ほむら「However, you are not alone」 (199)


二つの想いは相容れない。

どちらかに進めばもう片方は諦めねばならない。
 
けれど、どちらの想いもあまりに強く大きくなりすぎた。

その片方だけを捨ててしまうなんてできなかった。


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概要
・魔法少女まどか☆マギカ二次創作
・舞台は改変前
・ひたすらに暗い話


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Prologue
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目を開けると、そこには雨雲で埋め尽くされた灰色の空があった。そのせいなのか辺りはかなり薄暗い。おかげで今が昼か夜なのかも分からない。

雨と風が物凄い音を立てて吹き荒れていて、聴覚は頼りにならなさそうだ。なので頭を動かし目を凝らして辺りの様子を観察してみると、そこら中に瓦礫の山があった。私が今寝ている場所も、そんな建物の残骸が積み重なって形成された場所だったようだ。


「……う」


 取り敢えず体を起こそうとすると、頭に鈍い痛みが走る。程度はそれほどでもないようだけれど、どうやら怪我をしているらしい。気を失っていたのもこの怪我が原因だろうか。

 
(ここは? 一体、何が)


 次第にはっきりしてくる意識の中で、自分の置かれた状況を思い出そうとしていたその時、遠くの方から笑い声が聞こえてきた。


『アーハハハ……』

「この声……」


 聞き覚えのある声だった。狂ったような嘲けるような、そんな世にも恐ろしいその笑い声は、嵐の轟音の中でも不気味なほどによく響いている。

 それを聞いている内に、私はようやく今日がどういう日で何故自分がここにいるのかを思い出した。


(そうか、今日は……)


 あの化け物を倒すために、グリーフシードを集め、仲間たちとともに作戦を練ったりするなどして様々な準備をしてきたのだった。そして今日はあの化け物……“ワルプルギスの夜”が現れる日だ。

 おそらく私はその戦闘中に何らかの理由で吹っ飛ばされて、頭を打って気絶したのだと思う。
 
 ある程度状況を把握したところで、私はふらふらと立ち上がった。まだ若干朦朧としているが何とか戦えるだろう。

(どれくらい気絶してたのかしら……。早く加勢しないと)


 戦況を確認するためにも、取りあえずワルプルギスの夜の方を見てみた。風雨のせいで視界が良いとは言えないが、幸い周囲に大きな建物がなかったため、その姿を視認するのは容易だった。ただ、見えるのは魔女と使い魔たちだけであり、それと何かが戦っている様子はない。


「マミ、杏子……まさか」


 おそらく、二人ともやられてしまったのだろう。
 
 死んでしまったのか、怪我をして身を引いているのかは分からない。しかし例え二人が生きていてもグリーフシードのストックがない以上、戦線への復帰は絶望的だろう。なら、戦えるのはもう一人しかいない。

 そう思い、私がワルプルギスの元へ向かおうとすると――


「……す、けて」


 どこからか、かすれた声でそう聞こえた。

「えっ?」

「たすけ、て」


 声は少し離れたところにある瓦礫の山の方から聞こえてくる。


(まさか一般人!? 逃げ遅れたの!?)


 声のする方へ向かうと一人の少女が瓦礫の下敷きになっていた。


「大変! あなた大丈夫!?」

「くる…し、だ……して」


 急いで瓦礫をどかして少女を引っ張り出した。瓦礫はかなり重かったが、魔法少女の身体能力ならばなんとか動かせる程度ではあった。少女は足を押しつぶされてしまったようで、そこからかなり出血している。


「死にたく……よ、……す、けて」


 消え入るようなか細い声で、少女はうわ言のように何かを呟いている。その内容は風の音のせいもあって、ほとんど理解できなかった。ただ、死への恐怖、生への未練、そして苦痛から逃れたいという意志だけは痛いほどに伝わってきた。


「いや。い、や……」

「ちょっと、しっかりして!」

「……」

「……っ」


 できる限りの手当てを施そうとしたが、出血が酷すぎたせいでほとんど何もできない内に少女は力尽きてしまった。

(避難警報は出ていたはず、なのに)


 少女の亡骸を横たえ、開いたままの目を閉じてやる。
 名前も知らないし、顔に見覚えがある訳でもない。彼女は全くの赤の他人だ。けれど目の前で一人の人間が苦しみながら死んでいったと言う事実は、十分にショックなものだった。


(……早く行かなくちゃ)


 少女の死をゆっくりと悼んであげたいが、こうしている間にも彼女のような犠牲者を増やしてしまうかもしれない。

 ……気を取り直して再びワルプルギスの元へ向かおうとして、私はそこでようやく周囲の様子がおかしいことに気が付いた。

 
 荒れ狂う風の音に混じって声が聞こえてくるのだ。一瞬、少女が息を吹き返したのかと期待しその方を見たけれど、違った。彼女は横たえた状態のまま空を仰いでいるだけで、微動だにしない。


『助けて……』

『いた、い』


 少し耳を澄ませばわかったことだが、その声は一人や二人のものではなかった。怒声、泣き声、うめき声……それらが時折風の音に混じってあたりから聞こえてくる。それはワルプルギスの夜の笑い声とは違う、生身の人間の声だった。
 
 目を凝らして周囲をよく見てみると――


(何で……どうして、こんな!)


 そこには凄惨な光景が広がっていた。
 
 先ほどの少女のように瓦礫の下で呻いている人、それを助けようとしている人、知り合いや家族を探している人。倒れたまま、何かの下敷きになったまま息絶えた人。その誰もが雨風にさらされ泥と煤だらけになっていた。


「……まさか」


 しばしの間呆然としていたが、近くにあった建物の残骸などを眺めている内に、ここにはかつて避難所が“あった”のだということを理解した。高い建物がなく辺りの見通しがよいのも、あの魔女がそこにあったであろう全ての建物をなぎ倒していったからだったのだ。


「そん、な……」


 それらの事実を理解した途端に、全身から血の気が引いて行くのが分かった。

 あの魔女を止めることが出来なかったと言うこと、多くの犠牲者がでてしまったということ……それらも十分に応えることだった。けれど、何より絶望的だった事実は、あの子とその家族がここに避難して来ていたということだった。

 
『アーハハハ……』


 この光景が楽しくて仕方が無いとでも言うのだろうか、また笑い声が聞こえて来る。遠くに見えるその声の主の周りでは、今なお名も知らない無数の命が散っていた。

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「タツヤ、大丈夫?」
「うん、だいじょぶ。ねーちゃは?」


 タツヤは多少煤まみれになっていましたが、大きな怪我はなさそうでした。私も大した怪我はありませんでしたが、雨風や瓦礫に打ち据えられたせいで体中が痛くなっていました。


「よかった……。うん、お姉ちゃんも大丈夫だよ」


 でも、この子をこれ以上不安にさせたくなかったから、私は精一杯の強がりを言いました。こんな状況です、うろたえるようなところを見せるわけにはいきません。今この子が頼れるのは、姉である私だけなのですから。

 無理矢理に作った私の笑顔を見て、タツヤは少し安心したような表情を見せると、再び見上げて問いかけてきました。


「パパと、ママは?」

「パパと……ママはね……」


 私はそう言いながら、ゆっくりと顔を上げました。視線の先にはたくさんの人たちの命を、パパとママの命を奪っていった魔女がいます。遠くてよくは見えませんが、今もあの魔女によって多くの人たちが犠牲になっているのでしょう。


「……私と、タツヤを置いて遠くに行っちゃったんだよ」


 遠くを見たまま私はそう言ました。嘘ではないですが、ひどく曖昧にぼかした言葉でした。タツヤの顔を見て事実をありのままに言う勇気がなかったのです。


「かえってくるよね?」

「……」

「ねーちゃ?」


 言葉に詰まった私を、タツヤが不安そうに見つめています。


「……うん、帰ってくるよ」

「いつ?」


 もう、私の中で答えは出ていました。


「今から、お姉ちゃんが連れてきてあげる。……だから、タツヤはちょっとの間ここで待っていてくれる?」

「うん!」


 元気よく返事をしてくれたタツヤの頭を撫でてから、私はその場を後にしました。

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 私はこれまで幾度となく失敗してきた。その意味も、そしてその失敗がどんな結果をもたらすのかも理解しているつもりだった。けれど、その結果をこうしてまざまざと見せつけられ、かつてないほどに打ちのめされていた。

 気づけば盾の砂はすべて落ち切っていた。もうこの世界であの魔女を倒すことはできない。仮に奇跡が起こって倒せたとしても、それは最悪の結末を導くだろう。今私にできることは、盾の砂時計を反転させて次の世界へと行くことだけだ。


「……いやだ」


 それでも、死屍累々たる廃墟の中を彷徨い続ける。自分の無力さが招いたその結果に絶望し、涙を流しながら。


「嫌だよ、こんなの」


 認めたくなかったのだ。

 何もかもが上手くいった世界だったのに。

 最善の状態でこの日を迎えることができたのに。


「……まどか」


 それでもあの子を守れなかったなんて、認めたくなかった。

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「キュゥべえ」

「やあ、待ってたよ。鹿目まどか」


 魔法少女になってはいけないと、そう忠告してくれた人のことが思い出されます。


「あなた、私が魔法少女になればどんな願いでも叶うって、そう言っていたよね。……それは本当?」

「本当だよ。今までいろんな子と契約してきたけれど、君ほどの可能性を持った子はいなかった」


 初めてそう言われた時は冷たくて突き放したものに感じられたけれど、今になって考えてみれば彼女なりに私のことを心配してくれていたんだなと、そう思えました。


「なら、私が願えばあの魔女を倒せる? ……いなくなってしまった人たちを蘇らせることはできる?」

「叶えられる願いは一つだけだ。ただ君が魔法少女になればワルプルギスの夜を倒すのは造作もないだろうね」


 でも、いいよね?


「……そう、分かった」


 私はもう大切なものを失ってしまいました。


「さあ、鹿目まどか。戦いの運命を受け入れてまで、魂を懸けてまで君に叶えたい望みがあるというのなら」


 だから、それを取り戻すために、そして守るために――


「言ってごらん。僕が力になってあげられるよ」


 この命を使っても、いいよね。


「私は……」


 ねえ、ほむらちゃん。私――


「私の、願いは――」


 魔法少女になっても、いいよね?

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 辺りが光に包まれて

 死んでいた人たちが皆戻ってきて

 ワルプルギスの夜はあっけなく崩れていった。

 そう、それはまさしく“奇跡”だった。


 ……そして、その奇跡の代償は、最悪の形で清算される。

 魔女となったあの子が全てを滅ぼしてゆくのを、なす術もなくただ見つめることしか、もうできることはなかった。


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 この世界では巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子のうち一人も欠けることはなかった。

 巴マミはいずれ魔女になる魔法少女の運命を受け入れ、
 
 美樹さやかは失恋を乗り越えた。
 
 佐倉杏子も巴マミと和解することができた。
 
 そんな限りなく恵まれた環境下の中、グリーフシードを可能な限り集めて、魔女と戦う作戦もしっかり練った。


(……出来る限りのことは、やったのに)


 今まで私が廻ったどの時間軸よりも善いといっても状態でこの日を迎えることができた。そう、最善を尽くした。今までに繰り返してきた中で得た全てをもって運命に挑んだ。


(その結果が、これ?)


