【まどかマギカ】神名あすみ「…この宇宙の為に死んであげる」 (167)

神名あすみ主人公のまどマギssになります。
時系列的には、ほむらループ時のifです。

安価スレでの設定↓

名前:神名あすみ(12)
色:銀
魔法少女の衣装:ゴスロリ
願い:自分の知る周囲の人間の不幸
魔法:精神攻撃
武器:モーニングスター
髪型:ボブ
魔女名:Entbehrliche・Braut
性質:鬱屈
決め台詞:サヨナラ勝ち
性格:実に陰湿

大体この通りでいきますが、経歴については多少オリジナル要素入ります。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1396072955

くっさ

期待

ーにゃーん


毛並みの良い真っ黒な猫が、人懐こく足元にすり寄ってきた。

野良猫だろうか。首輪のないその子の首元をそっと撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら嬉しそうに目を細めた。


「ふふ。駄目だよ。私の事好きになったら」


同じように目を細め、撫でる手を止め話しかける。

その子は何も答える事なく、その身体と同じく真っ黒な瞳でただこちらをじっと見つめていた。

そのままどの位の時間が経っただろうか。
ふと、何かを察知したように、猫はどこかへと走り出した。

目線だけでその行方を追うと、その先には近くの中学校の制服に身を包んだ少女が一人。

そしてその手前では、先程までチカチカと点滅していた横断歩道の信号が、既に赤に変わっていた。

「あ」




ー駄目だよ。私の事好きになったら。

ーだってね





ー不幸に、なっちゃうよ


同時に発せられた、トーンの違う二つの「あ」。
それは重なるように鳴り響いたブレーキ音に、いとも簡単に掻き消されていった。

一瞬手品でも見せられたような感覚に陥った。

送った目線の先には、首を傾げながら急停止した車を発進させる運転手。

その向こう側には、髪を二つに結った少女が、自分と同じように目をぱちくりとさせながら、その車が過ぎ去った後の道路と足元を交互に見比べていた。

少女の足に纏わり付く黒い塊は、何事もなかったかのように、にゃあにゃあと可愛らしい声で鳴き声をあげていた。


目の前の信号が、青に変わる。


横断歩道を渡り終えると、今だに不思議そうな顔で立ち尽くしているその少女の横を通り過ぎる。

すれ違い様にチラリと、その少女がこちらを見たような気がしたが、立ち止まる事なく、そのまま真っ直ぐとその場を後にした。

ーにゃーん


少し後ろで、先程聞いたものと同じ声が聞こえる。


あの子は、たった今自分の身に起こった奇跡にきっと気付いていないのだろう…。



「ふふっ」


何だかおもしろい事が起こる予感がして、少しだけ勢いを付けて走り出す。


背中では赤色のランドセルが、まるでこれから起こる出来事を暗示するかのように、ガチャガチャと騒がしく跳ねていた。


「ね、あの子がそうなの?」


ー神名ー

その表札が掲げられた門の前で立ち止まると、塀の上にそっと佇む真っ白な“猫”を見上げた。

先程の子とは対象的なそいつは、ふわふわとした尻尾を揺らしながら、赤い瞳でこちらを見つめる。

「鹿目まどかの事かい?」


ーーカナメ マドカ

先程の少女の事を思い浮かべながら軽く頷く。


「普通の子みたいだったけど、確かに“ソシツ”はありそうね」


普通の子だった。
何の不幸も苦痛も知らないような、普通の子。

それでも、あの子を取り巻く得体の知れない“モノ”には、多少の興味がある。


「ふふっ」

「ちょっとおもしろくなりそう」


ふわり。と、目の前のそれの尻尾と同じように、銀色の髪が微かに揺れた。

釣りスレの娘か
懐かしいな

ー神名ー

もう一度そう書かれた表札を一瞥し、そのままその家のドアノブへと手をかける。


(…開いてる)

鍵のかかっていないそれを少し躊躇いがちに開けると、出来るだけ明るい声を作り、中に向かって声を掛けた。


「ただいまぁ」


ーおかえりなさい。

優しく応えてくるその声に少し安心すると、脱いだ靴をきちんと揃え、声の主の待つリビングへと向かう。


「おかえりなさい。学校はどうだった?」

優しい声にぴったりの、これまた優しそうな笑顔を浮かべる女性が問いかけてくる。


「…うん。とっても楽しかったよ」

それだけ言うと、宿題があるからとその女に背を向けた。


リビングから出て数歩歩いた所の階段を上がった先が自室である。

そこへ向かう為に今まさにその段差に足を踏み出したという瞬間だった。


ゴツッいや、ガツンだろうか…身体に衝撃が走ったのは。

ーランドセルを降ろしていなくて良かった。


真っ白な天井を見上げながら、そんなのんきとも取れる事をぼんやりと考えていた。

何が起こったかというと、そう。ひっくり返った。
背負ったままだったランドセルというクッションがあったお陰で、頭を打たずに済んだのは幸いだろう。


(まぁ、打った所でどうなる訳でもないけど…)

こうなる事になった原因である、その女がこちらを能面のような顔でこちらを見下ろす。

階段を上がる瞬間に、この女に髪を引っ張られたのである。それはもう思いっきり。

それが今こんなみっともない格好をしている原因だ。

ー今日は一体何が悪かったんだろうか。


服装は今朝この女が選んだものを着ている。
いかにも女の子らしい、白のAラインワンピースだ。


表情にも声色にも気を付けたはずだし、一体何を間違えてしまったのか、一人反省会をしながら、はぁと深い息を吐いた。


ーゴホッ


思ったより衝撃が強かったらしい。
吐いた息が咳へと変わる。

その咳込みにハッとしたように、女が慌てて身体を抱き起こしてきた。


「ごめんなさい。…私また」


女の手は震えていた。
同じように、その声も。


(こういう時は無闇に動かさない方が良いんじゃなかったっけ?)


もうどうでも良かったので、ぼーっとする頭で女の言葉に耳を傾ける。


ごめんなさいごめんなさい。と繰り返すその女は時折、足音が***ちゃんと違ったから…と免罪符のようにそう呟いていた。

ーあぁ、足音か…。


今回はそんな些細な事が逆鱗に触れてしまったらしい。

泣きそうな顔をしたその頬にそっと触れる。


ーあったかい。


そのまま何事もなかったかのように女に向けて笑いかけた。


「大丈夫だよ」

「…次は気を付けるね」


ーお母さん


後頭部を優しく撫でる手の温もりを感じながら、心底この狂った女と血の繋がりがない事を嬉しく思った。

あすみの創作少ないから応援したくなる

「ねぇ。この一家最大の不幸って何だと思う?」


ようやく辿り着いた自室のベッドに腰を下ろすと、枕元に飾られたぬいぐるみに混じってこちらを見つめる赤い目に問いかける。


先程まで隠れるように姿を消していたかと思えば、また目の前に急に現れる…。


「あなたってチェシャ猫みたい」

「ルイス・キャロルかい?」


抑揚のない声に少し笑みが漏れる。

“不思議の国のアリス”ではなく、真っ先に作者の名前が出てくるなんて、彼らしいといえば彼らしいような気がしないでもないが。


「なら、君はアリスかな?」


ちょっと考えてから、それは違うと首を振った。


「…アリスじゃなくて」





ーマリス、かな。なんてね。


「話しを戻すけれど」

もう一度、同じ質問を投げかける。


ーこの一家最大の不幸って何だと思う?



「不幸や幸福の感じ方なんて人それぞれなんだろう?なら、第三者が一概にこれだとは決め付けられないんじゃないかな。“一家”という括りもどうかと思うしね」


つまり、この家の住人が同時に事故にあったとして、それを住人全員が“これが最大の不幸”だと思うとは限らない。という事だろう。


全くその通りな訳だけれど、いささかその答えはおもしろくない訳で。



「まぁ、“世間的”に“この家の娘が突然姿を消した”なんて出来事は、充分悲劇的であると言えると思うけどね」


表情のない顔、抑揚のない声が続ける。


ーあくまで、第三者からの視点で言わせて貰うとだけど。

ー“世間的には行方不明”
随分含みのある言い方だ。


ふと、机の上に並べられた写真立ての内の一つが目に入る。

木製のフレームの中では、自分と同い年くらいの少女が、白いワンピース姿で微笑んでいた。



ーねぇ、奇跡ってあると思う?



目を閉じると、どこか懐かしい声が鮮明に蘇った。

この家にはかつて娘が二人いた。
と言っても、二人は姉妹という訳ではない。

そして、“いた”という事には、既に二人はこの世に存在していないという事が前提な訳だけれど。



一人はこの家の夫妻から産まれた娘。
その子は、数年前に事故でこの世を去っている。

歳は確か4つだか5つだか、小学校にすら上がらないくらいのまだまだ可愛い盛りの時期だったらしい。


そしてもう一人は、まるでその穴を埋めるかのように後からこの一家の一員となった、当時小学校高学年だった少女。




ーーこの少女は、ある日を境に突如姿を消したという。



この家の夫婦は、数年の間に娘を二人も失っているという事になる。

「それを言うなら、その娘の両親が夫婦になった事がそもそもの間違いなんじゃないかい?」

まるでキリがないよと彼が口を挟む。


そう。大元を辿ろうとするとキリがないし、突き止めた所で時間が戻る訳ではない。


そして一度壊れた幸せは、どんなに取り繕おうと元通りには戻らないのだ。


それに気付かず負の連鎖に陥っていく…それこそ、この一家最大の不幸と言えないだろうか。



「君の中ではそれが答えな訳だね。所で…」

ーこの会話には、何かしらの意味があるのかい?


その問いに「さぁ」と返事をすると、彼はやれやれというように「君達人類はよく生産性の無い話しをしたがるね」と呟いた。



ーまぁ、たまには良いじゃない。
自分がここにいる意味を、ちょっと確かめたくなっただけなんだから。


後ろに倒れ込むようにベッドに仰向けになると、写真の中の少女に思いを馳せた。


「…ねぇ、幸せだった?」


その問いに対して、答えが返ってくる事はなかった。

こういう痛キモいSSってやたら改行多いよな

抜けがあったので>>19の後から投下し直す


「私はね」


再び赤い瞳と向き合うと、言葉を繋いだ。

「その行方不明になった娘がまずこの家の一員にならなければ、“この一家の悲劇”にはならなかったと思うの」



そうすれば、その少女がどうなろうと、この家の人間がその少女に対して喪失感を覚える事はなかったはず。


そしてその為には、“穴”が空いてはならない。
最初の娘が事故に合わなければ、もっと言えば、その娘が産まれなければ悲劇は始まらなかったかもしれない。

「それを言うなら、その娘の両親が夫婦になった事がそもそもの間違いなんじゃないかい?」

まるでキリがないよと彼が口を挟む。


そう。大元を辿ろうとするとキリがないし、突き止めた所で時間が戻る訳ではない。


そして一度壊れた幸せは、どんなに取り繕おうと元通りには戻らないのだ。


それに気付かず負の連鎖に陥っていく…それこそ、この一家最大の不幸と言えないだろうか。



「君の中ではそれが答えな訳だね。所で…」

改行あった方が見やすくていいねぇ

ーこの会話には、何かしらの意味があるのかい?


