――１本目――



男「昔さ、君の事好きだったんだ」

女「言うのが相変わらず遅いわ」

男「仕方ないよ。気がついた時は遅かったんだから」

女「そう。残念ね、時期によっては両思いだったかも知れないのに」

男「そういう“もしも”は苦手なんだ。今より素敵な未来があったなんて分かったら後悔しちゃうだろ」

女「後悔するのが怖いの？」

男「怖くないものの方が少ないからなぁ」

女「ホント、相変わらず臆病者なのね」

男「死ぬまで治りそうにないのが困ったもんさ」

男「でも、本当に久しぶりだねぇ」

女「まさかこんな機会で再会するなんて夢にも思わなかったわ」

男「君は中学を卒業したら都会に引越しちゃったから」

女「本当はね、あの場所に残りたかったのよ」

男「そりゃそうか。慣れ親しんだ地を離れるのは、誰でも抵抗あるさ」

女「名残惜しい気持ちは確かにあったけれど、今思うとあんなに寂しく思えたのはもっと分かりやすい理由だったのよ」

男「へぇ。それは？」

女「貴方がいたから」

男「……そっか」

女「私の思春期は、貴方との思い出ばかりだったわ」

男「うん」

女「物心ついたときから一緒で」

男「うん」

女「小さい頃はよく喧嘩ばかり」

男「そうだったね」

女「喧嘩はしたけれど、いつも貴方が折れていたわね」

男「喧嘩が弱かっただけさ」

女「“ぼくはぼうりょくはんたいだー！”が口癖の男の子だったのよねぇ、貴方って」

男「仕方ないじゃないか。僕はそういうの苦手なんだよ」

女「……喧嘩と言えば、覚えているかしら？　昔、近所のガキ大将のかっちゃんに私が喧嘩を挑まれたときの事」

男「おお、かっちゃん。懐かしいねぇ」

女「貴方は行くなって止めたんだったっけ」

男「そりゃそうさ。見るからに勝てない体格差だったわけだし」

女「ま、結局行ったんだけれど」

男「……君って本当に無鉄砲だよねぇ」


女「結果は貴方も知ってのとおり」

男「ボロ負けだったらしいね」

女「色々と手は尽くしたんだけれどねぇ」

男「どんな手を使ったのかはあえて聞かないでおくよ」

女「それの帰り道だったかしら」

男「ん？」

女「貴方、泣きながらとぼとぼ帰る私を見て、一目散にどこかへ駆け出していったわね」

男「そりゃ、あんだけびぃびぃ泣いて鼻血を垂らしていたら驚いて逃げたくもなるもんさ」

女「その日の夕方、泣き腫らしたかっちゃんが私の家まで謝りに来たのよ」

男「へぇ。流石に悪いと思ったのかな」

女「……言ってたわよ。“謝って来い”ってボコボコにされたって」

男「きっと親にでも怒られたんだろうさ」

女「あのね」

男「ん？」

女「あの時は、ありがと」

男「何の事だかねぇ」

女「あら、いつの間にかお茶請けが無くなってしまったわ」

男「おや、本当だ。最近は運動不足気味だったし、何か買ってこようかな」

女「そうねぇ。お煎餅が恋しいわ」

男「君も昔から相変わらずお煎餅好きだねぇ」

女「……ちょっと待って。私も行きたい」

男「体が弱ってるんだろう？　無理しちゃダメだ」

女「杖を使えば大丈夫よ。　お医者様からも適度な運動は体に良いって言われているの」

男「そっか。じゃあ、しっかりと介護させて貰おうかな」

女「あら、どの口が言うのかしら」

男「いひゃいひゃい。ごふぇんなふぁい」

男「歩く速さは大丈夫？」

女「ええ、丁度いいわ」

男「それは何より」

女「おんぶしてくれたらもっと有り難いんだけれど」

男「君もう引き返しなさいよ」

女「冗談よ」

女「それにしても……久しぶりにこの町に戻ってきたけれど、もう昔とは随分違うのね」

男「土地開発が進んだからなぁ。でも、コンビニが出来たりして便利になったよ」

女「でも、昔のものが残らないのは何だか寂しいわ」

男「そうだねぇ。でも、ほら。あそこを見て」

女「あら、懐かしい。“幸いの一本松”ね」

男「お、ちゃんと覚えているんだ。正確には“幸いの一本松”だけれど」

女「中学時代によく噂されていたわね。あそこで告白したら必ず成就される、って」

男「…………うん」

女「何よ、その罰の悪そうな顔は」