 事前に皆と考えた作戦の甲斐あってか、始めの方は優勢に戦うことができた。けれど、長引く戦いに皆疲弊してグリーフシードも底を突き、次第にこちらは劣勢に追い込まれていった。

 そして、美樹さやかが倒れたことにより戦況は決定的なものになった。残された者たちは動揺し、戦い方はどこか慎重さを欠いたものになっていた。マミも杏子も倒れ、避難所は襲撃され……そしてまどかは契約してしまった

 そう、いつもと同じだった。魔女に敗れ、世界は滅び、守るべき人は失った。私は何一つとして結果を残せなかったのだ。


(これ以上、何をどうしろって言うのよ?)


 グリーフシード、戦力……どちらも足りなかった。けれど、これ以上グリーフシードを集めようとすれば、仲間と結託ための時間が足りなくなり、戦力は今回未満のものとなる。逆に戦力を増やすために仲間を集めようとすれば、その人間関係の調整などに時間を取られて、集められるグリーフシードの数は減ってしまう。


(……どうしようもない、そういうことなの?)


 つまり、どうやってもまどかを守ることはできない。

 ……彼女との約束を守ることは、できない。

「……」


 そう理解した瞬間、心の中で張り詰めていた何かが切れた。途方もない疲労感に襲われ、力なくその場にへたり込む。

 地面が水浸しだったためにタイツに水が染みて行くのが分かったけれど、それをどうにかする気力ももうない。

 何をする気にもなれないのだ。このまま魔女になってしまってもいいと、そんな考えが脳裏をよぎるほどに私の心は衰弱していた。


(もう、おしまいね)


 左手の甲にある宝石も、そんな弱った意志に呼応するように黒く染まっていた。多少の余裕はあるようだけれど、放って置けば魔女が産まれ出てくるはずだ。
 
 戦闘の途中で気絶してしまったため、僅かではあるがグリーフシードは手元に残っている。すぐにでも浄化しようと思えば、できる。

 けれど、もうそんな気にはなれなかった


「ごめんね、まど……」

 
――お手柄だよ、ほむら――


「……」


 私が全てを投げ出してしまいそうになったその時、いつかの時間軸でキュゥべえが言っていたことが脳裏をよぎった。


――君が、まどかを最強の魔女に育ててくれたんだ――


 なんでも、私が何度も同じ時間を繰り返したせいで、まどかは強力な魔法少女としての素質を持つようになり、同時にこの星を滅ぼすほどの魔女になるようになったのだそうだ。


(じゃあ、私は。私の、してきたことは)


 少し顔を上げれば、遠くには巨大な怪物と化したまどかが佇んでいた。この星の全ての魂を貪り食らっている最中なのだろう。


(あの子にこんなことをさせて、私は終わろうとしているというの?)


 大切な人を守るためと言いながら、その人を世界を滅ぼす化け物に育て上げ、その結果に勝手に絶望して死のうとしている……それが今の私だった。

 あの避難所跡の悪夢のような光景が、今では世界中に広がっている。目の前で息絶えた少女の姿が思い出される。まどかの父、母、弟、友人たちも、皆あんな風にして死んだのだろうか。もがき、苦しみ、目前に迫る死に怯えながら、あるいはそんな感慨を抱く間もなく一瞬で。

 そしてその死をもたらしたのは、何より彼らのことを守りたかったであろうまどか自身の手によってなのだ。それは何と悲しく、そして報われない話だろうか。


(いや、だ。やっぱり、こんな終わり方は、だめ)


 少しでも良い結末を迎える方法はないのだろうか。何だっていい。少なくともこんなことになるよりは救いのある終わり方はないのだろうか。

 “約束”を守れないなら守れないなりに、何か彼女のために出来ることはないのだろうか。


(“約束”……)


 ふと、そこでまどかと約束をした時間軸のことが頭に浮かぶ。思い出してみれば、まどかの協力ありきではあったもののワルプルギスの夜をまともな形で倒すことができたのはあの時間軸だけだった。


(それなら、どうやっても、彼女を守れないというのなら)


 今のまどかはワルプルギスの夜を一撃で倒せるほどの力を持っている。初めから彼女に戦ってもらえば、おそらく一人の死者もなくワルプルギスの夜を倒せるだろう。彼女を守ることはできなくとも、彼女が守ろうとしたものを守ることはできる。


(まどかを魔法少女にして戦わせて、魔女になる前に彼女を……)


 彼女の命を代償にして、あの魔女を倒す。それはたった一つ、この最悪な結末を回避できる方法だった。


(それでも、そんな……)


 勿論そんな簡単に割り切れるものではないけれど、ここで何もせずに死ぬということはすなわち彼女に世界を滅ぼさせたままにするということなのだ。

 それは、彼女が何より愛していたであろう大切な人たちを、彼女自身に殺させてしまうということになる。どうしたって、あの子がそんな結末を望むはずなどない。

 私自らまどかを犠牲にすれば、それ以外の彼女の愛した全てが守られる。それはこのままここで絶望して魔女になるよりは、出口のない迷路の中で彼女に業を背負わせるよりは、余程善い選択なのではないだろうか。


(私はただ、まどかを守りたかっただけなのに、どうして……)

 
 全てが失われたように思えた世界なのに、考える時間だけはいくらでも残されていた。

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 長い長い時間をかけて、やがて私は結論を出した。

 よろめきながらも立ち上がり、かつてまどかだった魔女を仰ぎ見て言葉を紡ごうとした。


「ごめんなさい、まどか……いいえ」


 けれど私はすぐに言葉を切ってしまった。


「……ごめんなさい、“鹿目さん”私は、あなたとの約束を果たせなかった」


 もう私はあの子をそんな風に呼ぶことはできない。あの子を見捨てる私にそんな資格があろうはずもないのだ。



「何度繰り返しても、いくら手を尽くしても」


 話しかけたところで鹿目さんに届くわけでもないし、ましてや返事が来ることもない。

 それでも私は言葉を続ける。所詮一人よがりだと分かっていても、そうしなければ罪悪感に押し潰されてしまいそうだったのだ。


「あなたを、絶望の運命から救い出すことはできなかった」
 

 それは絶対に許されないことだ。私にはこの繰り返しに終止符を打つ責務がある。せめて、それを終えるまで倒れることは許されないのだから。


「だから、せめて」


――私、魔女にはなりたくない。嫌なことも、悲しいこともあったけど、守りたいものだって沢山、この世界にはあったから――


 それは、いつの日かあの子が私に遺した言葉。

 例えどんな辛いことがあろうとも、大好きだったこの世界を呪いたくはないという強い想いがそこには込められていた。


「結末は少しでも、あなたの遺志に沿えるように……」


 ああ、そうだ。


「私は……私は、あなたを……」


 あの時初めてあの子のことを“まどか”と呼んで――








「……あなたを、殺します」


 ……初めてあの子を、殺したんだった。


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プロローグ終了、そして今日の投下はここまでです。
こんな感じの爽快感の欠片もない話が延々と続きます。
エタらないように最低でも月1,2回くらいのペースで投下していきますので、気が向いたらお付き合いください。

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 照明の電球は切れかけて明滅を繰り返し、窓は閉ざされていてそこから光が差し込んでくることはない。

 家具はほとんどなく、ベッドとその隣に椅子が一つあるくらいだ。床の上には水の入った洗面器に冷たい濡れタオル、いつか学校で配られたプリントの束、少し赤く濡れたハンカチ……そんなものが乱雑に散らばっている。

 そんなうす暗く殺風景な部屋の中、私は空っぽのベッドによりかかり地べたに座り込んでいた。


(……静かね)


 辺りは音という概念が消えてしまっているのではないかと思う程に静まり返っている。聞こえる音といえば、せいぜい私の呼吸音くらいのものだった。


(もう、ここには私しかいないのかしら)


 そんな疑問がふと湧いたけれど、すぐにどうでもよくなってしまう。仮にここに誰かいたとしても、どうせそれはあの人ではないからだ。それならどうだっていい。というか、そもそも体が動かないので確かめに行くことさえできない。手足の指先に至るまですっかり錆びついてしまったかのようで、どこにも力を込められないのだ。


「はぁ」


 意図せず漏れたため息が、部屋の中に響く。


(もう、だめね)


 息を吐き切ってから、私は自分の膝元へと目線を落とした。

 そこには一冊のノートがあった。何も特別なものではない。そこいらでいくらでも買えるような普通の大学ノートだ。

 けれど、そこに描かれているものは、私にとってはかけがえのない大切なものだった。

「かなめ、さん」


 ノートを残してくれたあの人の名を口にしてみる。それで何かが変わるのではないかと、そう期待したのだ。けれど、何も変わらない。心の中にある虚無をより一層自覚して、余計に苦しくなっただけだった。

 やはり、もう私にはほとんど何も残っていない。憧れも願いも未来も約束も……いつか胸に抱いた輝かしいものたちは全てどこかへ消えてしまった。


(……でも、いい。これで、いいのよ)


 光を失い、痛みと苦しみだけが残った。けれど、それでも私にはたった一つだけ肯定できたものがあった。だから、もう十分だ。


「さよ、なら。私の……」


 最後に残ったこの想いを守るためにも、そろそろ眠ってしまおう。もう、意識があったって辛いだけになってしまった。


「……私の、神さま」


 そして私は瞼を閉じた。せめて、幸せな夢が見られればいいなと思いながら。

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 一話「青空」
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 目を開けると、見慣れた病院の天井が目に入った。私は体に異常がないことを確認すると、ベッドから身を起こした。


(十六日、いつも通りね)


 壁にかかったカレンダーを確認すると、そこには今日が退院日であることが記されていた。

 何もかもが同じだった。病弱な体も、暖かな春の陽気も、窓の向こうで舞う桜の花びらも……私を取り巻く環境は今までの世界と何一つ変わっていなかった。

 それなのに――


「鹿目さん、私は……」


 私が世界に懸ける思いだけが、真逆のものへと変わってしまっていた。

 
 ※          ※          ※

 私がするべきことはあまり多くなかった。

 武器の調達と魔女退治を必要の最低限こなすこと、それくらいだった。

 ワルプルギスの夜を私自ら相手取る必要が無い以上、銃火器もグリーフシードも決戦の日まで生きて行ける分だけを集めればよいのだから。

 キュゥべえの妨害をする必要もない。奴を邪魔したって何のメリットもない。


 ……本当にそれ以外のことはほとんど何もしなかった。

 空いた時間は自宅の部屋の中でぼうっとしていることが常だった。

 何をすべきか分からなかったし、何をする気にもなれなかったのだ。

 この時間軸に来てからの一週間は、そんな空虚な日々が続いた。

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「はーい、それじゃあ自己紹介いってみよー」

「……暁美ほむらです。よろしく、お願いします」

 
 そして訪れた転校初日、私は早乙女先生に促され自己紹介をしていた。


(ああ、鬱陶しい)


