モバP「時子、しばらくのお別れだ」 (204)
時子「さぁ哀れな養豚共! 鳴くしか使い道のない、肥え腐らせたその舌で」
時子「この私を讃える歌を!!」
ウォオオオオオオオオオオーーー!! トキコサマーッ! フンデクレー!! ノノシッテー!
P(万単位のオーディエンス、会場を埋め尽くす熱気を従え)
P(彼女――アイドル財前時子のライブは今日も、非の打ち所なく、無事に終わった)
P(しかしそれは同時に)
P(俺と彼女の別れを意味していた……)
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―――――――
ガチャ
P「時子、お疲れ様」
時子「遅い。相変わらずトロいわね」
P「はは……ごめんごめん、これでもできるだけ急いできたんだけどな……」
時子「その台詞を聞かされるのも何度目かしら。時計もなければメモもない、貴方の脳味噌は不良品ね」
P「いろいろ挨拶回りがあってさ、見逃してくれ。でも、いいか時子、ライブは一人じゃできないんだ、たくさんの人が」
時子「あーはいはい、不良品極まりないわ」
P「最後まで聞いてくれてもいいじゃないか……」
P「……それに、まだ終わってから15分くらいしか」
ヒュパァアアンッ!!
時子「口答えする許可なんて与えてないけど?」
P「そ、そのライブで使った鞭、まだ持ってたのかっ?」
時子「私が入るよりも先にこの部屋で膝をついて待ってるのが貴方の仕事でしょう?」
P「あ、当たったら危ないからしまってくれないか……」
時子「ククッ、当たるかどうかは貴方次第。大丈夫よ、良い声で鳴けば許してあげる」
P「それってもう当たってるよな……!?」
時子「はい口答え。二回もだなんて楽しみ。十字架とバッテン、跡はどっちがいいかしら」
P「ら、ライブで疲れてるだろ? 落ち着くんだ」
時子「貴方とこうして話している時が一番癒されるのよ」ニコッ
P「もっと違うシチュエーションで聞きたかった……」
時子「控室でトップアイドル及び女王と二人きりよ? 涎を垂らして悦びなさい! ほら、私はこんなに」
ヒュパァァアアンッッ!!
時子「嗚呼、楽し♪」
P「周りには人いるんだぞ……あぁもう……」
P「こんな音が聞こえてたらどうすれば……って」
時子「アラ、この期に及んで余所見とは良い度胸。やはり躾けが必要ね」
P「時子! まだ着替えてないのか」
時子「ハァ?」
P「いくら慣れてるといっても風邪を引いたらいけない、汗が出てる、露出も多いんだ」
時子「……その露出だらけの衣装を選んだ下衆はドコのドイツよ」
P「あの、俺、外に出てるから。着替え終わったら言ってくれれば」
時子「……」
P「時子?」
時子「貴方、バカ?」
P「馬鹿って……馬鹿だけど、色々考えてるつもりで」
時子「笑わせないでほしいわ。いいから貴方はここにいるのよポンコツ」
時子「ハァ……もう着替えるのすらダルい。無能な使用人を持つとこれだから」
P「やっぱり疲れてるんじゃないか」
時子「三回だとどうなるのかしら、アスタリスク?」
P「わ、わかったよ……」
P(……時子との、こういうやり取りはいつもの事だ)
P(事務所で、出先で、ライブの後で。責められたり言い返したり。場所や時間を問わず積み重ねてきた)
P(もっとも、やり取りと言うには過激で、かなり一方的であることは否めないが……)
P「ライブは、どうだった?」
時子「最高に愉快よ。雁首揃えた下僕達を躾けるのはこの上ない快感。ゾクゾクするわ」
時子「私にアイドルという天職を見出した、ただその一点において貴方は評価に値するでしょうね」
P「そうか……良かった」
時子「相変わらず気に入らない、その無気力な笑顔」
P「……生まれつきだからさ」
時子「それで?」
P「え?」
時子「この時子様の時間は貴方と毒にも薬にもならない下らない世間話をするためにあるんじゃないわ」
P「あ……」
時子「何か話があるっていうから、私はこうして」
P「もしかして、それでずっと待っててくれたのか? 衣装も着替えずに?」
時子「……」
P「そんなに気にかけてくれてたのか……余計な心配かけたな、悪いことをした」
時子「……」
P「俺の『こっちの話』は、毒か薬にはなると思ってくれたんだな……」
時子「……」
P「でもやっぱり、それで風邪でも引かれたら本末転倒だ、着替えるくらい全然かまわなかったんだから」
時子「………」
P「わかった悪かったその鞭は一旦置いてくれ」
時子「さっさと用件を聞かせなさいポンコツ。トロいのよ愚図」
P「俺、プロデューサーを休むことにしたんだ」
スルッ
ポトン
時子「……」
時子「……やっぱり、少し汗をかいてたようね。すっぽ抜けるだなんて」
P「あ、いや、すまん、休むといっても一時的なものなんだ、また戻ってくるつもりだが」
時子「意味不明すぎて鳥肌が立つ。せめて人語を話して」
P「何から話せばいいか……そう、俺の実家が店をやっていて、でも経営難でもうすぐ限界で……」
時子「呆れるくらい興味がないわ」
P「手前味噌だけど、商店街の顔でさ。父と母が切り盛りして、昔から賑わってるのを子供ながらに見てきた」
時子「寝てもいい?」
P「俺は、その実家に戻って店を手伝いたいんだ」
時子「……」
P「父から報せがあったのは最近だ。ちひろさんにも無理を言って頼みこんだ」
P「……もっとも、俺が戻ったところで助けになるかはわからないが」
P「でも、本来は俺が継ぐはずだった店で。それを勝手に振り切ったんだ、自分の夢のために」
P「両親はそんな俺を、こうして上手く行くまでのあいだ援助さえしてくれた」
P「最後くらい手伝わせてもらわないと申し訳が立たないんだ……」
時子「くぁ……ふあぁ……」
P「これはエゴだ。だからできる限り調整はさせてもらった。他のプロデューサーへの引き継ぎも済んでる」
時子「……」
P「時子に伝えるのが遅くなってしまったのは、本当にすまないと思ってる」
P「けど、こうして今までやってきて、時子ももう一流以上のアイドルになった。きっとこのタイミングが……」
時子「………」
P「時子……?」
時子「クッ……」
時子「……クックック……」
時子「アハハ! アーハッハッハッハッハ!!」
P「と、時子」
時子「相変わらず本当に面白いわねえ貴方!」
時子「いえ進歩が皆無と言うべきかしら! 出会った時から脳味噌の容量変わってないんじゃないの?」
時子「玩具の分際で主人を気遣う気!?」
P「いや……」
時子「私、最初に言ったわよねえ、その芥子粒のような脳味噌でも刻まれているでしょう?」
時子「所詮この世の全ては生きてる間の暇潰しなの」
時子「その暇潰しを行うにあたって、私の最も近くにいる下僕が一匹消えるだけよ? 一体何の問題が?」
P「ああ、大丈夫だ。代わりに他のプロデューサーが」
時子「……要らないわ」
P「え?」
時子「要らないと言ったの。凡愚の上に愚昧ね」
時子「本当に……ピザのトッピングを頼む程度の気分で貴方を傍に置いていたけど、もうそれも必要ないでしょう」
P「セルフプロデュースで行くってことか?」
時子「そういう考えは働くのね、忌々しい」
P「なるほど……そうか」
時子「この私はすでにアイドルの頂点に君臨している。女王の私を知らない者はいない」
時子「孤高こそが私をさらなる高みへ昇らせる。そしてさらなる数の下僕を睥睨するのよ」
P「時子なら……きっと平気だ」
時子「当たり前よ凡愚。……まぁ、私をここまで連れてきたことには感謝してもいいわ」
時子「この私から与えられた誉れを胸に、せいぜい下僕は下僕なりの事情でしみったれた孝行でもしていなさい」
P「よかった……ちゃんと聞いてくれてたんだな」
ムギュッ!!
