京太郎「俺、麻雀部やめます」 (38)
インターハイが終わった数日後、清澄高校麻雀部が長野に帰った翌日。
引退に際して私物の撤去などを行なっていた久のもとに、京太郎が現れた。
今日は休日だと、前もって伝えていたというのに。
「……なーに、須賀君? 今日は流石に雑用させることもないわよ?」
思わず茶化してしまったが、彼の目は真剣で。
彼が次に口を開いたときに言い放つ言葉も、当然真剣なものであることは容易に察せられた。
「……俺、麻雀部やめます」
それを聞いた久は、落ち込むでもなく説得するでもなく、まず大きくため息をついた。
「須賀君? 色々言いたいことはあるけどね……まず、1つ。県予選敗退のこと未だに気にしてるの?
「それも勿論、ないとは言いませんが」
「バッカじゃないの? 前も言ったけど須賀君は今年麻雀始めたばかりでしょ? 言っちゃ悪いけど、勝てなくて当然よ」
「それも分かってます。けど、インターハイをずっと近くで見てて……思ったんです」
京太郎の目は、あくまで真剣だ。
「勿論俺は俺なりに真剣にやってるつもりですけど……結局、俺は麻雀を単に部活動としか考えてないというか」
「皆が麻雀に青春かけてめっちゃ必死になってるのに、俺は単にここを楽しい部活の場としか思ってない」
「情けない、っていうか――嫌になる。とても惨めで、やってられません」
「こんな奴が部にいたって、来年からは全国レベルの一員として警戒されるだろう清澄には、邪魔なだけでしょう」
彼が絞り出すようにして語る一言一言はどれもが真剣なもので。
それを聞いた久は――やはり、大きくため息をついた。
「なんか勘違いしてるみたいだけど……須賀君」
「そりゃここは単なる部活動だし、実際楽しい部活の場じゃない。何言ってるの?」
「……は?」
「前から思ってたけど、須賀君って軽薄そうな見た目のくせに悪い意味で重いわよねぇ」
「人が真剣に話してんのにこの散々な言い草!」
思わず声を荒げる京太郎だが、久の態度は変わらない。
「別にいいじゃない。須賀君が初心者で弱っちいのは最初から織り込み済みよ」
「だ、だからそのせいで清澄の名に泥を塗るのが嫌なんだと……」
「ウチに泥塗られる名なんてないわよ。大会出場経験すらロクにないっていうのに」
「でも今年は――」
「あーもういいからいいから。どうしても辞めたいってんなら、せめて他の皆にも相談してみなさい?」
「きっと、何かしら感じるところはあるだろうから。ね?」
結局いつものように久に言いくるめられ、京太郎は校内を歩く。
真剣な話をしているというのに結局声色一つ変えられなかった彼女の言い分に従うのは癪ではあるのだが、
とりあえずは気心知れた幼馴染に相談してみるというのは中々いい案だと思ったのだ。
だから決して俺は言いくるめられたわけではない。
誰に対して強がっているのかそんなことを考えながら、彼が向かったのは図書室だった。
「よ、咲。今暇?」
「あ、京ちゃん。うん、大丈夫だよ」
そう言うと咲は読んでいた本に栞を挟み、鞄にしまった。
「何か大事な話なんでしょ。どこ行く?」
「……じゃ、学食で」
「はい、レディースランチ。それで京ちゃん、話ってなぁに?」
咲にレディースランチを頼んでもらい、席につく。ついそんないつも通りの行動をとってしまったのは、
退部なんていう大事な話を二度するというなんだか気恥ずかしさを誤魔化したかったから。
「いやな、麻雀部やめようと思ってさ」
努めて明るく軽く、いつも通りの口調でそう言う。
咲は優しい。俺が、俺如きが退部するというだけでも、彼女は恐らく気に病むだろうから。
……案の定。
「な、なんで……? やだよ、京ちゃん。なんでやめるなんて言うの……」
