咲「イったらおしおきだって言ったのに……」菫「す、すまん……」 (114)


中指を小さく出し入れされると次第に吐息が濃くなっていった。

菫「ッ――あっ、ああっ」

咲「ここですか?」

菫「あ、んんっ……あぁ」

咲「この辺かな?」

菫「あっく……そこ……」

咲「ここですか」

そう言って彼女は中指を鉤のように曲げた。

菫「あっーーー…………っ」ビクビク

下腹部全体に響き渡るような快感が突き抜ける。

咲「あ、またイッちゃいました?」

菫「はぁ……はぁ……はぁ」

咲「ダメじゃないですか、イクときはイクって言わないと」

菫「はぁ……はぁ……ちゅー」

咲「はい?」

菫「キス……」

咲「ああ、キスですか」

菫「んっ……ん……っ」

最初の、唇を震わせながらしたキスではなく、自然な軽いキス。

唇ごしに感じた彼女の体温はあたたかく、やわらかい。

ふと香る汗のにおい。それすらも心地よくて。



夢みたいだ……。

意識が薄れていく……。

夢の中から、もう一つの夢の世界へ墜ちていく。





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菫「夢か……」

妙にリアルな夢だったな。

まるで現実だったみたいな……

咲「おはようございます」

菫「お、おはよう」

咲「あっ、おはようございますは変ですね、もう4時ですし」

菫「4時……というかここはどこだ!?」

咲「どこって……ホテルですけど」

菫「ホテ……ル?」

咲「服、畳んでおきましたよ」

菫「服? うわっ! 裸!? どうして?」

咲「どうしてって脱いだのは弘世さんじゃないですか?」

大丈夫ですか? という感じで私の顔を覗き込んでくる。

菫「私が脱いだ……?」

咲「ただ、靴下が片一方見当たらなくて。さっきから探しているんですけど」キョロキョロ

まずは、服を着ないと。

疑問を解消するのはその後だ。

咲「えっ!? そのまま着ちゃうんですか?」

菫「な、何か問題でも?」

咲「だってローションまみれですよ、体」

菫「うわっ!? 本当だ、ベタベタしてる」

咲「シャワー浴びた方がいいですよ」

菫「そ、そうだな」




【浴室】

どうなっている――?

何故、体中がローションまみれなんだは?

さっきのは夢のはずだろ?

夢じゃないとしたら……



―――菫「全部舐めたい、君の体を全部」
―――菫「もっと、強く叩いてくれ」
―――菫「あっ、んんぁ……イク、イキそう!」



あれも、これも現実なのか? 

どうしてこうなった?

思い出せ、今日は何をしていた?


準決勝で上手くいかなくて、決勝へは一位抜けでなかったというだけで、マスコミからい
ろいろ書かれて私はすごく気が立っていたんだ。



菫「なんだ、これは! 『白糸台陥落』だと!? これだとうちが準決勝で敗退したみたいじゃないか!」

くそっ! 勝手なこと言いやがって。

菫「はぁ~。散歩にでも行ったら気が晴れるかと思ってしてみたが」

暑いだけで、余計イライラする。

こんな真夏に公園のベンチに座っていても、余計イライラが募るだけだ。

帰るか。

そうだ、帰って自分の癖を早く見つけないと。

同じ相手に2度やられるわけにはいかない。

よし、帰ろう。ついでに照のためにお菓子を買っていってやろう。

そう思って腰を上げたとき、彼女の姿が見えた。

清澄高校の宮永咲--。



―――菫「お前、妹いたんじゃなかったっけ?」
―――照「いや、いない」



あの言葉がなぜか心に引っかかっていて――。

なんとなく、声をかけたんだ。

あいさつをして、照の事を尋ねた。








咲「お姉ちゃん、私のこと何か言ってましたか?」

菫「いや、特には……」

咲「そう……ですか……」

菫「ということは、やっぱり君は照の妹なんだね?」

咲「は、はい」

菫(照のやつどうして、あんな嘘をついたんだ?)

第一印象は小さくて小動物のようなかわいらしい子、そして照にどことなく似ているということ。

咲「暑いですね~」

菫「ああ、嫌になるくらい」

咲「そうだ、麦茶のみますか? 持ってきてるんです」

水筒を取り出しながら、尋ねてくる。

菫「ありがとう」

咲「水分補給は大事ですからね」

菫「これだと君の分がなくなってしまう」

咲「大丈夫です。私はさっき飲んだばっかりなので」

菫「そうか? じゃあ、遠慮なく」

気も効くし、とても優しい子だと思った。




そのあと、お互いの身の上話をした。

菫「そんなことなら、お安い御用だ」

咲「本当ですか!!」

菫「照とは長い付き合いだしな」

咲「ありがとうございます」ギュッ

お礼を言いながらぎゅっと手を握ってこられたので少しドキッとした。

菫「ああ、まかしておけ」ドキドキ

不意打ちだったせいか少し照れる。

菫「それじゃあ、私はそろそろ戻ろうかな」

そう言って立ち上がるとクラッと立ちくらみがした。

菫「ぐっ……」

咲「大丈夫ですか!?」

菫「大丈夫……」

咲「熱中症ですかね? 近くのコンビニで冷たいものを買ってきます」

菫「いや、平気だ」

咲「でも……」オロオロ

菫「ちょっと休めばこれくらい」

咲「どこか休める場所……あっ! あそこに……」

菫「そこの日陰でいいんだが、ちょっと君!?」

彼女に肩を貸してもらってとある建物に入っていく。

肩を貸してもらっていると髪がすぐ近くにあって、彼女から漂う甘い香りが鼻腔をくすぐった。

汗とリンスの香りが混ざった甘い香り。

首筋から流れる一筋の汗が砂漠にあるオアシスのように貴重なものに思えた。

頭がぼぉーとする。頭が上手く使えない。それに体が煮えたぎっているようだ……。はじ
めてかかったが熱中症ってこういうものなのか。








【ホテル】


咲「大丈夫ですか? その……体調の方は?」

菫「ああ、だいぶましになった」

咲「飲み物! こういうときって麦茶とかじゃなくて塩分を含んだスポーツドリンクのようなものの方がいいんですよね。なにかあったかなぁ」ゴソゴソ

菫「塩分を含んだ水ならそこにあるじゃないか」

咲「へ? どこですか?」

菫「ここに……」ペロッ

咲「ひっ!!」

彼女の両手首を掴んでベッドに押し倒した。

首筋に舌を這わせて甘い水を味わう。

甘い水は理性を溶かし体温を上げていく。

咲「ちょっ、弘世さん!?」

彼女は身をよじって抵抗しようとしたが、私がそれを許さなかった。

繊細で柔らかな肌の感触を味わうたびに、痒みに似た内側からの衝動が加速されていく。
疼きが彼女を求めて増大していく。

そして、そのまま彼女を――――





コンコン、というノックの音で、ハッと我に返る。

思わずシャワーを落としてしまいそうになってしまった。

咲「あの、靴下、片一方見つかりました」

菫「あ、ああ」

咲「服と一緒にここへ置いておきますね」

菫「ありがとう」

咲「それと、約束の件。お願いしますね」

菫「約束?」

咲「はい、お願いしますね」

菫「えっと、なんだったっけ?」

バァン!!(扉を開く音)

咲「とぼける気ですか!? 約束したじゃないですか!!」

菫「うおっ」

咲「今さら反故するなんて。そんなこと――」

菫「お、落ち着いて」

咲「私、初めてだったんですよ! それなのに」

菫「は、初めてって!?」

咲「弘世さんが親友だからって、まかせろって言ったから、だから……私……」

菫「も、もちろん覚えてるよ。だけど確認、そう確認がしたいんだ」

咲「そうですか……。すみません、取り乱しちゃって」

菫(約束はした記憶はあるが、内容が思い出せん)