 教室の生徒達はいつもと同じように、転校生などという滅多にない出来事に色めき立っている。

 普段ならその程度ことは気にも留めないのだけれど、今回は気持ちが乱れているせいでその騒々しさに苛立ってしまう。


 いつもと同じ。それが変わらない運命と、変えられない自分自身を揶揄しているかのようで腹が立ったのだ。
 
 自分でもただの八つ当たりだとは分かっていても、ささくれ立った心は落ち着いてくれそうにない。


『うお、きつそう』

『ちょっと怖い人だね……』


 態度や口調に出てしまったのだろう。教室内の喧噪には少しではあるけれど非難の声が入り混じっていた。自業自得だと言うのに、そのせいでさらに気が立ってしまう。


 顔を上げて睨むように教室内を見回すと、後ろのほうの席に鹿目さんの姿があった。偶然彼女もこちらを見ていたためにうっかり目が合ってしまう。


(……う)


 その途端、胸に言いようの知れない痛みが走る。
 
 鹿目さんは一瞬驚いたような顔をすると慌てて顔を伏せてしまったが、私は彼女から目を放すことが出来ずに固まってしまった。


「暁美さーん? どうかしたの?」


 私の様子がおかしいことに気付いた早乙女先生が戸惑いながら声をかけてくる。きっと、内面の動揺が顔に出ていたのだろう。


「すみません、なんでもありません。それより私の席はどこでしょうか」

「そ、そう? それならいいけど……。えーと、暁美さんの席は……」


 わざわざ悪目立ちしたくはない。私はすぐに平静を装って自分の席に着いた。


 ※          ※          ※

 朝のホームルームが終わると、すぐにクラスの女子生徒たちに取り囲まれた。自己紹介の時に愛想悪くしていたおかげか、その数はいつもと比べれば少ないようだ。


「暁美さんって、前はどこの学校だったの?」

「前は、部活とかやってた? 運動系? 文化系?」

「きれいな髪だよね。シャンプーは何使ってるの?」


 けれど質問の内容はほとんど同じだった。前の学校、部活に趣味、果ては彼氏がどうとか下世話なことまで根掘り葉掘りと質問される。そんな詮索を、当たり障りのないよう適当に受け答えしていく。

 これもまた、いつも通りの光景だった。


「ごめんなさい、なんだか緊張しすぎたみたいで、ちょっと気分が……保健室に行かせてもらえるかしら?」

「え? あ、じゃあたしが案内してあげる!」

「あたしも行く行く」

「いえ……」

――お構いなく。係の人にお願いしますから――


 そしてある程度彼女たちの相手をしたところで、これまたいつもと寸分違わぬ文句でそう続けようとした。鹿目さんに保健室に連れて行ってもらうことで、無理矢理にでも彼女と接点を持つためだ。
 
 けれど――


「……」

「どしたの、暁美さん?」


 ここで鹿目さんと接触して、それでどうするというのだろうか。

 いつもならば、魔法少女になろうと思わないようにと、その場を使って遠回しに忠告していた。

 
「……何でもないわ。それじゃあ保健室までお願いしていいかしら?」

「おっけい!」

「あはは、そんなかしこまらなくてもいいのに~」


 でもそんな忠告は何の意味もなさない。自分を大切にしろだの、変わろうとは思うなだの……今の私にはそんなことを言う資格も意味もない。

 鹿目さんには魔法少女になってもらわねばならないのだから。私は彼女を見捨てるのだから。

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 その後、適当に授業を受け、興味本位でからんでくる子たちの相手をしながら、転校初日を過ごした。

 一切鹿目さんに関わることなく、ただ淡々と。

 きっと、資格も意味もない、などというのは私の中の建前でしかなかったのだろう。

 本当はただ自分が辛かったからだ。裏切る相手の顔を見るのが辛いというだけで、彼女のことを意図的に避けたのだ。

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本日の分はここまでです。
読んでくださったか方がいたら、ありがとうございました。


 放課後。普通ならこの時間は鹿目さんと接触させないために、キュゥべえをモールの地下通路で追い掛け回している頃だ。
 もちろん、この時間軸ではそんなことをする必要もない。


(どうして、ここに来ちゃったのかしらね)


 それなのに私の足は自然とモールの方へと向かっていた。
 他に取り立ててやることが見つからなかったから、いつもの癖でなんとなくそうしてしまったのだろう。
 ……正確には魔女や使い魔を狩るなりなんなりやることはあった。けれど、何だかやる気が起きなかったのだ。


(なんか、変な感じ……)


 賑やかなモールの中を歩きながら、私は妙な感覚に囚われていた。
 自分がこうしてのんびりと街中を散策していること自体が、変なことのような気がするのだ。長い間戦い続けていたせいで、何の目的もなくのんびり過ごす時間そのものに、違和感を覚えてしまっているのだろう。
 
 そうやって歩き回っているうちに、あるCDショップの前へと辿り着いていた。店内に目をやると、見知った二つの人影があった。



(鹿目さん、それに美樹さやか)


 中ではちょうど美樹さやかが会計を済ませたところのようだった。上条恭介に渡すためのCDでも買ったのだろう。

 私がぼんやりと店内を眺めていると、やがて美樹さやかが待たせていた鹿目さんに声を掛け、二人で出入り口の方へと向かってきた。


(……行こう、ここに居たら鉢合わせしちゃうわ)

 
 顔を合わせることを恐れて、私は逃げるようにしてその場を後にした。

 ※          ※          ※

 モールからの帰り道、魔女の反応を察知した私は、探索の末に人気のない廃ビルへと辿り着いていた。相変わらずやる気はおきなかったけれど、だからといって無視するわけにはいかなかったのだ。

 手早く魔法少女に変身して廃ビルに足を踏み入れると、途端に辺りの空間が歪み、結界が構成されてゆく。どうやら当たりのようだ。


「はあ……」


 なんだか酷くだるい。妙に気だるくて思わずため息が漏れてしまうほどだ。さっさと魔女本体を叩いて終わらせてしまいたい。
 
 私がそう考えてその場でだらだらと武器を取り出していると、綿のような頭に立派な髭をこさえた使い魔たちが現れ、私を切り刻もうと持っている鋏を動かし始めた。


(また、この使い魔……もう見飽きたわよ)


 巡る時間の中で何度も見た相手だった。気後れするような敵でもないので、使い慣れた銃火器たちで周囲の連中を一掃し、そのまま魔女のいる最新部へと向かっていった。







『きゃあっ!』

『こ、こっちくんなっ!』

「この声、は……」


 しかし、進み始めてからそう経たないうちに、どこかから悲鳴が聞こえてきた。
 距離が離れているらしく聞き取り辛かったが、その声は間違いなく鹿目さんと美樹さやかのものだった。


「冗談だよね? 悪い夢でも見てるんだよね? ねえ、まどか!」

「ひぃっ……」

 大急ぎで声のする方へと向かい、なんとか二人の姿を見つけた時、そこでは多くの使い魔たちが今まさに彼女たちに襲い掛かろうとしているところだった。

 何故彼女たちがこんな場所へ来ているのか気になったけれど、それを考えている暇はなさそうだ。
 


 私は時間を止めると、二人の周囲にいる使い魔たちに銃弾の雨霰を浴びせた。
 そして全ての敵に銃弾が向かっていることと、二人が巻き込まれない位置にいて安全であることを確認してから、時間を元に戻した。

 同時に空中で止まっていた弾丸たちが瞬く間に使い魔たち目がけて動き出した。使い魔たちはいきなり目の前に現れた弾丸に反応することはできないようで、なすすべもなく吹き飛ばされていった。


「……あ、あれ?」
「助かった、の?」


 後ろの二人は身を寄せ合って目を瞑っていたようで、その瞬間を見てはいないようだった。
 けれど、弾丸が空を裂く音と化け物たちの断末魔は聞こえたようで、それに驚いてかすぐに目を開けて辺りを見回し始めた。
 
 二人とも何が起こったのか分からずあっけにとられた顔をしている。
 彼女たちにしてみれば何の前触れもなく目の前にいた化け物たちが消え去ったのだから、驚くのも無理はないだろう。


「……二人とも大丈夫?」

「暁美さん!?」

「て、転校生!? っていうかあんた……」


 二人の様子を観察したが、幸いなことに怪我一つ見受けられなかった。

 私が安堵の息をついていると、辺りの景色が現実のものへと戻っていく。どうやら魔女には逃げられてしまったらしい。


「怪我はないみたいね」

「わ、私たちは大丈夫だけど」

「それよりあんた、 その……」


 二人は何か言いたげに口をぱくぱくとさせているが、中々そこから言葉は出て来ない。
 聞きたいことは山ほどあるが、どこから聞くべきか整理がつかないのだろう。
 
 私が順を追って説明しようとしたのだけれど……


「あなたの方こそ怪我はない? 噂の転校生さん」

「巴マミ……」

「……私のことを知っているのね。ええと、暁美さん、だったかしら」

「気を付けた方がいいよ、マミ。何をされるかわかったものじゃないからね」

「そんなに怖がらなくても大丈夫だと思うわよ? 魔女を放ってまで一般人を助けに来るぐらいには良識があるみたいだし」


 魔女の魔力を探ってきたのか、巴マミとキュゥべえが姿を現した。

 二人とも私のことをかなり警戒しているようだ。
 大方キュゥべえが“暁美ほむらは出所が掴めないから警戒した方がいい”というようなことを、巴マミに大げさに吹き込んだのだろう。


「今度は何!? つーかあの白いの喋ってない……?」


 美樹さやかは状況の変化について行けず混乱しているようだったけれど……


「キュ、キュゥべえ?」

「へ? まどか、何か知ってるの!?」


 やはり、と言うべきだろうか。鹿目さんはキュゥべえと接触済みだった。

 当たり前のことだろう。私の妨害がない以上、キュゥべえが極上のエネルギー源たり得る鹿目さんを見逃しておくはずがない。
 ただ鹿目さんの慌て振りを見るに、実際に魔女や使い魔と遭遇したのは初めてだったようだ。
 まだ魔法少女にはなっていないということなのだろう。


