京太郎「嶺の上に咲く花」 (75)
・短編
・独自解釈、独自設定、キャラ崩壊あり
・4/13は喫茶店の日
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とある春休みの某日。
あと暫く経てば、淡く桜が咲き始めるそんな季節。
須賀京太郎は部屋のハンガーに掛けていたジャケットを手に取り、袖を通した。
一度襟元を正し、姿見で自分の格好を見やる。
ジーンズに、嫌味にならない程度の小洒落たシャツ。
そしてこの日の為、先日急遽購入した――大人っぽさが漂うジャケット。
雰囲気が、いつもとはやや異なる自分。
ついでに髪型も――変にハネていない。問題なし。
京太郎「いや、無理して格好付けたいってわけでもないんだけどな……」
誰にともなく言い訳を漏らした。
まあ、しかし。
あまりに普段通りの格好というのも如何なものか、と思った事も事実なわけで。
あいつは気にしないかもしれないが――こういう時に少し位気合を入れても、罰は当たらないだろう。
そんな事を考えつつ、落ち着きなく自分の部屋を無意味に一周し、スマホで時間を確認した。
――十一時前。
約束の時間にはまだ余裕があった。
少し早いが待たすよりはいいか、と判断し、家を出る為、部屋を出て玄関に向かう。
途中、母親に出くわし、「あら、出かけるの? 何だかおめかしして……」なんて言われる。
母親のにまにまと楽しそうな笑みが、まるでこれからの自分を見透かしているようだ。
顔に血が昇るのを意識し、「うっせ」と、ぶっきらぼうに返した。
照れ隠しだった。
京太郎「――あ、昼飯は外で食べるから」
玄関で靴を履きつつ、そう声を上げた。
ドアノブに手をかけた時、「頑張ってねー、晩御飯もいらなかったら早めに連絡するのよ?」と、母親の陽気な声が、背中を押した。
……何を頑張れと。
更に、「あ、家に連れてきてもいいのよ? 一緒に晩御飯とかどう?」とかいう追撃がくる。
――やはり見透かされていた。
どうしてこうも勘が鋭いのだろう。
あいつもそういうところがあるけれども、女性の共通項なのだろうか。
……いや、自分が分かりやすいだけかもしれない。
うーむ、と、一度頭を捻り――ま、今はそんなことよりも、と思考を切り替えた。
そう、何せ、デート、なのだ。
言い換えると逢引。
もしくはランデブー。
しかも初だ。初デートである。
須賀京太郎にとって、人生初となる男女交際。
つまり、初めての彼女、そして小学生以来の腐れ縁である――――宮永咲と。
家を出ると冷たい風が吹き――須賀京太郎は、ポケットに手を突っ込んだ。
今日は晴れているものの、春日和とは言い難く、少しばかり肌寒い。
例年より桜の開花が遅れている、とニュースで見たが、それも納得の寒さだ。
時間の余裕をもって家を出て良かった。
まさか宮永咲より遅れて、この寒空の下で彼女を待たす、という訳にもいかないだろう。
約束した女性を待たす。
これは男として、首を傾げざるを得ない。
ましてや――最早、彼氏彼女の関係であることだし。
普段感じたことのない緊張と昂ぶりの両方を抱え、待ち合わせ場所へと歩を進める。
何故だか急ぎたくなり、軽く感じる足。
どこかせわしなく浮ついている胸。
それらを自覚し、平静になれ――と、内心で言い聞かすものの、勝手に緩む口元。
そのくせ、漠然とした不安に強ばる頬。
――心が疼く。
待ち合わせ場所が近いようで遠い。
宮永咲と合流してからの事――初デートでの不安を意識すれば近く思えた。
しかし、それ以上の期待を抱き遠く感じ――そんな歯車が噛み合っていないような感覚。
不安定だ。
ぎくしゃくしている。
どうにも落ち着かない。
二人で出掛ける。
それ自体は決して初めてでないのに。
今の宮永咲と須賀京太郎の関係。
きっと過去と現在の関係の相違が、否応にもなく心を掻き乱している。
――ああ、そういえば、この感覚は覚えがある。
待ち合わせ場所へと向かう足を早めながら、意識を向けた。
