School Daysより「素直な気持ちになるために」 (69)

今晩は。またまた、やって参りました。
前作同様、およそ7年前に書いた作品です。
「素直な気持ちで」ルートを元にしているため、
世界寄りの内容となっていますが、それでもよろしければ、お読みください。

前作:「School Daysより「鮮血の結末」…その後」
School Daysより「鮮血の結末」…その後 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1401025112/)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1401541498

榊野学園の屋上。

本来、学生は立ち入り禁止なのだが、

天文部という部を再興したいという口実で、

屋上を利用している学生たちがいた。

フェンス際のベンチに座っている男女…伊藤誠と、桂言葉だ。

ちなみに天文部を名義上再興したのは、西園寺世界という少女だが、

この場にはいないようだった。

誰もいない屋上で、誠と言葉は二人きり…慎ましく、昼食を取っていた。

期末試験も終わった12月下旬の、ある昼休み。

もう初雪も降っており、いよいよ冬本番という寒さがやってきていた。

なので、昼食を食べるために屋上に行くことは滅多になくなっていたが、

その日は比較的おだやかな陽気があり、言葉が弁当を作ってきたこともあって、

久しぶりに屋上で食べようと言うことになった。

二人きりの昼食も、回を重ね、以前よりは見違えて会話も弾んでいた。

ただ…言葉の料理の腕前だけは、なかなか向上しなかった。

誠の弁当をつまんで落ち込む言葉を、誠が励ます、というのがいつものパターンだった。

お弁当も食べ終えた頃に、ふと、言葉が切り出してきた。

「あ、あの、誠君」

「何?」

「あの…今年のクリスマス・イブですけど」

「うん」

「よかったら、私と一緒に過ごしてください…」

顔を真っ赤にして、言葉は誠に言った。

「いいよ」

断る理由もなく、即答する誠。

「ありがとうございます!」

珍しく誠が快諾してくれたので、言葉も嬉しさのあまり笑みがこぼれた。

そして、かねてから友人の西園寺世界にも相談しながら考えていたプランを、

誠に伝える決心を固めた。

「誠君、それでですね、イブの日なんですけど…」

言葉から、そのプランを聞いて、誠は正直、違和感をぬぐうことができなかった。



クリスマス・イブの夜を、恋人である、言葉と過ごす。

それ自体はごく普通のことであり、誠も理解できた。

だが、問題は夜を何処でどのように過ごすか、ということだった。

…まず、場所が、榊野ヒルズの高級スイートルーム。

テレビドラマなどで、よく金持ちの男が用意するホテルの一室を、誠は想像していた。

それを、言葉が両親の許しを得て部屋を取ったというのだ。

…言葉が両親に恋人と過ごす場所を相談したこと、

その結果、両親が娘に一泊に万単位のお金がかかる部屋を与えたということが、

誠の想像の領域を、既に越えていた。

そして、その部屋ですること…男女が二人でやることと言えば、ただ一つ。

誠は、学祭の時に言葉とエッチなことをしたことを思い出したが、

前回のは胸でしてもらっただけで、今度がいわゆる「本番」となる。

誠の頭は、ここで、別の意味でさらにぐらついた。

…要するに、娘と彼氏が初体験をできるように、両親が場所を用意したわけだ。

エッチなお誘いなら、本来拒むはずがない誠だったが、

自分の金銭感覚を遙かに上回るお金がかかる一夜、そしてそれを許す両親の存在、

これらが、誠の即答を鈍らせた。

…いつもの優柔不断とは違う。「何かがおかしい」という違和感が強くあった。

母子家庭で育ち、お金をかけた遊びなど知らない誠には、

言葉にとっては当たり前の生活が、自分とかけ離れたものに思えてならなかったのだ。

誠は違和感を抑えきれないまま、「考えておくよ」と、うやむやな返事をしておいた。

しかし言葉は、その日のうちに、世界に誠が応じてくれたと電話で話してしまった。

嬉々とした様子で話す言葉。恋人との一夜を心から望む、無邪気な喜びがあった。

…無邪気だからでこそ、世界は余計傷つき、最後は返事の声もなくなってしまった。

一方その頃、誠は東原巳駅に向かって歩いていた。

妹の止(いたる)が、父親の家から逃げ出し、

電車で勝手に誠の家の方へ向かったという連絡を、父親から受けたのだ。

誠は父親のことを毛嫌いしていたが、妹のことは溺愛していた。

「止のために迎えに行く」とだけ父親に言い、誠はすぐに家を出た。

既に二十一時を回っている。こんな時間に一人で電車に乗っていたら、

間違いなく、駅員か誰かに補導されてしまうだろう。

…という誠の心配は当たり、止は駅舎で駅員に保護されていた。

止は家出のことなんて忘れたように、月見うどんを夢中で食べていた。

…おなかをすかせた止を見かねた駅員が、わざわざ用意してくれたものだった。

誠を見た止は、兄に叱られるのではと泣いていたが、

止の事情も分かっている誠は、妹を強く責めることはしなかった。

「おにーちゃ、止のこと、許してくれる?」

「しょうがないな、今日だけは許してやるよ」

「ありがとう。おにーちゃ、大好き」

「わかったから、はやく、うどんを食べちゃって。…ご迷惑をおかけして、本当にすみません」

保護してくれていた駅員に頭を下げ、止がうどんを食べ終わるのを待った。

駅員は、危ないですので今後は気をつけてください、と誠に注意していたが、止はその間に、

おなかがいっぱいになり、眠くなったのか、うとうとしはじめていた。

駅員にお詫びとお礼を告げると、誠は止を背負い、駅から家に帰ろうとした。

誠が駅前の学習塾が建ち並ぶ道路の脇を歩いていると、不意に誰かに声をかけられた。

「あれ、もしかして、お姉ちゃんの…?」

声がする方には、見たことのない小さな女の子がいた。

誠が、誰だか分からず、その場を通り過ぎようとすると、

「お兄ちゃん、言葉お姉ちゃんの彼氏の、誠くんでしょ?」

と、後から再度声をかけてきた。

誰だろうと思い誠が振り返ると、その女の子は微笑み、

「初めまして、お姉ちゃんの妹の、桂心です」

と、自己紹介をした。

「言葉の…妹?」

誠は、驚いた表情で、心と名乗る女の子を見た。

「そうだよ。お姉ちゃんの携帯の待ち受けの人とそっくりだから、声をかけたの」

心は、興味津々といった様子で誠を見ていた。

「そうだ、誠くん」

心は、初対面の誠をタメ語で呼び、突然切り出した。

「お姉ちゃんね、今年は家族で一緒にクリスマスをやらないっていうの」

「…え、そうなんだ」

誠は、どきっとしながらも相づちを打った。

「お父さんもお母さんもお姉ちゃんがいないわけを教えてくれないし…。
 誠くん、何か知ってる?」

知ってるも何も…と口が滑りそうになったのを慌てて止めた。

誠が答えずにいると、心は間髪入れずたたみかけてきた。

「イブの日に、お姉ちゃんとデートしたりしないの?」

「まあ…するよ」

「あー、やっぱりそうなんだっ」

心は、謎が解けたという満足感で、ぱーっと、明るい表情になった。

「心の家ね、いつも、海外でクリスマスの前後を過ごすんだけど、
 今年はお姉ちゃんだけ置いていくってお母さんが言うから、変だなって思ってたの。
 でも、お兄ちゃんと一緒なら、大丈夫だね」

