とある学生の雷神右方-Reincarnation- (125)





・フィアンマさんが女の子

・雷神右方(メインCP)

・キャラ設定捏造。所謂学園パロ

・ゆっくり更新

・エログロシーンが時々あるかもしれないです

・前2作を読むとより楽しめるかもしれないです


1スレ目(本編)

フィアンマ「助けてくれると嬉しいのだが」トール「あん?」
フィアンマ「助けてくれると嬉しいのだが」トール「あん?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1382858026/)

2スレ目(本編)

トール「フィアンマ、か。……タイプの美人だ」
トール「フィアンマ、か。……タイプの美人だ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399381899/)


当スレは番外編の位置づけになります。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1402147386








チャイムの音。
聞きなれた靴音。

意識が朦朧としていて、反応出来ない。

『……具合が悪いのか?』

差し出された手に、見覚えがある。
ああ、彼女の手だ。

『フィアンマ、』


「………ハッ!」

そうして、トールは目を覚ました。
清潔な部屋に設置されたベッドの上。
天井取付式扇風機がぐるぐると回っている。
風の強弱設定は『中』。
嫌な汗をかいているのは、どうやら寝汗だったらしい。

「……何だ今の」
「あー、ごめんねー」

ドアが開く。
白いカーテンを退けて見てみると、女性が冷房を点けている。
どうやらここは保健室のようだった。

「君、軽い熱中症で倒れちゃったみたいね。
 寝不足だったんじゃないかな。気分はどう? 水分飲ませて寝かせてたんだけど」
「ああ、………ま、一人で帰れる程度には」

のそのそと起き上がり、深呼吸を一度。
傍らの鞄を手にし、靴を履く。

「そうそう、女の子が君を連れてきたんだけど、彼女?」

にやにやと笑う女性保健医。
そもそも、自分を運んできたその女の子とやらが誰なのかわからない。

「もし心配だったら、一応病院には寄りなさいね。それじゃあまた明日」


家に帰り、シャワーを浴びる。
適当に夕飯を済ませ、ベッドに寝転がる。
冷房を『おやすみモード』で起動させると、途端に部屋が涼しくなる。

「ふー……」

ごろりと転がり、テレビを点けた。
あまり面白い番組はやっていなかったので、すぐに消した。

「明日は…」

時間割カレンダーを見やる。
明日はどうやら体育が入っているようだった。

「競技何だっけか?」

今日はひとまず寝てしまおう。
目を閉じ、電気を消す。
自然とあくびが漏れ出たので、きっと疲れているのだろう。


翌朝。
トールは手早く着替えを済ませ、学校へ向かう。
まだ何となく頭の中が気持ち悪い。
何だか、誰かに記憶をいじられたかのような。

「…SFホラー映画じゃあるまいし」

エイリアンだの何だのに脳をいじられるイメージが浮かび、首を横に振る。
そんなホラー染みたことが現実に起きてたまるか。
超常現象モノのテレビは好きだが、当事者にはなりたくない。

「はよ」
「はよ、トール」

朝から机でだらけている友人を小突き、トールも席に着く。

「今日席替えだってさ」
「いつもの月イチのだろ」

退屈に退屈を重ね、時々楽しい。
学生生活なんてのはそんなものだ。
今日の体育はドッヂボールらしい、と友人から確認を取り。

「何か機嫌良いな、ウート。何かあったのかよ?」
「昨日きた転校生が隣になったらいいなーって思ってさ」

転校生。
そんな子はいただろうか、と首を傾げる。


授業開始時間に近づくにつれ、クラスメートが教室内に増えていく。
欠伸を噛み殺し、トールは後ろを見やる。

女の子が入ってきた。

見慣れない女の子だった。
赤い髪をセミロング程度に伸ばしている。
制服であるセーラー服の指定タイの裏、ループタイをしているらしい。
真っ白な肌と、琥珀色の目が特徴的だった。

「……、…」
「……? おはよう」

思わず黙っていると、笑顔で挨拶をされる。
ひとまず、とトールも挨拶を返すと、彼女は席についた。

「何だよ、転校生が気になるのか? まあ美人だけど」

ちら、と見やれば友人がニヤついている。

「そういやトールちゃん、昨日熱中症起こして倒れたんだっけ?
 運んでくれたのあの子だし、この機にお近づきになっとけば?」

そう勧められ立ち上がりかけたところで、チャイムが鳴った。


席替えがあり、友人は後ろの席へ。
毎月真後ろか真ん前だな、とトールと友人で笑い合い。
男子陣の後に女子陣が席替えを行い、席に着く。
視力の悪い人間は前に、などの配慮がなされた順でくじを引いたのだ。
文句は特に無く、休み時間へ突入する。
隣の席になったのは、例の赤髪の女の子だった。

「名前は…何だったかな?」
「トール。……あんたは?」
「フィアンマ、で良い」

よろしく、と彼女が微笑んだ。
既視感を振り払い、よろしく、と返す。

「それで」
「ん?」
「……た、助けてくれると嬉しいのだが」
「あん?」

教科書がまだ届いていないらしい。
苦笑いでのお願い事を聞き入れ、トールは小さく笑った。

「ありがとう」
「俺の方も、礼を言い忘れてた。なあフィアンマ、」


とりあえずここまで。
前二作読まなくてもフィーリング次第で問題ないです。
よろしくお願いします。

何で学パロでエロはともかくグロがあるんだよw


スレタイがもうネタバレなので、ちょくちょくリフレイン・サルベージ描写あります。

>>9
(だいたい前スレのせい)















投下。


転校初日ということで、校内をうろついて探索していた。
そんな折、廊下で今にも倒れてしまいそうな男子生徒を発見し。
放っておける訳もなく、倒れてしまった彼を保健室へ連れて行った。

そんな単純な経緯でトールを助けた、と彼女は語った。
相槌を打ち、トールはシャープペンシルをカチカチと鳴らす。

「苦手な科目とかあんのか?」
「んー? んー……」

かりかり、とノートに数式を書き取り。
彼女は首を傾げ、やんわりと苦笑いし。

「体育、かな?」

勉強系は才能がなくとも何とかなる。
だが、運動はそうはいかない。
誰しも得意スポーツや体格の限界、体力値などが関係する。

「ま、スポーツ少女とは程遠い見た目だしな」
「他の教科成績でカバーせねばなるまい」

こそこそ、と授業中に会話をし、ノートを綴る。
退屈な一時間目、数学の授業はそうして終わった。


二時間目。
トール待望、フィアンマ悲観の体育である。
競技内容は事前に連絡が回っていた通り、ドッヂボール。
高校生にもなってやる内容ではないが、夏の競技の大半はお遊びだ。
そもそも、スポーツ系進学校でもない限り、体育に力は入っていない。

「………」
「……始まる前に、確かに守ってやるとは言ったけどさあ」

ドッヂボールは初めてする。
ボールをぶつけられるのが怖い。

そんな不安を口にしたフィアンマに、トールは守ってやると宣言した。
同チームになり、コートに入った途端。
彼の後ろにささっと隠れ、フィアンマは様子を窺っている。

「あからさま過ぎるだろうが!」
「安全地帯は確保しておくべきじゃないか?
 それよりも、余所見をしていると危険だ」

前を向く。
ボールトスを終え、キャッチした男子生徒がやる気まんまんにトールの方を向いた。
日頃、体育の授業で受けている恨みを今こそ解消してやろうということらしい。
後ろに女を庇っているというのはかなりのハンデだ。何せ動かないので、ぶつけやすい。

「っていうか女に頼られてる時点でぶつける!
 異存はねえだろ野郎共!?」

振り返る男子生徒に対し、他の男子生徒が呼応して賛成する。

次の瞬間。

ゴムボールとは思えない剛速球が、トールの方へ飛び込んできた。


掌が焼けるかと思った。
どうにかボールを受け止め、トールは緩やかに息を吐く。
安易に約束などするのではなかった、と思いながら振り返る。
彼女はというと、トールの体操着をきゅっと軽く掴んでいる。

「……、…」
「………ん?」

何かおかしいことでもあっただろうか、と彼女は首を傾げる。
心地良い既視感に自らも首を傾げ、それから前へ向き直る。
ともかく、約束してしまった以上は守らないと男らしくない。

「今日は全員場外アウトさせてやる」

宣言後、トールは肩を使って思い切りボールを投げる。
バチィン、と実に痛々しい音がして、男子生徒二名がアウト。
敵を圧倒するというのは楽しいものだ。
故にトールは喧嘩も好きだし、スポーツも好きである。
特に、こうやって直接戦える系統のものが。

「ちくしょう、爆発しいってえ!!」
「こんなにやる気があんの初めてじゃぐおおすげえ痛え!!?」

トールを揶揄しながら痛みを訴え、男子生徒は全員場外アウト。
残る女子生徒には若干やんわりとボールをぶつけていると、チャイムが鳴った。
結果としては、トールの所属するチームの完全勝利である。
ぱ、と手を離し、フィアンマはトールから離れていく。
体よく利用されたような気がするが、自然と怒りは湧かなかった。

何となく、懐かしい気分がする。

それの正体が何なのかはわからないが。

「お疲れ、トールちゃん。ねえねえ、もしかして付き合ってんの?」
「んな訳ねえだろ」


放課後。
夕陽の射し込む教室で、トールは目を覚ました。
五時間目の授業中、終盤で寝入ってしまったのだった。

「あー……」

ぐしゃ、と長い髪を掻き、ぼやぼやと黒板を眺める。
友人達は既に帰ってしまっているようだった。
自分も帰らなければ、と鞄に飲み物のペットボトルを入れ込む。
隣の席に座る彼女も、ちょうど帰り支度をしている。

「目が覚めたか」
「割とすっきり。やっぱ暑いのはダメだな、体力削られる」
「俺様もそうは思うがね。飲むか?」

手渡されたのは、『はちみつれもん』と書かれたミニペットボトル。
ひんやりとした容器は、若干汗をかいている。

「買ってきたばっかじゃねえのか、これ」
「あたり付き自動販売機で当たったんだ」
「ああ、購買の。……購買の?」

購買部、もとい食堂に置いてある自動販売機はあたり付きだ。
実際には絶対に当たらない自販機として有名なのだが。
それを当てたと説明され、トールは驚きつつ笑った。

「強運だな」
「昔からだよ」

笑って、彼女は立ち上がる。
そして、教室のドアに近寄った。
ドア近くには、ツンツンとした黒髪の少年が立っている。

「待たせてしまってすまない」
「あー、いいっていいって。
 それより、忘れ物とかしてないよな?」
「問題無い」

それじゃあ帰ろう、と少年が手を差し出す。
少し躊躇ってから、彼女は少年の手を掴んだ。
そのまま、仲良さそうに廊下へと出て行き、姿が見えなくなる。

「……隣のクラスの上条、だっけ?」

呟き、胸のざわめきを抑え込む。


土曜日。
貴重な休日だが、部活の手伝いに駆り出されたトールは、教室へ戻って来た。
炎天下の中サッカーに野球にと駆り出されては、流石に疲れる。
とはいっても、涼しい場所でスポーツドリンクを飲めばすぐ元気になるが。

