が無い自分を言い訳してたんでしょ」

バンっ、と机が大きく音を立てる。

咲「淡ちゃんに、勝手に人の気持ちをとやかく言う権利なんか無いっ!」

咲が両手で叩いた音だった。

咲「帰る」

鞄をつかんで、咲は素早く部室から出て行ってしまう。

誠子「ちょっ、咲ちゃん!」

誠子も慌てて追い掛けていく。

誠子「淡、言い過ぎだぞ」

振り向きそれだけ口にして、誠子も外へと駆け出して行った。

淡「ふん。むかつく奴。誠子も追い掛けていくこと無いのに」

淡はソファに踏ん反り返って呟く。
何故か苛立ちは収まらない。

気にする程の存在でも無いのに、思考を支配されて更に苛つく。


照「あー、終わった終わった。お菓子食べたい!」

菫「ん?淡はまだ残ってたのか」


結局ミーティングが終わった菫と照が部室にやって来るまで、
電気も点けないまま淡はずっと動かず悶々としていた。


――――

誠子「お前が悪い、全面的に」

翌日、顔を合わせるなり誠子はそう告げた。

淡「誠子に説教される筋合いはないし」

話を聞くつもりも無い。
淡は誠子を無視して歩き出そうとした。が、肩を掴まれる。

淡「放してよ」

誠子「もう咲ちゃんに構うのは止めとけ。お前がやってる事、何の意味も無いだろ」

淡「うるさい」

手を振り解こうにも、誠子の力は意外と強い。

誠子「咲ちゃんに八つ当たりしてもしょうがないだろ。あの子の想いまで否定して。お前にそんな権利あるのか?」

誠子に言われた同じ台詞に、昨日と同じ苛立ちが蘇る。

淡「咲の味方までして、好感度でも上げるつもり?その調子ならいつか落ちるかもしれないね」

誠子「淡……」

誠子は怒っていない。
どちらかというと、悲しんでいる目をしている。

二人が言い争いしている間に、二軍の部員の一人が遠慮がちに寄って来た。

部員「大星さん。監督が呼んでるって」

淡「分かった」

誠子に背を向けて、淡は立ち去ろうとした。

誠子「淡!せめて咲ちゃんに自分の価値観を押し付けるのは勘弁してやれよ」

馬鹿馬鹿しくて話にならない。
自分のやってる事に非は無いと淡は思っている。

けれど今回だけは。
誠子の言葉と咲が昨日見せた表情がだぶって、中々頭から消えていかない。

淡(咲、辛そうな顔してた)

気持ちを疑われたことと、臆病者と言われ怒っていたけれど
どこか泣きそうな顔もしてた。

自分は悪く無いはずなのに、どうしてこんな気持ちにさせられるのだろう。

女生徒「大星さーん!」

部活が終わり教室へと向かう途中、何人かの女子生徒達に囲まれる。
よく試合を応援しに来る生徒達なので、淡も顔程度は知っていた。

女生徒A「私達、今度の試合も応援に行くから!」

女生徒B「頑張って下さいね」

口々に言って、何かプレゼントらしき物を渡してくる。

淡「…一つ質問があるんだけど」

女生徒B「なんでしょうか、大星さん!」

淡からの質問に、女子生徒達は「何かしら」と期待の目を向ける。

淡「好きな相手に見返りを求めず、声を掛けずに一緒の場所にいられるだけで良いと思ったことはある?」

返答に困り、女子生徒達は顔を見合わせるばかりで答えない。

多少なりとも相手の気に留まりたいと思うのが普通だろう。
淡にも、それは理解出来る。

けれど・・・。


咲『別に先輩が私のことを見てくれなくてもいいの。今の状態で満足してるから』


咲は、自分とは違い過ぎる。
違い過ぎて、気になるのだろうか。



――――

書き溜め分終わり。
次は2、3日後に投下予定です。

咲が白糸台の部室を飛び出してから数日。
淡からの連絡は無い。

咲(やっと穏やかな日々が帰ってきたよ…)

他の女に愛想を振り撒くなとか、辻垣内に対してああしろ、こうしろと淡は煩かった。
解放されてやっと一息ついたところだ。

そして、休日がやって来た。
今日は丸一日部活動も無い。
麻雀をしないならと、咲は昼まで寝ていようと決めた。

淡『オフなら辻垣内を誘いなよ。常識でしょ?』

淡が連絡をして来た時なら、絶対またこんな無茶な注文を付けられてたところだろう。
間違いなく一日デートに誘ってそのまま既成事実でも作れ作戦が発動してたに違いない。

しかしその心配も無く、今日の休みを迎えることが出来た。

咲(ゆっくり眠れる…ゆっくり…)

だが、咲の願いは叶わない。

照「咲ー、一緒に出かけよう!」

姉に布団を引き剥がされ、
安眠するはずが無理矢理起きる羽目になった。

一方、淡はといえば。
咲と会わなくなって以降、すっかり煮詰まっていた。

淡(咲のやつ、何で連絡よこさないのよ!?)

自分から電話するなど勿論考えつかない。
咲から歩み寄ってくるなら、許してやらないことは無い等と思っている。

淡が考える‘作戦’を嫌がる咲が自分から連絡を寄越すはず等無いのだが
そのことには気付かない。

淡(もう頭きた。謝ってもしばらく無視してやるんだから!)

そうして、咲からいつ連絡が来るかとずっと待ち続けて、
淡は始終苛々したまま日々を過ごしていた。

誠子とも、あれからほとんど口を利いてない。
一方的に淡が避けているだけなのだが。

淡(説教なんて聞きたくないよ)

様子のおかしい淡のことを、部員達は遠巻きに「大会中でぴりぴりしているんだ」と噂した。

ただ一人、こないだ咲と淡の間に居合わせた部員が
「ひょっとして、この間の子に振られたのでしょうか」と余計なことを言ったので、
勝手な憶測をするなと盛大に叱っておいた。

淡(まさかこのまま逃げようとしてるんじゃないでしょうね。むかつく奴)

考えまいとしても、日々苛々は募るばかり。

そんなある日、淡は登校してきた照を一目見て仰天する。
顔には絆創膏、腕や足にはぐるぐると包帯が巻かれているではないか。

淡「テルー?その怪我…」

菫「照うううう!その怪我は一体何なんだああああ!」

淡が声をかけるのと同時に。
菫が物凄い勢いで照の肩をがしっと掴んで叫んだ。

照「ああ、これ?昨日出かけ先で事故に巻き込まれてしまってね」

照はといえば、そんな怪我も何のそのであっけらかんとして答えた。

菫「だ、大丈夫なのか?痛くはないか?」

照「うん。ちょっと大げさに包帯巻かれちゃったけど、普通に麻雀も打てるし」

菫「そ、そうか…」

照の言葉に菫はホッとして胸を撫で下ろす。
だが次に続いた言葉に、今度は淡の方がうろたえてしまう。

照「私はいいんだけど、咲を巻き込んだのは万死に値するよ。あのへたっぴ運転手め」

淡「咲!?咲も怪我したっての!?ねえテルー!!」

がしっと今度は淡に肩を捕まれて、照はきょとんとする。

照「う、うん。むしろ私をかばった咲のほうが怪我は酷いと思う」

瞬間、画面蒼白になった淡に照は訝しげに問う。

照「何で淡が咲の怪我を気にするの?そんなに親しい仲だったの?」

淡「えっ?咲は…私の…」

照「私の?」

淡「そ、そんなことどうでもいいでしょ。それより私ちょっと行くとこあるから!」

照の視線から逃れるように、淡は踵を返して走り出す。
背後で菫が何か照に話しかけているようだが、すでに淡の耳には届いていなかった。

車を降りて、淡は臨海女子の校門を足早にくぐった。
麻雀部はどこにあるか知っているから、ずかずかと中へと入り込んで行く。

淡「…いない?」

だが部室の中に咲の姿が見えない。

淡「 ちょっと、そこのあんた!」

淡は目についた一年生らしき部員に声をかける。

ハオ「はい、何でしょうか」

淡「咲がどこにいるか知ってる!?」

ハオ「咲さんなら、今は保健室で包帯を巻きかえてます」

淡「…!!」

その瞬間、淡は部室を出て廊下を駆け出した。
やみくもに走っていたら、ちょうど保健室から出てきた咲を見つけた。

咲「えっ、淡ちゃん!?」

どうしてここに、と咲が驚くのを無視して
淡は咲の両肩を掴みに掛かった。

淡「咲っ、怪我は大丈夫なの!?」

顔はガーゼと絆創膏と包帯とで覆われ大変なことになっている。

淡「女の子の顔にこんなに傷をつけるなんて、許せない!」

咲「あ、淡ちゃん?」

興奮状態の淡に、咲は訳がわからないときょとんとする。
淡は今度は腕を掴みに掛かる。

咲「痛っ!」

血は出て無いがそこも事故で傷めた箇所だった。
苦痛に顔を歪める咲に、淡はハッとして手を離す。

淡「あ、ご、ごめん。…その、大丈夫?」

咲「別に、平気だけど…」

腕をさすりながら、咲は淡の方をじっと眺める。

淡「何?やっぱり痛むの?」

咲「いや、そうじゃなくって」

淡「……?」

何だろうと思っていると、咲がゆっくりと呟く。

咲「もしかして心配して来てくれたのかなーと思うと、ちょっと嬉しいかなって」

淡「…!!」

瞬間、淡が耳まで真っ赤になる。

咄嗟に違う、と叫ぼうとしたが
嬉しげに微笑む咲を前にして、言葉が出てこなかった。

咲「わざわざありがとう、淡ちゃん」

淡「別に。…あんまり無理しちゃダメだよ」

咲「うん」

本当に咲といると調子が狂ってしまう。

そう思いながらも、
淡は真剣に自分の主治医に咲の怪我を見せるべきか考え始めていた。

咲「いいってば、ほっとけば治るから!」

淡「ちゃんとした医者に見せるのが一番なんだから!いいから来なさいよ!」

数分前から淡と咲は、お互いの主張を譲らず揉めていた。

怪我の具合を主治医に見せると一方的に決めて引っ張っていこうとするが
咲はそれを拒否して抵抗を続けていた。

舌打ちして、淡は咲を無理矢理腕に抱え込む。

淡「すぐに見せた方がいいでしょ。大人しくしなよ」

咲「だからいいって!部活もあるし」

淡「そんな状態で部活なんてダメに決まってるでしょ!今日は絶対安静!」

咲「なんで淡ちゃんがそんな事決めるの!?」

足をじたばたさせて、咲はなんとか淡の腕から逃れようとする。
当然淡は無視して、校舎の外へと出た。

淡「乗って」

咲「もう…分かったよ」

大きく溜息をついた後、咲は黙って車に乗った。

咲「ところで、どこに向かってるの?」

行き先に不安を覚えたのか、咲は淡に問い掛ける。

淡「この道は前にも来たでしょ。私の家に向かってんの」

咲「いや、覚えてないし」

淡「相変わらず物覚えが悪いね」

咲「悪かったね」

口答えするのも面倒になったのか、咲はそれきり黙り込んだ。

車はそのまま大星邸に向かい、使用人達が待つ玄関の前で止まった。

淡「降りて」

咲「相変わらず大きい家だね」

淡「そう?普通でしょ」

咲「どこが」

お帰りなさいと、使用人達が淡に向かって頭を下げた。
それを咲は居心地悪そうに眺めている。

淡「行くよ」

動作の鈍い咲の手を引っ張って中へ入る。

咲「淡ちゃん、手引っ張らないで」

淡「腕掴むと痛いんでしょ。だったら手を掴むしか無いし」

咲「そんな必要がどこに」

淡「咲、逃げるから」

咲「だからって、こんなの…」

淡「は?」

困惑した声を出す咲に苛立ちながら振り向く。
そして、気付いてしまう。

恥ずかしげに頬を染めた咲の視線の先にあるのは、互いの手。
淡が引っ張ってるとはいえ、この状態は。

手を繋いで歩いているようにも、見えないことは無い。

淡「……」

一瞬固まった後、淡は素早く手を放す。

淡「違う、これは!」

咲「…」

淡「咲が、そう、また逃げ出すと思ったから!それ以上に深い意味は無いから!」

咲「ここまで来て、逃げ出すも何も無いけど」

淡「だったら早く言いなさいよ!全く世話ばかり掛けて」

咲「…だから頼んで無いのに」

咲の文句も淡の耳には届いていない。

淡「いいから、ついて来て!」

怒ったように足音を響かせて、中へと入って行く。

淡(別に私は咲と手を繋ごうとか、そんなこと欠片にも思ってないんだから)

誰も問い掛けていないのに、淡はそう自分に言い訳をしていた。

淡(大体、咲が妙に意識するような態度取る所為だよ!手に触れたくらいどうってこと無いでしょ)

ちらと咲を振り返る。
もう気にした風でもなく、黙って淡の後ろを歩いている。

淡(ほら。気にしてないじゃない。手を繋 ぐ位、小学生でも意識しないよ…)

そんなことを考えながら、咲に触れた右手をぎゅっと握る。

見掛けと同じくらい細い手だった。
体温も少し高かったと、思う。

繊細で温かい。それが、咲の手。

淡(馬鹿馬鹿しい。何考えてんのよ私)

今のは勘違いだというように、咲に対してキツイ声を出す。

淡「ほら、早く来なさいよ」

咲「はいはい」

淡の横柄な態度に少しは慣れたのか、咲は形ばかり従う返事をする。

淡(さっきは、手を繋いだ位でおたおたしてたくせに…)

淡「さあ、ここだよ」

一つの部屋の前で淡は立ち止まり「連れて来ました」と声を掛ける。

咲「誰かいるの?」

淡「咲にとって必要な人だよ」

咲「え?」

淡「先生、この子の怪我の具合を見てやって下さい」

咲「ええっ!?」

扉を開いた先には、白衣を来た中年の男が立っている。

咲「ちょっと、淡ちゃん」

淡「うちの主治医の腕は超一流だからね。全部見てもらいなさいよ」

咲「いいよ、そんなの!」

淡「遠慮しないでいいよ」

咲「遠慮なんてしてないって!」

白衣の男が、咲に近付いてくる。
分厚い扉が音を立てて閉められた。

咲「私、帰るー!」

咲の叫びも虚しく。
それから検査と手当ては一時間以上費やされた。

咲「はあ、とんでもない目にあったよ…」

ぶつぶつ文句を言う咲に、淡は人差し指でおでこを弾いた。

咲「いたっ!何するの」

淡「怪我の具合を確認して何が悪いの。大会中でしょ?事の重大さがわかってるの?」

そう言われると、咲もこれ以上文句も言えない。

咲「でも、どうして?」

淡「え?」

咲「どうしてそこまで心配してくれるの?」

淡「それは…」

ジッと見詰めてくる咲から目を逸らす。

たしかに誰かが怪我したからといって、
わざわざ主治医まで呼んで手当てさせたことなんて考えたことも無い。

何故心配するのかと聞かれると。
自分でも、答えが見付からない。

咲「ねえ、なんで?」

もう一度問い掛ける咲に、淡はぐっと体を引く。

淡「それは…」

咲「それは?」

淡「作戦の為だよ!こんなつまらないことで辻垣内に心配掛けると困るでしょ?」

咲「はあ…」

淡「試合に出られないと言って、失望させたら今までの積み重ねも無駄になるからね!」

咲「無駄になる程、積み重ねて無いと思うけど…」

咲の言葉を無視して「とにかく!」と話を逸らす。

淡「この件、辻垣内はなんて言ってる?」

咲「先輩?今日はまだ顔出してないよ」

淡「何で?」

咲「家の用事で遅れてくるんだって」

淡「なんて間の悪い奴なの!」

淡の叫びに、咲はびっくりしてしまう。

咲「何、一体」

淡「咲の怪我を見て、さすがに辻垣内も動揺するでしょ」

咲「はあ」

淡「それを『平気です』と健気なことを言いつつも、無理をしてる咲は足をもつれさせてしまう」

咲「…」

淡「そこを辻垣内がすかさず支え、お互い至近距離で見詰め合う。そこで愛が芽生えるかもしれないじゃない!」

咲「何その三流シナリオ」

淡「咲、明日辻垣内の前でよろけてみなよ」

咲「絶対いや」

相変わらず無茶苦茶だ、と咲は頭を抱える。

淡「じゃあ早速また作戦会議に入るからね」

咲「まだ作戦やるの?」

淡「当り前。咲が辻垣内の心を射止めるまで、ずっとだよ」

咲「…淡ちゃんの作戦通りにやってたら、一生無理な気がするんだけど」

また振り出しに戻ったことに咲は大きく溜息をつく。
淡はそんな咲も何のそので楽しげに笑った。


――――

書き溜め分終了。
次は4、5日後に投下予定です。

智葉「宮永」

咲「はい?」

部活後、智葉に呼び止められて咲は振り向いた。  

智葉「怪我の具合は大丈夫なのか?」

頬を覆っているガーゼを見て、智葉は目を合わせて尋ねて来た。

咲「大丈夫です。もう痛みもほとんどないですし」

智葉「そうか」

目を細めて智葉は頷く。
心配してくれているのかと思うと咲の心が温かくなる。

智葉は、咲の中でも特別な位置にいる。

他の人とは違う。
はっきりとそれは自分でも認めていた。

中学の時、麻雀で負かされた日からずっと。
智葉のことを気にしていた。

咲(こんな気持ちになったこと、今まで無い…)

智葉が好きだ、とは思う。
この中にいる部員達とは違う意味で。

でも淡から聞かされる作戦を聞いて、段々わからなくなってきた。
最も作戦自体でたらめで、頭を抱えたくなるようなものばかりなのは百も承知だ。

ただ、淡が進めたがっているような関係になりたいかと問われると。

咲(なんか、違う気がするんだけど)

だって、ここでよろめいて智葉に抱きかかえられることなんて望んでいない。
むしろ絶対足をもつれさせるもんかと考えてしまう。

智葉の前で弱い所なんか見せられない。
抱きかかえられるなんて、論外だ。

智葉「今日は一緒に帰るか、宮永」

咲「はい」

智葉をちらっと見て、ぎゅっと口元を引き締める。

好きだけど、負けたくない。
この気持ちが恋かどうかなんて、自分でも曖昧だ。



――――


部活が終わると同時に臨海へと車を走らせた。

淡(急がないと、咲は帰るかもしれないからね)

また作戦を授けなければ、と淡は意気込む。


咲「あ、淡ちゃん」

淡の登場に咲は目を見開き、そして左右を見渡した。

ネリー「サキー!」

手を振って駆けて来る人物は、淡も知っている。

前に大会会場で咲と食事をしていたネリーだ。
その隣には明華もいる。

咲「早くっ!」

淡「な、なによ」

咲は淡の制服を掴んで、車へと押し込む。
文句を言う間もなく、咲も乗り込んでドアを閉めた。

咲「急いで、出して下さいっ!」

ただ事じゃない咲の声に、淡は「出せ」と運転手に命令する。
淡の指示に、車はすぐに車道を走り出した。

咲「危なかった…」

後ろを振り返った咲が大きく息を吐く。

淡「ちょっと、どういうこと?」

説明しろと淡が咲に尋ねると、
疲れたようにシートに凭れた咲が声を出す。

咲「明華先輩とネリーちゃん」

淡「あの2人が何よ」

咲「他校の淡ちゃんとどういう関係なのかって、しつこく聞いてくるんだ」

物憂げに、咲はため息を吐いた。

淡「何だそんなこと?」

咲「そんなことって…」

淡「正直に言えば良いでしょ。淡様から色々学ぶことがあって、指導して貰ってますと」

絶句する咲に、淡は首を傾げる。
良い理由を考えてやったのに、何故そんな顔をしているのかがわからない。

咲「淡ちゃんは平和で良いね…」

淡「なに?遠慮はいらないよ。何なら私から説明してあげてもいいし」

咲「絶対にやめて!もうなんで話をややこしくすることばっかり思いつくの…」

焦ったり怒ったりと、忙しい奴。
元凶は自分だというのに、淡は咲の様子をそんな風に思った。

淡「ねえ」

咲「何?」

ふと咲の髪が濡れていることに気付いて、手を伸ばす。
突然雨が降って来たから、濡れるのは仕方ない。

けど、そのままタオルで乾かしたりもしないで外に出るなんて。
大会真っ只中だというのに、風邪を引いたら大変なことになるとわかっているのか。

咲「別にこれ位…」

淡「全く、仕方ない奴だね」

手持ちのバッグを開けて、淡は中からタオルを取り出した。

淡「ほら、さっさと乾かしなさいよ」

咲の頭に被せてやる。
最初はきょとんとしていたが、すぐに「いいよ、悪いよ」と遠慮される。

淡「良いわけないでしょ。風邪引いたらどうするの!」

咲「この位じゃひかないってば」

淡「どこにそんな根拠があるんだよ。さっさとしなよ」

無理矢理頭を引き寄せて、乱暴に拭き始める。

咲「痛っ、痛いってば淡ちゃん!」

淡「いいからじっとしてなさい」

わしゃわしゃと、粗雑に咲の頭を拭いてやる。

淡(この私にこんなことさせるなんて、何て奴なの)

誰かの髪を拭いてやった経験等、生まれて一度も無い。
しようとも思ったことも無い。自分の行動に驚いてしまう。

淡(あんまりにも呆れた奴だからだよ。だから手を出したくなる…そうに違いない)

不可解な気持ちに、淡は無理矢理理由をつけて納得しようとした。
それ以外に何があるなんて、認めたくなかったのかもしれない。

咲「あの」

タオルの隙間から覗かせた咲の上目使いの視線に、一瞬手を止める。

淡「…何」

咲「ありがとう淡ちゃん。あとは自分でやれるから…」

淡「そ、う」

パッと手を離す。
同時に咲はタオルを掴んで、髪を拭き始めた。

淡(手、細いな…力入れて掴んだら折れてしまいそう)

