大臣「……どうなさいます、王よ」
王様「まさか旅を半ばにして力尽きるとはな」
大臣「帰還してきた勇者の話では、恐らく幽体の敵であるとの事」
大臣「単独では撃破出来ないのも頷けますな」
王様「困ったものだ」
大臣「どうされます」
王様「我が愛する妻と話し合おう」
王妃「あら、珍しいじゃないですか」
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その夜、王は誰もいなくなった玉座の間で王妃と話をした。
王妃「何か言いたいことがあるのですね」
王様「うむ」
王妃「本当に今日は珍しい、老いてからの貴方は私と相談なんてしたこともないのに」
王様「それなのだ」
王妃「ほう」
王様「……我は、勇者に酷な事をしたのではないか」
王妃「何故そんなことを思うのです」
王様「我が奴を、勇者としての運命に定めた」
王様「あれは我と変わらぬ、ただの人間であったと言うのに」
王妃「悪いことばかりでは無かったと思いますよ」
王様「何故そう言える」
王妃「彼は旅立ちの時も、旅立った後も様々な世界を見て笑っていたではありませんか」
王妃「お忘れですか? 貴方に言っていたでしょう」
王妃「貧しかった家に、勇者となる事でお金をくれてありがとうございます」
王様「……そうだったか?」
王妃「貴方は人の事情は深く考えていないから、そこは否定しませんよ」
王妃「しかし貴方はそれはそれ、と満足していたのは間違いはありません」
王様「……」
王妃「まだ悩むなら勇者に直接お話をされたら?」
王妃「彼も貴方に話があるようですからね」
深夜。
勇者と呼ばれる青年の家に、一人の老人が訪ねる。
勇者「……!」ガチャッ
王様「……」
勇者「王様……? な、なんでここに…」
王様「済まないが、中へ入ってもいいか」
勇者「え、ええ……構いませんが」
王様「……うむ」
王様「この老いぼれに謝らせて貰いたくてな、ここまで来た」
勇者「……」
王様「……」
勇者「あの……」
王様「……」
勇者「……」
勇者「王様……」
王様「なんだ、今から話すからそう急かすな」
勇者「そうじゃないです、王様」スッ
王様「む?」
勇者「申し訳ありませんでした……ッ!!」ダンッ
王様「っ、どうしたと言うのだ」
勇者「俺……っ、俺…負けちゃいました……!!」
勇者「『あの村』はまだ、魔物の脅威に晒されているのに! 『あの港町』だって、まだクラーケンの事が残ってる!」
勇者「そして『あの人達』も……救わなきゃいけないのに、よりにもよって魔王の配下に負けた!!」
勇者「俺は……無力です!!!」
勇者「ごめんなさい……!! 本当に、ごめんなさいッ……!!」
王様「…………っ」
王様(この青年……確かまだ齢十六の筈)
王様(我は、この子供をこうまで……)
勇者「グスッ……げほっ、ごめんなさい……どんな処罰も受けます…だから……」
王様「だから、何なのだ」
勇者「…………俺をもう一度戦わせて下さい」
王様「……」
勇者「今度は死ぬまで戦い抜きます……」
勇者「もう俺は、俺を信じてくれた人達を裏切りたくない」
勇者「彼等を救うまで、俺は絶対に逃げない!!」
王様「黙れ」
勇者「ッ…」ビクッ
王様「深夜に騒ぐな……近所迷惑だろう」
勇者「え、あ……はい、すいません…」
王様「勇者よ」
勇者「……はい」
王様「明日、城に来い」
勇者「…!」
王様「お前には、罰を与えてからその願いを叶えさせてやる 」
勇者「~~!! ありがとうございま…」
王様「……我はな」
勇者「?」
王様「興が『変わった』、勇者に謝りたくてここまで来たのだがな」
王様「それ以上にやりたいことが出来た」
