モバP「星のしずく」 (38)
まだ、彼女がデビューしていないときのことだった。
アナスタシアが、「星を見たい」と言った。
「星?」
思わず問い返すと、彼女は頷きを見せた。
「ダー。Город………都会のものではなく、もっと、綺麗なものを」
「ふむ………」
いつもは滅多におねだりなどしない彼女のたっての願いだったので、随分と張り切ったものだ。
正直なことを言うと、当時彼女とはうまくいっていなかったと思う。
自分にとって初めてのアイドルであり、初めてのプロデュース業ということもあってどうあるべきかを測りかねていた。
もちろん事務所に先輩のプロデューサーはたくさんいたし、その中にはあの渋谷凛や高垣楓をデビューさせ今や一流プロデューサーとして名を馳せている方だっていた。
だが、彼らにプロデューサーの在り方について学んだところで、誰もが皆最後は「アイドルの最善のために臨機応変に対応する」ことを何よりもの目標として掲げ、担当アイドルに適したプロデュース方法を取らなければならないため必勝法などというものはないから地道に行け、と語った。今思えば、その言葉に少し甘えていたのかもしれない。
彼女もまた、謙虚で丁寧な物腰ながら、どこかぎこちなさを隠せないでいた。いや、そんな姿勢で一線を引いているようにさえ思えた。
アイドルとプロデューサー。
二人三脚で進むには、少しばかり息が合っていなかった。
そんな時に、彼女から「星を見たい」と言われた。
夏の暑い日のことだった。
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星を見に行くことになった日。
レッスンを終えたアナスタシアを拾って目的地へと向かった。
万が一事故を起こしても怪我が少ないようにと、いつも後部座席に座らせている。
バックミラーに映るアナスタシアは居心地悪そうに車に揺られていた。
「………それなりにかかるから、横になっていていいぞ」
「いえ………大丈夫です」
「………そうか」
おせっかいを焼いてしまったと反省し、運転に集中する。
先輩方は比較的アイドルと言い方は悪いがべったりと接している人が多い。例えば、前述の渋谷凛のプロデューサーは毎週渋谷凛の家で夕飯をご馳走になっているらしい。事務員がスキャンダルに怯えだすほどに親密な関係になることで彼女たちをよく知りプロデュースしていくという方針は彼女たちを誰よりも大切に思うプロデューサーの鑑ともいえる姿勢があってこそのものだろう。
先輩方はそういう在り方もいいが、仕事上のパートナーとして付き合っていくというのもある、と道を示してくれた。
自分とアナスタシアの在り方は、そういうものかもしれない、と考えたその時、
「あの………プロデューサー」
アナスタシアが、不安そうに声をかけてきた。
「どうした?」
問い返すと、彼女は一度目を逸らした後、勇気を振り絞るかのように手をぎゅうと握り、口を開いた。
「Пассажирское место………助手席に座ってもいいですか?」
「助手席? ………すまない、酔ったのか?」
後部座席は比較的車酔いしやすいと聞いたことがあったのでそれかと思ったが、首を横に振られた。
「いえ、そんなことは………ただ」
「ただ?」
アナスタシアは言いづらそうに口をつぐんだ後、それでも言葉を続けた。
「………隣に誰もいない後部座席は、少し寂しいです」
「………そういうものなのか」
「はい………」
うつむくアナスタシア。
いつもは運転している側だからそんなことはまるで気づかなかった。
「それは、すまなかった。今路肩に止めるから、その時に」
「………いいんですか?」
「ああ。こちらも、誰かが隣にいてくれた方がありがたい」
「そうだったんですか………」
交通量が少ない道に出るまでしばらく沈黙は続いた。
しかし、バックミラーに映るアナスタシアは先程よりもいくらか安らいで見えた。
助手席に乗ってきたアナスタシアに飴の袋を差し出した。
「Конфета………飴、ですか?」
「運転席と助手席は空調が直当たりするからな。喉のためにも舐めておいた方がいい」
「ダー………ありがとうございます」
小袋を一つつまんで、彼女は飴玉を口に放り込み、ころころと舐め始めた。
「………眠かったら遠慮せず寝ていいからな? レッスンで疲れているだろうし」
「いえ、まだ元気です。………楽しみにしてましたから」
「………ご期待に添えるか心配だがな。先に言っておくがお前の故郷の星空ほど綺麗なものはさすがに見れないと思う」
あまり期待するなよとハードルを下げようとしただけなのに、随分と突き放すような言い方になってしまった。