咲「今日の淡ちゃんって…」

淡「な、なに」

急に話し掛けられ、淡はぎくしゃくと首を廻す。

咲「何だか口うるさいお母さんみたい」

くすっと笑う咲に、淡の表情が固まる。

淡(こいつ、こいつは人の好意をなんだと)

ふるふると拳を震わせて叫ぶ。

淡「その生意気な態度をすぐに改めろー!」

咲「え、何なの突然」

訳がわからないと肩を竦める咲に、
絶対いずれ服従させてやると淡は誓った。

やがて車は大星邸へと到着した。
昨日と同じお出迎えなので、咲もそう驚いたりしない。

が、淡の「まずは治療からだね」の発言には目を見開いてしまう。

有無を言わさず引っ張られ、とある部屋に放り込まれた咲の前には。
昨日と同じ医師が待機している。

淡「しっかり治療してもらいなさいよ」

咲「またこのパターンなのー?」

待機していた看護士達によって押さえられ、今日の診察が始まった。



咲「もう大丈夫だって言ったのに…」

傷薬を塗って、新しい絆創膏に取り替えただけで終わった。
後は自然に治るだけ。

思いの外酷 い怪我じゃないと医師から聞いて、何故か淡はほっとしていた。

もし一生残る怪我だったら。
相手の運転手をどうしていたか自分でもわからない。

放っておけば治ると言う咲に、淡はこつんと額に拳をぶつける。

淡「バーカ。怪我を甘く見てると酷い目に合うよ。きちんと治療に専念するのも大事なことでしょ」

咲「はあ…分かったよ」

脱力する咲を無視して、淡は肝心の話を持ち掛ける。

淡「それより明日の県予選のことで、一つ言っておくよ」

咲「何?」

淡「あんた、危なっかしいから当日ボディガードを配置することに決めた」

咲「ちょっと待って!何怖いことをさらっと言ってるの!?」

目を剥いて、咲は抗議する。

咲「そんなの必要無いから!」

淡「何を興奮してんの?普通そこは有り難く思うとこでしょ?」

咲「有り難くなんか無いよ…淡ちゃんの常識はどうなってるの…」

実を言うと、とっくに当日の配置は決まっていた。

驚かすとまずいと思って、事後承諾の形で咲に伝えたのだが
まさかこんなに嫌がれると思わず、淡は額に手を当てた。

咲「そこまでしなくていいってば。当日は先輩達と行動するから。というか、そう言われてるし」

淡「…辻垣内の提案?」

咲「うん」

淡(辻垣内は、咲の事ちゃんと見てるんだ…)

当然のことだが何か面白くなくて「勝手に気を回して悪かったね」と淡は横を向いた。
淡の態度に咲は首を傾げながらも、一応気を使ったことに対して礼を言う。

淡「別に。ただ咲があまりにそそっかしいんでその位のことしないとって思っただけなんだから」

咲「そそっかしくて悪かったね」

淡の言葉にぴくっと眉を寄せるが、もうどうでもいいかと咲は出されたお茶を一口飲む。
もっと噛み付いてくるかと思ったが、何も言わない咲に淡も同じようにお茶を飲んだ。

淡「で、明日は辻垣内と行動するんだね?」

咲「うん。先輩だけじゃないけどね」

淡「じゃあ明日は常に辻垣内と手を繋いでいること。いいね」

咲「無理に決まってるでしょ!」

すぐにいつも通りの言い争いが始まる。
そして結局、淡の作戦を無理矢理咲に押し付ける格好で本日は解散となった。



こんなことに時間を掛けて何になるのか。
咲と会うずっと前の淡がこの状況を見たのなら、そう言うだろう。

なのに今の淡はこの関係を止めるつもりは無かった。

淡(いつか咲に、私の偉大さを認めさせてやる。そうなってからの顔が楽しみだね)

理由をそんな風に摩り替えて、
咲に会ってるのだと誰でもなく自分に言い聞かせている。

でなければ、他校の生徒である咲に会う理由は無くなってしまうから。



――――

県予選準決勝。

照が他校をとばして先鋒戦で終わらせた為、早々に試合が終わった。
淡は車を走らせて、別の会場で試合中である咲の様子を見に向かった。

誠子「おっ、なあ淡」

淡「何よ」

何故か一緒についてきた誠子が声をあげる。

誠子「咲ちゃんがいるぞ」

淡「!!」

咲の隣を智葉が歩いている。
智葉だけじゃなく他にも臨海の選手が周りにいるのだが、淡には二人しか目に入らない。

智葉と咲。

ただ並んで歩いているだけで、他には何も無い。

淡の指示通りか、咲は智葉に何か話し掛けている。
智葉の方も穏かにそれに応えている。

それは淡の望み通りの光景のはず。

淡(作戦通り。問題は無いね)

全く無いのだが。

どういう訳か二人を見ていると心臓の辺りが苦しくなる。
全くこちらに気付きもし無い咲を呼んで、こっちを向かせてしまいたくなるような気持ちにもなる。

淡(調子、悪いのかな?)

変だな、と淡は胸元の当たりをぎゅっと押さえた。

書き溜め分終了。
次は1週間ほど空きます。

目的は、咲と智葉を恋人同士にすることだった。

咲に策を授けて実行させ、それによって智葉を落とす。
その時咲は全ての態度を改めて、淡に感謝するはずだ。

今まで生意気なこと言って済みません。
全部、淡様のおかげです、と。

妄想もいい加減にしろと、咲が聞いたら怒るだろうが
淡は真面目にそう考えていた。

今までは。

けれど、何か違う。
智葉の隣に立ってる咲を見て淡は眉を顰めた。

こんな光景を望んでいたんじゃない。

咲は淡の視線に気付いているのかそっぽを向いている。
臨海の部員達が揃う中、淡が大声でいつものとんでもない作戦を喚いたら大変なことになる。

だから話しかけられないよう、絶対に顔を向けようとしない。

咲「あの、先輩!早く行きましょう」

智葉「え?あ、ああ」

追い立てるように智葉を促す。
智葉は咲の態度に首を傾げるが、特に異論も無く足を進めて行く。

咲はその智葉の陰に隠れ、淡を無視してやり過ごそうとしている。

淡「ちょっと…っ」

咲の態度に苛立った淡は、一歩前に出てこちらに顔を向かそうと声を上げようとした。
が、前に立ちはだかった二人に邪魔をされる。

ネリー「ねえ、サキに何の用?」

明華「お久し振りですね、大星さん。お噂は色々聞いていますよ」

にこにこと微笑む留学生コンビに、流石の淡も怯む。

明華「一度じっくりお話をしたいと思っていた所です。丁度良かった」

ネリー「そうそう。こんな機会滅多に無いもんねー」

淡「ちょ…」

二人の間から、どんどん咲が遠く離れて行くのが見える。
相手している場合では無い。

明華「で、一体私の後輩とどういう関係なのでしょう?」

淡「どうって、あんたたちにいちいち報告する義務でもあるの?」

ネリー「もしかして言えないような関係とかカナ?」

淡「……」

迷わず淡は、隣で成り行きを見守っていた誠子の襟首を掴んだ。

誠子「え?淡?」

淡「全部この誠子の所為だよ」

誠子「は!?」

淡「咲と話したいと言ってるのに声も掛けられないとかぬかすから、私が協力してやってるの」

誠子「お、おい淡!?」

淡「話を聞くなら、誠子からにしてよ。私なんかよりずっと咲と親しいみたいだし」

誠子「おーい!」

明華「へえ」

ネリー「そうなんだー」

2人の視線が、ついと誠子に向けられる。

誠子「お、おい…こいつのいう事は全部デタラメだって…」

ネリー「あんたがセイコ?」

明華「まあ、じっくりお話しましょうか」

隙をついて、淡はその場からダッシュで逃走する。

誠子「おい淡!私を置いて行くなー!」

当然、誠子の叫びは聞こえない振りをして。

淡「やれやれ。何とかなったか」

誠子のことは完全に無視して、淡はほっと息を吐いた。
あんな怪しい二人に関わっている暇等無い。

それよりも咲だ。

淡(この私を無視するなんて……ただで済むと思わないでよ)

大股で会場内を歩き、臨海の制服を探す。

淡(いた!)

咲と喋っているのは智葉では無くハオだった。
二人は冗談でも言っているのか、どことなく楽しそうな表情をしている。

それを見ても淡の心が揺らがされることは無い。
先程のような、気分が苦しくなることも。

しかしはしゃぎ過ぎてる二人に対して、
智葉が気を緩ますなと注意をする為に顔を向けた途端。

再びあの感覚がぶり返す。

淡(一体、どういう事?)

ハオと咲は体を小さくして、智葉に対して頭を下げた。
智葉はその様子を見て苦笑する。そして2人の頭を順に撫でた。

先輩と後輩の日常のやり取りなのだろうが、
淡にとっては何故か腹立たしい光景に映った。

淡(ちょっとベタベタしすぎじゃないの?)

作戦の成功の為なら、咲の今の態度は正しいものなのに
苛立ちを抑えることが出来ない。

淡は咲たちから目を逸らした。
今声を掛けても、咲は淡の方を見ようとしないだろう。

くるっと向きを変えて、走り出す。

淡(どうなってんの!?)

今まで味わったことの無い想いに戸惑う。

これが智葉に対する嫉妬、だなんて考えも付かない。
今まで誰かにそこまで執着したことが無かったからだ。



――――


白糸台メンバーの元へ戻った淡に、菫が声を駆けて来た。

菫「淡、一体どこに行ってたんだ。試合が終わったからってあんまりふらふらするなよ」

淡「はいはい」

菫のお説教をどこ吹く風でやりすごす。

菫「まあ、いい。そういや亦野はどうした?」

淡「あ、えーと」

淡が言いそびれていると、
調度よく誠子が命辛々逃げてきたという形相でやって来た。

誠子「おい淡!いったいどういうつもりだよ!」

淡「何よ、騒々しいなぁ」

誠子「お前デタラメ言うなよ。誰が咲ちゃんと親しくしてるって?それはお前だろ」

淡「ちょっとした自己防衛だよ。奴らと関わるつもりは無いからね」

誠子「だからって私をダシにしていいのか!?」

淡「いいと思うよ」

後輩の冷たい態度に誠子は「私なんて、どうせ」といじけ始めた。
それに構う事無く淡はそっぽを向いた。

誠子「なあ。あの二人にはただの友達だって説明しといたけど」

淡「何、まだその話?」

誠子「もう、ほんとに咲ちゃんと会うのは止めた方がいいぞ」

聞かない振りをする。
けれど誠子は話を止めない。

誠子「さっきも本当はショックだったんだろ?」

誠子「口では辻垣内とくっつけるって言っても、実際二人が歩いとる所見たらきつかったんじゃないのか?」

ぴくっと淡は眉を動かす。

他人に動揺していたことを知られて不愉快だった。
何故動揺したか、まだ理由すらわかってないのに。

誠子「咲ちゃんとこの先も接触したら、辻垣内と一緒にいる所をこの先何回でも見るハメになるぞ」

誠子「そうなる前に、手を引いた方が」

淡「うるさい」

急に声を出した淡に、周囲が視線を向ける。

淡「口出ししないでよ。辻垣内と一緒にいたからって何。動揺する訳が無いでしょ」

誠子「けど」

淡「この件でこれ以上何か言うのなら、誠子とはもう口を利かない」

誠子「……」

あーあ、と誠子は溜息をつく。
淡は誠子を視界に入れないように体を横に向いて地面を睨み付けた。


誠子(心配してた通りになってしまったな)

以前警告した時以上に事態は悪くなっている気がする。

先輩ととして淡のことを心配しているが、言葉は届かない。
周りに耳を傾けない位に咲に入れ込んでると気付かないのか。

困ったもんだ、と 誠子は目を伏せる。
どうやっても淡が傷付くのは避けられないだろう。

多分、誠子の知る範囲で初めて本気になった相手。
自覚した時、どう行動にでるか。

誠子(頼むから、問題だけは起こさないでくれよ)

大変な事態が起きなければ良いけど。
我侭な後輩の横顔を見て、誠子はもう一度溜息をついた。

県予選決勝の日。

またまた照の独断場であっという間に試合が終わり、白糸台の優勝が決まった。
喜ぶ部員一同をよそに、淡は別のことを考えていた。

淡(今日も様子を見に行こう…)

こそこそと淡は皆から抜け出し、目的の場所へと向かった。

到着した会場では 県予選を制覇した喜びで臨海の部員達が騒いでいた。

淡(…あれ?)

何故かそこに咲はいない。

どこにいるか誰か捕まえて聞き出したかったが、明華やネリーがいるのを見て断念する。
わざわざあの二人に絡まれるような真似は出来ない。

淡(ちょろちょろ歩き回って、何やってんのよ!?)

ひょっとして先に帰ったのだろうか。

淡(なんだ、無駄足だったな)

そう考えるともうここにいる理由は無い。

車に乗って帰るかと、待たせてある方向へと歩き始めた時。
見覚えのある姿を遠くに見つける。

間違えようも無い。
ダッシュしてその人影に近付く。

淡「咲!」

大声で呼ばれ、咲はびくっと肩を揺らして振り返った。

咲「もう、心臓に悪いよ。なんでいつも急に現れたりするの」

淡「それより何だって一人でウロチョロしてんの?」

咲「ちょっとお手洗いに行ってただけだよ。で、先輩と会話すればOKなんでしょ。わかってるよ」

投げ遣りに言って、咲は淡の前から去ろうとした。
が、制服を掴まれて前へ進めなくなる。

咲「え?」

淡「今日はもういいよ。疲れてるでしょ、作戦は無し」

咲「…はぁ」

急にそんな事を言われて咲は目を見開く。
けど無茶な作戦を言い付けられないならそれで良いかと、深く考えずに同意する。

咲「作戦が無いなら、もう行ってもいい?」

淡「いや、それより…ほら、一応あるでしょ」

咲「何が」

さっぱり要領の得ない淡の言い方に咲は眉を潜める。
やはり何かおかしな作戦を思いついたのかと、ごくりと唾を飲み込む。

淡「だから、試合で頑張り過ぎてお腹が減ったでしょ!」

淡「特別に私の家に招いてやっても良いって言ってんの。何なら咲の好きな物を出してやらないこともないよ」

要するに何か食べさせてくれるのかと、数秒考えた後咲は理解した。
それにしては偉そうな言い方だが。

咲「たしかにお腹は空いてるけど」

淡「そうでしょ!だと思った。私が睨んだ通りだね」

行くよ、と制服を引っ張ったまま歩こうとする淡を
慌てて咲は制する。

咲「ちょっと待ってよ。ありがたい言葉だけど、今からは無理だよ」

淡「無理って何?どうせ家に帰るだけでしょ。その前にちょっと寄り道する位出来るはずだよ」

咲「だから、私にも都合があるんだって」

あまりに一方的な淡の誘い方に、咲は抗議の声を上げる。

淡「都合だって?」

咲「そう。これから先輩達とお店で打ち上げするの。だから淡ちゃんの家には行けない」

淡「私の誘いを断るって言うの?」

咲「だって、先輩達との約束が先だよ?」

一歩も引かないという咲の表情に、
淡は制服を掴んでいた手を緩めた。

淡「……無理に引き止めて、悪かったね」

咲「ううん。せっかく誘ってくれたのにごめんね」

淡「早く行きなよ。……辻垣内も、待ってるんでしょ」

こくんと、咲は頷く。

淡「席に座る時は、辻垣内の隣だよ」

咲「そんなのわからないよ…」

淡「無理矢理でも割り込むこと!」

咲「はぁ、わかったよ」

じゃあね、と咲は走って行く。

後ろを振り返らず、前だけ見て。
その先には智葉がいる。

淡「私の誘いを断るなんて、あんたくらいだよ…」

残された淡は、
咲の姿が完全に消えるまでその場に立っていた。

咲『淡ちゃんの家には行けない』

淡の家に招かれて断る人間など今までいなかった。
先に約束があろうと、みな淡を優先していた。

それを咲はきっぱりと断ってきた。

淡「辻垣内がいるからか…」

最初からわかっていたことだ。

咲は智葉が好きで。
淡の誘いよりも、智葉と過ごすことを選ぶのは当たり前のこと。

それなのに、さっきから胸の辺りのムカつきは止まらない。
今朝以上に酷くなっている。

引き止めることは出来たはずだ。
いつもみたいに言えばいい。

淡『咲が辻垣内を好きだってばらずよ』

そうしたら、咲は淡の誘いを断れなかっただろう。
なのにそれは使わなかった。

そんな言葉でしか咲を引き止めることが出来ないと…気付いたからだ。

淡「それしか私達の間には無いからね」

自嘲気味に笑う。

咲の信頼を得て、心すらも掴んでいる智葉とは違う。
自分は脅すネタがなければ繋ぎ止めることすら出来ない。

淡(それが何よ、別に咲に何も望んでなんてない)

否定しても、苦しさは消えない。

淡(望んでない。辻垣内が咲に信頼されてるからって何。羨ましくなんかない、絶対に)

いっそ認めれば楽になれるのに。

書き溜め分終了。
次は5日後くらいに投下予定です。



――――


訳のわからない感情に、淡は苛立ち続けていた。

淡(何だかむしゃくしゃする。どうにも収まらない)

なんとか元の状態に戻りたい。
その為にはどうしたら良いか。

感情の乱れの原因に、咲が関わっているようだと気付く。

淡(……なら、簡単じゃない)

元の生活に戻せば良いんだ、と淡はすっきりした顔になる。

咲と会う前の、元の生活。
今まで通り、寄ってくる女の子の中から適当に選んで飽きるまで付き合えば良い。

淡はそう結論を出した。

決めた時点で、淡は即実行に移した。
自分を取り巻く女の子の中から良さそうなのを一人選び、声を掛ける。

淡「ねえ、そこのあんた。ちょっと付き合ってよ」

偉そうに指差して言う淡の態度にも、ファンの女の子達は気にしない。
呼ばれたのは自分かと思った子達はそわそわと落ち着かない。

淡「あんただよ、そう。さっさと来てよ」

迷いながらも「私?」と首を傾げた女の子に淡は頷く。
周囲から一斉に羨望と嫉みの視線が集まる。

が、淡に声を掛けられたことで女の子は完全に舞い上がっている。
背を向けて歩き出す淡の後を慌てて追い掛ける。

目に留まったのなら、付き合えるチャンスだ。
逃す訳にはいかないだろう。

校舎の中庭まで移動した淡が、改めて目の前の女の子を見る。

小柄でショートカット、細い肢体。
無意識に何を求めているか丸わかりだが、淡本人は全く気付いていない。

女の子はうっとりと期待を込めた目で淡を見ている。

淡(いつも通りの展開だ。問題無いね)

手を伸ばしても、きっと拒絶はしないだろう。
目がそう訴えてる。

声を掛けられただけで完全に浮かれている。
ちょっと触れたらすぐに落ちるだろう。

淡「……」

でも、何故か動けない。

女生徒「あの、大星さん?」

ちっとも触れて来ようとしない淡に、女の子が戸惑った声を出す。

淡「いや……ちょっと待って」

髪をかき上げて、淡は大きく息を吐いた。

おかしい。
自分から作った状況なのに、全くその気になれない。

横目で女の子の顔を確認する。

淡(うん、問題無いよ。割とましな作りだし)

失礼なことだろうと怒られそうだが、淡は真剣だった。

淡(ごちゃごちゃ考えても仕方ない。行動すればなんとかなるでしょ)

思い切って、女の子の肩に手を触れる。
余計な苛立ちを振り切るようにと、覚悟を決めた。


――――

誠子「淡ー、季節外れの発情期がやって来たんだってな?」

笑顔でとんでもない発言をした誠子に、淡は顔を引き攣らせる。

淡「何よそれ」

誠子「そのまんまだよ。学校中の噂になってるぞ、次は誰に声掛けるかって」

淡「学校中の、噂だって?」

誠子「しょうがないだろ。朝から放課後までの間に3人も声掛けて相手すりゃな」

誠子「お前って声掛ける時、妙に堂々としてるし」

何もしてないよ、と淡は内心で呟く。

結局、声を掛けた女の子とは何も出来なかった。
また呼んで下さいと言われた気がするが、もう興味は無い。

とにかく他の女と試せばいい、そんなことで頭が一杯だったからだ。
そして校舎に行き、休み時間にまた女子生徒を引っかけたのだが結果は同じだった。

淡(おかしい。絶対変だ。私は病気なの?)