「あーもうなんでそんな気にするかな……よくあることだろ、練習についてけないから部活やめますなんて」
「京ちゃんはそんなことで一度始めたことを投げ出す人じゃないでしょ? ホントのこと教えて」
そう。
軽薄さで誤魔化そうとしても、こいつに隠し事など出来ない。
そこまで含めて、案の定。
「嫌になったんだよ。初心者だとか雑用だとか、そーゆー立場に甘えてる自分がさ」
「皆が必死で練習してる中、俺は『初心者だから仕方ないよな』『雑用があるから仕方ないよな』」
「都合よく『楽しい部活』の部分だけ味わって、結果が県大会では予選落ちだ」
「情けなくなっちまったんだよ、自分が」
……どうして何度も自分の不甲斐なさを人に吹聴しなければならないのか。
もしや部長はこの嫌な感じをねちねちと味わわせることで話を有耶無耶にしようってんじゃないだろうな。
「情けなくなんかないよ。京ちゃんが頑張ってるのは部員皆分かってる」
「そんなこと……」
「あるの」
珍しく、本当に珍しく、咲は言葉を荒げ、あろうことか俺の言葉を遮る。
とんだ初体験に、俺は面食らってしまう。
「一緒に登校する時も和ちゃんに借りた戦術書読んでたでしょ」
「いつも真っ先に部室に来てネト麻してたでしょ」
「雑用のときだって、どうせケータイの麻雀アプリつけながらでしょ」
「皆、ちゃんと見てるんだよ?」
いつになく真剣な咲の視線。
その視線から逃げるように、俺はレディースランチを口に運ぶ。
「……そんなの、当たり前のことだろ」
「当たり前のことが出来ない人が何人いると思ってるの。私なんて未だに迷子癖が治らないのに」
「すげぇ説得力」
「茶化さないでよ!」
お前が言い出したんだろ。
なんて理不尽。
「京ちゃんがどうしても、本当にどうしても辞めたくなったっていうなら、私には止められない……けど」
「私は、京ちゃんが麻雀部辞めちゃったら、凄くいやだ」
その素直すぎる台詞に、俺は何も言い返せなかった。
結局、それだけ言って咲は食堂から出て行ってしまった。一人取り残された俺はとりあえずレディースランチを完食し、
高校から出て、いつものタコス屋へ向かう。きっとこの時間なら、あいつはここにいる。
「およ? どうしたんだじぇ京太郎。お前がここに来るなんて、珍しい」
本当なら、普段仲良くしてくれているこいつに最初に相談するべきだったのかもしれないけれど。
「はあぁぁぁああっ? 何言ってるんだじぇ全く、馬鹿なことを言うな!」
……うん、こう言われるのが分かり切ってたからこいつには相談しなかったわけで。
うるさいうるさい、優希。ここ店内だぞ、分かってんのか。
俺は店に居座るのに何も頼まないわけにはいかず、一つだけ頼んだタコスを頬張りつつ言う。
「お前が言いたいのって要するに勝てないからやめるって事だろ」
「ちゃうわ。どんだけ思い上がってんだ俺は。勝つの前提かよ」
「だったら負けたって気にするな。清澄の名に泥を塗るとか、そんなかっこいい事考えるのはお前には似合わんじょ」
「こんの……!」
「そもそも勝てないとか言ったらなぁ! 私は神代小蒔や辻垣内智葉や宮永照と打たなきゃいけなかったんだじょ!」
「俺が悪かった」
相談に対する答えとしてはなんの参考にもならなかったが。……まぁ、100歩譲って、うん。気は楽になったと、言ってやらんでもない。
頼んだタコスを食べ終わり、俺はタコス屋を出る。
優希は更に追加でタコスを注文していたが、そこまでは付き合いきれん。
そんなわけで俺は、染谷先輩の雀荘に向かうために歩を進める。
「ういっす。染谷先輩、今大丈夫っすか?」
「おう京太郎。今店じまいしとるところじゃ、ちと待っとれ」
