男「ミートボールさんは空を仰ぐ」 (25)
夏も近付いてきたある昼日中。
教室の窓から見える入道雲が、エッチな形になるのを待っていた。
待てども待てどもエッチな形にはなってくれなかった。
キミにはがっかりだよ、クラウドくん一一と、雲を執事のようになじってみる。
「バレーボールしようぜ」
ジャガイモ料理バンザイなジャガイモ伯爵が言った。
あだ名はジャガーだ。
「アトムごっこがいい」
俺は男子がバレーボールするなんて恥ずかしかったので、鉄腕アトムごっこを提案した。
アトムって凄い。
馬10万頭分のパワーが出るんだもん。
ごめん、嘘です、アレ電力だから。
「……」
無口なナイスガイ一一カメラ画伯が参加したそうにこちらを見ていた。
彼にはお茶の水博士がお似合いだろう。
ジャガーは迷うことなくアトムごっこを選んだ。
「じゃ、俺プルートゥな」
「なら俺はアトムだ」
「……」
カメラ画伯が携帯の画面にお茶の水博士を映した。
うん、似合ってる似合ってる。
俺たちは4限目を間近に控えた状況で、アトムごっこに興じた。
10万馬力でジャガーを殴るの超楽しい。
ジャガー横田は100万馬力だから勝てる気がしない。
遊んだ結果、教室の窓をブレイクしてしまった。
こりゃイカン、先生に怒られる。
思った直後、委員長が先生を呼んでしまった。
委員長ってズルいよね。
先生を呼ぶ召喚魔法に遣うMP0だもん。
「何してんのお前ら……」
先生の俺らを見る目は濁った海面のようだった。
「て、鉄腕アトムごっこです……」
「何で? 2014年のこのご時世に何で鉄腕アトム出てくるの?」
「ジャガーがバレボやりたいって言い出したので」
「言ったのか?」
「言いました。けど俺はアトムごっこがしたくなったんでコイツの方にノりました」
このあとメチャクチャ怒られた。
ゼクロスだかウィクロスだかにはならなかった。
委員長が勝ち誇ってたのが妙に腹立たしかったけど、何でか興奮した。
俺はMなのかもしれない。
お説教のせいで4限目には参加できなかった。
でも世界史の授業だから参加しなくても大丈夫だろう。
ジャガーは言い訳をして説教を引き延ばす作戦で、授業をサボるのに必死だった。
俺も暗黙のうちに作戦に参加した。
カメラ画伯は我関せずだった。
「……もういい、帰れ」
「うへーい」
「って、あとちょっとで昼休みじゃん。ジャガーは昼どうする?」
「激おこぷんぷん丸な画伯のご機嫌取っておく」
「そうか」
カメラ画伯は基本的に画像で会話する。
スケットダンスのスイッチにインスパイアされたそうだ。
基本は無言で、何かを伝えたいときはメールに画像を添付する。
ご機嫌だとエッチな画像をくれるのだ。
しかもほとんど重複しないから、画伯を喜ばせると新鮮なエロ画像が貰える。
「ジャガー、メシは食わないの?」
「早弁したから遊んでる」
必然的に俺はぼっちメシになった。
何これ寂しい。
シクシクしながら、俺は妹が作ってくれたお弁当を手に階段を上る。
じめじめしてて気持ち悪い。
やがて屋上のドアに差し掛かった。
誰かいるなら鍵を閉めてイタズラしちゃおうかな?
「うん、可哀想だからやめとこう」
ノブを半回転させ、日差しの増した屋上に出た。
校舎の屋上から見える海からの風が潮風を運んでいた。
弁当がしょっぱくなりそうだ。
砂と土を被った屋上に人の気配はなかった。
なんだ、鍵閉めても良かったじゃないか。
「……もう説教は終わったの?」
「委員長……ここで会ったが100年目だな」
「うん、1時間ぶりだね」
カッコいいセリフがちょっぴり台無しになった。
悔しいので、彼女の隣に陣取って弁当を広げた。
「……近い」
そう呟き、委員長はお尻1コ分だけ離れた。
ふむ、安産型だな。
会話もないのもアレなので、質問タイムに入ってみた。
「ごはん派? パン派?」
「ごはん派」
「猫?」
「犬」
委員長は淡々と答えた。
「ケセラセラ?」
「レットイットビー」
「軍手?」
「ビニール袋」
委員長は2択の片方だけ聞いて即答する。
心でも読まれてるんだろうか?
