男「真っ白な紙?」
女「ああ、一枚のA4サイズぐらいの紙。人間はそこに出来る限り人生をかけて様々なモノを書き込んでいくんだ」
男「へぇー」
女「数字でも良いし、文字でも良い。似顔絵でも落書きでもオッケー、人それぞれ好みがあるからな」
男「じゃあ試しに聞いてみるけれど女……さんはどんなモノが描かれてる感じ?」
女「言うまでもないね。白紙だよ、まっさらなままだ。何せ生きてきた中で一度も笑っことがないし、ああ、断言できるとも」ニヤニヤ
男「今は笑ってるけど?」
女「うん。そりゃ当然笑うさ、楽しいことがあれば笑っちまうよ」
男「そうしたら、今は女さんの紙には笑顔って文字が書かれたんだね」
女「その通り。記念すべき私の初回のモノは──笑顔ってワケだ、こりゃまた私にとっても意外なモノが書かれちまったぜ」
男「……」
女「その文字ってのは──デカデカと、そして凄惨に惨たらしく真っ赤な色合いで装飾されてるんだろう。あはは、おかしくって笑っちまう」
女「──ああ、人を殺すのって楽しいな。男ちゃん?」
男(僕らの目の前には、今だ鮮血を吹き出させる──一つの死体があった)
男(ごぶごぶ、と音を鳴らして血が豪快に飛散るさまは、臭いと見た目とともに凄惨たる光景に違いない)
男「…それで、どうするの?」
女「あん? どうするって、何が?」
男「この死んでしまった人。言わば君が殺してしまった人間なのだろうけども、これからどうするのかなって」
女「あーつまり処理とかの話? 確かに放置したまんまだと後々面倒事を引っ張りだすだろうし、男ちゃんの言うとおり考えなくちゃなんねーな」
男(…計画的犯行じゃなかったんだ)
男(ここに対しては少し意外だった。同じ高校に通う程度の間柄では在ったが、彼女の厳格たる一般生徒としての模範さは眼を見張るものがあったはずなのに)
男(まぁその矛盾性は僕しか気づいてなかっただろうけど)
女「はてさて。困ったちゃんだぜ男ちゃん。いかにも殺した場所が悪すぎて、証拠隠滅の際にボロが出るパターンだぞこりゃ」
男「第一、僕に見つかってる時点で色々とアウトだと思うしね」
女「あーそれもあったか、こんな時間帯に夜のだだっ広い公園に散歩に来る馬鹿が居るなんて思いもしなかったしなぁ」
男「…それで、どうするの?」
女「ん? それは男ちゃんに対してってことか?」
男「無論その意味で」
女「おーお、一般的に見られたら即サツコロって奴だろ? 地面に転がっちまって無様に血を吐き出すコイツみたいに、」
女「男ちゃんの首筋にブスリ! ナイフを刺し込まなくちゃいけないってワケだ?」
男「そうなるんじゃないかな、多分」
女「多分じゃ困るぜコッチは質問してるんだからよぉ。質問に対してキチンと答えてくんねぇとさ、うん」
男「ひとつ言わせてもらうと、」
女「あん?」
男「殺処分の良し悪しは君が決めることであって、今から殺されるかもしれない僕に聞くようなことでもないような気が……しないでもないんだけど」
女「おいおい、おいおいおいおいおい、男ちゃん。お前面白いな、すっげー面白い」パチパチパチパチ
男「え? あーどうも」
女「何かこう───上手く言えないけどよ、一つ【狂ってんな】って言いたくなる程に受け身体勢なんだな、男ちゃんってさ」
女「今から私に無理やり殺されるかも知れないんだぜ? コイツみたいに、無残に死ぬことぐらい安易に想像できるだろ?」
男「…どうかな、殺されたことないから分からないけれど」
女「ははっ! あははははは! 嘘だろオイ、そんなこと言っちゃうかフツー? 死んでる人間と、殺したかも知れないやつを同時に見て、」
女「──殺されたことないからわかんない、とか言えるないだろ? 強がりで言ってるんなら今殺してたよ、けど、全然お前は違うんだろ?」
女「本当に殺される自分ってのが想像つかないから、本気で殺されることにしたいして無関心だから、んなこと言えちまうんだろう?」