「……ん?」

調理室に明かりがついている。
まだ昼間だというのに点けているということは、人が居るということ。
加えて、何らかの作業をしているということなのだろう。
裁縫室は完全に別にあるので、つまりは料理だ。
トールの所属する高校には多数の料理関係の部活がある。
純粋な料理部、和食部、ティータイム部、菓子部、蕎麦打ち。
そのどの部活のリーダーも、曰く、『食べ手が少ない』とのこと。

「……寄ってみるか」

制服に着替え、教室を出る。
鍵を閉めて職員室に返却したその足で調理室へ。

「………」

すんすん。
良い匂いに意識を集中させて嗅いでみる。
何となく肉料理の匂いだという結論に落ち着いた。
湧き上がる下心のままノックをすると、入室を促す少女の声。

「邪魔すんぞ、…よお」

中に居たのは、同学年の女子生徒だった。
一つ結びのふんわりと長い金髪を靡かせ、彼女は振り返る。

「トールか。丁度良い時期に来たな。食べて行け」

新入りが作っているから、との発言。
新入り、と視線を向けると、何となく予想はしていたが、彼女が立っていた。

「フィアンマ、何作ってんだ?」
「ハンバーグだよ。もう少しで焼きあがる」
「入部したのか?」
「まだ決め兼ねている。いくつかの部活を手伝った方が楽しいかもしれんしな」


出来上がったハンバーグが皿に乗せられる。
甘そうな人参のグラッセを添えて出された。
続いてオティヌスが作っているのは、どうやらゼリーらしい。
板ゼラチンを丁寧に溶かしている様は実に家庭的。
フィアンマはトールの向かい側に腰掛け、人参グラッセの余りを食べている。

「んで、食って良いのか?」

作った本人に聞いてみる。

「俺様に聞いているのか? 問題ないが」
「わかった。いただきます、と」

手を合わせ、調理室備品の地味な箸でハンバーグを割る。
じゅわ、と真ん中から美味しそうな肉汁が溢れ出した。
白飯が欲しくなるが、そんなサービスは流石にない。

「ん」

ぱく、と一口口に含む。

「………一応、口に合わない場合はジュースで流し込んで構わないぞ」

林檎ジュースの入ったペットボトルを手に、フィアンマはおずおずと申し出た。
彼女の得意料理なのだが、料理とは結局受け手の評価次第で決まるものだ。
ハンバーグには、手作りと思わしきトマトソースがかかっている。


「美味い。俺が今まで食ってきたハンバーグの中で一番」
「……そうか。ならば良い」

事実を偽ることなく、良い口上もなしに伝えると、フィアンマは嬉しそうに笑った。
トールも笑み、トマトソースを絡めてハンバーグを食べていく。
やがて人参のグラッセ(余り)を食べ終えた彼女は、オティヌスに近づいた。
料理部長兼次期生徒会長候補はというと、ゼラチン液に果物を混ぜている。

「そちらの桃はもう少し小さく切れ」
「見栄えの問題か」

桃を半口サイズにカットし、既にみかんの入っているゼラチン液へ投入。
後はタッパーに入れて冷やし、固まり次第器に盛り付けるだけ。

「月曜日の放課後には食べられるだろう」
「楽しみだ」
「今日の部活動は終わりとする。各自好きに帰るが良い」

告げて、彼女はエプロンを片付けて調理室から出て行く。

「トールはこの後予定はあるのか?」
「いんや、無いな。何で?」
「遊びに行くのに一人は寂しいじゃないか?」

悪意なくはにかみ、彼女は皿洗いなどの片付けを済ませる。

「何処行く?」
「ひとまず、かき氷を食べに」


今回はここまで。
リア充を描けるように頑張りたい


(オティヌスちゃん学生服だから…!!)


















投下。


真っ白な削り氷にたっぷりとかかる水色のシロップ。
爽やかなラムネ味のかき氷である。

その隣にあるかき氷は、真っ赤な苺味。
ぐるぐるとうずまき状にかかっている練乳からは甘い香りがする。
細身の長いスプーンでしゃくしゃくとかき氷を溶かし。
ラムネ氷を注文しておきながら食べる様子のないトールを不思議そうに見やる。

「…食べないのか?」
「いや、何かこう、……腹いっぱいだ」
「? 先程まで食べる気満々だっただろうに」
「お前の食う量が尋常じゃねえんだよ。
 それ何杯目だ」
「三杯目だな?」
「だな? じゃなくてさあ、」
「溶けるぞ」
「わかったよ、食うよ」

しゃくしゃくと溶かし、トールも食べ始める。
かららん、という風鈴の音が耳に心地良い。

「流石に寒い」
「考えて食えよ!」


夏服のセーラー服は白なので、若干透ける。
あまり見ないように意識しながら、時々チラ見しつつ。
トールはフィアンマと並び、夕方の帰り道を歩いていた。

「明日、雨降るんだってな」
「困るな」
「そうか? 事前にわかってりゃそうでもないだろ」
「洗濯物が乾かないだろう」
「主婦みたいな発想だな」
「ブオーンで乾かすのは疲れるんだ」
「……何だそりゃ」
「こう、カチカチと動かすと熱風が出るものだよ」
「ドライヤーな」

名称が覚えられない、と彼女は明るく笑った。
それ位覚えられるだろうと、トールは肩を竦め。

「かき氷美味かったな」
「次は新作に手を出そうと毎回のように思うのだがね」
「何だかんだで定番に落ち着いちまうモンだ」
「冒険心が足りない」
「新作に手を出したからといって美味いとは限らないしよ」

先日食べたファーストフードのサルサバーガーを思い出すと苦い顔になる。

「心当たりがあるようだな?」
「………まあな」

手を振り合い、帰宅する。
甘いものを食べたからか、空腹はさほどなかった。
両親の勧めをスルーし、ベッドへ。
彼女と過ごすと、何だか懐かしさを感じる。


「ただいま」
「遅かったな」

フィアンマを出迎えたのは、オティヌスだった。
長い金の髪を丁寧にブラシで梳かしている。
外は既に暗闇だった。真夜中なのだ。

「ヤツはまだ気がつかないのか」
「気づかない方が幸せかもしれん」
「………喜ぶべきかどうかはわからないが、良かったな」

オティヌスの言葉に、フィアンマは小さく笑った。
うつむき、オティヌスの隣に腰掛ける。

「俺様の孤独に付き合わせてしまった形だが」
「ヤツも会いたがっていただろう」
「記憶はないようだが」
「これから作っていけばいい」

オティヌスは手を伸ばし、フィアンマの髪を撫でる。
それから、顔を近づけて頬へ一度だけキスをした。

「おやすみ」
「……おやすみ」


課題が終わらない。

トールの当面の悩みを一言で表現するとそういうことである。
ダメだ終わらない、と頭を抱えている間にも非情な友人は帰宅していく。
仕方がないことである。自分だって逆の立場なら帰る。
そもそも、男性同士の付き合いなんてのはそんなものだ。
これが生きる死ぬの問題なら、かえって絶対に助けるのだが。

「…ん?」
「いや何、悩んでいるように見えてな」

前の席に、気がつけば彼女が座っていた。
赤い髪を退屈そうにいじくっている。

「課題終わんねえんだよ。お前は?」
「既に終わっているよ」
「ちぇ」

肩を竦め、トールはシャープペンシルを握る。
目下のところ、目の前の国語の課題を片付けてしまわねばならなかった。

「作者の気持ちを考えなさい、って無理があるだろこれ」
「その様子で女心も読めなさそうだな」

そんなことは、と口ごもる。
彼女はくすくすと笑い、一度立ち上がる。
そうして教室を出て行くと、二十分もせずに戻って来た。


ぱっきり。

チューペット型のアイスを二つに割り。
その片方をハンカチで包み、つい、と彼女は差し出してくる。

「……別にハンカチで包まなくても良いだろ。ご馳走様」
「プリントが濡れてしまっては文字が滲むだろう。どういたしまして」

むぐむぐ、とチューペットを口に含む。
吸い上げると、コーヒー味のアイスが口の中いっぱいに広がった。
甘くて涼やかで美味しい。微細氷が中身に含まれているらしい。
この間食べたかき氷とは質量が違うが、身体が冷えるのは変わらない。
夏場はクリーム系のアイスよりも氷華の方がおいしい。

「……ふ」
「何だよ」
「悩むと文字が汚くなる。わかりやすいな、と」
「お前な……」

ちょっかいを出しながら、フィアンマは面白半分にトールを眺めている。
性格悪いな、なんて思いつつ、トールは頑張ることにした。
これ以上笑われるとプライドに関わるので、さっさと片付けてしまいたい。

「っつーか、そんなに見てるなら手伝ってくれよ」
「それではトールの為になるまい」
「クソ、正論言いやがって」
「そういえば、間もなく文化祭だな」
「ああ、そういやそうだな」

夏休みを終えると、文化祭の準備が始まる。
この学校は珍しく、文化祭の後に体育祭があるのだ。
すっかりクラスに慣れた彼女にとって、クラス毎の出し物は楽しみ且つ興味深いらしい。

「フィアンマは何か希望あんのか?」
「特にはないな。周囲に任せるとするよ」


今回はここまで。


メインはフィアンマちゃん、トールくん、オティちゃんかな
他キャラは出る予定あります?


