鈴木彩音「サイネリア」 (25)
カタカタカタ…ターンッ!
「ふぅ…更新完了っと…」
パソコンの画面に映る黒地に金色の花々が散りばめられたページは、ネットアイドル“サイネリア”のブログ。
コーヒーを一口飲みこみ、一つため息を吐く。
「寂しい…」
ネットアイドル。それがアタシの心の拠り所。液晶の中がアタシの世界。
何を隠そう、ネットアイドル“サイネリア”の正体はこのアタシ、“鈴木彩音”である。
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アタシの大センパイであり、ネットアイドル界のクイーン“ELLIE”は現在、リアルアイドル“水谷絵理”として活躍している。
今度、ライブも控えているそうでアタシも招待されている。しかし、行くつもりはない…。
「リアルなんて…」
現実はアタシから何もかもを奪っていく。センパイまでも…。
気がつけばアタシは独りになっていた…。ネトア文化も廃れてきて、アタシの居場所は消えていく。
あの時、あの一本の電話がなければ、この世界の痛みに耐えきれず、私まで消えていたかもしれない。
プルルルルル
「お母さん、電話鳴ってるよ」
普段の“サイネリア”からは想像もできない、普通の女の子がそこにいた。
「居ないの?」
仕方なくアタシが電話に出る。電話の相手は花屋だと言う。
「注文…?ですか?分かりました。今から伺います」
ちょっとしたお使いだ。最近外にも出ていなかったからいい機会だろう。
店の名前を確認してから、所在地を確認し、なんとかそれらしき場所にたどり着いた。
「ここ…?華やかねぇ…」
花屋なんて久しぶりだ。何年ぶりだろうか。そんなことを考えながら、店に向かって一歩進む。
ワンワン!
「あ、こら。ハナコ。お客さんに迷惑でしょ?」
犬…?
「ま、まあまあカワユスじゃないかしら!?センパイやアタシに比べたらまだまだ劣るケド、その次の次の次くらいには…」
しまった…。カワユイものを見るとつい張り合おうとしてるアタシがいる…。まだ居たんだ。そんなアタシが…。
「その声、さっきの…。ごめんなさい、ウチの犬が」
コイツが花屋の店員…?どこかで見たような…。
思い出した。確かCGプロダクションとかいう事務所のアイドルだ。
この前センパイとラジオで共演してた“渋谷凛”とかいう奴ね。
憎い!
「渋谷凛…」
「ばれたか…。まあ、今日はオフだから手柔らかに…」
「違うわよ!誰がアンタみたいなリアルアイドルのサインなんか欲しいって言ったのよ!」
「なに気安くセンパイの事呼び捨てにしてくれちゃってるワケ!?様かさんを付けなさいよネ!」
「はぁ…?センパイ?何の事?っていうかアンタ誰?」
「客に向かってその態度!?接客態度最悪ね!ネットに晒して潰してやるわよ!」
「ちょ、ちょっと待って。それは困る。一旦落ち着いて」
「落ち着いた?」
「アンタねぇ…。客に日本茶出すバカがどこにいるのよ!アールグレイでしょJK!」
「ごめん…何語?」
「日本語よ!に・ほ・ん・ご!Do you under stand?」
「最後のは日本語じゃないし…」
「まあイイわ…。アンタみたいなのが淹れたお茶がこのサイネリア様に飲まれるのよ。感謝なさい」
第一印象はお互いに最悪だっただろう。
一旦落ち着いた後、また会話を進める。
私の事や、“センパイ”の事をこのバカに説明する。
「ふーん。ネットアイドルか…。それって私たちとどう違うの?」
本当にこのバカは…。ネットの世界に関して全くの無知。反吐が出るわ!
「いい?ネットアイドルは言わば神よ!」
「言い切ったね…。で、どこらへんが神なの?」
「たくさんの人を幸せにして、自分もたくさん幸せになって…」
「それは私たちも一緒かな」
「まだ話してんのよ…」
「ああ…ごめん。続けて」
「信者を増やして、ネットのあちこちでチヤホヤされて」
「ファンが増えてって、噂されるっていうなら私たちも」
「だからまだ話してんのよ…」
「もういいかな…?なんか、ネットアイドルってリアルアイドルってあんまり変わらないかな?」
「ハァ?」
「ただ…」
「アンタそれマジで言ってんの!?本気で頭イカれて
「ただね、お互い顔が見えない」
顔…?そんなのPVで散々晒してるわよ。だいたいそんなので何が変わるっていうの?