咲「私とお姉ちゃんを仲直りさせてくれるっていう約束……」

菫「なんだ、そんなことか」

咲「そんなことって、私にとってはなによりも大事なことなんです!」

菫「そ、そうか、悪かった」





菫「忘れ物とかないか?」

咲「はい」

菫「そうだ、連絡先を渡しておこうか。これ私の携帯の番号」

咲「あ、私携帯電話を持っていなくて」

菫「そうなのか? 珍しいな、今時」

咲「すみません」

菫「じゃあ、こっちの番号だけ渡しておくから、何かあったらかけてくるといい」

咲「ありがとうございます!」

菫「ああ」

咲「弘世さんと出会えてよかったです」

菫「え?」

咲「お姉ちゃんとはもう、昔みたいに戻れないかもって思い始めていて……。だけど弘世さんが取り持ってくれるのなら……」ギュッ

菫「あ、ああ」

菫(手を握られたくらいで何をドギマギしているんだ、私は)ドキドキ

咲「それじゃ私はこれで」パッ

菫「ああ、それじゃあ……」


握られた手の部分だけが異常に熱を持っているような気がした。

体が熱くなっていくのは暑さのせいか、それとも――。

私は自分の手をじっと見つめながらその場に立ち尽くしていた。




【決勝戦前日 白糸台】


菫「照」

照「菫、どうしたの? わざわざ」

菫「特に用があるって訳じゃないんだが」

照「うん」

菫「いよいよ次が最後だな」

照「まだ個人戦が残ってるよ」

菫「でもこのメンバーで戦うのは最後だ」

照「そうだね」

菫「いろいろあったな……」

照「うん……」

菫「…………」

照「…………」

菫「……やっぱりやりにくいか?」

照「なにが?」

菫「姉妹で戦うの」

照「私には妹はいない。――言わなかったっけ?」

菫「いや、だって同じ宮永だし、雰囲気も似てるし、確かお前長野――」

照「いないって言ってるでしょ!!」

菫「」ビクッ

照「…………何回も言わせないで」

菫「っ――」

照「…………いない」

菫「そ、そうか……」

照「私お風呂入ってくる」ガタッ

菫「ああ」

照「じゃあ」



菫(はぁ……思ったより大変そうだぞ、これは)




「う~ん」

見つからない……。

部屋に籠もって、映像資料を何十回と見直しても癖らしい癖は見当たらなかった。

私の思い過ごしだったのだろうか?

準決勝で阿知賀にことごとく躱されたのは偶然だったのか?

いや、しかしあの躱し方は……。

自分の狙いがわかっていないとできない打ち回し……。

やっぱり癖はあるんだろう……。

もう一度見てみるか。今度は予選の映像にしてみよう。









やっぱり、それらしいものは見つからない。

もしかして、癖は私の体の外にあるんじゃないか?

例えば、牌の並べ方とか。

決勝は理牌せずに打ってみるか?

仮にそうだとして、どうして私の標的がわかる?

ううっ、胃が痛くなってきた……。

こうしている内に他の2校が私の癖を見つけていたら……。




咲『カンっ』

菫「うわっ」

ビックリした。

どうやら、考え事をしている間に次の映像、研究用に撮ってあった清澄の映像へ移っていたみたいだ。


咲『ツモっ。嶺上開花』

……………………。

こんな清純そうな顔してるのに……あのときはあんなに……。

私だけが彼女の別の顔を知っている。

彼女の喘ぐ声を私だけが知っている。

彼女の柔らかさを私だけが知っている。

彼女の馥郁たる香りを私だけが嗅いだ。

黒い優越感が菫私の中で震える。

昨日のことを思い出すと体がカッと熱くなる。

自然と手が股へと伸びていった。

既に下着は微かに湿っているのがわかる。

強く目を閉じ、指を動かす。






「――っ、んん」

ぴりぴりとした弱い電流が手足の指先まで流れた。

あのときの行為思い出しながらショーツの上を指でひっかくようになぞる。

「こんなことやっている場合じゃないのに……」

しかしその焦りすら下腹部から昇る炎を煽る結果にしかならなかった。

くちゅくちゅという音が耳に届くたびに、興奮が更なる興奮への呼び水となって加速していく。

彼女の発する甘ったるい匂いが、甘酸っぱい息が、鼻にかかった甘い声が克明に思い出される。

頭の中に白い靄がかかっていき、理性をトロトロに溶かしていく。

湿った摩擦音が部屋に響く。

ショーツの中へ手を進めていく。濡れた襞に指先を触れさせる。

「うっ……んっ……」

息を詰めて小さく呻いた。

その流れで性器の上の方、コリッとした粒に触れる。

触れた瞬間、背筋が固く伸びた。脳髄に快感が突き上がっていく。

粒は次第に固くなり、ふくらみを増していった。

「んっ……んうっ……あっ!」

荒い息と殺しそびれた喘ぎ声。そして粘ついた水の音が部屋に小さく響く。

昂ぶりが頂点を目指し、這い上がっていく。

うねりにも似た奔流が全身を飲み込もうとしたその時、

コンコン。

部屋をノックする音が聞こえた。

「は、はい!」

心臓が飛び跳ねる。

とっさのことだったので、私は思わず返事をしてしまっていた。





照「菫……」ガチャ

菫「て、照!?」

菫(聞かれたか――?)

照「さっきは――」

菫「ちょっと待ってくれ!」

照「えっ……?

菫(匂いとかで気づかれたりしないよな?)

菫「その急ぎ用か?」

照「急ぎの用って訳じゃないけど……」

菫「だったら、後にしてくれないか? 今立て込んでいて」

照「さっきは、怒鳴ったりしてごめん」

菫「別に気にしてない」

照「菫? なんだか顔が赤くない? 風邪?」

菫「近づくな!!」

照「」ビクッ

思わず怒鳴ってしまう。

一瞬、照が酷く傷ついた顔をした気がした。

恐らく、見間違えではない。

胸がズキッと痛んだ。

だが、それよりも私の匂いを嗅がれることの方が恐ろしかった。

菫「今は、その……いろいろやることがあって……だから後で聞くよ」

できるだけ、穏和に言い訳をする。

照「…………うん、わかった」

照は少しうつむき加減で、部屋から出て行った。



バタン。
静かにドアの音が響く。

危ないところだった。

上手く誤魔化せただろうか?

安堵の後に暗い感情が私を責め立てる。

なにをやっているんだ、私は。

照を怒鳴ったりして……。

最低じゃないか。

しかも自分のオナニ……ぐっ……。

気づかれてはいないだろうか?

アイツ、たしか鼻よかったよな。効きシャンプーとかできるし。

気づかれていたらどうしよう……。

自分事だけで精一杯だというのに、また心の重しが一つ増えてしまった。

私はこの夏ずっとイライラしている。白糸台の部長としての重責、3連覇へのプレッシャーをずっと感じていた。

勝って当然のチームだからこそ、そのイメージを守るため手を抜ける試合など一つもない。そのイメージがまた次の勝利を産むのだから。

白糸台のレギュラーを眺めていると私だけが一人、重圧を背負っているように思えた。

私だけが常に追い込まれているように思えてならなかった。

私だけがイライラするのは不公平な気がした。

そんな風にしか考えられない自分に、また自己嫌悪して私は落ち込むのだ。




咲『ツモっ。400・800です』

テレビから彼女の声が聞こえきた。

中途半端なままでお預けを食らったので腰の辺りがムズムズする。

熱が行き場を失ってムラムラと体の内部に渦を巻いている。

火照りが続きを求めて、また新たな熱を産む。

菫「会いたいなぁ……」

口から独り言がこぼれる。

そういえば、彼女といる時はこの気持ちから解放されていた。

テレビに映る彼女の指先や唇をじっと見つめる。

制服の中を私は知っている。

彼女の体温をまだ身体が覚えている。

菫「清澄の宿舎は確か……」




勢いできてしまった……。

会えるかどうかもわからないのに。

そもそも私が清澄の宿舎近くをうろうろしていたらまずいんじゃないか?

明日の決勝で戦う相手の大将だぞ?

誰か関係者に見られでもしたら勝っても負けても変な疑惑を抱かれるかもしれない。

それに、これじゃまるで私はストーカーみたいじゃないか。

最近、感情の抑制が効かないような気がする。

やはり、自覚はないが疲れが出ているのだろう。

だったら、休んだ方がいい。

でも、せっかくここまで来たのだから一目見てからでもいいんじゃないか?

いや、しかし、こんな姿を誰かに見られたら……。

帰えろう。うん、そうしよう。



咲「はい。わかりました」

帰ろうとした矢先、彼女の声が聞こえてきた。

菫「や、やあ!」

思わず声をかけてしまった。

緊張から少し声がうわずっていた。

咲「弘世さん!? どうしてここに?」

菫「まあ、その……散歩だ。そしてたまたまここに」

まさか君を待ち伏せしていたとは言えまい。

咲「そうですか」

菫「いまからどこへ?」

咲「コンビニへ飲み物を買いに」

菫「そ、そうか。一緒に行ってもいいかな?」

咲「えっ……はい、構いませんけど……」

菫「…………」テクテク

咲「…………」テクテク

菫「…………」テクテク

咲「…………」テクテク

菫(しゃべることが思いつかん。何か話題は――)

菫「照より少し小さいんだな」

咲「そうですね。お姉ちゃんより5cmくらい低いと思います」

菫「そうか……。ん? 虫刺され?」

咲「へっ? あっ、これは昨日の――」

菫「昨日の?」

昨日の――私がつけたキスマークか!?