ねんがん の 新品キーボード を てにいれた !
軽くスランプ期入ってるので今暫く勘弁してください…。

>>33
フィアンマちゃん、トールくん、オティヌスちゃん、前条さん、シルビアさん、オッレルスさん辺りでしょうか…モブ化に近いウーさんもちょいちょい。


ものすごい間空いてしま、











投下


夏休み。

といえば、様々なものがある。
花火だとか、西瓜だとか、宿題だとか、後は海、プール。

「………来ないな」

ぽつん、と日陰に立ったまま、フィアンマは首を傾げていた。
ウート含む男子勢、オティヌス含む女子勢と待ち合わせ中である。
間もなく約束の時刻なのだが、一人も見当たらない。
もしや電車が遅れているのだろうか、とのんびり考える。
それにしても、独りぼっちというのは寂しい。
おまけに暑いので、ひどく気が滅入ってしまいそうになる。
孤独というのは、ただそれだけで人の精神を弱らせる。

「……」
「よお。早いな」
「ん」

ぴく、と反応して顔を上げた先。
長い金髪をポニーテールのように括った少年が立っていた。

トールである。

待ちわびた待ち合わせ相手の一人。

「電車が遅れているのか?」
「いや、そんなことなかったけど。あん? 誰も来てねえのか」

きょろ、と彼が見回したところで。

ブルルルル。

携帯電話の、バイブ音が鳴った。


トールとフィアンマを除く全員の欠席。
とんでもない集団ドタキャンに憤怒を抱くトールであった、が。

(……と、いうことはトールと二人きりか)

悪意あるドタキャンだと考えていないフィアンマはもごもごとしていた。
二人きりで帰るのはよくあることだが、プールで遊ぶとなると話は別で。
水着姿に幻滅されないだろうか、と思ったりもする訳だ。
『処理』も『痩身』もしたが、それでも自分の身体に自信があるかというとそんなことはない。

「…で、何を緊張してんだよ?」
「! ………実を言うとカナヅチなんだ」
「………それでよくプールなんか行く気になったな」

指摘され、咄嗟に用意した酷い言い訳に、トールはやれやれと笑った。
つられてフィアンマも小さく笑い、昼食の提案を申し出る。
ファミリーレストランという結論に落ち着き、辿りついたプール施設。
なかなか大型のプール施設である。温泉にも入れるらしい。

「着替え終わったら先に出てる。多分お前の方が時間かかるだろ?」
「恐らくは。すぐに見つけて声をかける」

それぞれ分かれ、着替える。


一方。

二人の合流を見守るドタキャン勢トップはというと。

「ひとまず流れは上々なようだ」
「あーあ、俺もフィアンマちゃんの水着姿見たかったな…」
「贅沢を言うな。友人の幸福とどちらが幸せなんだ?」
「とは言っても。……両思いなんだからさ、ぶっちゃけコクらせれば」
「そう急かすこともないだろう」

腕を組み威圧的に微笑む少女がオティヌスで、辟易する男子学生がウートガルザロキである。
今回のドタキャンを仕込んだ張本人組だ。
どうせ促したところでデートをする訳がないのだから、強制的にセッティングすればいい。
無事二人きりでプールへ向かったようなので、一件落着。

「でさ、オティちゃんお茶しない?」
「お前とはしない」

きっぱり言い切った上で、オティヌスは少年に背を向けた。
口元にはやんわりと、満足気な笑みを浮かべたまま。

「くれぐれも邪魔はするなよ」
「俺もトールの想いは成就して欲しいと思ってるけど…オティちゃんは何で?」
「オティちゃん呼びをするな。……私は、ただ」

夏の風が吹き抜け、長い金髪を揺らす。
その後ろ姿は、とても寂しげに見える。
彼女はかつて『砕かれた』側頭部を静かに摩り。

「……ただ。………もう、あの二人を不幸にしたくないだけだ」


バックリボンやサイドリボンのあるビキニ。
それから、その上に薄手の水泳用パーカー。

本人は上記の服装で露出は低いと思っている。
が、パーカーは白、水着は赤なのでかえって目立っていた。

「待たせてしまってすまない」

軽く謝罪しつつ現れた彼女に、トールはほんの少しもごもごして。
バレない範囲で彼女の肢体を眺めつつ言葉を返す。

「そんなには待ってねえよ。…泳ぎ、教えた方がいいか?」
「そう、だな。基礎から頼めるだろうか」

一度ついてしまった嘘は最後まで。
フィアンマははにかんで彼の申し出を受け、プールの中へ。
事前にシャワーは浴びてあるので躊躇する要因はない。

カナヅチの割には、いやにスムーズな入りよう。

訝しく思いながらも、トールもプールの中へ。

「あんまり教えたことないんだけど…まずはバタ足からか」
「そうなるな」

頷き、彼女はトールの手を握る。
彼の方を見上げ、にへらと笑みを浮かべた。


「薄い青色か。涼しげだな」
「どうせ入浴剤だろうけどな」

プールでの遊びを終え、同じ施設内の温泉へ。
水着は着たままでも良い混浴状態。
トールとフィアンマも類に漏れず、水着のまま浸かっている。
ウォータースライダーだの、回るプールだので蓄積された疲れが癒される。
ただ一つ問題点があるとすれば、水着は本来冷たい水用に出来ているので。

(……致し方ないとは思うが)

非常に緩むのである。
今にも肩紐がずるっと横に落ちそうな危険を抱え、フィアンマは唇を舐める。
パーカーは御法度だと監視員に言われたので脱いでいた。水着一枚だ。
恥ずかしいのといたたまれないのと温かく心地良いのとで出づらい。

「突然のキャンセルで人数はだいぶ減ってしまったが、楽しかった」
「ま、どうせ何十人かで来ても分かれて遊ぶ感じだしよ」

言いつつ。
今日、自分以外がキャンセルしてくれてよかった、とトールは思う。
彼女の水着姿を、他の男子生徒に見られるのは気分が良いものではない。
この独占欲の源泉が何なのかは、考えつかないが。

「そろそろ飯食いに行くか?」

館内に設置されている時計は、既に午後一時を針で示している。

「ん、」

これ幸いとお湯から抜け出し、緩む水着を庇うように自らを抱きしめ。
パーカーの袖に腕を通すと、フィアンマはトールに軽く手を振って更衣室へ。
慌ただしい様子の彼女を見送り、平凡な少年が考える後悔は一つ。





(………もうちょい粘れば、脱げたか?)


短くで申し訳ないですが今回はここまで。


全然更新間に合わないんですけど(震え声)
申し訳ないです。なかなか起きれず。


















投下。


ファミリーレストランは空いていた。
ドリンクバーを頼めば数時間いても文句はいわれなさそうだった。
ハンバーグを選びかけたトールの手は、途中で止まり。
少しばかり考え込む様相を見せ、注文をステーキに変更する。

「……ふむ」
「……そんなに悩む程数ねえだろ」

フィアンマがじっと見つめているのはデザートコーナーだ。
写真付きでパフェやらパンケーキやらが紹介されている。
お値段はどれも似たりよったりで、悩む必要などないように思える。
退屈そうなトールに対し、フィアンマはにっこりと天使のように微笑み。

「やはり全て注文するべきかな?」
「少食が無理すんな」

鉄の胃袋が欲しい、とぼやきながら彼女はパフェを注文する。
生チョコレートカフェモカパフェ、という呪文のような長さのパフェだ。

「コーヒーの花から蜜が採取出来るらしいな」
「ああ、どっかの喫茶店で提供してたな。ワッフルと一緒に」

ドリンクバーから持ってきた安っぽいアイスコーヒーを飲み、トールは同意する。
フィアンマはというと、アイスティーにポーションミルクを二つ分かき混ぜ。

「非常に言いづらいのだが」
「ん?」
「今度、デートをしてはもらえないだろうか」

傍から見れば今この瞬間二人はデートをしているのだが。
お待たせしましたー、という店員の呑気な声にすら、トールは反応出来なかった。
幾ばくかの秒数を刻み、彼の脳が改めて彼女の言葉を認識する。

「ど、…っか、行きたい所あんのか?」
「ぬいぐるみ専門店に」
「そうかい」

返事をしつつ、いまいちビジュアルの浮かばないぬいぐるみ専門店とやらについて考える。
次に考えたのは、その日取りまでに何日かバイトをすべきだろうな、という思い。


夕暮れどきをとうに過ぎ、お互い手を振りあって家路につく。
彼女が、ぬいぐるみを好きだとは思わなかった。
テディベア辺りが好きなのか、人形的なものが好きなのか。
もう少し聞いておけば良かったかもしれないな、と思いつつ。
手早くシャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かす。

「そろそろちょっと切るか…?」

夏の暑さに負け、ぽつりと呟く。
髪を撫でられる感触を、何故だか思い出した。

『トール、』

眠気が押し寄せてくる。
ごろん、とベッドに横たわった。
隣に、いつでも誰かが寝ていた気がした。

「………フィアンマ」

呼んだ後、はっと我に返る。
彼女と一緒に寝た記憶などない。
疲れているのだろうか。記憶がおかしい。
今日はさっさと眠ってしまおう。
楽しく充実していたが、疲れているに違いない。


すりすり、と黒猫が懐いてくる。
指先でちょいちょいと頭を撫でてやりつつ、フィアンマは振り返った。
上条当麻が、悠然と立っている。

「よ。こんばんは」
「何か用でもあるのか?」

問いかけ、フィアンマは黒猫を抱き上げる。
なごなごと懐く猫のあご下をくすぐり。

「いや、何か用事があるって訳じゃないんだけどさ」
「……?」
「今日、楽しかったか?」
「…勿論だ。何年待ったと思っているんだ?」
「それもそうだよな。……長かった」

のんびりと言い、上条はベンチへと腰掛ける。
招かれるまま、フィアンマは彼の隣に座った。

「……当麻は、これで良かったのか」
「最初に言いだしたのはオティヌスだし、俺は自分の意見で賛成した。
 後悔なんかしてない。……俺は幸せだよ。お前のお陰で、何の変哲もない毎日を送れて」

夏の夜の風が、二人の髪を揺らした。
キィ、と公園に設置されたブランコが揺れている。

「オティヌスが『創り』、俺が『直し』、フィアンマが『調整』してる。
 だけど、もう造り直す必要はなさそうだな」
「俺様のワガママに付き合わせてしまった」
「俺達も我が儘だったんだよ。お前の幸せを、勝手に望んだんだ」

明日はよく晴れそうだった。
雲ひとつない夜空が、予感を証明している。


夏休み明けから文化祭の準備は始まる。
文化祭といえば、カフェや劇などの出し物だ。

「はいはーい、メイドカフェが良いと思いまーす」

文化祭に向け、授業のほとんどは出し物決めや準備だ。
冬にスケジュールを詰め込んでいるらしい。
出し物決めで積極的に手を上げたのはウートガルザロキである。
かわいい女の子のミニスカメイド喫茶を提案しているのだった。