「……で? おんしが来るのは珍しいが、どうしたんじゃ」
いつの間にやら来客用の部屋に招かれ茶まで出され、
とても麻雀部やめますてへぺろ、なんて言えない状況。
言うけど。
「いやですね、なんつーか……麻雀部やめようかなー……なんて、思ったり……」
「なんでそんなにビビっとるんじゃ……ま、薄々察してはおったが。京太郎」
「……今まで、すまんかったな」
そう言うとまこは、机に両手をつき、頭を下げた。
京太郎は全く予想していなかった彼女の行動に思わず席から立ち彼女を止める。
「いっ、いいいいや染谷先輩、何言ってんすか!? 今までよくしてもらったっていうのに!」
「初心者のおんしにろくすっぽ教えもせず自分らのことばっかりやっとった」
「1年の連中にそれを求めるのは酷じゃろう。最後の大会を控えとった久も、まあ、仕方ないわ」
「じゃからこそ、わしがお前さんを見ていてやらにゃあいかんだのに……」
「いやっ、だからそんな! 染谷先輩には色々教えてもらいましたし!」
……って。
なんで相談に来たはずの自分が逆に染谷先輩に懺悔されてるんだ!
ちょっとした騒動が収まって、ようやく話が本筋に戻る。
染谷先輩って歳に似合わず落ち着いた人だよなあ、と思っていた京太郎だが、
その認識は今日この日を以て、多少改められた。
「いやまぁなんつぅか、決して麻雀が嫌いになったとか雑用が嫌になったとかじゃないんすよ」
「自分が情けなくなったっていうか」
「皆の麻雀に対する認識と、俺の麻雀に対する認識が違い過ぎるんじゃないか……っていうか」
「……自分でも、上手くは言えねぇんですけど」
上手く言えない、というか、言いきれなくなった、というか。
部長の話を聞いて、咲と話して、優希と駄弁って、
自分で自分の考えに自信が持てなくなった……というか。
我ながら主体性の無いことで、それはそれで嫌になる。
「気持ちは分からんでもないが……京太郎よ」
染谷先輩の声は、ただひたすらに優しい。
時折口調がきつくなることはあれど、いつだって後輩思いで。
いつだって、俺達のことを考えてくれている。
「そんなに深く考えることはないんよ。おんしが麻雀を好いとるなら、麻雀部におったらええ」
「練習がきつくて、勝てなくて、麻雀自体が嫌いになったら、麻雀部をやめたって……ええ」
「部員との関係も然り、じゃ。仲が悪くて居辛かったりするんなら、それも已む無いことじゃ」
「しかし京太郎、そういう理由で部をやめると言うとるわけではないんじゃろう?」
当たり前だ。
部長はなんだかんだ言って麻雀教えてくれるし、
染谷先輩はなんだかんだ言わずとも麻雀教えてくれるし、
和は麻雀教えるのになんだかんだ言ってくれるし、
優希と咲は、まあ、麻雀教えようとしてくれてるのは分かるけど何言ってんのかは分からん。
「情けないだのなんだのは、もうちっと肩の力抜いてだらけてから言ってみい」
「本当に情けない奴は、自分のことを情けないなんて思ったりせんわい」
とまあこんな調子で。
放課後にタイマンで話し込むのを4人分も続けていたらあたりはもう真っ暗だ。
夏の終わりとは言え、流石に時間をかけ過ぎたか。
急いで家に帰り、自室でPCを立ち上げる。
真っ先に開いたのは、ネット麻雀のページと無料のチャットサイトだ。
『こんばんは。今夜は随分遅かったですね』
『悪いな、色々あってさ。ちょっと相談したいこととかも、あるんだけど』
『遅くなったのも、その件ですか?』
『大当たり』
ここまで1人を除いて部員全員に相談してきた。
最後は、初夏のころからネット麻雀を通じて教えを乞うている和だ。
『麻雀部をやめる、ですか』