一瞬で血液が沸騰したように熱くなる。




菫「今、時間あるかな?」

咲「え?」

菫「話があるんだ」

咲「今ですか……」

菫「照についての話なんだが」

咲「お姉ちゃんの!!」

菫「あ、ああ」

咲「わかりました」

とっさにでた嘘だった。

こめかみに一筋、汗が流れ落ちた。

情欲のために私は嘘をついた。


菫「ここでは少し話しにくいな」

咲「はぁ」

菫「き、昨日のホテルなんてどうだろう?」

咲「え!?」

菫「いや、ほら誰かに見られるとまずいじゃないか」

菫「ここだといろいろとあれじゃないか」

咲「大事な話なんですか?」

菫「ああ、もちろん」




【ホテル】


扉を閉めると同時に唇を奪う。

「んっ……んん」

啄むような軽い口づけ。ただそれだけで胸が締め付けられるような愛おしさでいっぱいになる。

もっと……、もっとたくさん……とぐつぐつに煮えた頭が私に命令をする。

「あぷっ……あ、あの、お話……」

「後でな」

話をさえぎって再び唇へ。固く結った口に舌をねじ込む。

息をするのも忘れて貪るように彼女の口内を弄った。

彼女の唾液を全て吸い出すかのように。

「うっ……」

彼女から苦しそうなうめき声が聞こえるが気遣う余裕は既になかった。

触れた肌は柔らかく、少し汗ばんだ感触だった。

頬を撫でまわし、何度も顔の角度を変えて少しでも深く舌を押し付ける。

ガツガツと貪るように唇を動かし、舌で彼女の口内を隅々まで舐めまわしていく。

もっと舌が長ければいいのに……、人生で初めてそんなことを思った。

「ぷはっ、……はぁ、はぁ……」

酸素を取り込むためだけに口を離す。

ぬめっと光る唇が、糸を引き端からこぼれる。どちらのものかわからない唾液が妙に艶めかしい。

「あの、できればもっとゆっくり……」

「ああ、そうだな」

時間はあるんだ、ゆっくりと……。

首筋に軽く唇で触れながら、彼女の服のボタンをはずしていく。




「シャワーを浴びさせてください!」

「だめだ」

「でも汗かいちゃいましたし、すぐ済ましますから」

却下。

そんなもの待てるはずがない。

無視して腋の下に顔を埋める。

汗ばんだ腋に下を這わす。

彼女の汗の匂いが私の鼻腔を満たしていった。

その甘ったるい体臭を嗅ぐたびに身体の芯が熱くなっていく。

「ちょっと、だめですって」

彼女が身をよじって抵抗の意思を表す。

しかし、その抵抗の力は弱く本気ではないように思えた。

腋から脇腹へと舐め下がり、中央に戻ってへそも舐める。

形のよいへそを舐めて、張のある腹部に顔を押し付ける。

心地のいい弾力が感じられて、顔から蕩け落ちるような錯覚にみまわれる。

舌でへそのくぼみを軽く突っつく。

「あうっ」

聞こえるか聞こえないかくらいの小さな喘ぎ声。その声を聞くたびにゾクゾクする満足感が下半身に満ちる。

「弘世さん、もうその辺で」

いい子だからと幼子をなだめるように私に言う。

私の体は収まりのつかないほど熱を帯びており、頭は茹で上がり、まともな思考は不可能だった。

通常なら脳がストップをかける言葉であっても、今だと何の抵抗もなく口にすることができた。




「踏んでくれないか」

「え!?」

「顔を……」

彼女の顔に一瞬、驚きと軽蔑の色がさす。

「でも……それは……」

その声はか細く、困惑しているのがわかった。

私は黙って彼女を見つめる。

戸惑ってはいるものの彼女は私の願いなら何でも聞いてくれるという確信があった。

照との仲直りするためには私の協力が必要不可欠であることを、私を介さなければ照は話しすら聞いてもらえないことを私は知っている。

靴下をゆっくりと脱ぐ彼女。その動作の遅さから乗り気でないことがわかる。

靴下を半分脱ぎ掛けたところで手が止まった。

「やっばり、踏むとかそういうのはやめにしませんか?」

「そんな、今更」

「やっぱり、踏んだりするのは少し抵抗があるっていうか……」

「踏むだけだから、君は痛い思いなどしないぞ」

「そうじゃなくて、人の顔を踏むこと自体が……」

ここからやっぱりなしなんて出来るわけがないじゃないか!

