キョン「Are you John?」 (16)
「ねぇ、ジョン。宇宙人とか超能力者に知り合いはいないの?」
ジョンって誰だ?俺だ。
まったく、どうしてこんなことになったんだろうね。北高に入学してまだほんの一週間程である。
それなのに、俺の後ろに席を陣取っている涼宮ハルヒはそんな電波な内容の話題を俺に振ってくる。
そもそも、ジョンってなんだよジョンって。中学の時から使われているあだ名であるキョンなら判らないこともないが、
何故か涼宮ハルヒは俺のことをジョンと呼ぶ。その理由を訊ねたところ、
「ジョンが自分でそう名乗ったんでしょ」
という御言葉が返ってきた。わけがわからん。俺がそう名乗ったと涼宮は言ったが、俺は涼宮とは北高に入ってから知り合ったわけであって
、事実に矛盾する。他人の空似ってオチだろう。涼宮みたいな頭のネジがぶっ飛んでいる、インパクトの強い奴に出会っていれば、きっと忘れようもないだろうさ。
「で、どうなのよ?」
何がだ?
「だから、宇宙人とか超能力者の知り合いはいないのかって訊いてるの」
目を輝かして、俺のことをジッと見つめる涼宮。普通にしていればかなり可愛いのだが…。
「いるわけないだろ。どこをどう見てもただの一般人だ」
やれやれと肩を竦める。貴重な昼休みをこんな無駄な問答のために浪費しているかと思うと、げんなりだ。こんな調子じゃ友達を作ることすらままならない。
それどころか、大半の男子からは羨みと怨みの籠もった視線に晒され、少数の男子からは――谷口とか言う奴を筆頭に――憐れみの視線を投げ掛けられる。
その憐れみの視線を向けてくる連中に共通すること。それは、全員涼宮と同じ東中出身だということだ。
谷口の話を聞く限り、涼宮は中学の頃から少々――いや、かなりぶっ飛んでいたらしい。しかし、今みたいに明朗快活というわけではなく、
いつも不機嫌そうだったという。高校デビューなんて言葉をよく耳にするが、きっとそれに近い何かなんだろうね。理由が何であれ迷惑な話だ。
いや、理由が俺らしいという話も出ており、迷惑さ倍増だ。
「実はいるんでしょ?誰にも言わないからあたしだけにこそっと教えなさいよ!」
そんなバカでかい声で話していたら隠すも何もないだろう。というか、俺の話を聞いてなかったのだろうか。
「何よ?」
「いや、別に…」
目の前にいる年中晴れハレな感じの涼宮が、中学の頃は今とは全然違うと言われてもいまいち想像できない。
「そういえば、ジョンの不思議な能力っていったい何なの?三年前に今と同じ格好で出会ったから、やっぱりタイムトラベル?」
俺の思考はさて置き、涼宮が有りもしない俺の能力について考察を始めた。涼宮のトンデモ話によると、
どうやら涼宮は三年前の七夕に今の俺と出会ったらしい。その話は確実に真実ではないのだが、仮にそうだと仮定すると、
今涼宮が言ったとおり俺は時間を跳ぶことができるらしい。実は隠れた能力がある日突然芽生えて、時空間を跳べるようになったと考えればつじつまは合う。
つまり、今の俺は休眠状態で、そのうち何かの拍子に覚醒なんかして超能力に目覚めるのだ!…馬鹿馬鹿しい。
そんなのはアニメや小説の中で十分だ。いや、今時のアニメや小説だってもう少しまともな設定だったりするだろうよ。
しかし、『事実は小説より奇なり』なんて格言もあるわけだし、もしかすると俺は――いかん、どうやら俺の脳細胞も涼宮ハルヒという猛毒に冒され、
妄想がはびこるようになってしまったようだ。
「あ、やっぱりそうなんだ」
俺が脳内で客観的意見を論じあっている様を見て、涼宮は何故か一人で納得したようだ。困る。それは困る。
そんなことを言い触らされてみろ、確実に俺は涼宮の仲間入り決定だ。涼宮が一人でそういうことに興味を持つことは結構なことだと思う。
そういうのは個人の自由であって、他人があれこれ口出しするようなことでもないだろう。しかし、だ。その中に俺も含まれるとなったら話は別だ。
「あのなぁ。俺の話を聞いてたのか?頼むから俺を巻き込まないでくれよ」
「ジョンのくせに生意気よ」
いったい何様のつもりだろうか?