「か、海外?」

「そうだよ。今年は、シドニーにある別荘に行くの」

そんなのいつものことだと言わんばかりの調子で、心は答えた。

「…そうなんだ」

「誠くん。お姉ちゃん、ふつつか者だけど、よろしくお願いします」

心は、ませたことを言いつつ、頭をぺこりと下げた。

「はは…」

「それじゃ、心、お母さん待たせてるから。じゃあね~!」

心が、頭を下げた姿勢を戻すと、服のフードが頭にかかったが、

気にする様子もなく、フードに着いているウサ耳をひらひらさせながら、

駐車場の方に元気よく走っていった。

しばらくの間、その場で呆然としていた誠だったが、

やがて、駐車場から出てきた一台の真っ赤な外国製の高級スポーツカーが、

目の前を通り過ぎていったのを見た。

助手席には心がいて、大きく手を振っていたが、

誠はその車をしてさらに唖然とし、手を振り返すことができなかった。

海外の別荘で過ごすクリスマス、そして外国製高級スポーツカー…。

言葉の家が想像を絶する金持ちであることを、改めて思い知らされたのだった。

そして、…そう、言葉と付き合う前、

電車で彼女のことを見つめていた頃に感じていたことを、

誠は今さらのように思い出した。

「俺は、…やっぱり、言葉とは…付き合えないんじゃないか?」

可愛いけど…何となく近づきづらい、清楚で高貴な印象。

言葉の家族と、自分の家族は、釣り合わない…そう思えてならなかった。

そんなことを考えながら、止を背負い、誠は家に着いた。

「お帰りなさい。止、大丈夫だった?」

心配そうな母親の声に、誠は答えた。

「駅の待合室にいた。こいつ、ちゃっかりうどんなんか食べさせてもらってて…。
 おなかいっぱいになって、疲れて、ほら今、寝てるところ」

「あらあら…大変だったわね」

「ううん、平気。それより母さん、止の靴、お願い」

背中の止はすやすやと寝息を立てており、起きる気配はない。

母親は、誠に背負わせたまま止の靴を脱がせ、

誠からそっと止を抱き取ると、起こさないように布団へと運んでいった。

「おにーちゃ…大好き…」

夢を見ている最中なのだろうか、布団に潜りながら、止はつぶやいた。

「…何でも、クリスマス・イブが待てなくて、こっちに来たんですって」

母親は、父親からの電話で聞いたことを、誠に話した。

「止、学校で、いじめられたりしてないかなぁ」

誠は心配そうに言った。

「学校でも、突拍子もないこと言ったり、わがまましたり、してなきゃいいんだけど」

「それはないみたいよ。学校じゃ、本当にお利口さんなんだって。
 わがままなんて一言も言わないし、どんなことでも頑張ってるみたいよ」

「そうなんだ」

誠の脳裏に、父子家庭の寂しさを隠し、

健気に学校で活発に振る舞う止の姿が思い浮かんだ。

…できることなら、止と一緒に生活してあげたい。

でも、こればかりは誠にはどうすることもできないことだった。

「クリスマス・イブ」

「え?」

「止の学校、イブの日に二学期が終わるから。
 その日に改めて止にはきてもらうので…いいわよね?」

母親は、止のことを思い、誠にそう言った。

「…ああ」

「誠、何か、予定があるの?」

「いや…」

誠は言葉とのことを思い出して、ちょっと口ごもったが、

「うん、いいよ。止と一緒に、イブをしよう」と答えておいた。

それから、少し考えて、誠は切り出した。

「ねえ、母さん」

「何?」

「榊野ヒルズって…知ってるよね?」

「そりゃ、知ってるわよ。仕事帰りに、よく買い物に行くもの」

誠の母親は、榊野町の総合病院で看護士をやっていた。

そのため、仕事帰りにヒルズのデパートの食品売り場で、

安くなった食料などを探してくることが多かった。

原巳浜にあるスーパーよりも、ヒルズのデパートの方が、意外にも安かったりするのだ。

「…そのヒルズに、プールとか、ホテルもあるよね」

誠が何気ないそぶりでそう言うと、母親は、

「あのホテルって、政治家とか、会社の重役が使ってそうな感じよね」

と、苦笑いをしながら答えた。

「VIPルームとか、一生のうちに一度も使いそうにないわよね。
 お母さん、ヒルズのパンフレット見て、びっくりしちゃったもの。
 誠も、見た? すごいわよ、桁が違うから」

母親はそう言うと、買い物用のバッグからヒルズのパンフレットを取り出し、

高級スイートルームのところを指さし、誠に見せた。

それには、ホテル室内の豪華な内装、広々とした部屋の数々、

装飾を凝らしたバスルームやトイレなどが、所狭しと写真で掲載されていた。

そして、誠は、書かれている宿泊料金を見て、思わず絶句した。

…一泊、四十万円。言葉と話していたときの想像よりも、さらにゼロが一つ多かった。

「泊まるなら、どんな部屋だって同じよねぇ。
 こんなに色々サービスがあったって、使うことなんてないだろうし。
 お母さん、この部屋よりも、どんな人がこの部屋を使ってるのかを知りたいわよ」

