姫様「では、頼みましたよ勇者」 (108)


姫様「天上より授かれしその剣で、この国を脅かす魔王を討伐するのです」


勇者「はい」


神託を受け、勇者となった青年は、

ある日とうとう王城に呼ばれました。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1400043922


召喚状に同封された通行証を見せて、門番の脇をぬけ、城門をくぐる。

いくつもの扉を抜けた先に王宮はあった。

煌びやかに彩られた装飾、宝玉のはめ込まれた黄金の、姫を模した像の前に王座があり

そこに、この国の姫様が座っていっしゃいました。


姫様「よく来ましたね、我らが勇者よ」


勇者「はっ」


姫様「勇者、勇者よ…私の声が聞こえますね?」


勇者「……いや、聞こえてますよ、目の前にいるんですから」


姫様「あら、つい言いたくなったので、ごめんなさい♪」


勇者(…大丈夫かな、この人)


姫様「いま、この国が脅威に脅かされているのは、あなたも知っていますね?」


勇者「はい、それに対抗するために私は選ばれましたから」


姫様「…結構、それでは今より、王国からの勅令を言い渡します!」

勇者「はっ!」


姫様「今より勇者に、魔界城に住まう魔王"キングダークデーモン"討伐の任を与えます!」

勇者「はい!」

姫様「そして、その後はヒラマーヤ山脈に棲みつく竜王"リューオーン"を討伐しなさい!」

勇者「はい……は?」


姫様「そしたら次は地獄王"キングヘル"を討伐して、そしてその次は冥府王の…」

勇者「ちょ、ちょちょっと…!」


姫様「…そんで、なんですか?勇者よ」

勇者「……それ、全て私に任せるおつもりで?」

姫様「ええ、そうですよ」


勇者「ぜんぶ…い、一度にですか?」

姫様「はい、全て退治するまで戻ってきてはなりませんよ♪」

勇者「………はぁあん?!」


勇者「そんなに一度にできるわけないでしょう!それも私一人だけで!」

姫様「いいえ無理なら仲間を雇えばいいでしょう?酒場でもなんでも行ってから…」


勇者「酒場?!はっ!……じゃああなたは何ですか?」

勇者「これから酒場に行って、魔王と竜王と地獄の王と冥府王を同時に相手する仲間を募集しろと?」

勇者「そんなの誰がついてくるんですか!?」


姫様「…言い忘れてましたが、魔王には強力無比な側近がいて、その下にさらに各地を統治する四天王がいますの」

勇者「がふっ…?!」

姫様「あと竜王には何万匹もの手下がいますし、それから地獄の王といえば」


勇者「待って、そんなの私一代じゃできません、そういうのはもっと、何代もかけて攻略するものでは?」

姫様「嫌です、私が存命の内にすべての手柄を立てたいので、歴史の教科書的にも箔が付くでしょう?」


勇者「えぇ~…」


姫様「まぁまぁ、全てやり終えて無事に帰還したあかつきには、私の夫になる権利を与えますから、どうです?」

勇者「えぇ、でもそれじゃあ割に合わないですよ」

姫様「なっ!?失礼な、どこが不満だというのです?」


勇者「だって、こんな大移動、行って帰ってくるだけでも…概算でも数十年はかかりますよね?」

姫様「ええまあ、そうですね」

勇者「その間、あなたはずっと独身を貫くおつもりで?友達はみんな結婚してる頃だというのに?」

姫様「…う、それは…まぁ、約束なら仕方なしですからね」


勇者「それは、流石に悪いですよ、そんな延々独り身にさせておくなんて…」

姫様「……意外と、そういうところは気が回るんですね、好印象ですよ」


勇者「ええまぁ、信心深いので……じゃあ帰ってもいいですか?」


姫様「ダメです、旅立ちなさい今すぐに!」

勇者「…くそぅ」



勇者「せめて軍隊をだすとか、軍属の誰かを同行させるくらいしてくださいよ」


姫様「ダメです、そのような余分な国費は使えませんので、あしからずですわ」

勇者「えぇ…余分て」


姫様「もっと言うと、新しい勇者を選定するお金もありませんから、けして死なないで、あと断念しないように」

勇者「絶賛ただいま心が折れそうです…」

姫様「つべこべ言わずにさっさと姫のために行きます!くらい言いなさいな!」

勇者「そんなこと、口が裂けたって…」




「ちょっと待ったんかあーっ!!」

「「!?」」



姫様「そ、そんな…お父様!何故ここに」

勇者「え?!お父様というと、すでに隠居なされたはずの先代の国王様ですか?」


元国王「そのとおりだ!そんなことより我が娘よ!貴様、ワシがおらんと思って随分とやってくれおったな!」

姫様「ぎくりっ…」

勇者「な、何ですか一体…」


元国王「そいつはな、無断で我が国庫の資産に手を出した挙句、その事実をワシに隠そうとしておったんじゃよ!」

勇者「なんと!」

姫様「…ピーピヒュープープヒー♪」


元国王「おかげで我が国の財政は破綻寸前じゃ!そのことをまた、勇者出立で隠れ蓑にしようとしてからに…!」

勇者「なるほど、そういうカラクリというわけだったんですね…道理で」


姫様「ちが、違いますってばお父様ぁ♪ほんの誤解の誤解で…」


元国王「だまらっしゃい!大体なんだその悪趣味な像は、胸盛り過ぎじゃぞ!」


金像「」ボインタワワッ

姫様「キーーッ!胸は関係ありませんでしょう!胸は!」スカスカスカスカ


元国王「もうよい!こうなったら、ワシがまた国王に復帰してこの国を立て直さねばならぬようだな…ったくもー」

勇者「……ほっ、よかった…これでもう無理難題は言われなくてすみそうな」


国王「姫には罰として、勇者の旅に同行することを命ずる、これは国王の決定なるぞ!」

姫「えっ、えーっ!?」

国王「もし無事に達成することが出来たのなら、またこの国の王にしてやる、それまでは帰ってくるな!ボンクラ娘が!」


姫「…そ、そんなぁ」


勇者「………あ、あれ?もしかして結局おんなじってことですか?」

国王「すまん、こっちも赤字でな、よろしく頼むぞ、それは煮ても焼いても好きにしていいから」


姫「ひどっ!?」

勇者「」


人生とはまあこんなにも、上手くはいかないようで…

勇者の思うとおりには、なかなか事は進まないのでした。


姫「めんどくさいですわ、でも行かなければ命令違反でどんな罰が待っているか…打ち首か、縛り首か」


勇者「自分の娘にも容赦なしですね、国王様も」


姫「………はぁ、まあいいです、さっさと行ってちゃっちゃと終わらせましょう、魔王も地獄もなんのその!」

勇者「それが出来たら苦労はしないですよ…こっちは」


姫「ではまず馬車を用意して、私用のピンクで可愛いのを一つ」

勇者「やですよ、旅の路銀は少しでも節約していかないと…」

姫「……え?…じゃあこの先どうするんですの?一体全体」


勇者「歩いて行くに決まってるでしょう?何言ってるんです」

ひめ「」

イーヤーーーッ


こうして、我らが神に選ばれた勇者の旅は、ワガママ姫と無理難題を引きずりつつも
ようやく始まったのでした。


プロローグ終わり



"スーパー剣(ソード)": 神より与えられし勇者にのみ扱えるすこぶる強い剣。

勇者「でやあぁーっ!!」


スライム「…アァーーっ」ズブブ

子分デビル「ギエーーっ!?」ズバーー


それより放たれる必殺の技"ウルトラ斬り"は、どんな敵も打ち倒す勇者にだけ許された秘中の奥義である。

スライム「」
子分デビル「」


勇者「……ふぅ、なんとか倒せました」


姫「ほうほう、今のが必殺の剣というわけですか…なるほど」

勇者「…ええまあ、ここまで習得するのに十年はかかりましたね」


姫「そんなに!…まあそれはなんと」

勇者「いえ、大したことはありませんよ、この程度」


姫「そんなにかけて……それよりも、もっといいネーミング考えたらよろしいのに」

勇者「ほっとけ」


勇者の旅は前途多難です。


四の五の問答言い合いの末、なんとか旅に出た二人だったのですが、

そこはまあ、普段はまともに出歩かないボンクラお姫様だったので

姫「…つ、っかれましたの!」

すぐさま愚痴のこぼれる始末なのでした。


勇者「そんな文句ばっかり言ってないで、仕方ないじゃないですか、自業自得ですよ」

姫「もーっ!せめて馬の一頭でもご用意してくださいましーっ!てなもんですの…まったく」

勇者「貧乏旅ですから、しかしあの王様、本当に馬一頭よこさなかったなあ、娘のこと死なす気なんじゃなかろうか」


姫「ま、お父様ならやりかねませんわね、かつては剛腕圧政で鳴らした非情の王でしたから、実の娘といえど必要なら切り捨てるまでですの…」

勇者「…それは、ふむ」

勇者は、少しだけ彼女に同情しました。



姫(ぶっちゃけ、国の資財の殆どをブランド物や金銀宝石とイケメンに費やしましたし、正直死刑にされても文句言えませんわ…」

勇者「……」

しかし、すぐに訂正しました。


しばらくして日も沈みかけた頃、
ようやく、隣の村が見えてきました。

姫「野宿はごめんですのっ!」

と言って、姫はすぐさま駆け出してってしまいました。


勇者「元気な…そんなに急いだって村は逃げませんよ」


姫「いいえ!今すぐにでも熱いシャワーと美味しいワインを所望します!」

確かに、ここまで歩いてきたので二人とも疲れてたし、多少汚れてもいました。

しかし、この村はどうにも豊かではないらしく

そうまともな宿が見込めるとは思えませんでした。


姫「なんですの?このボロっちい宿は、まさかここに泊まる気なんじゃないでしょうね?」


宿の主「えぇ~、それ俺の目の前で言う?普通…」


勇者「すみません、何ぶん世間知らずでして、民宿なんて見たこともないらしく」

勇者(……どうしてこっちがこんなに気を回さなくてはならないのだろうか…)