その問いに「さぁ」と返事をすると、彼はやれやれというように「君達人類はよく生産性の無い話しをしたがるね」と呟いた。



ーまぁ、たまには良いじゃない。
自分がここにいる意味を、ちょっと確かめたくなっただけなんだから。


後ろに倒れ込むようにベッドに仰向けになると、写真の中の少女に思いを馳せた。


「…ねぇ、幸せだった?」


その問いに対して、答えが返ってくる事はなかった。

区切り? 乙 

二倍ダーシくらいはちゃんと守って欲しい
SSだから別に好きにして良いけど

あ、乙です

慣れてないもので…申し訳ない

──うーん。


課題が一通り片付くと、机に向かいっぱなしで少し硬くなった背中を軽く伸ばした。

時計の針は、既に夜の大分遅い時刻を指している。


本当ならもっと早くに終わっていても良かったのだが、考え事をしながらの作業だったためこんなに掛かってしまった。


「…夢、だったのかな」



ノートの角に落書きした黒猫のイラストを指でなぞりながら、まどかは呟いた。

パラパラと、指の先でノートの角を捲ると、描かれた黒猫が不器用な動きで走り出す。



退屈な授業の時間を潰すようにコツコツと書き溜めた、未完結のパラパラ漫画。
出てくる黒猫は、エイミーと名付けた近所の猫をモデルにしたものだ。


──こんな事してるから成績が上がらないんだよね。



少し苦笑いをしながら、その手をふと止める。

そしてまた、今日起こった夢だったかもしれない出来事に思いを馳せた。


頭の中で、あの時のブレーキ音がけたたましく鳴り響く。
実際に聞こえた訳ではないのに、思わず耳を塞いだ。



「…間に合わないって思ったんだけど」

遊び場発見

テスト


「あっ」


──危ない!


そう思った時には既に遅かった。

────
目の前の赤信号になった道路で立ち止まると、まどかはふと向こう側へと目をやった。


そこには、近所でよく見かける真っ黒な猫“エイミー”が、赤いランドセルを背負った少女と戯れているのが見えた。

──もしかして、お迎えに来てくれたのかな?


なんて、エイミーに対して自惚れとも取れるような事を考えながら、その様子を微笑ましく見守る。


早く信号が変わらないかなぁと向こう側の信号に視線を移した所で、視界のほんの角の方で黒い塊が動くのが見えた。


「あっ」


鳴り響くブレーキ音。


もう一つ、自分ではない誰かの声が聞こえたのは気のせいだろうか。

気のせいだろ

なんで地の文でSS書こうとするかね

こいつがゴミだからだな

やっぱり台本形式の方が良かったかな…
これは今更変えるつもりはないけど、今書き方を色々模索中なので


別に地の分SSでもいいと思う。

でも丁寧に描写をしたいのは分かるけど、一文や一節に詰め込みすぎてて少し読みにくい。
語り部もあすみも両者ともに抑揚の少ない淡々とした感じだから、余計に文章がねちっこく感じて、重くなってるんだと思う
空行は見やすくする配慮だと思うが、地の文で背景や状況を読み取ろうと没頭してるところに水を差されるような印象。

下手糞だから駄目なんだよ
くだらん愚痴こぼす暇あるならさっさとやめろ

つまんねつまんねつまんね

多分>>35-36見ればわかると思うけど一々ID変えてる面倒なことしてる奴は相手にせんでええからな(ニッコリ

これから目の当たりにするであろう光景に思わず目を覆った。


──にゃあ


「え…えぇ!?」


何が起こったのか分からなかった。


目を開けたらエイミーは何事も無かったかのように足元でにゃあにゃあ鳴いているし、
目の前の道路を例の車が普通に走り去って行くしで、一瞬にして頭がこんがらがってしまった。

テスト

テスト

ぽかーんと突っ立っている自分の横を、赤いランドセルがこれまた何事も無かったかのように通り過ぎて行く。

白いワンピースの裾がふわりと揺れる。
夕日に照らされた銀色の髪には、艶やかな輪っかが出来上がっていて、何だかまるで───


「…もしかして、天使が奇跡を起こした。とか?」

パラパラ漫画の最後のページの猫の隣に、女の子の絵を新たに描き足してみた。
背中には赤いランドセルではなく、白い羽が覗いている。


──まどかってさぁ、たまに変な空想っていうか、妙な事口走るよね。

以前言われた親友の台詞が頭を過った。
その時は確か魔法が使えたらとか、そういう話しをしていたような気がする。


──良いではありませんか。発想が豊かな証ですわ。

カラカラと笑う親友とは対象的に、穏やかな笑みを浮かべながら、もう一人の親友がフォローする。

要は子供っぽいって事なんだろうなと少し落ち込んだものだけれど…。

(…だって好きなんだもん)


──希望とか、奇跡とか……魔法、とか。

つまらないゴミの続ききたなう

区切りかな?



クソスレ

クソスレ

ガタン


「…んぁ?」

いつの間にか寝てしまっていたらしい。

「今……」

どこかでそう大きくはない物音がしたような気がした。
机に突っ伏していた身を起こすと、音のした方向──ベッド脇の窓へと近付く。

「……誰かいるの?」

恐る恐る窓を開け、キョロキョロと外を見渡すが、そこには特に変わった様子は無かった。


──外からの風に、机の上のノートがパラパラと捲れる。
まるで時計の針が逆回りするように、最初のページへ。

「……気のせい…だったのかな」


窓の外では、自分のよく知る住宅街がただ広がっていた。

キモイスレ

「代わりは幾らでもいるけどさ、無闇に潰されるのは勘弁して欲しいね」

もったいないじゃないかとでも言うようなその声が、深夜の静まり返った住宅街に微かに響く。

そう呟いた白い生物──キュゥべえは、目の前の一人の少女を見据えた。

「君は一体…。こんな事をして何の意味があるって言うんだい?」

その問いに答える事なく、長い黒髪を掻き上げると少女は再度銃口をキュゥべえへと向ける。

「答える気はないみたいだね」

やれやれと軽く溜息を吐くと、今日の所は接触は諦めるよ。と明かりの漏れる一つの窓を見上げた。

「…させないわ。これから先もずっと」


向けられた視線と同じような、酷く冷たい声色。
その少女の声を聞いたのは、その時が初めてだった。

読みにくい

読みにくい以前につまらないな

難しい文章読めないからって嫉妬してんじゃねえよ

全くだぜ

─・─・─・─

「いれぎゅらー?」


最近姿を見せないと思っていた彼が再び現れたのは、カナメマドカと初めて会った日から数日後の事だった。


「なぁに?それ」

放課後、校門をくぐった所でその姿を見つけた時は、まぁ何かあったんだろうなとは多少の予想はついていたが…。


「あまり興味ないようだね」

「あ、バレた?…ふふ」


ペロッとわざとらしく舌を出して戯けてみる。


──イレギュラーな存在がいるようだ。

そう言った彼の話しをふんふんと聞いていたが、どうやら興味がないという事はお見通しのようだった。

「彼女は鹿目まどかとも多少は関係があるみたいだよ」

「え?」


──カナメマドカ。

その名前に思わず歩みを止める。


聞く所によると、彼女の持つ“ソシツ”をみすみす逃すのは勿体無いと言わんばかりに、彼はカナメマドカを“カンユウ”しに行ったらしい。

全く、仕事が早いというか手が早いと言うべきか…。




「結局その日は無駄足だったけどね」


そしてその要因はというと、例の“いれぎゅらー”が関係してくるらしい。


「…ふぅん」


日に日に大きくなるカナメマドカに対する興味。
それを見透かされたようなのが面白くなくて、わざとつまらなそうに相槌を打つ。

「まぁ、それについてはまだ調査段階という所だけどね。気を付けた方が良いのは確かだ」


気を付けろと言う割にさほど心配している様子もない口調で彼は言う。


(……ん?)

少し疑問が湧いた。
というよりは、さっきからずっと喉につっかえていた違和感が、今やっと疑問という形になって取れたという感じだ。


「その子魔法少女なの?」



そう。魔法少女であるならキュゥべえがカナメマドカに接触させたくないのは分かる。
一つの街にそんなポンポンと魔法少女が生まれてしまっては堪ったもんじゃない。


「単に手柄が減るのが嫌なだけなんじゃないの?ただでさえここにはベテランがいるみたいだし」


くるくる空に絵を描くように指を動かしながら彼を見る。

魔法少女をこれ以上増やさない為にキュゥべえを襲う魔法少女……なんて、彼にとってもとりわけ珍しくもないはずだが。


──それがどうしてわざわざ“いれぎゅらー”?


違和感の正体はそれだ。
そう。ほんの少し予定通りにいかない事態になったからといって、想定外だなんだと慌てるような彼ではないのだ。


「そうだね。その事については別に驚くには値しないよ」


という事は、“イレギュラー”になり得る理由が別にあるという事か。

その疑問の答えは聞かずともすぐに彼が教えてくれた。



「彼女が魔法少女なのは確かだ」


──でも。と彼は続ける。
それは、自分を煽るには充分過ぎる言葉だった。


「僕は彼女と契約した覚えがない」


「……っ」


息苦しさに思わず胸を押さえた。
動悸が激しくなる。


──だめだめ。落ち着かないと…


身体中の熱が一気に上がっていく。
頬が紅潮していくのが、見なくても分かる。


彼は別に自分を心配してこんな話しをしたのでも、ましてや助けを求めた訳でもない。

言葉巧みに、彼にとっての不都合を打開する火種になるよう煽っているだけなのだ。


──そんなの、分かってるのに…


「ずるいなぁ……ふふっ」


──まぁ良いや。



せっかく舞台を用意してくれたんだ。
どうせ踊らされるなら、あくまでも華麗に踊ってあげよう。

誰も待ってないんだよ



つづき楽しみにしてます

75が見えないんだが何かやったのか

─・─・─・─

「……ぁ…来ないで……!」


そう言ってこちらを睨み付ける少女は、口調こそ強気なもの、その瞳には怯えが孕み、立ち上がろうと懸命に動かす脚は先程から震えが止む気配がなかった。


「…べ、別にあなたの縄張りを荒らすつもりは……」


口調が一転。
次は懇願するように自分の事を話し出す。

彼女の話しをかいつまむと、どうやら彼女は近くの別の街で魔法少女をしているらしい。
そして何故その縄張りを跨いでまでこの街に踏み込んで来たかというと、獲物を追いかけている内に気付けば…という事だった。


「…そう」


別にそんな話しは聞いていない。
興味すら無かった。


ただ、ひたすら残念に思っていた。

今日はとても機嫌が良かった。
無論、キュゥべえから聞いた例の話しのお陰である。


久しぶりに心踊る気分で帰路についたし、“あの家”の玄関を開ける手すら軽快だったように思う。

その後“母親”にまた張り倒されて尚且つ今日は横っ腹を蹴られたりして半減もしたが、夕飯までにはその理由を綺麗さっぱり忘れられるくらいにはまだ気分が良かった。


そして、気分が良かったので普段は無視している魔女の気配にホイホイ誘われてこんな真夜中に出向いて来た。というのが、今こうして目の前で怯える少女と対面するに至った理由である。


(…ざーんねん)


魔女とはまた別の魔翌力を感じて、件のイレギュラーか、もしくはこの街の魔法少女と会えるのかとワクワクしながら結界の外でスタンバイしていたのだが、惜しくもその予想は外れてしまった。


「……ふふ」

無事獲物を狩ったのだろう。
一人の少女(と言っても年上みたいだが)が結界から出てくるのを確認すると、思い切って声を掛けてみた。


「あの、もしもし?」


その少女はまず、“しまった”という顔をしたかと思うと、次にこちらの姿を捉えて少し安堵の表情を浮かべた。

「あ、あなたこの街の魔法少女?」


その言葉を聞いた瞬間、さっきまでのワクワク感は一気に消し飛んでしまった。


──あぁ…こいつは“イレギュラー”でもなければ、この街の魔法少女ですらないのか。と。

自分の中ではある意味ではイレギュラーな訳だが。


「えっと…ごめんね?別に縄張りを奪いに来た訳じゃなくってね」


落胆するこちらの気持ちにお構いなしに、彼女は話しを続けようとしてくる。


本来他の縄張りに踏み入るなんてご法度だが、こちらが明らかに年下の子供だと分かって言いくるめられるとでも思ったのだろう。


「……ぐぅっ…!?」




(まぁ、別に私の縄張りって訳じゃないけれど……まだ)