勇者「やりたいこと……?」
既に空が白んできた刻。
王が戻った其処には、待ち侘びていた様に微笑む淑女の姿があった。
王様「……待っていたのか」
王妃「何の事でしょう」
王妃「私はただ、童心に還った様に落ち着かなくて本を読んでいたのです」
王様「…本をか」
王妃「ええ、本を一冊」クスクス
王様「妃よ、我は今日から国を……」
王妃「皆まで言わずとも私は貴方に着いていきますよ」
王様「…………」
王妃「分かっているのに、口に出して確認をしないと不安になってしまう」
王妃「男の人は幾つ歳を取っても変われないものですね」
互いに瞳を見合せ、ただ頷くと老夫婦は豪奢な寝室を後にする。
静けさに包まれた城内は白んできた外に照らされ、灰色を思わせる回廊を生み出していた。
互いの足音に耳を傾けながら、老夫婦はその回廊をゆっくりと確かに歩んでいく。
王様「………思えば60年も経ったか」
王妃「何がです」
王様「我等人間が、戦争を繰り返していた日からだ」
王妃「そう、私も老けたものねぇ」
王様「……こう言っては何だが」
王妃「あら?」
王様「お前は年老いても、『あの日』と違わずに美しい」
王妃「ふふ、嬉しい」
王様「…………」フン
王妃「若い頃の貴方ももっと素直なら良かったのだけどね?」
王様「我が何を考えているのか、聞かずに良いのか」
王妃「大方の察しはついています」
王様「敵わないな」
王妃「しかしその察しもまた、貴方の奔放さの前では外れかもしれませんね」
王妃「ですから私は聞かなくて良い」
王妃「これまでの60年と同じく、私は貴方と『並んで』歩んでいくのですよ」
王様「ふむ」
王妃「『貴方と一緒なら何処までも退屈せずに済みそう』、これは今も変わらないんですもの」
王様「……まったく」
王様「では共に一筆、どうだ」
王妃「あら素敵、貴方と物書きなんて何年ぶりかしら」
王様「『遺言書』だがな」
夜が明けてから五刻。
陽が高く照らす中で、とある青年は突如として訪問に来た臣官達に驚いていた。
初めは遂に自らに何らかの罰が与えられると考えていたが、しかし臣官の話を聞いて彼はそうではないと知ったのだ。
勇者「俺がこの国の騎士に……?」
官吏「晴れて今日より我々貴族の仲間入りだ、おめでとう」
勇者「ま、待って下さい! 俺は魔王討伐の旅で無様に負けたんですよ!?」
官吏「?」
勇者「皆の期待を、魔物に暮らしを脅かされている人々を裏切ったんだ……」
勇者「何でもいい! 何か、何か罰を俺に……」
「なら貴君には騎士としてこの国を守護して頂こう」
勇者「!」
「初めまして、私がこの国の騎士を束ねる者だ」
勇者「……騎士長」
「正式には将軍の地位だが、まぁ私は特殊なのでな」
「貴君には期待している、20年前より各国で立ち上がった名高き『勇者』の称号が、名ばかりではないとね」
勇者「…………」
官吏「演習はどうされました」
「抜け出してきた、私がいても他の騎士に迷惑しか掛からん」
「それに今日より入隊し貴族となる青年を見たいと思うのは自然だろう」
「こう見えても私は乙女だぞ?」
官吏「はぁ……やれやれ」
勇者「……」
勇者「もしかして君が……?」
「うむ」
王女「私が、この度貴君を騎士として任命した国王殿下の娘にして第一後継者……騎士長の王女だ」
ほぼ同刻、深緑の森を踏み締める音が鳴り響く。
西の王国から数里に相当し、南南東の位置にある地。
老夫婦が共に歩く姿のみが深緑の中で唯一の異色だった。
王妃「良い天気ですね」
王様「そうだな」
王妃「何かお弁当でも持ってくれば良かったかしら」
王様「なら王妃の作る……何と言ったか、あれは」
