ほむら「夢は終わらない」 (771)

はじめてえすえすをかいてみました。よかったらよんでいってください

こういう風にしたら読みやすいとかいう意見も大歓迎です

※魔法少女まどか☆マギカ×テイルズオブファンタジアのクロスストーリーです

※粗末な地の文あり 同じような表現も多々あり

※ほむらマンセーな方向性



ではどうぞ

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1407071737

また――救えなかった。

瓦礫の山に叩きつけられた体を無理矢理起こす。
痛めつけられた体を引きずり、私が救いたかった少女の元に歩み寄る。

すでに事切れた、まどかと呼ばれていた少女

ほむら「本当に、……ごめんね、まどか」

目の前で契約したまどかのソウルジェムを打ち砕いた。

守りたかった

守れなかった

だから――殺した


いつまでこんなことを続ければいいのだろうか。
終わりはあるのだろうか。
諦めてしまえば全てが終わる。楽になれる。




ダメだ。そんなことを考えちゃいけない。…約束したから。
絶対にあなたを救うって。

砂時計を反転させる。ガチッっという音が廃墟と化した街に響き渡った。

何度目の時間遡行だろうか。すでに数えるのは諦めた。もはや通り慣れてしまった
一か月前へと続く道。痛む体はそのままにほむらは歩く。
体を癒さないのは戻ってしまったら元通りの体になっているからだろうか。
それとも自分への罰のつもりだろうか。ほむら本人にもそれはわからなかった。


ほむら(この道を抜けて…今度こそ…)


突如、空間にヒビが入る。


ほむら(!? 一体…これは!?)


ヒビが広がり、空間が口を開けたかのような穴ができあがった。


ほむら(…吸い込まれ…る!?)


体が言うことを聞かない。抵抗できないままほむらは穴に吸い込まれていく。


ほむら(何が起こっているの!?ダメ…!抜け出せない!)


最後の抵抗に、伸ばした左腕も結局何も掴むことができずほむらは完全に飲み込まれた。


ほむら(私は…どう…なってしまうの……、ま……ど…か…)


そこで、ほむらの意識も闇の中に消えていった。

ほむら(こ…、ここは…?)


目が覚めたほむらの視界に入り込んできた光景は、見慣れない天井だった。
どうやらベッドの上で寝ているらしい。身体を起こし周りを確認する。
簡素なベッドが二つ並んでいる。壁際の本棚には見慣れない字が書かれた背表紙
の本が並んでいた。床も壁も全て木が材料らしく、木の匂いが鼻腔をくすぐる。


ほむら(一体…どこなのかしら)


テレビも、照明器具もない。
代わりにテーブルの上と壁に設置しているキャンドルスタンドの蝋燭が優しい光を
放っている。


ほむら(私は…、時間遡行中に確か、穴に吸い込まれて…それから――)


そこまでの記憶しかなかった。


ほむら(それに…)


ほむらは自分の体を見る。
いつも時間遡行を終えた後はパジャマ姿だったが、今は魔法少女の姿のままだ。
誰かが手当てをしてくれたのだろうか、包帯が巻かれていた。


ほむら(この部屋にいるのは自力で?それとも誰かが運んでくれた…?)


あまりにも情報が無さすぎる。とりあえず外に出てみよう、とベッドから出ようとした
その瞬間、ドアをノックする音が部屋に響く。


ほむら(……!)


ノックの音に思わず警戒し、体を硬直させ音がしたドアを見つめる。
ドアノブが下がり、ドアが開かれた先にいたのは見知らぬ金髪の青年であった

「やぁ、目が覚めたみたいだね」


白銀の胸当てのような鎧、腰には大振りのグレートソード。赤いバンダナとマントが
印象的であった。


「入っても、いいかな?」


青年はほむらに問う。


ほむら「…どうぞ」


敵意は感じられない、が警戒は怠らない。掛け布団を死角にし、一丁の拳銃を取り出し
枕の下に忍ばせる。


「身体は大丈夫かい?ひどい怪我だったようだけれど」


椅子に腰を下ろしながら青年が聞いてきた。見た目だけで言えば悪い人間には見えない、
というのがほむらの感想であった。


ほむら「…はい。痛みはもうほとんどありません。治療はあなたが?」


質問を返す。
その時、再び部屋にノックの音が飛び込んできた。


「失礼する」


そう告げながら入ってきた男性の姿をほむらは凝視する。


銀色の髪を後ろで縛り、鍔の広い帽子を被っている。
両腕、顔に入った不思議な模様の刺青。
だがほむらがもっとも印象的だったのは彼の目であった。

金髪の青年とは違い、刺青の男の目には明らかに警戒している色が浮かんでいる。
こちらの動きを見逃そうとしない、そんな目をしていた。

「警戒させてしまったようだな。すまない」


刺青の男がほむらに向かって話しかける。


ほむら(この人は…注意が必要ね。どうでるのが正解かしら)

ほむら「いえ…、あの…」

「あぁ、私はクラース=F=レスターだ。しがない学者さ」

「僕はクレス=アルベイン。剣士だよ。まだまだ未熟だけど」

ほむら「ありがとうございます。私は暁美ほむらといいます」

クラース「ふむ…変わった名前だな」

ほむら「ええ、よく言われます。」

クレス「僕のことはクレスでいいよ。よろしく、ほむら」

ほむら「よろしくお願いします、クレスさん、それと…クラースさん、でよろしいですか?」

クラース「あぁ、構わない」


軽く自己紹介を終えたがここからが本番だ。


ほむら(とりあえず色々聞きださないといけないわね…。情報が無さ過ぎる)

ほむら「すいません、いきなり変なことを聞いてしまってもいいですか?」


クラース「変なこと?なんだ?」



ほむら「今は西暦何年ですか?」

クレス「西暦・・・?」

ほむら(…)

クラース「何年、という聞き方から察すれば年号のことか?今はアセリア歴4202年だ」

ほむら(アセリア歴…、全く聞いたことがない年号ね)

ほむら「そうですか。ありがとうございます」

クラース「…」


何かを考え込むように顎に手を当てるクラース。


クラース「ほむら君、といったね?君は自分がどうしてここにいるかわかるかな?」


クラースが色んな意味で受け取れるような質問をほむらにぶつける。


ほむら(とりあえず無難に答えましょう)

ほむら「わかりません…。目が覚めたらベッドの上でしたので……。」

クラース「そうか。では簡単に状況を説明する」


空いている椅子に腰をおろしクラースが続ける。


クラース「私たちはとある目的があって旅をしているんだが…」

クラース「旅の途中、急に君が目の前に現れた。本当に突然に、だ」

クレス「ついさっきの出来事だけれどね」


クレスが補足する。


ほむら「突然…?すいません少し漠然としすぎて…」

クラース「そうは言われても本当に突然だったんだ。何もない空間から急に君が現れた」

ほむら(…吸い込まれた穴の出口がそこだった、ってことなのかしら)

クラース「怪我がひどく意識も無かったから手当をして近くの街の宿に運び今に至る、という訳さ」

ほむら「そうだったんですか・・・。わざわざありがとうございました」


頭を下げるほむら。その姿を見つめていたクラースは再び何か考え込んでいる。


ほむら「そういえば、先ほど旅をされていると言っていましたが」

クレス「うん、僕たちはダオスを倒すために旅をしているんだ」

ほむら「ダオス…?」


再び聞いたことのない言葉が出てきた。


ほむら(倒す、ということは人名?組織名?それとも…)


クレスとほむらのやり取りを眺めていたクラースが口を開く。


クラース「ほむら君、単刀直入に聞こう」



クラース「君は一体何者だ?」

ほむら(ストレートに来た…。まぁ黙っていても仕方ないわね。
    今はこの人達に頼るしかないのだから)

ほむら「わたしは――」


コンコン、と三度部屋に飛び込んできたノックの音に、ほむらの言葉は遮られた。
勢いよく開かれたドアの向こうには二人の女性が立っていた。


「あー!起きてるじゃーん!クレス!起きたら呼んでっていったでしょー!」


クレスの批難の言葉を浴びせ、ピンク色の髪をポニーテールを
揺らしながらずかずかとクレスに詰め寄る少女。


クレス「ご、ごめんアーチェ。話し込んじゃってさ」


申し訳なさそうに頭を掻くクレス。一方、アーチェと呼ばれた少女は納得いかないようだ。


アーチェ「クラースもクラースだよ!相手が可愛い子だから楽しくおしゃべりしてたんでしょ!?」

クラース「ただ情報交換していただけだ。全く…」


やれやれといった感じで頭を振るクラース。


アーチェ「ふーん、可愛い子っていうのは否定しないんだー。ミラルドさんに言いつけちゃおうかなー♪」

クラース「…なぜそこであいつの名前が出てくる?というか話を進めたいんだが」


部屋の空気がすっかり変わってしまったのに少し戸惑っているほむらにアーチェと一緒に部屋に
入ってきた女性が声をかける。


「お身体の方は大丈夫ですか?」

優しく微笑みながら問いかけてくる女性。背中まで伸びた綺麗な金の髪と
清楚な雰囲気が特徴的だった。


クレス「彼女は法術師のミント=アドネード。君の怪我はミントが癒したんだよ」

ほむら「…法術、ですか?」


次々と知らない言葉が出てくる。


ほむら(やはりここは私のことを先に説明したほうが話が早そうね)


コホン、と一つ咳払いをする。


4人の視線がこちらに向いたのを確認してほむらは口を開いた。


ほむら「先にお礼を言っておきます。怪我の手当とここまで運んでくださって本当にありがとうございました」

ほむら「クラースさんとクレスさんには先ほどお伝えしましたが改めて…、私の名前は暁美ほむらといいます。」

ほむら「そして、私は恐らく別の世界からこの世界に飛ばされてきたんだと思います」



アーチェ「別の…、世界?」

ほむら「詳しく説明しますね――」


ほむらは話した。自分の住んでいた世界の事、魔法少女の事、自分の能力の事、
魔女の事、時を繰り返している事。
そして、時間を遡る際に起こった異変のことを。

ほむら「――以上が私の全てです。」


ミントが淹れてくれた紅茶で一息つき、話を締めくくった。


アーチェ「なんか…すごい話だったね」


ほむらの話に耳を傾けていた4人はその内容に戸惑いを隠せていないようだった。


クラース「時ではなく世界すら飛び越えてしまった少女、か」

ほむら「なぜこんなことになったか、私にも分かりません。時間遡行の能力も
    今は使えないみたいですし…」


ほむらが視線を左手の盾に落とすと、時を刻むことを放棄するかのように
止まったままの砂時計がそこにあった。


クラース「…君がこの世界に来てしまった理由も君の能力が封印されている
     ことも、心あたりが無いわけではない」

ほむら「本当ですか!?」

クラース「まぁ、希望的観測に過ぎないがね」

クラース「その為には我々の世界について話をする必要がある。少し長くなるぞ――」


クラースの話の内容はにわかには信じがたいものだった。ほむらも実際このような状況で
無ければ信じ切れていなかっただろう。

クレスとミントが時空を超えてクラースの時代にやってきた事、ダオスの事、
この4人がダオスと関わるきっかけになった事件の事、魔術、精霊に関する事。

ほむら(まるでファンタジー小説を再現したような世界ね…)

クラース「――以上が我々の世界についてのことだ。何か質問はあるかな?」

ほむら「先程の…、心当たりがあるというのはやはりダオスが関係しているのですか?」

クラース「そうだ。ダオスも時空を操る力を持っていると言われている」

ほむら「私の時間遡行の力とダオスの時空を操る力が何らかの要因で干渉したと?」

クラース「まぁ、こじつけでしかないが可能性としては一番高いと私は考えている」

ほむら「少しでも可能性があるのならそこを辿るしかない、か…」



アーチェ「あの…ちょっといい?」


アーチェが恐る恐るといった仕草で手を挙げる。


ほむら「何ですか?」

アーチェ「ほむらちゃんって時間止めれるんだよね?」

ほむら「はい、止めれる時間に制限はありますけど…」



アーチェ「見てみたいな、って♪」


クラース「お前なぁ…」


呆れたようにクラースが口を挟む


ほむら「いえ、いいですよ。実際に体験したほうがわかりやすいと思いますし」

アーチェ「わーい!ほむらちゃんやっさしー!」

ほむら「それではアーチェさんと…ミントさんも私の手を握ってもらっていいですか?」

ミント「私もいいんですか?」

ほむら「はい。私以外に二人までは大丈夫です。私の身体に触れていれば、ですけど」

アーチェ「握ってればいいのね?」

ほむら「そうです。それでは止めますね」


ほむらの能力が発動する。ほむら、アーチェ、ミント以外の全ての動きが止まる。


アーチェ「うわ!ホントに止ま――」

ほむら「…離さないでって言ったのに」


驚いた拍子にアーチェが手を離し、アーチェの時も奪われた。

ミント「アーチェさんったら…」


少し苦笑いを浮かべるミント。


ほむら「アーチェさんがどんな方か理解できた気がします…」

ミント「恐らくほむらさんが思っている通りの人です」


ミントは申し訳なさそうに肯定した。


ほむら「えーっと…それでは解除しますね」


ミントが申し訳なさそうにしていたのが居た堪れなかったのか、ほむらは慌てて能力を解除する。


アーチェ「――った!?…ってアレ?」

アーチェ「あー!手離しちゃった!ほむらちゃん!一回!」

クラース「やめておけアーチェ。ほむら君に魔力の無駄遣いさせるんじゃない」

アーチェ「…うー」

ほむら「じゃあ次はクレスさんとクラースさんの番ですね」

クレス「いいのかい?」

ほむら「大丈夫ですよ。手をだしてください」

クラース「ではお言葉に甘えて…」

ほむら「ではいきます」





クレス「…本当に凄い能力だね」

ほむら「驚いて頂いてなによりです」


おどけた様子でほむらは言う。


クラース「ふむ…」


少し考え込んでいた様子だったクラースがクレスとミントに声をかける


クラース「クレス、ミント。少し付いてきてくれるか」


名前を呼ばれた二人は部屋の外に向かうクラースに付いていく。


アーチェ「えっ、あたしは?」

クラース「ここでほむら君とお喋りでもしておいてくれ」


そう言い残し三人は部屋を出て行った。


アーチェ「なんか…除け者にされちゃったね」

ほむら「そう、ですね」


この時、ほむらは三人が出て行った理由を察していた。

クレス「どうしたんですかクラースさん?」

クラース「二人とも、あの子をどう思う?」

ミント「ほむらさんのことですね?…嘘を付いているには見えませんが」

クレス「僕もそう思います」

クラース「私も同感だ。そこでなんだが…」


クラース「ほむらを一緒に連れていきたいと思う」


その言葉にクレスが異議を唱える。


クレス「僕は反対です。こんな危険な旅にあの子を巻き込みたくありません」

ミント「私もクレスさんと同じ意見です。危険すぎます」

クラース「私もこの旅が危険なことは重々承知している。だが、ほむらを一人にするほうが
     もっと危険だ」

クレス「…どういうことです?」

クラース「さっきのほむらの話を思い出せ。あの子は友達の為に全てを投げ出している。
     ここであの子を置いていったとしてもほむらは一人ででもダオスの元へ向かうだろうさ」

クレス「そんなっ…!まだダオスがあの子の力に干渉しているとは限らないでしょう!?」

クラース「だが、可能性はある。1%でも可能性があればほむらはそこにすがるだろう」

クレス「…っ!」


少し話しただけでも分かる、彼女の並々ならぬ決意はクレスもミントにも充分伝わっていた。

クラース「ほむらは恐らくもう立ち止まらない。少しでも道があれば迷わず突き進むだろう。
     それがどんなに危険な道であっても、だ」

クラース「だからこそ止めるべき人間が必要だ。クレス、お前はあの子を見殺しにできるか?」

クレス「できるわけ…ないでしょう…っ!」

クラース「私もだ。だからこそほむらを仲間に引き入れたい。それに彼女の力はダオスに対抗
     できる鍵になるかもしれん」

ミント「時間停止の力、ですか」

クラース「そうだ。今はクレスが一人で我々三人のフォローをしているが正直バランスがいいとは
     言い難い。時間停止の力があれば呪文の詠唱の隙を埋めることができる」

クレス「戦闘にも巻き込む気なんですか!?あんな小さい子を!?」

クラース「何度も言わせるなクレス。あの子の決意の強さだ。何もしないでいいから付いてこい、なんて言っても
     ほむらは断るさ」


クレスはクラースが言っていること全てが正論だと分かっていた。


クレス「ぐっ…!」

クラース「私のことを汚い人間と思うがいいさ。どんな世界にも汚れ役は必要だ」


クレスはただ黙っている。返す言葉が無かったのだ。


クラース「ほむらをどうするかはクレス、お前が決めろ。お前がこのパーティのリーダーだ。
     …私はリーダーの決定に従うさ」

クレス「僕が…?」


重い決断を迫られた。

アーチェ「なかなか帰ってこないねあの三人」

ほむら「そうですね」

ほむら(恐らく私をどうするかで話合ってるんだと思うけど…、私の答えはもう決まっている)

ほむら(それにしても…)


ほむらはアーチェをチラッと見る。


ほむら(見た目といい性格といいまどかと杏子を足して2で割ったような人ね。アーチェさんって)

アーチェ「? 何見てるの?」


ほむらの視線に気が付いたアーチェが問いかける。


ほむら「いえ、友達に似てるなぁ、って思って」

アーチェ「友達って、ほむらちゃんの世界の?」

ほむら「ええ、そうです」

アーチェ「ふーん…。……じゃあさ!その友達に似てるってことはあたしもほむらちゃんと友達に
     なれるってことだよね?」

ほむら「えっ、…あの、……その」

アーチェ「えー、あたしと友達になるの嫌なのー?」


少しふてくされたように言う。


ほむら「いえ、嫌とかじゃないんですけど…。その…びっくりして」

アーチェ「じゃあ今からあたしたちは友達ってことで!よろしくねほむらちゃん!」


満面の笑みで手を突き出してくるアーチェ。その手は握手を求めているんだ、と理解したほむらは
恐る恐る手を握った。


ほむら「は、はい。あの…よろしくお願いします」

アーチェ「もー、友達なんだからそんな硬い感じじゃなくていいよー!」



なんだろう、この懐かしい感じは

あぁ、そうか

友達ができて嬉しいんだ

ほむら「フフッ」


堪えきれず笑みを浮かべるほむらを不思議そうに眺めるアーチェ。


アーチェ「どうしたの?」

ほむら「いえ、なんでもないわ。これからよろしくね、アーチェさん」




そんなやり取りが終わった時、タイミングよく三人が部屋に戻ってきた。


クレス「ほむら、君に話があるんだけれど」


クレスが硬い表情で話しかけてきた。


ほむら(言い出しにくいってのが表情で丸わかり…、やっぱり優しい人なんでしょうね)


クレスが最初に部屋に入ってきたとき、何よりも先に体調を気遣ってくれたのを
ほむらは思い出していた。


ほむら「その前に、私からもお話があるのですが」

クレス「? なんだい?」

ほむら「私も貴方達の旅に連れて行ってもらえないかしら?」

クレス「…っ!」

ほむら(予想外、っていう反応じゃないわね)

クレス「…この旅はとても危険な旅だ。命の保証はできない…」

ほむら「理解しているつもりです。…それに命がけなんて今までもそうでした」


返答に迷っているクレスに構わず、ほむらは続ける。


ほむら「クラースさんが二人を連れて行ったのは説得のため、ってところですか?」

クラース「ふぅ…全て御見通しって訳か」

ほむら「クレスさんとミントさんは優しい人なのはなんとなくですがわかっていましたから」

クラース「おいおい、私は優しくないと言いたいのかな?」


大袈裟気味に肩をすくめるクラース。


ほむら「ふふっ、そんなことないですよ。このパーティの汚れ役を率先して担っているんでしょう?」

クラース「やれやれ…、大した子だよ全く」

決断しかねているクレスに声をかける。


ほむら「クレスさん。あなたが私の身を案じてくださってるのは十分伝わってきます。」

ほむら「…ですが、その気遣いは不要です。私は貴方達とともに戦います」

ほむら「まぁ、断られたとしても私は意地でもついていきますけど」

クレス「本当に…、いいのかい?」

ほむら「こちらからお願いします。私を連れて行ってください。クレスさん…ミントさん」


深々を頭を下げるほむらを見て、クレスはついに観念した。


クレス「分かった。ほむら、大変な旅になるだろうけれど…よろしく頼むよ」

ミント「よろしくお願いしますほむらさん」

ほむら「こちらこそよろしく頼むわ、クレスさん、ミントさん、クラースさん、アーチェさん」

アーチェ「ってあたしの意見は聞かないわけ!?」

クラース「お前に聞いてもどうせ『一緒に行こう』、って言うと思ったからな」

アーチェ「…てへへ」

クレス「僕とミントはすごく悩んでたってたっていうのにアーチェときたら…」

アーチェ「そんなこと言ってー!クレスも可愛い子が増えて嬉しいんでしょ!」

クレス「そ、そんなこと考えてないよ!僕たちはほむらの安全を考えて――」

アーチェ「あー、クレスもほむらちゃんが可愛いっていうのは否定しないんだー。へー」

ミント「クレスさん?」

クレス「ち、違う!というかそんな話をしてたんじゃないだろ!」

ほむら「大丈夫よクレスさん。私は可愛くないって言われても傷つかないわ」

クレス「い、いやそういう訳じゃ…」

ミント「クレスさん?」

クレス「ミ、ミント!?違う違うんだ!僕はその…!あの…!」


ほむら「…ふふっ」

アーチェ「やーん!ほむらちゃん笑ってる顔かーわーいーい!」


勢いよくほむらに抱き付くアーチェ。流石のほむらもこの行動に戸惑いを隠せなかった。


ほむら「ちょっ…!アーチェさん!何してるの!?」

アーチェ「うひひ~、かわゆいやつよのぉ~」

ほむら「やめっ…!きゃっ!頬と頬すり合わせないで!」

アーチェ「普段のクールなほむらちゃんもいいけど慌ててるほむらちゃんも
     可愛いんだから仕方ない!」

ほむら「離してっ…よっ…!三人とも見てないで助けて頂戴!」

アーチェ「ふははー!ほむらちゃんはあたしの嫁となるのだぁ!って痛っ!」


流石に見るのが耐え切れなくなったのか、クラースが普段から持ち歩いている装飾された
分厚い本の角をアーチェの脳天に叩き落とした。


クラース「いい加減にしろアーチェ。ほむらが困っているだろう?それにそろそろ食事に
     行きたいしな」


ううー、と恨めしそうにクラースを睨みながら頭をさするアーチェ。


クラース「さて、ではそろそろ新メンバー加入記念も兼ねて酒場に行くぞ。
     勿論アーチェには飲まさないからな?」

アーチェ「ええー!?なんでー!?」

クレス「アーチェに飲ませたらロクなことがないからに決まってるからじゃないか…」

ミント「この間隙を盗んでクラースさんのボトルを飲み干して、隣のテーブルの人に
    絡んでいましたからね…」

ほむら(なんだか不安になってきたわ……)


ようやくアーチェから解放されたほむらは皺が若干ついた服を整え、少しだけ
重い足取りで酒場に向かうクレス達についていった。

酒場



ほむら「改めて…新メンバーの暁美ほむらです。よろしくお願いします」


ペコリと頭を下げる。


アーチェ「よろしくね!ほむらちゃん」

クレス「よろしく、ほむら」

クラース「よろしく頼む」

ミント「こちらこそよろしくお願いします」

ほむら「ふぅ、緊張したわ」

クレス「ははっ、全然そういう風には見えなかったよ」

ほむら「あら、そうかしら?」

クラース「ふっ、口調が変わったな」

ほむら「ええ。長い付き合いになりそうだし楽に喋らせてもらうわ」

クラース「構わんさ。むしろ今の方が話しやすい」

ほむら「どういたしまして」




クラース「さて…では明日からのスケジュールをもう一度おさらいしておくぞ」


グラスに注いだワインを一口飲み、クラースが話し始める。

クラース「我々は4大精霊のシルフ、イフリート、ウンディーネ、ノームと契約を結んだ。
     そして明日から…ここ、ヴェネツィアから船でアルヴァニスタへ向かう。」

クレス「二日間程船の旅、ということになりますね」

クラース「そうだな。まぁ海の上では各自自由に過ごしてくれ。…迷惑をかけない程度にな」


チラリとアーチェを見るクラース。その視線に気が付いたアーチェは慌て出す


アーチェ「だ、大丈夫だって!しばらくお酒は飲まないようにするから!」

クラース「その割にはさっきからチラチラとテーブルの上のボトルを見ているようだが?」

アーチェ「…禁酒前最後のお酒ってやつ?」

クラース「駄目だ」

アーチェ「ケチー!」

ミント「そういえばほむらさん、船に乗るのは初めて?」

ほむら「そうね、私たちの世界だと船よりも他の移動手段を使うことが多いから…」

クレス「船酔いしちゃうと大変だね。降りたくても降りられないし」

アーチェ「でもほむらちゃんなら魔力でなんとかなるんじゃない?」

クラース「船酔いなんかで魔力を消費したらいくら魔力があっても足りないだろう?」

ほむら「まぁ酔ってしまったらその時に考えるわ。そういえば魔力で思い出したのだけれど…」


そう言いながら左手をテーブルの中央に伸ばすほむら。

ほむら「この左手に埋め込められているのが私のソウルジェムよ」

クラース「魂の宝石、か…」

ほむら「ええ、…魔力の消費や負の感情によってソウルジェムに穢れが溜まる」

ほむら「穢れはグリーフシードで取り除く以外に方法は無く、
    穢れが溜まりきったとき、私は魔女になる」

ほむら「ここまでは部屋で説明した通りなんだけど、続きがあるの」

クレス「続き?」

ほむら「私もついさっき気が付いたのだけれど…、みんなの前で実践した時間停止
    の消費によって溜まった穢れが勝手に浄化されているの」

クラース「どういうことだ?」

ほむら「私にもわからないわ。こんな現象起きたことないもの」


ほむらにとっては嬉しい誤算には間違いないのだが原因が気になる。


ミント「…もしかして、ですけれど」

ミント「マナが原因なのではないでしょうか?」

ほむら「マナ?」

アーチェ「この世界に漂う魔力の源みたいなもんだよ、ほむらちゃん」

クラース「精霊が生きるために必要で、魔術を使用するためにも必要とされている」

ほむら「なるほど…。マナがグリーフシードの代わりをしてくれたわけね」

アーチェ「つまりほむらちゃんこっちの世界じゃ魔法使い放題ってこと?」

ほむら「自然回復が追いつく程度ならね。まぁ私の場合そんなに色んな魔法が使えるわけじゃないけど」

クラース「魔法を応用したらどんなことができる?」

ほむら「時間停止、肉体強化、治癒の活性化、武器の殺傷能力の強化…、私が使っていた
    のは主にこんな感じね」

クレス「武器の強化…、僕の剣の強化もできるのかい?」

ほむら「ごめんなさい…。他人の武器にまでは応用できないの。
    他の魔法少女で出来る子は居たけれど」

クレス「いや、大丈夫だよ。いくらいい武器を持っていてもその武器を生かすのは
    使い手の腕次第だからね」

アーチェ「ヒュー♪良いこと言うねー」

クレス「茶化さないでくれよアーチェ…」

そんなやり取りをしていると注文した料理が運ばれてきた。
こちらの世界はどんな食事なんだろうか、と少し不安があったほむらだったが
幸いにも自分の世界でも食べたことがある料理少なからず存在しているようで
ホッとしていた。

大皿から一人分に取り分けられたサラダをミントから受け取る。
美味しいからこれ食べてみて、とクレスから勧められた料理を
一口もらう。
アーチェが『あーん』と言い口を開けて待っているのを無視して
自分の口に料理を運ぶ。
その様子を見ていたクラースが鼻で笑ったのを見て、思わず自分でも
笑ってしまう

久しぶりな、賑やかな食事
こんな食事はいつ以来だろうか


ミント「ほむらさん、どうかしましたか?」


思わず食事の手が止まっていたようだ。そんな様子をミントが気にして声をかけてきた。


ほむら「いえ、こんな賑やかな食事…、久しぶりで」

クラース「これから毎日嫌でも付き合うことになるさ」

クレス「そうですね。ほむら、アーチェは今日はまだ大人しいけど普段は料理の取り合いに
    なるから覚悟しておいたほうがいいよ」

アーチェ「ふっふーん!早いもの勝ちってやつよ!」

ほむら「あら、じゃあ食事中でも時間停止できるように準備しておかないとね」

アーチェ「それはダメ!反則!」

ほむら「大丈夫よ。野菜だけは残しておいてあげるから」

アーチェ「いやぁあぁ!ほむらちゃんがいじめるー!」


アーチェの叫び声に周囲の客がなんだなんだと好奇の目を向けてくる。


クレス「酒が絡んでなくても迷惑かけてるじゃないか…」

クラース「…全くだ」


思わずため息をもらす二人だった。

宿屋



―――眠れない。
ほむらはベッドから静かに身を起こした。隣でミントがスヤスヤと寝息を立てているからだ。
アーチェが執拗に隣で寝ようと言ってきたが身の危険を感じ、ミントの隣にお邪魔させてもらった。

ほむら(…少し風にでも当たろうかしら)

音を立てないようにドアを開き、外に出る。二階の客室から階下を見下ろすと、宿屋内に併設された
酒場のカウンターで酒の入ったグラスを傾けているクラースの姿があった。

階段を降りようとすると、その音に気が付いたのかクラースと目が合った。

クラース「…眠れないのか?」

ほむら「えぇ…なんだか目が冴えてしまって。…隣、いいかしら?」

クラース「構わんよ。…酒でも飲むか?」

ほむら「未成年に、…って言ってもわからないわね。お酒は飲めないわ」

クラース「そうか…。マスター、彼女にアルコール以外の物を」

ほむら「あら、そんなものあるのかしら?」

クラース「無かったら水でも出てくるさ」


カウンターの奥に消えていくマスターを尻目に軽口を叩く。


ほむら「さっきも酒場で飲んでたのにそんなに飲んで大丈夫なの?」

クラース「どうせ二日は海の上だ。酒と船に酔ってベッドの上で過ごすさ」

ほむら「贅沢な時間の使い方ね」

クラース「そうだな…」


カラン、とグラスの中の氷が音を立てる。


クラース「ほむら、不安は無いのか?」

ほむら「無い、と言えば嘘になるわね。ただ…私は立ち止まってはいられないから…」


俯きながらそう答えるほむら。その姿は自分に言い聞かせているようにも見えた。

クラース「目の前の道が正しいとは限らないぞ?」

ほむら「そうね。でも…どんなに険しくても、正しい道かわからなくても私は進むわ」

クラース「もしその道が正しくなかったら?」

ほむら「やり直すわ。私はその力がある」

クラース「だがこの世界ではやり直しが効かない」

ほむら「その時は別の道を探すわ。這いつくばってでもね。その半ば命を落としてしまっても
    自分がその程度だった、ってことね」

クラース「…やはり君の考え方は危険だな」

ほむら「ええ。自分でも分かってるつもりよ。でも…私はこんなやり方しかできないから…」

クラース「やれやれ…君の考え方を矯正するのには骨が折れそうだ」


クラースが肩をすくめる。それと同じくカウンターの奥からバーのマスターがほんのり湯気が
立つマグカップを手に戻ってきた。


マスター「お待たせいたしました」


コトッ、と音を立てて置かれたマグカップの中を見るとそこにはほむらにも見慣れたものが入っていた。


ほむら「ホットミルク…ですか?」

マスター「えぇ、眠れないときはこれが一番と言われていますから」


そう言い残しマスターはニッコリと笑いグラスを拭く作業に入った。
テーブルに残されたマグカップを手に取り口を付ける。


ほむら「…、相変わらず優しい味ね」


いつだったか、鹿目家に泊まりに行ったときに知久に出してもらったホットミルクの味を思い出していた

クラース(こう見るとただの少女にしか見えないんだがな…)


一口、また一口とちびちびホットミルクを飲んでいるほむらを見てクラースはそんな印象を受けた。


クラース「せめて、君が歩きやすくなるように道を整地するのが我々の役目だな」

ほむら「えっ?」


ほむらは急に再開された話に少し戸惑う。


クラース「仲間ってのはそういうもんだ」


グイッ、っとグラスの中の酒を一気に飲み干す。


ほむら「仲間…か」

ほむら(懐かしいような…そういわれるのが怖いような…そんな響き)

クラース「…どうした?」


言葉の途切れたほむらに声をかける。


ほむら「…いいえ、なんでもないわ。」


そう言い半分ほど残っていたホットミルクを一気に飲み干した。


ほむら「さて…そろそろ失礼するわ。ミルク、ご馳走様」

クラース「あまり一人で考え込むんじゃないぞ?」

ほむら「ええ、ありがとう」


礼をいい席を立つ。


ほむら「貴方はまだここにいるの?」

クラース「ああ。まだこいつが残っているんでね」


そういいまだ半分以上残った酒瓶を持ち上げる。


ほむら「飲み過ぎないで…、って元々酔いつぶれる気だったわね」

クラース「こいつにも安眠効果があるからな。それじゃあおやすみほむら」

ほむら「程々の量限定だった気がするけど…、まぁいいわ。おやすみなさい」


クラースは階段を昇っていくほむらの背中を見つめ、グラスに酒を注いだ。


クラース(自分で選んだ道、か)


自分の半分にも満たない年齢の少女が歩んできた過酷な道の途中、強制的に選ばされた
といってもいい、この世界への転移。


クラース(ほむらにとってこの世界は出口のない道なのか、ただの寄り道なのか、それとも―――)


客室

ほむらは部屋に戻り、音を立てないようにベッドに近づいた。
ミントは静かに眠っている。


ほむら(アーチェさんは…)


チラッとアーチェの眠っているベッドに目をやる。
シーツをぐちゃぐちゃにし、更に掛け布団に抱き付いている。


ほむら(同じベッドで寝てたら私がああなっていたわね…)


ふぅ、と安堵の息を漏らしたとき、アーチェの枕元に何かが落ちているのを発見した。


ほむら(何か落ちてる…ってあれは)


ほむらが枕の下に仕込んだ拳銃だった。


ほむら(すっかり忘れてたわ…。回収しないと)


恐る恐るアーチェのベッドに近寄り拳銃に手を伸ばした、その時


アーチェが腕をガッシリと握ってきた。


ほむら「!?」


いきなりの出来事に慌てる。そうとはおかまいなしにそのままアーチェはほむらを
ベッドに引きずり込んだ。

ほむら「ちょっ…!きゃっ!」

アーチェ「待っていたわ…この時を――!」

ほむら「あなた起きて…っ!?」

アーチェ「シーッ!静かにしないとミントが起きちゃうよ」


ほむらはアーチェにそう言われ自然とミントに視線を移動させる。

ミント「zzz…」

ほむら(よかった、起こしてはいないみたい…)

ほむら「ってあなたのせいでしょ」


ヒソヒソ声でアーチェに文句を言う。


アーチェ「まーまー、いいじゃんいいじゃん…。ってことでーおやすみっ」


アーチェはそう言いギュッ、っとほむらに抱き付き抱き枕にする。


アーチェ「あー、ようやく眠れるよー。ほむらちゃんが部屋出ていったときから待ってたんだからね」

ほむら「貴方、その時から起きてたのね…」


全く気が付かなかった。恐らく銃もアーチェのトラップであろう。


アーチェ「何に使うかわかんなかったけどこのベッドはずっとほむらちゃんが
     使ってたしそれほむらちゃんのかなー、って思ってさ」

ほむら「やられたわ…」


もはや抵抗する気力すら無くなってしまったほむらはぐったりうなだれた。


アーチェ「じゃあ本当におやすみー」


そう言うや否や、すぐさま寝息を立てて深い眠りに落ちていくアーチェ。
相当眠気を我慢していたのか、それともほむらの抱き心地がよかったのかは
アーチェにしかわからない。


ほむら(はぁ…諦めて私も寝ましょう)

ほむら「おやすみなさい」


そうしてほむらもアーチェの腕の中で深い眠りに落ちていった。


翌朝

最初に目を覚ましたミントは隣にほむらがいないことに気が付いた。


ミント「あら、ほむらさん?」


ミントまだ覚醒しきっていない頭で隣のベッドに目を向ける。


ミント「あらあら」


視線の先には仲の良さそうに互いに抱き合っているアーチェとほむらの姿があった。

アーチェ「zzz」
ほむら「zzz」


フフフ、っと自然に笑みがこぼれる。


ミント(起こしてしまっては可哀想ね)


そう判断しミントは静かに部屋を出て行った。


ミント(起きてくるまではそっとしておきましょう――)

ヴェネツィア―アルヴァニスタ海上


船の甲板で全身に風を感じるほむらの姿があった。


ほむら(潮風が…気持ちいいわね)


初めての海の旅。まさかこんな異世界で味わうなんて想像もしていなかった。


ほむら(ずっと風に当たっていたいけど…ベタつくのは勘弁ね)


風になびく髪を手で少し抑えながらそんなことを考えていた。


クレス「隣、いいかい?」


いつからいたのだろうか、後ろからクレスが話しかけてきた。


ほむら「ええ、どうぞ」

クレス「よっ、っと」


声を出しながら甲板の上に座り込むクレスを見て、ほむらもその場に
座り込んだ。


クレス「どうだい?船の旅は。気分悪くなったりしてないかい?」

ほむら「まだ大丈夫よ。思っていたよりも揺れが穏やかだし」

クレス「辛くなったらさっさと寝ちゃったほうがいいよ。まだまだ海の上だし」

ほむら「そうね。限界が来たらそうさせてもらうわ」


ほんの少し、沈黙が訪れる。その沈黙をほむらが破った。

ほむら「あなたも、友達を助けるために旅をしているのよね」

クレス「そう、だね。君と一緒さ」


クレスは思い出していた。自分たちを助けるために身を挺してくれた親友の姿を。


クレス「チェスターっていうんだけどさ。小さい頃に村にやってきて、最初はそんなに仲が
    良くなかったんだけど…」

ほむら「最初はみんなそういうものじゃないかしら」

クレス「まぁね。…チェスターは両親が他界して、妹とずっと二人で暮らしていたんだ」

ほむら(暮らして「いた」、ね…)

クレス「僕とチェスターが近くの森で狩りをしている最中に村が襲われて、そのときに僕は両親を、
    チェスターは妹を失った」

ほむら「…」

クレス「簡単だけど二人で墓を建てて、そこで誓ったんだ。絶対に仇を取るって」

クレス「でも、僕たちはダオスに全く歯が立たなかった。あの時、チェスターが僕たちを守ってくれなかったら…!」

ほむら「クレスさん」


ほむらの呼びかけにクレスは落ち着きを取り戻す。

クレス「…ごめんね。あのときの事を思い出すとどうしても感情的になって」

ほむら「いいえ、大丈夫よ。それに…大事な人のことになると感情を抑えれないのは私も同じ」

クレス「ほむらも?」

ほむら「ええ。抑えきれない、っていうのが正解かもしれないけど」

クレス「そうか…。僕たちは似ているかもしれないね」

ほむら「そうかもしれない、でも明らかに違う所もあるわ」

クレス「? なんだい?」

ほむら「クレスさん、貴方はまだ汚れていない」

クレス「汚れて…?」

ほむら「ええ。私はこの両手も、心も汚れてしまっているから」

クレス「そんな…っ!」

ほむら「事実よ」

ほむら「クレスさん、あなたは仲間を、…友達を殺したことがあるかしら?」

クレス「!?」

予想外の質問にクレスは言葉を失う。そんなクレスの様子もおかまいなしに
ほむらは続ける。


ほむら「私は殺したわ。何人も。何度も。魔法少女同士で命の奪い合いもしたし、
    魔女になった仲間を手にかけたこともある。そして…」


少し、言葉を詰まらせる


ほむら「守りたいと思っていた、大切なはずの子の命も奪ったわ」

クレス「…」

ほむら「守れなかったからやり直して…!守り切れなかったから殺してやり直して…!」

ほむら「…こんな私に仲間なんていていいのかしらね……」


力なく言葉を出し切りうなだれる。

クレス「…苦しかったんだね」

ほむら「えっ…?」

クレス「誰にも言えず、ずっと一人で胸の中に抑えて、押し殺して、戦って、傷ついて、やり直して」

クレス「殺したく無いのに、殺すことになってしまって」

ほむら「…なんで、そう言い切るのかしら?」

クレス「だって、君は今ものすごく辛そうな顔をしているから」

ほむら「違う!」

ほむら「私はそんな…っ!慰めてもらいたかったわけじゃない!」

ほむら「ただ…っ!私は…!こんな汚れているのに…仲間なんて呼ばれていいのか
    って思っただけで…」

クレス「仲間だよ」

ほむら「っ…!」

クレス「誰がなんて言おうが、僕たちは君たちを引き入れるって決めた。確かに、
    人を殺したことは悪くないわけじゃない」

クレス「ただ、重要なのは君が今までにしてきたことじゃない。これからどうするかなんだ」

ほむら「これから…どうするか…?」

クレス「そうだよ。きっかけは違うけど、僕たちは同じ目的の為に旅をする仲間なんだ」

クレス「君は何の為に戦っているんだい?」

ほむら「…大切な人を、守るためよ」

クレス「僕もだ。…その為にどうするんだい?」

ほむら「ダオスを…倒す…」

クレス「僕もだよ。ほむら」

クレス「だから一緒に頑張ろう。旅の仲間として」

ほむら「ありがとう…クレスさん」

クレス「僕だけじゃない。ミントも、クラースさんも、アーチェも。みんな君の事を仲間だと思っている。
    それを忘れないでほしい」

ほむら「…はい」

クレス「…ふぅ。ごめんねなんか偉そうなこと言っちゃって。まだまだ半人前なのに」

ほむら「いえ、少し…気が楽になったわ」

クレス「それならよかったよ…。よっ、っと」


クレスが声を出して立ち上がる。

クレス「じゃあ僕は客室に戻るよ。クラースさんが心配だからね」

ほむら「…どんな姿をしているか容易く想像できるわ」

クレス「多分ほむらが想像した格好で正解だと思うよ」

ほむら「今度から汚れ役のスペシャリストと呼ばせてもらおうかしら」

クレス「ハハッ、嫌がると思うよクラースさん」

ほむら「嫌がることをするのが汚れ役の仕事よ、っと」


立ち上がりスカートの埃を手で払う。


ほむら「私も戻るわ。ちょっと手がベタついてきたし」

クレス「じゃあ行こうか」

ほむら「ええ」


そう言い交し二人は甲板を後にした。

夜。甲板上


食事を終えたほむらは再び甲板に出ていた。


ほむら(――私を仲間と言ってくれた)

ほむら(仲間、か)


共に戦った魔法少女の顔が頭をよぎる。
それと同時に敵対した魔法少女の顔が頭をよぎる。
魔女になってしまった姿も。動かなくなった姿も。


ほむら(――っ!)

ほむら(…今は、この旅の為に集中しよう)

ほむら(私のことを仲間と言ってくれた人たちの為にも)


ほむらは顔を上げた。綺麗な星が空を埋め尽くしている。


ほむら(綺麗…。そういえばこんなにゆっくりと星空を眺めたことなんてなかったわね)





アーチェ「そんな綺麗な星空に見とれているほむらちゃんを後ろからドーン!」

ほむら「きゃぁぁぁぁ!」


音もなく忍び寄ってきたアーチェがほむらの背中を押した。思わず大声を上げる

ほむら「驚かさないでよもう!」

アーチェ「ウッシャッシャ!ごめんごめん」


悪びれも無く謝るアーチェに少し腹を立てながらも、ほむらは星空鑑賞を再開する。


アーチェ「星空がそんな珍しいの?」

ほむら「いえ、珍しいっていうか…。こんなにゆっくり眺めたことがなかったから」

アーチェ「ふーん」

ほむら「でも、私達の世界じゃこんな綺麗な星空なかなか見れないと思うから
    珍しいといえば珍しいのかもしれないわね」

アーチェ「え?星が見えないの?」

ほむら「そうじゃないけど、私達の世界だと夜でも街の光が眩しすぎて、
    光の弱い星は見えないの」

アーチェ「へー!なんだかよくわからないけどなんか凄そうだね!」

ほむら「ええ…、まあ凄いって思ってくれていて大丈夫よ」


めんどくさそうなのでほむらは説明を放棄した。


アーチェ「でもほむらちゃんの世界行ってみたいなー」

ほむら「あら、来れるのなら案内してあげるわよ?」

アーチェ「こう、ほむらちゃんが元の世界に戻る瞬間にガバッと抱き付いて!」

ほむら「自力で頑張って来なさい」

アーチェ「えー」

ほむら「えー、じゃないの」



どうやら本気でほむらの世界へ行く手段を画策しているのか、あーでもない、こーでもないと
ブツブツ呪文のように唱えだした。


ほむら「まずはこの旅が終わらせてからでしょ?それに帰る手段が確定しているわけでもないし」

アーチェ「あー、まぁそうねー」


力無く言葉を返すアーチェ。波の音が辺りに響く。

ほむら「…クレスさんが私を仲間と言ってくれたの」

アーチェ「うん、クレスから聞いたよ」

ほむら「そう…」

アーチェ「ほむらちゃんは難しく考えすぎ!」

ほむら「えっ…?」

アーチェ「だってさ!『あたしが過去にあなたを殺しました』って言われてもさ!ちっとも…、
     ってワケにはいかないけど、…うん!そこまで気にしないし!」


慰めてくれているのだろうか?ほむらは混乱している。


アーチェ「えーっと…、つまりー…、何が言いたいかっていうとー…、
     ……うん!あたしは何があってもほむらちゃんと友達だよ!ってこと!」

ほむら「ええっと…」

アーチェ「だからさ!もっと楽しくいこうよ!…厳しい旅だと思うけどさ、
     だからこそ笑ったりして辛さを吹き飛ばさないと!」

ほむら「なんで…アーチェさんは私と友達になってくれたの?」

アーチェ「え?そんなの簡単だよ?」


アーチェ「あたしが仲良くなりたい!って思ったから!」

ほむら「仲良く…なりたい…」


ほむら「フッ… ……フフフッ!」

アーチェ「あー!笑ったなー!」

ほむら「だって…フフッ…全然…理由になってないし…フフフッ!」

アーチェ「いーじゃんそんなの!説明できないんだから!」

ほむら「説明できない、か。…そうね」

アーチェ「そうそう。説明できなくてもいいのよっ。分かってもらえたらね」

ほむら「うん…、ありがとうアーチェさん」

アーチェ「じゃあお礼として今日も抱き枕になって…」

ほむら「残念、今日はちゃんとベッドが三つあるのでした」

アーチェ「ちぇー」

ほむら「さて、そろそろ戻りましょう。風が強くなってきたわ」

アーチェ「そうだね…じゃあせめて客室までほむらちゃんに抱き付いて歩くのだ!」

ほむら「あら、なんということでしょう。潮風のベタつきよりうっとおしいでは
    ありませんか」

アーチェ「ひどっ!」

ほむら「ごめんなさい。本音がすぐ口に出てしまうタイプなの」

アーチェ「それ謝られてる気がしないんだけど!?」


ほむらはすでにアーチェの扱い方をある程度把握していた。
そしてそれを楽しんでいた。
誰がどう見ても、仲の良い友達同士でじゃれあっている…そんな光景がそこにあった。


船は進む。アルヴァニスタへ向かって――

アルヴァニスタの都


船旅を終えたほむら達はアルヴァニスタの都にいた。


クラース「これからの予定だが…、今日はアルヴァニスタの都で一晩過ごし、
     明日の朝、荷物を整えて出発する。いいな?」

アーチェ「はーい」

クラース「よし、じゃあ私は宿屋で休む。各自自由行動だ。だがちゃんと休んでおけよ?
     当分ベッドで眠れないんだからな」

クレス「分かりました」

クラース「じゃあ解散だ」

ほむら(さて…どうしましょうか)


解散といわれても特にやりたいことがなかった。日もまだまだ高く眠たくない。


ほむら(適当に街を散策しましょうか…)

クレス「僕はちょっと剣の手入れをしてもらってくるよ」

アーチェ「あ、あたしも付いてくー」

ミント「分かりました」

ほむら「ミントさん」

ミント「はい?なんでしょう?」

ほむら「もしよかったら街を案内してもらえないかしら?散策しようと
    思ったけれど土地勘が無くて…」

ミント「えぇ、構いませんよ」

ほむら「ありがとう。よろしく頼むわ」

ほむら(大きな街ね…。流石城下町、といったところかしら)

ほむら(街の雰囲気だけ見ていると、とても世界を滅ぼす魔王がいる世界と思えないわ)


ほむらは辺りを見回しながらミントと並んで歩く。


ミント「難しい顔をしてますね」


ミントが話しかけてきた。そんな顔をしていたのだろうか?とほむらは
自分の顔を両手でさするように触れた。


ほむら「あ、ええ。このあたりは平和なんだな、って思って」

ミント「そうですね。ここより更に東にあるミッドガルズという街が
    狙われているらしいです。…近いうちに戦争になるんではないか、と」

ほむら「…戦争、ね」

ほむら(どんな世界でもいい響きではないわね)

ほむら「私達もいずれはそこに向かうんでしょう?」

ミント「そう、なりますね」


ミントの顔が曇る。争いとなると死傷者は避けられないのが分かっているからだ。

ほむら「例えば…だけど」

ほむら「もし、ダオスと話合いだけで解決できるのなら納得できる?」

ミント「私は…、争いが避けられるのなら…。ですが…」

ほむら「そうね。他の人は納得しないでしょう」

ほむら「お互いに、信じているものが違うもの」

ミント「信じているもの…、ですか」

ほむら「ええ。私がとある人のことを悪だという。でも他の人はその人を善だという」

ほむら「どれだけ声を大にして、説明しても信じてもらえない。そいつが善だと信じているから。
    少しでも引っかかる点があっても見ようとしない。信じているから」

ミント「ですが…っ!話し合えば解決する場合もあります!」

ほむら「そうね。でも解決しない場合もある」

ミント「…」

ほむら「…。ごめんなさい。こんな話をしたくて付いてきてもらったわけじゃないのに」

ミント「いえ…。ほむらさんがおっしゃることもわかります。…ですが」



「おねーちゃん!」


ミントのセリフを遮るように一人の少年が話かけてきた。

ほむら「? 私達のことかしら?」

「そーそー!おねーちゃん!俺と勝負しようよ!」

ほむら「…はい?」

「かけっこで俺と勝負だ!」

ほむら「…そんな気分じゃないのよ。他を当たって頂戴」

「あー、負けるのが怖いんだー?」

ほむら「そんな見え透いた挑発に乗るほど愚かではないわ。それじゃあね。
    ミントさん、行きましょう」

「べーっだ!このペチャパイ!」


立ち去ろうとしたほむらの動きが止まる。


ほむら「…今、なんて言ったのかしら?よく聞き取れなかったわ」

「このペチャパイ根暗女って言ったんだよ!」

ほむら「……。」

ミント「ほ、ほむらさん?あ、あの…子供の言ったことですし…」

ほむら「ミントさん、今はもう話合っても解決できない場合ってやつなのよ」

ほむら「…、いいわ貴方。挑発に乗ってあげようじゃない。私に喧嘩を売ったこと、
    後悔させてあげるわ」

少年「じゃあルールな!さっき教えたコースを三週して先にゴールした方の勝ち!以上!」

ほむら「ええわかったわ」

少年「じゃあおっぱい大きい方のねーちゃん!スタートの合図!よろしく!」

ミント「えっ?…えっ?」

ほむら「無駄な時間を取らせてごめんなさい…。すぐに終わらせるわ」

少年「はーやーくー!」

ミント「えぇっと…、位置についてー」

ほむら(…)

少年(…)

ミント「よぉい」

ほむら(…)

少年(♪)

ミント「スタート!」


合図と同時に少年の姿が消えた。いや、見失ったのだ。


ほむら(…はっ?)


呆気にとられ一瞬、完全に動くが止まるほむら。


ミント「ほ、ほむらさん!スタートしていますよ」

ほむら(し、しまった!)


慌ててスタートし、追いかけるほむら


ほむら(何て速さ…!こっちの世界の人の身体能力を甘く見ていた…!?)


だが、そこは魔法少女。魔力を脚力に注ぎ、もの凄い勢いで追い上げる。


ほむら(…!背中が見えたわ)


二週目に突入してついに少年の背中を捉えた。ジワジワと差を詰めていく。

少年(やっべ!ねーちゃんはえー!)


慌てて更に速度を上げようとするがほむらも負けじと速度を上げる。


ほむら(根比べなら…負けない!)


ファイナルラップ突入時、その差はほとんどない、が少年が一歩分ほどリードしていた。


少年(このままっ!一気に!)

ほむら(ほんの少しの差が埋まらない…!)


少年がリードしたままコースを消化していき、残るは最後の直線と階段のみ。
お互い死力を尽くし直線を走りきる。少年のリードは変わらない。


少年(残りは階段だけ!勝った!)

ほむら(勝った、とでも思っているんでしょうが…)

ほむら(その油断が命取りよ)

ほむら(目に焼き付けておきなさい。魔法少女になると…こういうこともできるのよ)


ほむらは階段の一段目に右足をかけた、その瞬間。全ての力を右足に集中させ、そして…

ほむらは、跳んだ

十数段はあるはずの階段を一気に跳び越した。


少年「ちょっ!?」

ほむら(私に喧嘩を売った時点で貴方は愚かだった)

ほむら(愚か者が相手なら、私は手段は選ばない――)


中傷の的になった、ほむらの胸がゴールテープを切った。


ミント「ほむらさん、おめでとうございます」

ほむら「ハァ…ハァ…」

ミント「だ、大丈夫ですか?」

ほむら「し、心配いらないわ。ハァ…ハァ…」


額に浮き出た汗を拭い、そのまま髪をかき上げる。


少年「だぁぁぁぁ!負けたぁぁぁ!」


地面に大の字に寝転び、少年は悔しさを爆発させるように叫んだ。


ほむら「まぁ…最後は少し大人げないと思ったけど、勝ちは勝ちね」

少年「あれだけスタートで差が付いたのに負けたら文句言えないって」

ほむら「あら、潔いのね」

少年「勝負の世界は結果が全てって言葉があるもん。…はい、賞品」

ほむら「賞品?」


少年から小さな紙袋を受け取る。


少年「まー大したもんじゃないけどさ」


ほむらは紙袋を広げて中身を確認すると、そこにはほむらの世界でも目にしたことがある
物体が入っていた。

ほむら「これって…、グミ、かしら?」

ミント「オレンジグミですね。こちらの世界の基礎的な回復薬品です」

ほむら「へぇ…。ただのお菓子にしか見えないわ」


そんなやり取りをしていると少年が勢いよく立ちあがった。


少年「よっ、っと!じゃあ俺行くね。おねーちゃん!悪口言ってごめんね!」

ほむら「あらあら、随分と可愛くなったわね」

少年「なんかおねーちゃんから速そうな気配がしたからさ!どうしても勝負したくなったからついつい…」

ほむら「いいわよ。私も大人げなかったわ」

少年「じゃあね!おねーちゃん達!楽しかったよ!」


そう言いながら少年は疲れも見せず走り去っていった。


ミント「フフッ…。お疲れ様でした。ほむらさん」

ほむら「なぜ貴方が一番楽しそうにしているのかしら?」

ミント「いえ、…失礼な言い方かもしれませんが、ほむらさんの年相応な表情
    を見れた気がして」

ほむら「…そういえばさっきの子も根暗って言ってたわね」


先程言われた言葉をブツブツと繰り返す。それなりに気にしているようだ。


ミント「すいません!そういうつもりじゃ…!ほむらさんはどんな表情でも素敵ですよ」

ほむら「…ありがとう」


下手な慰めと思ったのか、それとも照れているのかわからないがほむらは短い言葉を返した。

ほむら「流石にちょっと疲れたわね」

ミント「どこかでお茶にでもしましょうか」

ほむら「あら、いいわね」


ミントの提案にほむらは二つ返事で了承する。


ミント「それと、ほむらさん」

ほむら「? 何?ミントさん」

ミント「先程の話ですが、やはり人はいつか分かり合えるものだと私は信じています」


真っ直ぐにほむらの目を見るミント。


ほむら「…本当に、そうかしら」

ミント「はい。いくら時間がかかっても…諦めなければ必ず」

ほむら「私は時を繰り返して…、繰り返し過ぎて…。繰り返せば繰り返すほど周りの人
    と距離が開いていくのを感じたわ」

ミント「それでも、一度は仲良くなれたのなら、再び仲良くなれるはずです。
    お互いが歩み寄ることができたのなら」

ほむら「歩み寄る…」

ミント「はい。いがみ合っても解決はしませんから」

ミント「先程の少年とも、結局最後は仲良くなれたじゃないですか」


ミントはニコリと笑う。


ほむら「…そうかも、しれないわね」


ポツリ、とほむらは呟き、そして気分を切り替えるかのように大袈裟に
大きく伸びをした。


ほむら「う~ん! …さぁ、そろそろ行きましょうか」

ミント「はい、そうですね」

ほむら「美味しい紅茶が飲みたいわ」

ミント「フフッ、わかりました。案内しますね」


長い髪を揺らしながら、二人は雑踏に紛れていった。

翌朝、雑貨屋前にて


クラース「さて、ではまずはここで必要なものを揃えようか」

クレス「本当に必要な物だけにしないといけませんね。持ち運びするのが大変ですし」

クラース「あぁ、そうだな。…聞いているかアーチェ?」

アーチェ「聞いてるよ!というかわざとらしく名指しで注意しないで!」

ほむら「あの…」

クラース「ん?どうしたほむら」

ほむら「私の能力なんだけど―――」



クラース「ほむら、君を仲間に引き入れて私は本当によかったと思っている」

クレス「ありがとうほむら。仲間になってくれて」

ミント「本当に…よかったです」

アーチェ「ほむら様!」

ほむら「…えっと、どういたしまして」


全ての荷物を盾に収納したほむらを崇める四人を見て、
ほむらはむず痒いような感覚に陥っていた。


クレス「まさか装備だけ持って旅ができる日が来るなんて」

クラース「あぁ…。本当にな」

ミント「身体が軽い…。こんな気持ち初めて」

アーチェ「もう何も怖くない」

ほむら「そのセリフはダメよ。やめて」


二人の首から上があるのを確認し、
どこかで聞いたようなセリフを必死で止めるほむら。




クラース「さて、それでは出発するぞ。目指すはここから南東、モーリア坑道だ」


ほむら(いよいよ本格的な旅が始まるのね)


何が起きるかわからない。それでも怖くない。


ほむら(今は、一人じゃない――)

一人でお風呂入ってきます

一人でお風呂入ってきました

娘はいませんが粗末な息子なら(ry

再開します

アルヴァニスタの都~モーリア坑道


アーチェ「そういえばほむらちゃん」

ほむら「ん?何?」

アーチェ「ヴェネツィアでほむらちゃんがベッドに置き忘れてたのって、あれ武器なんだよね?」

ほむら「ええ、そうよ」

クレス「へぇ、よかったら見せてくれないかい?」

ほむら「いいわよ。扱いには気を付けてね」


ほむらはそう言い、盾から一丁の拳銃を取り出しクレスに渡す。


クレス「見たことない武器だね」

クラース「これはどうやって使うんだ?」

ほむら「ちょっと貸して頂戴」

クレスから拳銃を受け取り、手慣れた手つきでセーフティを外す。
その時、草むらから鋭い嘴とかぎ爪を光らすモンスターが空を滑るように飛び、
襲いかかってきた。


クレス「! ほむらちゃん!後ろ!」


ほむらはクレスの呼びかけよりも早くその気配に反応し、手に持っていた拳銃の
引き金を二度引いた。パァン!と乾いた音が二度響く。
一発目はモンスターの右の翼に命中し、続けざまに撃った二発目が頭部を射抜いた。
モンスターはそのまま力無く地面に落下し、二度と動くことは無かった。

ほむら「…と、まぁこんな感じの武器ね」


少しも動揺せずに、襲い掛かってきたモンスターの命を奪ったほむらを見て、
クレス達はほむらがいかに戦うことに慣れているかを感じ取った。


クラース「お見事、と言っておくべきかな?」

ほむら「あれだけ直線的に突っ込んでこられたら外す方が難しいわ」

クレス「弓に近い武器って感じかな?」

ほむら「飛び道具って点だけでいえば同じね。ただ、この武器は弓で使う矢の
    代わりに弾と呼ばれるものを消費するんだけれど」

ほむら「こちらの世界では手に入れることができないから、あんまり無駄に
    消費はできないわね。ストックはある程度確保してるけど」

クラース「なるほどな。他にも武器はあるのか?」

ほむら「似たような飛び道具が何種類か、あとは自分で作った爆弾ね。
    火薬が手に入れば作ることもできるかもしれないけど…、
    洞窟内での使用は極力避けたいわね」


ほむらはモーリア坑道が地下に深く続く洞窟だと聞き、手持ちで使える
武器はかなり限られるだろう、と考えていた。

クラース「そうだな。洞窟が崩れて生き埋め、なんて結末は勘弁願いたい」

ほむら「とりあえず基本的にはみんなのフォローに回るわ。いざとなれば
    近接戦闘でもなんでもするけれど」

クレス「大丈夫なのかい?」

ほむら「ええ、一対一で倒しきるよりは、時間を稼いだりする方が向いているけど。
    このパーティのエースを生かす立ち回りをするわ」

クラース「そんなウチのエース様は…」


チラリとアーチェを見る。


アーチェ「え?あたし?」

クラース「不本意だがな…。お前の呪文は火力、範囲ともに頼りになる」

アーチェ(なんか知らないけど褒められてる!)

