※エロ注意
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彼が教師になるときに、小学校教員を選んだのには理由がある。
三つ子の魂百までというように、人間は年齢を重ねれば重ねるほど、その人格は固定化していく。
中学生や高校生が相手では、彼らがそれまでに受けた教育を上書きすることは難しい。
教師として優れた人格の持ち主を育てるには、小学校が最もふさわしいと考えたのだ。
採用試験に受かった次の年に、担任を任された。
その学年には一クラスしかないので、学年主任も兼ねている。
まさかこんな新米の時から、クラス担任をやることになるとは思っていなかった彼はひどく驚き、同時に暗澹たる気分になった。
緊縮策によるものか、教員も人手不足なのであろう。
その時の彼は
先生(一刻も早く教員を増やす為の政策を打たないと教育現場は崩壊してしまう)
などと、これから自分に待ち受ける困難ではなく、日本の未来を憂えていた。
新学期の行事も終わり、授業が始まった。
その日は、まだ四月だというのに日差しが強く、肌にはじっとりと汗が滲んでいた。
四月は暖かですごしやすいはずではなかったのか。
己の庭に害獣が来て散々に踏み荒らされているかのような理不尽な感覚を覚えて、朝から彼はひどく苛立っていた。
教壇に立ち、生徒をぐるりと見回したことで、彼の苛立ちはますます募る。
彼の受け持ちは三年生であり、彼からしてみれば、純朴であることが当然の年齢だ。
しかし、実際の生徒達は、その理想に反する者も多かった。
不良のようにだらしなく髪を伸ばした男子生徒。
露出の多い、およそ子供らしくない服を着ている女子生徒。
そういった本来この場にいるはずのない生徒達が、あるいは隣の者と私語をし、あるいは、退屈そうに下を向いている。
それらの生徒達が、厳粛な場に突如乱入してきた浮浪者のように彼の目には映った。
先生(だが、そうだ)
先生(彼らは家庭でろくな教育を受けていない。だからこそ俺がどうにかしなければいけない)
先生(こういった哀れな出生の子供達でも、真っ当な社会人となれるよう、下地を作るのが俺たち教師の役目だ)
その志で、早くも鬱屈としてきた心を奮い立たせる。
先生(そう、志だ)
先生(俺には志がある。単に一年間をやり過ごし続ければ良いなどと考えている、そこらの教師連中とは訳が違う)
先生「はい、みんな静かにー」
先生「今日はね、『きつつきの商売』をみんなに順番に音読してもらうからねー」
先生「……横山君。みんなが読んでる声が聞こえないからね。そろそろお喋りはやめようかー」
先生(育ちの悪いクソガキが)
同じような注意を何度か繰り返し、ようやく静かにさせる。
注意を受けた横山少年が隣の生徒におどけた顔をしてみせたことが、更に先生の憤懣を強めた。
先生(ろくでもないクズ野郎め)
先生(社会に出ても同じように他人に迷惑をかけるだけの存在で人生を終えるだろうよ)
だが、彼はもちろん怒りを顔に出すことはせず、何事もなかったように授業を続ける。
出席番号と日にちを適当に関連づけて選んだ生徒から順番に、一段落ずつ音読させていく。
その間、彼は机の間を歩きまわり、生徒達の様子を見ていた。
そうしなければ、お調子者達がまた騒ぎ出すからだ。
生徒達に鋭い視線を向けながら監視を続けるうちに、彼の怒りもようやく収まってきた。
むしろ、この秩序が維持される光景を見ることで、心地良さで満たされていく。
問題児達が大人しく授業を受けているということは、教師である自分を彼らが畏れていることを意味しているからだ。
先生(やはり、子供というのはこうでなくては)
先生(そうだ、悪いのはこの子達ではない)
先生(彼らに子供の在り方を教えることを怠った馬鹿親と、連中の存在を許す現代社会が悪いのだ)
先生(親に出来ないというのなら、俺が教えてやらないと、この子達は一生救われないままだ)
そんな達成感から来る穏やかな表情を浮かべながら、彼はゆったりとした足取りで歩き続けていた。
ふと、一人の女子生徒に目が留まる。
しかし、彼は一瞬、自分がなぜその生徒に目を留めたのか解らなかった。
それは、一見自然に見えるから解らなかったのではなく、あまりにも異様過ぎて理解が追いつかぬ為であった。
担任となり、少女を最初に見た時から、先生は彼女が気に入らなかった。
まず、その服装に問題がある。
彼女はクラスの不良女子の中でも、とりわけ露出の多い服装をしていた。
それがまた、可愛らしさすらない、まるで娼婦が着るような下品な服なのである。
それだけでも先生が眉をひそめるに十分であったが、何より彼の癇に障ったのは、少女の顔であった。
派手な服装とは対照的に、少女の表情は常に暗く、じっと上目遣いにこちらを見る目つきは、寒々しいもので、ひどく先生の心を揺さぶった。
その卑屈な顔つきと淫らな服装が相俟って、退廃的な雰囲気を醸し出しており、先生は彼女に嫌悪感すら抱いていた。
その少女がいま、彼の目前で妙な動きをしている。
体操でもしているかのように、左腕を前から首に巻き付けて、首は左下にぐぐっと曲げている。右手は顔の前にあった。
その異様な体勢のまま、硬直している。
先生(一体何をやっているんだ? こいつは)
戸惑いながら少女に近づいていく。
見ると、周囲の生徒も彼女の方を見ていた。
彼らの目に浮かぶのも困惑の色だけで、何が起きているのか理解していない様子であった。
先生(引きつけでも起こしたか?)
