両儀家の日常 (34)
両儀式の場合
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とある日の午後、未那が部屋にやってきた。
「ねえお母さま、お願いがあるのだけど」
私の隣にちょこんと座ると、小さな胸に抱えた本を差し出してきた。
「このお話を読んだことはある?」
どうやら絵本のようだけれど、見覚えは全くない。いいえ、と首を横に振ると、未那は身を乗り出してきた。
「あのね、この本は、パパのお部屋の本棚にあったの。
パパが、これはいい本だから、未那も読んでみるといいよって言って貸してくれて。
それで読んでみたら、パパの言う通り、ほんとに素敵なお話だったの」
良かったから私も読んでみろと言うのだろうか。
そう思っていたら――――未那は意外なことを口にした。
「それでね、この本がとても面白かったってパパに言ったら、
パパが、この本を書いた人がこの街に住んでるって教えてくれたの。
その話を詳しく聞いてたら、すごく素敵な偶然があって――――」
……なんだか、嫌な予感がする。
けれど、私の思いなどお構いなしに、娘は言葉を続けた。
「それでパパから聞いたんだけど、両儀家が所有しているフドウサンの中で、ものすごく古いビルがあるんでしょう?
ええと、ガランの……ドウ、だったかしら。
なんと、その絵本作家さんが、そこに住んでいるんですって。
わたし、ぜひお会いしてみたいの!」
「…………」
――――ったく、幹也のやつときたら。
人の良さそうな笑顔を浮かべ、その背後から尖った黒い尻尾がひらひら踊る――――そんな姿を思い描きつつ、私は思わずこめかみを押さえた。
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数日前のこと。
「式、伽藍の堂のことなんだけどさ」
「うん。家賃の支払いが半年ほど滞ってるっていう話を聞いたんだけど」
「ああ、そうらしいな。心配するな。数日中に取り立てに向かわせるつもりだから」
「いや、そうじゃなくて……その取立て、もう少し待ってもらえないか?」
「なんで?」
「もともとあのビルは、僕が橙子さんから退職金代わりに譲り受けたようなものだし……
まあ、大まかな管理は両儀家に任せちゃってるから、とやかく言う権利はあんまりないのかもしれないけど。
でも、あえて言わせてもらえるなら、家賃の取り立ては待って欲しい」
「だからなんで? おまえ、あそこに住んでるやつを知ってるのか」
「うん、まあ、一応。彼が本を出版したいって言った時に、知り合いの出版社に紹介したり、何度か相談にも乗ったりしてるんだ。
今のところ本の売れ行きはいまいちで、収入もほとんどないらしいんだけど、人間的にはしっかりした青年だと思う。だから――――」
「相変わらずお人よしだな、おまえは。
人間的にしっかりしてるっていうんなら、借りてる部屋の家賃くらい、払うのは当然のことだろ」
「いや、それはそうなんだけど……」
「それに、家賃の支払いはもう半年も溜まってるんだ。
こっちだって半年の猶予は与えてやったってことなんだから、それでも返せないやつはダメだ」
「だから、そこをもう少し長い目で見てやってくれないかな。
もしかするとそのうち、大ベストセラーになるような作品を書き上げるかもしれないし」
「ああ、もしもそんな日がやってきたら、うちの所有してるマンションの一番高い部屋を紹介してやるよ。
でもとりあえず今はダメだ。期限内にきっちり家賃を払うか、身ぐるみ剥いで部屋から追い出すか。
あのビルに入る時に、契約書にサインしたはずだ。約束は守ってもらう」
「追い出すって……式、そこをなんとか」
「だめ。断る」
また幹也のいつもの悪い癖。そんなにあちこち誰も彼もに優しくしていたらキリがない。
こっちは慈善事業をやってるんじゃないんだ。そう思って、私は幹也の言い分を無視したのだが―――まさか娘を使ってくるとは。
未那がお願いすれば、私が言うことを聞くとでも思ってるんだろうか。
「ほんっと……あざとい」
「? お母さま、どうしたの?」
……でも、ちょっとだけ興味がわいた。幹也が、未那を使ってまで庇ってやりたい奴がどんな人間なのか、見てみたくなったのだ。
