とある罪人達のための教会 (32)

初スレ立てです
とある魔術の禁書目録のSSとなります
8000字程度なのですぐ終わります

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1402941292

わたしは言った。
「おまえたちは神々だ。おまえたちはみな、いと高き方の子らだ。
にもかかわらず、おまえたちは、人のように死に、君主たちのひとりのように倒れよう」
詩篇82:第六節、第七節

 第十二学区。
学園都市の東端に位置し、様々な宗教施設が集中しており、学園都市内部での布教活動に置け
る拠点が数多く設置されている。十字教各宗派、ユダヤ教、イスラム教各宗派、神道、仏教各
宗派、ヒンデュー教、シーク教などの教会・寺院を始めとし、その他世界のあらゆる宗教の研
究施設などが各ブロックや各通りごとに区分けされ点在している。宗教学区という特性上、各
宗教の神学者、司祭、僧、シャーマンなど数多くの外国人居住者・宣教者らが居を構え、ブロ
ックごとに異なる建築様式をみせ学区内の景観は一様ではない。学園都市外周に位置し、また
第六学区・第二十三学区と隣接しているため、観光客が訪れることが多く、多国籍な商業施設
も。またいつも何処かの通りでは祭りをやっていると言われるほど、各宗教行事が頻繁に執り
行われ、年間を通じて賑やかで雑多な街である。特に旧正月やイースター・クリスマスなどは
学園都市内外から様々な人間が集まり、屋台や露店などで通りが埋め尽くされる。

 宗教間の対立などが外部からは懸念されがちであるが、宣教師に温厚な人柄が多いことやま
た遠く極東の地で同じような使命を任された者同士、宗派国籍を超えた特殊な絆・繋がりが強
く基本的に隣人同士の関係は良好で治安も良い。「置き去り」などを一時的に保護するボラン
ティア団体もある。様々な文化が混在しながらも各宗教各宗派の代表者で作る共同体により、
緩やかな規制の下大きな衝突も無いまま共存している。
 が問題が無いわけではなく、創作に行き詰った第九学区の芸術系の学生が怪しげな薬草・オ
イルなどを買い求めに第十二学区の裏路地まで訪れたり、悪質なカルト教団も少ないながらも
存在している。

その小さな教会は第十二学区の北部にあって、中心街の喧騒からは離れ昼下がりの穏やかな
陽光に照らされて白く輝かんばかりであった。昼の祈りを終えた神父は外壁と同じくらい染み
一つ無いアルパを脱ぎ、ローマン・カラーの付いた灰色のシャツに黒のチノパンというややラ
フな格好で、昨日までもそうであった様に静かに告解室の片側に入り、中に置いてある木製の
椅子に腰掛けると、入ってきたときと同じようにまた静かに告解室の扉を閉めた。告解室は狭
く直接日が差さないため暗かった。神父は居眠りでもするかのようにゆっくりと目を閉じ、瞑
想に入った。
 
学生の多い学園都市において平日の昼間に、まして科学を重んじる学園都市の風潮にあって
は教会の告解室を訪れるものなどほとんど居ないのだが、それでも神父は毎日決まった時間に
告解室に入り決まった時間に告解室を出た。日も差さずそして外界の騒音がほとんど入らぬ告
解室は実際様々な考え事をするのに適していたし、予期せぬ来訪者のためにも教会は常に開か
れていなければならないと信じていたからであった。

科学がどれだけ進歩しようとも人は何かに縋らなくては生きていけないことを神父は知って
いたし、学園都市に住む者であってもそれは同じであることも知っていた。むしろ技術や知識
の拡大によって個人で扱う領域が大きくなれば大きくなるほど、より大きな何かに赦しや導き
を求める人間が多くなっていると神父は感じていた。自分たち宗教家はより大きな何かを神と
呼ぶが、時としてそれは信念や真理などと名を変える。
 
コツコツと杖を突きながら歩く音が不意に教会に響き渡る。そのままたどたどしく足音は告
解室まで続くと、かちゃりと戸が開く音がして、開かれた扉から光が差し込んだ。神父は目を
開くと告解室を二つに隔てる内壁の中心ほどに付いた木製の網の隙間からチラリと視線を向け
る。逆光で細かなところまではわからなかったが、白髪で華奢な少女のような少年か少年のよ
うな少女が立っていた。