「あら、あなたキュゥべえと知り合いなのね。でもその前に……」


 巴マミはそんな鹿目さんの反応に少し驚いているようだったけれど、すぐにこちらに向き直り軽く頭を下げてきた。


「その子たちを助けてくれてありがとう。この町の魔法少女として礼を言うわ」

「礼には及ばないわ。どうせ……」


 『助ける』という言葉に反応して、つい投げ槍な態度になってしまう。


「どうせ?」

「……何でもないわ。それよりこの子たちのことお願いしてもいい? いろいろと説明が必要でしょうし」

「そうね、視えるってことは資格があるってことだものね。……で、あなたはどうするつもりなのかしら?」


 巴マミの口調の警戒の色が強くなった。無理もない。今の私は面倒事を押し付けて、グリーフシードを頂こうとしているように見えてしまうだろう。


「私は今の魔女を追うわ。ただ……」


 悪い印象を与えたくはない。そこで言葉を一旦切ると、彼女に向かってストックしておいたグリーフシードを放り投げた。


「これは……」

「グリーフシード目当てってわけじゃないから勘違いしないで。……もろもろの説明はキュゥべえに警戒されている私がいない方が円滑に進むでしょう?」


 その理由は嘘ではないけれど、全くの真実と言うわけでもなかった。
 ただ鹿目さんと面と向かって話すのが辛かったから、丁度よく現れた巴マミに説明役を押し付けたのだ。
 
 グリーフシードを咄嗟に掴んだ巴マミは戸惑った表情で手の中のものと、私の顔を見比べている。
 私が思ったよりも友好的で、面食らっているのだろうか。


「それじゃ、任せたわよ。こう言うのもなんだけれど、私、あなたとは仲良くしたいと思ってるから」

「え? ……あ、ちょっと! 待ちなさい!」


 巴マミは何か言いたげだったけれど、無視してその場を立ち去ることにした。



「……う」


 その去り際に一度だけ、私はまた鹿目さんの方を見てしまう。
 
 視線に気づいた彼女は戸惑った顔をしていた。
 それは自分に降りかかる運命も、その結末も、何も知らない……そんな無垢で純粋な表情だった。
 それを認識した途端に、胸が締め付けられるような感覚に襲われてしまう。
 私はとても目を合わせていられなくなり、歯を食い縛る様にして今度こそその場を立ち去った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

メシ食ってくるんで、一回切ります
1、2時間くらいたってもうちょっと投下します


 日も暮れた頃、私はようやく家へと帰り着いた。

 結局あの魔女は逃がしてしまったけれど、その途中で見つけた別の魔女を追いかけていたせいで随分と帰りが遅くなってしまった。


「はあ」


 ため息をつくと同時に体の力が抜けていってしまい、私は制服姿のまま散らかった部屋の真ん中に崩れ落ちた。

 



(つらい、なあ)

 ある程度予想はしていたものの、学校生活はかなりの苦痛だった。

 朝のホームルーム、授業時間、休み時間……今日一日あらゆる時間で鹿目さんのことを避けた。目を逸らし顔も合わせぬようにした。
 しかしそれには無理があった。
 どんなに避けようとしたって、結局は彼女のことを意識してしまい、視線を向けてしまう。
 そしてそうやって彼女のことを視界に入れる度に、私は張り裂けそうな思いをしていた。
 約束を守れなかったことを、その結果自分がどうすることにしたのかを、まざまざと思い起こす羽目になったからだ。


 いっそのこと明日は学校を休んでしまった方がいいかもしれない。
 そうすれば鹿目さんと会うことは無くなり、こんなふうに辛い思いをすることも少なくなる。
 
 ……もちろんそんな逃げを続けたところで何の意味もないことは分かっている。
 けれど、真正面からこの苦痛と向き合い続けていたら、気が狂ってしまいそうに思えたのだ。
 だからそうならないように、どうしても今は休みたかった。


(……そうしよう)


 それに最近ずっとそうなのだけれど、なんだか妙に体がだるい。何の気力もやる気も湧いて来ない。風邪でもひいたのだろうか。


 取りあえず体の調子も良くないので、今日はもう寝てしまうことにした。
 その気になれば魔力で体を整備してすぐにでも復調できるけれど、今はそれをする気にもならない。
 そうと決めた私は、寝間着に着替えてベッドへともぐり込んだ。


『フニャー』

「……むぅ」


 しかし目を閉じて眠りにつこうとしていた時、外から物音が聞こえて来た。
 無視するわけにもいかず、ため息交じりにベッドから這い出すと玄関に向かった。


『ニャ~』

「はいはい、今開けるから待ってなさい」


 扉の向こうからはひっかくような音と、鳴き声が聞こえている。
 ……大方、この前見たいにご飯をもらいに来たのだろう。
 
 ここは一応動物を飼っても大丈夫なのだけれど、だからと言ってこんな夜中に騒がれては近所迷惑だ。
 急いで扉を開けてやると、そこから一匹の黒猫が入り込んできた。


「エイミー、来るのはいいけど時間を考えて」

「……ニャーン」


 ちょっと強い口調で言ったせいか、入ってきたエイミーはこちらを見上げてしょぼくれたような声をあげた。

 
 少し前に車に轢かれそうになっていたところを助けて以来、すっかり懐かれてしまった。

 ……本来ならこの子はそのまま車に轢かれて死に、鹿目さんが契約するきっかけとなっていた。
 だからどの時間軸でも、そうならないようにと先回りしてこの子を助けていた。
 少しでも鹿目さんを魔法少女から遠ざけるために。
 
 今回この子を助けたのはただ見殺しにするのが心苦しかったからというのもある。
 けれど、鹿目さんを救うことへの未練がそうさせたというのもあるのだろう。


 気付けばエイミーは傍らからうつむいている私の目をじっと見つめてきていた。
 
 私が無言で立ち尽くしたままだったので不思議に思ったのだろう。


「……エイミー」

「ニャ?」
 
「ごめんね、私、鹿目さんを救えなかったよ」


 そのエイミーの姿を見下ろしている内に、無意識のうちに謝罪の言葉を述べていた。
 鹿目さんによく懐いていたこの子の姿を思い出したからだ。
 今目の前に居るこの子は彼女と面識がないと分かっている。
 所詮この言葉は、自分の罪悪感を紛らわせたいだけの自己満足に過ぎない。

 ……けれどそれでも、私は謝らずにはいられなかった。


「……ニャウン」


 私の言葉を聞いたエイミ―は、その後もちょっとの間私の顔を見ていた。
 けれどすぐに興味を失くしたのか、床に座って毛繕いを始めてしまった。


「……お腹が空いたのかな? ちょっと待っててね」


 この子としてはただご飯をもらいに来ただけだと言うのに、こんなよく分からない話を聞かされても困るだろう。
 私はちょっと寂しさを感じながらも、そんなエイミーを尻目に台所へ向かった。


(そういえば、私も食べてなかったわね。何か食べる物は、っと……あれ?)


 ついでに自分も何か口に入れようと考えつつ冷蔵庫の戸を開けたのだけれど、中には碌なものが入っていない。
 というかほとんど空っぽだ。私が食べる物はもちろん、エイミーにあげれそうな物すらない。


(……ああ、そういえば)


 すっかり忘れていたけれど、昨晩にも夕食を摂ろうとしてこの空っぽの冷蔵庫を漁ったのだった。
 その時は面倒臭くなり、その辺にあった携帯食で空腹を誤魔化して寝たのだけど、今日は昨晩と違ってお腹を空かせた子がいる。
 私は魔法でエネルギーを供給すれば体は動くので、それで済ませてしまうという手もある。けれど、この子はそうもいかない。
 何もあげずに放っておいては流石に可哀そうだ。

 何か買って来ようと思った私は、食糧を調達しに行くために居間に戻って財布を探し始めた。


 しかし、これが中々に難儀な作業だった。
 ここ最近の無気力が災いして部屋の中が散らかり放題だったので、物を探すのにどうしても手間取ってしまうのだ。
 そこらに転がっている教科書やら衣類をかき分けてみたが中々見つからない。


(ああ、あったあった)


 しばらくして、脱ぎ散らかした服の下から財布を見つけることができた。
 中身も、コンビ二で弁当なりを買えるくらいの金額はしっかりと入っているようだった。


「エイミー、ちょっと出てくるから留守番お願いね」

「ニャ?」


 それから私は軽く身なりを整えて、エイミーにそう一声かけてから近所のコンビニへと向かった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今日はここまでです
読んでくださった方がいたら、ありがとうございました

さんざん遅れてすみません
来週土曜に続きあげます

 翌日、私は鳴り響くインターホンの音で目を覚ました。


(こんな時間に誰よ……って、あれ)


 寝ぼけ眼を擦りながらその辺に転がっていた時計を拾い上げてみると、既に午後二時を回ったところだった。


(エイミーにご飯あげて、それから……ああダメ、頭痛い)


 昨晩のことを思い出そうとしたが、激しい頭痛がそれを阻む。
 昨日までとは比べ物にならないほど体調が悪い。
 どうやら本当に風邪をひいたようだ。


(魔法で体の整備……は時間かかりそうね。先にお客さんの相手しちゃおう)


 客人を待たせては行けないと思い、おぼつかない足取りで玄関へと向かうと、外のほうから会話が聞こえてきた。

『いる、みたいだね』

『だね。これは寝てたっぽい』

(……この声は)

 
 声からして外に居るのは鹿目さんと美樹さやかのようだった。
 今日だけは鹿目さんと会わずに休もうと思っていたのに、向こうから来られてはどうしようもない。
 できれば相手をしたくなかったけど、居留守を使って無視するのも寝覚めが悪い。
 それに、向こうももうこちらに気づいているようだ。

 少しためらった後に玄関の扉を開けた。そこには予想通り鹿目さんと美樹さやかの二人が立っていた。

 学生服姿なところを見ると学校帰りなのだろうか。


「……何か用かしら」


 私は酷くぶっきらぼうな調子で彼女たちへと声を掛けた。
 
 愛想よく振舞う精神的な余裕がなかったからと言うのもあるし、無愛想に応対すれば向こうもすぐに帰ってくれるのではないかという期待もあったのだ。


「あっ、暁美さ……きゃっ!?」

「うわっ! 誰!?」

「へ?」


 しかし二人の反応は私の予想とは大分違った。

 まるで何か恐ろしいものでも見たかのように驚いているのだ。


「二人ともどうかしたの……」

「その声……も、もしかして暁美さんなの?」

「ええ、そうだけれど」

「し、信じない。こんなお化けみたいのがあの転校生なわけが……」

「?」


 しかも物凄く失礼なことを言っている。
 
 訳も分からず立ち尽くしていると、何やら鹿目さんがポケットの中を探っていた。


「取り敢えずその傷を何とかしないと……」


 やがて鹿目さんはポケットからハンカチを取り出して、私の頬へとあてがった。


「傷? ……っつ」

「あっ、ご、ごめん」


 僅かではあるが触れた部分に痛みが走った。
 
 どうやら彼女の言う通り本当に傷が出来ているらしい。
 ……だが、いつの間にそんなものが出来たのだろうか。
 よく思い出せない。


「ってすごい熱! よく見たら汗もすごいし……」

「マジで? うわっ本当だ! 寝てなきゃダメじゃん!」

「……あなたたちが来るまではゆっくり寝ていたのだけど」

「あ、そっか、ごめんね……」


 私が不機嫌そうに言ったせいか、鹿目さんは申し訳なさそうに謝って来た。
 風邪が原因で寝込んでいたわけではないけれど、ちょうどいいので言い訳に利用させてもらうことにした。


