キリト「抗え、最後まで」 (61)
[2022年 11月6日]
世界初のVRMMORPG《ドラッグオンドラグーン》(DOD)の正式サービスが開始。
約1万人のユーザーがログインする。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1404742510
-序章-
***
???『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
クライン「お……おい、キリト。なんだありゃ……」
キリト「さ、さあ……」
身長二十メートル、真紅のフード付きローブをまとった巨大な人の姿――。
仮想世界の空に突如として現れたその不気味とも言える姿を、唖然とした顔で俺とクラインは見上げていた。
???『私の名前は横尾太郎。今や、この世界をコントロールできる唯一の人間だ』
クライン「な……!!」
キリト「横尾……だと!?」
横尾《よこお》、太郎《たろう》――。
数年前まで弱小ゲーム開発会社のひとつだった≪キャビア≫が、最大手と呼ばれるまでに成長した原動力となった、若き天才ゲームデザイナーである。
彼はこのDODの開発ディレクターであると同時に、ナーヴギアそのものの基礎設計者でもあるという事実を、俺以外にも知らない者はいない。
しかし、今まで常に裏方に徹しメディアへの露出を極力避けていた彼が、一体何をしに来たのだろうか。
突然の出来事に思考が定まらない俺は、ただただ赤ローブの巨人の言葉に耳を傾けるしかなかった。
横尾『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかし、これはゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、≪ドラッグオンドラグーン≫本来の仕様である』
クライン「し……仕様、だと……?」
クラインが割れた声で呟く。
その語尾に被さるように、滑らかな低音のアナウンスは続いた。
横尾『諸君は今後、この“城”の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』
クライン「……、城? 城なんて、この≪はじまりの街≫の一体どこに城があるんだよ?」
キリト「……確かに」
俺とクラインの戸惑いは、しかし、次の茅場の言葉によって一瞬で吹き飛ばされる。
横尾『……また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合――』
わずかな間。
一万人が息を詰めた、途方もなく重苦しい静寂のなか、その言葉はゆっくりと発せられた。
横尾『――ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
俺とクラインは、たっぷり数秒の間呆けた顔を見合わせ続けた。
俺達の脳そのものが、言葉の意味を理解するのを拒否しているかのようだった。
しかし、横尾が言いたいことは極めて単純明快である。
脳を破壊するということは、つまり、「殺す」ということ。
ナーヴギアの電源を切ったりロックを解除して頭から外そうとしたら、着装しているユーザーを殺すと横尾は宣言したのだ。
クライン「はは……何言ってんだアイツ、頭おかしいんじゃねえのか。んなことできるわけねぇ、ナーヴギアは……ただのゲーム機じゃねえか。脳を破壊するなんて……んな真似ができるわけねぇだろ!」
掠れた声でクラインが叫ぶ。
周囲のプレイヤーもざわめき始めたが、叫んだり暴れたりする者はいない。
なぜなら、俺を含めた全員が、まだ伝えられた言葉を理解できないか、あるいは理解を拒んでいるからだ。
横尾『より正確に言うならば、10分間の外部電源切断、2時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解もしくは破壊を試みた場合に限り、脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、すでに外部世界では当局およびマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果、213名のプレイヤーがアインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
どこかで、ひとつだけ細い悲鳴が上がった。
しかし、周囲のプレイヤーの大多数は信じられない、あるいは信じないというかのように、ぽかんと放心したり薄い笑いを浮かべたままだ。
