千早「綺麗とは言い難い空ですね」 (19)


ときおり耳にする「月が綺麗ですね」をぼかしたわけでもなく

ただ率直に

都会の不透明な空の感想を言う

「……確かにそうかもしれませんね」

空を見ようと誘って来た彼女からしてみれば

私の言葉は少し嫌なものに聞こえたかもしれない

でも、彼女は嫌な顔どころか

自分もそう思うというような意味を込めて

微笑みを向けてきた

「………………」

「………………」

黙って見つめ合うのがなんだか嫌で

私はもう一度空を見上げて口を開く

「……月、あまり見えませんね」

「ええ……普段は真、良き月夜なのですが。どうも今宵の月は恥じらっているようで」

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彼女はクスクスと妖艶な笑みをこぼしながら

私と同じように空を見つめる

「貴女がいるせいかもしれません」

「それは酷い言い掛かりだと思うのだけれど」

「そうとも言い切れませんよ」

彼女の視線に気づき

私もまた体の向きを変えて

彼女と向き合った

「なぜ?」

「貴女が如月千早だからですよ」

久しぶりに聞くフルネーム

懐かしさと今はない距離感が蘇ってくる

……が、言葉に意味は解らなかった


「月を貴女が奪い去ってしまったからですよ」

「え……あっ」

「ふふっ、ようやくお気づきですね」

彼女は嬉しそうに笑う

なるほど

如月千早の中に月が収まっている

だから、姿を見せない

「中々に柔軟性が必要な問題ですね」

「お気に召して頂けたようで何よりです」

得意げな彼女はその赤い瞳を私へと向ける

じっと見ていたら魅了されてしまいそうな気がして

逃れるように視線を逸らす私はちょっと……臆病者ね


自分に対して厳しい評価をぶつけても

相も変わらない空模様

まぁ、当然のことなのだけれど

「……部屋、戻ります?」

「いえ、月だけが空の魅力ではありませんから」

「星も……見えませんよ?」

「ええ、ですが……まだこの果てしなく続く空がありますから」

彼女はそう言いながら空を見上げる

その視界にはこの光のない大空

黒の中に薄い白

その絶妙な色合いが眠気を呼び出す


「……おや、横になられますか?」

「もうなってますよ」

「そうではなく」

言葉に続くポンポンッという小さな音

膝枕をしてくれるというのだろうか

それなら――い……やっぱりダメよね

少し考えて首を振る

膝を借りて寝るか

このまま起きて話を続けるか

こういう時間を中々取れない今

優先するべきなのは圧倒的に後者だったのだ

「もう少し……話がしたいわ」

「ふふっ、お付き合いいたしましょう」


「そういえば……今日は歌を歌っていないわ」

「……はい?」

「……その。歌を歌っていないのよ」

月に関する問題への返しの問題

考えてみたけれど問題以前の問題だった

「ふむ……」

彼女は少し考えてから

何かに気づいてクスッと笑う

「では、歌ったりしても良いのですよ?」

「……ダメよ。音が盗まれてしまったわ」

「おやおや、それは真、面妖なことです」


「ふふっ、まだまだですね」

「残念です」

真っ暗な空の下で

純白で光を宿す彼女の微笑み

それを引き出すためなら敗者になることも厭わない

言葉では勝てないと解ってはいても挑戦するのは

それが理由……だったりしなくもない

とはいえ、勝たれるだけを好む性分ではない

「――でも」

「っ!」

ギシッ……と

二つのロッキングチェアが音を立てて

その中の一つだけがその音に重みを乗せた


彼女の視界に私

私の視界に彼女が映る

見下ろす私と見上げる彼女

それで優越感に浸ろうなどという小さな心ではない

「隙が多いですね……いつものことですけれど」

「……貴女という人は」

彼女の余裕の表情に少しだけ焦りが見える

普段大人びてはいるが

その時々でしっかりと女の子らしさを持っている

そんな彼女は困ったように笑みを浮かべた

「ろっきんぐちぇあが壊れてしまいますよ」

「動かなければ大丈夫ですよ」

「……なるほど」


私の意図を読んだのか

彼女は小さく呟き

私のことをまっすぐ見つめる

綺麗な銀髪が靡いて

妖美な赤い瞳が輝きを増す

そこでふさわしいのは

月が綺麗というよりも月が陰って見えますね。のような気がしなくもない

「無駄ですよ」

「なんと」

「からかったのがいけなかったんですよ?」

「……わたくしとしたことが不用意でしたね。千早に動機を与えてしまうとは」


「そして」

彼女は言葉を続けながら

含み笑いを浮かべて言い放つ

「動悸も……でしょうか」

「………………………」

彼女はやっぱり……強敵だ

自分が不利な立場にいながらも

焦りをかき消して余裕そうな笑みを浮かべるのだから

「……いつまで経っても慣れないんですよ」

「それはわたくしとて同じことです」

彼女は白い肌を薄く染めて

私へと微笑みを向けてきた


「……………………」

「……………………」

その状態のまましばらく見つめ合って

私は何か仕掛けることもなく

彼女の上から退いて

もう一つの方へと横になる

「焦ることはありませんよ」

「……解ってます。でも、やはり先に進むことを望む気持ちは抑えきれませんから」

彼女に背を向けながら

言葉にだけは答えを返す

やっぱり……私は臆病者のようだ

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