せっかく上機嫌なアナスタシアを不快にしてしまったかもしれない、と思ったが、彼女はくすりと笑い、
「それくらい分かってますよ。………それに、どんな星空にだって良さはありますから」
「都会の星空にも?」
「………少しだけ考える時間をください」
「無理する必要はないぞ。良さがないならないで構わない。ただ、たまに見上げる夜空がアナスタシアの中ではあんなもの星空と名乗っていいものではない、となっているということになるが」
「う………Больной-tempered」
「…………それはなんという意味なんだ?」
「意地悪、という意味です」
「そうか………ちなみに責任転嫁はどう言うんだ?」
「………………Больной-tempered」
「それは意地悪という意味だと聞いたが…………」
「うー…………」
恨みがましそうにこちらを見るアナスタシアに、少しだけ、いや、多大な心地よさを得ていた。
こんな風に軽口を叩いたのは初めてのことだったからだ。
「わぁ……………!」
目的地である山の頂上付近の広場に着くなり、アナスタシアは我先にと車を降り、目を輝かせた。
「プロデューサー、Звезда…………星です!」
「そうだな」
「とても………とても綺麗です………!」
満天の星空を見上げながら、アナスタシアは何度もハラショーハラショーと言った。確か、素晴らしいという意味だったか。
彼女の言う通り、星空はそれはそれは見事なものだった。
都会ではまず見れない星の海には少なからず心を揺らされる。
だが、それ以上に心を揺らしてくるものがあった。
「プロデューサー! Milky Путь………天の川が見えます!」
これほど無邪気に笑う彼女の顔を見たことがなかった。
いつも落ち着いているアナスタシアを見て、滅多に感情を表に出さない彼女を見て、いつのまにか自分はそういうものなのだとイメージを押しつけてしまっていたようだった。
彼女だって、まだ十五才の少女なのだ。
星空を見て目を輝かせるような、そんな純粋な心を残しているのだ。
この笑顔を、皆に見せたいと思った。
この笑顔こそが、この純粋さこそが彼女の何よりもの魅力だと思った。
ようやくこの時、彼女のプロデュース方針が固まった。
「………プロデューサー?」
「ああ、悪い。………ほら、シートを持ってきてある。寝転んで夜空を眺めるといい」
「Действительно? ………アー、本当ですか? 用意がいいですね」
「なに…………担当アイドルからの初めてのおねだりだ。準備万端でないと申し訳が立たない」
そう言うと、アナスタシアは意外そうな顔をした。
「Я был рад………私からお願いされて、嬉しかったんですか?」
「…………もちろん。アイドルに頼られるのはプロデューサーとしては喜ぶべき事柄以外の何物でもない」
「…………そうだったんですか」
彼女は一度うつむいて、口を開いた。
「てっきりプロデューサーは、私とは仲良くしたくないのかと思っていました」
「…………そうなのか?」
「ダー。…………運転中はいつも静かですし、事務所で話しかけた時もあまり楽しそうにはしていませんでした」
「そうか…………」
言われて、ぐにと頬を触る。
自分としてはにやけているくらいの自覚があったのだが、現に頬は微動だにしていない。
「……………………すまない。一応自分では笑っているつもりだったんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。…………プロデューサーとしてあるまじきものだとは思うが、人に話しかけるタイミングというものを掴むのが苦手でな。アナスタシアに話しかけられたときはいつも嬉しくて仕方がなかったよ。…………まあ、何を話せばいいかよく分からずぎこちない会話になってしまったが」
申し訳なさに頭を掻くとアナスタシアも苦笑を返してくれた。
「そうでしたね…………いつも会話が続かなくて、困ってしまって」
「思えば…………そのせいで余計にぎこちなくなっていたんだろうか」
「そうでしょうね。Порочный круг………悪循環です」
「悪循環か………」
プロデューサーとして失格だ。
自らアイドルとの距離を離していたようなものなのだから。
だが、今気づいたのだから、最悪ではない。
「………アナスタシア」
「はい?」
「………その、今日はお願いしてくれてありがとう。おかげで、お前をちゃんとプロデュースできそうだ」
「………そうですか」
彼女は柔らかな笑みを浮かべ、
「………期待してますよ、プロデューサー」