俺もまた、脳では横尾の言葉を受け入れまいとした。
しかしそんな俺の意思とはお構いなしに、不意にがくがくと脚が震える。
クライン「信じねぇ……信じねぇぞオレは」
地面にへたり込んだクラインが、しゃがれた声を放つ。
クライン「ただの脅しだろ。できるわけねぇそんなこと。くだらねぇことぐだぐだ言ってねえで、とっとと出しやがれってんだ。いつまでもこんなイベントに付き合ってられるほどヒマじゃねえんだ。そうだよ……イベントだろ全部。オープニングの演出なんだろ。そうだろ?」
キリト「……俺だって、そう信じたいさ。けど……」
俺も頭の奥では、クラインとまったく同じことを喚き続けていた。
しかし、俺達を含む全プレイヤーの望みを薙ぎ払うかのように、あくまでも実務的な横尾のアナウンスは再開された。
横尾『諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険はすでに低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断|猶予《ゆうよ》時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護態勢のもとに置かれるはずだ。諸君には、安心して……ゲーム攻略に励んでほしい』
キリト「な……」
そこでとうとう、俺の口から叫び声が迸った。
キリト「何を言ってるんだ! ゲームを攻略しろだと!? ログアウト不能の状況で、呑気に遊べってのか!? こんなの、もうゲームでも何でもないだろう!!」
上空に浮かぶ巨大な真紅のフーデッドローブを睨みつけ、俺はなおも吼えた。
が、俺の叫びを意に介することもなく、横尾太郎の抑揚の薄い声が、穏やかに告げる。
横尾『しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって、≪ドラッグオンドラグーン≫は既にただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊されるだけだ』
今、俺の視界左上には、細い横線が青く輝いていて、。その上に[342/342]という数字がオーバーレイ表示される。
ヒットポイント、すなわち、命の残量――。
それがゼロになった瞬間、俺は本当に死ぬわけだ。
マイクロウエーブに脳を焼かれて即死すると、横尾はそう言った。
確かにこれはゲームだが、ただのゲームではないということぐらい、俺以外の人もわかっているはずだ。
本物の命がかかった遊戯――つまり、デスゲームだということを。
キリト「……馬鹿馬鹿しい」
俺は低く呻いた。
そんな条件で、危険なフィールドに出ていく奴がどこにいると言うのか。
プレイヤー全員、安全な街区圏内に引きこもり続けることは目に見えている。
しかし、俺の、あるいは全プレイヤーの思考を読み続けているかのように、次の託宣が降り注いだ。
横尾『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第100層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しょう』
俺とクラインを含め、全プレイヤーが沈黙した。
俺は、最初に横尾が口にした、「この城の頂を極めるまで」という言葉の真意をようやく悟った。
俺達を最下層に呑み込み、その頭上に99にも及ぶ層を重ねて、紅く染まった空に浮かび続ける巨大浮遊城。
この世界の全て――すなわち、アインクラッドである。
クライン「クリア……第100層だとォ!?」
突然、クラインが喚いた。
がばっと立ち上がり、右拳を空に向かって振り上げる。
クライン「で、できるわきゃねぇだろうが!! ベータじゃろくに上れなかったって聞いたぞ!」
その言葉が示す通り、1000人のプレイヤーが参加したDODベータテストでは、2ヶ月の期間中にクリアされたフロアはわずか六層のみ。
今の正式サービスには約10000万人がダイブしているわけだが、ならばその人数で百層をクリアするのに、いったいどれくらいかかるのだろう。
そんな答えの出しようのない疑問を、恐らくこの場に集められたプレイヤー全員が考えたのだろうが、さらに横尾は衝撃的な言葉を口にする。
>>4
茅場のままになってるぞ
>>9さん
ご指摘ありがとうございます。
>>4レス目の文を修正します。
誤:俺とクラインの戸惑いは、しかし、次の茅場の言葉によって一瞬で吹き飛ばされる。
正:俺とクラインの戸惑いは、しかし、次の横尾の言葉によって一瞬で吹き飛ばされる。
