幼馴染姉「ねぇ、男くんってさあ、いまカノジョいないの?」 (38)

幼馴染姉「ねぇ、男くんってさあ、いまカノジョいないの?」

男「そ、それは……」

いまは夜の十時半。
ここは俺の初恋の人の部屋。
俺はベッドのところに腰をおろして、彼女の隣に座っている。
初恋の人で、今もまだ好きな人――それは幼馴染より五つ年上の美人なお姉さんだった。

幼馴染姉「ふふっ、男くんったら真っ赤になっちゃってかわいい♪そっかー、男くんって女のコとお付き合いしたことないのか~。ふ~~~ん……」

男「あ、あのー……俺ってそんなにわかりやすいですか?」

幼姉「ふふっ!わかりやすいなんてものじゃないわね。だって、ほら、ここ。顔にちゃんと書いてあるわよ?」

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男「……え?」

そう言って、幼姉さんは俺のほっぺを手の平でそっと包んだ。
ひんやりとした手の感触が気持ちいい……

幼姉「男くん?ボーっとしてどうしたの?」

男「あっ!なんでもないんです!なんでもッ!!」

幼姉「そう?」

危ないところだった。
初恋の人の前だってのに、俺はなに気を抜いてるんだ!
集中!集中だぞ俺!

幼姉「そっかー、男くんって恋人いないのか~。ふ~ん、そっか~」

男「幼姉さん、さっきからそればっか……」

幼姉「寂しいな~。昔の男くんは『待ってよ~~~!幼姉ちゃ~~~んっ!!』って、わたしの後ろをついてきてくれたのに。あのころの男くん、すっごくかわいかったな~」

男「そんな昔のこと取りあげて……俺だって、いつまでも子どもじゃないですよ」

幼姉「でもわたしからしたら、いまの男くんもまだまだ子どもだけどね」

男「子ども……」

口の中でそう小さく繰り返す。
そっか。そりゃそうだよな。
幼姉さんにとっては、俺はただのかわいい年下の弟なんだ。

幼馴染「お姉ちゃーん!お風呂ー!」

そうやって俺が落ち込んでいたときだった。
一階から幼馴染の声が聞こえてきた。
それに応えるように、幼姉さんはベッドからすっと立ち上がった。

幼姉「じゃあね、男くん。風邪引かないようにあったかくして寝るのよ」

男「幼姉さん、いまは夏ですよ」

幼姉「だからこそよ。夏風邪をあなどってたら痛い目にあうわよ?」

男「また子ども扱いして……」

幼姉「ふふ、怒らない怒らない♪じゃ、今度こそおやすみ~」

男「おやすみなさい」

ドアが閉まると、部屋の中は一気に静かになった。
一人になってだんだんと頭が冷静になってくると、ある一つの疑問がわきあがってきた。

男「彼氏いるのかなあ……?」

いるんだろうなあ多分。
俺なんかよりずっと大人の彼氏がさ。

男「はあ、帰ろう……」

考え事をしてもネガティブになるだけだったので、幼姉さんの部屋を出ることにした。
結局いろんなことが気になって、その日は全然眠れなかった。

幼馴染「男―。朝だよー。早く起きないと遅刻――あれぇ?」

朝の七時半、幼馴染がいつものように俺を起こしにきた。
だがいつもと違って俺が早起きしているので、その様子に驚いているようだった。
その証拠にマヌケな顔で大口を開けている。