咲がいたら「頭がね…」とツッコミを入れてたところだろう。

誠子「ひょっとして報われない片思いの所為でヤケになってるのか?」

淡「は?ヤケになんてなってないし」

誠子「なら一つだけ聞かせてくれ。部活が終わった後もまた誰か誘うつもりなのか」

淡「悪い?」

誠子「いいけど。私は臨海に行くから、どうぞ楽しんで下さいな」

淡「はあ!?何言ってんの!?」

臨海と聞いて淡はぴくっと眉を動かす。
まさかと思うが、誠子は咲に会おうなんて考えているのでは。

誠子「咲ちゃんに会って来るよ。淡は忙しいからって伝えとくから安心してくれ」

淡「ちょっと、何のつもり!?」

ギロリと誠子を睨みつける。
誠子はどうってことの無い様子で肩を竦めた。

誠子「いやなのか?咲ちゃんに知られるのが」

淡「言ってどうするの。咲は私のことを聞いても、どうとも思わないよ」

誠子「そうか?女の子を弄ぶ最低な奴って思うかもしれない。咲ちゃんの心証、ますます悪くなるなあ」

淡「…何を企んでんの」

誠子の言い方に、煮え繰り返る程腹が立つ。

咲にどう思われようが構わない態度を取っているが、こんなことは知られたくない。
何故だかわからないけれど、強くそう思う。

誠子「別になにも企んでない」

淡「嘘」

誠子「嫌なら阻止すればいい」

淡「はあ!?」

にやっと誠子が笑う。

誠子「私が臨海に行くより早く、咲ちゃんを捕まえたらどうだ?車でならお前の方が早いだろ」

淡「なんで私がそんな事」

誠子「強要はしない。お前が選べ」

淡「……」

言いたいことだけ言って、誠子は去って行く。

淡(勝手なことばっかり言って)

人が混乱から抜け出そうとしているだけなのに、邪魔をしてくるのが気に入らない。
あんなの無視してしまえばいい。

淡(そうだ。いつも通りの生活を取り戻さないと…頭がおかしくなるよ)

誠子に見せ付けるように、遠巻きに応援に来ている女の子達に視線を向ける。
今日は淡が積極的だと聞いて、いつも以上に部室を取り囲む人数は増えている。

淡(この子らのほとんどが、私目当て。これだけの人数に望まれてる)

だけど、どこか虚しい。
何故だろう。

考えまいと、淡は首を振る。

適当に選んで、楽しく過ごせば良い。
そのことだけ今は考えるべきだ。

だが、結局選んだ行動は…
車に乗って、臨海に向かうことだった。

ご丁寧に運転手にまで急がすように指示をした。
誠子よりも早くと気持ちが焦っていた所為だ。

先に携帯で咲に校門から少し離れた場所に待つようにと指示をし、
見付けると同時に車に押し込んだ。

咲「なんなの、一体。明華先輩たちに何か言われたとか?」

強引な淡の行動に慣れたものの、いやに慌しい行為に咲は首を傾げる。

淡「そんなんじゃないよ。それより誠子に会ってないでしょうね」

咲「亦野さん?」

何故誠子の名が、と咲は目を瞬かせた。
そして「あ」と声を上げる。

淡「何?誠子に何か言われたりしたの?」

まさかもう接触があったのかと、淡は咲の肩を掴む。

咲「私も直接聞いたんじゃないけど」

淡「何、勿体ぶってないでさっさと言いなよ」

咲「亦野さん、県予選決勝の時に先輩達にとんでもないこと言ってくれたから…」

淡「とんでもないこと?」

うん、と咲は頷く。

そういえば明華らに捉まりそうになった時に誠子を差し出したんだった。
適当にごまかしたとは言っていたけど、本当に大丈夫だったのか。

咲「私の足が気に入ったから一緒にいるんだとか、毎日でも鑑賞したいとか言ったらしくって」

咲「先輩に友達は選べと説教されちゃったよ」

淡「………」

どの辺が上手く誤魔化したんだと、淡は拳を握り締める。
とりあえず明日制裁しておこうと決めた。

淡「…誠子には、私から言っておくよ」

咲「そうしてくれると助かるよ。で、今日は何なの?また(おかしな)作戦思いついたとか?」

淡「…いや」

まさか誠子との会話のことを言えず、淡は口を閉じる。
何か適当に誤魔化さなければ。

咲「悪いけど、今日は明華先輩に亦野さんのことでずっと説教されてたから。辻垣内先輩と会話してないよ」

淡「それは別に、いいよ」

咲「え?」

いつもいつも智葉に積極的に話しかけろと怒られてる咲は、
淡の言葉が信じられずにきょとんとする。

てっきりまた障害(明華ら)を押し退けてまでも声を掛けろと言われるかと覚悟していたのに。

咲「そう。怒ってないならいいけど」

淡がそう言うならと、咲は安心して車のシートに体を凭れさせる。
無茶苦茶なことは出来るだけ言われずに済むに限る。

淡「ねえ。咲からの話を聞いてると…あまり辻垣内と話してないように思えるんだけど」

咲「う、うん」

やはり注意されるかと、咲は身構える。
簡単に見逃してくれないつもりでいたので恐る恐る答えた。

淡「でしょ。例えば、例えばだよ。私と会話してるのと、辻垣内と会話するのとどっちが多い?」

咲「そりゃ淡ちゃんに決まってるよ。先輩とはわざわざ二人きりで喋る機会なんてほとんど無いんだから」

淡「そう…」

事実を答えただけなのに、淡は神妙に頷いている。
一体何を意図しているのかわからず、咲はただ首を傾げる。

淡「私と会話する方が、多いんだね」

咲「うん」

淡「なら、辻垣内の家に行ったことはある?」

咲「ある訳無いでしょ。そんな親しくもないんだし」

淡「だよね」

嬉しそうな顔している淡が、ますますわからない。
また新たな作戦を思いついたのか。そんな深読みをしてしまう。

淡「辻垣内と一緒に料理を作ったことは?」

咲「調理実習のこと?そもそも学年が違うし」

淡「二人きりで外を歩いたことは?」

咲「ないよ」

淡「辻垣内と手を繋いだことも」

咲「無いから!淡ちゃんの言ってること、全部無いから!」

なんなの、と咲は憮然とする。
そうも智葉と距離を縮めていない自分に怒っているのか。

それにしては、何だか機嫌が良さそうだが。

咲(逆に怖いよ…)

淡の様子を見て、咲はこの先何を言われるかと動揺していた。

不思議なことに、ずっと苛々していた気持ちが消えていった。
智葉と全く進展が無いと聞いても、前ならこうしろああしろと言っただろう。

なのに今はそんな気持ちはこれっぽちも無い。
むしろ嬉しい。

智葉とよりも、咲は自分と会話している。
ほぼ毎日二人きりで会ってる。手だって繋いだ(ようなものだ)

智葉に対して優越感に似た気分になる。

咲「ねえ」

淡「何」

咲「あんまり無茶なこと言っても、出来無いから…」

黙っている淡に不安になり、咲は言葉を掛けた。

淡「心配しなくていいよ。今日は何の作戦も言いつけたりしないから」

咲「え?」

淡「たまには休んだ方がいいでしょ。一応、咲も頑張って来たんだからね」

咲「はあ…」

じゃあ何故呼びつけたのかと咲は思ったが、
折角作戦無しと言うので黙っていることにした。

すっかりご機嫌になった淡は、作戦とか関係無しに咲を家に招いた。

そして「お互いの高校の県予選突破を祝して」と言い訳して、
甘いお菓子を存分に用意させた。

咲「いいの?」

淡「うん。じゃんじゃん食べてよ」

咲「じゃあ、頂きます……ん、美味しい!」

最初は遠慮してた咲も、淡の催促で漸くお菓子に手を伸ばした。

淡(テルーもお菓子好きだけど、咲も同じなんだ…やっぱり姉妹だね)

夢中になって食べている咲の姿を
淡は椅子に座りずっと眺め続けていた。

名前も知らない女の子と過ごすより、何倍も咲といる時間が大事だと。
やっと、わかった気がした。


――――


書き溜め分終了。
次は3日後くらいに投下予定です。

お菓子を食べていた咲が「そろそろ帰らなきゃ」と腰を上げた。

行ってしまう。
たったそれだけで淡は焦りを覚えて、さっと側に立つ。

淡「また明日も来なよ」

口調は偉そうなものだっだが
内心では断られるんじゃないかとドキドキしている。

咲「作戦会議するの?」

家への招待などと思ってない咲は、
ただ淡がまた無茶な注文をするものだと思って眉を顰める。

咲「分かったよ」

小さく頷く。

断れば淡にある事無いことばらされる。
弱みを握られてるから来るんだと、咲の目は訴えてる。

淡「……明日も迎えに行くから」

咲「うん。じゃあね、淡ちゃん」

大星家の車に乗って、咲は帰って行った。

淡「作戦会議か…」

急激にまた胸が苦しくなっていく。
少し前までお菓子を食べ続ける咲の顔を眺めていた時は、あんなに穏やかだったのに。

自分が始めた事だけど、
咲との結びつきがよりによって智葉と両思いにさせる為の作戦会議しか無いとは。

淡(最悪だよ)

これから先、咲に策を与える気なんて無い。
しかしだからと言って作戦無しでは咲と会う口実が無い。

だったらこの先どう動いたら良いのか。
考えても、今は何も出て来なかった。


――――

翌日。
当然やって来るとは思っていた。

車を飛ばして行ったのは、ばれているだろう。
でもあれこれ詮索されるのは嫌だった。

誠子「淡」

声をかけられた淡は方向変えようと背を向けた。

正直、会話をしたくない。
昨日の件で何か言われるのが一番嫌だ。

誠子「その様子だと昨日臨海に行ったな。どうせ咲ちゃんのことであれこれ言われたくないんだろ」

図星だったので、淡はむっと口を噤む。
だから誠子と話をしたくなかったのだ。

淡「それが何」

誠子「お前、もう覚悟は決めたのか」

淡「…何の」

わかっていたけど、淡は知らない振りをした。
が、誠子は引き下がらない。

誠子「あの辻垣内から、咲ちゃんの気持ちを振り向かせることに決まってるだろ」

だから嫌なんだと、淡は顔を顰める。
考えまいとしてることをわざわざ言わなくても。

淡「誠子には関係無いでしょ」

そう、関係ない。これは自分自身の問題だ。
誠子に口出しする権利は無い。

誠子「けどなあ、私にもちょっとは責任があるんじゃないかって…」

淡「はあ?何言ってんの」

何の責任だと、淡は思わず相手してしまう。

誠子「昨日お前にわざと言ったことだ。咲ちゃんに会って全部ばらすとか」

淡「ああ、その事」

たしかに誠子に乗せられて、車を飛ばして臨海には向かったけれど。

そんな挑発よりも前に、
きっとこの気持ちはもう存在してたから。

淡「別に誠子の言動なんて関係ないから。勝手に責任感じないでよ」

誠子「だけどなあ」

淡「私が望むのは一つ。もう、口出ししないで」

誠子「……」

それだけ言って踵を返そうとする。
その淡の後ろ姿に、誠子は思ったまま声を出す。

誠子「本気でやり合う気なら協力するぞ。私はお前の味方だからな」

淡は知らん顔して、そのまま足を止めない。

淡(何が協力だよ。そんなものいらないよ)

私を誰だと思ってるんだと、淡は眉を顰める。

たしかに張り合う相手は強敵だろうけれど。
負けるつもりは無い。

困難も多いし、咲からの評価も最悪に近いが。

淡(…改めて考えると、結構悪い状況だね)

今更ながら気付いてしまう。
どんなに不利な位置にいるかってことを。

淡(だ、大丈夫!問題ないよ)

誠子が余計なことを言うから弱気になったんだと、
淡は自分を叱咤する。

こんな精神力じゃダメだと、両頬を叩いて気合いを入れた。

全国大会が近いので、いつまでもぼんやりしていられない。
放課後の練習は普段の2割増しの気合いを入れ麻雀に専念した。

菫「皆、お疲れ様」

部員一同「お疲れ様でしたっ!」

解散の声と同時に気が緩む。

昨日の約束で、臨海に迎えに行くことが決まっている。
淡は部室を出ようとドアのノブに手を伸ばしかけたが。

菫「待て、淡」

淡「何?私急いでるんだけど」

菫「私達1軍は、この後全国に向けてのミーティングがある」

淡「えーっ」

照「この後カフェにケーキ食べにいこうと思ったのに…」

菫「照、お前まで……」


結局その後延々とミーティングに時間を取られてしまった。
やっと開放された淡は大急ぎで車に乗り込む。

向かう先は、勿論臨海だ。

到着して、まず咲が待っていないか確認する。
が、いない。きっと淡がいないとわかってすぐに帰ったに違いない。

携帯を取り出し、今家にいるのなら出て来いと呼び出すべきか。
咲の番号を表示させて、淡はふと指を止めた。

淡「……」

そこまでして咲に会おうとする自分の行動が笑える。

いないとわかったらあっさりと帰ってしまう相手に、
ここまで執着するなんて。

淡(あり得ないでしょ)

思い通りにならない相手なんか追いかけるものじゃない。

いつも待っててもらうのが当然だと思っていた分
いなかった時、結構堪えるものがある。

淡(今まで私がさんざんやって来たことなんだけど)

面倒になって、何度も女の子達との約束を破った。
一緒に歩いてる途中でも嫌になって、突き放して帰ったりもした。

それと似たような気持ちか、と柄にも無く考える。

淡(…考えてもしょうがない。今日はもう帰ろ)

どうも咲と出会ってからというもの、
気にもしなかったことを考えてしまう。

着実に何か自分の中で変わっていると淡は思った。
それが良いことなのか、わからないけれど。

咲がいないのなら帰ろうと、臨海の校門から離れて車へと歩き出した時。
ふいに後ろから声を掛けられる。

咲「遅かったね」

慌てて淡は振り返る。

淡「……なんだ、いたの」

咲「だって淡ちゃん、来るって言ったでしょ」

制服姿のままの咲は、手にコンビニの袋を持っている。

咲「あんまり遅かったから、お腹も空いたしちょっとコンビニ行ってたんだ。それ位いいでしょ」

待たせたんだから、と咲は文句を言わせないという態度だった。

淡「……うん」

会えたんだから、淡も文句は言わない。

淡「でもよく待ってたね。結構遅い時間なのに?」

まさかいるとは思わなかった。
もう帰っていて、会えないと諦めていたのに。

咲「うん。でも全国前だから練習時間遅くなっただけなんじゃないかと思って」

咲「それに待ってないとまた何言われるかわからないし」

最後の方は小声だったがどうでも良かった。

咲が待っていてくれた。
たとえそれが淡の機嫌を損ねて智葉にばらされることを恐れて、ということから来る行動でも。

淡「待たせて悪かったね」

咲も全国大会前で、部活での練習は大変なはずだ。
それなのに待っててくれた。

咲「え?」

よっぽど意外だったらしく、咲は何度も目を瞬かせる。

咲「今、悪かったって言った?」

淡「言ったよ。なに、その顔は」

咲「だってまさか淡ちゃんからそんな言葉 聞くなんて」

きっと今から雨降るよ、ひょっとしたら嵐になるかも。
なんてことを呟いている咲に淡は顔を引きつらせた。

淡「失礼なこと言わないの!」

咲「痛っ!」

ぴんと額を人差し指で弾くと、咲は悲鳴をあげた。

咲「うう、痛いよ淡ちゃん…」

淡「咲が失言したせいでしょ」

涙目で額を押さえている咲が可笑しくて、淡はふっと口元を綻ばせた。

智葉とはほとんど会話していないと言ってた。
きっと今日だって自分と会話している方が多い。

こんな会話でも、楽しくて仕方ない。

淡「いつまでも突っ立ってないで行くよ。車待たせてあるんだから」

咲「また淡ちゃんの家?」

淡「そう、お腹すいてるんでしょ?しょうがないから、また咲が好きそうな菓子食べさせてあげる」

一瞬戸惑いながらも、咲は大星家で堪能したお菓子を思い出し
少し嬉しそうな表情になる。

そんな咲の様子に淡も頬を緩ませる。

さっき咲が待っててくれた理由が、
脅されてるとか、仕方なくとかじゃなく。

同じように会いたいと思ってくれたのなら。
その場で抱きしめてしまいそうな位嬉しかったことだろう。

会いたいとこちらばかり想っている現実に、
また心に少し鈍い痛みが走った。

書き溜め分終了。
次は4、5日後くらいに投下予定です。



――――


淡の様子がおかしい。

最近妙な言動や行動が多い。
咲は淡をチラリと見て恐る恐る口にする。

咲「あの、さっきから痛いほど視線を感じるんだけど…」

咲の言葉に淡はうろたえたようにさっと目を逸らした。

淡「別に。高級菓子食べてる庶民の姿がどんなのか確認してただけだよ」

淡「咲を見てた訳じゃないし。勘違いしないで」

咲「庶民で悪かったね」

咲が不貞腐れると、さすがに淡は慌てた。

淡「言っとくけど、見下してるとかじゃないからね!そこはわかっておきなよ!」

フォローになってるんだかよくわからない言葉を投げる。

咲(一体、何)

妙にそわそわして落ち着かない淡に咲は首を傾げる。

咲(もしかして)

思い切って、今浮かんだことをぶつけてみようと淡に向き直る。

咲「ねえ、淡ちゃんってさ」

淡「何!?さては何か勘付いたの!?」

裏返った声を出す淡に、咲はごくりと唾を飲んだ。

咲「今度考え付いた作戦は、相当難易度が高いとか?」

淡「…は?」

咲「だから高いお菓子で私が断り辛いように仕向けてるの?」

がくっと、淡は肩を落とす。

淡「そんなことするわけないでしょ…」

咲「えー?」

本当?と疑う咲に淡は顔を顰める。

淡「いちいちそんな面倒な真似しないよ」

咲「…そう?」

ならばこの状況は何かと、咲は考える。

淡と会うのは、いつでもあのわけのわからない作戦会議の時で。
それ以外に淡は自分に用は無いはずだ。

咲(うーん…何でだろ?)

そういえば最初に会った頃、電話の向こうの女の子に対してヒドイ扱いをしていた。
今、淡は誰かと付き合ったりしていないのだろうか。

淡「ねえ、咲。参考までに聞いておくけど」

咲「何?」

淡の呼びかけに、咲はお菓子を頬張りながら返事をする。

淡「より顔の良い女の方がタイプだよね?そうでしょ?」

咲「んぐっ」

食べかけていたケーキを喉に詰まらせてしまう。
咲は慌てて紅茶が注がれたカップに手を伸ばした。

淡「大丈夫?一度に食べるからだよ。全く」

咲「淡ちゃんが変なこと言い出すからでしょ!」

涙目になって抗議する咲に、淡は「何で」と不満げに言う。

淡「私は真面目な話をしてるんだよ」

咲「どこが!?大体そんなの聞いてどうするの!?」

淡「いいから答えて。大事な質問だよ」

やっぱり横暴と、咲は頬を膨らませる。

咲「そんなの考えたこと無いよ…」

淡「でも飛び抜けて良い女だったら、少しは心動かされるでしょ?ね?」

咲「……」

訳がわからないと、咲は脱力する。

面倒になったので「ねえ、答えて」と急かす淡に
「そうだね」とおざなりに返事をする。

淡「金も持っていた方がいいでしょ?」

咲「そうだね」

淡「地位も必要だよね?」

咲「そうだね」

淡「それと麻雀の実力。咲とほぼ同等なら、言うことないでしょ?」

咲「そうだね」

そうだねと適当に答えてるというのに、
嬉しそうにしてる淡がますますわからない。

咲(一体何考えてるんだろう…)

新しい試みをしている最中なのかと思い込んでしまう。
未だ咲は何も気付かないでいた。


――――


咲が帰った後、淡はまだ片付けしていない部屋にもう一度戻った。
そしてさっきまで咲が座っていた位置のすぐ隣に腰を下ろす。

淡(これくらいの距離が、ベストなんだけど)

さすがに咲が不審に思うだろうと自制した。
折角二人きりでいるというのに、縮まらない距離がもどかしい。

会話から気のある素振りを汲み取ろうとしない咲に、
なんて鈍い奴だと淡は少し苛立つ。

淡(まあ、いいよ。咲にとって私はわりと理想のタイプに近いみたいだからね)

生返事な咲の態度に気付かず、淡は満足げに頷く。

今日の質問から、例え今は智葉を想っていても
変えられるかもしれないという可能性が出てきた。

どうやったらそんな前向きに考えられるかと万人なら思うだろうが、そこは淡だ。
やってやろうじゃないと見当違いな決意を燃やす。

淡(そうだね。まず咲が私を好きになる切っ掛けが欲しい。それも辻垣内以上に好きになるような…)

何か無いかと、淡は考え始める。

淡(……そうだ、全国大会がある)

団体戦では大将の淡と先鋒の智葉が直接当たることはないが、個人戦だったなら。

咲は智葉の麻雀をしている姿が好きだと言った。
智葉の実力に心酔しているような言動も何回か聞いてる。

その智葉と対戦し、圧倒的な勝利を収めたら。

淡(これだ!)