主「…はぁ、確かにそれなりの身なりはしているようですけど」


姫「だいたいなんです、この部屋、布団が一組しかないじゃない、こんなのどうしろと?」

勇者「ええ、ですから姫がそちらを使ってください、私はまあ床にでも寝ていますから」


姫「…いいえ、あなたが布団を使ってくださって結構ですの」

勇者「…え?」


勇者「…いえいえ!それじゃああなたは?まさか床で寝かせるわけにもいかないし…」


姫「私は、こんな安っぽい宿に泊まるくらいなら町の役場に行って止めてもらいます!」

勇者「……え?」

姫「たしか貴族が視察に来た時用の客間があるはずですから、そちらに無理やりにでも泊まりますの」

勇者「」
主「」


姫「だいたい、こんなところに泊まった日には寝込みを敵に襲われてお終いですの…本で読みました」

主「……ひでぇ」

勇者「それは言い過ぎですよ…」

姫「ともかく、私はそっちに泊まりますから、後はご自由に!」


そう言って、彼女は手近な兵士の案内で役場へと向かいました。


勇者「」

残された勇者は、旅の疲れもあったうえ、下手な気づかいでさらに消耗してしまったので

そのままそこの宿で、ご飯も食べずに眠りについてしまいました。



その夜、お姫様がスヤスヤとそこそこのベッドで寝静まった頃。

硬い安布団で休んでいた勇者は、突然暗闇の中、直感で飛び起きました。

勇者「な、なんだ?」


見れば、泊まっている安宿の周りを、魔王の配下である魔物たちや
松明を持った村人たちがすっかり囲んでいるのでした。


悪魔「ケーッ!ここに泊まってる勇者とやらを八つ裂きにするのだ!」

勇者「なーっ!?」

図らずも、あのボンクラのワガママお嬢様の予想が当たってしまう形になってしまいました。


村人「くそぅ、ホントならあの糞政治のお姫様も捕まえてやる筈だったのに、役場に籠られちゃ仕方ねえ!」

勇者「はあっ!?」

しかも、皮肉なことに、余計な八つ当たりまで引き受ける形となってしまったのでした。


村人「かかれーっ!姫に与する敵をやっつけろー!」

「「おおーっ!!」」

悪魔「魔王様に仇名す敵を滅ぼせーっ!!」

「「ギャアーーーッス!」」


勇者「だぁあもう畜生!全員まとめてかかってこいよ!!」


こうして勇者は、夜明けまでの間
大群を相手に大立ち回りをする羽目になってしまいました。


姫「…すやすや、もう…イケメンはたくさんですの……」


そうして、夜が明けた頃
魔物たちはようやく引き上げていき

それに合わせて、結託していた村人たちもようやく、勇者に降参することになりました。


姫「……へぇ、あなたって、やっぱり相当お強いんですのね」

勇者はというと、爪痕の残った戦場で荒い息のまま、膝をついて剣を支えに、

何とか倒れまいとしていました。

姫はその様子を炭火焼鳥を頬張りながら、ゆったりと観察していました。

勇者「……うぐぐぐ」ゼーゼーハー


姫「まったく、だから言ったでしょう?安宿は信用ならないんですって」

そんなことは言ってませんでした。


姫「…さてと、では兵士たち」

彼女の呼びかけに、数人の兵士が集まってきました。

腐っても、やはり王族なのでしょう。

兵士「はっ」


姫「この不届きの首謀者を捕らえて、身包み全部はがしてしまいなさい」

兵士「了解しました!」


そののち、首謀者であった村の村長がとっ捕まり、姫は銅貨の入った袋と

ロバと小さな馬車を手に入れて、勇者に向かって随分と誇らしげにしていました。


姫「どうかしら、私の手腕は、誇らしげに思ってよろしくてよ?」

勇者「」

しかしながら、勇者的には彼女への気苦労やその他もろもろを勘定にいれると

実際には利益としてはトントンなのでした。

勇者(……一人旅のほうがやっぱり幾ばくか気が楽だな…うん)