幼馴染「ど、どうしたのぉ?男、今日は、早起き」

男「カタコトになってるぞー」

幼馴染「あれ?よくみたら顔色もよくないような……」

幼馴染は心配そうに俺の顔をのぞきこんだ。

男「なんでもねーよ。それより、おまえがいると俺着替えられないんだけど……」

幼馴染「あ、ごめ……ごめんなさいっ!!」

顔を真っ赤にして、急いで俺の部屋を出る幼馴染。
直後、部屋の外でドスンという大きな音がした。

幼馴染「うぅ、いったぁ……」

どうやら幼馴染が尻もちをついて転んだらしい。
なんてわかりやすいやつ。

男「幼姉さんも、あれぐらいわかりやすければなあ……」

だが、すべてが謎に包まれているミステリアスなところも、幼姉さんの魅力の一つだった。
大人の魅力。
残念ながら、幼馴染にはそういうところは全くなかった。

男「しかし同じ姉妹同士、なんであんなに違うんだろう?」

制服のそでに手を入れながら、俺はそんなことを考えた。

制服に着替え終わって一階のリビングに降りると、もう朝食はできあがっていた。
今日は母さんと父さんもいた。

幼姉さんはいなかった……
当たり前だけど。

男「おはよーっす……」

母「あんた、顔洗ったの?死んだ魚のような目してるわよ」

男「うるせーよ……」

母「ほんといつも悪いわねえ幼馴染ちゃん。こんなバカ息子のためにいつもいつも」

幼馴染「気にしないでくださいー。全部わたしが好きでやってることですからぁ」

母「あ、そうだったそうだった。だって幼馴染ちゃんは――」

幼馴染「お、おばさぁ~んっ!」

母「あら、ごめんなさい。わたしったらつい。ふふふ……」

母さんは俺たちを交互に見ながら、ニヤニヤと意味ありげに笑っていた。
幼馴染は赤い顔をしてうつむいている。
よくわからない……

母「歳をとると余計なこと言っちゃうからいけないわねえ。ねえ、お父さん?」

父「ん、そうだな」

男「なあ、それより俺腹減ったんだけど。飯は?」

母「あんたねえ、自分のご飯ぐらい自分でつぎなさいな。赤ん坊だってできるわよ、それくらい」

男「いや、赤ん坊は無理だろさすがに」

俺たちがそんなくだらないことを言い合っていると、幼馴染がいきなり立ち上がって、炊飯器がある台所へと一直線に歩いて行った。
それからまもなく、ご飯を大盛りについだ茶碗を片手に戻ってきた。

幼馴染「はい、男。ご飯、これぐらいでよかったかなぁ?」

男「ああ、うん。さんきゅ」

幼馴染「そっか、よかったぁ……」

男「???」

幼馴染はなぜか安心したように胸をホッとなでおろしていた。
ヘンなやつ。

母「けなげねえ。けなげすぎて涙が出てくるわあ。なんだか昔のわたしたちを思い出すわねえー。ねえ、お父さん?」

父「ん、そうだな」

母「お父さん!食事中に新聞を読むのはやめてくださいって、いつも言ってるでしょっ!」

父「な、なに急に怒っているんだおまえ……?」

こうして朝食の時間は平和に過ぎていった。

朝食が終わると、俺と幼は外に出た。
真夏の太陽の日差しとムワッとした熱気が同時に襲い掛かってきた。
余計にテンションが下がる……

男「あぢぃぃぃぃ……しぬぅぅぅぅ……」

幼馴染「お、おおげさだよぉ……」

幼馴染はドン引きしていたが、実際暑いんだからしかたがない。
にしても、さっきから顔の汗がうっとうしいな……

幼馴染「しょうがないなぁ、男は……」

いつのまにか幼馴染はポケットからハンカチを出して、手にギュッと握りしめていた。
なんだろう?

男「なにそれ?」

幼馴染「顔ふいてあげる」

男「は?」

幼馴染「ジッとして?」

男「アノー……幼馴染サン……?」

俺の顔に手を伸ばす幼馴染。
だが――

男「ちょ、こんなところで……やめんかいっ!!」

幼馴染「どうして逃げるのー?」

男「や、やり過ぎだバカ!何事にも限度というものがあるだろ!限度というものが!」

幼馴染「え~~~」

男「え~~~、じゃないッ!!この天然がッ!!」

周囲を見るとわずかだが人目がある。
こんなところを知り合いにでも見られて噂にでもなってみろ?
幼姉さんに勘違いされるかもしれない。
それだけは絶対にイヤだ。

この状況を回避するために、俺はすかさず全速力で駆け出した。
後ろに幼馴染を残して。

幼馴染「え?あれぇ?」

男「おーい、なにしてんだー?おいてくぞー」

幼馴染「ま、待ってよ~~~!」

幼馴染の悲痛な断末魔にちょっと胸が痛んだ。
だが、物事には犠牲がつきものだ。
許せ。

商店街の近くで幼馴染は俺に追いついた。
かわいそうに、汗をダラダラ流して肩で大きく息をしている。

幼馴染「はあ、はあ、はあ……」

男「おつかれ」

幼馴染「ひ、ひどいよぉ。男はわたしが足遅いの知ってるから、こんなイジワルするんだぁ……」

幼馴染は涙目だった。
ちょっとやり過ぎだったかもしれない……
反省。

男「怒ってる……よな?」

幼馴染「…………」

男「今度パフェおごってやるから。な?」

幼馴染「…………」

男「駅前に新しくできた店の一つ五千円もするやつ。なんだっけ?たしか……バケツパフェだっけ?」

幼馴染「……約束だよ?」

男「おうよ」

よかった単純で。
幼馴染を泣かせるのは俺もあんまり好きじゃない。
財布の中はちょっと寂しいことになるけど……

男「そういや、気になってたんだけどさ」

幼馴染「うん」

男「幼姉さんっていつも朝早いのか?」

俺は特別ネガティブでもないし、かといってポジティブすぎるわけでもない。
走っているうちに気持ちもスッキリして、テンションは平常どおりにもどっていた。
だから、幼姉さんのことを質問をする心の余裕もできていた。