P「!! ほ、ほひほ?」
時子「普通は皮肉にしか聞こえないけど貴方の場合は純粋に言っているのよね、本当に腹立たしい……」
P「は、はなひへふへほひほ(離してくれ時子)、はほは(顎が)っ」
時子「腑抜けた顔。まるでタコみたい」
P「ほへはほひほはふはんへふはは(それは時子がつかんでるから)」
時子「このまま鼻をつまみ上げたら本当に豚そっくりだわ」
P「ほひほ(時子)……」
時子「『時子様』、でしょう? いつからそんなに馴れ馴れしくなったの豚」
P「ほへもはへはいへふはは(俺も汗かいてるから)……」
時子「時子様と呼びなさい、そう呼ぶことを許してあげるわ」
P「ほへひほひほ(それに時子)」
P「はっはひふはへははほひへふ(やっぱり疲れた顔してる)」
時子「………」
パッ
P「ぷはっ……よかった、離してくれて」
時子「貴方をいたぶって満足する程度の自尊心じゃないわ……それを思い出しただけ」
時子「あぁ忌々しい。イライラする」
P「……すまない」
時子「次にその口から謝罪を垂れ流したら二度と呼吸も排泄もできない身体にしてあげるから」
P「ええと、それじゃあ」
P「ありがとう、時子。俺の我が儘を聞いてくれて」
時子「フン……」
時子「業腹だわ。癇に障る。自分がどれだけの存在だと? ただの豚の癖に。今すぐ消え失せれば?」
P「はは……」
時子「その笑顔が気に入らないって言ってるでしょう。反吐が出るわ。いつもならじっくり時間をかけて踏みにじっているところよ」
P「わかってる」
時子「さっきの貴方の滑稽極まる顔で帳消しにしてあげるから失せなさい。時子様の温情に泣いて感謝しながらね」
P「ああ、ありがとう。それじゃあ……」
時子「……」
P「時子、しばらくのお別れだ。……またな」
ガチャ
ギィ…
時子「……」
時子「……待ちなさい」
P「?」
時子「……」
P「どうかしたか……?」
時子「さっき貴方……休職は一時的なものだとか、そう抜かしていたけど」
時子「それは例えば……具体的に……どのくらいの期間を指すのかしら」
P「あぁ」
時子「……」
P「半年、一年……」
時子「……」
P「いや、もしかしたらそれ以上かかるかもしれない」
時子「……」
P「本当に俺の自分勝手で……いや、謝ったらいけないんだよな」
P「ただでさえ疲れてるのに、余計な気苦労まで……いや、気遣っても駄目だった……ええと」
時子「………」
P「大丈夫……だよな?」
時子「………ふぅん」
P「……」
時子「へえ……そう……」
時子「ええ、全く、何も。問題はないわ」
時子「むしろ拍子抜けしたくらい。五年や十年いなくたって変わらないのに一体何を勿体ぶってるのかしらねえホント」
ギリギリギリギリギリ
P「あの、時子……」
時子「そうよ、今でさえ名前を思い出せるかも怪しいのだから存在ごと忘却されてもそれはきっと自然の理でしょうねぇ、ウフ」
ギリギリギリギリギリギリギリ
時子「けれど安心していいわ、貴方程度が消えたって何ら影響はない、何故なら世界で唯一の私は絶対に揺らがないのだから」
P「それも一応備品だから、大事に……」
時子「たとえこの時子様から離れて遠方にいても、毎日三度私の方角を向いて祈り崇めることを許してあげる」
時子「いえ、もっと、もっとよ……貴方が望むだけ祈りを捧げたとしても罰は当たらないどころかそれは世界にとっての利益……っ!」
ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリィイッ……!!
P「鞭っ、ちぎれるから時子!」
一旦ここまで。続きはまた明日投下します
ID変わってるかもしれませんが>>1です
できるだけ投下していきます
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・ ・ ・
タッ タッ
ルキトレ「ふぅ、今日は少し早く来ちゃった」
ルキトレ「張り切りすぎたかな、えへへ」
ルキトレ「こんな時間じゃまだ誰もいないよね、どうしよう」
ルキトレ「う~ん、無駄足だったかも……私だけ焦ってもしょうがないのに……」
ルキトレ「ううん、トレーニングルームのお掃除だけでもしておこう」
ルキトレ「無駄だなんて思っちゃダメダメ……」
キュッ……シュパッ……キュ キュッ……
ルキトレ「……あれ?」
キュッ キュキュッ!
ルキトレ「この音、誰かいるの……?」
ガチャ
ルキトレ「おはようございま……」
時子「フッ、っ、――ハァッ――!!」
ルキトレ「―――」
ルキトレ「ざ、財前さんっ!?」
時子「アァン?」ギロッ
ルキトレ「わわっ、ごめんなさっ、あの、どうして 財前さんみたいなすごい方がここに」
時子「どこのお嬢さんかと思えばあの四姉妹の。……レッスンぐらいするわ、邪魔しておいて随分な言い草ね」
時子「いえ、こんな小娘一匹に乱されるようじゃ私の練度が足りないということかしら」
ルキトレ「すごい……本物だぁ……本物の財前さんだ……」
時子「聞いているの貴方……第一同じ事務所でしょうに。喚くなら犬小屋でやって頂戴」
時子「それにしても、私の器はどこの誰であっても隷属せしめるのね」
ルキトレ「あのっ、サインもらってもいいですか!?」
時子「きっと鼓膜が壊死しているんだわ、可哀想に」
時子「……ペンと色紙を持ってきなさい。差し出す時は頭を低くよ」
ルキトレ「ありがとうございます! 一生大事にしますっ!」
時子「下々を愛でるのも必要な事よ。ただし次はないと思いなさい」
時子「私の気分を害さない子には優しくしてあげるけれど」
ルキトレ「わぁ! すごく嬉しいですっ」
ルキトレ「あの、私、まだ駆け出しで、私なんかが財前さんと一緒にいられるなんて信じられなくてっ」
パシッ
ルキトレ「え? え? ……あれ、色紙」
時子「害さないうちに帰れって意味が伝わらなかったのね、残念」
ビリビリビリィッ!!
ルキトレ「ああああぁぁ………えぇえええええ~~~っ!」
ルキトレ「そんなぁ……せっかく……」
時子「アハハッ、良い顔ねえ! 天からの恵みを取り上げられた絶望の顔! ククッ、これだからやめられないわ」
ルキトレ「『愛でる』ってこういう意味だったんですか!?」
時子「ついでに覚えておくといいわ。これに懲りたら不用意に人のテリトリーに踏み入らないことね」
ルキトレ「ここトレーニングルームですよぅ……」
時子「聞こえない。次同じことをしたら、縛り上げて」パラッ
ヒラヒラヒラ……
時子「空の藻屑よ」
ルキトレ「うぅ……」
時子「ゴミは掃除しておきなさい。それが貴方の役目でしょう、使用人」
ルキトレ「ぐすっ、トレーナーです、駆け出しですけど……すんっ、掃除ってこんなつもりじゃなかったのに……」
ルキトレ「それに、ゴミなんかじゃありません……財前さんがせっかく書いてくれた……」
ルキトレ「次いつこんな機会があるかわからないのに……」
時子「………」
ピリリリリリリリリリ!