ほむら「クラースさんの召喚術はどんな使い方なのかしら?」

クラース「現段階では敵一体を狙って周りの敵も巻き込めればいい…。
     そんな感じだな」


その時、再びガサガサッ、と草むらから音を立て、今度は複数のモンスターが
飛び出してきた。


クラース「やれやれ、今日は千客万来だな」


そう言いながらクラースは帽子を被りなおし、詠唱の準備に入る。


アーチェ「ほんとにねー。まだ都を出たばっかだってのに」


文句を垂らしながらアーチェもクラースに続き魔力を練り始める。
箒にまたがり、ふわふわとその場に浮かびながら。

クレス「はっ!」


そんな二人のやり取りを気にもせず、クレスは剣を抜きモンスターの群れに立ち向かう。


ほむら(さて、いよいよ実戦ね。みんなの動きを把握しましょう)


ミント「ほむらさん、大丈夫ですか?」

ほむら「ええ。さて…、今回はミントさんには楽をさせてあげるわ」


ほむらはクレスと詠唱中のクラース、アーチェの真ん中辺りに位置取り周囲を警戒する。


ほむら(時間停止で詠唱の時間を稼いでもいいけど…。使えないケースも想定しないとね)


骸骨姿のモンスターがクレスに斬りかかる。クレスは慌てる様子も無く冷静に剣で受け、
弾き飛ばす。

その脇をすり抜け、クラースに突進する一つの影があった。ほむらはそれを見逃さず迎撃に向かう。
狼のようなモンスターだ。異常なほど牙と爪が鋭い。


ほむら(弾も節約できる内はしておきましょう…)


狼型のモンスターは、目の前に立ちはだかったほむらに跳びかかる。
爪を振り下ろす、ほむらはそれをバックステップで下がってかわす。
狼は着地と同時に大きく口を開け、ほむらの喉元を食いちぎろうと距離を詰める。
そんな狙いを簡単に見透かし、ほむらは左腕の盾を狼の口目掛けて叩き付けた。

硬いものが砕けた感触があった。どうやら狼の牙が根本から折れたようだ。
苦しそうにのたうち回る狼を、ほむらはサッカーボールのように蹴り飛ばした。


ミント(痛そう…)

クラース「この指輪は御身の目。この指輪は御身の耳。この指輪は御身の口。我が名はクラース。
     指輪の契約に基づき、この儀式を司りし者。我伏して御身に乞い願う。
     我盟約を受け入れん・・・我に秘術を授けよ!…シルフ!」


呼びかけに答えるようにクラースの指輪が激しい光を放つ。ドレスを身にまとい、長い髪をなびかせた
三体の精霊が光と共に現れた。精霊は風を巻き起こしモンスターを切り刻んでいく。


ほむら(これが…召喚術)


初めて見た召喚術に思わず目を奪われた。


アーチェ「…うーん!めんどいから以下省略!アイスストーム!」


耳を疑うような適当な詠唱に肩を落とすほむらを無視するかのように、氷の礫をまとった風が
モンスターを襲う。

こうして半壊したモンスターの群れをクレスが一匹一匹確実に仕留めていく。


ほむら(魔術と召喚術でダメージを与え…、クレスさんの剣術で仕留める。
    私はその連携を繋ぐ。イメージ通りね)


最後に残ったモンスターをクレスが薙ぎ払い、モンスターの群れを掃討した。


クレス「ふぅ」

アーチェ「みんなお疲れー」

ミント「みなさん、お疲れ様です」

クラース「今回は出番が無かったな、ミント」

ミント「はい、ほむらちゃんが今回は楽させてくれると言ってくれたので」

ほむら「初陣で誰かが負傷するのは避けたかったもの」

クラース「まぁ、こんな風にミントが楽できる展開が一番理想だな」

クレス「ですが、マクスウェルはこうはいかないでしょうね」

ほむら「精霊の試練、ってやつね」

クラース「向こうが契約してくれる気があるのなら、だけどな」


そう言いながら再び帽子を被りなおしたクラース。


クラース「さて、そろそろ出発するぞ。またモンスターが寄ってこないうちにな」

その後、何度かモンスターの襲撃を退けたクレス達。
夕方になり、今日の移動は切り上げて野営の準備に入った。


ほむら「えっと…まずテントでしょ」

ドサッ

ほむら「料理道具に…」

ガシャン

ほむら「食材…」

ドサドサッ

ほむら「あぁ。あと食器ね」

カシャン


クラース「しかし…すごい光景だな」

ミント「そ、そうですね」


盾から次々と必要なものを取り出すほむら。慣れてない人が見たらとても奇妙な
光景である。


ほむら「えっ?」

クラース「いや、なんでもない。…準備を済ませてしまおうか」



パチパチと薪が爆ぜる音と本のページがめくる音が闇に消えていく。
クラースはマグカップに淹れたコーヒーを一口啜り、更にページをめくる。

テントから人が出てくる気配がした。


クレス「クラースさん、交代します」

クラース「ああ、もうそんな時間か」


クラースは本を閉じ、少し身体を伸ばした。
しかし、クラースはその場を動かない。どうやらクレスに何か言いたいことがあるようだ。


クレス「クラースさん?どうしました?」

クラース「クレス、まだ初日だが…ほむらをどう思う?」

クレス「正直、想像していた以上でした」

クラース「やはり同じ意見、か…」


クレスもクラースも、ほむらの動きを高く評価していた。いや、恐らくミントもアーチェもそう
思っているだろう。

クレス「実戦の経験値が高すぎます…。僕なんかより、もっと」

クラース「いや、我々より…というべきだ。最初は彼女の能力だけを見てしまっていたが、
     もっとも秀でていたのは戦闘を俯瞰で見る能力だ」

クレス「俯瞰、ですか?」

クラース「そうだ。戦場の状況を常に把握し、前衛と後衛の距離が間延びしているなら
     その距離を埋める。撃ち漏らした敵を確実に仕留める。恐ろしいほど冷静に、だ」

クレス「どれだけ戦えばあれだけの動きができるようになるでしょうか」

クラース「さあな…。私には見当もつかんよ。…それにほむらはもう先を見据えているようだ」

クレス「どういうことですか?」

クラース「最初のモンスターの群れを撃退したときのことだ。ほむらは時間停止を使わなかった。
     恐らく時間停止の使えないケースを想定して動いていたはずだ」

クレス「僕たちが初めてパーティとして挑んだ戦闘の初戦で、ですか…」

クラース「ああ。一目見て試す余裕がある相手だと判断したらしい」

クレス「末恐ろしいというか…頼もしいというか」

クラース「頼もしいには違いないが…問題もある」

クレス「と、いうと?」


ほむら「私がいなくなったときについて、かしら?」


テントから姿を現し。クレスとクラースの元へ寄ってくる。

クラース「起きていたのか」

ほむら「ええ。過剰に評価されているのに居た堪れなくなったわ」

クラース「そんなことはないぞ?正当に評価しているつもりだ」

ほむら「あら、それは喜ばしいわね」


そう言いながらほむらは盾からティーセットを取り出し、紅茶を淹れはじめた。


ほむら「あなたたちもどうかしら?」

クレス「僕にも淹れてもらえるかい?」

クラース「私は遠慮しておこう。飲みかけがある」

ほむら「そう、…はいクレスさん」


ありがとう、といいクレスはそれを受け取った。
受け取る際にカシャン、とティーカップが音を立てた。


クレス「それで、さっきの話だけど…、ほむらがいなくなったときって?」

クラース「簡単な話だ。強大な力があればそれに頼りたくなる。だが、頼りすぎた状態で、
     いざその力が使えなくなったらどうする?」

クレス「それは…」

クラース「依存は停滞だ。だからこそ我々も強くならねばならない。依存しないためにな」

ほむら「まぁ、私は私のできることをやるだけよ。使えないと判断したら置いていけばいいわ」

クラース「我々が使えないと判断されそうで怖いな」

ほむら「大丈夫よ。私は物持ちがいい方だから。盾の中に要らないものもいっぱい入ってるし」

クラース「フッ…せいぜい捨てられないように努力するさ」

クラース「…ということらしいぞリーダー殿?頑張らなくてわな」

クレス「そ、そうですねクラースさん」


冗談を冗談と受け取るのに失敗したクレスを見て、ほむらは筋金入りの真面目な人ね、と
改めて思った。


ほむら「そういえばクレスさん、出発の前に盾に仕舞った袋に包んだものって…」

クレス「あぁ、それは槍なんだ。グングニルっていう」

ほむら(グングニル…、聞いたことがあるわね。こっちの世界だと北欧神話に出てくる
   オーディンの武器、だったような)

クレス「とても強力な武器なんだけど…、僕には分不相応でね。まだまだ腕が足らないみたいなんだ」


ほむらはヴェネツィアの酒場での会話を思い出した。


ほむら(そう…、だからあの時あんなことを言ったのね)


ほむら「武器の扱いに関してはほとんど知識が無いのだけれど…、使わないと
    永遠に使いこなせないんじゃないかしら」

クレス「…僕もそうだと思っている。…けど」

ほむら「扱えない武器で戦って後ろの人たちに危害が及ぶのを恐れているのね」

クレス「!?」


全てを見透かされていた。

ほむら「クレスさん、敢えて言わせてもらうわ。このパーティでのエースはアーチェさんだけど、
    このパーティの今後はあなたにかかっているといっても過言じゃないわ」

クレス「僕に…!?」

ほむら「ええ。伸びるも止まるも貴方次第。だから恐れないで。何があっても私がフォロー
    するわ」

クラース「私達、だろう?」

クレス「ほむら…、クラースさん…」

クラース「いつかは私から言おうと思っていたんだが、すまなかったなほむら」

ほむら「いえ、大丈夫よ。…それにクレスさんなら乗り越えてくれるって信じているから」


ほむらは少し冷めてしまった紅茶に口をつけた。


ほむら「それじゃあ、これは渡しておくわね」


そう言い、ティーカップを仕舞ったほむらは盾から布に包まれたグングニルを取り出し、
クレスに手渡した。
どしっとした重みが手に伝わる。


クレス「やっぱり、重いなこれは」


握ったままクレスは呟く。


ほむら「返品は受け取らないわ。頑張って使いこなして頂戴」


少し意地悪そうに笑う。


クレス「はぁ…、スパルタだな」


クレスは諦めたように軽く笑みを浮かべる。だがもう迷いは無かった。


クレス「僕はこいつを使いこなしてみせる。必ず」

クラース「期待しているぞ」

ほむら「心配はしていないわ」


じゃあ後は頼んだぞ、と言い残しクラースはテントに入っていった。

それじゃあ私も、といいほむらもテントに戻った。


「ほむらちゃーん!どこ行ってたのー!」

「きゃっ!そうやってまた貴方は…」


そんなやり取りがクレスの耳に入ってくる。ハァ、と大きなため息を漏らした。


グングニルを布から取り出す。


クレス(今はまだ…、分不相応かもしれない。でも必ず…!)


クレスは握りしめたグングニルを身動きせずにしばらく眺めていた。

夜が更けていく―――

モーリア坑道

ほむら「想像していたよりもずっと明るいわね」

クラース「この洞窟には何度も国の調査団が出入りしているからな。明かりは絶えず
     灯っている」


思った以上の明るさに驚くほむら。これなら松明をもって歩く必要もなさそうだ。


クラース「さぁ、降りるぞ」


先導するクラースを追って、ほむらの視界に飛び込んできたのは永遠に続いているかのように
長い、長い階段だった。


ほむら「ここを…、降りていくの?」

クレス「一度最深部まで降りて空振りだったときは絶望したよ…」

ミント「ですが、そのおかげでこの階段の扉が開いたわけですし」

アーチェ「この階段も充分キツいよ…」

ほむら「足を踏み外したらどこまで落ちていくのかしら」

アーチェ「やめて!そういうこと言わないで!」

クラース「っ!洞窟内で声が響くんだからそう大声を出すな」


クラースは普段より少しだけ抑えた声でアーチェを注意する。


クレス「さて行こうか。足元には十分気を付けてね」

最深部直通階段途中、結界内



アーチェ「あと半分くらいだっけ?」

ミント「そうですね。確かここがちょうど中間地点だったはずです」


アーチェは地面に座り込みミントに尋ね、ミントは紅茶を淹れながらその質問に答えた。


ミント「みなさん、お茶が入りました」


ここはモンスターが寄ってこれない場所らしい。それを利用して少し休憩すると
クラースは提案した。束の間のティータイムである。


アーチェ「小腹が空いたぁぁぁ」

クラース「もうすぐ戦闘だ。腹が一杯で動けないなんて笑えないぞ?」

アーチェ「でーもー、お腹空いて力出ないのもダメじゃん?」

ほむら「確かに…それもそうね。じゃあこれでもどうぞ」


ほむらは盾の中から小さな箱を取り出す。

アーチェ「これは?」

ほむら「私の世界にあるお菓子よ。御茶請けにして頂戴」


箱の中から出てきたのは、スナック菓子をスティック状にし、更にチョコレートで
コーディングしたお菓子だった。このお菓子を見る度に、ほむらはとある魔法少女の
ことを思い出す。


――食うかい?


ほむら(貴方ならそう言って差し出すんでしょうね、杏子)

アーチェ「いっただっきまー…。んーっ!美味しいこれ!」

ほむら「一人で食べきらないでよ?」

クレス「僕も一本もらっていいかい?」

ほむら「ええ。みんなで食べちゃっていいわよ」

ミント「ほむらさんはよろしいのですか?」

ほむら「ええ。向こうじゃいくらでも手に入るお菓子だから」


クラース「ふむ…これはなかなか…」

クレス「本当に美味しいよこれ」

ミント「食べやすくていいですね」

アーチェ「ほむらちゃんいいなー!こんな美味しいものばっかり食べて」

ほむら「その代わりに体重と戦うことになるわよ?」

アーチェ「うぐっ…」


もう一本、と手を伸ばしたアーチェの腕がピタッ、と止まる。


アーチェ「やっぱり我慢できない!」

ほむら(はい、一本当たり11.27kcalになります)

クレス「ラスト一本だね」

アーチェ「はい!早い者勝ち!もーらいっ!」

クレス「結局一番食べてるじゃないか…」

クラース「全く…食べっぷりもエースだな…」



アーチェ「はい、ほむらちゃん。あーん」

ほむら「えっ?」

アーチェ「えっ、じゃないよ!ほら、口開けて」

ほむら「私は本当にいいのよ?それは貴方達にあげたものだし」

アーチェ「じゃあ貰ったものだけどあげる!はい!」

ほむら「…はぁ、じゃあいただくわ」

アーチェ「はい、あーん」

ほむら「普通に食べれるわ」

アーチェ「いーいーかーらー!」

ほむら「はいはい…。……あーん」

アーチェ「はい、よく食べました♪」

ほむら「なんなのよそれ…」


ポリポリと噛み砕く。少しだけ懐かしいような味がした。


アーチェ「あー美味しかった♪」

ほむら「まだ色々入ってるからこういう機会があればまた出すわね」

アーチェ「またあーんさせてくれるの!?」

ほむら「させてあげてもいいけど、その代わりアーチェさんはおやつ抜きね」

アーチェ「うう…究極の選択…!」

ほむら「なんでそこで悩むのよ…」


ミント「本当にお二人は仲がよろしいですね」

クレス「そうだね。…ほむらのアーチェの扱い方が見ていて面白いよ」



クラース「…さて」

クラース「休憩は終わりだ。気を引き締めていくぞ」

モーリア坑道最深部



クラース「貴方がマクスウェルか」

マクスウェル「如何にも。何の用かな?若き召喚術師よ」

クラース「この地に契約の指輪が眠っているときいて来たのだが――」


ほむら(これがマクスウェル…)


ほむらはクラースとマクスウェルの会話に耳を傾けながらも、マクスウェルを
観察していた。


ほむら(あの球体は何かしら?結界のようなもの?)

マクスウェル「さて、そこの黒い髪の娘よ」

ほむら「…、えっ、私?」

マクスウェル「そうじゃ」


あれこれ考えているといきなりマクスウェルに話しかけられ戸惑うほむら。


ほむら(精霊が私に何の用が――)

マクスウェル「お主はなかなかに不思議な存在みたいじゃの」

ほむら「…どういうことかしら?」

マクスウェル「お主は新たな枝じゃ」

ほむら「?」

ほむら(枝…?一体、何の事?)

マクスウェル「人の歴史というものは例えるなら木の枝のようなものじゃ。
       無数に広がり、無限の可能性を秘めておる」

ほむら「…」

マクスウェル「後ろの二人…、クレスとミントといったかの?お主たちがこの
       時空に現れて新たに一本の枝が生えた。そしてお主、ほむらが
       この世界に呼ばれたときに分かれていたはずの枝が絡まり始めた」

マクスウェル「そして全ての枝がまとまり、一本の新たな枝が生まれた。
       それがこの時間軸、ということじゃ」

ほむら「私のせいで、ということ…?」

マクスウェル「原因はわからんがの」

クラース「全ての枝がまとまった場合、一体どうなる?」

マクスウェル「有りえないはずじゃったことが起こる可能性がある、としか言えぬな」

クラース「歴史が変わる、ということか?」

マクスウェル「それはお主たちが直接確かめてみるといい。そもそも最初に言ったように
       無限の可能性があるのだからどれが正しい歴史なのかなんてわからんじゃろう」

ほむら「私は…一体これからどうすれば…」

マクスウェル「…この世の理から外れた少女よ。お主が道を選ぶのではなく道を切り拓くのじゃ」

マクスウェル「お主が切り拓いた道が道となり、歴史となり、道しるべになるじゃろう」

ほむら「…なんだか随分と大袈裟な話になってしまったわね」

マクスウェル「一本しかなかった道が消え、どこでも進めると考えれば少しは気が楽に
       なるじゃろう?」

ほむら「簡単に言ってくれるわね、全く」

ほむら「いいわ、やってあげるわよ。どうせ私はどんな道でも進むつもりだったのだから。
    道が無くても、目指す場所は見失わない。絶対に。」

マクスウェル「ほっほっほ。強気な女子じゃの」

ほむら「覚悟なさい。どうせ力を試すつもりだったのでしょう?こんな訳が分からない話を
    されて生まれた苛立ちを全て貴方にぶつけてあげるわ」

クラース「お、おい!ほむら!」

まさかの挑発にクラースも動揺を隠せない。

マクスウェル「そうじゃな…。そろそろ話を切り上げるとするかの」

周囲の空気が一気に張り詰める。

ミント「…来ます!」

クレス「分かってる!こっちも行くぞ!」

ほむら「みんな、生き埋めにしてしまったらごめんなさいね。ちゃんと道を掘って拓いて
    あげるから我慢して頂戴」

アーチェ「ウッシャッシャ!上手い事言うー♪」

クラース「こんなときに冗談を言うやつがあるか!…えぇい!」


こうして、ほむらにとって初めての精霊の試練が始まった。


クレス「秋沙雨!」


無数の突きを繰り出し、クレスはマクスウェルの動きを抑制しようとする。


マクスウェル「ほっほっ!甘いの!」


だが、マクスウェルは早々に地上戦を放棄し空中に逃れる。


クレス「くそっ!」

ほむら「クレスさん!焦らないで!」

ほむら(あの技は浮遊できる敵相手に出すべきじゃない…、そんなこと分かっているはず
    なのに)

マクスウェル「若き剣士よ。何をそんなに焦れておる?」

マクスウェル(あの槍のせいかの…)

クレス「…ハァァ!」


空中で静止するマクスウェルの問いかけを無視し、クレスは再度攻撃を仕掛ける。


クレス「襲爪雷斬!」


地面を蹴り、雷撃を纏った斬撃を振り下ろした。が――


マクスウェル「隙だらけじゃ」


バリアを張り巡らせたまま突進してクレスを弾き飛ばす。

クレス「がぁっ!」


空中で攻撃を受けたクレスは為す術もなく地面に叩きつけられる。


クラース「あの馬鹿が!」


後ろからその様子を見ていたクラースは思わず悪態をついた。


アーチェ「ちょっとちょっと!最近クレスの動きがおかしいとは思ってたけど、
     今日は一段とひどくない!?」

クラース「相手が相手だから力みすぎて空回りしているんだろう!」

クラース(プレッシャーをかけすぎてしまったか、これは)


あの夜から何度も戦闘をこなしてきたが、クレスがグングニルを使いこなせているとは
言えなかった。焦ってがむしゃらに振り回し状況が悪くなる最悪のループである。


クラース「ミント、クレスを頼む!我々がけん制して時間を稼ぐ!」


そうミントに告げ、クラースは詠唱の構えを取る。


ミント「わかりました!」


ミントの、杖を持つ手に力が入る。


クレス「…まだ、だ!」


背中から地面に叩きつけられ、ダメージを受けた身体に構いもせず立ち上がろうとする。


ほむら「待ちなさい」


その動きをほむらが止めた。

ほむら「少しは頭を冷やしなさい。周りを信用するのとがむしゃらに特攻するのは違うわよ?」

クレス「…分かってる!」

ほむら「分かってないから忠告しているのよ。せめてミントさんの治療だけでも待ちなさい」


そうクレスに言い残しマクスウェルに向かっていくほむらの背中を見つめることしかできなかった
クレスは自分のはがいなさに辟易していた。


クレス(僕は一体何をしているんだ…!?迷惑をかけているだけじゃないか!)


悔しさをぶつけるように拳を地面に叩きつけた。拳に鈍い痛みが広がる。


ミント「クレスさん!」


ミントが駆け寄ってきた。


クレス「ミント…。……すまない」

ミント「謝らないでください。そして、自分を責めるのもやめてください」

クレス「…」

ミント「クレスさんは絶対にこの壁を乗り越えてくれるとみんな信じています。
    ですから焦らないでください」


そう言葉をかけミントはヒールの詠唱を開始した。


クレス(焦るな…。今できるだけのことをやるんだ…!)

ほむらは一定の距離を保ち、空中のマクスウェルに向かって
取り出したサブマシンガンを薙ぎ払うように掃射する。


マクスウェル「ふむ、なかなか面白い武器じゃの」


空中を移動し、マクスウェルは銃撃を避け続ける。


ほむら(当たっても大したダメージにはならないでしょうね。
    あのバリアのようなものが邪魔だわ)

マクスウェル「儂に構ってばかりでいいのかの?」


新たにバリアの球体を作り出し詠唱中のクラースに向かって撃ちだした。


ほむら(…やっぱり狙ってくるね)


クラースと、クラースに向かって一直線に向かう球体に割り込み、
魔力を込めた盾で叩き落とした。


マクスウェル「なかなかやるようじゃが…一人でどこまでさばけるかの」


次はミントとクレス、更に別方向にいるアーチェに向かってそれぞれ球体を放つ。


ほむら(同時攻撃――!)

マクスウェル(さぁ、どちらを助けるんじゃ?)

ほむらは冷静に距離を確認する。自分から近いのはアーチェだ。滑り込むように割り込み
再び球体を叩き落とす。


マクスウェル「そこからじゃもう間に合わんじゃろ?」

ほむら「普通ならね」


ほむらは余裕を見せつけるかのように笑い、時間を止める。
盾から爆弾を取り出しマクスウェルの頭上に投げつけ、二人に撃ちだされた球体に向かう。


ほむら(極力爆弾は使いたくないけど…さすがに贅沢いってられないわね)


時間停止を解除し、動き出した球体を叩き落とすと同時に爆発音が鳴り響く。


マクスウェル「ぬう!?」


ほむらの姿を完全に見逃し、更に死角からの爆発をモロに喰らったマクスウェルは状況を
飲み込めていなかった。


マクスウェル「まさかあの状況で、全ての攻撃を捌いて反撃までしてくるとは…、
       いやはや恐れ入るわい」

ほむら「どういたしまして」


賛辞の言葉のお返しと言わんばかりにハンドガンを数発、マクスウェルに狙いをつけ
撃ちこむ。
…が、マクスウェルは今度は避けようともせず動かない。発射された銃弾はマクスウェルの周囲に
張られたバリアに弾かれる。


ほむら「…チッ」


軽く舌打ちをする。

ほむら(やはりこの程度の武器じゃ話にならないわね)

マクスウェル「面白い武器に、高い身体能力…、そして人智を超えた能力。といったところかの」

ほむら「あら?もう気づいたの?」


特に驚きもせずにほむらは答える。


マクスウェル「随分と茨の道を歩んできたようじゃな」

ほむら「まだ途中よ。そんなことよりどうするの?お互い決定打に欠けるようだけど」

マクスウェル「ほっほっ!あまり精霊を舐めるでないぞ?」


マクスウェルは手に持った杖を振りかざす、と同時にほむらの身体が浮かび上がる。


ほむら「…これは!?しまっ…」


逃れるように空中でもがくも虚しく、今度はほむらが背中から地面に叩きつけられた。


ほむら「かっ……は…っ!」


肺の中の空気を全て押し出され、上手く呼吸ができない。


クラース「ほむら!…ウンディーネ!」


ほむらを助けるように詠唱を終えたクラースはウンディーネを召喚した。
水の精霊は飛沫を上げ、手に持った剣でマクスウェルに斬りかかる。


クラース「ほむら!大丈夫か!?」

ほむら「ゴホッ…!大丈夫…。呼吸がちょっとできなかっただけよ。ダメージはほとんどないわ」

ほむら(油断したわね…動きを止めないようにしないと)


マクスウェル「ダメージは無いか…。タフな身体じゃの」


ウンディーネの斬撃を杖で受け止めながらも、マクスウェルの表情には余裕の色が覗える。

クラース「流石4大元素を総べる精霊…。そう簡単にはいかんか」

アーチェ「じゃあこういうのはどうかな!」


詠唱が完了したアーチェは天に向かい手をかざす


アーチェ「サイクロン!」


マクスウェルを中心に、包み込むように巻き上がった竜巻がうねりをあげる。


マクスウェル「魔力がよく練られたいい魔術…じゃが」


マクスウェルのバリアを破ることはできない。


アーチェ「あーもー!もうワンランク上げないとだめね!」


再び詠唱に入るアーチェ。先程よりも深く集中し魔力を練りこむ。


マクスウェル「そう簡単にはさせぬぞ」



ミント「ヒール!」


クレスの身体を柔らかい光が包み込む。


クレス「アーチェの邪魔はさせない!」


治療が終わるや否や、クレスは地を蹴りマクスウェルに向かう。

マクスウェル「しぶといの」


アーチェに対し、攻撃をしかけようとした動きを止めクレスの相手をする。
クレスは先程とは違い、深追いせずアーチェの呪文の詠唱の時間稼ぎに徹した。


マクスウェル(動きが変わったの…)


クレスの立ち回りが変化したのを察知したマクスウェルは、クレスの攻撃が届かない
所まで上昇する。


マクスウェル「ここなら手が出せんじゃろ」


勝ち誇るようにクレスに言う、が


クレス「ほむら!」

ほむら「任されたわ」


クレスの呼びかけに了承し、取り出したのは軽機関銃。
ガガガガガッ!と激しい銃声が鳴り響く。

激しい銃撃にバリアごと押し込まれていくマクスウェル。

クラース「この指輪は御身の目。
     この指輪は御身の耳。
     この指輪は御身の口。
     我が名はクラース。
     指輪の契約に基づき、この儀式をつかさどりし者。
     我、伏して御身に乞い願う。
     我、盟約を受け入れん。我、盟約を受け入れん。我に秘術を授けよ」

クラース「イフリート!」

激しく燃え盛る火柱と共に現れた火の精霊は、無数の灼熱の火球をマクスウェルに放つ。
ほむらの攻撃と同じく、マクスウェルの動きを完全に止めるのが狙いだった。

マクスウェル「い、いかん!」


クレス達の狙いを察し、マクスウェルは初めて焦りの表情を見せる。


アーチェ「じゃっじゃーん!とっておき、いっくよー!」

アーチェ「サンダーブレード!」

激しい光を放つ雷の刃がマクスウェルのバリアを切り裂いた。


クラース「今だ!決めろクレス!」

クレス「虎牙破斬!」


クレスの十八番、切り上げから切り落とす二連撃をまともに受け、三度目に地面に叩き落とされたのは
マクスウェルだった。

クレス「…どうだ!?」


手ごたえはあった。だが…


マクスウェル「あ痛たたた…」


再びふわふわと浮き上がるマクスウェルを見たクレスはグングニルを握りなおす。


クレス「何度でも…!」

マクスウェル「いやーまいった!降参じゃ!」


先程まで周囲を包んでいた威圧感は消え、マクスウェルは『フーッ』と長く息を吐いた。


ほむら「あら?終わりなの?まだやれそうだけれど」

マクスウェル「別にお主らを叩きのめすために戦ったわけじゃないからの」

クラース「契約してくれるのか?」

マクスウェル「よかろう。力は存分に見せてもらったわい」


その一声を聞いたクレス達は緊張の糸を切らした。

アーチェ「あー疲れた」

ほむら「やっぱりアーチェさんの魔術は真剣に集中したら凄まじい威力になるわね」

クラース「全く…、普段からそうしてくれればな」

アーチェ「だって魔力をこんな練りこむのって疲れるんだよ!」

クレス「でも助かったよ、アーチェ」

アーチェ「まー、クレスも最後はマシな動きになってたし?よかったんじゃない?」

ほむら「なんで上から目線なのよ…」

クレス「自分でやれる範囲のことをやるだけ、って割り切れたから…。一人じゃ限界があるけど
    みんながカバーしてくれたからね」

クラース「そうだな。最初から決めに行きすぎだ」

クレス「…はぁ、すいませんでした」

クラース「まぁいいさ。今後の課題だな」



マクスウェル「時にクレスよ」

クレス「なんでしょう?」

マクスウェル「その手に持っている槍なんじゃが、違和感は無いかの?」

クレス「違和感…、ですか?違和感というより自分が未熟で使いこなせていない
    と思っていますけど」

マクスウェル「まぁ、確かにお主はまだまだ未熟じゃが…、そこまで
       腐る必要もあるまい。その槍は特殊な封印が施されておる」

ミント「封印、ですか?」

マクスウェル「元々それは神々の持ち物じゃ。恐らく人間には上手く扱えぬように
       なっておるんじゃろう」

ほむら「ということは…、いくら使い込んでも無駄、ということかしら」

マクスウェル「今の段階ではな…、……それ!」


マクスウェルがグングニルに向かって杖を振る。その瞬間目に見えない何かが
音を立てて砕ける音がした。

クレス「今のは…!?」

マクスウェル「封印を解いただけじゃ。あとはクレス。お主次第じゃ」

クレス「…ありがとうございます」


不思議なほどに、以前より手に馴染む感触を得たクレスはマクスウェルに礼を言う。


マクスウェル「楽しませてもらった礼じゃよ。さて、では契約といこうかの」

クラース「恩に着る、マクスウェル」



ほむら(どうでもいいけど契約っていう言葉は耳に障るわね)



クラース「契約完了だ」

契約し終わった指輪を手に取るクラース。その指輪をはめようとした瞬間、
指輪が激しい光を放つ、それと同時にマクスウェルが飛び出してきた。


マクスウェル「言い忘れておったがお主たちの目的の指輪はあの扉の奥にあったはずじゃ」


そう言い残しマクスウェルは再び光を放ち、今度は指輪の中へと消えていった。


ほむら「…割と自由に出入りできるものなのかしら?」

クラース「わ、わからん…」


少し疲れた様子のクラースだったが、さらに追い打ちをかける出来事があった。
教えられた扉の奥で発見した契約の指輪が壊れていたのだ。

戦闘の疲れと、指輪が壊れている事実に疲労が一気に押し寄せ、クレス達はしばらく
壊れた指輪を黙って見つめることしかできなかった。

フレイランド


クレス達はエドワードという人物に指輪修復の知恵を
借りるため、フレイランドに上陸していた。


クラース「…暑い」

クレス「…暑いね」

ほむら「…暑いわね」

ミント「…暑いですね」

アーチェ「あああああああああああああああああああああああああああああああああっ
     つうううううううううううううううううううううううううううううううう」


もはや突っ込む気にもならない。ほむら以外は一度、イフリートとの契約の為に一度
ここに訪れているのだが、そんなことは関係なく暑さに参っていた。


ほむら「み、水…」


某世紀末覇者伝説の主人公が如く、ほむらは呟きながら盾に手を突っ込み、水の入った
ペットボトルを一本取り出し口を付ける。


ほむら「沁みるわ…」

アーチェ「あたしにも…お恵みを…」


大仰にお願いしてくるアーチェに最小限の動作でペットボトルを取り出し、
「はい」と最小限の会話をして手渡した。

アーチェ「ぷーーーーっはーー!キンッキンに冷えてやがるぅぅぅ!」

ほむら(なんでそんな元気になれるの…)

アーチェ「いやー、だってこんなに冷えてる水が飲めるんだよ?そりゃ生き返るよー」

ほむら(声に出してないのに反応しないで…)


物持ちがいいと豪語していたほむらだったがまさか盾の中に
空のペットボトルまで入ってるとは思っていなかった。
何に使う目的だったのか見当すらつかない。

盾の中では状態が保存される為、途中で寄ったオアシスで汲んだ水は冷たさを保ったままだった。
クレス達はほむらのことを神と呼んだ。


ほむら(暑い暑い暑い…暑すぎるわ…)


ある程度は魔力で誤魔化すこともできるが限界もある。そもそもほむらは長い間、ずっと同じ季節を過ごしていた
こともあってか、気温の変化に対応できずにいた。


ほむら(頭がフラフラする…)

ミント「ほむらさん、大丈夫ですか?辛そうですけど…」

ほむら「…大丈夫よ。ただ少し意識が飛びそうなだけ」

クラース「…そこの木陰で少し休もう。倒れられたら運ぶのも大変だ」

水で濡らしたハンカチを瞼の上に乗せ、ほむらはグッタリしていた。

ほむら(ここまで暑さに弱くなっているなんてね…)


夏を経験したのは一体いつが最後だろうか。
最も、日本の夏とは比べ物にならないくらいの灼熱なのだが。


ほむら「…ここからオリーブビレッジまでの距離は?」


誰に聞いたのか、空を見上げたままのほむらが尋ねた。


クラース「半日かかるかかからないか、といったぐらいか」

ほむら「半日…」


元々グッタリしていたが、更に身体から力が抜けたような気がした。


アーチェ「時間停止を使ったら暑さもへっちゃらじゃない?」

ほむら「…さっき試したけど、解除した途端襲ってくる熱波に意識が一瞬飛んだわ」

クレス「…大丈夫かい?」

ほむら「大丈夫じゃない、問題だ」

クレス「えっ?」

ほむら「…ごめんなさい。なんだか一瞬神がここで死ぬ定めだと告げた気がしたから」

クラース「ダメだな…。もう少し休もう」

ほむら「本当に申し訳ないわ…」


更に少し休んだ後、クレス達はオリーブビレッジに向かって歩きだした。

ほむら「はぁ…はぁ…」

ほむら(この旅を終えて、ワルプルギスの夜を超えることができたら一生クーラーの

    ある部屋で過ごしましょう。暑い日に外にでるなんて愚かな行為。そうよ、
    暑い日はクーラー付ける。これ、人類の知恵。寒ければヒーターよ。あ、でも
   こたつもいいわね。こたつにみかん。日本が世界に誇れる分化よ。なんで

日本には四季があるのかしら。位置上仕方ないってのはわかるけど正直
春と秋だけで十分よ。誰か契約でそういう願いを叶えてくれないかしら)


その時、おぞましい叫び声をあげて近づいてくる影があった。


クレス「あれは…バジリスクだ!」

クラース「目を見るなよ!石化してしまうぞ!」

クレス「僕が前に出ます!ほむら、君は―――」


ガチッ、っと音が鳴る。ほむらは歩く速度を全く変えずフラフラとバジリスクに近づいて、
バジリスクの足元目掛けて爆弾を放り投げた。

そのまま何事も無かったかのようにバジリスクの横を通り過ぎ、時を動かす。

クレス「下がって!クラースさんとアーチェは詠唱の――」


クレスが言い終わる前にほむらの爆弾が爆発し、バジリスクは砂塵と共に
上空に舞い上がり、地面に落下した。

クレス「準備…、を…」

アーチェ「って…あれれ?」

クラース「ほ、ほむら?」

ほむら「…!暑っ!…やっぱりここで時間停止はしたくないわ…。今も意識が飛びかけたし…
    何してるの?…さっさと行きましょう…」


一瞬の間にバジリスクが爆散し、移動距離を稼いだほむらを見て全て飲み込んだ四人。


ほむら(春と秋だけになれば嵩張る冬服も必要無いしみんな大助かりよ。
大体冬服って基本的に高すぎるわ。
    その癖シーズン毎に買い替える人もいるし本当にわけがわからない。
それに一度に何足もブーツや
    パンプスを買うのも理解できないわ。
特に値引きもされていない時期に買うなんて何がしたいのかしら。
    あなた足が5本も6本も生えているの?
別にファッションに興味が無いとは言わないけど
   は本当に理解ができないわ。理解ができないといえば――)


ミント「ほむらさん!それ以上はダメ!」

クラース「クレス!ほむらを止めろ!私は鱗を剥いですぐ追いかける!」

クレス「あ、は、はい!」

アーチェ「ほむらちゃーん!行かないでー!」

オリーブビレッジ


クラース「な、なんとか日が落ちる前に到着できたな…」

クレス「ほ、本当によかったです」

ミント「ほむらさん、ほら…着きましたよ」

ほむら「…ミントさん」

ミント「は、はい?」

ほむら「あなたは足が五本も六本も生えているタイプかしら?」

ミント「ほむらさん!?」

ほむら「…ハッ!ここは…ようやく着いたのね」

アーチェ「あたしとりあえずほむらちゃんを宿屋に連れて行くよ…」

クラース「…頼んだぞ」


ほむらが宿屋でぐったりしている間にクラース達はエドワードと接触し、指輪の
修復に関する情報を得ていた。代償は少し焦げたバジリスクの鱗だった。

クラース「――というわけなんだが」

ほむら「この地に生息しているモンスターの鱗が焦げるなんて、それだけ
    恐ろしいほどの気温なのね」

クレス「えっ」

ほむら「えっ?」

クラース「ま、まぁいい。それで…これからのことなんだが」


クラースは言いずらそうにほむらを見る。


ほむら「どうしたの?早く言って頂戴」


ファサッ、と髪をかき上げるほむら。


クラース「まず…、えっとだな…。今来た道を引き返し、アルヴァニスタへ向かうその後、
     南に下りユミルの森を目指す」


ほむらの動きが止まる。


クラース「更に、修復ができたのなら再びこのフレイランドに訪れて、
     大陸を横断して12星座の塔をm

ほむら「私の旅はどうやらここまでのようね」

クレス「ほむら!?」

アーチェ「心がポッキリ折れた音がしたよ!?」

ミント「ほむらさん!諦めたらダメよ!」

ほむら「ごめんなさいまどか…私はあなたを救えなかった…」

クレス「ソウルジェムが凄い勢いで濁っていく!?」

ほむら「最後に…お別れを言えなくて…ごめんね…」

アーチェ「ほむらちゃん!?ほむらちゃあああああああん!!」

クラース「…落ち着いたか?」

ほむら「取り乱してごめんなさい…」

クレス「こ、ここで待っていてくれても大丈夫だよ?」

ほむら「いいえ、付いていくわ…。アーチェさんはユミルの森に入れないんでしょう?
    戦力が減るのなら尚更付いていかないと」

クラース「そうだな…。やはりアーチェが抜けるのは痛い」

アーチェ「こっそりついていったら…ダメだよね?」

クラース「ダメだ。エルフと問題を起こすのは我々だけの話じゃなくなってくる」

アーチェ「…はーい」

ミント「今日はここで一泊して明日、できるだけ早い時間から出発しましょう」

クラース「そうだな。まだ気温が上がりきる前に距離を稼ごう」

ほむら「申し訳ないわ…」

クラース「気にするな…誰にでも弱点はあるさ。気にしてないでさっさと寝てしまうんだな」

ほむら「ええ、そうさせてもらうわ」

クラース「我々も休むぞ。思っている以上に体力を消費しているからな。これからしばらく
     長い距離の移動が続く。しっかり休んでおけ」

ユミルの森


アルヴァニスタでルーングロムからエンブレムを受け取り、アーチェと一旦別れたクレス達は
ユミルの森に入り、更に奥にあるエルフの集落に到着した。


ブラムバルド「お待たせいたしました。私が族長のブラムバルドです」

クラース「急な訪問で申し訳ない。早速だがこちらを見ていただきたい」

ブラムバルド「これは…契約の指輪ですね。ただ、壊れているようですね」

クラース「我々が発見した際、すでに壊れていた。この指輪を修復する手段をお持ちだと
     聞いて来たのだが」

ブラムバルド「これは…正直我々でも厳しいですね」

クラース「駄目、か…」

ブラムバルド「いえ、あくまでも我々では、です」

クラース「他に手がある、と?」

ブラムバルド「はい。オリジンの力を借りましょう」

トレントの森

ほむら「随分と広い森ね」

クレス「迷ったら二度と出れない自信があるよ…」


ガサガサ、と草むらで何かが動く音が聞こえた。

クレス「モンスターか!?」

ミント「あ、そうではないみたいですよ」


と、ミントが指をさしたほうを見ると一匹の動物がいた。


ほむら「あれは…?」

クラース「ブッシュベイビーだな」

ほむら「ブッシュ…ベイビー…」


恐る恐るブッシュベイビーに近づいたほむらはしゃがみこみ、
手のひらを見せるように右手を伸ばした。


ほむら「チチチ…おいで」


最初はほむらを警戒していたブッシュベイビーだったが、ソロリソロリと
ほむらの手が届く距離まで近づいて来た。


ほむら「ふふふっ、怖くないわよ?」


ニッコリ笑うほむらを見て、ブッシュベイビーはほむらの伸ばした手に顔を擦り付ける
ように触れてきた。


ほむら「いい子ね…」


ゆったりと、優しくブッシュベイビーの頭を撫でる。指先で転がすように顎の下をさする。
左手も伸ばし、ゆっくり持ち上げて包み込むように抱きしめる。


ほむら「可愛いわ…」

ほむら(私用とまどかにおみやげとして一匹ずつ持って帰りたい)


クレス(可愛いな)

クラース(可愛いな)

ミント(可愛いわ)

クラース「ほむら、そろそろ…」

ほむら「…ええ、そうね」


名残惜しそうにゆっくりとブッシュベイビーから手を離す。その場から一目散に駆け出した
ブッシュベイビーの行く先を見ると、数匹のブッシュベイビーがいた。

ほむら「そう、…あなたにもちゃんと帰る場所があるのよね」

ミント「家族なんですかね?」

ほむら「多分、ね」

ほむら(家族か…)



指輪の修復を終え、エルフの集落に戻ると何やら騒ぎが起きていた。

クレス「あれは…!?」

クラース「大人しくしてろとあれほど言ったのに…!」


クレス達の視線の先にあったのは、ロープで縛りつけられたアーチェの姿だった。


アーチェ「みんな…!……ごめん、ね」

クレス「待ってください!」

エルフ「近づくな!」

クレス「!?」

エルフ「この者は禁忌を犯した!ハーフエルフはこの地に足を踏み入れてはならないという
    掟を破ったのだ!よってこれより…処刑する!」

ミント「待って!」

エルフ「やれ!」

アーチェ「――っ!」

エルフの声を合図に、剣を握ったエルフがアーチェ目掛けて振り下ろした。

ガキン!という金属音が鳴り響く。時間停止を使ったほむらがアーチェへの斬撃を
盾で阻んでいた。


エルフ「この女――!」

ほむら「…この方は、私たちの大切な仲間です。どうか見逃していただけないでしょうか?」


剣を盾で受け止めた状態のままほむらが懇願する。


エルフ「ダメだ!掟を破ったものは例外なく処刑するのが決まりだ!」

ほむら「…お願いします」

ブラムバルド「何の騒ぎだ!?」


遅れてやってきたブラムバルドが叫び、状況を確認する。


ミント「ブラムバルドさん!お願いします!アーチェさんを助けてください!」

ブラムバルド「いや…しかし…!」

エルフ「族長!掟を破った者は処分する!その決まりをお忘れではないでしょうな!?」

ブラムバルド「…!」


その様子を見ていたほむらは受けていた剣を払いのける。


エルフ「貴様――!」

ほむら「…分かったわ」

ほむら「貴方達が掟に従うのなら好きにしなさい」

ほむら「ただ…」


ほむらは両腕を大きく広げた。


ほむら「わたしはここから一歩も動かないわ」

エルフ「!?」

クラース「ほむら!」

ほむら「分かっているわ、クラースさん。ここで騒ぎを起こしてはいけないって」

ほむら「ただ、ね」

ほむら「私はもう友達を見捨てたくない。友達を見捨てるくらいなら国の一つや二つ、
    相手になってあげるわ」

アーチェ「ほむら…ちゃん」


言葉と視線で相手を威圧する。


ほむら「ただし一撃で決めることね。そうしないと…私も何をするかわからないわよ?」

エルフ「ぐ…っ!」

ほむら「ごめんなさい、みんな。本当にお別れになるかもしれないわ…。私が勝手にしたってことに
    して頂戴」

クレス「…人一人救えないのに世界を救えるわけがないじゃないか」

ミント「ほむらさんとアーチェさんを見捨てるなんてできません」

クラース「ふぅ…、世界を滅ぼす魔王を倒すために旅をするお尋ね者か。滑稽だな」

ほむら「…物好きな人たちね」

クラース「お前たちもな」

アーチェ「ごめん…なさい…」


エルフ「族長!命令を!」

ブラムバルド「……」

エルフ「族長!」

「待ってください!」


宿屋から一人の女性が飛び出て来た。ほむら達を庇うかのように前に立つ。

「この地に関係の無い人たちを巻き込むわけにはいきません!どうか…
 私が身代わりになることで、この騒ぎを収めていただけませんか…」


エルフ「なぜお前が!?…まさかこのハーフエルフ…お前の…」

ブラムバルド「もういい!」

ブラムバルド「この件、全て私が責任をもつ!この者たちを解放するんだ!」

エルフ「し、しかし族長!」

ブラムバルド「これは命令だ!いかなるものも手を出すことは許さん!いいな!」

エルフ「は、はい!」


宿屋から飛び出て来た女性はフラフラとした足取りでアーチェの元に寄り、アーチェを
力強く抱きしめた。

アーチェ「…えっ?」

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

女性は泣きながら、謝ることをただ繰り返した。



エルフ「こちらへ」


クレス達は村の出口に案内される。俯いて歩いているアーチェの後ろをほむらが歩いていた。

アーチェ「……お母さん?」


何かに気が付いたように顔をあげ、そう呟く


アーチェ「お母さん!?」


振り返り、走り出そうとしたアーチェをほむらが止める。


ほむら「どこへ行こうというの?」

アーチェ「だって!お母さんが!」

ほむら「いい加減にして」

アーチェ「……っ!?」


初めて聞いた、とても冷たいほむらの声。
動きが止まったアーチェの腕を掴み、村の外へ歩き出す。


ほむら「これ以上、迷惑をかけないで」


目を合わせないで、抑揚の無い声でそう告げる。


アーチェ「うっ…うぅぅぅぅ…」


子供のように声をだし、泣きじゃくりながらアーチェは村を後にした。

ユミルの森周辺 夜



近くの湖で汲んで来た水が大きな鍋の中で沸騰している。
ほむらは塩を適量入れ、ねじりながらパスタを放り込む。
フライパンを取り出し、火にかける。オリーブオイルを
引いて手前に傾ける。手前に溜まったオイルの中に、
包丁で潰したニンニクと鷹の爪を入れ、焦げないように揚げるように炒めていく。
熱が通ったら一度フライパンの中の物を全て移し、細長く切ったベーコンを炒める。
丁寧に一人分ずつ、茹で上がったパスタとゆで汁をフライパンに投入し、
塩コショウで味を整え、最後に移しておいたオイルを垂らして完成だ。


ほむら「お待たせ致しました。お客様」

クラース「お、できたな」


クラースは読みかけの本を閉じて地面に置き、代わりにフォークを握る。

パスタの山にフォークを突き立て、クルクルと巻き付けて口に運ぶ。


ほむら「御味の方はいかがでしょうか?」

クラース「素晴らしい。シェフを呼んでくれたまえ」

ほむら「僭越ながら…わたくしでございます」

クラース「こんなに美味しいパスタは久しぶりだ。言い値を払おう」

ほむら「そんな、私のような者が値段を付けるなど、とんでもない」

クレス「普通に食べていいかな?」

ほむら「ええ、どうぞ」


普通にフォークを持ち、普通にパスタをすくい、普通に食べる。


クレス「うん、美味しいよ」


普通の感想。

ほむら「いえいえ、ミントさんとクラースさんには敵わないけどね」

ミント「そんなことはありません。とても美味しいですよ」

ほむら「まぁ、簡単な料理だからね」

クラース「簡単な料理ほど、味の差を出すのが難しいってもんさ」


それぞれ自分のペースで食べ進めていく。が、一向に量の減らない二つの皿
があった。


クレス「食べないのかい?」

ほむら「…アーチェさんは?」

クラース「向こうにいる。…一応声はかけたんだがな」

ほむら「そう。…私は向こうで食べてくるわ」


そういい、二人分の食事を持ち歩いて行った。


クラース「やれやれ…、気を使わせてしまったな」

ミント「そう、ですね。やはり私が…」


そう言い、立ち上がろうとしたミントをクラースが止める。


クラース「ほむらはお前たちに気を使ったんだぞ?大人しくここにいるんだ」

クレス「どういうことですか?」

クラース「お前たちは親を失ってまだ日が浅いだろう」

クレス「…はぁ、ほむらちゃんは本当に凄い子ですね」

クラース「極端過ぎるがな。アーチェと2で割ってちょうどいいくらいだ」

クラース達からほんの少し離れた場所にアーチェはいた。倒れた木に腰を下ろしている。


ほむら「はい」


料理の入った皿をアーチェの目の前に差し出す。


アーチェ「…ありがと」


元気が無い声で料理を受け取り、座った状態で膝を閉じてその上に置いた。


ほむら「よいしょ」


敢えて声を出して隣に座る。


ほむら「頂きます」


アーチェの隣で軽く手を合わせて、食事を始めた。
我ながら、まぁ無難にできているんじゃないか、とほむらは思った。


ほむら「食べないの?」


手を一向につけないアーチェを見て、そう訊ねる。

アーチェ「…怒ってないの?」


アーチェは村から出る際のほむらとのやり取りを気にしていた。無論、
母親に関してもだが。


ほむら「そうね、怒ってないと言えば嘘になるわ」


少し、アーチェの身体が震えたような気がした。


アーチェ「…ごめんなさい」

ほむら「さっきも聞いたわ」


少しだけ意地悪な受け答えをする。


アーチェ「…なんでお母さんは私を置いていっちゃったんだろう」

ほむら「知らないわ。直接聞きなさい」


バッサリと切り捨てる。


アーチェ「そんな…、会えるんだったら会いたいわよ…」


少しだけ怒りの感情が入った声。


ほむら「生きていたらいつか会えるでしょう。…生きているんだからね」


アーチェはクレスとミントの話を思い出す。


アーチェ「本当に、いつか会えるかな?」

ほむら「本気で会いたいなら、上空から一気に家に突っ込んで攫うなりすればいいわ」

アーチェ「うぇ…っ、ほむらちゃん過激だね…」

ほむら「手段は選ばない派なの。ごめんなさいね」


悪びれも無く言いクルクルとフォーク回し、パスタを巻き付ける。

ほむら「ちなみに」

アーチェ「?」

ほむら「さっき私がなんで怒ったのか理由を言ってなかったわね」


ほむらは手に持ったフォークの動きを止め、アーチェを見た。


ほむら「あのまま再び村へ侵入していたら、今度こそ争いは止められなかったわ。
    …あなたの母親と私達の行動が全て無駄になっていた。」

アーチェ「うん…そうだね…ごm

ほむら「大体貴方はいつもそうなのよ。自分勝手に突っ込んで周りを巻き込んで。
    欲望に忠実すぎるのよ。もう少し冷静に物事を考えてから行動しなさい」

アーチェ「うん…だかr

ほむら「いつでも隙あらば抱き付こうとするしベッドには入り込んでくるし私の身も
    考えて頂戴。その癖自分はすぐに寝ちゃうしみんなのために用意したお菓子とかも
    一人で勝手に食べてしまうし」

アーチェ「…ってそれ今関係ないじゃん!黙って聞かなきゃって思って聞いてたけど
     途中で脱線しすぎじゃない!?」

ほむら「いいえ、あなたが自分勝手に欲望のまま行動していた事実を簡潔に述べただけよ」

アーチェ「そんなこと言って、抱き付いたり一緒に寝たりするの結構アッサリほむらちゃんが
     折れるじゃん!」

ほむら「あら、無駄なエネルギーを消費したくないだけよ?どうせ諦めてくれないってわかってるんだし」

アーチェ「そうは言ってるけど、出会って初めて一緒に寝た時、ほむらちゃんもあたしのこと抱きしめた
     ってミント言ってたよ~?」

ほむら「あ、あれはただ寝てたら勝手に抱き付いていただけよ!自分の意志じゃないわ!」

アーチェ「ほほー。無意識の内に勝手に誰かに抱き付いちゃうんだ?」

ほむら「ちがっ…!……はぁ、もうやめましょう。料理が冷めてしまうわ」

アーチェ「逃げた!」

ほむら「逃げてない!冷めて美味しくなくなったからって残したらただじゃおかないわよ」

若干顔を赤くし、ほむらには珍しく音を立てて、一気に残った料理を食べきった。


ほむら「御馳走様!早く食べてしまってね!食器が片付かないから!」


ほむらは勢いよく立ち上がり、そう言い残して足早に立ち去っていった。


アーチェ「…ありがとうね。ほむらちゃん」


面と向かって言うのが恥ずかしかったのか、立ち去ったのを確認してから
小さな声を漏らした。


アーチェ「…いただきます」


少し冷めてしまったパスタを一口すする。


アーチェ「…冷めても普通に美味しいじゃん」


そう呟き、それでもこれ以上冷めないようにペースを上げて食べる。


…が


ガリッ!と何か硬いものを噛んだ感触。それに続き口の中に広がる

唐辛子の辛味



アーチェ「!??!?!!?!???!?!?」


先程のほむらよりも勢いよく立ち上がり、駆け出す。

アーチェ「水水水水水水水!!!」

クレス「うわ!?なんだよアーチェ!?」

アーチェ「おみじゅをください!」

ほむら「…もう、何してるのよ。はい」

アーチェ「んっんっんっ…!プッハーーー!ありがと!ほむらちゃん!」

ほむら「はぁ…。……フフッ…いえいえ、どういたしまして」

クラース「結局、こうなるんだな」

ミント「ふふっ…、アーチェさんらしいです」



アーチェ「御馳走様!美味しかったよ!」


軽くお腹をさすりアーチェは続けた。


アーチェ「でもこの料理結構簡単そうだからあたしでも作れるかも!」


瞬間、四人に衝撃走る――


アーチェ「明日あたしg

クラース「お前は料理当番のサイクルに入ってないだろ!いい加減にしろ!」

アーチェ「えー、でm

ほむら「貴方はいつも美味しそうに食べてくれるから、それだけでいいのよ?」

アーチェ「いつも作ってもらってばっかでわr

ミント「そんなことありませんよ?アーチェさん?」

アーチェ「うーん」




アーチェ「まぁ、いっか♪」



ほむら「ごめんなさい。今度からもっと手の込んだ料理にするわ…」

クラース「ほむら、君は悪くない。悪くないんだ」

クレス「ほむら、自分を責めちゃだめだよ」

ミント「お願いですから、どうか元気を出してください」


慰めにいったほむらが最終的に慰められる結末。


アーチェはトラブルメーカーの称号を手に入れた。

フレイランド港


数日ぶりにこの地に降り立ったクレス達を出迎えたのは、高い青空と
ほむらの心を折ろうとする猛暑だった。


ほむら「ここは私の戦場じゃない」

クラース「行くぞ」

ほむら「はい…」



オアシス


ほむら「」

クラース「普段は本当に頼りになるんだがな…」

クレス「そうですね…。ほむら、もう少しでこの砂漠を抜ける。頑張ろう」

ほむら「すいません、ちょっと気分がすぐれないので、保健室に」

アーチェ「ほむらちゃーん、こっちの世界に戻っておいでー」

十二星座の塔


ミント「ここが、月の精霊のいる塔ですね?」

クラース「ああそうだ。ようやくルナと契約できる」

クレス「念願が叶いそうでよかったですね、クラースさん」

クラース「そうだな。…契約してくれれば、だがな」

アーチェ「よっしゃー、じゃあ突撃ー!」

ほむら「…」

ミント「ほむらさん?まだ体調が優れないのですか?」

ほむら「いえ、大丈夫…。行きましょう」

ほむら(砂漠を抜けてから…なんだか身体がダルいというか…なんか、…変な感覚)

ほむらは自分の身体の異変に気が付いていたが、原因を特定することができずにいた。



十二星座の塔 頂上


クラース「この扉の奥だな…。開けるぞ」

「ちょっと待ったー!」


どこからともなくクレス達を呼び止める声が聞こえる。周りを見渡すと一筋の光と共に
小さな精霊が現れた。


アーチェ「こんなちんちくりんなのが…ルナ?」

「ちんちくりんって言うなー!僕はアルテミス!ルナ姉ちゃんには会わせないからね!」


アルテミスと名乗った精霊は扉を開けるのを阻むように扉の前に立ちふさがる。

クラース「すまないが…、我々はルナの力が必要なんだ。会わせてもらえないか?」

アルテミス「嫌だ」

クラース「このっ…!」


クラースの申し出を即答で拒絶したアルテミス。そんな態度にクラースは珍しく
苛立った様子を前面に出した。


ミント「どうしても、ダメですか?」

アルテミス「うーん、じゃあねー!僕のお願いを一つ聞いてくれたら考えてもいいよ!」

ほむら(考えても、ね。会わせる気が無いのが見え見えだわ)

ミント「分かりました。何をすればいいのですか?」

アルテミス「そこのお兄ちゃんと誰かがキスしてよ!」

クレス「!?」

ミント「!?」

アーチェ「!?」

ほむら(はぁ…)

アルテミス「ほらー!早くー!キース!キース!」

アルテミス「後ろでずっと黙ってるぺったんこのお姉ちゃんでもいいんだよ!はーやーくー!」

ほむら「…」

クラース「その手に持ってる銃を仕舞ってくれないか」


アーチェ「もー、仕方ないなぁ」

クレス「アーチェ!?ちょ、ちょっと待ってくれ!」

ミント「そんな…!こんな形でキスするなんて…!いけません!」

アーチェ「だってー、しないとルナと会えないんでしょー?それに別に
     あたしは気にしないよ♪」

ミント「そうかもしれませんが…、それでもっ!」

アーチェ「ほらークレス早くー…んーちゅっちゅ」

クレス「待て!アーチェ待てっ!」


「アルテミス、おやめなさい」


透き通るような声。再び一条の光が降り注ぎ、クレス達の目の前に
精霊が姿を現した。

アルテミス「ルナお姉ちゃん!」

ルナ「アルテミス、あまりこの方たちを困らせてはいけません」

アルテミス「だって…」


クラース「あなたがルナ、なのだな?」

ルナ「はい、そうです」

クラース「早速で申し訳ないのだが契約していただきたい」

ルナ「この星は危機に瀕しています。…私の力が必要なのならば」

クラース「すまない、助かる」


クラースは契約の準備に取り掛かる。その様子を寂しそうな目で眺めている
アルテミスの姿があった。


ほむら(…)


クラース「契約完了だ」

クレス「一時はどうなるかと思ったよ」

アーチェ「そんなにあたしとキスするのが嫌だったんだ!?」

クレス「い、いや…、そんなわけじゃ」

ミント「ク レ ス さ ん?」

クレス「ミ、ミント!?なんでそんなに怒ってるんだい!?」


そんな問答をしているクレス達を放っておいて、クラースは契約したばかりの
指輪を天にかざした。指輪は眩しい光を放ち、ルナが現れた。

ルナ「ごめんなさいアルテミス。しばらく一人にさせてしまうけれど」

アルテミス「…うん」

ルナ「留守番、頼みましたよ?」

アルテミス「…分かった」

ルナ「ありがとう。それでは行きましょうか」



一行が来た道を引き返そうとしたとき、ほむらが立ち止った。


アーチェ「どしたの?ほむらちゃん」

ほむら「ごめんなさい、忘れ物をしたわ。先に行ってて頂戴」

クラース「全く…、すぐに追ってくるんだぞ?」

ほむら「ええ、じゃあちょっと行ってくるわ」


そういいほむらは振り返って歩き出した。


アーチェ「忘れ物ってなんだろ?」

クラース「…いいから降りるぞ」



アルテミス「…お姉ちゃん」


一人残されたアルテミスは落ち込むように俯いていた。

ほむら「あら、さっきまではあんなに元気だったのにどうしたのかしら?」

アルテミス「!?」

アルテミス「な、何しに来たんだよ!?」

ほむら「さっきからかわれたお返しをしようと思ってね」


ほむらはゆったりとした歩調でアルテミスに近づいた。


アルテミス「な、なんだよ!く、来るなよ!」


そんな呼びかけを無視してほむらは近づく。そしてアルテミスまであと一歩という
距離まで近づき、ほむらは手を伸ばしアルテミスの頭を優しく撫でた。


アルテミス「…えっ」


ほむらが手を伸ばしたのを見て思わず目を閉じたアルテミスは予想外の行動に
戸惑い、恐る恐る目を開いてほむらを見た。


ほむら「ごめんなさい。少しお姉さんを借りていくわね」


ほむらは少し、申し訳なさそうに笑っていた。


アルテミス「だって…!だって仕方ないじゃん!お姉ちゃんの力が必要なんだろ!?」

ほむら「ええ、私達にはどうしてもルナの力が必要なの」

ほむら「一人ぼっちにさせて、ごめんね」

ほむら「一人ぼっちは寂しいでしょう?」

アルテミス「…っ!」

ほむら「でもね、ルナは絶対あなたのところに帰ってくるから。…それまで待ってあげていて」

アルテミス「…うん」

ほむら「自分の帰る所で誰かが待ってくれているというのはとても嬉しいことなの」

アルテミス「嬉しい…?」

ほむら「ええ、そうよ。…ルナが帰ってきたときは笑顔で迎えてあげてね」

アルテミス「…分かった!」

ほむら「ふふっ…、いい子ね」


先程までの笑顔とは違い、優しくほむらは笑ってアルテミスの頭を撫でた。


アルテミス「お姉ちゃんいい人だね!おっぱいは小さいけど」


ほむらの笑顔が消えた。


先程までの優しい手つきも動きを変え、アルテミスの頭を潰すかのように
掴んだ。


アルテミス「…あれれ?」

ほむら「ルナが帰ってくるまでの宿題よ」


アルテミスが見たのは


ほむら「女性の扱い方を覚えておきなさい?」


見たもの全てを震え上がらせる、そんな笑顔だった。

十二星座の塔付近の森


クレス「ハッ!」

ほむら「…!」


クレスは覇気の篭った声出す、と同時に手に持った剣を地面と水平に滑らせる
ように薙ぎ払う。
ほむらはその攻撃を最小限の動きでかわし、攻撃したクレスのがら空きになった
脇腹目掛け、体重を乗せた蹴りを放つ。


クレス「ぐあっ!」


ほむらの蹴りはクレスの身体にめり込むように刺さる。クレスの身体が少し浮き上がる。
ほむらは攻撃の手を緩めず、拳を握った右手をクレスの顎を射抜くように打ちだす。


クレス「!?」


それを見たクレスは咄嗟に左腕の腕当てで受け止めようとした。
しかし、ほむらは握った拳の力を緩め、クレスの腕を掴む。

ほむら「掴まえたわ」

クレス「しまっ…!」


腕を掴んだと同時に、流れるような動きでクレスの懐に入りこむ。
ほむらが足でクレスの足を払う。バランスを崩し、更にほむらは腰を密着させ
両腕でクレスの腕を掴み直し、そのまま地面に叩き付けるように投げ飛ばす。

クレス「…っ!」


背中から地面に叩きつけられたクレス。その手から離れた剣が地面に転がる。


クレス「…まだ…っ


言い切る隙も与えず、立ち上がろうとしたクレスの頭部にほむらは銃口を突きつけた。


クレス「…参りました」

ほむら「はい。お疲れ様でした」


ほむらは終わりを告げ、手早く銃を盾の中に仕舞う。


クレス「一本も取れないなんて…」


実戦形式の訓練を五本、全てほむらがクレスを圧倒した。


ほむら「相性の問題もあるわ。それにクレスさんは実戦向きよ」


いつもの仕草で髪をかき上げながらそうフォローする。


クレス「…そう、かな……」


どうやらほむらが思っている以上に凹んでしまったようだ。

元々これはクレスからほむらに願い出た訓練だった。ほむらは『私でいいなら』と
快く了承した。


ほむら「上から目線で申し訳ないけど、アドバイスするなら貴方は少し素直すぎるわ」

狙っているだろう、と予測した場所に攻撃がくる。こちらのフェイクに引っかかる。
釣り目的の行動に釣られる。そんなシーンが訓練の中で多々見られた。


ほむら「多人数同士の戦いと、一対一の戦いは全く違うわ。まあそこは経験を重ねて
    身体で覚えるしかないと思うけど」

クレス「何事も経験、か…」


ほむら「それに…」

クレス「…それに?」

ほむら「いえ、何でもないわ。…そろそろ戻りましょう。夕食ができている頃合いよ」



クラース「で、どうだったんだ?」


クラースは酒の注がれたグラスを片手にクレスに聞いた。


クレス「五連敗…、一本も取れませんでした」


用意された食事に全く手を伸ばさずに答える。


クラース「完敗か。…まあいい経験になっただろう」

アーチェ「ってかほむらちゃん強すぎない?」

ほむら「そんなこと無いわよ?敵わない相手はいくらでもいるわ」


ほむらは、パンを一口サイズにちぎりながら淡々と述べる。

アーチェ「うーん、想像できないなー。ほむらちゃんが負けてるとこなんて」


素直に自分の思ったことを口に出し、鶏のローストにかじりついた。


ほむら「…勝てない相手が居るからこそ、ずっと繰り返しているわけだしね」


ほむらの食事の手が止まる。


アーチェ「あ、ご、ごめんね!思い出させるようなこと言っちゃって!」

ほむら「大丈夫よ、事実だから。けど…次は必ず勝ってみせる」

クラース「ワルプルギスの夜…か」

アーチェ「この五人が揃っていたらどうなるかな?」

ほむら「どうでしょうね…。ただ、向こうにはマナが無いわけだし
    いい方向に転ぶとは考えにくいわね」

アーチェ「そっかぁ…」

ほむら「……」


ほむらは無言でスープに一口すする。しかしそれ以上は食事を続けようとせず、
スプーンを置いた。


ほむら「…御馳走様」

ミント「もうよろしいのですか?味付けが変だったでしょうか?」


作ったミントが心配そうにほむらに話しかける。

ほむら「いえ、美味しかったわ。…ただ最近あんまり食欲が無くて」

クラース「フレイランドを抜けた辺りから、だろう?」

ほむら「…そうね」

クレス「まだ、体調が戻ってないのかい?」

ほむら「わからない…、でも万全とはいえないわね」

クラース「何か心当たりでも無いのか?」

ほむら「さっぱりね…。……少し風に当たってくるわ」


そう言い残し、ほむらは去って行った。


クレス「心配ですね」

ミント「旅の疲れが溜まっているのでしょうか」

クラース「かもな…。だが冷たく聞こえるかもしれんがなんとかしてもらわんといかん。
     明日にはミッドガルズに到着する。…そして近いうちに決戦だ」

アーチェ「…」



ほむらは見晴らしのいい丘に佇んでいた。時折、自分の身体の状態を確認するかのように
手を握ったり開いたり、足首をほぐすように回す。

ほむら(すぐそこに大事な戦いが控えているというのに…、この身体を襲う猛烈な怠惰感は何?)