誠は、同級生である言葉一家がそういう部屋を使っているとは、さすがに言えなかった。

誠が家で母親とそんな会話をしている頃。

言葉との電話を終えた世界は、ベッドの中で丸くなりながら、

完全に打ちのめされていた。

ああ、私馬鹿だ、何て愚かなことをしたんだろうと、

後悔しても、しきれなかった。

自分がやったことは、せっかく自分の方に傾き始めていた誠の気持ちを、

再び言葉の方に戻してしまうことに他ならなかった。

分かってはいたけれど…言葉の手前、世界はそうせざるをえなかった。

これでイブの日に誠と言葉が結ばれたら、決定打となり、

自分が二人の間に入り込む余地は、もう完全になくなるだろう。

こんな時、親友の清浦刹那さえいてくれればと思ったが、

頼みの綱である刹那は、学祭終了後、パリに行ってしまい、もういなかった。

また、クラスには甘露寺七海や黒田光と言った友人たちがいるが、

誠・言葉を含めた三人の事情を知らない彼女らにすがるわけにもいかなかった。

たった一人で、この局面を打開しなければいけない…。

そのことが、世界にさらに追い打ちをかけていた。

「誠は、今でも、私のこと、好きでいてくれてるのかな…」

今日の帰り際、駅のホームでの会話を思い出しながら、世界は独りごちた。

…もし、他の女の子から告白されても気持ちは揺るがないかと聞いたら、

誠は揺るがないと即答したが、そのすぐ後に、苦笑いをしながら、

「…世界にそう言われたら、揺らぐかも」と言っていた。

誠の中には、まだ私への気持ちが残っている。そう信じたかった。

でもその気持ちは、言葉と一夜を過ごせば、完全に消えてしまうだろう。

世界は、誠と切り離される不安と恐れで、全く寝付けなかった。

翌朝…と言っても、起きたときには既に10時を回っていた。

ほぼ一夜、ずっと寝られず、誠と言葉のことばかり考えていたからだ。

のそのそとベッドから置きだし、リビングに行くと、

「先に行っています。学園には遅刻してでも行かなきゃダメよ」

と書かれたメモとともに、冷めた朝食がテーブルに置いてあった。

出勤前の母が用意していってくれたのだろう。

だが、それを口にする気力も、今の世界にはなかった。

「今日は、休もう…」それだけ自分に言い聞かせ、よろよろとベッドに戻っていった。

二度寝し、夕刻、母が帰ってくる前に、

世界は空腹に押されるようにテーブルの上のご飯を食べた。

忙しい母が用意してくれた手前、残したり捨てたりするわけにはいかなかった。

ご飯、味噌汁、温野菜、焼き魚などを時間をかけながら食べ終え、

使った食器を洗って片付けたあと、シャワーを浴びた。

鏡の前に立つ裸の自分を見てみるが、ため息しか出ない。

この前プールに行ったときに、言葉にプロポーションの違いを見せつけられていたため、

自分の体は、誠には魅力的には見えないだろうと、悲観的になるばかりだった。

シャワーを浴び終えると、世界は再び寝床に戻ろうとしたが、

既に世界の母が帰宅していた。

「あ、お母さん、お帰り」

「ただいま。あら、自分磨きをしていたのね」

いつもの調子で茶化す母に、世界はうつむいて答えた。

「…そんなんじゃない」

「ダメよ。女は日々精進、格好いい彼氏を手に入れるために、努力しなきゃ」

「彼氏なんて、いないし」

「何言ってるのよ。誠君はどうしたの?」

「だから、誠は…私の彼女じゃないんだってば」

母は、ことあるごとに誠のことを世界から聞き出そうとしていた。

普段はまんざらでもない様子で誠のことを話す世界だが、

今日がどうしてもそういう気分にはなれなかった。

しかし、母は意に介さず、話し続けた。

「喧嘩したんだ」

「してない」

「お前の胸は小さい、とか言われた?」

「言われてない」

「誠君に揉んでもらえば、もっと大きくなるわよ」

「揉まれて…って、そんなこと言えるわけないでしょっ!」

「世界はお母さんの娘なんだから、もう少し大きくなるはずよ」

「…悪かったね、遺伝してなくて」

「そんなことないわよ。世界はお母さん似で可愛いもの」

臆面もなく言う母に、世界は思わず顔を赤くした。

毎度のことだが、この母には勝てそうにない、そう思った。

「お母さんも、世界に負けないように、イブを過ごす年下の男の子を探そうっと」

「探さないでよ!」

「えー、いいじゃないの。お母さんはまだまだ現役よ」

「現役って…私くらいの歳の娘がいるのに」

「娘がいたって、恋はできるわよ」