いけると、淡は自分のひらめきに満足そうに頷く。

智葉に勝った自分を、咲は見直すに違いない。
勝利と同時に咲の心も手に入る。

淡(一石二鳥とはよく言ったものだね)

そういう時に使うものじゃないというツッコミは置いといて、
淡は自分の閃きに満足そうに頷いた。

なんとかなりそうだ。
その為には、絶対智葉に勝つ。

淡「待ってなさいよ、辻垣内!」

高笑いする淡の声は廊下にまで響いた。

何人かの使用人に聞かれたが、皆(またか…)位にしか思わず、
そのまま仕事を続けていた。


――――

今日も全国に向けてのミーティングで帰るのが遅くなった。

咲には運転手を臨海へ向かわせて、
それに乗って先に家で待つようにと伝えてある。

最早、毎日咲の顔を見なければ気がすまなくなっている。

淡(辻垣内だって毎日見てるんだし。公平にするのは当然だよね)

なんていう無茶苦茶な理由で。

淡「ねえ。咲はちゃんと来てる?」

淡の帰宅を出迎えた使用人達に尋ねると、
「はい、お通ししておきました」と返事される。

淡「そう」

淡はさっさと咲が待っている部屋へと向かう。
そしてノックもせずドアを開けると、いつも通り出されたお菓子を頬張っている咲と目があった。

咲「おかえり、淡ちゃん」

ぺろっと指についてるクリームを舐めて、咲はなんでも無いように声を発する。

淡「………」

咲「どうかしたの?」

淡「………」

あまりの衝撃に、淡はすぐ対応することが出来ずにいた。

おかえり、だなんて先程も使用人からも言われてる。
それに対して、いつも特に返事をしてなどいない。

でも咲が言う「おかえり」には、
それらとは 違う何かくすぐったいもののような響きがある。

淡「た、ただいま」

思い切って、咲の言葉に答えてみる。

淡の必死のただいまに咲はきょとんとした後、
「突っ立ってないで座ったら?」と目の前の椅子を指した。

淡「……咲の方がこの家の人間みたいだね」

咲「だって淡ちゃん、ぼーっと立ったままだから」

くすくすと可笑しげに咲が笑う。
淡は黙って、すぐ前のソファにすとんと座り込んだ。

ただいまなんて言ったのがつい照れくさくて、つい誤魔化すようなことを言ったけど。
本当は嬉しかった。

淡(ただいまと咲に迎えてもらう生活か……悪くないね)

毎日咲を先に家に到着するようにして、言ってもらうか。
いっそのこと、ずっとここに置いておけないか。

そうしたら今度は「おはよう」「おやすみ」と言ってもらえるかもしれない。
それいいな、と淡は夢の世界に飛んでしまった。

書き溜め分終了です。

あまり書き溜めできてませんが投下します



――――


全国もいよいよ真近に迫ったことで、
練習もそれなりに厳しいものに変わる。

大体の部員がぐったりと疲れているところだが、
淡は違っていた。

淡「じゃあ皆お疲れー」

元気よく挨拶する淡に他の1軍メンバーが目を向ける。

尭深「淡ちゃん、最近ご機嫌だね」

菫「そうだな。対照的に照は不機嫌だが」

照「だって、最近咲ったら帰るのが遅くって…」

菫「ひょっとして恋人でもできたんじゃないか?」

照「咲に恋人!?そんなのまだまだ早いから!」

菫の言葉に照は目を剥いて声を張り上げる。

菫「咲ちゃんだって淡と同い年なんだし、恋人がいたっておかしくないだろ」

照「咲は淡みたいにスレてないから…」

酷い言われようだが、今の淡にはそんな言葉も気にならないほど上機嫌だった。
ウキウキとしながら部室を出る。

咲の所へは別の車を迎えに行かせてある。
建前として、こちらの練習も忙しいので先に家で待ってろと連絡したのだが。

本音の理由はしょうもないもの。

昨日のように、後から到着する形になれば「おかえり」と言ってもらえる。
ただそれだけ。

淡にとっては至極真面目なことだが。

自分の車はゆっくり走らせよう。そうしたら確実に「おかえり」の声を聞くことが出来る。
などと馬鹿らしい考えに耽っている最中に、鞄に入れてた携帯が着信を知らせる。

表示を確認して、淡は目を細める。
相手は咲だ。

もしや車が見当たらないと連絡を寄越して来たのだろうか。

淡「何、どうしたの」

自分でも驚く位優しい声が出た。
が、すぐに咲の言葉によって不機嫌なものに変わる。

咲「迎えに来てもらってなんだけど。今日は行けないから」

淡「なんだって?」

怒鳴らなかったのが不思議なくらいだ。
こんなにも会いたがっているというのに、相手はあっけらかんと行けないと言う。

酷い扱いだと内心で憤慨する。
そして理由を問い質す。

淡「なんで来られないの?言ってみなよ」

うって変わって低い声を出す淡に、
咲は気にも留めずに普通に答えた。

咲「ちょっと、辻垣内先輩に勉強を教えてもらうことになっちゃって」

淡「辻垣内に!?」

少し大きめの声を出してしまったことに気付き、
慌てて淡はトーンを下げる。

淡「一体どういうこと!?何が起こったの!?」

咲「何って……」

言い難そうにごにょごにょと言葉を濁す咲に、
「ハッキリ言いなよ」と詰問する。

咲「……期末テスト、数学だけ赤点だったの」

淡「……」

咲「で、今度の追試までに先輩に数学を見てもらうことになっちゃって…」

淡「……」

咲「今から図書室で勉強するの。だから今日は無理なんだ。ごめんね」

そう結論づけて電話を切ろうとする咲に、
淡は慌てて声を上げた。

淡「ちょっと待って!数学なら私得意中の得意だよ!」

淡「きっと辻垣内より効率よく教えてあげられるよ。考え直して!」

出来れば二人きりになるのを阻止したい。

適当なことを言って引きとめようとするが、
咲は聞き入れようとしない。

咲「でも、もう先輩と約束しちゃったし」

咲「それに作戦としては良い感じじゃない?ここしばらく会話をしてなかった分を取り戻す良い機会でしょ」

咲としては、いつもいつも積極的でいけと言われた通りにしてやってる位の気持ちだった。
だから気付かない。

携帯の向こうで淡がどんな顔してるかなんて、
きっと想像もしないに違いない。

淡「そう、だね」

咲「でしょ。じゃあまたね、淡ちゃん」

あっさりと咲は通話を終えてしまう。
ツーという機械音に、淡は溜息をついて手を離す。

確かに初めのうちは智葉と咲が上手く行くようにアドバイスをしていた。
智葉との仲を取り持った自分に対して、咲は自分を見直すことにになるだろうと思い描いていた。

それだけの為に咲を呼び出していたのだが。

淡(今は違う)

智葉と二人きりになんてさせたくない。
会話も、もっと言えば智葉なんか見て欲しくない。

しかし咲は智葉のことが好きで。
その願いは叶わない。

こうして約束していたって、智葉の所へと行ってしまう。

淡(そんなに辻垣内がいいの…)

肩を落とす淡に、
今まで一部始終を目撃してしまった誠子が声を掛ける。

誠子「淡、今の電話だけど」

部室から数メートルも離れていない所で喋っていたのだから、聞かれても仕方ない。
だが何度も鬱陶しいことを言う誠子に、またかと淡は睨みつけた。

淡「誠子には関係無いよ」

誠子「だけどなあ」

表情を曇らせた誠子を無視して淡は車へと急ぐ。
これから自分が何をするかなんて、絶対に知られる訳にはいかない。



――――


臨海に来るのは、これで何度目になるのかわからない。
勝手知ったる素振りで校内へと足を踏み入れた。

淡(まずは、図書室を探さないと)

途中、そこら辺を歩いていた生徒に声を掛け場所を尋ねる。
生徒は他校生の淡にも丁寧に図書室への行き方を教えてくれた。

生徒「図書室に何か用事?」

適当に愛想笑いを向けて、
それには答えず淡は真っ直ぐ目的地へと向かった。

淡(…何やってるんだろう、私)

誰かに指摘されなくても、今自分がやっている行動は変だ。
こんなこそこそと二人がどんな様子でいるか探ろうとするなんて。

自分らしくないみっともないやり方だ。格好悪過ぎる。
頭ではわかっていたが、淡の足は止まらない。


図書室の窓に近付き、淡はそっと中を覗ける場所を探し始める。

淡(いた…)

顔を近づけ、二つの人影を確認する。
咲と智葉だ。

ちょうど二人は淡に対して背を向けて座っていて、
こちらから覗いていることはばれたりしない。

ほっとして、淡はじっくりと二人の様子を伺う。

報告してきた通り、咲は智葉に勉強を教えてもらっているようだ。
遊び気分ではなく、ちらっと見える咲の横顔は真剣そのもの。

智葉の言葉に耳を傾け、一生懸命ノートに何か書き込んでいる。
そのことについて文句を言うつもりは無いが。

淡(近付き過ぎじゃない!?)

教科書を見ながらやっているらしく、
自然と二人の椅子はくっついた状態である。

淡(辻垣内め。わざとやってるんじゃないでしょうね)

ぎりッと淡は奥歯を噛み締めた。
普通の勉強風景だというのに、どうしても違う見方をしてしまう。

淡(咲もそれだけの接近を許してるんじゃないよ!)

追試の為か、咲は熱心に勉強に取り組んでいる。

積極的にわからないところを智葉に尋ねる為、教科書を指差したりしている。
その度に、智葉の体が咲に近付く。

たったそれだけのことで淡は腹をたて、
今にも窓を破りそうになった。

淡(辻垣内ばかり見てないで、少しはこっちの視線に気付いたらどうなのよ!?)

まさか淡が見ているなんて咲は考えもしないだろう。
気付いたら悲鳴を上げるところだ。

幸いにも咲は目の前の問題で頭がいっぱいの為、後ろを振り返る余裕など無い。
必死で智葉にわからない問題の解き方を質問し続ける。

智葉は智葉で、熱心に咲の勉強に付き合っていた。
些か数学の出来が悪い後輩に呆れることなく、丁寧に解き方を教えていく。

智葉「少し疲れたか?」

咲「平気です。あ、でも先輩は休憩してて下さい」

咲「私はこっちを進めておきますので。後で答え合わせお願いします」

智葉「普段からその位集中して励んでいれば、追試なんてことも無かったはずだぞ」

咲「それはそうなんですけど。どうも数字が並んでるのを見てると頭が痛くなっちゃって」

智葉「それは苦手意識ってやつだな。宮永は典型的な文系だから仕方ないのかも知れんが」

二人の会話は外にいる淡には聞こえない。
穏やかな二人の横顔に、何を話しているか気になってしょうがない。

何故あそこにいるのが智葉なんだろう。

書き溜め分終了です。

一旦このスレを潰した荒らしについてどう思ってます?
一言で良いので聞かせてほしい

続き投下していきます

>>319
諦めてます

淡(今すぐ邪魔してやりたい)

こんな外側からしか見ていることが出来ない自分がみじめだ。

窓を叩いてやろうかと、拳を握り締めると同時に
後ろから制服を引っ張られる。

淡「なっ…誠子!?」

誠子「静かにな。あの二人に聞かれたらまずいだろ」

人差し指を口の前に立て、
誠子がしゃがめというようにジェスチャーをする。

淡「何しに来たの」

小さいけれど、低く不機嫌な声を出して誠子を睨む。

誠子「お前が心配だったんだ。まったく、こんな覗きまでして」

淡「うるさいな。余計なお世話だよ」

誠子「あのなあ…白糸台の制服がどれだけ目立ってるのか分かってるのか?」

淡「……」

誠子「覗きなんかして通報されたら、大会はどうするんだ。バカ」

淡「バカって言うな」

誠子「いいから、まずはここ離れるぞ」

嫌だと拒否しようとしたが、
腕を掴む誠子の力は強い。

それに離れなければ誠子も動こうとしないだろう。
ずっと覗いている姿を誠子に見られるのは、さすがにプライドが許さない。

淡「で、誠子は何しに来たの?」

校門から少し離れた場所に待機してた車へと戻った。
ここなら咲と智葉が出て来るのを確認出来る。

誠子「何しにって、不祥事起こしそうになった部員を止めに来たんだ」

臨海に行って咲と智葉が仲良くしている場面を見て、
逆上した淡が問題を起こしたら…と思うと気が気じゃなかった。

実際、図書室の中を覗いている姿は不審者そのものだった。
通報されたら白糸台は終わりだ。

慌てて臨海へと来たが正解だったと、誠子は汗を拭う。

ちなみに淡の姿はかなり目立っていた為、
白糸台の生徒を見なかったかと片っ端から聞いたらすぐに教えてくれた。

その為、図書室にたどり着くことが出来たのだ。

誠子(目立ち過ぎるっつーの)

苦笑する誠子に、淡はふと思いついたように声を上げる。

淡「そういえば、誠子言ったよね?私の味方だって」

誠子「え?確かに言ったけど…それがどうしたんだ?」

淡「今から図書室に行って、咲を連れて来て。二人を引き離す手助けくらいしてみせてよ」

誠子「出来るか!それ手助けじゃないだろ」

淡「ちっ。役に立たないな」

誠子「あのな…」

俺様な淡を目の前にし、誠子は脱力する。

誠子「なあ。そんなに気に食わないのか?咲ちゃんが辻垣内と一緒にいること」

淡「当たり前でしょ」

誠子「うわ。珍しく素直だな」

思わず即答してしまい、淡はしまったと口を閉じる。
にやにやしながら誠子はぽんと淡の肩を叩いた。

誠子「どうする?辻垣内が咲ちゃんの魅力にやられて、ふらふらと手ぇ出したら」

淡「辻垣内を消す」

誠子「目が!目がマジだから!」

淡「冗談だよ、バカ」

誠子「今のは違うぞ!本気だった!」

騒ぐ誠子に、うるさいなあとそっぽを向いた。

まだ咲は出て来ない。
勉強は大事かもしれないが、さっさと片付けて出て来て欲しい。

淡(まさかとは思うけど。あのまま告白なんかして上手くいったりしたら…しゃれにならないよ)

以前、積極的に行けと言った自分が恨めしい。

誠子「なあ、淡」

淡「なんだ。まだいたの」

誠子「現実問題として、咲ちゃんをどうやって自分に気持ち向かせるつもりなんだ?」

またその話かと、溜息をつく。

淡「どうって、なんとかするから誠子は心配しなくていいよ」

淡「上手くいったら報告してあげるから。それでいいでしょ」

誠子「ひょっとして全国の個人戦で辻垣内に勝って、それで咲ちゃんの気持ちを掴もうとか思ってないよな?」

淡「……」

言い当てられて、内心でぎくりとする。

誠子「決め手になるっていったら、やっぱりこれだろ」

誠子「辻垣内に勝てたら、咲ちゃんだって淡を見る目が変わってくるかもしれない」

淡「…まあ、そういう手もあるね」

今気付いたというように淡は頷いた。

誠子「だから、全国は大事な大会なんだ。他校に忍び込んで覗きしてる場合じゃないだろ」

淡「覗く覗く言うな。人を犯罪者みたいに」

誠子「さっきのお前の後ろ姿は犯罪者と変わらないぞ」

淡「……」

実際、窓を覗いてた自分の姿はみっともないと自覚してるので
その点では言い返すことが出来ない。

格好悪くて、人に見せられない姿まで晒して。

こんなの自分じゃない。
もっとなんでも思い通りになったはずだ。

そうやって捨ててしまえばいいのに。

淡(出来ない)

どんなにみっともなく足掻いても、
咲の気持ちを向かせたい。

命令とか、仕方なくとかそういうのじゃなくて。
ありのままの咲が欲しい。

淡(私は咲に好きになってもらいたいんだ)

相手と向き合って、受け入れてもらう。
それが簡単にいかない事なんて知らなかった。

淡「咲が来たら知らせて」

誠子「おい、淡?」

淡「私はそれまで寝てるよ」

誠子「ちょっと待て。このまま私に外を見てろと?おい、淡?」

ごろんと車のシートに誠子に背を向ける格好で、淡は目を閉じた。

誠子「はあ…私ばっか、こんな役目か」

仕方無さそうに溜息をつく誠子には答えず、
淡はゆっくりと呼吸を繰り返す。

大会が終わったら、きっと何か変わるはず。
今はそう信じるしか無い。



――――


誠子「淡、なあ淡」

淡「なによ。うるさいなあ」

いつの間にか本当に寝てしまっていた。
目を擦りながら起き上がると、誠子が「咲ちゃん出て来たぞ」と外を指差す。

淡「何!?辻垣内も一緒!?」

誠子「うわー、一気に目が覚めたのか」

淡「どこにいんの!」

誠子「ほら、あそこ。校門から出て、何か話してるみたいだ」

そう言って誠子が指で示した方向に、咲と智葉がいた。

今日の礼を言ってるのか咲はしきりに頭を下げている。
智葉は片手を振っていて、それに咲が笑顔で応えた。

このまま智葉が咲を送ろうと言い出すのではと危惧したが、
二人はあっさりと別々の方向に分かれて歩き出す。

特に進展は無さそうな別れ方に、
淡はほっと息を吐く。

淡「じゃあ行くか」

誠子「待て。私が行く」

淡「なんで誠子が」

誠子「まあまあ。こんな所で張ってたなんて言えないだろ?私が上手く理由言ってやるから」

淡「あ、ちょっと!」

誠子の上手い理由は当てになるかと淡は思ったが、
もう誠子は外へ飛び出していた。

誠子「咲ちゃん!」

呼ぶと、咲は「え?」と目を瞬かせて振り向いた。

誠子「元気だった?なんだ、今日もミニスカじゃないのか」

咲「…帰りはいつも制服ですよ」

誠子「冗談だよ」

咲「はあ。それで、こんな所で何してるんですか?」

誠子「いや、今ちょうど淡と遊んでた所なんだ。その帰りに会うなんて偶然だなあ」

咲「はあ…」

偶然?と咲は首を傾げたが、
それ以上追求したりしない。

淡「…勉強は終わったの?」

追いついた淡も咲に声をかける。

頑張っていたのは知っていたが、
話題に出さないのも変だと思い尋ねてみた。

咲「うん。一通り教えてもらったよ」

疲れた、と咲は肩を回す。

咲「先輩が丁寧に教えてくれたおかげで追試も何とかなりそうだよ。やっぱり先輩に見てもらって正解だったみたい」

淡「へえ…」

不機嫌になっていく淡に気付き、誠子は慌てて声を上げる。

誠子「そうだ!咲ちゃん、疲れたなら淡に送ってもらったらどうかな?ちょうど車もあることだし」

咲「え?今まで二人で遊んでた所ですよね。なんでこんな所に車が止まってるんですか?」

誠子「車に乗って出掛けてたんだ!それで、咲ちゃんの姿見付けて降りて来たところ。わかるだろ?」

咲「そ、そうですか」

誠子の必死な形相に、咲は何事かと目を瞬かせる。
誠子は誠子でそれ以上突っ込みは無しにしてくれと内心で冷や汗をかいた。

淡「送ってあげるよ、咲」

咲「え?」

淡「じゃあ誠子、またね」

咲の腕を引っ張りながら、淡は誠子に声を掛ける。

誠子「ああ、また明日な。咲ちゃんもまたな」

咲「はい、どうも…」

両手を振る誠子に、咲は曖昧に返事をする。
それすらむかついて、淡は無理矢理咲を車に押し込んだ。

咲「ちょっと何。人を荷物みたいに」

ぶつぶつと文句を言う咲の隣に乗り込む。

淡「咲の家に行って」

かしこまりましたと、運転手がエンジンを掛ける。

咲「このまま淡ちゃんの家に行かないんだ?」

意外そうな声を出す咲に、うんと返事をする。

淡「疲れてんでしょ。今日はゆっくり休んで」

咲「…うん、ありがとう」

淡の労わりの言葉に、咲は素直に頷く。

それから車が走り出したが、会話も無くお互い黙っていた。
沈黙の中、淡が考えていたのは先程の咲の言葉だ。

咲『先輩が丁寧に教えてくれたおかげ』

そんなもの、自分だってやってのけると言いたかった。
でも咲の満足げな表情に顔を顰めることしか出来ずにいた。

淡(そんなに辻垣内がいいの。いつもいつもそうだ。私より辻垣内の方を、咲は選ぶ…)

誠子に咲は止めろと言われた意味がやっとわかったような気がする。

これだけ好きになった相手には、もう好きな人がいる。
ちっともこちらの気持ちに気付こうとしない。

それどころか、智葉の話を平気でするくらいだ。
嬉しそうな顔をして。

この想いが成就するのはかなり難しい。

淡(けど、私は引き返したりしない)

どうせなら最後の最後まで、
自分でも見たくない位に足掻いてみせる。



やがて車は宮永家の前に着き、静かに止まった。

咲「送ってくれてありがとう。お姉ちゃんいるだろうし、家に上がってく?」

淡「ううん、またにするよ」

咲「そう。じゃあ…ね」

ずっと黙っていた淡に、
咲はまた何か言われるのかと不審に思いながらもドアを開ける。

淡「ねえ」

咲「な、何!?やっぱり何か思いついたの?」

淡「違うよ」

精一杯、淡は笑顔を向けた。
少しでも好印象になるようにと。

淡「勉強が終わったのなら、明日は会えるよね?」

咲「う、うん」

また例の作戦かと怯えながら。
身を小さくして、次の言葉を待つ。

淡「なら、また…明日ね」

咲「え?」

それだけしか言わない淡に、
咲はしばし考えてこくんと頷く。

咲「それじゃ、また明日」

淡「うん」

ドアを閉めて、淡を乗せた車は去って行く。

咲「なんだったんだろ…」

わけがわからない。

悪いものでも食べた直後かと、
咲は首を捻った。



淡(また明日)

いつ会えるのかわからない「さようなら」では無い。
明日も咲に会える。

淡(早く、明日の今になればいい)

個人戦まで好印象を与え続けるには具体的にどうするべきか。
智葉に確実に勝つにはどういう練習を重点にするべきか。

色々考えることが多いな、
と淡は腕組をして思考に没頭し始めた。


――――

書き溜め分終了です。



――――


部員「大星さん、このところ熱心だねぇ」

周囲の声を気にせず、淡は練習に励んでいた。

全国大会でどうしても勝ちたい相手がいる。
白糸台の勝利はもちろんだが、もう一つ別の目的で。

淡(辻垣内…絶対に負かしてやるんだから)