ルキトレ「えっ、あれ?」
時子「私の携帯。疲れたから貴方が出て」
ルキトレ「ええぇっ!? 私がですか!? あの、でも」
時子「藻屑」
ルキトレ「ううぅ、本当に女王様だよぅ……は、はい、もしもし……こちらシンデレラプロで」
ルキトレ「ええええぇっ!? ブーブーエスのプロデューサーさっ……!? いえ、違うんです私、そのっ――」
ルキトレ「――はい、はいっ……こちらの事務員から折り返しさせますので、はいっ、失礼します、それでは……」
<ピッ
時子「クサレオヤジから?」
ルキトレ「有名TV局の偉い方ですよ!? 財前さんに新番組を任せたいって……、一体、どうなって」
時子「躾けの成果よ。跪かせて靴を舐めさせたら悦んでいたもの」
ルキトレ「じょ、冗談ですよね?」
時子「鬱陶しかったから丁度良かった。少し可愛がったら最近調子づいてこっちに電話まで。良い盾になったわ」
ルキトレ「じょう、だん……」
時子「けど再教育が必要ね。私が命じるための手段であって、下僕が許可無しに擦り寄ってくるだなんて論外」
ルキトレ「……じゃ、ないんだぁ……ホントなんだぁ、あはは……」
時子「自分の耳に聞けばいいわ。第一声は『時子様、アナタを敬愛する豚からお話が』なんてダミ声だったと思うけど」
ルキトレ「……わたしの声を聞いたらすぐに声色を直してご自分の役職を名乗ってくださいました……」
時子「貴方も知ってる声だったでしょう? 何せテレビでの露出も多いから」
ルキトレ「うぅ、もうやだぁ……」
時子「それにしても……ウフ、決まったのね。フフフッ、順調、極めて順調だわ」
時子「覇道の第一歩。もっとも、この私の見渡す視程に一点の曇りもありえないけど」
ルキトレ「……」
時子「これで私の望みも成るわ……世界中が私の名前を呼び、賞賛するでしょう」
時子「一人の下僕も残さず。そう、一人もね……ククッ……クックック」
時子「アーッハッハッハ!」
ルキトレ「あ、あの」
時子「……なぁに?」
ルキトレ「財前さんは、いつもお一人で……? 財前さんのプロデューサーさんは……」
時子「………」
ルキトレ「あ……っ」
時子「貴方は私の機嫌を損ねる天才ね。その『何もかも察したような顔』に免じて発言を許可するわ」ニコッ
ルキトレ「い、いえぇ! プロデューサーさんは、ご実家で」
時子「フン……あの男程度、今となっては石像も同然よ。アレは踏み台だもの」
時子「すでに幕は開いた。この私は私だけの力で全てを従わせる。あんな男の力なんて借りない」
時子「これからトレーナーの類をつける気も一切ないわ。当然ながら、ね」
ルキトレ「……」
時子「私に付け入るつもりだった? 百年早い」
ルキトレ「……私」
時子「あるいは『取り入る』、かしら」
ルキトレ「……私で、よかったんでしょうか、電話に出るの」
時子「………」
ルキトレ「だって、財前さんはお一人でも……いえ、お一人だからこそ、常に上を目指して努力されていて」
ルキトレ「なんだかそこに割って入って、邪魔しちゃったような気がして……」
時子「……」
ルキトレ「って、そんなの今さらですよねっ、あはは……」
時子「確信したわ」
ルキトレ「え……?」
時子「今まで見ていて、もう貴方の底は知れた」
時子「私に忠誠を誓う下僕はこの世に腐るほどいるわ。彼らは私の前で己を卑下したり、へりくだったりすることもある」
時子「けれど彼らの一人として、今の貴方みたいな腐った目はしていない」
ルキトレ「―――」
時子「そこには意志があるからよ。上に立とうが下につこうが、それは愛すべきものなの」
時子「貴方はまだ小娘だけど、それでもアイドルを教える者になるつもりなら」
時子「自分の力を正しく評価して、前だけ見て進みなさい。それもできない子に、一体誰がついてくるというの」
ルキトレ「~~っ……」
時子「……電話口から聞こえた、クサレオヤジの楽しそうなダミ声笑いは嘘だったのかしら」
ルキトレ「ぇ……」
時子「貴方には貴方だけの才能がある。底の知れた程度のね。この時子様に比べたら風で飛びそうなくらい微々たるものだけど」
ルキトレ「財前……さん」
時子「謙遜も度を超すと傲慢だわ。ただそれだけ」
ルキトレ「………」
ルキトレ「……傲慢、とか……」
時子「聞こえない」
ルキトレ「傲慢とかっ……そんな、そんなようなことっ」
ルキトレ「……財前さんに、言われたくない、です……」
時子「………」
ルキトレ「………」
時子「フフッ、少しはマシな目になったじゃない」
時子「……けれど」
ルキトレ「………」
時子「……ふぅん……」
ルキトレ「………」
時子「……へえ」
ルキトレ「……」
時子「そう……」
時子「床の掃除はやっておきなさいね? 小娘」
ルキトレ「はいぃ……ごめんなさいぃ、やらせていただきますぅっ……!」グスッ
シュパッ キュ キュッ
ズダンッ!
時子「フッ――、ハァっ――」
ルキトレ「……ふぅ、よいしょ」
ルキトレ「大体いいかなあ。うぅ、なんだか何時間もかかったような気分……」
ルキトレ「また怒られないうちに出よう……それがいいよね……財前さんに、お礼言いたかったけど……あれ?」
キュッ シュパッ キュッ
ルキトレ「何だろうこれ、ライブの、セットリスト?」
ルキトレ「……違うっ、何これ……!」
ルキトレ(事務所の皆の曲がほとんど網羅してある……!?)
ルキトレ(しかも、私にもわかる……この表、曲調とかダンスの行程が全部無理のないように緻密に配列されて……っ)
ルキトレ(これを今までトレーニングしてたの!? 何て練習量! 休憩も文句なく適度に……恐ろしい自己管理)
ルキトレ(多分、さっきの私との会話さえも……)チラッ
時子「ッッ!! ハァッ――!!」
ルキトレ「―――」
ルキトレ(本当……なんだ……)
時子『これで私の望みも成るわ……世界中が私の名前を呼び、賞賛するでしょう』
ルキトレ(傲慢なんかじゃ……ないんだ)
時子『この私は私だけの力で全てを従わせる』
ルキトレ(本当に、財前さんは)
ルキトレ(自分の力を正しく評価して、前だけを見て進んで)
ルキトレ(その研ぎ澄まされた意志で……!)
