漫画家の自宅──
漫画家(あ~……くそっ!)
漫画家(全然先の展開が思いつかねえ……!)
漫画家(アシもケンカして辞めさせちまったし……どうするかなぁ……)
バタンッ!
担当「先生、大変ですっ!」
漫画家「ん、どうしたんだよ?」
担当「実は……とんでもない事件が起こりまして……」
漫画家「俺の漫画をモデルにした殺人事件が発生……!?」
担当「はい……」
担当「なんでも“ナイフファイター”のコスプレをした20代の男が」
担当「暗い夜道で、次々に通行人をナイフで刺しまくったそうで……」
担当「死傷者は20人近くにもなるそうです」
漫画家「──で、肝心の犯人は?」
担当「自殺……したそうです」
漫画家「マジかよ……」
漫画家の連載作品『ナイフファイター』とは──
暗殺者である主人公“ナイフファイター”が、
ナイフ一本で数々の強敵を打ち倒し、難事件を解決するという漫画作品である。
タイトルから察せられる通り、過激な描写が多々あるものの、
すでにかなりの長期連載となっており、単行本の売上やメディアミックスも好調。
現在連載中の漫画では、五本の指に入るであろう人気作品だったのだが──
漫画家「それにしても、君は優秀だな」
漫画家「こんな情報をすぐに持ってきてくれるなんて」
担当「編集は情報収集が欠かせない職業ですからね」
担当「特に今担当してる先生に関することなら、なんでも分かるようにしておかないと」
担当「ただ……今回の事件みたいなことは知りたくなかったですけどね」
漫画家「まったくだな……」
漫画家(俺の作品のファンは、殺人シーンが多い作品の性質上)
漫画家(なんというか過激な人間も多いって聞くが……参ったな、こりゃ)
ニュース『目撃者の証言によると』
ニュース『漫画キャラクターの格好をした犯人は』
ニュース『通行人のノドや胸を次々と切りつけ』
ニュース『最後に“俺はナイフファイターなんだ”と叫び』
ニュース『自身の首にナイフを突き刺し、自殺したとのことです』
ニュース『え~もう、ホント怖かったですよ~』
ニュース『最初はなにかのパフォーマンスかな? と思ったら』
ニュース『いきなり人をナイフで切りつけ始めて……』
出版社──
担当「『ナイフファイター』に関する問い合わせやクレームが殺到しています!」
担当「どうしましょう、編集長?」
編集長「う~む、幸いまだ原稿は出来上がってなかったし……」
編集長「とりあえず、しばらく休載にして様子を見よう」
担当「分かりました!」
編集長「『ナイフファイター』の穴は、適当な代原で埋めるようにしてくれ」
担当「はい!」
この事件は多くの議論を呼び──
評論家A「最近の若者は現実とフィクションをごっちゃにしすぎです!」
評論家A「これを機会に、過激な描写のある漫画を規制するべきなんです!」
評論家B「いやいや、罪があるのはあくまで事件を起こした個人であって」
評論家B「漫画に罪はないでしょう」
評論家A「甘い! 徹底的に規制すべきなんですよ!」
司会「ところで皆さん、聖徳太子って知ってる?」
ネット上にも波及し──
≪ショックだわ~≫
≪つか、犯人がマジキチだっただけだろ≫
≪マジキチの使い方間違えてんじゃねーよ、バーカ≫
≪ナイフファイター打ち切りじゃね?≫
≪こんなことで打ち切りになるわけねーだろ!≫
≪コスプレ野郎に殺されるとか、死んでも死にきれないんだが≫
≪これからは漫画読むのにも免許が必要だな≫
漫画家の自宅──
担当「休載が長引いてしまい、すみません……先生」
漫画家「ん、ああ……静養期間だと思って休ませてもらってるよ」
漫画家「今もゲームなんかやってたし……これけっこう面白いね」
担当「まだ『ナイフファイター』再開のメドは立っていませんが」
担当「お体にだけは気をつけて下さいね、先生!」
漫画家「ありがとう、君は本当に優秀だな」
事件から数ヶ月経過し、ほとぼりが冷めた頃──
担当「先生、ようやく編集長が再開を認めてくれました!」
漫画家「あ、そうなの?」
担当「またよろしくお願いしますね!」
漫画家「……うん」
担当「どうしました?」
漫画家「いや……」
漫画家「…………」
漫画家「あのさ……編集部に届いてるファンレターを見せてくれないかな?」