「先生、私は劇が良いと思います」

文学部の女子が手を挙げて主張する。
配役はくじで決めましょう、とも。

「そうだなあ……」

当然、教師は悩む。
出来る限り生徒の希望は叶えてやりたい。

「劇をクラス全員で、というには人数が多い。
 半分ずつに分けて、劇とカフェという形にしようか」
「では、まずは希望をとりまーす」

生徒達は立ち上がり、黒板に自分の名前を書いていく。
白線から右が劇、左が喫茶店だ。
女子はミニスカでも慣れているためか、意外にも左に名前を書き込む。
ミニスカ女子と一緒に働きたい男子生徒も左に名前を書き。
演劇部や文学部、人数を考えた男子は右側に名前を書いた。
綺麗に振り分けられていく。この分だと抽選はなさそうである。

「トールはどちらにするんだ?」
「あー………」


困った時の『どちらにしようかな』数え唄である。
フィアンマはというと、『困った時は右』と決めているようだった。

「劇の演目は何だろうな」
「神様の言う通り、と。あー、女子が好きそうなのだろ」
「というと、白雪姫だろうか」
「女子が好き、イコール白雪姫なの?」

肩を竦め、トールは右側に名前を書き込み。
トールの名前の右隣に、フィアンマも名前を書き込んだ。

「綺麗に分かれたな。じゃあ、話し合い始めて良いぞ」

担任教師の言葉と共に、生徒はそれぞれ集まって話し合いを開始した。
カフェは衣装や提供飲食物、劇は衣装や劇の内容などだ。

「何が良いかなー」
「童話が良いんじゃない? やっぱ定番でしょ」

姦しく話し合う女子を余所目に、トールとフィアンマは空を眺めていた。
とりあえず劇側についただけで、推したい案など何もない。

「何暇してんの」
「!」

女の声に、トールは振り向く。
温和そうな青年と、堂々とした女性が立っていた。
見学気分の三年生、オッレルスとシルビアである。
文化祭準備期間中は、生徒の移動に制限がない。
多少のおしゃべりもお目こぼしだ。結果が全てである。

「よお。そっちはデート?」
「ばッ、」
「私達の方も、決めたがる人が多くてね。
 ある程度決まってから戻ろうかと思って」
「なるほど、なるほど。何に決まりそうなんだ?」
「展示や音楽じゃないかと思うよ」
「……そっちはメイドカフェか」
「ついでに指導してやってくれよ。アンタプロだろ?」

トールの言葉に、シルビアはやれやれとため息をついた。
実際、彼女はプロのメイドだ。
幼い頃から、オッレルスの家で働いている。表向きは『お泊りとお手伝い』だが。
いわば幼馴染であるこの二人は、ある種有名なカップルだった。
とはいえ、シルビアの方はツンデレなのか何なのか、認めようとしないのだが。

「くじ引きやるよー!」

どうやら劇の演目が決まったらしい。
二人に少々断りを入れ、フィアンマとトールは配役決めクジに参加する。


今回はここまで。
皆さんのお好きな童話を教えてください。


童話名ググって色々と勉強になりました。
お久しぶりです。













投下。


運良く、というべきか、運悪く、というべきか。
フィアンマとトールは最後に余ったクジ二つを引き。

フィアンマは王女役、トールは王様役。

演目はグリム童話、『つぐみのひげの王さま』である。
態度はどうあれ高慢な口調の彼女には似合いの役かもしれない。
内容は演劇部の生徒達が少々手を加えた脚本らしく、台詞が長い。
代役のクジを改めて引き、早速稽古が始まった。

「……選ばれるとは思わなかったが、やる以上はきちんとやり遂げるとしよう」
「演技力に自信は?」
「あると思うのか?」
「どうだかね。俺は騙されそうだ、一回は」
「……一回は、というのが気にかかるが、まあ良い」

軽口を叩き合い、衣装の採寸に入る。
太ったり激やせしないようにね、という念押しはプロに対するかのような言い方だった。
ドカ食いや拒食症にならない限り大して体型は変わり易くない二人である。

「お前細いよなー」
「食っても筋肉つかないタチなんだっつーの」

採寸はセオリー通り同性が行う為、演劇部所属の男子生徒がテキパキとトールの採寸を行う。
作られる衣装は如何にも王様・王子様然としたヨーロッパイメージのもの。
金髪碧眼のトールならばさぞ似合うだろうな、と男子生徒は明るく言った。


「ねえねえドレスどれがいい?」
「やっぱり髪の色に合わせて赤かな? 白でもいいよね?」
「目に合わせて黄色とか金色は?」
「………」

当事者のフィアンマそっちのけでクラスメートは盛り上がっている。
王女、物乞い、女中、と三つの衣装があるので、早着替え特化のものにしようという話にまとまり。
フェミニンなドレスだの灰色のワンピースだのと着せられ、目がまわり始めたところで休憩。
同じように振り回されたのか、疲れた様子のトールに連れられフィアンマは廊下へ出た。
そのままてくてくと歩き、食堂で飲み物を購入し一息つく。
食堂には誰も居ない。サボり組はするりと抜けてもはや帰宅したようだ。

「何にする?」
「いや、自分で買」
「ついでだ、気にすんなよ」
「………林檎ジュース」

炭酸が入っていない方、と指さされるままに林檎ジュースを購入。
ほら、と差し出せば軽い感謝と共に細い指が缶を受け取る。

「劇なんかやるの初めてだ」
「俺様もだよ」

林檎ジュースを飲み下しながら、フィアンマは相槌を打つ。
もう十分もしたら戻らなければならないだろう。騒がれる。

「しっかし、まさか引き当てちまうとはな。
 てっきり木の役とかそんなんだと思ってた」
「神様の思し召しだろう」
「神様、ね……」



――――もし、神様が居るのなら。

どうして彼女を救ってくれなかったのか。
どうして彼女にあんな無残な死を与えたのか。

どうして。

どうしてあんな残酷な、
 



「…っ、」
「…トール? 頭痛でもするのか?」
「…いや、大丈夫だ」

ふるふると首を横に振り、トールは空き缶をゴミ箱へ投げながら言う。

「そろそろ行こうぜ。探されちまう前に」
「そうだな」

残りを一気に飲み干し、フィアンマもゴミ箱へ空き缶を投げ込む。
がしゃごん、という音を立て、空き缶は綺麗に納まった。







「キスシーンいれちゃった。あ、最後の方よ?」

語尾にハートマークでもつけそうな声で、脚本担当女子生徒はそう言った。

「……キス?」

ほとんど思考回路の働いていない状態で、フィアンマは聞き返した。
うん、と女子は悪びれもなくにこにこーっと笑って。

「だってフィアンマちゃん、トールくんの事好きでしょ?」
「、」

思わず演技用の籠を握りつぶすところだった。
そんなことはない、と否定は出来なかった。

だって、事実だったから。

反論しようにも図星なのだ、どう言い返せば良いのか。
誤魔化しも嘘も、自分に正直でない気がする。

「演技だって言えばあっちだってし易いだろうし」
「一夏の思い出ってやつか!」
「夏はもう終わってるでしょ、ばか」
「キ、スは…まだ、はや…」
「キスから始まる恋もあるって。そのためにー…あ、今のなしなし」

クジに細工したんだから、という発言はなかった。
不正はなかった。


渡された台本は随分と重い。
それもそのはず、動きについて細かく書かれているのだ。
右に三歩、ここから前へ一歩、などといった感じだ。
厳密に守らずとも失敗ではないが、より美しい見栄えになるのだろう。

「ただいま」

親に言葉をかけ、ひとまず部屋へ入る。
ぺらぺら、と本を捲りつつ、自分の配役部分に赤線を引いた。
終盤で徐々に台詞が増え、行動の指定はかえって減っていく。

王さま:(王女の手を掴む)

王女:離してください!

王女:(手を振り払おうとする)

王さま:(手を離さないまま)

王さま:実はあの物乞いも騎兵もすべて私だったのだよ。

王女:(不思議そうに首を傾げる)

王さま:あらためて私と結婚してほしい

プロポーズの後、王女は断りを入れようとして。
王さまは王女を抱きしめ、プロポーズを続ける。

愛している、幸せにする、もうこんな思いはさせない。

結婚しよう、と。
王女はやがて熱意に負け、わかりましたと微笑み。
結婚の誓いにくちづけをすると、周囲の民衆が喜んで終わり。


「………」

結婚を、受け入れた証に。
キスをして、民衆が喜び、終幕。

キスを、して。

キス。


「……」


改めて配役欄を確認するが、王女役の名前は自己認識と変わらず。

「……、…俺が」

演技上でも、彼女と舞台上でキスをする。
あまりにも美味い話だった。
困ったことに嫌ではない。むしろその逆だ。

「……………」

喜んでも良いものか。

トールは暫しベッドの上でごろごろと転がった後、うつ伏せ寝て毛布を引っ被った。


今回はここまで。

俺、このスレが終わったらトーフィアホモスレ建てるんだ…


俺、このスレ終わってないけどトーフィアホモスレ建ててしまったんだ…

ちょっぴり小休止でいちゃいちゃするトーフィアちゃんです。


















投下。


ぬいぐるみ専門店とは意外にも退屈なものだ。
女性同士ならば恐らく楽しめるのだろうが、生憎ぬいぐるみには興味がない。
かといって人形コーナーは少し不気味だ。
喧嘩とスポーツは好きだが、ホラーは大嫌いなトールである。

割と短気な彼が、何故その退屈な状況に甘んじているのかというと。

「くまか……」

テディベアの耳をなでなでしている女の子の為である。
彼女は楽しんでいるのか、人形やぬいぐるみをあてもなく眺めている。

「……かっぱ?」
「…カッパだな」

かっぱのぬいぐるみは、どこか間の抜けた顔をしている。
フィアンマは首を傾げ、興味深そうにかっぱのぬいぐるみの皿部分をいじっている。
ぬいぐるみを見てもつまらないので、トールは彼女の表情を眺めていた。
可愛さに目を輝かせたり、内蔵の仕掛けに首を傾げたり。
表情豊かなその様は、彼女が『普通の少女として』送る事の出来なかった辛い人生を埋めるかのような。

「………、…」

頭痛がした。
今考えたことを思考から追いやると頭痛が消える。


やがて買いたいものが決まったのか、彼女は両手にぬいぐるみを抱えて近寄ってきた。
一対の兎のぬいぐるみで、時計を持っている。時計は本物らしく、底から電池を入れるようだ。