横尾「さて、ここからはゲームの攻略について少し説明しよう。先ほど私は、アインクラッド第100層の最終ボスを倒せばゲームクリアとなると言ったが……これにはまだ大きな語弊がある」
クライン「な……何ィ? ここまでくどくど説明しといて、まだ何かあるってのかよ!?」
苛立ちを顕わにしたクラインが怒鳴り声を上げるが、横尾はあくまで淡々と続ける。
横尾「正確に言えば、この第100層では最終ボスへのルートがA、B、C、D、Eの5つに分岐し、それぞれのルートの最終ボスを倒すことで、諸君らはこのゲームのエンディングを迎えることができる。ただし、この時5つのルートのうちどれか一つだけしか、プレイヤーは選ぶことができない。そして、5つのルートにそれぞれ用意されたエンディングのどれか一つだけが、現実世界へ帰還することのできるトゥルーエンディングであり、それ以外の4つのルートはエンディングまで辿り着いても、このDODの世界から抜け出すことはできない」
クライン「…………お、おい。何なんだよそれ、どういうことだ!!」
キリト「……簡単な話だ。5つのルートから一つだけを選んで、それが当たりならボスを倒して無事この世界からログアウトできる。が、もしハズレを引いたら、苦労して最上階まで辿り着いてボスを倒しても、現実世界へは帰れないということだ」
クライン「待てよ……。それじゃあ、最終ボスを倒してエンディングまで行って、それであっちに帰れなかったら、どうなっちまうんだ!?」
クラインの問いに言われるまでもなく、横尾は答えを口にした。
横尾「なお、トゥルーエンディングへの道のりから外れてしまった者が、選んだルートのボスを倒しエンディングに到達した場合には、そのプレイヤーの全ステータスが初期値にリセットされた状態で、諸君が今ここにいる≪はじまりの街≫に強制転移されるようになっている。トゥルーエンディングに行けなくとも、決してその者のアバターが消滅するわけではないため、安心して最上階を目指して進んでもらいたい」
クライン「初期値…………リセット……? ふっ、ふざけるのもいい加減にしやがれ!! ラスボスクリアしたって……そんなんじゃ、何一つ報われねぇじゃねえかよ!」
クラインの言う通りだった。
最終ステージに登りつめ、最後のボスを倒した挙げ句、今まで苦労して積み重ねてきたステータスを根こそぎ奪われるというのは、世のゲーマーにとって苦痛以外の何物でも無いはず。
そして、そのステータスこそが、この世界を生き抜くための自分の力と同義なら、これほど酷い仕打ちは他に無いだろう。
横尾「それと、諸君に一つだけ注意しておいてもらいたいことがある。このゲームにおけるクリアとは、最上階のボスを倒すことではない。あくまでも、ボスを倒した先に待ち受けるトゥルーエンディングを見届けることが、クリアの必須条件となる。故に、最上階に達したプレイヤーは、いかなる結末(エンディング)が待っていようとも、それを受け入れなければならない。そうしなければ、生き残った全プレイヤーの解放は不可能だということだけは、どうか覚えておいてほしい」
クライン「な……何言ってやがるんだ。いい加減、もう訳のわからないことぬかすんじゃねえよ……!」
頭の中が混乱したであろうクラインが、髪をクシャクシャとかきむりながら俯く。
だが実際、俺も、この横尾の言葉の意味を理解することはできなかった。
大体、どのゲームでもラスボスを倒せば自ずとエンディングに突入するし、そういう意味では、ラスボスクリア=ゲームクリアという等式が成り立つのは何ら不自然でもない。
そんな思考を巡らしている間に、またしても横尾は新しく話題を切り出す。
横尾『ところで、諸君の中には、この100層にも及ぶアインクラッドを攻略するなど、ほぼ不可能と思っている者もいるのではないだろうか。そこで私は、今日このDOD正式サービス開始の日に、ゲームの攻略に役立つ新しい要素を組み込んでみた。その要素というのは、モンスターとの≪契約≫だ』
キリト「契約……?」
さっきまで騒がしかった群衆も一気に静かになり、クラインも頭を上げて耳を傾ける。
ゲームの攻略に関する情報なら誰もが聞いておきたいと思うのは当然であるが、こんな状況で聞き漏らしをするようなことがあれば、それはそれでそいつは間抜けとしか言いようがない。
だからこそ今は、俺やクラインも含めてここに集った全てのプレイヤーが、横尾の言葉に全神経を集中させているのだ。
とりあえず『赤い目の生物』には最大級の警戒が必要だな
…まさかこの世界の魔物は『マモノ』じゃないよな?
