清太「節子、兄ちゃんな」(14)
清太「こいさんに特攻かけたろ思てんねん」
節子「とっこー?」
清太「せや。この家もうじき出ていくさかい、やぶれかぶれや」
節子「でも特攻いうたら、兄ちゃん死んでまうやん」
清太「死にやせんて」
節子「嘘や。お姉ちゃんゲキチンしたかて、兄ちゃんも玉砕しはるんやろ?」
清太「やっぱり、あかんやろか……」
節子「当たり前や。兄ちゃんおらんようになったら、うち、どないしたらええねん。嫌や嫌や嫌や!」
清太「節子泣かんと!」
節子「特攻あかん、特攻あかん、特攻行かんといて兄ちゃん!」
清太「分かった分かった、特攻せんよってに、もうおやすみ」
節子「うん。特攻したらあかんで兄ちゃん」
─翌朝─
西宮のおばさん「清太さん」
清太「はいっ!」
おばさん「節ちゃんから聞いたんやけどな。何やあんた、こいさんに特攻かける言うてたそうやないの」
清太「えっ……」
おばさん「そんならそれであんた、何で早う言うてくれはらへんの!」
清太「はぁ?」
おばさん「こいさんも言うてましたんよ。『清太さんがそのつもりやったら、いつでも特攻かけてきてよろし』て」
清太「」
おばさん「でもまだあんたもこいさんも若いし、今は戦時下やよってに、すぐに祝言上げるわけにはいきませんよ。それは分かっておいでやろね?」
清太「いえ、あの、僕は、ほんとすみませんでした、冗談のつもりで口から出まかせ言うたつもりやったn」
おばさん「とにかく、うちの婿はんになる人が一日中ぶらぶらしとってはあきまへんよ! 通りません! すぐにでも勤労動員に行ってもらわな」
節子「よかったなぁ、兄ちゃん」
清太「節子お前なんちゅうことを……」
おばさん「節ちゃんは私がしっかり面倒見るさかい、心配あらへんよ」
こうして僕らは、そのままおばさんの家に居続けることになった。僕はこいさんが働いている工場に動員に出て、帰りは毎日一緒になった。
節子は僕が日中に家を空けるのを寂しがったが、すぐに慣れてくれた。
─8月15日─
ラジオ「……非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セント欲シ……」
清太「……」
節子「兄ちゃんどないしはったん?」
ラジオ「……堪ヘ難キヲ堪へ忍ビ難キヲ忍ビ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カント……」
清太「うううっ…… お父ちゃんのアホ!」
節子「兄ちゃんキイキ痛いの? お姉ちゃん、兄ちゃん早うお医者行って注射してもらわんとあかんね」
こいさん「そうやね節ちゃん! でも今は、今は辛抱しとってね!……」
清太「連合艦隊は…… 連合艦隊は何やっとったんや!」
戦争は終わった。お父ちゃんの戦死を知ったのはずっと後だった。
本当のみなしごになってしまった僕は、生きていくために必死で働いた。
僕が節子を食べさせていかな。そういう思いだけが僕の支えだった。
幸い、お母ちゃんの残してくれた貯金もあったし、一番辛いひもじい時期を、何とか乗り越えることができた。
歳月は流れ、僕は働きながら夜学を卒業して就職した。節子は中学生になった。
─結婚式の前日─
清太「節子。ちいと兄ちゃんにつきあってんか」
節子「どこへ行くん?」
清太「裏の池の方や。横穴あるやろ」
─横穴の前─
節子「ここ、昔はよう遊びに来てんけど……」
節子「今来てみると、辛気臭くてかなわんわ。じめじめして、蚊がいっぱいおって」
節子「食用蛙がうるさいし……」
節子「兄ちゃんどこへ行ったんやろ。『ええもん買うてくる』言うたまま飛び出して行きよって。昔からずっとそうや」
清太「節子お待たせ!」
節子「兄ちゃんどこ行ってたん?」
清太「ほら、アイスクリーム買うてきたんや。美味いでぇ!」
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節子「おいしなぁ。戦争中のこと考えると、ほんま夢みたいや」
清太「よう覚えてるんやな。節子アイスクリーム好きやったし。天ぷらや御作り食べたい言うて、兄ちゃん困らせたやないか」
節子「ほんまに、すんませんでした」
清太「でも、節子大きゅうなってよかったわ。……ほんまは、ここにお母ちゃんがおったらええねやけど」
節子「それはやめよ」
清太「せやな……」
節子「ここ…… なんか気味悪いわ。お化け出てきそうやわ」
清太「ほんまにお化けおるかもしれへんで」
節子「嫌や怖い」
清太「節子。あのな」
節子「何や兄ちゃん、急に真面目な顔なって」
清太「兄ちゃんな…… もしあの日、おばさんの家を出とったら」
節子「出とったら……?」
清太「節子と二人でここに住もう思てたんや」
節子「!」
清太「せやから、もうやぶれかぶれになって、こいさんに特攻かけよ思て」
節子「」
清太「節子? 覚えてへんやろ」
節子「……うん。何や兄ちゃんがおっとろしい顔しとったんは覚えてるねんけど」
清太「そんな怖い顔しとったか」
節子「うん。でも兄ちゃんと一緒なら、怖ない思てた」
清太「すまんかったな。節子小さいのに、えらい心配かけてしもうて」
節子「ええやん。済んだことやし。それより、明日はほんとうにお姉ちゃんに特攻かけんねやろ?」
清太「そうやな…… ってお前また何言うてんねん」
節子「あんじょうやらんとな、兄ちゃん」
清太「節子にそない言われるとは思わんかったわ!」
節子「ははは!」
清太「ははは!」
節子(兄ちゃんほんまはお姉ちゃんのこと、ずぅぅーーっと好きやったんやろ? それをいきなり『特攻する』言うねやから、うち、ほんまびっくりしたわ)
清太(お父ちゃんお母ちゃん。いつも僕らを見守ってくれてありがとうございます。僕らは何もしてあげられんけど、これからも、見守っていてください)
おしまい
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