漫画家「だいぶたまってるでしょ?」
担当「はい……かまいませんよ!」
漫画家「お~、こんなにあるのかい!」
担当「ええ」
担当「先生はファンレターを読まないことで有名ですが」
担当「それでも編集部にはしょっちゅう届いてるんですよ」
担当「──で、一定期間は保管することにしてるんです」
漫画家「へぇ~」
担当「ところで、突然どうしてファンレターを?」
漫画家「いや、連載再開するし、ファンレターでやる気を注入しようかなってね!」
担当「……なるほど!」
ところが──
編集長「再開してからというもの、『ナイフファイター』の原稿が滞りがちだが……」
編集長「大丈夫なのかね?」
担当「数ヶ月ブランクがあったせいで」
担当「まだ調子が戻っていないんでしょう」
担当「先生もネタ集めのためか、時折出かけたりしてるみたいですし、心配無用です」
編集長「しかし、こうしょっちゅう休載されてもらっちゃ困るなぁ」
担当「大丈夫です……。すぐ問題にならなくなりますよ」
そして、連載再開からまもなく──
担当「先生、大変です!」
漫画家「どうしたんだ?」
担当「また……同じような事件が発生しました!」
漫画家「なんだって? ちなみに犯人はどうなったんだ!?」
担当「警察に取り押さえられる前に、自殺を……」
漫画家「そうか……」
担当「それで、編集長が……再び休載するように、と……」
漫画家「そんな……!」
漫画家「くそっ、なんであんな若い子があんなことを……!」
ニュース『犯人は17歳の少年で』
ニュース『通学路で児童を傷つけた後、まもなく自殺……』
ニュース『いや~、信じられないですよ』
ニュース『あんな大人しそうな子がねぇ』
ニュース『たしかに……漫画とかは好きでしたね』
ニュース『学校でもよく、休み時間に漫画雑誌を読んでました』
議論は再び熱を帯び──
評論家A「ほら、また事件が起きた!」
評論家A「私も『ナイフファイター』ってのを読みましたが、ひどい漫画です!」
評論家A「やはり、こういう過激な漫画はどんどん規制すべきなんですよ!」
評論家A「でないと、また次々同じような事件が起こりますよ!」
評論家B「いやいや、漫画はただのとっかかりに過ぎないのであって」
評論家B「もっと動機の深いところからアプローチしていかないと……」
評論家A「とっかかりでも危険なことには変わりはないでしょうよ!」
司会「アタックチャーンス!」
ネット上でもさまざまな意見が飛び交い──
≪おいおい、まさかの二回目きちゃったよ≫
≪派手に報道するから模倣犯が出るんだ、マスゴミのせい≫
≪ナイフファイターだけが生きがいなのに……≫
≪漫画より刃物を規制しろよ、キチガイに刃物ってやつだ≫
≪ナイフファイターって実際に使える殺人技術講座みたいなところあるしな≫
≪漫画なんか読んでる奴はみんなクズ≫
≪なぁにアフリカや南米に比べればどうってことない≫
さらに、二度あることは──
担当「先生……!」
担当「今度は、同時多発的に事件が発生しまして……!」
漫画家「同時!?」
漫画家「……で、加害者はどうなった!?」
担当「何人かをナイフで切りつけた後、みんな自殺を……!」
漫画家「そんな……」
漫画家「俺の漫画を楽しんでくれてるファンが、どうしてこんなことするんだ!」
漫画家「うわぁぁぁぁぁっ!」
担当「…………」
漫画家「俺は……俺の漫画のせいで、何人もの人間の人生を台無しにしてしまった!」
漫画家「俺のファンも! ファンによって傷つけられた人たちも!」
漫画家「本来、漫画とは読者に夢や希望を与えるためのものなのに──」
漫画家「どうしてこうなった!?」
漫画家「俺は……最低の漫画家だ!」
担当「先生……!」
漫画家「よし……俺は決めたぞ!」
ニュース『漫画キャラクターに扮した通り魔殺傷事件の続報です』
ニュース『事件のモデルとなった『ナイフファイター』原作者である漫画家氏が』
ニュース『このたび、作品発表を自粛することを発表いたしました』
ニュース『FAXで送られた、漫画家氏のメッセージです』
ニュース『ファンの皆様には大変申し訳ないと思っている』
ニュース『しかし、自分自身も一連の事件について心の整理が全くできないので』