王様「確か……薄いパンで素材を挟んでいたが」
王妃「サンドイッチかしら、確かにピクニック向きですね」
王様「……うむ」
王妃「お腹が空きましたか」クスクス
王様「……フン」
暫く森の中を歩き続け、老夫婦は不意に草原に出る。
楕円状の開けたその空間は、それまで二人が歩いてきたような深緑ではない。
萌木色と若草色の絨毯が一面に広がる、完全な草原。
老夫婦は共に顔を見合せて首を傾げた。
王様「不自然だな」
王妃「綺麗ですけれど、元あった筈の木々はどうなったのでしょうね」
王様「それもそうだが……何故この空間だけなのだ」
王妃「さぁ…?」
王妃「彼処にいる小さな娘さんに訊ねて見たらどうかしら」
王様「!」
妖精「~♪」パタパタ
王様「……話しかけて大丈夫なのか、あれは」
王妃「勇者のお話にはありませんでしたね、あれも魔物の一種でしょうか」
王様「むぅ…」
王妃「まぁ悩むことも無いでしょう」クスクス
王様「……」
王様「まぁな、殺意も『無邪気悪意』も無さそうだ」
< ザッ……
妖精「?」
王様「……」
妖精「ひっ…!」ビクッ
王様「何もしない、逃げるな」
王妃「あらあら……貴方、もう少し朗らかに微笑んではどうですか」クスクス
妖精「な、何よ……てっきり魔物狩りの人間かと思ったじゃない」
王様「魔物狩り? そしてその口振りではやはり魔物なのか」
妖精「見た目は尖兵種とは違う筈だけどね」
妖精「一応は私、魔界では結構美人の部類だしね」
王様「……そ、そうか」
王妃「可愛らしい娘さんねぇ、御名前をお伺いしても?」
妖精「何よ知らないの? まぁこっちの人間界は物騒だもんね」
妖精「私が妖精族の女王、妖精ちゃんです! サインあげようか?」
王妃「何の署名(サイン)を?」
妖精「ちっがーうッ」
王妃「……なるほど、サインって署名ではなく有名な人の文字や名前だから価値があるのね」
王様「ふむ……興味深いなそのシステムは」
王妃「私達の国でも出来るかしら、王女のサインなんかどう? あの子、綺麗な字ですし」
王様「だがそれではやはり書記官に負ける、やるならば癖のある大臣だ」
王妃「あの人、禿げ上がっていてメイド達に嫌われているじゃありませんか」
王様「むぅ……ならば勇者を」
王妃「こう言っては何ですが勇者に字が書けるのかしらね」
妖精「ちょっと、そろそろ私花の蜜を吸ってきて良い?」
勇者「ヘァッッ!!」ブェックシュン
王女「……」ドロリッチ
勇者「ちょっ……ぁ、えと…すいませんでした!」
王女「この演習が終わったら私と個人鍛練と行こうか、勇者殿……」ギロッ
勇者「ひぃぃいっ!?」
王女「どんなくしゃみを私にぶちまけてくれているのだ、ん?」
勇者「す、すみませ……」
王女「まずはその鼻水を拭かんか馬鹿者が!!」
勇者「すいませんでした!!!」
王の手に腰掛け、小さな種族の女王は自身よりも大きな白桃色の花の蜜を啜る。
王様「……本当に小さいな、同じ人の形をしていながらも」
妖精「小さくても其処らの人間なら三人位まで相手には出来るわよー?」チューチュー
王妃「勇敢なのね」
妖精「冗談でしょ、私達ほど臆病な種族もいないわよ」
妖精「私だって、人間を見れば先ずは驚いてから逃げようと考えてしまうんだから」
王様「リーチを考えれば賢明だろう」
妖精「それでも、魔界全体で見れば最弱よぅ……?」
王妃(むしろ貴女達より下があるなら聞いてみたかったわねぇ)
妖精「まぁ……」チュー
妖精「んで、アンタ達は何が聞きたいわけ?」
王様「心を読んだか」
妖精「タネに気づくの早すぎ……嫌になるわねこっちの人間界」
王様「色々聞きたい事は有るのだがな」
妖精「例えば?」
王様「挙げていけばキリはない」