「やだよ。だって、その人って私のお父さんになるんだもの」

「あら世界、年下の可愛いお父さんは要らない?」

「要らない」

「世界よりも年下のお父さんかもしれないわよ」

「もっと要らないって!」



相手が母親だから、突っ込みも遠慮しない。

だけど、世界は、本当は分かっていた。

…この母には、そんな色恋に興じる余裕などない、ということを。

母は、仕事をしながら二人だけの家庭を切り盛りするだけで、精一杯なのだ。

「…というわけで、明日は学園に行きなさい」

母は、いきなり会話の流れを変えてきた。

「お母さん、それ、話の前後がつながってない」

「いいの。そんなことよりも、世界が学園さぼってることの方が大事でしょ?」

「う…」

「図星ね」

「さぼったんじゃなくて、今日は調子が悪かったんだもん」

「で、今日は何で調子が悪かったの?」

心配しているような言葉とは裏腹に、母の口許は笑っていた。

「…もう、お母さん、嫌い」

「何よ。聞いてるんだから答えなさい」

「だから、具合が悪かったの」

「世界、それ、話の前後がつながってない」

「お母さん、混ぜっ返さないでよ!」

「だって、世界が休んだ理由を教えてくれないんだもの」

やはり、母の方が一枚上手のようだ。

「…言わないなら、理由は誠君ってことにしておくわよ」

「違うもん」

「じゃあ、それ以外に理由があるのね?」

「ちょっと…おなか痛かったから」

「おなかが痛かった理由は?」

「…」

「あらやだ世界、もう誠君と…もしかして」

「するわけないでしょっ!」

母の言葉に、世界は顔を真っ赤にして大きな声を出した。

「…一日休んだ病人とは思えないくらい元気ね、世界」

「あ…」

母のこの手の誘導尋問には、どうしても弱い。

分かってはいるけど引っかかってしまう。

「冗談は抜きにして…もう、出席日数ギリギリらしいじゃない。
 明日は行かなくちゃダメよ?」

「…うん」

世界は、仕方なくうなずいた。

翌朝。

目覚めた世界は、カレンダーの方に目をやった。

…12月24日。クリスマス・イブ。

ああ、とうとうこの日が来てしまった…。

とてもでないが、学校に行きたくなるような気分ではない。

世界は昨夜の母の言ったことを忘れたふりして休むつもりでいたが、

出勤前に再び学園に行くように母が繰り返したため、

仕方なく、ぐらぐらする頭を抱えながら制服に着替えた。

気持ちを切り替え、一つ、深呼吸を入れた。

…落ち込んでいても仕方がない、もう当日なのだから。

乾坤一擲、学園に行ってみるだけでも、何かが変わるかもしれない。

世界は、朝食こそ食べられなかったものの、そんな、藁にもすがりたい気持ちで、家を出た。

学園では、久しぶりに来た世界を、友達が心配そうに出迎えてくれた。

苦笑いしながら、「うん、もう大丈夫だから」と答える世界。

自分の席の隣には、誠の姿もあった。

誠も、世界がしばらく休んでいたのを心配していたようで、

世界はそれだけで嬉しくなり、自然と笑顔もこぼれた。

やっぱり、誠の側にいる方が居心地がいい…そう思えた。

…本当はそのまま、言葉のことには触れないでおきたかったが、

誠が言葉とのイブの約束に応じたのかどうか、どうしても気になってしまい、

いつものお節介の癖で、誠にそのことを聞いてしまった。

…うつむいたまま、誠は小さくうなずいた。

本当はまだ迷っていたが、言葉の手前、今はうなずくしかなかった。

誠は、今、この場で世界を安心してあげられない自分に、いらだちも感じていた。

世界はというと、その瞬間、誠とのつながりが断たれたように思えた。

こんなに側にいるのに…誠が、急に遠い存在になったように感じられた。

それでも気丈に授業に集中するつもりでいたが、

気持ちの線まで切れてしまい、もはや歯止めがきかなかった。

こぼれ落ちる誠への想いとともに、堰を切ったようにあふれ出る涙。

…まもなく世界は、先生に事情を申し出た誠によって、保健室へと運ばれた。

ベッドに仰向けになったが、世界は誠の顔が見られなかった。

左腕で顔を隠しながら、眠るまで手を握っていてほしいと、

右手を差し出して、世界は誠に言った。

それに応じる誠。

誠はと言うと、クリスマス・イブのことについて、

世界に言おうかどうか悩んでいたが、意を決し、

「あのさ世界、俺、言葉と行くことにしてたけど、やっぱり…」

と言いかけたが、世界は既に泣き疲れて眠りに入っていた。