ニュース『ひとまず休みをいただきたい』
ニュース『出版社もこの考えを尊重する方針で……』
漫画家の発表自粛を受け──
評論家A「ほら、結局こうなった!」
評論家A「こういうことは規制しないと、作者自身を追いこむことにもなるんですよ!」
評論家A「健全な漫画を描いていれば、彼もこんなことにはならなかったはずです!」
評論家A「下手すると、彼はもう漫画を描けないんじゃないですか!?」
評論家B「とはいえ、健全と不健全の線引きはなかなか難しいですよ」
評論家B「今回の事件が表現の自由について、一石を投じたのはたしかですが……」
評論家A「でしょう! 皆さんも自由すぎることはよくないということを知るべきです!」
司会「髪切った?」
ネット上でも──
≪バカが暴れたせいで打ち切りとかありえねーよクソが!≫
≪だけど、自分のファンが殺人事件起こしたら、ノイローゼにもなるって≫
≪しょうがないんじゃね?≫
≪漫画家豆腐メンタルすぎだろ…≫
≪もう漫画は全部この世からなくそう≫
≪今回の件でナイフファイター買ってみたけど、面白いなこれ≫
≪ナイフファイターが最後に切ったのは、自分の漫画だったってオチか≫
漫画家の自宅──
漫画家「さぁ~て、今日もゲームやるか……」
漫画家(まさか、こうまでうまくいくと思わなかった……)
漫画家(もう『ナイフファイター』で一生遊べるぐらいの金は稼いだし)
漫画家(とっとと連載をやめたかったんだが──)
漫画家(まだ解決してない謎や倒してない敵はたんまり残ってたし)
漫画家(連載をムリヤリやめたんじゃ読者は納得しないし、作品価値も下がっちまう)
漫画家(……そんな時、あの事件が起きた)
漫画家『俺の漫画をモデルにした殺人事件が発生……!?』
担当『はい……』
漫画家(あの事件で数ヶ月の休みをもらえたことで、俺はひらめいた!)
漫画家(もう何回か似たような事件が起きれば)
漫画家(作品価値を下げるどころか、むしろ同情される形で連載をやめられると!)
漫画家(ファンレターを見れば、病んでるファンや過激なファンは一目瞭然)
漫画家(あとは彼らの住所をそっと訪ねて、作者直々のお願いとして)
漫画家(君の大好きな“ナイフファイター”として人を刺して死んでくれ、と頼んだら)
漫画家(あっさり引き受けてくれたしな……)
漫画家(自殺だけは確実に成功させるよう念を押しといたのも正解だった……)
漫画家(しかも、一連の事件のおかげで俺と作品は半ば神格化され)
漫画家(未完作品になったのに『ナイフファイター』の売上は伸び続けている!)
漫画家(ネット上じゃ、奇麗に終わるよりナイフファイターらしいかもしれない)
漫画家(──なぁんていってる自称漫画通もいるしな!)
漫画家(もう俺は漫画なんか描かないぞ!)
漫画家(一生、ゲームやって印税だけで暮らすんだ!)
漫画家(ファンよ、ありがとう!)
漫画家「ワーッハッハッハッハッハ!」
出版社──
編集長「漫画家先生は、まだノイローゼか……」
担当「ええ、もう漫画は当分描きたくないと……」
編集長「彼はヒットメーカーなのだが、仕方あるまい」
編集長「幸い『ナイフファイター』の売れ行きは好調だしな……」
担当「ま、いずれ新作を描かせるなり」
担当「あるいは『ナイフファイター』をさらなる問題作にしてみせますよ」
担当「なにしろ、ボクは先生のことならなんでも知ってますからね」
編集長「……すごい自信だな」
担当(なぜなら──)
担当(ボクは先生を尾行して、バッチリ証拠を握っている……)
担当(“先生が自殺した加害者たちと接触する瞬間”の画像、映像をね)
担当(先生が珍しくファンレターを見たいなんていいだした瞬間)
担当(ボクにはすぐに分かった。先生がなにを考えているのかを)
担当(ま、いずれこれらの証拠をネタに脅して新作を描かせるか)
担当(あるいはこれを匿名でリークして)
担当(『ナイフファイター』の問題作としての価値を、さらに高めることにしよう)
担当(それまで、せいぜいゲームを楽しんで下さいね。先生……)
おわり
完結となります
ありがとうございました!
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