にこ「7月22日」 (20)
その日は私にとって特別な日。7月22日。
私は頭が良くないからその日に何か革命だとか開国だとか起こったのかはわからない。だってアイドルっていうのは前だけを向いていかなくちゃいけないと思うから、そうでしょ?
昨日の練習後、今では鬼教官と化した我が部の後輩海未ちゃんは、明日の朝練、つまり今日の朝練は休みにすると告げた。……なんだ、朝からみんなに会えるわけじゃないんだ。ちょっとガッカリ。
今朝はいつもより家を出るのが遅かったから、ママの代わりに妹たちを幼稚園に置いていく。それ以外はいつも通りの日常で、あまり中身のわからない英語や数学の授業、ムダに走らされる体育をこなして気付けばもうお昼休み。
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私は席を立ち、部室に向かおうとする。いつもなら2年生の仲良し3人組がそこにいたり、真姫ちゃんが「図書室に行くついでに寄ったの」とか言ってなんだかんだでお昼休みが終わるまでそこにいたりする。絵里ちゃんや希ちゃんがいる時もいる。凛ちゃんと花陽ちゃんがいる時もいる。たまにみんないる時もある。……たまにだれもいない時もある。
だから今日はそのたまにの日だったのかな。お弁当箱を持って部室を開けるととても静かな部室。お弁当を机に広げる。食べ終わる。少しパソコンでμ'sのPVを鑑賞する。鐘が鳴る。今日は誰も来なかった。もう教室に戻らなくちゃ。
午後の授業も終わり、ずっと座りっぱなしで筋肉がカチコチに固まっちゃった体にひとつ伸びをいれる。ふぅ。さて、部室に行こうかな。
みんなー、今日もはりきっていくニコー!
そう意気込んで出した声もドアの開く音と共に校舎内の喧騒に消える。あれ、誰もいないや。みんな掃除かな?その時制服のポケットから微かな振動が伝わる。
今日は練習お休みです。みんな連日炎天下の中での練習で疲れているでしょうし、ゆっくり体を休めてください。
我が部の外国担当、絵里ちゃんからグループ宛に送られたメッセ。既読がどんどん増えていき、メンバーそれぞれからも了解、わかったよ、と返事もある。そっか、今日はお休みなんだ。それじゃあここにいても意味ないか。
つい数か月前まではひとりで活動していたアイドル研究部。でも今はその時とは違う。音ノ木坂学院アイドル研究部、μ'sのメンバー。それが今の私。ひとりでは経験できなかったこと、味わえなかったこと、それをこのμ'sが教えてくれた。だから今の私は、あの頃のハリネズミみたいにトゲトゲしたにこじゃなくて、ひとりじゃ生きていけない兎のようになっちゃったのかもしれない。でもそれでいい。ひとりより、みんなと一緒が楽しいから。
カバンを肩にかけ、部室を後にする。下駄箱で靴を履き替える。校門をでる。そこで気づく。そういえば今日μ'sの誰とも会わなかったな。いつもなら廊下やらお手洗いでバッタリするのに、珍しいこともあるものだ。
家につく。ママからの置き手紙がある。これもまた珍しい。こんな早くに家に帰ってこれたんだ。
ちびちゃんたち連れてお買い物行ってくるわね。
部屋に着き、制服を着替えてベッドに横になる。何しよっかな。勉強なんて私の柄じゃないし、スクールアイドルの情報はお昼に仕入れた。更新はなかった。まだ外は明るいからどこか散歩にでも出ようか。思い立ってやめる。私は暇だから外をブラつくほどおばあちゃんじゃないからね。
ママたちが帰ってくるまで少し寝よう。これも歳寄りっぽいって?いいのよ、睡眠は成長に必要なんだから。
チャイムがなる。覚醒。何時間、何十分くらい寝たんだろう。時計も見ずに玄関へ向かう。扉を開けると外は茜色に染まっていた。そこには同じくらい茜色の笑顔を見せる穂乃果ちゃんの姿があった。
迎えに来たよ!
え?