村人たちからの怒りの矛先を向けられて、勇者は心臓が縮こまる思いなのでした。


姫「疲れましたの、おんぶしてくださらない?」


姫「足が痛いので、マッサージをしなさい」

姫「下手くそ!もういいですから、さっさと料理の支度をなさったら?」


姫「まぁ…もう少しマシな料理は用意できないんですの?」


姫「…ふん、野宿するなら一晩中起きていなさいよ!ホントはまっぴらなのですから」


姫「ああ、終わったんですの?随分と今回の魔物には手こずったのですね、精進が足りませんわよ」


勇者「」


彼も、なんどコイツを放ってしまおうと思ったことでしょう。

ですが、そうは思っても王の命令なので
勇者として、彼女との旅を続けざるをえないのでした。


一旦切り、
どっかでオークレイポとか入れたいなぁ、うん


姫のワガママと国の財政難に背を押されて、
魔王(とその他諸々)討伐の任を受けた勇者。

半ば流刑にかけられた姫とともに、馬車に乗って

一路、魔界にそびえる敵の居城を目指していた。


姫「……はぁ、退屈ですわね…」


林道をいく道には、いま馬の足音のみが聞こえていた。


勇者「そうですね」

姫「ちょっと、あなたオークにでも犯されなさいよ、勇者でしょ?」


勇者「いやいやいや、勇者の職業募集に、そんなこと書いてないでしょう!」

姫「え?勇者ってそんな就職感覚でなるものなの?」

勇者「………いえ、違いますけど、冗談ですよ」


姫「……なぁんだ、冗談」

姫は、蹄の音に混じってため息を漏らすと

姫「あなたの冗談って、退屈ね…」

勇者「…ですね」


そう、やっぱり愚痴を付け加えるのでした。


姫のほうはもっぱら退屈そうにしているのだが、勇者のほうは実のところ他に気がかりがあって、

彼女のたわ言には付き合っている場合ではなかった。


勇者「……」

後方はるか向こう、わずかだが馬の動く気配があった。

足音は静かに、馬の呼吸すら潜めてこちらを伺っていた。


姫「…じゃあ美人のオークなら?それなら構わないんじゃなくって?」

勇者「……ええ、でも…美人といってもオークはオークでしょう?」


足音が、徐々に近くなってくる。
音は馬一頭分、人数にすれば彼に対抗できない数ではなかった。


勇者「故郷の知り合いが畜産業なんですが、よく言ってましたよ"ウチのハナコはめんこいなぁ"って…」

姫「へえ?…ただの豚畜生に向かってですの?」

勇者「ええ、でもいくら可愛いっていっても豚はブタですから、それとしようなんて考えませんよ…」

まあ、足手まといさえいなければ、だが


そう思った瞬間、後方の気配が一気に距離を詰めにかかってきた。

姫「…?…なんだか、誰かこっちに」

勇者「伏せてっ!」


流石に馬の起こす激しい轟音には、鈍感な姫も気づくようで、

自分達を追い越す影をしっかり目で追っていました。


果たして、その駆け抜けた馬はかなり大柄で、艶やかな黒い毛並みをひらめかせ、

しなやか且つ力強い動きで、馬車の前に躍り出ました。


勇者「……ちっ、なんだ?また魔王の手先か?」

?「貴様、王国の姫君とお見受けするが、どうかな?」


その馬に跨るその人物は、じっと姫を見つめて、低い声でそう問うた。

それを受けて、勇者は、違う意味で暗い気持ちになった。
また、余計な面倒ごとじゃないか、と


黒騎士「我は黒騎士、これは愛馬のブラックホース、そしてこれが愛刀のブラックソードだ…」


黒騎士、そう名乗ったそいつは、名の通り黒い大柄の鎧を着て、
同じように真っ黒な剣を騎乗のまま構えていた。


黒騎士「我、圧政に苦しむ民のために、貴様の命を貰い受ける!」

姫「やだ、ちょっとカッコいいかも…」

殺してやる、と言われているというのに、コイツときたら安穏としたものであった。

それにしても、こう行く先々で恨み言を言われるとは、この姫様はどれだけ愚王だったのか、勇者は辟易としてしまった。


勇者「はいはい、バカなこと言ってないで、こちらの陰に隠れてください」

姫「えー…」


勇者も本音は、姫いないほうが楽だな、なのだが元来の正義感が目の前の凶刃を見逃せないのだった。

黒騎士「貴様、勇者のクセにその女を庇うのか」

勇者「成り行き上、仕方なくね」


案の定、また矛先がこちらを向き始めるのだった。


姫「それにしても貴方、あんな親戚がいたのね、やっぱり勇者だけあるのね」

勇者「……はい?何の話ですか?」

姫「いえだって、黒い騎士といえば正体は実は"俺はお前の父親だ!"的な展開では?」


どうにも、彼女の言に興奮の色がこもっていた。
この姫、のほほんとして、この状況にして楽してんでいた。


勇者「いや、ウチの親父はしがない農家だし、他にめぼしい兄弟や親戚も…」

とか注意してる間に、もう敵は馬から飛び上がり、こちらに向かってきた。

黒騎士「勇者!今はそのような口を聞いている暇はないぞ!」

その叫びと同時に
騎士の剣と、勇者の剣が激突した。

勇者「くっ…こいつ、強い!」

黒騎士「ふん、油断していると貴様の首から刈り取ってしまうぞ!」

姫「むぅ、やっぱりかっこいいですわね」


剣をぶつけ合いながら組み合う2人の実力は拮抗しているように見えた。


とはいえ、勝負のつく時は一瞬である。

危ない勝負だったが、
勇者のウルトラ斬りが決まって一発だった。

勇者「……だぁあっ、な、何とか勝てた」

黒騎士「」


姫「あぁん、負けてしまいましたのね」

勇者「……」

正直、疲れている時にコレの戯言を聞くのは勇者にも堪えた。


姫「では早速、敗者の身ぐるみを剥いでしまいましょうか」

勇者「ちょ、そんな野盗みたいなことして…姫なのに」


姫「ふふん、勝てば官軍負ければ賊軍、モンスターからアイテムを頂くのは当然ですのよ」

勇者「…いやいや、いや」


勇者が制止するのも聞かず、慣れた手つきで次々鎧の留め具を外して行く。
敵の愛馬に睨まれてるのもまるきり気に求めず手を動かした。

姫「ではこの騎士様の素顔公開~ですの……って」

勇者「…ん?」


しかし、彼女が兜を外した結果、姫はまさかの
そして、ある種ベタな展開に思わず閉口した。

兜の下、黒騎士の素顔は白銀の髪を持つ女性だった。

姫「えぇ、そんな…!」

小手を外すと華奢でしなやかな指先が
プレートを外すと帷子に覆われたたわわな胸が見て取れた。

そう、騎士は女だったのだ。


姫「そんな、イケメンは?いないってこと?」

思えば、騎士の中身がイケメンだというのも勝手なイメージの押し付けである。

勇者「もう、バカなこと言ってないで、早くそこから離れてください」


姫「…はぁい、もう後はあなたに任せますの」

すっかり、彼女は興味を無くしたようである。
本当に、勝手なものであった。


勇者は、疲労を堪えて立ち上がり、その鎧を剥かれた女に近づいた。

黒騎士「……ぅぅん」

勇者「……」


女の身で、自分と対等に渡りあった相手に対して、勇者は素直に感心した。
こんな状況でなければ、互いの実力を褒め称えたであろう。

しかし、今は敵同士である。実に不条理なことにだが


勇者「……」

黒騎士「…くぅ…くぅ」


木漏れ日を反射して煌めく銀髪
男を誘う長いまつ毛
透き通るような白い肌
白魚のような細い指
あと豊かな胸部

月並みな言い回しだが、しかし


姫「ちょっとー?何を見とれているんですのー?」

勇者「……」

実に、不条理である。勇者はそう痛感した。


女ということを差し引いても、そのまま立ち去るのは忍びないと思って

勇者はとりあえず手頃な木に騎士の体を縛り付けることにした。


姫「ほっておけばいいのに、そんな危ない娘」

勇者「…とはいっても、また襲われては溜まったものではありません、ここは一度話をしてみるべきです」

姫「その時はまた貴方が相手をして差し上げればよろしいじゃないの」


しまった、まずコイツから縛り上げるべきだった。
そう勇者が後悔してる間に、黒騎士が目を覚ました。

黒騎士「……ぐっ、な、なんだこれは、しばられて!」


勇者「目が覚めたか?…すまないけど拘束させてもらったよ」

姫「ええ、この後で適当なオークにでもxxxxとして差し出そうかと思いまして」


黒騎士「ひっ?!…こ、このケダモノ!悪王め!」

姫「鎧も剣もない騎士なんて、ちぃとも怖くありませんわね!」


勇者「話が拗れるんで黙ってくれません?!」


邪魔な姫を向こうへ追いやって、ようやく勇者は話を進めることができた。


勇者「それで、一体なんだって襲いかかってきて…まあ大方の予想はついてるけど」

黒騎士「知れたこと、民のために剣をとって振りかざしたまでだ、それ以外になにがあるか!」

勇者「……だよねぇ、うん」


勇者はどう彼女に言ったものかと、言葉を探しあぐねた。


説得できないことには、今後も彼女は姫の命を狙ってくるだろう、
正直、彼に姫を助ける義理はないのだが、しかたない


勇者「実は、かの姫はいま王宮を追われて、放浪の旅をさせられているんです」

黒騎士「なんと!道理で、警備が手薄な訳だ……失敗してしまったが、くっ」


騎士は悔しげに唇を噛んだ、
あまりに力が入りすぎて端から一筋血が流れてしまった。


勇者「……それで、今後私たちが旅を続けるために、もう姫の命を狙うのはやめて欲しいんだ」

私の目の前では、という言葉を勇者は必死で飲み込んだ。


黒騎士「それは、できぬ相談だな…たとえ勇者といえども」

姫「何が?とりあえずここは適当抜かしておいて、解放されてからまた襲ってくればいいじゃないの」


勇者「……こ、この人は…もう死にたいんか、もうっ!」


黒騎士「貴様のような卑怯者と一緒にするな!その様な手を打つくらいなら死んだ方がマシだ!」

姫「……はぁ、もう暑苦しい人ですわね、ふむ」


珍しく姫が手を顎に添えて、なにか考えているようでした。
でも実際は、何も考えていないのでしょう。


姫「勇者は、いつ襲われるか心配するし、貴女としても私のことを諦められないと……ならば」

「「…?」」


姫「貴女も一緒についてくればいいじゃない、そしたら私のことを狙い放題でしょう?」


黒騎士「………は?」

勇者「ちょ!?どういう論理なんですか、それって!」


姫「なに?貴方も丁度、旅の道連れが欲しいなんて言ってたじゃないの、一石三鳥というやつよ」

勇者「ですけど、そんなの命がいくつあっても足りませんて!」

姫「なら、いくらでも貴方が守りなさい、それが仕事でしょう?」

そこまでの命令を受けたつもりは、勇者には毛頭なかった。

黒騎士「……この女、バカなのか?」

姫「器が大きいと言ってくださいまし…」

勇者「……ええっと」


黒騎士「………ふん」

騎士は飽きれたように鼻を鳴らすと
自分で勝手に縄を解いて、すくっと立ち上がった。


姫「……へぇ」

黒騎士「………」


黒騎士「…私としても、いつか魔王は斬らねばならん相手だと思っていた、だから勇者に力を貸すのは…その、やぶさかではない」

勇者「えっ、ホントに?」


姫「ふふん♪そうだと思っていましたわ」

黒騎士「ただし、隙があれば私は直ぐにでも貴様を斬り捨てる…そのつもりでいろ」

姫「ええ是非とも、ただし勇者の守りをかいくぐれればの話ですけどね」


黒騎士「………ふん」

勇者「……あれ?」


幸運なことに、降って湧いたように戦力が増えた気がした勇者でしたが、

実のところ、彼の仕事がまた余計に増えただけなのでした。


黒騎士「…では、勇者様、今後は仲間として、よろしく頼む」

勇者「あ、あぁ…えと、はい」

仲間と言われても、いまいちしっくりこないいびつな関係のようにしか思えませんでした。


黒騎士「私は、騎士として負けた身だ…であるから、貴殿の手助けになるなら可能な限り尽力しようと思う」

勇者「それはまた、どうも、助かります」

できれば殺すのとかもやめて欲しいなと思った。特に疲れている時は。


黒騎士「あの!それで、ですが…その、余裕があれば剣の指南なんぞもしてもらいたいのだが…構わないだろ、ですか?」

勇者「……はい?」

黒騎士「………っ」たゆんっ


この、急に殺気立ったり、しおらしくなったりと、イマイチ人物像の掴めない黒騎士の出現に、

相変わらず旅は順風満帆とはいかないのでした。


黒騎士「ぬぅ、うぉぉぉぉおおおおっ!!」

ミノタウロス「ぶもぉぉぉおおおおっ!!」


姫「ああっなんてこと!突然現れた魔物と鍔迫り合いになって黒騎士さんが押されていますの!…そして」

勇者「ぐっ…つぅ」

姫「突然の不意打ちに怪我して、勇者は動けませんの!」


勇者「…く、黒騎士さん!」

黒騎士「大丈夫だ、勇者のことだけは…何としても…!」

ミノタウロス「ぶもろろろぉぉっ!!」

黒騎士「ぐわっ!?…こ、こんな雑魚のくせに!」


姫「危ないっ!押されに押されてもう後ろは断崖絶壁ですの!」

勇者「に、逃げてください!黒騎士さん、私たちのことは構わず!」

姫「それは正直、ヤですの」


大柄の魔物に押されて、黒騎士の足が土の上を擦り、
崖の寸前で止まった。

崖の下は、落ちる先の見えないほど深く
落ちればどうなるか分からない。

しかし、騎士はそこで何か思い至ったように、口角を上げ
そして、勇者の方をチラと見た。

黒騎士「………」

勇者「……っ!」


黒騎士「勇者は、まだ旅を続けるんだ……そして、魔王を倒してくれ」

勇者「…そんな!」

黒騎士「…うぉぉおおオオオオオオっ!!」


騎士は渾身の力を振り絞って、敵の巨躯を持ち上げて、暗く深い崖の底へとその身を投げ出した。


勇者「…く、黒騎士さん!!」

姫「……」


黒騎士「…ーーっ!」

最後に、騎士は何事か呟いたように見えたのだが
その言葉は相手には届くことはなく。

その身とともに、落ちていった。


勇者「……そんな、そん、な…」

姫「……」

勇者「……黒騎士さん、黒騎士さんが…うぅ」

姫「……」


残されたのは悲しみに暮れる勇者と、姫と、

まるで墓標のように突き立てられた、黒い彼女の黒い剣だけだった。

馬は、いつの間にか何処かへと消えていた。


勇者「…折角、せっかく和解できると思っていたのに…こんなことになるなんて、うぅ」

姫(……えぇ?そんなまだであって間もない相手に、そんなに泣きますの?人のおよろしいことですのね)


姫としては、本音は危ない人間が一人消えた位なものでした。
あと、おっぱいも大きかったし、丁度いいようなものでした。


姫「……とはいえ、まあ寝覚めの悪いものですの」ペッタン

勇者「………」


姫「まああれですの、これだけ深ければ死体を確認せずにすみますの」

崖したを覗き込むと、遠くの方、暗闇の中にかすかに水音が聞こえたような気がした。


姫「死体さえ見なければ、まあ多分生きてますの、ええそうですの」

勇者「え?えぇぇ…またあなたは、そんなこと言って……」


姫「"俺に構わず先に行け!"ってやつですの、さ、構わず先に行きましょう、日が暮れない内に村に着かないと」

勇者「………」


姫「?…何をしていますの?さっさとしますのよ、勇者」


勇者「…………」

次の村に着いたら、コイツに構わず先に行こう、
そう思った勇者なのでした。


勇者は"黒騎士の剣"を手に入れた。▽



なんだかんだと、結局また二人旅になってしまった御両人。

黒騎士がいなくなって数日後。

今は一旦一休み、勇者も静かに寝息をたてていました。


勇者「………はっ!…ここは?」

姫「あら、ようやく気がつきましたの?ここは病院ですの」

勇者「……び、病院?…なんで、痛っ…?」


姫「なんでって、道中進んでいたら敵が突然やってきて襲撃されたんじゃありませんの」

勇者「……ああ、そうか、それで…ここまでやられたんだ」


姫「あの騎士さんと別れて、多少とも気が抜けてたんじゃなくて?」

勇者「……かもしれません」


ちょっと前のこと。どうちゅう


勇者『くっ!なんだ、お前たちは!』


四天王1『我らこそは魔王軍四天王!だ!』

四天王2『勇者よ、魔王に仇名す貴様を殺しにきた!』

四天王3『貴様の旅も最早ここまでぞ!』

四天王4『さあ、覚悟するがいい!』


姫『まぁ…』

勇者『がっ!?急にいっぺんに来んなよ!こっちから行くんだからさあっ!』

姫(あの台詞も、きっと相当練習したんですのね…)


