杏「杏がアイツを嫌った理由」 (33)

※ご注意
 地の文形式・短め
 ネガ気味のキャラオリ設定強め
 ただ、オチは胸糞ではない、……はず
 Pイチャ要素なし・百合もなし



『ボクはカワイイですからっ』

付けっぱなしだったテレビから流れてくるのは、聞き覚えのある甘ったるい声。

悪戯っぽい小悪魔じみた笑み、かわいらしい顔立ち、小柄な体躯。

確かに、自らをして可愛いと評するのも頷ける少女。

そんな同僚のことを、どうにも気に食わなくなったのはいつからだっただろう。

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よく考えたら誰得だがとりあえず書きたかったので仕方ない



「……ふぅ」

我ながらくだらないとため息をついた。

が、置かれた状況の変化の無さに、益体もない思考はさらに滑っていく。

……双葉杏は、輿水幸子が嫌いだ。

いや、端的に言いすぎた。

嫌いといっても、憎んでいるとか罵り合うとかそういうことではなく。

何となく苦手、何となくそりが合わない、ただ、何となく……、嫌い。

それが、あの鬱陶しいほど自信過剰な芸風に起因するのかすらもわからない。

とにかく、双葉杏は輿水幸子が嫌いだ。

(なのに……、なんでこうなるかな)

ともあれ、さっきもいった状況のことを話そう。

今、事務所には二人の人間がいる。

件の輿水幸子と、自分、双葉杏。

小さいながらも十数人の所属アイドルがいる事務所で、自分達以外のアイドルは出払っており。

そのアイドルたちを一手に引き受けているプロデューサーや事務員も留守にしており。

つまり、たった二人、狭い事務所の休憩室で、重苦しい空気の中、押し黙って膝を突き合わせている。

「……」

「……」

自分にとって苦手な人間は、相手も自分を苦手に思う。

こと人の関係において真理は数あれど、これほど実感を伴うものはそう多くないだろう。

(……早くプロデューサー帰ってこないかなぁ)

もしもこのあとなんの予定もなければ、杏はすぐさまこんな部屋など飛び出して愛しの自分の部屋に戻り、すぐさまベッドにダイブしているだろう。

そして愛用の携帯ゲームを起動し据え置きゲームにアクセスして、寝転がりながら世界的サッカー選手となるキャリアを重ねていくに違いない。

が、しかし実際には、ここにいるのはあくまで次の仕事への待ち時間としてであり、ならば勝手には出歩くわけにもいかない。

常日頃から二言目にはサボりたいが口癖の杏ではあるが、最低限の責任感はないわけではないのだ、……たぶん。

(何か、気の紛れることでもあればいいんだけど)

気の塞ぐような状況に置かれた時、変化を望むのは人の常。

ただ、必ずしもそれが好転を伴うものとは限らないのも世の常である。

ミミミンミミミンウーサミン

「……」

「……」

さっきまでとは少し違う沈黙が落ちた。

(……そういえばこの間なんかいじってたなぁ、ナナ)

突然の、且つ予想外の刺激に変に醒めてしまった頭が、少しずれた感想で満ちる。

そんな間の抜けた状況に、とっさに携帯をとるという行動も浮かばない。

ミミミンミミミンウーサミン

「……出たらどうですか」

「……ん」

促され、奇っ怪な呪文を唱え続ける携帯に向けて手を伸ばす。

ミミミンミミミン ピッ

「もしもし」

『杏、今事務所か?』

「うん。っていうか、そろそろ時間だけど」

焦ったような声にいやな予感はしていた。

そして、そういう予感に限ってだいたい当たるのだ。

『あー、そのことなんだが……。幸子もそこにいるか?』

「うん、いるけど……」

『ちょっと事故か何かで渋滞に巻き込まれたらしくて予定通りにはつけそうもないんだ
 ちひろさんに言って動いてもらってるから、とりあえずもうちょい待機しておいてくれ』