ふとそう思い当たり、彼は焦りだした。
だとすれば、一刻も早く対処しなければまずい。
先生「少女さん、どうしたの? 大丈夫? 気分悪いの?」
身を屈めて少女にそう問いかける。
が、すぐに無言になった。
少女の行為を目の当たりにして、思考が停止したからである。
少女は、乳房を舐めていた。
右手を顔の前に持って行っていたのは、襟元から服の中に手を突っ込み、その薄い胸部の肉をつまんで、舐めやすいようにする為だったようだ。
ぺろぺろと、おそらくずっとその行為を続けていたのであろう少女は、上目遣いでちらりと先生の方を見る。
そして、彼と視線を合わせたまま、また、ぺろぺろと乳房を舐め始める。
先生はしばらくぽかんとしていたが、少女の行為を理解した瞬間、カッと頭に血が昇り、目の前が真っ白になった。
先生「おい!」
思考の定まらぬまま、思わずそう怒鳴りつけていた。
先生「何やってるんだ! お前!!」
そこまで言ってはっと正気を取り戻す。
急いで辺りを見回せば、子供達が驚いたようにこちらを見ていた。
先生(ダメだ。大声を出しても解決にならない)
彼はどうにか自分を落ち着け、冷静さを取り戻した。
そして、今度は小声で少女に語りかける。
先生「少女さん。そういうことをしちゃ、駄目でしょ?」
努めて穏やかにそう言ったものの、少女は行為を止めようとはしなかった。
先生(そもそも、こいつは自分が何をやっているのか解っているのか?)
小学三年生の少女が自慰行為のことを知っているとは思いたくなかったが、普段の彼女の身なりを考えれば、知っていると疑わざるを得ない。
それとも、知識を持っているわけではなく、偶然に発見しただけなのだろうか。
先生(いや、今はそんなことよりも、まずこれを止めさせないと)
そう思い直し、再び少女に注意する。
先生「少女さん。それはね、やっちゃいけないことなんだよ。だからね、ほら、止めようね」
だが、少女は止めない。
相変わらずこちらを例の嫌な目つきで見たまま、乳房を舐め続けていた。
再び先生はカッとなった。
「やめろ!」と怒鳴りそうになったのを、かろうじて堪える。
代わりに、
先生「やめなさい、ほら」
と、相変わらず小声で叱りつけつつ、少女の右手を掴み、乳房から引きはがした。
そこでようやく少女は行為を止めた。
ふう、と思わず疲労と安堵の溜息を吐く。
そして、少女の方を見直すと、彼女がまだじっとこちらを見つめたままなのに気がついた。
その目はどこまでも冷ややかで、何の意志も読み取ることは出来ない。
先生の胸に、またしてもむかむかとしたものが広がっていった。
先生(ようするに、こいつは俺を馬鹿にして遊んでいたというわけか)
先生(どこからか拾ってきた自慰の知識をわざと見せびらかし、俺を困らせようという魂胆だな)
ふう、とまた溜息を吐く。
同時に今度は重苦しい、やるせない気持ちになった。
先生(こいつはもう駄目だ)
怒りよりも疲労を強く感じ、先生は胸中でそう断じた。
先生(この年でここまでの淫乱になっていたら、もう手の着けようがない)
彼は少女の更正を諦めた。
すると、胸には別の怒りが湧きだしてくる。
先生(一体いつから我が国はこんな風になってしまったんだ?)