舐めた態度に少々イラついてしまったので、まずは一発、お腹にモーニングスターを打ち込んでみた。

可哀想なのでほんの軽くのつもりだったが、細い彼女の身体は軽く吹き飛ぶと廃墟と化した建物の壁に打ち付けられた。


不意打ちを喰らった彼女の変身は解け、見知らぬ学校の制服が現れる。

必死で立とうともがきながら、彼女はその目でこちらを睨んだ。


──あ、良かった。生きてた。



「…げほっ……いきなり何するのよ」


掠れてはいるが声も出るようで、ダメージは意外と少ないようだ。

別にこの人の生き死にに興味などないのだが、今そうしてしまうのはいささか“勿体無い”…。



「…ちょっと………きゃっ」


始終無言のこちらに痺れを切らしてか、また口を開こうとするのでもう一発。

もちろん、今度は当てるつもりはない。
牽制と威嚇の意味を込めての一撃だ。

鉄玉は彼女の頭をすれすれで躱し、すぐ横の壁に大きな穴を開けた。


「………っ」


暗くてよく見えないが、彼女の顔がみるみる内に蒼白になっていくのが分かった。



──さすがにちょっと驚かせ過ぎたかな。


そう思ったので、軽く微笑みながら静かに彼女に近付いて行く。



「……ぁ…来ないで……!」


「…べ、別にあなたの縄張りを荒らすつもりは……」


焦り、安堵、怒り、怯え……さっきから忙しそうだなこの人。と思った。


「……ふふ」


いきなり笑みを漏らした自分に今度は困惑しているようだ。


「あ、大丈夫です。怒ってる訳じゃないので」
「……それより」


チラリと、彼女の手元の宝石を見やる。


「……真っ黒…」


「え…」


大事そうに握られたそれは、濁ったような不気味な光を放っていた。


「…ゃ……嘘やだ…」


また焦りの表情を見せると、彼女は何かを探すような仕草をした。


「…あぁ、探し物はこれですか?」


恐らく先程の獲物が落とした物であろう、本日の彼女の報酬。

足元に転がっていたそれを拾い上げると、彼女に見えやすいように摘まんだ方の手を小さく振った。


「……ぉ……ぃ………」


彼女の唇が小さく動く。


“オネガイ タスケテ”


はっきりと発声出来ていなかったが、そう言ってるだろうなと予想は出来た。


──何も、心配する事なんてないのに…。

「大丈夫ですよ」


薄っすらと目に涙を溜める彼女の目の前で腰を落とすと、宝石ごと彼女の手をそっと包む。

訳が分からないといった顔されたが、構う事なく微笑むとその耳元に顔を近付けた。
ビクリと、彼女の華奢な肩が揺れる。


「…恐がらないで」




ゆっくりと、諭すような口調で語りかける。

「大丈夫」
「ここであなたは終わらない。“始まる”んだから…」


「……え?」


手の中で、“ナニか”がドロドロと蠢いているようだ。




「……“私達”ってね」





──やっぱり今日は、機嫌が良い。

改行多すぎ

乙です
続き楽しみです

─・─・─・─
「あ、巴さん帰ってきた」


放課後。教室の掃除を終え、日誌を職員室に届けてから鞄を取りに教室へと戻ると、雑談をしていたらしいクラスメイトからそんな声が上がった。


「どうかしたの?」


普段あまり会話を交わした事の無いグループだ。そんな人達が一体何の用だろうと、巴マミは聞き返す。


「さっき…丁度巴さんが出てった後だったかな?巴さんを訪ねて来た子がいたんだよね」


「……私を?」


予想外の返しだった。自分に用のある人物なんてこの学校にいるのだろうか…?
そんな疑問すら湧き上がる程、普段人間関係をシャットアウトしている自分に少し苦笑いした。


「うん。下級生だと思うけど…多分。二年の保健係の子と一緒にいる所見た事あるし」


そう言う彼女も確か保健係だ。


「すぐ戻るだろうから待ってればって言ったんだけど…」


どうやらその人物は「急ぎじゃないから」とこの教室を後にしたらしい。

──下級生…か。


ますます頭にハテナマークが飛び回る。同じ学年ならともかく、学年の垣根を越えての知り合いなど皆無であった。


「…えっと、何ていう子かしら?」


名前を聞けば何か思い当たるかもしれないとそう口にしてみたが、残念ながらそれは無駄に終わってしまった。


「やだごめーん。名前聞くの忘れちゃった」


普段教室で見せるようなお調子者らしい口調で彼女が言う。

「あ、でも長い髪の結構綺麗な子だったよ!」そう続けてくれたヒントは、これまた残念ながら脳内検索エンジンには引っかからなかった。


「…そう。ありがとう」


親切なクラスメイトにお礼を言ってからマミは教室を後にする。


よくよく考えたら、その保健係の二年生のクラスと名前を聞いておいた方が早く例の人物に辿り着いたかもしれない…。
そう思い至ったのは、既に学校を出た後だった。

いや、まぁ良いか。どちらにしろこの時間ならその子もいない可能性の方が高い。
必要であればまた明日にでもさっきのクラスメイトに聞けば良い。




──もしかしたら…


ふと、スカートのポケットの僅かな膨らみを手探りで確認する。


(……“コレ”と関係あるのかしら)


そんな事を思いながら、ひとまず神出鬼没で真っ白な“あの子”を探す事にした。

改行は環境によるからなあ
これでちょうどいいとおもう

またdosさんに動いて貰う必要がありそうな個人での荒らしか……
某スレみたいに完全無視が宜しいかと。まぁ、うん。あすみんマジ陰湿(応援)

─・─・─・─
一度鞄を置いてからまた出かけようとマンションの自室へと帰ると、そこには待っていたかのようにソファーの上で佇む彼がいた。


「…キュゥべえ」


探す手間が省け、ホッと一息吐くと同時に彼の名前を呼んだ。
ピンと立った猫のような耳から伸びる毛(?)をゆらゆらと揺らしながら、キュゥべえがこちらを見つめる。


「何かあったのかい?マミ」


表情から察したのか、そんな質問が投げかけられたので「そうね」とだけまず返した。


「…ちょっと気になる事があって」


ポットに火をかけながら、トコトコと後を付いてくるキュゥべえに話しかける。
昼間は暖かったというのに、日が傾くと随分冷える。はたまた、ガランとした室内がそう感じさせるのか…。


「危ないから足元をウロウロしないで、キュゥべえ」


淋しさを紛らわすように、クスクスと笑いながら足元に向かって呟いた。


「それでね、キュゥべえ」


砂糖を二杯入れたアールグレイを一口分喉に流し込んでから話しを切り出す。


「もしかしたらなんだけど、見滝原に魔法少女って私以外にいたりしない?」

「どうしてそう思うんだい?」


ほんの少しの間の後に、否定とも肯定とも取れない台詞が続く。特に隠す必要も無かったので、そう思った理由を説明する事にした。


「あのね…」



スカートのポケットをまさぐり、中に入っていた物を二つ取り出すとテーブルの上に置く。ガラス板に当たったそれらはコトリと音を鳴らした。

「グリーフシードじゃないか」


なんだ。とでも言うようにキュゥべえが呟いた。


「……やっぱり、そうよね」

「これがどうかしたのかい?」


ポケットから取り出したのは、何の変哲もないグリーフシードだった。だが、“何も変わった様子がない”というのが、マミにとっては何とも不気味に感じていた。


「…拾ったのよ。昨日」


そう、それは昨日の夜の事だ。夜中に魔女の気配を感じ、マミは当たり前のように現場に向かった。しかし、不思議な事にその気配は途中で消えてしまったのだ。


「でもね」


念の為に周辺をパトロールしていた所、消えた気配を再び感じたのである。


「…それで、最初に気配のあった場所に向かってみたの。そしたら……」


そこには今正にこのテーブルの上に転がる、二つのグリーフシードが落ちていた…という訳だ。


「…放っても置けないし、持って来てはみたんだけど」


その内の一つを指でつまみ上げながら続ける。キュゥべえにお墨付きを貰った事だし、これは正真正銘普通のグリーフシードに間違いはないのだろう。

それと同時に、これがあるという事は、“魔女は確かにあの場にいた”という証明にもなった。
マミが到着した時には、既に魔女はいなかった。魔女が逃げただけなら、グリーフシードは落とさない。…なら


「成る程ね。マミ以外の魔法少女がその魔女を倒した。そう考えた訳だね」


キュゥべえの言葉に静かに頷いた。今話した出来事こそ、先程マミが投げかけた“自分以外に魔法少女はいるか”という質問に繋がるのだ。


「でも、もしそうならどうしてその人はグリーフシードを残していったのかしら…」


同じ場所に間を開けず現れた二体の魔女。残された二つのグリーフシード。それから、マミを訪ねてきた見知らぬ下級生。
これらを全て“たまたま”で片付けるには、いささか不自然過ぎる。


「それに関しては僕もよく分からないけど」


──他の魔法少女についてなら、心当たりが無い訳じゃないよ。



全く…随分勿体ぶってくれちゃって。


不安と、警戒。それからほんの少しの期待を胸に、マミは優雅にしっぽを靡かせるキュゥべえに視線を真っ直ぐ投げ掛けた。

─・─・─・─
──鹿目まどか…さん


今は体育の授業時間。体育館のコートの中で活躍するクラスメイト達を眺めながら、マミはとある女生徒の名前を思い浮かべた。

無意識に声に出していたらしい、そこへ一人のクラスメイトが食いついて来た。


「あ、もしかして会えたの?昨日の子」


話しかけてきたのは例の保健係の子だった。昨日の事が多少気になってはいたらしい。



「え?昨日の子って…訪ねて来たのって鹿目まどかさんだったの?」


クラスメイトのその一言に、一瞬思考がストップした。


(ん…?でも待って。昨日は名前を知らないって言っていたはず。それに…)


改めて鹿目まどかの顔を思い出す。
彼女は昨日“髪の長い綺麗な子”と、その特徴を言っていた。

確かに髪は長いといえば長い方か…。少なくとも、高い位置で二つに結えるくらいにはある。
しかし、どうだろう…失礼ながら“綺麗”という形容詞は当てはまらない気がした。どちらかというと可愛らしい顔立ちをしている。


「あー、違う違う。鹿目まどかさんは保健係の方」


うーむ…と、首を捻るマミに脇から訂正が入った。
成る程。訪ねて来た子とよく一緒にいるっていう子の方か…。

知っている名前が出てつい食い付いたのだろう。恐らく彼女は、マミが鹿目まどかさん経由で例の下級生に会えたものだと推理したらしい。ようやく合点がいった。


「…あれ?じゃあ何で?」


否定とも取れる反応を見て、今度は彼女がうーむと唸った。その“何で”は、流れからして“何で鹿目まどかさんの名前を知ってるの?”の“何で”で合ってるだろう。


別に鹿目まどかさん経由で例の二年生に会えた訳でもなければ、そもそもマミは“保健係の二年生”の名前が鹿目まどかだと今初めて知ったのだ。
それなのに、この口からその名前が出るのはさぞかし不思議だろう。


「…あぁ、それはね」


ジャージのポケットから一冊の生徒手帳を取り出して見せた。その生徒の身分を明かすページには、しっかりと“鹿目 まどか”と記載されていた。

それを拾ったのはたまたまだった。いや、“拾った”というよりは“見つけてしまった”が正しいかもしれない。

体育館の女子更衣室を利用した所、使おうと思って開けたロッカーの中にチョコンと取り残されていたのだ。


(……あー)


