キョン「ユキの味」 (38)


雪の味 ―――なんてものが何なのかは、その純白の外見から容易く想像することができ、また俺自身も雪がどんな物質で構成されているのかを知らない小学生以下の時に遊び半分で食した時があるため、その問に関してはテレビにたまに出てくるクイズ王と同じスピードで回答することができる。

まあ、そんな話はどうでも…よくないが、傍から見れば無駄話にしか聞こえなさそうな脳内1人会話を中止して、現実世界に意識を戻そうとする。いや、しなければならない。

気怠い一般高校生からすれば、登山道よりも険しい学校への坂道。
去年の5月、俺の平穏である筈の高校生活は、一つの巨大台風によって瞬時に破壊された。


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今、俺の後ろから続々と響いてくる足音、その発生源である巨大台風の目が、今日も俺に非日常を連れてくる。

「今日もシケた面してるわね!そんなんじゃ名誉あるSOS団員失格よ、キョン!」

そう言うと、その巨大台風の目、もとい涼宮ハルヒは、俺を置いて坂道を駆け上って行く。

「おい、待てよ!」

負けずにそう俺は返し、ハルヒの背中を追っていく。
そうでもしないと、教室についたらハルヒの今にも暴れだしそうな不機嫌な顔、ニヤケスマイル古泉の、労基法無視で働いた後の疲れきった顔、鬱憤解消のために、部室でハルヒにこれでもかという程弄られる朝比奈さんの、俺に助けを求める如何にも可愛らしいご尊顔を拝まなければいけなくなる。


いや、一番最後の顔は自ら進んで拝みたい。
そんな事を思いつつ、ハルヒを追いかけていく。
流石台風!速いぞ台風!

気が付けば、いつの間にか校門についていた。
もうハルヒを見失ってしまった。まあ俺も一応追いかけたし、今日しばらく、不機嫌ハルヒを見ることは無いだろう。

ゼイゼイと息をつく俺を奇異のまで見つめる他の生徒の目が痛々しいが、そんな事気にしない。気にしないと1年以上もやってらんないぜ。昇降口に着く頃には、呼吸も整い、谷口、国木田と落ち合うことができた。

「おいキョン、お前1年たっても涼宮のお守りは変わんねーな。」
「お守りというより、お守りだよね。」
「ああ、そうかよ。」

と半ばからかうように軽口を叩く2人を適当にあしらう。
3人並んで教室に入っていくと、待ってましたと言わんばかりに、ハルヒが俺に詰め寄ってくる。


「いい、キョン。今日はね、SOS団の5人でやる最後の七夕なのよ。大事な機会なんだから、大切にするのよ!」

「はいはい、言われんでもそうするわ。」

「ならいいのよ。もし台無しにし
たら私刑の上に死刑だからね!」

別に逸らした訳では無い。横に目を見遣ると、2人の姿は個々の席へと消えていた。あの野郎。肝心な時に逃げやがった。

ハルヒは言いたい事だけ言うと自分の席にズカズカと戻っていった。てゆーか、俺はハルヒの前の席なんだから、俺が席についた時に言えば良かったのに。相変わらずおかしな事をする奴だ。


「貴方が涼宮さんを追いかけたのがそれだけ嬉しかったのですよ。無意味な事をして、浮き足立つほどにね。」


後ろ、いや正確には右斜め約5cm後ろから、朝っぱらから男としてはあまり聞きたくない声が聞こえてくる。

なにやらクラスの女子がざわめいている。

「古泉くんやっぱカッコイー。」

「あたし、古泉くんにあんな事されたら気絶しちゃうー。」

「キョン変われ」

「あの2人って、キョリ近いよねー。」

誤解ですよ、誤解。
俺はこのニヤケスマイルとは何も有りません。

「顔が近い!」

何時もの決まり文句を吐く。
少し古泉は距離をとると、周りには聞き取れない声で話し始めた。

「今日は記念日ですね。」

「七夕は記念日ではないぞ。」


その言葉を予測してたかのように、古泉は苦笑する。
周りの女子が騒ぐ。
なんのカラクリ仕掛けだ。

「今日で4年目です。」

察した。

「貴方と涼宮さんが出会ってから、今日で4年目です。」

「なんでわざわざその為に来た。」

「友を思っての忠告、ですよ。」

その言葉に、俺は毒を吐く気はない。
何だかんだ言って俺はコイツを頼りにしているし、コイツが背負うものの大きさを知っている。あ、別にアッチ系の関係はないぞ。神に誓って。

「なんだ。今年も3年間寝過ごすのか。」

「まあ、それと似たような事です。今日、4年前の7月7日は、「神」と、その「鍵」が初めて出会った日。機関が人類史をまとめたら、産業革命と同レベルで扱われる日です。そのような日は何かが起こるかもしれません。もっとも、これは僕の勘に過ぎませんが。」

「分かった。用心しとく。」

「理解していただき、ありがとうございます。機関でも複数人の護衛を、貴方と涼宮さんに気づかれない様に配置しておきます。」

「おう。」

「では、また放課後部室で会いましょう。」

そう言うと、古泉は足早にここを去った。
時計をみると、始業まであと2分。やっべ。


何時もの通り、2時間目辺りで教師の催眠攻撃にダウンした俺は、ハルヒのシャーペン攻撃にめげずに寝続けた。偉いぞ、俺!強いぞ、俺!

