絵里「6月の花嫁」 (13)
短めです。
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空は昨日からずっと灰色をして、止めどなく冷たい粒を落とし続けている。
ぽたぽた、ざーざー。
そういえば、ここに来る前に通りすがった誰かの庭の、紫陽花がとても綺麗だったわ。
傘なんかじゃとても体全体を雨からガードすることはできなくて、少し足元は濡れてしまった。
あっ、髪はおかしなことになってないかしら?
そんな心配から、手鏡を出して前髪の形を直す暇もなくドアが開いて。
「いらっしゃい、エリち♪」
多分、その瞬間私の不快指数はどこかへ吹っ飛んでしまったに違いないわ。
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「今お茶出すから待っとってな」
低い円テーブルのそばのクッションに座って、キッチンに立つ希を眺める。
よく見る光景なのだけど、今日は特にその姿がさまになっているように見えて――見とれちゃった。
そんな私を現実に戻させたのは、ピンクの豚さんケトルの船の汽笛のようなけたたましい沸騰の音で。
あのケトル、すごく可愛くて私も欲しいなって思って探してたけど、どこにも売ってないのよね。
希の家はさっぱりしてるけど、細かい所のグッズのセンスはとてもいいと思うわ。
「おまたせ♪」
「ありがとう、希。……って、このクッキー」
「そう!うちが作ったんよ」
μ'sのみんなの形をした紅茶の付け合わせのクッキー。
チョコレートで細かいところまできちんと描かれてて、感動しちゃうくらいの出来。
「でもこれ、食べちゃうのがもったいないわね」
「あー……まあ、せっかくやしみんなも食べてもらったほうが幸せやろ?」
「ふふ、そうね。じゃあ私は最初に希を食べさせてもらうわね」
「えっ、ウチを食べるん!?……や~ん、エリちのエッチ~」
「なっ、何言ってんのよ……もう、食べづらいじゃない」
食感もよくて、甘さも控えめで紅茶にもよく合う。
「うん、すっごいおいしいわ!」
「そう?エリちにそう言ってもらえるなら頑張ってつくった甲斐があるってもんやんな!それじゃ、エリちをいただきまーす」
希のかわいい口に私が吸い込まれて……首なしエリーチカになってしまったわ。
雨の音と、二人の喋り声だけが響く。
「そういえば……」
「うん?」
「私、希の標準語が聞いてみたいわ」
「んぐふっ!?」
飲みかけていた紅茶が気管に入って、咳が止まらなくなる希。
そんなに変なことを言ったかしら……なんて思いながら希の背中に手をさする。
ひとしきりの咳が止んだ後、涙目の希が私を見ながら言う。
「な、なんで?」
「いや、ただ、なんとなくよ。たまに出ちゃう標準語がかわいいなって思ってたから……や、もちろんその喋り方も好きなんだけど」
「で、でも……今更普通の喋り方にするんも」
「えー……今日だけ!ね?」
「はぁ、しょうがないなぁ。今日だけ……な?」
「ええ!」
ガッツポーズ。
μ'sのみんなじゃ味わえない希の一面を、今日は私が独り占めできるなんて思ったりして、なんとなく胸がドキドキしちゃった。
希の頬は少し赤く染まってて。
って、そんなに恥ずかしいことなのかしら……?
