千早「千草」 (59)

三年前。

如月千早は突如、アイドルから歌手に専念する事を証明し、公の場に出る事は殆どなくなった。


一年前。

如月千早は突如、芸能界無期活動停止を宣言をして、事実上芸能界を引退した。



そして今――――


千早「お帰りなさい。ご飯出来てますよ」にこ


彼女は俺の傍らにいる――――


 

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P「ありがとう」

千早「すぐにごはんにします?」

P「ああ。そうするかな」

千早「はい。すぐに用意しますから、手洗いと、うがいをしてきてくださいね。最近風邪が流行ってますから」

P「ああ。わかったよ」


今みたいに、細かい事を言われたりするけど、やはり明かりの付いている家に帰って――――

出迎えてくれる人がいて――――


P・千早「「いただきます」」


テーブルの前に座るだけで、温かい料理が会話付で食べられるのってのはいいもんだな……。

と、二人で暮らしてみて、しみじみ思う。


 


かちゃかちゃ…


千早「どうですかプロデューサー?これ…初めて作ってみたんですけど……」

P「うん。おいしいよ。千早も料理が上手くなったもんだなぁ」もぐもぐ

千早「よかった…ありがとうございます」

P「……でも結婚して一年になるってのに、未だにプロデューサーって呼ばれるのは・……」

千早「!!……す…済みません。どうしてもアイドルだった頃の癖が抜けなくて……」

P「はは…この会話…結婚してから、もう何回繰り返してきてんだろうな」はぁ

千早「ごめんなさい。あなた……」しゅん

P「まぁそう呼ばれた時の方が、まだずっと長かったからな。しょうがないか……」

千早「あなた……」


P「うーん。でもアイドルと言えば千早…やっぱり本当に良かったのか?」

千早「何がですか?」

P「いや…アイドルを卒業した時もそうだけど…俺と結婚したとはいえ、芸能界まで引退してしまって…せめて歌手としてだけでも……」


 


千早「もうっ今さら何を言ってるんですか!?」

P「いや…でもな……アイドル、歌手のプロデューサーとして、如月千早という才能をこのまま埋もれさすというのはな……」

千早「あなた…いえプロデューサー」

P「はい」

千早「確かに私は…歌手としては勿論、アイドルという仕事にも誇りを持っていましたし、大好きでした」

千早「……今でもその思いは全く変わっていません」

P「…………」

千早「それに…そんな私にとって一番大切な存在は…私を支え、そして声援を送ってくれたファンの人達……」

P「千早……」


千早「だから…私がファン皆さんの前でアイドルを卒業すると宣言した時は…本当に辛くて苦しくて申し訳ないという気持ちで一杯でした……」


 


千早「いいえ…それだけじゃない。私を支えてくれた事務所の方々、それと時には競い合い時には共に戦った春香たち、765プロのアイドルのみんな……」

千早「そんな人たちと道半ばで袂を分つと決めた時は…申し訳ない気持ちと寂しさでとても辛かった……」

千早「正直に言って…今でもファンの皆さんの前に立ちたい、唄いたい。また765プロの皆と一緒にやりたい……という気持ちも失っていません……」

P「だったら―――――」


千早「でも…アナタがいたから――――」


P「えっ!?」

千早「私が…アナタに恋して、そしてそれが、何時しか愛に変わって…そしてアナタも私を愛してくれたから……」

P「千早……」

千早「この時から…お互いに愛し合った時から、私の一番はファンではなくアナタ一人になってしまった……」

千早「この時から私は…皆のアイドルでは居られなくなってしまった……」

千早「私には愛し合う人がいるのに、アイドルで居続ける事なんて出来なかった……」


千早「貴方を愛する事で、私は…アイドルではなく、ただの一人の女になってしまったから……」


 


P「俺の所為か…ってそりゃそうだよな……」

千早「そうですよ。アナタの所為です」じ…

P「!?」

千早「アナタの所為で、アナタが私の心を奪った所為で、私は皆のアイドルではいられなくなってしまったのだから……」

P「はっきり言うな……」

千早「それに……私が貴方に告白した時に、貴方は私を受け入れてくれたではないですか?」

P「た…確かに……」

P(もし…あの時に拒否していたら、現在(みらい)は大分変わっていたんだろうな……)

はぁ…


P(いや…そのタラレバは全く無意味だ。だって俺は――――)


P(あの時の俺は既に…あの時の千早以上に……千早の事をどうしようもなく好きになっていたのだから……)