誠は右手を握ったまま、顔を覆う世界の左腕を、そっとおろした。

顔はまだ紅く、目元には涙が残っていた。

誠は、ポケットからハンカチを取り出して、そっと世界の顔を拭うと、

手をつないだまま、眠りについている世界を見入った。

涙の理由…鈍感な誠にも、それは既に分かっていた。

だから、目の前にいる世界が、愛おしく思えてならなかった。

誠が秘めていた世界への想いが、再び大きく膨らみ始め、

それは今や、言葉への想いを完全に凌駕していた。

本当はこのままそっとキスをしたい…けれど、その前に決着をつけなければ。

誠は、握っていた手をそっと離し、静かに保健室を出た。

教室に向かう途中の廊下には、七海が待ちかまえていた。

七海は、誠のことを、世界の彼氏だと完全に思いこんでおり、

世界と言葉の間に揺れる誠の態度を、厳しく糾弾した。

「これ以上、世界を傷つけたら、私が許さないから」

そうまくし立て、七海は誠の前を去った。

誠は七海の剣幕にしばらく動けずにいたが、

まもなく、その後を追いかけた。

「甘露寺!」

誠に呼ばれるとは思わず、驚いた様子の七海。

「な、なんだよ」

「世界のことを、頼む」

それを聞いた七海は、思わず怒鳴り返した。

「…伊藤、お前、世界が起きるまで側にいてあげないのかよ!」

「違う!」

「え…」

普段はおとなしい誠が語気を強めて言い返す姿に、七海はややたじろいだ。

「放課後、どうしても外せない用事があるんだ。
 俺はそれを済ませてこなきゃいけない…だから、世界を頼む」

いつになく真剣な誠の表情に、七海も世界のためであることを感じ取り、

「わかった」とうなずいた。

教室へ引き上げていく誠の後ろ姿を見ながら、七海は一人、つぶやいた。

「全く…その甲斐性、最初から見せてれば、ややこしいことにならなかったのに。
 ま…世界が誠のことを好きだっていう理由が、ちょっとは分かった…かな」

七海は、満足そうな笑みを口許にだけこぼし、保健室へと向かった。

放課後、いったん家に戻ってから七時に榊野ヒルズで待ち合わせる予定だったが、

誠は、その前に一度、言葉の家に行きたいという申し出をした。

言葉は、イブの夜を過ごす前に、家族に挨拶をしたいのかもしれないと考え、

何の気兼ねもなく、誠を家へと案内した。

言葉の家では、海外旅行の準備をしている両親と心がいた。

誠は、玄関でいいと言っていたが、心によって、

あっという間にリビングへと案内されてしまった。

言葉が誠を連れて帰ってきたことに、心と母親は喜んでいたが、

父親は、さすがに気まずいようで、家の奥へと姿を消そうとした。

それに気づいた誠は、「待ってください。大事な話があるんです」と呼び止めた。

「ごめんなさい、俺、今夜、言葉と…一緒に過ごせません」

話の切り出しに悩んだ誠は、結局、ストレートに考えていたことを話していた。

「俺、やっぱり、おかしいと思うんです。学生が…ヒルズのホテルなんて」

「そんなの気にしなくていいんだよ」

と間に割り込もうとする心を、母親がそっと止めた。

「俺の家、母子家庭で…そういう贅沢なのにどうしてもなじめなくて」

「誠君…」

「なあに、ヒルズのホテルが気に召さないというのかい?」

言葉の様子に父親も言葉を荒げたが、これも母親がもう片方の手でそっと止めた。

「いや、そんなことは…。そうじゃなくて、それに…もっと大事な、
 …みなさんに、謝らなきゃいけないことがあるんです」

誠は、うつむいて喋っていたが、すぐさまその場に土下座をし、告げた。

「俺…言葉よりも好きな子がいるんです。
 言葉よりも、大切な人がいるんです。
 俺、このあと、その人のところに行かなきゃいけなくて…。
 だから、本当にごめんなさい。…言葉とは、一緒に過ごせませんっ!」

誠の言ったことを聞き、唖然とする一同。

言葉は、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。

「嘘…」

「言葉…俺は、世界が好きなんだ。」

「いや…」

耳をふさぎ、誠の声を遮ろうとする言葉。

誠は、言葉の方を真っ直ぐ見つめて続けた。

「聞いてくれ、言葉! 俺、言葉のことを好きだったのは、本当だ。
 でも、世界のことも好きで…言葉より、世界の方が、もっと好きになって…。
 だから、もう、逃げたり、隠れたり、卑怯なことはしない、
 ここではっきり言おうと思って来たんだ」

