墓守りの幻想殺し (40)
新約いふ
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ザッザッザッザッ…
ここは北欧デンマーク、オーデンセの辺境にある小さな洞窟。
まるで現世と隔絶されているかのような出で立ちで、誰も立ち入ろうとは思わないその洞窟を、金髪の青年――トールは歩いていた。
「…やっと着いた」
洞窟の中を暫く進むと、絶壁に囲まれた渓谷のような場所に辿り着いた。
彼ら以外は誰も知らない、忘れ去られた聖域。
ここに、魔神と謳われた少女――オティヌスが眠っている。
「よう、来たのか」
「久し振りだな。前来たときより随分豊かになってるな」
「まあな。畑とか田んぼとか、お前のおかげで色々と助かった」
「農耕神のトール様にかかれば、この程度なんてことねえよ」
「頼りになるな。で、今日はどうしたんだ?」
「あー、まあなんつうか、定期連絡だ。
とりあえず、グレムリンの方はもう心配ねえよ。なんとか収拾つけたから」
「そうか。悪いな、手間かけさせて」
「いや、元々こっち側の問題だったから気にするな。それと、もう一つの方は…もう少しかかりそうだ」
「……そうか」
「それはそうと、外は大騒ぎだぜ?なんせ『魔神』と『幻想殺し』が同時に居なくなったんだからな」
「…………」
「まあ心配するな。すぐに終わらせて向こうに戻れるようにしてやるよ。
…さて、上条ちゃんの生存確認もできたし、また来るわ」
そう言って、トールはその場をあとにする。
「…帰れないよ。今更、どんな顔してあいつらに会えばいい?」
「…と言っても、俺には元々帰る気が有るようには見えないけどな…」
去り際に放たれた互いの呟きは、誰に届くわけでもなく…ただ、虚空へと消えていった。
上条当麻は守れなかった。
命を賭して、自分に世界を譲った彼女を。
上条当麻は大いに嘆き、己の無力さに泣いた。
そして――――
上条当麻は自身の居場所を捨て、姿を消した。
ここは自分の居るべき場所ではない。なぜなら自分は――――
あの
幸せな世界を壊した張本人なのだから。
デンマークの都市、オーデンセ。
ここは、北欧神の中でもオーディンの聖地と呼ばれる場所である。
その中でも特に神聖とされるこの洞窟に、彼女の亡骸が眠っている。
魔神であった彼女の亡骸を欲する者達は少なくない。
今頃、グレムリンやイギリス清教が彼女の行方を血眼になって探しているだろう。
この場所が見つかる日も、そう遠くはない筈だ。
だから――上条当麻は現在、彼女が眠るこの洞窟で暮らしている。
勿論、上条当麻以外に人は居ない。誰も立ち入ろうとはしないから。
生活に必要なものは、農耕神であるトールによって完備された。
彼は今、完全な自給自足生活を行い、彼女の亡骸を守っているのだ。
その身に、己の罪を背負いながら。
一旦休憩。
吹寄「上条当麻が見た世界」に続く第二作目です。
前作とは続いているようで続いてません。
上条当麻がオティヌスを守りきれないifの、可能性の一つとして書きます
カプ無し、前回ほど鬱っぽくはないです
この現状を見たら、『上条当麻』は何を思うだろうか。
彼なら、あの日命をかけて守った銀髪の少女を悲しませていることに怒るかもしれない。
しかし、それでも上条当麻は揺るがない。
「…文句があるなら、直接言いにこい」
あの時より、ずっとずっと狡くなったな、と自分でも思う。
何時までもこのままという訳にはいかないのは解っていた。
>>19ミスです。
勿論、ふと考えてしまう時だってある。
彼女達との別れ方は、決して良いものではなかった。
御坂はどうしているのだろうか?
レッサーはイギリスに戻ったのだろうか?
バードウェイはまた無茶苦茶やってるんじゃないか?
インデックスは、泣いてやしないだろうか?
ずっと、帰りたかった。
でも、もう帰れない。
あの世界には、彼女が居ないから。
彼女をここで独りにはさせられない。何故なら自分は、彼女の唯一の理解者だから。
勿論――――
何時までもこのままという訳にはいかないのは解っていた。
ザッザッザッザッ―――――
戦いの、足音が聞こえる。
その足音は静かに、そして確実に、この場の安寧の終わりを告げた。
「…ついに来たのか」
「ふむ、思ったよりも見つけるのに手間取ってしまったよ。
まさかこんな所に居たとはね…本当に、腹立たしい」
「オティヌスを眠らせてやるには最適だと思ったんだけどな」
「彼女はもう魔神でも何でもない、ただの人間の死体だよ。
そこに埋めるに相応しくない。
さて、早速だけどその墓前を破壊するからそこを退いてくれないかい?」
「…誰が退くかよ、クソ野郎」
「大丈夫さ、悲しみは少しの間だけ
すぐに俺が魔神になって、オティヌスという存在を無かったことにしよう。
そうすれば、君も悲しみを忘れられるだろう?」
「…させねえよ」
「じゃあどうする?ここで俺を止めるかい?