 


P(それまではどうにか立場上、自制してきたけど…告白された途端―――――)

P(アイドルPという立場としての自分も、彼女のファンの事も、そして彼女のアイドルとしての立場も……全て吹き飛んでしまったのだから……)

千早「ですから―――――」じ…

P「?」

千早「これからも…これから先もずっと……責任を取って私を貴方だけのアイドルで居させて下さい」

P「千早……」


千早「あなたにはそれだけの覚悟と愛はありますか?」じ…


P「……ああ。勿論だ」こく

P「……今だから言うけど…お前に初めて逢ったあの時から……その…俺のアイドルはお前だけになってしまったんだ……」


 


千早「えっ!?」きょとん

P「ぶっちゃけ……所謂その…一目惚れってやつだ/////」

千早「そうだったんですか!?初めて逢った時からだなんて…全然気付かなかったです」ぱちくり

P「そりゃそうだよ。バレない様に必死に隠してきたんだから……」

千早「でも…初めて逢った時の私は…結構ツンツンしてたと思いますけど?」

P「……だよな…何でだったんだろうな?まっ俺は敏腕プロデューサーだから、あの時…既に本当のお前の魅力に気付いてたんだな」

千早「そうなんですか?」

P「はぁ…全くプロデュースしているアイドルに一目惚れしてただなんて、プロデューサー失格もいいところだよ」

千早「ふふ…そうですね」

P「はは…俺としては複雑なんだけど……」

千早「そうですね…私だから良かったですけど……」

P「ですけど?」

千早「もし私じゃなくて他の子を好きになっていたら、私は徹底的にプロデューサーを糾弾してましたから」ニコォ…

P「ははは………」ゾクッ…

千早「でも…私を選んでくれて、素直に嬉しいです」にこ

P「はは…それは良かった……」


 


千早「…………実は…あと一つ、嬉しい事があるんです」

P「まだ何か!?」

千早「…………///////はい……」こく

す…

P(千早が両手で愛おしそうに、お腹を包み込む様に押さえて……)はっ!!

P「ち…千早……も…もしかして……?」

千早「…………/////////」こくん


千早「実はこのところ、体調が優れない事が多くて……そ…それにアレ/////もずっと来なくて・……」

P「!!」

千早「もしかして……?と思って病院に行ったんです……そしたら……」

P「……そ…そしたら……?」ゴクリ…

千早「お医者様がですね…おめでとう御座います。おめでたです。妊娠三か月ですよ・……って//////」はにかみ

P「――――――!!!」


 


千早「どうしました?あなた……」

P「ホントか……?本当にそのお腹の中に……?」おずおず

千早「はい。ここに…私と貴方の赤ちゃんがいます//////」にこ

P「うおおおおおおおーーーー!!!!」

千早「!?」びくっ

P「ち…千早!」

千早「はいっ何ですか?」

P「済まん!さっき俺が言った事は、全部忘れてくれ!!」

千早「さっき言った事って…芸能界を引退しなかった方がいいとかってやつですか?」

P「ああ。その事だが…やっぱり撤回する。千早…これからもずっと俺の…いや俺とお腹の子だけのアイドルでいてほしい」

千早「もうっ今更…何を言っているんですか?」はぁ

P「ブレまくってすまん……」たはは

千早「ふふ…ですから私は最初からそのつもりですよ」にこ

P「千早……有り難う」ぺこり


 



俺は…この時、アイドルPとしての自分が消し飛んで仕舞う程に、手放しで喜んでしまった。

千早も…とても幸せそうな表情を浮かべていたと思う。


そして俺は改めて心の中で固く誓う。


お前を…お前たちを必ず幸せにする。


俺に出来る全ての事を捧げてでも。

と……。



でも…その終週間後。


俺は…俺と千早は神などいない!!と叫びたくなる程の試練を与えられる事になるのだった。



 

今回はここまでになります
それでは



数週間後。


この日。

突然、俺と千早は千早の通う病院に呼び出される。

担当医師からは、千早だけでなく可能な限り俺も同伴してほしいといわれ、どうにかスケジュールを調整して、俺も一緒に行く事にした。

何よりも早急に、それも俺にまで来てほしいという事に、俺はただ事でないことを予感し、言い様の無い不安を覚えたからだ……。



診察室。


医師「ご主人もよく来て下さいました。まずはそこにお掛け下さい」


すっ×2

P「……それで…何があったんですか?俺まで呼び出されるなんて……」

千早「……………」


 