「ええ……未那がそこまで言うのなら、わかったわ。
ちょうど今ごろ、うちの組の者がそこに行ってるはずだから――――
一緒に行ってみましょう」
「ほんとう? ありがとうお母様!」
久しぶりに訪れたそこは、相変わらずのボロビルだった。
10年の時を経て、それはもう遺跡の類と呼んでもいいくらいの朽ちかけぶりを晒している。
喧騒の中で進化していく街の光景とは真逆に、静かに老いていく灰色の壁。
今さらながら、よくもこんなところに人が住んでいるものだと呆れる。
未那を連れてビルの階段を上がった。外観とは裏腹に、建物の内部は昔とさほど変わりないようだ。
4階まで上がったところで灰色の鉄扉の前に立つ。扉の向こうでは、うちの若い衆が大声を上げて怒鳴っていた。
住人がきっちりと家賃を支払うなら、黙って引き上げて来いと命じたはずだから、どうやら交渉は決裂のようだ。
ま、退去は仕方あるまい。出ていく前に幹也と未那がごひいきの、絵本作家とやらの面を拝んでやろう。
扉を開いて部屋に入る。一瞬、懐かしい風景が飛び込んできた。
住人の趣味なのだろう、見慣れない観葉植物の鉢があちらこちらに置かれているのを除けば、ブラインドや机に応接セットはそのままの位置にある。
刹那、自分が10代の少女に戻ったような錯覚を覚えた。
部屋の真ん中には、うちの若衆が集まって立っている。その中心に、胸倉を掴まれている20代半ばの青年がいた。
こいつが未那の言っていた絵本作家か――――強面の男たちに囲まれて、恐怖でひきつっているその容姿を見つめ――――ふと、あの目はどこかで見たことがあると気付く。
確かに、見覚えがある。いつ、どこで? ずっと昔――――
「……あ」
私の後ろにいたはずの未那が、急に脇をかすめて飛び出した。
「瓶倉先生ですね。お会いできて光栄です!」
胸に抱えていた本を突き出しながら、中央にいる男たちに向かって進み出ていく。
若衆たちは突如現れた未那の姿に驚いて、囲みを解いた。
漂っていた剣呑な空気をものともせずに、未那は瓶倉光溜の前に立つとぺこりと頭を下げた。
「わたし、両儀未那といいます。瓶倉先生のご本を読ませていただきました。
先生の書くお話がどれも素敵で、ファンになっちゃいました。
ご近所に住んでいると聞いて、わたし、ぜひお会いしてみたくて!」
強面に囲まれて今にも袋叩きにあうはずだった青年は、突如現れた少女の姿に目を白黒させている。
両儀家当主の一人娘の乱入に、屈強な男たちは何も言わずにざっと引き下がった。
青年にとって未那の登場は、まさに九死に一生を得たようなものだろう。
でもまあ、残念ながら。
世の中はそんなに甘くない。
すっと部屋の中央に歩み出る。
私の存在にやっと気が付いたのか、青年が視線をこっちに向け――――その顔面が、透き通るほど青ざめていく。
「よぉ、久しぶりだな」
? 爆 弾 魔 ?と、声を出さずに口だけ動かしてみる。
地獄の入口でばったりと死神に出くわしたかのように、青年の瞳が絶望に染まっていくのがわかった。
私としては、こいつの命をどうこうするつもりなんか全くない。
でも、ここまであからさまに怯えていることが、なんだかものすごくおかしかった。
「おまえ、瓶倉っていうのか。あの時は名前も教えてくれなかったっけ」
青年の唇がわなわなと震えている。恐怖で声も出ないというところか。
そりゃあまあ、一度は殺されかかったんだから、怖がるのは無理ないとは思うけど――――
「残念だったな。前回は見逃してやったけど、今回はダメだ。契約を破ったのはそっちだからな。
まぁ、こんなところで出くわすってこと自体、やっぱり殺られる運命だったのかも」
爆弾魔の瞳孔がみるみる小さくなっていく。逃れられない絶望を前に、そのまま崩れるように床にぺたりと座り込む。
その姿を見ているうちに、ふとあることがひらめいた。
「――――――っと、言いたいところなんだけど、おまえ、運がいいかもな。
この平和なご時世のおかげで、この頃うちの稼業も色々と大変でさ。
腕力よりも知恵が回るっていうやつ? そういう有能な人材を集めるのがなかなか難しくてね。
そんなわけで――――うん」
私は言葉を一旦切って、優雅に微笑む。
「ちょうど良かった。うち専属の興信所が欲しかったところでねぇ。