※修正：女「あら、懐かしい。“幸せの一本松”ね」

男「いや、あのね。あそこってもう“幸いの一本松”って呼ばれてないんだよ」

女「え、本当？　やっぱり昔と今ではこういう噂話も違ってくるのかしら。
　　それっていつ頃から呼ばれなくなったの？」

男「君が転校した直後くらいから」

女「あら、そんなに前から？　じゃあ、今は何て呼ばれているの？」

男「……“幸いの一本引き松”」

女「『辛い』になってるじゃない。ロマンチックが台無しだわ」

男「原因は君にあるんだよ」

女「私？」

男「君ね、あそこに呼び出されて色んな人から告白されたでしょう？」

女「悉く振っていったのもよく覚えているわ」

男「それ以来、あそこって『あの松で告白すると必ず振られてしまう縁切り松』みたいになっているんだよ」

女「……」

男「……」

女「……」

男「……」

女「昔のものが変わり行くのは、長生きしている証拠よ」

男「無理やり収めたね」

女「……」

男「……」

女「中学時代、ねぇ」

男「どうかしたの？」

女「貴方は中学時代、誰が好きだったのかしら」

男「思い返せば、多分君かなぁ」

女「そう」

男「君は、当時誰か好きな人でもいたのかい」

女「貴方よ」

男「そっか」

女「両思いだったのね、当時の私達は」

男「それは結果論さ。あれを恋と呼ぶには僕は幼すぎて、君は大人すぎた」

女「貴方はどうして思いを隠していたの？」

男「隠していたんじゃない。さっきも言っただろう、気づくのが遅すぎたんだよ」

女「気づいてくれたのは、いつ？」

男「君が結婚したっていう葉書をもらってからさ」

女「馬鹿ね、それは確かに遅すぎるわ」

男「ははは、ごもっとも」

男「僕は知っていたんだよ、君の家が裕福だったのを」

女「うん」

男「そして知らなかった。僕らが缶蹴りで遊んでいる頃には既に、君は１５歳で結婚が決まっていた事を」

女「うん」

男「つくづく、僕は子供だった」

女「いいえ、貴方は聡明だった。きっと、気づかない振りをしていただけ」

女「もしもの話で御免なさい」

男「？」

女「もしも、私が。当時貴方の事を好きだと言ったら、何か変わっていたのかしら」

男「……」

女「……」

男「そうだね。きっと、何も変わらないよ。僕は断り、君は傷つき、そして後から僕は後悔する。
　　恋心を自覚する時期が少し早くなるだけで、きっと僕らは今のままさ」

女「……それを聞いて安心したわ」

男「今より素敵な未来なんて、机上の空論。紙の中のケーキみたいなものさ。
　　僕らは選ぶべくして腐れ縁を続けているだけだよ」

女「そうね。生涯続く腐れ縁も、割と嫌いじゃないわ」

男「それに、さ」

女「ん？」

男「僕らの“もしも”は、僕らの孫が叶えてくれるじゃないか」

女「ふふ、そうね」

男「まさか孫の婚約相手の祖母が、君だったなんてなぁ」

女「私も驚いたわよ。　ハンサムなおじいさんとは聞いていたけれど、貴方だったなんて」

男「妻を早々と亡くして、男手一つで続けていた娘の子が……君の血縁者と結ばれるとは」

女「こっちもそうよ。子どもと借金だけ残した夫を背にして、あくせく生きていた結果が貴方との巡り合いに繋がるのね」

男「いやはや、運命の螺旋は妙な縁を繋げてくる」

女「『幼馴染』っていう、今昔の縁をね」

男「ところで、足は大丈夫かい？」

女「ええ。不自由ばかりが多くなるから、歳は取りたくないものだわ」

男「歳を重ねないと自由の良さも分からないさ」

女「相変わらずの屁理屈上手ね」

男「屁理屈だって理屈のうちだよ」

女「偏屈なおじいさんになっちゃって、おばあさん悲しいわ」

男「ふふ、こうした軽口は良いね。昔に帰ったみたいだ」

女「そうね。これからは縁側でちょくちょく昔に帰ってみる生活はどうかしら？」

男「いいね。素敵だ、とっても素敵な案じゃないか」

女「それはどうも」

男「……照れると口を“への字”にする癖まで、相変わらずなんだね」

女「ねぇ、まだ時間はある？」

男「娘夫婦が帰ってくるまで、まだまだたっぷりあるよ」

女「一つ、案があるの」

男「ん？」