医師「はい。その事なのですが……先に言っておきます、落ち着いて…心して聞いて下さい」

P・千早「「………………」」

ぎゅっ…

不安そうな表情を浮かべる千早を手を、俺は半ば無意識に包み込む様に握っていた。

医師「先日の検診で判ったのですが……奥様の子宮に……今はまだ極小さいのですが、肉腫が発見されました」

P・千早「「!?」」

医師の宣告に俺は一瞬、言葉を失う。千早は下を向き、その顔が蒼白になっているのが分かる。

P「それで…千早は…お腹の子は大丈夫なんですか!」

俺はやっとの思いで、医師に向かって声を絞り出す。


 



医師「……今すぐに手術をして肉腫を取り除けば、奥様が助かる確率は、かなり高いと思われます」

P「それなら!」

医師「ですが…この手術を行った場合、お腹の赤ちゃんを堕胎させなければなりません」

P「!?」

千早「―――――!!?」

P「そんな……」

千早「……それで…もし手術をしたとして、私は…また妊娠することは出来るのですか?」


医師「…………誠に言い難いのですが…この手術で子宮の大部分を切除する事になりますので、残念ながら、もう赤ちゃんを産むことは出来なくな
ります」


P「!!!!」

千早「……そう…ですか…………」

医師「……………」

  



千早「では…この赤ちゃんを産む事は?」

医師「今…奥様の胎内に宿されている赤ちゃんを産む事は出来ます…が……」

P「が…何ですか?」

医師「この場合、母体に負担が掛かり過ぎる上に、その間…赤外線や薬物治療など、殆ど治療が受けられず、腫瘍を放置する事になりますので…大
変危険です」

医師「この腫瘍は不規則に、しかも急速に増殖するものです」

医師「ですので暫く何もないと安心していると、突然にしかも大量に増殖するので、当り前の事ですが出来るだけ早急に摘出した方がいいのです」

P・千早「「…………」」

千早「でも…産むことは出来るんですよね?」

医師「かなり危険で…賭けに近い事ではありますが……」

千早「もしこの子を堕ろしたら…もう私は子どもを産めないのですよね?」

医師「はい。この腫瘍は…患部の奥深くに発生するので、たとえ初期状態であっても…手術をして子宮の殆どを摘出する事になりますので……」

千早「…………どちらにしても…この子が私の最初で最後の赤ちゃん……」

さすさす……

P「千早……」


 



医師「どちらを選択するのかは、当事者である、あなた方ご夫妻の選択を尊重させて頂きます」

P・千早「「……………」」

医師「……ですが、やはり医師としての私としては、今すぐにでも手術を受けられる事をお勧めします」

P・千早「「……………」」

医師「お二人にとって…とても重要な選択になりますので、今ここで返事を頂こうとは思いません」

……。

P・千早「「……………」」

医師「それでは。お二人でしっかり話し合って、決まりましたら出来るだけ早くお返事下さい」

P・千早「「……………」」

医師「私としてはお二人がどんな選択をされようとも、私はお二人の選択を尊重し全力で当たらせて頂く所存です」

P「……ありがとうございます」

千早「…………」ぺこり

医師「それでは、お二人が後悔のない選択をされます事を……」


 


 


P宅。


P「…………」

千早「…………」


ほんの数時間前、天にも昇るかの様な昂揚感と幸福感に包まれていたというのに……

それがたったこれだけの時間で、ここまで沈鬱感と絶望感に、重く沈み込む事が出来るのかと、思い知らされる程に、俺は打ちのめされていた。

そんなとても重苦しい空気の様なものが、俺と千早の居る空間を支配していた。


千早「……あなた…ごめんなさい……こんな事になってしまって……」

P「千早……」

千早「……自分がこんな軀だと知っていれば…あなたと一緒になる事も、迷惑を掛ける事も無か―――――」

P「千早!バカなことを言うんじゃない」

千早「あなた……」

P「俺は…たとえこうなる事を知っていたとしても、お前を好きでいたと思う」

千早「…………」じ…

P「……確かに正直に言って、俺は今…かなり落ち込んでるよ。なんでこんな事になってしまったのかって…でも――――」

千早「でも?」

P「俺はそれでも…お前と一緒になった事を、全く後悔なんかしていないから」

千早「あなた……」

P「だからもう…そんな事は言うな」にこ

千早「有り難うございます……」じわ


P「だから…そんな顔するなって」だきっ

千早「はい……」ぎゅっ…


 