「じゃあ、そういう訳で」


 二人の態度に疑問は残るけれど、そんなことは後からゆっくり考えればいい。
 謝る鹿目さんを見て罪悪感を覚えながらも、私は部屋の中に戻ろうとした。

「で、でもその傷放っておいたらいたらまずいよ」

「問題ないわ。これくらい、自分で……なんと、か………」


 けれど高熱で意識が朦朧としていたせいか、私はその場でバランスを崩してしまった。


「ちょっと、転校生!?」

「う……大丈夫、よ」

「ぜ、全然大丈夫じゃないじゃない……」


 そのまま前に倒れそうになったところを美樹さやかに抱き支えられる。

「……ごめん暁美さん、ちょっと中入るね!」

「あ、ちょっと待っ………いたた……」

「ああもう、無理すんなって。取り敢えず寝床まで運ぶから」


 部屋の中に入って行く鹿目さんを止めようとしたけれど、再び襲ってきた頭痛のせいでそれは敵わなかった。
 
 今部屋の中に入られるのはできれば阻止したかったのだけど――

『うわぁ!?』

「まどかー、どうしたのー?」

『な、なな、何でもないよ。それより暁美さん、洗面所ってどこ?』


 すぐに鹿目さんの動揺した声が聞こえて来た。
 散らかり放題の部屋の中を見て引いたのだろう。


「……奥に行って右よ」


 あの惨状を見られたくはなかったのだけど、もう遅い。
 美樹さやかに支えられて寝床に向かいながら、私は半ば投げやり気味に鹿目さんに返事をした。

「部屋汚なっ、散らかり過ぎ!」

「……」

『さ、さやかちゃん! せめてもうちょっと言い方を……』


 部屋の中へと足を踏み入れるやいなや、隣で支えてくれていた美樹さやかが遠慮のない感想を述べてくれた。

 洗面所の方から聞こえる鹿目さんの声も相まって、何ともいたたまれない。

「わざわざ悪いわね」

「いやぁ、熱でふらふらの病人放ってはおけないし……って、ベッドにまで血が。何があったのよ」


 やがてベッドに辿り着き座らせてもらったところで、私はさっきから引っ掛かっていたことを聞くことにした。


「あなたさっきも顔がどうとか言っていたけど、それどういう意味?」

「あんた、ひょっとして起きてから鏡見てない?」

「ええ、まあ」

「あたしたちのせいで起きたって言ってたもんね。……はい、これ」


 美樹さやかは鞄から二つ折りの手鏡を取り出して私に手渡した。
 私は首を傾げながらもその手鏡を開いて中を覗き込む。

 美樹さやかは鞄から二つ折りの手鏡を取り出して私に手渡した。私は首を傾げながらもその手鏡を開いて中を覗き込む。


「どう思うよ?」

「……」


 私は一瞬そこに映っているのが自分だとはわからずに沈黙してしまった。
 
 長い髪は寝癖で滅茶苦茶になっており、頬には小さなひっかき傷。
 さらにそこからの出血が広がった状態で固まり、顔がひどいことになっていたのだ。

 こんなのが薄暗い部屋から出て来ようものなら、それは驚くだろう。


「はぁ、まあいいや。カーテン開けるね」

「……足下気を付けなさいよ」

「はいはい」


 私が呆然としていると、美樹さやかは呆れたようにため息をつくと窓の方へと向かって行った。

 ……何故、私はこんな酷いことになっているのだろうか。


(コンビニで夜食を買ってきて、それから……)

「フシャー!」

「いったぁー!?」


 再び昨晩のことを思い出そうとしていた時、急に美樹さやかが叫び声をあげた。

 何かと思って見てみれば、怒ったエイミーに引っ掻かれたようだった。
 たぶん寝ていたところを踏ん付けでもしたのだろう。


「あら、エイミー。そこにいたのね」

「何かいるんなら言ってよ!」

「足下気を付けろって言ったじゃない」

「いや、確かに言ったけど……いいよ、もう」


 美樹さやかは愚痴をこぼしながらも、窓へと辿り着くとカーテンを開け放った。
 
 それと同時に外から眩しい太陽の光が差し込んでくる。

「さやかちゃん、声が聞こえたけど……」

「いやぁ、ちょっと足怪我しちゃってさ」

「わっ、ほんとだ。血が出てる。何があったの?」

「……転校生の使い魔にやられた」

「えっ? どういうこと?」


 美樹さやかの恨みがましい視線を無視しつつ、外からの眩しい光に目をしばたいていると、鹿目さんが水の入った洗面器を持ってこちらにやって来た。

「じゃあ暁美さん、ちょっと顔こっち向けて?」

「え、ええ」


 私が言われた通り顔を向けると、鹿目さんは濡らした布で私の顔についた乾いた血を拭き取ってくれた。


「よし、キレイになった。後は……」

「あの……」

「転校生は大人しくしてなきゃ駄目だってば」

 
 その後、二人は顔の傷の消毒などいろいろと看病をしてくれた。
 
 ……傷も風邪も治そうと思えば魔法で治せるので、途中で止めようとも思った。
 けれど高熱で頭がぼうっとしていたせいで二人に上手く口を挟めず、終始私はされるがままだった。

 ※          ※          ※

 一段落ついたころには私は布団の中に入れられていて、頭の上には冷たい濡れタオルが乗せられていた。


「この子エイミーって言うんだ」

「たまにご飯をもらいに来るのよ」

「にゃろー、さっきはよくもやってくれたなー」


 私たちの話題は、まだ部屋にいたエイミーの方へと移り始めていた。


「フシャーッ!」

「ぎゃーっ! くっそ~、またしても……」

「さやかちゃん、大丈夫?」


 美樹さやかが触ろうとしてエイミーの方へにじりよったが、エイミーは伸ばされた手を思い切り引っ掻いた。
 おそらく先ほど踏まれたので警戒しているのだろう。


「あなた随分と嫌われたわね。おいで、エイミー」

「……フニャ」


 そこで見かねた私がエイミーを呼んだのだが、そっぽを向いてこちらに来ようとしない。何故か私も警戒されているようだ。


「あ、あら?」

「なんだよ~、あんただって嫌われてんじゃん」

「なんか、機嫌が悪いみたいだね」


 機嫌が悪い……鹿目さんの言う通り確かにそんな感じだ。

「……ああ、そうだったわ」


そのエイミーの態度を見ていて、ようやく私は昨晩のことを思い出した。


「昨日の晩シャワーを浴びるついでにエイミーを洗ったんだったわ。そしたら物凄く暴れて……」

「水が嫌いなのかな?」

「ええ、多分。この傷もおそらくその時に……」

「ああ、なるほどねえ。そういうことかあ」


 ゴミでも漁っていたのか何なのかは知らないけれど、昨日のエイミーはちょっと臭いがしたのだ。
 ……そして、そこで軽い気持ちで洗ってやろうとしたのが運の尽きだった。
 
 エイミーは洗われるのが相当不服だったようで、激しく抵抗してきたのだ。
 引っかかれた時の記憶も感触も残っていないけれど、その時に顔をやられたのだろう。

「何とか洗い終えたはいいけど、そこから先が面倒臭くなっちゃって。傷の手当も髪を乾かすのもしないで、そのままベッドに倒れ込んで寝ちゃったのよ」

「えぇー……」

 
 正直私自身も酷いと思う。
 この堕落っぷりはまずいような気がする。
 無気力の弊害がこんなところにまで及んでいたようだ。


「はぁ~、転校生のイメージが今日のこの短い時間で大分変っちゃったよ」

「う、う~ん、確かに想像とは違ったかな。……でも怖い人じゃないみたいでよかった」

「残念美人って奴ー? むぅ、キャラとしてはありかもしれないけど、なんかなあ」


 美樹さやかがさも残念と言ったふうにそうこぼす。言い方は柔らかめだが鹿目さんも同意見なようだ。

「そ、それより、あなたたち今日はどうしてここに? 何か用事があってここに来たのよね?」


 居心地の悪さを感じた私は、無理矢理話題を変えた。
 
 一応聞いて然るべきことではあるはずだ。
 昨日一悶着あったとはいえ、転校して来たばかりの相手の家まで何の用もなく足を運ぶなんてことはあまりないだろう。
 というかそもそも、二人は私の家の場所など知らない筈なのだ。


「そっか。そういえば本題がまだだった。まどかが持っているんだよね?」

「そうそう、バタバタしていて忘れちゃってた。……はい、これ」


 鹿目さんはそう言って持っていた鞄の中をまさぐると、そこから何枚かのプリントを取り出して私に手渡した。

「来週の時間割と、ほけん便りと……あれ、あとは何かあったかな?」

「どーだっけか。まあ、重要なのは時間割くらいじゃない?」

「……ありがとう。手間、かけさせちゃったわね」

「先生もすっごく心配してたよ。二日目から無断欠席なんて何かあったんじゃないかって」

「自分の配慮が欠けていたんじゃないかーって、若干ブルーになってたねえ」


 どうやら二人は学校で配られたプリントを届けに来てくれたらしい。
 私の家の場所を知っていたのも、それを頼んだであろう先生に聞いたからなのだろう。

 二人に礼を言いつつ、プリントの束にざっと目を通していたその時、私はその中に紙の切れ端が挟まっていることに気が付いた。


(何かしら?)


