みく「みくの中の女」 (31)
・少しだけえろあり
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あの人のことが好き。どうしようもなく、好き。
どこが、と聞かれたら困ってしまう。だって、全部なんだから。
みく「……すき」
ぽつりと。誰にも聞かれないくらい小さな声で、こうやって時々こぼさないといけない。
そうしないと、いつか想いが溢れてしまうから。溢れてしまえば、あの人を困らせてしまう。
あの人の迷惑になってしまう。
あの人を、困らせたくない。
胸の奥に想いをしまいこんで、気づかれないように、見つからないように、気丈に明るくふるまう。
でも、それだって限界はある。あの人の顔をみるたびに、顔があつく火照る。
話しかけられるたびに、うれしさが、しあわせが、みくの中の想いの器に注がれていくのだ。
P「どうした、みく?」
みく「な、なんでもないにゃ!」
ほら、気づかれそうになった。危ない危ない。でも、その危うさにみくは快感さえ覚えている。
おへその下あたりがきゅんきゅんと疼いている。
恋のドキドキ。気づいてほしい、とみくの中の女が叫んでいるのだ。
P「それならいいが、体調には気をつけろよ?」
大事な体なんだから、と彼は続けた。
くらくらする。倒れてしまいそう。自分の体のことを気遣われただけで、こんなにしあわせ。
自分が少女マンガの主人公にでもなってしまったようだ。彼が王子様で、みくがヒロイン。
陳腐で使い古されたかもしれないけれど、あこがれる夢。
それじゃあな、と彼は手を振りながら出かけていった、たぶん、別のアイドルを迎えにいくんだろう。
みくのことだけ、見てくれたらいいのに。
無理なのは分かっているけれど。
ソファーに深く体を埋めて、ぼんやりと天井を見る。かたかたとキーボードの音。
ちひろさんが淡々と事務仕事を消化しているのだろう。
秒針の音も聞こえる。レッスンまではかなり時間があった。
でも、少しでも長くあの人の顔を見たくて、こんなに早く来てしまった。最近はいつもそう。
みく「……にゃー」
想いをはせる。こんなに人を好きになったことはなかった。15年生きてきて、一度も無い。
もちろん、好きな人が出来たことはある。学校の同級生や、先輩。
しかし、それは愛というよりは、憧れに近いものだった。事実、すでに彼らには恋人がいると聞いても、たいして傷つきはしなかった。
でも、今のこの想いはちがう。あの人の全てが愛しい。恋しい。
あの人のためなら、自分の大切なもの全てを差し出してもいいと思えるほど。
――みくの体でさえも。
ひやり。冷たい感触がした。もしや、と思う。
弾みをつけてソファーから体を起こした。
ちひろ「みくちゃん、どうしたの?」
みく「ちょっとお花摘みにいってくるにゃー」
トイレの便座に座って、下着を下ろした。
ちゅく、と小さな水音。やはり、濡れていた。
あの人のことを考えただけでこんな風になってしまうほど、みく溺れているのだ。そう思った。
みくも気づかないところで、だんだんと想いが形になって溢れているのかも、とも。
気づいたら、手が伸びていた。ちゅく、ちゅくと指でさわる。ダメだ、と思ってもやめられない。
みくは自らの指を、あの人の指に重ねて感じていた。
秘裂を指でなぞり、肉芽を爪でこする。びりびりと電撃に似た衝撃が襲った。
きもちいい。
みく「……にゃ……ふ……」
唇を噛み、声を漏らさないように。分かっている。事務所のトイレでするなんて、とんだ発情猫だ。
こんなところ、ファンには絶対に見せられない。それに、こんなことを知られたら、あの人にも引かれてしまうだろう。
でも、ダメだ。みくの中の女が、指を動かし続けろと命じてくる。
みく「はふ……にゃ……ッ」
快感の波が押し寄せて、みくはさらに指をはやくする。ちゅく、ぢゅく、くちゃりと、狭い個室に水音が響く。
この指はあの人のもの。あの人が、みくを見つめていじっているのだ。
目を閉じると、その妄想はより輪郭を濃くして、みくの感情をさらに昂ぶらせた。
みく「ふにゃ……ッ」
びくん、と全身が震えてみくは達した。熱い吐息が口から零れる。
快感の余韻に浸りながら、からからとトイレットペーパーを取り出して丁寧に拭く。
少し、長すぎるトイレになってしまったかもしれない。
ちひろ「お帰りなさい。顔が赤いけれど、どうしたの?」
みく「にゃっ!? な、なんでもないにゃ~♪」
あわてて取り繕う。笑顔がひきつっていたかもしれない。ちひろチャンは眉をひそめ、訝しげにみくを見ていた。
