浅羽「伊里野、夏がまた来たよ……」 (27)
UFOの日まであと二週間。
ということでイリヤSS。
超短編です。
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「おっくれてるぅーーーーーーーーーーーーッ!!」
部長が、叫んだ。
昌穂がため息をついて、僕はぼんやりと窓の外に浮かぶ雲を見つめていた。
「……おい、両特派員!何かしら反応したらどうかね?」
伊里野と出会い、伊里野が初めて自由な空を飛んだ夏から、もう一年が過ぎた。
部長は高校生になったというのに園原中学校新聞部の部室に入り浸っている。
曰く「勝手に高校の部室棟の一室を占拠したら警察沙汰になった」らしい。
怖くてどこまでやったのかは聞いていないから詳しくは知らないけれど……。
「部長、僕たち忙しいんですよ。
今年の学園祭は……」
「ふん、浅羽特派員はまだUFOだのなんだの言ってるのかね。
それが、遅れてるというのだ!」
確かに、と少し思う。
もう、あの夏は終わったのだ。
僕と伊里野のUFOの夏は終わった。
伊里野は自由な空へ飛んで行ったのだ。
でも、僕はまだ忘れていない。
伊里野の声も髪の香りも、温かな体温も……なにひとつ忘れてはいないんだ。
「部長が未来にいきすぎなんですよ」
「それは違うな。浅羽特派員が一歩も動いていないだけだ。
昨年の夏は少しはやるようになったと見直したが……一気に退行しやがって」
もしかしたら、部長は僕を心配でここに入り浸ってるのかもしれないと思った。
昌穂にぽろっとそんな事をいったら「それはない」と真顔で言われたけど。
「でも……動けませんよ。確かに、伊里野は居たんですから……。
伊里野がいないと……動けません」
伊里野は今の僕を見たらなんて言うだろうか。
伊里野よりも、榎本や椎名はなんて言うだろうか……。
やっぱり、あそこで榎本だけは殺しておくべきだった、と最近また思う。
たった一人だけ、子犬作戦を最後まで正しいと信じ続けた男。
あの男は今なにをしているんだろうか。
部長と昌穂がぎゃーすか言っているのを無視して、僕は屋上へと上がってみようと思った。
去年の今頃、あいつとラーメンを食べた場所だ。
梯子を登れば、
「よぉ……腑抜けてるらしいな」
なんて言いながら、くたくたのワイシャツに無精髭、ボサボサの頭にカップラーメンを抱えた榎本がいるような気がした。
「……え?」
実際は、そこにはコンビニの袋に入ったあの日食ったのと同じカップラーメンが二つあるだけだった。
だけだった、というのもおかしい。
これは、大変なことだ。
だって、伊里野はもういない。
戦争も終わった。
エリア園原も役目を終えた。
こんな洒落た事ができる人間はもういないはずなんだ。
「い、伊里野……?」
なんとなく、その名前を呼んでみる。
「榎本……さん?」
そういえば、あの梯子はいつもはあんなところに無い。
簡単に屋上へ上がれるようにしといたら、馬鹿な中学生はひょいひょい登る。
屋上なんて、自分で梯子を用意してまで登りたくはないけど、梯子を登るだけなら大喜びで登る。
つまり、誰かがここでカップラーメンをくおうとおもったんだ。
残暑厳しいこんな日に、日の当たる屋上でラーメンを食おうとするやつなんて僕は一人しか知らない。
「……よぉ。浅羽。元気だったか?」
「榎本さん……」
「もっと驚けよ、一年ぶりの再会だぞ」
驚いている。
これでもかというくらい、驚いている。
「あー、驚きと言えば、猫覚えてるか?」
「校長の事?」
そうそう、と榎本は頷きながら僕からラーメンをひったくった。
「あれが伊里野んところへ来た」
「……そっか、そんな気がしてた」
伊里野の場所を聞いても、榎本は答えてくれないだろう。
だったら、聞かない。
聞いても、意味が無い。
「……うわ、割り箸一膳しか入れてくれてねぇよ……。
おい、浅羽三分いないに箸もってこい」
「……僕はいらないよ。榎本さんが二つ食べたらいいよ」
三分経つと、榎本はずぞぞぞとラーメンを食い始めた。
片方がのびないように、交互に食っている。
「いひあなー」
麺で口をいっぱいにしながら、何かを話そうとする。
「食べながら喋るなよ。何言ってるか全然わからないよ」
しかし、榎本は僕の言葉を無視するように、また麺で口を満たした。
「おはへりはへきねーけほ、いひあのほほろいきたひか?」
「だから――」
口の中を空にしてからにしろ、と怒鳴りつけてやろうと思った瞬間、気がついた。
「……ちょっと待ってください」
榎本がこうまでして僕に伝えたい事、そんなの、伊里野の事に決まってる。
というか、校長の話で気づくべきだったんだ。
伊里野は、園原の近くで死んだ。
どこか知らない海の上でもなく、果てしない空の彼方でもなくて……伊里野は最期、ここまで戻ってきてそして死んだんだ。