恐らくこの前の時間か、今が二時間目という事はもしくは昨日か、自分の前にこのロッカーを使った子の忘れ物には間違いないだろう。
チラリと時計を見る。これから着替えて用事を済ませても授業開始にはまだ少し余裕があった。

幸いこの生徒…二年生の教室は近い。なら、と授業前にひとっ走り届けてあげようとそれを手に更衣室を出た所、運悪く体育委員の子に捕まってしまったのである。
“手が空いてる人いたら準備を手伝って”と。

それが、未だに本人の手に渡らず、マミのポケットに鹿目まどかの手帳が入れっぱなしになっていた理由だった。

お陰で本人の手に渡るのが遅れた代わりに、マミが“鹿目まどかが保健係の二年生”だと知れたのであるが。

そんな偶然もあるのねぇ。なんて、彼女がカラカラと笑う。


「……最近拾い物が多いわね」


やれやれと、腰を上げながら再び手帳をポケットにしまった。



──なるべく早めに届けてあげよう。と。

─・─・─・─
結局その手帳が本人の手に渡ったのは、昼休みになってからだった。正確に言えば、“本人の手に渡るよう最善を尽くした”だけなのだが。



(……うーん)


二年生の教室を除きながら、昼休みに来たのは失敗だったかもしれない。と顔をしかめた。
あれから休み時間の度に何かと用事が入ってしまい、ようやく今の時間になって自由に動き回れるようになったのだが。

昼休みなのだから、購買や学食に行っているかもしれないし、既にどこか別の場所でお弁当を広げている可能性だってある訳だ。キョロキョロと教室内を見渡して、目当ての人物が見当たらない事にマミはガックリと肩を落とした。


「…巴マ……さん?」


後ろから急に肩を叩かれて「きゃっ」小さく声を漏らしてしまった。振り返ると、その人物の方が驚いているようで、目をまぁるく見開いていた。

多分初めて見る顔なのだが、その子とは初対面という感じが何故かしなかった。


「…あの、ここじゃ何ですし」


その顔をジッと見つめたまま固まっていると、 彼女からそう切り出された。

着いて来いというように、踵を返すとスタスタと歩き出した彼女をマミは慌てて引き止めた。
“ここじゃ何だ”というのは、単に“入り口の前の突っ立っているのは邪魔だからどいた方が良い。”そう捉えて「えぇ、そうね」なんて安易に返答したのだが、どうやら彼女は別の意味として取っていたらしい。


「ちょ、ちょっと待ってよ…えっと」


長い髪を靡かせる彼女の後ろ姿を必死に追い掛けて、その手をやっと掴んだ。


「……何?」

「何?じゃなくて、私が用があるのはあなたじゃないんだけど」


おかしな顔をする彼女に、こっちの台詞だ!と言わんばかりにマミは反論した。


「は?」


その表情を見るに、彼女はマミが自分に用があると本気で思っているようだった。一体どうしたらそんな勘違いを…と思ったが、一つだけ思い当たる事があった。


「……もしかして、この間私を訪ねて来た二年生ってあなた?」

誤解が解けるまで随分と歩かされたものだ。ようやく立ち止まった彼女にそう問いかけた。


「という事は、その件で私を探しに来たのではないのかしら?」


彼女が怪訝な顔をして口を開いた。
そうか。初対面じゃない気がしたのは、クラスメイトが言っていた特徴と彼女の容姿がピッタリ当てはまったからだ。


「……間違いではないけれど」


確かにある意味間違ってはいない。鹿目まどかに手帳を届ける。というのが当初の目的ではあったが、そこから例の二年生について探ってみようと思っていたのだから。

こんな形で出会う事になって驚愕というか動揺というか…とにかく複雑な気分だった。


「それで?一体あなたは私に何のお話しが?」


こんなに人目に付かないような場所まで連れて来られたのだ。よっぽど人に聞かれては困る内容なのだろう。


「…予想は付いてると思うけれど」

「魔法少女関連?」

「……えぇ」


警戒を入れつつ聞いた質問に、彼女は意外と素直に頷いた。

困った事に彼女はそれっきり口を閉ざしてしまった。
いや、何か言いたげにしているが、何となく躊躇っているような雰囲気だ。


「…私の事は」


沈黙を始めたのも彼女であれば、破ったのも彼女の方からだった。


「もちろん、キュゥべえから聞いてるわ」


キュゥべえから多少は彼女の事は聞いていた。といっても、あまり大きな情報は得られなかったが。


──新たな魔法少女がこの街にやって来たようだ。


やって来た魔法少女は二人。その二人に繋がりは無いこと、一人はまだ小学生、もう一人についてはキュゥべえもよく分からない…。勿体ぶった癖して彼から得た情報はこれだけだった。

話しは“魔法少女関連”であると彼女は断言した。なら、二人の魔法少女の内のどちらかではあるはずだ。と推理した。

目の前の彼女はどう考えても小学生ではない。とすれば、キュゥべえの言う得体の知れない魔法少女とは恐らく彼女の事だろう。


「…あなたは何者なのかしら?まさか、この縄張りを奪いにでも来た?」

「そんなつもりは…!」


声を荒げる彼女の姿に驚いた。クールな子かと思っていたから。


「じゃあ何?共闘でも持ち掛けるつもり?」

「……」


我ながら言い方がちょっとキツいかもと思ったが、まだ素性の分からない彼女に安易に気を許す気にはなれなかった。



「……いずれは」



ますます彼女の事が分からなくなった。いずれは…?なら、今は無いが今後共闘したいという事か。
一体これから何があるのだろう…。

気付けば昼休みは半分以上過ぎていた。朝から体育もあったお陰で流石にお腹空いてきたので、放課後また校門で落ち合う約束をして話しを一旦切り上げる事にした。


「あ、そうそう…」


いけない、忘れる所だった。スカートのポケットに手をかけながら、歩き出した彼女を再び引き止める。


「あなた、鹿目まどかさんって子分かる?」


そう言った瞬間、彼女がマミの肩に勢いよく両手をかけた。指が食い込んで痛みが走る。


「…痛っ…ちょっと何?」

「鹿目まどかに何の用!?」


さっき声を荒げた時よりも凄まじい剣幕だった。力の入った手からは必死さがひしひしと伝わる。



「鹿目まどかには極力近付かないで」

こちらの言葉をまるで無視するように発せられた声は、ゾッとするような声色だった。


「……別に大した用なんて無いわ。落し物を返したかっただけよ」


どうにかその手から逃れると、少々乱暴に鹿目まどかの手帳を彼女に突き出した。
ハッとしたように彼女はそれを受け取ると、気まずそうに視線をマミから逸らす。


「…鹿目まどかさんに用がある時は、一々あなたを通さないといけない訳?」


関所か何かか。肩を摩りながら彼女から距離を取ると、“ごめんなさい”と小さな呟きが聞こえてきた。


「…悪いと思うならそれを本人に返しておいて」



何だか一気に疲れてしまった。人と関わるのってこんなに大変だったっけ?と思いながら、彼女の返事を待たずにマミはその場を後にした。

ようやくお腹を満たしてホッと一息ついていると、保健係の子がまた声を掛けてきた。


「食欲あるみたいだから大丈夫だろうけど、酷い顔してるよ。巴さん」


保健室行く?と言われたので、具合が悪い訳じゃないからと、それを辞退する。


「あの子また来てたよ」

「あの子?……あぁ」


具合は悪くないと分かって安心したのか、彼女は本題へと入っていった。
あの子とはさっきまでマミと一緒にいた二年生の事か。教室前で出会ったのは、恐らくマミの教室から帰って来た所だったのだろう。


「暁美ほむらさんって言うんだって」


吉報!とばかりに彼女が明るく言う。前の反省を生かして今度はちゃんと名前を控えておいたらしい。


「……ありがとう」



その時になって、そういえば彼女の名前を聞いていなかったという事にマミは気が付いた。



続き期待

いつも乙コメくれるの同じ人でしょうか…?
凄く嬉しいです。ありがとう。

投下していきます。

─・─・─・─
放課後、校門前にその印象的な黒髪を見つけ、素通りするか声をかけるか迷ってる内に彼女と目が合った。


「……暁美さん?」

「随分遅かったわね」

「え?」


口振りからしてマミを待っていた事に間違いはないようだった。


「…約束したでしょう?」


どうやらあんな別れ方をしたというのに、“放課後校門で”という約束は生きていたらしい。


「……律義なのね」

「そっちは帰ったかと思ったわ」

「掃除当番だったの」


約束を反故にしようした訳でも忘れていた訳でもないんだと、登場が遅れた事に対してもっともらしい理由を付けて言い返した。
そんな事を言いつつ、マミの事をこうして待っていた訳だから、本気で帰ったなんて思っていなかったんだろうけど。


「じゃあ、行きましょうか」

とりあえず近くのファーストフード店で話しをする事にした。別に家に呼んでも良かったのだが、その提案は拒否されてしまったので今に至る。
まだ敵でも味方でもない相手の領域に入るのは遠慮しておきたいのだろう。


「それで、どういう用件なの?」


紙コップに入ったホットの紅茶を一口啜ってから話しを振った。安いインスタントの味が口の中に広がる。


「……この街に、もうじきワルプルギスの夜が来る」


信じて貰えないかもしれないけど。と言ってから切り出されたその話しは、確かにとても信じられる話しじゃなかった。


「……ワルプルギスの…夜」


思わず息を飲んだ。
その名前はもちろんマミだって知っている。一度具現化しただけで多くの犠牲者を出すであろう、伝説の魔女の名前だ。


「暁美さんはどうしてその事を…」

「…統計よ」

「嘘。見滝原にワルプルギスの夜が現れた、なんて話し聞いた事ないわよ」


聞けば暁美さんはつい最近転校してきたそうじゃないか。見滝原については自分の方が詳しい自信があった。



「……何て言ったら信じて貰えるの?」

「何てって…」


統計というのはやはり嘘だったのか。しかし、彼女のこちらを見る目は真剣だった。

「見滝原にワルプルギスの夜が来るのは本当よ」

「…それ、証明出来る?」


そう言うと彼女は黙ってしまった。“証明出来ないけど信用しろ”なんてどう考えても受け入れられる訳がない。
だが、想像していたよりも話しが大き過ぎて、寧ろ本当なんじゃとも思ったのも確かだ。彼女がそんな嘘を吐く事にメリットがあるとも感じられない。


「……私には、分かるの」


絞り出すように彼女が言った。


「…何?あなた、もしかして未来予知の魔法でも使えるの?」


別にそういう能力を持った魔法少女がいても不思議ではない。


「………まぁ、そんな所ね」

「……ふぅん。じゃあ、これから起こる事、暁美さんには分かっちゃうのね」


別に茶化したつもりは無いのだが、暁美さんがムッとした顔でこちら睨んできた。


「証拠…お見せしましょうか?」


彼女はそう言って立ち上がると、早足でどこかへ歩き出したので、マミは慌ててその背中を追った。
昼休みの事といい、人の話しをあまり聞かない子だ。

─・─・─・─
後ろから追ってくる巴マミの気配に、暁美ほむらは歩く速度をほんの少しだけ弛めた。
“彼女”とは会って間もない仲だ。ちゃんと付いて来てくれるかどうか確証は無かったが、こちらが何も言わずとも追い掛けてきてくれた事に少し安心する。