「長々と付き合わせてしまってすまなかったな」
「いや、それなりに楽しかったぜ。俺は俺で」

軽く返し、手を出す。
会計をする、という意味だったのだが、彼女には伝わらなかったらしい。

「ん?」
「払うから貸せよ」
「自分で買えるさ、気にする必要は」
「大した金額じゃないだろ。明日が誕生日なんだし、プレゼントって事で受け取れよ」

そこまで言うなら、と彼女はもごもごしつつぬいぐるみを手渡してくる。
時計が縫い付けられているからか、なかなかに重い。
店員が値段表と照合し、にこやかに提示してきた年齢はお世辞にも『安い』とは言えない。
とはいえ財布に入っている金額の七割で賄える。大したスケールではない。

「ついでにケーキも買って帰るか?」

自棄になった訳ではない。
預金残高と脳内相談を行った末の問いかけだった。

「いいや、ケーキは自分で作るのだが、食べてくれるか?」

予想外の答えだった。
もちろん、お誘いは嬉しいし、返事は当然YESだ。

「昨年は上条当麻とオティヌスと食べたが、それでも飽きた。
 今年はアソートにしようと思うのだが、好きなケーキの種別はあるのか?」



………ちょっとだけ、理由は不明だがムカついた。


ぬいぐるみショッピングデートのはずがお家デートに早変わりした。
それも彼女側のお家である。女の子のお家。
一般的な思春期少年にとっては思ってもみない"チャンス"だ。
突然誘い出した辺り、部屋は普段から片付いているのだろう。
おまけに手作りのケーキまで食べさせてくれるのだから、とてつもなく運が良い。

「学校では何かと忙しい。台本の読み合せもしたいのだが」
「ああ、構わねえよ」

今日は土曜日。
午前中は演技の練習だったのだが、男女に別れて単独練習になってしまっていた。
故に、トールとフィアンマはまだ同じ場で演技をしていない。

「ケーキの好みは特に…強いて言えば」
「しいていえば?」
「ブッシュ・ド・ノエル。…っつーか、誕生日祝われる側がケーキ作るってどうなんだよ?」
「俺様には親が居ないしな。友人に買わせるのも気が引ける。
 ケーキを作るのは好きだし、俺様の誕生日を祝いながら食べてくれるのならそれで良い。
 そのケーキの入手経路など、大した問題ではないんだよ」

正直なところを言えば大した問題なのだが。
特に、トール少年にとっては。
好きな女の子の手作りケーキとコンビニのケーキが等価値であるはずがない。

「チョコレート、ショート、……フルーツ…」

ぬいぐるみの入った袋を手に上機嫌に材料を呟き、彼女はケーキ完成図を夢想する。


ところで、彼女は親が居ないと言っていなかったか。
親代わりは遠方に住んでいて、接触は近頃無いとも。

それはつまり。

今日は彼女の家で二人きりということではないだろうか。

(……考えるな)

少し待っていて欲しい、と彼女は自宅の中に一旦姿を消している。
重いぬいぐるみを置いて、改めて買い出しに行きたいということだった。
材料は小麦粉などの生地用のものしかないので、挟むフルーツなどが必要とのことで。

「……俺以外は上げたりしてねえよな、多分」

トールが考えていることはケーキのことではない。
自分以外の男を二人きりでこうして家に上げているかどうか、ということである。
交際もしていない自分が思うべきことではないと、頭ではわかっているのだが。

(言ったところで……)

恋愛には興味がない、と柔らかく断られてもキツい。
何より、学校で一緒のクラス、隣の席という今の状況が地獄に変わる。

「待たせてしまったようだな」

軽く謝りながら彼女が出てきた。
私服に着替えている。
秋物の服、シックな赤色のシャツと白いレーススカートである。

「……フィアンマ」
「んー?」
「やっぱ何でもねえ。買い出し行くか」
「ああ」


スーパーで食料の買い出しをしていると、何だか新婚夫婦みたいだ。

別に、結婚していた時期のことを忘れている訳ではないけれど。
学生服のトールと一緒に買い物をするというのは何だか新鮮だ。
彼は何も覚えていないが、それでいい。その方が幸せだ。

「生クリームと、…苺は高いな」
「葡萄で良いんじゃねえの?」
「剥くのが大変だろう?」

言いつつ、葡萄のパックをカゴへ。
皮ごと食べられるタイプのもので、これなら剥く必要がない。

「桃とみかんと、……チョコレート」
「何種類作るつもりだよ」
「1ホール6種類のつもりだが」

材料をカゴに入れ、周囲を見回す。
目新しいものはなかったし、買い物はこれで充分だろう。

「……トール」
「何だよ?」

一緒に飲み物を選びつつ、呼びかけてみる。
スポーツドリンクと果汁10%ジュースで悩みながら、彼は返事をした。

「ケーキを作ると、焼き始めが夕方になる。
 焼き上がりと同時に夕飯を口にしても、完全な出来上がりは夜になる。
 前置きはここまでにして、本題を申し出るとしよう。……泊まっていかないか」
「ふ、……くとか、ねえんだけど」
「……親代わりが使わないで残したままの服がある。
 少しサイズが大きいかもしれないが、恐らく着られるだろう」
「………」
「……会計をしよう」

葛藤気味のトールを横目に、カートをレジへ押し進める。


別に、トールは婚前交渉を絶対悪だとは思わない。
身体の相性が大事だということもあるだろう。人間とて哺乳類なのだから。
とはいえ、セックスフレンドという概念はいまいち理解出来ないタイプの少年である。
否、男側に得はあっても女側はどうなのだろう、と思っているだけなのだが。

(親は居ないと明かして、着替えも予備がある、泊まっていけって)

つまりは『そういう』お誘いなのではないか、と普通は思う。
だが待て待て、とトールは今一度ビニール袋にジュースを詰めなおして。

(ケーキを食べる為に遅くまで残らせるし、読み合せもしたい。
 必然的に帰るのが深夜になっちまうから、治安的なものを考えて泊まれって言ってるだけで、)

いやいやいや、とトールの欲望が首をもたげる。

(俺は男だし、帰る事を推奨するはずだろ。それに、着替えの件では食い下がった。
 それはつまり俺に泊まっていって欲しい理由があるか、……そういう)

純真なのか、誘惑なのか。

そうこうしている間に詰め終わり、スーパーマーケットから出る。
彼女の表情を窺ってみたが、こちらを見てにこりと笑っただけだ。
ますますどっちなのかわからない。前者だった場合取り返しがつかない。

「…ちなみに晩飯は? 材料買ってる素振りはなかったけどよ」
「オムバーグだよ」
「卵で包む意味あんのか、それ…」

いっそ告白してしまうべきなのか。

やはりそんなことはできない、とトールは考え直す。
不得手なことに挑むのは、やはり怖い。


今回はここまで。


リア充お幸せに…





















投下。


落ち着かない。

若干生活感のない、モデルルームの様な清潔な部屋で。
ソファーに腰掛けたまま、トールは振舞われたコーヒーを飲んでいた。
インスタントで申し訳ない、と謝られたがもはや味がよくわからない。

「………」

無意味に視線を迷わせる。
キッチンでは彼女が料理を作っていた。
手際よくケーキの仕込みを済ませ、ケーキを焼いているのだ。
その間に卵を溶いて薄焼き卵を焼き、ハンバーグのタネをこねる。
鼻歌を歌っている辺り機嫌が良いようで、緊張の色もない。

(俺ばっかり考えてて馬鹿みてえだな)

調子が狂う。
はー、と長く深いため息をつき、伸びをする。
そうだ、泊まったからといって『色々ある』ことが確定している訳ではない。
自分の側の気持ちの問題なのだ、彼女は痴女タイプではないのだから。
ああでも夜は旺盛で昼間は清楚ってギャップもいいな、なんて余計なことを考えてしまって。

「……トイレ借りる」
「好きに使ってもらって構わない」

掃除は終わっているから、との声を背にひとまず駆け込む。


暫く色々ヤっている間に準備が済んだらしい。
フライパンからがジュージューというありきたりな良い音がする。
換気扇は回しているものの、キッチンには肉汁の匂いが漂っていた。

「準備は大方終わっている。席についてくれ」
「ああ」

一つ返事で席につき、彼女の様子を眺める。
調理時にはきちんとエプロンをする派らしく、赤いエプロンをしている。
あまり汚れがついていないのは、ドジを踏まないからだろう。

「ああ、でも先にシャワーを浴びてきても良いが」
「…腹減ってるから後にする。…後にしようぜ」

どうしていちいち色々と想起させるようなことを言うのか。

落ち着かずに座りなおすトールに首を傾げ、フィアンマはひとまず食事の用意に戻る。
皿に焼きあがったハンバーグを乗せ、丁寧に卵で包む。
その上からトマトソースをかけ、テーブルに二つ置いた。

「付け合せのパンを焼く余裕は流石に無かった」
「安いロールパンとかで良いだろ。メインはこっちなんだしよ」

むしろ、パンは買うものだと思っていた。

オーブンレンジを気にしつつ彼女も席につき、食事を始めた。
今日のトマトソースが甘い気がするのは、気分の問題だろうか。


食事が終わるとほぼ同時にケーキが焼きあがった。
粗熱をとり、生クリームを泡立ててチョコを混ぜたものなど数種作る。
それらを丁寧に器具を用いて塗っていき、間にフルーツを挟む。

「クリームの仕切りなんてあんのか」
「一つのホールで数種類、切らずに仕上げようと思ったら活用するしかあるまい」
「なるほど。……これ終わったら読み合わせか?」
「んー。先に入浴したい」

相槌を打ち、ケーキを作る様子を眺める。
時々細い指にクリームが付着するが、気にしていないようだ。
クリームのふわふわとした甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

「……トールは酒に弱い方か?」
「あん? 何でだよ?」
「ラムレーズン風味のケーキも良いかと思って」

ガトーショコラ部分に、と彼女がちらつかせるのはアルコール度2%のリキュール。
トールは少しだけ考え、入れても良い、と頷いた。
両親は酒に強かったので、恐らく大丈夫だろうと思うのだ。

「終わり。冷やして…先に浴びるか?」
「いや、…先に浴びてこいよ」
「わかった、そうする」

言って、彼女は冷蔵庫にケーキを入れてバスルームへ。
考えるな、何も考えるな、とトールは自らに言い聞かせた。


彼女の入っていた浴室は良い匂いがする。
シャンプーボトルには『りんごとはちみつの香り』と書いてある。
女子向けのシャンプーは大体こうなのかもしれない、とトールは思った。
拝借して髪を洗い、続いて身体を洗う。
ふわふわの泡から放たれる甘い香りに酔っ払ってしまいそうだった。