言葉は、あまりのことに泣き崩れ、もう何も話せなかった。

その様子を見ていた母親が、誠に向かって言った。

「立ちなさい」

鋭い口調に臆さず、誠がその場で立ち上がった…次の瞬間、

誠は母親に、思いっきり張り飛ばされた。

足下がふらついたが、誠は何とか歯を食いしばって倒れまいとした。

母親は続けて、誠に何度も平手打ちをしたが、誠は立ったまま、耐え続けた。

自分がどんなことをしているかはよくわかっている…、

だからでこそ、ここで倒れるわけにはいかないと、思ったのだった。

倒れない誠の意地を読み取ったのか、母親は平手打ちを止めた。

「今すぐ、出て行きなさい。今後、うちの子に関わったら、絶対許さないから」

険しいまなざしで、誠を威嚇する母親。

誠は、桂一家の方に向き直り、

「失礼します」と頭を下げると、言葉の家を出て行った。

ドアの音に、慌てて言葉は立ち上がり、追いかけようとしたが、

父親が肩に手をやって制した。

「離して! 誠君は、私と一緒に過ごすの!」

泣き乱れながら誠に追いすがろうとする言葉の両肩を押さえ、父親は言った。

「お前も旅行の支度をしなさい…今すぐにだ」

「いや!」

「言葉…悲しいけど、あなたは振られたのよ」

母親は、先程とはうって変わり、温かさの中にも悲しみをたたえた眼差しで、言葉をみつめて言った。

「あの子…家族がいる家にまで来て、お断りを入れていくなんて。
 なかなかたいしたものよ。…私の相手をしても、全く怯まなかったし。
 あんな堂々とした子が、言葉の彼氏になってくれたなら…よかったのにね」

「お姉ちゃん…残念だけど、仕方ないよ。
 誠くん、あんなにはっきり言っていったんだもの」

さめざめと泣く姉を気遣って、心もそう言った。

「誠君…」

別れの悲しみは、舞い落ちるこなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいいのように、

いつまでも言葉の心につもり続けて…、

言葉は、家族が見守る中、ずっと泣き続けた。

一方の誠も、言葉の家から出た瞬間から、ずっと、涙が止まらなかった。

決して、言葉のことは嫌いだった訳じゃない。

寧ろ、好きだという気持ちを握りしめて放せなかった。

だけど…いつまでも、こんなことを続けているわけにはいかない。

世界が好きだという気持ちに気づいた今、

言葉とは、きちんと別れなくてはいけない。

そう、秋の日に世界に想いを告げたにもかかわらず、

言葉にはっきりと言えなくて、世界を傷つけた…、

あれと同じことを繰り返してはいけない。

世界が落ち込むようになったのは、思えばあの日からじゃなかったか?