なんせ、自覚する程にあまり良い第一印象を残せなかったのだ。原因は間違いなく自身にあるのだが、“鹿目まどか”の事となると周りが見えなくなるのは悪い癖だ…。


「暁美さん、聞こえてる?」


いつの間にか追いついた巴マミが制服の袖を引っ張った。


「…私達はどこに向かってるのよ?それに証拠って?」


さっきからずっと声を掛け続けていたのだろう。やっと反応を示したほむらに向かって不満顔で質問を連発してくる。

このままでは小言まで頂戴する羽目になりそうだったので、両手で“待った”のポーズを作りストップをかけた。


「……これから行く先に、もうすぐ魔女の結界が出来上がるわ」


巴マミの顔付きが変わる。それと同時に、自分の心の中に小さなざわめきが起こるのを感じていた。

見滝原総合病院は市内でも一番大きい病院だ。常日頃多くの人間が出入りする場所である。
故に、ある意味非常に厄介な場所でもある。魔女の結界なんて出来ようものなら、一体何人の犠牲者が出るのだろう…。特に“弱った人間”なんて、魔女にとったらまさにご馳走だ。


「……確かに反応があるみたいね」


よりによってこんな所で…。巴マミの呟きには、そんな意味合いも含まれているだろう。何かに反応するように金色に輝くソウルジェムを見つめて、巴マミは顔をしかめた。


「…“お菓子の魔女”とでも言うべきかしら。一見大した魔女に見えないけれど、侮れないから気を付けて」


巴マミに向かって忠告と、これから待ち構えているであろう魔女の特徴を簡単に説明すると、ほむらは結界の入口を探った。


「分かってるわよ」

「なら良いのだけれど」


実際はかなり不安であった。


「…やっぱり、今回はあなたは戦わないで」


どうしても生まれてしまった不安が解消されずに、思わずそんな事を口走った。
何ならこのまま帰っても良い。巴マミをここまで連れてきたのは、“未来予知の証拠”(本当は未来予知じゃないけど)とやらを見せたかっただけなのだから。


「あらどうして?一人より二人の方が安全じゃなくて?」


足手まとい扱いされたとでも思ったのだろう…。少しムッとしながら言う巴マミの問いかけに、ほむらは溜息混じりにこう返した。




「……だって私の“未来予知”だと、あなたは魔女に頭から食べられちゃうんだもの」


唖然。
その表情を一言で表すならきっとこの表現がしっくりくるだろう。先程のほむらの一言に、巴マミはこんな顔をしたかと思うと、次第にその表情を段々と険しいものへと変化させていった。

“いつもの”穏やかで、大人の余裕さえ醸し出しているような巴マミとは想像もつかない顔だ。


「………ご忠告ありがとう」


そう言う彼女の顔は笑顔に戻っていたが、明らかに無理している。こめかみがピクピクと動いて見えるのは気のせいという事にしておこう。

誤解のないように言っておくが、別に喧嘩を売りたい訳ではない。折角今日まで何事もなく過ごす事が出来たのだ。彼女ともまた穏便にいきたい。


「私は…」


一旦立ち止まり、巴マミの方へ振り返る。


「あなたに死んで欲しくない」

「えっ!…あ、そ…そう」


そのほむらの台詞に巴マミは一瞬驚いてから、慌てたように目を泳がせた。心なしかその頬も赤く染まっているように見える。

……何か勘違いされた気がする。
いや、“死んで欲しくない”というのは本心だ。だがその言葉の裏には、“これからの戦力として巴マミを失うのは痛い”という思いもあった。そういう反応をされた事に、治ったはずの心臓が少し痛んだ。

唖然。
多分そういう顔をしていたと思う。まぁ、原因は目の前の暁美さんにあるのだが。


(頭から食べられる…ですって?)


マミにとって、それは何とも有難くないお言葉だった。いや、寧ろ教えておいて貰って良かったのだろうか。どちらにしろそうなるのは御免蒙りたいのだけれど。


「……ご忠告ありがとう」


一応お礼を言っておく。笑顔を取り繕ってはみたが、絶対引きつってしまっていたと思う。


「私は…」


人を散々振り回したり、喧嘩を売っているとも取れるような事を言ったり、彼女の傍若無人な態度に悶々としていると、暁美さんが振り返ってこちらを見た。向かい合うような形になると、その口から意外な言葉を耳にした。


「あなたに死んで欲しくない」




とりあえず、喧嘩を売っていた訳ではないらしい。

今日は戸惑う事ばかりだ。それも全部暁美さんが悪い。
しかし、暁美さんからの告白は意外にもすんなり受け入れる事が出来た。

暁美さんの言った通り、魔女は確かに現れた。しかし、それだけじゃない。「死んで欲しくない」そう言った彼女の目が真剣で、嘘を言っているようには見えなかったからだ。


「えっ!…あ、そ…そう」


顔が少し熱くなった。
あぁ、この子はきっと不器用なだけで、いつだって真剣だったんだな。少しだけ、暁美さんに対するイメージが変わってきた気がする。



ワルプルギスの夜とか、頭から食べられるとか、びっくりする事ばかり言われたけど…少しだけ、ほんの少しだけ、彼女の事を信じてみても良いかなって、そんな思いがマミの中に芽生え始めていた。

─・─・─・─
結界の入口の前で立ち止まったのは、明らかに今まで経験した事のない違和感を覚えたからだ。


「…?」

「……暁美さん」


巴マミがこちらに視線を送ってきた。恐らく、彼女も“気付いて”いる。


「…“誰か”いるみたいね」


その一言に軽く頷くと、目の前をきつく睨み付けた。
出来上がった結界が酷く歪んでいる。何者かが既に中で戦っているのだろうか…。

ソウルジェムを手に、ほむらは身構えた。こんな事態は初めてだ。


(…でも、一体誰が?)


この街の魔法少女である巴マミは今自分と一緒にいる。中にいるであろう何者かの正体にまるで検討がつかなかった。


「…暁美さん」


もう一度、巴マミが自分を呼ぶ。
ここで考えていても仕方がない。ほむらは意を決して、その結界の中へと足を踏み入れた。


「“お菓子の魔女”ねぇ…」


言い得て妙だわ。と、関心したように呟く巴マミに一瞥くれてから、ほむらはハァ、と息を吐いた。

結界にほむらが足を踏み入れてから、当たり前のように後を付いてくる巴マミと、「ついて来るな」「いや、一緒に行く」と一悶着あったのは言うまでもない。結局は、“魔女との戦いはほむらに任せる”という事でこちらが折れる形になった。

“「この街の魔法少女は私なのよ?あなたが転校して来なければ、元々は私が戦う事になってたんだから」”

そう得意気に語る彼女のその力説に負けた。というのも実はあったのだが。


「…ねぇ、本当に分からなかったの?」


恐らく、この先にいるであろう魔法少女についてだろう。巴マミの問いかけに首を振った。


「えぇ。こんな事は初めて…」


そこまで言って口を噤んだ。巴マミが「初めてって?」と不思議そうに首を傾げたので、慌てて言葉を繋いだ。


「いえ、こちらの話しよ。それより、魔力のパターンも知ってる魔法少女のものじゃないわね」

「そう……あ」


何か思い当たったように彼女が小さく「もしかしたら」と洩らした。


「何…」


何か知ってるのかと聞こうとしたが、それは途中まで言った所で、こちらに向かって放たれた銃声によって掻き消えた。

銃弾を直に喰らった使い魔が、地面でピクピクと痙攣するとそのまま消えていった。


「人に“戦うな”なんて言っておいて、あなたの方が隙だらけなんじゃない?」


銃口から煙が立ち込めるマスケット銃を構えた姿勢で、巴マミがやれやれといった様に言う。


「ごめんなさい…助かったわ」


不本意だったが感謝の意を表した。
彼女がいなかったらあのまま襲われていただろう。後ろから迫っていた使い魔に気付かなかった自分の落ち度だ。


「それより、中々消えないわね」


そうだ。ほむらも先程から思っていた。“結界が消えるのが遅い”。それは、まだ魔女を倒しきれていないという事を表していた。


「随分苦戦してるのね……早く行ってあげないと」


巴マミが急かすようにほむらの背中をポンポンと押した。さっさと最深部まで案内しろという事だろう。

得体の知れない魔法少女相手にですら、手を貸してあげようとする。巴マミのこういう所は、嫌いではなかったがやっぱり苦手だ。とほむらは思った。



そんな正義感が、いつか身を滅ぼす事になるかも知れないんだから…。と。

マミさんってちょろいかわいい乙

─・─・─・─
まったく人間というものは、予想外の展開に弱い生き物だ。


「…どうして?」


目の当たりにした光景が信じられないものだったら、まず頭が真っ白になるだろうし、きっと誰だって目を逸らしたくなるだろう。ほむらにとっても、それは同じ事だった。


「どうして」


多分この場合、“信じられないもの”というより、“信じたくないもの”という言い方の方が適当だろう。



「……ほむら…ちゃん…?」



まるで世界が暗転したような、ガラガラと足元から崩れていくような…そんな感覚に陥った。


「…ほむらちゃん」


泣きそうな、震えた声だった。
よく知った声。何度も見てきた顔。


「……まどか」


喉から出かかった三回目の“どうして”は、言葉にならなかった。

─・─・─・─
病院内のロビーで、まどかは行き交う人の流れをただ何と無く眺めていた。
具合が悪い訳でも、怪我をしたという訳でもない。幼馴染のお見舞いに行っている親友をこうして待っているのだ。

親友の幼馴染、上条恭介君とはまどかも同じクラスである。クラスの保健係を受け持つまどかもまた、怪我で入院中の彼のお見舞いに行くべきなのかもしれないが、いくら子供っぽい思考を持ったまどかでもそんな野暮な事はしない。

“ただの幼馴染だって!”とその気持ちを否定しているが、さやかちゃんが上条君に好意を持っているというのは、昔からの彼女を知るまどかにはお見通しだった。


「…さやかちゃん、今日はちゃんとお話し出来てると良いんだけど」


“今日は”…。この所、お見舞いに行ってもあまりゆっくり話せていないらしい。良くて数分程度の面会。酷い時には門前払い…。そうさやかちゃんは笑いながら言っていたが、強がりな彼女の事だ、きっと相当に落ち込んでいるだろう。

会えない程に経過が芳しくない。そういうよりも、恐らくは精神的なものなんだろうな、と思う。殆ど…いや、挨拶程度にしか交流は無かったが、何となく気難しそうな印象を彼からは受けていた。


“「別に一人でも大丈夫だって。待たせちゃったら悪いしさ」”


さやかちゃんが落ち込んでたら元気付けてあげよう!と、人知れず意気込んで、病院までついて行くという申し出を一旦はそう断られてしまったが、「それでも…」と言ったまどかの意思を汲んでか、さやかちゃんは快く同行を許可してくれた。

待ち時間が長ければそれはそれで良い。大事な友達を待っている時間はさほど苦痛ではなかった。


「…ん?」

一瞬、誰かに呼ばれたような気がした。キョロキョロと周りに視線を泳がせるも、そのような人物は見当たらない。
気のせいだったかと視線を戻しかけたその時だ。ある一点に釘付けになったのは。


(えっえっ…えぇ!?)


最初は猫かなと思った。視界の隅にチラッとだけ映った、全面ガラス張りの窓の外をいそいそと走り回る、その白い生き物の姿をきちんと捉えるまでは。


(……う、うさぎ?じゃないよね)


“真っ白な毛で覆われた、猫の様なうさぎにも見えなくもない謎の生き物”が、まどかの視界に今度は確実に映っている。そう“まどかの視界”には。


(誰も見てない…?)


そう。そんな珍妙な生物がウロウロとしているにも関わらず、平日の夕方でも人通りが多いというのに誰一人としてそれに目を向ける者がいないのだ。何という不思議な光景だろう。夢でも見ているのかと思うくらいだ。


「…あっ」


一人オロオロしているまどかに構わず、その生き物はペースを崩す事なくぴょこぴょこと軽やかに走り去って行く。
“このままじゃ見失ってしまう。”まどかはほぼ反射的に腰掛けていたソファーから腰を浮かせた。近くで赤ちゃんをあやしていた女性が、不思議そうにこちらを見る。


「ど……どうしよう」


エレベーターと、白猫(仮)が走り去った窓の外を交互に見やった。気になる…が、さやかちゃんが帰って来る気配はない。白猫(仮)の姿はもう見えなくなっていた。


(……ごめん。さやかちゃん!)