……最悪だ。

冗談や奇跡の類を、期待はせずに聞き返す。

「え……、マジ?」

『スタジオ入りにはなんとか間に合うはずだ。先方にも連絡は入れてる。とにかく待ってろ』

「うん」

『幸子にも伝えといてくれ。頼んだ』

「……うん」

普段の杏からすればスタジオ入りなんて遅れるほどいい、むしろ仕事ごと熨斗つけてあげたいと思うくらいのものだが。

しかし今、彼女と顔を突き合わせている状況は、普段忌避するそれを望むほど杏にとって気分の重いものだった。

「……あのさ」

「……はい?」

話しかけるこちらの気も知らず、胡乱げな目でこちらを眺める幸子。

もちろん、満面の笑みで見つめられてもそれはそれでいやなのだが。

「プロデューサー、渋滞に巻き込まれたって」

「……えっと。……仕事には?」

「間に合うようにするって。ちひろさんがくるらしいよ」

「……そうですか」

「うん」

ともに、再び沈黙。

……お礼を期待したわけでもないけれど。

されるほどのことをしたわけでもいないけれど。

その態度が、なんとなく気に入らない。

といって、素直にお礼を言われていてもやっぱり気に入らなかったんだろうが。

(結局、どっちにしても気に入らないわけだ)