今日の日程を終え、惰性で部室へと向かう。
惰性で部室のドアをノックする。

「はぁ~い」

my sweet angel、朝比奈さんの声につられて部室へ入る。

「朝比奈さん、こんにちは。」

「キョン君、こんにちは。お茶入れますねぇ。」

あぁっ!朝比奈さんっ!今日もなんて麗しいっ!
朝比奈さんに関しては谷口の野郎と話が合うぜっ!
…なんて事を考えつつ、自分の椅子に座る。
朝比奈さんの出してくれるお茶を味わいつつ、ある人物がいない事に気付く。

「あれ、長門は?」

「長門さんなら、掃除当番じゃないんですかぁ?私は何も聞いていませんよ。」

「まあ、あいつの事だから、ハルヒに咎められない時間には来るでしょう。」

「そうですねぇ。」

長テーブルの、長門のスペースの上には既に読み終わったと思われるハイペリオンが置いてあった。


長門有希。SOS団団員その二。
情報統合思念体によって創られた、対有機生命体ヒューマノイドインターフェース。
冒頭で俺がした、他愛も無い話を再開させる。
有希。アイツの名前をローマ字にすると、Yuki。冬に降るYukiと同じ発音になる。雪は白く、たまに見て「綺麗」と思う事はあっても、それ以外のものは感じさせない。口にしても対して害はないが、味がない。サイコパスでもない限り、進んで食べようとは思わない味だ。無味無色。雪を4文字で表すと、
こう言えるだろう。
対して俺のよく知る長門有希は、雪によく似ている。色白で、儚さを感じさせる美少女。谷口の野郎はA-と評価している。性格は無感情、無感動でいる事が多い。もし、長門のネーミングを、長門の性格まで考慮して思念体が決めたのなら、思念体のセンスを俺は全力で賞賛する。


そんな事を考えていると、ノックの音が聞こえてきた。古泉か。

「はぁ~い。」

朝比奈さん、こんなに可愛らしい声で返事する男は、俺だけにしてください!
古泉はもう既に他の女に嫌という程愛されていますっっ!

「こんにちは。遅れましたか?」

いいや。今日は遅れているのが2人もいるんでね。

「涼宮さんは笹取りだとして、長門さんまでいないとは、明日は雪でも降るのですかね。」

「古泉くん、お茶入れますねぇ。」

ざまあ。

「…、さて、今日は何をしますか。」

「将棋でもするか。」

懲りないな。くだらん冗談にも、将棋にも。コイツはMっ気でもあるんじゃないのか?





「んっふ。今日は僕が優勢ですね。」

「ほざけ。」

お前はもう俺の術中に嵌っている。

「教えてやろう。お前の角行、嵌ってるぞ。」

「何にですか?」

「平目。」

「おや…これは1本取られましたね…。」

1本じゃないぞ。2本だ。お前はもう負けている。

「貴方の振り飛車には敵いませんね。」

「投了するのか?」

「まさか。左香、いただきますよ。」

「それは生贄だぞ。」

「…んもっふ。」

「出直してこい。」

「投了します。」

今日も俺の勝ちだ。
頭と顔はいいくせに、こういうのだけ誰よりも弱い。まあ、ボードゲームまで強かったら、完全無欠のクソ野郎になってしまうのだが。

古泉と駒を片付けていると、部室のドアが大きな音を出して開いた。

「みんな、おっ待たせー!」

おい、壊れたらどうすんだ。

「今年も笹と短冊を持ってきたわよ!皆で書いて吊るしましょ!」

無視かよ。やれやれ。

「あれ、有希は?」

俺も人の事は言えないが、今更気付いたのか。

「お前が知ってるんじゃないのか?」

「私?知らない。」

「じゃあ、みくるちゃんは?」

「ふぇぇ、知らないですぅ。」

「古泉くんは?」

「僕も存じ上げません。」

「キョンは…知らないわよね。」

おいコラ。

「有希、今日学校休みなのかな…珍しいわね。」

ハルヒは腕を組んだ。

「よし、短冊は明日でも書けるし、今日は有希のお見舞にに行きましょう!」


今思えばハルヒも成長したな。
これが1年前だったら、「まあいいわ。有希は居て居ないようだしね!」
とかぬかして、そのまま団活を続けていただろう。
だが今は、団員の体調にまで気を遣う様になっている。俺以外には。

「そうと決まれば、早速行くわよ!」


「着替えるの待っていてくださぁい。」

朝比奈さんのお願いとあらば1光年待ちますよ!