おまえ、そこの所長になれ。得意だろ、そういうの」
「は!?」
いきなりの展開に、爆弾魔は目を白黒させた。
「興信所って、ちょっと待て……いえ、そうじゃなくて、あの、私は絵本作家としての仕事が……」
「絵本の仕事? うん、いいんじゃない。それぐらいだったらオレだって鬼じゃないし、副業くらいは許してやるよ」
座り込んだままの爆弾魔の前にしゃがみ込むと、私はその耳元にささやいた。
「断る権利はおまえにはない。おまえの命はオレが握ってるようなものだからな。
10年前は子供だったから見逃してやったけど、あの時の借りはきっちりと返してもらうぞ」
否定も有無も言わせない。これは一方的な命令。
どうあがいたって無駄だと観念したのか 青年は呆けた表情のまま、かすかに頷く。
私は満足して立ちあがると、傍らにいた未那に声をかけた。
「未那、瓶倉先生は今日からうちで働くことになったわ。
それと、絵本作家のお仕事はこれからも続けられるそうよ、良かったわね」
「ほんとう? 瓶倉先生はこれからもここに住んでいられるってこと?」
「ええ、そう」
ばんざーい! と両手を挙げて喜ぶ娘を横目に、内心こっそりとほくそ笑む。
我ながら運良く使い勝手のいい手駒を手に入れた。
今までこういった仕事は幹也にまわってくることが多く、あいつの危なっかしさにいつも冷や冷やしていたのだ。
これを機に、幹也には探偵業を廃業してもらおう。うん、ほんと、いい暇つぶしの道具……じゃなくて、いい拾い物をした。
途方に暮れた犬みたいに、腰が抜けたままの爆弾魔の姿をもう一度眺めて、私は小さく、くすりと笑った。
硯木秋隆の日常
私の名前は硯木秋隆。両儀家の秘書を務めている。
現在両儀家の当主となっている式お嬢様が10歳の頃からお仕えし、それからかれこれ20年。
現在は秘書の職務に加えて、式様のご息女である未那さまの養育係を仰せつかっている。
先代の式お嬢様に比べて、未那さまは非常に素直で明朗快活な性格で、幼いころから誰にでも好かれる子供だった。
最近では組の若い者たちの間で『マイ天使』などと呼ばれていることも知っている。
無口な式お嬢様とは違い、誰にでも気さくに話しかけ、屋敷の使用人たちにも色々と気を使ってくれる。
幼い少女ながら、未那さまは非の打ちどころのない完璧なお嬢様だと――――つい最近までは思っていたのだが。
この頃、未那さまの様子がおかしい。
以前は休むことなく熱心に通われていた習い事も、私の目を盗んではちょくちょくずる休みをするようになった。
そのことで私が主人である式お嬢様に物申すと、「そろそろ習い事にも飽きてきたんじゃないの? ああ毎日毎日習い事ばっかりじゃ、サボりたくなる時もあるさ。でもまぁ、そこを何とかするのがおまえの仕事だろ」などと、無責任な発言。
そもそも式お嬢様自身も、思春期を迎えるころから習い事を次々と止めてしまい、深夜の徘徊を趣味とするようになってしまった。
自分もそうだったから娘もそんなものなんだろうくらいに思われているようだが、名家の息女としては決して褒められたものではない。
大体この家は、代々育児方針が大雑把……いや、おおらか過ぎるのが玉に傷である。
先代の御当主も式様の行動には一切干渉しないという主義で、式様の深夜徘徊も黙認されていた。
だが子供の自主性を育てるとは聞こえがいいが、何かあった時に後始末に追われるのは世話役の私の方なのだ。
家に戻ってきた式様の着物にべったりと付いた血痕を密かに洗濯し、しみ抜きを行っていたのだって一度や二度ではない。
普通、ちょっと散歩に出かけて血まみれで帰って来るなんていうのは明らかに異常というか、警察に即通報レベルだが、両儀家ではそれが『日常』であった。
思えばあの頃は、私の感覚もどこか麻痺していたのかもしれない。
しかしそんな式お嬢様も、思春期を過ぎるころには無事に伴侶を見つけられて結婚された。
御夫君となった幹也さまは穏やかな性格の方で、お二人の間に生まれた未那さまも天真爛漫で、まさに理想のご家族だ。
10年前の波乱だらけの日常に比べれば、今は本当に、穏やかな日々が続いていると思う。
しかしそんな平和の日々に暗い影が差している。原因は、一人の男の登場だ。
最近、式様は両儀家専用の探偵を一人雇った。