にっこりと、まぶしい微笑みを向けてきた。
あの天体観測からしばらくして、ついにアナスタシアはデビューした。
日本ではあまり見受けられないそのビジュアルは人々を魅了し、謙虚ともいえる姿勢が反感を生むことなくアナスタシアというアイドルを世間に広めた。広めたはずなのだが………。
「プロデューサー、星を見に行きたいです」
謙虚な姿勢はいづこへ、あの天体観測以来、アナスタシアはひどく甘えん坊になった。
「この前行ったばかりじゃないか………」
「また見に行きたいんです。お願いします」
くいくいと袖を引かれ、溜息を吐く。
原因はおそらく自分があの日アイドルに頼られるのは嬉しいと言ってしまったことだろうし、実際このように甘えられるのはそれだけ彼女が自分を信頼してくれているということなので喜ばしいことなのだが、車で一、二時間程度で向かえる箇所で綺麗な星空が見えるところというのはそう数がなく、それを探すためプロデューサー業の合間にネットを漁らなければならない羽目になるので個人的にはあまり喜ばしくない。
「………ダー。甘えられて嬉しいですと言っていたのは嘘なんですね」
「その言い方だと渋谷に甘えられて鼻の下を伸ばす中年のように思われるからやめてくれ」
「おいこら巻き込み事故を起こすんじゃない。つうかまだ三十なったとこだっつうの。中年じゃねえし」
誰かが何か言ったが無視する。だがアナスタシアが絡んでいった。
「聞いてください凛のプロデューサー。プロデューサーが甲斐性なしなんです」
「天体観測くらい連れてってやれよ。若いのは走ってナンボだろ?」
「いやまあ、連れていきますけど………」
「わぁ………!」
渋々承諾すると、アナスタシアはあの日のように瞳を輝かせ、
「ありがとうございます、プロデューサー!」
満面の笑みを浮かべてくるものだから始末に負えない。
目的地へ向かう車中では、以前のように居心地の悪い沈黙が生まれることがなくなった。
「今日、幼少組に無表情で怖いって責め立てられたんだが………」
「ダー………プロデューサー、滅多に表情が変わりませんもんね」
「これでも笑顔を作る練習はしているんだが………」
「そうなんですか? なら今やってみてください」
「よしきた。………ほれ」
「………ダー。気持ち悪いです」
「………………そうか」
「………別に無表情だから怖い、と言っているのではないんですよ、きっと」
「そうなのか?」
「はい。………無表情でも、ちゃんと優しいところを見せれば彼女たちもきっと慕ってくれるようになりますよ。雪美みたいに鋭い子はもう気づいてるんじゃないでしょうか」
「そういえば雪美だけ無言で慈しむような笑み浮かべてたな………あれ絶対憐れんでるんだと思ってたが」
「雪美をなんだと思ってるんですか………」
他愛もない話が弾む。
バックミラーに映る彼女がどんな表情をしていたのか、もう思い出せなくなっていた。
「………お?」
目的地へと続くとされる道には、草木が生い茂っていた。
「………しまったな。カーナビが古いんだった」
昔は車も通れたのだろうが、今はそうはいかなくなっているようだ。
「アナスタシア、歩け………」
るか、と問おうとして彼女のショートパンツが目に入った。
これで草木生い茂る道を歩けというのは酷すぎるだろう。
それに万一かぶれでもしたら一大事だ。
「………アナスタシア、少し我慢してくれるか?」
「はい?」
首をかしげる彼女と車を降りる。
「………重く、ないですか?」
「まったく。むしろ軽すぎて驚くくらいだ。ちゃんと飯は食べれているか?」
「ダー。寮のご飯美味しいです。お菓子がよく出るのが玉に瑕ですけど………」
「………女の子的には嬉しいことではないのか?」
「その………体重が………」
「ああ………」
仕方なく、アナスタシアをおぶって向かうことにした。
彼女は特に嫌がることもなく素直に従ってくれた。
「悪いな………男に背負われるなんて、あまり好ましいこととは思えないが我慢してくれ」
「いえ………………」
アナスタシアは首に回した腕に少しだけ力を込めて、
「………頼りになる背中です」
そんなことを言ってくれた。
「………そうか」
「…………………ダー」
目的地に着いたはいいが、
「しまったな………」
「今日はНеудача………失敗が多いですね。もしかして、お疲れですか?」
「いや、そんなことはないと思うが………」
言いながら荷物を確認する。
山道を歩くということで運よく車に積んであったリュックにシートや飲み物を入れたのだが、
「枕を忘れた………」
「Действительно?」
本当ですか?