横尾『プレイヤーの運が良ければ、稀にある特定のモンスターとの接触イベントが発生することがあり、その際、モンスターとの契約が可能になる。モンスターと契約したプレイヤーは、全ステータスの大幅強化、モンスター固有の魔法の発動などといった、他のプレイヤーよりも抜きん出た絶大な力を手に入れることができる。それこそ、まだゲームに慣れていない初心者が、たった一人でフロアボスを簡単に倒せるほどの力だ』
クライン「マ、マジかよ……」
クラインのみならず、周囲のプレイヤー達も横尾の言葉に思わず声を漏らした。
絶対に手に入れてやる――、そういった意気込みが感じ取れる声が幾つも聞こえる。
さっきまで絶望感に飲まれていたあの雰囲気とは対称的に、希望や期待と言った感情が、人々の表情から読み取れた。
しかし、そうそう上手くいく話ではないと、次の横尾の言葉が証明してみせた。
横尾『ただし、 契約が成立すれば、プレイヤーはモンスターと運命共同体になる。これはつまり、モンスターが傷ついたり死ぬようなことがあれば、プレイヤー自身も傷つき命を落とすということである。それだけではない。契約したプレイヤーは代償として、自分にとって最も大切な身体機能を一つ失う。もちろん、その失った身体機能は、ナーヴギアの信号素子によって現実世界のプレイヤーの肉体にも反映される。例えば、契約によって聴力を失った場合、現実のプレイヤー自身に聴覚障害が起こり、失聴することになる。仮にこのゲームがクリアされ、ログアウトできたとしても、後遺症としてプレイヤーの肉体に障害が残る』
クライン「なっ…………何ィっ!?」
キリト「…………」
誰にも負けない強い力――。
確かに、このデスゲームで生き残るなら、誰もが喉から手が出るほど欲しいだろう。
だが、その対価として、自分の体の一部を差し出さなければならないとなれば、話は別だ。
そもそも、契約で手に入る力が一体どれほどのものなのか、横尾の言葉だけでは確証も得られない。
目で見て確かめられないのであれば、安易に契約に走るべきではないというのは、至極当然の考えである。
アレの契約は「自分自身の一番大事なもの」だから五感や身体機能のみならず
趣味や技能ですら契約の代償に成り得るんだよなー、「フリアエッ!フリアエッ!」もそのせいなわけで。
代償の範疇が他人に直接及ばんのが唯一の救いとはいえるが。
アレの契約は「自分自身の一番大事なもの」だから五感や身体機能のみならず
趣味や技能ですら契約の代償に成り得るんだよなー、「フリアエッ!フリアエッ!」もそのせいなわけで。
代償の範疇が他人に直接及ばんのが唯一の救いとはいえるが。
クライン「ちっくしょう……! 自分の体が不自由になるだなんて聞いちゃ、そりゃすぐには決められねえってもんだろ! 攻略に役立つとか言ってたけどよ……本当なのか?」
キリト「いや…………攻略の手助けなんて、最初から考えていなかったのかもしれない。自分の肉体の一部分を犠牲にしてまで、このゲームをクリアする気があるかどうか、プレイヤーの心を試しているのだとしたら……」
クライン「え……えぇっ? でもよ、何だってそんなことすんだよ!?」
がりがりと頭を掻き、バンダナの下のぎょろりとした両眼を光らせ、クラインは叫んだ。
キリト「もう少し待とう。どうせ、すぐにそれも答えてくれる」
その時、俺と他のプレイヤーの思考を翻弄し続ける赤ローブが、右の白手袋をひらりと動かし、一切の感情を削ぎ落とした声で告げた。
横尾『それでは最後に、諸君にこの世界が唯一の現実であるという証拠をお見せしよう』
横尾の言葉が終わるのと同時に、突如、クラインや周りのアバターを白い光が包んだ。
瞬間、俺も同じ光に呑み込まれ、視界がホワイトアウトする。
キリト「なっ、なんだ!?」
二、三秒で光は消え、元の景色に戻った。
が、俺の眼に映って見える男の顔は、見慣れたクラインの顔ではなかった。
彼が身につけている鎧もバンダナも、つんつんと逆立った赤い髪も元のままだったが、しかし、顔だけが似ても似つかぬ造形へと変貌している。
俺はあらゆる状況を忘れ、呆然と呟いた。
Q:DODってどんなゲーム?