ふとした拍子に記憶の中に浮かんでくる――宮永咲に、気持ちを告げた、あの時に。
卒業式の後。
染谷まこを部内の皆で送り出し、春休みに入る少し前。
春休みが終われば、須賀京太郎達が最上級生となるそんな時期。
須賀京太郎は宮永咲へ告白をした。
切欠は単純だった。
卒業式の時分。
来年は自分達の番であることに思いを馳せ、その先、つまり将来を考えた時に――気付いたのだ。
否、以前から朧気ながら解ってはいたが、目を逸らしていた。
宮永咲は、強い。
無論、物理的にというわけでなく、麻雀での話だ。
麻雀と物理的な強さが比例する人もいるかもしれないが――それは置いてく。
宮永咲は、将来プロに――と、既に嘱望されている程だ。
順当にいけば、彼女は卒業後、プロの世界へ向かうだろう。
プロの世界に羽ばたく彼女――容易に想像出来た。
勿論、そうなればそれ自体は喜ばしい事だ。
心から祝福すべき事だと思う。
訂正
× 麻雀と物理的な強さが比例する人もいるかもしれないが――それは置いてく。
◯ 麻雀と物理的な強さが比例する人もいるかもしれないが――それは置いておく。
きっと彼女なら。
須賀京太郎が、憧れ惹かれ焦れた打ち手である――彼女ならば、プロの世界でもその才能は花開くだろう。
人の手が決して届かぬ嶺の上、嫋やかに、そして清楚に咲く一輪の花のように。
解っていた。
そう、彼女の近くで見ていた自分が、誰よりもきっと解っていた。
――しかし。
それはきっと同時に、自分と彼女との離別を意味する。
このままであれば、彼女は自分を置いて遠い世界へ行ってしまう。
彼女の隣に、単なる一般人の――自分の居場所はない。
そう気付いたのだ――。
嫌だった。
心が軋んだ。
離れたくない。
今までのように隣で笑っていて欲しい。
そう願う自分を、はっきりと自覚したら――もう駄目だった。
彼女よりも麻雀が弱い、そんな自分が、告白だなんて烏滸がましい。
迷惑に思われるのではないか。
今までの関係が崩れてしまうのではないか。
そんな気持ちがないわけではなかったが――このまま何もせず、何も伝えれず、ただ離れていく。
そんな事は、どう考えても耐えられそうになかった。
――だからこそ。
放課後、今日は家まで送っていく、なんて格好付けて言ってみた。
そんな学校からの帰り道で――宮永咲に気持ちを告げたのだ。
単純に。
前置きもなく。
多分彼女からしてみれば唐突に。
――――好きだ。付き合ってくれないか、と。
言った直後、彼女、宮永咲は、不意を突かれたのか、きょとんとしていた。
……改めて思い返せば、ムードもへったくれもなかったように思う。
精一杯、平静を装ってみたつもりだったものの――声は震えていたように思うし、膝だって震えていた。
それはもう情けない位に。
言い訳をするならば。
もうちょっと気の利いた台詞とか。
浪漫のあるシチュエーションの方が、良いのではないか――と、考えていなかったわけではなかった。
ただ……一緒に帰っている途中、何もせず卒業し疎遠になる。
――ふと、そんな想像してしまったわけで。
訂正
× ――ふと、そんな想像してしまったわけで。
◯ ――ふと、そんな想像をしてしまったわけで。
偶々ある日、テレビか何かでプロとなった彼女を見つけ――その遠さをはっきりと感じる自分。
そして、過去に何もしなかった事を後悔して――更には、現在何も出来ず立ち止まってしまう自分。
そんな女々しい未来予想図が、あまりにリアルに脳裏を過り、異様なまでテンパってしまったわけだ。
ちょっと涙目だったりしていた。
いや本気で。目頭が熱かったし。
まあ、具体的にいうなら、麻雀で他家三人が開幕ダブリーしてきた。それ位の混乱だった。
――ちなみに、麻雀部で一度だけ、この状況になったことがあるのが自慢だ。
他家三人からダブリーをくらうのはレアなのではないだろうか。
牌譜を相当見て来たが、そんな状況は見たことがない。
そういえば全く関係ないけれども、ダブリーといえば――。