『トール』
「ッ!? 何だ?」
『ここにタオルを置いておく。
 髪を拭くタオルは二枚で足りるか?』
「ああ、足りる。ありがとよ」

会話を終えると、人の気配がなくなった。

今の会話、何だか新婚夫婦のようではなかったか。

首を緩く振り、急いで入浴を終えようと試みる。
一々いらないことを考えてしまうのは、彼女が好きだからだ。
そして、それを彼女に伝える勇気がないからだ。
自分は決して(ホラー以外に)臆病ではなかったはずなのに。

「……あっつ」

窓を開け、涼しい空気を吸い込む。


彼女はベッドに腰掛けて台本を読んでいた。
自分の姿を見るなり、にっこりと笑みを浮かべる。

「おかえり」
「ただいま」

心地の良い返答をしつつ、隣に座る。
彼女は台本を広げ、こちらに見せた。
自然と距離はゼロに近い密着になり、心拍数が跳ねる。

「最初の方からするか」
「ん。……『何と美しい姫だろう。是非、我が花嫁に』」
「『くすくす。…あの人の顎はつぐみみたい。つぐみのひげの王さまね』」
「で、王が激怒して、…んで、この辺りからか」
「『許してお父様、こんなみすぼらしい物乞いと結婚だなんてとんでもない!』」
「『さあ姫、ここが私の家です』」
「『うう、』」
「『早く食事を作るんだ。それが妻の役目だろう』」

家事をしたことがない姫は見事に失敗する。
物乞いは呆れた表情を浮かべて。

「『ああ、なんて女を娶ってしまったものだろう。
  早く籠を編んで売ってこい。聞いているのか、早くしろ』」

二人で交互に台詞を読み上げ、展開を進めていく。
やがて娘は舞踏会をカーテンの隙間から覗き見る場面になり。


「『離してください』!」
「『実はあの物乞いも騎兵もすべて私だったのだよ』」
「『え…?』」
「『あらためて私と結婚してほしい』」
「『そんな、そんなこととんでもないことで…』!」

トールは腕を伸ばし、彼女の身体を抱きしめた。
本番と同じように。
ぎゅう、と抱きしめられ、フィアンマは思わず息を止める。

「『君を、愛している。あの夜、美しい君に心奪われていた。
  こんなにも長く、遠まわしに、傷つけたことを詫びよう。
  もう二度と、生涯に渡り、この様な想いをさせぬと誓おう』」
「あ、……『あんなにも傲慢で、貴方様を罵った私を、どうかお許しください』」
「『勿論だとも。尚問おう、……美しき姫よ、今こそ我が妻に』」
「『謹んでお受けいたします、心優しき王子様』」

台本を畳み、フィアンマはベッドの上へぽんと軽く放った。
どうしようもなく胸が高鳴り、徐々に顔が近づく。
堅く目を閉じ、息を止めた。
劇の最後のように、彼はきっと口づけをするのだ。

(嬉しい、が…緊張、する)

しかし、なかなかこない。
トールの方はというと、顔を真っ赤にして唇が触れ合うギリギリの距離で固まっていた。

して、いいのか。

勢いに任せて、このまま。


葛藤している間に、フィアンマの方の緊張の糸が切れた。
長く息を止めていた酸欠の身体が、息切れを起こしながら倒れそうになる。
トールは咄嗟に手を伸ばして彼女の後頭部を守り、彼自身もバランスを崩した。

手を置いた先が、妙に柔らかい。

むにゅ、と軽く一度揉んだところで、彼女の身が強ばった。
視線を彼女の顔から、自分の手へと戻す。
控えめで慎ましやかな彼女の片胸を、片手がやんわりと揉んでいた。

「………」
「……と、」
「あ、………違う、倒れた拍子に、」

混乱しながらも手を退かし、改めて彼女の顔の横につく。
覆いかぶさった状態で謝り、沈黙が続いた。
彼女は両手を自分の胸元に置き、こちらを見上げている。

「……、…とーるのえっち」
「……悪かったよ」
「それで、」

琥珀色の瞳が、トールの青い瞳を見つめる。
入浴後に着替えたベビードールのような薄手のシャツからは、鎖骨が覗いている。

「キス、は、……しない、のか…?」

ちろ、と小さく覗いた彼女の舌が、彼女の唇を舐めて潤す。

「良い、のか。……しても」
「…トールに、…なら。……俺様は、何をされても…」

なにをされても、いいよ。

言葉に誘われるがまま、トールは彼女に深く口付けた。


今回はここまで。


次の次が最終回かな、とぼんやり。


















投下。


ちゅんちゅん、と朝の訪れを告げる鳥の声がした。

日曜日の早朝というのは、非常に穏やかなものだ。
出勤する者は少なく、大抵の学校は休日。
朝の緩やかな雰囲気は、微睡みを引き出す。

(昨日の夜、は…)

あまり覚えていない。
思うままにキスをしたことは覚えている。
ぎこちなく隣を見やると、彼女はすやすやと眠っていた。
衣服の乱れは無い。残念なような、良かったような複雑な気分になる。

「………」

ふに、と頬に指で触れてみた。
余程眠りが深いのか、ぴくりともしない。

「…寝相が良いんだな」

独り言をぼやいて、ベッドから出る。
立ち上がろうとした瞬間、手首を掴まれた。
お、と驚いた声が出つつ、そちらを見やり。

「………」

あまり意識が無さそうなフィアンマと目が合った。


「………独りにしないでくれ」

少し、泣きそうな声だった。
なに、と聞き返す。

「もう、…二度と、俺様をひとりにしないでくれ、」

二度としないで。

ということは、一度はしたということか。
何の話か読めない。彼女と喧嘩をしたことはない。
つまり、夢うつつに話しかけてきているということか。

「トール、」

が、名前を呼ばれる。
夢を見ているのだと判断するには、彼女の認識が強い。

「……好きになってもらうのは、…難しいか」
「す、………」

自分の好意を見抜いての発言だろうか、とトールは緊張して。
それから、彼女が再び眠りに堕ちたことを確認した。
好きだ、と今言ってしまえば良かったかもしれない。
拒絶されれば、先ほどのは夢だったのだと言い訳が出来た。

(後になって言い訳なんて俺らしくもねえな)

文化祭が終わったら告白しよう。

ようやく決心し、トールは彼女を起こすことにした。


「………それで?」

文化祭の準備中、スカート捲りをし、それがトールに見られたことでフィアンマにボコボコにされ。
今尚痛む頭を摩りつつ、ウートガルザロキは言葉の続きを促した。

「それでって、それで終わりだけど?」
「一晩泊まってちゅーだけ? 冗談だろ?」
「付き合ってもいないのにヤるかよ」
「ならコクっちゃえばいいのに。真面目だねえ、トール君は?」
「お前みたいにいっつも遊びならしちまうだろうな」
「うわ心外。めちゃくちゃ誠実なのに」
「誠実って言葉の意味わかって言ってんのか?」

ニヤニヤとした表情で揶揄され、トールはふてくされ半分に台本を読む。
随分と覚えた。後は本番に向けて動きさえきちんと習得すれば良い。

「……しかしまあ、」
「あん?」
「いや、随分と変わったなって。トール、恋愛のれの字も無かっただろ?」
「そりゃそうだけど、…今も別に恋愛主体の生活はしてねえよ」
「うっそだー、ちょいちょいフィアンマちゃんのこと見てるだろ」
「見るだろ、そりゃ。同じ学校なんだしよ」
「そうじゃなくて。まあいっか」

人は成長するものだ、などとぼやきながら、彼は昼食の調達に向かう。
朝既に購入していたパンが幾つかあるので、トールには調達の必要がない。

「トール」

ぽん、と肩を叩かれた。
振り返った先には、フィアンマが立っている。

「もうすぐ本番だな」
「ああ、楽しみだ」

そう、もうすぐ文化祭だ。


嫌な臭いがする。
血液と、臓物と、吐瀉物の。
入り混じった、いやな、臭い。
ぼやけた視界は、泣きはらした後のものによく似ている。

『ああ、無事だよ。間に、合った。隣の部屋で、即席で作ったベッドに寝かせてる。
 お前によく似てるよ。髪が赤くて、顔も可愛い赤ん坊だった』

彼女の為に嘘をついた。
無理やりに笑った自分の笑顔は、奇妙に歪んでいただろう。

『……俺、強くなるから。
 お前をこんな目に遭わせた奴ら全員ぶっ殺せるくらいに、強くなる。約束する』

今度は、本当の事を言った。
彼女は、その言葉を聞いて目を細めた。
まるで、ぬるま湯にでも浸かったかのように。
痛みも苦しみもなく、楽園の扉へ手をかけて。

冷淡で冷酷な声で。

自責の念を、彼女自身が語るかのように、呆れた声で。






『…………トールは嘘吐きだ』



「っ、ぐ…ッ」

目が覚めると同時に冷や汗が噴き出し、吐き気がこみ上げる。
ふらふらと洗面所へ走り、嘔吐した。
食べたものはほとんど消化されていたようで、吐き出されたものはほぼ胃液。
先ほどの夢の詳細を思い出そうとすると、思考がぼやけて滲む。

「は、っはぁ、げほ……」

水で、何度も口を濯ぐ。
どうしたの、と心配する親の声に、何でもないと返答した。
夜食に油物を食べたせいだとか、言い訳は適当に並べる。

「ふ………」

明日。
もとい、今日は文化祭本番だ。
だというのに、どうしてこんなにも苦しい気分になるのか。

彼女は自分のお姫様だった。
でも、自分は彼女の王子様なんかじゃなかった。

救えなかった。
目の前で、ぐちゃぐちゃにされて、喰われて、

「う、」

手が震える。

「うそ、じゃ……なか、ったんだ…俺は、ただ、」

何も考えられないのに、言葉だけが飛び出してくる。
小刻みに呼吸を繰り返し、自分を落ち着かせようと意識を空白にした。

「もう、終わったんだ…」

うつむき、今までにない惨めな気持ちで呟く。

「……もう、終わったんだ」


今回はここまで。


俺…今抱えてるスレが終わったらフィアンラインか右方神裂かホモモテフィアンマスレか禁書パラノイアスレ立てるんだ…
















投下。


許されるのならば、人生を最初からやり直したい。
自分は何の変哲もない女の子で、彼も平凡な男の子で。
いいや、彼はきっと平凡なんかじゃないだろう。
好きなことに対してはどこまでも努力する人間のはずだ。

そうして、やり直そうと決めて。

三人で話し合った時、問題が生じた。
彼がこの世界で死んでいなかったからだ。
後を追ってくれなかったことを寂しいだなんて、そんなことは思わないけれど。

これじゃ、やり直せない。
仕方なく、彼の居ない世界を創り直した。
丁寧に丁寧に、たった一つの悲劇、その余地すら許さぬ程完璧に。
汚い壁を綺麗なペンキで塗り替えるように。