A:復讐鬼で殺人狂のお兄ちゃんが近親相姦したがっている妹とついでに世界を救うために(救えるとは言ってない)ドラゴンと契約して、
ホモ(ショタ専)、カニバリスト、ハゲをお供に幼女(CV:郷里大輔)の率いる宗教キチ国家と戦ってたら
妹の婚約者が襲ってきたり世界が滅んだり「新宿」するゲームです。
キリト「お前……誰だ?」
同時に、全く同じ言葉が、目の前の男の口から流れた。
クライン「おい……誰だよおめぇ」
辺りがざわつきだしたのに気づき、思わず周囲を見回す。
すると、広場に集まる人の群れが、数十秒前までのいかにもファンタジーゲームのキャラクターめいた美男美女のそれではなくなっていた。
まるで、現実のゲームショーの会場からひしめく客を掻き集めたかのようなリアルな若者の集団が、そこにあったのだ。
なんと、恐ろしいことに、男女比すら大きく変化している。
キリト「一体……何がどうなってるんだ?」
俺の疑問に、横尾はすぐさま答えてくれた。
横尾『ナーヴギアは、高密度の信号素子で頭から顔全面を完全に覆っている。つまり、脳だけではなく、顔の表面の形も精細に把握している。諸君が初めてナーヴギアを装着した時のセットアップステージで、≪キャリブレーション≫というものを行ったはずだ。キャリブレーションとは、《手をどれだけ動かしたら自分の体に触れるか》の基準値を測る作業だ。自分の体の部位を隅々まで触ることで、装着者の体表面感覚を再現し、自分のリアルな体格をナーヴギア内部にデータ化することが可能なのだ』
クライン「そ、それってつまり……」
キリト「……つまり、今ここにいる全てのプレイヤー達が、ゼロから造ったアバターから現実の姿へと変化している。体の質感はポリゴンのままだし、細部には多少の違和感が残るけども……確かに凄い再現度だ」
クライン「……ってことは、まさか……」
俺と、俺の目の前の男はもう一度、お互いに顔を向き合った。
クライン「お前……おめぇがキリトか!?」
キリト「ああ。その通りだよ、クライン」
現実――。
あの男――横尾太郎は、さっきそう言った。
このポリゴンのアバターと、数値化されたヒットポイントは、両方本物の体であり、命なんだと。
それを強制的にプレイヤーに認識させるため、横尾は俺達の現実そのままの顔と体を再現したということだ。
クライン「なんで……そもそもなんで、こんなことするんだ……!?」
俺はそれには答えず、横尾の言葉を待った。
数秒後、血の色に染まった空から、横尾の厳かとすら言える声が降り注いだ。
横尾『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私――DOD及びナーヴギア開発者の横尾太郎は、こんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか? あるいは身代金目的の誘拐事件なのか? と』
そこで初めて、これまで一切の感情をうかがわせなかった横尾の声が、それを帯びた。
横尾『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、DODを造った。そして今、全ては達成せしめられた』
短い間に続いて、無機質さを取り戻した横尾の声が響く。
横尾『……以上で、≪ドラッグオンドラグーン≫正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈ると共に、最後に一言……』
僅かな沈黙の後、その言葉は発せられた。
横尾『圧倒的な、絶望を――』
真紅の巨大なローブ姿がゆっくりと上昇し、フードの先端から空を埋めるシステムメッセージに溶け込むように同化していく。
肩が、胸が、そして両手と足が血の色の水面に沈み、最後に一つだけ波紋が広がった。
広場の上空を吹き過ぎる風鳴りが遠くから近づいてきて、穏やかに聴覚を揺らし、横尾が現れる前の静けさを取り戻す。
が、この時点に至ってようやく、一万のプレイヤー集団が、然るべき反応を見せた。
「嘘だろ……何なんだよこれ、嘘だろ!?」
「ふざけるな! 出せ! ここから出せよ!!」
「こんなの困る! このあと約束があるのよ!」
「嫌あぁ! 帰して! 帰してよおぉぉ!」
悲鳴、怒号、絶叫、罵声、懇願、そして、咆哮――。
たった数十分でゲームプレイヤーから囚人へと変えられてしまった人々は、頭を抱えてうずくまり、両手を突き上げ、抱き合い、あるいは罵り合った。