幼馴染「みたいだねぇ。教育実習生もいろいろと大変なんだって。朝早くから夜遅くまで。昨日は早く帰ってこれたみたいだけど」

男「そうか。そうだったのか……」

幼馴染「男、最近そればっかりだねー」

男「しかたないだろ?気になるんだから。昔はよく面倒みてもらってたんだし」

幼馴染「だねぇ。お姉ちゃん、久しぶりに帰ってきたんだもんね」

よかった。気づいてない。

男「だろー?だって七年ぶりだぜ。七年ぶり。当たり前だろ」

幼馴染「だねぇ」

幼姉さんは高校が県外の進学校で、大学は東京だった。
しかも、勉強が忙しいやらなにやらで地元にはほとんど帰ってこなかった。
だから、幼姉さんを最後に見たのは十歳のとき。
俺がまだ小学生のときだった。

俺の初恋は見事に砕け散ったと思っていた。
思ってたけど――

――――――――――――
――――――
――――
――

それは今週の月曜のことだった。
その日はなんだかクラスの様子がおかしかった。
男子連中は妙に浮き足立っていたし、幼馴染も微妙にそわそわしていた。

絶対になにかがあると思った。
HRの途中に突然切り出した担任の一言で、そんな俺の予感は見事に的中したことを知った。

担任「えー、いきなりで驚くかもしれんが……今日からうちのクラスでお世話をしてくださる教育実習の先生を紹介したいと思う。幼姉先生、どうぞ入って来てください」

幼姉「はいっ」

男「え?」

一拍の間をおいて、教室のドアがガラガラと音を立てて開いた。
それと同時に、黒のスーツをパリッと着こなした幼姉さんが入ってきた。

男「な、え?えええぇぇぇぇぇえええッ!?」

驚きのあまり、俺は机ごと前のめりに倒れそうになった。
事前になにも知らされていなかったから尚更だった。

幼姉さんは昔も美人だったけど、それ以上に美人になって帰ってきた。
近所のお姉ちゃんは、大人のお姉さんになって帰ってきた。

幼姉「初めまして。今日からみなさんと一緒に勉強することになりました幼姉といいます」

カツカツという音が心地よいリズムを刻む。
手にした白チョークで、幼姉さんは自分の名前を黒板に書いていった。

幼姉「一ヶ月……ですね?」

担任「ですな」

幼姉「一か月ちょっとという短い期間ですが、みなさんどうぞよろしくお願いします」

腰を深く折ってうやうやしくお辞儀をするとともに、幼姉さんの長い黒髪がふわっと揺れた。
そのやわらかい物腰と類まれな美貌に、クラスの全員が圧倒された。
やがて男友をはじめとする男子連中の中から、大きなどよめきがあがった。

早弁男「ハム、ハフハフ、ハムッ!!」

メガネ「僕の計算によると、75%の確立でEカップだという結果が出ているよ」

男友「うおおぉぉぉぉぉぉ……う、噂以上の美人っ……!しかも、巨乳女教師ときたぁ……ッ!!」

男友の荒い鼻息が後ろの席の俺にまではっきりと伝わってくる。
それほど興奮しているみたいだった。
俺もだけど。

ギャル「きんもー☆」

女「うわっ、まじきめえ。あいつら全員死ねばいいのに」

地味女「…………」

クラス女「なにあれ?感じわるー、みたいな」

それに対して女子の反応は冷ややかだった。

男「あ」

幼姉「あ」

俺が幼姉さんの顔を吸い込まれるようになって見つめていると、自然と目が合った。
幼姉さんは驚いたような表情を見せた。
だがそれも一瞬のことで、すぐに元の真顔にもどった。
しばらく二人でそのまま見つめ合う。

幼姉「…………」

男「ッ!!」

幼姉さん片目でこっちにウインクをしてきたので、恥ずかしさから俺は思わず目をつむってしまっていた。
それから、おそるおそる目を開けてみる。

幼姉「くすっ」

口元に浮かべた幼姉さんのいたずらっぽい笑み。
それだけは昔となにも変わっていなかった。

――――――――――――
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―――
――

幼馴染「お姉ちゃん、帰ってきたんだよ。頑張ってこっちで就職したいからって」

男「嬉しいか?」

幼馴染「当たり前だよー。だって、わたしの自慢のお姉ちゃんなんだもんっ」

男「俺だってそうだよ」

昨日はすごい敗北感を味わった。
だけど、こっちに来てから今日でちょうど四日目。

諦めるにはまだ早い。
俺にもまだチャンスはあるはずだ!……と信じたい。

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