最近ほむらは突発的に襲ってくる身体のダルさ、脱力感に悩まされていた。


ほむら(クラースさんの言った通り、フレイランドを抜けた辺りから明らかにおかしくなった)

ほむら(何か変な病気とかじゃないといいんだけど…)

アーチェ「ほーむらちゃん」

後ろからアーチェが声をかけてきた。その手にはマグカップが二つ握られている。


アーチェ「ほい、ココアだよ。疲れたときは甘いもの!ってね」


ニシシ、と笑いながらほむらに手渡す。


ほむら「ありがとう、いただくわ」


ほむらはマグカップを受け取る。二人は地面に腰を下ろした。


アーチェ「ほむらちゃん、大丈夫?」

ほむら「戦えないわけでは無いわ」

アーチェ「でも無理はしちゃダメだよ?」

ほむら「わかっているわ。でも、次はとても大事な戦いだから」

アーチェ「そうだよね…」


ココアをすする。甘い香りと味が口いっぱいに広がる。完全にアーチェの好みの味だった。


ほむら「…甘すぎない?」

アーチェ「甘い方が疲れに効くんじゃないかなー、っと」

ほむら「私は苦いほうが好みだわ」

アーチェ「文句言うなら返せー!」

ほむら「嫌よ。もう貰ったからこれは私の物よ」


こんなやり取りをしている内は身体の不調も吹っ飛んでいるような錯覚さえ覚える。

アーチェ「このあたりってさ」

ほむら「?」


アーチェが急に話を切り替える。どうやらこっちが本命らしい。


アーチェ「少し、息苦しいっていうか、空気が薄く感じない?」

ほむら「…いいたいことはわかるわ」


ほむらも感じていたことだった。平地なのに、息苦しい。そんな感覚。


ほむら「こんな変な感覚、今まで感じたこと無かったわ」

アーチェ「なんなんだろうね、これ」

アーチェ「瘴気が濃いのかな、って思ったんだけど…他の三人は特に何もなさそうだし」

ほむら「私とアーチェさんだけ…」


マグカップに口を付ける。やっぱり甘い、全部飲み干せるか少し心配になってきた。


アーチェ「まー!でも!」


叫ぶように声を出し、アーチェは立ち上がった。


アーチェ「なんとかなるっしょ!今までもなんとかなったし!」

ほむら「そうね…。なんとかしないとね」

アーチェ「そういうことだね!っと」

アーチェ「じゃああたしは寝るね!夜更かしはお肌の敵なのだ!ほむらちゃんも
     早く寝なよ!」

ほむら「ええ、わかってるわ…。おやすみなさい」

ほむら(早く寝たいけど、まずはこれを飲み切らないと…)


アーチェのおかげで、ほむらの睡眠時間は刻一刻と削られていく。

ミッドガルズ


対ダオス軍との最前線に位置する国。人口こそ多いが、アルヴァニスタに住む人々のように
明るい空気はなく、重く、硬い空気が国中に漂っていた。


ミント「これが戦争中の国、なのですね」

クラース「そうだな。大きな争いこそまだないが、小競り合いが頻繁に起きている。
     神経がすり減っているんだろうさ」

クレス「でも、もうすぐ大きな争いが起こる…」

クラース「そうだな。我々はその為にここに来たんだ」

ほむら「うっ…」


突然、ほむらに襲い掛かる立ちくらみのような脱力感。思わずフらついてしまう。


クラース「大丈夫か?ほむら」

ほむら「…大丈夫、落ち着いたわ」

クラース「…」

クラース(一向に改善する気配がない。むしろ悪化している…。これ以上悪化するようならば…)


クラースは最悪の事態を備え、それに対する案を練っていた。

クレス「…!?」


急にクレスが頭をおさえ、その場に立ち尽くす。


クラース「おいおいクレス、お前もか?流行り病かなんかじゃないだろうな」

クレス「…いえ、大丈夫です」


「お前たち!来てくれたか!」


城門に近づいた時、向こうから声をかけてくる人影があった。



クラース「モリスン殿!」

モリスン「待っていたぞ。ミッドガルズ王がお前たちに会いたいと言っている。
     頼めるか?」

クラース「構わないが、一人休ませたい仲間がいる」

モリスン「体調でも崩したのか?」

クラース「…そんなところだ」

ほむら「…わたしなら大丈夫よ」

クラース「駄目だ。ほむら、お前は休んでいろ。少しでも体調を戻すのが最優先だ」

ほむら「…分かったわ」

モリスン「兵に案内させよう。…こっちに」

ほむら「ごめんなさい」

クラース「構わん。戦闘時にお前がいるいないで大きく話が変わってくる」

アーチェ「じゃあほむらちゃん、後でね」

クレス「謁見が終わったら迎えに行くよ」

ミント「すこし待っていてくださいね」

ほむら「ええ、わかったわ」

衛兵「それでは、どうぞこちらへ」

ほむらは通された客室のベッドに寝転び、天井を見上げていた。


ほむら(病室と自宅の天井を見慣れ過ぎたせいか、やっぱり違和感があるわね)


ボンヤリそんなことを考えていた。

左手を天井に向けて、伸ばす。手の甲のソウルジェムを見つめる。
少し穢れが溜まっていた。


ほむら(やはり…、自然回復の速度が落ちてる。息苦しく感じる理由もこれかしらね)


ほむらはこの一体のマナが薄いんじゃないかと考えていた。
マナのおかげでソウルジェムの穢れが自然に浄化される。そして今、
その浄化の速度が明らかに遅くなっていた。

ほむら(何か原因があるんでしょうね…。この周辺だけマナが薄い原因が)


コンコン、と扉をノックする音が耳に入る。ほむらは『どうぞ』と声を返した。


ミント「お待たせいたしました」

アーチェ「いい子でお留守番してたかな!?」


どうやら謁見が終わったらしい。四人が迎えに来てくれた。


ほむら「ええ。いい子にしてたからご褒美でも頂戴」

アーチェ「それじゃああたしの熱い抱擁でも!」

ほむら「ご褒美が欲しいって言ってるの」


飛びつき、抱き付こうとするアーチェを右手一本で止める。


ほむらの右手に抵抗するようにもがくアーチェを尻目にほむらがクラース
に向かって質問した。


ほむら「で、これからどうするの?」

クラース「あぁ、これからなんだが」


クラースがこれからのことを説明しようとしたその時、

ほむらの右手がダラリ、と下がり

前のめりに倒れこみ、苦しみ始めた。

――同時刻


研究員「それでは、第二十一次魔導砲稼働テストを開始します」

ライゼン「よろしい」

研究員「今回は、何%に設定しますか?」

ライゼン「50%だ」

研究員「了解しました。それではエネルギー充填開始します」





ほむら「あぁぁぁぁぁぁ…!」


突然苦しみだすほむらを目の前にし、激しく動揺する4人。しかし、アーチェにも
同じく異変が起きていた。

アーチェ「うぅ…」


アーチェはふらつく身体を壁に押し付け、倒れるのを拒絶する。


クラース「ほむら!アーチェ!どうした!くそっ!なんなんだ一体!」

ミント「二人とも!しっかりしてください!」

アーチェ「あたしは大丈夫…それよりもほむらちゃんを…!」

クレス「衛兵!近くに医者はいないか!?」



ほむら「ぐっ…!…はっ!…あああぁああぁぁあ!」

ほむら(苦…しい……力が…抜けて…)

研究員「エネルギー充填、50%を確認」

ライゼン「よろしい。それでは充填したエネルギーを解放しろ。実験は成功とする」

研究員「了解、エネルギー解放。魔導砲システム停止、これにて第二十一次魔導砲稼働テスト
    を終了します」

ライゼン「開戦までに80%までは試しておきたがったがやむをえんな」

研究員「ええ。…ですが今の出力でもかなりの威力が見込まれます」

ライゼン「そうだな。…ダオスなど恐れるに足らん。勝つのは我々、人間だ」





ほむら「ハァハァ…ッ!ハァ…ッ!」

ミント「ほむらさん!ほむらさん!」

ほむら「ぐぅ…っ!…だ、大…丈、夫…」


気力を振り絞り、そう声を出したがそのまま意識を失った。


ミント「ほむらさん!?」

クラース「とりあえずベッドに運ぶぞ!」


その時、衛兵が部屋に駆け込んでくる。

衛兵「失礼します!」

クラース「どうした!?すまないが今少々立て込んで…

衛兵「ま、魔物が城内に!」

クレス「!? なんだって!?」

アーチェ「なんでこんな時に…!」

クラース「…、衛兵!この子に医者を頼む!お前たち行くぞ!」

ミント「し、しかしほむらさんが!」

クラース「放っておけば国中パニックになる!ほむらも気になるが…!」

ミント「…わかり、ました」

クレス「アーチェ、君は…」

アーチェ「あたしも行くよ」


クレスの意見を遮るようにハッキリと告げる。


アーチェ「騒がしいとほむらちゃんがゆっくり寝れないからね」

クレス「…わかった」



そして、四人は歴史の変わる瞬間を目撃する。
ほむらもまた、本来なら交わるはずの無い歴史に立ち会うこととなる。

ほむら(…こ…こ……は?)

目を覚ましたほむらが目にしたのは見慣れぬ天井であった。
だが、すぐに状況を理解する。


ほむら(そうだ…、急に苦しくなって…それから…)


周りを見渡す。部屋には自分しかいない。

ベッドから身を起こすが身体に力が上手く入らない。
それでもなんとか立ち上がり、身体を引きずるように扉を開けた。


衛兵「!? お気づきになられましたか」


扉の前にいた衛兵は驚き、声を上げた。


ほむら「ええ…。他のみんなは?」

衛兵「只今緊急の会議に出席しておられるようです」

ほむら「そう…」

衛兵「お言葉ですがあまり動き回られない方がよろしいかと…。
   それに先程賊が侵入したとの情報も入っております。
   お部屋でお待ちください」

ほむら「わかったわ…ありがとう」


ほむらはそういい、扉をしめ再び身体を引き摺るようにベッドに戻った。

ほむら(気を失っている間に何か起きたようね…。それも、かなり重大なことが)

ほむら(それに…あの身体中の力を吸い尽くされるような…あれは一体…)


コンコン、とノックする音が聞こえた。扉とは真逆の方向にある、窓から。

思わずほむらは振り返る。こちらの応対を待たず、窓が開かれ誰かが飛び込んできた。


「すまない、少しかくまってくれ」


とてもすまなさそうに聞こえない言い方で部屋に飛び込んでくる。着地したとき、
全身から金属音が鳴る音が聞こえた。


ほむら(…全身に武器でも仕込んでいるのかしら)


ほむら部屋に飛び込んできた人物に目をやる。
長い金髪を揺らし、全身黒いレザースーツのようなものを着用している。
所々金属を仕込んでいるようだ。
なにより特徴的なのは、とても冷たい、冷徹さを物語る目だった。


ほむら「あなたが侵入した賊?」

「そうだ」

ほむら「一体あなたは何をしたのかしら?」

「どうやら国家反逆の罪、らしい」


自分でも分かっていないと言いたげな言葉遣いをしてきた。

ほむら「あら、大罪人じゃない」

「…なぜそんな平静なんだ?」

ほむら「一人で暇だったのよ」


余裕を覗えるほむらの反応に少し疑問を抱いた侵入者。そんな侵入者を
嘲笑うかのようにさらに言葉を続けた。


ほむら「ちょっと置いていかれてしまってね。まぁ座って頂戴。どうせ扉の
    外にも衛兵がいるわ」

「なぜかくまう?」

ほむら「? かくまって、って言ってきたのは貴方の方よ?」

「チッ…、お前は一体何者なんだ?」

ほむら「この国の王の娘よ。病弱なものでいつもベッドの上にいるの」

「ふん、…お前のような娘がいたら多少はこの国もマシになってただろうさ」

ほむら「お褒めの言葉、有り難く頂戴いたしますわ」


ふざけるように会話を重ねていく。


ほむら「貴方は…」


そこまで言葉を発したとき、今度はちゃんと扉のほうからノックの音が聞こえた。


クレス「ほむら?起きているかい?」

ほむら(…!)


咄嗟に時間を停止させ、侵入者に触れる。触れた瞬間に侵入者は時を取り戻す。


「!? これは一体!?」


急な出来事に流石に驚きを隠せない侵入者をよそに、ほむらは早口で説明する。


ほむら「余裕がないから手短に…、今外にいるのは私の仲間よ。もし他の誰かの目に
    つきたくないのなら私に触れたままベッドの下に隠れなさい。見られてもいい
    のならそのまま動かないで。3秒あげるわ」


一瞬考え、言われたとおりにほむらに触れたままベッドの下に隠れる侵入者。


隠れたのを確認し、自分は布団に入り込む。時間停止を解除する。


ほむら「…ええ」


今目が覚めたかのように振舞い、クレス達を部屋に呼び込んだ。

ほむら「…モリスンさんが!?」

クラース「あぁ、我々の目の前で…」

ほむら「くっ…!」

クラース「ほむら、君が今考えたことを当てよう。『私がいなかったせいで』…だろ」

ほむら「…」

クラース「あまり自分ばっかり責めるな。目の前にいて何もできなかった我々の責任の方が大きい」

ほむら「でも…」

クラース「とりあえず気持ちを切り替えるしかない。その為にほむらを一人にまで会議に出席してきたんだ」

ほむら「…これからどうするの?」

クラース「私はもうすぐ開かれる会議に参加しないといけない。そこで全てが決まるだろう」

ほむら「会議の結果待ち、ってことね」

クラース「そうなる。…お前たちは少し休んでおくといい」

クレス「…どうなってしまうんでしょうか」

クラース「…。さぁな。なるようにしかならんさ」

クレス「歴史が変わってしまった。…もう先が読めない」


クレスが思わず漏らした言葉に栓をするようにクラースは立ち上がる。


クラース「さて、私は会議の前に少しでも腹に何か入れておく。ついでだから
     お前らもついてこい」

アーチェ「え、でもほむらちゃんが」

ほむら「私はまだ食欲が無いから…、みんなで食べてきて」

クラース「ほむらもああ言ってることだし、ほら行くぞ」


半ば強引にクレス、アーチェ、ミントを部屋の外に連れ出し扉を
閉めようとするクラースがほむらに一言声をかけた。


クラース「ほむら、野良猫を部屋に入れるのは構わんがばれないようにしろよ」


そう言い残しクラースは部屋を出て行った。

ほむら「…らしいわ、野良猫さん?」


「…ふん」


不満そうにベッドの下から姿を現す。


「…歴史が変わったとはどういうことだ?」

ほむら「秘密よ。そこは教えられないわ」

「…」

ほむら「それより貴方、わざわざなんで城内に侵入したの?」

「人の質問には答えずに質問するのか」

ほむら「かくまってあげた料金を請求しているだけよ」

「…この国には触っちゃいけない玩具がある。それを探していた」

ほむら「玩具?」

「そうだ。あれは人の手には余る」

ほむら「詳しくは教えてもらえないのかしら?」

「妥当な料金だ。これ以上は言えないね」

ほむら「はぁ…、随分ふんだくるのね」


やれやれ、といった感じでほむらは首をふる。

「…長居しすぎたな」


侵入者はそう言い窓に近寄った。


ほむら「貴方、名前は?」


出ていこうと開いた窓枠に足をかけた姿で少し動きが止まる。


「…ウィノナ・ピックフォード」

ほむら「ウィノナさんね。私は暁美ほむらよ。縁があったらまた会いましょう」

ウィノナ「…邪魔したな」


ほむらの言葉を無視してウィノナは飛び降りていった。


ほむら「つれないわね…」


ほむらはしばらく、ウィノナが出て行った開いたままの窓を見つめていた。

今回一週間分まとめて投下してみました。ほぼ自分の記憶だけで書いたので
食い違う点やおかしい所、口調が違うor安定していないなど多々お見苦しい点
があるかもしれません。

一応未来編直前まで書き溜めはありますがまた来週末頃投下したいと思っています。

見てくださった方ありがとうございました。

まあレベルの高いノンプレイキャラクターが加入したと思えばありかな
初期は高レベルだからパーティーを引っ張れるけれど
後々には追いつかれて戦力外になっちゃうみたいな

それよりこのほむらは気が利きすぎてる
ここがほむらっぽくない

帰宅したらレス付いていてとても嬉しかったです。ありがとうございます。

>>140のレスが真理過ぎて何も言えないです。
ほむらはとても好きなキャラなんですが
「何の負い目も感じない人たちとしばらく行動を共にする」っていうのを妄想するのがとても
難しいです。
それに、やっぱり好きなキャラには活躍してもらいたくて
そういう風に動かしたら自分でも「あれ?これほむらっぽくなくね?」
っていう行動があるなとは思ってます。
ほむらの能力をもった別人って言われてもおかしくないレベルです。

書く側が「ん?あれ?」って思ったことが読んでもらった人に伝わるっていうのが分かってよかったです。

一応テーマは決めてあるのでそのテーマは絶対ブレないように書きたいと思います。
では続き書いてきます。

改行変ですね…。書き溜め読み直して気が付いたところは修正しました。

週末男だけの楽しい花火大会に誘われたので今少しだけ投下してみます

ミッドガルズ城




アーチェ「ほむらちゃん?本当に大丈夫?」

ほむら「ええ、こんなときに寝ていられないわ」

クレス「しかし…」


クレスはほむらが苦しんでいたときの姿を思い出す。


ほむら「私が足手まといになるようなら置いていけばいい」

ミント「そんなこと…できるわけありません…それに」


「…ふん、お前たちのような女子供の集団が遊撃部隊とはな」

クラース「…スリーソン殿」


クレス達の会話を遮るように姿を現した甲冑を身に着けた女性はクレス達に向け、
憎らしそうに話しかけてきた。


ほむら「どちら様かしら?」

スリーソン「私は第三特殊部隊隊長スリーソン。
      ピクニック気分で来ているのならさっさと帰るんだな」

ほむら「…」


少し、握った拳に力が入る。

ほむら「こんな辛気臭い国にわざわざ遊びにくる訳は無いわ」

スリーソン「…なんだと?」

クラース「ほむら、やめておけ」


ほむらの様子に気が付いたクラースはなだめる様に止めに入る。


ほむら「ごめんなさい。思ったことがすぐ口に出ちゃうタイプなの」

スリーソン「…チッ」


不快そうに足早に立ち去ろとしたスリーソンは途中で止まり、こう忠告した。


スリーソン「お前たちに足を引っ張られて死ぬのはごめんだ」

ほむら「私は貴方達に足を引っ張られても死なない自信はあるけどね」


クラースは手に持った本をほむらの脳天目掛け打ち下ろす。


ほむら「…っぅ!」

クラース「ほむら、いい加減にしろ」

ほむら「…」

スリーソン「…」


スリーソンは痛がっているほむらに対し、何も言わずに去って行った。

クラース「はぁ…。イライラする気持ちもわかるが開戦前に問題を起こすのだけはやめてくれ」

ほむら「…そう、ね。ごめんなさい」


ほむらは頭をさすりながらクラースの言葉に頷いた。


ほむら(でも…遊びだなんて言わせない)

ミント「大丈夫?ほむらさん」

ほむら「ええ…」

アーチェ「クラース!いくらなんでも女の子を殴るのはひどいよ!」

ほむら「いいのよアーチェさん、私が悪かったんだから」

アーチェ「ダメダメ!ちゃんとこういうのは言っておかないと!
     そしてついでにあたしもちょいちょい殴られるのも今日限りで――痛い!」


いい終わる前にすかさずアーチェを本ではたく。


クラース「私も叩きたくて叩いてるわけじゃない。全く…本が傷むだろうが」

アーチェ「そっち!?」

クラース「ほむら、体調はどれくらい回復している?」

アーチェ「無視!?」

ほむら「…6割、といったところかしら」

クラース「…4割程度か?」

ほむら「…」


ほむらは答えない。

クラース「どうなんだ?」

ほむら「…今は、ね。明日の開戦までには6割程度まで戻してみせるわ」

クラース「そうか。なら心配無いな」

ほむら「えっ?」

クラース「6割のお前がいれば勝てるだろう。さっさと勝って被害が少ないうちに5万ガルド
     を貰って終わらせてしまうぞ」

クレス「傭兵だけじゃなく、軍全体にも出ているみたいですね。報奨金の話が」

クラース「足並みを乱す報奨金なんて逆効果だからな。まぁ、我々が他の連中が追いつけない程度の
     速度で進めば万事解決だ」

ミント「上手くいくでしょうか…?」

クラース「上手くやるのさ。そのためにはお前たち、気合入れていくぞ。
     遊びで来ていないことは明日証明すればいい」

ほむら「全く…病み上がりをこき使おうとするなんてね」

クラース「不満か?」


ニヤッと笑う。


ほむら「いいえ」


ニヤッと笑い返す。

ヴァルハラ平原


クレス「アーチェ!右だ!」

アーチェ「合点!」

アーチェ「イラプション!」


地面から溶岩が吹きあがり、地上の敵めがけて降り注ぐ。
アーチェの呪文を喰らい、身体が焦げていくモンスター目掛けてクレスは
グングニルで突き刺す。
断末魔を上げ倒れるモンスターには構いもせず、次の標的に狙いを定め突進する。


ほむら(周り一面敵だらけね。一匹一匹に時間をかけていてはキリがないわ)


ほむらはグレネードランチャーを取り出す。この手の武器は他の武器に比べ弾のストックが心許なく、
あまり使用していなかったがこの状況では仕方がない。


ほむら「貴重な弾よ。噛みしめる様に味わいなさい」


敵の集団を巻き込むように発射する。魔力で強化された爆発で地面をえぐり、敵の
陣形をそぎ落とすように崩壊させる。


クラース「派手な武器だな」


爆風で飛びそうな帽子を手で押さえ、クラースは素直な感想を述べる。

ほむら「大事な一戦だもの。出し惜しみはしないわ」

クラース「やはり頼りになる。…ノーム!」


指輪が激しい光を放ち、土の精霊が飛び出してくる。精霊は高く舞い上がり
ミサイルのように速度を上げて地面に突き刺さり、爆発を起こす。


クラース「道ができたぞ!全員進め!ほむらは最後尾を頼む!」

ほむら「ええ!わかったわ!」


進行方向とは反対に向きを変え、サブマシンガンを狙いも付けず乱射する。
置き土産と言わんばかりに複数個の手榴弾のピンを抜いてばら撒き、先行するクレス達の後を追う。
後ろで爆発する音が響いた。

ほむらはクレス達の背中を追いながら自身のソウルジェムに目をやる。
溜まった穢れが揺れていた。


ほむら(あの国を離れたら多少だけど回復速度が戻った気がする。やっぱりあの国には何かあるわね。
…マナの薄い理由が)



クラース「敵が引いたな。今日はここまでだ…こちらも休もう」


辺りが暗くなり始めた頃、敵の一団が後退を始めた。
不気味なほどの静寂が辺りを包んでいた。

クラース「ほむら、お前は先に休んでいろ。食事が出来たら持っていく」

ほむら「…わかったわ。お願いね」


ほむらは素直にクラースの言葉に従い、テントの中に入っていった。


アーチェ「随分大人しく従ったね」

クラース「最優先でやるべきことを理解しているのさ」

ミント「身体…大丈夫なのでしょうか?」

クラース「少なくとも、今日はこちらが心配するような動きはなかったな。
     …それを見せずに動いていた可能性もあるが」

クレス「今までずっとフォローしてくれてたんだ。今こそ僕が…」

クラース「焦る気持ちもわかるが…落ち着けよクレス。周りは敵しかいないんだ。
     隙を見せたら一気に食いつかれるぞ」

クレス「大丈夫です。それもほむらが教えてくれましたから」

アーチェ「ほむら大先生の教えは素晴らしいのだ」

クラース「そうだな。お前たち、落第しないように気を付けろよ?」

アーチェ「以上。校長先生のお言葉でした」

ミント「食事の用意が出来ました」

アーチェ「さぁ、給食給食!」

ミント「…はい?」

クラース「放っておいていいぞミント。アーチェ、ほむらに持っていってくれ。」

アーチェ「はーい」

クラース「我々も食べてさっさと休もう。明日も長い一日になるだろうからな」

ヴァルハラ平原 二日目


クレス達は、日の出と共に押し寄せてきたダオス軍とぶつかっていた。
敵を片づけていく中、ほむらが異変に気付いた。


ほむら(昨日かなりハイペースで進んだせいか後方に味方はいなかった。
    それなのに…)


自分たちのすぐ近くでダオス軍と激突しているミッドガルズ軍。
どうやら夜もほとんど休憩せず強行軍で進んできたらしい。


ほむら「愚かね」

クラース「確実に報奨金のせいで犠牲者が増えているな…」

アーチェ「どうするの?」

クラース「どうするも何も、さっさとこの戦争を終わらす他ないだろう」

クレス「…くそっ!」


襲い掛かる敵を切り払い、クレスが悪態をつく。


クレス「進みましょう!僕が先行します!」

クラース「ああ、頼んだぞ!」


「うわあああああああ!」


戦場に響く悲鳴。声を辿った先にあった光景は、今まさに魔物がミッドガルズ軍の兵士の命を
奪わんとする一撃を振り下ろす瞬間だった。

ほむら(…くっ!)


ほむらは咄嗟に時間を停めた自分に驚いていた。
一度停めてしまった以上、見捨てる気にはならなかった。
ほむらは時間を止め、クラースに触れる。


ほむら「咄嗟に停めてしまったわ…。――行ってもいいかしら?」

クラース「…自分が何をしようとしているのかわかっているのか?」

ほむら「分かっているつもりよ。ただ、自分でも時間を停めたのには戸惑っているけど」

クラース「…絶対に死なないと約束するか?」

ほむら「誓うわ。ここは私の死に場所じゃない」

クラース「…行って来い」

ほむら「ごめんなさい…行ってくるわ」

時間停止の負担を考慮し、クラースは最小限の会話にとどめた。


ほむらはクラースから手を離し、兵士の元へ駆け出す。


時間停止を解除し、魔物の一撃をはじき返してほむらは逆に魔物の命を奪う。


クレス「!? ほむら!?一体何を…」

クラース「我々は進むぞ!行け!クレス!」

クレス「でも!」

クラース「いいから行け!…あの子は賢い子だ。信じてやれ」

クレス「…わかりました!」

クラース「アーチェ!ミント!お前たちも振り向くな!進むんだ!」

アーチェ「もう!クラースはほむらちゃんに甘すぎ!」

ミント(絶対に無事でいてください…ほむらさん)

ほむらは小さくなっていく4人の背中を見送りつつ、兵士に声をかけた。


ほむら「立ちなさい。そして今すぐ引くのよ」

兵士「俺は…まだ」

ほむら「邪魔よ。今すぐ消えなさい」

兵士「!?」

スリーソン「何をしている!」


駆け寄ってきたスリーソンが怒鳴りつけてくる。彼女自身もかなりの傷を負っていた。


ほむら「…この愚かな強行軍は貴方の仕業かしら?」

スリーソン「愚か、だと?」

ほむら「ええそうよ。愚行以外の何物でもないわ」

スリーソン「我々は国を守る為に戦っている!休んでいる暇など無い!」

ほむら「筋金入りの大馬鹿者ね。そこの震えている兵士を見なさい。
    疲れ切って立てもしないじゃない」

スリーソン「…貴様!立て!お前たちは勇敢な兵のはずだ!立ち向かえ!そして国の為に――

ほむら「命を捨てろ、なんて言うつもりじゃないでしょうね」

スリーソン「!? …それの何がおかしい!?私は国の為!王の為!身も心も捧げ!
      尽くすことを誓った!それを守る為にこの身が朽ちても構わん!」

ほむらは苛立っていた。彼女の言うこと全てが癇に障る。
大切なものの為、全てを捨てどんな犠牲も厭わない。


ほむら(同族嫌悪、ってやつかしらね)


似ている。そうほむらは思った。だが二人には決定的に違うものがあった。


ほむら「私は…」

ほむら「私は絶対に諦めない」

ほむら「私は大切な者を守りきる」

ほむら「だから絶対に死ぬわけにはいかないわ」

スリーソン「ただ死ぬのが怖いだけだろう!臆病者め!」

ほむら「そうかもしれないわ。でも、死んだらそこで終わりなのよ」

スリーソン「無様に逃げ回り生き恥を晒せとでも言うのか!貴様は!」

ほむら「恥だと思うなら思えばいいわ。私は生き抜くことを恥だなんて決して思わないけど」


スリーソンを睨みつけるように見る。

ほむら「貴方も、そこの兵士も守りたいミッドガルズという国の一部でしょう?
    …守ってあげて」

スリーソン「…っ!」

ほむら「道は私が切り拓くわ。…それが私のやるべきことだから」

スリーソン「…礼は言わんぞ」

ほむら「この戦争が終わってからでいいわ。私達が勝たせてあげる――
    遊びに来たわけじゃないからね」


時間を止め、後方に向けてお手製の爆弾をまとめて投げる。
投げ終えてすかさず時間を動かすと激しい爆発が起こり、道が切り拓かれた。


ほむら「行きなさい!」

スリーソン「…くそ!一旦退くぞ!互いの背中を守りつつ下がるんだ!」


スリーソンの号令を聞き、スリーソン率いる軍隊の戦線が下がっていく。

スリーソン「お前はどうするんだ!?」

ほむら「私はここに残るわ。ここで一緒に下がると最前線の仲間が挟撃を受ける形になってしまう」

スリーソン「馬鹿な!?この大軍を一人で相手するつもりか!?」

ほむら「問題無い。死なないって約束しているから…絶対に死ねない」

スリーソン「…お前にはまだ言いたいことが残っている!死んだら承知せんぞ!」

ほむら「はいはい…。わかったからさっさと退きなさい」


ほむらは背中でスリーソンを見送る。残るは自分と自分を囲むダオス軍のみだ。


ほむら(さすがにこの量相手だとかなりの弾薬を使ってしまうわね…。
    まぁ自分で蒔いた種だから仕方がないんだけど)

ほむら(それにしても――私は変わってしまったのかしら…まあいいわ)


サブマシンガンを取り出す。久しぶりの一体多数の戦闘だ。


ほむら(ここで足止めできればクレスさん達の背中もスリーソンさん達の背中も守れるはず。
    ――やるしかないわ)


地面を蹴って、一人で魔物の群れに向かっていった。

ヴァルハラ平原


サブマシンガンを乱射する。一瞬、時を止めリロード。爆弾を放り投げ時間を動かす。
正面から敵が来る。頭部を撃ち抜く。
左手にサブマシンガンを持ち替え、右手で盾からハンドガンを引き出す。
真横から襲ってきた魔物に一瞥もくれずに数発撃ちこむ。

ダオス軍に取り囲まれながらも、踊るように立ち回り少しずつ敵の数を減らしていく。
だが、以前押し寄せる敵の数にさすがのほむらも少しずつ弾薬と体力を削られていた。


ほむら(流石に本調子じゃない分、いつもより考えて動かないといけないわね)


剣を振り抜いて来た魔物をあざ笑うかのように跳ぶ。頭部を踏みつけ更に高く跳んだ。
空中でロケットランチャーを取り出し、着地の隙を狙おうとする群れに向かって容赦なく撃ちこんだ。


安全に着地し、ロケットランチャーを盾に仕舞ったその時、後方で音が聞こえた。
切り払うでもない、吹き飛ばすでもない、弾き飛ばすような音。

音がした方に視線を向けると一人の男が立っていた。


「ウジャウジャと鬱陶しいんだよテメェらは!」


乱暴な言葉を浴びせ、手に持っている剣を振り抜く。真空波の類であろうか、
剣が触れていない周囲の敵の腰から上が宙に舞った。


「チッ、まだまだいやがんな…っと、先客か」


男はほむらの存在に気が付いたように声を上げる。

ほむら「まさかこんなところに人が来るなんてね。…しかも一人で」

「楽勝だ。嬢ちゃんも一人か?」

ほむら「まぁそんなところね。…傭兵かしら?」

「ああ。報奨金目当てで来たんだが…敵がウザすぎて飽き飽きしてたところだ」


動きを止めずに会話を進める二人。ほむらは男の動きをしばし観察する。


ほむら(かなり戦い慣れてるようね。それに…強い)


剣を一振りすると数体の敵が躯と化す。クレスのようなチームとしての動きではない、
完全な個の力による破壊力があった。


ほむら(暴力に近いわね)

「あぁん?何ジロジロ見てんだ?」

ほむら「いいえ、なんでもないわ」

ほむら(言葉遣いも)


男のおかげでほむらの負担が減った。
ほむらはできるだけこの男を利用する算段を立て始めた。

ほむら「残念だけど」

「ん?」

ほむら「かなり前に先行した人たちがいるわ。恐らく敵の大将の所まで進んだんじゃないかしら」

「おいおいマジか…。ここまで来てタダ働きかよ」


明らかに残念がる男にさらにほむらが声をかける。


ほむら「一旦下がろうかと思ったのだけれど、後方にはミッドガルズの軍もいるわ。
    下がったら変に難癖つけられそうで動けなくてね」

「国の為だ!引くな!戦って死ね!っていう連中だからな!」


鼻で笑い、男はほむらに同調する。


ほむら「だからここでウサ晴らしみたいなことしてるってわけよ」

「ははっ!戦争がウサ晴らしかよ!お前面白ぇな!」

ほむら「貴方も付き合ってみない?ウサ晴らし。どうせ進んでも空振り、
    戻っても面倒よ」

「なんか無性にイラついてきたぜ…。こんな遠くまで来たのにタダ働きなんて…よ!」


力任せに剣を振るう。地面がえぐりながら進む衝撃派が敵を巻き込んでいく。


「テメェ等全員ぶっ飛ばさないと気がすまねぇな!」

ほむら(やったわ)


心の中でガッツポーズをする。その時だった。

「死ねやテメェ等!オレ流!虎牙破斬!」

ほむら「!?」


男はほむらが聞き覚えと、見覚えがある技を繰り出した。


ほむら(この技は…クレスさんの!?)

「あん?何驚いた顔してんだ?」

ほむら「い、いえ…なんでもないわ」


ほむらは冷静さを取り繕い、骨がむき出しの魔物を蹴り倒し、踏みつぶした。


「やるな嬢ちゃん!その歳にしてわよ!」

ほむら「…私には暁美ほむらという名前があるわ。…貴方は?」

「ほむら?燃え上がれ!って名前だな!」

ほむら(貴方に言われると無性に腹が立つわね。馬鹿にされてるみたいで)


「俺はアラン・アルベインだ。まぁ短い付き合いだが頼んだぜ!」

ほむら(アルベイン…やっぱりこの人、クレスさんのご先祖様ってわけね)

ほむら(クレスさんとは似ても似つかないけど)

アラン「だからさっきから何ジロジロ見てんだよ!」

ほむら「だからなんでもないわ…それよりまた敵がくるわ」

アラン「面倒だからもうまとめてかかってこいや!」


アランはそういい一直線に敵に突っ込んでいった。


ほむら(はぁ…さすがにフォローしないとダメよね)


ほむらも仕方がないといった感じでアランの背中を追った。

アラン「こいつで終いだ!」


最後の魔物をアランが豪快に切り落とす。周辺には無数の敵の残骸が転がり、
動いているのはほむらとアランだけだった。


ほむら「片付いたわね」

アラン「結構時間がかかっちまったがな」

ほむら「そうね。まぁ何はともあれ助かったわ…有難う」

アラン「なんだよ?ただのウサ晴らしだろ?礼なんて必要ねぇだろ」

ほむら「ふふっ、そうだったわね」


剣に着いた血を払い、鞘に納めたアランは周囲を見渡す。


アラン「どうやら敵も粗方引いたらしいな。勝ったんだか負けたんだか…」

ほむら「勝ったわよ」

アラン「あん?何でわかるんだ?」

ほむら「勘よ」

アラン「ハッ、くだらねぇ」


アランは笑い飛ばし、ほむらに背を向ける。


アラン「じゃあなほむら。お前もなかなか強かったぜ」

ほむら「あら、ありがとう。貴方も強かったわ」

アラン「当たり前だ。俺は最強の剣士だからな」


そう言い、振り向かずに手を挙げてアランは去っていった。


ほむら「最強、ね」


アーチェ「ほむらちゃーん!」


アランが去って行った方とは逆から自分を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、こちらに向かって歩いてくるクレス達の姿があった。

アーチェ「ほむらちゃん!大丈夫だった!?」

ほむら「ええ、ご覧のとおり」

ミント「もう、無茶はしないでください…」


呆れたような、少し怒ったような言い方でミントが言葉をかける。


ほむら「ごめんなさい…。でも貴方達も無事でよかったわ」

クラース「お前を残して行って負けました、なんてかっこ悪すぎるだろう?」

ほむら「ふふっ、そうかもしれないわね」

クレス「この数…、一人でやったのかい?」


クレスが周りを見渡しながら訊ねてきた。


ほむら「いいえ。一人協力者がいてね…まぁ利用させてもらった形になったけど」

クレス「たった二人でこの数を…」

アーチェ「ほえー…信じらんない…」

ほむら「とても強い剣士の人だったわ。彼の方が倒した数は上ね…豪快すぎたけれど」

クレス「へぇ…。是非とも会ってみたいな」

ほむら「…」

ほむら(話さないほうがいいわよね…。歴史が変わってしまうかもしれないし)


考えすぎかもしれない、だがほむらはモリスンの事を考えた。
どんな些細なことでも歴史が変わってしまう可能性がある。


ミント「ほむらさん?」

ほむら「…あ、ごめんなさい。少し疲れたわ」

クラース「これだけ暴れたら少しじゃ済まんだろう」

クレス「僕たちも流石に疲れたよ。みんなでミッドガルズに戻ろう」



ヴァルハラ平原の戦いは人類側の勝利で幕を下ろした。



ミッドガルズ城



ライゼン「それでは紹介しよう!敵の総大将を打ち取った、勇敢な英雄たちを!」


そう紹介されて城内のバルコニーから姿を現すクレス達。耳をつんざくような歓声が
降り注いだ。


クレス「さ、さすがに恥ずかしいですね」

クラース「胸を張れ。堂々としていない英雄なんて恰好つかないぞ?」

アーチェ「イエーイ!ピースピース!」

ミント「…ア、アハハハ」

ほむら「…」

クラース「ほむら、お前も手くらい振ってやれ」

ほむら「…私が?」

クラース「彼らは何か縋るものが欲しいのさ。ダオスという強大な闇が目前に迫っている。
     我々に希望を見出しているんだ」

ほむら「希望…」


ほむらは一歩前に出るそして、小さく手を振った。
一段と大きな歓声がほむらを祝福していた。


ほむら(希望…ね)

バルコニーを後にしたクレス達を出迎えたのは、身体のあちこちに包帯を巻いたスリーソンだった。


ほむら「生きてたのね」

スリーソン「あぁ、惨めに生き残ったよ」

ほむら「…敢えてもう何も言わないわ」

スリーソン「…この国を救ってくれたことには礼を言う」

ほむら「礼は言わなかったんじゃなかったかしら?」

スリーソン「…」

ほむら「まぁいいわ、素直に受け取らせてもらうわね」


「た、大変です!」


一人の兵士が慌てて駆け寄ってきた。


スリーソン「何事だ!?騒々しい!」

兵士「そ、それが…!」

兵士「敵が空から…!」



クラース「大地の次は空、か。節操も無い」

ほむら「空に対して攻撃手段はあるの?」

スリーソン「投石器か、大砲ぐらいだな…」

ほむら(流石にあの量は私の残弾全て使っても無理ね…)


空を埋め尽くすほどの魔物が押し寄せてくる。


スリーソン「…ライゼンは一体どこに?」

兵士「わ、分かりません。先程から姿が見えず…」

スリーソン「チッ、こんなときに何をしているんだ!」


クラース「アーチェ、全員乗せてあそこまで飛べないか?」

アーチェ「無茶言わないでよ…」

クラース「そうだな、…打つ手なしか」


その時、クレスが急に頭を押さえ身体を支えるように壁に手をついた。


クラース「!? おいクレス!どうした!?」

クレス「頭の…中で……声が……」


その言葉を最後に、クレスは光に包まれ、光と共に姿を消した。


ミント「ク、クレスさん!?」

アーチェ「クレスが…消えちゃった!?」

ほむら「何が…起こったというの?」


動揺を隠せない四人に更に追い打ちをかけるかのように


ほむら「!? あぁあぁぁ!」


ほむらが再び苦しみだした。


ライゼン「魔導砲、エネルギー収束開始」

研究員「ハッ!」

ライゼン「ダオス、見ているがいい。これが魔科学の力だ」



ほむら「ああああああぁああぁあぁあ!」


自分の身体を全く支えようともせず、激しく倒れこむ。


ミント「そんな!?ほむらさん…!また…!?」

クラース「くそっ!この症状は一体なんだ!?…アーチェ!?」


ほむらにつられるようにアーチェもその場に崩れ落ちる。


アーチェ「ダ、ダメ…。力が…抜けていく…」

スリーソン「一体…何が起こっている!?」


いきなり苦しみだす二人をみて狼狽するスリーソン。


スリーソン「何なんだこれは!?説明しろ!」

クラース「わかっていたらこうも慌てるか!…くそっ!」


突然、周囲に地鳴りのような音が鳴り響いた。


クラース「!?」


周囲を見渡すと一基の塔から何かが伸びている。大砲の筒のような物だ。
先端に光が集まっているように見える。

クラース「なんだあれは!?」

スリーソン「あんなものが塔の中に隠れて…!?それにあの光は…」

ウィノナ「魔科学だ」


突如会話に乱入してきた人物に目を向けた二人。


クラース「誰だ!?」

スリーソン「貴様は…!ウィノナ・ピックフォードか!?なぜこんなところに!?」


ウィノナは返事をせずに苦しんでいるほむらとアーチェに視線を落とす。

アーチェ「…ウ、ウィノナ…なの?」


苦しみながら訊ねるが返事はなかった。


ウィノナ(…アーチェ)


クラース「何か知っているようだが…魔科学とは一体なんだ!?」

ウィノナ「この世を滅ぼす危険な代物だ。あれを野放しにしたら世界中のマナを吸い尽くすだろうさ」

クラース「マナを…!?……そうか!」


クラースはほむらの手を取り、ソウルジェムに目をやる。


クラース(穢れが溜まっていく…!?魔力を吸い取られているのか!?)


ほむらにとって魔力は命そのものである。
その魔力が吸われるということは、ほむらの命が削られているということだった。


クラース「アレを止める方法は!?早くしないと取り返しが付かないことになる!」

ウィノナ「…アンタはこいつらの側にいろ。だが…そこの騎士、アンタは付いてきな」

スリーソン「何?」

ウィノナ「お前にこの国の現実を見せてあげるよ」

ほむら「ぐうううううううう!…がああぁぁあぁぁぁ!」


ほむらの苦しみ方が段々とひどくなる。そんな様子を見ることしかできない
クラースは己の無力を呪った。


クラース「こんなときになにもできないとは…!」

ミント「クラースさん!離れてください!」

クラース「ミント、何をする!?」

ミント「バリアー!」


ほむらとアーチェの身体を隔離するように光の障壁を生み出す。


ミント「これで…少しは魔力の流出を抑えれるかもしれません!」

クラース「しかしこれでは…」


ミントの生み出した光の壁が見る見る崩れ去っていく。魔導砲が吸い取っているのだ。


ミント「分かっています…!でも、私がずっとかけ続ければ!」


崩れていく光の壁を修復していく。修復しては崩され、崩されては修復していく。


クラース「ミント!お前の身体ももたないぞ!」

ミント「私よりも二人のほうがずっと苦しいはずです!」

アーチェ「あたしはいい!だからほむらちゃんを…!助けて!」

ミント「そんな!?」

アーチェ「あたしは苦しいだけだから!でも、ほむらちゃんは魔女になっちゃうんでしょ!?
     そんなの絶対嫌だ!」

ミント「…っ!アーチェさん、申し訳ありません」


ミントはアーチェに回していた力を全てほむらに注ぎ込む。

アーチェ「……っ!」


立ち上がり、少しでもほむらの側にいこうとしたアーチェの身体が揺らぐ。
しかしアーチェは倒れなかった。

アーチェ「ほむらちゃん!死なないで!」


ほむら(…!)


苦しみ、意識が朦朧とするほむらだったが、アーチェの声はちゃんと耳に届いていた。




研究員「魔導砲!発射準備完了!いつでもいけます!」

ライゼン「見るがいい!そしてこの光に震えろ!ダオス」

ライゼン「撃て!」



放たれた一筋の光が襲来した魔物を飲み込む。
周囲の命を吸い取り、触れた全ての命を奪い取っていった。




ライゼン「どうだ!これが魔科学の力だ!」

研究員「これで…ようやく…」

ライゼン「ふん!まだだ!二射目の準備に取り掛かれ!」

研究員「そんなっ!?」

ライゼン「なんだ!早くするんだ!まだまだ敵は残っているんだぞ!」

研究員「ぐっ…!」

研究員(これも…あの御方の為っ…!)

ほむら「ハァッ!…ハァッ!…ハァッ!」


ようやく魔力の吸収は収まったが、ほむらは限界だった。


クラース「…こんな兵器があっていいはずがない!」


クラースは激昂する。生命さえ脅かし、精霊の命をも奪わんとする兵器。
そのようなものを目の当たりにしたのだ。


アーチェ「ほむらちゃん…しっかりして」

ミント「ほむら…さん」


バリアーを解除し、ミントがほむらに触れようとした瞬間だった。


ほむら「ああぁぁあああああっ!」


魔導砲が再びほむらの命を奪っていく。


アーチェ「そんなっ!?…ぐぅっ!」

クラース「もうやめろ!これ以上ほむらを苦しめるな!」


だが、クラースの願いは届かない。


ミント「…バリアー!」


すかさず壁を張り直すがミントの限界も近づいていた。


ほむら(いよいよ…覚悟をしないとダメ…なようね)


ほむらは残る力を振り絞り盾に手を伸ばした。

クレス「…嫌です」

「何?」

クレス「すいません、今はまだこの槍を返すわけにはいかないんです
    …ヴァルキリー」


クレスが光に包まれた後に目を開くと、目の前に見知らぬ女性がいた。
戦乙女、ヴァルキリー。彼女はそう名乗った。


ヴァルキリー「それは元々我が君主、オーディンの持ち物だ。人間風情が
       手にしていいものではない。…なぜか封印が解けているようだが」

クレス「これが神の持ち物だとは分かっています。ですが…、今はこの槍の力が
    必要なんです」

ヴァルキリー「その槍の力に溺れたか、人間よ」

クレス「違う!」

クレス「僕はこの槍を使うのを恐れていた…自分には扱えないと思った!
    この槍を使いこなせずにみんなを危険に晒すのが怖かった!」

クレス「でも、そんなときに僕の背中を押してくれた子がいた!
    僕より幼いのに、とても過酷な道を歩んできて、傷ついて、自分の大切な人の為に全てを投げ捨てて!
    
クレス「…そんな彼女が今とても苦しんでいるんです。
    僕はその子に…いや、みんなに守られてきた!だから!
    今ほむらが苦しんでいる今こそ僕が守ってあげないといけない!
    その為にはこの槍が必要なんだ!」

ヴァルキリー「…」

ほむらは盾に手を伸ばた。そして取り出したものは、拳銃だった。


クラース「!? 何を考えている!やめろ!」

ほむら『みんな…迷惑かけて…ごめん…な…さい』

ミント「こ、これは…?」

ほむら『直接貴方達に…語りかけ……グゥッ!……私は…魔女に…なっては
    いけない…。だか…ら…ここで……ソウルジェムを砕…く…わ…』

クラース「ふざけるな!そんなこと許さんぞ!…そうだ!グリーフシードだ!
     グリーフシードを使え!」

ほむら『ダ…メ……、グリ…ーフシードも吸われ続ける…と魔女が…生まれて…しまう…かもしれない。
    だ…アァッ!だ…だから…』

ほむら『魔女が…いない世界で……魔女が生まれ…るとどうなる…かわからない…。
    みんな…を……危険な目に……あ…わせたくな…い』

アーチェ「だからって…!こん…なの…!ないよ……!」

ほむら『……』

クラース「ほむら!」

ほむら(テレパシーも…だめねもう。ごめんなさい、みんな。やっぱり私は魔女になりたくない。

    魔女になって貴方達を傷つけたくない。私を殺した重荷を背負わせたくない。
    だから私は死を選ぶ。
    仲間と呼んでくれて…ありがとう。友達になってくれて…ありがとう。
    …ごめんね、まどか)


ほむらは引き金にかけた指に力を込めた。

アーチェ「駄目!」


飛びつくようにほむらに触れようとするアーチェだったが、ミントのバリアーに弾かれる。
だが、アーチェは決して離れようとしない。
バリアーが触れている者を拒む。触れている手が傷付き血が流れ出す。

ミント「アーチェさん!?」

ほむら(アーチェさん…ダメ…貴方が傷つく必要は無い…の…)

アーチェ「ほむらちゃん言ったでしょ!絶対にあきらめないって!絶対に友達助けるんだって!
     あきらめちゃ駄目!帰りを待ってくれている人がいるんでしょ!?」


涙を流し、血を流しながらもアーチェは叫び続ける。


アーチェ「絶望に負けないで!あたしはもう…友達に死んで…ほしくない!」


こんな自分の為に傷だらけになって、涙を流してくれ、友達と言ってくれた。
ほむら目から涙が溢れる。


ほむら(…でなの)

ほむら(なんで、なの)

ほむら(みんなを危険にさせたくないのに!…傷つけたくないのに!)

ほむら(諦めたはずなのに!)

ほむら(死にたく…ない)

ほむら(死にたくないよ…!)





その時、光を集めていた塔から爆発音が響いた。

ライゼン「第二射までの時間は!?」

研究員「…周辺のマナの集まりが悪く、まだ時間がかかります」

ライゼン「くそっ!すぐそこまで魔物が迫っているというのに…!」

スリーソン「待て!ライゼン!」

ライゼン「…これはこれはスリーソン殿。そんなに慌ててどうなされた?」

スリーソン「今すぐマナを吸い取るのをやめろ!」

ライゼン「何を言っている!?魔導砲無しでどうやって空の敵に対処すると!?」

スリーソン「ぐっ…!」

ライゼン「この力が無ければ人類に勝利は無い!黙っていろ!」

ウィノナ「…そんなにその玩具が気に入ったの?」

ライゼン「!? き、貴様!?」


遅れてやってきたウィノナは躊躇もせず、研究員にボウガンの矢を撃ちこむ。


研究員「がぁ!?」

スリーソン「貴様!?一体何を!?」

ウィノナ「死体をよく見ていろ」

スリーソン「!?」


絶命した研究員の身体が見る見る内に縮んでいく。人の皮を被った魔物、それが
正体だった。


スリーソン「そんな…!?」

ウィノナ「まだどれだけ紛れているかは知らないけどさ…。全く、魔族と手を組む
     とはね…ライゼン」

ライゼン「き、貴様…!」

スリーソン「なぜ魔族同士でこんなことを…」

ウィノナ「急進派と慎重派…。魔族も一枚岩ではないということよ。
     …この国のようにね」


そして、爆発が起きる。

ライゼン「!? 一体どうした!?」

「エネルギー反転!逆流しています!…ダメです!制御できません!」

ライゼン「なんだと…!?」

ウィノナ「アンタの目的には全く興味は無いが…、ざまァないね。」

ライゼン「がああああ!スリーソン!何をしている!?そいつは国家反逆の大罪人だ!
     さっさと捕えろ!」

スリーソン「…行け」

ウィノナ「フン、いいの?」

スリーソン「貴様が助けようとした娘には私も借りがある。その礼だ」

ウィノナ「言ってることがよくわからないが、まあお言葉に甘えさせてもらうよ。
     じゃあね、ライゼン。これで腕の傷の借りは返したよ。あとは勝手に死ね」

ライゼン「スリーソン!貴様も国家に逆らうか!?」

スリーソン「…」


スリーソンは無言で剣を抜き、ライゼンに突きつける。


ライゼン「…うっ」

スリーソン「貴様は叩けば色々出てきそうだな…。付いてきてもらうぞ」

ほむら「う……あっ………」

アーチェ「ほむらちゃん!ほむらちゃん!」


ウィノナ「もう大丈夫」

クラース「君は…!?」

ウィノナ「魔導砲は暴走した。もうマナを吸い取ることはできない」

アーチェ「ウィノナ!?あんたなんでこんな所に!?」

ウィノナ「あたしもアイツに用だある。それだけだ」

クラース「君は一体何者だ?」

ウィノナ「答える気はないね。じゃあなアーチェ。その子を頼んだよ」

クラース「…礼を言ってく。仲間を救ってくれて感謝している」

ウィノナ「いらないね。大嫌いな人間に感謝されても嬉しくないよ」

アーチェ(ウィノナ…やっぱりあんた…)


そう吐き捨て振り向かず、立ち止まらず彼女は去って行った。

ミント「ほむらさん!」

ほむら「………た……」

クラース「喋らなくていい!」

アーチェ「待って!」

クラース「何…!?」

アーチェ「言わせてあげて…」


アーチェは傷だらけの手でほむらの手を握る。かすかだか握り返してくれた気がした。


ほむら「たす…けて……くれて……ありが………と…う……」

アーチェ「バカッ!…当たり前でしょ…友達なんだから…!」

ほむら「…うん……」


ほんの少しだがほむらは笑い、そのまま意識を失った。


ミント「ほむらさん!?ほむらさん!?」

クラース「慌てるな。気を失っただけだ。…さすがに今回は肝を冷やしたがな」


ほんの少し、クラースが安堵し胸を撫で下ろしたとき、一人の女性が声をかけてきた。

「そちらの方も怪我をされているのですか!?」

クラース「…貴方は?」

「私はこの戦争で怪我をされた方への治療を行っております。まだかなり立て込んでおり
…気が付くのが遅れてしまい申し訳ございません」

クラース「いや、声をかけてくれて礼を言う。この子はかなり衰弱している。
     忙しいところすまないが、この子を頼めないか?」

「それが私の役目ですので。かしこましました」


気を失ったほむらを彼女に引き渡した。こんなところより、ベッドの上のほうが少しはマシだろう。
だが、これで終わったわけでは無い。上空にはまだ多くの魔物が空を支配していた。


クラース「さて、どうするか…」


策も無く途方に暮れかけたその時、まばゆい光が突如舞い降り、クレスが戻ってきた。


クラース「クレス!無事だったか!?…その馬は?」

クレス「後で説明します!…ほむらは?」

クラース「最悪の事態は免れた、といったところだな」

クレス「よかった。…今度は僕が守ります。ほむらを頼みました」

クラース「やれるのか?」

クレス「やります!その為に戻ってきたんだ…。かならず守ってみせる」

クラース「分かった。…頼んだぞ」

ミント「クレスさん…気を付けてください」

アーチェ「あたしもいく!」

クレス「アーチェ…そんな傷だらけで…!」

アーチェ「大丈夫!ミントも疲れてるし…ほむらちゃんはもっと苦しかったんだし
     へっちゃらだよ!」

クレス「わかった…。でも無茶はするなよ」

アーチェ「合点!」


ペガサスに跨りグングニルを握りしめ、クレスは空を駆けていく。
守りたいものを守る為に。

空での戦いでもクレス達は勝利を収め、ダオス軍は引き上げていった。
勝利に沸くミッドガルズであったが、ミッドガルズに広がった闇の深さを知った者は
喜べないでいた。
そして一日経った今でもほむらは目を覚まさず、クレス達も喜べない状況にいた。




クラース「ほむらはまだ目を覚まさないか」

ミント「はい…」

アーチェ「…」


アーチェは包帯だらけの手でほむらの頭を心配そうに撫でる。


クレス「アーチェ、君も休んでおいたほうがいい。疲れてるだろ?」

アーチェ「…大丈夫」


アーチェはほむらのそばを離れようとしない。


クラース「心配する気持ちもわかるが、今はゆっくり休ませてやれ」

アーチェ「…そうだね」

クラース「それより…あの娘は何者だ?」

クレス「娘?」

クラース「あぁ、クレスは知らないな…」


クラースはクレスがいなかったときの状況を説明した。

クレス「人間が、嫌いか…」

アーチェ「ウィノナっていうんだけど…リアの友達であたしも何度かあったことがある、
     ってくらいなんだよね…。あんまり自分の事喋らない子だったから…」

クラース「そうか…。アイツとは一体誰の事かわかるか?」

アーチェ「多分だけど…ダオスのことだと思う」

クラース「何だと?」

アーチェ「理由はわかんないけどね。教えてくれなかったんだ」

クラース「結局、情報はほとんど無しか」

ミント「しかし…ここ数日で随分と状況が変わってしまいましたね」

クラース「そうだな。ミッドガルズは魔族からの攻撃で危機に瀕しているかと思ったら
     実は魔族と内通していました、ときたもんだ」

クレス「魔科学…、魔族の持ち込んだ技術か」

クラース「しかし妙だな」

アーチェ「ん?何が?」

クラース「考えてもみろ。人間…、ライゼンが得たものは魔族の技術だ。だが、魔族が得たものは何だ?」

クレス「そういえば…」

クラース「取引とはお互い見返りがあって初めて発生するものだ。
     魔族側にも確実に何かメリットがあったはずだ」

クレス「何があったんでしょうか…」

クラース「さぁな。そのあたりはスリーソン殿に任せるさ」

アーチェ「それよりこれからどうするの?」

クラース「そうだな」

クラース「明日、我々はダオスの城へと出発しようと思う」

クラース「ほむらは…置いていく」

一旦この辺りで失礼します

花火大会が見事台風で中止になったのでちょっと投下します

ミッドガルズ城



クラースの一言にアーチェが食らいついた。


アーチェ「なんで!なんでほむらちゃんを置いていくのさ!」

クラース「それを説明する。黙って聞いてろ」

クラース「まず、我々には時間がない。ダオス軍が再び侵攻を始める前に行動を開始
     するべきだ」

クラース「再び空から攻めてこられたら今度こそ打つ手がないからな」

アーチェ「…」

クラース「それにもう一つ。…今のほむらは足手まといになるだろう」


その言葉にアーチェの怒りが頂点に達し、椅子が倒れるほど勢いよく立ち上がり
クラースの胸ぐらを掴んだ。


アーチェ「いくらなんでも今のは許さないよ」

クラース「…聞けといっただろう」


クラースは特に抵抗する様子もなく続ける。


クラース「ほむらは自分で『足手まといになるなら置いていけ』と言った。
     あんな状態で連れまわすわけにもいかない。
     それに次は敵の本拠地…今までより一層激しい戦いになるだろう」

クラース「そんな中ほむらを庇いながら戦いきれるか?」

アーチェ「っ…!」

クラース「道中を戦い抜けたとしてもその先にいるのはダオスだ。
     …アーチェ、お前も分かっているだろう?ほむらを置いていく以外に選択肢がないことに」

アーチェ「…」


クラースを掴んでいたアーチェの手の力が緩む。そのまま俯きダラリと手を下げ、
アーチェは何も言わなかった。


クラース「クレス、お前からも何かあるか?」

クレス「…クラースさんの判断は正しいと思います」

クラース「ミントは?」

ミント「いいえ…。私もクラースさんのおっしゃっていることが正しいと思います」

クラース「アーチェ、いいか?」

アーチェ「…寝る!」


アーチェはそのまま部屋を飛び出ていった。

クラース「…ふぅ」

クレス「…」

ミント「恐らく…黙って置いていくことに一番お怒りなんでしょうね…」

クラース「…ミント、アーチェに伝言を頼む。
    『明日の正午に出発する。それまでは待つ』そう伝えてくれ」

ミント「はい、わかりました」

クラース「クレス、グングニルは返したみたいだが…やれるか?」

クレス「やれます。やらなきゃダメなんだ…」

クラース「気負い過ぎるなよ。ただ、お前にはいつも以上に踏ん張ってもらわないといけないがな」

クレス「分かっています。以前言っていたほむらがいない状況…。僕がなんとかしないと…」

クラース「…」

クラース(これは…厳しくなりそうだな)



ほむら「……うっ…」


ほむらは目を覚ました。前に意識を失った後に見た天井――それと全く同じだった。


ほむら「っ…!」


身体を無理矢理起こす。周りを見渡すが誰もいない。
ソウルジェムを見てみるとかなりの穢れが溜まり、揺れていた。


ほむら(どれくらい眠っていたのかしら…)


本来なら寝ていなければいけないのはわかっていた。だがほむらは力を振り絞り立ち上がる。
壁際を伝うように扉まで移動して、扉を開いた。

廊下に出て扉を閉めようとしたとき、大声でほむらに声をかけてきた人物がいた。


「あなた!何をしているの!?」


真っ白い修道僧のような姿をした女性だった。小走りで駆け寄りほむらの腕を掴む。


「まだ動いちゃだめよ!安静にしていないと!」

ほむら「貴方は…?」


「私はキャロルといいます。クラースという方からあなたのお世話をするように
 頼まれました」

ほむら「クラースさんが…」

キャロル「それと」

キャロル「一人で無茶しようとしていたら全力で止めてくれ、とも言われていますので」


そうほむらに釘を刺し、部屋に連れ戻そうとする。


ほむら「…待ってください。クラースさん達は今どこに?」

キャロル「ダオスの居城に向かうとおっしゃってました」

ほむら「!?…出発したのはいつ?」

キャロル「昨日のお昼過ぎだったかと…」

ほむら「そう…」

キャロル「?」

ほむら(私は…)

ほむら(置いていかれたのね…)


ほむらは頭を押さえ、壁にもたれる。


ほむら(そう…よね。時間が経てば経つほど状況が変わる。ヴァルハラ平原を抑えている今こそ攻める好機だわ)

ほむら(それなのに…私は…こんなところで…)


考え込んでいるほむらを見て、キャロルは心配になり声をかけようとした。
そのとき、廊下を歩いて来た一人の男が声をかけてきた。


「おいおい、あんときの嬢ちゃんじゃねーか」

耳にしたことがある声に顔を上げる。ヴァルハラ平原で共に戦ったアラン・アルベインだった。


ほむら「アランさん…。貴方まだミッドガルズに居たのね」

アラン「まぁな。ここにいりゃあ仕事が入ると思ってたんだが…
    かなりドタバタしているらしくサッパリだ」

ほむら「…仕事を探しているの?」

アラン「ん?そうだな…結局稼ぎ損ねちまったからな」

ほむら(…)

ほむら(…大体丸一日分の遅れ、急げば間に合う…?)

ほむら(何か足があれば…それとやはり一人では危険よね。そうなると…)


ほむらの頭に一つ案が浮かび上がった。


ほむら(本来はクレスさんとこの人を会わせるのは避けるべき…)

ほむら(でも…意地でもついていく。そう決めたのよ…私は…)


ほむらは決心した。早速実行に移す。


ほむら「私が貴方を雇うわ」

アラン「…へぇ」


ニヤッっとアランが笑う。

アラン「内容は?」

ほむら「私をダオスの所まで連れて行って頂戴」


その言葉を聞いて今まで黙っていたキャロルが声を荒げて割り込んできた。


キャロル「何言ってるんですかほむらさん!そんな身体で!死ににいくのと同じです!」

ほむら「大丈夫よ。ここからダオスの城まで二日ほどかかるでしょう?
    二日寝てればそれなりに回復するわ」

キャロル「駄目です!」

アラン「はぁ…うっさい姉ちゃんだな」

キャロル「貴方は黙っていてください!それに私にはキャロル・アドネードという名前があります!」

ほむら(アドネード…!?)