―――――。


P「…………俺は今すぐ手術を受けた方がいいと思う」

千早「あなた…でもそれでは…お腹の子は――――」すっ…

P「それでお前が…千早が助かるなら……俺は……」

千早「…………私は……産みたいです」きっぱり

P「でもそれじゃあ…お前の身体が――――」

千早「それでも…私はあなたと私の子を産みたいと思っています…………たとえ、私の身がどうなろうとも」

P「千早……」

千早「だから――――」

P「駄目だ!!」

千早「あなた……」

P「お前はもっと自分の事を大事に考えろ。それに…お前がいなくなってしまったら俺は……俺はどうしたらいいんだ?」

千早「…………」

P「俺はお前を失いたくはないんだ……」


 


千早「あなた……私だってあなたと離れるなんて絶対に嫌です…でも――――」すっ…

千早「私は…それでもこの子を産みたい……この子は私とあなたの愛の結晶だから……そして――――」

千早「私の生きた証だから」じ…

P「千早……」

千早「それに…この子を産んだからって…絶対に私が死ぬ訳じゃない。だから私は…それに望みを賭けたいんです」

千早「あなたと私とこの子と一緒に暮らす未来を勝ち取りたいんです。私は…欲張りですから」にこ

P「千早……」

千早「それでも…駄目ですか?」

P「……分かった…お前がそこまで言うんなら、俺もお前の夫として、お腹の子の父親として腹を括ってやる」

千早「あなた……」

P「だからお前は安心して子どもを産んで、手術して元気になってくれ。俺はその為に出来る事は何でもやるから」にこ

千早「ありがとうございます…あなた」にこ

P「でも千早…お前は強いな…俺なんかじゃ…とてもお前のような覚悟なんて出来なかったよ」

千早「だって私…元アイドルですから。余程の覚悟と図太さが無いと、アイドルなんて務まりませんよ?」

P「確かにな」

千早「そうですね」

P「あはは」

千早「うふふ」


千早・P「「あはははは……」」


 



その夜。


P「ん?リビングに明かりが…まだ起きてたのか?」



リビング。


千早「……ひくっ…ひくっ……」ぐす


P「千早……」


千早「あっあなた!?」びくっ


P「どうしたんだ?千早こんな夜更けに……ん?お前…泣いていたのか?」

千早「い…いえ泣いてなんか!」ごしごし

千早「いません」

P「千早…そんな目を真っ赤にさせて……俺の前だからって、無理をしなくてもいいんだぞ?」

P「いや…俺の前だからこそ…素直なお前でいてほしい。強いお前も弱いお前もお前の全てを俺は受け止めるから……」

P「俺はお前の夫なんだから」

千早「!!」じわ…


 



千早「……あなた」ぎゅっ

P「!………」ぎゅっ…

千早「……私…やっぱり怖いんです……もしかして出産迄に…再発して手遅れになってしまうんじゃないかって……」ぐすぐす

千早「私は死にたくない!生きてもっとあなたと一緒に居たい!!」ぶわっ…

千早「さっきまであんな事言ってたのに…私は…やっぱり弱い女なんです……」ぽろぽろ…

P「千早…死ぬかもしれないって思う事は誰だって怖い。それこそ死にたいって思ってる奴でさえそうだと俺は思ってる」

千早「あなた……」

P「でも…それでも…どんなに怖くても辛くても、お前はこの子を産みたいんだろ」

千早「…………はい」こく

P「だったら…産むしかないだろ?大丈夫…とは言えないかもしれないけど、たとえ何があったとしても俺はお前と一緒にいるから」

千早「あなた……」じわ…


P「それに――――」

ぎゅっ

千早「あっ……////」

P「不安になったらいつでも俺の胸に飛び込んで来い。お前がいいって言うまでこうさせて貰うから。それ位なら役立たずな俺にも出来るから」

千早「あなた……はい」にこ


 





数か月後。


入院先の病院の病室。



P「調子はどうだ?どこか痛い処とかないか?」

千早「はい。大丈夫です。むしろ入院してから、拍子抜けする位に何にもなくて…暇で仕方ない位です」にこ


千早は身体の事もあって、大事をとって出産予定日よりも早く入院していた。

そして…今日がその予定日なのだが、まだその兆候は見せていなかった。


千早「予定日にこんなに早く来て貰えたのは嬉しいですけど…でもお仕事は大丈夫なんですか?」

P「ああ。ちょうど時間が空いている時期でな、融通も利くんだよ」

P(ホントはかなり無理言ってるんだけど、社長もアイドル達も協力的で助かった。ホント感謝してもし切れないな……)