「わ、私の気が変わるかもしれないぞ、照との仲直りの件」

自分の意思を介さずに口からこぼれ出た。

かすかに残った理性がやめろ! と大声を張っている。

「君も困るんじゃないか? 私の協力がなくなると」

彼女の顔をまともに見られなくて、ベッドの脚を見つめながらつぶやくように言った。

沈黙の時間。

私にとっては後悔の時間。先ほどの軽蔑を含んだ彼女の表情がフラッシュバックして、顔を上げることができない。

数秒の間だったが恐ろしく長い時間のように思えた。

耐えきれず少し顔を上げ、彼女の表情を盗み見る。

口角が少し上がり笑っているように見えた。

だがそれも一瞬のことで私の見間違いだったかもしれない。



「わかりました」

観念したかのように、少しため息交じりで彼女は靴下を脱いでいった。

私はベッドの上で横になり、彼女は壁に手をつき身体を支えながら片足を浮かせて顔のうえまで持ってくる。

「じゃあ、いきますね」

「ああ」

興奮からか声がかすれてしまった。

彼女はほとんど体重を掛けてこない。踏むというより乗せているという感じで足の裏が顔に触れる。

生温かい湿り気を顔で感じながら、土踏まずのあたりに舌を伸ばした。

「ひゃっ!」

甲高い悲鳴を上げ、足をどかす彼女。

「舐めるなんて聞いてませんよ」

「でも……舐めたい」

今更だが、自分の口から舐めたいと発言するのはかなり恥ずかしい。

頬が赤くなった。耳まで火照っている。

彼女が軽蔑をした目で私を見下ろしていた。

いや、見下ろされているから、そう見えるだけかもしれないが……。

「くすぐったいんですけど」

「我慢してくれ」

さあ、早くと目で彼女に訴えかける。

「はぁ……」

あからさまな溜息をついて、再び足を下ろしてくる。

「んぐっ」

さっき比べて少し体重が乗っているような気がする。

私は構わずかかとに舌を這わせる。

次に、土踏まず、足の指先へと移動していく。

「あっ…やっ……」

足の指と指の間に舌を入れる。

ときどき聞こえる「うっ」とか「ひっ」とか漏れる切なげな声を聞きながら、舐めまわす。
アブノーマルな行為をしている。照の妹に、明日決勝で戦う相手に。

そんな事実も消火剤にはならず、むしろ油となってどんどん燃え盛っていく。

もはや、今の私に理性はなく欲望だけで言葉を発していた。





「ツバを――その、顔にかけてくれないか?」

彼女の顔が驚きと嫌悪に歪む。

背筋にゾクゾクと冷たいものが駆け上がる。

期待と不安を胸に彼女の返事を待つ。

「ツバ――ですか……」

思案顔で独り言をつぶやき私の顔を見つめてくる。

「いきますね」

ためらいがちに形のよい唇をすぼめてツバを垂らしてくる。

「そうじゃなくて、こう……ペッって感じで」

「…………」

彼女の沈黙は言葉以上に雄弁に今の気持ちを表している。

そのジト目すら、興奮の煽る結果にしかならない。

ペッと吐いたツバが私の左の頬にかかる。

かかった個所だけ妙に熱く、彼女の体温を感じる。拭わずにじっとしていると顎まで垂れ
落ちてきた。

「ありがとう……」

お礼を言うのもなんだかおかしいが、言葉が見つからないので仕方ない

「……楽しいですか?」

「まあ……」

そう聞かれると恥ずかしい。

しかし、ここまでいってしまえばなんでも頼める。

彼女の前では弘世菫という鎧は必要がないのだから……。



咲「もうこんなになってますよ? そんなに私にされたかったんですか?」クチュクチュ

菫「ああ、されたかった」

咲「なんだかガッカリです。弘世さんがこんな人だったなんて」グチュグチュ

菫「んむっ……あっ、あっ」ビクン

咲「こんな、ヘンタイだったなんて」クスクス

菫「あっ、ん……っあ―」

咲「今の姿を白糸台の人たちに見せたら、みんなどう思いますかね?」グチュグチュ

菫「あっ、そんなっ、だめっ」

咲「憧れていた先輩が実はこんなヘンタイだったなんて、後輩の方たちに同情しますよ」
菫「は……はぁん……んふっ」

咲「動画にとって、みんなに見てもらいましょうか?」

菫「だめっ、そんなことしたら……あっ」

咲「お姉ちゃんも大変だ。こんなヘンタイが近くにいて」

菫「あっ……やっ、くふっ」

咲「あんまりお姉ちゃんに迷惑かけないでくださいね」

菫「あんっ……迷惑かけない! 頑張るから……」

咲「頑張るから?」

菫「もうちょっと激しく動かしてくれ。イけそうなんだ」

咲「え~、どうしようかな~」

菫「お願いし。あッ、んくぅ」

咲「う~ん。……やーめた」

菫「え? そんな……」


咲「だって右手が弘世さんの汁でぐちょぐちょになっちゃいましたから」

菫「は?」

咲「舐めて綺麗にしてください」

菫「ええ!?」

咲「自分で出したものなんですら、自分で綺麗にしないと」

菫「あ、ああ」

咲「うわっ、本当に舐めるんですね。冗談で言ったのに」クスクス

菫「んぷ……んちゅ……」チュパチュパ

咲「どうですか? おいしいですか、自分の汁は?」

菫「――」フルフル

咲「じゃあ、私の指は? おいしいですか?」

菫「――」コクン

咲「ふふふっ。かわいいですね。弘世さん」

菫(かわいい――!?)ビクッ

咲「どうしました?」

菫(かわいいって言われた――)ドキドキ

咲「???」

菫(あっ、舐めなきゃ)




咲「ふふ、綺麗になりましたね」

菫「じゃあ、続きを」

咲「もう、いいじゃないですか。右手も疲れちゃいましたし」

菫「そんなぁ」

咲「おあずけってことで」

菫「頼む、もう限界なんだ」

咲「しょうがないな~。早くしてくださいね。イク時はイクって言うんですよ?」

菫「言う! 必ず言うから」

咲「必死ですね」クチュ

菫「ああ、……んふっ」

咲「あれ? さっきより濡れてませんか?」クチュクチュ

菫「あくっ、言わないで、んっ」

咲「自分の汁を舐めて興奮しちゃたんですか?」グチュグチュ

菫「んあっ、はっ、は……げしっ」

咲「自給自足のヘンタイですね」

菫「んんっ、んくっ」

咲「今……すごく締まった……。さっきからヘンタイって言うとすごく締め付けてきますよね? ほら、今も!」

菫「ふぁ、あぁっ……」

咲「好きなんですか? ヘンタイっていわれるの?」

菫「あッ、んんっ」コクリ

咲「ふふっ、好きなだけ言ってあげますよ」

菫「あっ、あむっ、あっ!」

咲「ヘンターイ、ヘンタイ、ヘンタイ、ヘンタイ」



菫「――っ、くぅっ」

咲「ほら、ヘンタイって言うたびに、ぎゅーって」

菫「あっ、……あああっ、イキそう……」

咲「イキそうなんですか?」

菫「ああ、イク」

咲「だーめ」

菫「……え?」

咲「イっちゃ、だめです」

菫「そんな……」

咲「イッたらおしおきですよ?」

菫「だったら、手、止め、あっ、ふあッ」

咲「聞こえなーい」クスクス

菫「う、あっ ああぁぁぁ…………ッ」ビクンビクン!!

咲「あーあ。イっちゃった……」

菫「は――、はぁ――……はぁ――……」

咲「イったらおしおきだって言ったのに……」

菫「す、すまん……」

咲「それで、おしおきは痛いのと焦らされるのどっちがいいですか?」ニコッ

菫「――」ゾクゾク




あんなことをした後だというのに、彼女はことが終わるとすぐに元の、宮永咲に戻っていた。

さっきまでのは、私がみた白昼夢だったのではないかと思うくらい、妖しい眼光は影をひそめ、やわらかな顔になって

いた。

その表情は小動物を連想させる。うさぎとか、たぬきとか。


彼女がベッドの上で私に聞いてきたことは、ほとんど照についてだった。

本当に些細な、普段の照について。

「お姉ちゃんは寝る時はパジャマなんですか?」

「お姉ちゃんは普段どんな本を読んでいるんですか?」

質問はいつも「お姉ちゃんは~」で始まり、私が答えると「そうなんですか」とこぼれるような笑顔で満足そうにつ

ぶやいた。


「君は本当に照のことが――」

束の間の躊躇。"好きなんだね"と言いかけて、とっさに別の言葉に言い換える。

「気になるんだね」

それでも、自分の言葉が自分の心臓に刺さったのを感じた。

彼女はそんなことは、気にもとめない様子で「はい」と答えた。





その後も、「お姉ちゃんは~」と彼女が話すだびに、それ以外のことなどどうでもいい、と言われているような気が

して、私の心はどんどん沈んでいった。

「お姉ちゃんは体育のとき――」

私が目の前にいるのに、彼女の目には照が写っている。

「お姉ちゃんが一年生のときは――」

焦げついた気持ちがじんじんと軋み、照のことを話すのが苦痛になっていった。

「…………」

私が沈黙したことによって彼女もバツの悪さからか、いつの間にか聞くのをやめてしまっていた。

たぶん私は今、ひどい顔をしている。

いわく形容しがたい空気が場を覆った。



音のない閉じた時間が私たち二人の間に流れる。

「私、シャワー浴びてきますね」

私のまぶたにそっと触れて、ひそひそ話をするように、耳元でささやいた。

子供のように拗ねてしまった自分の心を見透かされたようで、ぐっと息が詰まり返事もせず、ただ小さくうなずくし

かできなかった。

彼女の体が離れていく。

もう少しだけ、彼女の体温を、彼女の心音を感じていたかった。

離れた瞬間から、渇きを覚える。

彼女の体は私の体に本当に、さらっと自然に沁みていたことに気づかされた。





ベッドの脇に脱ぎ捨てられた彼女の服を手にとり、そっと鼻にあてる。

彼女の匂いを嗅ぎながら、心の奥底に沈んでいた欲望のひとつが明るみに出てしまった羞恥と、それを受け入れても

らえた喜びを反芻する。

さっきまでの情事をもう一度、頭の中で再生する。脳に焼き付けるように何度も、繰り返して。

数分すると彼女はバスタオルを胸に巻いて浴室から出てきた。


咲「次、どうぞ」

菫「ああ」

咲「あっ、弘世さん」

菫「?」

咲「このシャンプー使ってください」

菫「持ってきていたのか?」

咲「はい、ここのシャンプーっていまいちじゃないですか?」

菫「そうかな」

この前ここへ来た時は、気が動転していたのでシャンプーのことなど、まったく覚えていない。

咲「どうぞ。コンディショナーもありますよ」

そう言って、旅行用のミニボトルを手渡してくる。

菫「ありがとう」

彼女のなにげない気遣いが、とても嬉しかった。






ホテルから出ると私は彼女を清澄の宿舎まで送っていった。

彼女は遠慮していたが、私が押し切る形で送ることにした。

少しでも長く時間を彼女の時間を独占したかったのだ。





咲「この辺りで結構です」

菫「そうか」

咲「それでは」

菫「ちょっと待って」

言ってから、頭の中に話すべきことがなにもないことに気づいた。

咲「はい。なんでしょう」

菫「えっと……」

脳をフル稼働して話題を探す。

菫「そうだ、コンビニは? 確かコンビニに用があるんじゃ……」

咲「……ああ、そういえば」

菫「だったらすぐそこだし一緒に」

咲「用なら、もう済みました」

菫「そうか……」

自分の声色が思った以上に気落ちしていた。

咲「それでは」

菫「ああ、また……」

別れの言葉は、寂しさだけを残し霧散していった。






【白糸台】


照「おかえり」

菫「ただいま」

照「なにしてたの?」

菫「散歩だよ」

照「そう。プールにでも行ってきたのかと思った」

菫「なんで、プール?」

照「髪……ほんの少しだけ濡れてるから」

菫「なっ……」

照「夕立、すごかったものね。それで濡れちゃったんだね」

菫「えっ……ああ、急に降るもんだからな。驚いたよ」

照「………………そう」

菫「洗濯物とか大丈夫かな? 取り込んだか?」

照「平気だよ。こっちは一滴も降らなかったから」

菫「……ん?」

照「お風呂、入った方がいいよ。雨で濡れちゃったんでしょ?」

菫「……」

照「私のシャンプー貸してあげるね」

菫「自分のがあるし」

照「貸してあげる」

菫「いや、だから」

照「貸してあげるから、その匂い早く落とした方がいいよ」

菫「匂い?」

照「うん」

菫「? じゃあ、お風呂に行ってくる」




バタン(ドアを閉める音)