王妃「そうですね、他にもあるらしい人間界や貴女の事等も気になりますし」
王様「だが、今聞きたいのは1つ」
妖精「……?」
妖精(あれ、いつの間にか二人の心が読めなくなっちゃった)
王様「魔王は、そもそもお前達魔界の者は何故こうまで我々を脅かしに来ている?」
妖精「へ?」
王様「どうなのだ」
妖精「ちょ、ちょっと待ってよ……噂だと平和交渉に基づく『移住者の受け入れ要請』を人間が断ってんでしょ?」
妖精「しかも一方的にこっちの非戦争派を各個襲撃までして、私達妖精族まで『今回は』戦争に参加してんのよ」
王様「……」
王妃「……」
王妃「妖精族の女王様、少しきちんとした場所でお話を聞いても宜しくて?」
妖精「?」
…………陽が大きく傾き、それぞれが1日の終わりをどう過ごすかを考え始めていた頃。
大陸のとある南に位置する王国に、二人の客人が突然訪ねる事となる。
< バンッ!
弓兵「将軍! 正門より、その……ぁあ…何と言えば…!」
将軍「何事だ」
弓兵B「それが……西の国王夫妻が、我等が王と会談をと……」
将軍「なんと…! 相手方の護衛隊は? 規模は? 念のために射手を門の上から狙っ…」
弓兵「……将軍」
弓兵B「驚かないで下さい……西の国王夫妻が、です」
将軍「む?」
弓兵「ですから! 西の国王夫妻だけです!! 正門に居られますは二人の老人、それも国王夫妻のみです!」
将軍「訳がわからんわ!!どのボケ老人が国王だぁ!??」
将軍「よくぞおいで下さいました西の国王陛下殿とそのお妃様!! お許し下さいごめんなさい!!」ズザァッ!
王様「……」
王妃「どうかされたの?」
弓兵「何でもありません、将軍殿はお疲れ様なのであります!」
王様「……まぁ、南の王だからな…介抱してから休ませてやるといい」
王様「すまないが玉座まで案内してくれないか、我はここへ来るのは久しくてな」
弓兵B「御意に、喜んでご案内させて頂きます!」
妖精(人間ってやかましいわねホント……)パタパタ
老夫婦を迎え入れる中、樹木に包まれた王国を守る兵士達は唯一人外の小さな客人には気付かない。
魔界との戦争中なのを考慮してではなかった、ただ小さな客人にとって自身を見て騒がれるのが面倒だったに過ぎない。
緑の匂いが漂う王宮へ案内される老夫婦は静かに、小さな女王が姿を消せる事をこの時知った。
護衛兵「西の国王陛下とそのお妃様をお連れしました、我が王よ」ザッ
南王「……下がれ……」
護衛兵「御意」シュッ
南王「……」ギロッ
王様「久しいな、大地の王」
王妃「玉座まで不躾にごめんなさいね」
妖精(うっわー……なにこのお爺さん、ガッツリ鎧なんて着込んで……)
南王「あれから早くも60年か」
南王「老いはしたが、しかし未だに美しいな……姫よ」クックッ
王妃「あらお上手ですね」
王様「老いてもまだ口説くのか、本当に岩のように硬くしつこい奴だ」
南王「黙れ疫病神が……貴様、何用でここまで来た…そこの小さき人外を連れて」
妖精「えっ!?」ビクッ
王様(やはり五感が鋭いな、まるで鈍っておらぬか)
王妃「……視覚の阻害魔法を解いた方が良さそうですよ?」
妖精「冗談じゃないわね……何なの、索敵魔術以外で見破られたのは魔王が率いる四天王以来よ!」
王様「南の王は地獄耳だからな」
南王「それは面白い事を聞いた……おい、表に出ろ」
王様「年寄り同士、仲良くしたかったが否か…良いだろう」
王妃「本題に入りましょう、南の王が見ての通り今宵は私達人類史で初のまともな『魔王側の代表との話し合い』になります」
王妃「人払いを……お願いしたいのですが」チラッ…
< (なっ……こちらに気付いているのか……?)