戻ってきたのがいつかはわからない。
もしかしたら、闘ってふらふらになりながら、長い時間をかけて戻ってきたのかもしれない。
だったら――。
「ご馳走さん。浅羽、下手くそなミステリーサークル作る暇があったらしっかり前に歩きやがれ」
「そうですか……良かった」
榎本は僕にゴミを押し付けると、さっさと降りてしまった。
僕も慌てて梯子をおり、榎本に押し付けられたゴミをどうしようかと一瞬考えた。
早くしないと榎本はいなくなってしまう確信があったので、あとで昌穂と部長には謝るとして、無造作に部室に放り込んだ。
「待ってくださいッ!僕も行く……連れてけ」
僕がそういうと、榎本はニヤリと笑いながらゆっくり振り向いた。
夏ももう終わりだというのに、まだまだ暑くて、蝉の声がすごくうるさくて、でも伊里野がいた夏の匂いが今更だけど、少しだけ強くなった気がした。
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「伊里野は、笑ってたぞ」
白いバンに乗り込むと、榎本は唐突にそう言った。
「あの日、あいつは勝った。あいつの一人勝ちだ。
途中であいつの乗ったヤツを俺らは見失ってな、これはもうダメかと思ったんだが……暫くしたら敵が全部消えた」
「消えた?」
「あぁ、消えた。意味がわからなかった。あいつが何をしたのかも何が起きたのかも。
その後何日もロストしたままでな、いやぁ大変だったぞ」
タバコに火をつけ、懐かしむように榎本はつぶやいた。
その横顔に心の底から腹が立つ。
「あんたにとっては……もう思い出なのかもしれないけど、僕にとってはまだ思い出なんかじゃない」
「……まぁ、いいさ。それより、欲しい勲章とかあるか?なんでもやるぞ」
「いらないよそんなもの」
だよなぁ、と煙を吐き出す。
白いバンはゆっくりと進む。まるで夏が終わるのを悲しむかのように、夏の終わりを惜しむかのように穏やかに進んでいた。
「あいつは……笑ってたよ。
お前からパクったシャーペン握りしめて、笑ってた」
信号かなにかでバンが止まった時、榎本が言った。
伊里野のブラックマンタは場所は言えないけど日本に帰ってきたことを、発見した時機体はボロボロだったけど、パイロットは乗っていたこと。
そして、
「涙の跡も無くて、笑って逝ったみたいだった。
お前を守れて、安心したんだろうな」
そのパイロットが死んでいたことを。
「伊里野は……」
「お喋りは出来ねーけどって言ったろ?
墓の場所も……というかあいつの存在が極秘なんだ。
墓参りに招待するのもこれっきりだ」
その後、口を閉ざした榎本に、なんとなく椎名先生について聞いて見たけど、何も答えてくれなかった。
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白いバンが行き着いた先は、全くの荒野だった。
何処かの山なんだろうけど、草も木もなくて、荒れ果てていた。
「ここに?」
「あぁ、ブラックマンタもここに埋めた。
そしたらよ、一年で山がハゲちまったんだ。やっぱ洗浄せずにそのまま埋めたのは不味かったかもな」
榎本がどうしてブラックマンタを埋めたのか、その気持ちはなんとなくわかる。
伊里野がまた飛べるようにだろう。
そよ風の中を、自由に。
ミサイルもレーダーもいらない。
ただ自由に、自分の行きたい場所に飛んでいけるようにだ。
「伊里野、僕……君に会いたい。
君と一緒にまた旅がしたいな。前の旅では君を傷つけて終わってしまったから」
涙は出なかった。
思ったよりも心の根っこでは整理がついているのかもしれない。
「伊里野……また……夏が終わるよ。
君の匂いが感じられる季節が終わってしまう」
でも、大丈夫。
「……ありがとう。世界よりも僕を好きになってくれて……僕も伊里野が大好きだ。
多分、ずっと……死ぬまで……」
君がくれた世界を僕は恨んだりしていない。
君を奪った世界を僕は憎んだりしていない。
だって、
「夏はまたすぐにくる。
僕にとっては全部が伊里野とのUFOの夏だ。
引きずってるとか、立ち止まっているとか言われても良い。
僕は君を忘れない、君の笑顔も君の言葉も君の温もりも」
さぁっと風が通り過ぎた。
「じゃあね、伊里野。大好きだよ」
風の音が、なんとなく彼女の声に聞こえた。
僕の名前を笑顔で呼んでくれる彼女が見えた気がした。
伊里野が居なくなった夏から、一歩だけ前に歩けたような気もした。
終わり。
イリヤは毎年読み返したくなるよね。
では、また。
乙
おつ
また読み返したくなったよ
トリあってるかな?
24日に24をゲット!
今日中に依頼出します最後のあげ!
みんなレスありがとう!
そんじゃまた来年!
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