「ああ」
「そうですか…………」
肩を落とす彼女に申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
アナスタシアはシートの上で寝転ぶのをひどく気に入っていた。
そのお供である枕を忘れてしまった罪はさぞ大きいことだろう。
「すまないが、今日は枕なしで我慢してくれ」
「ダー………分かりました」
頷き、ころんと横になる。
せっかくの星空だというのに、少しだけ翳って見える。
なんとも勿体ない。
アナスタシアも似たようなことを考えていたのか、やりきれないような表情で夜空を眺めていたが、ふと、
「………プロデューサー」
「どうした?」
「………やっぱり枕ほしいです」
「そうか………」
どうしてもというなら仕方ない。
忘れてしまったのは自分だし、車まで取りに行くとしよう。
そう思って彼女に背を向けようとしたのだが、
「………プロデューサー」
彼女にもう一度呼ばれた。
「なんだ?」
「………隣、来てください」
そう言って彼女はまだいくらか余分のあるシートをぽんぽんと叩いた。
「………枕、貸してください」
ちらり、と横目でこちらを見て、彼女は言った。
「………………プロデューサーの、腕枕」
「………寝心地は悪くないか?」
「………大丈夫です」
「………固くないか?」
「………ちょうどいいです」
「………そうか」
「………はい」
懐かしいぎこちなさを感じながら、アナスタシアと二人、並んで寝転んで、星空を見ていた。
彼女と二人、色んな所へ星を見に行ったが、何度見ても星空というものは飽きないもので、いつも心を魅了される。
「………いつも甘えてしまってすいません」
急に、アナスタシアがそんなことを言った。
「………気にするな、いつも頑張っているお前へのご褒美だ」
持って生まれたルックスや才能がありながらもアナスタシアはそれらをさらに磨き上げようと日々努力している。頑張り屋なのだ、このアイドルは。毎日汗まみれになりながらダンスも歌も芝居もしている。ファンには見せられない泥臭い努力を褒めてやるのもプロデューサーの仕事なのだと分かっていた。
だが、そんなこちらの言葉に、アナスタシアは淡い迷いを顔に出した。
「………私は、頑張れているのでしょうか」
デビューしてほぼ二か月。
彼女のアイドルとしての活動は、うまくやれているどころか、十二分すぎて困るほどだった。
だが、彼女がほしいのはそんな即物的な言葉ではないと思った。
だから、言った。
「………お前は、星だ」
「え?」
疑問符を浮かべるアナスタシアの横で、星空を指差す。
「あの空の星のように、ただそこにあって、ここにいるよと知らせるように光っているだけで、誰かの心を癒し、震わせる。
今のお前は、まさにそれと同じだ。
お前がステージに立つだけで、元気をもらう人がいる。楽しくなれる人がいる。
誰かのためになれているのなら、それはアイドルとして最善だ。文句など言いようもない。
だから………お前は十分に頑張れているよ」
「プロデューサー………」
「まあ、レッスンはちゃんとやってもらうがな」
照れ隠しに付け足した言葉に、彼女は笑みをこぼし、
「………………当然です」
「………………そうか」
沈黙が訪れる。
しかし、決して心地の悪いものではなかった。
「………………プロデューサー」
「なんだ?」
「………………ありがとうございます」
「………………………なに。星空にあてられただけだ」
アナスタシアがユニットを組むことになった。
その名もにゃん・にゃん・にゃん。
………高峯や前川が猫耳を付けているのは見たことがあったが、アナスタシアの選考理由が「アーニャ」という彼女の愛称から「あーにゃん」という名前が思いついたので、というよく分からないものだった。それでいいのかと思ったが高峯や前川などの大物アイドルと共に活動するのは彼女にとっても大きな利益となると思ったので快く彼女を送り出した。
もちろんアナスタシア個人の活動も続いているが、売り出しということもあってにゃん・にゃん・にゃんの活動時間の方が多く、またにゃん・にゃん・にゃんは別のプロデューサーの管轄であるためアナスタシアと顔を合わせる機会も随分と減ってしまった。
「その………うまくやっているか?」
「ダー。皆さんにはよくしていただいてます」
「そうか………」
久々に事務所で会う度に同じ質問をしてしまう。
「もしかして心配してくれてるんですか?」
「………それはな」
「………………ダー。嬉しいです」
「当たり前のことだ。喜ぶな」
「あーにゃんです」
「………ああ、猫耳を付けたのか。暑さにやられたのかと思った」
「Больной-tempered…………」
「で、猫耳なんぞ付けてどうした」
「似合いますか?」
「似合うには似合うが………ぶっちゃけお前は猫ではないよな」
「そうですか?」
「ああ。………前川は言わずもがなだし、高峯も自由気ままなところが猫っぽいが、お前に猫要素ないよな」
「あーにゃんです」
「名前だけじゃないか………毛色的にはスフィンクスとかに見えなくもないが、内面がな………」
「Рыба………魚好きです」
「それ前川の前で言うなよ………」
「あーにゃんです。Кот………猫なんです………にゃん」
「取ってつけたように語尾を付けるな」
「猫なんですってば………」
「………アナスタシア。今度湖のほとりで星が見えるところを見つけたんだ。よければ一緒に行かないか?」