南王「……」
南王「お互いに老いるべき箇所が幾つか老いていない様だな、姫……そして封印の王」
王様「……いいや、我にとっては驚きだ」
南王「だろうな、60年も姫と甘い生活をしていたのなら老いていない事を知るのも久しいか」
南王「貴様らも下がれ、勇者よ」クイッ
玉座を僅かに照らす夕陽の光を縫うように存在する闇。
数人の軽装をした隠者が虚空から玉座の周囲に飛び降りてくる。
南勇者「……しかし、魔物と共にいる者達を陛下と密室にするわけには」
南王「聴こえなかったのか……下がれ」
南王「この俺を信用出来ないならば別だがな」
南勇者「………」
南勇者「何かあれば私の名を、転移魔法で直ぐにでも駆けつけます」シュッ
隠密兵「では我々も下がりましょう…」シュッ
王様「……慕われているな?」
南王「フン……実力だけなら勇者合わせても俺には敵わんと言うのにな」
王様「老いても大人げないな、南の王よ」
南王「貴様の減らず口も、老いてまた味が出てきたな……いや、やはり腹立たしい、ぶちのめすぞ」
王妃「はいはい、話が進みませんよ……? そんなだから戦争開幕時の緊急召集で各国の代表が全員代理官になるのです」
妖精「そんなんでいいのアンタ達!?」
南王「……して、その小さな『代表』は何を話してくれると」
妖精「妖精と呼んで欲しいわね、これでも女王だしさ」
妖精「話そうにも私や他の妖精族はこっちに来てまだ2ヶ月も経ってないの、魔王軍の幹部はこっちに情報回してくれないし」
妖精「正直なところ、先にこっちの人間界に来てる魔物達に話を聞くしかなかったの」
南王「フン、信じがたいな…仮にも1種族の王なのだろう?」
妖精「最下級の、ね……情けないけれど私達なんて所詮は愛玩生物よ」
王様「では聞こう、魔王は何故我々人間を支配しようとする」
妖精「………今までなら『自業自得でしょ』と言えたんだけどね」
妖精「こんな偶然ってあるのね、何も知らない魔物の長が人間の王達と出会えるなんて」
南王「偶然ならな……」ギロッ
妖精「ちょ、本当だってば!」
妖精「少なくとも私達魔物にとって、アンタ達人間は和解しようともしない野蛮な人間ってことになってるわよ……」
王様「……ふむ」
王妃「貴方、どう思います」
王様(……わざわざ本当の事を隠して、こちらへ戦いを?)