んんっと咳払いをして、希は大きく息を吸った。
「……」
「……」
「な、なんか喋ってよ」
それもそうよね。いきなり標準語に戻したとして、何を話したらいいかわからないのは当然よね。
外国語が話せる人に『何か喋って』と言われてその言葉で自己紹介するのとはまた訳が違うわ。
ちなみに私もよくそうされた。でも。
「えーと……じゃあ自己紹介してください」
「ええ!?……と、東條希です。好きなものは焼き肉と占いで……」
顔を真っ赤にしてうつむく希に私は心の中で悶絶せざるを得なかったのはここだけの秘密よ。
「も、もう!いきなりこんなことやらされても何したらいいかわかんないよ!」
「そ、それよ!その喋り方、いいわ!」
「はっ」
そしてまた少しうつむく希。
いつもは希にからかわれたりされることが多いけれど、今だけは私が希を支配しているようで、なんとなくしてやったりな感じ。
「エリちの意地悪……」
「ふふ、わしわしの仕返しといったところかしらね」
「ううー……こんなの恥ずかしくてみんなの前じゃできないかも」
「いいじゃない。なんなら明日は標準語で学校なんてどう?」
「いやいやいやいや!それに、みんなも変テコ関西弁の私の方がわかりやすくていいよ!」
「まあ、確かにいつもの喋り方のほうが私達にとっては希のイメージとしてはあるけど……」
「なら普通の喋り方に戻しても……」
「それはダメ♪」
そんな攻防戦をこの後かれこれ30分は続けたわ。
その攻防戦に私も希も少し疲れちゃって、まったりテレビを見たり、とりとめもない会話をした。
希はもうすっかり標準語が板についてきてるみたい。
昼間の退屈なワイドショーは、ジューン・ブライドの特集だった。
「はぁー、この人綺麗だね」
「そうね~。私達もいつか着るのかしらね?」
「エリちならすぐじゃない?」
「そうかしら?希だってすぐ着れると思うわ」
「私はまだ……考えられないかも。エリちはどんなのが着たい?」
「そうね……私はシンプルなのがいいわ。あんまり派手すぎないの」
「私もどちらかといえばそうかも」
「やっぱり王道が一番よ!」
「そうだね♪でもやっぱりまだ考えられないなぁ」
「あ、そうだ。今日は泊まってくわね」
「ええ!?」
「何よ……ダメ?」
「う、ううんダメじゃないけど……」
「なら決まり!ちゃんと着替えも持ってきてるわ!」
それから、二人してキッチンに立って夕食を作った。
『私が作るからエリちはゆっくりくつろいでて』なんて言ってたけど、流石に気が引けたから、強引に調理に参加したけど。
希の料理は見栄えも味もかなり良かったわ。やっぱりいいお嫁さんになるんじゃないかしら。
お風呂を借りて、それからはずっとお喋り。
話題は尽きず、μ'sのことから果ては希オススメの小物屋さんの話まで。
「もうそろそろベッドに行こか?」
時計は……23時59分か。
ベストなタイミングね。
日付が変わるまでに渡しても意味がないから、秒針を気にしつつ自分のバッグの中を漁る。
「エリち?」
四角い箱と、そのリボンに手が触れる。
50秒、51秒、52秒、53秒、54秒――。
秒針が59秒を指したと同時に、箱をバッグから取り出して、希の前に出す。
「希、誕生日おめでとう♪」
「……あ、あ、今日って私の……」
「え、まさか忘れてたの!?」
「あはは……開けてみてもいい?」
「ええ、もちろんよ」
その瞬間、希の携帯が鳴って、一気に画面にメールの通知が7通。
「あっ、これみんな……」
「ふふっ、みんな希のことをお祝いしてくれてるのよ」
希は、ゆっくりと箱のリボンを解いて、淡い紫の包装紙を開いて、出てきた白い箱の蓋を取る。
実は内心、私は気に入ってもらえるかどうかドキドキしっぱなしで。
「わぁっ……」
「気に入ったかしら……?」
「うんっ……!!」
多分そのときの笑顔は私が見てきた中でもかなりトップクラスの笑顔だったと思う。
紫色のパワーストーンを集めて作ったブレスレット。
希のことを想いながら作ったブレスレット。
「これ、これから毎日学校につけてくわ……!ウチ、本当にいい友達がたくさん……」
「言葉遣い、元に戻ってるわよ?」
「もう、日付変わってるしいいやん?やっぱりこっちのほうがしっくりきちゃって」
「ふふ、そうね」
「いつもありがとうね。希」
「なっ、どうしたん?」
「こういう機会がないと言えないでしょ?――いつも私やみんなを支えてくれて……希がいたから私もここまでこれたのよ」
「て、照れるやん……」
また少し火照った顔を下に向ける。
そこには涙の粒が見えた。
外の雨は止んでしまったみたいで。
「これからもっ、よっ、よろしくなぁ?」
泣いて声は上ずって、肩が時折震える。
私は自然と希に抱きついた。希はとっても温かくて――。
「希!」
「うっ、うん?」
「―― これからもよろしくね、ずっと」
まだ、その二文字は言わないでおくことにした。
だって、まだまだウェディングドレスを着るにはお互い早すぎるものね、希?
終わり
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