千早「……そうですか。よかった」

P(千早も気付いてんだろうけど…ホント有り難い話だよ……)



あれから、千早のお腹は日が経つにつれ大きくなっていたのだが、幸いな事に腫瘍自体は殆ど大きくなる事はなかった。

医師もこのままでいてくれれば…このままでも大変ではあるが、それでも無事に出産出来ると言ってくれた。

そして、臨月…主産予定日を迎え、あとはこのまま産まれるまで、大人しくしてくれる事を祈るのみだった。


 



千早「……………」はぁ

P「どうしたんだ?ため息なんてついて。ここに来てマタニティーブルーとかいうのじゃないだろうな?」

千早「ち…違いますよ。あの…もうすぐ赤ちゃんが生まれるのに、その……胸があんまり大きくならなくて……/////」しゅん…

P「なんだそんな事か」ほっ

千早「そっそんな事って…結構期待してたんですから。それにあなただって胸の大きい人が好きなんでしょ?」う~

P「まったく…もし俺が胸の大きさだけで判断してたら、俺はあずささんとかを好きになってた筈だろ?」

P「まっ……正直に言って確かに、大きいに越したことないけどな?」ふふん

千早「やっぱり!」ぷい

P「はは…ホントの正直…大きさなんて、どうでもいいよ。胸なんて赤ちゃんが母乳をお腹いっぱい飲めるだけあればいいんだから」

千早「あなた……」

P「だからそんな事なんて気にしないでいいからな」

千早「はい」にこ


P「でも…予定日だってのにこう何もないt――――」

千早「――――うっ!!!」

P「ちっ千早!どうした!?」

千早「……き…きた……みたい……」ぅぅ…

P「!!そうかっ!いま医者呼ぶから!!」さっ


 



―――――――。


分娩室。



俺は千早の出産に立ち会っていた。

千早自身は別に立ち会わなくてもいい。と言っていたけど、俺自身が子どもの事…そして千早の事を考えたらどうしても、立ち会わずにはいられなかったからだ。


P(千早…千早――――)

彼女の名をおまじないのように連呼して、滝の様な汗を流し、苦悶の表情を浮かべる彼女の手をぎゅっと握る。


ぎゅうっ――!!


P「!?」

だが…そんな俺が握るよりも、遥かに強く千早が握り返して来る。

恐らく無意識の成せる業なのだろうか?華奢な彼女にこんなにも力があったのかと思い知らされる。

そしてついに彼女の爪が俺の手の甲に喰い込んでくる。

俺は一瞬…その痛みに顔を歪めるが、彼女の痛みや苦しみは、そんなものじゃないだろう。

俺は当然、彼女の手を振り払う様な真似はせずに、彼女の好きにさせてやる。

そして…それだけ痛みや苦しみが彼女を襲っているのかと思うと、こんな事……。

いや…何も出来ない自分がとても情けない奴だと、実際の痛みより遥かに痛感させられる。

千早「―――――ああ!!あ”あ”あ・・・っ――――――!!!」

千早の苦しげな叫びが、分娩室に不規則に響き渡る。


 



P(千早…頑張れ!千早…頑張れ!!)

今…俺にできる事は、やはり祈る様に思いを込めて彼女を激励し、その手を握り続ける事だけだった……。




そして――――。






?「おぎゃーおぎゃー!!」


助産師「おめでとうございます。元気な女の子ですよ。お父さん」



そして…ついに俺の…俺と千早の子が生まれたのだった……。


 

とりあえずここまでです
それでは。


翌日。


赤子「……………」ちゅーちゅー

千早「ふふ…よく飲んでくれてますね。赤ちゃん」

P「そうだな…ほら良かっただろ?」

千早「……?何がです?」

P「ほら前にお前が言ってた、おっぱいが小さいとかなんとか」

千早「!!……せっかく忘れてたのにもう!知りません!!」ぷいっ

P「はは…すまん。でも、そんな顔してると、赤ちゃんも不安になっちゃうぞ?なぁ」

赤子「あう?」きょとん

千早「もう…仕方ないですね……」ふぅ

P「でも…思ったより産後も元気そうでよかったよ」

千早「正直に言って少し気怠いところもありますけど…でも思ったより状態はいいみたいです」

P「でも…本当に良く頑張ったな。お前も、赤ちゃんも……」

千早「はい」にこ

P「ん?お前がこういう事を素直に認めるなんて珍しいな?」

千早「だって…本当に自分でも信じられないくらいに頑張ったんですから。私も…この子も……」

P「ああ。そうだな」にこ

千早「はい」にこ


 
 