 手に取ってよく見て見ると、それはノートの切れ端のようだった。
 それだけならば特に気に留めなかったろうけれど、そこにはシャープペンで描かれたと思しき絵があったのだ。

「これは……」

「ん、どしたの?」


 私が眺めているのを見て気になったのだろう、美樹さやかがこちらに身を乗り出してきた。

「あ、それ……」


 鹿目さんも美樹さやかに少し遅れて反応を示す。
 彼女はこれに心当たりがあるようで何か言いかけていたが、それより先に美樹さやかが口を開いた。


「もしかしてさ。これ、まどか?」


 彼女の言う通り、紙切れに描かれていたのは可愛らしくデフォルメされた魔法少女姿の鹿目さんだった。


「確かにそう見えるわね。これは鹿目さんが書いたの?」

「うん。ノートに描いてたんだけど、破けちゃったみたいだね。あ、他にも書いたんだよ。ちょっと待ってね……」


 私が興味本位で聞くと、鹿目さんは鞄の中から一冊のノートを取り出して、その中のあるページを開いて見せてくれた。

「……あら」

「……へえ」


 そこには切れ端にあったのと同じような画風で、何人かの魔法少女の鹿目さんが描かれていた。
 後ろ、横から見た姿の物に加え、武器のようなものまである。

 それを見た私と美樹さやかは、感心したようなそうでないような声を上げることしかできなかった。
 というのも、上手な絵だなあとは思ったけれどそれ以上の感想を持てなかったからだ。
 おそらく、美樹さやかも同じような心持ちなのだろう。


「えと、マミさんが魔法少女活動の見学をさせてくれるって言ってたでしょ? それに向けて何かできないかなって思って。だから、取り敢えず形だけでもって思って書いてみたんだ~」


 私たちのそんな微妙な反応をよそに、鹿目さんはどこか自信ありげな様子で説明を入れてくれた。


「……それで、これを?」

「うん、結構いい感じに描けたと思うんだけど、どうかな?」


 鹿目さんはのほほんとした様子で絵の感想を聞いている。
 美樹さやかがぽかんとしているのも、気にも留めていないようだ。

「え、ええ。とても上手――」

「あはははっ!」


 私がフォローを入れようとした瞬間、美樹さやかが笑いだした。


「えっ? えっ!?」

(後で覚えてなさいよ、美樹さやか……)


 笑われるとは思っていなかったのだろう、鹿目さんは相当あたふたしている。
 ……それだけ絵に自信があったと言う事だろうか。

「こりゃまいった。あんたには負けるわ、ははは……」

「さ、さやかちゃん、何も笑わなくてもいいじゃない!」

「い、いや、だってさぁ……ふふっ」

「うう……」


 美樹さやかの笑いは中々おさまらない。その一方で、鹿目さんは顔を耳まで真っ赤にしながら、しょんぼりと俯いている。
 
 かばってあげたいのはやまやまなのだけれど、今更私が脈絡なく『お上手ね』と褒めたところでフォローとして成り立たない気がする。

「あら? ……ねえ、鹿目さん」

「ん、なに?」


 何とかならないものかと絵を眺めているうちに、私はそこに気になるものを見つけた。
 
 基本的にそのノートの上には鹿目さんしか描かれていないのだけれど、その中に混じって明らかに違った感じの子がいるのだ。
 その子はまだ描きかけなのか、表情が描かれていないけれど、その長髪の子の衣装には見覚えがあった。

「これって、私?」

「う、うん。一応、そのつもりだけど……変だったかな」

 
 その少女を指さすと、鹿目さんは遠慮がちにうなずいた。
 
 色が付いていないので少し気づくのが遅れたけれど、間違ってはいなかったようだ。

「そんなことないわ。可愛らしく描けていると思う」

「そ、そうかな?」

「ええ、とっても。……ふふ、こんな可愛らしいと何だか私じゃないみたい」

「えー、そんなことないよ? それにこの絵まだ完成してないし……」


 鹿目さんに書いてもらったことが嬉しくて、私はちょっとだけ上機嫌になってしまう。
 
 絵を褒められて嬉しかったのだろう、彼女の顔も綻んでいる。

「……って、あっ!」

「え、何、どうしたの、まどか……おおー」


 すると二人はそんな私の様子を見て、何故か驚いたような声を上げた。
 

「えっ? ど、どうかしたの?」


 私が何か変なことでも言ってしまったのだろうか。
 そう思って少し焦っていると、なぜか二人はどこか安心したような笑みを浮かべた。

「やっと笑ってくれたね。自己紹介の時からずっと硬い表情だったから気になってたんだ」

「……うーむ、多少傷だらけでも元の顔が整っていると様になるなぁ」

「あっ……」


 そう言われて、ようやく私は自分が笑っていることに気が付いた。

 ……思い返してみれば自己紹介の時どころか、この時間軸で笑うことができたのはこれが初めてなのではないだろうか。

「部屋から出てきた時はホント驚いたよ。絶対怨霊の類だと思ったし」


 顔の話になった途端に、美樹さやかが私の失態を蒸し返してきた。
 ……しばらくはこのことで彼女にいじられることになるのだろう。
 身から出た錆とはいえ何とも情けない。


「私、てっきり魔女と戦ってそうなったのかと思っちゃった」

「あー、それあたしも思った。……なのにねぇ、猫に引っ掻かれただけって」


 他愛のない会話の中、二人がさも当然のことのように魔女のことを口にする。
 この様子だと、巴マミはある程度の説明はしてくれたということなのだろうか。

「そういうわけじゃないから大丈夫よ。昨日の戦闘での怪我もないわ」

「魔女は無傷で戦えるのに、猫にはやられるんかい」

「あはは。猫が強いのか、魔女が弱いのか……」


 余計な心配をされないようにと言ったのだけど、あまりよくない取られ方をされてしまったようだ。
 軽く見られて足を突っ込まれてはまた危ない目に合うかもしれない。


「違うわ、魔女を甘く見ては駄目。私だって一歩間違えば死んでいたかもしれないのよ。……だから昨日みたいに無闇に足を突っ込まないように」

「は、はい」

「ご、ごめんなさい」


 戒めの意味を込めて少し強めに釘を刺す。
 脅かすような言い方になってしまったけれど、これくらい言わないと危機感を覚えてくれないだろう。
 今までぼうっと受け答えしていただけの私が急に凄んだせいか、二人は驚いているようだった。


「……そ、そうだ。そのことだけど、昨日は守ってくれてありがとう」

「何かマミさんに聞いたら結構危ないところだったって。ありがとうね、転校生」

「いいのよ。礼には及ばないわ」

「そ、そんなことないよ。マミさん言ってたよ。暁美さんはあなたたちの命の恩人だって」


 けれど、二人はそれからすぐに顔を上げて、私にそう昨日のことについてのお礼の言葉を向けてきた。
 
 私はというと、予期していなかったお礼に少し面食らってしまい、返事の言葉がそっけなくなってしまった。










(……あれ?)


 ……何かが、引っかかる。
 高熱のせいではっきりしないけれど、何となくさっきから自分の言動や態度に強烈な違和感を持ってしまう。
 特に、さっきのお礼の言葉を聞いた瞬間だ。
 あの時、何故か酷く嫌な感触が全身を駆け巡った。


――きのうはまもってくれてありがとう――


 私の頭の中にぐわんぐわんと鹿目さんの言葉が反響する。
 何だかとてもきもちわるい。


「そういやあの時銃持っていたけど、あれもやっぱり魔法の武器だったり?」

「私は本物っぽく見えたけど……ってそんなわけないよね」

「期待に添えなくて申し訳ないけれど、あれはその辺から拝借してきた普通の機関銃よ」


 この感覚は何なのだろう。
 何かが間違っているような、そんな気がする。

「そ、そうなんだ。というか、そういう武器でも戦えるんだね」

「魔法じゃなきゃ魔女を倒せないってわけじゃないんだ……何だかなぁ」


 そう、何かを。
  

「何というか、こう、もうちょっとメルヘンチックでファンタジーなのを期待していたってゆーか、うーん……」

「た、確かに、そうかも」

  
 何かを、忘れているような……


「そう思うのなら、あまり向いてないのかもね。魔法少女にならない方が……」
















――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『キュゥべえに騙される前のバカな私を、助けてあげてくれないかな?』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ならない、方が……」

 違和感を無視して話を続けようとした私の頭に、縋るような弱々しい声が響いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『約束するわ。絶対にあなたを救ってみせる。何度繰り返すことになっても、必ずあなたを守ってみせる』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……」


 まるで冷や水を浴びせられたかのように、全身が冷え切って行く。
 
 同時に締め付けられるような胸の痛みが、私のもとへと戻ってくる。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『結末は少しでもあなたの遺志に沿えるように、私はあなたを殺します』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「魔法少女になっては……何なのさ?」

「……いえ、何でもないわ」


 私は、今何を言おうとしたのだろう。

 まさか 『魔法少女にならない方がいい』とでも口にする気だったのだろうか。

 私は、鹿目さんを魔法少女にしなければいけないというのに。


「顔色悪いよ? 体調良くないのに構いすぎちゃったのかな……」


 心配そうにこちらを覗き込んできた鹿目さんと目が合い、同時に私の脳裏にある光景がよぎる。
 
 荒れ果てた街の中。
 水浸しの地面に横たわる少女と、この世の全てを喰らい尽くそうとしている強大な化け物。
 それは、今まで幾度となく見てきた彼女の『死』の様子だった。



「……ほむらちゃん?」


 透き通るような真っ直ぐな瞳と、心配そうな表情が近くにある。
 さっきまでは見ているだけで温かい気持ちになれたと言うのに、今では心を乱されるだけだ。

 今、私はどんな顔をしているのだろう。
 さっきはへらへらと笑っていたんだったか。


「ちょ、ちょっと、本当に大丈夫? 顔真っ青じゃん」

「……ご、め……なさ……」

「む、無理に喋ろうとしなくてもいいんだよ?」


 喋ろうとしても、上手く言葉を紡ぐことができない。
 喉の奥からはひゅうひゅうと呼気が漏れ出てくる上に、唇が震えてしまうのだ。

「ごめん、なさい。何だか、疲れちゃった、みたい……」


 まともに喋れるようになるまで落ち着くには、結構時間が掛かった。
 やっとのことでひり出した声も、自分でわかるほどにか細く、そして震えていた。


 その後私は『もういい時間だから帰った方がいい』だの、『私なら大丈夫』だの、そんなことを何度か繰り返し言って、二人に家に帰るように促した。
 鹿目さんが側に居て優しく気遣ってくれるというこの状況が耐えられなかったのだ。

 二人は容体が不安定な私を心配してしばらく渋っていたが、困った時のためにメールアドレスを交換しておくという条件で、今日はもう帰ってくれることになった。

「そうだ。こんな帰る間際になっちゃったけど、自己紹介しておくね」

「ホント今更だねぇ。転校生がこっちの名前知っていたからよかったようなものの。あれ、でも何で知ってたの?」

「……昨日のことがあったから、あなたたちのこと少し調べさせてもらったのよ。気を悪くしたなら謝るわ」

「あ、そうなんだ」

「いいよ、そんなの。おかげでこうして色々話せたんだと思うし」


 急に帰るように言い出した私のことを、二人はほとんど怪しまなかった。
 その場しのぎの適当な嘘を、二人は疑うことなく信じてくれた。
 本当に優しい人たちだ。

 見ていて耐えられないほどに。

「うし、じゃあ私から、美樹さやかって言いまーす」


 ごめんなさい。
 
 私はあなたの親友を犠牲にすることを選びました。


「見滝原中学二年、趣味は音楽を聴くこと。特に凝ってるのはクラシック! ……意外でしょ?」


 私が彼女を殺したその時には、あなたはどうするのだろう。

 怒り狂うか、嘆き悲しむか、はたまたその両方だろうか。

「えと、鹿目まどか、です」


 知っている。


「さやかちゃんと同じ見滝原中学の二年で……って、この辺は別に言わなくても分かるよね」


 何もかも、知っている。

「趣味は……えーと、ぬいぐるみを集めることと、演歌を聞くこと歌うこと、かな?」


 あなたは私のたった一人の大切な友人……


「そうだ、呼ぶときはまどかでいいよ。そのかわり、私もほむらちゃんって呼んでいいかな?」

「あ、私もさやかって呼んで。もちろん私もほむらって呼ぶからねー。いつまでも『転校生』、じゃ締まらないしさ」


 “だった”のだから。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 二人が帰ってすぐに、私はベッドから抜け出しトイレへ行って吐いた。