四天王s『『死ねぇえーっ!!』』

勇者『もーーっ!!』


ーーー
ーー


姫「…それで結局、全員相手にして倒したはいいけれど、そのまま気絶してしまったんですのよね」

勇者「あぁ、勝てたんですね……なら、よかった」

姫「まったく、三日も寝込んでしまって、旅の進みが悪くなるじゃないですの!もう」


勇者「」


勇者「……ところで、その頭に着けてるの、ティアラですか?」

姫「ええそうですの!綺麗でしょう?近くの宝石店で買ってきたんですけれど、あとこの指輪とイヤリングと…」


勇者「……か、買ったんですか…?」

姫「ええ、暇だったので…」

勇者「…………」


もうこの先、安易に気を失いことも出来ないなぁ。
勇者は、そう心に固く誓うのでした。


勇者「あの、ちょっと路銀の方、見せてもらえせんか?」

姫「ギクリッ」

勇者ということで、病院代を免除してもらえたのが、
せめてもの救いでした。



魔界へと通じる道を行き、歩みを進めると、だんだんと敵の根城に近づいているのが彼らにも分かりました。

粘つくような魔の瘴気が周囲に纏わり付いて、四六時中見られているような

常時殺意のさなかにいるような気さえしてくるのです。

勇者「さすがに、だんだんと村の様子も寂しくなってきましたね…」


村に出歩く影はほとんど見えなくなり、見かけても皆一様に下をむいて絶望に打ちひしがれているようでした。

魔王の脅威に、姫の愚政が重なっていたのなら死にたくなるのも道理というものでした。

姫「ええ、これも全て魔王の仕業…早くなんとかしなければなりません」


勇者「……」
勇者のスルースキルが発動した。▽



見たこともない植物の群生地帯を抜けると、とうとう先の暗雲の中に

目指すべき魔王城が見えてきました。

勇者「ようやく、見えてきましたね…」

姫「ええ、あの城に、邪悪な魔王が…山場ですね、ごくり」


勇者「そんな演劇を見るみたいな言い方しないでくれません?」



王城の領域に入ると、攻撃も更に熾烈を極め、足手まといを抱えながらの決死行は
実に難航を極めました。


勇者「流石に、キツイですね…ここまで大丈夫でしたか?」

姫「…ふふーん、まあ大したことはありませんわ、お続けになって」

勇者「…さいで」

ここに来て、姫も自分が随分とたくましくなったものだと感心していました。

実際には、ほとんど全ての厄介を引き受けているだけなのですが。


?「よくぞここまで来たな、待っていたぞ…勇者とやら」

そう勇者も辟易しているところに、青天の霹靂。
突如辺りが暗くなり、禍々しい声が周囲に響き渡った。

勇者「誰だ!」

姫「…きっと魔王の側近です、注意しなさい、勇者」


その暗闇の中に、ぼうっと光が灯ると
果たして、誰かの玉座らしきものがかすかに見えた。

そしてそこに、誰かが座しているのも。


魔王「やあ勇者、それにそちらのお嬢さんも…私が魔王だ」

勇者「………」


姫「魔王…という名前の側近ですのね!」

勇者「いや、違うと思いますよ、あなたの勘違いだったんですって」

姫「だって、中ボスより先に出てくる大ボスがいますの?!もう!恥をかかせて!」


魔王「……まあ、なんだか期待に添えず申し訳ない…だが」

そう言うと魔王が剣を構えた。
まるで邪悪に捻じ曲がった心を表したような、歪な形をした魔の剣を


勇者「……くっ、まるで姫の心のように歪んでいる、見るに耐えない!」

姫「…………えっ?」



魔王「我が剣の斬れ味は、貴様の予想を遥かに上回ると思ってくれて構わない…」


勇者「…くっ」

魔王「…ゆくぞっ!!」


魔王が一息に勇者の方へと詰め寄り、その剣を振り上げた。


勇者「すまない、黒騎士さんっ!」

勇者はその斬撃を脇に携えた黒騎士の剣で受け止めて、己がスーパー剣で攻勢に転じるべく
踏み込んだ。



魔王「」

勇者「…ぜぇ、ぜぇ…や、やった…ついに魔王のやつを…倒した」


姫「z……ゆうしゃ…後ろ危なぃ、はっ…あ、もう終わりました?」


勇者「」

勇者「…あなた、いま絶対寝てましたよね?」


姫「ね、寝てませんよ!ただ、ちょっと二人とも似たような斬り合いが延々続いてたので、ちょっと退屈かなぁと思ってただけで…」

勇者「それでもこっちは生きるか死ぬかだったんですぅ!!」


勇者「なんですかもう!『後ろ危なぃ』って、2時間前のアドバイス今してるんですか…?」


姫「い、いえ…ほら!いま魔王の死体が動いたように見えて、それです!危ない危ない!」

魔王「」


勇者「魔王なら散々に切り刻んで魔法で跡形もなく焼き尽くしましたけど?これでまだ生きてるようなら私もう勝つの諦めますよってくらいにね!」

姫「…そうでしたわね、おほほほ」

勇者「もういいです、なんか外も暗雲とか晴れてきてるし、もう帰りますか…」


姫「ええ!帰りましょうとも、では、お疲れ様でした~」

勇者「はいはい…」


こうして、勇者は魔王を滅ぼし
取り敢えず、この辺の平和を取り戻したのでした。


魔王「」


しかし、悪夢はまだ、終わってはいないのでした。

?「……勇者、か、まさかあれ程とは、ふん、魔王も耄碌したものだな」


突如、魔王の死体から声がしたと思いきや、その肉を割って中から這い出るモノがいたのです。


側近「坊っちゃま、お体は大丈夫でございますか?」

それは、子供のような体躯をしていながらに、顔は悪魔のような笑みを浮かべ、黒い羽を慣らすように羽ばたかせていた。

魔王jr.「……ふん、まあな、クソ親父の体が盾としては役にたったということか」


側近「左様でございますか…」


魔王jr.「しかし勇者、今だけは見逃してやるが、我が力が充分になった時には必ず…この手で捻り潰してやる」

側近「ええ、そして我ら魔族の屈辱を晴らすのですね…」


魔王jr.「ふん、まあ…それもついでに叶えてやるか…道楽として」

側近「…左様でございますか」


魔王jr.「まずはあの竜王、そしてその後は地獄も冥界も……いずれは我が手中に収めるのだ!…ククククククッ」

側近「ああ、坊っちゃま…大変恐ろしゅうございますね」


未だ空には、暗雲の残滓が漂っていることを
勇者も誰も、気づかずにいたのでした。


姫「もう!勇者があまりに急かすものだからうっかりしていたじゃありませんの!」

勇者「いやいや、だからもうそういう死体漁りとかやめましょうって!」

魔王jr.「!?」


姫「ふふーん、こんなお城の魔王なのだからきっと宝物庫にはお宝がたんまりと、あっ」

勇者「どうかしたんで、あっ」

魔王jr.「………」

側近「………」

勇者「………」


「「……」」


姫「…………ファイっ!」


側近「ギェェエエアアアアッ!!死ねぇえ!勇者ぁ!!」

魔王「やろうっ!バレちゃあ仕方ねえ!!」

勇者「だぁぁああああっ!だ、誰だお前ら!!」


姫「…てい、今のうちに、こそこそと」


側近「貴様の心臓をよこせぇぇえええっ!!」

魔王jr.「手負いの人間なんぞに負けるかよぉぉおおおっ!!」

勇者「こういうのってもっとさあ!五年くらい間置いてからこいよぉおっ!」


姫「わぁ、何この指輪、大きすぎて入りませんの…うっとり」



魔王jr.と側近は、死にました。


魔王「やろうっ!バレちゃあ仕方ねえ!!」
誤字った。
魔王jr.でした。

最後なのに…
魔王編おわり。

これ一個書くくらいならRPG一本消化できるな…


魔王とその他を倒した勇者。

なんとなく旅もひと段落ついた感があったので一度王都の方に帰りたいと思い始めていた。

姫「無理ですの、だから最初に言ったでしょう?次は竜王とですのよ」


勇者「……もう無理ですって、疲れ過ぎましたよ」

姫「まあ心配しなくても、次の相手は将棋で勝負ですから、大丈夫ですの」


勇者「……将棋?…なんで将棋なんですか?」

姫「…冗談ですの、忘れなさい」

勇者「…?…はあ」


イマイチ学のない勇者であった。


近くに村もない深い森の中、馬車で草の背高い道をいく二人の影があった。


姫「うふふ、見て見なさいよこの指輪、城にあったものを仕立て直したんですのよ♪」

勇者「はぁ、そうですか…」


姫「…もう!なんですのその反応は、見せる相手がこんなのでは着飾る甲斐がないないってものですの」


勇者「疲れてるんだから仕方ないでしょう?…魔王を倒したってのにマトモな休みも取れてないし…」

姫「そうはいっても、近くに村もありませんしねぇ…」

勇者「たまには夜の見張り、代わってくださいよ…」


姫「やですの、夜更かしはお肌の天敵でしてよ!」

勇者「言うと思いましたよ、はぁ…」


勇者の言動や所作からは、明らかに覇気がありませんでした。

勇者「このままだと、次のドラゴンやら相手するのにも手こずりそうですよ……」


姫「あら、貴方ほどなら、万全じゃなくてもそう負けることもないじゃなくて?」


勇者「そんなことないですよ、例えばそこに恐ろしいゴーレムがいますよね?」

姫「…ええ」

ゴーレム「」


勇者「あれも大人しくて硬いだけで鈍いんで、そう強い魔物でもないんですけど、今ならあれ程度にでも負けそうな気がしますよ」

ゴーレム「」カチンッ


姫「そうなんですの?よく例えば分かりませんけど………ところで」

勇者「…はい?」

姫「なにやら、睨んでますわよ?あちらさん」


ゴーレム「……ゴ、ゴゴゴゴォォォオ!!」

勇者「……あ、しまった!」

姫「ちょっと!立ち上がってこっちに来ますの!?」


ゴーレムの巨大な岩の拳が、二人の乗る馬車へと振り下ろされ、木材が打ち砕かれる。

飛び散る木片の中を姫を庇いながら勇者は転がり出て、剣を抜いて構えた。

興奮した馬が、馬車の装具を引きずりながら向こうへと逃げ出す。