P「あとは…もう少し体調がよくなったら手術して……その後はやっとお前と俺と…赤ちゃんの三人で安心して暮らせるな」

千早「そうですね」にこ

P「これから先…どんな生活が俺たちを待ってるんだろうな?」

千早「そうですね…この子が…大きくなってお婿さんを連れて来て、結婚して孫を産んで……」

千早「私たちが、おじいさんとおばあさんになって……あなたと添い遂げられれば、それで充分……ってちょっと贅沢過ぎますか?」

P「何を言ってるんだ。それが当たり前の事だよ。お前には俺を介護してもらわないと」

千早「………まったく。あなたらしいですね」

P「あなたらしいって……俺はお前にそう出来る位まで、元気になってほしいだけだよ」

千早「ふふ…分ってますよ」にこ

 



P「まっ今それだけ言えれば―――――あっ!?そういえば!!!」はっ!

千早「どうしたんですか?」きょとん

P「この子の名前を考えるの忘れてた……まだ時間はあるけど、早めに出生届け出さないと……」

千早「そのことなんですが…あn―――――!!!?」

くらぁ…

P「!!?どっどうした千早!!!」

千早「い…痛い・……い…いきなり……――――」

P「まさか!こんな時に!!」はっ

ばっ!!


じゎぁぁ…・・…・・・・……


P「!!!!?」

P(シーツに血が……こんなにも出血して―――――)

千早「あ…ああ――――」ブルブル…

千早の身体が、苦しげな呻き声を上げながら、余りの痛みと苦しみにブルブルと震える。

その顔は、血の気が完全に引いて蒼白そのものだった。

P「いっ今医者呼ぶから!!!!」

言うが早いか、俺は慌ててナースコールのボタンをカチカチと意味もなく何回も押していた――――。


 



――――。


医師「―――――!!これは…すぐ手術だ!!!」ばっ

看護師「はい!!」

医師(スキャンしなくても判る程…一瞬で…ここまで……)くっ…

医師(恐らくはもう……殆ど末期に…手遅れ近い。まさかこれ程とは…これでは――――)


医師のこれ以上の無い嶮しい顔が、いかに状況が切迫しているのかを物語っていた。


P「千早…大丈夫だから。予定より少し手術が早くなっただけだからな」

俺は千早を少しでも安心させようと、努めて平静を装って声を掛ける。

千早「……………」はぁはぁ

P「これが終わったら、今度こそ三人で――――」

千早「……あな…た…」

P「何だ?俺にできる事なら――――」

千早「子ど…もの名前……」






千早「千草」





千早「幾千の草原の…草…の様に…爽や…かにそして強い子で…いてほしいから……」

P「千草か…うん、いい名前だ」


千早「……良か…った…その…名前…は私の……生き…た証ですから……千早…から生まれた子って……意味もある…んですよ……」


 


P「千早……」

朦朧とした意識の中で、途切れ途切れに、それでも千早は必死に…どうしても俺に伝えたいであろう事を必死に伝える。

俺は溢れ出そうな泪を必死に堰き止めながら、千早の…恐らくは最後の言葉を、刻み込む様に聴き取る。

千早「では…いって来ます。あなた…千草。あなたと…千草と出逢う事…が出来て……本当に良かった。私は……幸せです」にこ

P「――――――!!!」


俺はこの時…千早の命が消えて終うであろう事を予感してしまった。

そして千早自身がそれを一番判っていて…最後に娘の名前を俺に告げたのだと……。


 