それから、ずっと彼を待っていた。
気が遠くなる程長く。


文化祭当日。
彼と、或いは彼女と一緒に回りたい、と学生達は騒ぎ立て。
くれぐれも不純異性交遊は慎む様に、と教師達はテンプレートを口にする。
トールはというと、そんな学生群には紛れず、コーヒーを啜っていた。
模擬店が出しているもので、ミルクポーションが二つ分入っている。
マイルドな味になっているものの、元は安いインスタントコーヒーなので苦い。

「ん」

文化祭当日は概ね無礼講だ。
この日だけは、制服を着ずとも許される。
故に、珍妙なコスプレをしている者も居た。
ウートガルザロキもその類に漏れない。

「……何だよその格好?」
「何って、狼男」

普通であれば笑い飛ばされる仮装なのだが、気合が入っているので格好良いだけだった。
その耳どうなってんの、とトールが無遠慮にウートガルザロキの頭部を触る。

「楽しそうだね」

揶揄というよりもほのぼのと感想染みたイントネーションで言われ、そちらを見やる。
金髪の男女が立っていた。片方は可愛らしいメイドさんの格好をしている。
男の方はというと、王子様然とした高貴な印象を与える衣装による仮装である。
ニヤニヤ、とトールは笑みを浮かべ、メイドさんを見て。
いつも見ている豪胆な印象とは随分違う、という揶揄の気持ちをこめ。

「かわいい格好してんな、"お嬢ちゃん"」
「黙ってろ」
「お願いして着てもらったんだ」
「おー、オッレルスもやることやっぶべら」
「おいウート死ぬんじゃねえ起きろ、目を覚ませ!」


そんな傷害未遂事件も知らず。
フィアンマはというと、オティヌスと共に着替えていた。

オティヌスは随分と露出の多い黒の革衣装。
フィアンマはウェディングドレス調のワンピース。

「実際の結婚式も近そうだな」
「…オティヌス」
「思惑通りにいって良かったじゃないか?」

魔女の意匠が垣間見られる鍔付き帽子を被り、オティヌスは首を傾げる。
フィアンマは裾についた糸くずを手で払い、目を伏せた。

「トールを騙しているようで、」
「話していないだけさ」
「だが」
「今日が終わってからでも問題はない」

オティヌスはフィアンマの隣に腰掛け、彼女の手を握る。
豊かな金髪が右目を隠すその表情は、優しかった。

「最初からやり直しても、結果が同じだった。
 それはつまり、約束されていたということだ。運命と呼ぶべきだろう。
 確固たるレールを敷いた訳でもないのに、あの男は自然としてお前を好きだと思った」
「そうだろうか」
「言動から考察すればすぐにわかる」

行こう、とオティヌスが立ち上がる。

「私としても、この世界を創造した以上お前には幸せになってもらわないと困る」


劇は昼過ぎから午後にかけて行われる。
逆に、カフェ組は午前中だけの営業。

トールは劇組の為、暇を持て余していた。
出店も少し回ったが、一人では感想を言い合う相手も居ない。

「おーい、トール」
「んあ? ああ、上条ちゃんか」

ひらひらと手を振られ、近づく。
上条が顔だけ見せたその部屋は男子更衣室だ。

「どうせだから仮装しようぜ」

上条は明るく言い、衣装を差し出してくる。
トールは首を傾げつつものんびりと受け取った。
フィアンマさえ絡まなければ、上条に対しての嫉妬など欠片もない。
むしろ、対等の友人であるといって差し支えない。

「タキシードっぽいな」
「多分サイズはそんなにズレてないと思うぞ」

劇の採寸データを使って作られていたらしい。
ハギレで何でも作るものだ、と裁縫部にちょっぴり感心しつつ。

「違和感あるな」
「似合ってると思うぞ」

じゃあ出よう、と慌ただしく上条に押し出される。
何だ何だ、と不思議に思いながら廊下に出、右を見た。


ふわふわとした純白のドレスに身を包んだ彼女が立っていた。
ちょうど、トールのタキシード姿に合わせるかのように。

「……、」
「タイミングはちょうど良かったようだな?」

小さく首を傾げ、フィアンマがはにかんだ。
何だかとても懐かしい気がして、トールも笑みを浮かべる。

「似合ってるな」
「トールも、似合っているよ」

見とれる、と彼女はにこにこ笑む。
それはこちらの方だ、とトールは思ったが。

「写真でも撮るか?」

思い出したように上条が提案し、オティヌスが賛成する。
フィアンマは手を伸ばし、トールの服の袖を引っ張った。
隣に立ち、そつなく腕を組む。
長手袋越しの指の感触にこそばゆさを感じつつ、トールはカメラの方を見た。
はいちーず、などとお決まりの呑気な文句の後にシャッターが切られる。
出来上がる写真は、本当の花嫁と花婿のように見えた。


出店を回ったり仮装姿で遊んだり。
そんなことをしていると、あっという間に午前中など終わってしまう。
トールとフィアンマは体育館に駆け込み、衣装に着替えた。
リハーサルを行わなければならないので、公演時間よりも早めに到着。

「台詞や動作は大丈夫か?」
「多少はぶっつけ本番だな」

『つぐみのひげの王さま』の衣装の重さに顔をしかめ、トールは軽く答える。
『王女』のため早着替えをせねばならないフィアンマは特殊な衣装に身を包んでいた。
暑い、と言わんばかりの表情だが、通気性は悪くない。

「フィアンマこそ、全部一人でやるんだろ? 台詞は大丈夫か?」
「少し手のひらに書いてある」
「カンニングかよ」

流れだけだから、と言い訳する彼女にトールは小さく笑う。
二人して少し笑ったところで、リハーサルを告げるブザーが鳴った。


――――本番の幕が上がる。







暗い舞台の中央、スポットライトに照らされた王女がふんぞり返っている。
椅子に腰掛け脚を組み、隣を見た。
隣に腰掛ける王様は険しい表情で深く椅子に腰掛けている。

「今宵の晩餐会にて、お前の婿を決めようぞ」
「お父様、それでもこの晩餐会は退屈ね」

色とりどりのライトが劇場を照らし、各国の王子が歩いてくる。
そして優雅に席につき、晩餐会が始まる。
今年で十七歳になる王女は往来よりわがままな姫だった。
しかし、姫は姫。結婚させなくては国が続かない。
王女は傲慢に脚を組んだまま、くすくすと笑う。

「見て、お父様。あの人は樽みたいに太っているわ」
『うぐ』
「それに、あちらの方は死神みたいに痩せている。恐ろしいわ」
『くっ』
「うふふ、面白い」
『……何と美しい姫だろう。是非、我が花嫁に』
「それに……あの人の顎はつぐみみたい。つぐみのひげの王さまね?」

無礼にも王子達を指差し、順々に馬鹿にしていく王女。
王様は暫く沈黙していたが、肩を怒らせ立ち上がる。

「もう知らぬぞ、無礼な姫よ。もはや我が娘とは思うまい。
 今から最初に城にやってきた男性にお前を嫁にやる。よいな!」

王子達は去り、物乞いの男が通りかかる。
彼を見て、王様はふんと鼻を鳴らした。

「先に言った通り、お前の花婿はこの物乞いだ!」
「許してお父様、こんなみすぼらしい物乞いと結婚だなんてとんでもない!」

王女は嘆くが、王様は許さない。
彼女はやがて、物乞いに手を引かれて森や都を歩き続ける。


「これらはすべて、彼の王子の領土なのです」
「ああ、私がつぐみのひげと馬鹿にしたあの王子だわ」
「どうして、なぜあんな馬鹿なことを言ってしまったのかしら…?」

そうこうしている間に、物乞いの家に到着する。
物乞いは乱暴にドアを開け、王女を中に通した。

「さあ姫、ここが私の家です」
「うう、」
「早く食事を作るんだ。それが妻の役目だろう」

急かされるまま、王女は竈に手を近づける。
薪をどうくべれば火が点くのかすらわからず、彼女は嘆きに嘆いた。
生まれてこのかた家事などしたことがなく、失敗ばかりが続く
物乞いは呆れて肩を竦め、冷酷に言い放つ。

「ああ、なんて女を娶ってしまったものだろう。
 早く籠を編んで売ってこい。聞いているのか、早くしろ」
「はい、わかりました…ああ、わからない。籠なんて、どう編めば良いのかしら?」
「役立たずの女め。まあいい、ここに瀬戸物があるのだ」

市場で仕入れた瀬戸物を渡され、王女はふらりふらりと市場に向かった。
王女の美貌に客は惹きつけられ、瀬戸物はすぐさま売れていく。

「ただいま戻りました、旦那様。瀬戸物はたくさん売れました…」
「おお、でかしたぞ。では明日はもっと多くの瀬戸物を売るのだ。良いな?」

翌日も、その翌日も彼女は市場で瀬戸物を売る。
しかしある日、市場に騎兵がやってきた。
馬は容赦なく瀬戸物を粉砕したため、王女は惨めにも泣きじゃくる。
ああ、このまま家になんて戻れない。戻ればどんな目に遭わされるか。

「ああ、我が馬が粗相を。女、城の女中にしてやろう」
「ありがとうございます…」

城についても、王女扱いはなく。
かつて自分の食事を作っていた料理人の下働きばかり。
日々の食事は、その残飯だった。


「神様、この私をどうぞお救いください。
 もう二度と他人様を馬鹿になどしません、ですから…」

指折り組んで祈り、残飯を口にして眠る。
朝起きたら昨夜の残飯を食べ、料理人の下働き。

「なあ知っているか? 今夜、晩餐会をするそうだ」
「そりゃあいい。ご馳走を作るとなると腕が鳴るぜ」
「おい女、お前は飯を運ぶなよ。お前のようなみすぼらしい女ではなく、女給仕にさせるから」
「だが喜べ、残飯はいつも通りくれてやる! ははははは!」

料理人の揶揄に涙を浮かべつつ、王女は手伝いをする。
もう、ここでしか生きていけないのだ。致し方がない。

夜になり、予定通り晩餐会が催された。
時は過ぎ、片付けが始まる。
正規の給仕だけでは足りないから、と王女も駆り出された。
裏からそそくさと皿を片付ければ良いのだが、王女はカーテンの隙間を覗いてしまう。
何てきらびやかで、美しくて。
あんな晩餐会で食事をしていた自分は、もう戻ってこない。