照「……………………」

照「……菫には似合わないよ、その匂い」




大会が終わると、当然だが彼女は長野に帰って行ってしまった。

大会中だって満足に会えたわけではないが、外に行けばもしかしたら会えるかもしれない、そんな期待がまだあった。

たが、東京と長野ではその可能性は皆無だ。

大会が終われば私は諸々のプレッシャーから解放されて、のびのびと残り少ない夏休みを満喫できる――はずだった。

しかし、今はプレッシャーとは違う別の悩みに心が支配されていた。

「会いたいな」

まるで熱にうなされているかのように、部屋で一人つぶやく。

この気持ちは大会後、発作のように不定期に訪れ彼女のことしか考えられなくなる症状がでる。

ちょっとした指の仕草、息遣い、声の響き。

それならどんなニュアンスでも正確によみがえらせることができた。

しかし、全部つなぎ合わせると途端に輪郭がぼやけるのだ。

そういえば彼女のことを、私はなにも知らない。

どんな時間が好きで、どんなものが嫌いなのか、なにに感動して、なにが彼女を構成していったのか。

なんにも、知らない。

「私は好き……なのかもな」

口に出した瞬間、ぼっと顔が火照り出した。

胸が、とくん、と高鳴る。

好きという言葉が何かのスイッチみたいに鼓動が急速に高まっていく。

好き。そうだ、好きなんだ。

形のない感情に形を与えられると、その感情図がずっしりと私の心を占拠していることに気がついた。

言葉にして、自覚してしまうと自分でも制御できなくなるほどの激しい興奮が心を震わせる。

風景が急に鮮やかな色となり、世界が賑やかに息をしはじめたような気がした。

居ても立っても居られなくて、部屋の中をぐるぐると歩き回り続けた。




会いたい。触れていたい。

せめて声だけでもいいから聞きたい。

菫「声! 電話だ!」

菫「ああ、そうだあの子携帯持ってないんだった……」

しかし、今時、携帯を持っていない女子高校生なんて本当にいるか?

あれはやんわりと拒絶されたんじゃないか?

向こうは会いたくないんじゃ……。

気持ちが強ければ強いほど、不安がどんどんと大きくなっていく。

たが、この気持ちはこのままにはできない。

放置していたら狂ってしまいそうだ。

菫「家の電話なら……。流石にそれならあるよな」

菫「照なら知っているはずだ……。照なら……」



菫「照! 探したぞ。ここにいたのか」

照「声、大きい。ここ図書室だよ」

菫「ああ、すまん」

照「なに?」

菫「ん?」

照「何か用があって探していたんじゃないの?」

菫「家の電話番号教えてくれないか?」

照「家の?」

菫「き、緊急連絡先として」

照「?」

菫「もし、おまえが倒れたりした場合の連絡先だな。そういうリストを作ろうと思って」

照「ああ」

カリカリ。

照「はい」

菫(03――東京の市外局番……。そりゃ、そうか)

菫「他にないか?」

照「他? お母さんの携帯とか?」

菫「あ、ああ。他は?」

照「他!? お母さんの職場とかは帰って聞いてみないと分からないかな」

菫「……そっか」

菫(ここから長野の家の番号を聞くのは、さすがに不自然だよな)


どうすればいい?

照から聞き出すのは不可能か?

菫(だったら……)

照「話は変わるけど、菫は大学、どこか決めた?」

菫(本人から聞けばいい)

照「今の時期、オープンキャンパスやってるよね。見に行こうか。ふ、二人で」

菫(会って直接聞けばいい)

照「私、菫と同じ大学に行きたい……」

菫(そうだ、会いに行こう!)

照「ずっと一緒にいたいから」ボソッ

菫「よし、行こう!」

照「ほ、本当!?」

菫「用事ができたから、私は帰るぞ」

照「うん。じゃあ、また、連絡する」




興奮気味にキーボードを叩く。

東京から長野への移動手段を探すためだ。

菫「確か18きっぷというものがあったはず」カチカチ

菫「やっぱり新幹線で行くより安いな、こっちの方が」

浮いたお金で長野にもう一泊できそうだ。

長野まで七時間近くかかるけれど、一日多く彼女と一緒にいられると思うと些細なことのように思えた。

親には友達と旅行へ行くと伝えた。

お金もかなりの金額をおろした。

準備は万全だ。

私は優等生になりたかったわけじゃない。

そんな風にしか生きられなかっただけなのだ。

しかし、今は違う。

自分でも驚くくらい大胆な行動だと思う。

そうだ、お土産も買っていこう。

食べ物じゃなくて、もっとこう――あの子に似合うものを。

なんだか、わくわくしてきたな。



【翌日 駅前】

菫「どうしても、五分後の電車に乗りたい」タッタッタッ

寝過ごした。

昨日はなかなか寝付けなくて、いつの間にか意識を失っていたと思ったら、もう出ないと予定の電車にギリギリの時

間だった。

照「菫!」

菫「照!? どうして?」

照「早いね。私も早く着き過ぎちゃったかなって思ってたんだけど、ちょうどよかったみたいだね」

菫「???」

照「かっこいいね、その服」

菫「ありがとう。おまえ、ミニスカートなんて履くんだな」

照「う、うん。変かな?」

菫「似合ってると思うぞ」

照「そ、そっか。履いてきてよかった」

菫(なんで今日こいつ、こんなにテンション高いんだ?)

照「た、楽しみだった……から」

菫「悪いが、時間がないんだ。あの電車に乗らないと予定が狂う」

照「そうなんだ」

菫「すまん」タッタッタッ

菫(照のやつ、随分とかわいらしい恰好していたな。もしかしてデートか何かか?)

菫「やった、乗れた」ハアハア

照「うん」ハアハア

菫「ほんと、よかった」ハアハア

照「全力疾走、なんて、久しぶりにした」ハアハア

菫「そうだな―――って照!?」

照「――」ハアハア

菫「どうしてここに? というより大丈夫か?」

照「――」ハアハア

菫「水飲むか? 飲みかけで悪いけど」

照「ありがとう」ゴクゴク





菫(どうして照が? 里帰りか? でも私が長野に行くことは照に言ってないし)

照「どこ行くの?」

菫「長野だけど」

照「長野の大学行くの!?」

菫「大学!?」

長野の大学か。清澄に近いならそれもアリだなぁ。

照「意外。どこ?」

菫「いや、別に大学を見に行くわけじゃ……」

照「じゃあ、なにしに行くの?」

菫「……一人旅」

照「………………そう」

菫「うん……」

照「……」

菫「……」

照「で、長野のどこ行こっか」

菫(ええ!? 一人旅って言ったのに)



携帯を見ると、照からの連絡入っていた。

昨日はやることが多すぎて携帯をチェックする暇などなかったので気づかなかった。

今日オープンキャンパスをやっている大学のリストと、10時に駅で待っているとの内容が書かれてあった。

菫(こいつ、私が返信していないのに駅で待っていたのか)



照「長野ってことは日帰りじゃないよね?」

菫「ああ、泊まるとこも予約してある」

照「どこ? 私もそこにする」

菫「いや、お前は長野に家があるだろ?」

照「どこ?」

菫「長野の家の方に――」

照「どこに泊まるの?」

菫「駅降りてすぐのホテルだけど――」




菫(照のやつ、会った時とは打って変わって、突然テンションが下がりだしたな)

菫(やっぱ、怒ってるのかな?)

菫(しかし、気づかなかったことは仕方がないし、そもそも了承してないしな)

菫(謝った方がいいのか? いや、でも謝るのもなぁ)

照「次、乗り換えみたいだよ」

菫「ああ」

照「2番線だから、この階段のぼって、あっちだね」

菫「ああ」


カンカンカン(階段をのぼる)

菫「照のやつ、あんな短いスカートを履くから下着が……」

菫「ブッ!!」

菫「て、照!」

照「なに?」

菫「お、おまえなんで、履いてないんだ」ボソボソ

照「?」

菫(質問の意味がピンときてらっしゃらない!)