「Действительно!?」
「ほら、喜ぶ姿なんか犬が尻尾振ってるみたいだし。どちらかと言えば犬だよな」
「ね、猫です! にゃん!」
「どうしてそんなに猫にこだわるんだお前は………」
「だって………」
「なんだ」
「………猫なら、合法的に下顎を撫でてもらえると、のあさんが………」
「高峯さん? 後でちょっといいですか? ええ、うちのアナスタシアに変な知識を植え付けないでください」
「………にゃん」
「それで誤魔化されるのはあなたのプロデューサーだけですよ」
http://i.imgur.com/0dK3jln.jpg
http://i.imgur.com/ZqXx9vH.jpg
アナスタシア(15)
http://i.imgur.com/4IUhe3S.jpg
http://i.imgur.com/d63CLyC.jpg
前川みく(15)
http://i.imgur.com/TnWSXxG.jpg
http://i.imgur.com/lbJPhYQ.jpg
高峯のあ(24)
まだ、彼女がデビューしていないときのことだった。
アナスタシアが、「星を見たい」と言った。
「星?」
思わず問い返すと、彼女は頷きを見せた。
「ダー。Город………都会のものではなく、もっと、綺麗なものを」
「ふむ………」
いつもは滅多におねだりなどしない彼女のたっての願いだったので、随分と張り切ったものだ。
正直なことを言うと、当時彼女とはうまくいっていなかったと思う。
自分にとって初めてのアイドルであり、初めてのプロデュース業ということもあってどうあるべきかを測りかねていた。
もちろん事務所に先輩のプロデューサーはたくさんいたし、その中にはあの渋谷凛や高垣楓をデビューさせ今や一流プロデューサーとして名を馳せている方だっていた。
だが、彼らにプロデューサーの在り方について学んだところで、誰もが皆最後は「アイドルの最善のために臨機応変に対応する」ことを何よりもの目標として掲げ、担当アイドルに適したプロデュース方法を取らなければならないため必勝法などというものはないから地道に行け、と語った。今思えば、その言葉に少し甘えていたのかもしれない。
彼女もまた、謙虚で丁寧な物腰ながら、どこかぎこちなさを隠せないでいた。いや、そんな姿勢で一線を引いているようにさえ思えた。
アイドルとプロデューサー。
二人三脚で進むには、少しばかり息が合っていなかった。
そんな時に、彼女から「星を見たい」と言われた。
夏の暑い日のことだった。
星を見に行くことになった日。
レッスンを終えたアナスタシアを拾って目的地へと向かった。
万が一事故を起こしても怪我が少ないようにと、いつも後部座席に座らせている。
バックミラーに映るアナスタシアは居心地悪そうに車に揺られていた。
「………それなりにかかるから、横になっていていいぞ」
「いえ………大丈夫です」
「………そうか」
おせっかいを焼いてしまったと反省し、運転に集中する。
先輩方は比較的アイドルと言い方は悪いがべったりと接している人が多い。例えば、前述の渋谷凛のプロデューサーは毎週渋谷凛の家で夕飯をご馳走になっているらしい。事務員がスキャンダルに怯えだすほどに親密な関係になることで彼女たちをよく知りプロデュースしていくという方針は彼女たちを誰よりも大切に思うプロデューサーの鑑ともいえる姿勢があってこそのものだろう。
先輩方はそういう在り方もいいが、仕事上のパートナーとして付き合っていくというのもある、と道を示してくれた。
自分とアナスタシアの在り方は、そういうものかもしれない、と考えたその時、
「あの………プロデューサー」
アナスタシアが、不安そうに声をかけてきた。
「どうした?」
問い返すと、彼女は一度目を逸らした後、勇気を振り絞るかのように手をぎゅうと握り、口を開いた。
「Пассажирское место………助手席に座ってもいいですか?」
「助手席? ………すまない、酔ったのか?」
後部座席は比較的車酔いしやすいと聞いたことがあったのでそれかと思ったが、首を横に振られた。
「いえ、そんなことは………ただ」
「ただ?」
アナスタシアは言いづらそうに口をつぐんだ後、それでも言葉を続けた。
「………隣に誰もいない後部座席は、少し寂しいです」
「………そういうものなのか」
「はい………」
うつむくアナスタシア。
いつもは運転している側だからそんなことはまるで気づかなかった。
「それは、すまなかった。今路肩に止めるから、その時に」
「………いいんですか?」
「ああ。こちらも、誰かが隣にいてくれた方がありがたい」
「そうだったんですか………」
交通量が少ない道に出るまでしばらく沈黙は続いた。
しかし、バックミラーに映るアナスタシアは先程よりもいくらか安らいで見えた。
助手席に乗ってきたアナスタシアに飴の袋を差し出した。
「Конфета………飴、ですか?」
「運転席と助手席は空調が直当たりするからな。喉のためにも舐めておいた方がいい」
「ダー………ありがとうございます」
小袋を一つつまんで、彼女は飴玉を口に放り込み、ころころと舐め始めた。
「………眠かったら遠慮せず寝ていいからな? レッスンで疲れているだろうし」
「いえ、まだ元気です。………楽しみにしてましたから」