神父は微笑みながらフランス語で「こんにちは」と挨拶をした。
立っている人物はピクリと身体を強張らせると告解室に顔を差し込むと内壁の小窓を覗き込ん
できた。光の加減なのか瞳が赤く見えた。
今度は「お入り」と日本語で促した。
フランス語で「はい」と返事があり、声はか細くやや掠れていたが、少年であるということが辛うじてわかった。
少年はその場で身体を反転させると杖にやや難儀しながらも狭い告解室に入り、椅子に腰掛けた。
少年が戸を閉めるとまた先ほどまでのような薄暗さと静けさが戻ってきた。

「フランス語が話せるのかい」神父はやや嬉しそうに尋ねると
「多少は」と言葉少なに、しかし流暢な発音で返事があった。
「そうかそうか」と一層嬉しそうに神父は言い
「秘密の話をするときはフランス語の方がいい。ここでは話せるものは少なくないが多くもないからね」
と続けた。
少し沈黙があってから少年は口を開いた。
「ある女に言われてココに来た。今の時間ならあンたがいるって」


神父にとって訪れる者が信者であるのかそうでないのかはあまり重要ではなかった。信仰の
形は人それぞれであると思っているし、神の在り様もまた千差万別であると学んだからであっ
た。特に日本という国においては。彼らは万物に神が宿るという。それは唯一絶対の力を持つ
全能の父ではなく、欠点を持ち気まぐれで人間臭い神々であると言う。

そのような人々にとっては十字教や他のアブラハムの宗教の神であっても八百万の神々の一
つでしかない。彼らには唯一神という概念は馴染みはしないだろうということを長い布教生活
の中で感じ取っていた。だがそれでいいと思っている。救いや赦しを求める人々に我が主が慈
愛を欠いて接するはずが無いということを確信的に信じていたし、その主に仕える自分もまた
そうでありたいと日々祈っていたからである。

実際この教会を訪れるもののうち半分以上は信者ではないし、神の存在をも信じていないも
のもいる。だがそんな人のためにこそ神の国の教会は開かれていなければならない。


「恋人かい」神父は楽しそうに笑う
「ちげェ」
そうかそうか、と神父は頷くと少年の言葉を待った
長い沈黙があって、少年は躊躇っているようだった。神父は決して急かしはせず、静かに待った。
「オレは、殺した、人を、たくさン」
ぽつりぽつりと少年は搾り出すように掠れた声で口にした。
「オレはたくさンの人間を傷つけて生きてきた」
神父が少年を見やると、彼は俯き手は微かに震えているようだった。
「後悔しているかい」
神父は咎めるような口調では無く、諭すように彼に尋ねる
「わからねェ」
「赦しを求めているのかい」
「ちげェ。オレは悪党で赦されて良いわけがねェ」
「では君は何を求めるんだ」
「わからねェ。なンもわかンなくなっちまった。力が全てだった。最強を超えた無敵になれ
ば誰も傷つける必要はねェと。最初は何が起こったのかもわからねェまンまだった。一人殺し
て、何も考えねェまま血に染まった。オレは楽しんでた。自分の力の欲するまま数え切れねェ
程殺した。なンでも出来たし、何をしても良いと思ってた。殺すことと壊すことは同じだった」
神父は目を閉じ少年の言葉に耳を傾けていた。

 
「オレは負けた。無能力者に。最強が最弱に捻りつぶされちまった。そいつはオレが壊して
きた人形は人間だと言いやがった。なンで負けたのかもわからねェ。ただオレは間違ってたン
だろォな」

「負けたら間違いなのかい?それは何も変わっていないのではないかな。それは力が全てと
考えていた君の考えそのままじゃないか」
少年は返事をしなかったが、また独り言のように呟く

「ガキを助けたンだ。人助けがしたかった訳じゃねェ。そいつを助けてやることで一からや
り直せるンじゃねェかと思ってただけだ。俺は悪党だ。逆立ちしたってその事実は覆えりゃし
ねェんだってことはわかってンだ。
でもよ、そのガキはオレのことを善人だかなんだと思ってやがる。血塗れた手であいつを守っ
てもオレには相手を殺すことしかできねェのに。あいつはあいつらは光なんだ。
あいつらを見てるとオレが殺したやつらがチラつくンだ。オレみてェな人間の贖罪の踏み台に
しちゃいけねェとぽっかり空いた黒い目で」