探偵といえば聞こえがいいが、要するに両儀家が表立って行えない調査や、荒事までとはいかない揉め事の尻拭いをやらせているようだ。
年齢は20代半ばで、どういう経緯なのかは知らないが式様とは古い知り合いらしい。
両儀家の中には稼業上、胡散臭い人間が何人か出入りしているのは事実だが、その探偵――――名を、瓶倉光溜という――――は別の意味で非常に胡散臭い。
いや、正直彼自身はそれほど胡散臭い人物というわけではないのだが。
なぜか未那さまは、あの男をひどく気に入っているのである。
「ごめんなさい秋隆さん。わがまま言ってしまって」
車の後部座席から、明るい少女の声。
習い事の送迎ならいざ知らず、いま車を走らせているのは別の用件だ。時刻は午後10時過ぎ。普段なら未那さまの就寝の時間である。
夕方、突如式様から未那さまを車で送迎するようにと仰せつかった。送り届ける先は、あの探偵業を営む青年の事務所だ。
昼間に彼の方から電話で連絡があり、どういう経緯か知らないが、未那さまは急に夜に外出することになった。
式様曰く「……まあ、これも社会勉強だし」などと言っていたが、あの方自身も快く承諾した様子ではなかった。
おそらく未那さまの熱心な懇願に負けたのだろう。式様は幹也さまに比べて未那さまには厳しい方だが、ときおり根負けすることがある。
まあ、両儀家の中で未那さまの本気の『おねだり』を拒絶できる人間は皆無であろう――――この私も含めて。
とはいえ、いくらなんでもこの時間に、小さな少女が夜の街を徘徊なされるのはいかがなものか。
いくら社会勉強とはいえ、10歳で夜遊びを覚えられたのではたまったものではない。
式様ですら、10歳の頃は庭の竹藪を歩き回る程度だったというのに。
未那さまには一応あの探偵が同行するからということだったが、私としてはとても承諾できない。
あのような貧弱そうな若者が未那さまを連れて夜の街を歩き回って、不逞の輩どもに絡まれでもしたらどうするつもりなのか。
なのでせめて私が同行いたしますと式様に申し出たのだが、却下された。
「大丈夫だろ。クラミツならわざわざヤバイ場所には立ち入らないだろうし、今回の仕事は荒事にもならないから」
などと、あくまでも楽観的な態度。
しかし私はそういうことを心配しているのではない。
保護者付きの深夜徘徊はもちろん容認されるものではないが、それよりももっと大事なこと――――いくら年齢が離れているとはいえ、男と女が二人きりで出歩くということに、まだ誰も危機感を抱いていないということが問題なのだ。
確かにこんなことを口にしたら、笑われるのは私の方だとわかっている。
しかし、長年二人のお嬢様をお世話してきた身としては、直感というか、血が騒ぐのだ。
式様は運よく幹也さまという善良なお方に出会ったからいいものの、あの瓶倉青年は問題がある。
過去の経歴は不明であることはもちろん、歳が離れすぎている。今のところ瓶倉青年にその気はないようだが、もしも気が変わって未那さまに恋慕の情を抱くようなことになったら――――明らかに青少年保護育成条例を無視した暴挙。これが周囲に知られることになったら、即通報レベルではないだろうか。
そんな破廉恥な事態にならないよう、しっかりと見守り、けん制し、警告するのが私の使命である。
「着いたわ。じゃあ行って来ます秋隆さん。帰りのお迎えもよろしくお願いします」
「行ってらっしゃいませ、未那お嬢さま」
ああしかし、まだ子供の未那さまにはこんなことは言えない。
私にできることは、せいぜい瓶倉青年に、子供を見守る大人としての役目がなんたるかを懇々と説教し続けるだけだ。
瓶倉青年はいつも「何で自分ばっかり……」と嫌そうな顔をするが、致し方あるまい。
未那さまが将来立派な淑女になられるためにも、周囲の大人たちが見守り、正しい道に導かねばならないのだ。
「えっとね、帰りはちょっと……冒険しすぎて深夜を過ぎちゃうかもだけど、よろしくお願いしまーす」
ああ、なんと愛らしい表情で、さらっと問題発言をされるのですかマイ天s…いや、お嬢さま。
痛む胸を密かに押さえながら、私は決意する――――
明日の早朝に再びここを訪れ、寝ている瓶倉青年を叩き起こして、未成年者教育の何たるかを徹底的に一から指導してやろうと。