男「それが何かおかしいことなのかな?」
女「いやおかしーぜ絶対、お前やっぱ狂ってるよ。けどさ、私だってお前と一緒で頭がオカシイ奴だと思ってるから言えるけど」
女「案外殺されるとか、死んじゃうとか、全然意味のないことなんだよな。単純に人が殺されることに対して、皆理由を求めたがりすぎだと思わないか?」
女「だって死ぬんだぜ殺したら。殺したら人は死ぬ、一たす一は二になるようにさ、殺した=死ぬってわけなんだぞ?」
女「そんな簡単な計算式誰にだってわかるモンなのに、生きてる奴らはこぞって単純計算をフェルマーの最終定理みたいに難問に仕立て上げちまう」
女「んなの考えたって無駄だろ? モノホンみたいに何か得られると思ってんのか? それこそA4サイズじゃ余白たり無くて断念しちまうよ」
女「殺した本人でも無いやつがどんなに頑張って答えを見つけようとしたってよ、元より自分から難問にしちまった奴が答えを導き出せるわけがない」
女「要は考えるだけ無意味ってこと。無意味ってことは意味が無いってことだから、つまりは殺すことは深く考察をする必要性が無いってコト」
男「………」
女「殺しってだけで皆深く関心を持ち過ぎなんだよ。変わんねーよ、息を吸って酸素を摂取してることと全くな」
男「面白い考え方だけど、それとどう自分と関係があるの?」
女「おう。んじゃこぞって皆が答えを欲しがる理由は分かるか?」
男「さぁ?」
女「そこだよ、お前が狂ってんのは。私だって微かに小さなうっすーい文字で描かれてるぐらいはあるモノが、お前には無いんだ」
女「──恐怖だ、お前には身に降りかかる危険を感知できないと見たぜ?」
男「ああ、怖さか。やっと意味がわかった」
女「意味がわかっても理解しなきゃ意味ないだろ。まあ私が言っても無駄だろうし、仕方ないだろうけどさ」
男「つまりは殺されるかもしれないという怖さ──が僕にはないから、狂ってると」
女「その通り。殺されことないから云々で応答ははなっから狂ってる、人が普通考えるべき先を自ら放棄しちまってる」
女「恐怖ってのは探究心だ。怖いから知りたい、理由がなきゃ納得出来ない。だから人は答えを求める」
女「分からないことは怖いことなんだぜ男ちゃん。理解できないほどその怖さはレベルを高めるんだ」
男「僕には恐怖度が足りてないと。自分が殺される安否を、意に介してない。そう言いたいわけだ」
女「そーいうことー! 男ちゃんのA4サイズの紙には様々なモンが描かれてるけどよ、多分恐怖って文字だけは描かれてねーな」
男「初めて笑顔って文字がハッキリと書かれた君にも、多少はあるかもしれないのに?」
女「ん、まァ可能性としてはだけどな。こちとら恐怖の経験すら無いからさ、けどそれでも、こういうことは怖んだなってのは分かる」
女「──けどお前にはその予測すら無い、恐怖の対象源が無いことは私と一緒なんだが、そもそも無い奴と同意義にしちゃ私も困るぜ」
男「そうだね、ごめん。1か0ってことだもんね。君は可能性として恐怖を知る機会があるけれど、僕は可能性としても無く、そして元よりあり得ない」
女「おうよ。しかしばったりと出会った奴がここまで──なんだ壊れちまってると、あはは。なんだか惜しくなっちまうな」
男「…ん、殺してしまうことが?」
女「おう! 今だ悲しいって感情はちっとも理解できてないけれど、もしかしたらお前をこの瞬間に殺してしまえば──理解できるのかもな」
男「………」
女「どう思う? それは正しいことだって思えるか?」
男「………」
女「私は私の為に、自分の自分の為に、人の命を奪うことに、お前は素直な思いで、私の言葉に頷けるか?」
女「最後に聞いておきたいんだ。私が持ってないモノを沢山描かれているのに、けれど人としてどうしようもなく欠陥を抱えてるお前に──」
女「──私に殺されることを認められるのかってな」
男「………」
女「どう思う?」
男「そんなの」
女「そんなの?」