 胸の中に溜まったどろどろとした気持ちに耐えられなくて、胃が空っぽになるまで洗いざらい何もかもを吐き出した。


 けれど、吐いて胃液ぐらいしかむせ返ってくるものが無くなっても、気持ちは楽にならない。

 少し落ち着いたかと思えば、すぐに鹿目さんの無垢な笑顔が頭をよぎり、罪悪感で胃がねじれるような苦痛に襲われる破目になったからだ。

 だから私はそうやって吐いて、落ち着いてをしばらく繰り返すことになった。

「はぁっ、はーっ……」


 すっかり体力を消耗して意識が朦朧として来たころ、ようやく吐き気が引いた。
  
 落ち着くまでの間その場に座り込んで休んでいたかったけれど、そうしたら気が抜けてそのままここで眠ってしまいそうな気がした。
 ただでさえ体調を崩しているのに、こんなところで寝たらどうなるか分かったものではない。
 私は無理矢理立ち上がり、顔を洗うために洗面所へと向かった。

(真っ黒、ね。まあ当たり前か)


 口の中をゆすぎ、顔を洗ったところで、指についているソウルジェムがかなり穢れてしまっていることに気がついた。

 前に浄化した時から魔法を使った記憶はないので、感情の荒れだけでここまで消耗したと考えるのが妥当だろう。


(確かここに……ああ、あった)


 洗面所を後にした私はふらふらとベッドに倒れ込んだ。

 そしてそのまま体勢で近くにあった鞄に手を突っ込んでグリーフシードを取り出すと、手早くソウルジェムの浄化を行った。

(もう、無くなっちゃった)


 酷い精神状態だった所為で浄化の効率は最悪で、いくつかあったグリーフシードのストックを使い果たしてしまった。
 おかげで明日にはまた魔女を狩りに行かなければならない。
 
 やるべきことが出来てしまったことに気だるさを覚え、おもむろに寝返りをうったところで、ふと私はこの部屋に入り浸っていた子猫のことを思い出した。


「エイミー、いる?」


 名前を呼んでみたが返事はない。
 気配のないところを見るに、部屋に居るのは私一人のようだ。
 
 たぶん、鹿目さんたちが帰った時に一緒に出て行ったのだろう。
 
 病気をうつしたくないので居ても追い出すつもりだったとはいえ、返事が無かった空しさから余計な徒労感を覚えてしまう。


(……ああ、疲れた)


 今これ以上何をしても、何を考えても気が滅入るだけだろう。

 そう考えた私は毛布に潜り込み、魔法で無理矢理意識を絶って眠りへと落ちた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今日はここまで、明日もうちょっと続きあげます。
たぶん。


 翌日、窓から差し込んできていた眩しい日光に照らされて目を覚ました。
 カーテンは、昨日美樹さんが開けてくれたままだった。


「……う」


 私はうめき声をあげながらベッドから這いずり出る。
 
 一晩眠ったお蔭で多少は体調がよくなってくれたようだけど、まだ胃がむかついている。
 こんなに最悪な目覚めは生まれて初めてだ。
 ただ熱が引いてくれていたので、多少はまともな思考ができるようになっているようだった。


(体、治しちゃわないと)


 ソウルジェムを取り出してガタガタだった体の状態を整え、顔の傷跡も全て消した。
 ……手厚く看護してくれた二人には少し悪いような気もしたけれど、また具合が悪くなりそうなので深くは考えないようにした。

(さて、どうしようかしらね)


 治療を終えたころにはもう午前十時を過ぎていた。

 今更学校に行く気にもなれないのでどうしようかと考えていたけれど、グリーフシードが底をついていたことを思い出す。

 体も心も本調子ではないけれど、死活問題なので魔女狩りに行かなくてはならない。
 時間帯的にはあまり魔女は姿を現さないはずだ。
 けれど、路地裏のような陰気臭いところを回っていれば一匹くらいは見つかるかもしれない。

 ……それに、この精神状態を少しでも改善させるためにも、外の空気を吸って気分転換した方がいいだろう。

(だるい。……けど、そうも言っていられないのよね)


 そうと決めた私はシャワーを浴びてから、私服に着替えて重い足取りで玄関の方へと向かった。
 
 その間ずっと、私は何も考えずにただ黙々と作業的に体を動かした。
 余計なことを考えて、気分が悪くなってしまうのを防ぐためだった。
 やることを決めた以上、もうそんなことで足止めを食いたくはなかった。

「あれ?」


 やがて玄関にたどり着き、取っ手に手をかけ扉を開けようとした。
 
 ……けれど、何故か力が入らない。
 不思議に思って手元を見ると、私の手は少し震えてしまっていた。



(……馬鹿馬鹿しい)


 多分私は無意識の内に、この扉を開けたらあの二人と顔を合わせることになるのではないかと思ってしまっているのだろう。


 こんな時間に彼女たちがここに居る訳がない。二人ともまだ学校で授業を受けているはずなのだ。
 それに昨日みたいに外から声が聞こえてきているわけでもないし、事前にインターホンが鳴った訳でもない。
 この扉の向こうに絶対に彼女たちは居ないのだ。

 自分にそう言い聞かせて一つ深呼吸してから、私は玄関の扉を開けて外に出た。

(……はは、なによ)


 外の様子を眺めてみて、私は自身の無様さを鼻白まずにはいられなかった。
 いざ外に出て見ればなんてことはない。外にはあの二人は愚か、通行人の一人すら歩いていなかったのだ。


 淀んだ気分を少しでも紛らわそうと空を見上げると、高い位置まで昇った太陽が燦々と輝いている。


(眩しい、な)


 一日振りに見た空は、私の鬱屈した内面とは裏腹に、憎らしいほど青く晴れ渡っていた。

 ※          ※          ※


 街に出た私は、取り敢えず繁華街や病院周辺に行き魔力を探ってみた。
 しかし、ちっとも魔女の気配は感じられず、使い魔の一匹すら見つけられなかった。
 
 そして、午後二時。私がいい加減に辟易し始めていた頃のことだった。


「暁美さん、よね?」


 公園のベンチで一休みしていたら、そこに巴マミが現れた。
 
 私が俯いていたせいで顔が見えなかったのか、彼女は少し恐る恐るといった感じで話かけてきた。

「ああ、よかった。人違いだったらどうしようかと思ったわ」


 返事の代わりに声のした方へと顔を向けると、彼女はほっとした表情になった。


「巴マミ。二日振りね……ん?」

「あら、どうかしたの?」


 そして彼女と軽く言葉を交わしたその時、私は違和感を覚えた。
 一瞬それが何なのかわからなかったけれど、すぐに合点がいった。


「その格好……あなた、学校はどうしたの?」


 彼女は学生服ではなく私服を着ているのだ。
 
 この時間に私服姿なところを見ると、彼女も私と同じように学校を休んだ、もしくは早退したと考えるのが妥当だ。
 しかし彼女の真面目さを考えるに、それはあり得ないような気がする。
 何か、事情があるのだろうか。

「えっ、何のこと?」

「何って、言った通りよ。今はまだ授業をしている時間でしょう?」


 私が学校のことを聞くと、逆に不思議そうな反応をされてしまった。
 もしかしたら午前授業だったりしたのだろうか。


「……暁美さん、今日は日曜日よ?」

「日曜日?」


 私が考えていると、巴さんはさも重要なことのようにそう口にする。
 しかし、一体それがどうしたと……

「……そうよね。日曜日に学校があるわけないわね」


 おかしなのは私の方だ。
 熱は引いたから大丈夫だと思ったのだけれど、まだぼうっとしているようだ。

 ため息をついて軽く頭を押さえる私の様子を見て、巴さんは少し笑った。


「ふふ、その様子だとまだ本調子じゃないのかしら。あなた、体調崩していたんですって?」

「ええ。でも今はもう大丈夫よ。そうでなければ、こうして外を出歩いたりはしないわ」


 巴マミは苦笑いを浮かべながら、それもそうねと頷いた。


「……えーと、この前の返事なんだけどね」


 それから少し間をおいて、そしてちょっとためらうような素振りを見せてから、彼女はそう話し出した。


「この前?」

「え、忘れたの? 去り際に……その、『仲良くしたい』って言ってくれたでしょう?」


 一瞬何に対しての返事なのかわからなかったけれど、説明されてすぐに一昨日私が言い逃げしたことへのものだと分かった。

「まったくもう、全部丸投げしてくれちゃって。あの後ちょっと大変だったのよ?」


 それから少しの間、私は説明を丸投げしたことに対する軽い愚痴を聞かされることになった。

 私自信もそれに関してはちょっと悪かったと思っていたので、大人しくそれを聞いていた。 


「そうだ、これ返すわ。あれだとまるで私が場所代請求したみたいじゃないの」


 あらかた文句を言い終えてから、巴マミは思い出したようにそう言って、持ってきていたバッグからグリーフシードを出して差し出してきた。

 私は遠慮したのだけれど、彼女は強引に押してきて、最終的には渋る私の手に無理矢理それを握らせてきた。
 ここで断るのもかえって悪いような気もしたことに加え、グリーフシードが足りずに困っていたので、ありがたくそれをいただくことにした。


「さて、だいぶ本題からずれちゃったわね。ごめんなさい」


 私が受け取ったグリーフシードをしまっていると、仕切り直しといった風に巴マミはそこで一つ咳払いをした。


「それで、返事の方なんだけどね」


 そしてほんのちょっと躊躇うような素振りを見せてから、彼女はその返事を言った。


「私も、あなたとは仲良くしたいと思ってるわ。だから、あなたさえ良ければ……その、一緒に組んで活動していきたいなって思っているんだけど、どうかしら?」


 おそらく面と向かってこう言うのが照れくさいというのと、断られたりしないかという緊張があるのだと思う。
 彼女はちょっと視線を外して、こちらの様子うかがうようにしていた。

「ええ、もちろん。こちらからお願いしたいくらいよ」


 前回の時間軸ではたまたま仲良くなれたけれど、鹿目さんたちを魔法少女にさせようとする巴マミとは対立しがちだった。
 
 けれど私だって彼女が嫌いなわけじゃない。
 彼女には魔法少女としての基礎を色々と教えてもらったりした恩があるし、特訓の時などは厳しかったけれどそれ以外の時はとても優しくていい先輩だという印象だった。
 