王様「……まとまらんな」
南王「では基本的に魔王軍の軍事的な戦略や手法を知っている訳では無いんだな……?」
妖精「戦略……は、『前回』ので良ければ教えられるけど」
南王「……何?」
王様「それだ、それも我は聞きたかった」
王様「南の王よ、これこそ我が急いでここへ訪ねてきた理由だ」チラッ
妖精「……えと、さ…」
妖精「話しにくいというか、気が引けるんだけど……魔王は」
南王(……)
南王(そうか、それならば俺が厳選して育てた勇者が敗北するわけだ)
南王「…………以前にも戦争をしたんだな、人間と」
妖精「うん」
妖精「そして勝利したの、アンタ達よりもずっと文明の進んだ世界の人間に」
陽が落ちる時には既に灯されていたのか。
それとも南の国王が何らかの方法で、暗くなる前に灯したのか。
玉座から離れた会談室で王達は小さな異界の女王の話に耳を傾けていた。
妖精「魔王の取る戦略は、相手への消耗を強いる事で最大戦力を叩き込むシンプルなモノよ」
妖精「けれど、さっきも言った通り……文明が進み、大陸を火の海に包むような悪魔の兵器を持った人間ですら手も足も出なかったの」
王妃「それはどうしてなのかしら」
妖精「簡単よ、そんな暇がなかったの」
妖精「ほぼ全世界に均等に量産型の造魔を拡散、襲撃させて混乱を招いた後は酷い有り様だったものね」
王様「造魔……外にいる雑魚か」
妖精「うん、でも丸腰の人間にとっては脅威でしょ」
南王「……俺のとこの勇者が負けたのは、集団で襲ってくるタイプの魔物だったが」
妖精「指揮官がいなければ、造魔だと思う……前回とは違う世界だから新型かも」
妖精「そもそも、アンタ達は単騎でとんでもない化け物を送り込んで来るんだもの……その勇者ってやつ?」
王様「ふむ……なるほど、妖精が言っていた魔物狩りは勇者達の事だったか」
南王「……単騎の化け物、か」クックッ
南王「俺達の判断は間違いではなかったようだな、西の」
王様「効果はあったかもしれないがな、既にその勇者達は各国全て……撃破された」
妖精「えっ?」
王様「我が自ら出てきたのは所謂……そうだな、今の世界には勇者しかいなかったからだ」
妖精「いなかったって、強い人が?」
王様「然り」
王妃「だから私達夫婦が、南や他の国の王に会いに来たんですよ」
南王「……何? その妖精を含めての話があったのではないのか姫よ」
王妃「いいえ、私と夫はあなた方王達に『共闘』する事をお願いしに来たのです」
< グシャァッ!!
南王「この俺に、また戦えと……?」
妖精「…」ビクッ
王様「そうだ」
王様「勇者達の限界は既に見えている、そしてそれは魔王軍も把握しているのだ」
王様「東の国を守る勇者を知っているだろう、高い魔力を誇るあの双子だ」
南王「……あァ」
南王「『姉の勇者』が戦死したそうだな」
王様「北の国王の息子である勇者が、行方不明なのも知っているな」
南王「そっちは戦死だと聞いていたが?」
王様「圧倒的な『速い敵』に敗北し、帰還もままならないと聞いた……東の勇者のように呪い殺された訳ではない」
王様「つまり我等が勇者達にかけた加護で、死亡しても戻るはずなのだ」
妖精「……」
妖精(な……何言ってんの、このお爺さん達……)
南王「要は本来なら戻るんだから、戻らねえと言うことは生きていると言いたいんだろうが……」
南王「そこの妖精の話が確かならこっちの加護を無効化する事も考えられるだろう、違うか西の」
王様「……いや、無いな」
南王「何でだ」
王様「我の勇者は生きて帰ってきた、加護は無効化されずにだ」
王様「そしてこっちの報告書を見ろ」ヒュオン
南王「収納魔法か……封印を解いたな貴様?」
< ペラッ……
南王「……二年間、東西南北を歩き続けたのか西の勇者は」
王様「うむ」
王様「魔物から人々を救おうと、己の限界を考えずに奔走し続けた…自慢の勇者だ」
< ペラッ……ペラッ……
南王「……らしいな」
南王「……旅立ちから半年、北の勇者が敗北したのと同格の魔物と遭遇…」ペラッ……
< ペラッ……
南王「そして、撃破」ペラッ……
< ペラッ……
南王「……北東部の都市を支配する、東の勇者達を倒した魔物を見つける」ペラッ……
< ペラッ……
南王「そして、撃破」
妖精(え、え? 都市を支配って……魔王軍の四天王直下の幹部クラスじゃ……)
妖精(そんなのを単騎で倒したっていうの、このお爺さん達の『勇者』って人間は…!?)