男「普通に認められるワケが無いけど?」
女「ほう。それは何でだ?」
男「確かに君の言う通り、正しく誰が何と言おうと僕に生まれつき──恐怖に対する興味が無い」
男「勿論、恐怖自体は理解は出来る。意味もわかってるけれど、結局そのモノの感情が何なのかが分からない」
男「最初から知ろうとも思って無いんだろうね。初めから求めようとも思ってないに違いないよ」
男「──だけど、それが悪いことだってコトは解ってる」
男「恐怖が無いってことは、悪いことなんだ。誰しも持ってることだから、自分も持ってなくちゃいけない、なんて言い訳じみた理由じゃあ無くて」
男「僕という人間は──ただ本当に心から、純粋に、それこそ君が初めて笑み理解して嬉しがってるコトと同意義に───僕はダメだってことを理解する自分が、嬉しいんだ」
女「成る程、お前は恐怖を理解できてない自分を──ダメだと思える自分が居て、それこそが本当の意志だと」
男「うん。その意志は君の質問にきっとダメだと答えるに違いないよ。だから、君の言葉にはうなずけない」
女「ははっ──壊れてる、壊れてるよ男ちゃん。きっとお前は本当に無いんだな、生まれつき欠陥品なんだな」
男「そうかな?」
女「まるでプログラムされたロボットだ。一体全体誰にそんな優秀な【自分】を組み入れられた? 何だその聖君のような意思はよぉ」
女「お前は生きながらにして欠陥を抱えつつ、それでいて絶対的な他意識で己を存在を保ってる。二重人格ならぬ、二重意識だぜ」
女「それじゃあ本来のお前の意思は何処にある? 何が悪で何が正だ? 今発している言葉は確かな本音か?」
男「本音だよ。僕の口から出てるモノなんだ、あたりまえじゃないか」
女「──言い切ったよオイオイオイ。お前、サイコーだぜほんっと──くっくっくっ」
男「じゃあ君が今発している言葉は、確かな本音だと言い切れる?」
女「良い質問だ。答えははっきりと、ノーだ」
男「…嘘を言ってると?」
女「違うよ男ちゃん。違うんだ本当に、人ってのはマジでそんなコト【はっきり言える奴】なんていねーんだよ? 勘弁してくれよ、こちとら知ったふうな言い方しかできねぇからさ」
女「人ってのは、発したことが全部嘘か真か、なんて、自分自身ちっともわかっちゃいない。自信なんて無いんだよ、そもそも本音なんて扱いにくいモン簡単に放り出せるわけがない」
女「人間関係には年をとるに連れて壁が出来上がる。その壁は頑固で強度もありやがって、ましてや色もドス黒い」
女「けれど決して悪いもんじゃないんだ。本当の自分なんてモンはプリンみたいに柔らかくて崩れやすいからさ、それを守るために強固な壁で守るんだよ」
女「──だが本音は、容易くその壁をぶち破る。悪意であれど吉良であれど、その威力は全ての問題を駆逐して更地に仕立てちまう」
女「そのことを、人は生まれながら知ってる。いや、知って成長して爺さん婆さんになるんだ。やたら構わずところ構わずやたらめっぽうところめっぽう───」
女「──本音という兵器を持ち出す馬鹿は、お前が知らなくても十分な変人か嫌われ者になるだろうよ」
男「じゃあ、君の意見からいうと僕は周りから嫌われ者の変人扱いになるね」
女「ああ、けどお前はなってないんだろーよ。だって、お前はその二重の意思同士が嫌悪しあってるだろ?」
男「嫌悪?」
女「お前は本当の意味で、人と違うんだ。欠陥を抱えてる、それはお前の意思が──じゃなくて──心が、異なってる」
女「身体を中心にした位置にまっすぐ、ガラスによって隔てられてる。恐怖を知らないお前と、恐怖を知らないことをダメだというお前」
女「ああ、凄いな。なんで成り立ってられるんだ? どうして今まで生きてられたんだ? 何方かが偏ってしまえば、そこまでなんだろうに……奇蹟だぜ」
男「…ありがとう」
女「ああ、いいぜこっちは褒めてるんだ。嬉しがっていい、恥ずかしがっていい、ああ──いま私は新しく尊敬という言葉を知った」