ほむらはキャロルとアランの顔を交互に見やる。目の前にクレスとミントの先祖。
だが…

アラン「うっせーな。こっちは仕事の話してるんだよ」

キャロル「いけません!出歩くなんてもっての外です!絶対安静です!」


ほむら(先祖だからって似るわけじゃないんだろうけど…ここまで違うものなのかしら)


ほむらを放置して言い争いを始めた二人をボーッっと見ていた。


ほむら(あぁ、いけない。仕事の話よね)

ほむら「アランさん」

アラン「あん?」

ほむら「一万ガルドでどうかしら」

アラン「たった一万でダオスのとこまで?はっ、さすがにそりゃあ無いぜ」

ほむら「手持ちが無いのよ」

アラン「嘘付くなよ、五万ガルドは持ってるはずだ」

ほむら「…あなた、あのとき広場にいたのね」

アラン「ああ。ヤケ酒してたら見覚えあるやつが手ェ振ってやがったから
    バルコニーぶっ壊してやろうかと思ったぜ。はめやがって」

ほむら「あら?私は先に行った人とは言ったけど仲間じゃないとは一言も言ってないわよ?」

アラン「…チッ」

ほむら「…このお金は私だけのお金じゃないのよ」

アラン「だろうな」

ほむら「だからお願い。二万で手を打って欲しいわ」

アラン「…3だ。これ以上は他をあたんな」

ほむら「…了解よ」

キャロル「勝手に話を進めないで!ダメですよ!」

アラン「何言ってやがる?一人で無茶するようなら止めろって言われてたんだろ?
    二人だしいいじゃねぇか」

キャロル「ぐっ…!…やっぱりダメです!私は彼女を世話するように言われています!
     それを放棄してまで行かせるわけには…!」

アラン「じゃあお前も来いよ」

キャロル「…はい?」

アラン「そんなに世話したいんならついてくりゃいいだけだろ?
    それにそんな服着てるってことはお前も一応法術師なんだろ?使えそうだ。」

キャロル「人を物扱いしないでください!」

ほむら「キャロルさんごめんなさい。私はどうしても行かないとダメなの」

キャロル「なぜ…そこまでして…」

ほむら「仲間が待ってるから。それだけよ」

キャロル「はぁ…分かりました。分かりましたよ…」

アラン「じゃあ決まりだな。先に門で待っとけ」

ほむら「貴方は?」

アラン「俺はちっと持っていくもんがある。すぐ行く」

ほむら「わかったわ」

キャロル「神よ…私たちを御守りください」

スリーソン「待っていたぞ」


ほむらとキャロルが門に着くと、スリーソンが来るのがわかっていたかのように待っていた。


ほむら「あら、お見送りかしら?」

スリーソン「フン…こっちだ。付いてこい」


そう言われて案内された先にあったのは、10人は楽に入るであろうという大きさの馬車だった。


ほむら「これは…」

スリーソン「ダオスの城へ向かうんだろう?これを使え」

ほむら「どうして、こんなものを?」

スリーソン「クラース殿に頼まれた。どうせ後を追ってくるだろうから馬車を手配しておいてくれとな」

ほむら「…そう、ありがとう。スリーソンさん」

スリーソン「…これで借りは返したぞ。じゃあな」

ほむら「貸しを作った覚えはないんだけど」

スリーソン「ならばこれは貸しにでもしておくさ」

ほむら「強引ね」

スリーソン「お互いにな」

そう言い、スリーソンは去って行った。
すぐに入れ違うようにアランが姿を見せる――城に備え付けられていたベッドを背負って。


ほむら「貴方…何してるの?」

アラン「黙ってみとけ」


アランはそう言い馬車の中にベッドを放り投げ、続いてほむらをベッドに放り投げた。


ほむら「ちょっと…!何のつもりよ」

アラン「さっさと寝てろ。ダオスの城に着いたら起こしてやる」

ほむら「…分かったわ」

キャロル「はぁ…一体どうしてこんなことに」

アラン「嫌なら帰っていいんだぜ?」

キャロル「いいえ!途中で投げ出すわけにはいきません!」

アラン「はいはい…おし!じゃあ行ってくれ!」


アランは御者にそう告げる。

ほむら達を乗せた馬車はダオスの城目掛けて走り出した。


ほむら(みんな…待ってて。すぐ追いつくわ)

ほむら(今はとりあえず寝ましょう。少しでも体調をもどさないと)


色々気になることもあったが、ここは大人しく寝ておくべきと判断してほむらは目を閉じた。

ヴァルハラ平原


ほむら、キャロル、アランを乗せた馬車はヴァルハラ平原を超え、
ダオスの城に唯一繋がっている橋にたどり着いた。


アラン「もうすぐだな」

キャロル「そうですね」

アラン「…嬢ちゃんは?」

キャロル「眠っています。ミッドガルズを出てからずっと…」

アラン「へぇ…大したタマだ」


ケラケラと笑い、アランは称賛のような言葉を贈った。
そんなアランにキャロルが話を切り出す。


キャロル「お金とは、そんなに大事なものでしょうか」

アラン「ああ大事だね。俺にとっては命と剣の次に大事だ」


床に座り込み、抱える様に持つ剣を見せつけるように前に出す。


アラン「生きるためには金がいる。夢を叶えるためには金がいる。誰だってな」

キャロル「…夢、ですか」

アラン「そうだ。だから俺には金が必要なんだよ」

キャロル「教えてもらってもいいですか?」

アラン「? 何をだ?」

キャロル「貴方の夢です」


少し喋り過ぎた、そんな様子でアランは頭を掻く。そして少し照れくさそうに口を開いた。

アラン「…剣術道場を開くんだよ。俺の剣術最強だってことを証明するためにな」

キャロル「あら、思っていたよりも素敵な夢ね」

アラン「うるせえ茶化すな」

キャロル「茶化してなどいませんよ」

ほむら「そうね。私もいい夢だと思うわよ」


いつの間に目を覚ましたのか、ほむらも会話に加わってきた。


アラン「いつの間に起きてたんだよ…ったく」

ほむら「盗み聞きした形になったけど、仕方ないわよね。馬車の中だもの」

アラン「別に構わねえよ…それよりも」

ほむら「もうすぐ着くのでしょう?だから起きたわ」

キャロル「なぜ分かるんです?」

ほむら「空気が変わったからね。…とても禍々しい空気に」

アラン「びびったのか?引き返してもいいんだぜ」

ほむら「有りえないわ。私は逃げない。」


ほむらは自身の身体の具合を確認する。
決していいコンデションとはいえないが、そんなことを言ってはいられない。


ほむら(処理する方法が無い以上、グリーフシードには手をつけたくない。
   少しでもこちらの世界に影響が出るかもしれない行動は避けるべきね)


アラン「着いたぜ」


3人を乗せた馬車が止まる。ようやく敵の本拠地にたどり着いた。


ほむら(短かったような長かったような…。でも、ようやく終りね)


ほむら「行きましょう」

キャロル「はい」

アラン「おう」

ダオス城


城内のあちこちに戦闘の痕が残っている。クレス達はどこまで進んでいるんだろう、
ほむらはそんなことを考えていた。


アラン「嬢ちゃんの連れは結構進んでるみたいだな」

ほむら「そうみたいね。…急ぎましょう」

ウィノナ「待て」


ほむら達を待ち構えていたかのように物陰からウィノナが姿を現した。


キャロル「あなたは…!?」

ほむら「貴方も来ていたのね」

ウィノナ「あたしも連れていけ」


ほむらとキャロルの言葉には反応せず、自分の目的を告げる。


ウィノナ「別に一人増えても問題無いでしょ?」

ほむら「私は構わないわ。二人もいいわね?」

キャロル「…でもこの方は」

アラン「大罪人、だろ」


アランはウィノナに向かって剣を抜き。切っ先を突きつける。


ウィノナ「…」

ほむら「…一体何をしているの?やめなさい」

アラン「聞けねぇな」

ほむら「貴方を雇っているのは私よ。雇い主の命令は聞きなさい」

アラン「仕事はするさ。だがそれとこれとは話が別だ」

アラン「こいつの首には賞金が懸っている。わざわざ見逃す理由はねぇな」

ウィノナ「…」


剣を突きつけられたウィノナはアランを睨みながら口を開く。


ウィノナ「別にここで時間を無駄にしてもあたしは構わないけど、
     アンタは雇い主が死なれたら困るだろ?剣士さん?」

アラン「…」

ほむら「…何の話かしら?ウィノナさん」

ウィノナ「こいつはお前からともう一人、クラースという男から依頼を受けている」

ほむら「…アランさん、事実なの?」

アラン「チッ!…ああそうだよ。わざわざ城内をうろついていたのも、
    タイミングよく馬車を用意したやつが待ち構えてたのも全部頼まれたことだ」

ほむら「道理でね…。はぁ…二重でふんだくろうとしたわけね」

アラン「そいつはちっと違うな。ちゃんと旦那からは許可を得てるさ…合計5万ガルドの大仕事だ」

ほむら「結局、貴方の望み通りの金額になったってワケね」

ウィノナ「さて、どうする?案内役が必要だろ?ダオスの目前までたどり着いたんだが、
     一人では開かない仕組みの扉に立ち往生していてね」

アラン「…ふん。何かしようとしたら速攻で叩っ斬るからな」

ほむら「大丈夫よ。多分」

キャロル「私もそう思います。こんな所に一人で来るくらい、
     ダオスに会う理由があるんでしょうし」

アラン「…賞金首、さっさと案内しやがれ」

ウィノナ「ああ、こっちだ。付いてこい」

城内



ほむら「…そういえばお礼がまだだったわね。助けてくれてありがとう」

ウィノナ「もののついでよ。礼を言う必要は無い」

ほむら「でも、あのままだと私は死んでいた。お礼くらい言わせて頂戴」

ウィノナ「…ふん」

ほむら「…ウィノナさん、一ついいかしら」

ウィノナ「かくまってもらった対価は払ったはずだけど?」

ほむら「取り付く島もないわね」

ウィノナ「…等価交換なら別に構わない」

ほむら「じゃあお先にどうぞ」

ウィノナ「なぜお前はダオスを倒そうとする」


二つの意味で受け取れる質問をウィノナはほむらにぶつける。


ほむら「…私自身もダオスを倒すことが正解に繋がっているか分かっていないわ。
    ただ、私はそれでも進むしかないの」

ウィノナ「…アイツを敵だと思う?」

ほむら「ダオスが私たちのことを敵だと思っているのなら、そうなるでしょうね」

ウィノナ「そう…」

ほむら「貴方はダオスに対して…他の人とは違う考え方をもっているようね」

ウィノナ「…」

ほむら「貴方とダオスは一体、どんな関係なの?」

ウィノナ「…あたしは魔王と呼ばれる前のアイツを知っている」


手短にウィノナは語った。普通の人と同じように生活をしていた時のことを。
魔王と呼ばれるきっかけになったことを。

ほむら(恋人…、と表現するのが一番近いのかしら)


ウィノナ「おかげであたしは右肘から先を失い、ダオスもあたしの元から去って行った」

ウィノナ「…人間なんて大嫌いだ。だが、なんでだろうな…お前は他の奴とは違う気がする」

ほむら「そうね。私は人間じゃないから」

ウィノナ「…どういうことだ?」

ほむら「そのままの意味よ。限りなく人間に近い何か…そう思ってくれて構わないわ」

ウィノナ「お前は…一体…?」

ほむら「私の話はどうでもいいわ。それより…貴方はダオスがやっていることが正しいと思う?」

ウィノナ「…彼には彼の正義がある」

ほむら「そうね。でも、間違っている正義を貫き通しても後に残るのは後悔だけよ」

ウィノナ「…」

ほむら「もし、貴方が少しでも彼のやっていることに疑問を抱き、
    間違っていると思うのなら止めてあげなさい」

ウィノナ「止める…あたしが…?」

ほむら「ええ。話し合いででも、力づくでもね」

ウィノナ「魔王相手に話し合いか…」

ほむら「彼のことを魔王だなんて思ってないくせに、よく言うわ」

ウィノナ「ふん…。……着いたよ」


たどり着いた先は、壁のような大きな扉。ほむら達は扉の仕掛けを解除し、先へ進む。
そして、目の前に再び一枚の扉が立ちふさがる。

ウィノナ「この先にアイツがいるはずだ」

ほむら「いよいよね…。アランさん、これで契約満了よ。ここまで着いてきてくれてありがとう。
    キャロルさんも無理言ってごめんなさい」

アラン「そうだな…嬢ちゃんとの契約はこれで終いだな」

キャロル「そんな!?ここまできて引き返せというのですか!?」

ほむら「貴方は私の世話をするように頼まれていたのよね。でも、
    この先には私の仲間たちがいるからもう大丈夫」

キャロル「…ここまで着いてきて帰るわけにはいきません。最後までお世話いたします」

ほむら「はぁ…勝手にして頂戴。……ありがとう、キャロルさん」

アラン「よっしゃ、じゃあ行くか」


先頭に立ち扉を開こうとするアランを見てほむらは止めに入る。


ほむら「貴方も…?貴方との契約は終わったってさっき言ったはずよ」

アラン「嬢ちゃんとはな。だが、俺はあの旦那との契約をまだ果たしてないんだよ」

ほむら「クラースさんとの…?」

アラン「ああ。…『ほむらの手助けをしてくれ』 そう頼まれてる」

ほむら「…本当に…参っちゃうわね……」

ウィノナ「お喋りは終わりだ…行くよ」

ウィノナ(ダオス…あたしは…アンタを……)

アラン「気合いれろよ!開けるぜ!  オラァ!」


アランが勢いよく扉を蹴破る。

蹴破った先にあった光景は

傷だらけの、クレス達の姿だった。

ダオス城 最深部


アーチェは壁際で頭から血を流し、倒れて動かない。

クラースとミントは地面に膝を尽き、肩を上下させていた。

クレスは――首を掴まれ、為す術なく空中に吊り上げられていた。


クラース(来て…くれたか…)

ミント(ほむらさん…!)



ほむらはクレスを掴んでいる男を見る。

長い金髪、荘厳な雰囲気と装飾の施されたマントを纏っている。
そしてほむらも初めて味わう、圧倒的な威圧感。ワルプルギスの夜とは違う、
姿を見た相手全てに畏怖の念を抱かせる…そんなオーラを発している。


ほむら(これが…ダオス)


背中に冷や汗が流れる。自分の命がすでにダオスの手に握られている錯覚を受ける。

あのアランも何も言葉を発さずにダオスを見ている。
タイミングを見計らっているのか…それとも――

ウィノナ「ダオス」


ウィノナが名前を呼んだ。ダオスは掴んでいたクレスを不要な荷物のように地面に投げ捨て、こちらを向いた。
投げ捨てられたクレスは動かない。気を失っているようだ。


ダオス「…君がここまで来るとはな、ウィノナ」


先程の行動とは正反対に、優しい声でウィノナに語り掛ける。


ウィノナ「久しぶりだね」

ダオス「五年ぶり…か」

ウィノナ「そうだね」


ウィノナの口調も変わっている。これが本来の彼女の姿なのだろう。


ダオス「変わってしまったな」

ウィノナ「お互いにね」


ほむらも、キャロルも、アランも…動かずに二人の会話に耳を傾ける。
邪魔をしないように。


ダオス「なぜここに来た?」

ウィノナ「あなたに会いに来たのよ」

ダオス「今すぐ引き返せ」

ウィノナ「嫌よ。あなたに話があるの」

ダオス「…帰るがいい」

ウィノナ「お願い!聞いて!」


ウィノナが声を荒げる。

ウィノナ「ねぇ…!もうやめよう!?全部忘れて…二人でどこかに行こうよ!
     誰も来ない場所で…!二人で暮らそう!」

ダオス「…」

ウィノナ「貴方は本当は優しい人だってわかってる!わかってるから…!こんなことやめて…!私は…貴方が…」

ダオス「すまない、ウィノナ」

ウィノナ「…っ!」

ダオス「もう退くわけにはいかぬ。私は気が付くのが遅すぎたのだ…。人間の愚かさに」

ダオス「人は…この星に棲みつく寄生虫だ。駆除せねば…この星はやがて滅ぶ」

ダオス「…君と行くことはできない」

ウィノナ「…」

ダオス「君のことを手にかけたくない…」

ウィノナ「…なんで一緒に来いって言ってくれないの?」

ウィノナ「なんで…!私のことが必要って言ってくれないの!ねぇ!?なんで!?」

ダオス「…」


ダオスは答えない。ウィノナの想いを拒絶する。

ウィノナ「…わかったよ」

ほむら「ウィノナさん…」

ウィノナ「あたしも人間が大嫌いだ。守りたいとも思わない。何も知らないクセに、
     一人じゃなにもできないクセに誰かとつるんだときだけ態度をデカくして、
     自分の力だって勘違いして他の誰かを傷つけているのも気が付かない」

ウィノナ「そんなやつらがアンタのことを悪く言ってるのが許せない。だから…ダオス。
     アンタをここで止める。人間たちの前に引きずり出して全部話してもらうよ!」

ダオス(もう遅いのだ。余はあの光を見てしまった…)


ダオスが一瞬目を閉じる。そして、何かを決意したように目を開いた。


ダオス「そうか…かかってくるというのなら容赦はせんぞ、人間よ」

ウィノナ「!? ダオス!」


ウィノナが仕込んだボウガンを引き抜き、ダオスに向け撃ちこむ。


戦闘開始だ。

ほむら「アランさん行くわよ!キャロルさんはあの法術師の治療を!」

アラン「…ああ!人のことを寄生虫呼ばわりしやがって!ブッ倒してやるぜ!」

キャロル「わかりました!お気をつけて!」


ほむらはまず、崩れた隊列を立て直すことを最優先に考えた。
前線三人で時間を稼ぎ、ミントを治療することで回復の枚数を増やす算段だ。


アラン「オラァ!」


アランが剣をダオスに向け走らせる。ダオスはそれを剣で簡単に受け止める。


アラン「チッ…!」

ダオス「軽いな…」

ほむら「…!」


ほむらは剣の届かない距離からマシンガンを撃ちこむ。
発射された弾はダオスに着弾することなく、障壁に阻まれる。


ほむら(…さてどうしましょうか)


ほむらは考える。手持ちの武器でどうやったらダオスにダメージを与えられるかを。


ほむら(このままではまず無理ね…。ダオスの力を消耗させないと)

ダオス(…目障りな娘だ)


ダオスはアランの攻撃を捌きながらほむらに視線を向ける。

アランの攻撃の隙をカバーし、後衛への攻撃タイミングを全て邪魔する動きでダオスを牽制していた。


ダオス(余の力を削るつもりか…、だがそこまで遊ばせるつもりはないぞ)


ダオスは剣を振るう。ガードしたアランは耐え切れず弾かれ、距離が開く。


アラン「しまっ…!」

ウィノナ「ダオス!」


ウィノナが背負った一際大きなボウガンを取り出し、ダオスを打ち抜こうとする。


ダオス「遅い」


だがウィノナが攻撃するより一瞬早く、ダオスが詠唱を完成させ魔術を放った。


ほむら「これは…!?」

見たことがある魔術…それが同時に4種類。ほむらは焦る。


ほむら(一度に4つの魔術を…!?まずい…!)

ほむら(避けては駄目…!後ろには…)


後ろにはまだ治療を受けているミントと治療で動けないキャロル。
少し離れ、意識がないアーチェ。そのそばにいるクラースがいる。


頭上から降り注いだ人の頭ほどの大きさの石を右手でたたき割る。
激しく光り、落ちてきた雷を後ろに跳びかわす。盾からハンドガンを取り出す。
うねりを上げて飛んできた火球を左手の盾で受ける。
襲ってきた氷の槍をハンドガンで全て撃ち落とす。


ダオス「やるな…だが」


ウィノナが放った矢を掴み、握りつぶす。
ダオスは両手に力を込める。凄まじい量の魔力が集まる。


ミント「あの光は…!?ほむらさんいけません!逃げて!」

アラン「くそっ!間に合わねえ!」

ウィノナ「逃げろ!」


だが、ほむらは動かなかった。


ほむら(誰を狙う…!?)


ミントとキャロルか…アーチェとクラースか…それとも、ほむらか


ほむら(全員をカバーするためには…!)


ダオス「消えろ、害虫」


ダオスの両手から光が放たれた。その光は尾を引き、レーザーのように空気を切り裂きほむらを襲う。


ほむら(私…!?)

全ての魔力を盾に込め受け止めようとする。しかし――


ほむら「っぐぅぅぅぅ!」


なんとか受け止めながらもズルズル押し込まれていく。


ほむら(まず…い!これは……!)



ミント「ほむらさん!」

キャロル「こっちは終わったわ!あの子の援護を!」

ミント「…はい!」



ダオス「しぶといな」

アラン「オラアアアア!」


アランは攻撃中のダオス目掛けて、全力で剣を振り下ろす。
だが、ダオスの張った障壁に受け止められる。


ダオス「大人しくしていろ。順番に消してやる」

アラン「クソがっ!」



ほむら(!?)


攻撃を受け止め続けるほむらの膝が崩れる。


ほむら(まだ…耐えて…!)

ミント「バリアー!」
キャロル「バリアー!」


そんなほむらを救う、二枚の壁が現れた。


ほむら「ミントさん…!キャロルさん…!」

キャロル「気を抜いてはだめよ!」

ほむら「…はい!」


ほむらは体勢を立て直す。押し込まれることなくその場にとどまり、ダオスの攻撃を受け続ける。


ダオス「小癪な…!」


ダオスは更に魔力を込める。


ほむら「…クッ!」


二人が張ってくれた壁にヒビが入る。ダオスの魔力が上回っていた。


ミント「…これ以上は!」

キャロル「神よ!」

ほむら「…っ!」



ダオス「消え失せるがいい!」


ダオスが光のレーザーを撃ちきる。ダオスの攻撃を阻んでいた壁は砕かれ、ほむらを吹き飛ばした。

ほむら「きゃああ!」


吹き飛ばされたほむらは壁に激突し、崩れた壁が瓦礫となりほむらの身体を覆っていった。


ミント「ほむらさん!」

キャロル「私は他の方の治療に当たります!貴方はあの子を!」

ミント「は、はい!」





ダオス「まずは一人…」

アラン「どこみてやがる!」


再びアランが斬りかかるが、ダオスには届かない。


ダオス「弱いな」

アラン「調子に乗りやがって…!」


響く剣戟の音にクレスは目を覚ます。
見慣れない男がダオスと激しく斬り合っている光景が視界に入り込む。

クレス「…ダオス!」


加勢するべくクレスもダオスに攻撃を仕掛ける。


クレス「お前だけは絶対に…!」

ダオス「寝ていれば楽なものを…」


二人同時に相手するのが面倒なのか、力を込め薙ぎ払う。


アラン「ぐぉ!」

クレス「がぁ!」

ウィノナ「!?」

ダオス「寝ていろ」


更にダオスは拳を握りその拳を地面に打ち付ける。
同時に雷を纏った魔力がドーム状に広がり距離を取っていたウィノナも巻き込み三人を包み込んだ。

ミント「ほむらさん!」


ほむらの元へ駆け寄り、ほむらの身体の上に瓦礫を取り除こうとする。


ほむら『ミントさん…私を見捨てるように振舞って…。そして他の人の治療を頼むわ』

ミント「…!?」

ほむら『反応しないで…ダオスに気が付かれないようにして。私はタイミングを見計らって
    アーチェさんの詠唱を援護するわ。…今は少し魔翌力も回復させておきたいの』

ほむら(以前、マクスウェルに時間停止を使用したら一度で見破られた。
    多用はできないと思っておかないと)


ほむらはそう考え、一度のチャンスを生かすために息を潜めることにした。
魔翌力をかなり消費してしまった為、回復させる時間も欲しかったのだ。


ほむら『だからごめんなさい…少しだけサボるわね。その分あとでちゃんと働くわ』


了承したのか、ミントが立ち去っていく音が聞こえる。


ほむら(みんな、少しの間お願いね)

アラン「っ…いってぇ…」

クレス「ハァ…ハァ…」

ウィノナ「…」

アラン「おい!女!チッ…!ノびてやがるな」

ダオス「他人の心配をしている場合か?」

アラン「!?」


ダオスがアランに詰め寄り、剣を振り下ろす。


アラン「…!くっそ!」


ダオスの攻撃をなんとか受け止めるが、ダメージを受けた身体が悲鳴を上げ簡単に防御を崩される。
その隙を見逃さず、ダオスはアランの鳩尾辺りに拳をめり込ませる。


アラン「カッ…ハッ…」


全身の力が抜ける様に膝から崩れ落ちる。

ダオス「終わりだな」

クレス「…なぜだ」

ダオス「何?」

クレス「なぜお前は世界を滅ぼそうとする!?答えろ!ダオス!」

ダオス「この星を滅ぼそうとしているのはお前たち、人間だ」

クレス「!? …どういうことだ……?」

ダオス「貴様たちは自分がしていることが正義だと思っているのかもしれんが」

ダオス「余も…余の正義の為にこの星を救う」

クレス「正義…だと!?」

ダオス「そうだ」

クレス「戦争を起こし、多くの人間を恐怖に陥れ…そんなものが正義だと!?」

ダオス「そうだ。それが余の正義…悪などとは言わせぬ」



ダオス「この世に悪と呼べるものがあるとすれば、それは人の心だ」

ミント「ナース!」


あたたかく、優しい光が味方全員を包み込む。


ミント(これで…少しは…!)


応急処置に過ぎないが、まとめて全員の傷を癒していく。


ミント(次は…アーチェさんを!)


ミント「アーチェさん!しっかりしてください!」

アーチェ「うぅ…、ミ…ミント……?」

ミント「大丈夫ですか!?しっかりしてください!」

アーチェ「頭が…、っ!アイタタタ…」


アーチェは頭を軽く振り、状況を確認するため辺りを見回した。


アーチェ(知らない人が二人……あれは…ウィノナ…!?)

アーチェ(それに…ほむらちゃん……)


瓦礫に半分ほど埋まったほむらを発見した。


ミント「ほむらさんの意識はあります。少し休む、と」

アーチェ「ははっ…さすがほむらちゃん…こんなときにやられたフリなんてね、っと!」


近くに落とした箒を拾い上げ、勢いよく立ち上がる。


アーチェ「よっしゃ!あたしも働かないとね!」


少しずつ、隊列が立て直されつつあった。

クレス「人の心が…悪だって…?ふざけるな!」


クレスが激昂し、ダオスに斬りかかる。


クレス「誰かを守ろうとする心が!誰かを助けようとする心が!誰かを信じる心が!
    …それを悪だなんて絶対に言わせない!」


ミントの唱えた法術が、クレスの身体を優しい光で包み込んだ。


クレス「…ミント!」

ダオス「小賢しい」

アラン「おらよ…っと!」


回復したアランも立ち上がり、クレスに加勢する。


アラン「思いっきり腹殴りやがって…!万倍にして返してやるぜ!」

ダオス「潰しても潰しても湧いてくる…まさに虫だな」

アラン「虫に噛まれるとよぉ!意外と痛いってこと教えてやんよ!」

クラース「この指輪は御身の目。この指輪は御身の耳。この指輪は御身の口。
     我が名はクラース。指輪の契約に基づき、この儀式を司りし者。我伏して御身に乞い願う。
     我盟約を受け入れん・・・我に秘術を授けよ!」

クラース「マクスウェル!」


クラースに召喚された四大元素を総べる精霊、マクスウェルはクレス達を苦しめた球体を生み出し、
ダオスに撃ちだす。

クレス達の攻撃の手数が増え、少しずつダオスが劣勢に回る。


ダオス「ちぃ!」


初めてダオスが苛立ったような声を発した。


アラン「おいひよっこ!」

クレス「!?」


自分の事なのだろうか少し反応することに戸惑ったクレスだったが、その声に反応した。

クレス「何ですか!?」

アラン「なんだその剣の振り方は!?びびってるんならさっさと消えろ!」

クレス「…恐れてなんていません!」

アラン「ハッ!そうかい!じゃあテメェはその程度の腕ってことだな!」

クレス「何!?」

アラン「俺が手本を見せてやるぜ!」

クレスに向かい言葉を放ち、地面を蹴り宙に舞う。


アラン「オレ流!虎牙破斬!」


体重を乗せた斬撃を受け止めたダオスだったが、先ほどと違い簡単に払いのけることはできなかった。


ダオス「貴様っ!」

クレス(今のは僕の…!いや!アルベイン流の!)


クレスは隣で戦っている男の正体が少し見えてきた。


クレス(情けない姿を見せるわけにはいかない…!)


この人にとっての、未来のアルベイン流を見せて落胆させたくなかった。


クレス「魔神!飛燕脚!」


剣気を飛ばし、さらに追撃するように空中で蹴りと剣のコンビネーションで攻め立てる。


アラン「ハハッ!面白ぇ!俺と同じ技を使うやつがいるなんてな!」

アーチェ「レイ!」


無数の光の雨がダオスに向かって降り注いだ。


ダオス「ぬぅぅ!」


少しずつ、ダオスにダメージを与えていく。


クラース「アーチェ!私はルナの召喚に入る!少しの間頼んだぞ!」

アーチェ「あいよ!任された!」



ダオス「調子になるなよ害虫が!」


再びダオスが拳を地面に打ち付けようとした。その動きをみたアランとクレスは思わず距離を取る。
しかし、それがダオスの狙いだった。


ダオス「かかったな」

クレス「!?」

アラン「!?」


ダオスの手に集まる魔力。先程ほむらを吹き飛ばした魔力を込めたレーザーだ。


ダオス「消えよ!」


クレス達を消し去るレーザーが放たれた。

クレス「守護方陣!」


咄嗟にクレスは剣を地面に突き刺し、障壁を作り出した。


アラン「へえ!そんなこともできんのか!…こうかよ!」


見様見真似でアランも障壁を作り出す。


クレス「ぐうううううう!」

アラン「これは…きついぜ……!」

ダオス「そう何度も防げるものではないぞ!虫が!」

クレス「…守るんだ!」

クレス「絶対に!」

クレス「守るんだあああ!」


クレスの作り出した障壁がダオスの攻撃を押し返す。


ダオス「ば、馬鹿な!?」

アラン「へっ!やっぱり俺には守るなんて向いてねぇな!」


その様子をみたアランは剣を引き抜き、力を溜め始める。

アラン「お前!名前は!?」

クレス「…クレスです!」

アラン「そうか!俺はアランだ!おいクレス!お前は何のために剣を握ってる!?」

クレス「僕は…!」

クレス「みんなを守るために!」

アラン「なるほどな!俺は自分の為だ!剣を握る理由なんてテメェの都合次第だが!
    目的を忘れるんじゃねぇぞ!」

クレス「!?」



クラース「この指輪は御身の目。この指輪は御身の耳。この指輪は御身の口。
     我が名はクラース。指輪の契約に基づき、この儀式を司りし者。我伏して御身に乞い願う。
     我盟約を受け入れん・・・我に秘術を授けよ!我が手の内に御身と、力と、栄え有り!
     きたれ、月の精霊!ルナ!」


呼びかけに答え、姿を現した月の精霊は天から光の柱を振り落す。

ルナの攻撃によってダオスは攻撃を中断し、防御に回った。

ダオス(なぜだ!なぜ精霊が人間に味方をする!?)


信じられないといった表情でダオスはルナの攻撃に耐えていた。


アラン「女!仕掛けるぞ!援護しろ!」


キャロルの方を向いて叫ぶアラン。


キャロル「そんな!?今近づくのは…!」

アラン「今が最大のチャンスなんだよ!あいつは防御にいっぱいいっぱいで手を出せねえ!」

キャロル「ですが…!」

アラン「いいから俺を信じろ!渾身の一撃をぶつけてやっからよ!」

キャロル「…わかりました!シャープネス!」


アランの身体に力が湧いてくる。

アラン「ナイスだキャロル!…クレス!お前に俺のとっておき見せてやるぜ!」


攻撃のタイミングを見計らっていたクレスにアランは自信ありげに告げた。

光の柱が降り注ぐ。その合間をかいくぐるようにアランは突っ込んだ。


ダオス「何!?」

アラン「万倍にして返すっていったよなぁぁ!?魔王さんよぉぉ!?」

アラン「オレ流超裏必殺合体技!」

アラン「冥!空ゥ!斬!翔!剣ェェェェェェェェェん!」


袈裟斬りを重ね、更に下から突き上げる様に剣を振り上げた。

アランの渾身の一撃を受け、ついにダオスの防御が崩れた。

ダオス「ちぃ!だが――



ほむら(今ね)


ダオスが防御が完全に崩れたのを確認し、ほむらは時間を停止させる。
アーチェに近づき、彼女に時間を与える。


アーチェ「お、来たね!ほむらちゃん!」

ほむら「ええ、お待たせしてごめんなさい。アーチェさん頼んだわよ」

アーチェ「ふっふーん!このアーチェさんに任せなさい!エースだしね!」


回復した魔力を時間停止に回す。全てはアーチェの呪文のために。


アーチェ「ほむらちゃん」

ほむら「? どうしたの?早く詠唱を」

アーチェ「来てくれるって信じてたよ」


ニッコリ笑い、ほむらに言葉を贈る。そしてアーチェは呪文の詠唱に入った。


ほむら「…私もみんなが信じてくれてるって信じていたわ」


アーチェの邪魔にならないよう、小さな声で言葉を返した。




ダオス「まだ!――!?」

ダオス(なんだ!?今の感覚は!?時が……)

そしてダオスが気付く。アーチェの練りに練った魔力を。
先程まで瓦礫に埋まっていたほむらがアーチェのすぐ側にいることに。


ダオス(いつの間に!?)

アーチェ「天光満つるところにわれはあり

     黄泉の門開くところに汝あり

     運命の審判を告げる銅鑼にも似て

     衝撃をもって世界を揺るがすもの

     こなた天光満つるところより

     かなた黄泉の門開くところへ

     生じて滅ぼさん!」


ダオス「!?」


クレス「アーチェ!」



アーチェ「りょーかい♪」



アーチェ「出でよ!神の雷!…インディグネイション!」


眩い神の雷が降り注ぐ。凄まじい爆発を起こしダオスの身体を飲み込む。

ダオス「があああああ!」


クレス「ミント!頼む!」

ミント「はい!クレスさん!シャープネス!」



クレス「アランさん!これが僕のみんなを守る為の剣です!」

アラン「へっ!さっさとやっちまえ!」

クレス「うおおおおおおおおおおおお!」


クレス「虎牙!破斬!」


無防備なダオスの身体を切り上げ、更に切り下げる二連撃を叩きこんだ。


ダオス「ガハッ!…これで終わったと思うなよ…人間!」


ダオスは倒れているウィノナを見た。いつ気が付いたのだろうか、ウィノナと視線が合った。


ウィノナ「ダ……オス………」





アラン「とどめだ!」

クレス「はああああああ!」




ダオス(さらばだ…ウィノナ…)



クレスとアランの攻撃はダオスに届かず、ダオスはこの時間から姿を消した。

日付変わる頃にこれたらまた続き投下します

続き投下します。

ミッドガルズ



アーチェ「ほむらちゃん、本当に大丈夫なの?」

ほむら「ええ。心配してくれなくてもいいわ」

クラース「倒れて、戦争に参加して、再び倒れて、ダオスと戦った。ハードスケジュール過ぎだな…」

ほむら「そう言われると自分でも生きているのが不思議に思えてきたわ…」

ミント「ですが…本当によかったです」

クラース「そうだな。ダオスには逃げられてしまったが仕方がない。
     次に繋がったと前向きにとらえよう」

ほむら「今までずっと時間を巻き戻してワルプルギスの夜から逃げていたけど
    …こうやって追う側になるなんてね」

クラース「次で終わらせてしまえばいい。ダオスもワルプルギスの夜もな」

ほむら「そうね…。じゃあこの時間でやるべきことをさっさと済ませてしまいましょう」

アーチェ「ユニコーンか…。本当にいるのかな」

クラース「それを今から確かめに行くんだ」


ユニコーンに会うため、クラース達は白樺の森に向かう。だがそこにクレスの姿は無かった。

ミント「…」

クラース「クレスがいなくて心配か?ミント」

ミント「あ…い、いえ!そんなことはありません」

ほむら「少しは心配してあげないとクレスさんが可哀想よ」

ミント「え…っとその…あの…」

アーチェ「はいはい!ミントをいじめるの御仕舞!」

クラース「そうだな。…ほむら、クレスがいなくて前衛を任せることになる。
     負担が増えて申し訳ないが…無茶はするなよ」

ほむら「ええ、覚悟しているわ。クレスさんも遊んでいるわけじゃないんだし、
    私も頑張らないと」

クラース「そうだな…。よし、じゃあ出発だ」


アラン「甘ぇよ!」


アランの猛攻をクレスは必死にさばいていた。


クレス「くっ!?」

アラン「ひよっこが!」


振り下ろされた一撃をクレスが剣で受け止めた。
アランはガラ空きになったクレスの腹部目掛けて蹴りを叩き込む。


クレス「がはっ!…ゲホッゲホッ!」

アラン「おいおいもう終わりかよ?稽古つけてくれっていったのはそっちだろうが?」

アラン「それにさっきから同じパターンに何度引っかかってんだよ?いい加減飽きてきたぜ」

クレス「…すいません……まだ…やれます!」

アラン「そんな宣言いらねぇからさっさとかかってこいや」

前日 夜


クレスはアランにある頼み事をした。

稽古をつけてくれと。

そして…あの技を教えてくれと。


アラン「やだよめんどくせぇ」

クレス「お願いしますアランさん。僕にはあの力が必要なんです」

アラン「タダ働きはしねぇ主義なんだよ」

クレス「…」

ほむら「いいじゃない?減るもんじゃないし」

アラン「嬢ちゃんは黙っておきな」

ほむら「剣術道場を開きたいのでしょう?他人に教えることに慣れておいた方がいいと思うけど?」

アラン「チッ…」


酒場で酒をあおっているアランに、クレスとほむらが押しかけた。
だがアランは一向に首を縦に振ろうとしなかった。

アラン「…だめだだめだ。やっぱりお前にゃ無理だ」

クレス「どうしてそう言い切れるんですか…」

アラン「あの技はお前向きじゃない。それだけだ」

クレス「そんな…」

クラース「まぁそう言わずに試してやってもいいのではないか?アラン殿」

アラン「ハッ…旦那も登場か」


会話の途中でクラースが乱入してきた。どうやらクラースも酒を飲みにきたらしい。


クラース「酒呑み同士のお願いだ、聞いてやってはくれないだろうか」

アラン「ダメだね。それに旦那にゃまだあの時の金を払ってもらってねぇしな」

クラース「ああそうだったな。色々立て込んでいたものでつい、な…」

アラン「別に急ぎゃあしねぇからいいけどよ…。払ってもらえさえすりゃあ」

クラース「そうか、それは助かる。まあ契約はまだ満了していないわけだしな」

アラン「…はっ?」

酒を飲もうとしたアランの動きが止まる。
聞き間違いだったのか、確かめる様にクラースに訊ねる。


アラン「今…何て言ったよ?」

クラース「契約はまだ満了していないと言ったんだが?」

アラン「ふざけんなよ!?どう考えても終わってんだろうが!?踏み倒す気かよ!」


思わずアランが声を荒げ、クラースに詰め寄る。


クラース「だから金はちゃんと払うと言っただろう?落ち着け」

アラン「…満了してないってどういうことだよ?」

クラース「私はほむらの手助けをしてくれと頼んだ、そこまではいいか?」

アラン「ああ」

クラース「我々はまだ旅の途中でな…クレスのはまだまだ強くなってもらわないといかん。
     クレスが強くなれば、ほむらの負担も減る。彼女の手助けになるということだ」

アラン「屁理屈すぎて言葉もでねぇな」

クラース「そうか…だがこちらの意向を確認しなかったアラン殿にも不備があったと私は思うのだが」

アラン「…くそが」


アランは不機嫌そうにグラスの酒を一気に流し込んだ。

ほむら「アランさん、私を助けて、お願いよ」

アラン「無表情で棒読みで言うんじゃねぇよ」

クレス「アランさん…」

アラン「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ」


アランはとてつもなく長い溜息を吐いた。


クラース「クレスとの稽古に付き合ってくれたら金は支払う。約束しよう。
     それとここの飲み代も私がもとう」

アラン「わかったよやりゃあいいんだろやりゃあ」


アランが折れた。ボトルからグラスに酒を注ぐ。


アラン「徹底的にしごいてやるからな…覚悟しろよひよっこが」

クレス「はい!ありがとうございます!よろしくお願いしますアランさん!」

アラン「しごくって言ってるのに喜んでんじゃねぇよ馬鹿が」

ほむら「アランさん、助けてくれて、ありがとう」

アラン「嬢ちゃん…お前ももう黙れ」


今のやりとりで更にクレスをしごいてやろうと決意したアランだった。

アラン「おらよ!」

クレス「うわっ!」


アランの一撃に防御しきれず、クレスは倒れこむ。


クレス「はぁはぁ…!くそっ!」

アラン「今ので13回目のダウンだぜ。戦場なら13回死んでるってことになるな」

クレス「…」

アラン「まぁ安心しな。俺クラスに強いやつなんてなかなかいねえからな」

クレス「でも…」

アラン「はぁ…。大体ダオスも消えちまったんだし強くなってどうするんだよ?
    俺に比べたらまだまだだがお前もその辺のやつには負けねぇだろ?」

クレス「…」


クレスは答えない。答えれない。これからダオスを追って時間を超え、
再びダオスと戦うとは言えなかった。


アラン「チッ…お前ら都合の悪い話になるとすぐだんまりこきやがる」


アランは一旦休憩、と言わんばかりにその場に座り込み水筒を取り出し口を付けた。

アラン「お前は不安定すぎるんだよ」

クレス「…えっ?」

アラン「ダオスの攻撃を防いだときからの動きはまあよかったが他は全然だめだ。
    大体ピンチにならないと本来の力が出ないなんて後衛側にとっちゃ不安以外の何物でもねぇよ」

クレス「…っ!」


アランの厳しい指摘に言葉が出ない。
自分の実力の無さにではなく、後衛を危険に晒しているという言葉に
ショックを隠せなかった。


アラン「テメェは常に何の為に剣を握っているから頭の片隅に叩き込んでろ。
    絶対に忘れるんじゃねぇぞ」

クレス「…はい!」

アラン「…休憩は終わりだ。続きやんぞ」

クレス「わかりました!」


二人は立ち上がり、剣を握る。

白樺の森


ミント「それでは行ってまいります」

クラース「頼んだぞ」

ほむら「行ってらっしゃい。二人とも」

アーチェ「…」

ほむら「アーチェさん?」

アーチェ「え、ああ…うん!行ってくるね!」


ほむら(汚れない清らかな乙女…か)


自分には縁の無い話だな、とほむらは思っていた。
クラースに『ほむらはいかないのか?』と尋ねられたが『私が行ってもどうせ会えないわ』と即答した。


ほむらとクラースは地面に腰を下ろし、のんびり二人が帰ってくるのを待っていた。

ほむら「久しぶりに…のんびり過ごしている気がするわ」

クラース「ああ。ずっと過密なスケジュールだったからな」

ほむら「ユニコーンに会って、ユグドラシルの所までいって…トールへ向かう。この時代でやり残したことはそんな所かしら?」

クラース「そうだな。まぁ私はダオスを倒したらこの世界に戻ってきてからやることはたくさんあるがな」

ほむら「そうね…この時代はダオスの爪痕が深く残っているわ」

クラース「ダオスの臣下がダオスの腰の重さにしびれを切らし、
     人間と密約してダオスを無理矢理動かした。…どの組織も一枚岩ではいかないもんだな」

ほむら「ただ…、ダオスに対する信仰心は本物だったのでしょうね」

クラース「だな。城に潜り込んでいた魔物は全て自害…真偽は不明だがな」

ほむら「ライゼンはどうなると思う?」

クラース「判断が難しい所だな…。あいつの愛国心も本物だった」

ほむら「あの国は一体どうなるのかしら」

クラース「分からん。それよりも私はまず学会の連中の驚く顔が見たくて仕方がないさ」

ほむら「あら?そっちのほうが重要なの?」

クラース「当たり前だ。どう切り出してどの順番で精霊を見せびらかせてやろうかとすでに考えているくらいだ」

ほむら「困った人ね。…そういえば、アランさんとはどうやって知り合ったの?」

クラース「なに、出発前夜に一杯ひっかけようと酒場に向かったら酔っぱらって暴れている
     アラン殿を見つけてな。止めるついでに愚痴を聞いたらお前の話題が出てきた」

ほむら「…随分怒りを買ってしまっていたみたいね」

クラース「いや、少し上機嫌にも見えたぞ?『この俺を一杯食わせるなんてな』なんて言ってたからな。
     お前の事を認めていたようだ」

ほむら「…光栄な事だと思っておくわ」


久しぶりに他愛のない話を堪能したほむらの元に、アーチェが木々の間を縫うように飛んできた。


アーチェ「二人とも来て!魔物が!」

ほむら「やれやれ…のんびりさせてくれないわね」

クラース「ぼやくな。さっさと片付けるぞ」



クレス「はぁっ!」

アラン「おっと!」


クレスの攻撃が空を切る。


クレス「まだ!…飛燕連脚!」

アラン「おいおい…それはそんな技じゃ…ねえよ!」


クレスのコンビネーションの間にいとも簡単に割り込み、
見せつけるかのようにアランも同じ技を繰り出した。


クレス「がっ…!」

アラン「技を撃つなら決めきるつもりで出せ!技には隙が付き物だがそれ以上に見返りが
    あるから撃つんだろうが!」

クレス「!?」

アラン「そんな腑抜けた気持ちで俺の技を使うんじゃねぇよ!不愉快極まりないぜ!」


アランは一気にクレスとの距離を詰め、懐に飛び込んだ。


アラン「オレ流!獅子戦吼!」


闘気を押し出し、体当たりのような形でクレスにぶつかり、弾き飛ばす。


クレス「ぐぅぅ!」


これで何度目だろうか、クレスの足の裏が地面から離れた。


クレス「ハァ…ハァ…ハァ…!」

アラン「…駄目だな」

クレス「…えっ……」

アラン「やっぱりお前には駄目だ。これ以上は意味がねぇ」

クレス「そんな!?僕は…まだ…!」

アラン「お前は甘い。甘すぎる」

クレス「!?」

アラン「剣を扱う人間にしちゃあ優しすぎるんだよ」

クレス「…」

アラン「これ以上は伸びねぇよお前は。限界だ」


そんな厳しい言葉をぶつけられてもクレスは諦めない。
身体を起こし、剣を握る。


クレス「諦めません…!」

アラン「…」

クレス「僕は絶対に…諦めません!」

アラン「お前が諦めないのは勝手だけどよ、お前に付き合わされるあいつらが可哀想だぜ」

クレス「!」

クレスは少しの間、下を向き俯いていた。
そして…何かを決意したかのように顔を上げた。


クレス「アランさん」

アラン「何だよ」

クレス「あの技を僕に向かって撃ってください」

アラン「!?」


クレスの提案に驚くアラン。クレスは真っ直ぐにアランを見ていた。


アラン「死ぬぞ?」

クレス「…そうなるかもしれません。でもここで強くならないとみんなを死なせてしまうことになります」


次にダオスと戦うときはアランも、キャロルも、ウィノナもいない。
この時代で戦った時よりこちらの戦力は確実に落ちている。


クレス「僕はここで死ぬわけにはいかない!強くならないといけないんだ!
    だからアランさん!お願いします!」

アラン「…ったく」



アランが深く腰を落とす。あの技の構えだ。


アラン「死んでから文句言うんじゃねぇぞ」

白樺の森


ほむらが二体の魔物に対して突っ込む。狙うは右の魔物だ。
魔物が手に持った鞭をしなりをつけ、振り払う。
その攻撃をほむらはしゃがんで避ける。もう一体の魔物も近づいて来た。

同じく鞭でほむらを狙い、振り抜こうとしたその瞬間をほむらは狙った。
ハンドガンで鞭を握っていた手を撃ち抜く。痛みに顔を歪ませる。

動きを止めず最初に狙った魔物に接近する。魔物は腕を振り上げ
攻撃しようとしたがほむらとの距離が近すぎて攻撃できない。

ほむらは鞭を持っている手を掴み、身体を密着させる。
下あごにハンドガンを突きつけそのまま引き金を引く。

魔物の頭部から血の花が咲いた。

手を撃ち抜かれた魔物が反対の手に鞭を持ち直し再びほむらに
対して攻撃をしかけようとした。


クラース「マクスウェル!」


一足早く詠唱を終わらせ、召喚されたマクスウェルの生み出した
球体に押しつぶされもう一体の魔物も絶命した。


ほむら「お疲れ様」

クラース「お前もな。ほむら」

アーチェ「いやー助かったよ二人とも」

ミント「ありがとうございました」

ほむら「ユニコーンは?」

ミント「大丈夫です。…あちらに」


ミントが指差した先に、湖の中からこちらを見ているユニコーンがいた。

ほむら「よかった…会えたのね。じゃあ私は先に戻っているわ」


そういい、立ち去ろうとしたほむらをユニコーンが止めた。


ユニコーン「待ちなさい。少女よ」

ほむら「?」

ユニコーン「貴方は…自分が汚れきっていると思っているでしょう」

ほむら「…思っているんじゃないわ。事実よ」

ユニコーン「あなたは罪を犯した事に対し、後悔することを一度諦めた。
      ですが今貴方はそう思ってはいないでしょう」

ユニコーン「自分の罪と向き合い、貴方は変わろうとしている。
      全ての罪が消えるとは言い切れません…ですが、全ての罪が消えないと思わないでください。」

ユニコーン「私は貴方の全ての罪が消えることを願っています」

ほむら「…そんな日がくるのかしらね」

ユニコーン「貴方次第です。…許されないでいいという考えはお捨てなさい」

ほむら「…忠告ありがとう。でも、それは全てが終わってから考えるわ」

ユニコーン「心の片隅に留めておいてください。…決して忘れぬように」

ほむら「わかったわ。ユニコーン」




アラン「手加減しねえぞ」

クレス「望むところです」



腰を深く落としていたアランが更に少し、腰を落とす。

――来る


アランは地を蹴った。力を込めた剣の柄を握り直す。

全身の力を込めて振りかぶる。

その時、アランが見たクレスは、目を瞑っていた。



クレス(僕は――)

クレス(強くなる――!)

クレス(強くならないと―――!)


目を開く


クレス「いけないんだああああああああああああああああああああ!」

アラン「ひよっこがあああああああああああああああああああああ!」



二人の剣が、交差する



アラン「おい!起きろひよっこが!」


拳骨をクレスの頭に見舞う。


クレス「あ痛っ!……僕は…」

アラン「ちっ…気持ちよくのびやがって」

クレス「すいません…」


頭を押さえて、起き上がろうとした時だった。

クレスは自分の剣の根本付近から上が無くなっていることに気が付いた。


クレス「剣が…」

アラン「折れちまったみてぇだな。まあ俺の攻撃をまともに受け止めてそれだけで済んだんだ。
    ラッキーだったと思いな」

クレス「…はい。剣はまた新しいのを探せばいいですから」

アラン「まぁ授業料ってやつだ」


鼻で少し笑い悪びれも無く告げ、真剣な顔つきになりアランは続ける。

アラン「俺のあの技は誰かの為にじゃねぇ。自分の為の技だ」

アラン「自分が勝ちたいから、自分が負けたくねぇからそれだけに編み出した技だ」

アラン「だからお前には無理だと思ったんだよ」

アラン「お前は常に誰かの為に戦っていたようだしな」

クレス「自分の為…」

アラン「お前らの仲間も充分強ぇ。常に守られなくてもいいくらいにな。
    本当に危険な時だけ守ってやれ。
    自分を磨け。いつでもこれくらいの力を出せるようにな」

クレス「…アランさん」

アラン「なんだよ?」

クレス「ありがとうございました」

アラン「…仕事をこなしただけだ。礼はいらねぇよ」

ミッドガルズ城 夜


ミッドガルズ最後の夜だ。明日はここを経ってユグドラシルを目指す。

ほむらはあてがわれた個室のベッドに寝転びぼんやりと天井を眺めていた。


ほむら(色々あったわね…)


まだ旅の途中だが、そんなことを考えていた。

そんなとき、窓を叩く音が聞こえてきた。


ほむら「…はぁ、ちゃんと扉から入ってきなさい」


姿を見ずにそう告げる。窓が開き、ウィノナが入ってきた。


ほむら「かくまわないわ。出ていきなさい」

ウィノナ「別に逃げ込んできたわけじゃないわ」

ほむら「あらそう?…何か飲む?」

ウィノナ「いらない」

ほむら「じゃあ紅茶でも淹れるわね」

ウィノナ「人の話を聞きなさい」


ウィノナの話を完全に無視してほむらは盾からティーセットを取り出す。


ウィノナ「…手品か何か?」

ほむら「種も仕掛けもないけどね」


手慣れた手つきで二人分の紅茶を用意する。

ほむら「…随分ととげとげしさが消えたわね」


ほむらはウィノナの雰囲気が変わったことに気が付いた。


ウィノナ「私のやりたいことはもう終わったから」

ほむら「そう…。……私も貴方と同じことをしていたわ」

ウィノナ「?」

ほむら「気持ちを変えるために容姿を変えて、喋り方を変えて…そんな努力をしたわ」

ウィノナ「…そうか」


ウィノナはほむらから手渡された紅茶に口を付けた。


ウィノナ「…美味しい」

ほむら「そう?お口に合ってよかったわ」

ほむら「これからどうするの?」

ウィノナ「さぁね…とりあえず適当にフラフラしようと思うわ」

ほむら「相変わらず人間は嫌い?」

ウィノナ「…ええ。好きにはなれそうにないわね」

ほむら「別に好きになる必要はないんじゃないかしら?普通でいいんじゃない?」

ウィノナ「普通か…難しいね」

ほむら「アーチェさんとは話はしたの?」

ウィノナ「まぁ、少しは」

ほむら「何?あの子が苦手?」

ウィノナ「そうじゃないわ…ただあの子を見るとリアを思い出すから」

ほむら「…」

ウィノナ「こっちはまだまだ時間がかかりそうだわ。数少ない友人だったから」

ほむら「知人を失うのは悲しいものね…」

ウィノナ「…ほむらも?」

ほむら「ええ。…沢山ね」

ウィノナ「…」

ウィノナ「ねぇ、一つ聞いていい?」

ほむら「ええ、どうぞ」

ウィノナ「貴方は一体何者なの?」

ほむら「…」

ほむら「私はね、この世界じゃない別のところから来たの。人間のように見えるけど実際は違う。
    この肉体はただの器のようなものなの。それに私は時間を繰り返すことができて何度も何度も」

ウィノナ「…はぁ。わかったわ。もういいよ」

ほむら「あら?本当のことよ?」

ウィノナ「過去から来たとか未来から来たならまだわかるよ。ただ他の世界って…」

ほむら「じゃあ実は私は野良猫で…」

ウィノナ「それは私の話だろ。っていうか私は猫じゃない」


紅茶を飲み一息つくと、少し照れくさそうに会話を再開させる。

ウィノナ「…ありがとう」

ほむら「えっ?」

ウィノナ「ダオスのこと」

ほむら「…」

ウィノナ「止めてくれて感謝してる」

ほむら「本当に、これでよかったの?」

ウィノナ「多分…ね」

ウィノナ「ダオスは私を求めてくれなかった。私が求めても答えてくれなかった」

ウィノナ「だから…後悔はしないよ」

ほむら「そう…」

ウィノナ「…分かったこともあるしね」

ほむら「何の事?」

ウィノナ「やっぱり私はアイツのことが好きだったんだな、って」

ほむら「あらあら、ノロケ話かしら?」

ウィノナ「何とでも言いなさい。…好きだったからアイツが悪く言われるのが許せなかったし。
     まぁ仕方ないんだけどね。そう言われてもさ」

ウィノナ「そろそろ行くね」

ほむら「別にここで寝ていってもいいわよ。私の部屋じゃないけど」

ウィノナ「誰かさんみたいに抱き付いて寝る趣味なんてないんでね」

ほむら「迷惑してるわ」

ウィノナ「本当に?」

ほむら「…本当よ」

ウィノナ「フフッ…嘘が下手だね」

ほむら「…五月蠅いわね」

ウィノナ「そうだ…ほむらにこれあげる」

ほむら「これは?」


ほむらはウィノナから透明のカプセルのようなものを受け取る。
中を除くと液体が波を打っていた。


ウィノナ「マナを超圧縮して液体化させたものだよ。ダオスにとってた物だったんだけどさ…、
     結局渡せず仕舞いだったわ」

ほむら「…ありがとう。貰っておくわ」

ウィノナ「…何だろうな。やっぱり私はなぜだかほむらのこと嫌いになれなかったよ」

ほむら「言ったでしょう?私は人間じゃないって」

ウィノナ「人間だよ…私なんかよりよっぽどな。じゃあねほむら。
     なんかもう二度と会えない気がするから言っておくよ。さよなら。元気でね」

ほむら「…ええ。ありがとう。ウィノナさんも元気でね。…さようなら」


野良猫が野に帰っていく。
以前と同じく、ウィノナが出ていき開いたままになった窓をしばらくほむらは見つめていた。


ミッドガルズ城


クラース「二人とも、協力してくれて感謝する」

アラン「はん…最後までコキ使いやがって」

キャロル「もう…アランさん」

クレス「アランさん、本当にありがとうございました」

アラン「そういうのはいらねぇって言っただろ」

アーチェ「まーまー、そう言わずにちゃんと受け取ってよ」

アラン「フン…」

ほむら「あら?照れているのかしら?」

アラン「照れてねぇよ!…全くよ」


キャロル「ミント、貴方は一体どこであれだけの法術を身に着けたの?」

ミント「…あ、えっと…その。……独学で、です」

キャロル「…凄いわね。一人でそこまで法術を扱えるようになるなんて」

ミント「いえ…私なんてまだまだです」

キャロル「そう言わないの。貴方の力でみんなは守られたのだから」

ミント「キャロルさんのお力もあったからです。ありがとうございました」

キャロル「いえいえ。これからも頑張ってねミント」

ミント「はい」

アラン「じゃあ行くわ」

クレス「はい。どうかお元気で」

アラン「ひよっこに心配されなくても元気にやるさ。まだやりたいことが
    残っているからな」

ほむら「あなたの門下生がちゃんとついていけるか心配だわ」

アラン「うっせーな。相手みて教え方変えるに決まってんだろ」

ほむら「そんなに器用な風に見えないけど」

アラン「…ホントにいっぺんぶっとばすぞ」

アーチェ「ちょっと!ほむらちゃんに手出したら怒るよ!」

アラン「はぁ…てめぇらといると調子狂うぜ…。じゃあな」


振り返って立ち去ろうとしたアランだったが、不意に立ち止まり振り返った。


アラン「おいひよっこ」

クレス「はい?……っと…。これは…!?」


アランが自分の持っていた剣をクレスに投げつけた。


アラン「やるよ。餞別だ」

クレス「でもアランさんは…」

アラン「俺はその辺の剣で十分やっていけるからな。お前と違って」

クレス「うっ…。…有り難く頂戴します」

アラン「じゃあな!…クレス!自分を磨くのを忘れるなよ!」

キャロル「あ、ちょ…ちょっと待ってください!では皆さん失礼します!お元気で!」

ミント「行ってしまいましたね…」

クラース「ああ。しかし、変な気分だっただろう?自分の先祖と顔を合わすのは」

クレス「そうですね。ですが、会えてよかったです」

ミント「私もです」

ほむら(これも…変わった歴史の一部なのかしら)

アーチェ「さぁ…って!あたしたちも行こっか!」

ほむら「そうね。やるべきことを済ましてしまいましょう」

クラース「その為にはまずフレイランドを越えないといけないんだが」

ほむら「…」

ミント「ほ、ほむらさん?」

ほむら「…大丈夫……心配いら…ない…わ…」

アーチェ「段々小声になるのやめよ?」

ほむら「……ぇぇ…」

アーチェ「最初から小声で話すのもやめよ?」

ほむら「…」

アーチェ「頑張ろ?」

ほむら「……うん」

精霊の森


ミント「ヒール!」


ユニコーンの角で強化されたミントの法術が、ユグドラシルを包み込む。
枯れようとしていたユグドラシルが見る見るうちに緑を取り戻していく。


クラース「成功か」

アーチェ「やったねミント!」

ほむら「すごい、力強い緑…それに…」

クレス「ほむら?どうかしたのかい?」

ほむら「私も…力が溢れてくる、は言いすぎだけど…マナに包み込まれている感じ」

アーチェ「あ、あたしもそんな感じ!」


マーテル「ありがとうございました…旅のお方」

クラース「!? 貴方は…精霊か?」

マーテル「そうです。私はこのユグドラシルに宿る精霊、マーテルと申します」

マーテル「私の命も尽きようとしていました。ですがあなたのお蔭で助かりました。
     ありがとうございます」

ミント「いえ、私達にもこの樹は必要でしたので」

ほむら「マーテル。あなたの命が尽きようとした原因はやはり魔科学なのかしら?」

マーテル「そうです。…あの力はこの星を滅ぼす可能性があります」

ほむら「強大な力に目が眩み、自分たちの住んでいる所を蝕む。…どこの世界も同じね」

クラース「君の世界にも同じような物があるのか?」

ほむら「似ているといえば似ているわ。環境を壊し、空気を汚す。豊かで便利な生活の代償ね」

クレス「…ダオスは僕たちのことを寄生虫だと言った。いつかはこの星を滅ぼすと」

ミント「私たちは…正しいことをしているのでしょうか」

クラース「少なくとも、人類を滅ぼそうとしているダオスのほうが正しいとは言えないさ」

アーチェ「そうだね。まずダオスを止めないと」

クラース「ああ…ではマーテル。我々はこれで失礼する」

マーテル「ありがとうございました…お気をつけて」

ヴェネツィア


「皆さん!お久しぶりです!」

ミント「貴方は…エルウィンさん!?お久しぶりです」

エルウィン「よかった!こんないいタイミングに再び会えて!」

ミント「いいタイミング…ですか?」

エルウィン「明日…僕とナンシーの式を挙げます。是非皆様にも参列していただきたくて」

クレス「それは…本当におめでとうございます。エルウィンさん」


ほむら「こちらの方は?」

クラース「ああ、ほむらは会ったことが無かったな。彼はエルウィン、この街の貿易会社の社長の息子だ。
     旅の途中に何度か顔を合わせて相談に応じてる内にゴールインしていた、という所だな」

ほむら「あら、なかなか素敵な話ね」

エルウィン「こちらの方は?」

ほむら「初めましてエルウィンさん。私は暁美ほむらといいます。この度はおめでとうございます」

エルウィン「これはご丁寧にどうもありがとうございます。貴方も是非参列していってください」

ほむら「あら、いいんですか?」

エルウィン「勿論です。恩人の仲間の方もまた恩人なのです」

ほむら「では喜んで参加させていただきます」

エルウィン「ありがとうございます。すぐ今晩の宿の手配をさせますでの、今晩はごゆるりとお休みください」

クラース「ではお言葉に甘えさせていただくとしよう」

ベネツィア 宿


ほむら「まさかこちらの世界で結婚式にまで参加することになるなんてね」

クラース「いい経験ができているじゃないか」

ほむら「そうね。喜ばしいことよね」

アーチェ「あたし結婚式とか初めてー」

クラース「お前たちにとってはこの時代最後のいい思い出になりそうだな」

ミント「そうですね。明日は盛大に祝福してあげましょう」

クレス「この時代ともお別れなんですね…」

ほむら「ウィノナさん、アランさん、キャロルさん、スリーソンさん…他にももっと沢山。
    …色んな人と出逢えたわ」

クラース「名残惜しいか?」

ほむら「まあね…。でも仕方ないわ。いずれは私は自分の世界に帰るつもりだし」

アーチェ「ふええええん…ほむらちゃーん行っちゃやだー」

クラース「やめろアーチェ。ほむらを困らせるんじゃない。それにまだ大仕事が残っているだろう」

ほむら「そうね。…でもまずは明日の式をお祝いしないとね」

クラース「ああ。寝坊して式の時間に遅れるんじゃないぞ」

神父「エルウィンさん、あなたはこの女性を
   健康な時も 病の時も 富める時も 貧しい時も 良い時も 悪い時も
   愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛することを誓いますか」

エルウィン「誓います」

神父「ナンシーさん、あなたはこの男性を
   健康な時も 病の時も 富める時も 貧しい時も 良い時も 悪い時も
   愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛することを誓いますか」

ナンシー「はい、誓います」

神父「あなた方は自分自身をお互いに捧げますか」

エルウィン ナンシー「はい、捧げます」

神父「それでは指輪の交換を」


エルウィンがナンシーに、ナンシーがエルウインに指輪を嵌める。


神父「では、誓いのキスを」


二人は幸せなキスをして終了。

ミント「エルウィンさん!ナンシーさん!おめでとうございます!」

クレス「二人とも!おめでとうございます!」

クラース「おめでとう」

アーチェ「へへっ、先を越されちゃったね、クラース?」

クラース「…五月蠅いぞアーチェ」

ほむら「おめでとうございます」


エルウィン「皆さん、本当にありがとうございました」

ナンシー「ありがとうございました。…ミントさん、これを」


ナンシーはミントに手に持っていたブーケを渡した。


ミント「私が受け取ってもいいのでしょうか?」

ナンシー「あなたに受け取ってもらいたいのよ」

ミント「…ありがとうございます」



ほむら(あの二人にも…こんな未来がある時間軸があったのかしらね…)


ほむらは思う。ダオスと、ウィノナの事を。

超古代都市トール



ほむら「水中に…こんな大きな街が沈んでいるなんて」

クラース「たまげたな。しかも空気もちゃんとあるときたもんだ」

ほむら「私たちの世界よりも文明が進んでいるみたい。…なぜこんな海底に
    沈んだのかしら」

クラース「わからんな。想像もつかん」

クレス「とりあえず進みましょうか」

ほむら「そうね」


しかし、クレス達はすぐに行き止まってしまう。扉が開かなかった。


クラース「さて…早速手詰まりな訳だが」

アーチェ「ねーねーコレなーにー?」


何かを見つけたアーチェはそれを手に取る。薄い札のようなものだ。


ほむら「これは…。もしかして…」


ほむらは何かに気が付いたように扉を調べる。


ほむら「やっぱり…、アーチェさん。噛んでないでちょっとそれ貸して頂戴」


ほむらはアーチェから札を受け取り、扉にある不自然な隙間に差し込む。
ピッ、というほむらには聞き覚えのある電子音が鳴り、扉が開いた。

ほむら「やっぱり、カードキーね」

クラース「カードキー?」

ほむら「私の世界にもあるものよ。このカードが鍵になっていて扉が開く仕組みよ」

クレス「へぇ…すごい技術だね」

クラース「しかし、こう聞いているとほむらの世界と我々の世界での共通点が意外と多いんだな」

ほむら「そうね…。食事に関してもそうだし」

クラース「意外とそう遠くないのかもしれないな。我々とほむらの世界は」

ほむら「…」

ほむら(それは無いわね…。インキュベーターが存在していない以上、気が遠くなるほどの距離か…あるいは…)

ミント「どうしました?」

ほむら「…いいえ。なんでもないわ。進みましょう」

「シンニュウシャハッケン シンニュウシャハッケン」


警報が鳴り響く。侵入者を撃退するための警備部隊が飛び出してくる。


アーチェ「ちょ、なにこれ!?」

ほむら「自律型の機械人形ってとこかしらね」


ほむらは拳銃を取り出し、空を飛んでいるロボットに対して発砲する。
しかしシールドのようなものによって阻まれる。


ほむら「…硬いわねやっぱり。クラースさん、アーチェさん。水か雷系統の攻撃を頼むわ」

クラース「了解だ」

アーチェ「ほいほーい」

ほむら「ミントさんも気を付けて。恐らく私と同じような武器を装備しているはずだから、
    普段より離れていて頂戴」

ミント「分かりました」

クレス「いくよ!」

ほむら「ええ。硬いから気を付けて」

クレスが先行する。地面を滑るように向かってきたロボットを叩き潰すように剣を振り迎撃した。


ほむら「…!」


発砲音。空中の小型ロボットがほむらに対し仕込まれた機銃を撃ちこんできた。
ほむらは時間を停止させ、その場に停止した弾丸の雨を簡単にかわし、飛んだ。
そのまま小型ロボットを掴み手にもったまま地面に叩き付け、時間停止を解除する。


ほむら「小型は素手でもなんとかなりそうね。問題は…」


ほむらは通路の先を見る。自分の身体の何倍もある大きさの巨大なロボットが迫ってきた。


ほむら(あれはさすがに二人に任せましょう…)


慌てて距離を取るように下がる。


ほむら「クラースさん!」

クラース「ああ!…ウンディーネ!」


呼び出されたウンディーネが巨大なロボットの足を切り刻む。
身体の支えがなくなったロボットはその場に倒れこんだ。


クラース「美味しいところは任せたぞアーチェ」

アーチェ「いっただきまーす♪サンダーブレード!」


雷の刃が周辺の敵全てを切り刻む。あちこちでロボットが爆発してく。

クレス「襲爪雷斬!」


アーチェの呪文を喰らってもなお、動こうとした巨大なロボットにクレスが雷を纏った剣を突き刺し、
爆発から逃れる為すぐ後ろに跳んだ。

鼓膜が破れるかと思うほどの巨大な爆発音が一面に響き渡る。
第一陣を退けた一行だったがまだ警報は鳴り響いている。


ほむら「まだまだ来そうね」

アーチェ「モテモテであたしは嬉しいですよ…はぁ」

クラース「しかし、一体くらいは持って帰りたいな。色々便利そうだ」

ほむら「子供たちの玩具になって壊されるのがオチよ」

クラース「…そうだな」

クレス「! また来た!」


視線の先には再び機械人形の群れ。


クラース「やれやれ。私にも手に余りそうな玩具だ」

ほむら「そうね。それに私は持ち帰るならブッシュベイビーがいいわ」

ミント「あのときのほむらさん、とても可愛らしかったですよ」

ほむら「…///」

アーチェ「えー!そのほむらちゃん見たかった!」

ほむら「…喋ってないでさっさと終わらせて進みましょう」


話を流すように切り上げて、ほむらは敵の群れに突っ込んでいった。

メディカルルーム


ほむら「シャワーまであるなんて…あぁ…気持ちいい」

アーチェ「あーサッパリするぅー」

ミント「ですね…疲れが吹き飛ぶようです…」


ほむら アーチェ(しかし…)


ほむらとアーチェはチラッっとミントを見る。


ほむら アーチェ(…)


ほむら「」ペターン

アーチェ「」ペターン

ミント「♪」ボイーン


ほむら「アーチェさん!」

アーチェ「ほむらちゃん!」


二人はお互いの傷をなめ合うように手を握る。


ミント「えっと…どうなされました…?」

アーチェ「この裏切り者!」

ほむら「貴方はいずれ私の敵になるかもしれないわね」

ミント「えぇ!?」

クラース「何を叫んでいるんだあの三人は…」

クレス「…ハハッ」


外で待たされている二人は呆れたように声を出す。
クラースは先程手に入れたダイヤモンドの指輪を指先で遊ぶようにつまんでいる。


クラース「クレス」

クレス「はい?」

クラース「勝てると思うか?」

クレス「…」

クラース「お前も分かっていると思うが、ダオスの城で戦ったときよりも我々の戦力は落ちている。
     プラス要素はお前の新たな力と、ユニコーンの角の力、ほむらがほぼ完調に近いということだな」

クレス「…かならず勝ちます。やっとチェスターを助けることができるんだ…」


言い聞かせるように呟く。


クラース「お前には期待している。だがあまり気負いすぎるなよ」

クレス「はい…ありがとうございます」

『わたしはオズ。この都市を管理している』


ほむら「自我を持ったコンピューター?…すごい技術ね」

クラース「オズ、我々は100年後の時代に行きたい。協力してもらえないか」


オズ『この都市の機能を復活させるためには海上に浮上させる必要があるが』

クレス「いいんですかね?」

クラース「そうしないと駄目なのならやるしかなかろう。オズ、頼んだ」

オズ『了解した』


何かに捕まっていないと倒れてしまうほどの揺れが起きる。
暫く揺れが続いた後、何事も無かったのように揺れが収まった。


ほむら「街一つを持ち上げるなんて…」

クラース「これがトールの文明か…」

オズ『システム、オールグリーン。時間跳躍、準備完了』

ミント「いよいよですね…」

クラース「ああ。全員準備はできているか?向こうに跳んだら即、戦闘だ」

アーチェ「大丈夫!いけるよ」

ほむら「問題無いわ」

クラース「クレス」

クレス「大丈夫です。落ち着いてます…みんな、絶対に勝とう」

クラース「よし行くぞ。オズ、頼む。アセリア暦4304年、5月21日…場所は地下墓地だ」

オズ『了解した』


クレス(チェスター。今行く…待っててくれ)

ほむら(負けられない。私の為にも、みんなの為にも、チェスターさんの為にも)



舞台は時を超えて、クレスとミント…そしてチェスターの時代へ切り替わる。

ここで一旦終わります。続きは明日で…お疲れ様でした

続き投下します

地下墓地


ダオス「あの二人をどこに飛ばした?」

モリスン「…」

ダオス「ふん、まあいい」

チェスター「待ち…やがれ!」

ダオス「まだ息があるのか、しぶといな」

チェスター「テメェを倒すまで死ぬ訳にはいかないんだよ!」

ダオス「貴様の願いは一生叶わぬ…今ここで…」



地下墓地に一つの光が舞い降りた。時空転移の光だ。



ダオス「こ、この光は!?まさか!?」

クレス「ダオス!」


光が消え切る前にクレスが飛び出す。更にほむらが後を追う。


チェスター「クレス!ミント!」

ダオス「貴様達…時間を…!」

クレス「ここで終わりだ!ダオス!」

クラース「アーチェ!いくぞ!ミントはモリスン殿とチェスターを!」

アーチェ「おっけー!」

ミント「はい!」

ほむら(クレスさん…大丈夫そうね。気合十分だけど気負いすぎてはなさそう)


ほむらは盾の中から自分の身の丈はあろう大きさのガトリングガンを取り出す。


ほむら(これでもダメージが通るとは思えないけど…)


大量の弾丸が一瞬で発射される。さすがのダオスも生身で受けるのは危険と察したのか手にバリアを張り、
弾丸を弾いていく。


ほむら(ある程度防御に意識を割かせることはできるようね)


さすがに出しっぱなしでは動きが制限される為、ほむらはガトリングガンを一度盾の中に仕舞う。
その隙をダオスは狙った。


ほむら「!?」


ダオスがクレスには一瞥もくれず、ほむらに向かってくる。


クレス「くそっ!…ほむら!」

ほむら「私は大丈夫!慌てないで!」


ほむらは落ち着いて考える――迎撃か、一度距離を取るか。
しかしダオスは自身の間合いの一歩外で突然急停止した。


ほむら(!? 何を…)


そしてダオスは超高速で詠唱を完了させ、火球を放った。
――膝をついているチェスターに向けて。


ほむら「しまっ…!?」

自分に攻撃が来るだろうと思い込んでいたほむらは一瞬反応が遅れる。
咄嗟に時間を止め、動けないチェスターを庇おうとした…その時



「やはり貴様の仕業か…娘」


ほむら「!?」


停止しているはずの時間の中で声が聞こえる。

ほむらは思わず身体が硬直し、完全に動きを止めてしまう。



ダオスが、動いている。



ダオス「死ね」



冷たい声と冷たい眼差しと、冷たい剣がほむらの身体を貫いた。

チェスター「がぁぁぁぁ!」


ダオスの火球がチェスターに直撃した。幸い、詠唱速度を重視した呪文であった為、即死は免れた。


チェスター「ゲホッ!ゲホッ!」

ミント「チェスターさん!?しっかりしてください!」

クラース(…あの程度ならほむらが防げたはず…ほむらは…!?)