女「昔を懐かしみながら、デートでもどうかしら？」

男「いいね。行き先はどうしようか？」

女「とりあえず、あそこに見える松の木にでも行きましょう」

男「うん、分かった。そこで６０年前に言えなかった事でも呟いちゃおうかな」

女「……本当、言うのが相変わらず遅い人なんだから」




ＥＮＤ

――２本目――



男「悪い、遅くなった」

男「でも、なんだかんだ毎年ちゃんと来ている辺りは偉いだろ？」

男「褒めてくれ、なんて思っちゃいないさ」

男「当たり前だもんな。お前に会いに来るのは」

男「我ながら甲斐甲斐しい事この上無し、って感じ」


男「……待たせたな」

男「今年の命日、なんとか間に合って良かった」

男「あんなに賑やかだったお前がさ、喋らなくなって」

男「俺よりも背が高かったのに、抱きしめたら包まれちゃうくらいの小さな箱に入って」

男「白い肌が嫌だから日焼けして小麦色の肌になるんだー、とかも言ってたな」

男「……」

男「……」

男「馬鹿だな。　燃え尽きて、骨になって、もっと白くなってやんの」

男「もうさ、お前が最後に入院した時の会話なんて滅茶苦茶だったよな」

男「俺が次の旅行先の話をすると、お前は以前行った場所を挙げて『また行きたいね』なんてはにかんでいたっけ」

男「俺が『また行こうぜ』なんて言うと、お前は『そうだね』って必ず笑うんだよな」

男「あんまり朗らかにお前が笑うから、思わず次の旅行先をその日のうちに予約しちまったんだぞ」

男「結果は……ま、俺一人で行ってもつまらないだろ？　ほんと、キャンセル代が地味に高かったんだよなぁ」

男「しばらく旅行は無しって事さ」

男「お前が居ないなら、意味が無いんだよ」

男「俺が好きな漫画を語るとさ、お前も負けじと好きな漫画の話をするんだよな」

男「お互いの好きな漫画の新刊が出たらさ、一緒に読もうなんて約束もしていた」

男「俺の部屋にさ、封を切れない漫画がどんどん溜まっていって困ってるんだ」

男「……たまには読みに来いよな」

男「思い返せば、素直じゃない上に照れ屋の俺とお前は、言葉じゃ気持ちを伝えられなかったよ」

男「たった一言。その、たった一言がどうしても声に出ない」

男「あれはもう、どうしようもない性（ｻｶﾞ）なんだろうな」

男「でもさ」

男「一度だけ俺に言ってくれたよな」

男「『愛している』って」

男「あれな、嬉しかった」

男「涙が出るくらい、嬉しかった」

男「お前の見舞いに行ったとき、天気が良くてつい転寝しちまった時だったか」

男「なんか頭を優しく撫でられる感触がして、ふと目が覚めたんだ」

男「驚いたぜ。　いつの間にかお前に膝枕されていたんだからな」

男「悪りぃ、あの時は気恥ずかしくて狸寝入りしていた。　時効って事で許してくれよ」

男「それでさ、何となく寝息立てて様子を窺ったら」

男「お前、言うんだよ」



『幸せだよ。　愛しているよ。　長生きしてね。　幸せにね。』



男「あの時さ。　お前の膝元、濡らしてゴメンな」

男「お前と出会ったのは、丁度今くらいの季節だったか」

男「俺から告白したのも、丁度今くらいの季節だったな」

男「緊張したんだぜ。　絶対にフラれると思ってたんだからな」

男「しかも告白したときの台詞まで、なんとも情けないから笑っちまう」

男「俺の告白、覚えているか？」


＜結婚を前提に、結婚してください＞


男「青臭いってもんじゃないよな。思い返すだけでも頭を抱えたくなっちまう」

男「ま、こんな感じだから絶対にフラれたと思ったよ」

男「ところが、だ。　まさかの返事がお前から来たんだよ」

男「返事の内容、覚えているか？」


＜幸せになる事を前提として、承諾しましょう＞


男「顔を真っ赤にしたお前は、本当に可愛かった」

男「その後にお前が発した一言も、まぁとんでもなく可愛かったんだが」

男「あの台詞、覚えているか？」

男「……覚えているのはもう、俺だけなのかな」

男「今更さ、思うんだ」

男「もう少しくらい言えば良かったって」

男「恥ずかしがらずに、言い続けていれば良かったって、思うんだ」


男「ホント、今更だよな」