「………ご期待に添えるか心配だがな。先に言っておくがお前の故郷の星空ほど綺麗なものはさすがに見れないと思う」
あまり期待するなよとハードルを下げようとしただけなのに、随分と突き放すような言い方になってしまった。
せっかく上機嫌なアナスタシアを不快にしてしまったかもしれない、と思ったが、彼女はくすりと笑い、
「それくらい分かってますよ。………それに、どんな星空にだって良さはありますから」
「都会の星空にも?」
「………少しだけ考える時間をください」
「無理する必要はないぞ。良さがないならないで構わない。ただ、たまに見上げる夜空がアナスタシアの中ではあんなもの星空と名乗っていいものではない、となっているということになるが」
「う………Больной-tempered」
「…………それはなんという意味なんだ?」
「意地悪、という意味です」
「そうか………ちなみに責任転嫁はどう言うんだ?」
「………………Больной-tempered」
「それは意地悪という意味だと聞いたが…………」
「うー…………」
恨みがましそうにこちらを見るアナスタシアに、少しだけ、いや、多大な心地よさを得ていた。
こんな風に軽口を叩いたのは初めてのことだったからだ。
「わぁ……………!」
目的地である山の頂上付近の広場に着くなり、アナスタシアは我先にと車を降り、目を輝かせた。
「プロデューサー、Звезда…………星です!」
「そうだな」
「とても………とても綺麗です………!」
満天の星空を見上げながら、アナスタシアは何度もハラショーハラショーと言った。確か、素晴らしいという意味だったか。
彼女の言う通り、星空はそれはそれは見事なものだった。
都会ではまず見れない星の海には少なからず心を揺らされる。
だが、それ以上に心を揺らしてくるものがあった。
「プロデューサー! Milky Путь………天の川が見えます!」
これほど無邪気に笑う彼女の顔を見たことがなかった。
いつも落ち着いているアナスタシアを見て、滅多に感情を表に出さない彼女を見て、いつのまにか自分はそういうものなのだとイメージを押しつけてしまっていたようだった。
彼女だって、まだ十五才の少女なのだ。
星空を見て目を輝かせるような、そんな純粋な心を残しているのだ。
この笑顔を、皆に見せたいと思った。
この笑顔こそが、この純粋さこそが彼女の何よりもの魅力だと思った。
ようやくこの時、彼女のプロデュース方針が固まった。
「………プロデューサー?」
「ああ、悪い。………ほら、シートを持ってきてある。寝転んで夜空を眺めるといい」
「Действительно? ………アー、本当ですか? 用意がいいですね」
「なに…………担当アイドルからの初めてのおねだりだ。準備万端でないと申し訳が立たない」
そう言うと、アナスタシアは意外そうな顔をした。
「Я был рад………私からお願いされて、嬉しかったんですか?」
「…………もちろん。アイドルに頼られるのはプロデューサーとしては喜ぶべき事柄以外の何物でもない」
「…………そうだったんですか」
彼女は一度うつむいて、口を開いた。
「てっきりプロデューサーは、私とは仲良くしたくないのかと思っていました」
「…………そうなのか?」
「ダー。…………運転中はいつも静かですし、事務所で話しかけた時もあまり楽しそうにはしていませんでした」
「そうか…………」
言われて、ぐにと頬を触る。
自分としてはにやけているくらいの自覚があったのだが、現に頬は微動だにしていない。
「……………………すまない。一応自分では笑っているつもりだったんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。…………プロデューサーとしてあるまじきものだとは思うが、人に話しかけるタイミングというものを掴むのが苦手でな。アナスタシアに話しかけられたときはいつも嬉しくて仕方がなかったよ。…………まあ、何を話せばいいかよく分からずぎこちない会話になってしまったが」
申し訳なさに頭を掻くとアナスタシアも苦笑を返してくれた。
「そうでしたね…………いつも会話が続かなくて、困ってしまって」
「思えば…………そのせいで余計にぎこちなくなっていたんだろうか」
「そうでしょうね。Порочный круг………悪循環です」
「悪循環か………」
プロデューサーとして失格だ。
自らアイドルとの距離を離していたようなものなのだから。
だが、今気づいたのだから、最悪ではない。
「………アナスタシア」
「はい?」
「………その、今日はお願いしてくれてありがとう。おかげで、お前をちゃんとプロデュースできそうだ」
「………そうですか」
彼女は柔らかな笑みを浮かべ、
「………期待してますよ、プロデューサー」
にっこりと、まぶしい微笑みを向けてきた。
あの天体観測からしばらくして、ついにアナスタシアはデビューした。
日本ではあまり見受けられないそのビジュアルは人々を魅了し、謙虚ともいえる姿勢が反感を生むことなくアナスタシアというアイドルを世間に広めた。広めたはずなのだが………。
「プロデューサー、星を見に行きたいです」
謙虚な姿勢はいづこへ、あの天体観測以来、アナスタシアはひどく甘えん坊になった。
「この前行ったばかりじゃないか………」
「また見に行きたいんです。お願いします」
くいくいと袖を引かれ、溜息を吐く。