照「菫は好きなの? パンツとか」

菫「は? 好きと以前にだな、当たり前というか」

照「へ、へー」///

菫「なんだその顔は」

照「好きなんだ、そういうの」

菫「好きというか……もう好きって事でいいから履いてくれ」

照「ふ、ふーん。マニアックだね」

菫「んん?」

照「着エロってやつ?」

菫「んんん?」

照「まあ、菫がどうしてもって言うのなら履いてもいい……けど」

菫「ああ、是非履いてくれ」

照「う、うん。気が向いたら……。でも、あんまり期待されても困る……」

菫(なんで私がアブノーマルな要求をしているみたいになってんだ)





【長野県】

菫「やっと着いた」

照「疲れたね」

菫「ああ、想像以上にキツかったな。7時間電車を乗り継いでいくの」

照「私、チェックインしてくるね」

菫「ああ、ありがとう」


菫「…………」

照「菫、終わったよ」

菫「ああ」

照「私たちの部屋302だって」

菫「そうか」

照「……」

菫「私達!?」

照「うん。他にだれがいるの?」

菫「一緒の部屋なんだ」

照「だめ?」

菫「だめじゃないが、私が予約した部屋シングルなんだが」

照「狭いよね」

菫「シングルのベッドに二人泊まるの?」

照「そうなるね」

菫「そうなるねって……」



照「菫、疲れたし、お風呂行こうよ」

菫「んん、そうだな」

照「なに見てるの?」

菫「地図。明日どこ行こうかなって思って」

照「へぇ……」

菫「ちなみに、照の住んでいた家はどこなんだ?」

照「えっと……川があって、ここに神社があるから……ここ」

菫「……へぇ……そこなのか」

照「何にもないところだよ」

菫「…………ふーん」

菫(ここが、あの子の家……)



【大浴場】



浴場は照と私の貸し切り状態だった。

湯船に浸かり、頭を洗っている照の姿をぼーと眺める。

気づいたことが2つある。

一つは、照が一緒だと彼女に会いに行けないということ。

もう一つは――照の後ろ姿が彼女に似ているということ。

いままで意識して見たことがなかったが、本当によく似ている。

やはり、姉妹だから似てしまうものなのか。

照の背中が彼女の背中とダブって見える。

彼女の体は抱きしめるとおどろくほどやわらかい。

そのやわらかさは私を不安にさせるのと同時に幸福にする。

照の肩から腰までのラインを眺めながら"あの時のこと"を反芻する。

手触りをおぼえている。

やわらかさに指が少ししずむあの感触を。今でもしっかりと。



咲「今度はちゃんとイク前に言えましたね」

彼女は楽しそうにくつくつと笑った。

菫「はぁ……はぁ……」

まるで一晩中走り続けていたかのように心臓が速く、耳の奥で血管が脈打つのが聞こえた。

来る前に整えた髪はバサバサで、頬に一筋の髪がくっついている。





咲「ご褒美、あげないといけませんね」

菫「ご……ほうび?」

咲「はい。ご褒美です」

ゴホウビ。その言葉が私の胸を期待で膨らませる。

菫「なにがあるんだ」

咲「うーん、と」

思案顔で天井を見あげる。

手は私の胸を軽く揉み、乳首を摘まむ。

菫「うくっ」

咲「あはっ、弘世さんって敏感なんですね」

菫「そんなことされたら、だれでも」

咲「だれでも? 弘世さんだけですよ」

そう言って、さらに乳首を摘まむ指に力を込める。

菫「はくっ……」

咲「やらしい」

ゾクゾクッと背筋に電気が流れる。

咲「いいなぁ気持ちよさそうで」

菫「だったら――」

咲「?」

菫「私がリードするから、その……」

もごもご。語尾がうやむやに消える。

年上としての面子なんて、さっきまでの行為で粉々に砕けたはずだ。

なのに、まだそういったものに、こだわらずにはいられない。

咲「じゃあ、それにしましょう」

菫「それ?」

咲「ご褒美のことです」

彼女は顔を近づけてきて、

咲「私を好きにしていいですよ」

彼女は耳元で聞き取れないほど小さな声でささやいた。



最後の瞬間には彼女の妖しい笑みもなりをひそめ、子供のようにしがみついてきた。

性欲とは異なった満足感を覚え、そのとき、彼女の初めて全てを理解したような気がしたし、全てが愛おしいと思え

た。

そして、私の全てが、この瞬間だけ満たされた。


照「菫」

菫「うわっ! わっわ、わ」

照「のぼせた? さっきからぼーとしてる」

菫「いや、大丈夫。考え事だ」

照「そう」

菫「……」

照「どんな」

菫「え?」

照「考え事」

菫「まあ、いろいろとだな」

照「…………そう」

菫「……」

照「私に、話さなきゃいけないことって、ある?」

菫「どうしたんだ、突然」

おかしな質問の仕方だと思った。

照「私が体洗っている時、ずっとこっちを見てたでしょ?」

菫「えっ、どうして」

わかるんだ。おまえは背中向けていただろ?

照「鏡越しに見てたから」

菫「鏡越しっておまえ」

私は、はははっと笑ったが照は外の景色を見つめたまま表情をぴくりとも動かさなかった。

今日の照はなんだか変だ。

口調や態度はいつもと変わらず穏やかなのだが、なにか――表現しにくいなにかが違う。

照の言葉と、感情と、表情が少しずつずれているような、そんな小さな違和感を覚えた。






照「部屋の電気、消すね」

菫「ああ」

照「やっぱりシングルだと、狭いね」

菫「そうだな」

私達は、背中こそくっついていないが、すぐそこに人が存在していると感じ取れる距離ほどしか離れていなかった。

菫「そうだ、寝る場所変わろうか?」

照「え?」

菫「そっちだとベッドから落ちてしまう可能性があるだろ? こっちだったら壁だ」

照「ありがとう。でも大丈夫」

菫「そうか」

照「やさしいね」

菫「普通だろ」

そう、ストレートに言われると照れてしまう。

月明かりのみの暗闇とはいえ、照れている顔を見られたくないので壁の方へと向きを変えて横になった。





…………眠れない。

旅の疲れがあるはずなのに一向に眠気が訪れない。

昨日はほとんど眠れなかったし、移動中の電車でも眠れなかった。

なのに、眠れない。

照の寝息が聞こえてくる。

彼女と出会ったことが、数々の弊害を産んだ。

例えば、今、照が隣にいるのを強く意識している。

照はいつの間にか寝返りをうっていて、私の方へと体を向けていた。

すべてのものがしんと息をひそめ、ただ静けさだけがゆっくりと渦を巻いているこの空間に照の寝息だけが耳に響く。

やっぱり、ソファで寝よう。

この部屋には、ベッドの他に小さな一人用のソファがあった。

横になることはできないが、ここよりは眠れる気がする。

光源は月明かりだけとはいえ結構明るい。照の姿がハッキリと視認できる。

寝返りをうったせいか、私が照に貸したパジャマは少しはだけて鎖骨が見えていた。

…………。

照の鎖骨を見つめていると、邪な考えが頭をよぎる。



姉妹って性感帯も一緒なんだろうか……?




知的好奇心からだろうか、おそるおそる手を伸ばす。

人差し指で鎖骨の突起部分に指を這わし、親指でくぼみに軽く触れる。

照「んっ」

ぴくっと反応がある。

調子に乗って、さっきよりもハッキリと触ってみる。

照「んん」

おお、やっぱり一緒なのかもしれない。

だったら、へそはどうなんだろうか。

ちょっとわくわく。

そう思って、手をへそに向かわしたそのとき、

照「だめっ」

菫「うわっ」

照「あっ……」

ハッキリと目が開かれ、しまったという表情を見せる。

菫「照、おまえ」

まさか、起きてた?

照「トイレ」

菫「え……?」

目をこすりながら、のそのそと起き出してトイレに行く照を唖然として見守るしかできなかった。
















照「……菫、寝た?」

照「寝ちゃったか……」

照「…………」

照「あのね、」

照「…………」

照「さっきのダメは……言葉の綾っていうか、……そういうのだから」




朝。

いつの間にか寝ていたみたいだ。

照を起こさずにそっとベッドから出る。

喉が渇いていた。

水を取り出して、一気に飲み干す。

ベッドで寝ている照を眺めて、起こそうかと思ったが起きてどこかへ行くといった予定もないし。

起こさなくてもいいか。

予定――。

そうだ、私はあの子に逢いにわざわざ長野まで来たんだった。

照が一緒だと行いにくい予定が私にはあった。

照が寝ている今、会いに行けばいいんじゃないか?