尭深「淡ちゃん、おつかれ様」

淡「おつかれ」

一緒に打っていた尭深が、一息ついたところで話しかけてきた。

尭深「ねえ。淡ちゃんって好きな人いるでしょ?」

淡「……なんで」

知っている、と言外に告げると。
くすりと笑って尭深は答える。

尭深「だってこのところ人が変わったみたいなんだもん」

淡「…私が?」

菫「ああ、若干雰囲気が柔らかくなった感じがするな」

傍で話を聞いていた菫が
2人の会話に加わってきた。

尭深「で、意中の相手は淡ちゃんに全く気が無いの?」

淡「……だから、なんで」

どうして分かるんだと、淡は頭を抱えた。

尭深「だって、何だか苦しい恋をしている雰囲気だから」

淡「……」

まさか誠子がしゃべったのか?
と内心で冷や汗をかく。

菫「でも珍しいな。淡がそんなにモタモタしてるなんて」

淡「え?」

菫「いつもだったら、速攻声掛けて落としてるだろ。相手に恋人がいてもな」

尭深「で、その後すぐに飽きて別れる、と」

淡「まあね…」

2人は今までの行いを咎めている訳では無さそうだが、
少しばかりの良心が痛む。

相手のことなんて全く考えず、興味が無くなったらそれまでで。
しつこくすがってくる相手には平気で冷たい言葉を浴びせて。

淡(咲がそういう事全部知ったら…私をどう見るんだろう)

呆れる?怒る?
それだけじゃ済まない気がする。

軽蔑して何か嫌なものを見るような目を向けられるとしたら。
想像しただけで、かなりダメージを受けた。


菫「お前がその相手に夢中なのは、今までみたいにすぐ落ちないからなのか?」

淡「……」

菫「物珍しさからその相手に近付くなら止めておいたらどうだ?また同じことの繰り返し…」

淡「そんなんじゃない」

低い声で言葉を遮る。
菫も尭深もびっくりした目を淡に向ける。

淡「私に靡かないからとか、そういうんじゃない。二度と言わないで」

菫「あ、ああ。すまん」

淡の気迫に、菫はただ頷く。

淡(いつもみたいに思い通りにならないからって…好きになった訳じゃない)

『淡ちゃんみたいに何も考えずに先輩を誘うことなんて出来ないよ』
誘うこと一つ満足に出来ない臆病なところとか。

『好きだとは、思ってるよ。ただそれが独り占めしたい、までは行かないだけで』
好きなら相手を独占したいと思うのは当たり前なのに、見てるだけで満足してるという理解不能な思考。

『淡ちゃん、すっごく強いんだね。私、楽しかったよ!』
無防備に全開の笑顔を向けてくるその表情。

全部に引き寄せられてしまう。

この百戦錬磨の大星淡が。
あんな恋愛もろくに知らない相手に、こんなに思い焦がれるなんて。


全国大会で、絶対に咲の気持ちをこちらに向けさせてみせる。
必ず。辻垣内に勝って。

早くしないとこっちの心が潰されてしまいそうだ。
今だって咲が智葉に心を向けていると思うと、痛くて仕方ないのだから。


――――

放課後の練習が終わり、急いで駐車場へと歩き出す。

今日こそ咲が先に家に到着し「おかえり」を言ってもらえるはず。
が、そこへ携帯が着信を知らせる。

淡(まさか…)

また居残り勉強を知らせる連絡か?と淡は顔を歪めた。
もしそうだったら、今度は断固反対してやる。

誰かを使ってでも智葉を呼び出し、引き離すことだってやってやる。
数秒の間に、そんな姑息な手段が浮かぶ。

しかし着信の相手は咲では無かった。

淡(なんなの、一体)

咲を迎えに行かせている運転手からだ。

淡「私だよ」

運転手「淡お嬢様、忙しいところすみませんっ」

淡「一体どうしたの」

慌てている運転手に何事かと声を上げる。

運転手「実は先程から宮永様の姿を探しているのですが、一向に見当たらないのです」

運転手「麻雀部員らしき生徒は何人か門から出てるのは目撃したんですが、宮永様だけはまだのようで…」

大体探さなくとも、咲の方からでかくて目立つ車の方へやって来る。
それが今日に限ってまだ現れないというのだ。

淡「そう。一応こっちで連絡してみる。いつ出てくるかわからないから、そこで待機しておいて」

運転手「はいっ」

急いで淡は咲の携帯へと掛けてみる。

淡「……」

現在電波の届かない場所か、電源が入っていないとアナウンスが流れている。
迷わず今度は自宅へと掛ける。番号は以前に照から入手済みだ。

少し待った後、「はい、宮永です」と母親らしき女性の声が出た。

淡「あの、臨海の辻垣内と申します。咲さんと同じ麻雀部なんですが連絡したいことがあって。咲さんは帰宅していますか?」

他校生だとどんな関係か説明するのも面倒だったので、淡は智葉の名前を使うことにした。
不在を確かめるだけだから、とこれも自分に言い訳する。

宮永母「咲ですか?まだ帰ってないんですよ。戻ったらこちらから電話をするよう伝えましょうか?」

淡「いえ…。またこちらから連絡します」

宮永母「え?あの」

いないとわかった瞬間、淡は電話を切った。
失礼なヤツだと思われたかもしれないが、智葉の名前だから大丈夫だ問題ないと頷く。

淡(後は…)

家にも帰ってない。校外にも出たわけじゃない。
やはりまだ学校に残っている可能性が高い。

淡(仕方ないか)

淡は鞄を開けて手帳を取り出した。

いつか調べたものが、こんな形で役に立つなんて。
皮肉だと苦笑しながらページを捲り、見つけたナンバーをプッシュしていく。

淡(出ないな)

知らない番号から掛かってきたことに、警戒しているのかもしれない。
それでも淡は辛抱強く相手が出るのを待った。

しつこさに負けたのか、ようやく「はい」と無愛想に出る声が聞こえた。

淡「辻垣内?ようやく出たね。私だよ、大星淡。一つ聞きたいことがあるんだ」

智葉「白糸台の大星!?」

意外な人物からの電話に智葉は呆然としているようだ。

智葉「お前、何故私の携帯番号を知っている!?」

淡「まあ細かいことは気にしないでよ」

智葉「いや大問題だろう。個人情報が流出してるのか?」

実は以前咲の作戦用にと、智葉のことを調べ上げておいた。
好みのタイプや食べ物だけじゃなく、家庭環境から様々なことまでも。

住所や電話番号はいざ告白となった時に、
直接家に出向くとか、電話で告げるとか色々なパターンを考えた方が良いと思ったからだ。

最も、もう咲と智葉の仲を押す等と考えてないので不要の情報となったはずだが、
まさかそれが活かされるとは淡も予想していなかった。

淡「あんたの携帯番号なんて些細な情報だよ。安心してよ」

智葉「些細か?ものすごく引っ掛かるんだが」

淡「それよりもっと大事な話があるの」

智葉「何だ」

淡「宮永咲。今、そこにいる?」

いるならいるで腹が立つが、どこにいるかわからないよりはましだ。
苛立ちながら尋ねる淡に「いいや」と智葉は正直に返事する。

淡「本当?」

智葉「ああ。嘘を言っても仕方ないだろう」

淡「そう、だね」

たしかに智葉にそんなメリットは無い。嘘では無いと淡は思った。
ならば咲はどこにいるのか。

淡「今日の部活はもう終わったんだよね?」

智葉「ああ。全員帰ったはずだが。おい、宮永がどうかしたのか?」

一瞬淡は迷ったが、何か智葉が知ってるかもしれないと思い
今の状況を話してみる。

淡「約束してたのに待ち合わせの場所にも現れず携帯も通じない。何かあったのかと思ってね。心当たりは無い?」

智葉「いや。部室から出て行ったのは見ていないが、今ここには私以外残っていないぞ」

淡「そう…」

咲がこっそり帰ったとは到底思えない。

勝手に約束を破ったら淡がどんなに怒るかわかっているだろうし、
最悪智葉にばらされるかと咲は思っているはずだ。

校内で何か用事があって残るにしても、一言連絡くらい寄越すはず。
運転手が待っていることも知っている。

たとえ携帯の電源が切れたとしてもそれを言いに来ることくらいするだろう。
あれこれ考える淡に、呑気な智葉の声が響く。

智葉「きっとどこかで迷子にでもなっているのだろう。この間も校舎内で迷っていたからな」

全く心配もしていない智葉の口調。
智葉に他意はなかったとしても、淡を怒らすには十分だった。

淡「あんたのところの部員でしょ!心配じゃないの!?」

智葉「大星?」

淡「この間咲が事故に巻き込まれた件、もう忘れたの?また同じ目に合わないって言い切れるの?」

智葉「おい、どういう意味だ。宮永に何かまた」

淡「うるさい!もうあんたに聞くことなんか何も無い!」

ぶちっと淡は着信を切った。こんなに腹立つことは久し振りだ。
考えれば考える程腹が立つのは、咲がこんな智葉を好きだってこと。

淡(私だったら、気付いてやれるのに)

書き溜め分終了です。

連絡もつかない状態で雲隠れしているなんて絶対おかしい。
何かあったはずだ。

大会も近い。
期待の新人を潰そうと考える学校があるかもしれない。

淡「私だよ。まだ咲は現れないの?」

運転手に電話するが、やはり返って来た答えは同じものだ。

淡「今からそっちに向かうよ。ずっと見張ってて、咲が出たらすぐ連絡して」

運転手「はい」

自分を迎えに来た運転手に臨海へ行くように指示して車を急がせる。

淡(咲。早く出て)

咲の携帯へと掛けるが、やはりこちらの結果も同じだ。
一応留守電に連絡するように入れておくが、反応は何も無い。

この胸騒ぎが、ただの取り越し苦労で終われば良い。
何事もないようにと、淡は両手をぎゅっと握り締めた。


――――



――――


部室を曲がって、校門まで走ろうとしたところだった。

いきなり出てきた人影にタオルで口を押さえられ、
咲は三人がかりでこの場所へと連れ込まれた。

部員1「三年の私らを差し置いて、一年のあんたがレギュラーになんてなるから悪いんだよ」

部員2「そうそう。留学生でもないのに生意気なんだよ」

そう口々に言うのは、補欠の麻雀部員三人。

ポケットに入れておいた携帯は担ぎ込まれる際に落ちて、
彼女らに取られてしまった。

手足も縛られ、口もタオルで塞がれている。
咲はカタカタと身体を震わせるしかなかった。

咲(誰か、助けて)

部活動も終わった時間に、校内に生徒が残っている不自然さなこと。
見回りが来るにはまだまだ先だろうから望みは薄いけれど。

声も出せないまま、咲は誰かに救いを求めていた。

誰でもいい。
気付いてと、心の中で叫んだ。


――――

咲の携帯へ入れた伝言は、
もう何十件目になるのかわからない。

淡『迎えの車を放って何してんの』

淡『さっさと連絡して』 

淡『今どこにいんの』

淡『居場所を教えて』

後で咲が見たら顔を顰めるところだろう。しかし淡は何度も伝言を入れ続けた。
連絡がつく手段として、今はこれしか無い。

臨海が見えたところで携帯を鞄に仕舞う。

淡「そこに着けて」

運転手「はい」

咲を迎えに行かせた車のすぐ後ろに停める。
先に来て咲が通るのを見張っていた運転手が、さっとドアを開けた。

淡「咲はまだ来てないんだね」

運転手「はい!」

淡「そう。そこでまだ見張ってて 」

指示を出し、淡は臨海へと乗り込む。

淡(一体どこへ行ったのよ?)

裏門から出て誰かと遊びに行った可能性もある。
しかしこちらが弱みを握っている以上、すっぽかすことはしないと淡は思っていた。

面倒を起こすのを、咲は嫌がっているはず。
と、なるとやはり臨海に居残っている可能性は高い。


他校生が校内をうろうろしているとさすがに目立つ。
ちょうど廊下を歩いていた教師に、何の用だと声を掛けられしまう。

淡はしれっと「大会の用件で、麻雀部顧問を尋ねて来ました」と答えた。
顧問に会っても用事は無いが、適当に大会時のオーダーのことでと話をでっち上げればいい。

そう覚悟した淡だったが、職員室へと向かうと幸いにも顧問は不在だと伝えられる。
ほっとしつつも、淡は本来の目的を口に出す。

淡「あ、スミマセン。後一つだけ。麻雀部一年の宮永咲さんはいますか?」

淡「部室で彼女もこちらにいると聞いて、是非挨拶をしたいと思いまして」

しかし残っている教師から聞いてもらった所、
誰も知らないという答えが返って来た。

ここにはいないらしい。
そうなったら長居は無用。

ありがとうございますと頭を下げて、淡は職員室から出て行った。

淡(後は、どこかで迷子になってないか確認するだけか)

とはいっても臨海の校舎は広い。
この中から探すの!?と淡は深く溜息をついた。

淡(辻垣内なら…分かるのかも)

智葉『きっとどこかで迷子にでもなっているのだろう。この間も校舎内で迷っていたからな』

他意も無く、部長として困った部員だというような口調だったが。
腹が立つ。

自分のいないところで、二人は確実に同じ時を過ごしていることを実感させられる。
別の学校だから仕方ないけど、智葉よりも沢山会話をしているのに負けた気になってしまう。

淡(はぁ、それでもしょうがない)

心当たりがあるなら全部当たるしかない。
淡は携帯を取り出し、また智葉の番号に掛ける。

先程掛けた時と違い、すぐに繋がった。

智葉「大星か!? 宮永と合流は出来たのか!?」

やや焦った様子の智葉に、淡は眉を顰める。

淡「まだ。連絡も取れないよ。迷子にでもなってると思ったから、今から探すところ」

智葉「…いや、迷子ではない気がするんだ」

淡「どういうこと!?何か知っているの!?教えて!」

声を荒げると、智葉は迷ったように沈黙していたが
実は…と話し出した。

智葉「お前と会話を終えた後に、明華が気になることを言い出したんだ」

智葉「宮永がうちの補欠の連中に目を付けられていると」

智葉も詳しくは知らなかったようだ。
一年生で日本人ながら麻雀部のレギュラーである咲を妬んでいる連中がいると。

用心したほうがいい、と言う明華の言葉に
咲を探してみようとその辺りを探し始めたらしい。

淡「で、見付からなかったんだね」

智葉「…ああ」

淡「あんた、今どこにいんの」

智葉「部室近くだが」

淡「そこ動かないでよ。すぐ行くから!」

智葉「おい、大星!?」

ダッシュして、淡は智葉のいるであろう場所へ向かう。
このまま闇雲に探しても咲は見付からない。

特にここは白糸台じゃない。他校だ。
詳しく知っている奴に、嫌でも協力を仰ぐべきだ。

淡「辻垣内!」

智葉「お前、なんでこんなに早く来れたんだ?」

不思議顔の智葉に「どうでもいいでしょ」と返す。

明華「智葉、やっぱりこっちにもいなかったです。…あれ、大星さん?どうしてここに」

反対側を探していたらしい明華がひょっこり姿を現す。
淡を見て、智葉と同様驚いている。

淡「詳しい話はいいでしょ。それより咲だよ。その補欠の連中は調べたの?」

智葉「それが部室にも教室にもいないんだ。もう帰ったのかもしれない」

大体今回の件も憶測に過ぎない…と智葉は呟く。

淡「怪しい奴がいるなら、とりあえず調べた方がいいでしょ。まだ校内にいる可能性は?」

明華「それも考えてネリーやハオにメールをしてみたんですが。二人とも咲と一緒じゃなかったと言ってます」

智葉「他の一年にも問い合わせしたところ、先に帰ったと聞かされた」

淡「ますます怪しいじゃない」

臨海内で問題が起きているのかもしれない事態に、智葉と明華は顔を見合わせ困惑している。
それを部外者に知られるとまずいのかと、淡は鼻を鳴らす。

淡(どうでもいいよ。咲さえ見付かれば)

臨海のいざこざなんて知ったことじゃない。
咲が無事かどうか。重要なのはそこだ。

その時、反対側から走ってきた生徒が
何やらこちらに向かって手を振って声を上げるのが見える。

後輩「先輩ー!た、たた大変ですー」

三編みを揺らしながら女の子は金切り声を上げる。

智葉「どうした」

智葉は冷静に何事かと質問した。

後輩「大変なんです。咲ちゃんが!」

智葉「宮永がどうかしたのか?」

淡「咲がどうしたの!知ってるなら早く言ってよ!」

後輩「あの、私偶然見ちゃったんです。咲ちゃんが先輩たちに連れて行かれるところ」

智葉「本当か?今、どこにいる?」

後輩「体育倉庫の中に入る所は見ました。それで私誰か呼ばなくっちゃって急いで走って」

智葉「そうか…っておいこら、大星!どこに行く!」

飛び出した淡を智葉が慌てて追い掛ける。

淡「決まってる!咲を無事取り戻す!」

智葉「まだ体育倉庫がどこにあるか、知らないんじゃないのか?」

淡「…そうだった」

呆気にとられてる後輩に智葉は「後は私達が何とかするから待っててくれ」とだけ言って、
明華と淡とともに体育倉庫へと急いだ。

書き溜め分終了です。

体育倉庫の手前で、明華は淡の服を掴み「静かに」と茂みへと引っ張る。
智葉もその後に続いた。

明華「見張りがいますね」

淡「だから何?」

智葉「大星、静かにしててくれ。気付かれる」

淡「あんたらなんでそんな冷静なの!?」

同じ部員のことだろうとキレる淡に、
明華は冷静に言う。

明華「鍵が掛かっていたら、現場に踏み込めません。手間取っている間に逃げられる可能性もあります」

淡「でも、こうしている間にも咲が」

明華「わかってます。咲のことは私も心配です」

明華の真剣な表情に、
淡は一旦口を閉じた。

智葉「中にいる奴に気付かれないよう、表の奴をどうにかしないとな」

淡「そうだね」

三人は素早く移動を開始する。


部員3「…なんだ?」

見張り役なんて退屈だと、
補欠の一人である麻雀部員は欠伸をしていた。

後で代わって貰えるんだろうなと、
不満げに誰か近づいて来ないか壁に凭れて立っていた。

何か、今腕に当たった気がする。
一瞬だったけど、小石のような。周囲を見渡すが誰もいない。

部員3「気のせいか?」

壁から離れ、そっと辺りを窺う。

部員3「誰も、いないか」

また元の位置に戻ろうとする。
が、しかしその背に今度はさっきより大きな石が当たった。

部員3「痛っ、誰だ!?」

カッとなって走り出したその時、足に何か当たる。
人の足だと認識した瞬間、地面に激突する。

部員3「うわっ」

派手に転ぶ。激痛が顔に走る。
しかし本当の受難はここからだった。

智葉「ここで何してる」

部員3「せ、先輩!?」

悲鳴を上げそうになる補欠部員の首根っこを淡はがっしり掴む。

淡「騒がないでよ。声上げたらあんたの脳みそぶちまけてやる」

部員3「なんだ、なんだよ一体!?」

明華「その中に用事があるんです。鍵を開けるように指示してください。そうしたら悪いようにはしない」

明華は普段と変わらない人の良さそうな笑みを浮かべる。
が、内側から滲み出る怒りは隠せない。補欠部員はこくこくと従順に頷く。

淡(こいつ、怒らせたら怖いタイプだね)

顔を引き攣らせながらも、
淡は補欠部員を扉の前に引っ張っていく。

淡「さっさと中にいる奴に開けてくれるように呼びなよ」

小さくでも凄みのある声で告げると、
黙って頷き右手で扉をノックする。

部員3「おい、開けてくれ!そろそろ交代してくれてもいいだろ!」

このままでいても処罰されるのは目に見えている。
ならば少しでも心証を良くしておきたいのか、素直に部員は中にいる仲間へ開けるようにと訴えた。

部員1「なんだよ、今からだって時に…」

ぶつぶつ言いながらも扉が開けられる。
それと同時に、淡は掴んでいた部員の背を思い切り突き飛ばした。

部員3「うわっ!」

扉を開けに来た部員も一緒に床に倒れこむ。
彼女らを踏む形で淡は中へ飛び込んだ。

部員2「げっ、部長!?」

智葉「お前達、何をやってるかわかっているのか?」

智葉の声に、奥の方にしゃがんでいた残りの一人が立ち上がる。
同時に何かが床に倒れる。

ゴトっと、人形が倒れたかと一瞬淡にはそう見えた。
それは、人形ではない。

咲「淡、ちゃん?先輩たち…どうしてここに…」

その後は咳き込んだ為、何を言ってるか聞こえない。
縛られているらしく咲の手は後ろに回されている。

それよりも淡が声を失ったのは、何故か上半身何も着ていないその姿。
白い肌によく見ると、痣のようなものが見える。

淡「あんたら…」

体の中で何か切れた音がした。

淡「覚悟は出来てるんでしょうね!」

智葉「よせ、大星!手を出すな!」

智葉の叫ぶ声も聞こえない。
素早く動き、咲の近くにいた部員に掴み掛かる。

強引に体を地面に倒し、
その上に馬乗りになる。

部員2「ヒッ」

淡「歯の一本じゃ済まないってわかってるよね!」

淡が拳を振り上げるのを見て、
部員は顔を歪めて恐怖に声を上げる。

部員2「なんだよっ、他校生のお前に関係ないだろ!」

淡「はあ?この状態でそんな口利けるの」

部員2「や、止めてくれ!」

慌てて智葉と明華が静止しようと淡の腕を掴む。

智葉「大星!こんな所で問題を起こしてどうするんだ!」

明華「そうですよ。大会前にこんなことして何になるんですか」

淡「うるさい!」

右腕を掴む2人を振り払う。

淡「黙って見過ごしていられるかっての。大会だって?そんなのどうなっても構うもんか!」

言葉を失う智葉と明華。
淡は再び部員へと視線を向ける。

淡「覚悟は出来たんでしょうね」

部員2「止めてくれ、悪かった。私が悪かったから!」

淡「さあ、まず一発目」

今度こそ淡の拳は女の顔へ叩きつけられるところだった。
しかしそこへ制止の声が響き渡る。

咲「淡ちゃん!もういいよ!」

上半身を起こし、咲は立ち上がる。
淡の手は中途半端な形で宙に止まった。

その間に咲はすぐ横へと移動して来た。

咲「私ならもう大丈夫だから」

こんな状況なのに咲は笑った。淡をたしなめるように。
その表情に、体から緊張が抜けていくのがわかった。

咲の手がまだ縛られていることに気付き、解いてやる。

咲「ありがとう、淡ちゃん」

手首を回して、
それから淡の目を見て告げる。

咲「どうでもいいなんて言わないで。淡ちゃんが大会出られなくなるなんて、私嫌だからね」

淡「だって…」

反論しようとしたが口を噤む。

わかってる。
そうやって大したことじゃないから、これ以上軽率な行動するなと。
咲はそう言っているのだ。

淡(大したことでしょ。強がっちゃって)