ゴーレムは未だ、馬鹿にされたことに怒って震えている。


ゴーレム「………ゴオオォォ」

勇者「……くぅ、寝不足で頭がイマイチはっきり…」


姫「ちょ、こんな時に寝てないアピールする暇なんてありませんでしょ?」

勇者「……ホントに、寝てないんだけどなぁ」


勇者は、村に泊まる時以外は馬車でウトウトするくらいで
夜もマトモに寝ていないのでした。


切っ先の定まらない剣を構えて、ふらつく足でゴーレムの前に佇む。

まともに前も見えていないせいで、巨岩に対する反応が遅れる。


勇者「あぐっ?!…この!」

姫「ち、ちょっと?何押されてるんですの?あなた!」


勇者「そんなこと言っても……硬い相手には特に俊敏な足運びが使えないことには…」

そう言ってる間にも拳が勇者に迫る。
咄嗟の防御のせいで、剣でもって変な角度で攻撃を受けてしまい。


ゴーレム「ゴォォァアアア!!」


勇者「ぐぉあ、あっ!?」

姫「なんとっ!?」

剣が、それもとっておきの虎の子、勇者の剣がペキンッと真っ二つに折れてしまった。


勇者「ちょ、そんなことってありなん?!」

姫「お、折れてしまいましたの!?剣が…」


ゴーレム「ゴッゴッゴッ…ゴァァアッ!」


「「ひぃぃいっ!?」」

あえなく、反撃の手を失った彼らは
序盤の雑魚のゴーレム相手に、

必死の敗走することとなった。


森も林も駆け抜けて、敵をまいたと思ったので、勇者は大樹の剥き出しになった根に腰掛けて項垂れた。

勇者「……はぁ」

姫「何を辛気臭い顔をして、勇者なんですから堂々としてなさいな」


勇者「そんな、剣を折られて勇者もなにもありませんよ…」

姫「剣がなんです!勇者の証とはその程度のことなんですか?」


勇者「そうは言いますけど、正直言って剣もなしにこの森を抜けるのは無理ですよ、戻るのも進むのも」

姫「うっ……そ、そんなに難しいんですの?」


勇者「地図の通りなら、一番近い村でも魔物の生息地をいくつも通る必要がありますよ…」

姫「………」


その言葉を聞いた途端、鳥や獣の鳴き声がやけに近くになったような気がした。


すると、そんな彼女の恐怖が現実になったのか、茂みのざわつきが騒がしくなり

何者か近づく気配があった。


勇者「……っ」

姫「ひいっ!?」


?「…おい」

姫「ぎゃーっ!ごめんなさいごめんなさい!どうか命だけは!」

?「さ、騒がしいな……さすが人間は落ち着きのない生き物だ」


勇者「……ん?あなた…は」

勇者は、相手の姿がはっきり見えた途端に警戒を解いた。

耳が長く、色の薄い長髪で鎧を着て弓構えていた。


エルフ兵士「私はこの先の里の警護をしているエルフ族の兵士だ、人間、こんな所で何をしている」

勇者「い、いえ、何も怪しいことはないんです!ただちょっと魔物に追われて、ここまで迷い込んでしまって」

姫「こんなところにエルフの里があるなんて知りませんでしたの!だからその弓を下げてくださいまし!」


エルフ兵士「そんなに騒ぐな人間、こちらから攻撃する意思はない…」

姫「…な、なぁんだ、それならそうと早く言いなさいな、まったく」


勇者「とはいえあんま偉そうにせんでください」

エルフ兵士「人間は礼儀というものを知らんのか…?」


勇者「あの、私達ちょっと困ってまして、この辺って人の住んでるところってありませんよね?」

エルフ兵士「ああ、だから我々が住んでいられるのだが…」


姫「あっ、そうですの、そのエルフの里とやらで泊めてもらうわけにはいきませんの?そうしたら…」


エルフ兵士「ダメだ、人間を里に入れるわけにはいかない、特にそのような下品な輩は」

姫「なっ、これでもこの人は勇者ですのよ?魔王だって倒すほどなんですけれど?」

勇者「………」

勇者 は くちが きけなかった!▽


エルフ兵士「いくら言っても駄目だ、もし侵入しようものなら総出で矢の雨を浴びせることになるぞ」

姫「…むぅ、な、ならば何処か屋根のあるような場所は知りませんの?」


エルフ兵士「………だったら」

その兵士は、いくばくかの逡巡の後
一つだけ、提案をした。


エルフ兵士「この先に、変わり者のエルフの住む家がある、そこは里の外だから、そこならばお前たちが行こうと、こちらは看過しよう」

勇者「そうですか、ありがとうございます…」

礼を言いつつ、頭を下げ、勇者たちはエルフの指し示した先へ歩き出した。

命からがら拾い上げた、折れた剣を懐に抱えて。


姫「……とはいえ、そんな偏屈なエルフのジジイなんて、それこそ人間を寄せ付けないんじゃないんですの?」


勇者「誰もお爺さんなんて言ってないでしょ?んな勝手に」

姫「は、偏屈で頑固なんて人もエルフもジジイに決まってますの、例えばお父様みたいな!」

勇者「…あ、あれじゃないですかね?煙突から煙も出てますし」


姫「はあ、でもあれって……」


煙突から黒い煙を吐き出す家屋に、一人のエルフの影があった。

金色の髪に小さく幼い体
陶器のような肌を持ちながら、カマドの前に立ち、ススにまみれたエルフの少女が一人。


エルフ「……ん、何だ?あんた達は」

姫「なんだ、とは不躾ですのね、言うじゃないの」

エルフ「…はあ?」


勇者「まあまあ、えっと、私たちはこの辺りで遭難してしまった旅のものでして、実は、泊まれる場所を探してまして…」

エルフ「……ちっ、またアイツら、私に面倒ごとを押し付けて」

そう恨み言をこぼすと、少女の苛立ちを表すように、カマドの炎が一層燃え上がりました。

姫「な、なんですの?この小娘は…」

勇者「……かまど?」


勇者「あなたは、エルフなのにこんな里の外れで何をしているんですか?」

エルフ「……」

勇者「…あ、あの」


エルフ「……別に、ただカマドの火を炊いて、土を焼いたり、鉄を焼いたりしてるだけだよ」


姫「なんで里の中に住まないんですの?人付き合いが苦手とか?…ぷっ」

エルフ「うっさいなあ!このガキが」

姫「がっ?!」

エルフ「ちっ…ただどいつもこいつも私のこの火が邪魔だっていうからさ、こうして里の外に工房を立てる羽目になっただけだよ…ったく」

エルフは、吐き捨てるようにそう言った。


勇者「…なるほど、そういうことだったんですか」

姫「文字通り煙たがられた、ってな訳ですのね」


エルフ「気は済んだか?だったら早く帰るんだな…ママのオッパイでも吸いによ」

姫「こ、この…言わせておけばぁあ」

勇者「そういう訳にはいきません、が、いったん気が変わりました」

そう言うと、彼は懐から折れた剣の破片を取り出して、エルフへと差し出した。


勇者「…聞きたいことがあります、あなたは、この剣を打ち直すことは出来ますか?」

エルフ「は?…あんた、それって……」


差し出された剣は、折れてもなお
勇者の手の中で、鋭い魔力の光を帯びていた。

エルフの少女にも、それはとても珍しいものに見えただろう。


伝説の勇者の剣なんて、そう滅多にお目にかかれる代物ではなかった筈だ。


エルフ「……そんなもん、私にどうしろと」

勇者「実は途方にくれていたのも、この剣が折れた事が原因だったんです…そのせいで魔物に追われることになってしまい」

エルフ「……ふうん、なるほどね」


少女は手にとって、その金属面をしげしげと見つめた。

明らかに通常の鋼ではない、金属がまるで繊維のように魔力の糸と折り重なるようにして形を成している。

そうエルフは見立てた。


勇者「…どう、ですか?」

エルフ「……難しいね、だが出来ないほどじゃあない、うん…それにしても見事な剣だ」

姫「当然でしょう?神から与えられし勇者の剣ですのよ?」


勇者「それじゃあ…!」

エルフ「興味はあるね、だから直してやってもいい……ただし」

勇者「…ただし?」


勇者は、エルフの少女が提示する条件を待った。
剣が直るのならばなんでもする所存だった。しかし、なにもなかった。


エルフ「……あぁ、えっと…待てよ、別に一人で困ったこととか無いな、うん」

勇者「えっ?」


エルフ「うーん、だがタダで直すというのも癪だしなぁ…」

姫「なんと…けち臭いエルフですの」


エルフ「けち臭い言うな!私はケチとか倹約とか、そういうのが大っ嫌いなんだ!」


エルフ「じゃあえっと、お前!カマド用の薪を拾ってこい、それからそっちの女は…」

姫「…なんですの?まさか私に命令しようなんで思ってるんじゃ」


エルフ「はいはい、なんでもいいから、お前は飯炊きをしろ、そうしたら剣を直してやるし、一晩くらいなら泊めてやってもいい」

勇者「ほ、ホントですか?」

それはまさに、二人にとっては願ったり叶ったりだった。

勇者「で、では早速、薪の用意をしてきます!そちらの方もよろしくお願いしますね」

エルフ「そうかい、まあ、里の奴らには気をつけろよ、あいつら平気で私にも弓を向けてくるからな」


ただし、ある一点の問題を除いてはだが

姫「料理ですの?…私、ご飯なんて作ったことありませんのよ?」


エルフ「はぁ?なんだそれ、よくそれで旅ができたもんだな…」

姫「…むう、お菓子作り程度なら、宮殿で嗜むことはありましたけれど」


エルフ「なんでもいいや、腹が膨れるようなの用意してくれ、材料はまあ、適当にあるはずだからさ」

姫「……むぅ、分かりましたの、私のお菓子が食べられるなんて光栄に思いなさいな、小娘」


エルフ「言ってろ…」


難儀なことになりそうだと思っていましたが、
これがすんなりと事は進んだらしく

勇者が薪を抱えて戻ってきた頃には、エルフの住まいに甘い匂いが漂っていたのでした。


エルフ「ん!?…美味い!なんだこれは?ただ小麦粉を焼いたように見えたが」

姫「ふふん、これはマドレーヌと言いまして貴族では定番の焼き菓子ですのよ、ふふふーん!」

エルフ「む、むぅ…これはなかなか、美味い」