最初に気が付いたのはクレスだった。


クレス「ほむら!?」


クレスの悲痛な叫びに全員の視線がほむらに向かう。
ダオスはほむらの腹部に突き刺した剣を引き抜き、血を振り払う。
ほむらは糸が切れた人形のようにその場に倒れこんだ。

クラース「そ、そんな…」

ミント「い、いやああああああああああああああ!」

アーチェ「ほむらちゃん!?ほむらちゃん!?」


倒れたほむらはピクリとも動かない。


クレス「うああああああああああああああああああ!」


込みあげた怒りがクレスの身体を突き動かした。ダオスに向かい全力で立ち向かう。


ダオス「ふん…」

クラース「ミント!」

ミント「そ…ん…な…!」

クラース「ミント!!」

ミント「!?」

チェスター「ミント!…あの子を頼む!俺はいい!」

ミント「で、ですが…」

チェスター「俺は悔しいが役に立たねぇ…あの子を助けてやってくれ…」

ミント「…はい!」

クラース「ミント!必ずほむらを助けろ!絶対殺すな!」

ミント「わかりました!」

クラース「アーチェ!」

アーチェ「分かってるよ!」


目に涙を溜めつつもアーチェが返事をし、更に呪文を放つ。


アーチェ「ファイアーボール!」


アーチェが選択したのは最初級の呪文。だが、その選択は正解だった。


アーチェ「手数でとりあえず押すんでしょ!ほむらちゃん…心配だけど…!
     絶対死なないって言ってくれたから!…だから!」

クラース「そうだ!ほむらとミントを信じろ!」


クラースはアーチェの成長ぶりに、驚き、そしてありがたいと感謝していた。

ほむら(……わ…私……は?)


自分の身に起きたことが把握できていない。
だが自由の利かない身体と腹部から込み上げてきた痛みが全てを物語っていた。


ミント「ほむらさん!」


ミントがほむらの元に駆け寄ってきたが、ミントはほむらの痛々しい姿と流れている血の量に言葉を失う。


ミント「くっ…!ほむらさん!今治療します!」


ほむら「ガハッ!…ゲホッ!」


更にほむらが吐血し、失った血の量が増える。


ミント「…!……ヒール!」


法術の光がほむらを癒していく。…だが


ミント(傷が深すぎる…!私一人じゃ…!)

モリスン「私も…ぐっ…手伝おう」


傷だらけのモリスンが身体を引き摺り近寄ってきた。


モリスン「私も法術師の端くれ…微力だがいないよりはマシだろう」

ミント「お願いします!力を貸してください!」

モリスン「ああ…。……ヒール!」

二人がかりでほむらの傷を癒していく。だがモリスンの力はすでに尽きかけていた。


モリスン「さすがに…時空転移を唱えた後だと…この程度か」


モリスンは悔しそうに顔を顰める。


ほむら(ち…か……ら…)

ほむら(そ……うだ………)


ほむらは痛みを我慢し、盾に手を伸ばす。


ミント「ほむらさん!まだ動いては駄目です!」


ミントの制止を無視してほむらが盾から何かを取り出した。
それは小さな紙袋だった。


ミント「それは…!?」

ほむら「つ…かっ………て………」


震える手でほむらは紙袋をモリスンに手渡した。


モリスン「これは…!グミか!有り難い!」


モリスンに少し力が戻る。




『少年「まー大したもんじゃないけどさ」』



過去の時代で出会った少年の言葉をほむらは思い出していた。



ほむら(…そんなことは……無かった……わよ……)



クレス「うあああああああ!」


叫び声を上げ、ダオスに次々と攻撃を仕掛けていく。


ダオス「ふん…一人でどうにかなるとでも思ったか」

クレス「一人じゃない!」


クラース「シルフ!」


風の精霊が、触れたものを切り刻む竜巻を巻き起こす。


ダオス「…脆弱な精霊が!」


ダオスが剣を振り払い、起こした剣圧でシルフが起こした竜巻を掻き消した。


アーチェ「グレイブ!」


地表から岩の柱がせり上がる。

ダオス「小賢しい」


せり上がった岩の柱を拳で砕く。


クラース(くそっ!足止めにすらならんか!)

アーチェ(これ以上は時間が足りない…!)


ダオスが、クレス達を追い詰めはじめていた。


ダオス「どうした?これ以上下がるとあの二人を巻き込むぞ?」

クレス「くそっ!」


ダオスがクレスを押し込む。詠唱中のクラースとアーチェとの距離が縮まっていく。


クレス「ぐぁ!」


ダオスの一撃を受け、クレスが弾き飛ばされる。ダオスが両手に光を集め出した。


クレス「…この光は!?」


ダオス「終わりだ」


三人を巻き込むように、ダオスは光のレーザーを放った。



クレス「があああああ!」

クラース「ぐあああああ!」

アーチェ「きゃああああ!」

ほむら「…ありがとう二人とも。そろそろ行くわ」

ミント「そんな!?まだ傷が完全に塞がっていません!」

モリスン「そうだ!まだ危険だ!」

ほむら「ごめんなさい。もう行かないと…三人が殺される」


三人がダオスのレーザーの直撃を受けた光景をほむらは見ていた。

三人とも一命はとりとめたようだが、それでも危険な状態には変わりない。


ほむら(ここまで隊列が崩れてしまったのは私のせい…だから…)

ほむら「ミントさん、息をつき暇もないけれど、あの三人を頼むわ。…私が時間を稼ぐ」

ミント「その身体で一人でダオスと!?無茶です!」

ほむら「やるしかないわ。このまま誰かが殺されるところを指を咥えて見てるだけ
    だなんて…私は出来ない」

ミント「…っ!」

ほむら「大丈夫。私は死なない…死ぬわけにはいかないから。だから…あの三人を助けて。
    ミントさん…お願い」

ミント「絶対に…死なないでください」

ほむら「ええ。任されたわ」


ほむらは一人、ダオスの元へ駆け出す。

ダオス「貴様…まだ動けるか」

ほむら「そうみたいね…私を殺したいのなら首から上を刎ねることをオススメするわ」

ダオス「そうか…ならば望み通りにしてやろう」


口に残った血を吐きだし、ほむらはハンドガンを取り出した。


ダオス「玩具が通用せぬとまだわからぬか」


ダオスがほむらに目掛けて剣を振るう。

その剣をほむらは盾では無く、ハンドガンで受け止めた。


ダオス「!?」

ほむら「ぐっ…!…こいつにはこういう使い方もあるのよ」


剣を受け止めた衝撃が傷に響き、痛みを引き起こす。顔を顰めながらも受けた剣を振り払う。

ダオス「貴様!?どこにそんな力が!?」

ほむら「意外と貴方の力が弱いんじゃないかしら?」


ほむらはダオスを挑発する。だが、ダオスは挑発に乗ってこない。


ダオス「余裕が無いのはわかっているぞ」

ほむら(やっぱり通用するわけないわよね…)


ほむらを脳天から真っ二つにするような切り落とす攻撃。それをほむらは盾で受け止めようとする。
だが、その攻撃は途中で止まり、下からダオスの拳がほむらの腹部目掛けて迫ってくる。

しかしほむらはその拳を無視し、右手に握ったハンドガンをダオスの喉元に突きつけ引き金を
引いた。

反撃してくると想像すらしてなかったダオスは咄嗟に頭を振り、銃弾を避ける。
体勢が崩れるのを嫌がりバックステップで距離を取る。

その行動をほむらは予測し、地面を蹴って再びダオスとの接近戦に入る。

ダオス「何!?」

ほむら「そこっ…!」

ハンドガンを左手に持ち直し、空いた右の拳を強く握る。
魔力を込めてダオス目掛け撃ち抜く。

その拳をダオスは左腕でガードし、右手に握った剣を突き刺すようにほむらに
攻撃する。

ほむらは一度仕切り直しといわんばかりに大きく後ろに跳び、その攻撃をかわした。


ほむら「はぁ…はぁ…」

ダオス「無茶な攻撃だな」

ほむら「はぁ…ふぅ……自分でもそう思うわ」


呼吸を整え、流れ出した汗を拭う。


ダオス「どこまでもつか…」

ほむら「死ぬまでかしらね」



チェスター(あんな小さな子があんなすげえ戦いしているっていうのに…俺は…!)

ミント「ナース!」


クラース「ぐっ…すまない!助かったぞミント」

アーチェ「…ほむらちゃん!」

クレス「ハァハァ…!くそっ!」

クラース「ミント!クレスを頼んだ!」

ミント「クラースさんは!?」

クラース「私はいい!動けるだけで十分だ!」

アーチェ「あたしも大丈夫!」

クレス「すまない……」

クラース「ちゃんと後で働いてくれればそれでいい!」

クラース「私はルナを召喚する!アーチェはインディグネイションを!」

アーチェ「ほむらちゃんを助けないの!?」

クラース「ほむらが作ってくれているこの時間を無駄にするな!」

アーチェ「…っ!わかったよ!」

突然、終わりが来た。


ほむら「!?」


ダオスの攻撃をかわし、反撃に転じようとしたとき…ほむらの膝が崩れ落ちた。


ほむら「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…!」


ほむらが肩を激しく揺らす。魔力はまだ残っていた…が、身体が限界を迎えた。


ほむら「…こん…っなときに……!」

ダオス「思ったよりも早かったな」

ほむら「!?」


ダオスがほむらの首に剣を突きつける。


ダオス「首を刎ねられるのが望みであったな」

ほむら「…っ!」



ほむら(時間停止も駄目…詰みってやつかしら…)

そんな状況を打開したのは、横から飛んできた一本の矢だった。


ダオス「…」


その攻撃を簡単に叩き落としたダオスは攻撃してきた先を見た。
フラフラになりながらも立ちあがっているチェスターだった。


チェスター「…させねぇぞ!」

ダオス「鬱陶しい」

ほむら「チェスターさん!?駄目!逃げて!…っ!ゲホッ!」


ほむらの身体の傷が開き、再び血を吐く。


チェスター「こんな小さな子がボロボロになっても頑張ってるんだ!俺だって!」

ダオス「そうか…では先にお前からあの世に送ってやろう」

チェスター「!?」

クレス(守らないと…!守る為には…倒さないと…)

クレス(倒す…僕は…ダオスを!)

クレス「ダオス!」


治療を受けたクレスがダオス目掛けて突進する。


ダオス「ちぃ!」


クレスの一撃を受け止めたダオスの顔に動揺が走る。


ダオス「貴様…!この力は…!」

クレス「ほむらも…!チェスターも…!みんなも…!やらせない!」


クレスがダオスを弾き飛ばす。

ほむら「…ゲホッゲホッ!」

ミント「ほむらさん!」

ほむら「…私よりも…クレスさんを…!」

ミント「しかし…!」

ほむら「今クレスさんが倒れてしまったら…駄目…!私は大丈夫…。死なないって…約束した…でしょ」

ミント「っ…!」

モリスン「この子は私が看る!ミント君はクレス君を!」

ミント「…!……お願いします!」

クレス「うおおおおおおお!」

ダオス「ちぃ!」

ダオス(この気迫…!まるで…あの剣士)


過去でクレスの隣にいた剣士。ダオスはその姿をクレスに重ねる。


クラース「この指輪は御身の目。この指輪は御身の耳。この指輪は御身の口。
     我が名はクラース。指輪の契約に基づき、この儀式を司りし者。我伏して御身に乞い願う。
     我盟約を受け入れん・・・我に秘術を授けよ!
     我が手の内に御身と、力と、栄え有り!きたれ、月の精霊…ルナ!」


ダオスに光の柱が降り注ぐ。表情が苦痛に歪む。


ダオス「また…これか!!」

ダオス(奴らの狙いはあの魔術師の術!耐え切れば余の勝ちだ!)

アーチェ「天光満つるところにわれはあり

     黄泉の門開くところに汝あり

     運命の審判を告げる銅鑼にも似て

     衝撃をもって世界を揺るがすもの

     こなた天光満つるところより

     かなた黄泉の門開くところへ

     生じて滅ぼさん!」


ダオス(!? やはりな!)

アーチェ「インディグネイション!」


生み出されるは神の雷。地に降り注いだ雷は爆音を轟かせダオスを襲う。


ダオス「がああああ!」

ダオス(だが…!これで…!)

クレス「ダオス!」

ダオス「!?」


クレスが深く腰を落とし、力を溜める。


ダオス「この構え…!?あの男の!?」

クレス「うおおおおおおおおおおおお!」

ダオス「だが…!遅い!」


ダオスはアーチェの呪文に耐え切り、一直線に向かってくるクレスを見据える。


クラース「!? 駄目だ!クレス!止まれ!」


だがクレスは止まらない、止まれなかった。

『アラン「技を撃つなら決めきるつもりで出せ!技には隙が付き物だがそれ以上に見返りが
    あるから撃つんだろうが!」                        』
 
『アラン「そんな腑抜けた気持ちで俺の技を使うんじゃねぇよ!不愉快極まりないぜ!」 』



クレス(そうですよね…!アランさん!)


クレス「負けられ…ない!」

ダオス「死ね!人間!」


ダオスがクレスへ向け完璧なタイミングのカウンターで剣を振り下ろす。


そのダオスの剣は、誰もいない空間を虚しく斬り裂いた。


ダオス「馬鹿な…!止まれるはずが…!」


そしてダオスは気が付いた。止まったのはクレスでは無かったことに。





ほむら「私の能力を警戒してたのなら、能力自体制限しておくべきだったわね」





止まっていたのは時間だった。

ダオス「貴様ああああああああ!」


そして、時が動き出す。


クレス「負けられないんだああああああああああああ!」


無防備なダオスに、クレスの渾身の一撃が届いた。


ダオス「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


渾身の一撃を受けたダオスは壁まで吹き飛び、瓦礫に埋まっていった。




クレス「ハァ…ハァ…ハァ!」


全ての力を出し切ったクレスがその場に倒れこみかけた、それをチェスターが受け止めた。

チェスター「チッ…随分と差、つけられちまったな」

クレス「…チェスター」


そんな会話の中、なにかが崩れる音…そして揺れだす足元。


アーチェ「なにこれ!?地震!?」

クラース「違う…!これは…ここが崩れる!逃げるぞ!」

ほむら「墓地で生き埋めなんて笑えないわね…うっ…」


立ち上がろうとしたほむらだったが、立ち上がれない。力が入らない。


モリスン「立てるか?」

ほむら「…いえ」

モリスン「私が運ぼう…みんな!脱出するぞ!」


ほむら(今回もヒヤヒヤだったわね…流石に…疲れたわ…)


アーチェ「…ほむらちゃん……寝てる?」

クラース「この子の頑張りが無ければダオスに勝てなかった。…相当疲れているんだろう」

モリスン「この揺れの中眠れるとは…大した子だよ」


モリスンに抱えられたほむらは、地下墓地が激しい音を立てて崩壊していくのとは
対照的に静かに寝息を立てていた。

モリスンの家


モリスン「もう動いて大丈夫なのか?」

ほむら「ええ…私は他の人に比べて傷の治りが早いのよ」

モリスン「だが、無茶はするなよ」

ほむら「御忠告、どうも」

チェスター「ほむら…だったな?助けてくれてありがとな」

ほむら「貴方も私を助けてくれたじゃない。あの時攻撃してくれてなかったら
    私は確実にマミられていたわ」

チェスター「マミられ…?」

ほむら「…いえ、なんでもないわ。気にしないで頂戴」

ほむら「お早う、みんな」

ミント「お早うございます。もう動いてよろしいのですか?」

ほむら「ええ。寝るのはもう飽きたわ」

クラース「全く…」

アーチェ「おっはよーほむらちゃん!」

ほむら「うぐっ!…そんな急に飛びつかれると傷が…」

アーチェ「あ、ご、ごめん!ほむらちゃん!」

ほむら「嘘よ」

アーチェ「…っ!このー!」

ほむら「やだっ!ちょっと!離してよ!」

アーチェ「うりうり~!」

チェスター「はぁ…元気な連中だな」

クレス「いつもこんな感じなんだよ…」

アーチェ「で…ほむらちゃん…」

ほむら「…振り出しに戻るってやつね」

クレス「結局、元の世界には戻れなかった…か」

ほむら「まぁ気長に手段を探すわ。いずれ手がかりもでてくるでしょう」

クラース「すまないな…。君の力を利用した形になってしまって」

ほむら「構わないわよ。可能性があったから同じ道を進んだだけ」

ミント「これからどうなさるのですか?」

ほむら「そうね…まずはあちこち回って何か手がかりを見つけるしかないわね。
    トールもあるしなんとかなるでしょう」

クレス「僕たちも…」

ほむら「貴方は村の再建っていう大事な仕事が残っているでしょう?」

クレス「…」

ほむら「とりあえず一度私もクラースさん達と一緒に過去に行くわ。
    私が呼ばれた時代だし、可能性として一番なにかありそうだからね」



しかしその計画は、突然鳴り響いた音により崩れ去ることとなる。

クラース「!? 何の音だ!」

モリスン「わからん!だが外からだ!」

クレス「外に出ましょう!」



外に出たクレス達の視界に飛び込んできた光景は、こちらに向かってくる複数の隕石だった。


チェスター「っ!なんなんだよ一体!」

クラース「揺れるぞ!伏せろ!」






クレス「収まったか…」

ほむら「今の隕石は…偶然?」

クラース「…」


周囲が静けさを取り戻したその時、目の前に一筋の光が舞い降りた。


クラース「今度は何だ!?」

「ここは…」


光が消え、中から一人の男が姿を現す。

「おお…!クレス殿!ミント殿!チェスター殿にクラース殿にアーチェ殿…それにほむら殿まで!やったぞ!成功だ!」


突然自分たちの名前を呼ばれ、少し戸惑うクレス達。


クレス「あの…、あなたは?」

「し、失礼しました!自分はハリソンと申します!今より50年後の未来より参りました!」

クラース「50年後だと…?……まさか!?」

ハリソン「恐らくクラース殿が考えておられる通りのことです。我々の時代にダオスが現れたのです」

クレス「!?」

ほむら「なるほどね…じゃあ今の隕石もダオスの攻撃、ってとこかしら」

クラース「恐らくな」

クレス「過去、現代に続いて今度は未来か…」

ハリソン「時の英雄の皆様、どうか力をお貸し願えぬでしょうか」

クラース「断るわけにはいかんな。なぁほむら?」

ほむら「そうね。早速手がかりを見つけられて嬉しいわ」

アーチェ「しばらくまた一緒だね!みんなよろしくね!」

ミント「はい。こちらこそ、ですね」

チェスター「俺も行くぜ」

クレス「チェスター…」

チェスター「今はまだ足手まといだけど…絶対強くなって俺もダオスに
      一撃叩き込まないと気が済まないからな」

アーチェ「ふーん…」

チェスター「…なんだよ文句あるのかよ」

アーチェ「まあ確かに弱っちそうだけどさー」

チェスター「何だと!?」

アーチェ「でも危ない時にほむらちゃん助けてくれたしいいんじゃない?」

チェスター「…ふん」

クラース「よし、話は纏まったな」

ハリソン「それでは私は先にヴェネツィアに向かい、船の手配をしておきます」

クレス「はい、わかりましたハリソンさん」

モリスン「私はここでリタイアだ…すまないな」

クレス「いえ、それではモリスンさん。いってきます」

モリスン「ああ、気を付けてな」

トーティス~ユークリッド間 森



ほむら「テント~」

ドサッ

ほむら「食材~」

ドサッ

ほむら「食器~」

ガチャン

ほむら「料理道具~」

ドサッ


チェスター「…」

クレス「ああ、チェスターは初めて見るねあれ」

チェスター「…お前達スゲェ旅してきたんだな」





チェスター「いやー食った食った」

ほむら「お粗末様でした」

チェスター「いやいやそんなこと無いぜ。ミントの料理も美味かったがほむらの
      料理もめちゃくちゃ美味かったさ」

ほむら「ふふっ、それはどうも。でも、クラースさんもお料理上手よ」

チェスター「へぇ、旦那も?」

クレス「でもチェスターも料理結構できるじゃないか」

チェスター「いやー、そう思っていた時期も俺にはありましたよ。でも今の料理食べたらそうは言えねぇわ」

チェスター「でも、お前は料理できなさそうだな」

アーチェ「何よ急に」

チェスター「いや、ずっと黙ってるし」

アーチェ「…ふーんだ!どうせ料理できませんよーだ!まああたしはちゃんと戦力になるしー?誰かと違ってー?」

チェスター「おまっ!今それは関係ねぇだろ!」

アーチェ「あれれー?おかしいぞー?誰かって言ったのになんで反応するんですかー?」

チェスター「調子に乗ってんじゃねぇぞこのペチャパイが!」

ほむら「」ピクッ

アーチェ「うわ!なんてこというのよこのドスケベ!」

チェスター「はっ!頭も軽そうだけど胸も軽いときたもんだ!」

アーチェ「なによこの!」


突如響く銃声。ほむらが空に向かい綺麗に手を伸ばている。
その手には銃口から煙を燻らせた銃が握られていた。


ほむら「チェスターさん?」


久しぶりの、見たもの全てに恐怖という感情を植え付ける笑顔。


チェスター「な、なんでしょうかほむらさん」


ほむら「そういう悪口はやめておいたほうが身の為よ?」


チェスター「は、はい…すいませんでした…」

クレス「こうやって焚火を囲んでると昔を思い出すね、チェスター」

チェスター「ああ、そんなこともあったな」

ほむら「昔話かしら?」

クレス「そうだね。昔近くの森に狩りにでかけたら道に迷ってしまってね。
    仕方ないから焚火を起こして野宿したんだよ」

チェスター「結局寝れなかったけどな。後でクレスの親父さんにこっぴどく二人揃って叱られたし」

クレス「まあ今じゃもうどこにどんな木が生えてるか、っていうのもわかるくらい把握しちゃったけど」

チェスター「そうだな。暇があったら狩りばっかりしてたよな」

ミント「近くの森って…あのユグドラシルの森ですか?」

クレス「ああそうだよミント。…今思えば全てあの森から始まったのかもしれない」

クラース「なんだ?何かあったのか?」

クレス「はい。…村が襲われる直前に枯れているはずのユグドラシルからマーテルの声が聞こえたような気がして」

チェスター「…ちょっと待てクレス」


楽しく昔話していた会話のトーンはもう無かった。

クレス「…どうしたんだい?チェスター」

チェスター「お前今何て言った?」

クレス「えっ…枯れたユグドラシルからマーテルの」

チェスター「俺は枯れたユグドラシルなんて知らねぇぞ」

クレス「!?」

ほむら(まさか…)

チェスター「俺はトーティスに越してからずっとユグドラシルを見てきたが枯れた姿なんて一度も無かった。
      お前も見てきたはずだ。クレス」

クレス「そんなっ!?馬鹿な!」

アーチェ「ちょっとちょっと…どういうことなの!?」

チェスター「…クレス、お前が過去に行った目的はなんだ?」

クレス「…何を急に」

チェスター「答えろ。…答えてくれ」

クレス「僕たちは…過去の世界でダオスと倒す方法を探しに……」

チェスター「やっぱりそうか…」


チェスターは何かを確信したようだった。

チェスター「クレス」

ほむら「やめなさい」

チェスター「ほむら…黙っていてくれ」

ほむら「それを伝えてしまっていいの?」

チェスター「…ハッキリさせてほうがいい」

ほむら「でもっ!」

クラース「ほむら」

ほむら「っ!」

チェスター「旦那…すまねぇな」

クラース「構わん。これはお前たちの問題だ」

クレス「…」

チェスター「クレス」

ほむら(やめて)

チェスター「俺は」

ほむら(やめて…)






チェスター「お前とずっと過ごしてきたチェスターじゃない」

最後「一緒に」が抜けてる…

今日はこの辺で失礼します

続きいきます

ユークリッドの都


ほむら(…)


ほむらは、クラースが気を使って与えてくれた宿の個室にいた。


ほむら(これも…私のせい……なのよね)


昨晩の会話を思い出す。

=======================================================================

クレス「僕の知っている…チェスターじゃない…?」

ミント「一体…どういうことなのですか?」

チェスター「モリスンさんはクレスとミントを過去に送る時にこう言った。
      『強力な魔術の使い手を連れてきてくれ』ってな」

クレス「そんなっ!?」


チェスターとクレスの話が食い違う。


チェスター「この時間軸にはマナはあった。だが魔術を使えるやつがいなかった。
      だから過去に救いを求めた」

クレス「じゃあ…僕を助けてくれたチェスターは…」

チェスター「…」

クレス「そんな…」

ほむら「私の…」

クラース「ほむら、ちょっとついてこい」

ほむら「でも…」

クラース「いいから来い」





ほむら「…」

クラース「ほむら、原因が自分にあると思って責めているんだろう?」

ほむら「…」

クラース「お前がしたくてこうなったわけじゃないんだ。自分を責めすぎるな」

ほむら「でも…!…クレスさんを助けたチェスターさんは一体どうなって…」

クラース「マクスウェルは言った、枝が一本になったと。つまり…」

ほむら「…消えてしまった、ってことよね……」

クラース「…」

ほむら「こんなっ…こんなことになるなんて…」

クラース「だから自分を責めるなと言っただろう」

ほむら「…」

クラース「そもそも、お前がいなければ我々はダオスに殺されていたかもしれない。
     ダオスに辿り着くことすらできなかったかもしれない」

クラース「全ての行動に求めた結果がついてくるわけではない。…悲しいことだがな」

ほむら「なぜ…」

クラース「ん?」

ほむら「なぜ…分かっていてチェスターさんの話を止めなかったの?」

クラース「…恐らくいつかは気が付くはずだ。今黙っていてもな。早い方がいい」

ほむら「…」

クラース「この件については本人同士に任せる。ほむら、あの二人を信じてやれ」


==============================================================================

ほむら(クラースさんはああ言っていたけど…)


昨晩以降、パーティの雰囲気が重い。
アーチェが気にして明るく振舞ってはいるが、そう長くは続かない。


ほむら(クレスさんとチェスターさんもほとんど会話していない…)

ほむら(クレスさんは今どんな気持ちなのかしら…。チェスターさんも…)

ほむら(…まどか達も似たような気持ちだったのかしら)



転校してきて、初めてあったはずなのに自分のことを知ってる。


ほむら(やっぱり気味が悪いって思われていたんでしょうね…)


そんな考えがグルグル回っている時に、部屋の扉がノックされた。


ほむら「…はい」

クラース「ほむら、ちょっと出てきてくれないか?」


何やら用があるらしく、クラースが部屋の外からほむらを呼んでいる。
ほむらはその呼びかけに応じ、扉を開く。

ほむら「…何かしら」

クラース「ちょっと来てくれ」

ほむら「?」

クレス「だから!あの時は僕の剣で仕留めたじゃないか!」

チェスター「いーや!あの時は俺の矢で仕留めた!」

ほむら「…なにこれ?」

ミント「思い出話をしていて、お互いの話の内容がほぼ一致していたんですが…」

アーチェ「狩りの話になった途端、コレ。はあ…めんどくさ…男の子って」


困ったようにしているミントと、
疲れ果てたようにテーブルに突っ伏しているアーチェが答えた。


クレス「チェスターが矢を外したから僕が止めを刺したんだろ!」

チェスター「ハッ!何いってやがる!俺が猪相手に外すかよ!」

ミント「さっきから…ずっとこんな感じなんです」


あはは…、と乾いた笑い方をするミント。

ほむら「私は…一体…何の為に…」

クラース「だから言っただろう?二人に任せておけと」

ほむら「こうなることが分かっていたの?」

クラース「たった一日でこうなるとは流石に思っていなかったがな」

ほむら「はぁ…なんだか私も疲れてきたわ」

クラース「せっかくの個室も無駄になってしまったな」

ほむら「本当よ…安全に快適に寝れる環境の素晴らしさをを噛みしめて眠ることにするわ…」



クレス「何だと!?」

チェスター「何だよ!?」


ほむら「もう勝手にやってて頂戴……」




隣の部屋から誰かが出てくる音が聞こえた。
ほむらは目を覚ます。


ほむら(…誰かしら)


静かに扉を開けて確認する。


ほむら「…チェスターさん?」

ほむら(こんな時間に…どこへ…?)


音を立てないように部屋を出た。


ほむら(弓を持っていたわね…もしかして…)

近くの森


ほむら「精が出るわね」

チェスター「!? ほむらか。…悪い、起こしちまったか?」

ほむら「構わないわ。…深夜の特訓ってとこかしら」

チェスター「…クレスと随分差つけられちまったからな。少しでもこういうことしねぇとよ」

ほむら「…暫くご一緒してもいいかしら?」

チェスター「…別にいいぜ」



焚火が爆ぜる音と、チェスターの撃った矢が木に刺さる音が深夜の森に響く。

ほむら「クレスさんとの口論の結果はどうなったの?」

チェスター「結局どちらも引かずに痛み分け、ってとこだな」

ほむら「クレスさんにしては珍しいわね。引かないなんて」

チェスター「俺の前じゃ絶対意地を張りやがる。やっぱりあいつはクレスだったよ」

ほむら「…」

チェスター「旦那から聞いたよ。ほむらがなぜこの旅についてきているかをよ」

ほむら「…そう」

チェスター「ほむらのせいじゃねぇよ」

ほむら「えっ…」

チェスター「クレスもそう思ってる。絶対にな」

ほむら「なんで…そう言い切れるの?」

チェスター「あいつはそういうやつだ。いつでもどこでもな」

ほむら「そう言ってもらえると…少し気持ちが楽になるわ」

チェスター「正直…俺もクレスも受け止めきれたとは言えない。
      でも、今はダオスを倒すことだけ考える…アミィの為にもな」

ほむら「罪滅ぼしという訳じゃないけど、私も手伝うわ。
    ダオスに一撃ブチ込みたいのでしょう?」

チェスター「へっ、女の子がブチ込むなんて下品なこと言うんじゃねえよ」

ほむら「アーチェさんにとっては耳が痛くなる言葉ね」

チェスター「アイツはもう手遅れだ。遅すぎたんだ、脳が腐ってやがる」

ほむら「ひどい事言うわね」

チェスター「…アイツの事なんかよりさ、早速手伝ってもらいたいことがあるんだよ」

ほむら「えっ?」

チェスター「何か俺も新技とか考えてるんだけどよ!いいアイディアないか!」

ほむら「新技…ね」


ほむらは思い出す。遠い昔の時間軸で共に戦った魔法少女の姿を。


ほむら「そうね…こういうのはどうかしら?」





ヴェネツィア周辺



チェスター「喰らえ!震天!」


上空に向かい大量の矢を放つ。重力に逆らい上昇を続けた矢は、重力に従うように
加速をつけて魔物に降り注いだ。


クレス「随分派手な技だな!チェスター!」

チェスター「ほむらとの共同開発だ!なかなかいい感じだぜ!」

ほむら(マジカルスコールって名前はさすがに却下されたわ)

チェスター「この調子でガンガン強くなってやるからな!」

クレス「期待してるよ!チェスター」

アーチェ「足引っ張らないでよねー」

チェスター「んだと!この…」

ほむら「 チ ェ ス タ ー さ ん 」

チェスター「はい!すいませんした!」

クラース「チェスター…同情するぞ…」


チェスターも 尻にしかれマンの称号を手に入れた。

ヴェネツィア港

ハリソン「長旅お疲れ様でした」

クラース「お待たせして申し訳ない」

ハリソン「いえ、こちらがお願いしている側なので」




「あ、ごめんね。この船は今日なんか貸切みたいなんだ」


ほむらが船に乗り込もうとした時、同い年か少し上くらいの少年が話かけてきた。


ほむら「そうね。私たちの貸切みたいね」

「あ、あの人たちのお連れさんでしたか。これは失礼しました」

ほむら「貴方はこの船の従業員の人?」

「一応、って感じですね。親父がこの船を仕切っているんで」

ほむら「なるほどね。…将来はこの船を継ぐの?」

「うーん…どうなんだろう…。親父は継いで欲しそうな感じだけど」

ほむら「まだ迷っているのね」

「そう…ですね。あんまり親父の姿を見ていると格好良く見えないし」

ほむら「そうかしら?意外と見えていないところで頑張っているかもしれないわよ」

「うーん…そうかなぁ…」

ほむら「まあ貴方が自分で決めた道なんだったらお父様も納得するんじゃないかしら?
    どんな道でもね」

「自分で…」

船長「おい!何やってる!サボるんじゃない!」

「あーはいはい!今行くよー!…では失礼します!快適な船の旅を!」

ほむら「…」

アーチェ「ほむらちゃーん!」

ほむら「あ、はいはい。どうしたの?」

アーチェ「もうすぐ出航だってさー!」

ほむら「ええ分かったわ」

超古代都市トール



クラース「ではオズ、頼むぞ」

オズ『了解した』

ほむら「鬼ごっこもこれで終わりにしたいわね」

クレス「そうだね」

チェスター「逃がさねぇぜダオス」

アーチェ「未来かーどんなとこなんだろ!ちょっと楽しみ!」

チェスター「なんだよ遠足気分か?」

アーチェ「ちょっと!どっかの騎士みたいなこと言わないでよ!」

チェスター「誰だよ!?」

アーチェ「へっへーん♪内緒だよー」

ミント「まぁまぁ…二人とも」

ハリソン「…」

クラース「賑やかで済まないな…」

ハリソン「い、いえ!大丈夫です!」

クラース(大変だな…ハリソン殿も…)

オズ『では、転送を開始する』


ほむら(二回目の時空転移…この世界に来た時を含めると三回目かしら)

ほむら(三度目の正直にしたいわね…)


ほむらはまだ、気が付いていない。

自分が傷を負っていることに。

その傷の深さに。


そして、舞台は未来へと切り替わる。






ミゲールの町



クレス「これがトーティスが復興した姿か…」

チェスター「俺たちも頑張らねえといけないな、これは」

クレス「ああ…そうだねチェスター」



クレスとチェスターの間で起きた軋轢はもう収まっていた。


ほむら(もうただの仲のいい親友にしか見えないわね)


悩んだ時間を返してほしい、と少し心の中で思ったほむらだった。



ハリソン「現在、ダオスの魔の手がこの大陸まで伸びようとしています」

クラース「我々の時代ではミッドガルズまでしか攻撃していなかったのだがな」

ハリソン「本腰を入れてきたということでしょう。…そのせいで現在、海の移動は危険だと判断し、
     港は閉鎖状態なのです」

ミント「船での移動はできないということですね…」

ハリソン「はい…ですが、他の移動手段があります。
     私は先にユークリッドへ行って話をつけておきますので。…失礼します」

クラース「今日はここで一泊してください、ということかな?」

クレス「僕たちだけ…いいんでしょうか?」

クラース「むしろお前とチェスターに気を使ってくれたんだぞ?
     居心地が悪いというなら野宿でも構わんが」

チェスター「お言葉に甘えようぜ、クレス。少し町を見てみたいしな」

クレス「うん…そうだね。行こうか」

ミント「私もご一緒してよろしいでしょうか?」

チェスター「構わねえぜ。でもこうなったら俺が邪魔ものになっちまうな」

クレス「な、何を言うのさ!?チェスター!」

チェスター「さーてね」


チェスターは二人を置いていくかのようにさっさと歩きだす。


クレス「待てよチェスター!…ミント、行こうか」

ミント「はい、クレスさん」

アーチェ「あたし達はどうしよっか」

クラース「とりあえず一度宿に行こう。恐らくハリソン殿が気を利かして手配
     してくれているはずだ」

アーチェ「はーい。ほむらちゃん行こー?」

ほむら「…」

アーチェ「ほむらちゃん?」

ほむら「え、…ああごめんなさい。宿ね。行くわ」

アーチェ「何かあったの?考え事?」

ほむら「いえ…大丈夫よ。行きましょう」

クラース「…」

宿



宿に着くと、やはりハリソンが部屋を手配していてくれたらしくすんなりと部屋に通された。


アーチェ「あー…あたしも付いていけばよかったかなー。暇だー」

ほむら「…」

クラース「ほむら」

ほむら「…何かしら?」

クラース「今度は何を考えているんだ?」

アーチェ「やっぱりなんか考え込んでるんだね」

ほむら「そう、ね」


ほむらは重い口調で話し出す。

ほむら「この時代はちゃんと過去と繋がっているのかしら」

アーチェ「過去と…?」

クラース「我々の時代、クレスの時代、…そしてこの時代が一直線に並んでいるのか、ということだな」

ほむら「ええ」

クラース「どうだろうな。我々の時代とクレス達の時代が繋がっているかどうかも
     わからないからな」

ほむら「そうよね…。限りなく似ているけど別の時間軸、という可能性も捨てきれないわ」

クラース「だが、それを気にしても仕方が無いだろう?」

アーチェ「そうだよねー。今この話題を出したからまた時間が枝分かれしちゃった、って可能性もあるし」

クレース「正論だな。アーチェにしては鋭い」

アーチェ「うっせっ」

ほむら「…私は何を気にしているのかしらね」

クラース「この世界にお前が存在した、という証拠を欲しがっているのかもな」

ほむら「えっ…」

クラース「知らず知らずの内にな。人間は欲深い生き物だ。
     知らない間にそう思っていても仕方ないさ」

ほむら「証拠…そうなのかもしれないわね」

アーチェ「大丈夫だよほむらちゃん」

アーチェ「あたし達は友達だし、ほむらちゃんが帰っちゃっても絶対忘れないから」

クラース「そうだな。我々が証拠…というより証人か」

ほむら「…ありがとう、二人とも」

アーチェ「そうだ!今ここでほむらちゃんがお菓子を出してくれたら
     新しい証拠になるかもしれない!」

ほむら「消化されちゃうじゃない…」

クラース「お前は少し欲が深すぎる。自重しろ」

アーチェ「えー…食ーべーたーいー!」

クラース「もうすぐ夕食だ。我慢しろ」



ほむら(最近悩んでばかりね…私って…)

ミゲールの町 夜


ほむらが眠りに着こうとした時、隣の部屋から誰か出てきた音がした。


ほむら(恐らくチェスターさんね。今日も特訓かしら)


ほむらは一瞬どうしようか、と迷った。邪魔になっては申し訳ないんじゃないか。
そんな考えが浮かんだからだ。

答えを決めかねているとアーチェのベッドから音がした。彼女もどうやら起きていたようだ。
アーチェはコッソリと部屋の外に出ていった。


ほむら(…付いていかないといけない気がする)


ほむらはアーチェが出て行って少し間を置き、
ミントを起こさないように同じように音を立てずに外へ出た。

アーチェ「…よぅ」

チェスター「なんだよ」

アーチェ「アンタのせいで目が覚めた」

チェスター「ああそうかい」

アーチェ「ちょっと!悪かったな、ぐらい言いなさいよ」

チェスター「ワルカッタナ」

アーチェ「あー!ムカツク!」

チェスター「特訓の邪魔だ。さっさと帰って寝ろ」

アーチェ「意地でも邪魔したくなってきたもんねー」

チェスター「…」

アーチェ「おいコラ無視すんな!」



ほむら(何やってるの…?)


二人のやり取りをこっそりと物陰で見ていたほむらは完全に出ていくタイミングを見失った。


ほむら(むしろこれは出ていかない方が正解なのかしら…)


決めた。あまりにもひどい口喧嘩になったら止めよう。


ほむら(…別にあの二人の二人っきりの時の会話の内容が気になるわけじゃないわ。
    うん、そうよ。そうなのよ)

チェスター「…」

アーチェ「…」

チェスター「…」

アーチェ「…」

ほむら(…何か喋って欲しいわ)

アーチェ「…アンタさ」

ほむら(いいわよアーチェさん)

チェスター「んだよ」

アーチェ「…やっぱいい」

ほむら(馬鹿)

チェスター「…気になるだろ、言えよ」

アーチェ「いいって言ってんでしょ」

チェスター「中途半端に言うお前が悪い」

アーチェ「何よ」

チェスター「何だよ」

ほむら(…これって終わるのかしら)

アーチェ「…なんでそんなに頑張ってんのよ」

チェスター「…お前らに追いつくためだよ」

アーチェ「動かない木を撃ってあたし達に追いつけるって思ってるわけ?」

チェスター「何もしないよりマシだろ」

アーチェ「…ごめん」

チェスター「…なんだよ急に」

アーチェ「…言い過ぎた」

チェスター「…気にしてねぇよ。事実だしな」


チェスター「…ほむらがな」

ほむら(えっ…?)

アーチェ「ほむらちゃんがどうしたのよ」

チェスター「地下墓地で初めて会って、あんだけ血まみれになって…それでもダオスに一人で立ち向かってよ。
      …何もできなかったのがスゲェ悔しかった」

アーチェ「…何もしてなくなかったじゃん」

チェスター「してねぇよ」

アーチェ「してたよ。アンタの攻撃がなかったらほむらちゃん今頃…」

チェスター「…ほむらがすぐに『逃げて!』って言ったんだよ。自分の方が死にそうだったのに」

チェスター「だから俺その時思ったんだよ。ダオスに一撃ブチ込むっていうのと、
      あの子をもうあんな目に遭わせないってな」

アーチェ「ほむらちゃん…すぐに無茶するから。
     …無茶するクセにちゃんとやりこなしちゃうから何も言えないんだよね」




ほむら(…帰りましょう)


音を殺し、その場を立ち去る。
少し申し訳ない気持ちになった。


ほむら(アーチェさん…いつも心配かけてごめんなさい)

翌朝



チェスター「そのウインナーもーらい!」

アーチェ「ちょっと!人の取らないでよ!」

チェスター「昨日の晩飯で俺の肉取ったやつが言うな!」

アーチェ「晩御飯はいいの!朝御飯は駄目!」

チェスター「そんな自分ルール知らねぇよ!」


クレス「朝から元気だね…二人とも」

ミント「そうですね。仲が良さそうで何よりです」

チェスター アーチェ「良くない!」

ミント「あらあら…」

クレス「ミント、パン一つ取ってくれないかい?」

ミント「はいどうぞ。クレスさん」

クレス「ありがとう」

ミント「クレスさん、ソースが飛んでますよ」

クレス「え、どこに?」

ミント「ちょっと…動かないでくださいね」






クラース「ほむら…」

ほむら「何も言わなくてもいいわ…コーヒー、お代わりいるかしら?」

クラース「有り難く頂こう…」

ミゲール~ユークリッド間  山道


アーチェ「そういえばさ」

クレス「どうした?アーチェ」

アーチェ「クラースってなんで荷物持ってるの?ほむらちゃんの盾に仕舞って
     もらえばいいじゃん」

クラース「すぐ使うものもあるだろう。全部ほむらに任せたらほむらも大変だ」

ほむら「あら、私は別に構わないのよ?すぐ取り出せるようになってるし」

クラース「いや、大丈夫だ。問題無い」

チェスター「旦那」


チェスターが小声でクラースに声をかける。

チェスター「もしかして…」ヒソヒソ

クラース「言うな」ヒソヒソ

チェスター「旦那の気持ち、分かるぜ」ヒソヒソ

クラース「…分かってくれるか」ヒソヒソ

チェスター「…アレ、だろ?」ヒソヒソ

クラース「…」

チェスター「男同士だろ?恥ずかしがんなって」ヒソヒソ

クラース「…そうだ」ヒソヒソ

チェスター「頼みがある」ヒソヒソ

クラース「絶対に見つからないと約束できるか?」ヒソヒソ

チェスター「誓うぜ。この弓に誓って」ヒソヒソ

クラース「…分かった」

ほむら「アレって何なのかしらね」

チェスター「!?」
クラース「!?」


最後尾で小声で話していたチェスターとクラースに大きな、とても大きな
声でほむらは話しかける。


チェスター「な、なんのことかなー?なあ旦那?」

クラース「どうしたほむら?幻聴でも聞こえたか?」

ほむら「二人には悪いけど…私ね」



ほむら「聴力も強化できるのよ?」


一点の曇りもない美しい笑顔だった。

ほむら「仲間同士で隠し事はちょっと…ね?」

チェスター「仲間同士でも言えないことはある」

クラース「そうだ。知られたくないこともあるんだぞ。ほむら」

ほむら「私は別にいいんだけど…これから旅の間、
    回復無しと誤射の魔術を避けるのはとても大変だと思うわ。頑張ってね」

チェスター「う、嘘だろおい!?」

アーチェ「嫌ー!触らないで子供が出来ちゃうー!」

ミント「…」

クラース「お、おい!クレス!お前も男なら…」

クレス「ほむらちゃん、この道はね。僕が初めてユークリッドに行ったときに通った道なんだ」

ほむら「あら、そうなの?大変だったんじゃない?」

クレス「そうだね。あの時は一人だったし…でも今は一人じゃない。
    四人で頑張ろう」

ほむら「そうね、四人で頑張りましょう」

チェスター「だぁー!分かったよ!旦那の荷物の中には…!」

クラース「おい!チェスター!男の誓いはどうした!」

チェスター「すまねぇ…旦那!俺はこいつらと行くぜ!」

クラース「おい!チェスター!おーい!」

ほむら「クラースさん」

クラース「な、なんだ」



ほむら「一人ぼっちは寂しいでしょう?」

クラース「…はい」


今夜の野宿の際の焚火の燃料が決まった瞬間であった。






――魔物が迫ってくる。
ほむらは慌てず盾から銃を取り出し、狙いを付けトリガーを引いた。

……弾が出ない。


ほむら(そんな…!なんで!?弾はまだ…)


「うわあああああ!」


少し離れた所から悲鳴が聞こえた。慌ててほむらはそちらに視線を向ける。

チェスターが魔物に襲われている、時間を停めないと間に合わない。


ほむら(間に合って…!)


時間を停める。


だが魔物は止まらない。


ほむら(なぜ!?止まって!…止まって!!)


チェスターが魔物の剣に串刺しにされる。
刺された箇所から、口から血が溢れだす。

ほむら(嫌…!なんでっ…!)


そんなほむらにも魔物が襲い掛かる。


ほむら(なんでなのっ…!時間は停まってるのに!)


「それはもう余には効かぬぞ、娘」

ほむら「…嫌っ……来ないで……」


目の前にいた魔物が言葉を発する。ダオスのように。


「死ね」


ほむら「嫌あああああああああああああああ!」




ほむら「…はっ!」


飛び上がるように起き上がる。いつものテントの中だ。
周りを見回すとアーチェとミントが気持ちよさそうに眠っていた。

ほむら「はぁ…はぁ……、夢…?」


身体中から汗が噴き出す。額に浮かんだ汗だけ拭い、顔を手で覆った。


ほむら「なんて…夢を…」


少し腹部が傷んだ気がする…ダオスに刺された箇所だ。

今更ながら気が付いてしまった。

ワルプルギスの夜には、攻撃こそ通用しなかったが時間停止は効いていた。

だが、ダオスは違った。

時間が停まった中で動いていた。

そして――


ほむら「…うっ!」


吐き気が押し寄せてくる。ほむらは慌ててテントを飛び出した。


ほむら「…はぁっ…はぁっ……」

ほむら「…私…は…」


恐れていた。ずっと頼っていた力が破られたという事実に。

その敵ともう一度戦わなくてはならないという現実に。

そして…ダオス以外にも時間停止に対抗する力を持っている敵がいるかもしれないことに。


ほむら「この力が無ければ…私は…」


恐れていた。先程見た夢のように仲間に危害が及ぶのを。

ユークリッドの都



クラース「しかし…クレス達の時代でも訪れたがあの村がこれほど発展するとは」

アーチェ「だよねー。下手したら一番大きな国になってるんじゃない?」

クレス「僕たちの時代よりも、もっと活気がある都に見えますね」

チェスター「で、俺たちはこれからどこに行けばいいんだ?」

ハリソン「皆さんお待たせいたしました」


チェスターの言葉を待っていたかのように、タイミングよくハリソンが六人の前に姿を現した。


ハリソン「こちらに研究所があります。お話はそこで」

国営科学アカデミー


ミント「海が駄目なら空、ということですか」

ハリソン「そうです。そしてその空を飛ぶための翼、これがレアバードです」

クラース「しかし…凄い技術だな」

ハリソン「レアバードには魔科学の技術を応用しております」

クラース「魔科学だと!?」

ほむら「…」


少し、ほむらの顔が強張った。


ハリソン「ご安心ください。かつての兵器のような、全てのマナを吸い尽くすような
     ものではございません。」

クラース「だが、微量ながらにでもマナは消費されるのだろう?」

ハリソン「極々微量に…ですが。魔術の覚えがあるエルフの方々にも協力をお願いしましたが、
     人体に影響はございませんでした」

ほむら「なら大丈夫ね」

クレス「ほむら…」

ミント「ほむらさん…よろしいのですか?」

ほむら「…ここで止まっていても仕方がないわ。
    どの道レアバード以外にアルヴァニスタへ向かう手段は無いんでしょう?」

ハリソン「はい…残念ながら…」

クラース「ほむら、本当にいいんだな」

ほむら「ええ、心配かけてすまないわね」

チェスター「じゃあ早速…」

ハリソン「申し訳ございません…、実はまだ未完成で」

チェスター「なんだよそれ…」

ハリソン「そこで皆さんにお願いがあるのですが…」

クラース「――レアバードの為にヴォルトと契約してこい、か」


クラースはハリソンから手渡されたサードニクスの指輪をつまむように
もち、そう言い嘆息を吐く。


アーチェ「でもまあいいじゃん?精霊と契約できたら戦力アップだし」

クラース「そうだな。前向きに捉えるか」


気持ちを切り替えてヴォルトと契約を済ませよう、と思ったその時だった。



見慣れない恰好をした二人組と、同じような恰好をした少女が睨み合っていた。
しかし、ほむらだけはその恰好に該当する言葉を知っている。


ほむら(忍…者…?)


教科書や時代劇などで目にした忍者、そのままの姿だった。


少女「どうしても里に戻ってはいだたけませんか」

忍者「愚問!我らの力はダオス様の為!」

少女「…分かりました。ご覚悟を」


一瞬だった。少女が二人の忍の間を通り過ぎたと思ったその刹那。
二人の忍が声も無く膝を崩して倒れこみ、そのまま動かなかった。


少女「…申し訳ございません」

クレス「君」

少女「!?」


いきなり声をかけられて驚く様子を見せる少女。


少女「あなた達は…」

クレス「いや、僕たちは別に怪しい者じゃなくてね…」

チェスター「どう考えてもその言葉は怪しいぞ、クレス」

少女「クレス…?もしや貴方達は時の英雄の…」

クラース「恥ずかしいがそう呼ばれているな」


そのクラースの言葉に反応し、少女は跪き首を垂れる。


少女「失礼しました。わたしは伊賀栗の里の忍、藤林すずと申します」

アーチェ「しのび?」

ほむら「…表舞台には出ずにその裏で暗躍する諜報や破壊活動を行う集団、
    ってところかしら」

すず「…暁美ほむら様ですね。よくご存じで」

ほむら「…少し、知識があってね」

アーチェ「なんかほむらちゃん最近元気無いね…大丈夫?」

ほむら「…大丈夫。気にしないで」

すず「申し訳ありませんがわたしは任務がある故、ここで失礼させて頂きます。
   …いずれまたお会いする機会もあるでしょう。では」


すずはそう言い、懐から小さな爆弾のようなものを取り出し地面に叩き付ける。
その瞬間辺り一面に煙が広がり、煙が引いた時にはもうすずの姿はなかった。

チェスター「あっという間だったな」

ミント「あのような小さな子が…」

クラース「まあ、あの子はまた会う機会があると言っていた。
     その時に色々話を聞けばいいさ」

クレス「そうですね。じゃあヴォルトの元へ向かいましょうか」

クラース「そうだな、久々の試練だ。気を抜くなよ」





ほむら(試練…、そうだ。…戦うのよね)







ヴォルト「☆※△×○◇!」


自分以外の誰もが理解できない言語で叫び、周囲に雷を落とす。

クレス「うわっ…っと!」

クラース「意思の疎通すらできんとはな…」

ほむら「こういう精霊は初めてなの?」

クラース「そうだな。少なくとも会話は出来ていた…今までの精霊はな」

ほむら「…じゃあ力づくで大人しくさせるしかないわね」

この世界で最も使用しているハンドガンを取り出し、トリガーを引こうとしたその時だ。



ほむら(ちゃんと作動するの…?)


脳裏に夢で見た光景が広がる。


ほむら(…今は戦闘に集中しなさい!)


自分にそう言い聞かせ、トリガーを引く。

発砲音が辺りに響き、反動が手に伝わる。

しかし、ヴォルト目掛けて撃った弾は簡単に弾かれた。

ほむら(…)


ハンドガンは通用しない。ならばと爆弾を取り出そうとする。
しかし今戦っている場所は切り立った崖だ。爆発物で足場を崩すのは避けたい。


ほむら「…私は詠唱の時間稼ぎと援護に回るわ。クレスさん、チェスターさん前線お願いね」

クレス「わかった!」

チェスター「了解だぜ!…凍牙!」


チェスターの放った矢は、ヴォルトの回転に負けずに突き刺さる。


クレス「真空破斬!」


周囲の電撃を警戒しクレスは電撃の外から剣を真一文字に振り、真空波を
ヴォルトに直撃させる。


クラース「…頼りがいがある二人になってきたな!…マクスウェル!」

アーチェ「いやー?片方はさすがに?…ファイアストーム!」


炎の嵐とマクスウェルの球体を正面から喰らい恐らく苦しんでいるであろう、そんな声を上げる。

ヴォルト「!!!!!!!!!!!!!」

チェスター「このまま一気に…!」

アーチェ「ちょい待ち馬鹿ちん!すっごい魔力を感じる!」

チェスター「何だと!?」



ヴォルトから魔力が放出される。放出された魔力は上空でマナと
結合し、チェスター以外には見覚えのある雷の球体が生まれた。


アーチェ「インディグネイション!?ここじゃあれはやばいって!」

クラース「足場ごと吹き飛ばす気か!?」

ミント「一旦下がりましょう!」

ほむら「…仕方ないわね。…クレスさん!?」


一旦退く姿勢を見せた四人だったが、クレスは迷いなくヴォルトに突撃する。

クレス「詠唱さえ止めれば!…鳳凰天駆!」


突撃したスピードを殺さずに飛び上がり、更に落下速度を味方につけたクレスは
炎を纏った突きを繰り出す。


チェスター「クレス!?ちっ!…紅蓮!」


炎の連続攻撃。先に着弾したチェスターの矢が爆発を上げ、更に追い打ちをかけるように
クレスの突きがヴォルトを捉えた。


ヴォルト「!?!?!?!?!?」


ヴォルトが練り上げた魔力が空中で四散する。
もがくように無数の電撃をクレスとチェスターに落とす。


クレス「ぐぅ!」


なんとかクレスは身を引き、直撃を避ける。だが


チェスター(やべぇ!避けらんねぇ!)


電撃がチェスターを取り囲むように落ちてくる。


ほむら「危ない!」

チェスターを救うため、時間を停めようとする。


ほむら(…停めるのよ。なんで私は躊躇っているの)

ほむら(停めなさい…停めなさい…停めなさい!)

ほむら(お願い…止まって……)


時間を停める。チェスターに襲い掛かった雷も、ヴォルトも、クレス達も止まっている。


ほむら「ハァッ…!ハァッ…!ハァッ…!」

ほむら「…何てザマなの…私は……」


時間を停めるのが怖い。いや、時間停止を破られるのが怖い。


ほむら(時間停止が通用しなかったら…私は…)

ほむら(…駄目。そんなこと考えている場合じゃない。今はチェスターさんを救わないと)


急いでチェスターの元へ駆け寄り、触れる。

チェスター「! っと…ほむら!助かったぜ!」

ほむら「…逃げ道くらいは確保してから攻撃して頂戴。ヒヤヒヤしたわ」


ほむらは余裕があるように振舞う。心配されたくない…、心配させたくない。


時間を停止してチェスターを安全に救いだし、時を動かす。
ヴォルトが放った電撃は一瞬前までチェスターがいたはずの地面に落ちた。


チェスター「クレス!締めは任せたぜ!」

クレス「ああ!閃空裂破!」


回転斬りでヴォルトを切り上げ、更に落ちてきた所に突き刺す。


クレス「魔神!双破斬!」


それだけでは終わらず、剣を振り衝撃波を生み出す。
その衝撃波に追いつくように飛び、
斬り上げから斬り下げるコンビネーションでヴォルトを地面に叩き付けた。


ヴォルト「!!!!!!!!!!!!!!!」


ヴォルトはそれ以上電撃を放たず、静かに地面に転がっていた。

クレス「ふぅ」

クラース「全く、無茶するようになったな」

アーチェ「ホントだよー!みんな下がる気満々だったのに!」

クレス「ごめんごめん、ヴォルトが無防備だったからいけると思ったんだ」

ほむら「…お疲れ様。二人とも」

チェスター「サンキューほむら、助かったぜ」

ほむら「いえ、私も助けることができて安心しているわ」



ほむら(…本当に、よかった)


クラース「よし、契約完了だ」

ミント「言葉が通じなくてもどうにかなるものですね」

チェスター「しかし何て喋ってたんだろうな、こいつ」

アーチェ「馬鹿そうな青髪のお前!黒こげにしてやるー!とかじゃない?」

チェスター「何言ってんだ?青とピンクの見分けくらい付くだろ流石に」

アーチェ「なにー!けーっきょく最後はほむらちゃんに助けてもらったくせに!」

チェスター「はっ!ほむらならあの状況でも助けてくれるって信じてたしな」

アーチェ「ほむらちゃん!この馬鹿一回ほっといていいよ!痛い目見ないと
     わからないみたいだし!」

ほむら「…」

アーチェ「ほむらちゃん?」

ほむら「…あ、ごめんなさい…何かしら?」

アーチェ「ほむらちゃん本当に大丈夫?また無理してない?」

ほむら「ええ、大丈夫よ。貴方達がバチバチやり合ってるときはヴォルトより
    面倒だから触れないようにしているの」

クラース「間違いないな。毎回止めに入るミントの身にもなってみろ」

ミント「あの…えっと…その…、仲良くしましょう?」

アーチェ「こいつがそうしたいって言うんならね!」

チェスター「コイツがそうしたいって言うんならな!」

アーチェ「何真似してんのよ!」

チェスター「お前が俺の言おうとしたこと先に言っただけだろ!この脳味噌スポンジ女!」

アーチェ「ス、スポンジぃぃぃぃ!?もー今日という今日は許さないんだからね!」


クラース「さあ、二人は置いて帰ろうか」

クレス「そうですね。早くレアバードに乗ってみたいですし」

ミント「空を飛べるなんて夢のようです」

ほむら(夢、ね…。私の夢は…)

ほむら(私は…)



もはや恒例行事となりつつある夫婦漫才を見物するのを切り上げ、クレス達はユークリッドの都へ戻る。

この時、ほむらはある決断をしていた。

今日はこれで失礼します。

チェスターの件をアッサリ終わらせた理由として
・まだ悪夢を見るようになってない
・ダオスを倒せば心の整理が付くと思っている
という補足(言い訳)を加えておきます…

ちょっと投下します

ユークリッドの都 夜


ほむらは一人、早々に食事を切り上げて武器の手入れをしていた。


ほむら(使えそうな武器は…かなり減ったわね)


ため込んだ弾薬も、時空を越える旅の中で随分と消費してしまった。
拳銃とハンドガンの弾は多少残っているが、この先使えるかどうかは怪しかった。


ほむら(火力が足りない…それに…)

ほむら(時間停止…これも…)

ほむら(近接攻撃も相手によるわね…。…じゃあ私には何ができるの?)