「君の罪は決して消えはしない。君が何をしてどう生きようとも、君の一生は君の犯した罪
によって、君が殺した者達によって常に苦難の様相を示すだろう。君が本当に自身の罪に向き
合えば向き合うほど、君に重く圧し掛かってくる。誰かを助ければ罪が消えるわけではない、
誰かが君を許すと言っても君の心に安寧は訪れない。行いによって犯された罪は行いによって
赦される事はない。罪に目を向けず、今までのように生きることもできるだろう。自分の中で
妥協することもできるだろう」
神父は目を閉じたまま言葉を紡いだ


だが君はここを訪れ、自ら告白した。君は信者ではないし、神も信じていないかもしれない。
だが告白した。それは罪に向き合う姿勢だ。
主は君を祝福されないだろう。どのような窮地に立とうとも君に救いの手を差し出すこともなさらないかもしれない。
だがそれを責める資格は君には無いのだ。主が与えたもうた試練ということも出来るかもしれない。
だが主は乗り越ええぬ試練を与えはしない。
君は過ちを犯し、その罪のために苦しむだろう。だがそれは罰ではない。それは救いだ。
過ちを認識できない者に苦しみは無い。罪を自覚している者にこそ苦難は訪れる。再び過ちを犯さぬように、善であるために。
君が残忍な暴君から、弱きを守る良き羊飼いになったとしても犯した罪は変わらない。
だが君は誰よりも優れた羊飼いになるだろう」


「あンたは殺された奴は神様なンて野郎がそうなるように作ったとでも言いてェのか」

「そうでは無いよ。殺すことを選んだのは君や、君にそう仕向けた者達であろう。それは君
達が負うべき責であり、それは変えることの出来ない事実だ。
だが最も尊き人の子が十字架の上で人の世に理不尽を示し、全ての原罪への贖罪として
死んだように、死は無意味ではない。
誰かが生き、誰かが死ぬことには必ず意味がある。全てを見通すことなど出来はしない。
私達人間には。終わってから気付くものだ。
君が自身でも持て余すほどの力を持っているのも、それにより取り返しの付かない過ちを犯
したことにも。そして君が君が弱いと認識していたものに打ち払われたことにも意味があるの
だ。負けたから間違っていたわけでも、間違っているから負けた訳でもないのだよ」


「じゃァなんだ。
オレはなンで殺した。なンで助けた。
あいつらの罪はなンだ。なンで殺されなきゃなンねェンだ。何も知らねェあいつらは。生まれたことが罪なのか」

「それは君自身が考えることだ。考えることを止めてはいけないよ。答えは出ないかもしれない。
それでも君はずっと考えなければいけない。
君は誰も殺さない者より優しく、誰も救わない者より残忍だ。
全てを跳ね除けていた君はおらず、苦痛と慈愛を感じる。
君ならば日々の営みから神の息吹を感じることができるだろう。
日の光、水の流れ、救った者の声、殺した者の顔」

神父はそれだけ言うと、再び目を開け小窓越しに彼を見る。もう震えてはいなかった。

「オレは誰かを救ってもいいのか。一万人以上殺した後にでも」

「もちろんだとも。誰かを助けるということ、そこに善悪は関係ない。
早すぎるということも、遅すぎるということもない。悔い改めるということに時間は関係ないのだ。
問題なのは出切るかどうかだ。生き方を変えるということが。
君にしか出来ないこともあるだろう。
悪党であるというなら、その罪を背負い苦難の道を行きなさい」

少年は来たときと同じように杖に難儀しながらも告解室を出て行った。
「また会えるかい」
神父は座ったまま去り行く背中に問いかけた。
「もう来ねェよ。多分な」
そして来た時と同じようにコツコツと杖を突く音を響かせながら彼は教会から出て行った。
神父はそのまま告解室に残り、ゆっくりとまた目を閉じるのだった。
 


その日、神父はジーンズと黒いポロシャツを着て花壇の手入れをしていた。
膝を突いて雑草を引き抜いていたのだった。

「やっほ~神父様。超お久しぶりです」

後ろから懐かしい声がしたので、神父は両手に雑草を持ったまま後ろを振り返った。立って
いたのはとても小柄な少女で、短く切りそろえてある明るい栗色の髪がより少女の幼さを際立
たせるようだった。彼女は快活そうにカラカラと笑いながら手を振っている。手を振るたびに
サラサラとやや癖のある前髪が揺れる。