素直にお菓子の腕を褒められて、姫はいつも以上に偉そうに踏ん反り返っていました。

その様を見て、台所の異臭騒ぎくらいは覚悟していた勇者も面食らってしまうのでした。


しかし、そこはまあ結果オーライということで、

二人は今晩の宿と、剣の修理の当てを確保したのでした。


その夜、二人が寝静まった後
エルフの少女はカマドの前にいた。

他人を止めている時に、自らも寝る気にはならなかったのだ。


彼女が手をかざすと、魔法のような力で火の気のないカマドに突如として炎が舞った。


十分に温度が上がったところで、彼女は二つの剣の破片を熱し始める。

破片がドロリとしてきたところで取り出して、二つをくっつけるように合わせ、ハンマーで叩いた。


そうして叩きつつ、途切れた魔力の繋ぎ目をエルフのもつ魔力で縫い合わせるように集中した。

何度もハンマーを振るったのち、完成したものは
まさに、神とエルフの魔法のハイブリッドともいえる代物となったのだった。


姫「zzz……むにゃ、トンテンカンコンと、ウルサイですのぉ…zz」


翌朝、夜が明けた頃にエルフが掲げたその剣は
朝の陽光を浴びて、傷ひとつないその姿で、以前より一層輝いて見えた。


エルフ「………ねむ…」


勇者「いやあ、ありがとうございます!こんな立派な剣を誂えてくれて…なんとお礼を言ったものか…」


エルフ「…そういうのいいから、さっさと行きなよ…ほんでちゃっちゃと世間を平和にしてきなさいな……ふぁあ」


姫「まあそう言ってるのだから、こちらはもうビタ一文払うことは無いんですのよね?」

エルフ「人間の金なんていらないけど、お前のことは一発殴るべきかなとは思う」

姫「まっ!口の減らないこと!」


勇者「はいはい…ちょっと向こう行っててくださいっと、本当にありがとうございました、エルフさん」

勇者はそう言うと親愛の気持ちを込めて、握手のために手を差し伸べた。

エルフの少女は、その様を一瞥すると、ふいっと振り返ってさっさと家の中に入っていってしまった。



エルフ「…役に立てたのなら、それでいいよ…でももう二度と来るな、人間」

勇者「……そうですか、分かりました」

姫「頼まれたって二度とこんなとこ来るもんですか!」


宙ぶらりんのその手を引っ込めて
勇者たちはまた、旅を再開した。

一路、あの遠くに見える霊峰、山脈を目指して。


姫「まったく、あんな捻くれて偉そうな輩は近いうちに追い立てられて遠くへ飛ばされてしまうでしょうね!確実に!」


勇者「…あぁ、貴方みたいにですか?」


姫「そうそうそう、ってこら!なに余計なこと言ってるんですの、もう!」

勇者「そういうの多分、同族嫌悪っていうんですよ」

姫「あんなのと一緒にしないでくださいまし!」



最近ちょっとシビアになってきた勇者なのでした。



日にちは戻り、ほんの少し前。
勇者達はまだ馬車に乗っていて、お姫さまの方はホクホク顏なのでした。

姫「見て見なさいな、この金貨の山!魔王の城で手に入れた宝がこんなに売れるなんてねぇ」


勇者「そうですか、それは良かったですね」

姫「もう、もう少し貴方も喜びなさいよ、これでますます旅も楽になるというものでしょう?」

勇者「そうでした、それはそれはとっても助かりますよ」

姫「ふっふーん、もっと褒めなさい!」

勇者「…はぁ…あれ?」


姫「…?…どうかしまして?」


勇者「……ちょっと、姫さま?」

姫「はい」

勇者「…黒騎士さんの剣が荷台に見当たらないんですけど、どこか知りませんか?」



姫「え?売りましたけど?」

勇者「はぁあっ?!」


姫「そんな叫ばなくても、あんな持ち主の亡くなった剣をいつまでも持ってるなんて縁起悪いじゃありませんの」


勇者「そりゃそうですけど、一応あっても損はないでしょう?」

姫「きっと呪われますわよ?あんな禍々しい剣なんて、そちらの剣だけで十分じゃないですの」

勇者「…まあ、でも」


姫「男がいつまでも愚痴ぐち言うもんじゃありませんわ、そんなことでは株を下げますわよ」

勇者「………」

じゃあ姫の発行株式は連日ストップ安ですね、とは言わないでおく勇者なのでした。


この直後、二人はゴーレムに襲われて命からがら逃げたせいで、馬も金貨も置き去りにする羽目になるのでした。


物語の主人公である勇者と、ヒロインである姫の二人は
遥か雲を突き破る山々を目指して、

そして今、日が天辺を過ぎた頃に、そのふもとに一番近い村にたどり着いたのでした。


勇者「もう…!疲れましたよ!もーっ!」

姫「だらしないですわね、そんなにへばって竜が倒せますの?」


勇者「そんな、ひとにおぶさったままでよく言えますよね、あなたは…」


勇者は、馬がいなくなってしまったので、ここまで姫を背負って歩く羽目になっていたのでした。


姫「はいはい、では着いたことですし降りてあげますよ」

勇者「……恐縮ですね、ホントに」

石畳の上に姫を降ろして、勇者はようやく身が軽くなる思いがしました。


勇者「とりあえず宿行きましょう宿!もう疲れて倒れこみそうですよ!」

姫「まぁ、それより私は喉が渇きましたの、行くならば酒場でしょう?」


勇者「行くなら一人で行ってください、幸いこの辺は人っ気の少ない田舎町ですんで、そう治安も悪くないでしょう」

姫「……ふむ、それもそうですわね、まあ兎角、私は日中から安宿に詰まる気はないので、行くなら勝手にしなさいな」


勇者「………はいはい」

ようやく考えが一致したのか、
二人は別行動をすることにしました。


とはいえ、かような田舎町です。
酒場といえば宿屋と兼業しているのが普通なのでした。

姫「なぁんだ、結局ですのね…」


勇者「じゃあ私は二階で寝ていますので、適当な所で引き上げてくださいよ」

姫「ええ、そちらも部屋に娼婦なんぞ呼ばないようにね」

勇者「………」


疲れすぎて、勇者は頭に反論の言葉も浮かべることもできませんでした。


ふらつく足取りで階段を上って行く勇者を尻目に、姫は酒場のカウンターに肘をつきました。

目の前には、こちらをしげしげと眺める気っ風良さげな女主人がグラスを拭いていました。


姫「あら主人、ごきげんよう、ワインを頂けませんかしら?」

女主人「…いやいや、ウチは子供には酒は出さないよ、頼むんなら水かミルクにしとくんだな」

姫「……ちっ、しまったですの、いつもは勇者の頼んだのを頂いてたのでした…くぅ」


女主人「どうすんだい?…頼まないのなら大人しく連れの部屋にでも引っ込むんだね」

姫「……じゃあ、ミルクを」


喉の渇きと飢えには勝てず、渋々彼女は注文をするのでした。


冷たいミルクをチビチビと啜りながら
姫は店内の方を見回してみました。


まだ昼間ということで、客の影もなく
代わりに、その暇を使って店員が一人、

テーブルや床を掃除するのに働いているばかりなのでした。


姫「……むう、やっぱりお酒がないとやってられませんの、どうせ安酒なのでしょうけど」

女主人「あんたね、文句があるなら外に出てってもらうよ」

姫「……ぐぬぬ」


姫は、女主人への鬱憤を晴らすように、先の店員の方を睨むのでした。

前屈みになってテーブルを拭くと胸の先がテーブルに押し付けられるほど胸部は豊かで、そのくせくびれはしなやか

袖から伸びる白い腕も、芯が通っていて贅肉もなく、シャープな印象をもちます。

銀の頭髪に布をかぶって、姫の視線を気にして顔を伏せる様はひどく怯えているように見えました。


姫「………」

店員「………ぅ」


彼女も、何か引っかかるようなものを覚えつつも、グラスに残ったミルクを一思いに飲み干しました。


姫「……店主?一つ聞きたいことがあるのですけれど、よろしいかしら」

女主人「なんだい?…あいにくウチは安酒しか置いてないよ」


姫「あの店員は、この村の出身ですの?あの髪色はこの辺りでは珍しいと思うのですけれど」

店員「………」


女主人「ああ、あの子ならね、あたしがだいぶ前に山に入った時に河原で倒れてたんだよ、ずぶ濡れの傷だらけでね」

姫「…ほうほう」

女主人「そこをあたしが拾って介抱してやったんだけどね、起きてみるとこれがまた、記憶も何も覚えちゃいないときた」


姫「まあ、ベタですのね」

女主人「それで行く当ても帰る先も無いってんだから、ここに置いてやってるんでわけよ」

姫「なるほどなるほど」


女主人「まあ、私の若い頃には負けるけど見かけも悪くないし、あれで酒樽をひょいと持ち上げちまうくらい腕っ節も強いもんだから、役にはたってるよ」

姫「……へえ、それはまた大したものですのね、ふぅん」


そこまで聞くと、姫のほうはもう興味も失せたのか、ミルクの代金を置いて階段を上がって行くのでした。

実にこの姫さま、金勘定は好きでも人を覚えるのは不得手のようで
階段を登り終えた頃になっても、今一つ見当ついていないのでした。


店員「……?」


姫「ちょっと勇者!中から鍵を開けてくださらない?」


ドンカチドンカチと、姫が部屋の扉を叩くと、中から眠気に顔を曇らせた勇者が出てくる。

勇者「鍵ならあいてますよ、どうせ私しかいないんだから…」


姫「あら、それもそうですわね…ならそう言ってくださればいいのに」


勇者「どうしたんです?下の酒場で一杯引っ掛けてるんじゃないんですか?」

姫「それがここの店主がひどくケチんぼでしてね、それに店員も…」


勇者「?……店員?」

姫「……えっと、その方の胸が…非常に豊かなので、あまりにその扇情的すぎて…目に余ると思いまして、ええ」

勇者「ああ、嫉妬ですか、あなたは無い乳ですもんね」

姫「はっきり言うんじゃありませんのっ!折角人が言葉を選んでいましたのに…」


眠りを妨げられたせいで、勇者は普段の気遣いもまともできていませんでした。