クライン「…………無理もねえ。あんなこと言われて、こんな仕打ちをさせられちゃあ、誰だって認めたくねえよ……」
キリト「悔しいが……これが現実だ。横尾の言葉は、全て事実だ。あの男なら、これくらいのことはする。してもおかしくない。そう思わせる破滅的な天才性が、あの男の魅力でもあるんだ」
クライン「キリト……」
キリト「俺もお前も、数ヶ月、あるいは数年、現実世界には戻れない。家族の顔を見ることも、会話することもできない。ひょっとしたら、その時は永遠に来ないかもしれない。この世界で死ねば――」
クライン「お……おい! ろくでもないこと言うんじゃねえ!」
少し半泣き顔になったクラインが、俺の前に詰め寄る。
だが俺は、それに動じることなく、言葉を続けた。
キリト「……生き残るぞ、クライン。でなきゃ、俺達は一生、本物の飯を食うことも、本物の土も踏むこともできないからな」
クライン「あ……ああ! 絶対に生き残ってやる! 俺もおめぇも、必ず!!」
こうして、2022年11月6日、世界史上初にして最悪のデスゲーム、≪ドラッグオンドラグーン≫は幕を開けた。
だが、俺達はまだ、この時知る由も無かった。
横尾太郎が最後に口にした、“圧倒的な絶望”こそが、このゲームの本質だということを――。
-第一章-
Player:キリト Lv.10
Weapon:キリトの剣(ロングソード)Lv.2
キリト「ぅらあっ!」
剣を振り上げ、突き刺し、抉り、引き抜く。
帝国兵の傷口からは、血液の代わりに鮮紅色の光芒が飛び散り、彼らのHPがゼロになった瞬間、微細なポリゴンの欠片となって爆散する。
この現象がひたすら繰り返され、帝国兵は次々と、そして確実に絶命してゆく。
こいつらのしぶとさは並大抵ではなく、手を抜いて倒したと思い込んだら、いきなり背後から斬りつけられることもしばしばある。
だから、これくらいのことはしておかないと、後々自分の首を絞めることになるのだ。
キリト「来い! 全員ぶった斬ってやる!」
振り向きざまに、俺の背後を取ろうとした帝国兵を肩口から一刀両断。
まだ多くの帝国兵が、俺に向かって突っ込んでくるつもりなのだろう。
一番間合いが近い別の敵に狙いを定め、そいつをなるべく早く片付ける。
キリト「おりゃあッ!!」
剣と剣がぶつかり合い、火花が散った。
俺は剣を握る手に力を込めて、つばぜり合いを押し通る。
相手が姿勢を崩した隙に、そいつの着込んでいる鎧の繋ぎ目――つまり、一番装甲がやわらかい部位に剣を突き刺した。
HPゼロの帝国兵がぐったりと、俺にもたれかけるように倒れ、ガラスを割り砕くような音響と共に、ポリゴンの破片となって散った。
と、その時だった。
キリト「ぐぅあぁっ!?」
ざくっ、という奇妙な快音が真後ろに聞こえたのと同時に、俺の背中に激痛が走る。
ほんの数秒、目の前の敵に気を取られただけでこのザマだ。
恐らく俺は、この時以上に、自分の不注意を呪ったことはないだろう。
キリト「このッ!!」
敵への憎しみと自分への苛立ちに任せ、俺の後ろにいた帝国兵の首を思い切り刎ねた。
クリティカルヒットによるボーナスポイントが加算され、俺の視界の右下に表示される経験値バーが光る。
キリト「……っ、ぐっ……」
体がふらつき、膝を地べたについてしまった。
気づけば、俺のHPゲージが残り30%までに減少している。
ひたすら敵を倒し続るのに集中しすぎて、ダメージを受けても気づかなかった――いや、気にもかけなかったのだ。
キリト「……まだ来る」
満身創痍の身体を奮い立たせ、剣を構える。
同時に10体の帝国兵がこっちへやって来るが、全員殺れるだろうか。
敵を斃すことへの衝動と、自分の死への不安が入り混じる中、俺の視界に横から割り込んできた男が見えた。
エギル「うおぉぉっ!!」
褐色の肌に筋骨隆々たる巨漢のB隊長エギルが、アックス系の武器≪骨砕き≫を振り回し、密集して向かって来る帝国兵を薙ぎ払った。
その直後、エギルの後ろから暗赤色のフードを被ったやや小柄な人影が飛び出した。
目にも留まらぬ素早い刺突を繰り出し、喉元を突き、帝国兵を一体ずつ確実に仕留める。
このDOD内でも稀有な女性プレイヤー、レイピア使いのアスナが、エギル率いるB隊のメンバーに交じっていた。
アスナ「あなた……大丈夫?」
キリト「アスナ……。二人とも、どうしてここに?」
エギル「助けに来たんだよ。あんたが見つからねえって、この子が言うもんでな。乱戦でしょうがないとはいえ、あまり無茶して突っ込みすぎない方がいいぜ」