常識を超えた高確率でダブリーする娘が、他校の女子にいるがあれは何なのだろう。
無慈悲なダブリーマシーンなのだろうか。怖すぎる。
ついでにメシマズらしい。ソースは割愛。
彼女の彼氏となる男は大変だろう。頑張って欲しいものだ。
そして彼女と宮永咲は、IHで何度かぶつかっているが――その卓の雰囲気が異様だったりするのは、何故だろう。
恰も大怪獣対決の如きオーラを発しているのは、気のせいだろうか。
閑話休題――話が逸れ過ぎたので戻そう。
呆気にとられた宮永咲と、立ち尽くす須賀京太郎、しかも涙目。
視線は絡みあったまま。そんな膠着状態。
時間にすればその状態は、十秒も維持してなかった筈だが――体感時間的には、それ以上に長く感じた。
無言で向き合った一秒一秒が、不安で辛くて仕方なかった。
こちらを傷つけないように、拒絶の言葉を選んでいるのではないだろうか。
そんな考えるだけで死にたくなってくる想像が、頭の隅に過ぎったりしていた。
結果、それは杞憂だったのだが。
沈黙を破ったのは、宮永咲だった。
不意にくすくすと笑い出す彼女。
多分、須賀京太郎の告白の情けなさが、可笑しかったのだろう。
ひとしきり笑った後、彼女は一度肩を落とし、静かに息を吐いた。
そうして、柔らかく微笑み「仕方ないなぁ、京ちゃんは」と、言葉を漏らした。
呆れた色が若干混じりつつも――暖かで優しい声音に、告白の答えを聞く前にもかかわらず、安堵した事を憶えている。
続けて「もうちょっと格好良くして欲しかったんだけど……」なんて、ぼそりと零していたのは、聞かなかったことにした。
バツが悪くなり、頬を掻いて目を逸らしていると、「こちらこそ、よろしくお願いします」との声。
見やれば――丁寧にぺっこりんと、頭を下げた彼女がいたのだった。
京太郎「あの時はマズったな……」
思い出すたびに情けなくなるような記憶だが、同時に特別な思い出である。
……うん、無理して格好付けたいわけではないが、出来るだけ格好良く振る舞おう。
期待には応えなければ。
あの時の彼女の言葉を思い出しそう誓い、頭を一度振って意識を引っ張り戻した。
待ち合わせの場所――商店街近くの公園はもう目の前だった。
少し肌寒い空気。
木々が茂らせている色鮮やかな緑の葉。
噴水の水面に反射する、きらきらと眩しい陽射し。
そんな公園へと踏み出し、時計台の近くのベンチを見やれば――宮永咲がいた。
思ったより長くなりそうなので本日ここまで
自然に頬が綻ぶのを自覚した。
我ながら現金なものだと思う。
彼女を見た途端、緊張が和らぐなんて。
しかし……こんなに早く来ているとは予想外だった。
約束の時間迄まだ三十分程ある。
次はもう少し早く家を出るようにするか――そう胸の内で呟き、彼女の元へ進む。
丁度来たばかりなのだろう、宮永咲は、ベンチへゆっくりと歩み寄ろうとしていた。
手には小さなバッグ。
暖かそうな白のボアポンチョの下に覗く白いパーカー。
黒のショートパンツと厚めの生地の黒いニーソックス、そしてショートブーツ。
やや活動的に見える組合せ。
須賀京太郎と同じく、普段より少し気合が入った装い。
彼女は左手首の甲辺りをみやり――おそらく腕時計で時間を確認して、ふと、面を上げ振り返った。
――視線が交錯する。
宮永咲はかすかに驚いた様子で一度目を見張り――。
咲「あっ、京ちゃん」
――はにかむような笑顔を須賀京太郎へ向けた。
彼女の元へ一歩一歩を踏み出すたびに、自然と駆け寄りたくなる。
京太郎「よっ、咲。待たせて悪い」
咲「ううん、私も今来たとこ」
そんなある種のお約束事が、少しばかり面映い。
咲「……えっと、なんだか、照れちゃうね」
彼女も同感だったらしい。
えへへ、と照れ笑いを浮かべ、上目使いで小首を傾げた。柔らかそうなショコラブラウンの髪が揺れる。
次いで、照れ隠しなのだろう、右のブーツの爪先でとんとんと地面を叩く。
これは――。
と、須賀京太郎は瞠目した。
遠目からは、やや活動的に見えた彼女の装い。
しかし改めて近くで見れば、もこもことしたボアポンチョが柔らかな女の子らしさを演出している。