困惑の色を隠せない私の手をとり、穂乃果ちゃんは突然走り出す。なに、なんなの!?私が言う。いいからいいから♪彼女が言う。数十分間走らされて辿り着いたのは学校。なぜ?あれ、穂乃果ちゃん?
こっちこっち!
いつの間に手を離していたのか、彼女はもう上靴に履き替えて私を呼んでいた。ていうか私、私服なんだけど……。先生に見つかったらめんどくさそうなので穂乃果ちゃんの後ろにピッタリくっついて歩く。どうか何も起こりませんように……。
どうやら何事も起きず、無事に目的地へ辿り着けたようだ。私が今いるのは我がアイドル研究部の部室の前。はて、なぜ?部活は休みのはず。外はもう陽も暮れそうな時間。今から練習なんてとても……
ふふふ、さ♪あけてみてっ♪
?
とりあえず言われたままにドアノブに手をかけ、捻る。中は暗い。何もな、
パーン、パパーン、パーン!!
……え?
誕生日おめでとう!!
おめでとうにこ。
おめでとうにこちゃん。
おめでとうございますにこ。
おめでとうにゃにこちゃん!
おめでとにこちゃん。
おめでとさん、にこっち。
おめでとうにこちゃん!
急に明かりがつき、急にクラッカーの音が響いたと思ったら、急にみんなから祝福の言葉。
にこ、おたんじょうびおめでとう。
にこにーおめでとー!
あれ、ママもチビちゃんたちもいるの?
ふふふ、あのね、今日にこちゃんの誕生日だからお誕生日パーティーしたいねって話してたんだ♪だから今日の朝練がなかったのは飾り付け作ったり、料理の下ごしらえしてたからなんだよ!放課後練習がなかったのは、もうわかるよね?にこちゃんのいない隙にいろいろ準備してたんだけど、それが思ってたより時間かかっちゃって……。だからこんな時間になっちゃったんだけど、むしろ夜の方がパーティーっぽくていいよね!あ、そうだ。私からも、お誕生日おめでとうにこちゃん!!
誕生日……。あ、そっか。今日私の誕生日だったんだ。昨日までは覚えてたのに、いつの間に忘れちゃってたんだろう。
もしちゃんと覚えてたら、
あれ!?にこちゃん!?ちょ、どうしたの!?
…………こんなに涙が出ることもなかったのに。
去年も一昨年も友達、仲間に祝われたことはなかった。身内だけで小さく、その日だけ晩ご飯が少し豪華になり、食後にショートケーキを食べて終わり。それが私の誕生日だった。
でも……
あはは、にこちゃんの顔クシャクシャにゃー!ほら、鼻水チーしてごらん?
り、凛ちゃん……、やめなよぉ……。
いいんじゃない?宇宙ナンバーワンアイドルが自分で鼻もかめないといいスキャンダルよ。
ちょっと真姫まで……。今日の主役はにこなのよ?もっと立ててあげましょうよ。
ふふふ、でも家族も見てる前で友達に鼻んでもらってるにこっち撮ってみたい気もするやん♪
なかなかおもしろそうですね。私もお手伝いしますよ。
あれ、海未ちゃんも今日はノリ気なの?じゃあことりも!
ワーワー、ワーワー、キャーキャー
私のいるμ's、みんなが作ってくれた居場所。そこはいつも新しいものを私に届けてくれる。新しいことを教えてくれる。
いつもは雑誌やらダンボールやらが置かれて汚かった机には、18本のロウソクがささったケーキ。ひとりしかいなかったこの部室には、今はたくさんの仲間たち。イスに座ったわたしを囲むようにみんなが集まり、
パシャリ
その瞬間はギューギュー詰めでとても息苦しかったのを覚えている。
後から見せてもらった写真。その写真の中に無理やり詰め込まれたようなみんなの顔、その真ん中には私。
……ふふっ。面白い顔。こんなのアイドルとしてどうなのよ。
大好きなμ'sのみんなに囲まれて、
そこに写ってたにこは、いままでで一番幸せそうな顔をしていました。
終わり。書き逃げ。さようなら。
にこにーおめでとぉぉぉぉぉぉ!!!!
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