キリト「……すまない。恩に着るよ」
エギルとアスナの他に数十名、B隊のメンバーに加え他の隊のプレイヤーが加勢に来たらしい。
俺を取り囲もうとした帝国兵の群れに応戦しているようだ。
急いで回復ポーションを一気に飲み干し、俺は恐るおそる聞いてみた。
キリト「状況は? 味方はどれくらいの被害が出てる?」
エギル「……キバオウのE隊が全滅した。他の部隊も壊滅状態、全部隊リーダーのディアベルも……。帝国兵の中でも厄介な相手≪重騎兵≫にやられたらしい」
キリト「……そうか」
エギルが、もの凄く重そうな口調で答える。
まさか、ここまで甚大な被害が出るとは思わなかったのだろう。
それは俺も同じで、戦闘開始30分弱で戦力の3分の2を失えば、誰だって気落ちするのも無理はない。
普段フードを被っていて表情が中々読み取れないアスナも、この時だけは辛そうな感情を顕わにして口を開いた。
アスナ「ボス攻略から逃げ出すプレイヤーも出てる。でも、敵に見つかって結局は……」
キリト「…………追い討ち、か」
エギル「もう逃げ場はねえ。ここまで来たら、残ってる奴ら全員だけでも城へ行こう」
キリト「ダメだ。城周辺の敵を一掃しなければ、城内のボスは姿を現さない。それに、城へ入るには鍵が必要だ。その鍵も、城門前を守っている≪重鎧兵≫を2体倒さないといけない」
アスナ「……その情報、どこで知ったの?」
怪訝そうに、アスナが訊いてきた。
しかし俺は、自分がベータテスターであることは伏せて、あくまで冷静に答えてみせる。
キリト「……ある情報屋から買ったのさ。高い金を出してね」
アスナ「そう……」
エギル「と……とにかく、ここいらの敵を全滅させなきゃ、ボスにも辿り着けねえってことだろ?」
キリト「そういうことだ」
エギルが軽く舌打ちをし、アスナはその華奢な手を強く握りしめる。
苦しいが、二人とも――そして俺も、やることはわかっているはずだ。
キリト「……城の中にも敵はうじゃうじゃ潜んでいる。俺が重鎧兵を片付け、城内の敵を掃討するから、二人はそれまで持ち堪えてくれ。城の屋上にある投石砲台を確保できれば、安全かつ効率良く敵を倒せるしな。中の安全が確認できたら、メールチャットで知らせる」
エギル「一人でか……!? 無茶だぜそんなの! また今見てえに助けに来れる保証なんてねえぞ!」
アスナ「単独行動は危険よ。あなただって、それくらいわかってるでしょ?」
キリト「……」
そんなことは百も承知だ。
だが俺は、この二人を、そして他のプレイヤーを、更なる危険に晒したくはない。
意を決した俺は、きっぱりと言い放った。
キリト「……死なないさ、俺は。まだ、こんな所でくたばるわけにはいかないからな」
エギル「ちょっ……待て! おい!!」
アスナ「……」
叫ぶエギルの声の残響を背後に、俺は城門前まで駆けて行く。
これまでにない、得体の知れない衝動が、俺をせきたてていた。
***
キリト「…………ッ」
どうにか城門前の敵を全て倒し、城内へのルートも確保できた。
しかし、その代償は今、俺のHPゲージ残り20%未満と回復アイテム残存数ゼロという形で表れている。
もしこのまま大勢の敵と鉢合わせでもしたら、今度こそ確実に、
キリト「…………死ぬ、か……」
だが俺は、こんな所で終わるわけにはいかない。
まだ第一層のボスにも辿り着けぬまま、ゲームオーバーになってたまるか。
キリト「体は動く……! なら、進むまでだ……」
剣を杖代わりに、城の通路を先へと進み、やがて屋外の中庭に出る。
すると、俺の眼前に赤い異形の生き物が飛び込んできた。
キリト「……! あれは……」
逞しい二対の角、紅く映える巨大な翼――。
ゲーマーならずとも、一般人でもそのシルエットを見ただけで答えられる、あらゆるMMORPGで見かけた空想上の生物――。
そう、その姿はまさしく、
キリト「……ドラゴン」
しかし、今俺の目の前にいるそいつは、背中に幾つもの矢が突き刺さったままで、床の辺りに血の痕を撒き散らしている。
もっとも、こんな痛々しい有様では、威圧感や恐怖が全く感じられない。
キリト「……こいつ、敵じゃないのか?」
敵NPCなら、対象の頭上にそいつの体力を示すHPゲージが表示されるはずだ。
だが、このドラゴンにはそれが無い。
不思議に思った俺は、恐る恐る警戒しつつ、赤い竜に近づいてみた。
このSSまとめへのコメント
めっちゃ気になる
重い雰囲気が最高
続き欲しい!
五点押すわ