「やぁ!ちょっと背が大きくなったんじゃないかい」

神父が知っている少女は今よりもっと小さかった。置き去りと呼ばれる孤児達の一人で何度
か教会で温かい食事と寝床を提供したことがあった。教育用のアニメ映画ではなく、神父の個
人的なコレクションである様々な映画に興味を示す珍しい子供であった。しかしある時期から
ぷっつりと現れることが無くなっていた。


孤児たちが脚を運ばなくなることはよくあることであった。
どこかの学生寮にでも住むことができるようになったり、
なんとか仕事を見つけて生計を立てることができるようになる者もいる。
寂しいものがあるが、子供達には子供達の生活があることは理解していた。

また神父は置き去りと呼ばれる子供達が孤児ゆえに怪しげな実験の被検体として企業や研究
施設に利用されていることも朧気ながらも知っていた。
科学の街で宗教家の自分ができることは少ない。彼らはあまりにも強大で神父はあまりにも無力であった。
神父にできることはより多くの子供を可能な限り彼らの手から遠ざけることだけで、
必ずしも全てを救えるわけではなかった。
姿を見せぬようになり、誰からも噂すら聞く事がなくなった子供達が出るたびに
神父は心を痛め、神の沈黙の意味を問うた。


今目の前に立っている少女もそのように姿を消してしまった子供の一人であった。
背を伸ばしこの教会に脚を再び運んでくれたことを神父は心から喜んだが、
少女の目に隠しきれない陰鬱な陰が差していることにも気が付き、
少女の身に降りかかったであろう不幸を考えるとまた心が痛んだ。

「超伸びました!」

だが少女は笑って応えた。
強い子だ、神父は微笑を崩さずにそう思った。
神父ははめていた軍手を取って汗を拭ってから、花壇の横にあるベンチに少女を座るように
促し、自分も傍らに座った。

少女は大能力者になったこと、今は仲間達と仕事をしながらなんとか生活出来ていることな
どを楽しそうに話した。
特に金髪の少年とは喧嘩をしながらも映画を見に行ったりと楽しく日々を過ごしていると語った。
神父は大いに笑い、少女も笑顔を絶やすことがなかった。
少女は決して悲しいことや苦しいことは言わず、そんなことは存在したことがないかのよう
に喋っていた。神父にはそういった話題をあえて避けていることがありありとわかったが、
語ろうとしないことを無理に聞き出すことはしなかった。

どれほど話し込んだだろうか、先ほどまで笑っていた少女は下を向き、両膝の間で所在なさ
そうに手を合わせた。
「神父様、私わからないんです」
少女の瞳はどうしよもうもなく憂いを湛え、神父は今日少女が来訪した理由が語られるであ
ろうことがわかった。

「友達がいるんです。そして友達がいました。私には二人ともとても掛け替えのない存在。
でも一人が私達を裏切って、もう一人が彼女を殺してしまったんです。それはもしかしたら必
要なことだったかもしれないし、殺したのも殺されたのも私になってたかもしれないんです。
でも皆が後悔してるんです。なんでああなってしまったのか、どうして止められなかったのか。
皆思うところはあるはずなのに、また前のように集まって一緒にいることが私は怖いんです。
彼女はもういないのに。
私の大事な友達にはもう会えないのに、あの娘を殺した友達とあいつとあいつの好きな女の子と
昔のように一緒にいることが怖いんです。
許しちゃいけないことなんです、本当は。
でもわからないんです、だって苦しんで苦しんで一番苦しい思いをしているのも彼女なんです。
でももう五人じゃないんです、四人しかいないんです。
私達から大事な友達を奪ったのに、それでも受け入れないと耐えられないんです。
あいつが許したからって私が許せるわけじゃないんです。
忘れて笑うことは出来ないんです。
でも彼女だって大切な友達だから、苦しんでいるのがわかるんです。だから私にはわからなくて」

 いつの間にか少女の目からは涙が零れだしていた。


「君は優しい子だね。君の名前は一番の愛という意味なんだろう、素敵な名前だ」
「でも名付けた人たちは私を捨てました」
ぎゅっと両膝の上でこぶしを握り締めた。その手にポタポタと雫が落ちる。