すぐ戻るから、とエレベーターに向かって心の中で謝ると、まどかは出入口へと走り出した。

入口を出て少し行った所にある駐輪場の前で立ち止まると、まどかはぐるりと辺りを見回した。


「この辺だと思ったんだけど…」


少しガッカリしたように呟く。


「植込みにでも入り込んじゃったかなぁ」


好奇心に負け外へ出てきたものの、目当てのものが見当たらずに肩を落とした。



(……何…だろう)


諦めて中へ戻ろうと踏み出した足を、その場でもう一度止める。
罅の入った壁にナニか突き刺さっている…。いや、ナニかが突き刺さったから壁に罅が入ったのかもしれない。まぁ、そんな事はどうでも良いのだが。

見た事の無い形状の物だった。
引き寄せられるように、“ソレ”に手を伸ばした時には、既に先程の生き物の事は頭から消えていた。



「触らないで!!」


「えっ?」



触れるか触れないか。その瞬間そんな声が聞こえたかと思うと、辺りは眩しいくらいの光に包まれていった。

>>75 >>89 >>112 は俺です

一体何が起こっているのだろうか。ついさっきまで病院の前にいたはずだった。なのに今はどうだろう…。そこにはただただ異様な空間が広がっていた。


「な、何なの…これ」


急に光に包まれたかと思うと、次の瞬間には既にこの空間の中にいた。
大きなビスケットにデコレーションケーキ、色とりどりのゼリービーンズ…。一見可愛らしくも見えるその空間は、この異常な状況において相当不気味なものに思えた。


「ひっ…」


巨大なケーキの壁の回りを、ネズミのような形状をした生き物が何かを探すように不気味に蠢いているのに気付いた。それらから逃げるように近くに身を隠すと、震える身体を必死で抱き締める。


(夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ…)


夢なら早く覚めて欲しい…。ギュッと目を閉じ、心の中でその言葉を何度も唱える。
ただの夢だと笑われても良い。今はただ、早く親友の顔を見たかった。

しかしそんな願い虚しく、鼻をつくむせ返るような甘い香りが、まどかの周りから消える事はなかった。





「見つけた」

「─────っ!!」


不意に聞こえたその声に叫び声を上げそうになったまどかの口が、その人物によって抑えられる。慌てたように小声で何か言っているようだったが、こちらも必死だった為に構わず身をバタつかせた。


「だ…大丈夫です!私はあなたに何もしませんから!」


口を抑えられたまま、もう片方の手で肩をしっかりと掴まれると、その人物ははっきりとした口調で宥めるようにそう言った。


「大丈夫。私の目を見て。」


穏やかな口調。
吸い込まれるような瞳を言われるままに見つめると、さっきまで恐怖しかなかったまどかの心が、何故だか少しずつ落ち着いていくのを感じた。


「落ち着きました?」


よくよく見るとその人物は、まどかとそう変わりないような年頃の女の子のようだった。
少女の言葉にコクコクと頷くと、ようやくその手がまどかから離される。「良かった」と、ニッコリ笑ったその顔を、可愛いなぁなんて思う程心に余裕が出来ていた。


(あれ…?)


肩までの銀髪の髪に、あどけなさの残る幼い顔立ち…。その少女の顔はどこか見覚えがあるような気がした。
思い出そうとその顔をジッと見つめていると、恐らくまだまどかが不安がっていると思ったのだろう。少女は微笑みながら「大丈夫」と呟いた。

もう殆どと言って良い程に不安や恐怖は無くなっていたが、不思議とこの子の傍にいるとより安心感に包まれていくような、そんな感覚になった。


「あの……これって一体…」

「シッ!」


まどかの言葉を遮るように少女は「気付かれた」と小さく呟いた。その顔は先程までの表情と一転して、厳しいものへと変化していた。
気付けば、さっき見たネズミのような形状の生き物が、取り囲むようにこちらの様子を伺っている。


「キュゥべえ、いるんでしょう?」


少女の言葉に反応するように、それは突然姿を現した。“真っ白な毛で覆われた、猫の様なうさぎにも見えなくもない謎の生き物”が。


「きゃっ!」

「大丈夫だよ。その子は味方だから。」


尻餅を付いたまどかに手を差し出しながら少女が言う。


「やぁ、鹿目まどか。僕の名前はキュゥべえ。」

「きゅ…キュゥべえ…?」


しゃ、喋れるんだ。
それは紛れもない。さっきまでまどかが追いかけていた生物だった。

自分の名前を知っている事も、こうして喋っている事も、ましてやこんな生き物がいる事も、全て信じられないような光景なのに、何故かそこまで驚いていない自分がいた。
否、どちらかというと麻痺しているのかもしれない。段々とこれは夢としか思えなくなってしまっていた。


「ここにいて。キュゥべえ、この子の傍に着いててあげてね。」


そう言うと、その少女は何か宝石のような物体を手に、あろう事かそのネズミの群れに向かって飛び出していった。

その突然の行動に、まどかは目を見開いた。しかし、少女は臆する事なくその群れに立ち向かって行く。


「心配ならいらないよ。まどか。」


まどかの腕の中で、キュゥべえがこちらを見上げて言う。


「で…でも!」


少女が手にした宝石から溢れる光が、その身体を包んでいくのが見えた。一瞬で少女の衣装が変わる。


「あの子は……」

「彼女は魔法少女。魔女を狩る者さ。」


まどかの呟きに答えるように、キュゥべえが語る。


「魔法…少女」


キュゥべえは願い事を何でも一つ叶えてくれるという。そして、その願いと引き換えに、“魔法少女”として“魔女”を倒す使命を課される…。
今まさにまどかが迷い込んだ空間というのが“魔女”の“結界”であり、あの銀髪の少女こそが“魔法少女”なんだという。キュゥべえから受けた説明は大体そんなものだった。

頭はすっかり混乱していたが、何とか状況を飲み込む事が出来た。


「魔女は心の弱った人間を餌にするからね。こんな所に結界を張られたら厄介なんだ。」

「そ、そうなの…?」

「きっと大勢の人間が犠牲になっていただろうね。」


その言葉にゾッとする。
魔女は普通の人間には見えないらしく、その影響は病気や怪我、自然災害等といった物として片付けられてしまうのだと、キュゥべえは続けた。


「あれが、魔女なの?」


ネズミのような群れに向かってまどかが指を指すと、キュゥべえはあれは使い魔だと答えた。どうやら魔女のお出ましはまだのようだ。


「それにしても彼女が間に合って良かった。本当なら、君に契約して貰う事も考えていたんだけど。」

「わ、私が!?」


何でも、まどかが病院に着いた辺りから目星を付けられていたらしい。その言葉に、確かに何か思い当たる事があった。さっき名前を呼ばれたような気がしたのは、もしかして…。



「君には素質がある。だから、僕と契約して、魔法少女になってよ!」

不思議だった。
突然言われたそんな言葉にも、何故か全く意外と思わなかったのだ。
寧ろ、“そう言われるような予感”さえしていた。


「願い事…」


何だって構わない。どんな願い事だって叶えてあげられるよ。
キュゥべえはそう言うが、しかし肝心な願い事は急に思い付くはずがなかった。


「わ…私は……」


再び少女に視線を送る。
先に大きな鉄玉の付いた鎖を、その小さな身体で軽やかに操り、向かって来る使い魔を薙ぎ払っていく。


(凄い…)


かっこいいと思った。自分もあんな風になれる…?そう思うと、胸の奥がジンワリと熱くなっていくように感じる。


「気を付けて!出て来るよ!」


その声にハッと我に返る。少女は使い魔の群れを一掃すると、一点を見つめて身構えた。“出て来る”…。恐らく魔女だろう。少女が息を飲むのが、遠目からでも分かった。

魔女と言うからにはもっとおぞましい姿を想像していたが、意外な事に目の前に現れたそれは、何とも可愛らしいぬいぐるみのような形態をしていた。


「あ、あれが魔女?」

「見た目は弱そうでも侮ってはいけないよ。罠の可能性もあるからね。」


明らかに拍子抜けをしているまどかに注意するようにキュゥべえが言う。


「大丈夫…すぐ終わらせるから。」


鉄玉の付いた鎖をブンブンと振り回しながら、少女は魔女に近付いて行くと、一気にそれを投げ付ける。落ちて来る魔女を鎖で捕らえ、今度はそれをそのまま壁へと打ち付けた。


「これで……サヨナラ勝ちだよ!」


少女の勝利をまどかは確信していた。幼い頃憧れた魔法少女は、敵をいつも華麗に倒していた。会って間もない少女に、その存在が重なる。



「………あっ!」




しかしそんな思いは、その瞬間に簡単に砕けていった。

「ぅ?…っ……あ!」


目の前に広がる、血。真っ赤な血…。



あの時、確かに魔女は倒したように思えた。しかし、その小さな口から蛇のような巨大な“ナニか”が出てきたかと思うと、その鋭い牙で少女の身体を引き裂いたのだ。
もう少しで丸呑みにされる所を間一髪で避けたようだが、その牙は少女の肩に容赦無く突き刺さった。


「あ…あぁ…」


一気に身体中の熱が冷えていく。
おびただしい程の血を流した彼女が、呻きながら倒れ込むのが見えたが、身体が震えてまどかは身動きが取れなくなっていた。


「まずい…。まどか!今すぐ僕と契約を!!願い事を決めるんだ!!」


手遅れになると、キュゥべえが叫んでいる。
頭が痛い…。私もあぁなるのかと、こんな状況に置いて自分の心配ばかりしている自分に気が付いた。身体の力が抜けていく…。
キュゥべえがまだ何か言っているが、その言葉はまどかには聞こえていなかった。


「まどか!!」


魔女がこちらを睨み付ける。


(…や、やだ……)

「わ…私……は……」


助かりたい…。ここから逃げたい。そんな思いがグルグルと頭を巡るのに、肝心の言葉が何も出てこない。


思わず両手で顔を覆った時、声が聞こえた。




「暁美さん!!急いで!」




──アケミ…サン……?

「……ほむら…ちゃん…?」


──アケミサン。
そう呼ばれた人物は、確かにまどかのよく知る人物だった。


「…ほむらちゃん」


泣き出しそうになりながら、その名前を呼ぶ。どうしてこんな所に…?そんな疑問も湧かない程に、その存在がありがたく感じた。


「どうして」


ほむらちゃんの口がそう小さく動いた。その顔は、何故だかとても悲しそうに見えた。


「暁美さん!!」


もう一度その名前を呼ぶ声が聞こえた。長い銃を手にした金髪の女の子が、倒れたままの少女を庇うように魔女の前に立ち塞がっている。


「巴さん…!」


その声にハッとしたように、ほむらちゃんはまどかの傍から離れて行った。どんな技を使っているのか、まどかには検討もつかなかったが、ほむらちゃんはあっと言う間にその巨大な魔女を倒していく。

少し離れた所では、金髪の女の子が少女に手を翳し何かしていた。少女の傷がみるみる塞がっていくようであった。

凄くいいところで終わるな
乙!


一人称と三人称がごっちゃになってる……勿体無い

指摘ありがとうございます!