黒桐幹也の場合
夜、居間に入ると式が一人でお茶を飲んでいた。
「あれ、未那は?」
「出かけた。今日はクラミツのとこに行くって言っただろ」
「瓶倉君? ああ、そうだっけ」
そう言いながら、ちゃぶ台を挟んで僕は式の向かいに腰を下ろした。
「観布の母の件だっけ? その名前、久々に聞いたよね」
「ああ、久しぶりだな」
10年以上前、この街に未来を予知する占い師がいるという噂があった。
とある事件がきっかけで、僕と式はこの「観布の母」という人物を捜すようにと橙子さんから命ぜられたのだが
――――式は会えたらしいけど、残念ながら僕は出会えなかった。
最近、その人物が再びこの街に現れたという噂が立ち、今夜、瓶倉君がその調査に向かっているのだ。
「でもちょっとだけ興味があるな。未来視の占い師さんか」
「今じゃ歳をとってるから、あんまり視えてないらしいぜ」
「へえ、そうなんだ」
こういった超能力って、歳を追うごとに衰えていくものなんだろうか。
曖昧に頷きながら式が差し出してきた湯呑を受け取り、熱いお茶をすすっていると。
「おまえさ、気にならないわけ?」
「なにを?」
式はいま僕が飲んでいるお茶のように渋い顔をしている。
「未来視のばあさんのことより、未那がこんなに遅くに出かけていったってこと、気にならないのかってこと」
「そりゃあ気にはなるけど……式、さっきから言葉遣いが悪いぞ。
未那がいないからって、むかしの男言葉のクセは直さないと。あの子が真似したらどうするんだ」
「大丈夫。未那の前では絶対に使わないから」
すました顔でそう答えるけど、式は知らない。未那が式のいないところでこっそり母親の言葉を真似てるということを。
そしてそれを注意すると、未那は「お母さまの前では絶対に使わないから」と言う。どっちもどっちだと思う。
「それよりさ。おまえ、未那とクラミツのこと、本当に心配じゃないわけ?」
ちなみに式は瓶倉君のことをいつもクラミツと呼ぶ。
以前、どうしてそう呼ぶのか式に聞いたら「オレにとってあいつはクラミツなんだ」と訳の分からない答えが返ってきた。
そうして「なんだ幹也、オレとあいつの関係が気になるわけ?」なんてにやりと笑いながら聞いてくる。
僕としては式と彼の間に恋愛関係なんか微塵もないと信じたい……というか、瓶倉君の式を見る目がまるで天敵そのものなので、それはまず無いと思う。
おそらく昔、彼は式にこっぴどい目に遭わされたに違いない。式の伴侶として、彼に対しては実に申し訳なく思う次第である。
「瓶倉君はいい青年だよ。ちょっと人嫌いな面もあるみたいだけど、未那のことはよく面倒を見てくれてるし。
未那も瓶倉君のことをお兄さんみたいに慕ってるようだし」
「お兄さん……ねぇ」
式はふふんと鼻で笑った。
「あの子も今まで幹也にべったり過ぎたからな。そろそろファザコンも卒業する年頃か」
「なんだよ、その言い方。まるで未那と瓶倉君が付き合ってるみたいじゃないか。
式の方こそ変だぞ。あの二人をそんな目で見るなんて」
「ああ。確かにクラミツには今のところ全くそんな気はないようだし、未那だってクラミツのことは単なる暇つぶし相手ぐらいの感覚だけど――――
でも、今までの未那だったら、どこに出かけるのだって、絶対に「パパも一緒に行きましょう」だっただろ」
「む……そうだっけ?」
式はああ、と頷く。
「それに、前は塾や習い事をサボると、おまえの部屋に逃げ込んでたのに、最近はクラミツのとこばっかりだ。
こういうのって、世間一般じゃ『 親離れ 』っていうんだろ」
言われてみれば――――心当たりがあるには、ある。
以前なら何があっても真っ先に僕のところにやってきたのに、最近はちょくちょく瓶倉君の所に行っているようだ。
「親離れ……そうか。未那ももうそんな年頃になったんだな」
物心つく頃からずっと僕の後を追って、パパ、パパと呼んでくれた小さな娘。
父親としては少しさびしい気はするが、これもまた成長の証だ。
「そうか、うん。我が子が外の世界に興味を持って他人と関わるっていうのはいいことだ」
心からそういう気持ちでしみじみと話しているというのに、式は僕の顔を見て呆れたといわんばかりのため息をつく。
「幹也、おまえって、ほんとにおめでたい奴だな」