冷静な自己分析も芽生えた苛立ちを抑えるには役に立たない。

その空気を察したのかどうなのか、三度降りた黙りを破ったのは彼女の方だった。

「それじゃあ、ちょっとボクお茶を入れてきます」

「……はいはい」

「……」
パタパタ

「……。ふぃー……」

彼女が去るとともに肩の力が抜ける。

どうやら緊張していたみたいだ、柄にもなく。

「似合わないね、我ながらさ」

固く強ばった意識をほぐすためにあえてわざと軽口を叩いた。

「大体、なんだろうね。あいつ」

「仲良くやろうとは思わないけど、もうちょっと愛想よくても罰は当たらないんじゃないかな」

普段杏は他人に対して悪口を言わない。

もちろん、人間性が優れているから、などという事ではなく。

そもそも他人にそんな感情を抱くことすら億劫なのだ。

他人に裏切られるのは、……極論すれば、他人に期待をするから。

自分が楽に過ごせさえすればいいという杏には、他人に最低限しか求めない。

自分に関わらない、自分に期待しない。

そんな最低限さえ守れば、杏にとっては満足で。

故に他人に幻滅するための下地も、生まれようがないのである。

「……全く、あいつテレビと違いすぎだよ。ま、テレビでも無理に変な笑いしちゃってアレだけど」

……それでも、なぜか。

双葉杏は、輿水幸子が気に入らない。

「そんなにボクがおかしいですか」

声を出していた自分の間抜けさを呪いながら、そんな様子はおくびにも出さず幸子に目を向ける。

「もうお茶入れたんだ、早かったね」

「……ええ、一人分ですから」

「そ。……杏も別にいらなかったからいいけど」

「そうですか」

冷え切った空気は、既に修復不可能な域に達していた。

既に何度目かわからない沈黙の訪れに、TVの音響が空虚に響く。

番組はクライマックスを迎え、さあどうなる、というところでいつもの山場CM。

妙に明るい15秒スポットを写す中、たまたま自分の出たものも混じっていた。

だらだらとやる気も笑顔もなく、半端な商品アピールを読み上げるだけ。

自分で見ても酷いものだ。

しかし、なぜか社長に気に入られ、本採用されることになり。

それがきっかけで、頑張らないキャラでプチブレイクした。

仕事が増えたのは正直面倒くさい。

でもまあ、全然ないよりは多少マシ、主にお金的な意味で。

それでも杏の本質的にはなんら変わりない。

やる気のない、だらだら妖精だ。

「双葉杏。アイドル1やる気のないアイドル」

「人受けのいいように振る舞うわけでもなく、でも、嫌われるわけでもなくて。……むしろ人気の要因です」

「……あなたには、媚びた笑いを振りまいて自意識過剰と笑われるボクが、さぞ滑稽に映ってるんでしょうね」

「…………仕方ないじゃないですか、みんながそう思ってるんだから」

「輿水幸子はああいうキャラなんだって。みんなが求めてるんです」

「……そうじゃないボクなんていらない。そこからはみ出せない」

「あなたみたいな、才能あるのに本気出さない人にはわかんないでしょうね」

「……失望されたくない。怖いんです」

「殻を破ろうと頑張って、努力して……。なんだ、その程度かって、前の方がよかったのにって、見限られるのが怖いんです」

「そんな怖さ、あなたは分からないですよね」

こちらを責めながら、幸子は笑っていた。

いつものテレビで見る余裕ぶった笑いとは違う、歪んだ笑み。

劣等感と優越感をない交ぜにした、泣いているような笑顔。

そんな感情をむき出しにして、彼女はぶつかってきた。


ぶつけられる悪意に対する対処法。

反発、無視、泣き寝入り、方法は数あれど。

杏が身につけたのは、へらへらと受け流すことだった。

目立たず怠けて、それを笑う奴には笑わせておけばいい。

そうやって、過ごしてきた。

……これまでは。

だがそれを、他ならぬこいつに言われるのだけは我慢ならない。

なぜかそんな思いが胸に浮かぶ。

「そりゃあわかんないよ。だって杏とキミは他人だもんね」

「でもキミに分からないこと、杏は知ってるんだ」

「……私さ、体小さいよね。まあ今はいろんな意味でネタになってるし、それで楽もできてるけど」

「昔は、きつかったんだ」

「体が小さいって事は、その分エネルギータンクが人よりちいさいってことでさ」

「成長できないって事は効率も悪いって事だから、すぐ電池が切れちゃうんだよ」

ポケットに手を突っ込み、入っているものを握りしめる。

「それでも。糖分はエネルギーをとるのに手っ取り早いからさ。持ち歩いてた。
 私が飴を舐めるのは、その頃の名残。……まあ、単純に甘いの好きなのもあるけどね」

「キミは本気でやって結果が出るかわからないのがこわいっていうけどさ、私はその逆」

「私は自分で、ちゃんとこうしてこうしたら出来るって、そういうのがわかる」

「……わかるっていっても、想像じゃ上手くできるのに、なんてもんじゃないよ
 私は本当にやれる、出来る。それが才能って言うなら、多分そうなんだろうね」

「でもそれがあっても私はこんなところで燻ってる
 頑張って、頑張ってさ。頭はクリア、体も動く。
 いける、やれる。……今度は、違う。そこでいつも倒れるの」

「やになるよ。……少なくとも私はやになった。やってられるかーってなった