 だから彼女といがみ合わなくて済むというのは、素直に嬉しいことだ。


「じゃあ……巴マミ、よ。これからよろしくね」

「暁美ほむら、よ。こちらこそよろしく」


 巴さんはほっとしたような表情を浮かべてから、こちらに手を伸ばしてきた。
 私も軽く自己紹介してから手を伸ばして彼女の手を握った。
 
 手を放してから彼女の顔を見ると、その顔は笑っていた。
 恥ずかしさと嬉しさがないまぜになって現れているその表情は、今の私には眩しすぎた。

 ※          ※          ※


 その後の成り行きで、私は巴さんとともに街のパトロールをすることになった。
 けれどその前に、巴さんは寄るところがあるというので、私もそこに付き合うことになった。
 
 連れられて来たのは通学路にあるファーストフード店だった。
 私も何度か来たことのある場所だ。
 巴さんは、ここで待ち合わせをしているのだという。


「こういうお店ってあまり来たことないのよね……」


 半歩先を歩く巴さんがそんなことを言っている。
 
 そういえば待ち合わせとは言っても、誰と約束をしていたのだろうか。
 そんなことを考えながら、巴さんと並んで店内に足を踏み入れた。

「あら、二人とももう来ちゃっているわ」

「……う」


 その途端に、私の心は酷くかき乱されてしまう。
 
 店の中に見覚えのある二人の姿があったからだ。


「暁美さん、どうかしたの?」

「……なんでも、ないわ」


 私はよほど酷い顔をしているのだろう。

 隣の巴さんが心配そうにこちらを覗き込んできていた。

「マミさーん、ほむらー! こっちこっち~!」


 その時、店の中の席からそんな元気な声が聞こえてきた

 顔を上げると、こちらに気付いた美樹さんが手を振ってきていた。
 巴さんもそれに手を振り返しながらそちらの席へと向かっていく。
 
 私も一度深呼吸をしてなるだけ平静な表情を繕ってから、その後を追った。


「おまたせ二人とも。ごめんね、結構待たせちゃったかしら?」

「マミ、少し遅かったじゃ――」

「いえ、そんなことないっすよ!」

「そ、そうですよ。私たちもついさっき来たばっかりですから」


 巴さんが向かった席にいたのは、鹿目さんと美樹さん、そしてキュゥべえだった。




 ……もう、私は鹿目さんから逃れられないような気がした。

 そして彼女と向き合い、その苦痛を余すことなく味あわなくてはならないのだろう。


「あの、どうしてほむらが?」

「そうそう、今日の魔法少女体験コースなんだけど、彼女にも同伴してもらうことにしたの!」

 
 けれど、これは全て自業自得なのだ。

 私を信じてその命を預けてくれた相手を、裏切るから。

 何があっても救うと言った相手を、見捨てるから。

 交わした約束を、踏みにじるから。

 だから、私は苦しむ。

「ねえ、ほむら、体はもう大丈夫なの?」

「そうだよ、昨日はあんなに……って、あれ? 顔の傷なくなってる?」

「自分で治したんじゃないかな? 魔法少女になれば軽い傷なら魔法で簡単に治せてしまうからね」


 この先私は、この罪悪感に身を焼かれながらワルプルギスの夜が現れるその日まで生きねばならない。


「あれですか! 二人魔法少女がいるってことは、もしかして協力技とかがあったり!?」

「うーん、残念だけどさっき組んだばっかりだからそういうのはないわ。……でも将来的にはそういうのがあっても面白いかもね」


 そしてそれを耐えきった上で、さらに鹿目さんをこの手で殺さなくてはならない。


 それは憂鬱なんてものではない。想像するだけで気が狂いそうな日々だ。





「あはは。取り敢えず今日からよろしくね、ほむらちゃん」


 立ち尽くす私に、鹿目さんは笑顔でそう言った。


 何よりも尊い彼女のその表情は、残酷なまでに暖かく、そして優しいものだった。


 その日、それから何があったのかはほとんど覚えていない。

 おそらく予定通り鹿目さんと美樹さんを連れて、巴さんとともに魔女退治をしたのだろう。

 けれど翌朝目を覚ました私が覚えていたのは、ただ昨日が辛くて苦しくて仕方が無かったという事だけだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 放課後の魔法少女体験コースはその日から同じように続いた。


 鹿目さんも、美樹さんも、巴さんも、新たな日常を楽しんでいるようだった。

 各々悩みがあるようではあったけれど、それでも屈託のない笑顔を浮かべられるくらいには余裕があるようだった。


 けれど、私はもう彼女たちのように笑うことはできなかった。

 大切なはずの鹿目さんの存在が、苦痛になってしまっていたからだ。

 皆と過ごすその日々が幸せであればあるほどに、鹿目さんに温かく優しく接されれば接されるほどに、私は疲弊していった。
 
 最後には彼女を殺してその幸福を全て壊さなくてはならないのだから。

 
 そんな想いを抱えたままで、心の底から笑うことなどできるはずなどなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その日のことだろうか。

 それともあれから一日経っただろうか。

 もう日にちの感覚も記憶も滅茶苦茶だから良くは分からないけれど、取り敢えず私は鹿目さんと二人で話をしていた。


「ほむらちゃんはさ、その……どんな願いで魔法少女になったの?」


 前後の会話も、今どこで話しているのかさえもよく分からないけれど、鹿目さんは確かに私にそう聞いた。

「私も、魔法少女になろうと思っているんだ。でも、願い事の内容が決まってなくて。それで、参考にしたいなって思ったの」


 今まで繰り返してきて、何度か鹿目さんにそう聞かれることはあった。
 いつもならば、私は頭ごなしにその意見を突っぱねて、魔法少女になるなと強めに言い聞かせていた。

 今でもそうしたい気持ちはあるけれど、私の口から抑止の言葉が出てくることはない。


「私、得意な学科とか、人に自慢できる才能とか、そういうのが何もないの。だから、きっとこれから先もずっと、誰の役にも立てないまま迷惑ばかりかけていくのかなって、そう思ってたんだ」

――私、何もできない。人に迷惑ばっかり掛けて、恥かいて。どうしてなの? 私、これからも、ずっとこのままなの?――

「……」


 いつかの自分自身の気持ちが、鹿目さんの言葉に重なって聞こえてくる。

 あの頃は、無力な自分が嫌で仕方なくて、これからもずっとこのままなのだろうかと思い悩んで憂鬱になっていたのだった。

「だから、ほむらちゃんとマミさんが街の平和のために戦っているのを見て、いいなって思ったの」


――もう大丈夫だよ。ほむらちゃん――

――あなたたちは……――

――いきなり秘密がばれちゃったね。クラスの皆には、内緒だよ――



 そこで私が知った魔法という存在。

 魔法少女、願い、奇跡……まるでおとぎ話のような世界。

 こんな素敵な話が現実にもあるのだと思い、期待に胸を躍らせていたのだった。



「私もこんな風に誰かの役に立てるようになりたいなって、憧れちゃったっていうか」


――平気なんですか? 怖くないんですか?――

――平気ってことはないし、怖かったりもするけれど、魔女をやっつければ、それだけ大勢の人が助かるわけだし。やりがいはあるよ――



 どこか誇らしげに振る舞う鹿目さんの姿は何より眩しくて、こうなれたらいいなと憧れを抱いた。
 
 こんな自分でも魔法少女になれば、彼女のように自分に自信を持って生きて行けるようになるのではないかと、そう期待して。


(最初は、そこまで離れてはいなかったのかもね)


 私と鹿目さんが魔法少女になる前に抱いていた苦悩は近しいものだった。
 私たちは共に、無力な自分を変えたいとそう切に願っていたのだ。
 
 ……鹿目さんと同じだったということ。
 私はそれを一瞬だけ嬉しく感じたけれど、すぐに空しくなってしまう。


――私はあなたを殺します――


 始まりは同じでも、辿り着いた場所はまるで違ったからだ。
 鹿目さんはいついかなる時でも希望を捨てず、決して諦めなかった。

 けれど私はどうだろう。
 自分の祈りを否定して、希望を捨てて諦めてしまったのだ。

「私ね。大切な人が“いた”の」


 決して顔を上げることなく、私は鹿目さんの問いに答えた。


「優しくて、温かくて、側に居る人皆を幸せにしてくれるような、そんな素敵な人だった。誰にでも分け隔てなく親切にしてくれて、私にだってそうしてくれた。優しいだけじゃなかったわ。とっても強くって勇気があって、私のことを何度も助けてくれたの。だから私はその子のことが大好きだった。心の底から憧れていた」


 そんな大好きな人のことを、私は見捨てる。

 もうどうしようもないと、そうわかってしまったから。
 

 もし鹿目さんが私と同じ立場に置かれたならば、きっとそんな結末を認めないだろう。

「その子を守ること。それが私の願いだった。その子と約束したのよ。あなたのことを何があっても救ってみせますって、そう彼女に誓ったの」


 願い“だった”

 約束“した”


 かつての祈りも、交わした約束も、今は遠くに感じられた。
 
 ……いや、事実遠いのだ。

 今の私はその全てを諦め、自分自身で否定しているのだから。
 
 どうしたってあの希望に満ち溢れていた頃を遠く感じてしまうに決まっている。

「今度、その人のこと紹介して欲しいな。ほむらちゃんがそこまで言う人がどんな感じなのか気になるよ」


 私の話を聞いた鹿目さんはそう聞いてきた。

 彼女の顔を見ることはできなかったけれど、何となくその表情に予想はつく。

 きっとあの優しく無垢な眼差しで、私の横顔を見つめているのだろう。

 ただ相手のことを知って仲良くなりたいというだけの何の打算もない想いで、私にそう聞いてくれたのだろう。


「ごめん、なさい」

「な、なんで、謝るの?」


 はたして私のその言葉は、何に対しての懺悔だったのだろう。

 純粋に“その人”に合わせることはできないということへのものか。

 真剣に聞いてくれた彼女に対し、私が全くの真実を語らなかったことへのものか。


 それとも……

「それは、無理なのよ。私は、約束を守れなかったから。その子のこと、守れなかったのよ。死なせて、しまったの」


 ありったけの皮肉を込めて、私は投げやり気味にそう言った。

 ……それを聞いた鹿目さんは、それきりもう口を挟んでこなかった。
 きっと唐突な話に驚いて、気まずくなってしまったのだろう。

 私はそんな彼女の方を見ることなく、そこで静かに目を閉じた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「……ああ、そう言えば」




「え?」




「あなたは、あの子に少しだけ似ている気がするわ……」




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とりあえずこれにて一区切り。
ちょうど一話の3分の1程度です。
次回はまた間が空くかもしれません。

遅れてすみません
来週に続きあげます

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