女「──同時に、嫌悪感を感じた」ゾクゾク
男「…ありがとう?」
女「そこは違うってば。いやいや、恐怖がないって奴は他人からの嫌悪の察知も薄いのかよ」
男「いや、わかってる。十分君が気持ち悪がってることぐらいは」
女「はぁーそりゃ良かったぜ。そもの話から長ったらしく始まるところだった」
男「ごめんね。それと同時に、じゃあ僕から質問」
女「いいぜ。いま気分がイイ、何でも答えてやるさ」
男「この人。この死んでる人、誰?」
女「ああ、コイツ?」
男「…答えにくいなら良いけど」
女「いや別に問題ない。気に障ってもないし、元より男ちゃんには言うつもりだったし」
女「──私の父親、言っても血はつながってないけどな」
男「そっか」
女「ああ、そうだ。その程度の存在だよ」
男「…………」
女「さーて、時間もそろそろ潮時ってコトで。男ちゃん、お前が今まで生きてきた人生が変わる瞬間でもある時が迫ってきたワケだけど」
男「ん、なに?」
女「いやなに、じゃなくってだな。終わっちゃうんだって、お前の生き方が全部まるっきり」
男「そうだね。君が言うのならそうなんだろうね」
女「うん。じゃあ最後に言いたいこと、あるか?」
男「…特には。ただ、やっぱり嫌だって思うぐらい」
女「ぐらいね。じゃあ後悔は無いんだな、全然まったくもって」
男「あると思う」
女「わかった。じゃあ私の為に終わっても良いんだな」
男「断りたい」
女「よし。良い覚悟だ、最後の最後まで──可能性だけを言葉にした男ちゃんの壊れっぷりに惚れて、」
男(キラリと彼女が持つ刃が光を放つ。残光という軌跡を辿り、僕が視認できたのは、ただそれまで)
男(何の躊躇いも躊躇もなく振りぬかれた切っ先は、闇の中でその小さな存在を巨躯に変貌させた)
女「さようなら」
男「──……」
男(瞼は降ろさなかった。ただただ迫り来る死を観察しきろうとする自分。幕が降ろされる生に、一切の機微は生じない)
男(訪れる死もまた自分を否定しなかった。僕という存在はひたすら状況を見届ける)
男(死んだ後──何が待ってようか、なんてこと、ああ本当にどうでもいい──)
女「んー」チュッ
男「……?」
女「よ、よし! 初めてちゅー経験げっと…っ」ぐっ
男「え?」
女「あーもう! すっごい緊張した、ああもう! 金輪際絶対にこんな真似やらんな、うん、ほんっと、うんうんっ」モゴモゴ
男「…あの、いまのえっと?」
女「あん? なんですか、そんな見つめないでくださいませんかっ?」テレテレ
男「な、なんでキスしたの?」
女「言ったじゃん惚れたって」
男「ん?」
女「だっ──だから……その、惚れたと言ったワケで……そういう意味合いであることは、なんら間違いじゃないって言うか…」
男「待って、え、殺すんじゃ…?」
女「うん? いや、違う違う──殺さないって何いってんの。んなもったいないことするわけないだろ、ばか」
男「勿体無い…? 僕はてっきり君に殺されて終わりかと…思って、惚れたって何…?」
女「おーおー、皆まで言わせる気かぁ? だぁーもう恥ずかしいだろ、照れるだろ、顔が真っ赤になるだろっ」クルクル
男(そんな仔細ありげな顔してナイフを器用に指先で回されても)
女「…なんか文句でもあんのか」
男「いや、文句はないよ。正直に嬉しい、これから僕ら付き合うの?」
女「ばっ……ま、まだそんな話ははやいだろっ!? もっとこう……うん、混みあった話っていうかさ、ね?」イジイジ
男「じゃあ死体を片付けてから話そうか」
女「ちょ、ちょっと待て。色々とごちゃまぜと対応しすぎだ、男ちゃん」
男「僕も初めてだったよ、キス。結構気持ちが良いもんなんだ」
女「お、おおっ……」かぁぁ
男「照れてるの? あ、そっち持って…そうそう、足首よりも腰を持ったほうが持ちやすいと思う」
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