「式こそ、さっきからなんなんだ? 言いたいことはちゃんと言えばいいじゃないか」
式はむっとしたように半目になった。
「あの子はもう10歳になったんだ」
「うんそうだね。それで?」
「おまえにとって未那はいつまでもかわいい子供で、この家でずっと親子3人で仲良く暮らしていくんだとか思ってるだろうけど、
そんなの、あと数年で終わるかもしれないって考えたこと、ある?」
「まさか式、未那がお嫁にいっちゃうとか心配してるわけ?」
その発想に呆れるというか、笑いが込み上げた。
「なんだかんだ言って、君の方がずっと心配性じゃないか。
未那はまだ10歳なんだぞ。今からお嫁に行く心配をしてるだなんて、気が早いにもほどがあるよ」
いつもは僕のことを親馬鹿だと言うくせに、式の方がよっぽど親離れできていないじゃないか。
君らしくもない、と言って、笑い飛ばしてやろうとしたその時。
「クラミツがどうこうじゃない。問題は未那なんだ。確かにあの子はまだまだ子供だけど――――」
式はなぜか深刻そうに眉をひそめた。
「うちはなんでかさ、代々早婚なんだ。母だって高校を卒業してすぐにここにお嫁に来たし……オレだって、そうだし」
「確かにそうだけど、だからといって未那も必ずってことはないんじゃないかな」
「甘いな幹也。オレなんか子供の頃から人嫌いで、結婚どころか誰も好きになれなかったんだぞ。
なのにおまえが現れて、あれよあれよで19には未那を生んでたんだ」
「…………」
なんというか……式が言うと妙に説得力がある。
「こんな性格のオレでもそうだったんだから、未那はもっと早いんじゃないかなって思うんだ。もしかするとほんと、あと2,3年――――」
「いくらなんでもそれはないぞ。12,3歳なら未那はまだ中学生じゃないか。
日本の法律上、女の子の結婚は16歳以上って決められてることだし」
「それ、16にならないと婚姻届が出せないってだけで、将来の約束をするのに年齢制限なんて必要ないだろ」
「そんな……」
有り得ない、と言いたいところだが、この世界に絶対なんて言葉はないということを僕は身を持って知っている。
式と出逢ってから、僕はその「有り得ない」事態に嫌というほど遭遇してきているのだ。
それにしても未那が結婚……? つい最近やっと小学校に上がったばかりだっていうのに……いや、でも、あの子は時々妙に大人びたところがあるし、こうと決めた時には式よりも頑固なところがあるし……そんなことよりも、問題は相手だ。瓶倉君なら完全に犯罪レベルだし、かといって学校のクラスメイトじゃまだ子供過ぎるし……結婚なんてもちろん大反対といいたいところだけど、10代で式と結婚した僕にはたしてそれを言う権利があるのかどうか……パパたちだって同じじゃないのと未那に突っ込まれたら、一体どう答えたら――――
「――――って、式、そっちから言い出したくせに、なんでそんなに落ち着いてるのさ」
「オレはあくまでも、もしもの話をしただけだ。
それに、それが現実になったとしても、仕方ないじゃないか。うちはそういう家系なんだろ。そんなの、今さらビビってどうする」
「それは……そうかも、しれ、ない……けどっ……!」
急に不安がこみ上げてきた。まさか、あの子が、有り得ない、いや、でも、ある日突然、未那が見知らぬ男を連れてやってきて、その男に「お義父さん」なんて呼ばれてしまった日には――――うわああ! なんか想像を絶する想像だぞ、これっ!
「だめだ……なんかもう、耐えられない……」
思わず頭を抱えた僕を見て、式は心底呆れたように、
「莫迦親」と呟いた。
終わり
未那可愛いよ未那
乙したー
まだあるのか?
今やってる徳島マチアソビでしか見られない特性未那イラストを送ってやろうか?
式と一緒に阿波おどりの傘かぶってる未那とかその他諸々
乙
どっかでみたことある気がする
>>24
昔どっかの掲示板に投稿したものを手直ししたものなのでそれかもしれません
空の境界しか読んでないけど、
これは何か別の小説の裏話みたいなやつなの?
オリジナルならここから広げていって欲しい
>>26
未来福音の裏話的なのを妄想しました
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