はあ、と淡は大袈裟に溜息ついてみせた。

淡「しょうがないね。ねえ辻垣内」

智葉「なんだ」

淡「こいつらの処分は任せるよ。きっちり責任取らせてよね」

智葉「ああ。そのつもりだ」

当然だと智葉は頷く。
明華も「私も立ち会います」と言って何やら張り切っている。

放っておいても奴らに明日は無さそうだ。



智葉「大星。今日は済まなかったな」

一旦、皆は外に出ることにした。
明華は事件を引き起こした三人を部室に連れて行くと言って誘導している。

淡と咲と智葉の三人だけが、
ゆっくりと歩いていた。

智葉「お前が知らせてくれたおかげで助かった。ありがとう」

淡「……」

感謝の言葉を口にする智葉を見て、
妙に冷たい気持ちになってしまう。

淡(部長であるこいつがもっと気を付けていれば、何も起こらなかったはず)

踏み込む時間が遅かったら咲はどうなっていたか。
考えただけでぞっとする。

それにあの時間の間だけでも酷いことが行われていたかもしれない。
咲に問い質したいところだが、さすがに内心ではショックを受けているだろう。

今はそっとして置こうと、
誰もが思っている。

淡「ありがとう、か。それより自分の行動を反省したらどう?」

智葉「何が言いたい」

棘のある言い方に、智葉は眉間に皺を寄せる。
咲は心配そうな眼差しを二人に向ける。

淡「部員の面倒くらいちゃんと見たらどう?部長のあんたがそんな体たらくでどうすんの?」

智葉「それは、 私ももっと気を配るべきだったと…」

言い返せず智葉は言葉を濁す。
その様子を見て咲が二人の間に割り込む。

咲「待って、別に先輩のせいじゃないよ。あの人たちは私が気に入らなかっただけで」

咲「だから先輩を責めるのはやめて、淡ちゃん」

智葉を庇う咲を見て、
胃の中に冷たいものが降りてくるような感覚に陥る。

淡「…そう。悪かったね」

真っ直ぐな視線に耐えられず目を逸らす。

異変にも気付かずのほほんとしていた癖に、
こんな風に庇われるなんて間違っている。

そう思うのは、ただの嫉妬だ。

淡「もうどうでもいいよ。疲れたから私はもう帰る」

咲「淡ちゃん…?」

淡「臨海のことは臨海で解決して。私はここで手を引くから」

咲「淡ちゃん、待って」

突然帰ると言い出した淡に一瞬ぽかんとした咲だったが、
すぐに制服を掴み引き止めに掛かる。

淡「なに、まだ何か用?」

淡「私に構わないで。辻垣内がいるでしょ。家まで送って貰ったら?ねえ、咲のことちゃんと送るよね?」

智葉「あ、ああ」

智葉は訳もわからず、それでも酷い目にあった後輩を放っておくなど考えず
ちゃんと送ると頷く。

淡「ほら、もういいでしょ。手を放して」

引き止めてくれるのは嬉しいけど、咲が求めているのは智葉だ。
一緒にいる所をこれ以上見たくも無い。

淡「辻垣内がいればいいんでしょ?私がここにいても、もうやる事は無いし」

咲「淡ちゃん…」

淡「じゃあね」

立ち尽くす咲を置いて、
淡は足早にその場を去る。

淡(結局、辻垣内には敵わないのか)

倒れている咲を見た時、何もかも忘れていた。
立場や麻雀部のこと、大会のこと。

それら全て捨てても構わないと本気で思った。
無事かどうかわかるまで、心臓が痛くて千切れるんじゃないかってくらいの思いをした。

だけどその相手は、
こちらを見てもくれない。

淡「なんでだよ…」

自分だけを見てて欲しい。
智葉への気持ちをこっちに向けてくれたら世界中の誰よりも大切にするのに。

思い通りにならないことが苦しくて、悔しくて。
その晩、淡は一睡も出来ないまま夜を過ごした。


――――

書き溜め分終了です。

一日二日徹夜したところでどうってこと無いはずのだが、
何だかやけに眠たくて疲れているような気がする。

睡魔に脳を支配されながらも淡は咲への想いの行く先を考えていた。

昨日は思い出したくもないような結果に終わった。
助けに間に合ったのは良しとするが、その後がまずい。

危機感の無い智葉は糾弾されても当然だというのに、
ちょっとなじったら咲は「先輩のせいじゃない」と庇いに入って来た。

淡(辻垣内、辻垣内って…あいつが私より勝っている所あるの?趣味が悪いにも程があるよ!)

こんな風に悪態をついても虚しいだけだった。
どれだけ喚いたところで、咲の心はこちらに向いていない。

淡(咲、怒ってる…かな)

智葉を庇う咲を見ていたくなくて、勝手に会話を止めて帰ってやった。
そんな行為を見てまた身勝手な奴だと咲は思ったに違いない。

…気が滅入る。
今まで好き勝手に行動してきたが、たった一人の評価がこんなにも気になってしまうとは。

咲には嫌な奴だと思われたくない。
どうしたら自分を気に入ってくれるのか、出来ることなら教えてもらいたい位だ。

淡(最悪。他の皆に知られたらきっと笑われるに違いないよ…)

それでも気持ちを消すことなんて出来そうに無い。
相手に気が無くても好きになってもらいたい、側にいたいという欲求。

どうしようもなく抑えられない所から来るのだ。

今まで淡は寄ってくる女と適当に遊んで、そして飽きたら捨てた。
邪魔しないから側にいて欲しいと懇願する相手を無情にも切り捨てていた。

淡(今まで私は、色んな人の気持ちを踏みにじっていたんだね)

気の無い相手と一緒にいてやる必要は無いと思うが、
振るにしてももっと誠意のあるやり方はあったはずだ。

咲に拒否される時同じ言葉を言われたら、きっと立ち直れなくなる。

咲を本気を好きになって、ようやく理解した。
自分以外の人達にも、感情や気持ちがあることを。

淡(だからこそ咲が欲しい。こんな気持ちを私に教えたのは咲だけ)

淡(私に影響を与えた咲の心を、必ず掴んでみせる)

再び闘志を燃やし、来月から始まる全国大会へと思いを飛ばす。

個人戦で智葉を負かすという目的は良いが
その前の団体戦で、大将の自分は同じく大将である咲と対戦することになる。

以前咲に負けた自分が今度は勝てる勝算は果たしてあるのか。
ここで咲に負けたら、ますます咲の心は智葉に傾いてしまう恐れがある。

淡「これはまずいな…」

誠子「何がまずいんだ?」

淡「誠子、いつからそこにいたの!」

真後ろから聞こえた誠子の声に淡は飛び退く。

誠子「さっきからいたぞ。何ぼーっとしてるんだ?」

淡「いや、別に…」

問い掛けてくる誠子に淡は視線を背けた。
まさか昨日、試合停止になるような事態を引き起こす所だったなんてとても言えない。絶対に。

あの時は試合なんかどうでも良いくらいの勢いだったが、
咲が止めてくれたおかげで助かった。

白糸台レギュラーが出場停止になるようなことなんてあってはならない。
咲もそれをわかってて止めたのだろう。

誠子「怪しいな。今朝から様子がおかしいし、何かあっただろ?」

妙に目敏い誠子から視線をはずしたまま「そんなこと無い」と答える。

淡「全国で臨海を負かすつもりでいるだけ。それだけだよ」

白糸台の勝利だけでなく、自分の恋もかかっている。
後者はかなり分が悪いがまだ決まった訳じゃない。

智葉の麻雀を、咲は特別視している。
その智葉に勝てばきっと自分を見る目も違ってくるはず。

僅かな可能性に、淡は掛けてみることにした。

誠子「なあ。今日も咲ちゃんと会うのか?」

淡「ううん。咲も全国前で忙しいだろうし、約束はしなかったよ」

本当のところは昨日の件が気まず過ぎるからだ。
まだ顔を合わせる自信が無い。

誠子「えー、でも来てるぞ。咲ちゃん」

淡「は?」

誠子「ほら、あれ。こっちに向かって歩いてるの、咲ちゃんだろ」

誠子の指差した方を見てみる。
まさかと思う気持ちと、期待が交じる。

淡「咲…」

臨海女子の制服で歩いてくる華奢な姿。
間違えるはずが無い。

認識した瞬間、淡は駆け出した。

淡「咲!こんな所で何やってるの!?」

淡の怒鳴り声に、
咲はびくっと体を揺らし足を止めてしまう。

誠子「おい淡、そんなに大声出すなよ。咲ちゃん怯えてるだろ」

誠子の声を無視して、
淡は呆然としている咲へと向き直る。

淡「どうしたの。迎えの車は無かったでしょ?今日は帰って良かったってわからないの?何でこんな所までわざわざ」

咲「淡ちゃんに会いに来たの」

咲の一言に、淡は口を閉じる。

咲「部活、今日は早く終わったんだ。で、急いでここに来た」

咲「どうしても淡ちゃんに言いたいことがあったから」

言いたいこととは昨日の続きだろうか。
文句が言い足りなくてやって来た可能性は高い。

淡(仕方ない。自分が蒔いた種だし)

好きな人から非難の言葉など聞きたくないが、
嫉妬に駆られ不注意な言動をしたのは自分だ。受けるしかない。

逃げれば、また嫌われるだけ。
ここで対応しておくのがベストだろう。

妙な沈黙に淡は冷や汗をたらりと流す。

淡(気まずい。まず最初が肝心だね。でも何て言ったらいいの!?見当もつかないよ!)

どうしたものかと苦悩し続ける淡をちらりと見て、
咲がおもむろに声を上げた。

咲「あの」

淡「な、何!何を言う気!?」

行き成り非難を浴びせるつもりかと警戒する淡の取り乱し方に、咲は首を傾げる。
そんなに身構える必要があるのかと。

咲「淡ちゃん何か変だよ…って、いつものことか」

失礼な言葉にむっとししつも、今日だけは言い返せる立場では無いので我慢する。
それよりも問題を先に片付けた方が良さそうだ。

淡「で、話があるんでしょ?言ってみてよ。全部聞くから」

覚悟を決めて、正面を向く。
すると咲はいきなり頭を下げてきた。

淡「!?」

予想しなかった行動に驚かされてしまう。
頭を下げたまま、咲は告げる。

咲「ありがとう」

淡「え?」 

咲「まだちゃんとお礼言ってなかったから。昨日は淡ちゃんのおかげで助かったよ。ありがとう」

礼を述べる咲に、淡は目を瞬かせる。

淡(怒ってたんじゃなかったの?)

まだ頭を上げようとしないので、もういいから止めろと促す。
それでようやく咲は姿勢を元に戻した。

咲「聞いたよ。私が迎えの車に乗らなかったから、心配してあちこち探してくれたんだってね」

淡「いや、別にそんなの…大したことじゃないし」

事実なので、否定するにも否定しきれない。
しどろもどろになる淡に、咲はにこっと笑顔を向けた。

咲「すごく感謝してるんだ。淡ちゃんが探してくれなかったらきっと無傷じゃいられなかった」

淡「……」

咲「ねえ、私に出来ることがあるなら言って。お礼がしたいの」

だったらキス一回、
と正直に言いそうになる口を堅く閉ざす。

淡(そんな風に言わないでよ。つけ込みたくなるでしょ)

咲「私の話、聞いてる?」

答えが返ってこないので、
咲は淡の制服を引っ張った。

淡「聞いてるよ」

咲「じゃあ、言ってよ。私に出来ること」

胸を張って言う咲はただ純粋に礼がしたいんだとわかる。
だからこそ本当の願いは口に出来ないなと苦笑する。

淡「ないよ。もういいでしょ、この話題」

咲「それじゃ私の気が済まないよ」

淡「バーカ。私を誰だと思ってんの。不自由してることなんて、一個も無いんだから」

手に入らないのは目の前にいる少女の心くらいだ。

淡の言葉に、咲は不承不承も納得したようだ。
家の規模を見たら出来ることなど知れてる。

咲「でも、もし思いついたらいつでも言ってね」

淡「わかったわかった。思いついたらね」

咲「約束したからね」

淡(どうせ願いを口にしたところで、叶えてくれないんでしょ?)

そう心の中で呟く。
そんな思いも気付かず、咲は力を抜いて「ちゃんと言えて良かった」と話し出す。

咲「昨日言うつもりだったのに。淡ちゃんさっさと帰っちゃうから」

気まずいまま別れた昨日の出来事。
このタイミングなら、素直に言える。

淡「あれは私が悪かったよ」

智葉に嫉妬したとはいえ大人げない発言をした。
謝罪すると、咲は「ううん」と首を横に振った。

咲「私も感じ悪い言い方したと思うし。だから私も悪かったの。これでお終い。問題ない、よね?」

淡「うん」

非難も無く、あっさり終わったことに淡は安堵する。
心配ごとが減って緊張が抜けていくのがわかる。

書き溜め分終了です。

淡「それで連中はどうしたの?キッチリ締めてやったんでしょうね?」

その問いに咲は「うん」と頷く。

咲「あの後明華先輩が動いてくれたおかげで全部片付いちゃった」

咲「二度とこんなことしないって、泣きながら土下座して謝られたし」

淡「…そう」

やはり明華は怒らせると怖いタイプなようだ。
なるべく絡まないように心がけよう、としみじみ思った。

淡「謝られても許せるもんじゃないけど。咲が良いって言うなら私は口出ししないよ」

なにより本人の気持ちを尊重したい。
尋ねてみると、意外にあっさり「うん」と返答される。

咲「私が油断してたのもあるし、それにあの先輩達の気持ちも分からないわけじゃないし…」

淡「ちょっと待って。咲の所為なんて一つも無いでしょ。連中がどうかしてるだけで」

引っ掛かるものを感じ、淡は眉を寄せる。
咲は肩を竦ませぼそりと言った。

咲「ううん、レギュラーになって大会に出たいって先輩達の気持ちも痛いほどわかる」

咲「…でも制服を無理矢理脱がされた時は、ただ…怖かった…」

咲の手が震えている。
昨日のことを思い出したのだろう。

なにもされてない、無傷だとは言ったが
怖い目にあったことには変わりない。

淡「大丈夫だよ」

咲「淡ちゃん?」

淡「何かあっても昨日みたいに駆けつけてあげるから。咲がどこに居ようが見つけるから…」

気付いたら両手を伸ばし、目の前の細い体をぎゅっと抱きしめていた。
下心も無く安心させる為だけの抱擁。

咲の心から不安が無くなれば良いと思っての、無意識の行動だった。

咲はただ大人しく、淡にされるがまま身を預けていた。
よっぽど怖い思いをしたのだろう。

淡「大丈夫…怖いことなんて無いから」

震えてる体が収まるまで、耳元に囁き続ける。
しばらくそうしたまま、お互いの体温を感じていた。


――――




‘間も無く下校時刻です。残ってる生徒は―――――’


下校を知らせる放送の声が響く。
それを合図に淡も咲も同時に、ゆっくりと体を離した。

咲「何か、ごめん。昨日から迷惑かけてばっかりだね」

さっきのことは忘れたというように、咲は明るい声を上げる。
だから淡も蒸し返したりせずに普段通りの態度で答える。

淡「そんなの迷惑の内に入らないって。国家予算並の借金だって、私ならどうにかしてやれるよ?」

咲「それ、もう迷惑とかいう問題じゃないから」

お互い、元の調子にすっかり戻った。
顔を見合わせて笑う。

淡「帰ろっか。送ってあげるよ」

咲「うん。ありがとう淡ちゃん」

外に出ると、もう日が暮れるという時間だ。
夕日に染まる景色の中、いつもより素直な咲の隣を歩いて行く。

淡(いつもこんな風だったら良いな…)

当たり前のように一緒にいて、会話して、並んで歩いて。
そんな日常を手に入れたい。

今の一番の願い。

咲「もうすぐ全国だね。淡ちゃんとまた戦えるの、楽しみにしてるよ」

淡「今度は負けないからね。うちは三連覇もかかってるし」

咲「うん。お互い頑張ろうね」

来月の今頃には、全部終わっているはず。
その時には咲の心を動かすことが出来ているように、と。

らしくもなく、淡は夕日に願いを掛けた。


――――


――――


ほど良い湯加減に眠りそうになって、
咲は慌てて身を起こす。

咲(それにしても…)

湯船から両手を出して、じっと眺める。
もう震えてはいない。大丈夫だ。

昨日の出来事は何でも無いと口では言っても体は正直で、
思い出すと少し震えが走ることがあった。

補欠部員たちは咲を屈服させるために卑怯なやり方を取ろうとした。
口外出来なくさせる為、辱めてプライドを傷付けるつもりだったのだ。

あの時、本当は怖くて涙が出そうになったが
彼女らを喜ばせるだけだと思い必死で耐えた。

制服を剥かれた時はされるがままになるのかと諦めていたが、
咲の心の叫びは届いた。

まさか淡が来てくれるとは考えもしていなかったが。

淡『何かあっても昨日みたいに駆けつけてあげるから』

震える自分を可哀想にと思って抱きしめてくれただけに過ぎないだろうが。
ああしてくれたおかげで落ち着くことが出来た。

安心出来る場所。
そう錯覚してしまう位に心地良かった。

咲(そういえば、最近作戦がどうのとか言ってこないなぁ)

どうも最近の淡はおかしいと、
ようやく咲は気付いた。

智葉にああしろこうしろと
無茶な作戦もさせようとしていない。

会ってもただお菓子を食べながら会話をしてるだけのような…

淡に何のメリットがあるのかがわからない。
そうなったのがいつだったか思い出そうとしたが、それもわからない。

咲(今度、聞いてみようかな)

答えが出そうにないので、
直接淡に尋ねてみようと決める。

もう作戦は立てないのか。
そして何も無いのなら、どうして今も自分と会い続けているのかを。

照「咲ー、いつまで入ってるのー?」

ガラス越しに聞こえた声に、
ハッと体を半分湯船から出す。

咲「もうちょっとしたら出るよ」

照「分かった。長風呂しすぎてのぼせないようにね」

咲「はーい」

照の気配が風呂場から消えた。
再び肩まで浸かって、十分身体を温める。

咲「もうちょっとだけ…」

来月から大事な試合だ。
気に掛かることは、一先ず置いておこう。

いつでも淡と会う機会はあるのだから。
楽観的に、咲はそう考えていた。

いつでも、なんてそんな保障も約束も無いことに
気付くはずも無かった。


――――

書き溜め分終了です。



――――


個人戦で智葉と試合して、咲の目の前で勝利する。
それが今回の大会の最大の目標。

しかしその前に、この団体戦だ。
今優先するべきは自校の勝利。

三連覇のかかった白糸台は、圧倒的ともいえる強さで勝ち進んでいく。
反対側のブロックでは、これまた強豪校の臨海女子が順当に勝ち進んでいた。


そして迎えた団体戦決勝の日。


淡「いよいよだね、咲」

咲「うん、淡ちゃん」

目の前に座るのは、臨海女子の大将である咲。

淡「前に負けた借りを返させてもらうからね!」

咲「うん、私も負けないよ!」

神様が仕組んだとまでは思わないが、
ここで決着つけろとお膳立てされている気分だ。

渦巻いている感情は全て試合にぶつければいい。

淡(絶対に負けないからね。咲…)

咲に勝って、自分の麻雀を認めさせてやる。
もし咲が勝ってしまったらなら、ますます咲は自分より弱い淡に見向きもしなくなるだろう。

それだけは阻止しなければ。

自分が勝てば、少なくとも麻雀の腕は認められるだろう。
まずそこから始めて、分の悪い形勢をいずれ逆転させてやる。

そして白糸台の勝利の為にも。
意地でも咲に勝つ。


――――

誠子「お疲れさま、淡」

淡「……うん」

誠子「いい試合だったぞ」

淡「……」

副将戦終了の時点で二位の臨海女子とは僅差だった白糸台。
試合の行方は、大将戦で二人の一年生に託された。

それでも勝利を確信していた白糸台だったが、
それは臨海女子のルーキーによって破られた。


臨海女子高校、団体戦制覇。


勝利を収めた臨海の選手たちは歓喜の声を上げている。
その優勝を決めた咲は、穏やかな顔でチームメイトと談笑していた。

淡(…やっぱり咲には勝てなかった。でも、私にはまだ目標がある)