残念だが、いくら君でも俺に勝てるとは思えないんだが」
「…なあ、オッレルス。なんで俺がここに居ると思う?」
「…話が見えてこないな」
「確かにオティヌスの眠りの邪魔をさせないのもあるけど、それだけじゃない。俺は―――」
「ここでお前を倒す為に、此処に居る」
ふぅ、とオッレルスが溜め息をつく。
その表情に浮かぶのは、呆れ。
「残念だよ。君は幻想殺しの器としては最良と言って過言はなかったのだが…しょうがない」
オッレルスが右手を軽く上げる。
その仕草が、戦いの合図。
オッレルスの攻撃は上条当麻を確実に捉え、そして――――
バキン!!
上条当麻によって、全て防がれた。
バキン!
バキン!!
何度やっても届かぬ攻撃。
募る違和感。
「…何故だ?」
「何がだ」
「俺の北欧玉座を防ぐほどの力なんて、君には無い筈だ」
「だろうな」
「…まさか、出力を下げられている?」
「…だとしたら?」
「有り得ない…!幻想殺しを干渉させるのであれば、俺と接していない限りは…!」
「…そうだな。確かに『俺の』幻想殺しはアンタに触れていないから関係ない。だがな」
「ま、さか…」
「今、アンタが触れている『先代の幻想殺し』達が、アンタの事を認めてないみたいだぜ」
幻想殺し
それは、古来よりあらゆる形で存在してきた。
ある時は壁画として、またある時は英傑達の武器として
ある時は、試練の洞窟として。
そして―――
「ここには、かつて『幻想殺し』だった物の全てが在る。
それにはもう『幻想殺し』は備わっていない。だけど」
「残滓か…!」
「そうだ!『幻想殺し』だった時の残滓が、アンタの魔術を阻害する。
アンタに好き勝手させない為に!!」
「くっ…参ったね。こんなものを用意しているなんて…」
「…前にアンタ言ってたよな。幻想殺しは、魔術師の願いと怯えの結晶であり、世界の基準点だってさ。
でも、それを聞いたときにどうしても違和感があったんだ。
もし、この力がそれだけの為のものだったのなら、なんで左方のテッラは、俺にあそこまでの敵意を示したのだろう、って。
…だけど、今なら解る。あの男は、この力を持っていながら使命を果たしていなかった俺が許せなかったんだろうな」
「何の話を…しているんだ…?」
「…今度こそ、ちゃんと使命を果たす。俺の使命は――――」
「幻想殺しの力を以て、次の魔神の選定をする事だ!」
「オッレルス。俺は、『幻想殺しの後継者』として…テメェが魔神になる事なんざ絶対認めねぇ!!」
そして、力が交差する。
全てを打ち消す者と、鎖で雁字搦めにされた者。
どちらが勝者かは、言うまでもない。
「なんだよ、もう終わってたのか」
オッレルスとの戦いから少し経った頃、トールが訪ねて来た。
「ああ。しっかりと終わらせた」
「それはよかった。じゃあ…こいつは俺がイギリス清教にでも引き渡しといてやるよ」
そう言って、トールはオッレルスを肩に担いだ。
「ああ、そうだ」
ふと、思い出したかのようにトールが振り返る。
「インデックスちゃん達…少しずつだけど、立ち直ってきてるぜ」
「…そっか」
それは、今までトールから聞いた中で最も嬉しい報告だった。
「…なぁトール。俺は…」
「まぁ、いいんじゃねーの?」
「へ?」
「この先どうするかは…上条ちゃん次第さ」
「だけど、お前はあの時っ…!」
「何言ってんだよ。上条ちゃんは今でもちゃんと誰かを守ってるだろ?」
そう言って、トールはオティヌスの墓を示す。
「一人で全部ってのは無理だろ?だから、上条ちゃんはオティヌスの側に居ればいい。…あとは俺に任せな」
「魔神になって、今よりちょっと平和な世界にしてやるからよ」
「ちょっとだけなのかよ」
「多少の不幸があるからこそ感じられる幸せもあるだろ?」
「…ははは、それもそうだな。」
「だろ?」
「お前なら、いい魔神になれそうだ」
「お、『幻想殺し』からそんな評価貰えるなんて嬉しいね。
そんじゃ、そろそろ行くわ」
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