勇者「…にしても、そんな嫉妬するほどの方なら一度お目にしておきたいですね」


姫「やめておいた方がいいですわ、なんでも酒樽を片手で持ち上げてしまう上、腕の一振りで丸太を真っ二つにしてしまう化け猿のような女らしいですの」


勇者「それはいい、それなら山を登る時に同行してもらおうじゃありませんか…ふぁ」

そこまで言うと、勇者は力尽きてベッドに倒れこんでしまい、再度眠りに陥るのでした。


姫「……私も一眠りしましょうかしら、どうせ何もない村ですし、お金は落とすし…むぅ」


次に勇者たちが目を覚ましたのはすっかり日が沈んでからだった。

腹の虫と酒場の騒ぎ声で眠気が薄れたので
漏れ注ぐ街灯と月明かりの薄暗い中で二人は身を起こした。


姫「…お腹空きましたの」

勇者「ですね」

この空腹感ばかりは、互いに同感せざるを得ないのでした。



階段を降りて行くと、お客達と楽しげに談笑する女主人の声が聞こえてきた。


客「お?そういや今日はあの店員の子の姿が見えねえけど、どした?」

女主人「あぁ、あの子ならね、今日は昼当番だから今夜はいないよ」

客「ちぇ、なんだぁ、こちとらあの子目当てで来たってのによ」


勇者「へえ、どうやら当てが外れたらしいなあ」

姫「ふふん、結構じゃないですの」

階下の酒場は昼間とは打って変わって、人で席は埋まっており、店員も複数人いて、本来あるべき人の熱気で溢れていた。


女主人「なんだいなんだい、どいつもこいつも若い子が目当てってことかい?まったく失礼するねえ」

客「あはあははっ、悪いねぇ、こっちもどうもあの胸にばっかり気が取られるもんでねぇ」

客「ありゃ卑怯だよなぁ、男は抗えねえってもんよ」


その言葉で、男たちの笑い声が一層高まった。

実に楽しげだったが、王族の姫さまにしたら下品にしか聞こえないのだろう、表情は渋くなる一方だった。


姫「ま、関係ありませんけど、さっさと料理だけもらって部屋にでも引き上げましょう」

勇者「そうですね」


姫「ちょっと?」

女主人「あいよ、なんだあんた達かい、夕食でもご所望で?お嬢様」

姫「ええ、その下世話な話をやめて、早く用意してくださる?」

その言葉に一瞬空気が凍りついたように思えたが、本人はてんで涼しい顔をしている。

その連れ人も、少しも気にする気配もなかった。


勇者「………」

別に、このお嬢さんの言動に慣れた訳でもなかったのだが
それ以外に気になることがあった。

首筋がひりつくような気配、何かに意識を向けられているような気がした。


女主人「それで?定食なら魚と肉とどっちがいいんだい?」

姫「鳥肉のを持ってきなさい」

勇者「…?」

そうこうしていると、屋内の喧騒の向こうで、何か雨音のような音、

または、砂粒が木板に当たったような音がした。


勇者「…なんだ?」

姫「野菜と果物も多めで、あら?ちょっと、どこ行くつもりですの?」


彼はその音につられるようにして、酒場の外へ出た。


勇者「あっ!」

店の外には、いつか会った、あの黒く大きな馬が、まるで勇者を待っていたかのように佇んでいた。

さっきの音はこの馬が蹴り上げた土が壁にでも当たった音なのだろう。


勇者「…いったいなんだってこんな時に、偶然だろうか、しかし…?」


その時、馬の匂いに混じって勇者の鼻を突くツンとした匂いがした。

昔、倉庫に置いておいた豚の屠殺体に虫が湧いたときの匂いに似ている。そう彼は思った。

見れば、馬の体は泥にまみれ、怪我をしているように見えた。


勇者「おい、何かあったのか?…もしかして」

姫「……一体何があって急に…あら?」


馬は彼の言葉に一息いななくと
まるで肯定するように首を縦に振った。


ここまでにしよ。この後どうするかな…

黒騎士の扱いが面倒だ…
姫さんに関しては結構楽しく書いてますよ、ハルヒ見てる感覚に似てます。


おぼろげな夢の内容はそんなことばかりで、
今の彼女にはどういうことだったのか、理解が及びませんでした。

何も思い出せず、ただ思うことといえば、人を殺すのは悪いことだよね、そういうことだけなのでした。


店員「……それにしても、あの人、すごい睨んでいたけれど、なんだったんだろう」

仄かな外灯の明かりに照らされた夜道を、買い物袋を抱えて、彼女はひとりごちた。

まるで視線で射殺さんばかりの気配で、こちらを睨んでいた女の子

その顔を見ていると、やはり不安になるというか、言いようもないもやもやといた感情が、心の内に湧き上がった。


店員「なんだろう、この気持ち……私はあの子の、何かを知ってるのかな?それとも」

そうやって幼い顔を鹿爪らしくして、考えを深く巡らせてしまったせいで

彼女は夜闇のなか、道を外れたことも
鼻先に漂う、その刺激臭にも気づくのが遅れてしまった。


店員「…うっ、何だろう…何処かに動物の死体でもあるのかな…?」

ようやくそのことに気がついた瞬間
彼女にむかって幾本も腕が伸び、その体をがっちりと拘束した。


店員「!?!?…ぁ、んぐ?!」


その腕に抱いていた袋を邪魔っ気とばかりに払いのけ、

とうとう口まで塞いで、腕の先の茂みの中に引き摺り込んでしまった。

指先が何かを掴みたくてもがいて
しかし、その甲斐もなく、空を切るばかりなのでした。



店員「…ぐ、ぅあ」

地面に倒れ伏して、見上げた先にあったものは、肥えた男の体と醜怪な顔面

それらが、連連と少女の周りを囲い込んで、下卑た笑いを浮かべて見下ろしている。


オーク「げひっ、とんだ田舎だと思っていたけんど、まぁまあの若い上玉が転がってるモンだなが」

オーク「ぎひひびび、こいつはいい、旨そうな体をしていやがる」


穢れた牙の隙間から舌をのぞかせ、ドロリとしたヨダレを垂れ流す、野蛮な下衆そのもの
オークの中でも、特に下級の輩どものようだった。


オーク「やはりいい、肉は若いに限る、熟れたものもたまにはいいけどな」

オーク「ああ、フレッシュなのがええよなぁ~」

オーク「オレぁもうちょい太らせた方がええだがなぁ」


彼女は、自身も持て余すその体を男性の好機の目に晒されることにはいい加減慣れていた。

というより、どの男も彼女が酒樽を二、三個まとめて持ち上げる様を見れば、否が応でも畏怖してしまうのだった。

なので、彼女はまだ、ここの村でも平和に暮らしていくことが出来ていた。


店員「ひっ…」

オーク「ぎひひはは、がははぁ」


しかし、彼奴等の視線は
やはり、明らかに人のそれと比べ、相当に異質なものであった。

オーク「ぎひ…そんなもの、串に刺して焼いてしまえば、どっちも同じだろうが」



オーク「俺は頭だ、脳みそを吸い出して舌で目ん玉を転がしてから噛み潰す」


オーク「手足は筋張ってて固そうだな、細いしよォ」

オーク「…あー、だが乳房の脂肪はよく溜まっててウマソウダぞ」

オーク「そうかァ?」


オーク「内臓は川に持って行って洗わねえとよぉ…」


店員「っ!?んんーっ!!?んーっ!」


口を塞がれて、行き場を失った悲鳴が
細く鼻から抜け出て、誰にも聞こえることなく空中に消える。

いくらもがいても、然しも力のある彼女とて、数匹がかりでは太刀打ちかなわない。

オーク「…うるさいぞ、この牝のくせして」


毛むくじゃらの拳が一発、彼女の脳天を撃ち抜いた。
また夢に出てきたような、それよりも酷い嘲笑と侮蔑の言葉を浴びせられながら

その意識が遠のいていく。


店員?「ぎっ…ぅげ…ぇ」

オーク「ちっ、まずは…この邪魔なでけえ脂肪だまりを切り取るかァ…」

オーク「あァ…んぁ?なんだありゃあ」


霞んでいく意識の向こうで、遠く

聞き慣れた馬の痛々しい悲鳴と、
黒い鎧をまとった誰かの後ろ姿が幻影のように浮かんでいた。



ーー
ーーー

姫「全く、どうしてこの私がこの女の体を拭いてやらねばなりませんの?」

勇者「仕方ないでしょう?オークの返り血ですっかり汚れてしまって、男には拭けないところもありますし…」


姫「うげえ、ねっとりねとねとしますの!キショいキショい!貴方がおやりになってくださいまし!」

勇者「無茶ですよそれは…大体、あなたが最初に気づいていればこんな事には…」



?「………う、うぅ…ん」

清潔なシーツにくるまれた感じがする。
ここはどこだろう、ウトウトとした頭で彼女は思った。


姫「あ、気がつきましたの、退散しましょっと」

勇者「もう、いきなり殺すようなことはしませんよ、彼女はきっと」

姫「どうだか」


?「…殺、す?…一体なんの話をしているんですか?」

勇者「えと、何から話したものか、私や彼女に見覚えはありますか?」


彼女は、二人の顔をぼんやりと見つめ
そして、首を横に振った。


勇者「……ダメか」

姫「んなこと言って、油断させて後で私の寝首をかこうという算段ですのね?きっと」

?「そんな、こと……うっ」

勇者「ああすいません、一気に尋ねてしまって…まずはゆっくりして、傷を治していかないと」

?「…は、はぁ」

みると、彼女の体には細かい怪我を幾つも治療した跡があり
頭にはこれ見よがしにグルグルと包帯も巻かれていた。


勇者「医者も、あまり激しく動いてはいけませんと言ってました」

?「は、はぁ」


勇者「また今度、ゆっくり聞きにきます、今は養生してください、それでは」

姫「ごめんあそばせ、ですの」

勇者「あなたは、ちゃんと体を拭いてあげてからですよ、こんな時くらい役に立ってください」


姫「ちっ!」

?「………」



その後も勇者は彼女の元へ足繁く通い、少しずつですが話を続けました。

しかしながら、彼女の記憶が戻ることは、残念ながらありませんでした。


姫「なんと、では私が貴女をオークの手から助け出したことも?わたくしがこう、ばったばったと薙ぎ倒して…」