どうしよう、2次元フェチだってバレたら恥ずかしい。
ふと横眼で彼女の弁当箱を見た。
ミートボールが全体の4分の1を占めていた。
「肉の玉が好きなのか」
「言い換えて」
「お肉の玉々を頬張るのが大好きなんだね」
「死ね、サナダムシ」
解せぬ。
それからの会話はなかった。
さっきまでのも会話じゃないけど、トークはさせて貰えなかった。
よほどミートボールを悪く言われたのが気に入らないらしい。
お詫びにシュウマイを献上した。
グリーンピースが帰ってきた。
ウェルカムホーム。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
「アンタが作ったワケじゃないでしょ」
「シュウマイは喋れないから、つい」
「ぐっちゃぐちゃに噛み砕かれたもんね」
「明日から食べられなくなるからやめて!」
スカートの汚れを落としながら立ち上がる。
彼女の細い影が俺の影に重なった。
「いつもここで食べてるの?」
「うん、食べてる。キミは?」
「ジャガーが画伯のご機嫌取りに必死だっただけ。だから今日は特別」
「画伯は怒ると怖いの?」
「怒るとグロ画像送ってくる」
「そりゃダメだね」
「女の子と巨大な虫がアレしてる画像は逆に興奮した」
「わかった、黒板に書いとく」
「人生終わっちゃう!」
委員長は立ち去った。
よし、今日からミートボールさんと呼ぼう。
教室に帰ると、画伯はミレニアム眼鏡を装備していた。
2008年のだった。
心なしか嬉しそうに見えたのは気のせいだろう。
画伯の命中率が3%くらい上昇してるだけだろうし。
「ジャガー、画伯はどうだ?」
「サナダムシの画像が来た。見る?」
「流行ってんの?」
「何が? ミレニアム眼鏡?」
「サナダムシ」
「来て欲しくないブームだな」
「うん」
画伯からメール一一もとい、画像が送られてきた。
サナダムシの画像だった。
どうやらお気に召したらしい。
結局今日は画伯からエッチな画像は貰えなかった。
サナダムシは10枚くらい届いた。
全て別のアングルだった。
もういいだろ、サナダムシブームよ、過ぎ去ってくれ。
***
家に帰る。
小さな靴が玄関に並んでいた。
リビングで妹が偏差値の低そうな雑誌を読んでしきりに頷いていた。
「面白いの?」
「為になるよ」
「お兄ちゃんでも使えるネタある?」
「………。女装すればなんとか」
なら頑張らない人生を歩みたい。
「弁当箱、出して。洗うから」
「じゃあ手ぇ洗ってくる」
「足も洗っておいで」
「お兄ちゃん、かなりイノセントなんだけどなぁ」
「友達のお姉ちゃんはもっとイノセントだよ」
「どのくらい?」
「白さで言うなら大根ぐらい?」
「お兄ちゃんは?」
「ゴボウ」
弁当箱をバッグから出し、洗面所で手洗いうがいを済ませた。
髪が風でぐちゃぐちゃになっていた。
シュウマイもこんな気分を味わったのか。
再びリビングへ戻ると、妹はエプロンを着けて弁当箱を洗っていた。
家庭的な中学生って素晴らしい。
「……ありがと、妹よ」
感謝の意を込めてあすなろ抱きをする。
ボディブローを喰らった。
「何をする」
「こっちのセリフだよ……」
振り返った妹の顔は、どことなく赤かった。
風邪でも引いた?