南王「……こりゃ」
王様「気づいたか」
南王「俺の所の勇者が敗北した魔物に襲われてやがる……どういう事だ、奴等…」
王様「魔王は人間の限界を試しているのだ、そして我の勇者の限界は他の勇者より上を行った」
王様「そして遂に魔王は勇者の限界を見た、物理ではなく霊体を以ての異次元からの攻撃こそが有効だとな」
王様「勇者は」
王様「……我等、王達が『もう二度と戦いたくない』とそれぞれが願い、そしてその為だけに生み出された」
王様「勇者という英雄の名と名誉で隠され彩られた生け贄に過ぎぬ」
南王「………」
王様「南の王よ」
南王「何だ……西の王」
王様「我の国を不在の間守っている勇者は、涙を流しながら言っていた」
王様「『勇者なのに救えぬ命と人がいる』、とな」
南王「………」
王様「頼む南の王よ」
王様「我は悲劇を、かつての悲劇を繰り返したくない…だがしかし今こそ我等が戦うべきなのだ」
王妃(……あなた)
王妃「……」クスッ
……二人の王がかつての記憶を辿り、言葉を交わしていく最中。
夜闇が広がっていき、僅かながら大陸を小さな灯火で照らし始めた時。
『それ』は北、東、西、そして南に位置する王国の遥か上空で停止していた。
否、『それ』は滑空に近い形でそれぞれ王国の上空を旋回し続けていたのだ。
・・・・「……何だ、あの鳥……いや…鳥じゃない…?」
・・・・「………さっきから上を回ってる?」
……南勇者「あれは…馬鹿な、上空を飛べるのは鳥くらいのモノの筈……!」
……勇者「………!?」
ほぼ同刻。
全ての国にいる勇者、そして国を守護する者達は全員気づいた。
自分達の遥か頭上を旋回する『それ』が、生物ではない事を。
勇者(……ヤバ…いッ………!!)ダッ
『それ』こそが、彼等には知る由も無かったが魔王軍の持つ運搬兼奇襲用兵器である事を。
それぞれの人間が本能で理解したのだ。
名前こそ知らぬも魔王軍が持つ『超音速爆撃機』の持つ脅威に、気付き見抜いたのだ。
迫る脅威に気付いた西の王国にいる勇者は、夜闇の城下町を全速力で駆け抜けていた。
それこそ、踏み抜いた路面や建物が半壊するとしても意に介さずに。
勇者(くっ……速い…!! 全力で下を付いて回ってるのに追い付くのが精一杯であの高さまで跳ぶ暇がない……ッ)
移動時の余波の突風を魔法で掻き消しながら駆け抜けようとしても、そちらに回す体力と集中力が続かない。
勇者は間違いなくこの瞬間、遥か上空を旋回する金属の塊が魔王軍の兵器であると確信をしていた。
勇者(目測だけど……あれの大きさは大体20mから30m……)
勇者(空を飛んでるようだけど、あれは魔法じゃない……信じられないけど『領空迎撃』の結界が発動していないなら間違いない)
勇者(そして何より……あの旋回の仕方…何処かで、『何か』を落とすか撃ち込むつもりだ)
勇者(……ッ、くそ! このまま速度を保たれたらそのうち俺が迎撃出来るだけの体力が無くなる!)
勇者「………」ピクンッ
勇者「!!」
上空から見下ろしながら旋回する敵を、南の勇者は見上げていた。
手の中に握られているのは水晶板。
微弱な魔力を流し込み音声のみの転送を行う機能を持った、魔法石である。
南勇者「対空狙撃魔法を使える魔術師を各中継地点で配置、撃ち落とせそうならやれ」
南勇者「俺は陛下と西の国王を守護する……城の守りは任せろ」
低い声でそう水晶板に告げると、黒装束に身を包んだ南の勇者は悠然と城の屋根に立つ。
彼は城下町を囲む王国を囲む壁、その上部へ集まっていく兵達を見ながら呟いた。
南勇者「……無理、か」
南の勇者は分かっていた。
あの速度を撃墜出来るのは自分だけであると。
しかし、それは不可能だとも。
南勇者(全力で下に張り付くことは出来ても、仕留められない)
南勇者(何か、妙だ……偵察ではない)
南勇者(そして奴の気配が怪しい…揺らいでいる、つまり……幻惑魔法で何らかの補助を受けている)
南勇者(…………!)ビクゥッ!!