?「はい…ごめんなさい…」


勇者「おいコラ、あんまり刺激の強いことを言わないでください」

言うまでもありませんが、それをどうこうしたのは勇者なのでした。

彼は馬とともに駆けつけ、事態を見るや否や、怒りのままに剣をふるって、滅茶苦茶にオークの体を切り刻んだのでした。


姫「まったく、見てるこっちまで恐ろしくなるような形相でしたの…」

勇者「あれは恐らく、魔王配下の生き残りでしょう、各地に散っていた者が流れてこんなところにまで」

姫「なるほど、ではあれは貴方が打ち漏らしたせいなのですね」


勇者「いや、まあそうとも言えるんでしょうけど」

姫「そう言った意味では、貴方が悪いとも言えますよね、貴方の責任ですの」

勇者「……ぇぇ…」


それはともかく、彼女の記憶が戻らない以上、もはや出来ることはありませんでした。


ならばと、もはやここに足を止める必要も無いわけで
目的の山脈登頂への準備をすすめることにしました。


勇者「せめて彼女の剣が手元に残っていたら、まだよかったんですけどね」

姫「…ええ、そうですわね」

勇者「………こいつ」


防寒具、登山用装備、水に携帯食料、手に持つとズシリと重いそれらを、部屋に並べて用意した。


勇者「…これ、半分くらいは持ってくれますよね?」

姫「ヤですの、こんなもの持って山登りなんて、お弁当とランチョンマットだけ持っていけばいいのではなくて?」

勇者「ハイキングじゃないんですから!…無理です」


取り敢えず、途中までは馬車で行こうということで、村の人に馬車を出してもらった。

村の茂みに潜んでいたオークを退治したお陰で、勇者も少し恩を感じてもらえているようだった。

御者が揺らす馬車の荷台で、装備の点検をしていると
見知った顔が道の端に見えました。

馬を止めてもらい、彼も荷台から道に降りた。

?「……こんにちは」

勇者「あれ、もう起きて大丈夫なんですか?怪我は」


風体も、包帯や湿布もすっかり取れてもうすっかり治ったように見えた。

?「はい、もうすっかり、ありがとうございます」


勇者「いいえ、無事でなにより、今日は見送りに来てくれたんですか?」

?「はい、あ、いえ…えっと」


彼女はそう言い淀むと、脇に抱えた荷物を見せてきた。

果たしてそれは、女物の防寒具で、やはり色は黒だった。


?「私も、あなたの旅に連れて行ってください!」

勇者「え?!」

姫「………」


?「わ、私、荷物持ちくらいなら自信がありますし、自分の身くらいなら守れます!」

勇者「えぇ、それでも危ないですよ?!相手は竜なんですから」

?「最悪見捨ててもらっても構いません!覚悟は出来てます!」


姫「いいんじゃありません?…あなた、あの店主には言ってありますの?」

?「お店の方にはお暇をもらってあります、お願いです、私に恩返しをさせてください」


勇者「……っ」


勇者が、鞘から抜いた刃を目にも留まらぬ速さで振りかざし、切っ先が彼女の眼前で急停止した!

?「………」

その間、彼女は瞬きを乱すことなく、彼の双眸だけを見つめていた。


勇者「………」

姫「…また、古臭いことするんですのね、貴方も」


勇者「…分かりました、連れていくだけです、出来るだけ危険の内容にしますから」

?「はいっ!ありがとうございます!」

勇者「いいえ、こちらこそ助かりますよ、黒騎士さん」


姫もこの時、これで自分の分も荷物が軽くなるなぁと考えていたのでした。

黒騎士?「はい、まだ自分ではその名前は、実感もないんですけど…」


こうして、少しだけ重くなった荷馬車が
霊峰へと至る緩やかな坂道を、ようやく登り始めたのでした。


勇者「ぐぁああああああっ!!?」

黒騎士?「勇者さんっ!!」


姫「何てことですの!何万という竜どもを倒してここまで来たというのに、親玉の竜王がここまで強いなんて!」


ここまでの道のりの疲れもあるが、竜王の強さは勇者の予想を遥かに超えるものだった。

鋭い爪と牙を振るって敵を寄せつけず、背に生えた四枚の翼で氷雪まじりの強風を起こし

果ては口から吐き出す火炎によって勇者を傷つけて苦しめた。

鈍重な動きだか、難攻不落のその様は
まさしく動く要塞と言えた。


竜王「どうした?もう降参か?勇者よ、されば貴様らの命はないぞ!」

勇者「くっ…そぉぉ…」


竜王「ぐはははっ!この高地にまで来て、ただの人間が竜族の王に勝てるはずもなかったのだよ!愚かだったなぁ」

姫「卑怯者!恥知らず!まったく失礼しちゃいますのー!」

黒騎士?「……くっ、勇者さん」


勇者「だ、大丈夫ですよ、黒騎士さん」

黒騎士?「…で、でも」


膝をつくことなく、不動のまま勇者は剣を掲げて、竜王に立ち塞がった。

勇者「…は、前とは立ち位置が逆になりましたね」

黒騎士?「……え」

勇者「……く、黒騎士さんのことだけは、なんとしても、守ってみせますから!勇者として!」

黒騎士?「……勇者、さん」


姫「………」


姫「…あれっ?」


黒騎士?「………」


勇者「さあこい!まだ私は倒れてはいないぞ!」

竜王「減らず口を、死ねえっ!!」


吠えかかる竜の王と勇者が吹雪の中、対峙する。
まさに一触即発、そのさなかに

黒騎士「………はっ」


飛び出す影があった。

勇者「えっ!?」

黒騎士「勇者様、私が何とかして敵に隙をつくる!その間にあなたが!」

勇者「待ってください!そんな!」


竜王「げはは!雑魚が二匹に増えようとしれたことだ!雌のくせして!」

姫「………」


竜王が浴びせかける火炎の奔流に、黒騎士の体が飲まれた。

勇者「黒騎士さんっ!?」


黒騎士「…くっ、い、言ったはずだ、私の言葉で、覚悟はしてきたと!」


燃え散っていく彼女の服の下から、いつの間に調達したのか、発破用のダイナマイトを大量に体に巻きつけているのが見えた。


黒騎士「女だと思って油断すると痛い目を見るぞ!竜王!!」

竜王「なっ!?」


彼女の体が竜の懐に入り込んだ瞬間、
火薬の炸裂とともに、敵の血肉諸共爆散してしまった。

竜王「ぐっ、…に、人間のくせして、この王を道連れにしようとは、この」


勇者「キサマァァァァアアアアアっ!!!」


態勢を立て直そうとする竜王の体を
勇者の剣が肩口から横っ腹に向けて袈裟に斬り通した。

竜王「がっ!?…こんな」


真っ二つになった体の内臓から炎が噴き上がり、自身の体を焼き尽くすまで蹂躙、

あえなく、竜王は絶命した。

残ったのは、死体だった灰だけ。

どちらのものとも区別のつかない灰塵が山の強風に散っていった。


勇者「う、うぅ、そんな……こんなんじゃ」

姫「………」


流石に爆散したところをみると、今回はフォローの言葉も出ない姫なのでした。


穏やかになっていく天候の中、二人になってしまった一行は、項垂れた空気のまま山を下った。


かける言葉もないまま、黙々と歩を進める日が続き

この旅も、とうとう終わりかのような空気が漂っていった。


それもいいか、もう十分だろう
どちらともなく、そんな言葉が口をつきそうになった頃に


姫の方が、一つの事実へと思い至った。


姫「そうです!次は地獄行きでしたわね!」

勇者「………は?」

姫「だから!次の目的地は地獄でしょう?だったら彼女だっているかもしれませんでしょう?」


勇者「それはそうですけど、悪い人ならいざ知らず、黒騎士さんに限って地獄行きなんていうのは…」

姫「いやぁ、案外ですのよ?」

勇者「……はぁ」


イマイチ気の乗らない勇者でしたが
姫の言葉のままに、なんとか次の目的地

地獄王の居所へと向かうのでした。


勇者一行、地獄の地目前にて

黒騎士「こ、こんにちは…あの」


姫「ほらね」

勇者「えぇ~、いるんですか?!黒騎士さんも」

黒騎士「はい…どうやらこっちに流れたようで」


地獄: 死に落ちた悪人の魂が、火山のマグマにまみれて大地へと溶け還っていく、贖罪の土地。


その手前の川、三途の川の岸辺にて、勇者は三たび、彼女との出会いを交わすのであった。


黒騎士「どうやら、最後の死に方が自殺に部類されたようで、ここに呼ばれたのでしょう…」

勇者「それくらいで、地獄落ちなんですか?そんな」

姫「神様も自殺は許さないって、聖書にも書いてありますでしょう?常識ですわよ」


偉そうに言うその態度に、ややカチンとくる勇者でしたが、
そんなことも流せるくらいの不意打ちな遭遇だったのでした。

死装束が川辺の水気に濡れて、いかんともし難い感じに


姫「へえ、やっぱり死に体だと下着は来てないんですのね」

黒騎士「うにゃあっ!?み、見ないで!…この、愚姫のクセして」


勇者「見てません、見てませんよ!」

姫「…ふふんっ」


この勇者一行の旅も、もう少しだけ続きそうです。

ですが、今回はここまで。



勇者「うわ、ほら見てくださいよあれ、みんな地獄行きの舟待ちなんですかね」

一行の目の前に、川岸にズラリと並ぶ死者の魂の群れがあり
それを監視するかのように鬼の類が行ったり来たりしていた。


姫「ホントですわね、まあ、なんとも汚らわしいですの」

勇者「よく見ておいた方がいいですよ、姫もいつかはあの列に並ぶんですから」


姫「ちょっと!それどういう意味ですの!?」

黒騎士「……ぷっ」

姫「きっ!現在進行形で並ぶ人にまで笑われる筋合いもないですの!」

勇者「はいはい…」


終わり。

100いったか、途中完全にダレてたけど

初日の朝はすごい面白いと思って書いてたのに折り返しで怠くなるパターン…。

読ます気のない文章をここまで読んでくれた人がいればありがとうございます。

依頼だします。

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