原因はおそらく自分があの日アイドルに頼られるのは嬉しいと言ってしまったことだろうし、実際このように甘えられるのはそれだけ彼女が自分を信頼してくれているということなので喜ばしいことなのだが、車で一、二時間程度で向かえる箇所で綺麗な星空が見えるところというのはそう数がなく、それを探すためプロデューサー業の合間にネットを漁らなければならない羽目になるので個人的にはあまり喜ばしくない。
「………ダー。甘えられて嬉しいですと言っていたのは嘘なんですね」
「その言い方だと渋谷に甘えられて鼻の下を伸ばす中年のように思われるからやめてくれ」
「おいこら巻き込み事故を起こすんじゃない。つうかまだ三十なったとこだっつうの。中年じゃねえし」
誰かが何か言ったが無視する。だがアナスタシアが絡んでいった。
「聞いてください凛のプロデューサー。プロデューサーが甲斐性なしなんです」
「天体観測くらい連れてってやれよ。若いのは走ってナンボだろ?」
「いやまあ、連れていきますけど………」
「わぁ………!」
渋々承諾すると、アナスタシアはあの日のように瞳を輝かせ、
「ありがとうございます、プロデューサー!」
満面の笑みを浮かべてくるものだから始末に負えない。
目的地へ向かう車中では、以前のように居心地の悪い沈黙が生まれることがなくなった。
「今日、幼少組に無表情で怖いって責め立てられたんだが………」
「ダー………プロデューサー、滅多に表情が変わりませんもんね」
「これでも笑顔を作る練習はしているんだが………」
「そうなんですか? なら今やってみてください」
「よしきた。………ほれ」
「………ダー。気持ち悪いです」
「………………そうか」
「………別に無表情だから怖い、と言っているのではないんですよ、きっと」
「そうなのか?」
「はい。………無表情でも、ちゃんと優しいところを見せれば彼女たちもきっと慕ってくれるようになりますよ。雪美みたいに鋭い子はもう気づいてるんじゃないでしょうか」
「そういえば雪美だけ無言で慈しむような笑み浮かべてたな………あれ絶対憐れんでるんだと思ってたが」
「雪美をなんだと思ってるんですか………」
他愛もない話が弾む。
バックミラーに映る彼女がどんな表情をしていたのか、もう思い出せなくなっていた。
「………お?」
目的地へと続くとされる道には、草木が生い茂っていた。
「………しまったな。カーナビが古いんだった」
昔は車も通れたのだろうが、今はそうはいかなくなっているようだ。
「アナスタシア、歩け………」
るか、と問おうとして彼女のショートパンツが目に入った。
これで草木生い茂る道を歩けというのは酷すぎるだろう。
それに万一かぶれでもしたら一大事だ。
「………アナスタシア、少し我慢してくれるか?」
「はい?」
首をかしげる彼女と車を降りる。
「………重く、ないですか?」
「まったく。むしろ軽すぎて驚くくらいだ。ちゃんと飯は食べれているか?」
「ダー。寮のご飯美味しいです。お菓子がよく出るのが玉に瑕ですけど………」
「………女の子的には嬉しいことではないのか?」
「その………体重が………」
「ああ………」
仕方なく、アナスタシアをおぶって向かうことにした。
彼女は特に嫌がることもなく素直に従ってくれた。
「悪いな………男に背負われるなんて、あまり好ましいこととは思えないが我慢してくれ」
「いえ………………」
アナスタシアは首に回した腕に少しだけ力を込めて、
「………頼りになる背中です」
そんなことを言ってくれた。
「………そうか」
「…………………ダー」
目的地に着いたはいいが、
「しまったな………」
「今日はНеудача………失敗が多いですね。もしかして、お疲れですか?」
「いや、そんなことはないと思うが………」
言いながら荷物を確認する。
山道を歩くということで運よく車に積んであったリュックにシートや飲み物を入れたのだが、
「枕を忘れた………」
「Действительно?」
本当ですか?
「ああ」
「そうですか…………」
肩を落とす彼女に申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
アナスタシアはシートの上で寝転ぶのをひどく気に入っていた。
そのお供である枕を忘れてしまった罪はさぞ大きいことだろう。
「すまないが、今日は枕なしで我慢してくれ」
「ダー………分かりました」
頷き、ころんと横になる。
せっかくの星空だというのに、少しだけ翳って見える。
なんとも勿体ない。
アナスタシアも似たようなことを考えていたのか、やりきれないような表情で夜空を眺めていたが、ふと、
「………プロデューサー」
「どうした?」
「………やっぱり枕ほしいです」
「そうか………」
どうしてもというなら仕方ない。
忘れてしまったのは自分だし、車まで取りに行くとしよう。
そう思って彼女に背を向けようとしたのだが、
「………プロデューサー」
彼女にもう一度呼ばれた。
「なんだ?」
「………隣、来てください」
そう言って彼女はまだいくらか余分のあるシートをぽんぽんと叩いた。
「………枕、貸してください」
ちらり、と横目でこちらを見て、彼女は言った。
「………………プロデューサーの、腕枕」
「………寝心地は悪くないか?」
「………大丈夫です」
「………固くないか?」
「………ちょうどいいです」
「………そうか」
「………はい」