ルキトレ「……プロデューサーさん」
ルキトレ「安心してください……何も、心配しないでください」
ルキトレ「プロデューサーさんは、ちょっと寂しいかもしれないけど」
ルキトレ「財前さんは、必ず、絶対に、なってくれます……世界で一番の、歴史に名を残すトップアイドルに」
ルキトレ「プロデューサーさんの元にもきっと、その名声が届くくらい――……」
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P(……そして、時は経った)
・ ・ ・
ガタン
P「……ふぅ、倉庫の掃除終わり、と」
P(事務所のホワイトボード通りに動く裏方から、前線に張りつきっぱなしの仕事へ)
P(避けられない環境の変化に、初めのうちはままならなかったが)
P「不思議と、そういうのも一週間で慣れたな……」
P(辺りを見回せば、年季の入った商品棚。書類の積まれたデスクも、応接用のソファもない)
P(今ではこれが普通の光景だ)
P(ここでは、俺をプロデューサーと呼ぶ人間もいない)
P「……当たり前か」
P(お客さんと話をしたり、品出しをしたり、そんな素朴な世界)
P(あの煌びやかな舞台……その端っこにでもいたことが嘘だったかのようで)
P(たまにその記憶が頭をよぎると、少し寂しくなったりもするが)
P「自分で選んだ道だからな……」
P(事務所の皆に恥ずかしくないように、精一杯、俺にできることをやり尽くさなければ)
P(そして何より……『彼女』に対しても)
カラン…
P「っ、いらっしゃいませ」
P「すみません、今、掃除中でして……少し散らかってるかもしれません、が……」
「本当に埃くさいわね。まるで廃墟。頼まれたってこんな所来たくないわ」
P「―――」
P(……その声は、つい最近聞いたみたいに、自然に心に吹き込んだ)
P(忘れようとしたって忘れられない……あの世界から離れた俺を、一瞬で引き戻して――)
時子「だから、この私が、私自身の意志で来てあげたの。せいぜい感謝しなさい」
P「時、子……」
P「………」
時子「だってそうでしょう?」
時子「誰も貴方の事なんか心配してないし、誰も貴方の元へ行ってくれだなんて頼まないもの」
P「……」
時子「ぬるま湯につかりすぎて、脳味噌までふやけたのかしら。この時子様は貴方の目の前にいるのよ」
P「……あ、あぁ」
時子「本当に石像に毛が生えたみたい。あまりにも哀れね」
P「それは何の話だ……?」
時子「こっちの話よ」
P「そう、か」
時子「……」
P「……どうして……ここに」
時子「気まぐれよ。それ以外に何が?」
P「自分の意志って、気まぐれのことか」
時子「矛盾はしてないでしょう」
P「はは……そうだな」
時子「治ってないのね、その気持ち悪い笑顔」
P「それは」
時子「……」
P「いや、何でもない……」
P「……少し、痩せたか」
時子「馬鹿なことを聞かないで」
P「そうだよな、そんなはずないよな……」
時子「……」
P「どうしても信じられなくてさ……事務所からここまで、どれだけの距離だと思って」
時子「私の関心は、膨大に横たわった時間と退屈を潰すことだけ。会わないうちにそんなことも忘れたの」
時子「素直に認めたらどう? どうせ貴方は私無しでは生きていけないのだから」
時子「ただ泣いて悦べばいいのよ……凡愚」
P「……ああ、そうしたいのは山々なんだが」
P「……けど……1週間しか経ってないし……」
時子「………」
時子「………」
P「………」
P「俺が事務所を離れてからまだ一週間しか経ってないから……」
時子「同じ台詞をいちいち何度も繰り返さないでくれるかしら。ノロマと鳥頭は嫌いだわ」
P「『つい最近聞いたみたいに』じゃなくて、やっぱりつい最近だよな……」
時子「それは何の話?」
P「こ、こっちの話だ」
時子「ウフ、隠すことなんてないじゃない。言いたいことがあれば晒していいのよ、骨の髄まで」
P「げ、元気だったか? いや、当然元気だよな」
時子「自己完結しろなんて一言も言ってないんだけど」
P「そうだ……仕事は平気なのか……!?」
時子「……」
P「時子……?」
時子「本当に……本当に偶然なのだけど、偶々この近くでロケーションを行うことになったのよ」
P「成程、それで……たまたま?」
時子「こんな辺鄙な土地なんて願い下げだったけど、私の冠番組でね」
P「確かに田舎であることは認めるが……って、か、冠番組……!?」
時子「いちいち突っかかるわね。別に驚くようなことでもないでしょ」
P「時子、そういうのやりたがらなかったから」
時子「気まぐれだと言ったはずよ。ともかく、私の番組で私が何をやろうと私の勝手」
P「それで……たまたま……気まぐれで、こんな場所に?」
時子「何か問題でも?」
P「いや……」
時子「……」
P「……」
時子「……ちょっと」
P「……」
時子「何かオカシイかしら。……いえ、何が可笑しいのかしら?」
P「違う、そうじゃなくて」
時子「凡愚、下僕っ、生意気よ! 言っておくけど、貴方が想像しているような益体もない理由では断じてないわ」
P「嬉しいんだ」
時子「愚昧っ、二度は言わないわよ。私から離れて折角の躾けが無駄になったのね。無残極まりない」
時子「本当に手のかかる……」
P「……時子が楽しそうで、やりたいようにやれてて……俺は、嬉しくて」
時子「……」
P「そうなれるまで、手助けできてたんだ。俺のいた証は、ちゃんと時子に」
時子「……」
P「あ」
P「す、すまん、一人で舞い上がって。気味悪かったよな」
P「けど時子が俺がいなくてもしっかり……じゃなかった、何でもない」
時子「……それなら……もっと、他に」
P「え?」
時子「……何でもないわよ」
時子「貴方はどうなの」
P「俺?」
時子「せせこましい田舎商売が随分と板についたみたいだけど」
時子「そのくせ相変わらず皮肉とも天然ともつかない物言いで私の機嫌を損ねることに余念がないけれど」
P「う……」
時子「それで、だから……貴方は……」
P「大丈夫だよ」
時子「っ」
P「俺なりに上手くやれてる。有難う、時子」
時子「何の礼か理解しかねるわ、さっぱり。フン、都合の良い頭」
P「あぁ、もうこんな時間だ」
時子「……都合の悪い頭ね」
P「時子、言い辛いけど、こんな田舎でも趣味の悪い奴はいたりする。あまり二人きりでいると……」
時子「……」
P「それにスタッフさんを待たせたらいけない。俺はもう平気だから、早く戻った方がいい」
すみません、今日はここまで
明日には終わらせたい
>>1です
投下していきます
時子「……待つのが仕事よ、あんな連中」
P「時子、その言い方は駄目だ」
時子「なあに? 文句でもあるっていうの? 私の番組よ、私のモノよ?」
P「それはそうだが、でも」
時子「貴方がいなくなって、貴方抜きで成し遂げた功績よ?」
P「ああ」
時子「……貴方では到底不可能な、この時子様でなければ十割十分獲ってこれなかったモノなのよ?」
P「……そうかもしれない」
時子「それをこの私は、一週間と経たずに、こうして……」
P「……」
時子「……ククッ」
P「え……」
時子「アーッハッハッハ!! バッカみたい! 本当に笑えるわ、愚直もここまで来ると一つの芸ね!」
時子「楽しませてもらったわよ、下僕」
P「つ、つまり?」
時子「戯れよ。全部、ウ・ソ。……冠番組だの何だの、私がわざわざそんな手数をかけるわけないでしょう」
P「そう……なのか?」
時子「落ちぶれたものね。滑稽で、虚しくて、愚かで。目も当てられないくらい」
時子「どこをどう掛け違えればこんな無様に成り果てるのかしら、全く……」
時子「貴方も……僅かばかり、私も」
P「時子――」
「時子様ー! 何処にいらっしゃるのですか時子様っ、あぁ!!」
P「え……」
時子「っ!?」
スタッフ「此方でしたか! 時子様!」ザッ
P「え、え……」
時子「~~~っ」
スタッフ「番組の予定が迫っております、大変心苦しいのですがご足労願えればこの上なく幸いに御座います!!」
スタッフ「ささ、どうぞ此方へ! 外に車も用意しておりますので……って、あぁん何だお前、時子様に近づくな!」
P「……時子、これって」
時子「~~~~っ!!」
P「今、番組って」
スタッフ「オイ、馴れ馴れしく我らが時子様の御名を呼ぶんじゃない! 下僕でもない凡人に許されんぞ!」
P「スタッフさんだよな……? あれ、じゃあ、さっきのは」
時子「………」ギリギリギリギリ
P「……時子?」
スタッフ「オイ、人の話を聞いてるのかオマエ! 時子様っ、このような輩は無視しましょう無視!」
ギリギリギリギリギリギリギリ
スタッフ「短い休憩であったかとは存じますが! 現場では一切の不自由なくお迎えしますので!」
スタッフ「いざ、時子様ご発案の偉大なる番組収録へ!」
P「あ」
ヒュッパァアアアン!!!!!!
P「と、時子、それは勘弁してくれ! というか何処からそんな物……うわぁあっ!」
スタッフ「時子様!? 何故お怒りに――あぁっ、鞭、ご褒美の時間ですか!!」
P「スタッフさん!? どうして跪いたんですか、危ないですから立って!」
時子「ペラペラと……余計な真似をぉっ……」ギリギリギリギリギリギリ
P「冷静になるんだ時子っ、こんな狭い店の中じゃ」
スタッフ「如何様にでもこの豚を料理してくださいませぇえ!!」
P「スタッフさんも落ち着いてください!」
時子「この私をっ、クソ生意気に翻弄してっ、分も弁えずにッ!」
スタッフ「生きてて良かったァアアア!!」
P「甘んじて受け入れないでください!」
時子「ナメるんじゃないわよ凡愚っ、下僕っ……いい加減気付けクソ朴念仁!!!」
P「何か標的がすり替わってないか!? って、待ってくれ時子、うわぁあああっ―――」
――――――――――――――――――
――――――――――――
―――――――
・ ・ ・
シュパッ! キュ キュッ
ルキトレ「ふうん……」
ルキトレ「へえぇ……」
時子「………」
スタッ シュパッ
ルキトレ「そっかぁ……」
時子「……」
クルッ キュ シュパッ
ルキトレ「そうなんだぁ……」
ズダンッ!!