頭を軽く振り、淡は数日後の個人戦へと気持ちを切り替えた。

そして迎えた個人戦。
淡は団体戦の時以上の屈辱に打ちのめされることになる。


照「ロン、12000」

憩「ツモ!8000オール」

淡「……!!」


2回戦で照、荒川憩らの強敵と当たってしまい、
智葉と対戦するという目標も敵わず淡はそこで敗退してしまう。


照「悪いね淡」

淡「……ううん。私の分まで頑張ってね、テルー」


健闘した後輩を気遣い話しかける照に、とっさに笑顔を作って答える。
うまく笑えていたかは分からないが。

誠子「淡……」

心配そうに誠子が声をかけてくるが
今の淡には言うべき言葉が見つからなかった。


淡「あはは……ぜんぶ、終わっちゃった……」


結局試合には負け、咲の心も動かすことが出来なかった。
どうしようも無い、と淡は呟く。

今まで味わったことの無いどん底な気分の中、
淡は考え続けた。

これからの事。
そして自分はどう動くべきか。


一晩中考えに考えて、ある一つの結論を出した。


――――

会場近くの公園には人がいなかった。
話をするには好都合だ。

やがて臨海女子の制服姿の咲がやって来た。

咲「一体何なの、淡ちゃん。突然来いって」

怪訝な顔をしている咲に、
淡は「ちょっとね」と答える。

淡「どう?明日の決勝戦、勝てそう?」

咲「さあ。やってみないと分かんないよ、お姉ちゃんもいるし」

淡「団体戦で私を負かしたんだから、当然1位になんなきゃ許さないからね」

咲「またそんな無茶を…」

そう言って咲は眉を顰める。淡にとっては見慣れた表情だ。
こっちが言う無理難題に、そうやって不満を表すその顔。

忘れないようにと目に焼き付ける。

本当は笑顔が見たかったけれど、
自分じゃどうにも出来ないことはよくわかってる。

咲を本当の意味で笑顔にさせるのは、きっと智葉だけだ。
すぅっと息を吐いて、淡は咲に半歩近付く。

後は言うべきことを言うだけ。
さあ、覚悟を決めよう。

淡「咲。呼び出した用件だけど…」

咲「うん?」

淡「今からある所に行って欲しいの」

すっと淡は道路の方を指差す。

淡「ここから500メートル歩いた先に一軒の喫茶店があるから。そこに行ってきて」

咲「淡ちゃん?一体どういう」

淡「辻垣内がそこで待ってる」

何かを言いかけた咲の口が閉ざされる。

淡「さっき電話で呼び出しておいたの。行って来なよ、咲」

おだやかに、淡は語る。

淡「行って、あいつに伝えなよ。咲の気持ち」

咲「な…んで?」

立ち竦む咲の肩にそっと両手を置く。
ぎゅっと抱きしめてしまいたくなるのを理性で押し留める。

やってしまったら、行かせることは出来なくなってしまう。
それじゃ何の為に覚悟を決めたかわからない。

だから、咲を行かせるようにと口を開く。

淡「咲ならきっと大丈夫。好きだって言ってみなよ」

淡「辻垣内も咲の気持ちを知ったら、きちんと考えた上でOKしてくれると思う」

咲「そんな、急に言われても」

おろおろしている咲は、どうしたらわからないと迷っているようだ。
麻雀でそんな表情、ちらっとでも見せたこと無いのに。

やっぱり咲はまだまだ子供だな、と淡は小さく笑った。

淡(私も、笑えないか。本気の恋愛に関しては初心者だよね…)

表情を引き締めて、淡は咲に静かに訴え掛ける。

淡「この大会が終わったら、辻垣内は引退しちゃうでしょ。そうしたらどんどん距離も離れていっちゃうよ」

淡「そうやってぼやぼやしてると、いつか誰かに取られるよ。その前に行動しないと」

咲「でも、こんないきなり。だって私、まだ」

弱気な発言をしている咲に、
淡は右肩に置いてた手を外し額を軽く突いてやる。

淡「ぐだぐだ言ってないで、さっさと辻垣内の所行ってきなよ」

淡「それとも咲は麻雀以外じゃなんの行動も出来ない弱虫なの?」

わざと挑発的に言う淡に、咲は早速ムキになって反論する。
思った通りの反応だった。

咲「わかったよ。そこまで言うなら、先輩に会って来るから!」

淡「会うだけじゃなくてちゃんと告白もしてきなよ。出来るの?咲一人で」

咲「ら、楽勝だよ!」

これでいい。
後は智葉次第。

淡(多分、大丈夫)

この自分が落ちたくらいだ。
咲の告白に多少は驚くだろうが、気になり始めてそしてハッピーエンド。

智葉も咲には全面の信頼を置いていると淡は見抜いていた。
その後輩に好きだと言われて、少しも揺らがないはずが無い。

告白さえすれば、この二人は上手く行く。
自分の出番は、もう無い。

名残惜しげに淡は咲から離れた。

淡「すぐに行って来なよ。辻垣内、随分待ってるからね」

咲「それは淡ちゃんが勝手に約束したことでしょ!」

頬を膨らます咲に笑顔を向ける。

好きだった。本当に。
この少女に、本気で落ちた。

淡「そうだね。気持ち、ぶつけて来なよ。きっと上手く行くから」

咲「うん…じゃあ、行って来るね」

咲がゆっくりと歩いて行く。
その背に「何チンタラしてんの!ダッシュしていけー」と声を掛けてやる。

早く行ってしまって欲しかった。
追い掛けられなくなる距離まで。

淡の声に追い立てられるように、咲は走って行く。

少しずつスピードを上げて、智葉の元へと。

背中がだんだんと小さくなっていく。

ぎりぎりまで淡は持ち堪えていた。
完全に姿が見えなくなるまで、強靭な精神で崩れそうになる体を支えていた。

でも、もう限界だ。

咲の姿が見えなくなるのと同時に、淡は公園へともう一度戻る。
足を一歩踏み入れた、それだけでもうぷつんと張り詰めていたものが切れた。

淡「…っぅ、うう…」

自分の声から漏れる嗚咽を淡は手で封じ込める。
目にもぎゅっと力を込めて、涙が流れないように堪える。

じわ っと熱いものが滲むのがわかる。
それでもこれ以上はと、必死に我慢し続ける。

淡(だって、そうでしょ?)

大星淡がこんな事で泣いていいはずがない。
白糸台が負けた時にも、悔しかったが涙は出て来なかった。

それがたった一度失恋したくらいで。

淡(これ位、乗り越えて行けるよ……多分)

今の自分なら、咲との出会いからもう少し上手くやれる。そう思う。
何もかもわかっていなかったあの頃の自分が滑稽だ。

咲が智葉だけに気持ちを向けていたのも無理は無い。
最初から失敗してて、修正するには遅過ぎだ。

振り向いてくれない。
失恋は確定。

辛いと凹んでいた淡は、昨夜一つのことを思い付いた。

こんなに辛い思いを、咲にはして欲しく無い。
咲が心痛めているところを想像しただけで、淡の心も痛くなる。

智葉も咲同様、恋愛に疎そうな所があるが
きっぱり告白すれば流石に理解する。

幸い咲は最も気に入られている後輩のようだ。
その後輩が切々と訴えたら、さすがの彼女も落ちるだろう。

咲に受け入れてもらえないのなら、せめて。
彼女の恋の手助けはしてやりたい。

最後にしてやれる全てを咲の為に。

生まれて初めて、淡は誰かの為に動いた。
自分の利益を考えてでは無く、好きな人の気持ちだけを考えて。

その目的は達成された。

残されたのは、自分の心の問題だけ。

痛くて痛くて叫びそうになるのを収まるまでじっと我慢する。
いつかこの気持ちも、今までのように顔も名前も忘れるくらい風化するのだろうか。

とてもじゃないが、想像がつかない。

淡「……咲」

声に出して、愛しい人の名前を呼ぶ。
涙声になってる自分の声が他人のもののようだ。

そして、

淡「好きだよ……咲」

口にしなかった思いを、今だけと言葉にした。
決して咲には届かないけれど。


――――

書き溜め分終了です。
長らくお待たせしてしまってすみません。
多忙につき次の投下もちょっと遅くなるかもです。

いつか、また会えるのなら。
今よりもましな自分でいたいと思う。

咲が好きになってしまうような
そんな人になりたい。



誠子「よう、淡」

聞き覚えのある声に、淡は顔を上げた。
誠子がひらひらと手を振りながら向かってくるのが見える。

淡「…なんか用?」

誠子「魂抜けたみたいな顔してるな。何があった?咲ちゃんと」

咲の名前に反応する。

大抵のことなら誤魔化す自信はある。
が、これだけは隠せない。

わずかな動揺を誠子は見逃さない。

誠子「余計なこと言って怒らせて絶交でもされたとか?」

淡「…そんなんじゃないよ」

絶交されたのとは違う。
自分から突き放したのだ。

淡「用が無いなら話しかけないでよ」

誠子「用ならあるぞ。明日の個人戦のことだけど」

淡「行かないよ」

誠子「即答かい!」

一秒の余地も無しの回答。
ビシッとツッコミを入れる誠子に、淡は当然だと返す。

淡「なんで敗者の私が観に行く必要があるの?」

誠子「いや、何でって…宮永先輩が出るだろ。先輩を応援しに行かない気か?」


個人戦決勝に残った四人は智葉、憩、咲。
そして前年度の覇者である照。

智葉と対戦できると張り切っている咲の姿が目に浮かぶ。
そんな彼女を目の前で見るなんて、傷心の自分にはとてもできそうにない。

淡「とにかく、私は行かないから」

それにまだ淡には咲と会う準備は出来ていない。
うっかり出会ってしまったら、走って逃げ出す醜態を晒しかねない。

何しろあれ以降、淡から一切連絡を取っていない。
それだけじゃなく、咲に教えている携帯を解約した。

咲からも連絡を取れないようにする為だ。
学校か家にどちらかが行かない限り、もう会うことは無い。

咲がそんな面倒なことするはずも無く、お互い顔を合わすことなくここまで来たのだ。
のこのこ会場に出向く真似なんか絶対に出来るか。

淡(辻垣内と上手く行きましたなんて報告受けたら、声も出ないよ…全く)

咲が智葉と付き合うことになるのは、別にいい。
自分がそう仕向けたのだから。

けど本人の口からは聞きたく無かった。
現実と向き合える程強くは無い。

少し浮上しかけた心がまたぺしゃんこになってしまう。
案外自分って弱いなと、淡は大きく溜息をついた。

咲と会うのは、もっと遠い未来が良い。

咲の心をぐらつかせる位良い女になって、
正面から挑み直したい。

その時まだ智葉と付き合っているかもしれないが、
今度は正面切って奪ってやる。

それ位になってからじゃないと、顔を合わせれない。

そんな淡の心境を知ってか知らずか、誠子は不満そうに呟く。

誠子「じゃあいいよ。私たちだけで行ってくるから」

淡「テルーにごめんって伝えといて」

誠子「わかった。あと咲ちゃんには、淡は来たくてしょうがなかったけど来られなかったと言っとくな」

淡「ちょっと待って!」

聞き捨てならないと声を上げるが、
誠子は走って逃げてしまう。

誠子「それが嫌なら、阻止しに来ればいいだろ」

淡「なんだって!行かないって言ってるでしょ!」

誠子「淡の代わりに応援に来ましたーの方がいいか?」

淡「ふざけんな!」

笑いながら、誠子は外へと出てしまう。

淡「まさか誠子のやつ、本気で咲に言うつもりじゃないでしょうね」

誠子ならやりかねないと、淡は冷や汗を掻く。

誠子『咲ちゃーん!淡から「頑張れ智葉なんか蹴散らせ」って言うメッセージ預かって来たぞー!』

嫌な想像が目に浮かぶ。

慌ててポケットから携帯を取り出し誠子に掛けるが繋がらない。
仕方なく『さっき言ったことやったらただじゃおかない』等のメールを送るが、これにも反応無し。

淡(もうっ、私にどうしろって言うの!?)


悶々としたまま、翌日を迎えてしまう。

行くか行かないか。

咲には会いたくないが、誠子にあんな風に言われるのは困る。
考えに考えて、淡はぎりぎりになって結論を出した。


――――

短いですがここまで。
あとラストまで少しなので、これからはage進行でいきます。

尭深「淡ちゃーん、こっちこっち」

観戦席に足を踏み入れた淡に、尭深らが手を振ってきた。

誠子「来たのか、淡」

淡「誰のせいだと…!」

そう。
結局、淡は来てしまった。

淡「咲に余計なこと言ってないでしょうね?」

誠子「淡が来なかったら言うつもりだったんだけど」

淡「なんだって?」

菫「2人とも、もうすぐ試合なんだから静かにしろ」

淡「…はーい」

モニターを見ると、すでに卓には四人の選手が座っていた。
真正面に座る智葉を目の前に、咲の瞳が一際輝いて見える。

淡(どうせ、咲の原動力はいつも辻垣内だよ…)

目の前の光景に勝手に落ち込んでしまう。
先輩、先輩とあれだけ思われてる智葉が本当に妬ましい。

それでも、咲の楽しげな表情に目を奪われてしまう。
もう今は遠くからそっと見ること位しか出来ないけど。

短かったけれど、彼女の近くにいられた時間が忘れられない。

出会った当初は小動物のようにびくびくしてたのに
すぐにふてぶてしくなって、ちっとも言うことを聞かなくて。

でも、こんな麻雀をするのかって打ち筋に驚かされて。
気が付けばどんどん惹かれていった。

抱きしめると温かくて。
震えている体を抱きしめたあの日、ずっと時が止まってしまえばいいと思った。

今でも咲の体温を思い出せる。
息遣いも、ふわっと香った咲の匂いも。

忘れることなんて、出来るものか。
忘れられない。

咲『ツモ。嶺上開花』


菫「照が押されているな」

尭深「さすがは宮永先輩の妹さんなだけありますね」

誠子「いや、先輩もまだまだこれからですよ」

口々と騒ぐチームメイト達の声が遠い。
試合の行方よりも、淡には咲本人の方が気に掛かる。


淡(咲……)


いつか彼女が言っていた。

咲『先輩のこと、見ているだけでいいの』

そんな気持ちに自分もなれるだろうか。
遠くにいて、彼女の幸せだけを祈れるような境地に。


試合が終盤に入っても、
淡は咲にのみ視線を送り続けていた。


――――

ぽんっと肩を叩かれ、淡は振り返った。

淡「なに」

誠子「いや。ぼーっとしてるから起きてるのかなーって思って」

淡「立ったまま寝れるわけないでしょ」

尭深「淡ちゃん、具合でも悪いの?昨日の試合観戦の時から一言も喋らなかったし」

淡「別に。ちょっと考え事してただけだよ」

菫「じゃあ大会も終わったことだし、皆でご飯でも食べにいくか」

誠子「賛成です。淡も来るよな」

淡「…わかった」

了承すると、皆で会場付近のファミレスへと足を運んだ。

何も食べたくなかったがそういう訳にもいかず、
適当にミックスサンドとコーヒーを頼んでおいた。

食事の間、自然と話題は昨日の決勝の話になる。

誠子「いやー、やっぱり宮永先輩は凄いですね。前回に続いて個人戦優勝なんて」

菫「照の実力を考えると当然だ。今日はプロの何人かに誘われて食事するそうだぞ」

誠子「へえー。プロチームへの勧誘とかですかね?」

尭深「でも、3位とはいえ先輩の妹さんも凄かったですね」

菫「2位の辻垣内に僅かに及ばなかったが、やはり照の妹だけあってかなりの実力者だな」

誠子「うん、さすがは淡の想い人なだけありますね!!」

最後の誠子の言葉に、
淡は盛大に突っ伏した。

淡「誠子…、どさくさにまぎれて何を…」

尭深「ええーっ、淡ちゃんの好きな人って咲ちゃんのことだったの!?」

ああ、騒ぎが大きくなると頭がくらくらしてきた。

尭深「あーびっくりした…でも、咲ちゃん可愛いし分かるかも」

尭深の声に、さっと反応してしまう。

淡「タカミー、咲の事好きになっても無駄だからね!だいいち咲には好きな人がいるんだから!」

尭深「へっ?」

誠子以外は皆、ぽかんとしている。
ムキになる淡に相当驚いているようだ。

誠子「お前、相当マジなんだなあ。咲ちゃんに」

誠子が感心したように言って。

菫「淡が?ありえんだろ」

菫が笑い飛ばして。

尭深「そっかー、淡ちゃんの好きな人は咲ちゃんかぁ」

尭深がにこにこ笑って。

騒ぎ出すチームメイト達に、引き攣った笑いしか出て来ない。
どうやら墓穴を掘ったみたいだ。

尭深「ねえねえ淡ちゃん、いつから咲ちゃんのこと好きになったの?」

誠子「それはな、尭深…」

淡「うるさい誠子!」

だん、と軽くテーブルを叩くとにやにやした顔の誠子と目が合う。

淡「この私が、あんなねんねを好きになるわけないでしょ!」

誠子「あーはいはい」

今更否定なんてしても無駄だってわかってはいるが、
皆の前でこれ以上からかわれるのは勘弁だった。

菫「おい、淡」

菫が淡の背後を指差す。
微妙に顔が引き攣っている。

淡「なに、菫」

後ろに何かあるのか、と聞く前に声が掛けられる。

咲「…ねんねで悪かったね」

間違えるはずの無い声に、淡は思わず席を立つ。

淡「咲…!?なんでここに!?」

もっと先の未来で会うはずだったのに、
まだ準備が出来てない状態で会ってしまった。

淡(なんで!?いったいどういうこと!?)

焦って、落ち着きが無さそうに手足を動かす。
ハッキリ言って挙動不審だ。

それを咲は興味深そうに眺めていた。
そして、ぽつりと告げた。


咲「淡ちゃんに会いに来たんだけど」

書き溜め分終了。次か次の次くらいで終わる予定です。
よろしければ最後までお付き合いくださると嬉しいです。

咲とこんな所で再会するなんて、予想してなかった。
まだ心の準備も出来ていないというのに。

パニックになる淡。
それを横目で見ながら、咲は誠子に頭を軽く下げる。

咲「亦野さん。どうもありがとうございます」

誠子「いやいや。咲ちゃんの頼みは断れないからな。何でも言ってくれ」

咲「はあ」

二人の会話を聞いて淡は正気へと返った。

淡「ちょっとどういうこと!?まさか咲をここに呼んだのは…」

問い質すと、誠子は「そうだ」とあっさり認めた。

誠子「咲ちゃんに言われてな。お前を引き止めてて欲しいって」

淡「なんで、そんな」

咲「私が無理言って頼んだから。亦野さんの所為じゃないよ」

二人の会話に咲が割って入って来る。

咲「こうでもしなきゃ、淡ちゃんと連絡取れないし」

淡「……」

携帯を解約して連絡取れなくしたことを詰っているような咲の口調。
口をつぐむ淡に、咲は「ここ、出よう」と外を指で差した。

咲「ちょっとだけ付き合ってよ」

淡「私は…」

咲「お願い」

他のメンバーにじろじろと見られ、咲は居心地悪そうに顔を伏せる。
誠子は「早くしろ」と言うように淡の肩を叩いた。

淡「…わかったよ」

諦めて席を立つ。
ほっとした表情を浮かべ、咲は先に外へと出て行く。

誠子「しっかりな、淡。応援してるぞ」

誠子の陽気な声に顔を顰めるが文句を言い返す余裕は無かった。
歩き出す咲の後ろを、淡は追い掛けて行った。


――――

二人が外に出たのを確認して、
それまで黙っていた皆が騒ぎ始める。

菫「おい亦野。一体どうなってるんだ?何か知ってるんだろ」

興味津々といった顔で菫が質問する。
事情を知ってそうな誠子に聞くのは当然の流れだ。

誠子「さて、何のことでしょう」

しかし誠子はとぼけて笑うだけだった。

菫「勿体ぶるなよ」

尭深「誠子ちゃんだけ知ってるなんてずるいな」

不満げな2人に誠子は苦笑する。

誠子「やっと淡の恋が実るってことなら、良いんですけど…」

ぼそりと呟いた言葉に、2人は顔を見合わせる。

菫「だから、ちゃんと説明しろよ。おい亦野!」

尭深「そうだよ誠子ちゃん!」

騒がしくなるテーブルに、店にいる人々の視線が集まる。
店員に注意されるまで、騒ぎは続いていた。

――――

一方、淡と咲は。

淡「ねぇ。どこ行くのよ」

外を出た後、しばらく無言で歩き続けていた。

大股で歩く咲のやや後ろをついていたが、
どこへ向かうのか気になり淡はとうとう咲に声を掛けてみた。

咲「さあ」

前を向いたまま、咲が答える。

淡「さあって、目的地に向かって歩いてるんじゃないの?」

はっきりとした足取りなので、
てっきり向かう場所があるとばかり思っていた。

咲「無いよ。ただ、人のいないところ無いかなって探しているんだけど」

淡「……」

咲の返事に、淡は言葉が出なくなってしまう。

淡(人のいない所だって…!?咲には警戒心ってもんが無いのー!?)

ついこの間、嫌な目にあったばかりだというのに忘れてしまったのだろうか。
無防備にも程があると見当違いな心配をしてしまう。

無害な相手だから大丈夫だと咲は思っているのかもしれないが。

淡(腹の中では何考えてるかわからないんだって。わかってんの!?)