クリティカルヒットだ。仕草と相まってやたら胸をざわめかせる。
更に特筆すべきは――ショートパンツとニーソックスの間の僅かな隙間。
厚手のニーソックスの絞りで作られた、柔らかさを強調された肌。
その微妙な露出が凄まじく視線を誘う。
パンツとソックスを黒にすることで肌の白さが強調され眩しい程だ。
……こいつ狙ってやってやがるのだろうか。
そんな疑問がふと過ぎった。
黒と白のコントラスト。
僅か数cm程度の太腿の露出。
それらが素足よりも、ある意味ずっと性的に魅せている。
下世話な話であるが、『非常にそそられる』わけで。
須賀京太郎は、基本的に胸部原理主義者を自認している――勿論、現在特定の一人を除外するとして。
その価値観がぐらぐらと揺らいでくる。
……ふむ、太腿か。
重々しく脳内会議を開く。
……そうえば。
心の中のアルバムを高速で捲り――先ず思い浮かぶ場面は、麻雀を打つ時に靴下を脱ぐ誰かさん。
……なるほど。
その他にも夏の薄着の時とか。
海へ行った時――そういえば、大人しめの水着が似合っていた――とか。
風に吹かれたスカートを抑えていた場面――悪いとは思いつつも脳内フォルダにはしっかり保存した――とか諸々。
――――アリですね。
麻雀部の友人をマネながら結論を下した。
……なんつーか、健康的な魅力ってやつか。
ある種チラリズムを伴うのも素晴らしい。
……ビバふともも。
まさに――須賀京太郎、脳内革命の瞬間だった。
咲「……京ちゃん?」
訝しげな声に、はっと我に返った。
――いかん、トリップしていた。
見入ってしまっていた太腿からゆっくりと視線を外す。
京太郎「あー、いや、何でもないからな。疚しい事なんてないぞ。うん、欠片もない」
咲「……そんな事訊いてないんだけど」
胡乱げな眸を向けられ、ここで目を逸したら敗けだ――と、しっかりと見つめ返す。
京太郎「――それじゃ、少し早いけど行くか」
努めて平静に。
自然な動作を装えば大丈夫な筈。
まずは予定通り昼食を――。
咲「絶対誤魔化そうとしてるよ……」
隣り合って歩き出した時の呆れたような溜息は、聞こえなかったことにした。
■□■
一旦QK
昼食を終え、映画館、本屋、ウィンドウショッピングと巡り――。
休憩にと、足を運んだ場所。
そこは――珈琲が美味しいと麻雀部の後輩から訊いた、最近できた喫茶店だった。
更に、おそらく意図的にあまり目立たぬ場所に建てられた隠れ家的な店だとのこと。
扉を押す。
からん。と、ドアベルの甲高く澄んだ音が響いた。
ひっそりと流れているクラシック音楽。
どこかノスタルジックな雰囲気を感じさせる店内。
壁際の昭和を思わせる大きな振り子の時計が、静かに、そして重く時間を刻んでいた。
隠れ家的というのは本当だったらしい。
店内には他の客はいなかった。貸切状態だ。
経営的にはどうなんだこれ……と思いながら、二人用の向かい合う形となるテーブルに席を取る。
京太郎「――綺麗な店だな」
咲「京ちゃん、出来たばっかりなんだから当然だよ」
彼女の言葉に、それもそうかと苦笑を零した。
京太郎「ほら、メニュー」
咲「ん、大丈夫。こっちにも置いてあるから」
京太郎「そっか、何にする? 奢るぞ? あ、俺は――この珈琲とパンケーキのセットにするけど」
咲「えっと――これでいい」
返された言葉に、うん?と、今日何度目かになる違和感を覚えた。
彼女が細い指で指し示した先には、キリマンジャロとの文字。
京太郎「飲物だけか? 遠慮なんかするなよ?」
咲「してないって」
京太郎「ならいいんだけどな……」
そうして注文を終えると、会話が途切れた。
頬杖をつき、宮永咲を何気なく見やる。
話題を振ってもいいのだが、少し考えたいこともあり――彼女を眺めていたい気分だった。
彼女は手持ち無沙汰になったのだろうか、先ほど書店で買った新書サイズの本を取り出している。
咲「……」
京太郎「……」
咲「……何かな?」
京太郎「いや――何でもない」