 ……だからね、杏は頑張らないんだ。絶対に無駄になるって、分かったから」

弱みを見せようと、同情してもらおうと思ってるわけではない。それでも自嘲する笑みが止められない。

天才の体力的なハンデは、時として凡人の才能のそれよりも残酷な結果を生む。

凡人には妬まれ、といって才人には量的な差異で及ばない。

そんな中途半端な立ち位置は、一人の才気溢れた少女を拗くれさせるのに十分だった。

だが。

「……だから、どうしたんですか」

努力を重ね、頂に手を掛けて。その上で才能の壁に打ちのめされた……、そしてなお頂に憧れ続けた少女には、それを認められない。


幸子のこちらを睨む目。

同情ではない、蔑みでもない。

戦う敵と認識しての憎しみ。

同情に回れるほどの才気は持たず。

素直に妬めるほどの凡人でもなく。

なにより無視をするには二人の位置が近すぎた。

努力のできない天才と、才能に見捨てられた非凡な努力家。

方向は真逆。

だが、どちらも半端で、……だからこそ、敵として相対することが出来る。

言い合って、我をぶつけられ、ぶつけかえして腑に落ちた。

何となく苦手、何となくそりが合わない、ただ、何となく嫌い。

答えがわかってしまえば、なんと言うことはない。

見たくなかったのだ。

体力のなさから本気を出せなくて、いつしか醒めてしまった自分。

本気を出してなお届かない絶望が怖くて、いつしか諦めてしまった相手。

与えられたカードが不満で勝負を投げ出してしまった二人。

ある意味、鏡写しの自分の姿を見ているようなもの。

……誰だって、自分の無様な姿を見たいとは思わない。

謂われのない悪意でなく、己が最も忌避する己の姿。

そこをピンポイントに抉るからこそ、届いてしまう。

表に車の止まる音がした。

きっと、ちひろが迎えに来たのだろう。

「……ボクには、あなたが甘えてるようにしか見えません」

それに気付いたのかどうなのか、……幸子は一言を残して踵を返す。

才能を持たない幸子にとって、杏のやっていることはまさに才能に対する冒涜にしか映らない。

相手なりの理屈はあっても、それを幸子が認めることは出来なかった。

「……どっちがだよ」

同じように、杏にとっては幸子の言い分こそが甘えにしか聞こえない。

力一杯動かせる体を持ちながら、その限界を見極めるのが怖いという冒涜。

相手なりの理屈はあっても、それを杏が認めることは出来ない。

……人は自分の持っているものの価値を見損ない、相手の持つものの価値を見損なう。

それぞれを小さく、そして大きく、相手をこそ恵まれていると。

だから神ならぬ身の人である限り、人は決してわかり合えない。


今日、わかった。

杏は、こいつのことが嫌いだ。

何となく、でなくて、はっきりと。

だから。

一歩でも、半歩でも。

たった一ミリでも、こいつより先を走りたい。

こいつにだけは、負けたくない。

そんな、遠い昔になくしたと思っていた感情がうずいた。

「本気、出してみようかな」

一言だけつぶやく。

自分も騙せないような薄っぺらな声音。

それでも、思うところはあったようで。

錆び付いた胸に、ほんのちょっとだけ熱が入った気がした。

あれから、数年が経った。

相変わらず、双葉杏は、輿水幸子が嫌いだ。

何度も話をして、いくら言い合いを繰り返してもその点だけは変わらない

ぶつかり合えばわかり合えるなんて、果たして誰が言いだしたのやら。

一からやり直しの体力作りを投げだそうとするたび、いつものニヤニヤ笑いで挑発してくれたことは忘れない。

あっちもあっちで、ライブ序盤でやらかして逃げだそうとした時、MCで思いっきり笑ってやったことは忘れてないだろう。

今は今で。

内心緊張しっぱなしのくせにそれをおくびにも出さず素知らぬ顔。

足の震えてきそうな緊張のなか、ぴんと通った立ち姿。

泣き出しそうなプレッシャーを背負いながら、それでも余裕と微笑む口元。

それらを見せつけるようにいちいちこちらにくれる目線。

本当に。

……本当に、双葉杏は、輿水幸子が大嫌いだ。

そんないけ好かない『相棒』に、始めの合図をくれてやる。

そうこうするうち舞台の幕が開き、打ち合わせ通りのポジション移動。

……うん、今日も大丈夫。

さあ、トップアイドルをはじめよう。



おわりー

こういうのも新鮮

>>23
レスが付いた! ありがとうございます!
書きたかったものとはいえ、全くレスがないと流石に心が折れそうになるね

同族嫌悪か、少し違うかな
確かに初見の印象は悪そうだよなこの二人

こういうの好きです
おつおつ

乙です

なかなかない感じで面白かった

乙ー
確かに新鮮で楽しめました
特に掛け合いが良かったです

いいね、こういうのもっと読みたいわ

おつおつーこういうの好き

杏の体力的ハンデのあたりって、前にどっかで書いた?この板で見た気がするんだけど

>>30
Pの結婚ドッキリの話のことならそれはわたしです
それ以外なら多分違う

こういうの好きですわ

ξ*'ω')ξ<おつおつ!

こういう幸子は新鮮だった
また幸子書くことあったら応援するぜ

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