先生(こんな腐りきった子供が現れるような国に誰がしたんだ)
そうして先生はいつものように祖国の惨状を嘆いた。
先生(しかし、まずは授業を進めないと)
ようやくそのことに気がつく。
いつの間にか時間がかなり経過しており、ほとんど授業時間は残っていなかった。
少しでも内容を消化しておかないと、取り返すのが困難になる。
この上なくつまらない出来事のために予定を狂わされたことに、また先生はひどく苛立った。
先生(少女のことは保留だな)
先生(こんなことが続くようなら他の教師にでも相談しなければならないが……)
内容が内容なだけに、出来ればこんなことは他人に話したくはない。
それに彼は、先輩たちのことを全く信頼していなかった。
どうせ、大した助言は貰えまい。
先生(二度とこんなことをせぬよう後で少女に釘を刺しておこう)
先生(……無駄だとは思うが)
しかし、先生の予想に反して、その日以来、少女が授業中に自慰行為をすることはなかった。
いや、自慰行為でなく、あらゆる問題行動も起こさない。
ただ、相変わらずの淫乱な服装で、嫌な目つきをしながら、授業中も休み時間も、じっと押し黙って過ごしていた。
そのことに先生は大変満足した。
一度は救いようがないとすら考えたが、どうやらまだ少女にも良心は残っていたらしい。
叱られて素行を改めるなど、素直なところもあるではないか。
一人の生徒を早くも更正させたことが、教師として大いに鼻が高かった。
それからしばらく経ったある日の夜。
その日は一日中雨が降っていて、暗くなるのも早かった。
先生は自宅に持ち帰った仕事を片付けながら、次の授業について考えていた。
出来るだけ生徒達の印象に残るような、そんな一風変わった授業をしてみせたいのだが、中々思い浮かばない。
どうにも彼は昔から、そういった独創性というものには欠けているのであった。
傍らに置いてあった携帯電話が鳴り出す。
彼は持っていたペンを置くと、携帯電話を手に取り、画面を見た。
着信は教頭からのものであった。
先生(こんな時間になぜ教頭先生から電話が……?)
嫌な予感がした。
当然、良い話なわけがない。
先生「はい」
教頭『ああ、○○先生。教頭です』
教頭『夜分遅くにすみませんね。ちょっと至急お知らせすることがありまして』
相手の声からは緊張が感じられた。
予想していたことではあるが、先生の不安はますます募る。
先生「どうなさったんですか、教頭先生」
教頭『いえね、先生のクラスに少女って生徒がいるでしょ?』
いつぞやの自慰のことが頭に浮かぶ。
やはりか、と思った。
何かしでかしたのだ、あの少女が。
大人しくしていると思って油断していたことを、彼は悔やんだ。
更正などしていなかったのだ。
一体あれは何をやったというのだろう。
先生「少女さんが何か……?」
教頭『彼女の家の……ええ、何と言うか』
教頭『彼女のその、母親の恋人が逮捕されたんですよ』
先生「母親の恋人?」
全く予想外の答えに、思わず相手の言葉を繰り返す。
そして、ほっとした。
先生(なんだ、少女が事件を起こしたわけではないのか)
生徒の問題ではなく、あくまで生徒の家庭問題ならば、当然それなりの対応は必要になるとはいえ、自分の責任が問われるような話ではない。
先生は幾分、気楽になった心持ちで、続きを促した。
先生「逮捕というと、どんな事件を?」
教頭『それなんですがね……』
教頭の声色で、和らいだ気分がまた一気に緊張する。
先程の、いや先程よりももっと強く、それでいて掴み所のない不安が先生を襲った。
先生(……なんだ?)
窓から聞こえる雨音が急に強まったように感じる。
何か良くないこと、とてつもなく良くないことをこれから聞かされる羽目になる。そう直感した。
教頭『実はね、その男というのが、その……少女さんをだね、虐待していたらしいんだよ』
先生「……」
教頭『それもどうも、いわゆる性的虐待というやつで』
教頭『母親の方もね、話を聞かれているらしいけど。逮捕されるのかどうかは分からないが』
雷が落ちたようだった。
全く見当外れの場所に、無理矢理押し込んで納得していたパズルのピースが、瞬時にあるべき場所に収まったかのような感覚を味わう。
胃の中に、重いものが落ちた。
自分が誤りを犯していたことを突きつけられる。
同時に、もはやそれは取り返しがつかないということも。
教頭『もしもし? 大丈夫ですか、先生』
先生「あ……は、い」
教頭『先生も辛いでしょうけどね。まあ、クラスの子達のケアもありますからね』
先生「はい……」
ほとんど上の空で返事をする。
教頭『そうそう。少女さんですけど、何かクラスで兆候はありましたか?』
先生「兆候……」
教頭『はい。SOSのメッセージと言いますか』
教頭『そういう虐待を受けている子達は、何かしらSOSを出すものみたいだからね』
先生「…………」
答えられなかった。
言葉が出てこない。
ほとんど肉のついていない、薄い乳房を舐める少女の姿が目前に浮かんだ。
「二度としないように」と言われている時の、何も映さぬ虚ろな目も。
それらの光景が、ただ、ぐるぐると先生の頭の中を回っていた。
教頭『……しかしまあ、ひどい話ですよ』
先生の沈黙をどう受け取ったのか、教頭は聞かせるともなしにそう呟いた。
教頭『ひどい話だ』
溜息混じりにもう一度そう言った。
先生はただ黙ってそれを聞いていた。
窓からは相変わらず雨の音が聞こえてくる。
しばらくの間は止みそうもなかった。
おわり
お付き合い頂きありがとうございました。
知り合いの教師の実体験をもとに書きました。
地の文とかほとんど書いたことないからえらい疲れた……。
ついでに前に書いたやつを宣伝。
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