「ほら、男共は出てった出てった!」

「では、お先に出ましょうか。」

「そうだな。」

部室のドアを開け、外に出た。ドアの軋む音と一緒に、初夏を思わせる涼しい風が吹いた。
見えない風を目で追い、古泉は笑顔を消した。

「緊急事態です。」

古泉の表情に比例して、俺も顔を変えた。

「長門さんはご存知の通りインターフェース。長門さんには病を患うプログラムは無かったはずですが…。」

「思念体が追加したんじゃないのか?」

「それならば、病で欠席するという連絡をSOS団の誰かに残すでしょう。」

「ハルヒ、朝比奈さん、お前の誰かがその連絡を受けても意図的に伝えなかった可能性は?」

「涼宮さんがそのような事をする目的が分かりません。あったとしても、もっとストレートな事を彼女はするでしょう。」

「機関にも朝比奈みくるの一派にも、そのような事をする理由、メリットが有りません。」

「考えられないな。」

「となると、考えられるのは…」

沈黙。
はすぐ壊された。



「さあ、みくるちゃんも着替え終わった事だし、さっさと有希の所に行くわよ!」

空は晴れていた。
気温はそれ程高くなく、歩くことを苦痛には感じなかった。
前列をハルヒと朝比奈さんが歩き、後列を俺と古泉が歩く。

「話の続きをしましょう。」

「天蓋領域が真っ黒だな。」

「そうです。周防九曜の力は想像できません。」

「警戒するのに越した事は無いな。」

「なにかあった時、先頭に立って解決したのは主に貴方です。その言葉はとても頼もしいですよ。我ら機関も協力を惜しみません。」

この時ばかりは、素直に答える事しか出来なかった。




話をしている内に、長門のマンションの前に立っていた。
西宮郊外に佇む高級マンション。
オートロックの正面玄関を、住民とすれ違いにして突破する。
5人でエレベーターに乗り込む。このエレベーターには、あの世界でも乗った。
嫌な記憶だけがフラッシュバックしてくるぜ。ちくしょう。

「キョン、本当にこの階で合ってるの?」

合ってるぞ。

「なんでキョンが有希のマンションの階を知ってるのよ。」

「長門から聞いた。」

「そう。ならいいわ。」

全く、疑い深い団長様だ。
玄関のインターフォンをハルヒが押した。
玄関前で騒ぎ出したりしない所を見ると、こいつ、こういう所は粗相が無いよな。

「出ないわね。」

「寝てるのかもしれないわ。鍵は開いてるみたいだし、入っちゃいましょう!」

…前言撤回。やっぱりハルヒはハルヒでした。
俺達は苦笑しながら、ズカズカと部屋に上がり込んだハルヒを追った。


少し落ちるわ。
保守よろ。

少し落ちるわ。
保守よろ。

少し落ちるわ。
保守よろ。

すまん。連投してた


____2年前。

「朝倉涼子。」

「なあに?長門さん。」

「貴女はカレンダーに何を書き込んでいるの?カレンダーは日付を確認するものの筈。」

「ああ、これね。」

「有機生命体には、誰しも大切な日があるの。例えば、誕生日。何かを為し遂げたり、特別な事があった日も人によっては大切な日なの。」

「まあ、私の場合、思念体に創造されてから今月で2年目だから、この日が大切な日なのよ。」

「私には、大切だと思える様な日が、まだ無い。」

「いつか見つかると良いわね。」

「…。」

____1年前



「ソイツを守りながら、いつまで持つかしら?」


「キ ョ ン 君 の 事 好 き な ん で し ょ ?」

「分 か っ て る っ て。」




(…私はまだ分からない。)

(知っているのなら、教えて欲しい。)





ズカズカと上がり込んだハルヒを追う。
長門の無機質な部屋には、前訪れた時より少しばかり変化があった。
真っ白い壁には、取ってつけたようにシンプルなカレンダーが貼り付けてあった。
ページは7月を示している。

(長門でもカレンダーを使うのか)

などと、少し失礼な事を思いながらカレンダーの日付に目を走らせる。
2段目に、目が止まった。

7月7日。ゾロ目の今日に、赤丸が書いてある。

「ちょっとキョン、なにボサっとしてんのよ。」

ハルヒが俺を怒鳴りつける。
次の瞬間、俺は急激な立ちくらみに襲われた。

視界が暗転し、歪んでいく。
前にも似たような感覚に襲われたような────

そこで俺の思考が停止した。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年03月26日 (土) 18:28:32   ID: zNnA9hkZ

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描写が細かい

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