「“笑顔”。画面の向こうからあげたつもりでも、届いたかなんて分からないし、ファンの笑顔は自分のところには届かないでしょ?」
「何よ笑顔って!そんなのカウンターが回ればだいたい分かるじゃナイ!それだけの人が評価してくれてるっていう証拠になるじゃナイ!」
「そうじゃないよ。笑顔って。直接見ないと分からないものだよ」
目の前のバカはアタシに微笑みかける。
少しだけ…ときめいた気がしないでもないような気がする…。
「今のは営業スマイルだけどね」
「アタシのほんの少しのときめきを返しなさいよ!」
「サイネリアが笑顔の大切さを知ったって聞いたら、絵理もきっと喜ぶと思う」
「だから、様かさんを付けろって言ってるじゃない」
「別にいいでしょ。サイネリアにとっての絵理は憧れだけど、私にとっては友達なんだから」
悔しいことにぐうの音も出ない。全くその通り。
「何を悩んでるか知らないけどさ、私でよければいつでも聞くよ」
「ありがとう…」
自然に感謝の言葉が口から漏れていた。センパイ相手ならともかく、アタシらしくない。
「びっくりした…。サイネリアって素直にお礼言えるんだね…」
「ずっと思ってたケド、アンタって失礼な奴ね!」
「無愛想なのは自覚してるけど」
「愛想とかそれ以前の問題よ!ホント馬が合わないわ!」
一瞬の沈黙。緊張が走る。
店の電話が鳴り響いて助けられる。
「はい、もしもし。はい。ご注文ですね?はい」
情けない。さっきまでの凛々しい顔の欠片も感じない。
「忙しいのね。アンタ」
「親が出てる間はね。ごめん、次のお客さん来るから」
随分と話し込んで忘れていた。アタシはここに花を受け取りに来たんだった。
「はい、これ。注文の品と、私からプレゼント」
「何よ、これ」
「サイネリア」
「ホントはシネラリアっていうんだけど、言葉の響きがよくないから、花屋ではサイネリアって呼ぶんだって」
「そう」
「花言葉は、『喜び』とか『快活』。だったかな?『いつも喜びに満ちて』っていうのもあった気がするな」
「一本だけ白いのがあるケド?」
「嫌だった?私なりに助言を与えたつもりなんだけど」
「そうじゃないわ。ただ一本だけっていうのも不格好だから…」
「だったらそれは別に買ってもらおうかな」
「卑劣ね…」
「商売だから」
「フン、可愛くないわね!」
「今日は…話せてよかった。ありがとう…」
「待って。最後に名前聞かせてよ」
「サイネリア。それ以外に名乗る名前なんてないわ」
アタシは悩む。悩みに悩む。
この悩みは無駄になんかならない。アイツが言いたかったのはそういうことだと思う。
この“望みのある悩み”は必ず花開くと…。
「生放送…。開始…と」
これは現実と液晶の世界の痛みに立ち向かうという決意だ。
これは誰かもわからない誰かと競い合っていたアタシとの決別だ。
「ハーイ!みなさんこんばんはー!突然デスが、サイネリアから重大発表がありマース!」
センパイに追いつきたい。876プロ、日高愛や秋月涼を追い抜きたい。
そして…アイツも…。
みんなと同じ景色が見たい。
たくさんの笑顔。たくさんの愛に包まれて気付く事はたくさんあるだろう。
そのための、第一歩だ。
『続いて、鈴木彩音さんの、WORLD OF PAINです』
「あ、卯月の言ってた“鈴木彩音”ってこの人?」
「あ、そうそう!すごいんだよ!新人なのに、CDもすごく売れてて…凛ちゃん?どうかした?」
「いや、なんでもないよ」
いつかまた会ったらライバルだから…。カクゴしておきなさいよ、凛…!
終
終わりです。
イノセントブルー読みながら書きたかったけど貸し出し中で、サイネリアの口調とかおかしいかもしれません。
サイネリア=5人組説とかありますが、個人的には鈴木彩音説も推したい。
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