ちひろ「……最近、みくちゃんの様子がおかしいのは知ってますよ。何でも相談に乗るから、言ってみて?」
ぎくり、と背中に冷たいものが流れた。言い訳をしようと口を開くが、声がかすれて出ない。
思わず伸ばした右手も、やり場を失ってにぎにぎとしている。
人間、咄嗟に何かを言おうとしても出ないものなのかと、半ば他人事のように感じていた。
もう言うしかない。このまま決壊ギリギリの想いを抱えていては、いつかボロが出るだろうとは考えていた。
ジュースでいっぱいのコップの中にさらに注ごうとするようなものだ。誰も飲んでくれないのに注いでしまえば、一気にこぼれてしまう。
そうすれば遅かれ早かれ、あの人には気づかれてしまうから。
だったらせめて、あの人にバレる前に相談しよう。そうして、コップの容積を広げよう。
心に決めた。
みく「実は、にゃ」
そこで一呼吸置いて、心に溜めておいたあの人への想いを、一気にちひろチャンに吐き出していった。
どうしようもなくあの人のことが好きなこと。
みくの中の女が、みくに囁いてくること。
――みくの全てを差し出してもいいということ。
さすがにさっきの自慰のことは言わなかったけれど、ちひろチャンは笑いもせず、真剣なまなざしでみくの言葉を受け止めてくれていた。15歳の女の子の戯言だと、相手にしなくてもよかったのに、本当に真剣に聞いてくれた。
みく「だから、隠さないといけなかったにゃ。みくは、みくはあの人を困らせたくない。あの人が、Pチャンのことがすきだから。
だから、だからね……」
そこから先は続ける事ができなかった。涙がとめどなく流れる。手で顔を覆っても、隙間からぽたぽたと零れるのだ。涙は頬を伝って、みくの服を濡らしていく。
ちひろチャンは何もいわず席をたって、みくの頭を優しく撫でてくれた。
温かくて、優しくて、余計に涙が溢れ出る。ああ、この涙もPチャンへの想いなのだ、となんとなく思った。
みくがおちつくのを待って、ちひろチャンは優しく笑いかけてくれた。
ちひろ「みくちゃんは、本当にプロデューサーさんのことが好きなのね」
みく「すき、すきにゃ……。だから、だから迷惑になるとおもって――」
ちひろ「それはちがうわ」
え? 思わず聞き返した。
ちひろチャンはおかしそうにくすりと笑うと、もう一度同じ言葉をくりかえす。
ちひろ「プロデューサーさんが、みくちゃんの気持ちを迷惑なんて思うはずない」
みく「でも、Pチャンは他の子もプロデュースしてるにゃ。もしみくが気持ちをこぼしたら、Pチャンはどう断るか悩んじゃう。
……Pちゃんは優しいから、みくを傷つけない答えを返そうと考えるにちがいないにゃ。忙しいPチャンに悩み事をつくることになったら、みく、嫌にゃ……。」
ちひろ「あら、どうして断られると思っているんですか?」
ちひろチャンは笑顔で続ける。
ちひろ「プロデューサーさんはきっと受け入れてくれるはず」
みく「どうして……」
ちひろ「だってプロデューサーさん、いっつもみくちゃんのこと気にかけていますから。
『みくは今日大丈夫ですか?』『みくは元気そうですか?』みく、みく、みくーっていっつも。」
ちひろチャンは窓の外に広がる青空を眩しそうに見ていた。
――今まで考えないようにしていた、Pチャンが自分を受け入れてくれるという可能性。
少しだけ希望を持ちそうになるが、ふるふると首をふってそれを追いやる。
みく「でも、でも、みくはアイドルだから……」
ちひろ「そんなの関係ないわ。ファンにバレなきゃいいのよ、バレなきゃ。今度あったとき、想いを伝えてみたら?」
みく「想いを……」
いざとなってもその方面は黙らせればいいし、と黒い顔でぼそりと呟いていたのは聞かなかったことにする。
―――
――
―
レッスンはハードだ。
体を動かしながら歌を歌うというのは、思っている以上に難しいものだ。音程とステップ、つま先から指先まで気を配らなくてはいけない。
小気味よく流れる音楽にのせて、ステップし、ターンし、ポーズを決める。
ふと、ちひろチャンが言っていたことが頭にうかんだ。Pチャンに、告白する。考えるだけで沸騰してしまいそうだ。
Pチャンに告白したら、みくは……。
そのときがくり、とバランスが崩れた。ステップするときに踏み違えたのだ。足を締め付けるような鈍い痛みを感じ、床にへたりこんでしまう。
トレーナー「だ、だいじょうぶ!?」
音楽を止めて、あわててトレーナーさんが駆けつけてきた。だいじょうぶにゃ、と返して立ち上がろうとするが、足の痛みが邪魔する。
無理に動かないように、とみくを止めて、トレーナーさんはみくの足首を診てくれた。ぐるぐると足首を動かして確認しているらしい。