少し前を歩く咲の後ろ姿を見て淡は大きく息を吐いた。
思っていた所で、手なんか出せる訳無い。

わかってる。咲が傷付くようなことを自分がしないって。
好きだから、そんなこと出来ない。

しばらく歩き続けた所で、
覚えのある場所が見えてきた。

淡「なんだ、結局ここに戻って来ただけか」

淡の呟きに咲は「しょうがないでしょ」と肩を竦める。

咲「他に誰もいなさそうな所って、思い付かなかったから」

昨日まで決勝戦が行われていた会場。
結局、ここに戻って来てしまった。

淡「そういや、いいの?咲」

咲「何が?」

適当な樹の下で立ち止まり、咲はくるっと淡を振り返る。
気まずさから淡はやや視線を外し、疑問を口に出す。

淡「あんた個人戦3位だったんだし、打ち上げとかあったんじゃないの?」

咲「ああ、そのこと」

別に、と咲は肩を竦める。

咲「用事があるからって、パスさせてもらったよ。今頃皆で騒いでいるんじゃないかな?」

淡「主役の咲がパスって、あんたねぇ…」

咲「ううん。本当は、明華先輩に行ってこいって背中押されたからね」

淡「あいつに?なんで?」

咲「そのことは後で話すとして。まだお礼言ってなかったから。先輩と話させてくれたこと」

淡(ほら、来た)

やっぱりその件か、と唾を飲み込む。
律儀に礼を言わなくてもいいのに。

智葉と恋人になった報告なんか、本当は聞きたくない。
震えそうになる手を必死で押さえ込む。

淡「大したことじゃないよ。あの位」

変に思われないよう、わざと上から言う態度を取る。
そんな自分が滑稽だと冷静に思った。

咲「でも、淡ちゃんのおかげで辻垣内先輩と色々話が出来て良かったよ」

淡の気持ちに気付かず、咲は笑みを浮かべる。

淡「……そう」

咲「うん。これから自分の抜ける臨海を引っ張っていってくれって、先輩に言われて嬉しかった」

咲「その所為かな、個人戦もいつもよりも気合い入った感じがしたし」

でも結局先輩には勝てなかったんだけどね、と咲は苦笑する。

一つ一つの言葉に、淡は確実にダメージを受けていった。
もういっそ早く楽にして欲しい。生殺しは辛い。

そう思って自分の方から話を振ってみる。

淡「その分だと、良い返事貰えたようだね。良かったじゃない」

咲「え?」

淡「咲なら大丈夫だって言ったでしょ。最初からぶつかっておけばいいのに遠回りしちゃって」

もしも、咲が智葉にさっさと告白して付き合っていたら。
咲のことを好きにならなかったのかと考える。

いや。それでも好きになっていただろう。
惹かれる気持ちはきっと変わらなかったはずだ。

淡「ごちゃごちゃと回りくどい作戦よりも、一言好きって言えば済んだってことだね」

淡「……今まで悪かったね。色々振り回して」

咲「え……?」

大きく目を見開く咲の額を軽く指で弾く。

淡「これからは辻垣内と仲良くね。私の出番は、もう無いでしょ」

今度こそ、さようならだ。
そのまま去って行こうと、背を向けようとした。

咲「ちょっと待ってよ!」

咲が淡の制服をぎゅっと引っ張る。

淡「咲?」

咲「何勝手な誤解してるの?一人で勝手に話進めて…」

どういうことだと淡は振り返る。
気まずそうな顔して、咲が俯いたのが目に入る。

淡「誤解って何よ」

智葉と上手くいったんじゃないのかと眉を顰める。
そんな咲の口から衝撃的な言葉 が飛び出す。

咲「そもそも私、先輩に好きなんて言ってないし」

淡「……はあ!?」

ぽかんと口を開けて固まること、数秒。

淡「どういうこと…?」

低い声を出す淡に、咲はごにょごにょと言い訳めいたことを呟く。

咲「だって、いきなり好きとか言えって言われても…」

淡「あんたね…!」

まだそんなこと言うのかと、淡は苛立ち地面を強く蹴った。
送り出そうとした人の気も知らないで。

淡「馬鹿じゃないの!そんな風に躊躇してても手に入らないんだよ。この次あんな絶好なタイミングをいつ見付けるの!?」

淡「これって思った時に行動しなけりゃ、いつまでも触れ合うこと出来ないままだよ!」

声を荒げる淡を、咲はじっと見ていた。
そして呟く。

咲「でも、やっぱり言えないよ」

淡「なんで!もう一度やってみなよ。咲ならきっと」

咲「…だって」

軽く息を吐いて。

咲「先輩のこと、そういう意味で好きじゃないってわかったから」

今までの中で一番の衝撃だった。

絶句してぱくぱくと口を動かす淡に、
淡々とした口調で咲は語った。

咲「先輩と向き合って、はっきりわかったよ。あの人が麻雀してるのを見てるのは好き」

咲「ずっとあの麻雀と互角に戦える自分でいようって力が湧いてくるから。でも、多分それだけ」

咲「二人でどこかで会って、馴れ合うとかぴんと来ない。これは恋愛感情とは違うんじゃないかって」

咲「だから、言わなかったの。…色々手伝ってくれたのに悪かったね。こんな結末で」

ぽん、と咲の手が淡の肩に触れた。
それでようやく淡は我に返った。

淡「恋愛感情と違うって、まだわかんないでしょ!」

淡「辻垣内の麻雀がそれだけ好きなら、奴のことも好き、違うの!?認めて告白して来なよ!」

咲「…淡ちゃん、そんなに私と先輩をくっつけたいの?」

ぐっと言葉に詰まる。

そんな訳無い。
ただ、咲の幸せだけを考えているから。

智葉を想っているのなら、
くっついて欲しいと思うだけで。

咲「ねえ。それならさ、教えてくれる?どう思えばその人を好きなんだって」

咲「それが恋愛感情なのか。淡ちゃん、経験豊富なんでしょ?」

挑発的に言われる。

淡(経験豊富って言われても、本気で好きになったのは咲しかいないっつの)

正直、頭を抱えたいくらいだ。

咲「ねえ、淡ちゃん?」

淡「わかったからっ!答えればいいんでしょ…」

渋々淡は答え始める。
よりによって好きになった人の前で、そんなこと言わされるとは思わなかった。

淡「例えば…そうだね。毎日一緒にいたいとか思ったり」

咲「それから?」

淡「側にいたくて、どうしようもなくて。ふとした時でもその人のこと考えていて」

淡「そして自分のことよりも、その人の幸せを考えたり」

咲「ふーん」

淡「好きになるって、そういうもんじゃないの?」

どうにも照れてしまう。
咲だとは告げていないけど、自分の気持ちを告白しているようで。

反応を窺うと、咲は何やら考え込んでいる。
智葉のことで思い当たる感情はあるのかと探っていると、「やっぱり」と言われる。

咲「先輩への気持ちは、淡ちゃんが今言ったようなのは当て嵌まらないよ」

淡「いや、私の言ったことはあくまで例として言っただけだよ。咲は咲なりに」

咲「先輩以外で当て嵌まる人がいるのに?」

淡「え…」

先輩以外。

一体、咲はいくつ爆弾を落とせば気が済むのだろう。
今日一日で心臓が壊れてしまいそうだ。

咲「側にいたいとか、いつも考えるとか。そう思うのは先輩じゃないって言ったの」

咲「これでもまだ私が先輩を好きだって、思う?」

淡「いや……そんな人いたの?初めて聞いたんだけど」

誰だよ!!と淡は心の中で絶叫する。
智葉じゃないとすると、他に誰がいるんだろうか。

淡「ねえ。私の知ってる人?」

恐る恐る尋ねる声に、咲はあっさり「そうだよ」と頷く。

咲「淡ちゃんもよーく知ってる人」

淡「は?」

淡(私が知ってる奴?まさか誠子じゃないでしょうね…)

淡「そ、その人に告白はしたの?」

咲「ううん。まだ。これからするつもり」

淡「そ、そう…」

好きだったかどうかわからない智葉の時とは違い、
迷いの無い目をしている。

なんだ…と淡は体から力を抜いた。

淡「今度は私の協力無しでもやれそうだね。頑張りなよ」

咲「うん」

淡「じゃあ、もういい?なんか疲れたから、帰らせてもらうよ…」

色々衝撃的過ぎてすっかり疲れてしまった。
どの道、咲に自分は必要無いのだ。

帰っても構わないだろうと思ったところで、
咲の腕がにゅっと伸びて通せんぼする。

淡「あんた…」

咲「淡ちゃんって、本当に勝手に物事決めていっちゃおうとするね。私の話はここからなんだけど」

淡「何がよ。協力してって頼まれても、もうお断りだからね」

咲「協力なんていらないよ」

声を上げる咲に、目を瞬かせる。

咲「協力なんて無くたって、私は言えるよ。自覚したらすぐにでも」

咲「ほんと淡ちゃんっていつも私のこと振り回して。無茶苦茶なことばっかり言って来て」

咲「でも…それだけじゃないって知ってる。本当は優しい所があるんだって」

淡「ちょっと、咲?」

次々と言われて困惑する。
その間にも、咲は続きを言おうとする。

咲「だから!私が好きなのは……」

じっと潤んだ目で見つめられ、淡は何かに気付く。

淡(え、ちょっと待ってよ。この展開って……)

慌てて咲の口を手で塞ぐ。咄嗟の行動だった。

淡「待って。落ち着いて咲!」

手で遮られながらも、
何か伝えようと口を動かす咲を必死で宥める。

淡「さ、先を言わないって約束できる?」

こくこくと頷いた所でそっと解放する。

咲「なんなの、一体」

淡「それはこっちの台詞だよ!今、何言おうとしたの!?」

咲「え。だから淡ちゃんのことが」

淡「言っちゃだめ!そこから先は禁断の領域だよ!」

咲「はあ…?」

片手を挙げて咲を制しておいて、淡は深呼吸をする。一回、二回。
混乱している自分に落ち着けと言い聞かす。

どう考えても、咲が好きだと指す人物は…今一人しかいない。
たしかによく知ってる。毎日鏡を見れば、そこに映っている!

咲「ねえ、いつになったら言っていいの?」

いつまでこうしてたら良いのか。
そっと咲が質問をする。

淡「だからちょっと待ってって!この件は私の方に決定権があるんだからね!」

咲「なんで?」

淡「咲なんかよりずーっと前に、私は自分の気持ちに気付いてたんだよ!当然でしょ!」

咲「そんな無茶苦茶な」

えーと不満げにしている咲。
しかし淡には通用しない。

淡「とにかく!今は落ち着こう、ね?」

咲「私は落ち着いてるよ。淡ちゃん一人で騒いでるんじゃない」

淡「あまりのことに驚いてるの!当たり前でしょ!一体全体なんでこんなことになったのよ!」

昨日まで、報われない想いに心を痛めていたというのに。
今は突然告白されそうになってる。

世界が突然入れ替わった気分だ。
平常でいられるはずがない。

淡(じゃあ私はなんの為に辻垣内の所へ行かせたのよ!?)

淡(あの時からもう咲は?いや、そんな素振りは見せなかったはず)

考え込む淡を見て、これはしばらく言えそうに無いのではと咲は眉を寄せる。
思い切って行動に出ようと口を開く。

咲「嫌なの?私から言われるの、聞きたくないんだ」

即その声に反応して淡は顔を上げた。

淡「咲?いや、そうじゃなくって」

咲「聞きたくないならそれでいいよ。もう言わない…それに、こんなこと急に言われても迷惑だよね」

わざと俯いてみせる。
普通ならば引っ掛からないのだが、この時の淡は完全に取り乱していた。

淡「いや、聞きたくないとは言ってないでしょ。ただあまりの展開に驚いてるだけで」

咲「じゃあいつならいいの?さっき淡ちゃんも言ってたじゃない。これって思った時に行動しろって」

淡「それは…そうだけど」

淡の方へ一歩近づいて、咲は更に畳み掛ける。

咲「ここで言わなきゃ、今度いつ会えるかわかんないし」

咲「勝手に連絡手段断っちゃって。もうあんな思いするのは嫌だよ…」

淡「咲…」

咲「会えない間に、色々気付いたの。淡ちゃんのしてくれた事とか、自分の思いとかに」

咲「明華先輩にも気持ち聞いてもらって、それはひょっとして恋なんじゃないかって言われて…」

咲「だから、亦野さんにお願いまでして会いに来たのに。本当は迷惑だった?」

淡「そんなこと言ってないでしょ!」

咲「だったら言わせてよ。私、淡ちゃんのこと」

言われる前に、もう一度口を塞ぐ。
またかと恨みがましく睨みつける咲に「わかったから」と返す。

淡「聞くよ、言ってもいいから。だけど私から先に言わせて」

咲が頷くのを確認して、手を離す。

咲「なんで先とか拘るの。別にいいじゃない」

淡「よくない。ずっと告げたくて耐えてたんだからね。咲よりもずっと前から!」

淡「だから先に言わせてくれてもいいでしょ」

堪えていた。ずっと。
智葉の所へ行かせた時、叫びだしそうになるのを我慢してまで。

伝えるのは自分が先。
それだけは絶対に譲れない。

咲「わかったから。言ってよ淡ちゃん。こっちだって、もう今にも口から飛び出しそうなんだから」

そんなことを言う咲にちょっぴり笑って。

淡「……好きだよ、咲。他の誰よりも」

秘めていた想いを解放する。
やっと言えたことに心が軽くなっていくのがわかった。

淡(言えた。あの時、もう咲には届かないと諦めてた気持ちをやっと言えた…)

押さえつけて蓋をした気持ちに、光が差し込んで行くような。
だけどそれだけじゃない。

淡の言葉に頷いて、咲が胸に飛び込んで来た。

咲「私も、淡ちゃんのこと好きだよ。会えなくなって気付いた。いなくなったら寂しいよ」

淡「咲…!」

目の前の体を抱きしめる。
前に包み込むようにした優しい抱擁とは違い、ぎゅっと離さないと力を込めたもの。

好きだと告げただけに終わらない。
大好きな人からも、同じ言葉を告げられる。

咲は智葉のことを好きだと思い込んでいたから、
こんな展開になるとは夢にも思わなかった。

願いは叶わないと諦めていた。
だけど告げられて、はっきりわかった。

淡(咲に、そう言われたかったんだ…ずっと。私のこと好きだって)

咲の耳元に、口を寄せてまた告げる。

淡「咲、好きだよ。誰にも本当は渡したくなかった」

淡「でも咲は私なんて眼中にないって思ってたから…」

咲「淡ちゃん…大好き」

一度溢れてしまったら、もう止まらなかった。

何度も好きだと、それだけを口にする。
咲もまた同じように好きだと返してくれる。

知らなかった。

好きだと言って、相手からも好きだと言われることがこんなにも幸せなんだって。
目が眩むような、そんな感覚。

じわっと目が熱くなる。

咲「え…淡ちゃん?」

ぎゅっと身を屈めた淡と頬が密着する。
そこで咲は初めて気付いた。淡の頬を濡らしているものに。

咲「泣いてるの?なんで?」

淡「わかんないよ、そんなの…っ」

涙声で答える。

淡「なんでだかわからないけど、止まらないの」

淡「咲を辻垣内の所へ送った時よりも、今の方が止まらない…どうして?」

あの時は心が悲しみでいっぱいだった。
今はむしろ正反対な気持ちなのに。

何故だか涙が止まらない。

淡のそんな姿に驚いていた咲だったが
涙が止まるようにとよしよしと背中を優しく撫でる。

咲「嬉しくて泣くことだってあるよ。今まで知らなかった?」

軽く首を振る。
知る訳無かった。

本当に好きな人なんて、今までいなかったのだから。
幸せを感じて泣くことなんて無かった。

淡「うん、知らなかったよ。咲といると新しいことばかり発見するね…」

苦しくて胸が掻き毟られる気持ちとか。
幸せで立っていられなくなるような気持ちとか。

全部、咲と出会ってから知った。

淡「ねえ。咲ならこれの止め方知ってる?」

咲「うーんと…多分」

少し考えた後、咲は「そうだ」と声を出す。

咲「こうしたら、止まらないかな…?」

首に回った咲の手に、体が引き寄せられる。
抵抗することなく淡も自ら顔を寄せた。

二人の距離がゼロになる。

しばらく、 唇を重ねたままでいて。
いつの間にか淡の涙は止まっていた。


――――



――――


誠子「だぁー!もうお前らいい加減にしろ!!」

大星家に響き渡る叫び声。
切れた誠子に淡は鼻で「ふん」と笑う。

淡「嫌なら出てけばいいでしょ。ここは私の家なんだし」

誠子「ぐっ…」

尭深「まあまあ誠子ちゃん」

唸っている誠子に、尭深が宥めに入る。

尭深「あの2人のことは、もうそろそろ見慣れた方がいいよ?」

誠子「だってさぁ、変わりすぎだろあいつら…」

照「でも淡も咲も幸せそう」

菫「そうだな」

皆の視線を一様に浴びているのは、
部屋の隅で2人の世界を作り上げている淡と咲。

淡「咲、悪かったね。外野がうるさくって。折角二人きりで過ごそうと思ったのに」

咲「いいよ、別に。お姉ちゃん達と麻雀出来るのは楽しいし」

咲「それに淡ちゃんとは夜にゆっくり過ごせるし。ね?」

淡「そうだね、咲!」

とある日曜日。
引退した照と菫も含めて、白糸台のレギュラー達は淡の家へとやって来た。

皆で和気藹々と麻雀をする目的だったのが、
いつの間にか恋人たちの仲睦まじい姿を見せ付けられる羽目になっている。

淡「ねえ咲、今日もうちに泊まるんだよね?」

咲「うん。そのつもりだよ」

淡「良かった。食後にとっておきのデザート用意してるんだ」

咲「わぁ、淡ちゃん家のデザートすごく美味しいから好き」

淡「私よりも?」

咲「もちろん淡ちゃんの方が好きだよ」

淡「当然」

誰がいようがお構い無しな最強バカップル。
淡はともかく咲まで平気でいちゃいちゃしている。

この状態を見せ付けられるのは堪える。

誠子「…もう帰ろっかな」

呆れるように呟く誠子に、尭深がくすりと笑う。

尭深「淡ちゃんのあんなデレデレした顔見たことないし、新鮮で良いじゃない」

誠子「まあ、それはそうだけど…。でも良かったな、二人とも」

はは、と誠子が苦笑する。

咲「亦野さん、色々とご心配掛けてすみませんでした」

誠子「いやいや。こうしてまた咲ちゃんの生足が拝めるんだから」

誠子の言葉に即、淡の鉄拳が飛んで来る。

淡「いやらしい目で見るなって言ってるでしょ!」

淡「咲も誠子の前でそんなミニスカートなんて履いちゃ駄目!」

咲「だってまだまだ暑いし」

淡「問答無用!着替えてきなよ!」

咲「はぁ、わかったよ。お姉ちゃんたち、ちょっと行ってくるね」

照「うん。私たちは四人で打ってるからごゆっくり」

そのまま部屋を出て行った咲と淡に、菫が呆れた顔で見送る。

菫「あいつら、いつもあんな調子なのか?」

誠子「そうなんですよ。全く困ったもんです」

照「まあ良いじゃない。2人が幸せならそれで」

尭深「そうですね。あんな幸せそうな淡ちゃんを見るのは初めてですし」

誠子「…それも、そうだな」

これでも一応心配していたのだ。
誰でも一緒だと、適当な付き合いしかしてこなかった後輩を。

誠子(実って良かったな、淡)

もう淡がどこかの恋人達を羨ましそうに眺めることは無いだろう。

今は自分達こそが羨むような幸せオーラを振り撒いている。
一緒にいて幸せだと、お互いの目が語っているのがわかる。

誠子「私も誰か見つけるかな。誰もが羨むようなカップルになるぞー」

菫「その前に、人を足だけで判断する癖なんとかしろよ」

誠子「……はい」

そうだ。名も知らない恋人達を羨ましいとか、
智葉になりたいとか二度と思ったりしない。

ただ咲がずっと好きでいてくれる自分でありたいとは思うけど。

咲「ねえ淡ちゃん、このスカート変かな?」

淡「ううん、すっごく似合ってるよ」

咲「本当?」

淡「当たり前でしょ。私が咲に嘘なんてつくわけないし!」

幸せを噛み締めながら、淡は思う。

咲を好きになって、そして咲も自分のことを好きになってくれて良かったと。
この幸せが続く為ならどんな努力も惜しまないつもりだ。

淡「好きだよ、咲」

咲「急にどうしたの?淡ちゃん」

淡「別に。ちょっと言いたくなっただけ」

咲「そう?…私も好きだよ」

淡「えへへ。もっかい言って咲」

咲「…もうっ」


終わり

半年かかってやっとこ書き終えた…
ここまで見て下さった方、お付き合いありがとうございました。

乙乙!良SSをありがとう!

もしよかったらだけど、半年書き続けてどうだったか的な締めの感想を教えてくれ

おつ!

やっぱり淡は最高でした
次回作にも期待!

本編で絡んでないにも関わらず淡咲は個人的ベストCPなんだよ乙でしたありがとう

夜寝れなくってたまたま見つけて一気に読んでしまいましたw

淡に感情移入してうるうるしてしまったこの時間。。

後日談とか読みたいなーww

お疲れ様です
すばらな淡咲をありがとう!
連載を追う形ではなく完成後の一気読みになってしまいましたが、またの機会があれば今度は初期からつき合わさせていただきたいものです
ぜひともあなたの作品の更新を心待ちにして眠れぬ夜を過ごしたい


個人的には更に押せ押せな淡が見たかった
あとガイトさん→咲は恋愛感情?それとも単に先輩後輩の情?

沢山のレスありがとうございます

>>569
愚痴ばかりになりそうなのでノーコメントで

>>575
次は咲さんが記憶喪失になる話を考え中です
よろしければまた見て頂けると幸いです

>>576
本編ではまた絡みがないのに意外としっくりきますよね。淡と咲

>>579
後日談は考えてません、誠に申し訳ない

>>580
ありがとうございます
次の話も見て頂けると嬉しいです

>>583
智葉→咲に恋愛感情はありません

それではここまでお付き合い下さった方々に感謝をこめて
ありがとうございました!

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年09月10日 (水) 22:00:59   ID: ur-xhrev

淡淡可愛いよ淡淡

2 :  SS好きの774さん   2014年12月01日 (月) 23:21:59   ID: Bjy3BKi-

続きがとても気になります。

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