――先ほどの違和感を改めて思い返す。
昼食の時。映画館。本屋。ウィンドウショッピング。そしてこの喫茶店。
彼女の――宮永咲の事は、それなりの長い付き合いで理解しているつもりだった。
人見知りをする、ともすれば臆病さにもなるだろう、内気な傾向。
しかし一度胸襟を開いた相手には、付き合いが良く、様々な、そして柔らかな表情を見せてくれるところ。
また普段は物静ながらも結構頑固であり、一度こうと決めたら貫き通す一途さを持っている事だって知っている。
ついでに意外に 向こう意気が強く――そこを突いてからかうと面白い事も。
だからこそ判る。
今日の宮永咲は、どこか、いつもより、確実に、気を使っている、と。
よそよそしい、以前より距離を置いている、と言い換えてもいい。
不安が鎌首をもたげた。
待ち合わせ場所へ向かう時の漠然としたものでなく、明確な方向性がある不安。
例えば、そう例えば――ふと、ある想像が脳裏に過ぎる。
『宮永咲の性格であれば、須賀京太郎の告白を男女間の好意がなくとも――傷つけないために受け入れる』
そんな可能性もあるのではないか、だからこそ普段より、初デートでよそよそしいのではないか、と。
唐突に浮かんだ暗いそれを打ち消すために、一度頭を振った。
――彼女に対して不誠実だ。そんな疑いをもってどうする。
妄想でしかない。馬鹿馬鹿しい――そう一笑に付そうとするものの、こびりついたように頭から離れなかった。
――不意に、「注文の珈琲とセットになります」との声が聞こえた。
声の方向を見れば、注文の珈琲とパンケーキを運んできていた喫茶店のマスターがいた。
声を掛けられるまで気付かなかったらしい。
「ごゆっくりどうぞ」と、珈琲とパンケーキを置きテーブルを離れる彼。
宮永咲は受け取った珈琲に砂糖を入れ、くるくると匙でかき回していた。
そのまま固まっているわけにもいかず――溜息を一つ零し、彼女を眺めながら機械的にナイフを手にした。
パンケーキを切り分け、一口頬張る。
柔らかさを持ちつつもさくりとした食感。
メープルシロップの甘さとバターの風味が口の中に広がった。
京太郎「美味いぞこれ……咲もちょっと食う?」
咲「ん、いい」
勧めてみるも断られる。
――さて、どうしたものだろう。
先程のもしかしたらという不安は、未だ胸の内に渦巻いていた。
しかし、まさか「告白が迷惑だったか?」などと尋ねるわけにはいくまい――。
京太郎「咲――あのさ、もしかして今日不機嫌? っていうか、今退屈してたり?」
――だから。
遠回しに、思ってもいない嘘を混ぜ、彼女のよそよそしい原因を探るために――そう尋ねた。
+++
――宮永咲は眉根をしかめた。
目の前に座っている彼――須賀京太郎が、唐突に訳の分からない事を訊いてきたからだ。
珈琲が来るまでの間、なんだか挙動不審だったところからの『これ』だ。
咲「ううん、楽しいよ……いきなりどうしたの?」
京太郎「いやさ……無理すんなよ」
訊き返しを無視して目を逸らし、無理すんなよ、ときた。
……無理なんてしてない。
まあ――敢えて言うなら、ちょっと緊張しているというのはあるけれど。
それ位は仕方ないだろう。
そう、普段通りに振る舞えていないのは自覚している。
――だって。
その――――。
彼氏彼女になって――――は、はじめての、デート、だし。
二人で出掛けること自体は初めてでないとはいえ、それとこれとは断固として話が別だ。
乙女心は繊細なのだ。それ位は理解して欲しい。
以前に比べ距離感が取りづらいのだ。
京太郎「俺がいきなり誘っちゃったんだしさ――わりぃな。」
そうこう思っていると、今度は唐突に謝られた。
謝罪されるような事をされた憶えは、本日はない。
「何で悪いの? 何でいきなり捨てられた仔犬のような目をしてるの?」と、訊きたくなるのをぐっと堪えた。
……そういえば、告白の時もこんな目をしていたような気がする。
京太郎「何か気に障ったんなら謝るから――」
的の外れたネガティブな発言を零し続けている彼。