ほむら(…頼り過ぎたツケが回ってきただけよ)

ほむら(…動くなら早い方がいいわ)


ほむらは手入れの終わった武器を盾に仕舞い、部屋を出ていった。

チェスター「なんか雪が年中降ってる大陸に山一つ軽くを吹き飛ばす化物がいるらしいぜ」

アーチェ「なにそれ?まーたそんな変な情報持ってきたの?」

チェスター「あー?ダオスの手下かもしれねぇだろーが」

アーチェ「胡散臭すぎるよー。はぁ…」

チェスター「分かりやすい溜息つきやがって」

クラース「変な情報といえば、なにやら最近誕生した闘技場のチャンピオンがやたら強いらしい。
     …しかもかなりの美女だとさ」

クレス「女性のチャンピオンですか…凄いですね」

クラース「まあ自分の目で確かめてないからな。気になったら行ってみたらどうだ?」

クレス「いやぁ…僕なんて。それに周りからジロジロ見られながら戦うのって
    なんかやりにくそうですし」

ほむら「クレスさん」


会話の流れをほむらが断ち切った。

クレス「どうしたんだい?」

ほむら「私と手合せ願えないかしら?」

クレス「…ほむらからとは珍しいね」

ほむら「そう…ね。受けてもらえる?」

クレス「分かった。いいよ」

ほむら「ありがとう。じゃあ町の外で待っているわ。あと…よかったら
    他のみんなも来て頂戴」

チェスター「おいおい、クレスがいじめられる姿をさらし上げるってのか?」


ニヤニヤしながらチェスターはおちょくる様子で言った。


ほむら「…先に行ってるわね」


ほむらはチェスターの言葉を無視して立ち去る。
様子がおかしい、五人はすぐにそう思った。

ミント「何か…あったのでしょうか?」

アーチェ「うーん…なんか最近色々悩んでる感じはあったけど」

クラース「…」

チェスター「どうするんだ?クレス」

クレス「どうするも何も、行くよ。ほむらが待ってる」

アーチェ「そうだね、っと」


アーチェが立ち上がったのを見て、つられるように4人も立ち上がる。


クラース「クレス」

クレス「はい?どうしました?」

クラース「本気でやってやれ」

クレス「僕はいつも本気です。でも…」


いつもは手も足も出ない、そう言葉を続けようとしたところをクラースが割り込む。


クラース「いいから。…本気でやってやるんだ」

クレス「…?はぁ…?」

町の外


クレス「ほむら、お待たせ」

ほむら「…急にこんなお願いしてごめんなさい」


背を向けていたほむらは振り返る。クレスを先頭にみんな来てくれたようだ。


クレス「構わないよ。いつもは僕からお願いしているからね」

ほむら「…クレスさん」

クレス「なんだい?」

ほむら「本気で、お願いね」


クラースと同じお願いをされたクレスは少し戸惑う。


クレス「…僕はいつも本気だったよ」

ほむら「…そう」


ほむらが一歩前に出る。気配が変わった。


ほむら「じゃあ貴方はその程度だったってことね」


冷たい声でほむらが告げる。
自分の声でほむらは思い出す、かつて自分一人で全て終わらせようとしていた姿を。

クレス「!?」


ほむらの豹変にクレスは慌てて剣を握る。いつもと空気が違う。


クレス「ほむら!君は…」

ほむら「行くわよ」


クレスの言葉を無視してほむらはクレスに向かって飛び出す。
右手に拳銃を握る。ほむらの手持ちの武器で一番殺傷能力が低い拳銃だった。

――それを躊躇なくクレスに向かい、発砲した。


クレス「!? ほむら!?」


ほむらの武器の特性を知っているクレスはなんとか剣で弾を弾き飛ばす。

だがクレスは動揺していた。ほむらは今まで訓練で一度も発砲したことが無かったからだ。


ほむら「魔力でブレーキをかけてるわ。当たっても死なないから安心して」

そういいほむらは更に二発撃ちこむ。クレスは慌てて剣で受け止めようとした。
――そこをほむらが狙う。

姿勢を低くして更に距離を縮め、クレスが得意とする間合いまで詰め寄る。


ほむら「ここは貴方の間合いよ?反撃しなさい」

クレス「…っ!ほむら!」


二発の弾丸を剣で弾き、返す剣を水平に薙ぎ払う。


ほむら「…」


ほむらは更に姿勢を低くし、薙ぎ払った剣の下を通過する。
クレスは完全に無防備だ。


ほむら「ガラ空きよ」


魔力を込めた拳をクレスの鳩尾にめり込ませる。


クレス「…!ガッ、ハ…!」


膝が一瞬落ち、クレスの顔が落ちてくる。そこを狙いほむらのハイキックが
クレスの顔面を蹴り飛ばした。


クレス「がっ…!」


クレスは衝撃に耐えられず、背中から地面に倒れこんだ。

アーチェ「ちょ、ちょっと!やり過ぎじゃない!?」

チェスター「訓練って雰囲気じゃねーだろこれ!」

ミント「と、止めましょう!」

クラース「止めるな!」

チェスター「だ、旦那!何言ってんだよ!このままじゃ…」

クラース「いいから見守ってやるんだ」

それ以上の発言を許さないような圧力を込め、クラースは三人を制止した。

クレス「…まだ!」

ほむら「いい加減にして」

クレス「!?」

ほむら「私は本気で来てってお願いしたはずよ」

クレス「僕は…!」

ほむら「っ…!」


クレスが立ち上がろうとするのを妨害するかのように、ほむらは距離を詰める。
それを見たクレスは咄嗟に剣を身体の前に構え、次の攻撃に備えようとした。

剣を振れば当たる距離でほむらは右手を伸ばし、拳銃をクレスに向ける。
射線を切るようにクレスは剣を向ける。だが、拳銃から弾は込んでこない。
フェイントだと気が付いたクレスだったが時すでに遅かった。

ほむらの左手が伸びてきていた。クレスの右腕を掴み、自由を奪う。
振り払おうとしたクレスの腰が浮いたのを視界の端に捉えたほむらは
自身の足をクレスの足にかけ、地面に叩き付けるように投げ飛ばした。


クレス「あ…!がっ…!」


苦しそうに顔を歪めるクレスの顔を見たほむらの顔もまた、歪んでいた。

ほむら「いい加減にして!」

クレス「…!?」

ほむら「本気で来てって言ってるでしょう!」


ほむらが、何かに耐えるかのように顔を歪めて叫んだ。


ほむら「何で貴方はいつもそうなの!何で追い込まれないと力が出せないの!
    何で…貴方はそんなに甘いの…」

ほむら「過去のダオスと戦った時貴方は三人がかりで防げなかった攻撃を一人で防いだ!
    貴方たちの時代で一人でダオスを押し返すことができた!それ程の力があるのに!なんで!…なんで……」


ほむらは俯き、言葉を吐きだしていく。


クレス「ほ…むら…?」

ほむら「…分かった、もういいわ」


そう吐き捨て素早く盾に拳銃を仕舞い、代わりにハンドガンを取り出す。
そのままなんの躊躇もなくクレスの顔のすぐ側に狙いを付け、引き金を引いた。


クレス「…!」


撃った弾はクレスの頬を掠め、血が流れ出す。


ほむら「追い込まれないと本気を出せないのなら…もう容赦しないわ。
    もう魔力で制御もしない。…殺すつもりでやるから」

チェスター「流石にもう止めなきゃ駄目じゃねぇのか?旦那?」

クラース「…」


しかしクラースは腕を組み、一向に動こうとしない。


チェスター「…くそっ!」

アーチェ「ほむらちゃん…なんで…そんなに…」

クレス「ほむら…ごめん」

クレス(僕は君と、アランさんを裏切るところだった…。もう迷わない…だから)

クレス(そんな辛そうな顔やめてくれ)



クレス「全て出し切るよ。君をダオスと思って」

ほむら「!?」


気配が、変わった。


ほむら「…っ!」


ほむらが再びクレスに向かって地を蹴り、ハンドガンを向ける。


クレス「うおおおおおおおおおお!」

ほむら「!?」


クレスは今度は受けようとしなかった。ほむらに向かって弾丸のように飛び出す。
ほむらは慌ててその場で踏み留まり、引き金を引いた。

クレス「…!」


クレスが顔を少しだけ傾ける。頬に新たな傷が出来たが前に出るのを止めない。

クレス「はぁっ!」


剣を振り下ろす。ほむらはそれを避けるため後ろに跳んだ。先程までほむらがいた
地面に剣が刺さり、地を抉った。


クレス「はあああ!」


返す剣で切り上げる。作り出した衝撃波がほむらへ向け地を這い追いかける。
着地を狙った衝撃波をほむらは慌てて盾で防ぐ。動きが止まったほむらを狙いクレスが追撃する。


ほむら(この気迫…!アレンさん、いやそれ以上…!)

クレス「これでっ!」


肩口からの切り下す斬撃。かわせないと判断したほむらは盾を構えた。
金属と金属がぶつかり合う音が響く。衝撃が地面にまで伝わりほむらの足元が割れる。

ほむら「くっ!」

受けた盾でクレスの剣を滑らせるように受け流す。すかさず隙だらけのクレスに
向かい銃口を向けた。


クレス「まだだ!」


肩からほむらの身体にぶつかる。だが、それだけではまだ終わらない。


ほむら「くっ…!」

クレス「獅子戦吼!」


獅子の咆哮が如き衝撃波を発し、ほむらを吹き飛ばした。


ほむら「きゃあっ!」


背中から地面に落ち、更に何かに引きずられるように地面を転がる。


ほむら「ハァ…!ハァ…!…まだ!」


慌てて起き上がろうとしたほむらだったが、クレスが空中から剣を振りかざし
振り下ろそうとする姿を見て思わず身を硬直させてしまう。

ほむら「っ…!」


左手が上がらない。盾で受けたときの衝撃で言うことを利かない。
咄嗟に右手のハンドガンで受ける、が――


クレス「そんなもので!」


クレスの一撃が、ダオスの攻撃に耐え抜いたハンドガンを切り裂いた。


ほむら(駄目…っ)


急いで次の銃を取り出そうとしたほむらの動きをクレスの剣が止めた。
剣の切っ先がほむらの顔の手前に突きつけられていた。


ほむら「ハァッ…!ハァッ…!ハァッ…!…っ!」

クレス「…まだ続けるかい?」



ほむら「…いいえ」


ほむら「…私の負け…よ…」

戦いを見届けた四人が慌てて駆け寄ってきた。


チェスター「…無茶しやがって――お前ら」

ミント「お二人とも、大丈夫ですか?」

ほむら「…大丈夫よ。クレスさんごめんなさい」

クレス「いや、僕の方こそ…」

ほむら「いいの…私が本気でやってって頼んだのだから」

クレス「違う、そっちじゃなくて」

ほむら「えっ?」

クレス「辛そうな顔をさせてしまって…」

ほむら「っ…!」

アーチェ「やっぱり、辛かったんだね。ほむらちゃん」

ほむら「…」

クラース「さて、説明してもらおうか?ほむらの口からな」

ほむら「…クレスさんと戦ったのはクレスさんの本気にどれだけ喰らいつけるか試したかったから。
    皆を呼んだのは本気のクレスさんの力を見てもらいたかったから」

ほむら「その結果が…これね」

ほむら「…私は」



ほむら「…私はここでリタイアよ」

チェスター「…どういうことだよ?」

ほむら「…そのままの意味よ」

チェスター「なんでだよ!?お前も…」

クラース「チェスター待て、最後まで言わせてやれ」

チェスター「…チッ」

ほむら「…」

ほむら「私はこれから先足手まといになるわ」

ミント「そんなっ!?今の戦いだって…」

ほむら「最初はクレスさんが本気を出していなかったからよ」

クレス「そんなことはない!ほむらは仲間になったときからずっと凄くて!強くて…!」

ほむら「…一緒に旅をするようになって、クレスさんも…みんな凄く強くなったわ。私以外は、ね」

アーチェ「ほむらちゃん…以外、って…」

ほむら「私は…最初から何一つ変わっていないのよ。…ユグドラシルが蘇ってマナが増えて、
    ソウルジェムの自然回復の速度が上がった以外はね」

チェスター「なんでだ!?同じように戦って、同じだけ戦ったら一緒に強くなっているはずだろ!?」

ほむら「魔法少女の魔力の総量は不変なのよ。契約の時に全てが決まる」

ほむら「時間停止と武器があったからこれまでやってこれた。だけど…」

クラース「手持ちの武器も心許なくなってきて、更にダオスには時間停止が通用しない」

ほむら「御名答ね。…元々私は身体が弱く、
    魔力で肉体を強化しても魔力が尽きる前に身体が悲鳴をあげるの」

ほむら「それに…夢を見た。…時間を停めても敵が動いてるの。
    その敵が仲間を串刺しにしたわ…。怖かった…」

ほむら「今後、その夢が現実にならないとは限らない。…私はずっとこの力に頼ってきた。
    この力が通用しないのが…怖くて…堪らないの…」


ほむらの手が震えている。先程のクレスの攻撃を受け止めた衝撃がまだ手に残っているのか、
それとは別の理由なのかはほむらにしかわからない。

クラース(以前、力に頼り過ぎるなという話をしたが…まさかこんな形で起きるとは)


過去、初めてほむらの戦闘能力を目の当たりにしたクラースはクレスの前でそう話した。
しかし、まさかほむらがこのような事態に陥るとは想像すらしていなかった。


アーチェ「…逃げちゃだめだよ」

ほむら「…」

アーチェ「そんな…弱気なほむらちゃん嫌だよ…いつもみたいにクールでかっこいい
     ほむらちゃんに戻ってよ…」

ほむら「…私は……元々こういう性格なのよ。…弱くて、一人じゃなにも出来なくて…。
    無理矢理それを変えようとして…演じて…私は…」

アーチェ「――っ!」


パチッ!という乾いた音が辺りに響いた。頬がジンジン痛む。
ほむらは自分の頬がはたかれたのを理解した。


アーチェ「…今のほむらちゃんは……嫌いだよ…」

ほむら「…っ」

ほむら「私はっ…!」

ほむら「自分のせいで貴方達に迷惑をかけるのが怖いのよっ…!傷つけるのが怖いのっ!」

クレス「…僕もそうだったよ。でも、そんなときに背中を押してくれたのは
    ほむらだったじゃないか」

ほむら「…」

クレス「僕がグングニルを使うのを恐れていた時、背中を押してくれたのは君だった。
    だから今度は僕が君の背中を押す。僕がほむらのフォローをする」

クラース「だから僕、じゃなくて我々だろう?」

ほむら「私はクレスさんとは違うっ!クレスさんはまだまだ強くなれると思ったから!
    でも…私は…!」

ほむら「これ以上は…もう…」

アーチェ「だからっ!」

アーチェ「なんでそこで助けてって言わないのよ!力を貸してって言えないのよ!」

ほむら「アーチェ…さん?」

アーチェ「あたしの事友達だって思うんなら頼ってよ!あたしたちのこと仲間だって
     思ってるんならもっと頼ってよ!」

アーチェ「なんで…そうやって一人で抱え込もうとしちゃうのよ…」


アーチェが泣いている。自分のことのようにポロポロ涙を流している。


ほむら「私…」


ほむら「みんなに…迷惑がかかると…思っ…て」

ほむらの瞳から一筋の涙が流れる。一度流れ出したらもう、止まらなかった。


クラース「馬鹿言え。お前がいないと誰がアーチェの世話をするんだ。私は御免だ」

チェスター「俺はまだまだほむらに助けてもらってばっかりだしな。
      新技開発もお前がいないと進まないんだよ」

ミント「私もほむらさんから学ばないといけないことがまだ沢山あります」

クレス「僕はほむらに負け越しているからね。負けたまま引かせないよ」

チェスター「なんだクレス、ムキになってないか?」

クレス「あ、えっと…負けたままじゃ悔しいだろ?」

チェスター「ははっ確かにな」


ほむらはただただ涙を流し、茫然として四人のやりとりを見ている。


ほむら「なんで…貴方達はこんなに…こんなに…」

ほむら「こんなにも…優しいの……」


アーチェ「ほ゛む゛ら゛ち゛ゃ ん゛!」


アーチェが勢いよくほむらに抱き付く。

アーチェ「ごめんね!叩いてごめんね!痛かった!?ごめんね!どこにも行かないで!」

ほむら「もう…貴方は……ほん…と…に……」


ほむらは最後まで言い切ることができず、止まりかけた涙が再び溢れ出した。


クラース「ほむら…君の問題は解決していないが一緒に来い。旅をしていく内に何か解決策が
     思い浮かぶかもしれない」


気休めの言葉ということはほむらも分かっていた。ただ、一緒に来い――この一言が
たまらなく嬉しかった。


ほむら「は…い……」




クラース「それに、お前には3万ガルドの貸しがあるしな。抜けてもらっては困る」




ほむら「は…い…」

ほむら「はい?」


ほむらの涙が止まった。

クラース「何を言っている?アラン殿に支払った3万ガルド、忘れたとは言わせないぞ?」

ほむら「えっと…あれは…」

クラース「まさか有耶無耶になって無かったことにしてた、なんてことはないだろうな?
     報奨金の5万ガルドからお前が『勝手に』支払ったんだろう?」

ほむら「それは…」

クラース「そうだな…アラン殿は3万ガルドでダオスの所までついていく契約内容だったな。
     ではほむら、君も必死に我々についてきてダオスに辿りつくんだ。それでチャラだ」

ほむら「あの…」

クレス「ほむら、大変だろうけど頑張ろう」

ミント「頑張りましょう、ほむらさん」

チェスター「その年で借金なんて大変だけどよ…」

ほむら「…あのー、ですね」

アーチェ「ほむらちゃん」

アーチェ「あたし達と旅続けるの…嫌…?」

ほむら「…ずるいわ……そんな質問……」

ほむら「嫌な訳……無いじゃない……」

アーチェ「ごめんね…あたし達も嫌じゃない。っていうか一緒に来てくれないとヤダ」


あやすようにほむらの頭を撫で、アーチェは気持ちを伝えた。


ほむら「…皆がアーチェさんに困るって言うから仕方無しについていってあげるわ」

アーチェ「ほー、そんなこと言っちゃうかねー」


アーチェは少し乱暴な手つきで更にほむらの頭をぐしゃぐしゃするように撫でる。
しかしほむらからの反応は無い。


アーチェ「…あれ?『髪が乱れるでしょ!』とか言ってくるのかなぁ…と思ったんだけど」

ほむら「…今だけは……好きにしていいわ」

アーチェ「…えへへっ」


優しく微笑み、アーチェはほむらの頭を暫く優しく撫で続けていた。

ユークリッドの都


ほむらは悩んでいた。今後の戦いについてだ。


ほむら(やると決めたからには何か見つけないとね…私の役割を)


以前から何も考えていない訳ではなかった。だが、そう簡単に思いつくものでもない。


ほむら(だめね、じっとしてても考えがまとまらないわ。…少し外を散歩しましょう)


ほむらは暇を持て余していた。本来ならアルヴァニスタに向かっているはずだったが
クラースとアーチェは研究所に呼び出されていた。
魔術と召喚術を何かに応用できないか意見を聞きたいらしい。
クレス、ミント、チェスターはミゲールの町に向かった。
少しでも復興の参考にできる情報が欲しいらしい。


ほむら(私もどちらかについていけばよかったわね…。
    まあついていってても役には立てないでしょうけど)


そんな自虐的なことを思いながら、ほむらは町に繰り出していった。

ユークリッド城付近


ほむら(凄い人だかりね…。何かあるのかしら)


ブラブラと歩いている内に城門に辿り着いたほむらは人の多さに驚いていた。


「さあ!誰かいないか!?女王の名にふさわしい実力と美貌を兼ね備えたチャンピオン!
 その名もクイーン!挑戦するものはいないのか!」


ほむら(闘技場の女性のチャンピオンの話は本当だった、ってわけね)

ほむら(まあ私には関係無いわ。誰かが挑戦するなら見てみたいけど)


興味無さげにその場を通り過ぎようとすると見覚えのある人影を見つけた。


ほむら(あれは…すず?…よね?)


以前ヴォルトの洞窟で会ったときとは違う忍び装束、それに覆面をしていたが特徴的な後ろ髪と前髪。
それにあの小柄さ。


ほむら(どう考えてもそうよね。任務中かしら?)

ほむら(…ちょっと声をかけてみよう)


すずらしき人物が人混みを離れるように裏道に入っていく。
慌てて追いかけてほむらは声をかけた。

ほむら「すず?」

覆面すず「!? ほ、ほむら…さん!?」

ほむら「ごめんなさい驚かせてしまって。また任務中かしら?」

覆面すず「えーっと、あ、はい…そんなところです」


少し様子がおかしい。慌て方が大きすぎる、ような気がする。


ほむら「どうしたのそんなに慌てて?」

覆面すず「あの…そのですね」


そんな時、ほむらの背中の方から声が聞こえてきた。


「暁美さん、離れて下さい」


ほむら「えっ…?」


ほむらは振り向く前にその声に驚いた。
自分の目の前にいる少女と全く同じ声が後ろから聞こえたからだ。
慌ててほむらは振り向いた。――視線の先にはヴォルトの洞窟で会った姿のすずがいた。


すず「そちらの忍の方、一体どこの里の者ですか?」


感情を押し殺した、冷たい声だった。

ほむら(どういう…こと…?)


自分の目の前にすずが二人いる。
覆面をしたすずも自分と同じように驚きを隠せない様子でいる。


覆面すず「…」


覆面をしたすずは質問に答えず押し黙っている。


ほむら『貴方、すずなのよね?』


ほむらは覆面をしたすずにテレパシーを送った。


覆面すず『…はい、そうですほむらさん』

ほむら『これは一体どういうことなの?貴方は…』

覆面すず『わたしは未来から来ました。後で事情を説明します。
     …話を合わせて下さい。お願いします』


この状況でもはや誤魔化しきれないと悟ったのか、手短に覆面をしたすずが説明する。

ほむら『…分かったわ。でも合わせるって――』


すず「お答え頂けないようですね。…申し訳ありませんが――」


すずが忍者刀に手をかける。その動きを見た覆面をしたすずが言葉を発した。


覆面すず「わたしはニンジャリア星からこの星に極秘任務のためにやってきた者です。
     名をウッディベルと申します。この星の忍の方」

ほむら(…はい?)


ほむらは再び混乱する。ニンジャリア星?ウッディベル?
そんな下手な言い訳が通用するわけ…


すず「…本物、なのですか!?」


あった。すずは年相応な子供のように目をキラキラ輝かせている。


ウッディベル「そうです。極秘任務故、事情は話せませんが…」


ウッディベルは先程ほむらにこう言った。『話を合わせて下さい』と。


ほむら(無茶言わないで)


全くその通りである。

ほむら(笑いを堪えるのに必死よ。顔が攣りそうだわ)

すず「わ、わたしも何か是非お手伝いを!」

ウッディベル「いえ、あなたにも任務はあるでしょう。わざわざ手伝っていただくわけにはいきません」

すず「…ですが――」

ウッディベル「それに、すでにこちらの方に手伝って頂くことになっております故…」

ほむら(やめて、こっちに振らないで)

すず「ほ、本当ですか!?暁美さん!?」

ほむら「…事実よ。先程こちらの…ウッディベルから要請を受けたわ。どうやらウッディベルは
    こちらに来て間もないから土地勘がないらしくて案内をしていたの。
    ウッディベルの任務は話に聞いた限りじゃ少数のほうがいいみたいだし…。
    ここはウッディベルの言う通りすずは手を引いた方が賢明だと思うわ。
    ねぇ?ウッディベル?」

わざとらしくウッディベルを連呼するほむら。自分でいいながら少し吹き出しそうになる。


ほむら(いざとなれば時間を停めて笑ってしまいましょう…耐え続ける自信が無いわ…)


すず「…そう、ですか。残念です」

ほむら「…ごめんなさいね。じゃあ行きましょうか、ウッディベル」

ウッディベル「そうですね。では…失礼します」

すず「あの!」


立ち去ろうとした二人をすずが引き留める。

すず「またどこかで…会えるでしょうか!?」

ほむら(…)


やっと終わった、と思い一瞬気を抜いたところにすずが懇願するかのように声を上げた。


ウッディベル「…申し訳ございません。わたしはこの任務を遂行次第、星に帰ります。
       …ニンジャリア星に」

ほむら(っ…なんで言い直すのかしら?)

すず「…そうですか。残念です……本当に」

ウッディベル「…強く生きてください。この星の忍よ。では忍者姫ウッディベル、
       これにて失礼s

ほむら(あ、駄目だ)


ほむらは咄嗟に時間を停めた。


※しばらくお待ちください※

ほむら「…ふー、………よし」

ほむら「ヴォルト戦であれだけ時間停止を使うのを躊躇ったのに、
    …まあいいわ。恐れては駄目、よね」


時が動き出す。


ウッディベル「――します。では、行きましょうか」

ほむら「ええ、じゃあね。すず」


すずから逃げるように二人は路地裏に逃げ込んだ。


ウッディベル「…申し訳ございませんでした。話を合わせてもらっ」

ほむら「わざとなの?」

ウッディベル「えっ?」

ほむら「わざとなのかしら?」

ウッディベル「…一体なぜそんな怒ってらっしゃるのでしょうか」

すず「…という訳なのです」

ほむら「連合軍に追われてアーチェさんが時空転移で貴方達三人を逃がした。
    それに巻き込まれる形で、今この国でチャンピオンになっているクイーンって人も
    付いてきた、と」

すず「そうです。本来ならこの時間軸にいらっしゃる皆様には接触するべきでは無かったのですが…」

ほむら「仕方ないわウッディベル。それよりもこれからどうするの?」

すず「…できればすずと呼んでもらいたいのですが」

ほむら「わかったわウッディベル」

すず「…」

ほむら「…わかったわ。すず」

すず「あ、ありがとうございます。わたしはこれよりクイーンに挑戦します。あの人の狙いは
   恐らく…今この時間にいるクレスさんでしょう。戦わせるわけにはいきません」

ほむら「あのクイーンって人、そんなに強いの?」

すず「強いです。クレスさんなら負けはしないでしょうが、無傷で…とはいきません。
   旅に支障が出るようなことは避けておきたいです」

ほむら「…分かったわ。すずはあの人に勝てるの?」

すず「何度か手を合わせています。クイーンの手はわかっているので勝てるはずです」

ほむら「私が時間を停めている間に…」

すず「…ほむらさんの手を汚させるようなことはしたくありません。
   わたし一人で勝ちます。」

ほむら「はぁ…。……わかったわ。すずを信用するわね」

すず「ありがとうございます。では先に他の二人を紹介しておきますね。…こちらです」

すず「アーレスさん、ファルケンさん。紹介します…暁美ほむらさんです」

アーレス「暁美ほむら…って、時の英雄のか?」

すず「そうです。訳合って巻き込んでしまいました…」

ファルケン「この子が…ほむら…」


ほむらは紹介された二人を見た。

アーレスと呼ばれた男は、2メートルを超える巨体の持ち主だった。
隣に立てかけた剣も普通の人間には到底扱えない大きさである。

次に、ファルケンと呼ばれた男。蒼銀の髪を後ろで縛り、優しそうな風貌をしている。
耳が尖っているので恐らくエルフか混血なのだろう。


ほむら「ファルケン、さん…ですか」


今、初めて顔を合わせた。それは間違いない。
しかしほむらはなぜかこの男に見覚えがあるような感覚があった。

すず「ファルケンさん」

ファルケン「…そうだね、言っても大丈夫か。」

ファルケン「俺の名前はファルケン・バークライト。
      親はチェスター・バークライトとアーチェ・クラインだ」

ほむら「!?」

ファルケン「まぁ、驚くよね」

ほむら「あ、いえ…すいません」

ファルケン「いいさ。どうせこの時間でも喧嘩ばっかりしてるんだろ?親父とお袋」

ほむら「…そうね。日常茶飯事ってところかしら」

ファルケン「そんなことだろうと思ってたけど…。はぁ…」

すず「…すいません。話を進めさせてもらって宜しいでしょうか?」

ファルケン「ああ、ごめんねすずちゃん」


ファルケンが話をやめ、すずが今後の計画を話し出した。

すず「この時間でやり残したことはクイーンを倒すだけです。
   その後なんとかしてトールまで行かないといけないのですが…」

アーレス「穴掘って噂流して…その後すぐに動いて正解だったぜ」

ほむら「アーレスさん、貴方はどこにいたの?」

アーレス「フリーズキールっていう雪に囲まれた大陸だな。そこでコイツラにだけ分かる
     噂を流して待とうと思ってたんだが、クイーンの噂を聞いてな。そっちに行った方が
     早いと思って船で渡ってきた。こっち来た途端出航停止になっちまったけどよ」

ほむら「雪国の噂…、あの山を吹き飛ばす化物とかいうやつかしら?」

アーレス「ああそれだ。まあそれは姐さんのことなんだがな」

ほむら「姐さん?誰のこと?」

ファルケン「…お袋だよ」

ほむら「…そう。大変ね、貴方も」


ほむら「とりあえずトールに行く手段を見つけないとね」

すず「そうですね…。期待薄ですがヴェネツィアに向かおうと思っています」

ほむら「でも、船は出ていないんでしょう?」

すず「最悪…、船を奪います」

ほむら「…過激ね」

すず「そうでもして帰らないといけないんです。アーチェさんが危機に瀕していますから」

ほむら「…私もついていくわ」

すず「いえ、ほむらさんはまだ旅の途中なのでしょう」

ほむら「私がいれば船を奪うのも楽になると思うけど?」

すず「ですが…」

ほむら「私はアーチェさんに助けてもらってばっかりだから…昨日も助けてもらったばっかりなの」

ほむら「それに、今はクレスさんとミントさんとチェスターさんが
    別行動をとっているからどの道暫く動けないわ」

すず「…」

ほむら「それとも…私じゃ力になれない…?」

すず「!? そんなことはありません!…ただ――」

アーレス「いいじゃねえか、力を貸して貰おうぜ」

すず「アーレスさん…」

アーレス「なんとしてでも戻らなきゃならないんだ。手は少しでも多い方がいい」

ファルケン「ほむらちゃん、本当についてきて貰って大丈夫なのかい?」

ほむら「内容は伏せて暫く単独行動を取るってクラースさんに伝えてくるわ。
    …恐らく了承してもらえるはずよ」

すず「では、ほむらさんは了承が得られたらご同行をお願いします」

ほむら「ええ、わかったわ。では少し行ってくるわね」


ほむらは、仲間の役に立ちたいと思っていた。
一緒に来いと言ってくれた仲間の為に――少しでも

クラース「…理由は?」

ほむら「…言えないわ?」

クラース「理由が言えないのに単独行動だと?流石にそれはな…」

ほむら(…甘く考え過ぎてたわね。でも、なんとかしないと)

ほむら「とても困っている人達がいるの。どうしても力になってあげたいわ」

クラース「…誰なんだ?」

ほむら「…言えないわ。……言わないじゃなくて言えない。これで察して欲しい」

クラース「…全く、お前がそこまで必死になって協力を願い出て、更に理由は言えないだなんて
     答えを言っているようなものだぞ?」

ほむら「…」

クラース「何日かかる?」

ほむら「3日から…長くても1週間以内にはなんとかするわ」

クラース「はぁ…、……こいつを持っていけ」


クラースがそう言いながらほむらに投げ渡したものは、ウイングパックだった。


ほむら「…これは」

クラース「私のレアバードだ。必要になるかもしれんだろう?一応持っていけ」

ほむら「…ありがとう、クラースさん」

クラース「1週間以内に戻ってこなかったら借金を上乗せするからな」

ほむら「…わ、わかったわ。絶対に戻ってくるから」


ほむら「――というわけで許可を得てきたわ」

すず「なにか…疲れているように見えますが」

ほむら「…大丈夫よ。それより今度はすずの番ね」

すず「はい。それでは行ってきます。皆さんは脱出の準備を整えておいて下さい」

ファルケン「わかった。すずちゃん、気を付けてね」

アーレス「負けるとは思ってねぇが、まあ気をつけな」

ほむら「すず、いってらっしゃい」

すず「はい!」


元気よく返事をし、すずは覆面をつける。ウッディベル、出陣である。

ほむら達は闘技場の客席にいた。闘技場では今、すずとクイーンが闘っている。

クイーンが剣を横に振る度に、闘技場の壁が抉れていく。
斬撃を飛ばしているらしい。しかし、凄まじい破壊力である。まずガードはできないだろう。


ほむら「凄い攻撃ね…」

ファルケン「俺の住んでたログハウスが真っ二つにされたよ。あの技で」

アーレス「あれはめんどくせえな。剣なのに間合いがあれだけあるとよ」

ほむら「でも、弱点もあるわね」

アーレス「いや、恐らくほむらが考えている手は駄目だ。あれは上にも出せる」

ほむら「あら、そうなの?」


ほむらは考えてることを見透かされても全く残念がる様子がない。


ほむら「じゃあ、下ね」

クイーンが剣を横に振る。更に腰を落として次の攻撃溜めを作っている。
恐らく上を飛ぶ瞬間を狙っているのだろう。

だが、すずは伏せた。地面に身体を密着させるように。
予想外の姿勢に驚き、反応が遅れたクイーンに対してすずはどうしたらそんな動きが出来るのか、
そう聞きたくなるくらいの身体のバネで一気にその姿勢から飛び、クイーンの懐に入り込んだ。


ほむら「終わったみたいね。行きましょう」

アーレス「ああ」

ファルケン「先に行ってるね」


ほむらは時間を停止させ、闘技場に飛び降りすずに触れた。


ほむら「お疲れ様」

すず「! ありがとうございます。では行きましょうか」

ほむら「ええ」


脱出し、時間を動かす。
闘技場に残ったのはクイーンの死体だけだった。

ユークリッド~ヴェネツィア 夜


ファルケン「お待たせ」

ほむら「ごめんなさい、作ってもらって」

ファルケン「いいさ。助けてもらってる側なんだし。それに料理は嫌いじゃないから」


ファルケンの作った料理はキノコと野菜を炒めただけ、のように見えた。だが


ほむら「なんでこんなに美味しいのかしら?」

ファルケン「びっくりした?」

ほむら「ええ…料理をしたことがある人はビックリすると思うわ」

すず「ファルケンさんの魔法の調味料ですね」

ほむら「魔法の?」

ファルケン「魔法、は言い過ぎだけどね。…お袋が料理が壊滅的に駄目なのは知ってるよね」

ほむら「そうね。言っては申し訳ないと思うけど」

ファルケン「そんなお袋の料理の為に作ったのがこの調味料なんだ」

ほむら「それがあれば…アーチェさんの料理が食べられるレベルになるっていうの!?」

にわかには信じられない話である。
以前、アーチェが作った料理を食べたクラースはこう語る。

「まさか料理を食べただけでポイズンチェックとパラライチェックが割れるとはな…舐めていたよ。
 もう二度とアーチェの料理に口をつけるなんて言わないさ」

そんな料理が食べられるレベルになるとは――


ほむら「信じられないわ」

アーレス「どんな料理なんだよ…」

ほむら「あれは割れたなんてレベルじゃなかったわ。両方瞬時に、粉々を通り越して粉になったのよ」

ファルケン「ごめんね…お袋のせいで…本当にごめん」

すず(そんなに酷くなかったと思うんだけどなー)モグモグ

ほむら「ファルケンさんは法術も魔術も両方使えるのね」

ファルケン「そうだね。でも両方中途半端だけど」

すず「それでも…やはり凄いと思います。あの時ファルケンさんに助けて貰えていなかったら…。
   その節は本当にありがとうございました」

ファルケン「そのお礼なら何度も頂いたよ。血が固まって服が肌に張り付いて、脱がすのは
      ちょっとてこずっちゃったけど」

ほむら「えっ」

アーレス「えっ」

ファルケン「えっ」

すず「///」

ほむら「すず、大丈夫だった?」

アーレス「ファルケン…お前…」

ファルケン「ほむらちゃん、なんでそんな目で僕を見てるの?
      アーレスさんもなんで今少し離れたの?」

すず「いえ…その…あの時は優しくしていただきました…///」

ほむら「チェスターさんも少し好色な人だとは思っていたけど…」

アーレス「俺の仕事知ってるか?罪人の首を刎ねることなんだぜ?」

ファルケン「ほむらちゃんなんでそんないきなり離れたのかな?アーレスさんは剣を仕舞って。
      すずちゃん、少し静かにしてくれるかい?」


ヴァネツィア



ほむら「さて、一応着いたけれど」

すず「やはり、船は停泊していますが出航する気配は無さそうですね」

アーレス「どうする?本気で船を奪うか?」

ファルケン「できれば穏便に済ませたいけど…」


そんな誰かに聞かれたらいけないような内容の話をしていると、
ほむらに話しかけてきた男性がいた。


「君は…」

ほむら「…どちら様かしら?」

「50年前、君はこの町にきただろう?」

ほむら「50年前…?…貴方、まさか?」

「あの時は儂も君くらいの年だったな。まさか君が英雄様だとは…」

ほむら「トールに向かうときに乗った船の…」

船長「ああ、今じゃもうあの船の船長になってしまったよ」

ほむら「そう…、継いだのね」

船長「ちゃんと自分で選んだよ。あの時はありがとう」

ほむら「いいのよ。最後に決めたのは貴方なんですし」

船長「そうだね…もしかして船を探しているのかな?」

ほむら「…流石にこのご時世だとどの船も動いてなくてね」

船長「わかった。儂の船に乗りなさい」

ほむら「…いいのかしら?今の海は危険なのでしょう?」

船長「英雄様が乗ってるんだ。世界中で一番安全な航海になるだろうて」

ほむら「…ありがとう。お言葉に甘えさせて頂くわ」

船長「行先は?」

ほむら「トールよ。…50年前と同じね」

船長「これも因果というやつなのかもな…お前ら!出航の準備だ!」

船員から驚きの声が起きる。そのざわつきを一蹴するように船長は叫ぶ。


船長「この船は儂の船だ!逆らうやつはさっさと降りろ!分かったらさっさと準備しやがれ!」


ほむら「あらあら、随分荒々しくなったわね」

船長「こうでもしないと息子に舐められてしまうからな」

ほむら「息子?」

船長「おい!こっちに来い!」


そう言われて急いでこちらに走ってきたのは三十歳前後に見える男性だった。

息子「この人達を乗せるのか?親父」

船長「客人の前では船長と呼べと言ってるだろ」

息子「はいはい。…どうも初めまして。一応この船を継ぐことになってます」

ほむら「もう決めているのね」

息子「ええ。親父は何も言ってこなかったけどずっと受け継いできたこの船を自分の代
   で終わらせたくはないので」

船長「ふん、まだ半人前のくせに」

息子「親父もさっさと俺に任せて引退すりゃあいいんだよ。…ではお客様、失礼します。
   快適な船の旅を!」


ほむら「嬉しそうね」

船長「…嬉しくなくはないな」

ほむら「ふふっ…それじゃあ、船長さん。申し訳ないけれどお願いね」

船長「任されました。快適な船の旅を!」

船上、甲板


すず「ほむらさん、本当に助かりました」

ほむら「あ、…いえ」

すず「? どうかなさいましたか?」

ほむら「…少し、嬉しくてね」

すず「嬉しい…ですか?」

ほむら「ええ…歴史が繋がっている証拠が一つ、見つかったから」


トール


アーレス「ほむら、助かったぜ」

ファルケン「ほむらちゃん、本当にありがとう」

ほむら「いえ…、……やっぱり私も」

すず「いえ、ほむらさんは残ってください。帰りの船を守ってあげてください」

ほむら「…」

すず「わたし達はほむらさんに充分助けていただきました。ほむらさんがいないと
   ここまで来ることができませんでしたから」

ほむら「…分かったわ。気を付けてね…アーチェさんを助けてあげて」

ファルケン「うん、絶対に助ける。約束するよ」

アーレス「それじゃあ戻るか!俺たちの時代によ」

すず「…」

ほむら「…すず?」

すず「…やっぱり、我慢できないや」




すず「ほむら、本当にありがとう」

ほむら「!? すず…貴方…」

すず「ほむらはわたしの事を友達って言ってくれた。…まだこの時代じゃ先の話だけどね。
   だからわたしも…ほむらにはこういう風に喋りたいってずっと思ってて…」

ほむら「そう…なの…」

すず「ゴメンね。…未来の事は話しちゃだめって分かってるのに…」

すず「また会えて…嬉しくて…っ」


最初は笑っていたすずだったが、今は涙を流していた。
この時代のすずからは想像できない表情豊かな、未来のすずの姿だった。


ほむら「――すず…っ」


ほむらは思わずすずを抱きしめた。とても小さい、年相応のすずの身体を。


ほむら「ありがとう、すず。嬉しいって言ってくれて私も…嬉しいわ」

すず「うん…それじゃあ、そろそろ行くね」

ほむら「…分かったわ」

すず「お願いがあるんだけど」

ほむら「…何かしら?」

すず「この時代のわたしと、仲良くしてあげて。わたしもとても嬉しかったから」

ほむら「…っ!分かった…わ」

すず「それじゃあね、ほむら。本当はまだ泣きたいけど…ほむらとは笑ってお別れしたいから」

ほむら(…すずも我慢してるんだ。だから…私も泣いちゃ…駄目)

ほむら「すず、頑張ってね」

すず「うん。ほむらも…まだまだ大変だろうけど頑張って…さようなら!」



ほむらは三人の背中を見送った。
見えなくなるまでなんとか耐えた。
もう、我慢しなくてよかった。




ひとしきり泣いた後、ほむらは早くみんなに無性に会いたくなっていた。

ほむら(私も帰りましょう――仲間の元へ)

今日はここまでで

魔剣忍法帖が手元になく色々間違っているかもしれませんすいません

続きいきます

ユークリッドの都


クレス「闘技場…ですか」

支配人「はい。是非ともクレス殿の力を国民の前で披露して頂きたいのです」

クレス「いやあ…僕なんてまだまだで」

クラース「そう謙遜するな。ほむらがまた悲しむぞ?」

ほむら「悲しいかどうかは別として…もっとクレスさんは堂々としていいと思うわ」

クレス「でも…」

支配人「お願いします。…先日まで王座に君臨しておられたクイーンという方が闘いの最中、
    命を落としてしまいまして、現在空席のままなのです」

ほむら(クレスさん、ごめんなさいね)

圧倒的な強さで一気に王座にのし上がったクイーンが殺され、その対戦相手も忽然と姿を消してしまった。
一部では魔物だったのではないのか、なんていう噂まで流れる始末であった。


チェスター「やってやれよクレス。お前の力を見せてやれ」

アーチェ「そうだよー。ばったばったなぎ倒しちゃいなよ」

クレス「はぁ…。……分かりました。参加しましょう」

支配人「! ありがとうございます!では、準備が出来次第で構いません。いつでもいらしてください」

闘技場



ミント「クレスさん、頑張ってください」

チェスター「負けんじゃねえぞ?」

アーチェ「かっこいいとこ見せてね!」

クラース「まあ気楽にやってこい。お前なら大丈夫だろう」

ほむら「応援してるわ」

クレス「やると決めたからには頑張ってくるよ。じゃあ、行ってくる」

『闘いの最中、命を落としてしまった前チャンピオン!しかし!
 その空席に座るに相応しい挑戦者が現れた!その名も!時の英雄!クレス・アルベインだー!』


場内のアナウンスで観客席のボルテージがいきなり最高潮に達した。


ミント「凄い声援ですね…」

チェスター「アイツ緊張してねぇだろうな…」

ほむら「この声援も…期待の表れっていうやつなのよね」

クラース「期待というか希望だな。ヴァルハラの時と同じさ」

アーチェ「クレスー!全て片づけてしまっても構わんのだぞー!」


クレス(や、やりにくい!)

想像していた以上の観客の数、それにこの声援。
今まで味わったことが無い形での緊張に、クレスは少し戸惑っていた。


クレス(でも――)


クレスは自らを落ち着かせるように静かに目を瞑り、脱力する。


『それでは!まずは小手調べのコイツだ!』


目の前のゲートが開く音が聞こえた。クレスは目を開く。


クレス(――やるぞ!)


『それでは第一回戦!レディィィィィィ!』


剣を握る手に力を込める。


『ゴォォォォォ!』


クレスの挑戦が始まった。

次々と用意された魔物を打ち倒していくクレスだったが、強敵が現れた。


巨躯の石像が力任せに拳を振るう。クレスは落ち着いてその攻撃を見て、かわしていく。


クレス「ハッ!」


石像が豪快に空ぶった隙に、クレスは斬撃を差し込む。


クレス「!? 硬い!」


剣が弾かれた。見た目以上の硬さにクレスは少し辟易する。

そんなクレスの様子を無視して石像――クレイゴーレムはクレス目掛けて最短距離を打ちぬく
ストレートパンチを放った。


クレス「ぐぅ!」


咄嗟に剣で受けるが、耐え切れずに吹き飛ばされる。


クレス(…どうする?)


一旦距離を取り、ゴーレムの出方を窺う。
ゴーレムはのそのそと遅い動きながら一歩ずつクレスに近寄ってくる。

ミント「苦戦していますね、クレスさん」

チェスター「あれは骨が折れそうだ…。物理攻撃じゃキツいんじゃねえか」

クラース「だが、クレスもああいう相手に対して有効な攻撃が無いわけじゃない」

ほむら「問題は間合いね…相手の方がリーチが長いわ」

クラース「敵の攻撃をかいくぐり溜めを継続させれるか…そこが問われるな」

アーチェ(よくわかんないけどピンチってことよね)


アーチェはのんきに近くの売店で買ってきたホットドックを頬張っていた。
完全に観戦を楽しむ方向でいくようだ。


チェスター「お前何食ってんだよ。応援してやれよ」

アーチェ「んー、大丈夫じゃない?クレスだし。…あーん――うん!美味しい!」

クラース「信頼しているからなのか…ただの見世物感覚なのか…全く」

クレスが腰を深く落とし、溜めを作り始める。
そろそろゴーレムの間合いに入る…だがクレスは動かない。

――相手の間合いに入った。ゴーレムが腕を振りかぶり、先程のストレートを構えを見せる。

クレスは…まだ動かない。

クレス目掛けて渾身の一撃が繰り出される。そこをクレスは狙っていた。


クレス「真空…破斬!」


狙った先は、ゴーレムの伸びてきた腕だった。
硬いはずのゴーレムの腕を簡単に切り落とす。
自らの腕の肘から先が無くなった事実に驚き、ゴーレムは一歩後退する。
クレスは動かずに再び溜めを作る体勢に入った。

ほむら「なるほどね」

クラース「これで相手は迂闊に攻撃できなくなったな」

チェスター「でも相手が攻撃してこなくなったらどうするんだこれ」

クラース「その辺はクレスも考えているだろう…ほらな」


クレスが飛び出した、切り落とした腕の方から回り込むように。
スピードではクレスが圧倒的に上回っている。慌てて攻撃しようと残った腕を振りかぶろうとする。

その動きを見逃さずクレスは再び溜めの姿勢。ゴーレムの動きが止まる。
無防備なはずの溜めの姿勢を牽制として使う。今度のクレスの狙いは腕では無かった。


クレス「真空破斬!」


とても綺麗な切り口を残して、ゴーレムの身体が上半身と下半身で綺麗に分かれた。


『勝者!クレス・アルベイン!』


勝利を称えるアナウンスに反応するように、剣を高々と空へ向かって伸ばす。
クレスに歓声のシャワーが降り注いだ。

チェスター「素晴らしい闘いでしたね。解説のクラースさん」

クラース「そうだな。本来、溜めを作るという行為は非常に危険なのだが腕を切り落とすことで
     相手に恐怖心を植え付けた。溜め=危険、という意識が相手の頭に浮かんだはずだ」

チェスター「そして次は堂々と溜めを作り、攻撃を躊躇した隙に攻撃を叩き込んだ、と」

クラース「ああ。あの距離であのゴーレムの速度だとかわせない。
     手を出しても切り落とされるかもしれない。チェックメイトだ」

チェスター「なるほど。クラースさん、ありがとうございました」

アーチェ「ほむらちゃん、一口いる?」

ほむら「要らないわ」

ミント(皆さん…自由過ぎませんか…?)

クレス「襲爪!雷斬破!」


雷を纏った剣を突き刺し、更に二連撃。まともに喰らったバジリスクキングはそのまま動かなくなった。


『勝者!クレス・アルベイン!』


再び大歓声が巻き起こる。いよいよ次が最後だ。


『いよいよ次が最後だ!クレス・アルベイン、挑戦するか!?』

クレス「勿論。最後も僕が勝つ!」


地鳴りのような声援が飛んでくる。

チェスター「アイツ、なんだかんだ言ってノリノリじゃねえか」

ほむら「でも、気持ちが乗る乗らないは重要よ。特にクレスさんの場合はね」

クラース「そうだな。…あれが最後の敵か」


ゲートが開く。

二足歩行の獣。指から伸びた爪は簡単に人を貫けるであろう。
長い鬣を揺らし、咆哮を上げクレスを睨み続けている。


アーチェ「うわ、ヤバそうあれ」

クラース「あんなものまで管理しているのか、この闘技場は」

チェスター「クレス!油断すんじゃねえ…


チェスターの応援を遮るかのように突如、観客席が煙に包まれる。

アーチェ「!? な、なにこれ!?演出!?」

クラース「わからん!?一体どうなっている!?」


「ダオス様に仇なす者よ!死ぬがいい!」

クレス「!? 何だ!?」


クレスも観客席の異変に気が付いた。しかし、異変はそれだけでは終わらなかった。
突如二つの人影が場内に飛び込んできた。


おきよ「ダオス様の怨敵、クレス・アルベイン」

銅蔵「貴様はここで死ね!」


二人の忍、銅蔵とおきよがクレス目掛けて地を駆ける。


クレス(…速い!)


なんとか二人の攻撃をかわし、剣を振り二人を払いのける。
二人は大きく距離を取るように後方に跳んだ。
そんな二人にガルフビーストが爪を振り下ろす。
その攻撃も身軽な動きでかわす二人。場は三竦みの状態となった。

クレス「数で有利な状況を作ったつもりだろうが、一対一対二だ!」

銅蔵「…それはどうかな?」


銅蔵がクレスに向け突撃する。おきよはガルフビーストと対峙していた。


クレス「一対一なら…!」


迎撃する構えを見せたクレスに銅蔵は、懐から何かを取り出しクレスに投げつけた。

クレスはそれを剣で切り落とす。

切り落としたものは液体の入った瓶だった。


クレス「…!これは!?ダークボトル!?」


ガルフビーストが突如クレスに狙いを定め向かってくる。状況は変わり一対三となった。


銅蔵「終わりだな、英雄よ」

おきよ「覚悟!」

完全に煙で包まれてしまった観客席はパニックに陥っていた。
あちこちで悲鳴が起きている。


クラース「とりあえず他の観客の避難が優先だ!」


クラースがそう判断し他の四人に指示を出そうとした、その時だった。


ほむら「! 危ない!」


煙に紛れ、刀がクラース目掛けて振り下ろされる。
割り込むようにほむらが庇い、盾で受け止める。


忍「ちぃ!」

ほむら「くっ!…敵が紛れ込んでいるわ!警戒して!」

アーチェ「もー!こんなときに!こうなったら…」

チェスター「お前呪文なんか使うんじゃねえぞ!観客を巻き込むだろうが!」


そう注意したチェスターにも刀の斬撃が飛び込んできた。チェスターは咄嗟に弓で受ける。

クラース「固まれ!死角を作るな!どれだけ紛れているかわからんぞ!」

ほむら(クレスさんの様子も気になるけど…こっちもそのままにしておけないわね)

ミント(クレスさん…無事でいてください…!)

クレス「ぐあっ!」


クレスはなんとか三人の猛攻に耐えていた。しかしそれも時間の問題である。


銅蔵「しぶといな。さすがはダオス様が危険と判断した者」

おきよ「だが…これで!」


二人は、クレスがガルフビーストの攻撃によって作った隙を着々と狙っていた。

クレスの体勢が崩された。そこを見逃さず、銅蔵とおきよは手裏剣を構え投げつけた。


クレス(かわせ…ない…!)


だがその手裏剣はクレスには命中せず、別方向から飛んできた手裏剣に落とされた。


銅蔵「!? 何者!」


再び場内に飛び降りてきた一つの影。伊賀栗流の忍――すずだった。


すず(父上、母上……)

クラース、アーチェ、ミントを守る為ほむらは激しく動き回っていた。


ほむら(相手は忍者…すずの里の人なの?)


すずは洗脳は死ぬまで解けないといった。この場を収めるには殺すしかない。


ほむら(…っ!本当に…殺すしかないの…?)


そんな考えが頭に浮かぶ。そのせいで仕掛けられた攻撃に対し反応が一瞬遅れた。


忍「死ねぃ!」

ほむら「…くっ!」


かわしきれず、頬に一筋の刀傷が出来る。
煙に紛れていても攻撃の瞬間は丸見えだった。

ほむら(…恐れちゃ、駄目)


ほむらは時を停め、盾から拳銃を取り出した。


ほむら(殺すのは…怖くない。でも…あの子は本当に大丈夫なの…?)


以前見たヴォルトの洞窟でのすず。トールで別れた未来のすず。
別人と思えるほど、感情豊かなすずがほむらの脳裏から離れない。


ほむら(っ…!)


ほむらは撃った。――忍の両足を。時間を動かす。


忍「ぐああああああ!」


両足をいきなり襲った痛みに倒れこみ、うめき声を上げる。


ほむら(これで…戦闘不能のはず。…今はこれで)


一人ずつ、ほむらは確実に相手の戦力を削っていった。

クレス「…!君は!?」

すず「遅れて申し訳ございません。あの忍はわたしに任せてください」

クレス「そんなっ!君一人で相手をするなんて…!」

すず「大丈夫です。…それに我が里の不始末、他の方の手を煩われる訳にはいきません」

クレス「でも…!…!?」


こちらの事情はお構いなしにガルフビーストが突っ込んでくる。
やはりクレスだけが攻撃対象になっていた。


クレス「くそっ!」


何とかしてすずの援護に回りたいクレスだったが、ガルフビーストもそう簡単にいく敵ではない。
スピードを生かし爪を振るい、更に地面から岩の槍を生み出し襲い掛かってくる。
一撃一撃が致命傷になりえる攻撃がクレスを苦しめていた。

すず「父上、母上…お覚悟を…」

銅蔵「すず…か」

おきよ「…」

クレス(父上!?母上!?この二人…すずちゃんの…!?)


クレス「…させない!」

クレス「親子で殺し合いなんて!」


爪をクレスの身体目掛け、突き刺すように繰り出したガルフビースト。
だが、クレスはその攻撃をかいくぐるように姿勢を低くし、懐に潜り込む。


クレス「邪魔だあああああああああ!」


剣をガルフビーストの胸に突き刺す。更にそのまま力を込め、
ガルフビーストの体内を走らせるように剣で切り上げた。

ガルフビーストが事切れたのを確認せず、クレスはすずの援護に向かう…が、遅かった。

すず「…行きます」

銅蔵「来い!」

おきよ「…いくわよ、すず」


クレス「駄目だ!親子で殺し合うなんて!そんなの間違っている!」


そのクレスの声は三人に向けられたものだったが、
その声に反応したのは観客席にいたクラース達だった。

ほむら(かなり数は減らしたはず…)


ほむらは時間を停止させ、アーチェに近づいた。


ほむら「アーチェさん、上空に向けてストームを頼むわ。
    もう観客も粗方退避が完了したみたいだし」

アーチェ「おっけー。煙たくて仕方なかったよ…」


時間停止を解除する。それとほぼ同時にアーチェがストームを唱えた。

アーチェの起こした風が観客席を包み込んでいた煙を上空に運んでいく。
その時だった。クレスの叫びが聞こえてきたのは。


クレス「駄目だ!親子で殺し合うなんて!そんなの間違っている!」


いち早く反応したのはほむらだった。慌てて闘技場に目を向ける。

すずが二人の忍に向かい、飛び出していた。
ヴォルトの洞窟での光景がフラッシュバックする。


ほむら(すず…!?それに親子で…?まさか…)

ほむら「すず!駄目!止まって!」


咄嗟に時間を停めようとした時だった。観客席に倒れ込んでいた忍が動く。

忍「ここまでか…だが!わが身果てても!」


手に持っていたのは、爆弾だった。


ほむら(自爆!?)