人称については、基本一人称として書いているつもりです…
ただ、一人称を「私」に固定すると、キャラの視点を変えた時に分からないと思いこの書き方にしてます。

読みにくかったら申し訳ないですが…

─・─・─・─
(……凄い)


暁美さんは強かった。一瞬の内に魔女が倒されていくのを見て、マミは息を飲んだ。
マミもそこそこベテランではあると自負していたが、暁美さんの戦闘スタイルを見るに、彼女もマミと引けを取らない程の実力があるように思える。

巨大な口から覗く鋭利な牙。あんな物で襲われたら一溜まりもないだろう。道中での暁美さんからの忠告を思い出して、マミは思わずその身を震わせた。

倒したかと思えば、またその大きく開いた口から新たな身体が延々と飛び出していく…。成る程、確かにマミとは相性が悪そうであった。暁美さんはそんな相手にも臆する事なく、器用に次々とそれを倒して行く。



「ぅ……あっ…はぁ」


マミの膝の上で、先程まであれと戦っていたと思われる少女が苦しそうに呻いた。



「しっかり!大丈夫よ!」


あの牙でやられたのだろう。裂かれた服から覗く傷が痛々しい。
惜しむ事なく彼女に治癒魔法をかけてやると、その傷が徐々に塞がっていく。同時に、苦しそうだった彼女の息遣いも和らいでいった。


「ぅ……魔女は…?」


見上げるようにこちらへ目線を寄越した少女と目が合った。まだあどけなさの残るその顔を見て、この子を守れた事に心底ホッとした。


「心配いらないわ。今、私の仲間が戦ってるから」


“私の仲間”…。こんな状況にも関わらず、自然と出てきたその言葉にマミは少しくすぐったいような気持ちになった。


「……ぁ…あのお姉ちゃんは…赤い…リボンの…」

「安心して。あの子も大丈夫だから。頑張ったわね」


自分がこんな目に合っているというのに、他人の身を案じる彼女に少し心が暖かくなる。マミの言葉に安心したのか、彼女はそのまま目を閉じた。その顔はさっきまでと違い、穏やかな顔付きになっていた。

長い事張られていた結界がようやく崩れていく。暁美さんが魔女を倒したのだろう。
景色が元の病院前に戻ると、辺りはすっかり日が傾いていた。


「……暁美さん」


暁美さんが、自分のソウルジェムを浄化したグリーフシードを無言でこちらへ投げて寄越してきた。あと一回分は余裕で使えそうだったそれを、眠る少女のソウルジェムにそっと当てる。それについて暁美さんは特に何も言わなかった。


「まどか」


厳しい口調で、暁美さんがそう呟いたのが耳に入る。
“まどか”…。さっきは気付かなかったけれど、結界内にいたもう一人の少女は、例の“鹿目まどか”という人物であった。


「ほ……ほむら…ちゃん…」


先程の光景のせいだろう。怪我は無いようだが、可哀想に真っ青な顔でその身体は今だに震えている。


「まどか。何故あなたがここに」

「ちょ、ちょっと暁美さん?」


マミはひとまず少女を近くのベンチへ運んでから、言い淀む鹿目まどかさんに向かって問い詰めるような口調の彼女を制止する。
あんな目にあったのだ。そんな風に説明を求めるのは少し酷に思えた。


「あなたは黙ってて」


ピシャリと、マミの事も跳ね除ける暁美さんは、どこか冷静さに欠けているようで、まるで昼休みの時のような必死さが見て取れた。



「ちょっと、何してんの?あんた達」

怯える鹿目まどかさんに容赦無くにじり寄る暁美さんを、何も出来ずただ見守っていると、同じ見滝原中の制服に身を包んだ活発そうな女の子が、二人の間に割り込んで来た。


「さ、さやかちゃん…」

「まどか!あんたどこ行ってたの?携帯も繋がらないし…探したんだよ」


どうやら鹿目まどかさんの友人らしい。本当にずっと探し回っていたのだろう。目当ての人物を見つけてホッとしているようだった。


「……ねぇ、何があったの?」

「別に何もないわ」

「…何もないって……」


彼女は鹿目まどかさん庇うような形を取ると、暁美さん、眠る少女、そしてマミに順番に視線を向ける。「そう。何もなかったんだね」なんて納得出来るような空気でない事は一目瞭然だった。

彼女と目が合う。
後から現れた彼女よりも完全に部外者になってしまったように感じていたが、彼女からしたらマミも立派な不審人物には違いなかった。訝しげな表情から、そういった思考がひしひしと伝わる。


彼女の目には一体、この状況はどう映っているのだろう…。

─・─・─・─
段々と辺りが薄暗くなるのを見て、美樹さやかは少し焦っていた。


幼馴染の恭介のお見舞いにと、彼の病室まで赴いたは良いが、どうやら今日は虫の居所があまり良くなかったらしい。始終無言で視線すら合わせようとしない彼に掛ける言葉が見つからず、その何とも居心地の悪い空気に耐えらずに病室を後にした。
一階のロビーでまどかと別れてから、まだ15分と経っていなかった。


「あれ…?」


さっきまでまどかが腰掛けていたソファーには、見知らぬ別の人物が座っていた。
お手洗いにでも行っているのだろう。さやかはこの時間になって大分ガラガラになったソファーの一つに腰を降ろした。



(……遅い)


そのまま数分経ってもまどかが現れる事はなく、痺れを切らしたさやかはこの場所から一番近い所にあるお手洗いへと向かった。もしかしたら気分でも悪くなっているのかもしれない。だとしたら大変だ。


しかし、そこにもまどかの姿は無かった。マナー違反かもしれないが、鞄から携帯電話を取り出すと、“鹿目まどか”という名前を探す。


「……早く出てよ」


耳にあてた携帯からは、ただただ無機質なコール音だけが響いている。

そこでいよいよ本格的に心配になり、さやかは携帯を握り締めたまま病院内を走り回った。途中看護師さんに注意されたが、姿が見えなくなるとまた足を早める。今はそんな事を気にしていられなかった。

病院の敷地内の駐輪場でようやくまどかを見つけた時には、辺りはすっかり日が傾いていた。


「まどか!」


そう駆け寄ろうとした所で、はたと気が付く。最近クラスに転校してきたほむらの姿もそこにはあった。
しかし、何やら様子がおかしい。ほむらが怖い顔をしてまどかに詰め寄っているように見えた。まどかは非常に怯えたような、そんな様子で顔を俯かせている。


「ちょっと、何してんの?あんた達…」


二人の間にそう割り込むと、まどかが驚いたようにさやかの名前を呼んだ。


「まどか!あんたどこ行ってたの?携帯も繋がらないし…探したんだよ」


ほむらの様子も気にはなるが、まずはまどかの事を優先する。顔色はあまり良いとは言えないが、こうしてちゃんと見つかった事に安堵した。


「ねぇ、何があったの?」


まどかは何も答えない。その代わりにほむらが「何もない」と答えた。
嘘だ。何でもない訳がないと、まどかの表情をみればそれは一目瞭然だった。

ほむらから視線を外すと、そこにはベンチに横たわる小学生くらいの少女と、もう一人、さやか達と同じ見滝原中の制服を着た女の子がいた事に気付く。

一体どういった組み合わせで、自分の知らない間に何があったのだろう。
この人達がまどかに何かしたのだろうか…。


不穏な空気を感じて、さやかは顔を顰めた。

あれ…面白いぞ


先が気になるね

─・─・─・─

漫画だったら二人の間にはきっと火花が散っているに違いない…。そんな事を思いながら、マミは再び始まった暁美さんと“さやかちゃん”と呼ばれた彼女の睨み合いを見守った。

「あなたには関係無いんだから放っておいて」と言った暁美さんの言葉に、とうとう彼女がキレたのだ。
鹿目まどかさんがオロオロとしながら、こちらに救いを求めるような視線を投げてきたが、マミは心の中で“ごめんなさい”と呟いた。

キレたと言っても、今はまだ睨み合いが継続されているだけ。ただ、今の二人は正に一触即発…何がきっかけで爆発するか分からない分、安易に「まぁまぁ喧嘩はやめましょう」なんて入っていける訳がない。
そもそも、マミだって“不審人物”の誤解を解けていないのだから尚更だ。


「あ…あのね……さやかちゃん。本当に…何でもないの」


絞り出すように、鹿目まどかさんがそう言った。このままじゃ埒が明かないと思っての言動だろうけれど、その判断は正しかったようだ。


「でもまどか…」

「さやかちゃん…!今日は…もう……ね?」


納得はしていないようだが、友人の懸命な願いに、渋々彼女が折れる形となって事態は収拾へと向かった。顔色の悪い鹿目まどかさんを気遣ったのだろう。


「明日、詳しく聞くからね」


覚悟しなさい。とでもいう様に、暁美さんに向かってそう言い捨てると、彼女は鹿目まどかさんの肩を抱いてその場から去って行った。



はぁ…と、肩の力が抜けていく。
暁美さんも、どことなく安心しているような雰囲気だった。


「…さて、と」


マミは自分と暁美さん、二人分の鞄を拾うと、そのままそれらを暁美さんへと差し出した。


「は?」


その行動に暁美さんが眉を顰めた。


「流石に一人じゃ持ち切れないから。それとも、あなたがあの子を運ぶ?」


マミの視線を追うように、暁美さんがベンチの上の少女を一瞥すると、信じられないといった顔で声を上げた。


「…連れてく気!?」

「このまま放っておける訳ないじゃない。かといっていつ目を覚ますかも分からないし…」


暁美さんの手を取って、二人分の鞄の持ち手を握らせる。呆気にとられる暁美さんをそのままに、マミは少女を背負うとなるべく慎重に歩き出した。
小学校高学年くらいに見えたが、予想よりもかなり軽い。


「ちょ、ちょっと…」


不機嫌そうな声をした暁美さんが追いかけてくる。そんなに嫌なら、マミの鞄なんて捨ててさっさと一人で帰っちゃえば良いのに…。

流石の暁美さんでもそんな事は出来ないようで、後ろにいる暁美さんの困った顔を想像して、マミの口元はほんの少し緩んだ。

─・─・─・─
てっきり鞄を置いたら帰ると思っていた暁美さんは、マミの部屋のリビングにちゃっかり居座っていた。
どうやらこの少女が目を覚ますまでいてくれるつもりらしい。


「…別に、この子が目覚めてから二人に何かあったんじゃ後味が悪いと思っただけよ」


素っ気ない態度で暁美さんはそう言うが、心配なら心配と素直に言えば良いのに。


「…ふふっ」


素直じゃない暁美さんに笑みが零れる。何を笑ってるんだと暁美さんが憤慨しているけれど、その様子さえなんだか可愛くも見えた。
多分自分ははしゃいでいるのだ。こんな風にこの部屋に誰かと一緒にいるのは、一体いつぶりだろう。


「お茶でも淹れるわ」



いつもより部屋が暖かくなったような気がした。


「う……ん?」


二つ目のカップに紅茶を注ぎ終えた頃、寝かせていたソファーの上で少女が身を起こした。


「あ、目が覚めた?」

「へ…?あ、あの……ここは?」


目を覚ましたら知らない場所にいて驚いているのだろう。彼女はキョロキョロと、周りに何度も視線を巡らせていた。


「ごめんなさい…驚いたわよね。あなた、いつ目を覚ますか分からなかったから、私の家に運ばせて貰ったの」


はい、どうぞ。と、紅茶の入ったカップを手渡すと、彼女は素直にそれに口を付けた。大分落ち着いたのか、彼女は自分の状況を徐々に理解していっているようだった。


「……お姉ちゃん達がいなかったら…」


ぼそりとそう呟くと、彼女は俯いてその小さな肩を震わせた。その言葉の続きは言わなかったが、どうなっていたかの想像は充分出来ているみたいだ。


「怖かったわよね…。でも、もう大丈夫よ」


安心させるように彼女の背中をさすっていると、今まで黙っていた暁美さんが彼女を真っ直ぐ見据えて口を開いた。



「ねぇ………あなたは、一体何者?」



その冷たい口調と鋭い目付きに、一旦は落ち着いた彼女の肩がビクリと跳ねた。

その様子は正に“蛇に睨まれた蛙”…。
そんな目をした暁美さんとばっちり目を合わせてしまった彼女を哀れに思う。瞬きすら忘れたように彼女は固まってしまった。


「あ、暁美さん!……ごめんなさい。怖い人じゃないのよ?」


暁美さんを窘めてからそうフォローしてみたが、どう見たって怖い人に違いなかった。


「ぅ……えっと…えっと……」


やっと言葉を思い出したのか、彼女はそう言いながらマミの腕にしがみつく。


(…暁美さん、多分魔女より怖がられてるわよ)