ルキトレ「わわっ、あ……こ、声に出ちゃってましたかっ? すみません……」
時子「~~~……」
時子「二つばかり疑問を禁じ得ないのだけど」
時子「……どうして貴方はこの時間この場所にのうのうと居着いてるのかしら」
ルキトレ「それは前にもお話しした通りです! 私、財前さんにお会いした事を姉たちに知らせたんですが」
時子「……疑問点が一つ増えたわ」
ルキトレ「やっぱり誰かが付いてた方がいいんじゃないかって。なので、僭越ながら私が!」
時子「ナメられ過ぎて追及する気も失せる……なら、二つ目」
時子「貴方はさっきからそこで珍妙な声を発しながら何を? せめて路傍の石に徹してほしいものだわ」
ルキトレ「ち、珍妙でしたか、すみません……って、そうじゃなくって!」
ルキトレ「財前さん、今日が何の日か……」
ルキトレ「これから何が始まるか、忘れちゃったんですか?」
時子「ハァ?」
ルキトレ「テレビですよ! 財前さんの初めての冠番組、今日からじゃないですかっ」
時子「………」
ルキトレ「だから私、こうしてスマホの前で待機を……ついでにちょっと調べ物を」
時子「そう、勝手にして。部屋の隅で邪魔にならないように」
ルキトレ「あれ? 財前さんは」
時子「……」
ルキトレ「み、観ないんですね、わかりました……」
キュッ シュパッ キュ キュッ
ルキトレ「……」
キュッ スタッ シュパッ
ルキトレ「……財前さん、プロデューサーさんの所に行ったんですね」
……ピタッ
ルキトレ「ご、ごめんなさい、また聞こえちゃいました?」
時子「……今のは明らかに故意犯でしょう」
ルキトレ「えへへ」
時子「この小娘……」
ルキトレ「ごめんなさい、どうしても確認したくて。だって、このHPに書いてあるロケ地、プロデューサーさんの」
時子「だったら何なの?」
ルキトレ「……えぇと、間違っていたら、本当に大変申し訳ないんですけど……」
時子「鬱陶しい。手短になさい」
ルキトレ「……要するに、褒めてもらいたかったんですよね?」
時子「…………」
ルキトレ「あっ、えとっ、言い方を変えますとですねっ、その……安心してほしかった、というか」
時子「へえぇ……」
ルキトレ「プロデューサーさんに、『一人でも大丈夫だよ』って。『だからそっちも頑張りなさい』って」
ルキトレ「立派なお仕事を達成することで」
時子「そう……興味深いわね?」
ルキトレ「恩返しをして、認めてもらいたかったんですよね。だって、そうじゃなきゃわざわざ」
時子「それ以上垂れ流したらキズモノにするわよ」
ルキトレ「ごめんなさい……えっと、つまりですね」
時子「貴方、あの時から『謝れば済む』みたいな傍迷惑な悪癖を身に付けてないかしら」
ルキトレ「『これで私の望みも成る』」
時子「―――」
ルキトレ「『世界中が私の名前を呼び、賞賛するでしょう』『一人の下僕も残さず』」
ルキトレ「トップアイドルの夢って意味も含まれてるけど……これって、やっぱりプロデュ……」
時子「わかったわ。貴方が気に入らない理由。あの男にそっくり」
ルキトレ「そんなっ、恐れ多いです!」
時子「その皮肉とも天然ともつかない性格が丸ごと余さずよ……っ!」
ルキトレ「わ、私はただ」
時子「ウフ……いいわ、時には安い喧嘩を買うのも一興よね。叩き潰してあげるから覚悟なさい」
ルキトレ「だって、ズルいじゃないですか……財前さんだけ……」
時子「なっ……まさか、貴方も……」
ルキトレ「財前さんだけ、プロデューサーさんのお店に行けてズルいですっ」
時子「………」
ルキトレ「私も今度お休み取れたら……って、あれ?」
時子「そうね……こういうズレまで丸ごと余さず、だったわね……」
ルキトレ「ああっ、大変もうこんな時間! 番組始まっちゃいますよぅ!」
時子「本当にそっくり……」
ルキトレ「はじっこの方で観てますから! もう邪魔はしませんのでっ」
スタタッ
時子「……ついでに、一つ忠告してあげるけど」
ルキトレ「? はい」
時子「その番組に出てないわよ、私」
ルキトレ「ええええぇええ~~~~~っ!!??」
ルキトレ「か、冠番組なんですよね!? 財前さんのっ」
時子「貴方の理解を超えた複雑な事情があったのよ」
ルキトレ「このあいだ、財前さんがメインで撮影したんじゃ……だから冠なんじゃ」
時子「素直に諦めて壁の一部にでもなってたら? 許可を与えるわ」
ルキトレ「びっくりです……どうしてですかっ、一体何があったんですかっ!?」ズォオオッ!
時子「私は最初の時から比べてたちまち馴れ馴れしくなった貴方に驚いてるのだけど」
ルキトレ「あ、すみませっ……じゃなくて、えぇと……」
ルキトレ「すみません……」
時子「フン……」
クルッ
時子(……『どうして』、ですって?)
時子(それは、あの時、あの男が―――)
―――――――
――――――――――――
――――――――――――――――――
P「……ふぅ。本当に、嵐のようだったな」
P「後始末ってほどでもないのが幸いだ。きっと……」
「手加減くらい知ってるわ。人を害獣みたいに」
P「っ」
P「時子……」
時子「後でクレームをつけられても面倒だもの。ストレス解消にも美学はあるわ」
P「つけないさ。時子はそんな事しないって知ってるから」
時子「……」
P「収録、終わったのか?」
時子「そう思うならそうなんでしょうね」
P「? ……えぇと」
時子「二人きりで会うのが不服かしら。だったら安心なさい」
時子「この店の周囲に下僕達を張らせてるから。出掛けると言ったら喜んで買って出たわ」
P「それってスタッフさんだよな……あぁもう……」
時子「……収録は、キャンセルした」
P「え?」
時子「予定が頓挫したから。白紙よ」
P「……」
時子「……」
P「なぁ、時子」
時子「時子様と呼びなさい……」
P「はは……それ、久し振りだな」
時子「久し振りと言っても一週間でしょ」
P「まあ……そうなんだが」
P「少し上がっていかないか?」
P「といっても、狭いし、ちょっと埃っぽいし、時子に合うかは自信ないけどさ」
時子「……貴方」
P「ん?」
時子「責めないの……私を」
P「責める、か」
時子「自覚くらいあるわ。今の私は孤高じゃなく、ただの無軌道だと」
P「……たとえ今は休職中でも、俺は時子のプロデューサーだ」
P「かけるべき言葉は選んでるつもりだ」
P「だって時子……疲れた顔してる」
時子「………」
ガチャ
ギィイイ……
時子「ここ……貴方の部屋?」
P「居間だと落ち着いて話せないだろうから。誰かに聞かれても嫌だしな」
時子「こんなウサギ小屋のような場所に人が住んでるだなんて」
P「済めば都さ。小さく飛び跳ねてるには丁度いい。学生の時はずっとここで暮らしてたんだ」
時子「プロデューサーになる前の貴方」
P「ああ。目指していた頃の俺、だな」
時子「それでまた舞い戻ってきたってわけ」
P「色々思い出すよ。たくさんのアイドルを画面越しに観て、憧れて、もがいてた」
時子「最後には情けない姿でこの私に泣きついてきたのね」
P「もう一度泣きつかせてもらう、必ず」
時子「どうなるかしらね……貴方も、私も……」
P「……この答えじゃ不十分だったか」
時子「貴方にしては良くやってると思うわ。褒めてあげてもいい。でも……もう遅い」
P「これでもできるだけ急いで……」
P「……なんて言ったら、また時子に呆れられるな。『その台詞は何度目だ』って」
P「まだ間に合うさ、きっと。いや、今度こそ間に合わせる。俺はトロいけど、手を抜いたことはない」
P「じっくりやろうじゃないか」
時子「……」
P「飲み物を入れてくるよ。何がいい?」
時子「……アールグレイ」
P「悪いけど、そんな洒落た物は」
時子「無ければ買ってくればいいでしょ」
P「……」
P「……それもそうだな。行ってくるよ」
ガチャ ギィイイ……
バタン
時子「………」
時子「……」
時子「……何を」
時子「やっているのかしら、私は」
時子「無軌道、非効率……矛盾、八つ当たり、堕落、惰弱……醜悪、嫌悪」
時子「これが……、こんな、事で……」
時子「っ」
タタッ!!