取り敢えず聞き流し、適当に相槌を打ちながら思索を巡らす。
……これはもしかしたら、何か盛大な勘違いしているのではないだろうか、この男は。
思い当たる節がないわけではない。
先程考えた――自身が普段通りに振る舞えていない、という点だ。
彼――須賀京太郎は、普段お調子者なくせに変に思い悩む時がある。
それだけで終わればいいのだが、更にそこから斜め上の方向へ突っ走しったりもするのだ。
伊達にそれなりに長く付き合いがあるわけではない。その程度は熟知していた。
変にスイッチが入ったのか、愚痴愚痴と自虐風にシフトしていく須賀京太郎。
それを見て、宮永咲は確信した。
須賀京太郎が変に暴走してしまっていると。
紫のコアメダルを体内に宿しているわけでもないだろうに、勘弁して欲しかった。
さて、どうしようか――と頭を捻る。
零される内容から察するに、何かを確実に勘違いしていて、彼は不安なのだろう――と当たりをつける。
発言から推測できる彼の自信の無さは――告白の時「あの言葉」をはっきりと伝えられなかった点が問題なのかもしれない。
もしそうだとしたら、そういう意味では、自身にも責任があるだろう。
――もう、仕方ないなぁ、京ちゃんは。
そう胸の内で呟き、意を決した。
まずは――聞いているとこちらも気が滅入ってくる彼の言葉を止めよう。
咲「京ちゃん――ストップ」
思ったよりも底冷えのするような低い声が出てしまった。
ぴたりと、『待て』と言いつけられた飼い犬の様に須賀京太郎が居住まいを正し、こくこくと頷いた。
……やたら怯えている気がする。そんなに怖かったのだろうか。
まあ聴いてくれそうな状態になったので良しとしよう。
咲「色々言いたいこともあるけど――まず一つ目。私は不機嫌なわけでも退屈なわけでもないから」
少しばかり嘘が混じる。実際は不機嫌だ。
何故なら「俺じゃ咲に釣り合ってないかもしれないけど」とか、やたら腹の立つ内容が、彼の発言に混じっていたからだ。
――絶対に、そんなことは、ない。
内心でそう断言する。
しっかりと否定しておくべきかと思いはするが、怒りたいわけでもないので、今回は、そう今回だけはスルーしておく。
咲「二つ目。京ちゃんは何か悩んでるみたいだけど――きっとそれ的外れだから」
……これは確信があるわけではない。単なる勘だ。
ただ――否定しておかないと、また暴走されてもこちらが困る。
手綱を握りたいわけではないが、もっと普段通りにしゃんとして欲しい。
咲「三つ目。これで最後だけど――――」
言葉を切り、席を立つ。
宮永咲の調子に気圧されたままなのか須賀京太郎は固まったままだった。
素早く彼の隣に立つ。
これはきっと必要な事なのだと自分自信に言い聞かる――覚悟は決めた。
彼の頬へ右手を伸ばし、一度優しく頬を撫で――――彼の唇を、自身の唇で以って、静かに塞いだ。
――――彼との初めてのキスだった。
+++
気付けば、目の前、視界一杯に彼女――宮永咲がいた。
かすかに震える彼女の瞼。
ほのかに香る珈琲の匂い。
唇に感じる柔らかな感触。
キスされた――その認識は後で追い付いてきた。
幾らかゆったりとした甘やかな時間。
意識の全てを持っていかれそうになる。
――そして。
彼女はゆっくりと唇を離し――
「好きだよ、京ちゃん」
――――離れた距離も僅かでそう告げた。
そこには一足早い春の花が咲いていた。
それはきっと、人の手が届かぬ嶺の上に咲く花でなく、ありふれた――しかし須賀京太郎にとって、特別な唯一つの花。
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ヽ、 ヽ __
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――――【了】
終り
地の文ばっかだからないと思うけど、謎テンションにより途中自重してないので一応
転載禁止でお願いします
このSSまとめへのコメント
もうちょっと緩いといんやけどな