懐かしいぎこちなさを感じながら、アナスタシアと二人、並んで寝転んで、星空を見ていた。
彼女と二人、色んな所へ星を見に行ったが、何度見ても星空というものは飽きないもので、いつも心を魅了される。
「………いつも甘えてしまってすいません」
急に、アナスタシアがそんなことを言った。
「………気にするな、いつも頑張っているお前へのご褒美だ」
持って生まれたルックスや才能がありながらもアナスタシアはそれらをさらに磨き上げようと日々努力している。頑張り屋なのだ、このアイドルは。毎日汗まみれになりながらダンスも歌も芝居もしている。ファンには見せられない泥臭い努力を褒めてやるのもプロデューサーの仕事なのだと分かっていた。
だが、そんなこちらの言葉に、アナスタシアは淡い迷いを顔に出した。
「………私は、頑張れているのでしょうか」
デビューしてほぼ二か月。
彼女のアイドルとしての活動は、うまくやれているどころか、十二分すぎて困るほどだった。
だが、彼女がほしいのはそんな即物的な言葉ではないと思った。
だから、言った。
「………お前は、星だ」
「え?」
疑問符を浮かべるアナスタシアの横で、星空を指差す。
「あの空の星のように、ただそこにあって、ここにいるよと知らせるように光っているだけで、誰かの心を癒し、震わせる。
今のお前は、まさにそれと同じだ。
お前がステージに立つだけで、元気をもらう人がいる。楽しくなれる人がいる。
誰かのためになれているのなら、それはアイドルとして最善だ。文句など言いようもない。
だから………お前は十分に頑張れているよ」
「プロデューサー………」
「まあ、レッスンはちゃんとやってもらうがな」
照れ隠しに付け足した言葉に、彼女は笑みをこぼし、
「………………当然です」
「………………そうか」
沈黙が訪れる。
しかし、決して心地の悪いものではなかった。
「………………プロデューサー」
「なんだ?」
「………………ありがとうございます」
「………………………なに。星空にあてられただけだ」
アナスタシアがユニットを組むことになった。
その名もにゃん・にゃん・にゃん。
………高峯や前川が猫耳を付けているのは見たことがあったが、アナスタシアの選考理由が「アーニャ」という彼女の愛称から「あーにゃん」という名前が思いついたので、というよく分からないものだった。それでいいのかと思ったが高峯や前川などの大物アイドルと共に活動するのは彼女にとっても大きな利益となると思ったので快く彼女を送り出した。
もちろんアナスタシア個人の活動も続いているが、売り出しということもあってにゃん・にゃん・にゃんの活動時間の方が多く、またにゃん・にゃん・にゃんは別のプロデューサーの管轄であるためアナスタシアと顔を合わせる機会も随分と減ってしまった。
「その………うまくやっているか?」
「ダー。皆さんにはよくしていただいてます」
「そうか………」
久々に事務所で会う度に同じ質問をしてしまう。
「もしかして心配してくれてるんですか?」
「………それはな」
「………………ダー。嬉しいです」
「当たり前のことだ。喜ぶな」
「あーにゃんです」
「………ああ、猫耳を付けたのか。暑さにやられたのかと思った」
「Больной-tempered…………」
「で、猫耳なんぞ付けてどうした」
「似合いますか?」
「似合うには似合うが………ぶっちゃけお前は猫ではないよな」
正直にそう言うと、アナスタシアは首をかしげた。
「そうですか?」
「ああ。………前川は言わずもがなだし、高峯も自由気ままなところが猫っぽいが、お前に猫要素ないよな」
「あーにゃんです」
「名前だけじゃないか………毛色的にはスフィンクスとかに見えなくもないが、内面がな………」
「Рыба………魚好きです」
「それ前川の前で言うなよ………」
「あーにゃんです。Кот………猫なんです………にゃん」
「取ってつけたように語尾を付けるな」
「猫なんですってば………」
こちらの袖を引いて揺らしながら上目遣いをする彼女に言ってやる。
「………アナスタシア。湖のほとりで星が見えるところを見つけたんだ。よければ今度、一緒に行かないか?」
「Действительно!?」
「ほら、喜ぶ姿なんか犬が尻尾振ってるみたいだし。どちらかと言えば犬だよな」
「ね、猫です! にゃん!」
「どうしてそんなに猫にこだわるんだお前は………」
「だって………」
「なんだ」
問うと、アナスタシアは目線を横に逸らしながら、
「………猫なら、合法的に下顎を撫でてもらえると、のあさんが………」
「高峯さん? 後でちょっといいですか? ええ、うちのアナスタシアに変な知識を植え付けないでください」
「………にゃん」
「それで誤魔化されるのはあなたのプロデューサーだけですよ」
「うー………」
自分の発言で恥ずかしくなったのか、頬を赤く染めながら睨んでくる彼女の頭を、溜め息交じりに撫でてやった。
「……………Спасибо」
「どういたしまして」
「………意味、知っていたのですか」
「それくらいはな」
「あう…………」
「礼くらい素直に言ってもいいだろうに」
「………撫でられて喜んでは、またСобака………犬と言われてしまいます」
「………まあ、元気を出せ」
「にゃん…………」
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