あえて口には出さないがそう思った。


「えーっと、まずはお名前を聞いても良いかしら?」


これ以上怖がらせないように、なるべく優しい声色で問いかけると、少しびくびくしながらも彼女は答えてくれた。





「ぁ…あの……その…」

「かかかか…かん…神名……あ、あすみ…です」

「そう。神名あすみちゃん…ね。良い名前ね」


名前を褒められた事が嬉しかったのだろう。そう言うと、ようやく彼女は笑みを浮かべた。


「あ、こっちも自己紹介しないとね。私は巴マミ。中学三年生よ。…あすみちゃんは?」

「ぁ…しょ…小六…」


まだ完全には緊張が解けていないらしく、やっと聞き取れるくらいの声量であすみちゃんが答える。


「……」


あすみちゃんが暁美さんの事を目が合わない程度に伺っている。まるで人間を怖がる猫のようだ。


「あ、彼女は暁美ほむらさん。私と同じ学校の後輩よ」

「…あ…けみ……」


暁美さんが何も言わないので代わりに紹介すると、あすみちゃんが小さく復唱した。珍しい名前だから気になったのかもしれない。


「それで、私の質問には答えてくれないのかしら…それとも、答えられないの?」


それは“質問”ではなく、最早“詰問”だった。


「暁美さん、そんな怖い顔していたら何も言えないわよ」


少し黙るように暁美さんに言うと、マミは改めてあすみちゃんと向き合った。


「あすみちゃん?あなたの事、キュゥべえからほんの少しだけ聞いてるの。最近この街に来たのよね?」


マミの質問に、あすみちゃんはたどたどしくもキチンと答えてくれた。
父親の仕事の関係で見滝原に引越してきたらしい。


「あ、あの…キュゥべえは?」

「キュゥべえ?……さぁ、今日は一度も見ていないわね」


あすみちゃんからの問いにそう答えると、あすみちゃんは何やら少しおかしい顔をした。



「…キュゥべえも一緒にいたはずなんだけど」

その言葉に最初に反応したのは暁美さんだった。彼女は間髪入れずにあすみちゃんの両肩を掴む。


「キュゥべえもいたって……その時の事、詳しく教えなさい」


だから怖いんだって、暁美さん…。

ビクビクおどおど…。そんな風になりながらも、あすみちゃんはその時の状況を説明してくれた。


「あ…あすみは、たまたま近くをパトロールしてただけ…なの」


あすみちゃんの話しを要約よるとこうだ。

ソウルジェムが示す微力な魔力の反応を辿っていた所、“今にも孵化しそうなグリーフシードを見つけた。場所が場所だから急いで来て欲しい”と、キュゥべえからの念話を受け取ったらしい。
そして、キュゥべえの案内に従いその場まで赴くと、巻き込まれる形で結界に飲まれる鹿目まどかを目撃し、自らもそこへ飛び込んだ。
後は知っての通り。結界の中で魔女との戦闘で負傷、そこへマミと暁美さんが駆け付けた。…といった所であった。




「結界の中にキュゥべえも…?」

「う…うん。ずっといたよ…?あのリボンのお姉ちゃんの傍に…ずっと」


暁美さんはあすみちゃんの肩から手を離すと、少し何かを考えるような仕草をした。


「まさか…いえ、でも」


暁美さんは時折ブツブツと何か呟いているが、どんな事を考えているのか、マミには全く検討がつかなかった。


「あの…お姉ちゃん達は、ずっと二人で組んでる……の?」


暁美さんから解放されホッと息をついたあすみちゃんがそんな話題を振ってきて、マミは少し言葉に詰まる。


「え?いえ、ずっとって訳じゃ……暁美さんも最近この街に来たばかりだし」


というより、今日が初対面な上、別にはっきりと組むと約束した訳でもない。ぶっちゃけてしまえば、そもそも味方かどうかすら怪しいくらい、マミと暁美さんの関係は薄かった。


(仲間…か…)


暁美さんは強い。少し、いやかなり自分勝手で無茶苦茶な所もあったりはするが、悪い子ではないと思う。何より、暁美さんとならなんだかんだ上手くいきそうだと、根拠は無いがそんな予感があった。

ドキドキしながら暁美さんをチラリと見るが、こちらの会話なんて全く耳に入っていないようで、特に何も反応はない。



「…大丈夫…かな」

「え?」


あすみちゃんが少し目を伏せながらそう呟いた。


「一つの街に…三人も魔法少女なんて……」


基本、一つの街に魔法少女は一人が好ましい。複数人いる場合、最悪魔法少女同士で縄張り争いが起こる事だって少なくない。


「…私は、出来る事なら魔法少女同士協力し合えれば…って思ってる。縄張り争いなんて、するものじゃないし、ね」


あすみちゃんに答えるように、マミはそう言った。グリーフシードを独り占めしようなんて考えは、持つべきではないのだ。


「……良かった」

「…?」

「あすみね、この街に来るの、ずっと不安だったから…。だから、この街の魔法少女が、素敵な人で良かった」


にこりと、安心したようにあすみちゃんが笑う。
子供らしい無邪気な笑顔に、胸の奥が温かくなるのを感じる。


「あすみちゃん…」

「巴さん」


マミの言葉を遮るように、暁美さんに呼ばれる。


「巴さん、まさかとは思うけれど、その子を仲間に…なんて考えてはいないでしょうね」

「えっ!」


考えていた事を言い当てられて驚いた。正に今、そんな事を口に出そうと思っていたのだ。
こうして三人も魔法少女が揃ったのだ。協力し合えるなら、それに越した事はないじゃないかというのがマミの考えだ。

暁美さんが呆れたように溜息をついた。


「私は反対よ」


暁美さんは容赦も無ければ遠慮も無い。こんな小さな子にすら、言いたい事をズケズケと言ってのけた。


「ちょっと暁美さん…どうしてそんな」

「信用出来ないからよ」

「誰彼構わず無闇に信用なんてしてたら、いつか足元掬われるわよ」


バッサリと、そしてはっきりと暁美さんが言い捨てる。
あすみちゃんを見ると、当たり前だがシュンとした顔で俯いていた。


「暁美さん、今のは流石に…」


あんまりじゃない?そう言おうとしたが、あすみちゃんがそれを制した。「庇わなくて良いよ」と。


「……そのお姉ちゃんが言ってる事、間違っては…無いと思う。も、もちろん!あすみはお姉ちゃんの足元掬おうとか、そんな事は思ってないけど……でも」


意外な事にあすみちゃんは暁美さんを庇ったのだ。酷い言葉を浴びせた、暁美さんの事を。


「あ、あすみちゃ…」

「そろそろ帰るね。お母さんに怒られちゃう……」


紅茶、美味しかった。最後にそれだけ付け加えると、送ると言ったマミの言葉に首を振り、そのままこの部屋を後にした。

─・─・─・─
「……何」


マミの視線に気付いたのか、暁美さんはこちらに目を合わせる事なくそう呟いた。


「…私は間違った事言ってないわ」

「別に何も言ってないでしょう?…ただ、ちょっと大人気なかったんじゃない?」


いや、かなりだ。あんな子供相手にすら容赦無いなんて。


「あなたはもっと慎重になるべきよ。会って間も無いあの子を、本当に信用出来ると思ってるの?」

「それを決めるのはあなたじゃないわ。私達、別に仲間になった訳ではないんだから」


暁美さんがようやくこちらに目を向ける。


「大体、それはあなたにだって当てはまる事じゃないの」


暁美さんの眉間に皺が寄る。鋭い目付きだというのに、何だか傷付いたようなそんな目をしていた。


「………っ」


売り言葉に買い言葉。ついカッとなって言ってしまったその言葉に、“しまった”と思った。しかし、出てしまった台詞が口の中に戻る訳もない。
そうだ。だってそれは、“あなたを信用していません”と言っているようなものだ。

暁美さんだってあすみちゃんに似たような事、いや、もっとストレートに酷い言葉を浴びせていたのだから、そんな事気にしなくても良いはずなのに、マミは暁美さんを傷付けてしまった事を後悔した。


気まずい空気が続く中、暁美さんは無言で立ち上がると、鞄を手に扉へと真っ直ぐ向かった。


「あ、暁美さん…」

「今日は冷静になれそうにないの。お暇するわ」


一旦立ち止まりそう言うと、暁美さんはそのまま部屋から出て行く。マミは追いかける事も、返事をする事も忘れ、ただその行動を見つめていた。

テーブルの上の一度も手を付けられなかった紅茶は、すっかり冷えているようだった。

ボスッと音を立てながら、ソファーに半身を倒す。


「………なんでこうなっちゃうのかなぁ」


段々と、追いかけるべきだったと後悔し始めていた。チラリと時計を見る。恐らくまだそう遠くへは行っていない筈だった。


「…はぁ」


追いかけた所で、きっと話しが堂々巡りするだけなのは目に見えている。マミは起こしかけた半身を、またソファーへと沈めた。

大人気ないのも、冷静になれそうにないのも、それは自分だって同じだった。
暁美さんは多分マミを心配してあんな事言ったんだ。それは分かってるのに…。



「……明日、謝ろう」



皆で仲良く出来れば…それが一番、良いんだけどな…。
二人が去った後の扉を見つめて、そんな事を思った。

─・─・─・─

“今回”は比較的まどかと良い関係を築けているように思っていた。
まどかの親友、美樹さやかとも、意外な事に休み時間には勉強を教え合う仲にまで発展していた。……いや、その実勉強を教えているのはこちらばかりで、彼女から教わった事といえば、「授業中に寝てもバレない体勢」などといった全く必要の無い知識だけだったけれど。(だから授業内容に付いていけなくなるのだ)


「ほーむらー!数学の課題やってきた?」

「……見せないわよ」

「そんな殺生な!」

「さやかちゃん…自分でやらないと」


大袈裟に騒ぐ美樹さやかに、冷ややかに返すほむら、それからそんな美樹さやかを苦笑いしながら嗜めるまどか…。
“普通の中学生”だったなら、これはごくありふれた風景。そんな緩やかな日常に飲まれそうになる気持ちを、ほむらはグッと押さえ込んだ。


──そう。飲まれていけないのだ。

自分は、この二人とは“違う”のだから。

──自分はこの二人とは違う。


言い聞かせるように、その言葉をそっと心の中で反芻させる。
自分は“ごく普通の中学生”でもなければ、“ありふれた日常”からすら逸してしまっているのだ。

“非日常”に染まり、“普通”から外れた存在…それが、“暁美 ほむら”という人物なのだから。

それも全て、鹿目まどかを救う為。
その目的の為なら、その目的の妨げになるのなら、どんなものだって排除する。その覚悟があった。その気持ちは紛れもなく本物だ。


──出来る事なら、このまま何もなく、何も知らないままで……。




「…誰にも……邪魔なんてさせない…」


ふと、一人の少女の顔が頭を過る。


「神名あすみ……あの子は…」



頭の中でけたたましい程の警報音が鳴るのを、ほむらは感じていた。

あすみんはどうでるのかな
乙!

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