腰に手を当て、前へならえの先頭っぽいポーズを取る妹。
もう中学生なのに全く胸が強調されない。
可哀想だ。
「晩ごはん何がいい?」
「ミートボール作れる?」
「ハンバーグじゃなくて?」
「ミラノ風にしてくれないだろ?」
「頼んだこともないクセに」
「ミラノ風はあるのか」
「ググるから時間ちょうだい」
ググった結果、あった。
ありがとう、グーグル先生。
今日の晩ごはんはミートボールとミラノ風ハンバーグになった。
ヒャッホウ! という気持ちを、妹への抱擁で表した。
物凄く怒られた。
妹は思春期のようだ。
***
「自家製ミートボールです」
「……は?」
翌日の昼休み。
屋上へ行くと委員長ことミートボールさんは昨日のようにお弁当をつついていた。
ちなみに今日はジャガーも一緒だ。
「食べたい?」
「いや、別に……」
「ジャガーは?」
「くれるの?」
「3回まわってワンと鳴け」
トリプルアクセルのあと、アンと鳴いた。
ワンじゃないからあげないことにする。
妹が作ってくれたミートボールを頬張りながら、ジャガーに訊ねた。
「画伯からエッチな画像貰えた?」
「オフェンスが女の子の画像なら」
ジャガーは基本Sだ。
だからディフェンスは性に合わないらしい。
「……何なの?」
ミートボールさんが30cmくらい離れた。
この開き方は普通にへこむ。
「エッチな話だよ」
「先生に言い付けるよ?」
「自力で解決しないと自分のためにならないんだぜ?」
「エッチな話で盛り上がってる男子に言われても……」
ごもっともだ。
「ねぇ委員長、もしかして友達いないの?」
「おいジャガー」
ずけずけと言ってくれるな。
ミートボールさんがぼっちなのは明白じゃないか。
きっと気にしてるぞ。
「……いらないだけ」
「俺とシュウマイは?」
「シュウマイ?」
「コイツだよ。月水金は弁当にシュウマイ入ってるから」
「ハロー、昨日キミに噛み砕かれたシュウマイだよ」
「ふーん? じゃあもう頭にグリーンピース載せないでね。美味しくないから」
「グリーンピースを馬鹿にするな! シュウマイは馬鹿にしていいけど」
ジャガーはジャガイモ以外に緑黄色野菜も大好きだ。
だからそれを踏まえた上でセロリをこっそり彼の弁当箱に入れておく。
「あれ? 今日セロリ入ってたのか」
「どうした?(棒)」
「母ちゃん、俺の弁当にセロリ入れてたっぽい。嫌いなのに」
「そっか。そりゃドンマイだな(棒)」
ミートボールさんは我関せずとばかりに空を仰いでいた。
「じゃあミートボールやるよ、ミートボールさんの」
「何で私があげないといけないの?」
「美味しそうだったから」
「ありがと。でもあげないから」
***
今日のお昼ごはんはいつもより美味しかった気がした。
それを報告すべく、足早に家へと帰る。
別にガラスの弁償の話が持ち上がったワケじゃない。
「ただいまんごすちーん」
ドアを開け帰宅を告げる俺の目に飛び込んできたのは、ミニチュアな靴だった。
妹め、まだお人形遊びをしてるのかい?
いや違うな、これは幼稚園児が履くサイズだ。
「ただいま。誰か来てる?」
「おかえり。叔母さんとその娘さんが来てる」
母の妹である叔母さんと、その娘である姪っ子がそこにいた。
姪っ子は今年から幼稚園児だ。
「よう、姪っ子」
「……やっほー」
「抱っこしていい?」
「んむぅ……やめちくり」
叔母さんと姪っ子は九州にいたせいかちょいちょい九州弁が出る。
どこの警視総監の娘だ。
マリー可愛いよマリー。
「お兄ちゃん、それセクハラ」
「幼女なのに?」
「うちね、もうりっぱな……レディとよ?」
「ほら幼女だ」
「まぁ私らから見たら幼女だけどね」
姪っ子はしょんぼりした。
可愛い、もふもふしたい。
姪っ子じゃなかった、従姉妹だ
ごめんよ
ここからは従姉妹の幼女にする
隔離するように妹が幼女を抱っこする。
持ち上げられた彼女は、それはそれは無抵抗だった。
足なんか、ぷらーんとしてた。
「懐かれてるな」
「母性があるんだろうね」
「母性……!?」
「あぁ、うん。言いたいことならわかってるから真顔にならないで。泣きたくなる」
「おいで、幼女ちゃん」
「んゅ……たしけてぇー」
抱っこすると、猛烈に嫌がられた。
頭や腕をペシペシされた。
愛くるしすぎて死ぬかと思った。
しょうがないので降ろしてあげる。
「お兄ちゃん、前髪がへこんで手形残ってる」
「お兄ちゃんの髪ボリューミーだから」
「おかあさーん……こわかったとよぉ」
※取り敢えず今日はここまで
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