私は急いで髪を直し、服を着替えて、昨日照が言っていた昔住んでいた家まで走った。




【宮永家前】

咲「弘世さん!?」

菫「はぁ……はぁ……や、やあ」

咲「どうしてここに?」

菫「君に……はぁ……あい……」

咲「大丈夫ですか?」

菫「はぁ……はぁ……大丈夫」

咲「お水持ってきましょうか?」

菫「ありがとう」

咲「とりあえず、中へどうぞ」



咲「どうぞ」

菫「すまない」ゴクゴク

咲「それで、どうしてここに?」

菫「会いに来たんだ」

咲「はあ……」

菫(あれ?)

菫「東京から会いにきたんだ」

咲「あ、はい」

想像より遙かに薄いリアクションに軽いパニックを起こす。

菫「君のことを思うと、その……ハラハラするんだ」

咲「?」

菫「チクチクして、もわもわして、ざわざわするんだ。も、もちろん、ムラムラもする」

事前に考えていた素敵な告白のセリフなど、頭の片隅にも残ってやしない。

ただただ、自分の気持ちに近い擬音を並べ続ける。

菫「ドキドキでハラハラで」

しゃべりながら混乱が深くなる。

胸がますます波立つ。

指先がぞわぞわして冷や汗が出た。

咲「??」

彼女の表情から察するにほとんど伝わっていない。

しかし、私は捲し立てるように早口で、自分の気持ちを言葉に変換し続ける。

伝えきる前に彼女に返事をされることが何よりも怖かった。

菫「つまり、君のものになりたいんだ」

咲「ええっ!?」

菫「つ、付き合って欲しい」

咲「えっ、あの、ええ?」

菫「君のためならなんだってする」

心臓が早鐘を打つ。

鼓動が耳の奥に響いた。

彼女がなにかを言おうとしたが、一瞬ためらいをみせ、またうつむく。

そして、彼女が覚悟を決めたかのように、真剣な表情で口を開こうとしたその時、







「なにしてるの」

聞き慣れた声。

声の方へ振り返ると、そこには、照が立っていた。




照は、パジャマ姿のままで私達を見下ろしていた。

「お姉ちゃん!」

彼女は驚きの表情で叫ぶ。

「帰ってきてくれたんだね」

うれしさを隠しきれない様子で照に駆け寄った。

「私、お姉ちゃんに謝りたいことがあって、それで、あの……、ごめんなさい。それから――」

捲し立てるように、彼女は一気に言葉を吐きだした。

そうでもしないと言葉が消えてしまうかのように。

照はそんな彼女を無視して、まるでそこに存在していないかのように一瞥も向けずに私の方へと歩んできた。

「菫、東京に帰ろう」

「えっ……あっ」

照の威圧感に押され言葉が上手く出てこない。

「帰ろう」

提案というより命令に近い、有無を言わさない声を発し、私に手を差しのべてくる。

「お姉ちゃん!」

彼女が私に差し伸べられた腕をとり、半ば無理矢理、照を振り向かせる。

照は、迷惑そうに少しだけ彼女の顔を見るが、すぐ私の方へ向き直って

「早くして」

と言い、私を急かす。

「お姉ちゃん、聞いて、私――」

「うるさい!!」

照が怒鳴り、腕をふりほどくと彼女はぺたんと尻餅をついた。

「お、おい、妹になんてことを」

「私に、妹はいない」

寒気がするほど、感情のこもっていない声。

背筋にぴりりと冷たいものがはしる。

彼女の顔が血を抜き取られたように、みるみるうちに真っ青になっていく。

「おい! そんな言い方――」

「行こう」

照に手首を握られて、すごい力で引っ張られる。

「待って!」

彼女の叫声は家中に響いた。




咲「弘世さん、さっきの、お答えしますね」

菫「?」

照「??」

咲「付き合いましょう。私も弘世さんが望むことならなんでもしてあげます」

照「なに言ってるの?」

咲「あの時は楽しかったですね。私もはまっちゃいました」

照を無視して、私にだけ語りかける。

彼女がこちらへじわりじわりと近づいてくる。

照「訳のわからないこと言わないで」

咲「あのあと、私一人でしちゃったんですよ。弘世さんもそうでしょ?」

微笑みが――私にはその意味のわからない微笑みが――彼女の唇に浮かんでいる。

照「相手にしてらんない。菫、帰ろう」

照がぐいっと腕を引っ張る。

咲「弘世さん」

名前を呼ばれただけなのに、命令をされたような錯覚に陥る。

咲「"その人"のことは放っておいて、こっちに来て下さい」

私はなにも答えられない。

咲「だって、私達は恋人同士なんですから」

咲「もう一度言ってください。私のこと好きだって」

体が震える。

空気が重く、息苦しさに襲われる。

意が締めつけられて、ねじられる。

液体のようにたゆたう形の定まらない映像が心の中で像を結んでは消える。

彼女は私の手首を掴み、「さあ」と言って軽く引っ張る。

静脈を伝わって恐怖がじわりと心臓に忍び寄る。






照「菫」

照はきつく唇を引き結び、まっすぐ私だけを見ていた。

照「今から大切なことを言うから聞いて」

額を汗が一筋伝った。

暑いからではなく恐怖の汗。

照「私、菫の事が好き」

菫「なっ」

照「他の何よりも」

しんとした空気が流れた。

照「菫になら、大切なもの全部あげてもいい。菫のためなら、大切なもの全部捨てられる」

照「だれにも渡さないから」

静寂は張りつめ、棘を持って私に突き刺さる。

頭の奥がしびれ、視界がぐるぐるとまわりだすのを感じた。

心臓が皮膚を突き破って飛び出しそうだった。

彼女も照も黙っている。

私はなにか言葉を求められているということは充分にわかっているが、なにも言えない。

頭がスローモーションで再生されているみたいに思考が鈍い。

「弘世さん」

彼女がいらだった様子で私の腕を強く引っ張る。

「菫」

照も負けじと引っ張り出す。

「痛ッ、痛い」





咲「弘世さん」

照「菫」

菫「痛ッ、痛い」

菫「痛い、痛いから」

菫「痛いって」

菫「痛いって言ってるだろーが!!」

咲・照「「きゃっ」」

菫「そんなに思いっきり引っ張られたら痛いわ!」

菫「それに、こういうのって私が痛いって言ったら、どっちかが手を離すもんだろうが!」

咲・照「「だって」」

菫「だって、じゃない!」

菫「はぁ――はぁ――」



菫「私のせいか? 私のせいなのか」ブツブツ

菫「私が悪ければいいのか」ブツブツ

菫「いや、私が悪くなければいけないんだ」ブツブツ

照「す、菫? どうしたの急に独り言、言い出して」

菫「そうだ、そうなんだ。私は私なんで、私だ。だから私だ。ふふっ」

咲「ひ,弘世さん」

菫「ん?」

咲「あ、あの……」

菫「嬉しいよ、君が私の気持ちに答えてくれて」

咲「は?」

菫「でも、約束はしっかりと守ってくれよ」

咲「え?」

菫「私が望むことならなんでもしてくれるんだろ?」

咲「へ?」

菫「なんでも」



照「ちょっと、菫!」

菫「気づかなかったよ、照」

照「はあ?」

菫「照がそんなにも私のことを思っていてくれていたなんて」

菫「私も好きだぞ、照」

照「な、なに言って」

菫「それで、早速で悪いんだがくれるかな?」

照「な、なにを?」

菫「おまえが自分で言ったんじゃないか」

菫「照を全部だよ」

照「なっ!?」

菫「ぜーんぶ」





【―照 side―】



菫がいつもとは違う。いや、いつも通りだからおかしい。

「菫、なんなの、コレ……」

私の声は情けなく震え、語尾は言葉になっていなかった。

「なにって、手錠だよ」

「そんなの、見たらわかるよ!」

私は両手を拘束している手錠をがちゃがちゃと鳴らしながら抗議の声をあげる。

「こらこら、痣になっちゃうだろ」

この異常な状況下で、いつも通りのやさしい菫であることに大きな不安を覚える。

「弘世さんこれはどういう……」

咲も同様に手錠をがちゃがちゃ鳴らしながら、細い声で尋ねる。

「好きなように生きようと思って」

穏やかな優しい声。しかし、その穏やかさがこの空間では、なによりも異質なのだ。

「どっちも大切なら、どっちかなんて選ぶ必要ないじゃないか。そうは思わないか?」

だれに語りかけているのか分からない、独り言に近い問いかけ。

だけれども、菫は満足そうにうんうんと頷いている。

「それに――」

一瞬、間があいて、

「三人で、っていうのも興味がないわけじゃないし……」

菫の照れた表情とセリフが全くもって噛み合っていなかった。




「照、全部くれるっていうことは、その……そういう解釈でいいんだよな?」

どういう解釈!? 話が勝手に菫の中で進んでいて、ついていける気がまったくしない。

「見られながら、っていうのも少し興味があって……」

菫の声は小さくなって消えた。

「じゃあ、はじめようか」

「なにを!?」

「初めてが見られながらなんて、ドキドキするな」

意味が、理解できない――。



指先が顎の線をなぞり、耳の後ろへと回る。

菫の顔が次第に近づいてきた。

私は魅入られたように身動きをとることができなかった。

唇がそっと頬に触れる。

ぞくぞくと悪寒とも快感ともつかないものが全身を這い、頭の芯がしびれた。

「ぐっ……ん……んんっ」

くぐもった声をあげる。

――本当に嫌なら本気で抵抗すればいいじゃない。

冷静な私が冷めた口調で語りかける。

――だって、拘束されているっていっても、手錠だけでしょ?