時子「待ちなさい下僕! 気が変わったわっ、だから貴方は此処に――」
時子「って……」
P「すまん、そう言われると思って、ウチのお茶を用意してたところだ」
時子「…………」
時子「……」
時子「~~~ッッ!!」
ベシッ! ゲシッ!!
P「い、痛い時子っ、悪かったっ……お茶持ってるから危ないって、こぼれるから!」
バシッ! ビシッ!
P「許してくれっ、本当にマズいから」
ポフン……
時子「………」
P「……時子?」
時子「世界が何巡しようとも、自分が自分でなくなるなんて感覚、この私が味わうとは思いもしなかったわ」
時子「全て貴方のせいよ」
P「……」
時子「そして……私の不注意」
P「確かに、今の時子は変だな……お茶はここでいいか」ゴトッ
時子「お互い様でしょ。まさか貴方如きにからかわれるなんて。死にたい気分よ」
P「座ろう時子、休むんだ」
時子「理想も、理念も……意志も……この手にあったはずのモノが、揺らいでる」
時子「停滞したまま、霧散している」
時子「何にも気乗りしない、意味を見出せない……不可解な、忌まわしい呪いのような……」
時子「!?」
グラッ
P「っと、平気か?」ガシッ
時子「……」
P「立ち眩みとかじゃないよな……?」
時子「どうして……」
P「あ」
時子「どうしてこんな不自然な位置に座布団が敷いてあるのよっ……!」
P「いや……これは、その」
時子「普通テーブルの周りに並べておくモノでしょうっ、馬鹿なの? 主人をもてなすという心構えが……っ」
時子「いえ、もういい……それより、離れなさい、下僕……」
時子「度が過ぎているわ、こんなのっ……」
P「……」
時子「ちょっと……何なのよ、貴方……」
P「やっぱり話した方が……いいのか」
時子「ハァっ?」
P「時子が言ってたから……」
時子「何をよっ」
P「たとえ時子から離れて遠くにいても」
P「毎日三度、時子の方を向いて祈ってもいいって」
時子「だから何なの」
P「わ、わかるだろ」
時子「意味不明よっ、結論を示しなさい、さっさと!」
P「だから、祈ってたんだ、毎日……」
P「そこに座って……シンデレラプロの方に向かって」
時子「っ―――」
P「時子が、アイドルとして上手くやれますようにって……」
P「なあ、これ、別に話さなくても……」
P「改めて言わされると、かなり恥ずかしいんだが……」
時子「……アレを、あんな断片を」
P「え?」
時子「あんな些細な、軽口程度のモノを……貴方は、大真面目に……」
P「……」
P「え!? あれって、嘘だったのか……!?」
時子「………」
P「………」
時子「……貴方、馬鹿なの?」
P「やめてくれ……俺も顔から火が出そうだ……」
P「……でも」
P「嘘だと分かってても、やっぱり俺は毎日、馬鹿みたいに祈ってたと思う」
P「俺は時子のプロデューサーだから」
P「プロデューサーが、自分のアイドルの事を気にしない時なんて、一秒たりともありえないから」
時子「………」
時子「……ククッ……フフッ……」
時子「帰るわ」
P「な……」
時子「用事を思い出したの」
P「! それって」
時子「貴方の考えている通りよ」
時子「――私の冠番組、早急に撮影させる。この私の力と人員、機材、想定し得る限りのあらゆる資源を投入して」
時子「この世に二つとない最高のエンターテイメントを魅せてあげる」
P「時子……」
時子「貴方が望んだアイドルとして、使命を果たすわ」
時子「だって……いつもの貴方なら、きっと私にこう垂れ流すもの」
時子「『いいか時子、番組は一人じゃできないんだ』」
時子「『たくさんの人が関わって、汗を流して、頭を下げて、でもその先にある輝く何かを見たくて』」
時子「『そんな夢が、希望が、集まってできたのがこの世界なんだ』」
時子「『だから俺たちはそれを、一つとして無駄にしちゃいけない』」
時子「『ありったけの感謝を込めて』」
時子「『夢には夢を、返すんだ』」
P「………」
P「~~~っ」
P「はは……そうだな」
時子「泣いているの? 気味悪いわね」
P「すまん……すまない……でも、嬉しくて……時子、聞いてくれてたんだなって」
時子「天然」
P「悪いな時子……今のは皮肉だよ……」
時子「……」
P「ははっ」
時子「……フン」
P「なあ、もしかしてさ……」
時子「何?」
P「この店の事、時子の番組で取り上げようとしてくれてたんじゃないのか」
時子「……」
P「でも、俺が察せられなかった……だから」
ムギュッッ!!!
P「んぅぐ!? ほひほ(時子)、はほは(顎が)っ」
時子「ホント……思い上がりも甚だしいわねえ」
時子「貴方が察せなかった? だから私が打ち明けられなかったって?」
時子「それじゃあまるで私が貴方との対話に際してどのような態度で臨むべきか悩み惑い苦しんでいたかのようじゃないの……!」
ムギュギュゥウウウウウ!!