だとしたら、もう…気持ちを一つに向けなくては。

二度と迷わないように…見失わないように。



誠は、原巳浜駅から、学園前駅まで、すぐさま電車で向かった。

保健室で休んでいた世界が、まだ学園にいるような気がしていたのだ。

もうすぐ、午後6時になるという頃。

自宅方向への電車が来たが、世界はベンチから動けず、座ったまま見送った。

もし、中に言葉に逢うために榊野町に向かう誠が乗っていたら…、

そんな考えが頭をよぎり、電車に乗り込めなかったのだ。



時を同じくして、先頭車両の方に乗っていた誠は、学園前駅に降りた。

改札へと向かうつもりだったが、反対方向にあるベンチに、

探していた女の子の姿を見つけ、

誠は、静かにその子に近づいていった。

「サンドイッチ…食べさせてあげたかったよ…誠ぉ…」

一口かじったサンドイッチを手にしたまま、世界は涙を零してうつむいていた。

それを聞いた誠は、近づきざまに「いいの?」と世界の手を取り、

サンドイッチを口にした。



目を丸くする世界。

「どうして…」

誠は、世界を優しく見つめながら、答えた。

「俺、気づいたんだ…世界のことが、好きだ」



全く予想していなかった展開に、さらに涙があふれて止まらない世界。

「それじゃ…」

誠は残りのサンドイッチを全て平らげ、言った。

「応えてくれるだろ?」

「今、私の指まで食べた…」

「だって、残り少なかった…」

「…もうっ」

世界は、誠の手を振り払い、抱きついて顔を誠のコートにうずめた。



「大好きだよ、誠…誠、大好き!」

「俺もだよ」

二人は、しばらくそのまま、抱き合い、お互いのぬくもりを分け合った。

雪は、二人を包み、祝福するように、ただ静かに降り続けていた。




「…ただいまー」

「おにーちゃ、お帰り! …あれ?」

玄関で誠を出迎えたサンタ服姿の止は、

世界の姿を見て、不思議そうな顔をした。

「誰?」

「この人はね…」

誠が紹介するよりも早く、世界が自ら名乗り出た。

「初めまして、西園寺世界です」

「せかい…?」

まだ幼い止は「世界」という言葉の意味がわからず、きょとんとしていた。

「そう。っと、世界って言うのはね…」

いつもならここで人の興味をつかむ世界は、止にどう話したら伝わるか、

苦笑いしながら考えてしまったが、それに気づいた誠は、自分の部屋から、

地球儀を持ってきて、くるくる回しながら止に見せた。

「止、世界って言うのは、これのこと」

それを見た止は、目を丸くして言った。

「わあ、すごい! いいなぁ」

誠のアシストで、止は世界にも興味を持つことができた。

「あ、ありがとう…」

珍しく気の利く誠に、世界は、ちょっと照れながらお礼を言った。

ホームでの抱擁の後、誠は、今年は家でクリスマスを祝うことを世界に伝え、

「もしよかったら…」と、世界を誘った。

世界は満面の笑みで「もちろん行くよ」と答えた。

誠の家までの道中、二人はずっと手をつないで、今さらのように照れ笑いをしていた。

「ねえねえ、おにーちゃ」

「何だ、止」

「おにーちゃとおねーちゃ、二人ともお鼻真っ赤だよ?」

止に言われて、誠と世界は思わずお互いの顔を見た。

世界はさっきまでホームで泣いていたため、鼻が赤くなっていた。

そして…誠もまた、先程言葉の母親に殴られ続けたため、鼻が赤くなっていたのだ。

苦笑いをする二人を見て、止はニコニコしながら言った。

「お鼻真っ赤、じゃあ、トナカイさんだね。止がサンタだよー」

「あらあら、じゃあ、止からプレゼントもらわないとね」

奥から出てきた誠の母親がそう言うと、止は慌てた様子で、

「違うもん、プレゼントをもらうのは止だもん!」

と、母親の方に駆け寄っていった。

「そうでした、そうでした。…誠と、世界さん? も、さあ早く上がって」

「そうそう、遠慮しないで」

「はい、お邪魔します」

誠と、誠との母親に言われ、世界は誠の家に足を踏み入れた。

誠と母親、止、そして世界の4人でのクリスマス・パーティ。

世界は、止がすぐに馴染んだこともあり、まるで家族のようにとけ込んでいた。

ケーキに、鶏肉やポテトサラダなどの定番の料理が並ぶ、

どこの家庭にもあるパーティだったが、誰もが幸せに満ちた顔をしていた。

「…すみません、ちょっと、台所と冷蔵庫のもの、お借りしてもいいですか?」

パーティの前に、世界が誠の母親に言うと、母親は笑顔で「ええ」とうなずいた。

「パンと…ハムとかレタスとか、そんなのしか残ってないけど」

世界は「ありがとうございます」と誠の母親に一礼すると、

嬉々とした様子で、台所に入り、なにやら作り始めた。

「おねーちゃ、何してるのかな?」

台所の様子を覗きながら言う止に、誠は言った。

「できてのお楽しみだよ」

「うん!」

待つこと十分少々、世界はお皿一杯に並べたサンドイッチを持ってきた。

「お待たせしましたー」

「おお、すごい、できたてだ」

「わあー、きれいー!」

冷蔵庫にあった残りの食材で、色とりどりのサンドイッチが作られていた。

レタスやキュウリなどは湯通しして温野菜にしたあと、

しっかりクッキングペーパーで水気を取り、ハムやシーチキンと一緒に挟んでいた。

タマゴサンドは、砂糖入りと食塩入りの二種類を作り分けていた。

クリスマスにちなみ、イチゴをスライスしてホイップクリームとともに挟んだ、

イチゴサンドまで作ってあった。

止は、迷わずイチゴサンドに手を伸ばした。

「こら、止、いただきますしてないだろう?」

「はむはむ…おいしい!」

夢中になって食べる止の様子を見て、誠も苦笑した。

「じゃあ、改めて…いただきます」

「いただきます」

誠も、真っ先に世界手作りのハムサンドに手を伸ばした。

「…さっきもおいしかったけど、やっぱりできたてが一番だな」

「ありがとう」

世界は、嬉しそうに笑顔で言った。

「でも、本当によくできてるわよねぇ。世界さんって、お料理上手なの?」

という誠の母の言葉に、世界は笑いながら、

「いやあ、これしか得意なのないんです」と答えた。

「でも、こんなにおいしいサンドイッチなら、毎日だって食べられるわよねぇ、誠」

「ホントホント」

「うん!」