「君には見捨てられた人の辛さというものが他の人よりよくわかるんだね。
人を許すということはとても難しいことだ。
とても苦しいことだ。汝の敵を愛せよ、実践することはひどく難しい。
罪を裁き罪を赦すということは我々の間では神が行うこととされている。
君は人の痛みを感じることができる人間だ、この街では見失ってしまう人が多いけれど。
失った命は戻ることはない。
そのために悲しみ、苦しむことも大事だが、今ある命のために悲しみ、苦しむことも大事だ。
忘れなさいと言っているのではない。決して忘れてはいけないよ。
でも君の友達が苦しんでいるのなら手を差し伸べてあげなさい。
許すことのできない罪を犯したというのなら、せめて隣に寄り添ってあげなさい。
誰もいない荒れ果てた砂漠で共に歩む者がいるということは何よりの救いになる。
何も見えぬ暗闇で彷徨う人の手を引く者がいる、それだけで世界は美しいものになる。
 


「傍にいて見守っておやり。その人が道を誤らぬように。君が道を誤らぬように。
いつかその人が君の支えになる。いつか君が夜道で迷うとき先を照らす星明りになる。
意味の無いことなどありはしない。
私は人にはそれぞれ使命があると思っているよ。この街では特にそう思う。
超能力という目に見える形で個性を持っている。
君は友達を救う為にこの街で育ったのかもしれない。その人と出会い支えるために」

神父はそう言って涙で濡れた彼女の右手をそっと両手で包み込んだ。


「でも私が彼女の傍で日常を送ることは殺されたあの娘にとって許しがたい事じゃないです
か」

「人を裏切るというのは裏切る者にとっても大変な苦痛を伴うものだ。
ユダという男がいた。
彼は己のために神の子をパリサイ派の人間に引渡し、神の子が十字架に掛けられる理由を与
えてしまった。
彼はパリサイ派の人間が報酬として寄越した銀貨三十枚を受け取らず、神の子がその死を遂
げられる前に荒野で首を括った。
我々十字教の者の間ではユダは忌み嫌われている。
だが私は彼を憎むことが出来ない。
血も涙もない男であれば、師のために苦しむことがあるだろうか。
己の罪の大きさに恐れをなして命を自ら絶つことがあろうか。
神の子が全ての人間の罪を背負い十字架で非業の死を遂げる原因を作ったのは彼だ。
彼の裏切りがあったからこそ、全ての人間に救いがもたらされたとも言える」


死んでいった者達の考えを推し量ることは出来ない。
彼女が君達を裏切り売り渡したとしても、
その行いが結果的に彼女自身を傷つけ、君達に消えることのない苦痛を残したとしても、
その意味を考えるのは生残った者達のする事だ。
一つ言えることがあるとすれば信じなさいということだ。
神や私の言葉ではなく、死んでしまった友人のことを。
君が選んだ友達が、君や君の友人の苦悩を知ったとしても共に歩み苦し
んでいくことすらも許さないと罵るような人間であったのかどうか」

少女は何度も何度も首を振り、涙が止まることはなかった。

「さぁ泣くのはおよしなさい。
そうだホットミルクでも入れてあげよう。昔好きだったろう。さぁ中にお入り」


少女は泣きじゃくったまま神父の入れたホットミルクを飲んでいたが、
飲み終わると泣き止んでいた。
瞼は赤く眼も充血していた。
ふぅと一息ついてから少女はすぐ傍で同じように座ってホットミルクを飲んでいる神父に向
き直ると
 
「神父様、私超頑張ります」

先ほど現れたときと比べ、ほんの少しだけであるが、瞳の奥の陰鬱な影は鳴りを潜め、充血
したせいもあるのか随分と決意めいたものが宿っていると感じられた。
神父はまたいつものように微笑んで、

「またいつでもおいで。映画のDVDも増えたんだ」
「ほんとですか。超来ます、めっちゃ来ます」

少女は来た時と同じように手を振りながら帰っていった。
神父は彼女と彼女の愛すべき友人達のためにそのまま夕方の祈りを捧げた。
願わくばもうお互いを傷つけあうことのないように、と。

以上です。
誤字脱字などご容赦ください。
気が向いたらまた書きます

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