『うん。そのことについて皆に相談してたら、こんな時間でさ』
『須賀君は、今はどう思ってるんですか?』
『正直、分からん。まさか全員が全員に引き留められるとは思ってなかったし』
『色々屁理屈こねてるけど、結局負けるのが嫌なだけなんじゃないかって気もしてきたし』
『須賀君の言ってたことをまとめると自分に進歩が無い、他の部員と比べて情けない…と言った感じでしたけど』
『まあ、ざっくり言うとそうなるのかな?』
『じゃあ、これを見てみてください』
チャットに表示されたURLのページに飛ぶ。
そこに載っていたのは……。
『須賀君が私に麻雀を教えてくれと言ってきた日からの、須賀君の週ごとの成績をまとめたものです』
『放銃率がかなり下がっています。和了率は未だ低めですが、確実に成長していることは分かると思います』
『麻雀を始めてから数ヶ月でこれだけ目に見えて成長している須賀君の努力は、少なくとも私が知っています』
わざわざ俺の成績をこんなに見易くまとめてくれていたのか。
こんな手間を和にかけさせてしまったことは申し訳なく思うけれど。
麻雀を教わっている生徒としては先生がここまで熱心になってくれていることが嬉しくて。
「ここまでしてもらってやめるっていうのは、それはそれで格好悪いような気がしてきたなぁ…」
流石に、皆が言っているほど自分がちゃんとやっているとは思えないけれど。
少なくとも、皆が俺を信じてくれているということは伝わった。
……既に最っ高に格好悪いけれど、ここで逃げちゃあ男が廃る。
結局のところ、京太郎の暮らしは変わらなかった。
時折この時の出来事について部員たちにからかわれることはあったが、
あくまでそれは軽口、冗談の範疇で。
京太郎は先を行く女子部員たちに追いつこうと研鑽を重ねたし。
女子部員たちはそんな京太郎を手助けすることを惜しまなかった。
そうして彼らの高校生活は圧倒言う間に過ぎ去っていき。
京太郎は3年生・最後の夏、遂にインターハイへの出場を決めたのだった。
10年後。
『次鋒戦終了です! 最後は風越の和了でした』
『清澄の次鋒が上手く場を流しましたね』
『鶴賀の次鋒の手がえらいことになってましたからね。ところで和了ったのは風越ですが?』
『どう見ても差し込みでしょう、あれは…』
『風越の手を読んで当たり牌を出したと』
『その通りです』
「須賀アナの実況はいいよねー」
「いつもプロから上手い事初心者向けの解説を引き出すっていうか」
「高校までは麻雀やってたらしいからね。何が聞きたいか分かってるんだよ」
「はー、わざと分かってない風に喋ってるの? プロだねえ」
俺は結局実況のアナウンサーとして、麻雀を関わる道を選んだ。
もちろん麻雀を続けたい気が無かったわけではないけれど。
所詮はインターハイ一回戦敗退である。
アナウンサー同士の仲間内で打つときはそれなりに勝てるので、まあ、
高校時代の努力も無駄ではなかったんだなあ、と思っている。
これからも俺は麻雀と向き合っていく。
楽しい事ばかりではない麻雀と。
俺を今の仲間と引き合わせてくれた麻雀と。
「京ちゃーん? 何してるの、置いてくよー」
「早く行くじょー」
「おー、悪い悪い。今行く」
……ま、今は久しぶりに集まったこいつらとの同窓会に集中しますか。
おしまい
これ書いてる時に思ってたこと
・アニメ版の「清澄の名に泥を塗ってしまって…!」とか、京ちゃんって何気に重いよなあ
・京ちゃんって喋り上手そうだし、仮に京ちゃんが高校卒業後も麻雀に関わるならアナが一番有り得そうだよなあ
・まこさんマジ姉御
以上
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