誠に続き、止も大きくうなずいた。



世界は、誠と二人きりでいるときとはまた違う、大きな喜びをかみしめていた。

…食事が終わると、誠の母親は仕事のため、まもなく家を出た。

クリスマス・イブだが、パーティのために時間を割くのが精一杯だったのだ。

食事の後の片付けは誠が行い、止はすっかり気に入った世界とお風呂に入った。

「片付け先に終えたからって、入って来ちゃダメだからね。
 女の子二人で入るんだから」

「そうだそうだー!」

「はいはい、わかりました」

誠は、まるで世界に止を取られてしまったようで、なんとも複雑な気がしていた。

お風呂から上がると、止は世界が来てはしゃぎすぎたからか、

すぐに布団に潜り込み、眠ってしまった。

ようやく世界と二人きりになれた誠は、

世界を抱き寄せ、優しくキスをした。

「風呂入ってくるから、待ってて」

世界は、頬を染めながら、小さくうなずいた。

誠は念入りに体を洗い、風呂から出たが、

世界もまた、止の隣で布団を掛けずに寝てしまっていた。

「体調、悪かったのに、無理させちゃったかな…」

誠は、止と同じ布団を世界にも掛けると、起こさないようにキスをし、

自分の部屋のベッドに行かず、その隣にもう一つ布団を敷いた。

誠たち三人は、川の字になって、仲良く眠りについた。

翌日の早朝、世界は一足先に電車で家に戻った。

「また、学園でね」と、別れ際に誠とキスをして。

入れ違うように夜勤明けの誠の母が帰ってきたので、

誠は、まだ眠っている止のことを仕事から帰ってきていた母に委ね、身支度をして、学園に向かった。



東原巳駅のホームには、家に戻ったはずの世界がいた。

「あれ、世界…?」

「一度帰って、またこっちにきたの」

「え…」

「一緒に学園、行きたくなっちゃって…いいよね?」

照れながら言う世界に、誠は快く返事をした。

「もちろん」

そして、世界の手を取り、やってきた電車に乗り込んだ。

…一日の始まりからそんな感じだったように、

この日、世界はずっと、何かと誠の側にべったりだった。

休み時間や昼食時はともかく、授業中も筆談ばかりで全く勉強に集中していない。

それを見ていた七海と光は、勝手にやってろと言わんばかりの様子だった。

誠も、積極的な世界に照れながらも…ようやく手に入れた、

好きな人との、穏やかな日常の感触を確かめていた。

年が明けて、三学期。

冬休みの間も、誠と世界は、ほぼ毎日一緒だった。

デートに出かけたり、お互いの家に行ったり…。

世界だけでなく、誠も積極的に世界と一緒にいようと動いた。

…言葉の家に乗り込んで、家族の前で正々堂々と、

言葉を振ったことが内面の変化へのきっかけになったのか、

誠は、以前よりも優柔不断さがなくなり、

自分からこうしたいと言うことが増えてきた。

男らしさを増した誠に、世界はさらに夢中になり、

二人の熱い交際ぶりは既に、学園中の噂となっていた。

今日も、誠は学園前駅で世界と待ち合わせていた。

「三学期、始まるねー」

「ああ。でも、三学期ってすぐに終わるだろ?」

「そしたら春休み…今度は何処に行こうか?」

「って、もう遊ぶ話かよ」

「だって、誠と行ってないとこ、まだまだたくさんあるんだもん」

腕を組み、指を絡めて拗ねる世界。

「分かったよ」

「うん」

心から喜んでいる世界の様子を見て、誠も嬉しくなった。

駅の構内から続く、陸橋の上に、一人の女の子が立っていた。

それを見た誠と世界は、思わずつないでいた手を離した。

立っていたのは、言葉だったからだ。

「言葉…」

「桂さん」

その様子は、普段のおとなしい言葉とは全く違う感じだった。

無表情のまま、言葉は何も言わず、真っ直ぐに二人の方へ歩いていく。

何とも言えぬ気迫を感じ、二人ともそこから動けなかった。

やがて、言葉は至近距離で足を止めると、

突然、鬼気迫る表情で、誠の方を見た。

誠が驚いた次の瞬間、言葉は鞄を握っていた右手を離し、大きく振った。

ばちーん、という豪快な音を立て、言葉の平手打ちはきれいに誠の左頬にヒットした。

足下がふらついたが、なんとか堪えて踏みとどまる誠。

世界は、何が起きているのかよく分からないという表情で、ただ目の前の様子を見ていた。

「…言葉」

見事に手跡がついた左頬をさすりながら、誠は言葉に向き直った。

見ると、言葉は、いつもの穏やかな表情を浮かべていた。

「…これで、終わりです、誠君」

言葉は、静かにそう言った。

「西園寺さんと、どうか、お幸せに。それでは」

二人に向かって一礼すると、言葉はきびすを返し、学園の方へと歩いていった。

その後ろ姿は、寂しそうにも見えたが、後悔は一切ないと思わせるような、清々しさがあった。

「誠、大丈夫?」

言葉の姿が見えなくなったのを確認してから、世界が訊いた。

「ああ…かなり痛かったけど」

誠は、世界の方を向いて答えた。

「でも、これで、本当に終わったんだ」

「…うん」

世界は、居心地悪そうな、暗い表情をしていた。

「…世界」

「なあに?」

誠は世界を呼ぶと、不意打ちのように、キスをした。

「…ちょっと、やだ、こんなとこで…みんなが見てるのに…」

唇を離し、誠は言った。

「もう、そんな顔するな。俺の方だけ、見てればいい。そうだろ?」

「誠…うん、そうだね、そうだよね!」

返事をする世界。その顔に、もう、曇りはなく、

太陽のような明るさを取り戻していた。

…素直な気持ちになるために、紆余曲折した分、

誠と世界は幸せな日々を送り続けるだろう。

これからもずっと…。



今日も、学園での生活が始まる。







fin.

およそ1時間にわたり、連載いたしましたが、以上で終了です。
お楽しみいただけましたなら幸いです。

今回の話も三行でまとめると、
世界が母譲りの母性を誠に発揮
+誠が止に向けていた父性を世界に発揮
=言葉が世界ではなく誠と向き合ってひっぱたいてハッピーエンド、です。

もし、感想、意見、質問等ございましたら、遠慮なく書き込んでくださりませ。

HTML化は、明日、申請いたします。

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