P「ングッぐぐぐ! ふほひ(強い)っ、ふふひいはは(苦しいから)!」
時子「この時子様のショーでこんなウサギ小屋をピックアップするわけないでしょう」
時子「別の内容で行く。余計な気を遣わないで」
P「ふぁ、ふぁふぁっは(わかった)……」
時子「……思えば簡単なことだったわ。実に、とても」
P「ふぉひほ、ほろほほ(時子、そろそろ)」
時子「私は最初から答えに辿り着いていたのよ。なのに、トチ狂ったみたいに右往左往して」
P「ふぁなひへ(離して)……」
時子「一生の不覚だったと認めてもいい。その代わり、もう二度と停滞なんかしない」
P「……!」
時子「私の望みは、世界中の人間を下僕へと躾けて、私への賞賛で埋め尽くすことよ」
時子「誰もが私への愛を謳う。一人の下僕も残さず」
P「……」
時子「喋り辛い? なら少し緩めてあげる」
P「……っは」
時子「だから下僕が主人を愛するのは当然なの、下僕」
P「お、俺?」
時子「そうでしょう? それ以外にあり得ないわ」
時子「現に貴方、さっき私無しでは生きられないことを執拗なまでに叙情的に告白していたじゃない」
P「え……!?」
時子「四六時中、私の存在を考えていないと無理で、それが自らの生に課せられた使命であり甘露」
時子「疑う余地のない真実であって私も微塵も不安視などしていなかったけれど、改めて心を晒した点は上出来ね」
時子「これを愛と言わずして何と呼ぶのかしら。どんな愚者でもその認知から免れないわ、下僕」
P「……」
時子「ただ呼吸をするように受け入れればいいのよ、凡愚」
時子「余計な思考は削ぎ落としなさい、愚昧」
時子「……貴方は私を愛している……そうでしょう?」
P「……」
時子「そうと言え」ムギュゥウウウ
P「ほうでふ(そうです)っ! はいひへはふ(愛してます)っ!」
時子「ならいいのよ」
P「っはぁっ……もう色んな意味で息が詰まりそうだ……」
時子「そして、主人もまた……」
P「?」
時子「いえ、私を愛する私の下僕なら」
時子「これから数秒の間、丁度良い具合に記憶能力を失うことも可能よね?」
P「な……」
時子「さぁて」
P「その、何を」
時子「安心しなさい。悪いようにはしないわ。いえ、むしろ至上の誉れを約束されているようなものよ」
P「は……はは……お手柔らかに頼む……」
時子「そう、その笑顔……」
時子「その笑顔が、ずっと気に入らなかった」
時子「無気力で、自分に価値も影響も無いと思い込んでる、滑稽な笑顔」
時子「そうでいながら、貴方は滑稽なほど純朴に、私に尽くすことを止めなかった」
時子「認めたくなかった、そんな貴方に掻き乱されてる私を」
時子「きっと……その表情に……」
時子「ねえ、下僕」
時子「好きよ」
時子「ン―――」
P「―――」
時子「……」
時子「……っは」
P「え……え、……」
P「時子、……い、今……フがっ!?」
時子「ほら、こうすれば豚にそっくり」
P「ふぁ、ふぁはふぁ(鼻が)」
時子「ヒトでさえない豚なら、直前の記憶を保つのも難しいでしょうね、ええ、きっとそう」
P「……ひ」
時子「この指を離したら、全て元の状態。私と貴方は――」
P「ひふぁは(嫌だ)」
時子「……」
P「ぷはっ……絶対に忘れないさ。何があっても。俺は一生覚えてる」
P「時子、俺も好きだ。……先に言わせてすまなかった」
時子「知ってたわ。貴方は私と出会った時から私の虜だもの」
P「時子は、いつから……」
時子「さあ、どうだったかしら」
時子「知りたいなら、おねだりでもしてみる? 偶には貴方にも餌をやらないとね」
時子「恥も無く乞えば願いを叶えてあげる」
P「……俺は」
P「時子と……もう一度、キスがしたい……なんて」
時子「……」
P「……う」
時子「ライブ衣装を選んだ時から思っていたけど、貴方ってやっぱり見た目に似合わずヘンタ――」
P「悪かった自覚はあるからそれ以上は」
時子「……叶えてあげないなんて言ったかしら」
P「え――」
時子「ただし」
時子「こういう時の作法、忘れていないでしょうね」
時子「“恥も無く乞えば……願いを叶えてあげる”」
P「……」
P「……時子」
P「俺の一生を、時子に捧げるよ」
時子「……エクセレント」
時子「なら、私の答えは」
時子「『貴方と出会った時から』……そういうことにしてあげるわ―――」
・ ・ ・
P「あのさ」
時子「なあに?」
P「……時子の番組の件、親父に掛け合ってみるよ」
時子「……どういうつもりかしら」
P「いや、俺達のエゴと言われればそうなんだけど……もうここまで来たら突き進むべきじゃないか」
時子「“達”?」
P「俺も夢だったんだよ……自分のプロデュースしたアイドルと一緒に、この故郷に凱旋する」
P「そういう光景を妄想して、プロデューサーを目指してた……まあ、やっぱりエゴだな」
時子「私は別のショーをやると告げたはずだけど」
P「それは……」
時子「それに」
時子「今となっては、そちらの方が私の望みよ。貴方が思うような強がりではなく、ね」
P「そう、か……それなら」
時子「何より、これは貴方への忠告でもあるの」
P「へ?」
時子「どうせ貴方はその妄想を実現できないから」
P「……どういうつもりだ? これでも少しは仕事をこなして」
時子「別にそんな複雑な事情じゃないわ」
時子「貴方の父親となら、もうとっくに話はついてたもの」
P「………へ?」
時子「私が貴方のアイドルであるという事実は伏せてね。必要もなかったから」
P「ちょっと……待ってくれ……わからん」
時子「けれど今、もし貴方が改めて話をしに行くというなら、貴方には荷が重すぎる」
P「もう少し、わかりやすく……」
時子「つまり以前の私は、あらかじめ貴方の父親と交渉し、完了していたのだけど」
時子「肝心なのは、その交渉の中身」
P「………」
時子「知りたい?」
P「……ま」
時子「ここに音声の記録もあるわ」
P「まさか……っ」
時子「貴方の父親が」
時子「あの番組のスタッフのように」
時子「丁寧に、じっくりと」
時子「私の下僕へと作り変えられていく様を」
P「………ぅうわぁあああああああああああっ!!!???」
時子「アーーッハッハッハ!! 折角この私が慮ってあげたのに貴方が望むんだもの、アハハッ!!」
P「鬼畜っ、鬼女王! お、おお、俺は一体この先どういう目で親父を見ればいいんだ!?」
時子「さあ? この後確かめてみればいいじゃない」
P「こ、この後って!」
時子「それともう一つ、勘違いしてほしくないのだけど」
時子「私はこれから先……未来永劫、貴方を手放すつもりはないわ」
P「っ」
時子「当然でしょう? 私の筋金入りの虜をみすみす逃すとでも? 致命的な弱みも握れたことだし」
P「うぐ……」
時子「人も、人の関係も、変わるものよ」
時子「貴方と私も……ね」
P「時子……」
時子「それじゃあ、貴方の父親に会いに行きましょうか」
P「どっちにしろ会いに行くのか!?」
時子「関係披露の挨拶よ、決まってるでしょ」
P「うぅ……ヒドすぎる、あんまりだ……」
時子「トロい。置いていくわよ」
P「わ、わかった。もう知らないぞ……どこまでも時子についていくさ」
時子「普段ダウナー気取ってる男の取り乱す様は最高に見物だったわ」
P「決意したんだから蒸し返さないでくれ!」
時子「ホント……良い顔……っ」
P「あ……」
時子「……何よ」
P「俺……時子が自信たっぷりに高笑いしてる姿も好きだけど」
時子「……皮肉?」
P「いいや、違う。これは天然の……偽りない、俺の気持ちだ」
P「時子は……そうやって―――」
――――――――――――――――――
――――――――――――
―――――――
『さぁ哀れな養豚共! 鳴くしか使い道のない、肥え腐らせたその舌で』
『この私を讃える歌を!!』
< ウォオオオオオオオオーーーーッ!! トキコサマーッ! フンデクレー!!
ルキトレ「わぁっ、わあーーっ!」
時子「………」
ルキトレ「よかったっ……やっぱり財前さん、番組に出てるじゃないですか!」
時子「ええ……まぁね」
ルキトレ「一時はどうなることかと――いえ、どうなっちゃってることかと思いましたよ?」
時子「……チッ」
ルキトレ「あ、あれ? 今……」
『今日だけは恵んであげる! 踏んでほしい者は、存分に心を晒しなさい!』
ルキトレ「これって、この前あったライブですよね?」
時子「そうね」
ルキトレ「じゃあロケでの撮影からは内容を変えて……え、えっ?」
時子「……」
ルキトレ「これ……違う、ライブから舞台裏に、スタッフさん達も映って……」
ルキトレ「ざ、財前さんとプロデューサーさん、打ち合わせの光景までっ……もしかして」
時子「これから売る予定だった記録映像よ」
ルキトレ「えええぇっ!? それをTVで先行公開って、そんなのアリなんですか!?」
時子「私がそう命じればね。こんなの出し惜しみしたって仕様がないわ」
ルキトレ「わわっ、本当だ……衣装合わせ、練習風景とか」
ルキトレ「スタッフさん一人一人……」
時子「……」
ルキトレ「あ、また映像が」
゚・*:. ♪。.+*゚。*。゚ *。♪゚.+.。.:*・゚
ルキトレ「って……!?」
『――魅せてあげる。歌わせてあげる。……刻み込みなさい、その魂に』
ルキトレ「こ、今度は未発表の新曲!!? しかも撮り下ろしのミュージックビデオまで、どうなってぇ!?」
時子「貴方面白いわね」
ルキトレ「それどころじゃ……ひぇええええ!! これダンサーさん何人っ、セット幾らかかってるんですか!?」
時子「アタッシュケースで足りるわよ」
ルキトレ「頭が……クラクラしてきました……」
時子「ウフ、やった甲斐もあったわ」
ルキトレ「こんな豪華すぎる番組、一カ月保つかどうか!」
時子「終わらせるわけないでしょ。これは革命よ。私のポケットマネーからも出資してるもの」
ルキトレ「前代未聞です……」
時子「ククッ、そうでなければつまらないわ。それくらいやらなきゃ」
時子「世界を変えることなんてできない」
『――そこの貴方』
ルキトレ「え……?」
『そう……そこでこの時子様を観て、魅せられている貴方よ』
時子「……」
『貴方はたった一人の人間……世界に散在する数え切れない下僕の中の一人』
『所詮その程度の存在でしかない』
『けれど、私は貴方の事を忘れない』
『貴方の血肉を、鼓動を……服従を、熱狂を忘れない。何があっても、決して』
『貴方が私を観ているように、私もまた、貴方を視ているの』
『私の存在は、私一人では完結しない』
『このステージの礎となった者達。私を観ている幾千、幾万……幾億もの下僕達』
『その上で初めて、私は孤独ではなく孤高になれる』
『そして私も、貴方達を決して“独り”にはしない』
『私を観ている全ての者へ』
『私は貴方達の全てを……愛しているわ』
『……ふふっ』
ルキトレ「あ……」
時子「……」
ルキトレ「今……」
ルキトレ「財前さん……普通に笑って」
時子「…………」
ルキトレ「ごめんなさい何でもないです何も観てないです」
ルキトレ「けど、もしかして……今の笑顔を観られるのが恥ずかしかったから『出てない』なんて嘘を」
時子「どうして貴方は謝った直後にそれを台無しにするような行動に出るのかしら」ヒュパァアアンッッ!!