南勇者「……な…に…ッ!?」
……冷ややかな水晶の感触。
肌に触れるのは全てが無機質な水晶、見えるのは自らの守護する東の王国の全景。
その身を水晶で包むことで魔力の感知度を極限まで上昇させ、半径数百㎞の王国全域を見ているのだ。
かつては『魔導王国』と呼ばれた、東の王国が誇る勇者は一人薄暗い中で微笑んでいた。
東勇者「……」
東勇者(対空魔法を三門発動)
東勇者(属性付与…『絶対零度砲』)キィィン
静かな水晶の中で、少女は微笑んでいた。
しかしそこに生気は無く、明確な意識は無い。
彼女は『敵』を討つ悦びに浸っていたのだ、大空を旋回していた鉄の塊を見事氷漬けにして撃墜した事に愉悦を感じていたのだ。
例えその結果、巨大な鉄塊が城下町へ高度三千mから落下してどれだけの被害が出ようとも。
彼女は、少女は微笑み続け、そして王国の周辺に来る『敵』を駆逐し続ける。
……筈だった。
東勇者「……」
東勇者「内部から多量の生命力を感知……正確な数が……」
東勇者「…………数え切れない……」ゾクッ
守護する者達がそれぞれ目にしたモノ。
それは東の勇者が目にした状況を除けば、爆撃機から投下されたのは2つの円筒状の物体だった。
だが、2つの内の片方だけは明らかに高速で射出された。
勇者(あれだけやけに速い……?)
勇者(っ……!)
いよいよ起きた変化に勇者が跳躍し、即座に膨大な魔力を消費して防壁で城下町を覆い隠そうとする。
それを潜り抜けるかの如く落下物は上空で閃光と同時に弾け、小型の鉄球に近い物が撒き散らされたのだ。
勇者「なっ…………」
展開した魔力防壁を避けるように広がる拡散物を見て呆然としかける。
だが、しかし。
勇者「……おおおおおぁああああああああああああ!!!!」
全身から魔力を吸い上げ、激しい脱力感と鈍痛に意識が揺らぎながら。
勇者が展開した魔力防壁を瞬時に城下町を守るために広がる。
それだけではない。
勇者はその小型の鉄球がただの鉄塊とは思っていなかったのだ。
勇者「守れ…守れッ……!!」
勇者「……ッ」グラッ…
力尽き、その場に崩れ落ちていく勇者。
僅かに残った意識の中、勇者の眼前で凄まじい爆発が連続して起きる。
────────── ッッッッ!!!!!!
ッッバリィィインッ!!!! ──────────
勇者(砕か……れた…………)
叩きつけるに等しい破壊の雨は、その本来生まれた世界では存在しなかった『魔法』を一瞬にして砕き割ってしまう。
降り注いでくる魔力で構成された結界の破片は地面に吸い込まれるように落下し、そして消え失せていく。
勇者が全身全霊をかけて作り出した最大の壁を、たった一度の拡散爆撃だけで粉砕してしまったのだ。
彼は、勇者は上を見上げる。
勇者(くそ……)
勇者「もうひとつが……後から…!」ギリッ…
歯噛みする勇者が見上げた先から落ちてくる、もう一本の円筒状の物体。
緩やかに、しかし貫くように。
勇者の生み出した防壁を完全にすり抜け、それは彼の少し横に突き刺さったのだ。
────── 起爆も、拡散もせずに。
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