――だったら、顔を背けるなり、蹴るなりできるはずじゃない。

――どうして、しないの?

――さっきからしていることは抵抗するフリじゃない。



「照、かわいい」

菫は口を離し、瞳を見つめながらささやく。

「もっと……」

自分がしゃべったと分かるまで、少しの時間を要した。

自らの感情に裏切られ、貶められたかのような気分がした。

再び唇どうしの接触へ。

今度は、舌の裏に、菫の舌がもぐる。巻きついてくる。

新たに湧いた唾液を吸われ、代わりに吐息とあえぎの交わったかすかな声を口内の粘膜に塗りこめられる。

しびれるような快感がこめかみを突き抜ける。

生々しい水の音が脳内に響き、思考に靄をかける。

「うっく……」

新たな刺激が胸からきた。

いつの間にか、菫はパジャマのボタンをはずし、胸を触っていた。

快感の湧き出るポイントを探るように、揉み方を少しずつ変化させていく。

その触り方がじれったくて、もぞもぞと内股が動いてしまう。

乳首を摘まむ指先の力が強くなったり、弱まったりする。つん、つん、つん、と快感の点が浮かび上がっては消える。

興奮が弱い電流のように手足の先まで流れていくのがわかる。

下腹部の鈍い火照りが、さらなる強い快感を求めている。

「菫……」

「ん?」

「もっと」

「もっと?」

「強く揉んで」




「何を?」

「何を、ってわかるでしょ!?」

「わからないなぁ」

「胸……」

「おっぱいって言うべきだな。はい、もう一度」

「……おっぱい」

「単語だけじゃ伝わらないなぁ」

「……おっぱいをもっと強く揉んで……ください」

なぜか敬語になってしまった。

羞恥で顔がすごく熱くなっているのがわかる。

心臓が速く打ち、鼓動が耳に響く。

「よくできました」

その言葉と同時に、今まで感じたことのない快感が一気に押し寄せてきた。

「んっ! ひあっ……んん」

痺れていく。体が壊れてしまうのではないかというくらい。

「あっ、あぁ、あん」

噛みしめられない唇から熱っぽい喘ぎが漏れる。

狂おしい激流が体を駆け巡る。




「お姉ちゃん……」

咲の声が耳に届き、現実に引き戻される。

「見ないで!」

とっさに出た言葉。ただ、熱を帯びた快楽の色だけは消すことができなかった。

「放っておいて悪かったね」

菫が私から体を離し、咲にキスをする。

「わ、私も!」

この時、私ももっと菫とキスがしたいという意味で「私も」と言ったのだが、菫も咲もそうは受け取らなかったみた

いだ。

私も咲とキスがしたい、という意味で受け取ったようだ。

「お姉ちゃん」

潤んだ瞳をしながら、咲の体が接近してくる。

ち、違う、そうじゃなくて。

弁解するまもなく、私は咲と、妹と唇を重ねる。

「んむぅ……っ」

まるで現実感がない。

スクリーンの向こうの世界のようだ。だけど、快感だけは妙に生々しい。

「んん、あふっ……っ」

体のどこか薄暗いところに淀んでいた、古い血が波立ち躍動してくるような錯覚に襲われる。



たぎるように熱くなった血が咲を求めて暴走する。

「あひゃっ……!」

突然、おへそにぬるっとした感覚を覚える。

菫がいつの間にか私の股の間にいた。

「菫、やめ、て」

キスを中断して、菫を止めにかかる。

しかし、咲がそれを許してはくれない。

強引にキスを再開させる。

ぞわぞわと火で炙られている快感が全身を包む。

私の内股は自然にキュッとすぼまった。

菫はおへそを舐めながら、空いた手を下腹部へと伸ばす。

「あんっ……」

菫の指が触れた瞬間、体がびくっと跳ね、鼻にかかった、媚びたような甘い声を上げていた。

ドロドロとした快感が体の芯に染み込んでいく。

じゅるっ……と音が菫の指にまとわりつく。

息遣いとは別のリズムで体が上下する。

ぴちゃぴちゃと耳をふさぎたくなる、水の音。

音の源が私の体なんて認めたくない。





咲が口から耳へと舐める個所を移動させる

「ちょっと、変なとこは、だめっ」

咲に気を取られている間に、菫の口がおへそから次第に下がっていき、黒髪が内腿をくすぐる。

「やめっ……汚いから、そこは」

私の抗議もむなしく、あっさりと菫の口は私の秘所へ到達した。

「やだぁ、だめっ、だめぇ」

菫の舌が私の粒に触れる。

「固くなってる……気持ちいいんだ?」

「すみ……れ、性格わる……いっ!」

息絶え絶えに、最後の抵抗姿勢をみせる。

「いや? こんなに濡れてるのに」

「っ……」

「音、すごいね」

もうしゃべらないで! 心の中で叫ぶ。

菫が再び粒を舐める。

「ひゃあんっ」

あまりの刺激に肺が縮み上がり、息が詰まるほどだ。

「ふぁ、あああぁ、んんんっーーーー」

びくっびくっと、体が小刻みに痙攣する。

力が入らない。腰は痺れて、下半身すべての感覚が失われた。

快感がはじけ飛ぶ。

どこで受け止めていいのか、わからないような、とめどない快感だった。

「あれ? イっちゃった?」

満足げな菫の声も遠くに聞こえる。

もう……なにがなんだか、わけがわからない。

その記憶を最後に意識が遠のいていく。



【―菫 side― エピローグ】


8月某日。

私が長野に来てから1週間が経つ。

今は、宮永家で寝泊まらせてもらっている。





菫「絶対嘘だ」

照「本当だって」

菫「嘘だね、仮にそうだとしてもおまえだけだ」

照「うちの麻雀部の子達だって、大半はそうだと思うよ」

菫「ありえないね」

照「小学生の頃は、毎日だったけど、中学のときには卒業したよ」

菫「いや、こういうのに卒業とかないから」

照「だって暑いじゃない」

菫「暑いとか、寒いとかの問題じゃない!」

咲「なに騒いでるの?」

照「あっ、咲。いいところにきた」

咲「?」

照「咲はどうなの?」

咲「なにが?」

照「パンツ、履く派?」

菫「そんな派閥は存在しない!」

咲「パ、パンツって」カァ///

照「履かないよね」

菫「履くだろ?」

咲「む、昔は履いていたけど……」

菫「えええええええ」

照「ほらね」




照「菫は締めつけられるのとか好きみたいだけど、みんながみんなそうじゃないよ」

菫「私を変態みたいに言うんじゃない!」

照「え」

咲「え」

菫「いや、まあ……それとこれとは話が別というか……」

照「だって私達3人で付き合ってるわけでしょ? だったら対等なはずでしょ?」

照「なのに、菫ばっかりじゃない。目隠しプレイがしたい、とか、言葉責めがいいとか」

菫「うっ……」

照「咲」

咲「うん」

菫「なんだ、その息ぴったりの連携プレイは!」

照「新しい世界が開けるかもよ?」

菫「これ以上開くと、まずいんだよ」

咲・照「「まあまあ」」

菫「や、やめろ!」















菫「すごい開放感だ」

照「でしょ?」

菫「病みつきになるな」

照「じゃあ、3人で買い物行こっか」

菫「ああ」

その時、強い風が吹いた。

咲・照「「きゃっ」」

菫「やっぱ、ないわ」







             カン。

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