どれほどの規模で爆発するかわからない、クラース達の身が安全だと保障はできない。

ほむらは二択を迫られた。

クラース達か、すずか


ほむら(…っ!すず…)


ほむら(…ごめんなさい)


ほむらはクラース達を守るように前に立ち、盾を構えた。

爆発が起こる。観客席の一部が吹き飛んだ。

ほむら「ハァ…ハァ…」

クラース「すまないほむら、助かったぞ」

ほむら「…いえ、……構わないわ」


爆発からクラース達を守り切ったほむらは闘技場に目を向ける。
そこには、倒れた二人の忍と、それを見下ろすすずの姿があった。

銅蔵「…すず」

すず「はい…」

銅蔵「強く、なったな…」

すず「…ありがとう、ございます」

おきよ「…すず」

すず「はい…」

おきよ「ありがとう…」

すず「…」

銅蔵「こんな事をさせて、すまないな…すず」

すず「…いえ、これも忍の定めですから」

銅蔵「…そうか」

おきよ「すず…」

すず「はい…」

おきよ「…」

すず「っ…」

すず「母上…」

銅蔵「…」

すず「父上…」


二人から返事はもう、返ってこなかった。

その場から立ち去ろうとしたすずをクレスが止める。


クレス「すずちゃん!君は…!」

すず「わたしは大丈夫です。忍者は…非情でなければ務まらないのです」


クレスはすずにどう言葉をかけていいかわからなかった。ただ、
自分がもっと強ければこんな結末にならなかったのではないか、そう考えていた。


すず「クレスさんのせいではありません。これは里の問題…巻き込んでしまい申し訳ございません」

観客席から飛び降りようとしたほむらだったが、新たに現れた忍の集団が入り込んできた。


チェスター「くそっ!まだいやがんのかよ!」


慌てて弓を構えようとしたチェスターを見て、忍の一人が弁解するように口を開いた。


「お待ちください。我々は伊賀栗の里の者。
 …我が里の問題に巻き込んでしまい、真に申し訳ございませんでした」

「我が里の不始末、我らで片付けます。…やれ!」


その言葉に従うように、まだ息があり倒れ込んでいる洗脳された忍に止めをさしていく。


クラース「!? 何をしている!」

ほむら「…っ!」

「一度洗脳されてしまったら最後、二度と元には戻れません。よって処分しました」

ミント「でも…こんな…っ!」


「暁美殿が配慮してくださり、全ての者が一命を取りとめていた様子でしたが…仕方ありませぬ」

「忍者は…非情でなければ務まらないのです」

ほむら「……。すず!?」


ほむらが気が付いたときには、闘技場にすずの姿はもう無かった。

ほむら「待って!」


ほむらは一人、闘技場から外に出ようとしたすずを発見し、声をかける。


すず「暁美さん…」


その声に反応し、すずは立ち止まり振り向いた。


ほむら「…ごめんなさい、すず」

すず「なぜ暁美さんが謝るのですか?謝罪しないといけないのはこちらの方です」

ほむら「私は…貴方を守れなかった」

すず「? どういうことですか?わたしはこの通り無事に…」

ほむら「…貴方の心を…守れなかった……」

すず「…!」


すずの仮面が少しだけ剥がれた気がした。

ほむら「私も…すずと同じように心に蓋をしたわ。一緒に戦った人達と争い、命を奪った」

ほむら「大切な人との約束を守る為に、私はそれが正しいことだと思っていた。
    思い込んでいたわ。」

ほむら「でも、それは違うってクレスさん達が教えてくれたわ」

すず「…」

ほむら「確かに…忍なんて過酷な生き方には、感情は邪魔になるかもしれない」

ほむら「でもね、すず」

ほむら「こんな時くらいは泣いても…いえ、泣いてあげるべきだと思うわ」

すず「…忍に感情は不要だと教わりました。今までも…これからも」

ほむら「それは本心なの?それとも仮面を被った貴方の言葉?」

すず「…」

ほむら「…私は」

ほむら「私は一度、この旅についていくのを諦めようとしたわ。この先ついていけなくなって、
    みんなに迷惑を…かけてしまうと思って」

ほむら「でもみんなは一緒に来いって言ってくれたの。――嬉しかったわ。
    もっと仲間を、友達を頼っていいんだ、って教えてくれた」

ほむら「すず」

ほむら「友達になりましょう」

すず「…!?」

すず「し、忍に友達など…不要……なのです」

ほむら「それも貴方の本心?それともまだ仮面を被っているの?」

すず「…なんで……そんなにわたしの事を気にかけてくれるのですか?」

ほむら「それはね…」


未来の貴方に頼まれたから――いいえ、違うわ。


ほむら「私が友達になりたいって思ったからよ」

すず「それだけ…で…ですか?」

ほむら「そうよ。変な話でしょう?でもね、私も同じこと言われて嬉しいって思ったの」

ほむら「すずは…嬉しくなかった?」

ほむら「貴方の心の底からの声を聞かせて」

すず「わた…し…は…」


すず「嬉しい…です……」


すずは涙を流した。そんなすずをほむらはトールの時と同じように優しく抱きしめた。

ほむら「…これからよろしくね、すず」

すず「…は……い。……暁美…さん」

ほむら「ほむらでいいわ」

すず「はい……ほむら、さん…」

ほむら「このままお父様とお母様の為に泣いてあげて…。収まるまで一緒にいるわ」

すず「ううう…父上…!…母上…!」


仮面が剥がれたすずの顔は、涙が溢れくしゃくしゃになっていた。
ほむらは出来るだけその姿を見ないようにし、優しく抱きしめ続けていた。

トレントの森


今回の騒ぎに巻き込んでしまった謝罪、お礼を込めてすずはクレス達を忍者の里に招待した。


クレス「ここでいいって言ってたけど…」


説明された場所に辿り着いたクレス達だったが、周りは岩と木に囲まれた空間だった。


アーチェ「本当にここで合ってるの?」


上空からコッソリ忍び込んだアーチェも周囲を見渡している。


チェスター「お前この近くに住むエルフと問題起こしたんだろ?よく来たよな」

アーチェ「皆さんで来て、ってすずちゃんが言ってたんだもーん!べーっだ!」

ミント「お二人とも…お静かに」


ミントが二人を大人しくさせようとする。
エルフに見つかってしまってはまずい、それとは別に理由があった。

ほむら「……」


ほむらがブッシュベイビーと戯れていた。


チェスター(…可愛いな)

クレス(…可愛い)

ミント(可愛い)

クラース(…可愛いな)

アーチェ(…)

アーチェ「ダメだー!可愛すぎて我慢できない!
     ほむらちゃんほむらちゃん!ほーむーらーちゃーん!」

ほむら「きゃっ!ちょっと…静かにして頂戴!」


その声に驚いたのかブッシュベイビーは慌ててほむらの手から離れて逃げていった。

アーチェ「あっ…」

ほむら「…アーチェ・クライン。貴方は本当に本当に本当に愚かね」


ほむらは盾から拳銃を取り出す。


クラース「待て!アーチェ!早く謝れ!」

アーチェ「ごめんごめんごめん!ほむらちゃん!だから銃仕舞って!」

ほむら「一体何度忠告させるの。貴方はどこまで愚かなの」

ミント「ほむらさん!落ち着いてください!」

すず「皆さんお待たせいたし…。…どうかなされましたか?」

クレス「すずちゃん!いいところに!」

すず「はぁ…。ほむらさん?どうかなさいましたか?」

ほむら「…あら、すずじゃない。待ってたわ」

どうやらほむらの今の一番のお気に入りはすずらしい。
あっさりと機嫌を直したほむらは銃を仕舞う。


ほむら「じゃあ連れて行ってもらえる?アーチェさんは面倒ばっかり起こすから、
    最悪置いて行ってもいいわよ」

アーチェ「ふえええええええん…ほむらちゃんに嫌われたよおおおおおおおおお」


実際、ほむらは里に招待されたのを喜んでいた。
自分の世界に近い風景があるかもしれない。それに、

友達の家に招待されたからだった。

忍者の里


ほむら「あぁ…落ち着く…いい所ね」


茅葺屋根の建物、農作物を育てる畑、小さな川も通っており近くに水車小屋もある。
昔の日本…一言で言えばそんな風景が広がっていた。


チェスター「他の町と全然違う雰囲気だな」

ミント「そうですね…でも、すごくのどかないい場所ですね」

すず「こちらへ…頭領の館へ案内します」

一際大きな建物に案内されたクレス達。それを出迎えた一人の人物がいた。


「ようこそ、忍びの里へ。私はこの里の頭領、藤林乱蔵じゃ」


ほむら「藤林…?」

乱蔵「左様。そちらにいるすずは儂の孫じゃ」

クラース「つまり行く行くはすずもこの里の頭領という訳か」

すず「わたしは修行中の身、まだまだです」

乱蔵「立ち話もこれくらいにして、どうぞ奥へ。御客人」

奥に通されたクレス達は畳が敷かれた床に座り込んだ。


ほむら「畳…懐かしいわ」

クレス「随分とこの里が居心地良さそうだね、ほむら」

ほむら「そうね。私の世界に似ている…というか昔の私達の世界って言っても過言じゃないわ」

クラース「そこまで似ているのか?」

ほむら「ええ。この畳も、周りの襖も、そして…このお茶も」


出された湯呑に入ったお茶を一口すする。ほんのりとした渋味、緑茶だ。


ほむら「…ふぅ。本当に落ち着くわ」

すず「気に入っていただけたようで何よりです」

ほむら「ありがとうね、すず。こんな良い所に招待してくれて」

すず「え…あ…はい。お礼…ですので…」

チェスター「おい、どうした馬鹿女」

アーチェ「ううううう…」

ミント「先程の事、まだ気になさってるのですか?」

アーチェ「だってぇぇぇ…」

チェスター「元はと言えばお前が悪いんだろうが。っていつもそうか」

アーチェ「うえええん!ほむらちゃーん!」


ほむら「…」


ほむらはのんびりお茶を飲んでいる。

クラース「ほむら…なんとかしてくれないか。五月蠅くてかなわん」

ほむら「放っておきましょう。たまにはいい薬よ」

クラース「はぁ…」

ほむら「すず、これ一枚頂いていい?」


ほむらは御茶請けに出された煎餅を一枚手に取る。


すず「はい、どうぞ召し上がってください」


膝にハンカチを広げ、一口サイズに割って口に運ぶ。
ポリポリと音を立てて噛み砕く。醤油の香ばしい味が口いっぱいに広がる。

ほむら「ああ…日本っていいわね」

アーチェ「ほむらちゃああああああん」

食事まで暫く時間があるというので、ほむらは里を見て回ることにした。


ほむら(本当にのどかね…。時間がゆっくり進んでいるような感じ)


転校する前に住んでいた所も、見滝原も、風見野も…もっと都会だった。
しかしほむらはなぜか懐かしさを感じていた。


ほむら(日本で生まれ育った人はみんな同じような感想になるのかしら)


ほむらは畑の前で立ち止まる。色々な農作物が育てられていた。

「おや、御客人…どうなさいましたか?」

ほむら「あ、いえ…何を育てているのかと思って」

「珍しいものじゃないですよ。大根とか…お芋とか。どこにでもある物です」

ほむら「でもこうやって育てている所を見るのは初めてで」

「確かに、売られている所か調理された後の姿だけ見たことがある人も多いですね」

ほむら(こうして、作物を育てている人も忍の人、なのよね…)


闘技場での出来事を思い出す。
倒れていた元々仲間だった忍に対して止めを刺した人達のことを。

「どうかなさいました?」

ほむら「…一つ、聞きたいことがあるんだけれど」

「はい、なんでしょうか?」

ほむら「貴方も忍なのよね?」

「そうですね」

ほむら「今こうやって作物の手入れをしている貴方と、任務中の貴方はどちらが本当の
    貴方なのかしら?」

「…」

ほむら「…ごめんなさい。失礼な質問だったわ」

「いえ。…どちらも本当の私ですね」

ほむら「どちらも…?」

「はい。確かに任務中は仮面を被っております。…ですが常に自分を殺す必要もないと思っています。
 次期頭領様はまだ幼く、常に自分を殺すよう努めておられるようですが…本当は純粋で優しい御方なのです」

ほむら「どうしてあの子はあんなに自分を抑えようとしているのかしら…」

「恐らくですが、次期頭領としての責任があると思っておられるのでしょう」

ほむら「責任…ね」

「皆の前に立つ為に、皆を引っ張る為になのでしょう。…我々も責任を感じています」

ほむら「…」

「御客人、このような頼みをしてはいけないのはわかっております。ですがお願いします。
 次期頭領様を…」

ほむら「大丈夫。私もあの子と仲良くしたいと思っているわ」

「…ありがとうございます」

チェスター「お、こんなところにいたか」

ほむら「あら、チェスターさんどうしたの?」

チェスター「そろそろ飯だから呼びに来たんだよ」

ほむら「そう、わざわざごめんなさい」

チェスター「いいってことよ。じゃあ戻ろうぜ。腹ペコだ」

「この畑で穫れた野菜も食卓に並ぶはずです。ごゆるりとご賞味ください」

ほむら「ありがとう。楽しみにさせてもらうわ」

「…すずちゃんをよろしく頼みます」

ほむら「ええ。任されたわ」

ほむら(和食…久しぶりね)


ほむらは食卓に並んだ料理を見渡す。
焼き魚、味噌汁、漬物、煮物、そして…茶碗に盛られたご飯。


すず「皆さんのお口に合うかはわかりませんが…どうぞ召し上がり下さい」

ほむら「…頂きます」


手を合わせ、食事前の挨拶。そしてお箸に手を付ける。
クレス達もほむらに合わせる様に同じ動作をする。


まずは味噌汁に口を付ける。ワカメと豆腐が入っていた。定番だがこれも懐かしい。

ほむら「…落ちつく味ね。……この魚は鮎、かしら?」

すず「そうです。近くの川で穫れた魚です」


箸で身をほぐし口に運ぶ。鮎の香りと塩の味が広がる。

ほむらの箸は止まらなかった。次から次へと食卓に並んだ料理に箸を伸ばす。


クラース「箸…これは難しいな」

チェスター「あー!上手く掴めねぇ!」

アーチェ「食べたいのに…食べれない…こんなのひどいよ…あんまりだよ…」

すず「すいません…みなさんにフォークとスプーンを…」

ほむら「もう駄目…動けないわ…」

クレス「普段の倍は食べてたんじゃないかい…?」

ほむら「懐かしい味で…つい…ね…」


ほむらは苦しそうにお腹を押さえ、縁側の柱にもたれかかっている。


すず「皆さん、お風呂の準備が整いました」

ほむら「…私はまだ動きたくないから皆先に入ってきて頂戴」

チェスター「じゃあ先にいってるぜー」

アーチェ「覗かないでよこのスケベ大魔王」

チェスター「へっ、誰がお前みたいな貧相な」

ほむら「…」

チェスター「いえ、なんでもないですすいません」

ほむら「…ふう」

すず「ほむらさん、大丈夫ですか?」

ほむら「ええ…みっともないところを見せて申し訳ないわ」

すず「いえ、調理場の皆さんも喜んでいました。あれだけ美味しそうに食べて下さって」

ほむら「…恥ずかしいわね」

すず「お水と、こちらは漢方薬です」

ほむら「ありがとう。…すず、貴方はお風呂に行かなくてもいいの?」

すず「私は皆さんの後で構いません」

ほむら「そう…じゃああまりゆっくりしていては悪いわね」

すず「大丈夫です。楽になるまでゆっくりして下さい…少し皆さんの様子を見てまいります」

ほむら「わかったわ。私はもう少しここに居るわね」

すず「はい、ごゆるりと…では」

すずが立ち去った後、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。


乱蔵「調子はいかがですかな?」

ほむら「少しは楽になりました。ご迷惑をかけてしまい申し訳ありません」

乱蔵「いやいや、自分の家だと思って楽にしてくだされ」


乱蔵はそう言い、ほむらの隣に腰を下ろした。


乱蔵「…すずのことなんじゃが」

ほむら「なんでしょうか?」

乱蔵「この里で育ち、忍としてあの子は生きてきた」

ほむら「…」

乱蔵「銅蔵とおきよがこの里を離れ、あの子は一層己を殺すようになってしまった。
   全て察しておったのじゃろう…」

乱蔵「そんなすずを我々は止めることができんかった…。そんな時に…先日の出来事が起きてしまった」

ほむら「すずのお父様と…お母様ですね」

乱蔵「如何にも…。すずの心は深く傷がついておる。…ほむら殿、恥を忍んでお願いがある」

乱蔵「すずを連れて行ってはもらえぬか?」

乱蔵「そしてすずの心を癒してやってほしい」

ほむら「…私の一存で決めるわけにはいきません」

乱蔵「そう…じゃな」

ほむら「ですが…皆が賛成して、すずも一緒に来たいというのなら私は構いません」

乱蔵「…引き受けてくれると申すか」

ほむら「はい。私とすずはもう…友達なので」

乱蔵「友達、か…」

ほむら「忍に友達なんて不要かもしれませんが…」

乱蔵「そんなことは有りませぬ。すずは自分に厳しくしておった。
   皆の手本になるように…厳しくな」

ほむら「…わかりました。皆には私から伝えておきます」

乱蔵「宜しく頼みましたぞ…ほむら殿」

翌日


乱蔵「すずよ」

すず「なんでしょうか、お館様」

乱蔵「…今はそう堅くなくてもよいぞ」

すず「…分かりました。おじい様」

乱蔵「お前は一緒に行きたくはないか?」

すず「一緒に…?クレスさん達のことでしょうか?」

乱蔵「そうじゃ。お前自身で決めるがよい」

すず「…今この里を離れるわけには」

乱蔵「構わぬ。むしろダオスを早く倒さねば里の被害は増える一方じゃ」

すず「ですが…」

乱蔵「すず、お前の本心を聞かせて欲しい」

すず「わたしの…」

すず「わたしは…あの方達と共に行きたいです」

乱蔵「そうか、分かった。…すずよ、世界は広い。お前の知らないものがまだまだ沢山ある。
   それを見て色々学んでくるがいい」

すず「その任務、しかと賜りました」

乱蔵「ファッファッ…。あまり友達を困らせるでないぞ。すずよ」

乱蔵「そして、困っていれば助けてやるのだぞ。皆もそう思っているはずだからの」

すず「…はい。ありがとうございます…おじい様」

乱蔵「それではすずを頼みましたぞ」

クレス「はい。…すずちゃんよろしくね」

すず「はい。皆さん、よろしくお願いします」

ほむら「すず、よろしくね」

すず「こちらこそよろしくお願いします」

アーチェ「すずちゃん!」

すず「はい?」

アーチェ「ほむらちゃんは渡さないからね!」

すず「…はい?」

ほむら「…はぁ」

チェスター「なんだほむら、モテモテだな」

ほむら「…勘弁して頂戴」

アーチェ「ほむらちゃああん!そろそろ許してえええ!一日会話が無いだけであたし寂しくてえええ」

ほむら「ハイハイ…。もう怒ってないから」


抱きしめようと飛び込んできたアーチェをいつも通り片手で拒絶する。


アーチェ「むぐううううううううう」

すず「…賑やかですね」

クラース「すまないな…」

すず「いえ、これも勉強です」

クレス「すずちゃん…真面目だね」

ほむら(貴方がそれを言うのね)

クラース「では乱蔵殿。大切なお孫様、しかと御預かりします」

乱蔵「お気をつけて下され…英雄殿」

ほむら「すず、よろしくね」

すず「はい、ほむらさん。こちらこそよろしくお願いします」


すずを仲間に迎え入れたクレス達はアルヴァニスタへ向かった。

本日分終了しました。

質問があるのですが
まどマギ1週目(ほむらが契約した時間軸)でのまどかが契約したタイミングというのは
・ほむらが転校してきた日に契約した(ほむらが襲われたのは転校してきてから1週間後)
・ほむらが襲われたのは転校初日(まどかが契約したのはほむら転入1週間前)

2週目にて
・時間遡行が終わった時点ですでにまどかは契約済み?
・転入後、ほむらがまどかに魔法少女の存在を教えて契約した?

この辺り詳しい方いらっしゃいましたらお願いします。

乙でした

1週目はほむら転校時にはまどかの性格が明るめになってるから転校前に契約しているかと
襲われたのは転校初日のはず
2周目は魔法少女の真実をほむらもしらないから邪魔してないので転校前に契約しているはず
まどかの契約の時期は時間遡行後~ほむら転校時の間のはず

エイミーの事故を知っていたとしても正確な時期と場所を知らなければ事故を防げないからそれで契約してるかもしれない
それを正確に知っていれば防いだとは思うけど、その場合契約時期と理由はわからん
ついでに言えば2周目の対面は転入時になるから、エイミーの事故を防いだとしたらその時鹿目さんを探そうとする気もするので正確な時期と場所を知らなかった可能性が高い
あのシーンでのまどかの指輪の有無を確かめられりゃまだいいんだけど

まず、時間遡行時は16日スタート 25日にほむら登校日(アニメ10話)

最初の質問だが、1週目契約時期はほむら登校日前である可能性は高そう(ドラマCDだがすでにマミとある程度仲良さげ)
ほむらが襲われた日は定かではない(初日の可能性が高そうだが、100%とは言い切れない)が、襲われた日の【先週】にまどかは契約した(ドラマCDより)
さすがに遡行前から契約してるとも思えないので、10話のカレンダーを見るに、1週目まどか契約時期は16日~24日?


2番目の質問はほむら【登校日】にはすでにまどか契約済みだと思う(100%言い切れないが)
PSPのゲームだとすでに契約済みだった。

>>516>>517>>518

遡行後の始まりの日にちと登校日を思いっきり勘違いしていました…。
おかげ様で大チョンボを犯す前に修正できます。ありがとうございました。

確定と判断できる材料が無いと分かったのもありがたいです。

駄文ですがなんとか完結までもっていけるように頑張ります。

一段落したら、息抜きじゃなくてガチでmdhmしちゃってもいいんだぜ?

デミテル、メイヤー、ジャミル当たりの話が浮かばなかったからかな?
そうなら話変えてでも他の所で自分が……なんてね

>>526

ほのぼの系とシリアス系一つずつちょろちょろ書いてます。

>>527

最初に考えていたのはクレス達が過去に到着して同時にほむらも現れるという展開だったのですが
ほむらが一人でボスを圧倒する展開は避けたかったのである程度クレス達が強くなった頃を狙って参加させました。
それと、戦闘する前にまずはほむらを一対一で会話させる時間が欲しかったというのもあります。

本で敵に殴りかかるクラースや現状でも割と活躍させにくいミントを書くのが辛かったというのもありますが…

少し投下します。

アルヴァニスタ


クラース「さて…これからの事なんだが」


クラースが話を切り出す。


クラース「時間の剣を手に入れる為にはダイヤモンドの指輪、炎の剣、氷の剣が必要だ。
     ダイヤモンドは以前トールで手に入れてある」

クレス「残るは二種類の剣ですね」

クラース「そうだな。それで剣の在り処なんだが…」


クラースはチラリとほむらを見る。


ほむら「…」


明らかにほむらの顔が強張っている。その理由は明白だった。

クラース「灼熱の大地と…極寒の大地。ほむら、大丈夫か?」

ほむら「心が折れそうね」

チェスター「なんだ?そんなにほむらは暑さと寒さに弱いのか?」

アーチェ「オリーブビレッジに行ったとき本当に大変だったんだよ…」

すず「あのー」

ミント「どうしたの?すずちゃん」

すず「別に全員で行く必要もないのではありませんか?」

クラース「…どういうことだ?すず」

すず「今七人いるわけですし、三人と四人に分かれて攻略すれば単純に
   かかる時間も半分になり効率的になるんではないかと」

クラース「確かにそうではあるが…さすがに危険ではないか?」

すず「確かに危険度は上がりますが皆さんの実力を考慮すれば大丈夫ではないかと」

クラース「ふむ…」


クラースは少し考え込む。確かに魅力的な案ではあるが…

すず「因みにですが、三人で行く場合はわたしとアーチェさん、
   それにほむらさんが最適ではないかと」

ほむら「…私がなぜ少ない方に入っているの?すず」

すず「いえ、わたしが前線を担当してアーチェさんが後衛、
   ほむらさんには少し負担がかかるかもしれませんがフリーで動いて頂こうかと」

ほむら「でも…私は……」

すず「自信が無いのですか?」

ほむら「っ…」

すず「…すいません、言葉が過ぎました。三人側は一人少ない分どうしても
   一人一人の仕事量が増えてしまいます」

すず「ですので、ほむらさんのような冷静に全体を見回せて…更に複数の役割をこなせる
   ほむらさんは少ない側に必須なのです」

ほむら「…必須、ね」

すず「はい。ですが…これはあくまでわたしの案です。参考程度にお願いします」

クラース「他に意見がある奴はいないか?」

チェスター「まずはほむらの意見を聞くべきだと思うぜ、旦那」

クラース「それもそうだな…すまない。ほむら、どうだ?」

ほむら「私は…」

クラース「先程すずも言った通りこの案はほむらへの負担が大きい。
     お前がいいというのならこの案を取り入れて他の案を募ろうと思うが」

ほむら「…この案でいいわ」

クラース「大丈夫なのか?」

ほむら「ええ。無茶を恐れるなんて私らしくなかったわ」

ほむら「すず、アーチェさん。危険な攻略になるかもしれないけれど…宜しくね」

アーチェ「ほむらちゃんなら大丈夫だって!頼りにしてるよ」

すず「こちらこそよろしくお願いします」

クレス「じゃあ方針は決まったね。あとは…」

ほむら「あと一つ、お願いがあるわ」

ミント「お願いですか?」


ほむら「私は暑いのは嫌よ」

フリーズキール


ほむら「誰よフリーズキールにしようなんて言ったのは」

アーチェ「ほむらちゃんだよ…さぶぶぶぶ」

すず「…」

ほむら「すず?どうしたの?」

アーチェ「ちょっ!?すずちゃん凍ってる!」

ほむら「は、早く街に運びましょう!」

すず「すいません…死ぬかと思いました…」

ほむら「幸先不安ね…」

アーチェ「でもなんとかしないとねー」

ほむら「…」

すず「不安ですか?」

ほむら「…少し、ね」

すず「ほむらさんなら大丈夫です。ほむらさんの力は必ず必要になります。
   自信を持ってください」

ほむら「…ありがとう」

アーチェ「じゃあ行こっか!あの四人より早く手に入れて帰ろ!」

ほむら「そう簡単に行くとは思えないけど…まあ行きましょうか」

すず「そうですね。外よりはまだ洞窟内のほうが寒くはないでしょうし」

氷の洞窟


ほむら「なんで洞窟内でも吹雪いているのかしら?」


半分怒った口調で質問を投げかける。だが答えれる者は勿論いない。


すず「すいません、安易な発言でした…」

アーチェ「いや、誰だってそう思うよすずちゃん…」

ほむら「とりあえず動きましょう。立ち止まっていたら体温を奪われるわ」

すず「そうですね」

アーチェ「あれ?ほむらちゃん意外と寒さは平気?」

ほむら「頭がちゃんと働いている内はね…。暑いと意識が朦朧として魔力を扱うのも大変なの」

アーチェ「じゃあ尚更早く進まないとね…こっちも凍っちゃうよ」

そう言い、進もうとした矢先。
奥から大きな足音を立てて何かが近づいてくる。


ほむら「早速…ね」

すず「そのようですね。わたしが前に出ます」

アーチェ「頼んだよ!すずちゃん!ほむらちゃん!」


姿を現したのは、闘技場でクレスが相手をした石像…もとい氷像のモンスターだった。


ほむら「よりにもよって…って感じね。ここはアーチェさんに任せるわ」

アーチェ「了解!」


アーチェは詠唱に入る。ここからはほむら達の仕事だ。

ほむら「私も前で牽制するわ。スピードで攪乱しましょう」

すず「賛成です。では…行きます」


飛ぶように地面を走る。足を活かしての戦いはすずの独壇場だろう。


ほむら(速いわね…。それも、ただ速い訳じゃない)


ゴーレムがすず目掛けて払うように腕を振る。
すずはゴーレムの間合いに入る直前で停止し、大きく右方向に跳んだ。


ほむら(じゃあ私は――)


ほむらも追うようにゴーレムに向かい、同じくゴーレムの間合いの手前で止まる。
そこからすずとは違い、左方向に跳ぶ。

素早い動きについていけないゴーレムは必死に抵抗するように腕を振るうが、
勿論すずとほむらを捉えることはできない。

すず「忍法…曼珠沙華!」


取り出した手裏剣をゴーレムに投げつける。
手裏剣はゴーレムの右肩に当たった瞬間、爆発を起こした。


ほむら「…そこ!」


ダメージと若干のヒビが入ったゴーレムの右肩を狙いすまし、飛び蹴りを見舞う。
少しだけゴーレムの身体が欠ける。


ほむら「流石に頑丈ね…っと」


そのままゴーレムの身体を蹴り、逃げる様にして距離を取る。
距離を取るのを待っていたかのようにアーチェが呪文を唱えた。

アーチェ「いくよ!ファイアストーム!」


巻き起こる炎の嵐。見る見るうちにゴーレムの身体にヒビが入っていく。


ほむら「今度こそっ…」


再びほむらの飛び蹴り。今度の狙いは首から上だった。
飛び蹴りが刺さった瞬間、ゴーレムの顔が音を立てて割れた。


ほむら「!?」


だが、ゴーレムはまだ動きを止めなかった。
最後の抵抗と言わんばかりに拳を振り上げ、ほむら目掛けて打ち下ろす。


すず「忍法…鎌鼬!」


作り出した真空の刃がゴーレムの腕と足を切り刻む。


ほむら「…助かったわ」

すず「いえ、御無事で何よりです」


足を切られたゴーレムは体の支えが無くなり、地面に倒れ込む。
自分の重さが災いし、倒れた込んだ瞬間に身体が砕け散った。

アーチェ「おっつかれー」

すず「お疲れ様でした」

ほむら「ごめんなさい、少し攻撃的過ぎたわ」

すず「今のような魔物には生半可な攻撃は通用しませんからね。多少前のめりになるのも仕方有りません」

ほむら「仕方ない、ね。……それで済む間はいいんでしょうけど」

すず「焦らずいきましょう。わたし達がついていますので」

アーチェ「そうそう♪気楽にね」

ほむら「…ええ、ありがとう」

結界内


ほむら「テント」


ドサッ


ほむら「食材」


ドサッ


ほむら「食器」


ガシャ


ほむら「料理道具」


ガシャ



すず「これは…忍法!?」

アーチェ「新鮮な反応ありがとすずちゃん」

アーチェ「あー…スープが温かい…」

ほむら「身体が温まるように生姜とカレーを入れてみたわ」

すず「少し…辛いですね」

ほむら「すずには少し辛過ぎたかしら?ごめんね」

すず「いえ…頑張って飲み干します」

アーチェ「ほむらちゃん!お替りちょーだい!」

ほむら「はいはい、ちょっと待ってね」

アーチェ「ほむらちゃん料理上手いよねぇ…羨ましいなぁ」

すず「クラースさんもミントさんもチェスターさんもお上手ですよね」

アーチェ「すずちゃんも上手じゃん!」

すず「そうですか?和食ぐらいしか作れませんが」

ほむら「作り方さえ覚えたらすぐ美味しいものになるわ、すずの腕前ならね…はい。アーチェさん」

アーチェ「ありがとー♪まああたしは食べる専門だから美味しいものが食べられて満足なのじゃ」

ほむら(また料理する、って言い出すんじゃないかと思って一瞬ヒヤッとしたわ)

すず「ご馳走様でした」

ほむら「お粗末様でした。お茶にする?紅茶にする?」

すず「すいません、お茶をお願いします」

ほむら「わかったわ」

アーチェ「あー…お腹いっぱいで眠気が…」

ほむら「冗談抜きで寝たら死ぬわ。我慢して」

アーチェ「ほむらちゃんとすずちゃんが抱き付いてくれたら目が覚めるかもぉぉ」

ほむら「アーチェさん、水がいい?熱湯がいい?」

アーチェ「はい…起きます…」

すず「あー…お茶が美味しいです」

ほむら「すずって結構自由なときあるわよね」

氷の洞窟 最深部


フェンビースト「我が名はフェンビースト」

アーチェ「うわっ、狼が喋った!」

ほむら「もう今更驚かないわ」

すず「…闘技場で見たタイプに似ていますね」

ほむら「そうね…ちょっと厄介そうな相手ね」

フェンビースト「我が護神刀にはフェンリル様の魂が封印されていのだ!」

フェンビースト「渡すわけにはいかぬ!」

ほむら(来るっ!)

すず「皆さん!来ます!」

すず「アーチェさん、普段よりも下がり気味でお願いします。隊列が間延びしてしまいますが」

アーチェ「りょうかい!」

この魔物の攻撃パターンは、すずが以前闘技場で見ている。
速さを生かした突進、爪の殺傷能力の高さ、そして――


フェンビースト「グオオオオオ!」


地面を叩き付け、氷の槍が作り出される。

この攻撃を警戒し、すずは普段よりもアーチェを下がらせたのだった。


ほむら「すず、この魔物と貴方、どっちが速いかしら?」

すず「小回りではわたしが、直線的な速さでは向こうという感じです」

ほむら「…警戒が必要ね」


フェンビーストが氷の槍を投げつけてくる。


ほむら(撃ち落とせないこともない…けど)


すずとほむらは最小限の動きで、丁寧に氷の槍をかわしていく。

フェンビースト「グオオ!」


猛々しい咆哮を上げ、フェンビーストが突進してくる。


ほむら(速い!)


ほむらは右に、すずは左に跳ぶ。
フェンビーストはほむらを追ってきた。


ほむら(やはり遅い方の私を追ってきたわね)


盾から拳銃を取り出しフェンビーストの足に狙いをつけ、引き金を引いた。


フェンビースト「鈍いな!動きも攻撃も!」


銃弾を手の甲で弾き、手を振り上げる。


ほむら「くっ!」


足に魔力を集中させ、大きく後ろに跳び攻撃を逃れようとする。
しかしフェンビーストはその行動を読んでいる。

ほむら(振りきれ…ない!)

フェンビースト「まずは一人!」

すず「忍法!曼珠沙華!」


炎を纏った手裏剣がフェンビーストを襲う。
先程と同じようにフェンビーストは手の甲で手裏剣を弾こうとした。
しかし、触れた瞬間に爆発した手裏剣に、腕が弾かれ防御が崩れる。


フェンビースト「ぐっ!」

すず「隙ありです」


一気に詰め寄り、フェンビーストの懐に入り込む。
直線的な速さ以外で全てを上回っているその速さでフェンビーストを翻弄する。


フェンビースト「ちょこまかと!」

すず「…!」


苛立ち、攻撃が大振りになったところを冷静に咎めていく。
フェンビーストの身体に少しずつ傷が増える。


ほむら(流石にあの動きは真似できないわね)

いつでもすずのフォローができる位置でほむらは待機する。
その時、突然すずが振り向きほむらと目を合わす。


ほむら(何か狙っている…?)


すずはそのままほむらの後方に視線を向け、更に自らの頭上に一度視線を向けた。


ほむら(あれは…なるほどね)


すずの思惑を察知したほむらはフェンビーストの意識を割かせるため距離を詰める。


フェンビースト「ぬううう!邪魔だ!」


フェンビーストは地面を叩き、氷の槍を再び生み出した。
その瞬間をアーチェが狙う。


アーチェ「流石にあたしを無視しすぎじゃない!?ファイアストーム!」


アーチェが生み出した炎の嵐が、フェンビーストが作り出した氷の槍を溶かす。


フェンビースト「がああ!だがっ!この程度の炎で!」


炎に身を焼かれながらもすずに向かって爪を振るう。
その爪はすずを捉え、すずの身体は引き裂かれる。

すず「もちろん変わり身ですが…。忍法、飯綱落とし!」


いつの間に跳んだのか、上空から体重を乗せた一撃がフェンビーストの肩に食い込んだ。


すず「すいません少し外しました」

ほむら「いえ、お疲れ様だったわね。…これで終わりよ」


ほむらは時間を停める。そして狙いをつけ、弾を連射する。
フェンビーストの頭上にある氷柱目掛けて。


ほむら「さっきのアーチェさんの呪文でかなり脆くなってるでしょうね」

時間を動かす。停まっていた弾が動き出し、氷柱の根元部分に命中する。

ほむらとすずが止めと言わんばかりにフェンビーストに突っ込む。
その動きに気を取られ、フェンビーストは頭上から降ってきた氷柱の雨に串刺しにされた。


フェンビースト「ガハッ…」

すず「後はわたしが…、忍法鎌鼬!」


真空の刃に切り刻まれ、断末魔もなくフェンビーストはその場に崩れ落ちた。

ほむら「終わったわね」

アーチェ「二人ともお疲れー」

すず「お二人とも、お見事でした」

ほむら「戦闘中に目が合ったのは私とアーチェさんの動きを確認していたのね」

すず「はい。そろそろアーチェさんの炎系の呪文が飛んでくるのではないかと思いまして」

アーチェ「まあ炎系以外の選択肢は無いよねー」

ほむら「なんだかんだ言って結局すずが一番冷静だったってことね」

すず「目配せだけでわたしの意図を読み取ってくれたほむらさんのおかげです。
   それにフェンビーストに気が付かれないように氷柱を落とすのはほむらさんにしかできません」

ほむら「…時間停止が通用すれば、ね」

すず「時間停止が効いていなくても別の手も考えていたんですよね」

ほむら「…貴方も鋭すぎるわ、すず」

すず「これが…氷の剣ですね」


すずが地面に突き刺さっている剣を引き抜く。


アーチェ「お目当てのものゲェット!早く帰ろ!寒い寒い!」

ほむら「温かい布団に包まれて眠りたいわ…」

アーチェ「もー、仕方無いなぁほむらちゃん…あたしはいつでもいいんだよ?」

ほむら「じゃあすず、帰りましょうか」

すず「はい。行きましょう」

アーチェ「寒い…寒いよ…」

フリーズキール


氷の洞窟を脱出した頃には辺りはすでに薄暗くなっていた。


ほむら「流石にこのまま飛ぶ気にはならないわね」

すず「後ろに乗るわたしは問題ありませんが、操縦するほむらさんがそう言うのなら
   今夜は宿で一泊しましょうか」

アーチェ「賛成!大賛成!あったかい布団で寝よう!そうしよう!」

ほむら「そうね。じゃあ早速宿に向かいましょう」

宿屋


主人「現在、空き部屋が一部屋のみとなっております。申し訳ございません」

ほむら「仕方ないわね…。その一部屋でいいわ」

主人「かしこまりました。こちらが部屋の鍵です。どうぞごゆるりと」

アーチェ「おっしゃー!あたしに続けー!」

ほむら「走らないで」

すず「はぁ…暖炉が暖かいです」

ほむら「一瞬で暖炉まで移動しないで」

アーチェ「ほらー!早くー!」

ほむら「大声出さないで」

すず「薪の爆ぜる音が心地いいです…ここで眠れそうです」

ほむら「眠らないで」

ほむら「なんで氷の剣を手に入れた後のほうが大変なのかしら」

宿屋 客室


ほむら「さて、現状を把握しましょう」

すず「はい」

アーチェ「そうだね」

ほむら「私達は三人。それに対してベッドが二つ…ここまではいいわね?」

すず「はい」

アーチェ「うん」

ほむら「じゃあ私とすず、もう片方にアーチェさんで決定で」

アーチェ「異議あり!」

ほむら「すずは?」

すず「異論ありません」

ほむら「二対一で可決、と」

アーチェ「あたし絶対勝ち目ないよねこれ!?」

ほむら「日頃の行いよ」

すず「申し訳ありません。別にアーチェさんと同じベッドが嫌という訳ではないのですが…。
   体格を考えるとこの組み合わせが最善策かと」

アーチェ「うう…寒いよ…心が寒いよ…」

ほむら「それじゃおやすみ、アーチェさん」

すず「すいません。アーチェさんおやすみなさい」

部屋の灯りが消え少し経った頃だった。


アーチェ(ふっふーん。そんな簡単にこのアーチェさんは諦めませんよ)


音を殺し身を起こす。そのままほむらとすずが寝ているベッドに手をかけようとした、その時だった。


すず「…敵襲!」


目にも止まらぬ速さで身を起こし、アーチェが伸ばした手を握り
手首を返しただけでアーチェの身体が綺麗に宙を舞った。

アーチェ「いだいいだいいだいいだいギブギブギブ!」

すず「ふぇ…?アーチェさん?何をなさっているんですか」

アーチェ「腕と手首が綺麗に決まってるの!痛い痛い!」

ほむら「…五月蠅いわね、何をしているのよ……」

アーチェ「ううう…酷いよあんまりだよ…」

すず「申し訳ありません…。つい身体が自然に」

アーチェ「うん。まず手を離してくれると嬉しいな、って思ってしまうのでした」

ほむら「はあ…このままだと寝れ無さそうね…」

アーチェ「お願いします!どうかあたしもそちらのベッドで!」

すず「…どうしましょうか」

ほむら「どうせ断ってもまた入り込もうとするわ。…三人は流石に狭いけど何とか寝れるでしょう」

アーチェ「わーい!ほむらちゃんすずちゃん大好き!あたし真ん中ね!」

ほむら「…寝ましょうか」

すず「そうですね…」

アーチェ「いやあ、あたしは今とても幸せですよ」

ほむら「そう…」

すず「zzz」

アーチェ「すずちゃんもう寝ちゃったんだ」

ほむら「すずが一番動き回ってくれていたもの。疲れるもの無理ないわ」

アーチェ「そういう素振りは一切見せないよね、すずちゃん…ほむらちゃんも」

ほむら「…こっそり手を抜いて休みのが上手いのよ」

アーチェ「もう…。ホラッ、狭いでしょ?もっとこっちおいで」

ほむら「…誰のせいだと思っているのかしら?」

アーチェ「いいからいいから」

ほむら(結局、最後はアーチェさんに流されてしまうわね…)

ほむら「…私ももう寝るわ」

アーチェ「うん、おやすみ。ほむらちゃん」

ほむら「一つ忠告しておくわ」

アーチェ「え?」

ほむら「すずは意外と寝ぼけたら何をするかわからないわ。気を付けてね」

アーチェはついさっきの出来事を思い出した。完全に固まっている。


アーチェ「えっと…ほむらちゃん。…いえ、ほむら様もしよろしければ場所を変わって…」

ほむら「…zzz」

アーチェ「わーい寝るのはっやーい」

すず「…んんっ」

アーチェ「!?」

すず「zzz」

アーチェ(逆に考えよう、ずっと二人とくっついてる感触を味わえると)

ほむら(おやすみ、アーチェさん)


明日は合流予定になっているアルヴァニスタへ飛ぶ。
睡眠不足が確定しているアーチェを連れての空の旅が待っていた。

明日もこれくらいの時間に投下しに来ます。お疲れ様でした。

続きいきます。

トレントの森


時間の剣を手に入れる為に、クレス達はトレントの森に訪れていた。


すず「…皆さん。少しお話があります」

チェスター「ん?どうしたんだすずちゃん」

すず「わたしは一度里に戻って、試練を受けたいと思っています」

ミント「試練…ですか?」

すず「はい。里にある、己を鍛える為の試練の洞窟と呼ばれる地があります」

クレス「じゃあ僕達も一緒に…」

すず「いえ、試練を受けれるのは里の忍のみ。それに一人で進まねばなりません」

クラース「ふむ…。まあこちらは時間の剣を手に入れるだけだからな。すずが抜けても支障は無いだろう」

すず「ありがとうございます。それではわたしはここで一度失礼します」

ほむら「…」

クレス「ほむら、気になるかい?」

ほむら「そうね。でも…」

クラース「気になるのならついていってやればいい」

ほむら「…すずは一人で進まないといけないと言っていたわ」

クラース「なら待っていてやればいい」

ほむら「えっ…」

クラース「待っていてくれる者がいるだけでもすずの助けになるんじゃないか?」

ほむら「…行ってもいいのかしら」

チェスター「友達だろ?行ってやりな」

ミント「こちらは大丈夫ですので。行ってあげてください」

ほむら「皆…ありがとう」


ほむらは礼を言い、すずに追いつく為に全速力で追いかけていった。


クラース「さあ、我々も時間の剣を手に入れてすずを迎えにいくぞ」

クレス「そうですねクラースさん。行きましょうか」

ほむら「すず!」

すず「ほむらさん…?一体どうして…」

ほむら「ついていってやれって、待っていてやれって…皆が、ね」

すず「…そうですか」

ほむら「迷惑だったかしら?」

すず「いえ、……嬉しい、です」

ほむら「…よかった。じゃあ行きましょうか」

すず「はい」


二人はトレントの森を歩く。試練を控えているすずは若干緊張しているようにも見えた。

ほむら「すず、緊張してる?」

すず「多少は…ですが大丈夫です。問題ありません」

ほむら「すずは強いわね」

すず「そんなことありません。わたしはまだまだ未熟です」


ほむらはすずの顔を見る。最初会った時よりも感情が表に出るようになった気がする。
だが、未来から来たすずはもっと感情豊かであった。


ほむら(流石にまだ時間はかかりそうね)

すず「? どうしました?」

ほむら「いえ、なんでもないわ」

すず「はあ…」


少し、沈黙が流れる。

ほむら(どんな会話をすればいいのかしらね)


ほむら「…すずはどんな食べ物が好きなの?」

すず「好きな食べ物、ですか?わたしはお豆腐と…すきやき、ですね」

ほむら「すきやき?なんか意外ね」

すず「…思い出の料理なんです。……父上と、母上と」

ほむら(…やってしまったわね)


地雷を踏んでしまった気がする。とても大きな。


ほむら「…ごめんなさい」

すず「いえ、気になさらないでください。…ほむらさんのお好きな食べ物は?」

ほむら「私は…」


何だろう?と考えた。
こっちの世界に来るまでは全てにおいて無頓着だった。

ほむら「…何かしらね。食事は栄養が摂れれば何でもいいと思っていたから」

すず「栄養が摂れれば、ですか」

ほむら「ええ。必要な栄養が摂れる栄養食品とかそんなものばかり食べていたわ」

すず「兵糧丸のようなものでしょうか?」

ほむら(確か…戦国時代の携帯食品の事よね)

ほむら「流石にそれよりは味はマトモだと思うわ。食べたことはないけどね」

すず「意外といけますよ?食べてみますか?」

ほむら「持っているのね…そういえば、ちょっと待って」


ほむらは思い出したかのように盾の中を探る。――あった。

ほむら「じゃあ交換にしましょう?これが私の世界の携帯食品よ」


ほむらにとっては馴染みのある、しかし久しぶりに見た黄色いパッケージ。


すず「ありがとうございます。では一粒どうぞ」

ほむら「じゃあ頂くわね」


すずとほむらが同時に、自分の世界のものじゃない食品を口にした。


ほむら(ゴリゴリする…。美味しくない…。でも不味くもない。
    ……噛めば噛むほど甘味がでてきたような気がする)

すず「口の中の水分がなくなりますねこれ。パサパサします」

ほむら「…ご馳走様。なんか不思議な食べ物だったわ」

すず「どうですか?美味しいと思うんですが」

ほむら「えっ?…これが?」

すず「はい。ほむらさんから頂いた食品も美味しいと思いましたが…、
   わたしはやはり兵糧丸の方が好みですね」

ほむら(忍者って…舌も鍛えられているのかしら?)

すず「そういえばアーチェさんの作った料理だけ食べたことないんですよね。今度食べt

ほむら「死にたくなければやめなさい。命を粗末にするのは許さないわ」

すず「そんな大袈裟な…」

ほむら「今度すずにも聞かせてあげるわ。クラースさんの悲劇を」

すず「は…はあ…」


悲劇は、繰り返してはいけない。

試練の洞窟


ほむら「…じゃあ気を付けてね。いってらっしゃい」

すず「はい。では行ってきます」


ほむらを残し、すずは洞窟の奥へと消えていった。
静寂が辺りを包み込む。


ほむら(…)


ほむらは待つ。すずが無事に帰ってくるのを信じて。


ほむら(…!?)


刀と刀がぶつかり合う音が聞こえてくる。
硬いものが地面に落ちた音、爆発する音…人が倒れる音が聞こえた。

ほむら(…すず!?)


再び静寂が辺りを包み込んだ。
暫くして先程より遠い場所から剣戟の音。


ほむら(無事に進めているのね…よかった)

ほむら(…待つだけしかできないことがこれほど辛いなんて)


それでもほむらは待った。待つしかできなかったから。


どれほどの時間が過ぎただろうか。ほむらはその場で立ったまま動かずにすずの帰りを待つ。


ほむら(…!? 足音が…)

ほむら(すず!)

すずが帰ったきた。忍び装束のあちこちが破れ、出血もしている。


すず「…お待たせして……申し訳ございません…うっ」

ほむら「すず!」


倒れ込みそうになったすずをほむらが支える。


ほむら(深い傷は見当たらない…けれどあちこちから出血してるわ)


すず「…はぁ…はぁ」


すずの呼吸が荒い。ダメージと疲労がかなり溜まっているようだ。


ほむら(私も…すずを…皆を助けることが出来たら…!)


すずを支えている手に思わず力が入る。


すず「うっ…!……なんだか…温かい感じがします」

ほむら「これは…」

すずの傷口が少しずつだが塞がっていく。間違いない、治癒の力だ。


ほむら(私が…やっているの?)


回復に特化した魔法少女のそれと比べたらとても小さな力だったが、
今のほむらにとってはとても大きな力に感じた。

そして、この発見がこれからの戦いへの希望となった。

ほむら「…試練は、終わったの?」

すず「…はい。乗り越えることが出来ました…これがその証です」

ほむら「これは、刀と…手紙?」

すず「…父上からです」

ほむら「……もう読んだの?」

すず「読みました。お前には足りないものがある、と」

ほむら「足りないもの…」

すず「一体、何だと思いますか?」

ほむら「さあ…。それに、もし分かっていてもそれは教えてはいけないことだと思うわ」

すず「おっしゃる通りですね。自分で見つけれる様、精進致します」

ほむら「頑張って。それと…おめでとう、すず」

すず「こちらこそ…ありがとうございます。待っていてくださって」

ほむら「待つだけしかできないのがこれ程辛いと思わなかったわ」

ほむら(アルテミスも…まどかも…こんな気持ちだったんでしょうね)

すず「わたしも…待っていてくれる方がいるのがこれ程心強いとは思いませんでした」

ほむら「…お互いに新しいことを発見できてよかったわね」

すず「そうですね。…治療、ありがとうございました。もう大丈夫です」

ほむら「じゃあ皆のところに戻りましょうか」

すず「はい」

アーチェ「ほむらちゃーん!すずちゃーん!」


試練の洞窟を出るといつの間に合流したのか、アーチェを先頭にクレス達が迎えに来てくれていた。


ほむら「あら、迎えに来てくれたのね」

すず「わざわざ申し訳ございません」

クラース「いや、気にしないでいい。そっちも無事に終わったようだな」

すず「はい。おかげ様で試練を乗り越えることが出来ました」

チェスター「頑張ったなすずちゃん。まっ、こっちも試練を受けるハメになっちまったんだけどな」

ほむら「まさか…オリジンを?」

クラース「ああ。まさか向こうから言いだしてくれると思っていなかったがな」

ほむら「…みんなも無事でよかったわ」

クラース「自分だけ楽をしただなんて思わないでいいぞ?すずも心の支えになっただろうしな」

すず「はい。ほむらさん、本当にありがとうございました」

ほむら「クラースさん…すずちゃん……ありがとう」

ミント「これからどうしましょうか?」

すず「今晩は是非ここで一泊していってください。皆さんお疲れでしょうし」

ほむら「あらいいの?またお呼ばれされて」

すず「はい。来ていただけると嬉しいです」

クラース「ではお言葉に甘えようか。すずもほむらも疲れているだろうしな」

チェスター「今日こそあの箸とかいうやつを使いこなしてやるぜ」

アーチェ「ほむらちゃん!今日こそ一緒に温泉入ろう!」

ほむら「今日で待つことにも少し慣れたし、貴方が温泉から出てくるまで待つことにするわ」

アーチェ「そーんーなー!」

クレス「…」

クレスは会話に参加せず、腰に携えた時間の剣に視線を向けている。


ほむら「それが時間の剣ね」

クレス「…ああ。これがあれば今度こそダオスを逃がさずに倒せるはずだ」

ほむら「いよいよ終わりが近いわね」

クレス「そう…だね。」

ほむら「…みんなが待っているわ。行きましょう」

クレス「…ああ、そうだね。行こうか」


旅の終わりが近づいている。
別れの時が近づいている。

アルヴァニスタ


情報収集の為、一度アルヴァニスタを訪れたクレス達だったが思わぬ足止めを受けていた。


クラース「この雨ではレアバードで飛びのは諦めた方がいいな」


窓の外を見つめ、クラースは今日の移動は諦めることを提案した。


チェスター「そうだな旦那。風邪でも引いちゃたまんねえからな」

クラース「我々の中で風邪を引くデリケートな奴は限られているがな」

チェスター「だってよ、アーチェ」

アーチェ「だってさ、チェスター」

チェスター「なんだと!?」

アーチェ「なによ!?」

ほむら「一生二人でやってなさい…。じゃあ今日は一日フリーってことね」

クラース「そうだな。今日は各自自由に過ごしてくれ。…勿論迷惑はかけないようにな」

ミント「しかし…急に時間ができてもどう過ごすか悩んでしまいますね」

クレス「そうだね。何をしようかな…」

すず「皆さん、よかったら少し協力して頂きたいことがあるのですが」


そう言い、すずは全員に紙とペンを配り出した。

全員配られた紙に視線を向けた。何か書かれている。


[ほむらさんへ。皆さんの事をどう思っていますか?]

クレスさん

ミントさん

クラースさん

チェスターさん

アーチェさん

ほむら(私に配られた紙には私の名前が無いのね。皆も同じかしら)

チェスター「なんだこりゃ」

すず「そのままの意味でとらえてもらって構わないです」

クラース「なぜこんなことを?」

すず「皆さんの仲の良さが気になっていまして…。何か理由があるのかと」

ほむら「なるほどね」

ミント「少し…恥ずかしいですね」

クレス「うーん…皆のことをどう思っているか、かぁ」

アーチェ「まー他に特にやることもないしあたしはいいよ!じゃあ書いてくるね」

クラース「そうだな。では私も失礼する」


流石に書いているところを見られるのは恥ずかしいようで、全員が誰もいない場所に向かう。


ほむら(どう思っているか、か…)

ほむら(そういえばこの紙…)

ほむら(…皆のこと、ですものね)


クスッ、っと少し笑みをこぼし、ほむらは自分の気持ちを綴りはじめた。

すず「皆さん、ありがとうございました」


すずは全員から先程の紙を受け取り、大事そうに抱えている。


チェスター「見られるとなるとやっぱり恥ずかしいな」

クレス「そうだね…。すずちゃん、それは皆にも見せるのかい?」

すず「いえ、これはもうわたしの物です。見せません」

アーチェ「えー!ずるいよすずちゃん!」

クラース「見たところで恥ずかしがるだろうお前らは」

ミント「見たいような…見たくないような」

すず「では失礼します」


そう告げるとすずはその場から逃げる様に走っていった。


アーチェ「あ!ちょっと!」

ほむら「さて…、すずがいなくなったところで私からもお願いがあるのだけれど…」

すずは誰も来なさそうな場所を選び、先ほど受け取った手紙に目を通し始めた。


[クレスさんへ。皆さんのことをどう思っていますか?]

ミントさん
とても優しくて、いつも護ってもらっている。
村の復興にも凄く協力的にしてくれて本当に感謝しているよ。

クラースさん
冷静で、いつも僕達に気を使ってくれて嫌われ役になったりしてくれて…尊敬できる人。
この人の言葉はとても重くて、とても心に響くんだよね。

チェスターさん
親友であり、相棒でもある。お互いの事を何でも知っている。
言葉に出さなくても何を考えているかわかっちゃうくらいにね。

アーチェさん
元気で明るくて、みんなが落ち込んだときにも明るく振舞ってくれる彼女に感謝した場面が沢山ある。
少し、五月蠅すぎるときもあるけれどそれが彼女の良いとこだと思う。

ほむらさん
彼女がいたおかげで僕はここまで強くなれた。彼女に励まされて、支えられて、助けられて。
だから最後まで一緒に旅をしたい。そして笑顔で送り出してあげたい。


すず(…)


無心で書かれている内容に目を通す。
クレスの手紙を読み終え、二枚目を取り出した。

[ミントさんへ。皆さんのことをどう思っていますか?]

クレスさん
とても優しくて、いつも護ってもらっています。
真面目な方で…少し恥ずかしいですがそばにいて支えてあげたいと思っています。

クラースさん
時折、冷たく聞こえる言葉も私たちのことを考えて下さってのことで…とても優しい方です。
この人の知識、冷静さ、判断に何度も助けて頂きました。本当に感謝しています。

チェスターさん
私が今こうして生きているのも、全てはこの人が身を挺してダオスの攻撃から助けて下さったからです。
心の中にとても熱いものをもっておられる方です。
ただ…もう少しアーチェさんと仲良くしていただければ、と思います。

アーチェさん
明るく、元気でとても楽しい方です。他の人のことでもまるで自分のことのように泣いて、笑って。
この人がいるだけでその場の雰囲気が明るくなる、そんな不思議な人です。
ただ…もう少しチェスターさんと仲良くしていただければ…

ほむらさん
強くてたくましく見えるけれどとても繊細な心をもっている人。そしてとても優しい心を持っている人です。
私たちを守る為に自らの身体を盾にして、ボロボロの身体でもダオスに立ち向かったりと
少しヒヤヒヤすることもありましたが…勇気を与えて貰えた気がします。


すず(クレスさんとミントさん、お互いに同じようなことを書かれていますね)


二枚目を読み終え、三枚目を取り出す。

[クラースさんへ。皆さんのことをどう思っていますか?]

クレスさん
最初は少し頼りなかったが、今では立派に成長してくれた、背中が大きく見えるようになったな。
ダオスに勝つにはクレスの力が必要だ。頼りにしている。

ミントさん
彼女の法術には何度も助けられた。優しく温厚で、私が少し面倒に思ったことでも率先して取り組んでくれる。
特にアーチェとチェスターの事に関しては全て任せてしまっている。申し訳ない。

チェスターさん
危なっかしい時もあったが、今ではある程度安心して援護を任せている。
クレスと揉めた時は少し心配したが、思っていた以上に早く関係を修復してくれた。感謝している。

アーチェさん
常にこのパーティの火力として引っ張ってくれている。精神面でも成長して、ダオスとの戦いでは本当に助かった。
ただ、これを本人に言うと調子に乗ってしまうのでこの紙は見せないようにして欲しい。

ほむらさん
彼女がこの旅の同行してくれたおかげで我々の旅は大きく変わった。
ダオスを倒してもほむらの旅が終わると決まった訳ではない。帰れたとしてもまだ厳しい戦いが待っている。
是非とも乗り越えて欲しい。ほむらなら大丈夫だと信じているがな。


すず(嬉しいとか、そういう言葉が目立ちますね)


四枚目。次はチェスターだ。

[チェスターさんへ。皆さんのことをどう思っていますか?]

クレスさん
親友、相棒、そんな感じだな。すげえ差つけられちまったけど絶対追いついてみせる。
アイツの足を引っ張る真似はしたくねえからな。ライバルって言葉も当てはまるかもな

ミントさん
クレスが旅の途中で折れなかったのもミントがいてくれたからなんだろうな。
村の復興にも手伝ってくれるって言ってくれている。感謝してる。

クラースさん
こういう大人になりたいって感じだな。理想っていうか…、まあそんなとこだ。
クレスとほむらの戦いのときも旦那だけが一人動こうとしてなかった。
あれが本当の信頼ってやつなのかな。

アーチェ
バカ

ほむら
ダオスから俺を守ってくれた。ボロボロの身体で一人で立ち向かってすげえ格好良かった。
俺は何もできなくて悔しかった。だから絶対強くなってほむらに借りを返したい。
ほむらはどう思っているかわかんないけどよ。
クレスの事もよくわかってくれている。優しいやつだよ、こいつは


すず(…クレスさんがよく絡んできますね)


五枚目。少し雑なアーチェの字。

[アーチェさんへ。皆さんのことをどう思っていますか?]

クレスさん
頼りにしてるよー。クレスがいないとあたしもクラースもミントも詠唱できないからね!

ミントさん
大人な女性、ってやつ?うらやましい!

クラースさん
本で頭殴るのやめてほしい!ムッツリスケベ

チェスターさん
バカ

ほむらさん
クールで、かっこよくて、かわいくて、少しあぶなっかしい大切な友達!


すず(短いけど…なんだかわかるような気がします)


六枚目。うってかわってとても丁寧な字。ほむらだ。

[ほむらさんへ。皆さんのことをどう思っていますか?]

クレスさん
一緒に旅をして一番成長した、って言えば偉そうに聞こえるわね…とにかく、強くなった。
優しいからこそ悩み、優しいからここまで強くなった。そう思うわ。

ミントさん
この人がいなければ私はミッドガルズで命を落としていたでしょう。守ってくれて、本当にありがとう。
こんな女性になりたい、そう思える人。羨ましいわ。

クラースさん
無茶な注文でも最後には折れて聞いてくれる。そう思えば申し訳ないことをしてきたわね。
でも、この人には全て見抜かれているような気がするわ。今までもそうだったし、…これからも。
だからこそ無茶な注文をしていたのかもしれないわね。
わかってくれてるって心のどこかで思っていたのかもしれないわ。

チェスターさん
ダオスから守ってくれてありがとう、と言われたけれど私の方こそそう言いたいわね。
それに凄いスピードで強くなっている。
私が今まで戦闘でやっていたことをチェスターさんが代わりに請け負ってくれている。
感謝しているわ。

アーチェさん
会ってすぐの私を友達と呼んでくれた。…すごく嬉しかった。
もう少し落ち着いて欲しい時もあるけど、私の心の支えになってくれた。ありがとう。
この人の素直な言葉は、心に響く。恥ずかしい時もあるけど…やっぱり嬉しい。


すず(あれ?続きがある…?)

みんなへ
仲間と言ってくれてありがとう。
皆との距離感がわからなかった私に近づいてくれて、手を差し伸べてくれて本当にありがとう。
私を助けてくれて、本当にありがとう。


すず(…みんなへ、ですか)

ほむら「読み終わった?」

すず「!?」


いきなり後ろから声をかけられ、慌てて振り向き手紙を背中に隠す。


ほむら「ごめんね。驚かせて」

すず「い、いえ…どうしてここに?」

ほむら「人がいなさそうな所にいるかも、って思ってね…はいこれ」


ほむらがそう言って手渡してきたのは、一枚の手紙だった。


すず「これは…」

ほむら「まあ見て頂戴」

[皆へ。すずのことをどう思っている?]

クレス
お父さんとお母さんに手をかけるようなことをさせてしまって彼女には申し訳ないと思っている。
だからせめて、罪滅ぼしという訳じゃないけどあの子の助けになってあげたい。
苦しんでいる時や悲しんでいる時に力になってあげたい。

ミント
私も、すずちゃんの力になってあげたいと思います。
疲れたときや、傷ついたときは側にいてあげたいです。
身体の傷だけじゃなくて、あの子の心も癒してあげたいです。

クラース
ほむらとすずを見習えと他の連中に言いたいくらいいい子だな。
無理はしなくていい。疲れたら素直に疲れたと言えばいい。
困ったらすぐに困ったと言えばいい。それが仲間だ。

チェスター
すずちゃんには失礼だとは思うけどどうしてもアミィ…妹と重ねちまうんだよな。
だから、無理はしてほしくない。俺たちがすずちゃんを守る。
まあ…今はまだまだ守られてる側なんだけどな。恥ずかしいけど。

アーチェ
可愛い!でも、もっと笑ってほしいな!絶対可愛いから!