「おや、君は」

カーテンからはみ出た赤い髪に、王子は目を細めた。
長い金髪を靡かせ、わざわざしゃがんで彼女に手を差し出す。

「踊ろう」
「いえ、私は」
「私の誘いを断るのか?」
「いいえいいえ、とんでもございません!」

言われるがまま、彼女は晩餐会の場に出る。
しかし、彼女の両脇には壺がぶら下げられていた。
片付け用の、残飯を持ち帰るための壺があった。
王子に誘われるまま踊ってしまうと、呼応するように壺が揺れる。
がちゃがちゃと騒がしい音と共に残飯がこぼれ、周囲は揶揄と悪意を持った声音で笑った。
嘲笑に囲まれ、王女は顔を真っ赤にしながら首を横に振った。

「離してください!」

拒絶する彼女の手を、王子は離さない。

「聞いておくれ。
 …実は、あの物乞いも騎兵もすべて私だったのだよ」
「え…?」
「どうだろうか。あらためて、私と結婚してほしい」
「そんな、そんなこととんでもないことで…!」

わたわたと慌てる王女は、壺を落としてしまう。
王子は何事にも頓着せず、彼女の目を見つめた。

「君を、愛している。あの夜、美しい君に心奪われていた。
  こんなにも長く、遠まわしに、傷つけたことを詫びよう。
  もう二度と、生涯に渡り、この様な想いをさせぬと誓おう」
「あんなにも傲慢で、貴方様を罵った私を、どうかお許しください」


トールは腕を伸ばし、彼女の身体を抱きしめた。
強く強く、彼女を拘束する鎖か、或いは祝福の衣の様に。
彼女の髪を撫で、頬に触れ、笑みを浮かべる。

「もう逃がさねえぞ」

そして、彼女が一番好きな顔で。
かつて宣言した言葉を、今度は違う重みで告げる。

「お前は、俺のものだ」

そして。
俺の全てはお前のものだ、と。

甘く囁き、彼は彼女に顔を近づける。
抵抗なく、唇が重なった。
彼らを隠す様に、舞台の幕が下りていく。
拍手に包まれながら、体育館が徐々に明るくなっていった。
唇を離し、カーテンが上がって全員揃ってお辞儀をする。
最後のシーンがアドリブであったことを、観客はわかっていただろうか。

「なあ、フィアンマ」
「…うん?」
「明日、話がある」
「奇遇だな。俺様も話がある」

カーテンが再び下りていく最中、言葉を交わした。
お互いに、本当のことを伝えるべきだ。


今回はここまで。
次回最終回。長々とお付き合いいただきありがとうございます。


四ヶ月かけた割には文章少ないな。反省。















最終回、投下。


休日の学校。
クラスの教室に呼び出され、トールは黙々と歩いていた。

『話がある』

自分のそれは、愛の告白だ。
正式な、恋人付き合いを要求するためのもの。
しかし、彼女側のそれは違うのかもしれないと思った。

「……」

何はともあれ、今日で全て決着がつく。
フラれるにせよ、受け入れてくれるにせよ、大きな悩みは消える。
本来であればもっと早く、勇気を出して告白するべきだった。

「んー…」

伸びをして、靴を履き替える。
のぞき見た教室には、上条と、オティヌスと、フィアンマの三人が居た。
他二人の前で告白はちょっと、難しい。
先に彼女側の話を聞いてからにしよう、と考えつつドアを開ける。

「約束よりも早く来たな」
「すまない、俺様の話をするのにこの二人が必要だった」
「ああ、気にすんな」
「ごめんな、トール。そっちも話あったんだろ?」
「お前達が先でいい」

ひらりと手を振り、椅子に座る。
彼女と向き合い、トールから見て右にオティヌス、左に上条が座る。

「……何から話すべきかな。…まずは、謝っておく」
「あ? 何を?」

フィアンマは目を閉じ、決意を固める。
それから、トールを見据えて、静かに。

「俺様は、トールに嘘をついてきた」


腹を裂かれて死を迎え。
最期まで、彼を笑顔でいさせてあげられなかった自分を恨んだ。
何も出来ないでいるまま、彼は狂ってしまった。
話しかけても、抱きついても、死者である自分の言葉は届かない。
彼は強かったから、降霊術や人造人間という手段は取らなかった。
強かったからこそ、彼はたった一人で世界を壊してしまった。

「なあ、フィアンマ。終わったよ」
『俺様は、何度も止めたよ』
「お前を殺したヤツも。お前を救おうとしなかったヤツも。
 お前を知ろうともしなかったヤツらも、全員。
 だけど、何でだろうな。……寂しいよ」
『戻ってきては、くれないんだな。狂気に囚われたまま、行ってしまうのか?』
「これだけあれば、多分足りるだろ?」
『……狂ってる、』
「世界中の人間を使って、お前とまたやり直したいんだ」
『お前が求める別の世界には、別の俺様しかいないのに…?』

ただの一言も、彼には届かなかった。
振り返ることなく、彼は別の世界へと至った。
全ての生命を喪ったその世界は、死者のための世界になった。


オティヌスは欠片程に遺った魔神の力を組み直し。
上条当麻は『右腕の有した力』をコントロールした。
フィアンマは『世界を救える程の力』を有効活用し。

死者のみとなった世界をオティヌスが造り変え。
上条当麻がおかしな部分を消し、フィアンマが最終調整をした。
それはずっとずっと昔のことで、それから世界は同じ時間を繰り返した。
三人は学校を作り、フィアンマの求めるたった一人の帰還を待ち望んでいた。
彼女の為にしつらえた、天国に姿を変えたこの地獄という場所で。

「『そちらの世界』の私であれば、お前の魂を送り返すだろうと踏んでいた」

オティヌスは脚を組み、窓の外を眺める。
トールは沈黙したまま、彼女達の話を聞いていた。
上条が口を開き、若干居心地悪そうに。

「トールが転校してきた時点で、状況を少しいじったから違和感あっただろ?」

確かに、フィアンマとの出会いは不自然だった。
徐々に、トールは自分の本当の記憶を思い出していく。
彼女と過ごし、愛し、最期には彼女に謝罪しながら殺されたことを。

「何で、もっと早く言わなかったんだよ。今の今まで忘れたままだったぜ?」
「この世界に争いはなく、魔術の必要がまるでない。思い出さない方が良いかと考えた。
 ……何よりも、…俺様は、トールと普通の巡り合わせでも結ばれるかどうか知りたかった」
「俺を試したってことか?」
「そうなる」

だから、騙していた。
嘘をついて、初対面の様に振舞ってきた。
そのことについて謝罪をしたかった、とフィアンマが頭を下げる。
上条とオティヌスはそれぞれにトールの肩をぽんと叩き、教室から出て行った。
どうやって世界を創造し直したか説明した時点で、彼らがいる意味はなくなったのだろう。
そして、肩を叩かれた意味も理解している。許してあげてくれ、ということだ。
トールは黙り込み、腕を組む。彼女の言葉の先を促した。


「……最期、トールに言えなかったことがあった」
「………」

『……俺、強くなるから。
 お前をこんな目に遭わせた奴ら全員ぶっ殺せるくらいに、強くなる。約束する』

「きちんと、泣かせてやれなかった。
 だから、歪んだ。そして、あんな風にこじれてしまった」

『約束、するから……、』
『とーる、』

今でもトールは、"あの日"を悔いている。

自分が孕ませなければ、自分が離れなければ。
或いは、出会いさえしなければ、
彼女は、あんな風に苦しめられて死ぬことはなかったのではないか。

そんな自分の罪悪感を誤魔化す為に、トールは多くの人を殺した。
『彼女と再会する』願いを叶えるためでもあったが。

「俺様は、トールを無力だとも、恨んだこともない」
「……多少の失望はあったはずだ」
「最期には間に合った。結果はどうあれ、助けに来てくれた」

『……、トールは俺様を助けに来てくれたんだろう?
 結果じゃない。過程が大切だと教えてくれたのは、紛れもなくお前だ。
 嘘をつかせて、すまなかった。お前を恨んだことなんて、一度もない。
 俺様は、最期まで幸せだった。傍に居てくれたら、それだけで満足だった。
 俺様が居なくなっても、死んでも、それがどんなに悲惨な悲劇だったとしても。
 それら全てを飲み干して、自分の人生を生きて欲しかった。俺様の望みは、きっとそれだけだったよ』

『助けようとしてくれて、嬉しかった』

"あちらの世界"の彼女が言った言葉を、思い出す。
それでも、罪悪感は拭えなかった。
目の前の彼女が言葉を補強して尚、受け入れられない。


「トールの犯した罪が大きいものなら、それは俺様も背負うべきものだ」

自分が生きていなかった事が、彼の絶望を招いた。
彼と一緒にあることも、出会って共に居たことも、自分自身の選択で。

「過去、自分が居なければトールは幸せなのではないかと悔やんだことが何度もある」

でも。

「トールに失望したことなど一度もない」

むしろ、自分のような人間によく付き合えたものだと思った。
自分勝手に、何度彼を巻き込んでしまったことだろう。

「偉そうにしている方が、似合っている。そう言ったのもトールだけだった」

席を立ち、彼の隣に座る。
穏やかな気持ちで、そっと微笑みを浮かべる。

「今回のことで、トールが俺様を拒絶してもその意思をねじ曲げようとは思わない。
 俺様はなるべく関わらないようにするし、トールの今後の幸福は保証する」
「……俺が、お前を嫌いになれると思ってんのか」
「…、」
「言っただろ、離さないって」

腕を組むのをやめ、トールは右手で彼女の左手を掴む。
それから、自然に手を握った。指を絡ませて、優しく。

「…そっちの話は今ので終わりだよな」
「ああ、そうだが…トールの方の話に移ろう」
「俺の話は簡潔だ。別に、裏事情なんてものも特に無いしな」
「?」
「そもそも、今の流れからして改めて言う必要もないと思うんだが、一応」

   
「俺は、フィアンマのことが好きだ」
   

な真似も出来たはずだ。

「長く時間がかかって、沢山のものを犠牲にしちまったけど。
 それでも遅くないなら、さ。なあ、フィアンマ」

隣の少女を見て、男は穏やかに笑った。
何度も練った告白の台詞なんて忘れて、思うがままを口にする。

「もう一度、俺と結婚してくれ」
「俺様で良いのなら、喜んで」



















―――この物語を、とある青年の墓標に捧ぐ。




おわり。

(最後にダイナミック脱字してしまった、実にすみません
支部版で補完します)

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