「あのね、ジョンが居るかもしれないと思ったからあたしは北高を選んだの。そしたら、その読みはばっちり当たったわけ。これって運命じゃない?あ、運命とかあたしは信じるほうよ。理由は、そっちのほうが面白そうだから。話が少し逸れたわね、戻すわよ。で、何が言いたいかってことなんだけど。せっかくあたしとジョンは廻り合ったんだから、二人で協力して世界を大いに盛り上げないとダメなのよ。だから、あたしを失望させないでね」
涼宮の中では、もう既に俺はよくわからん計画に組み込まれているらしい。まったくもって勘弁願いたいところだ。
「まずは名前よね…」
ぶつぶつとあーだこーだと呟いている涼宮はやけに楽しそうで、尚且つ誰にも止められないんじゃないかっていうオーラすら纏っている。
迷惑極まりない。
「そうよ!世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団で、SOS団よ!あたしが団長で、ジョンは団員その1よ!」
突っ込みどころ満載過ぎて、どれから突っ込みを入れたらいいのやら…。とにかく、これだけは、はっきりさせておかないとな。
「俺はパスだ。涼宮だけでやってくれ」
「却下よ。もう、さっき言ったでしょ。失望させないでって」
爛々と目を輝かせている涼宮にきっと何を言っても無駄だろう。不本意ながら、俺はSOS団だなんて活動内容が一切不明な団に入団させられた。
これで、安らかなる俺の高校生活は泡となって消えたわけだ。まったく、やれやれだ。
「まずはジョン以外に団員を集めるのと、場所の確保ね」
萌えキャラは重要だとか、クールキャラも必要だとか、謎の転校生も欠かせないだとか、今後の予定を立てている涼宮のことを見て、俺はこう思うのだった。
――ポニーテールが似合っているとな。
すまんな
終わりなんだ
「ねぇ、ジョン。最近何か変わったことあった?」
ジョンって誰だ?俺だ。
ジョンと呼ばれ始めて早くも一年が経過しようとしていた。ハルヒのやつが俺のことをジョンと呼んでくれたおかげで、俺のあだ名はキョンからジョンへと変化した。ジョンもキョンも、正直なところあだ名としては勘弁してもらいたいと思っている。しかしながら、一度定着してしまったモノをいまさら誰も変えようとはせず、俺はこのあだ名を受け入れねばならないのだ。それもこれも、涼宮ハルヒに出会ってしまったのが運の尽きなのだろう。やれやれだ。
そんな奇妙奇天烈なハルヒと過ごした一年間なのだが、はっきり言って凄まじく慌ただしかった。と言うのも、我らがSOS団の団長である、
前述の人物が次々にトラブルを運んで来てくれるからだ。いや、当の本人はそのことに気付いていないのが、尚更質が悪い。無意識の産物というモノに、
どれほど悩まされたことか。
そのおかげで、宇宙人や未来人、さらには超能力者と知り合いになれた。それが俺にプラスになったかと言えばそうでもなかったりする。
ハルヒの無意識が作り出す閉鎖空間というのに入ったり、美少女宇宙人に襲われたり、可愛い未来人さんと過去へ飛んでハルヒに会い、
ジョン――つまり、俺と知り合うきっかけを作ってみたり、夏休みをループしてみたり、おかしな映画を撮ってみたり、世界が改変されそうになったりと
、少し例を挙げただけでもこの有様だ。実際のところ、事の大小はさておき、これの数倍以上のトラブルまたは思いつきによる突飛な行動があったりする。
これだけで、俺が波乱万丈な一年を過ごしたことが判るだろう。
さて、そんな一年間だったわけなのだが、今日もそのトラブルの種に為りかねない状況にある。どんな状況かと言うと、
公園のベンチにハルヒと肩を並べているという状況だ。それだけを聞くと、甘酸っぱい恋などと勘違いされそうだが、
実際のところ毎週欠かさずやっている不思議探索と呼ばれるソレである。その休憩として、公園に来ている次第だ。
「……あるわけないだろうが。何度も言うように、俺はただの一般人だ」
ため息混じりに、幾度となく吐いたセリフを繰り返す。確かに、この一年間で数えきれない程の不思議には出会ってきた。
しかし、俺自身によって引き起こされた不思議というものは存在しない。結局のところ、頼んでもいやしないのに俺は巻き込まれてしまう形にある。
少しぐらいハルヒに分けてやりたい気もするが、それはそれで厄介なことになりそうだ。
「つまんないの…」
ハルヒが口を尖らせる。不機嫌そうに取れる仕草ではあるのだが、目は楽しそうに輝いているわけだから、別に不機嫌という程のことでも無いようだ。
ハルヒから視線を外して空を見上げる。春の空は青々と澄みきっとおり、鳥が悠々と飛んでいく。
「UFOでもいた?」
「いない」
「そう?」
「そうだ」
当たり障りの無い会話が終わり、沈黙。この不思議探索に於いて、いつのまにか決まった暗黙のルール。俺はハルヒとペアを組むということ。
ハルヒが強制したわけでも、俺が誰かに強制されたわけでもなく、自然な流れとしてこうなった。俺個人としても、そのことに文句は無い。
要は慣れということだろう。
「ねぇ、ジョン。そろそろあたしたちも良いんじゃない?」
「何がだ?言っておくが、時間なんてものは跳べないぞ」
「違うわよ」
ハルヒがあからさまに不機嫌そうな顔をする。どうやら俺は地雷を踏んでしまったらしい。
「じゃあ何だよ?とりあえず判るように説明してくれ」
「……別にいい」
そのまま黙り込み、再びハルヒはアヒルのように口を尖らせる。取りつく島もない。全くわけがわからん。ハルヒの言わんとしていることがさっぱり伝わってこない。
首を捻ること数分、諦めてハルヒにもう一度訊ねようとそちらに顔を向けた時である。ハルヒの見事なポニーテールが風に揺れているのに気が付いた。
なんと言うか、物凄く触ってみたい。言うなれば猫じゃらしを目の前にした猫といったところか。
とにかく、ポニーテールを触ってみたい衝動が俺を突き動かす。
「ちょっと、何すんのよ!バカジョン!」
当然のことながら、ハルヒが驚いて怒鳴る。
「いや、急に触りたくなってな。ダメか?」
いまさら言い訳をしたところで意味はない。なら、敢えて正直に願望を伝えるのも一種の策ではなかろうか。…そうでもないな。まるっきり変態だ。言ってしまってから後悔してももう遅い。ビンタの一つや二つを覚悟する。しかし、いつまで経ってもハルヒは何もしない。ただ顔を赤くして…照れているのか?
「ジョ、ジョンがどうしても触りたいって言うなら触らせてあげなくもない…わよ」
いったいこれはどういう風の吹き回しなんだろうね。考えたところで、結論は出そうにない。なら、ここはハルヒの言葉に甘えて触らせてもらうとするか。
「や、優しくしてよ」
「わかってるさ」
そうして、俺はハルヒのポニーテールを撫で続けるのであった。
終わり
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