ほむら
大切な、大切な友達よ。短くなってしまうけど…ごめんなさい。他に言葉が思い浮かばないの。

すず「これは…」

ほむら「仲間の皆の気持ち、だからね…。……隙ありよ」


手紙を見つめ、少し茫然としているすずからほむらは先程みんなが書いた手紙を奪い取った。


すず「あっ…!」

ほむら「恥ずかしいけど、私たちの気持ちも見せたことだしこれも皆に見せちゃうわね」

すず「えっ…でも」

ほむら「すずは後で書いて皆に見せてね?」


そう伝え、ほむらは立ち去った。今から皆に手紙を見せるつもりだろう。

すず(わたしの…気持ち…)

すず(気持ちか…)


すずは近くにあったペンと紙を手に取った。


[皆さんに思っていること―――




雨があがった。
明日、クレス達は常闇の町アーリィへ向けて飛び立つ。

今日はこれで失礼します。

投下します。

常闇の町アーリィ


クラース「今日はここで一泊する。そして明日、ダオスとの最終決戦に挑む」

クラース「こんなことを言うべきではないと思うが…今日が最後の夜になるかもしれん。
     各自、好きに過ごしてくれて構わん」

ほむら(いよいよね…)


これで本当に最後だ。時空転移は時間の剣で使わせない。
勝つか負けるか、それだけだ。


ほむら(勿論時間遡行もできない。勝っても、負けてもそれで終わり)

ほむら(でも、私は希望を見つけた。だから…きっと…)


宿屋


使用できる数少ない武器を入念に手入れする。


ほむら(最後の最後で誤作動だなんて笑えないわね)


今手入れをしているのはこの世界でも自分の世界でも最も愛用している拳銃。
だが弾数はもうほとんどない。
拳銃を置く。次に手をつけたのは回転式拳銃――所謂リボルバーと呼ばれるものだ。


ほむら(…これも、切り札ってやつになるのかしらね)


リボルバーを手にとり、見つめていると隣の部屋から会話する声が聞こえた。


ほむら(クラースさんと…誰かしら)

男性のようだが聞き覚えが無い。駐在している兵士だろうか?
気になり、ほむらはクラースの部屋に向かった。


コンコン、と軽く扉を叩く。


クラース「誰だ?」

ほむら「私よ。入ってもいいかしら」

クラース「…いいぞ」


返事が一瞬遅れたのが少し気になったが、ほむらは構わず扉を開けた。
そこにはクラースとオリジンがいた。

ほむら「オリジン…?クラースさん、貴方何をしていたのかしら?」

オリジン「女々しい男の頼まれ事だ」

クラース「…うるさい。……過去を、少し見ていた」

ほむら「過去を…?」

クラース「ああ。…ミラルドの事をな」

ほむら(…成程。なんだかんだ言ってやはり気になるのね)

クラース「なんだかんだ言ってやっぱり気になるのか、って思っているだろう?」

ほむら「貴方は人の気持ちが透けて見えるのかしら?少し怖くなる時があるわ」

クラース「お前は無表情を装っているつもりかもしれんが意外とわかりやすいぞ?」

ほむら「…今度から気を付けるわ」

クラース「今度、か…」

ほむら「…」

オリジン「娘よ」

ほむら「何かしら?」

オリジン「ついでだ。こっちに来い」

ほむら「えっ…」


時間の剣が眩い光を放ち、目の前の空間に何かが浮かび上がる。
それはほむらには見覚えのある、懐かしい風景。


ほむら「ま…ど……か…?」

いつの時間軸かはわからない、制服を着た鹿目まどかが空間に浮かび上がる。
どうやら学校内にいるときの姿らしい。周りにも見知った顔がいくつかあった。


クラース(この子が鹿目まどか…、ほむらにとっては何よりも大切な人、か)

ほむら「まどか…、まどか…っ」


目の前に映し出されたまどかの名前を必死に呼ぶ。だが、反応は無い。
ほむらの呼びかけは一切届かず、周囲の友達と楽しそうに会話を交わしている。

ほむら「…もういいわオリジン。ありがとう」

オリジン「もういいのか」

ほむら「ええ」

オリジン「逆に気分を損ねてしまったか」

ほむら「…いえ、そうじゃないわ。
    ただ…私は絶対に帰ってみせる。だから…今はもういいの」

オリジン「そうか。宿主よりしっかりしている娘だ」

クラース「五月蠅いぞオリジン。そろそろ戻れ」


ほむら「まどか、もうすぐ帰るから…待ってて」


オリジンが映し出した映像が消えゆく中、ほむらは見た。
席に座ろうとしたまどかが一瞬止まり、振り返る。
ほんの刹那、目があった…そんな気がした。

ほむら「…少し風に当たってくるわ」

クラース「そうか。外は寒い…あまりうろつくんじゃないぞ」

ほむら「ええ。ご忠告どうも」


そう言い残して、ほむらはクラースの部屋を出て行った。


クラース「確かに、女々しいのは私の方かもな」


クラースはほむらが出て行った扉を見つめ、ポツリと呟いた。

ほむらは宿屋が出ると、先ほどまで止んでいた雪がまた降り始めていた。


ほむら「雪…ね」


自分の世界ではずっと同じ季節を繰り返していた。
こちらの世界で生まれて初めて船の旅を経験し、灼熱の大地を踏破し、極寒の大地にも訪れた。
結婚式にも出席した。
戦争にも参加した。
英雄と称えられた。
空を自由に飛び回った。

仲間が、友達ができた。


ほむら(本当に…色々なことがあったわね)

ほむら(でも…もうすぐ終わるのね)

ほむら(終わって…しまうのね)

アーチェ「おっ!ほむらちゃーん!」

ほむら「…! アーチェさん、にチェスターさん?何してるの?」

チェスター「いきなりコイツが雪だるま作ろうなんて言い出しやがってよ」

アーチェ「うっさいなー。チェスターだって途中からノリノリだったじゃん」

チェスター「ふん…うっせーな」


アーチェとチェスターが作った雪だるまは中々お目にかかれない大きさだった。

ほむら「随分力作ね」

チェスター「アーチェがバカみてえに考えないで雪玉をでっかくしやがるからな」

アーチェ「なによ、どっちが上か下かも決めずに作り始めたクセに」

チェスター「普通俺が上だろーが。雪玉持ち上げないといけないんだからな」

アーチェ「大きい方作った後に上に乗せるくらいしてくれてもいいでしょーが。
     そんな気も利かないとか結婚できないよー?」

チェスター「こんなことで怒りだすような女なんてこっちからゴメンだぜ」

アーチェ「なんだとー!」

チェスター「なんだよ!?」

ほむら「イチャイチャしている所少し悪いんだけれど、手を加えさせてもらっていいかしら?」

アーチェスター「イチャイチャなんてしてない!」

二人の息が合った反論を無視してほむらは雪だるまに少し細工をしていく。

前髪を雪で作り前に垂らし、残りは後ろで束ねているように見えるよう線を入れていく。
束ねた髪も雪で作り取り付け、最後に先端を尖らせた耳も取り付けた。


ほむら(少しはファルケンさんに見えるかしら…)

アーチェ「器用だねほむらちゃん。…ってこれチェスター?」

チェスター「俺は前髪もほとんど後ろにもっていってるぜ。別人だろ?耳も尖ってるし」

ほむら「そうね、チェスターさんじゃないわ…まあいずれわかるわよ」

アーチェ「えー!気ーにーなーるー!」

ほむら「ふふっ、内緒よ。…いつか必ず分かるわ。必ず、ね」

アーチェ「ほむらちゃんの意地悪…!」

ほむら「お褒めの言葉どうも。…私は少し街を散歩してくるわ」

チェスター「おー。足元滑るから気を付けてなー」

ほむら「ええ。じゃあまた後でね」


ほむら「そうそう、あまり外でイチャイチャしたら駄目よ。
    せっかく作った雪だるまが融けてしまうわ」



アーチェスター「だからイチャイチャなんかしてないって!」

二人の邪魔にならないように側を離れたほむらはぶらぶらと町を散歩していた。
すると、建物の軒下に座り込むクレスとミントを発見した。


ほむら(クレスさんとミントさん…。邪魔したら悪いわね)


気付かれないようにそっとその場を離れようとした――その時だった。


クレス「あ、ほむらじゃないか」

ほむら(…もう)


気を使ったのが台無しになった。無視するわけにもいかず渋々二人の元へ歩み寄る。

ほむら「…どうも、クレスさんミントさん」

クレス「何をしてたんだい?」

ほむら「まあ、色々とね」

クレス「そう。まあこんな所だけど座りなよ。ミントもいいよね?」

ミント「え、ええ。ほむらさんどうぞ」

ほむら「はあ…じゃあ少し失礼するわ」


ほんの少しだけ邪魔をしてさっさと立ち去ろう、そう決心してその場に腰を下ろす。

ほむら「貴方達こそこんな所で何をしていたの?肩に雪が積もっているわよ?」



クレス「い、いやあ…こ、こんな雪の日に出歩くのは勇気がいるからね!座って話をしようかと思って!」



ほむら「…」

ミント「…」


突如強い風が吹いてきた。その風に雪が乗りほむらの身体を襲う。

クレス「あ、あははは…」

ほむら「少し冷えてきたわね…そろそろ…」

クレス「ちょ、ちょっと待って!」

ほむら(はぁ…)

ほむら(拷問ね…これは…)


体感的な寒さ、そしてこの空気。ほむらは今すぐにでも立ち去りたかった。

ほむら(というかなぜ私はここに呼ばれたのよ…)


ほむらはクレスとミントの顔を交互に見やる。
二人は俯き、視線だけを動かしお互いの様子を窺うような気配だった。


ほむら(二人の様子がおかしすぎよ…)

ほむら(…とりあえず何か話すしかないわね。沈黙はつらいわ)


そう決心しほむらはつい先ほど出くわした出来事を話し出した。

ほむら「さっき宿屋の前でチェスターさんとアーチェさんが雪だるまを作っていたわ」

クレス「へ、へえ!あの二人が協力して何か作るなんてね」

ミント「そ、そういえば…珍しいことですね」

ほむら「確かにそうね。…傍から見ればイチャイチャしてるようにしか見えなかったわ」

クレス「イチャイチャ…あの二人が?」

ほむら「ええ…。……なにかおかしいかしら?」

クレス「いや、あの二人をそういう風に見たことがなかったから…」

ほむら「喧嘩するほど仲がいい、ってやつだと思うけど」

クレス「アーチェとチェスターが、かぁ…」

ほむら「チェスターさんは親友なんでしょう?協力してあげたら?」

クレス「そう言われても…僕は…」


クレスはそう言いチラッとミントを見た。ミントもクレスを見ていた。
視線が交差する。

そして、二人は慌てて下を向いた。

ほむら「…そういえば、元の時代に帰って貴方達は村を再建するのよね」

クレス「そうだね。ミントも手伝ってくれるって言ってる」

ミント「はい、微力ですがお力になれればと」

ほむら「じゃあ貴方達は一緒に住むのかしら?」

クレス「えっ!?」

ミント「あっ…えっと…その…」

ほむら「そこまでは考えていなかったのね」

クレス「そ、そうだね」

ほむら「…じゃあこれから頑張って。私はもう行くわ」

意味ありげな言葉を残しほむらは立ち去ろうとする。


クレス「も、もう行くのかい!?もう少しゆっくりしていっても…」

ほむら「…ミントさん後はお願いね」

ミント「…はい。ほむらさん、ありがとうございます」


ミントはほむらの去っていく背中を見送りながらポケットの中のイヤリングを取り出した。

逃げる様にクレスとミントの側を離れたほむらは町の広場にいた。


ほむら(なんだか疲れてしまったわ…。決戦は明日っていうのに)

すず「ほむらさん?どうかなさいましたか?」

ほむら「すず…。いえ、ちょっとね」

すず「はあ…。ほむらさん、少しお時間よろしいですか?」

ほむら「ええいいわよ。どうせやることもないもの」

すず「では、お隣失礼します」


眼下に広がる町の景色を一望できる広場の柵に並んで立つほむらとすず。

すず「いよいよですね」

ほむら「ええ…。すず、緊張はしてない?」

すず「わたしは大丈夫です。ほむらさんは…大丈夫ですか?」

ほむら「…不安ね」

すず「不安、ですか」

ほむら「私は今までずっと時間停止の力に頼ってきた。でも、
    この力が通用しなかった敵がすぐそこにいる」

すず「頼りにしていたものが使えなくなる…、不安になるのも仕方がありません」

すず「でも、ほむらさんの時間停止が使えないから役に立たないなんてことは絶対にありません。」

ほむら「はぁ…ごめんねすず。気を遣わせてしまって」

すず「いえ…。と、友達が…困っているときは助けてやれとおじい様が……」

ほむら「…すずから友達って言ってくれたの初めてね」

すず「…まだ少し恥ずかしいです」

ほむら「ふふっ…ありがとうね」

柵の上に積もった雪を少しだけ手に取る。…冷たい。
手の中でみるみる内に融けていく。


ほむら(…もう少しすずと早く出会えていれば)

ほむら(未来から来たすずのように喋ってくれたのかしら…)

ほむら(って言ってても仕方が無いわね)

ほむら(雪とは違ってそう簡単に融けてくれるものじゃないしね…)


ほむら「そろそろ帰りましょう。身体の芯から冷えてしまいそうだわ」

すず「そうですね…」


柵から離れ、階段を降り宿屋へ向かおうとした時だった。


すず「ほむらさん」


すずに呼び止められた。

ほむら「? どうしたの?」

すず「あ…いえ…、…すいません何でもありません」

ほむら「ふふっ…変なすずね」

すず「…少し…寒いので…手を繋いでもらってよろしいですか?」

ほむら「…いいわよ。はい」


恐る恐る手を伸ばすすずの手を優しく握る。…温かい。


ほむら「行きましょうか」

すず「…はい。ありがとうございます」


二人で並んで歩く。並んだ二人分の足跡が雪の絨毯に刻まれた。

アーチェ「あっ!帰ってきたよ…って手繋いでる!ずるい!」

ミント「あっという間に仲良くなりましたね。ほむらさんとすずちゃん」


宿屋の前で皆が出迎える様に待っていた。


ほむら「皆どうしたの?こんな所で」

チェスター「そろそろ飯にしようぜ、ってことで探しに行こうかって話をしててな」

ほむら「あら、お待たせして申し訳ないわね」

すず「申し訳ございません」

クレス「大丈夫だよ。今外に出たばっかりだしね」

クラース「よし、じゃあ行こうか。アーチェ…今日は少しなら酒を呑んでもいいぞ」

アーチェ「えっマジ!?やったね!」

チェスター「旦那…許可なんて出しちまっていいのかよ」

クラース「勿論呑んだ後はチェスター、お前に任せる」

チェスター「はぁ!?嫌だぜ!」

クレス「すまないチェスター…頑張ってくれ」

ミント「お願いしますね、チェスターさん」

ほむら「すず、呑んだアーチェさんに近づいたら駄目よ」

すず「はい、わかりました」

チェスター「お前らなぁ!」

アーチェ「よっしゃー!皆の衆いくぞー!呑むぞー!」

チェスター「なんでそんなガッツリ呑む気満々なんだよ!?待てよ!人の話聞け!」

ウッシャッシャ!とアーチェ特有の笑い声を上げ、
一人でさっさと酒場に向かうアーチェを慌てて追うチェスター。


クラース「任せて大丈夫そうだな。さあ、我々も行こう」

ミント「はい。皆さん、足元にお気を付け下さい」

ほむら(こんな光景ももうすぐ…)

クラース「…ほむら、行くぞ」

ほむら「…ええ。今行くわ」

宿屋


深夜、アーリィの町にいる大半の住人が寝静まった頃に宿屋の扉が開いた。


ほむら「…夜は一層冷え込んでいるわね」


戸外の冷気に少し身を震わせたながらほむらは外に出る。
この町に到着した時よりは収まっていたが雪が止みそうな気配は無かった。
踏み荒らされていない足元の雪に足跡が刻まれていく。


ほむら(…これがこの世界最後の夜、のはずよね)

ほむら(少なくとも、皆揃っての夜は今日が最後…)


空を見上げる。生憎と空は分厚い雲に覆われ星を見ることは叶わなかった。


ほむら(こちらの世界に来て…空を眺めることが増えたわね)


初めてこの世界の星空を眺めたのは過去、クラースとアーチェの時代で船に乗った時だった。

ほむら(あの時…甲板に出て一人でこうやって星空を眺めていると後ろから…)



アーチェ「星が出てないのに空を見上げてるほむらちゃんを後ろからドーン!」



ほむら(っていう風に押し飛ばされたのよね)


アーチェのタックルを振り向きもせずにほむらは躱した。
避けられると思っていなかったアーチェは勢い余って、
雪かきした後と思われる積まれた雪山にそのまま頭から突っ込んだ。

アーチェ「ペッ!ペッ!…もー、ひどいよほむらちゃん」

ほむら「流石に同じ手に二度も引っかかるわけにはいかないわ」

アーチェ「ぶぅー…。……空、見てたんだ?」

ほむら「少しでも星空を見たかったのだけど…まぁ無理よね。こんな空模様じゃ」

アーチェ「…あの時は雲一つ無かったから綺麗に見えたよね」


ほむらはアーチェの言ったあの時がどの時を指したものなのかすぐに理解した。

ほむら「ええ。初めて見たこの世界の夜空は今でも鮮明に憶えているわ」

アーチェ「あたしもだよ。…あれから随分と長く旅をしてきたよね」

ほむら「そうね。何せ150年よ」

アーチェ「150年かぁ…。この世界のあたしって何をしているんだろ」

ほむら「相変わらず元気にやっているイメージしか無いわね」

アーチェ「まぁそうなんだろうけどさー」


アーチェは足元の雪を踏みならす。ほむらにはその姿が寂しさを紛らわしているように見えた。


ほむら(150年…。その間に沢山の出会いと別れを繰り返すのよね……)

この旅を終えればクラースはもう二度とクレス達には会えないだろう。
クレス、ミント、チェスターもこの時代まで生きていられる保障はない。
アーチェはその全ての別れに立ち会わなければならないのだ。


アーチェ「あたしは大丈夫だよ!別れは辛いと思うけど…」

アーチェ「それでもみんなと出会えた喜びの方が大きいに決まってるから!」


アーチェはいつもと同じ笑顔をほむらに向ける。
強がってなどいない、アーチェは思ったことを口に出しただけだった。

ほむらは時々、天真爛漫なアーチェを直視することが出来ないときがあった。
自分とは正反対だと思っていた。
眩しすぎると感じていた。
それでも…口には出さないが近くにアーチェがいないと寂しく思う時もあった。


ほむら(本当に、不思議な人ね)

アーチェ「んん?どったの?」

ほむら「いいえ、何でもないわ」

アーチェ「変なほむらちゃん……ぶえっくしょい!」

ほむら「もう…はしたないわね」


上品さの欠片もないくしゃみにほむらは少し眉を顰めた。
アーチェはおかまいなしにズズッと鼻をすする。


アーチェ「いやー、流石に身体が冷えてきちゃってね」

ほむら「そろそろ戻る?風邪を引いたら大変よ」

アーチェ「…もうちょっとだけ」

ほむら「…本当に少しだけよ」


少し勇気を出してほむらは顔をそむけながらもアーチェに手を差し出した。

アーチェ「えっ?」

ほむら「……さっきすずと手を繋いでいたのを羨ましがっていたから…」

アーチェ「…ほむらちゃん」

ほむら「…何?」

アーチェ「ありがとっ」

ほむら「………礼には及ばないわ」


アーチェが手を伸ばしほむらの手を握る。アーチェの手はとても暖かかった。

それから暫く、寒さに身を震わせながらも旅の思い出話をした。
最後の夜の会話を惜しむように。

小一時間ほど二人で語り合った頃だった。

ついにアーチェが折れた。


アーチェ「…もう駄目…限界です」


身体の芯から冷えてしまったようで震えが止まらなくなっていた。


ほむら「喋り過ぎたわね、ごめんなさいアーチェさん」

アーチェ「い、いいのいいの。あとちょっと、って言ったのあたしなんだし」

ほむら「急いで部屋に戻りましょう。本当に風邪を引いてしまうわ」

アーチェ「う、うん…」


ほむらは、身体が震えているアーチェに寄り添いそのまま二人で宿屋の中に入っていった。

宿屋


ほむら「はい、アーチェさん」


宿屋のフロント近くにある暖炉の側に座っているアーチェにほむらは
湯気が立ち込めるマグカップを差し出した。

中で揺れていた液体はほむらがこの世界の初めての夜に飲んだもの…ホットミルクだった。


アーチェ「うう…あったかいよぉ…」


両手で大事そうに抱え一口、また一口と飲み進めていく。

自分の分も用意していたほむらもマグカップに口を付けた。


ほむら「…やっぱりどこで飲んでも優しい味ね」

客室


すでに眠っているミントと、特にすずを起こさないように静かに扉を開く。


ほむら「じゃあ…アーチェさんおやすみなさい」


小声で囁くように告げ、自分に割り当てられたベッドに向かおうとした時だった。

アーチェが手を握ってきた。


ほむら「…アーチェさん?」

アーチェ「…」


アーチェは何も言わずにただほむらの手を握っている。

ほむら「もう…いつもみたいに遠慮なく言えばいいのに」

アーチェ「だって…いつもほむらちゃん嫌がってたし」

ほむら「嫌がっている私を無理矢理ベッドに引きずりこんでいたのは誰なのかしら?」

アーチェ「ほむらちゃん…その言い方ちょっとエッチだよ…」

ほむら「…貴方のせいよ」


言ってから気が付き、少しほむらは顔を赤らめた。
幸いにも部屋が暗かったおかげでアーチェには見られてはいないようだった。

ほむら「…夕食の時お酒を控えめにしていたのもこの為なんでしょ?」

アーチェ「えへへ…バレてた?」

ほむら「もう…、ほら、こっちに来なさい」


握った手はそのままにほむらは自分のベッドに向かい、一人分のスペースを空け布団に潜り込んだ。


ほむら「…どうしたの?早くして頂戴…寒いわ」

アーチェ「お、お邪魔します」


恐る恐るといった感じでアーチェも布団に入り込む。

アーチェ「あったかい…」


背中の方からアーチェの声が聞こえてくる。


ほむら「…そうね」


素っ気なくほむらは言葉を返す。


アーチェ「…」


アーチェは少し居心地が悪いのか、小刻みにもぞもぞ動いている。


ほむら「…この世界で初めて過ごした夜も同じベッドで寝たわね」

アーチェ「そうだね…」

ほむら「あの時は本当に無理矢理引きずり込まれたんだけど」

アーチェ「そ、そうだったね」

ほむら「…」

アーチェ「…」

声を潜めているせいか、それとも別の理由なのか…先ほどよりもぎこちない会話。

ほむら(このままじゃ眠れないわね)

ほむら(いえ…)

ほむら(このまま寝たくない…)


ほむらは不意に寝転んだまま向きを変える。
ずっとほむらの背中を見ていたアーチェのビックリした顔が見えた。


アーチェ「ほ、ほむらちゃん…?」

ほむら「…今までずっと甘えさせてきたわ」



ほむら「……だから今は…少し甘えさせてもらうわよ」

アーチェの返事を待たずにほむらは、アーチェの胸に顔をうずめるように飛び込む。


アーチェ「ちょ、ちょっと…」

ほむら「…五月蠅いわ。少し黙っていて頂戴」


無茶苦茶な注文をしているのは自分でも分かっている。
それでも今はこうしていたかった。

こんな私を簡単に受け入れてくれた。

こんな私の為に本気で怒ってくれた。

こんな私の為に涙を流してくれた。

こんな私を友達と呼んでくれた。

色々迷惑をかけたりかけられたりしたけれど、それでもアーチェが隣にいると楽しかった。

受け入れてくれたのが、怒ってくれたのが、涙を流してくれたのが、友達と呼んでくれたのが


とても嬉しかった。


そんな、この世界で初めてできた友達と別れの時が近づいている。

今までに味わったことのない、永遠に会えないという怖さ。

ほむらはその恐怖に我慢が出来なくなった。

ほむら「ごめん…なさい……」

アーチェ「…うん。大丈夫」


アーチェはほむらを優しく抱き寄せ、優しい手つきで頭を撫でる。


ほむら「…ありがとう、アーチェさん」

アーチェ「こっちこそありがとう、ほむらちゃん」


それ以上二人に会話は無かったが先ほどまであった居心地の悪さは全く無かった。

アーチェはほむらが眠りにつくまで優しく撫で続けていた。

ほむらのこの世界での最後の夜はこうして過ぎていった。

そして、この世界での最後の朝を迎えた。

目を覚ましたほむらはアーチェに抱き付かれ身動きが取れない状況にいた。


ほむら「…アーチェさんそろそろ起きないと」

アーチェ「んんっ…。………ほむらちゃんおはよぉ…」

ほむら「おはようアーチェさん。もう皆起きているみたいよ」

アーチェ「…あと五分」

ほむら「ほら、起きるわよ」

アーチェ「あーぬくもりがー…」


ほむらはアーチェを引き摺りそのまま部屋を出た。

ほむら「おはよう」

クレス「おはようほむら。最後に起きてくるなんて珍しいね」

ほむら「ええ、ちょっと夜更かしをしてしまってね」

チェスター「どうせそこの馬鹿にお喋りでも付き合わされたんじゃねえのか?」

アーチェ「へっへーん!秘密だよー!…隙ありっ!」

チェスター「コラてめぇ!朝飯は取らないルールを自分で破ってんじゃねえよ!」

アーチェ「あたし馬鹿だからよく覚えてないの!ゴメンね!」

クラース「…いつでもどこでもこいつ達は変わらないな」

ミント「そうですね…。ほむらさん、こっちが空いています」

ほむら「ありがとうミントさん。失礼するわ」

すず「…」


すずが隣に座ったほむらを無言で見つめている。


ほむら「…?どうしたのすず?顔に何か付いてる?」


その視線に気が付いたほむらは、ミントが用意してくれたコーヒーを啜りながら訊ねた。



すず「昨晩はお楽しみでしたね」

ほむら「ごふっ」

クレス「何の話だい?」

ほむら「げほっ…き、気にしないほうがいいわ」

クレス「いやでも…」

ほむら「言い方を訂正するわ」

ほむら「気にしない方が身の為よ?クレスさん」

クレス「わ、わかったよほむら…」

ほむら「あとすず、そういう誤解を招くような発言は控えなさい」

すず「いえ、お二人で楽しそうにお喋りした後美味しそうにホットミルクを飲んでおられたので」

ほむら「…起きていたの?」

すず「アーチェさんが外に出た音で目が覚めてしまったので。
   ですがわたしも眠くなったのでお二人が部屋にお戻りになる前に眠ってしまいましたが」

ほむら「そ、そう。よかったわ」

すず「? 何がよかったのですか?」

ほむら「い、いえ!もう忘れて頂戴」


気を落ち着かせようと再びコーヒーを啜る。
その時、隣に座っていたミントがほむらの耳元で囁いた。


ミント「…昨晩の事は皆さんには内緒にしておきますね」

ほむら「ごふっ」

クレス「ど、どうしたんだいさっきから」

ほむら「げほっげほっ…な、なんでもないわ。本当に気にしないで大丈夫よ」


クレスにそう告げ、ミントに近寄り声を潜め喋りかける。


ほむら「…起きていたの?」

ミント「すいません。お二人がお部屋に戻られた際に目が覚めてしまいまして」

ほむら「…ごめんなさい。起こしてしまって」

ミント「いえ、…こちらこそ盗み聞きをしてしまって」

ほむら「…仕方ないわ。同じ部屋にいる以上聞かれても文句は言えないもの」

ミント「本当に皆さんには内緒にしておきますので…」

ほむら「ありがとう、ミントさん」

クラース「仲間内で隠し事はしないんじゃなかったのか?」

ほむら「…貴方も言ったでしょう?知られたくないこともあるって」

クラース「ふっ…まあいいさ」


少しニヤリとしたクラースの笑いが少し癇に触ったのか、ほむらは釘を刺すように告げた。


ほむら「詮索はよしましょう?女々しく見えてしまうわよ」

クラース「ほ、ほむら、お前!?」


女々しいという単語に過剰に反応したクラースを見て満足したのか、
ほむらはようやく落ち着けた様子でコーヒーを飲み始めた。

最後の朝とは思えぬ程、いつも通りの朝の風景だった。

クラース「さぁ、出発するぞ。準備と覚悟はできているか?」

すず「無論です。いつでも大丈夫です」


相変わらず空は分厚い雲に覆われている。だが、雪は止んでいた。


クレス「止んでくれてよかった…」

チェスター「そうだな。雪が降る中飛ぶのは気が滅入るぜ」

アーチェ「たかが雨や風でグダグダ言うなんてまだまだ甘ちゃんだね」

チェスター「雨降っても飛ばないといけないくらい切羽詰ったスケジュールは普段なら組まないからな」

アーチェ「…」

チェスター「…」

ほむら「はいストップ。もう漫才は朝に見たから結構よ」

ミント「そ、そうですね。それよりもまた降りだしてしまう前に出発しませんか?」

クラース「優等生のミントの言う通りだな」

クレス「よし、行こうみんな!今度こそ終わりにしよう!」



町の外に向かって歩き出す。

大小様々な大きさの足跡が雪と歴史に刻まれていく。

その足跡は迷いのない足取りで、真っ直ぐに旅の終着点を目指していた。

次の投下でエンディングまでいってしまいたいと思っています。
恐らく週末になると思いますが…。では今日はこの辺りで。

ラストいきます。

ダオス城


クラース「どうだ、ほむら」

ほむら「…駄目ね。やはり対策されているわ」


ダオス城に到着したほむらは早速時間停止を発動してみたが時が停まらない。


ほむら「私のアドバイス通りちゃんと能力自体に制限をかけてきたみたいね」

クラース「…どうする?」

ほむら「どうするも何も、行くわ。借金もあるしね」


強気に、いつもらしく振舞え――ほむらはそう決めていた。

アーチェ「全く…」


アーチェがほむらの頭にポン、と手を乗せた。


アーチェ「いつもみたいに無茶しないでよね?」

ほむら「さあ?約束は出来ないわ」

チェスター「へっ、いつも通り強気だな」

ほむら「弱気な所を見せるとピンタが飛んでくるもの。痛いのは嫌よ」

アーチェ「もー…ゴメンってばぁ…」

ほむら「冗談よ。…私は大丈夫。絶対死なない」

クレス「絶対に死なせない。ほむらだけじゃない…皆を」

ミント「私も絶対に皆さんの事を護ってみせます。それが私の務めです」

クラース「全員に言えることだが自分の役割、目的を忘れるんじゃないぞ。
     まあ、言わずとも理解しているとは思うがな」

チェスター「へへっ、今更過ぎるぜ旦那」

クレス「役割…、こいつは何の役に立つんだろうか」

そういいクレスは出発前にアーリィに駐在している兵士から受け取った物を取り出した。


クラース「デリスエンブレム、か。何の役に立つかわからんがとりあえず身に着けておけ」

アーチェ「呪いのアイテムだったりして」

チェスター「この馬鹿がまず身に着けて実証してくれるってさ」

アーチェ「自分を犠牲にして親友を守る…かっこいいねー。頑張ってね馬鹿」

すず「今日も早速始まりましたね」

ほむら「そうね。絶対に真似をしては駄目よ」

クラース「最終決戦前だというのに…」

ミント「では、行きましょうか」

クラース「珍しいなミント。お前があの二人を止めないなんて」

ミント「少しでも体力を温存しておこうかと思いまして」

ほむら「とてもいい判断だと思うわ」

クラース「では、そろそろ行くぞ。二人とも先に行ってるからな」


いつも通りのやり取りを済ませたクレス達。
いよいよ最後の戦いが始まる。

城内


クレス「次元斬!」


距離を無視した斬撃が敵の魔術師をまとめて切り刻む。
攻撃したクレスの隙を狙い、上空から槍を手にしたデーモンが襲い掛かる。


チェスター「甘いぜ!轟天!」


雷を纏った矢がデーモンに突き刺さり、地面に落下する。
隙を狙われたクレスがお返しと言わんばかりにその隙を付く。


クレス「紅蓮剣!」


炎の付加した時間の剣を投げつける。デーモンの身体が真っ二つに切断された。

クラース「ヴォルト!」


続いて襲ってきた忍の集団に向け、雷の精霊を呼び出す。
ヴォルトは雷を振り撒きながら敵集団に突撃していく。


「はあっ!」


全身に漆黒の鎧を身に纏った魔物がほむら目掛けて剣を振り下ろす。
ほむらはその攻撃を盾で受けながら、盾からアサルトライフルを取り出した。


ほむら「これでこいつも弾切れね」


兜で覆われていない顔部分に銃口を向けて差し込み、躊躇せず一気にトリガーを引く。
血をまき散らし、後ろに吹っ飛び倒れ込んだ魔物はもう動かなかった。

アーチェ「ゴッドブレス!」


神の息吹を敵集団に向けて撃ち落とし、風圧で敵をまとめて潰していく。

先程クラースが攻撃した忍の集団が立ち上がる。痺れが抜けてきたようだ。
その集団に一人、すずが向かう。


すず「せめてわたしの手で…」


集団の間をすり抜け、次々と止めを刺していく。


クラース「ちぃ!次から次へと湧いてくるな!」

ミント「…ナース!」


法術の温かい光が全員を包み込む。


アーチェ「おっしゃー!元気百倍!」

チェスター「お前はダメージ受けてないだろ!」

ほむら「…こんなときでも漫才を忘れないなんて尊敬するわ」

クラース「ほむらも冷静なツッコミご苦労。さあ来るぞ」


次から次へと襲い掛かってくる魔物を蹴散らしていく。
少しずつではあるが確実にダオスに近づいていた。

ダオス城 ???


ほむら「敵の増援が途切れたわ」

すず「今の内に距離を稼ぎましょう」

クラース「そうだな…進むぞ!」


そんな七人を待ち構えるように設置された罠が作動する。
足元の魔法陣が突如眩い光を生み出した。


アーチェ「ちょっと何!?罠ってやつ!?」

クラース「くそっ!迂闊だったか!」

チェスター「駄目だ!逃げらんね…」


更に魔法陣が一段と激しい光を放つ。そして光が引いたときには六人の姿は無かった。


クレス「そんな…っ!みんな!?」

ダオス城


ほむら「…ここは?」


魔法陣に飛ばされた先は鉄格子の中だった。周りには誰もいない。


ほむら「面倒な罠を仕掛けてくれた…わねっ!」


鉄格子を力任せに蹴るがビクともしない。内側から開けるのは諦めたほうが良さそうだった。


ほむら「…こんな簡単に開いたら罠の意味が無いわよね」


観念しその場に座り込む。誰かが外から開けてくれるのを待つしかなかった。



遠くからこちらに向かってくる足音が聞こえた。
その足音に反応したほむらは立ち上がる。

ほむら「…誰?」

クレス「ほむらか。ちょっと待ってて、すぐ開けるから」


クレスが外から鉄格子の扉に手をかけると扉は簡単に開いた。


ほむら「外からはそんな簡単に開くのね。どういう原理なのかしら」

クレス「さあ…。とりあえず無事でよかったよ」

ほむら「クレスさんこそ。他の人は?」

クレス「いや、僕だけがあの魔法陣の上に取り残されてね」

ほむら「クレスさんだけが…?」

クレス「そっちの原因もわからないけど…とりあえずみんなと合流するのが先だね」

ほむら「そうね。じゃあ行きましょうか」

二人で仲間が捕えられている牢屋を探す。
しかし、二人が牢屋を見つけるよりも先に魔物に見つかってしまった。

片方は忍、そしてもう片方は両手でメイスを握った魔物だった。


ほむら「私が先行して注意を引き付けるわ。後はお願いね」

クレス「分かった。無理はしないで」

ほむら「ええ、分かっているわ」


ほむらは魔物が動くよりも早く地を蹴り飛び出した。
その動きに追従しクレスも駆けだした。

虚を突かれ驚いた様子を見せた魔物だったが迎撃する姿勢を見せる。
ほむらは魔物の動きに構わずメイスを握った魔物に向かう。
魔物がメイスを握り直し横に振り払うように構える。
敵の間合いに入る直前でほむらは地面を蹴り方向を変え、忍者に向かい再び飛び出す。

メイスを握った魔物はほむらの動きに視線が釣られた。
しかし釣り目的の行動だと判断した魔物はクレスに視線を向け直した。

だがクレスはすでにそこにいない。忽然と姿を消していた。
何が起きたのか理解できす混乱した隙を狙い、クレスが頭上から姿を現した。


クレス「空間翔転移!」


上空からの突き下ろしを咄嗟にメイスでガードするが、時間の剣はメイスと魔物の身体をまとめて簡単に貫いた

ほむら「流石ね」


クレスと時間の剣に称賛の言葉を贈りつつ、忍の攻撃を避け続ける。

忍が忍者刀を薙ぎ払う。その攻撃を盾で受け隙だらけの忍に向け発砲する。
撃った弾は忍の胸元に命中した。が、それは身代わりだった。


ほむら「ごめんなさい、それは知っているわ」


慌てずに銃口を上に向け発砲する。
空中で身動きが取れない忍は咄嗟に刀で銃弾を受け止める。


クレス「紅蓮剣!」


クレスが炎を纏った剣を投げつけ追撃する。
防ぐ術がない忍に突き刺さり、炎がその身を焦がしていく。
炎に包まれた忍は苦しむようにもがき、そのまま地面に倒れ込んだ。

クレス「よし、また見つかってしまう前に行こう」

ほむら「そうね。…ちょっと待って」


先ほど倒した忍が何かを落としていた。ほむらはそれを拾い上げる。


クレス「これは…デリスエンブレムか!」

ほむら「なぜ敵がこれを所持していたの…?」

「先にここから出してくれると有り難いんだが」


魔物がいた先の曲がり角の方から聞き覚えのある声が聞こえた。

クレス「クラースさん、御無事でしたか」

クラース「ああ、牢屋の中は安全そのものだったぞ」


外から扉を開けクラースを解放した。
寝転んでいた為か、クラースは一度大きく伸びをする。


クラース「んー、…さて、デリスエンブレムが落ちていたということだったが」

ほむら「ええ。これよ」


先ほど手に入れたデリスエンブレムをクラースに手渡す。


クラース「ふむ…。クレス、お前のデリスエンブレムも見せてくれ」

クレス「あ、はい。どうぞ」


今度はクレスからデリスエンブレムを受け取り、二つを見比べる。
特に違う点は見当たらない。

クラース「全く同じかどうかわからんが見た目はほぼ変わらんな…」

ほむら「同じアイテムが複数…、そしてクレスさんだけがあの罠で飛ばされなかった」

クラース「そうだな。まあ二人とももう察しがついているとは思うが、
     これが罠を回避するためのキーアイテムという訳だな」

クレス「つまりこれを人数分集めないといけないという訳ですね」

クラース「そうだが…まずは他の連中を解放しよう。その方が安全さと効率が段違いだ」

ほむら「異論は無いわ。それに早くしないと騒ぎ出しそうな人物に心当たりがあるわ」

クラース「奇遇だな。私も同じ危険性を危惧していた所だ」


アーチェ「ぶえっくしょい!」

アーチェ「うーん…誰かが噂をしているのかな?…それにしても…ひーまーだー!」


ほむら達の心配をよそに、アーチェはすでに騒ぎ出していた。

クレス「はっ!」


クレスの斬撃が魔物に止めを刺す。その場に落としたデリスエンブレムを拾い上げる。


クレス「これでようやく全員分か」

チェスター「なんだかんだで先にこっちが集まっちまったな」

ミント「そうですね…。アーチェさん、御無事でしょうか」

ほむら「大丈夫でしょう…ほら」


ほむらがとある方向を指差す。その先からかすかにアーチェの声が聞こえた。

すず「御無事で何よりです。アーチェさん」

アーチェ「暇過ぎて死んじゃうところだったよー」

クラース「そういうな。こちらも遊んでいた訳ではない…これはお前の分だ。ちゃんと装備しておけ」

アーチェ「これクレスが着けてたやつ?みんなも着けてんの?」

ほむら「恐らくそれがあの罠を回避するために必要なのよ」

クレス「それを手に入れつつ皆と合流してたんだけど敵の攻撃が激しくてね…」

アーチェ「なーるほどね。じゃあこれで先に進めるってワケだね」

チェスター「ちゃんと装備しろよ?」

アーチェ「うっさいなーいちいち。大丈夫だって」

クラース「よし、じゃあ今度こそ先に進むぞ。思わぬ時間を食ってしまったからな」

クレス「ここがさっき飛ばされた場所ですね」

ほむら「ええ。でも次は大丈夫なはずよ」

チェスター「おっしゃ!じゃあ行くぜ!」


カラン、と何かが落ちる音がした。


ほむら(…何の音?)


しかし振り向く前に罠が作動する。


クラース「馬鹿なっ…!」

ミント「そんな…また…!?」

再び光に包まれた七人だったが、光が収まった時は先程と違い、クレス以外もその場に残っていた。


アーチェを除いて。


すず「アーチェさんは?」

ほむら「…はぁ」


ほむらが最初に気が付いた。そして大きなため息を吐いた。


ミント「どうなされました?ほむらさん」

ほむら「…アレを見て」


ほむらがとある方向を指差す。その先にあったのはデリスエンブレムだった。


チェスター「罠を回避するアイテムを罠の直前で落とすか普通…」

ほむら「いいえ、あの人は普通じゃないわ。そこを計算に入れておくべきだった…」

クラース「…仕方が無い。もう一度迎えに行くぞ。それから暫く説教する時間をくれ」

ほむら「奇遇ね。私も同じ提案をしようと思っていたわ」

クレス「ははっ…じゃあ…行きましょうか…」


少し疲れた様子の六人による二週目の救出活動が始まった。

ダオス城 小部屋


クラース「ここに結界を張る。少し休むぞ」

クレス「ふぅ…やっと一息つけますね」

チェスター「流石敵の本拠地…って感じだな」

ミント「お茶を淹れます。皆さんは休んでいてください」

ほむら「ありがとうミントさん」

すず「ほむらさん大丈夫ですか?」

ほむら「ええ…弾が尽きていくのは少し心臓に悪いけどね」

クラース「身体をしっかり休めておけ。まだまだ先は長そうだからな」

アーチェ「はい!小腹が空きました!」

チェスター「頭はスッカスカだけどな」

アーチェ「何よ煩悩の塊のくせに」

チェスター「うっせーよ欲望の塊が」

クラース「お前ら人の話を聞け」

ほむら「…はいアーチェさん。これが最後のお菓子よ」


ほむらが取り出したのは、初めてみんなの前で振舞ったお菓子と同じものだった。

アーチェ「あ!これまだ残ってたんだ!ありがとー!」

ほむら「ちゃんと皆で分けるのよ?」

アーチェ「はーい!いっただっきまー!」

チェスター「俺も一本くれ!」

クレス「なんだかんだ言ってもチェスターもやっぱり食べるんだね…」

ほむら「アーチェさん、すずにも」

アーチェ「そうだね。はいすずちゃん!美味しいよ」

すず「ありがとうございます。頂きます」


すずは受け取ったお菓子を小動物のように少しずつ口に運んでいく。

すず「甘くて美味しいですね。ちょこれいと、ってやつですか」

ほむら「正解。私の世界のお菓子よ」

すず「すいません…もう一本いただけませんか」

アーチェ「あーい!…ほむらちゃんも…はい、あーん」

ほむら「…また?」

アーチェ「いいからー!はい!あーん」

ほむら「はあ…。……あーん」

アーチェ「ウッシャッシャ♪」

ほむら「…なんで貴方が嬉しそうなのよ」

クラース「ふっ…」

クレス「? どうしたんですか?なんだか嬉しそうですね」

クラース「いや、なんでもない。…もう少し休んだら出発するぞ」


最後の束の間の休息をクレス達は満喫していた。

最深部付近


ほむら(一面ガラス張り?…まあガラスじゃないんでしょうけど…。
   それに…宇宙?)

クレス「景色が変わりましたね…。そして、雰囲気も」

クラース「ダオスが近いんだろう…。いよいよだな」

ミント「ついにここまで来ましたね」

チェスター「どでかい一発ブチ込んでやるぜ…!」


全員が進もうとした時、後方から迫ってくる二体の魔物が現れる。


SEALEYE?「ダオス様の元へは行かせんせんせん」

クレス「!? 後ろから!?」

クラース「ちっ!こんな時に!」

ほむら(七人で戦うには狭すぎるわね…ここは…)

ほむら「皆、先に行って頂戴」

アーチェ「みんな!先に行ってて!」

すず「皆さん、先に進んでください」


三人が同時に、同じようなセリフを口にした。

ほむら「考えることは同じ、ってわけね」

アーチェ「そうみたいだねっ」

ミント「三人を置いていくわけには…!」

すず「ここで全員で戦うには狭すぎます。無視しても挟撃されてしまいますし。
   …すぐに追いつきます」

クラース「仕方ないな…。すぐに追ってくるんだぞ!」

チェスター「…死ぬんじゃねえぞバカ女」

アーチェ「…うっせ。アンタも死ぬんじゃないわよ」

クレス「…ほむら、アーチェ、すずちゃん。…先に行って待ってる!」

ほむら「別に先にダオスを倒してくれていても構わないわよ?」

クラース「無茶言うな…。……行くぞ!」

SEALEYE?「お前たちにはにはには」

SEALEYE?「世界で最も美しい光景景景」

SEALEYE?「血みどろの死を与えようようよう」

アーチェ「気持ち悪い喋り方!」

すず「その素直な感想は相手を傷つけます。もっとお願いします」

ほむら「すず、私が左を引き付けるわ。右をアーチェさんとお願い」

すず「いえ、わたしが一人でひきつけた方が」

ほむら「貴方の方が火力がでるわ。二人で一気にケリをつけて頂戴」

すず「…分かりました」

ほむら「…来るわ!」


ほむらが左の、すずとアーチェが右の魔物に立ち向かう。

ほむらが拳銃を手に取り、発射する。
単眼の魔物はその場で回転し弾を弾く。


ほむら(あの回転には近づかない方がよさそうね)


回転が止まるまで様子見に回ったほむらだったが、それは失敗だった。
魔物が魔力を練っている。


ほむら(…しまった!)


慌てて中断させようとするが、止める方法がない。

頭上に雷の刃が生み出され、ほむら目掛けて降り注ぐ。


ほむら「ぐっ!」

アーチェ「ほむらちゃん!」

すず「くっ!」


魔物が回転したまま突撃してくる。
すずは受け止められないと判断し、横に跳びかわす。


すず「…回転が厄介ですね」


魔物はその場で回転し続けている。
まずはあの回転を止めないと攻撃は届かないだろう。


すず「アーチェさん、お願いします」

アーチェ「っ…!」


ほむらのことが気になりあまり集中できていないアーチェに声をかける。


すず「まずこいつを倒すのが最優先です。それがほむらさんの指示ですから」

アーチェ「…そうだね!」

ほむら「げほっ…」


身体が痺れる。直撃こそ免れたがダメージも貰ってしまった。


ほむら「愚策だった…わね」


再び魔物が回転し、体当たりを仕掛けてきた。


ほむら「…! 受けるしかっ…!」


身体が痺れ、まだ自由に動けない。
腕だけ上げて、盾で凌ぐしかなかった。


ほむら「くぅっ!」


衝撃がほむらの身体を襲う。金属を削るような耳障りな甲高い音が鳴り響く。

今はまだ、耐えるしかなかった。

すず「忍法、飯綱落とし!」


魔物の回転は横回転、ならばと上から攻めるすずだったがその攻撃も弾かれる。

魔物はすずが着地する前に狙いを定め、回転をとめて目からレーザーを発射した。


すず「っ!」


咄嗟に空中で身をよじり、直撃は避けたが左肩をレーザーが貫く。
血が飛び散り、指先にまで血が垂れ落ちてくる。


アーチェ「すずちゃん!?」

すず「っ…大丈夫です。気にしないでください」

アーチェ「…好き放題やって!インディグネイション!」


上空から神の雷が降り注ぐ。地面に着弾した雷が爆発を起こし魔物を宙に打ち上げた。

すず「…好機!」


回転が止まったまま浮き上がった魔物よりすずは更に高く跳ぶ。
全体重を乗せ、刀を突き刺すように下に向けて魔物を貫く。


すず「今度は届きましたね…雷電!」


突き刺した刀を避雷針代わりにし、雷を撃ち落とす。


アーチェ「オマケだよ!…レイ!」


魔物の身体を貫くように光の雨が落ちてくる。
崩れるように魔物の身体が消えていく。
その場に残ったのは突き刺したすずの刀だけだった。


すず「ほむらさん!今行きます!」


片手で刀を拾い上げ、すずはほむらの元へ急ぐ。

ほむら「しつこい…わね!」


魔物の回転が止まらない。
盾を包み込むように魔力を消費していたが限界が近づいてくる。


すず「助太刀します…忍法、曼珠沙華!」


炎を纏った手裏剣が魔物の身体に着弾し、爆発する。
その一瞬を見逃さずほむらは魔物から距離を取る。


ほむら「ハァ…ハァ…助かったわ、すず」

すず「いえ…全てはほむらさんの指示通りです」


肩を抑えながらすずは答えた。
表情は崩していないが、額には肩に負った傷のせいか汗が滲んでいる。

アーチェ「あとはこいつだけね!さっさと倒して追いつこ!」

ほむら「あいつの回転を止めてくれるだけでいいわ。後は私がなんとかする」

すず「策があるのですか?」

ほむら「ええ。その為にはあの回転が邪魔なのよ」

アーチェ「おっけー!任せて!」

すず「わかりました。アーチェさん、援護します」


すずが先行し、その後をほむらが追いかける。
アーチェは呪文の詠唱に入った。

魔物が再び突撃してくる。だが、ほむらもすずも無理はせず距離を取り時間を稼ぐ。

アーチェ「さよーならー。アースクェイク!」


地面を盛り上げ、魔物を空中に打ち上げる。回転が止まった。


ほむら「ありがとうアーチェさん。これで終わりよ」


ほむらが盾からリボルバーを取り出し、魔物の目を狙い撃ちこむ。
狙い通りに当たった弾の先端から液体が飛び散った。


SEALEYE?「っがががががががががが!?!??」


魔物が溶けていく。

アーチェ「…うわ…ちょっとぐろいかも」

すず「今のは?」

ほむら「マナを超圧縮させて液体化させたもの、らしいわ。弾丸に仕込んでおいたの」

すず「ここで使ってしまってよかったのですか?」

ほむら「ダオスに効くかわからないからね。それに早くすずの止血をしないと」

アーチェ「ほむらちゃん、どこでこんなもの見つけてきたの?」

ほむら「ウィノナさんからよ」

アーチェ「…なるほどね」

ほむら「すず、肩を見せて」

すず「っ…申し訳ありません」


ほむらはすずの肩の治療を始める。


アーチェ「みんな、大丈夫かな」

ほむら「大丈夫よ…きっと。アーチェさんも少し休憩しておいて。集中して疲れたでしょ」

アーチェ「じゃあお言葉に甘えて…よっこいしょ」


箒から降り、アーチェはその場に座り込んだ。


ほむら(いよいよ最後ね…。私ができることは…)

ダオス城 最深部



クレス「次元斬!」

ダオス「がああ!」


クレスの次元斬がダオスの身体に深々と突き刺さった。


チェスター「やったか!?」


攻撃を受け倒れたダオスだったが、ゆっくりと立ち上がる。

ダオス「ふ、ふははは…」

クレス「!?」

チェスター「何笑っていやがる!?」

ダオス「下等な生命体がここまでやるとは思わなんだぞ」

ダオス「我も全身全霊を賭して戦おうではないか!」

クラース「まだ力を隠していたというのか!?」

ダオス「我が力を遮る邪魔な障壁は消させてもらおう!」


ダオスの身体が見る見るうちに形を変えていく。


ダオス「私の邪魔はさせぬ…」

ダオス「私を待ち望んでいる民の為にも…」

ダオス「絶対に邪魔はさせぬぞ!」

ダオス「我が星!母なる星デリスカーラーンよ!」

ダオス「我の力を解放したまえ!」

ミント「なんて大きさ…!」

チェスター「はっ、でかけりゃいいってもんじゃねえぜ!いい的だ!」

クラース「…っ!気を付けろ!何かしかけてくるぞ!」


巨大化したダオスが魔力を込めた様々な大きさの弾を次々と撃ちだす。


クレス「ぐっ!進めない!」

チェスター「ちっ!邪魔ってえな!鷲羽!」


ダオスの攻撃を避けるように飛び、そのまま空より地上を薙ぐように弧を描く矢を放つ。


クラース「こう攻撃が激しくては詠唱に入れんな…!」

ミント「クレスさん…バリアー!」


攻撃を受けていたクレスの周囲に光の障壁を作り出す。


クレス「ミント!助かった!」


防御に回っていたクレスだったが、ミントの援護を受け攻撃に回る。
しかしダオスはそれ以上の手数で攻撃を仕掛けてくる。

クラース「くそっ!まだ手数が足りんか!」

ほむら「お困りのようね。手を貸すわ」


クラースを護るようにほむらが壁となり、ダオスの攻撃を防ぐ。


クラース「いいタイミングで来てくれたな!」

ほむら「実はいいタイミングを見計らって外でずっと待ってたのよ」

クラース「良い演出だ。ご褒美としてこれで借金は無しだ」

ほむら「あら、嬉しいわ。じゃあ後はダオスをやっつけるだけね」

クラース「そうだな。では詠唱の間すまないが頼んだぞ」

ほむら「ええ、任されたわ」

アーチェ「ダオス!ここでアンタも…ってダオスどこよ!?」

チェスター「目の前にいるだろうが!」

アーチェ「随分でっかくなっちゃったねー…成長期?」

チェスター「いいからさっさと攻撃してくれ。手数が足りねえ」

アーチェ「フッフーン!まあ任せなさい!」

すず「クレスさん、援護します」

クレス「すずちゃん!助かったよ!」

すず「この巨体です。私が機動力で攪乱します」

クレス「頼んだよ!」


ミント「リザレクション!」


足元に六芒星の方陣が浮かび上がる。力強い光が全員の傷を癒していく。

クラース「…出でよ!オリジン!」


根源の精霊が姿を現す。手に持った槍の先端から雷のような光を発し攻撃する。


アーチェ「エクスプロード!」


灼熱の火球が地面に落ち、大爆発を起こしダオスの身体を飲み込む。


すず「忍法…、五月雨!」


身にもとまらぬ連続攻撃で攪乱しながらもダメージを与えてく。


ほむら「このまま押し切って…」


だが、突如ダオスの身体から凄まじい魔力が放出され、爆発を起こす。


クレス「がああ!」

すず「ああっ!」

ミント「クレスさん!すずちゃん!」


ダオス「諦めぬ!諦めることなどできぬ!」


ダオスの身体が縮み、元の大きさへと戻っていく。


ダオス「大いなる実りを手に入れるまでは!」

ダオス「デリスカーラーンの母なる神よ!」

ダオス「我に力を!」

ダオス「我に力を!!」


アーチェ「何この魔力!?ありえないよ!」

ダオス「私の願い…」

ダオス「民の祈り…」

ダオス「私はまだ戦える!」


再びダオスが姿を変えた。白く、美しい羽をもったそれはまるで――


チェスター「魔王が天使みたいな恰好しやがって…!」

ほむら(願い、祈りを力に…?)

ほむら(まるで…私達みたいね…)

クラース「ミント!クレスとすずを頼む!」

ミント「はい!」

ほむら「…やるしかないわね」


ほむらが宙を浮かぶダオス目掛けて距離を詰める。


ダオス「今のお前になにが出来る?」


ダオスはほむらを無視し、後衛三人に狙いを定め羽のような形をした魔力を放出させた。


ほむら「駄目!避けて!」


だがその願いは届かず、避けきれなかった三人の身体をダオスの攻撃が貫く。


クラース「ガハッ!」

アーチェ「あっ…ぐぅ!」

ミント「きゃああ!」

ほむら「…よくも!」

チェスター「ほむら!」

すず「…ほむらさん!待って!」


ダオスの攻撃を受けて倒れた三人を見て激昂したほむらだったが、
魔力の爆発の直撃を受けたすずが苦しみながらも声をかける。


ほむら「…くっ!」

すず「…今感情に流されてしまっては駄目です」

ほむら「…ごめんなさい」

すず「わたしとチェスターさんで時間を稼ぎます。ミントさんをお願いします」

ほむら「お願いだから…死なないで」

すず「はい。死にません…絶対に」

すず「チェスターさん、お願いします」

チェスター「やるっきゃねえな…!震天!」

ほむら「ミントさん!」

ミント「ほむら…さん……申し訳…ございません…」

ほむら「少しジッとしてて…」

ほむら(皆を信じるのよ。…そして、できることをやるのよ…)


少しずつだが、ミントが負った傷が塞がっていく。


ミント「この力…」

ほむら「…私のやれることが見つかったわ」

ミント「ほむらさん?」

ほむら「ミントさん、皆の回復…頼んだわ」

ミント「は、はい!」

ダオス「ちょこまかと!」


ダオスが手刀を振り下ろす。
すずはそれを刀で受け、その瞬間後ろに跳び威力を軽減させようとした。


すず「がっ…は」


威力を軽減したはずの攻撃の衝撃に、すずは口から血を吐きだす。


チェスター「すずちゃん!…疾風!」


援護の為に矢を構え、連続で撃ちだす。


ダオス「遅い」


だが、ダオスはいとも簡単にかわす。


チェスター「ちくしょう!」

チェスター(ダオスに一撃ブチ込むためにここまで来たんだろう!俺は!)

ダオス「死ね!」

ほむら「させない!」


チェスターへ放たれた手刀をほむらが寸前でかばう。
盾で受けきれず、地面に叩き付けられる。


ほむら「げほっ!」

ほむら(意識だけは…途切れさせては…)


ミント「リザレクション!」


全てを癒す六芒星の方陣から生み出される光。


ほむら(大丈夫…いける…)


クレス「ダオス!」


回復を受けたクレスがダオスに立ち向かう。
だが、クレスの攻撃をあざ笑うかのように上空へダオスは逃げる。

クレス「上に逃げても無駄だ!次元斬!」

ダオス「その技は先程見せてもらったぞ!人間!」


距離を無視した斬撃をダオスは避ける。

クレスがダオスを自由にさせまいと次々と斬撃を繰り出す。

攻撃を避けるのに集中したせいか、練られた魔力に反応するのが遅れた。


ダオス「…魔術師!?貴様!」

アーチェ「ほむらちゃん直伝…忍法やられたフリ、なのだ」

アーチェ「メテオスォーム!」


地面に倒れ込んだまま詠唱を完了させたアーチェの魔術。
呼び寄せられた隕石はダオス目掛けて落ちていく。


ダオス「ぐうう!」


ダオスは隕石の衝撃によるダメージを受け、一瞬体勢が崩れた。

すず「隙ありです」

ダオス「…何!?」


隕石に紛れ、ダオスの隙を伺っていたすずが攻撃に転じる。


すず「忍法…鎌鼬!」


狙いはダオス本体ではない。ダオスから生えた翼だった。

真空の刃がダオスの片翼が切り落とした。


ダオス「!?まだだ!」


しかしダオスは落ちない。片翼を失ってもなお、空に浮いている。

チェスター「ちっ!まだ落ちねえか!俺が…」

ほむら「チェスターさん、力を貸すわ」

チェスター「ほむら!?一体…」


ほむらは弓を構え矢を放とうとしたチェスターに近づき、弓に触れる。


ほむら(今の私なら…できるはずよ)

ほむら(皆を信じているから…)


ほむらの魔力がチェスターの弓を、矢を包み込む。


チェスター「これは!?」

ほむら「私には他人の武器の強化ができないものだと思ってた…。いえ、できなかったわ」

ほむら「それもそうよね…だって」


ほむら「信用してない人に力を貸すなんてできないもの」

ほむら「でも今は違う…!チェスターさん、私の魔力を貴方に預けるわ」

ほむら「一発ブチ込んでやりたいのでしょう?協力するわ」


どこかでしたやり取りだ。チェスターは思い出し、その顔に笑みが浮かぶ。


チェスター「はっ…ハハハッ!…女の子がブチ込むなんて言うんじゃねえよ!」

チェスター「見てなほむら!決めてやるぜ!」


クレス「あの二人…!……なら、僕は!」


クレスは構える。あの技を撃つために――


クラース「来たれ!月の精霊…ルナ!」


ほむらとチェスター、そしてクレスの動きを確認しクラースはルナを召喚した。
召喚までに必要な時間、そしてダメージ狙いではなく目眩ましを目的とした選択だった。


ダオス「私は…まだ!」

ダオス「負けるわけには…!」

光の柱がダオスの動きと視界を遮る。その瞬間を二人は見逃さなかった。


ほむら「…頼んだわチェスターさん」

チェスター「ああ!…俺たちも負けらんねえんだよ!」


チェスター「屠龍!」


ほむらの魔力を纏った矢が撃ちだされる。

ダオス「これは…!」


片翼を落とされ、思うように動けないダオスは放たれた矢を叩き落とす。

叩き落とされた矢からほむらの魔力が放出される。

それは形を変え、それは新たな矢となりダオスの身体を、翼を貫いた。


ダオス「ガハッ…!こんな…馬鹿な…!」


ついに両翼を失いダオスは空を飛ぶ術を失った。地に向かって堕ちていく。

そこに、クレスが待ち受けていた。

クレス「ダオス!これで最後だ!」

ダオス「にん…げん…が…!」

ダオス(すまぬ…)




クレス「冥空!」

ダオス(我が星よ…)



クレス「斬翔剣!」

ダオス(我が民よ……)


クレスの放った技が、握った剣がダオスとの因縁に終止符を打った。
時空を超えた旅が終わりを迎える。

ユグドラシル


クレス「ダオスは自分の星を救う為に戦っていた…、これじゃあ…僕たちの方が…」

クラース「では、あのままダオスを放っておいてもよかったと思うか?」

クレス「それは…」

クラース「我々にも譲れないものがあったんだ。お前にもあったはずだろう」

クレス「…はい」

クラース「気にするなとは言わん。だが、胸を張れ。我々はこの星を救ったんだ」

クレス「…はい!」

ミント「今からユグドラシルにバリアーを張ります。これでマナの流出を防げるはずです」

アーチェ「実証済み、だもんね!」

ほむら「…そうね」

クラース「大いなる実り…届いて欲しいものだな」

クレス「そうですね…。ダオスの為にも」

ミント「では…バリアー!」


ミントの作り出した光の障壁がユグドラシルを包み込む。

チェスター「これで…よかったんだよな」

すず「少なくとも、わたし達にとっては…ですね」


突如、何かが砕け散った音がした。…ほむらの盾からだ。


ほむら「どうやら…時間遡行の封印も解けたみたいね」


時を刻む仕事を放棄していた砂時計が、本来の役割を思い出したかのように時を刻み始めた。


クラース「やはり、原因はダオスだったということか」

ほむら「恐らく、だけど。…クラースさん指輪が」


突如、クラースの指輪が光を発し精霊が姿を現す。

クラース「全く、どいつもこいつも勝手に…」

オリジン「…そう言うな。お前たちに伝えておかねばならぬことがある」

クレス「僕達に…?」

オリジン「正確に言えば、暁美ほむら。お前にだ」

ほむら「私に…?」

オリジン「時間遡行の力の封印を解いた精霊がいる。
     名を、ゼクンドゥス。時を司る精霊だ」

クラース「時を…だと?」

オリジン「…以前マクスウェルが歴史を樹で例えていたが、あながち間違いではない」

オリジン「未来には無数の可能性がある。そして可能性が広がるにつれ、枝が増えていく」

オリジン「この星には限界が来ていた。…魔科学以外にも枝が増えすぎたのが原因だ」

チェスター「枝が増えすぎて…この星が…?」

クラース「実物の木で例えれば、栄養が行き届かなくなるということか」

オリジン「その通りだ。そして…枝が増えた最大の要因が…時空転移だ」

クラース「我々と、ダオスのせい…と言いたいのか」

オリジン「…全くの無関係ではない、とだけ言っておこう」

ミント「私たちがしていたことは…この星の寿命を縮めていたということですか!?」

クレス「ダオスの目的はこの星を滅ぼすことじゃなかった…。これじゃ…僕達が…」

オリジン「そこで動いたのがゼクンドゥスだ。そして…この星を救うために呼ばれたのが」

オリジン「暁美ほむら、お前だ」

ほむら「私…が?この星を…?」

オリジン「お前の時間遡行の力、それに賭けたのだ」

ほむら「…詳しく、説明してくれるのよね?」

オリジン「ああ。…時空転移と時間遡行、似た力だが決定的に違う点がある」

クラース「時間遡行は過去に戻る力、時空転移は過去にも未来にも行き来ができる」

オリジン「そうだ、そしてもう一つ。これが暁美ほむらが呼ばれた最大の理由だ」

オリジン「時間遡行はそれ以前の過去を固定する。…副作用のようなものだがな」

ほむら「そんな…事…」


無い。と言おうとしたが心当たりはあった。

時間遡行した際、目が覚める場所、時間、状況は常に同じだった。

オリジン「そこに目を付けたゼクンドゥスはお前をこの世界に呼び込んだ」

ほむら「…強制的に、ね」

クラース「…一ついいか」

オリジン「なんだ、我が主よ」

クラース「お前の口振りだとゼクンドゥスはほむらの存在を知っていたことになるが…」

オリジン「奴は全ての世界に当てはまらず、全ての世界を見通せる場所に常にいる。
     時に干渉する能力には多感に反応したのだろう」

オリジン(…それだけでは無いのだが、言う必要はあるまい)

アーチェ「うーん…、要するに広がり過ぎたこの世界の歴史を一度纏めるために
     ほむらちゃんが呼ばれた、ってこと?」

オリジン「ある程度、だがな。一時しのぎには充分だろう。
     後はゼクンドゥスが制御するはずだ」

すず「つまりほむらさんは二度この世界を救ったことになるのですね」

ほむら「…大袈裟ね。呼ばれただけで世界を救ったことになるなんて」

オリジン「…」

オリジン「いずれ奴から礼の一つでもあるだろう」

ほむら「まあ、期待しないで待ってるわ」

オリジン「フッ…、ではさらばだ。英雄よ」


オリジンは言いたいことを全て言い終わったのか、あっさりとその場から姿を消した。

クラース「全く、精霊達はなぜこうも勝手に…」

チェスター「旦那の監督不行き届きじゃねえのか?」

クラース「無茶言わんでくれ。お前達の面倒をどれだけ見てきたと思っているんだ」

ほむら「そう、ね。…見てきた……よね」


終わってしまったのだ、時空を超えた旅が。

来てしまったのだ。


ほむら「お別れね…」


別れの時が。

アーチェ「ほむら、ちゃん……」

ほむら「そんな顔しないで。…湿っぽいのは苦手なの」

ほむら「それじゃあ行くわ」


ほむらはそういい振り向き、盾に手をかけた。

後は反転させるだけでいい。


ほむら(反転させるだけで…)


手が動かない。


ほむら(駄目よ…)


すず「ほむらさん」


すずが声をかけてきた。足音が近づいてくる。


ほむら(駄目…)


すずが後ろから腕を回し、ほむらを抱きしめた。


ほむら(泣いちゃ…)


すず「ほむらさん…」


ほむらの名前を呼んだあと、一度深呼吸をしてすずは続けた。


すず「ほむら、本当にありがとう」


ほむら「…!」

すず「ほむらはわたしの事を友達って言ってくれた。
   だからわたしも…ほむらにはこういう風に喋りたいってずっと思ってて…」


ほむら「ずる…いわよ…」


もう我慢できなかった。ほむらの瞳から大粒の涙が零れる。

すずに抱き付かれたままほむらは振り向き、すずの背中に手を回した。


ほむら「最後の…最後に……こん…なの……」


すず「ごめん…ほむら……」


身体を通してすずの身体が震えているのが伝わってくる。

すずも泣いてくれているようだ。


ほむら「…やっぱり…ちゃんとお別れをしないと駄目よね…」

すずから身体を離し、仲間達の前に立つ。

流れた涙を拭い、落ち着かせるように一度深呼吸をする。

目にはまだ少しだけ涙が溜まっている。

ほむら「クレスさん、貴方の誰かを護る力と、護る為に倒す力は本当に凄かった。
    貴方がここまで強かったから、私達はこうして旅の終わりを迎えることができたのだと思うわ」

クレス「結局、ほむらには勝ち越せずだったけれどね」

ほむら「もう何度やっても貴方から勝ちを拾えないわ。勝ち逃げさせてもらうわよ」

クレス「…いいさ。負けを知ったからここまでこれたんだ。ほむら、本当にありがとう」

ほむら「ミントさん、貴方には何度も守ってもらったわ。それに…無茶する私を助けてくれた。
    …本当に迷惑をかけてごめんなさい。そして、ありがとう」

ミント「私こそ何度も助けて頂きました。ほむらさん、貴方も優しい心をもっています。
    ただ、その優しさを出すのを恐れては駄目ですよ。きっと分かってもらえる筈です」

ほむら「…お互い納得するまで話合って、かしら?」

ミント「そうです。一度は分かり合えたのなら…必ず」

ほむら「…ありがとう、ミントさん」

ほむら「クラースさん、貴方にも色々迷惑かけてしまったわね。でも、どんな無茶なお願いも
    最後は必ず聞き入れてくれた。本当に感謝しているわ」

クラース「お前なら大丈夫だと判断したからだ。それに、こちらもほむらには無理な注文を
     色々してしまったからな。お互いこれでチャラということで手を打とうじゃないか」

ほむら「…そうね。貸し借り無しの綺麗な身体でお別れしたいわ」

クラース「心の方はどうだ?」

ほむら「正直、まだよくわからないわ。ただ…貴方達に背中を押された以上、頑張らないといけないわね」

クラース「気負いすぎるなよ。お前は真面目過ぎる」

ほむら「そういう貴方も鋭すぎるわ」

クラース「ふっ…これもお互い様ということだな」

ほむら「ええ…そうね」

ほむら「チェスターさん、最後の一撃見事に決まったわね」

チェスター「ああ、ほむらのおかげだ。本当に色々世話になっちまったな」

ほむら「私も貴方の『一度決めたことを最後まで貫く』大切さを見習わないといけないわ」

チェスター「…ただの意地だよ。そんなかっこいいもんじゃねえ」

ほむら「本人がそう思っていても、周りも同じように思っているとは限らないわよ?」

チェスター「…へっ、最後までほむらには敵わねぇな。ほむら、負けんじゃねえぞ」

ほむら「ありがとう。貴方達も村の再建、頑張ってね」

ほむら「アーチェさん、すずちゃん」

ほむら「友達になってくれて、ありがとう…」

ほむら「…っ…ごめんなさい……」


少しでも気を抜いてしまうと再び涙が零れそうになる。


アーチェ「ほむらちゃん」


アーチェがほむらの元へ近づいてくる。

トレードマークであるポニーテールを解き、赤いリボンを握っている。

アーチェ「これあげる。…御守り代わりにもっていって」

ほむら「…いいの?」

アーチェ「ほむらちゃんに持ってて欲しいの」


そういいアーチェはほむらの頭のカチューシャを外し、手際よくリボンを結ぶ。


アーチェ「…似合ってるよほむらちゃん」

ほむら「…アーチェさんごめんなさい。…ずっとアーチェさんは私に歩み寄ってくれていたのに…」

アーチェ「…大丈夫。ほむらちゃんは照れ屋さんってわかってるから」


優しくほむらの頭に手を乗せて優しく撫でる。


アーチェ「ほむらちゃん…頑張ってね」

ほむら「ありがとう…アーチェさん」


アーチェの目にも涙が溜まっていた。だが、アーチェは必死に堪えて笑顔を作る。

すず「ほむら、わたしも頑張る。だから…」

ほむら「ええ…。すず、足りないものは見つかった?」

すず「うん、でももういいの。足りないものはもうクレスさん達が…ほむらがくれたから」

ほむら「そう。おめでとう…すず」

すず「ありがとう、ほむら」


ほむら(泣いちゃ駄目。みんな、笑ってくれているのだから…)

ほむらは再び盾に手をかけた。今度こそ…本当のお別れだ。


クレス「負けちゃダメだよ、ほむら」

ミント「最後まであきらめないでください、ほむらさん」

クラース「ほむら…険しい道かもしれないが、お前なら切り拓けるだろう」

チェスター「一人になるんじゃねえぞ、ほむら!」

すず「頑張ってね、ほむら」

アーチェ「バイバイ、ほむらちゃん…元気でね」

ほむら「みんな…」



ほむら「仲間と呼んでくれて…本当にありがとう」



ほむら「さようなら…私の…最高の仲間達」



砂時計を反転させた。



ほむらにとっては聞き馴染みのある音が辺りに響いた。

病室


ほむら「…んっ……」


ほむらが目を覚まして最初に見た光景は、見覚えのある天井だった。


ほむら(…何か、とても長い夢を見ていた気がするわ)


いつものようにソウルジェムを手に取り、視力を回復させる。

眼鏡を外し、三つ編みを結んでいるリボンを解いた。


ほむら(? 視力を回復させたのになんで視界がボヤけて…)


少し目を擦り、擦った手を見る。水滴が付着していた。


ほむら(私…泣いてる?)

異変はそれだけではなかった。手に握っていたリボンがいつもと違う。


ほむら(赤い…リボン…?)


ほむら(…そうよね……)


ほむら(夢な訳、無いわよね……)


部屋には今一人しかいない。気が済むまで泣こう、ほむらはそう決めた。

ほむら(今度こそ…終わらせよう。こちらの旅を)


ほむら(皆も見てくれているはず)


ほむら(あれは夢なんかじゃない。夢だなんて言わせない)


あの夜を越える為に再びほむらは歩き出した。

今度こそ進んだ道の先に迷路の出口があると信じて。


ほむら(まどか…今度こそ貴方を――)

ほむら「夢は終わらない」
以上で終わらせていただきます。

序盤の投下の仕方がとてもひどく、今見返すと恥ずかしい限りです。

最後まで読んでくださった方々本当にありがとうございました。

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