絵里「夏の陽射しの中で」 (38)
・SID風味
短めなのでサクッと行きます
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刺すような陽射しの中を、ゆっくりと歩く。
季節は夏。
あっという間に時は流れて、高校生活も残すところはあと半年ほどになってしまった。
「早いものね……」
すっかり慣れ親しんだこの通学路を歩くのも、もう少しだけ。
特に何か用事があるわけではないのだけれど、なんとなく散歩がしたくて。
地面から薫る焼けたアスファルトの匂い。
青く茂った木々の匂い。
うるさいくらいに鳴いているセミの声。
昔からずっとずっと、慣れ親しんできたオトノキの風景。
まだ感傷に浸るには早過ぎるんだけど、最近は時折寂しさを感じるようになってきた、かな。
「しかし、暑いわね……」
子どもの頃より夏が暑くなった気がする。
それは身長が高くなって太陽に近づいたせいなのか、環境の変化なのか。
まあでも、この暑さは嫌いじゃない。
ロシアのクォーターだからって別に暑さに弱いわけじゃないのよ?
ただ、さすがにちょっと涼みたくて神田明神の方へ足を向けてみる。
あの階段を登るのはちょっぴり大変なんだけど、ほら。
なんだか神社って少し涼しい感じがしない?
雰囲気のせいかな。
私は結構好きな場所。
階段を登って、本殿に辿り着く。
風に揺れる絵馬の音が心地いい。
「あれ、えりち?」
「ああ、希。やっぱりいたのね」
巫女服姿で掃除中の希を発見。
こんな暑い日でも働いてるのね。
「どうしたん? この暑いのに」
「なんとなく散歩にね」
ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら他愛のない会話をする。
だけど、とっても落ち着くペース。
希には不思議な安心感があると思う。
「わざわざこんなとこまで来て大変やったんやない? 水飲む?」
「ありがと、いただくわ」
冷たい水が体に染みる。
「ふぅ……」
「暑いねえ」
「希こそ、その巫女服暑くないの?」
「んー、意外と風は通るからね」
ぱたぱた、と胸元を扇いで見せる。
ああもう。
「こら、はしたないわよ」
「ごめんごめん」
ぺろっと舌を出して希は笑う。
やれやれ。
そんな風にしばらく2人で話す。
音ノ木坂を見下ろしながら、いろいろなことを。
今までの生徒会のこと、μ’sのこと、進路のこと。
「希は、どうするの?」
「ん、何を?」
「進路よ、進路」
「あー……まあ、とりあえず大学には行くと思うけどね」
「そうよね、私もそんな感じ」
2人して苦笑い。
先生や大人たちは『やりたいことを考えろ』なんて言うけれど。
将来のビジョンなんて全然見えないのが正直なところ。
生徒会の仕事だったり、μ’sとしてひたすらに突っ走ってることもあるのかもしれないけど。
今自分から見える景色をどうにかするので精一杯、なのよね。
「大人になる、ってなんなのかしらね」
「ふふ、青春っぽいやん」
「ホントにね」
きっとμ’sのみんなの前ではしない会話。
一応最上級生だし、そういう部分はある程度意識的に見せないようにしてる。
つもり。
カッコつけてるけどお姉さんぶりたいって意地がほとんどなんだけどね。
「なんやろね、うちにもようわからんけど」
「まあ、わかんないわよねー」
でも、それでいいのかもしれない。
先のことが全て見通せるって、きっとつまらない。
μ’sのみんなが見せてくれたみたいに、いろんな奇跡が起こるから楽しいんだと思う。
みんなに諭されてアイドルを始めるまでの私は、きっと必死に背伸びしてた。
生徒会長であろうとして、みんなの模範であろうとして。
自分のやりたいこと、楽しそうだなって思うことを遠巻きに見て、捻くれてた。
けれど、今はこんなにも変われた。
やっぱり先のことなんて全然分からない。
「えりち」
「ん?」
「よかったね」
私の思いを知ってか知らずか。
希はにっこり笑ってそんなことを言う。
どこまで見えてるのかしらね、いったい。
「……ホントにね」
「みんなに感謝、やね」
「ふふ、希もでしょ?」
「うちはずーっとみんなに感謝しとるよ?」
「……そうだったわね」
いつだか言ってたっけ。
ホントはμ’sに受け入れてもらえるか不安だったって。
私は知ってる。
希が私以上にめんどくさい娘だってこと。
誰より寂しがりやのくせに、訳知り顔でみんなにアドバイスしたりして。
名付け親になっちゃうくらい誰よりμ’sのことが好きなのに、私の説得を優先させたりして。
ホント、素直じゃない。
希がどれだけみんなのことを、μ’sのことを見てきたのか。
みんなに伝えてあげたら泣いて喜ぶわよね、きっと。
「えりち、ダメだよ?」
「人の心を勝手に読まないでくれるかしら? ……私から言うつもりはないわよ」
「えりちは割とすぐ顔に出るんよ? 悪巧みしてるなーとか」
「失礼ね、まったく」
μ’sのみんなともいろいろなことを話すようになったけど、なんだかんだ希の存在は特別なのかも。
付き合いが長いっていうのももちろんあるかもしれないけど。
でも、お互いにほっとけない、そんな存在なのかなって最近は思う。
大人ぶってるけどホントは全然大人でもなんでもなくて。
だけど意地っ張りだから素直にモノを言えなくて。
そんな2人。
同学年ならにこの方が本当はずっと大人なのかもね。
「まだまだ子供よね、私達」
「自分で言うのもどうかと思うけど、そうやね」
くすくす、と笑い合う。
ひとしきり笑ったあとは、何を喋るでもなく街を見下ろす。
私達の大切な音ノ木坂を。
心地よい沈黙、だと思う。
そんなとき、ひゅっ、と強い風が一瞬吹いた。
からから、とたくさん並んだ絵馬が音を立てて。
「いい風やね」
「そうね、気持ちいい……」
このオトノキの夏はもっともっと暑くなる。
そんな予感がする。
「さて、そろそろ帰るわね。日焼けしちゃうし」
「えりちの肌は綺麗だからね、気をつけんとあかんよ?」
「ふふ、ありがと。それじゃあまたね」
軽く手を振って希に背を向け、階段を下る。
「えりち」
希の声が響いた。
「なーに?」
後ろを向いたまま私も返事をする。
「ありがとね」
「こちらこそ」
私は片手を挙げて応える。
たったそれだけのやりとり。
だけど私達にはきっと分かる。
その一言に込められた意味。
確かな感謝を。
「さて、亜里沙にアイスでも買って帰ろうかしらね」
散歩もたまには悪くないな、なんて思いながら帰り道をのんびり歩く。
心なしか行きのときよりも軽くなった足取りで。
さーて、頑張ろう。
勉強も、μ’sのことも、未来のことも。
そんなちょっとした活力を貰えた気がする、とある夏の日。
ありがとね、神田明神の……μ’sの女神様。
これからも末永く、よろしくね。
短いですが以上です。
夏っぽい話とのぞえりの夫婦感を書いてみたかっただけのお話でした。
他に書いたSSとかあるの?
>>34
手前味噌ではございますが
真姫「だいすきな先輩」
海未「秋の夜長に」
絵里「最高の仲間達」
真姫「とある日の昼下がり」
希「とある雨の日」
海未「懐かしき日々」
とかこのへんです。同じ酉で14作ほど書いてるのでもしよろしければトリップで検索していただければと
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