ルキトレ「どうして財前さんはそんな自然にどこから鞭をっ!?」
時子「……私は、何度も、カットしろと言ったわ……」
ルキトレ「?」
時子「でも、あの男が……」
P『時子は……そうやって―――』
P『自然に笑ってる顔も、可愛いと思うんだ』
時子「……そう……言った、から……」
ルキトレ「………」
時子「………」
ルキトレ「……」
時子「……ちょっと」
ルキトレ「かわいい」
時子「ハァ!?」
ルキトレ「かわいぃ……えへへ、財前さんすっごくかわいいです、かわいいぃ~~!」
時子「っ、何なの貴方、気色悪い! ヘンな薬でもヤっているのかしら!」
ルキトレ「財前さんが可愛いからですよぉ~! きゃーー可愛いーーー!!」
時子「フザけっ、寄ってくるな小娘ぇ、貴方程度がこの私に引っついていいわけ」
ルキトレ「私、財前さんのこと応援してますっ、離れたくないです!」
時子「誤解やら錯誤やらで突っ込み所が多すぎるのだけど……!」
ルキトレ「? 何がですか?」
時子「……ハァ」
時子「……貴方が私の元に寄越された理由、わかった気がするわ」
ルキトレ「あ、TV終わっちゃってた……ショック……」
時子「……この、小娘ぇ……っ!」
ルキトレ「それとですね、財前さん」クルッ
時子「何かしら『あの男二号』」
ルキトレ「何ですかその呼び名!? って、そうじゃなくてですね!」
ルキトレ「小娘小娘っておっしゃいますけど、わたし財前さんと二つしか離れてないんですよ!」
時子「……冗談でしょう? てっきり小学生かと」
ルキトレ「いくらなんでもヒドすぎます! むしろ財前さんが大人びすぎてるんですよぅ!」
時子「貴方がガキすぎるだけよガキ」
ルキトレ「ちがいますぅっ、財前さんがいろいろ経験したり達観したりしすぎなんですー!」
時子「だから誤解の無い言葉の遣い方ってものを学びなさいよガキ、キーキー喚いてガキそのものね」
ルキトレ「今度はガキガキ言いすぎです余計にヒドくなってますあんまりですっ!」
時子「貴方が余計に喚くからでしょう!」
ギャーギャー!!
ルキトレ「もぉーこうなったらわたし絶対に財前さんから離れませんからっ!」
時子「何ですって?」
ルキトレ「トレーナーの意地にかけて! 財前さんをおそばで見守るんです!」
時子「ハン、やれるものならやって御覧なさいな。ついこの間まで私に気圧されてピーピー泣いてたガキが」
ルキトレ「またガキって……もぉお! 絶対に認めてもらいますから!」
時子「そんな日が来るかしらね」
ルキトレ「サインだって必ずもらうんですからっ。あの時は破られちゃったけど」
時子「フン、勝手になさい……」
ピリリリリリリリリリ!
時子「……?」
ルキトレ「あ、私の携帯です、すみませんっ………」
ルキトレ「あ、プロデューサーさんからだ」
時子「!?」
ルキトレ「わぁ、プロデューサーさんも番組を見たそうですよ! 後で財前さんにも電話するって」
時子「何故……貴方が」
ルキトレ「えぇと、お仕事の関係で……実を言うと、最近財前さんとよくお話しするってお伝えしたんです」
時子「貴方のその方々への口の軽さはともかく……というか」
ルキトレ「それでこうして、時々メールで財前さんのことを連絡し合ってるんですよ」
時子「………」
ルキトレ「ざ、財前さん?」
時子「ふぅん……へええぇ……」
時子「そう……?」
ルキトレ「ヒッ!?」
時子「そう……そうよね……完全にノーマークだったわ、油断していた……っ」
ルキトレ「あ、あの」
時子「『電話など要らない』と伝えておきなさい」
ルキトレ「えっ、いいんですか!?」
時子「それともう一つ、私からも貴方に良い報せがあるわ」
ルキトレ「え……」
時子「貴方の事、認めてあげる。貴方はこの私が認識するに足る立派な存在よ」
ルキトレ「本当ですか!? それじゃあ……」
時子「完全なる敵としてね……」ギロォッ!!
ルキトレ「えええええぇっ!!?」
時子「サインなんてやるわけないわ。その辺でのたうち回ってそのまま埋まって消えるといい」
ルキトレ「完全に悪い報せじゃないですか!? ううぅ、そんなぁ……せっかく仲良くなれたと思ったのに……」
時子「アァン!? “仲良く”? 吐き気がするわ、そんなの未来永劫あり得ないわよさっさと去ね」
ルキトレ「どうしてですかぁ……あ、もしかして焼きもちですか? えへへ、かわいい」
時子「どうしてこういう時だけ発想豊かなのかしらこのクソガキ」
ルキトレ「クソガキじゃないです仲良くしてくださいよぅ! あ、コイバナしましょうコイバナ!」
時子「ウザいっ、貴方みたいなのと話すわけないでしょ!」
ルキトレ「プロデューサーさんのどこが好きになったんですかー!?」
時子「人の話を聞けクソガキぃっ!」
ギャーギャー!!
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・ ・ ・
ピリリリリリリリリ……
P「……ん」
P「もう朝か……」
P「ルキトレさんからの返信かな……」
ピッ ピッ
P「やっぱりそうだ……早く返さなきゃ」
P「? もう一つ前にもメール……」
P「知らないアドレス……タイトルが……って、時子……!?」
P「昨日電話できなかったのは気がかりだったが……そうか、そうだよな」
P「俺たち、交換したのは番号だけで……いや、まあ、時子が必要ないって言ってたから……」
ピッ ピッ
P「……」
P「………」
『言葉無しに成り立つ関係こそ本物の主従ではあるけど
あえて貴方が真っ先に返事をすべきはこの私よ』
P「えぇと……」
P「要するに、ルキトレさんより時子に先にメールを返せってことだよな……」
P「でも……」
P「結局……どういう内容のメールなんだこれは……」
ピリリリリリリリリッ!!
P「わっ、び、ビックリした……またメール……」
P「って……」
『頑張りなさい、下僕』
『しばらくのお別れよ』
P「……はは」
P「……ああ、頑張るよ、時子」
P「しばらくのお別れだ」
P「でも、俺たちの『しばらく』なんて」
P「……きっと、あっという間さ」
おわり
かなり長くなってしまいました。読んでくれた方、レスしてくれた方、ありがとうございました
総選挙にも誕生日にもかすってもいませんが、時子様に捧げます
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