千早「千草…私はあなたを……精一杯の愛…情で育て……たかった。でも…ごめ…んなさ・…い…それ・・・・・も叶わ…ない…みたい……」

P「千早…何を言って…もう喋らなくていい…これ以上は体に障るから」

千早「……………」ふりふり

千早はゆっくりとだが、明確な強い意志を以って首を横に振る。俺はもう彼女の好きにさせる事にするしかなかった。


俺がその意思を貌に浮かべると、千早は微かにでも嬉しそうに微笑み、最期の遺言―ことば―を続ける。

千早「ごめん…なさ…いあなた……もっと…もっとずっ…と…あ…なたと……連れ添っ…ていたかった…苦楽…を共に…し…たかった……」

P「まだ始まったばかりじゃないか…これからだろ俺たちは……」

千早「……千草を……よろし…く…お願…いしま…す…立派な…ううん……元・・気な…子に育てて……下さい…ね……私の最…後…のお願い…です……」

P「馬鹿野郎…そんな事言うなよ!俺とお前の二人で育てるんだろ……俺一人じゃ無理だよ…だからお前も――――」

千早「……そう…ですね……」


 



P「絶対に帰って来い。俺と千草のもとに」


千早「……善処…します…………」に…こ……


看護師「もう猶予はありません!!!行きます!!!!」


千早「あと…もう一つ…だけ……」

P「何だ…何でも言ってくれ…俺に出来る事は全部―――――」

千早「アイド…ルとして…あなたの…妻として……私を…幸…せにし…て下さっ…て今まで…本…当にありが…とう……ございま…した……」にこ…

P「!!!!」


P(千早――――――――――――――――)


そして、もう待ってられないとばかりに、俺から引き剥がす様に、千早を乗せた担架が動き出し、見る見る内に俺から離れて行く……。




手術室に運ばれ遠ざかって行く彼女を見詰めながら…俺はいつの間にか自然に…音も立てずに泪を流していた……。




 




そして……



千早はそのまま帰らぬ人となった。


彼女は俺の手に届かないところに逝ってしまった――――


その代わりとでも云うのだろうか――――


俺の手が届くところに――――


抱き締められる場所に――――




千草という唯一無二の忘れ形見を俺に遺して……。




 



十数年後。


俺と千早の娘である千草は、すくすくと何よりも健康に育ってくれていた。

母親が考えたその名の通り、草原の青々とした草花の様に……。



容姿も母親の面影を色濃く残しており、漆の様な艶やかな長い黒髪と、凛とした切れ長の目をしていた。

特にここ最近はそんな彼女を見る度に…俺に千草が千早の娘である事を思い出させていた。


そして…もうあと数年してその蕾が花開く頃には、母親と同じ…いやそれ以上の美人になるだろうに違いない。


あと…俺に似なくて本当に良かったと思う。



性格はどちらかというと控えめで、穏やかで大人しく、少なくても初めて逢った時の千早とは、随分と違っている様に思う。


……いや、もしかしたら、千早は…この子の母親は、もともとはこんな感じの子だったのかも知れないが……。



 



それに…歌を唄うのが好きなところも、そしてその歌声が魅力的なところも母親によく似ていた。

母親の事を知らなくても、蛙の子は蛙とでもいうのだろうか?何もしなくても似てくるもんなんだな。と…千草が成長していくにつれ…しみじみと思う。



それにしても…たくさんの人に助けて貰ったとはいえ、よく男手一つでここまで育ってくれたと思う。

もしかしたら千草自身が他の子に比べても、かなり手の掛からない方の子…だったのかもしれないけど……。


それでも…千草が女の子という事もあって、どうにも判らない事ばかりで、どうしようかと思った時が何度もあったけど……。

そんな時に俺を手助けをしてくれた皆に…素直に育ってくれた我が子に……。


そして何よりもこの子を遺してくれた千早に感謝しても、し切れないと心の底から思っている……。



 
 



そんなある日の事。


千草「あのね…お父さん。私…決めた事があるんだ」


不意に千草が、いつもはもっと自然な感じなのに、何時になく…おずおずと少し緊張した声で俺に話し掛けてきた。


もじもじと少し恥ずかしそうにしながら、それでも揺らぐ事の無い、決意の光の様なものをその黒い瞳に宿らせて――――――。


こんな千草を見るのは初めてだった。


 



P「へー何を決めたんだ?」

俺は口調は軽めだが、千草の…最愛の娘の只ならぬ様子に、真摯な気持ちでその声に耳を傾ける。


千草「…………お父さん…あのね…私―――――」

すっ――――。







千草「私!アイドルになる!!」






おしまい。



 

これで終わりです
何故かこういうお話をふと書きたくなって
たまにはこういうのが、あってもいいのではないか
と思って書かせて頂きました
どうにか終わらす事が出来て良かったです

ありがとうございました

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