トレーナー「よかった、どうやら折れてはいないようですね。念のため病院に行ったほうがいいかもしれません。今日のレッスンは中止しましょうね」
みく「ごめんなさいにゃ……」
トレーナー「しょうがありませんよ。とにかくあまり動かさないようにして。今プロデューサーさんをお呼びしますから」
ああ、迷惑をかけてしまった。しかし同時に、Pチャンに会えるという喜びがふつふつと沸く。
我儘なのはわかっている。けれど、みくの本能が、みくの中の女が喜んでいるのを感じていた。
P「みくは大丈夫ですか!?」
あわてた顔で、Pチャンは勢いよく入ってきた。
外は肌寒いというのに、額には玉のような汗がうかんでいる。よほど急いで来たらしい。
みく「ごめんねPチャン、忙しいのに……」
P「そんなこと気にしなくていいさ。それより、大丈夫か?」
みく「だいじょうぶにゃー」
足は大丈夫だった。それよりも痛いのは、心。
Pチャンが目の前にいて、みくのことを思ってくれているという喜びと申し訳なさが、みくの心の中で渦巻いていた。
相反する二つの感情はみくを静かに掻き乱す。
P「そうか、それはよかった。では、すみませんが今日は失礼しますね」
トレーナー「ええ、お大事になさってくださいね」
歩きづらいだろうから、とPチャンはみくをおんぶしてくれた。少し恥ずかしい。
広い背中に手をかけると、Pチャンはゆっくりと立ち上がった。いつもと違って高い視界。
体を預けると、Pチャンの匂いがみくの鼻腔をくすぐった。
その汗のにおいはみくにとって不快ではなかった。
むしろ心地よかった。マタタビに酔いしれる猫のように、Pチャンの香りに酔いしれている。
ぴっとりと、Pチャンにくっついた。そのほうがぬくもりと、匂いを感じられるからだ。
Pチャンの体がぴくりと動いた気がした。
みく「本当にごめんね?」
P「何度もあやまらなくていいさ。今日の失敗を次に生かしていけばいい」
どこまでも優しいPチャン。それが狂おしいほどに愛しい。
みくの中の想いの器に、うれしさが、しあわせが、どんどん注がれていく。
みく「でも、みくは駄目な猫にゃ。迷惑な猫にゃ……」
P「みくは駄目でも、迷惑でもないよ。誰にだって失敗はある。みくは良く頑張ってるじゃないか。俺はちゃんと見てるぞ」
ああ、こんなこと言われてしまったら、もう後戻りできなくなってしまう。
ほめられただけでこんなに嬉しくなるなんて。
顔が熱く火照る。
ドキドキする。おへそのしたが、きゅんっと切なくなる。
やっぱりみくはPチャンのことが大好きだ。もう迷いは消えていた。
我慢もしない。ちひろチャンの言うとおりにしてみるんだ。
告白、しよう。
事務所に戻ると、事情を聞いていたのか心配そうにちひろチャンが近づいてきた。
大丈夫にゃ、それより……。
みくがそう切り出すと、ちひろチャンは訳知り顔でうなずく。
ちひろ「ちょーっと備品を買いに出かけてきますねっ! プロデューサーさん、少し留守をお願いします!」
P「え? ええ、わかりました……」
がんばってね、と言い残し、ちひろチャンは事務所から出て行った。
ドアがしまると、事務所はふたりきり。お互いの呼吸の音と、みくの鼓動の音しか聞こえない。恋のドキドキと緊張のドキドキ。
前髪をととのえて、胸に手を当てて、ゆっくり息をした。
さあ告白しよう、と簡単に決めてしまっても、恥ずかしさでそう簡単には言えない。
いままで溜めて、我慢してきた想いならなおさらだ。
心臓が早鐘を打っている。口の中が乾く。
でも。ここで言わなければ。
ここで言わなければ、みくは一生後悔するから。勇気を出して言葉をつむいでいく。
みく「あのね、Pチャンに言いたいことがあるの」
覚悟は決まった。どんな結果になろうと、もう後悔はしない。
すう、と清らかな空気を吸う。
そして、
みく「みくは、Pチャンのことが――」
「最近みく、肌つやいいよねー。何してるの?」
「何してるというか、ナニしてるというか」
「え?」
「ううん、なんでもないにゃ! 毎日笑顔で、毎日幸せな気持ちだからかもにゃー!」
「ふーん……」
「みくー、そろそろ仕事いくぞー!」
「わかったにゃー!」
「今日も期待してるからな」
「もちろんにゃ!ばっちりきめてくるにゃー!」
「おう、頑張れよ」
「ねえ、Pチャン、こっち来て? ん~っ、すりすりにゃ♪」
「Pチャン、大好きにゃあ!」
おわり
改行とか読みにくくてごめんなさい
ありがとうございました
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