俺の両親は、俺がガキの頃に離婚した。父親は酒やギャンブルに
お金を使って、借金を重ねて今では何処に居るのかは知らねえ。
母親は早々に再婚したが、俺はガキだったし、あまり新しい父親
を自分の父親と思うことができなくて、なかなか新しい家には馴染
めなかった。
そんな俺を引き取ってくれたのが、トロスト区で一人暮らしをしていたばあ
ちゃんなんだ。
10歳以来、俺はずっとばあちゃんと二人で暮らしてる。
たまに母親と新しい父親と食事をしたりするし父親は母親をちゃんと大切に
してくれているし、ばあちゃんと俺の生活費まで出してくれている良い父親な
んだけど、俺にとって心を許せる家族は、ばあちゃんだけだった。
俺のばあちゃんは、気丈な人でさ「ジャンはばあちゃんが、守ってやるから
な!」と励ましながら両親と離れ離れの俺を少しひねくれちまったけど、真っ
直ぐに育ててくれたんだ。
俺はばあちゃんのことを12.3歳くらいからはババア!!とか呼んでたけ
ど、ばあちゃんのことが大好きで、毎年5月のばあちゃんの誕生日には必ずプ
レゼントをあげてたんだ。
でも、プレゼントって言っても、買うお金なんか何処にもなかったから、あ
る年は、川沿いに咲いてるシロツメクサをブレスレットにしてばあちゃんにプ
レゼントしたんだ。ばあちゃんは、「こんな派手なものつけられんわ!」と言
ってたけど少し照れくさそうにしてたんだ。
またある年は、アゲラタムっていう花と一緒にチラシの裏に汚い字で”ジャ
ンの肩たたき券”って書いたものをプレゼントすると、ばあちゃんはうれしそう
に「ばあちゃんの肩はまだそんなに凝ってないわー」と笑った。
俺もだが全然、素直じゃないばあちゃんだったけど、そんな時は決まって「
ジャン、ありがとね。」と言ってくれた。
訓練兵になって俺は、ばあちゃんと離れ離れになってしまった。
訓練兵はもちろん寮に入るので、家には帰れない。俺はばあちゃんが心配だ
った。
たまに休暇が出ると、家が近いのですぐばあちゃんに会いに行った。
訓練でいい成績が出るとお金がもらえるので、そのお金でばあちゃんにマフ
ラーなんかを買っていってプレゼントをした。
そんな時もばあちゃんはいつも
「ばあちゃんに大事なお金なんか使わなくていいよ。」
と顔を、しかめたけどあとで必ずいつもの優しい声で「ジャン、ありがとう
ね。」と言ってくれた。
俺が、憲兵団に入りたかったのは、俺もだけどばあちゃんを安全な内地に住
まわしてやりたかったからだ。
一年間、訓練が多くて休暇はミカサなどのごく一部の人くらいしかもらえな
くなってて、一年ぶりに休暇が出た時、迷わずばあちゃんのいる俺の家に帰っ
た。しかしドアを開けて俺を出迎えてくれたのは。母親に介護されてるばあち
ゃんだったんだ。
ばあちゃんは認知症を患っていた。物覚えがひどくなって、同じことを何度
も口走ったり、外に出ていくと帰ってこれなくなることもたびたびで、やがて
一人ではほうっておくことができなくなってしまったんだとか。
俺は、教官に頼んで二週間に一度でいいから、休暇がほしいって、ばあちゃ
んが認知症なんだって、そしたら教官が一週間に一度の休みをくれた。あの鬼
教官が俺の話を聞いてくれただけでもびっくりなのに二週間から一週間に一度
の休みに切り替えてくれたんだ。そう思うと教官って俺たちのことちゃんと考
えてくれているんだなって思った。
また、ばあちゃんが診断を下された”アルツハイマー型老年認知症”という
のは、徐々に進行する病気だというのがわかった。俺はばあちゃんが俺のこと
を忘れてしまうんじゃないかって怖かった。
ばあちゃんの真っ白い髪はボッサボサに乱れた。目じりも下がって強気だっ
た頃の面影はどこかに消えちまったんだ。
会いに行った日のほとんどは、一日中ベットで横になったり椅子に座ったま
ま母親には毎週毎週来なくてもいいんだよ?と気を使われたが母親一人でも大
変そうだから、やっぱ手伝うことにした。
‐そして迎えた67歳の誕生日‐
その日のばあちゃんは比較的調子がよさそうだった、会話の受け答えがしっ
かりしていたからな。
俺が「めでてぇ日だな今日はババアの67の誕生日なんだぜ?」って言うと
ばあちゃんは、すっかり弱々しくなった声で「そんなに生きたっけねぇ。」と
つぶやいた。
あのうつろな表情を見て、俺は胸が痛くなった。
「なあババア?」
「……はい?」
「何か…ほしい物とかねぇのか?」
ばあちゃんは、天井を見上げながら「ほしい物ねえ」
そのままじっとだまって。「ないですねえ」
場がかえって重くなったから、余計なことを言ったと後悔した。
「……………それじゃあ」すぐに俺は話題を変えようとすると、
「そうそう」と言って、ばあちゃんはゆっくり立ち上がったんだ。
「何だよ!?ババアそんなの俺がやるから」
たんすの引き出しの中をごそごそして、ばあちゃんが無言で取り出したのは
一枚の紙切れと、カッレカレにしおれたシロツメクサのブレスレッドとアゲラ
タムの花だった。
ばあちゃんはシロツメクサのブレスレッドを腕にはめアゲラタムの花は自分
で持って俺には一枚の紙切れを渡した。
渡された一枚の紙切れを見ると、なんだか古いチラシのようなものだった。
その紙の裏には汚く書かれた文字が書いてあった。
"ジャンの肩たたき券"
それはずっと昔、俺がばあちゃんに渡したものだった。
お…覚えててくれてたのか。
「使えますか?」
「もっもちろん!!」俺はこみ上げるものを押さえて、うなずいた。
すっかり細くなってしまった肩。そっともみ始めると、ばあちゃんは気持ち
よさそうに身をゆだねてきました。
俺はその間、ばあちゃんと一緒に過ごした長くて短かった日々をゆっくり思
いだしていた。一緒にアイスを食べたこと、外にどんなものがあるのか一緒に
想像したこと。川に行って水遊びをしたこと。一緒に料理したこと。
ばあちゃんは向こうを向いたまま言いました。
「ジャン、ありがとうね。」
それはいつもの優しい声だった。
我慢していた涙がこぼれた。
子供の頃なんかお金なんか持ってない。それでもありふれた感謝の気持ちや
誕生日を祝いたいという気持ちが形になった精一杯のプレゼント。それがたと
えただの古い一枚のチラシだったとしても、おばあちゃんにとっては忘れられ
ない宝物になっていたんだね。
プレゼントはものでなく気持ちなんだと、感じさせてくれる物語だね。
the end
こんばんは!!1です。
今回はサシャに引き続き、ジャン編を書いてみました。
ちなみにシロツメクサの花ことばはここで使われている意味としては『約束』
アゲラタムの花言葉(ギリシャ語で)『老いない』という意味です。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません