王様「そなたが伝説の勇者か……」 アメフト選手「…」 (322)



王様「して、名前は?」


  「トム……トーマスだ」


王様「そうか、良い名だ」


トム「……どうも」


王様「この太平の世にそなたが現れたのも、神のおぼしめしなのかもしれん」

王様「勇者トーマス、これよりそなたには……」


トム「…」

トム(目の前には王様みたいな恰好をしたジジイ)

トム(俺がいるのは、成金趣味な城の中……)

トム(どうしてこんなことになっちまったんだ?)

トム(俺はいつも通りふざけている奴らを練習に戻して……)




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___
____


  「よし、ベットだ」

  「いくら賭けるんだ?」


  「まずはお前からだろ? エディ」


エディ「ケッ! よく言うぜ、スティン」

エディ「オレのベットを見て決めるクセに」


スティン「いいから早くしろよ、ケンも待ってるぜ」


エディ「チッ……オレは3ドル賭ける」
   

スティン「なら、4ドルだ」

スティン「ケンは?」


ケン「僕は……チェックだな」


エディ「なんだよ、ビビったのか?」

エディ「男は勝負してこそだぜ」


ケン「それは……」


  「何が、勝負してこそだって?」



ポジションはどこだ



エディ「お、トム」

エディ「お前もやるか?」


トム「何言ってんだ、ささっと練習に戻れ」

トム「タダでさえ弱いチームなのに、これ以上弱くなってどうするんだ」


スティン「ジュニアリーグにでも入れてもらうか」


トム「そんなにガキとやり合いたいのか?」

トム「だったら、近くのロースクールまで連れて行ってやるぞ」


スティン「冗談だ、トム」

スティン「マジの口調で言うのはよせって」


トム「冗談言ってる暇があったら、練習に戻れ」


エディ「分かったって、トム」

エディ「でもよ……オレ達はいいとして、アレはどうするよ?」


トム「アレ?」




ケン「向こうのアレだよ、ダニーとジム」



   「ほら! 追いついてみろよ、のろまのダニー」


   「か、返せよ……ジム!」



トム「またやってんのか、アイツら……」


ケン「今日はボールだってさ」

ケン「ダニーが練習で使ってたのを、ジムが横取りしたらしいんだ」


トム「はぁ……」


エディ「ほら、アイツらが居なきゃ練習なんかできないぜ」

エディ「どうするよ?」


トム「……止めるしかないだろ」

トム「エディ、俺と来い」

トム「2人は他の奴らを……」



    ピカッ


トム「!?」

____
___



王様「……古の盟約より、そなたに魔王討伐の任を与える」


トム「…」

トム(そんで、目の前が真っ白になったと思ったら)

トム(この訳の分からん場所にいたと)


王様「どうした? 疑問でもあるのかね」


トム「いいや……」

トム(無いわけないだろ)


王様「そうだ、出発の前に」

王様「来るのだ」


騎士「…」カツカツ


トム「…」

トム(何だ? あの鎧野郎)


王様「この者は今日からそなたの旅の供となる」

王様「必ずや、そなたの力になるだろう」


騎士「…」


トム「な…!」

トム(まさか、コイツと一緒に行動しろってことか!?)


王様「さぁ、行くのだ! 勇者よ」

王様「その手で魔王を討て」


トム「マジかよ……」




騎士「それで……これからどうする? 勇者様」


トム「どうするも、こうするも……俺は知らん」

トム「アンタに任せる」


騎士「なら、城下町へ行くのは?」


トム「城下町って、城はさっき出ただろ」


騎士「城と町を別々にしてあるのだ」

騎士「たとえ城が落されても町が無事なようにな」


トム「…」

トム(コイツ……城では馬鹿みたいに無口だったくせに、よく喋る)

トム(ま、デイブみたいに本気で無口な野郎と組まされるよりはマシか)


騎士「どうした? 」


トム「いや……町に行って何をするんだ?」


騎士「冒険者ギルドへ行って、冒険者を雇う」


トム「…」

トム(また、訳の分からん単語を……)


騎士「王国は魔王を重要視してないせいか、私以上の戦力を割けないみたいだしな」

騎士「これでどうだ? 勇者様」


トム「ああ、アンタの好きにやってくれて構わないが……」

トム「その勇者ってのはやめてくれ」

トム「トムかトーマスだ」


騎士「だが……」


トム「勇者命令だ」


騎士「分かったよ……トーマス」




騎士「ここがギルドだ」


トム「ほう……」

トム(こりゃ、西部劇も顔負けだな)

トム(そこらじゅうに剣やら槍やら持った奴らがいやがる)


騎士「トーマス、ここで待っていろ」

騎士「私が話を付けてくる」


トム「ああ」

トム(それにしても、コイツらの中から選ぶのか……)

トム(コスプレ野郎はアイツ1人で……ん?)

トム(アレは……)


  「ああ、神様……」




トム「エディ!」


エディ「……トムの声?」

エディ「はは、遂に幻聴まで聞こえてきやがったぜ」


トム「おい! エディ」

トム「俺だ、トーマスだ」


エディ「え……トム? マジで」

エディ「マジかよ! ホントのホントにあのトムなのか?」


トム「ああ、そうだ!」


エディ「おおぉ! 会いたかったぜ、トム!!」

エディ「気づいたら知らねぇ場所にいるし」

エディ「周りはお遊戯会から逃げ出してきたみたいな格好のヤツばっかしだし」

エディ「オレのユニフォームを鎧とか言ってやがるし」

エディ「とにかく、こんな場所に1人でどうにかなっちまうとこだったぜ!」


トム「良かったな、お前はイカれてないみたいだぜ」

トム「さもなきゃ、俺達2人ともお陀仏だ」


エディ「なら、狂ってないことを祈らなきゃいけねぇな」



騎士「おーい、終わったぞ」




エディ「トムもここに来た理由は分からねぇんだな」

エディ「そんでもって、そのマオーとかいうのを倒すハメになっまったと」


トム「ああ、そうだ」


エディ「……で、トム」

エディ「そいつは誰なんだ? お前の話だとただのお付きだぞ」


トム「悪いが、俺もよく知らん」

トム「アンタ……名前は?」


エディ「なんだぁ? 名前も聞いてなかったのか!?」


トム「聞く暇がなかったんだ」


エディ「ったく、しょうがねぇヤツだな」

エディ「それで名前は何て言うんだ? 騎士さんよ」


騎士「私は……騎士だ」


エディ「そりゃあ、見たら分かるけどよ……」

エディ「そうじゃなくてなぁ」


騎士「……名乗る名など無い」

騎士「私は勇者トーマスの盾であり、剣」

騎士「それ以上でもそれ以下でもない」

騎士「だから、好きに呼んでくれ」




エディ「おいおい、これって結構めんどくさいことになってんじゃないの?」


トム「俺に聞くなよ」


エディ「じゃあ……今日からお前はジェリーな」


トム「な……!」


エディ「ジェリーとトム、お似合いじゃねぇか」


トム「バカじゃないのか!?」

トム「安易にも程があるだろ、なぁ?」


騎士「ん? 私は気にしないぞ、トーマス」

騎士「別段おかしな名前じゃないだろう」


トム「そういう問題じゃなくてな……」




エディ「細かいこと、いちいち気にすんなよ」

エディ「嫌なら違う名前を考えてみやがれ」


トム「そ、それは……」


エディ「なら、決まりだな」

エディ「オレはエドワード、みんなはエディって呼んでる」

エディ「よろしくな、ジェリー」


騎士「ああ、よろしく」


エディ「それじゃあ、今日はさっさと寝て続きは明日にしようぜ」


トム「おい、待て」

トム「俺の話は……」


騎士「そうだな、私も部屋に戻るとしよう」


トム「待て、帰るな」


エディ「トム、早くしろよ」

エディ「明かりを消しちまうぜ」


トム「おい、エディ!」


>>3
明確には決めてない、勝手に決めてくれても構わない



エディ「おいおい、次の村ってのはまだかよ」

エディ「足が棒になっちまいそうだ」


トム「我慢しろよ」

トム「俺だって、いい加減足が痛くなってきてんだ」


騎士「安心しろ、後もう少しで着く」

騎士「ここで休むよりは村で休んだ方が良いだろう」


エディ「そうだけどよ」

エディ「本当にその村にチームの仲間なんかいるのか?」


トム「さぁな……」

トム「でも、俺達が居るんだ」

トム「他の奴らが居てもおかしくない」

トム「第一、そう言い出したのはお前だろ?」


エディ「でもなぁ……」


トム「文句ばっか言ってないで足を動かせ」

トム「そんなんじゃ、いつまで経っても村になんか着かないぞ」


エディ「はいはい、歩きますよ」

エディ「歩きゃぁいいんでしょ」




トム「それで……どうして酒場なんだ?」


騎士「情報収集といったら酒場じゃないのか?」


トム「…」


エディ「オレを見るなよ!?」

エディ「オレだって知らないぜ! そんなこと」


トム「まぁ、アンタがそう言うんならそうなんだろ」

トム「それで……どうすればいい?」


騎士「そうだな……普通に話を聞けばいいんじゃないのか?」

騎士「私も酒場に入るのは初めてなんでな」



  「違う! おれはビビりじゃない!!」


  「何が違うってんだ、正直に言えよ」

  「『ぼくはママのおチチがないと眠れいビビりです』ってな」


  「母ちゃんをバカにするな!!」



騎士「それにしても騒がしいな」


エディ「どっかのバカがケンカしてるだけだろ?」

エディ「ほっとけほっとけ」


トム「いや、エディ」

トム「俺は……つい最近、似たようなのを見た気がする」





  「おい、言い過ぎじゃないのか? ジム」


  「いいんだよ、ハリー」

  「このビビりにはこれぐらい言わねぇと分からねぇんだ」


  「おれは……おれはビビりじゃない!」  


  「じゃあ、証明してみせろよ、ビビりのダニー」


  「でも、どうやって……」

 
  「あそこに1人で行って、ボールを取ってこい」

  「戻ってきたら認めてやるよ」


  「おい! ジム」


  「なんだぁ? やっぱりビビッてできないってか」

  
  「うるさい!」ガタッ



トム「やっぱり、あの馬鹿どもか……」


エディ「もっとマシなヤツと会いたかったぜ」


騎士「知り合いか?」


エディ「残念なことにな」


トム「文句を言っても仕方ない」

トム「……行くぞ、2人とも」





トム「よう、ジェームズ」

トム「どこへ行っても、お前は変わらないみたいだな」


ジム「ケッ……やかましいキャプテンに、口うるさいチビ」

ジム「おまけに、顔が見えない鎧野郎」

ジム「もう少しマシな奴らに会いたかったぜ」


エディ「それはこっちのセリフだ! 能無し野郎」

エディ「趣味の悪い鎧なんか着こみやがって」

エディ「ヒーローにでもなったつもりか?」


ジム「そうさ、俺は勇者になったんだ」

ジム「悪を打ち負かす正義の味方」

ジム「それが俺さ」


トム「頭でも打ったのか?」


ジム「フンッ、お前達には分からないだろうなぁ」

ジム「俺はこれから魔王を倒してヒーローになる」

ジム「お前らはそこで指をくわえて見てればいい」

ジム「行くぞ、ハリー」


エディ「お、おい! 待ちやがれ」




トム「やめとけ、相手にするだけムダだ」


エディ「でもよ……」


トム「お前も分かるだろ?」

トム「元々頭のネジの緩い奴だったが、完全にイカれてやがる」


騎士「……水を差すようで悪いが」

騎士「この者もお前達の仲間なのか?」


トム「ああ、こいつはハロルド」

トム「さっきのはジェームズ」

トム「2人とも、同じフットボールチームのチームメイトだ」


ハリー「トム、エディ……」

ハリー「君達もここへ来ていたなんて」

ハリー「会えてよかった」


エディ「お前はマトモらしいな、ホッとしたぜ」

エディ「アンタまであのバカみたいになっちまってたらどうしようかと」


ハリー「何がマトモかは分からないが」

ハリー「そんなことより、ダニーだ」

ハリー「ジムがあいつを煽ったお陰でとんでもないことになったんだ」


騎士「さっきまであのジェームズという人物と言い争っていた者か……」

騎士「何かあったのか?」




ハリー「ああ……いつもみたいにジムがダニーをからかうまでは良かったんだ」

ハリー「でも、知らない場所に来たダニーが余りにも怯えるから」

ハリー「調子に乗ったジムがダニーの母さんをバカにして……」

ハリー「頭に血がのぼったダニーが飛び出して行ってしまったんだ」


トム「そいつはマズイな」

トム「あいつは母親をバカにされると何しでかすか分からないんだ」


エディ「ホントか? それ」


トム「ああ」

トム「昔、母親をからかわれたことが原因で、キャンプファイアーに片腕を突っ込んだことがある」


エディ「マジかよ」


騎士「それで、そのダニーというのはどこに向かったか分かるか?」


ハリー「多分、ここから東にある洞窟だと思う」

ハリー「そこでダニーを見つけたんだ」


トム「よし、そこへ行くぞ」

トム「案内してくれハロルド」


ハリー「すまん、それは出来ない」




エディ「なんでだよ?」


ハリー「ジムの奴、勇者とかいうのに任命されたんだ」

ハリー「あいつ……あの性格だろ?」

ハリー「誰かが見ててやらないと、とんでもないことになるかもしれない」


トム「確かに……あいつを1人で放って置くのは危険だな」

トム「よし、ハロルド」

トム「アイツは任せた」


ハリー「すまない、トム」


騎士「良かったのか? トーマス」

騎士「次会えるのは何時かも分からないぞ」


ム「アイツらも魔王を追ってんなら、そのうち会えるだろ」

トム「それとも、魔王とかいうのは何匹も居るのか?」


騎士「いや……1人だけだ」

騎士「最果ての地で勇者を待ちわびていると云われている」


エディ「そうかい、そいつは楽しみだね」

エディ「わざわざ出向くんだから、手土産ぐらい期待してもいいよな」


トム「さぁ、とっとと洞窟を探してダニーの奴を見つけるぞ」




エディ「ここがその洞窟ねぇ……」

エディ「本当にこんな薄気味悪いところにいるのかよ?」


騎士「村で聞いた情報では、ここで間違いない」


エディ「ホントかよ」


トム「他にそれらしいところがないんだ」

トム「諦めて入るしかないだろ」


騎士「トーマス、エドワード」

騎士「お前達にこれを渡しておく」


エディ「なんだ? この棒っきれ」


騎士「松明だ、必要になったら火をつけてくれ」

騎士「ないとは思うが……迷うようなことがあったら、火を見て風が吹いてくる方へ進むんだ」

騎士「では、行くぞ! 付いてこい」


トム「…」

トム(妙に楽しそうに見えるのは俺だけか?)


エディ「どうした? トム」


トム「いいや、何でもない」





  キシャー


        グォォォ



エディ「おい、なんかヤバくねぇか」

エディ「ダニーのヤツが唸ってるわけじゃねぇよな?」


騎士「洞窟に住みついたモンスターだ」

騎士「度々、村を襲っているらしい」

騎士「お前達の友人もそれを退治しに来たんだろう」


エディ「モンスター!? そんなの聞いてないぜ」


騎士「こういう場所には大抵いる」

騎士「わざわざ言う必要もないだろ」


エディ「でも、どうすんだよ」

エディ「オレ達は戦えないぜ」


騎士「少数なら私が対処する」

騎士「そうでなければ……」


トム「逃げるが勝ち、だな」




騎士「そう、危なくなったら迷わず逃げるんだ」


エディ「逃げるたって、追いつかれたらどうすんだよ?」


トム「追いつかれないように走れ」

トム「そのために毎日練習してるだろ」


エディ「オレはランニングバックじゃないっての」


トム「レシーバーも似たようなもんだろ」

トム「それより、ダニーの奴はどこにいるんだ?」

トム「結構、奥まで来たぞ」



  「……ょう……れ」



騎士「おい、何か聞こえないか?」


エディ「あん? オレにはモンスターの鳴き声しか聞こえねぇぞ」



  「……ン、か……ん」



トム「いや、聞こえる」

トム「コイツは……!」


エディ「あ、おい! どこ行くんだよ!?」




トム「ダニー! 生きてたか」


ダニー「トム……? どうしてここに」


トム「お前を探しに来たんだ」

トム「さぁ、帰るぞ」


ダニー「…」


トム「どうした? ダニー」


ダニー「なぁ、トム……」

ダニー「おれ……母ちゃんいないだろ?」


トム「どうしたんだ? いきなり」


ダニー「話してなかったけどさ……」

ダニー「本当はおれ、母ちゃんのことよく知らないんだ」

ダニー「おれが小さいころに出て行ったきり……会ったことない」

ダニー「話したことなんてないし、顔も覚えてない」

ダニー「だから……」


トム「もういい、お前は頑張った」


ダニー「おれ、悔しくてさ」

ダニー「顔も見たことないはずなのに」




ダニー「おれ……どうしたらいい?」

ダニー「ビビりって言われて、母ちゃんをバカにされて」

ダニー「悔しいはずなのに……」

ダニー「足が動かないんだ」


トム「……分かった、ダニー」

トム「俺も一緒に行く」


ダニー「トム……何を言って」


トム「お前が1人で歩けないなら、俺も一緒に行く」

トム「そうすれば歩けるだろ?」


ダニー「でも、ジムには……」


トム「心配するな、あいつには黙っててやる」


ダニー「トム……」


トム「どうだ? 立てるか」

トム「ダメだったら肩を貸すぞ」


ダニー「ああ……ありがとう、トム」




騎士「それで……そのボールというのを探しに行くのか?」


トム「ああ」


エディ「オレは反対だぜ」

エディ「こんな洞窟をうろつくのはまっぴらゴメンだ」


騎士「私も反対だ」

騎士「彼が見つかったのなら、ここに長居する必要はない」


トム「だったら、お前達は帰れ」

トム「俺はダニーと行く」


エディ「おい! トム」


トム「俺はキャプテンだ」

トム「そいつがどんなにバカでも、チームメイトが困ってるなら見捨てない」

トム「行くぞ、ダニー」


ダニー「あ、ああ」


騎士「待て、トーマス」

騎士「私も行く」


エディ「お、おい!」

エディ「オレを置いてくなって」




エディ「で、ボールはどこにあるんだよ?」


トム「子供に持っていかれたんだとさ」


エディ「子供!?」

エディ「こんなとこに子どもなんかいるかよ」

エディ「ダニーが見間違えたんじゃねーのか?」


ダニー「ち、違う! おれは見たんだ」

ダニー「あいつ……あいつ、笑いながらおれのボールを持って行ったんだ」


騎士「洞窟に住む、子供ほどの大きさのモンスター……」

騎士「ゴブリンだな」


トム「何だ? そいつは」


騎士「低級のモンスターだ」

騎士「いたずら好きで、よく冒険者にいたずらを仕掛けては、金品を強奪する」

騎士「基本的に群れで生活していて、主に洞窟や森に巣がある」


トム「強いのか?」


騎士「一匹一匹はたいしたことはないが、集団で来ると厄介だ」

騎士「基本は散らばって各個撃破だな」




エディ「で、結局ボールはどこにあるわけよ」

エディ「まさか、一匹一匹身ぐるみ剥いで調べて周るってのか?」


騎士「奴らは集めた金品を1ヶ所に集める習性がある」

騎士「おそらくはこの群れのリーダーのところにあるのだろう」


エディ「おい、やっぱ引き返そうぜ」

エディ「今までは見つからなかったからいいけどよ」

エディ「さすがにこれはヤバいって」

エディ「敵の親玉とやり合うってことだろ?」


トム「任せろ、俺に作戦がある」


エディ「何だよ? 作戦って」


トム「俺達がいつもやってることをやってやるだけだ」

トム「なぁ? ダニー」


ダニー「え……ああ」





  「リーダー コレヲ」


  「ヨクヤッタ ホメテツカワス」



騎士「……アレがここのリーダーみたいだな」


トム「ご丁寧にボールを抱えていやがる」

トム「今日はツイてるな」


ダニー「な、なぁ……トム」

ダニー「ホントにやるのか?」


トム「ああ、お前だって見返してやりたいんだろ?」


ダニー「でも……」


トム「大丈夫だ、お前なら出来る」

トム「俺の言うとおりにすれば絶対うまくいく」


ダニー「わかった……やってみる」


トム「それと、ジェリー」


騎士「ああ、大丈夫だ」

騎士「退路は私に任せておけ」


トム「よし、行くぞ! エディ、ダニー」


エディ「おい! オレは行くなんて一言も……」


トム「突撃!!」


トム&ダニー「「うおぉぉぉぉぉぉ」」ダダダダダダ


エディ「あー! チクショウ!!」ダダダダダダ





  「ナンダ! ナニガオキテイル!?」

  
  「ニンゲンダ! ニンゲンガセメテキタ!!」


  「ナニィ!?」



ダニー「うおぉぉぉぉぉぉ」ダダダダダダ


トム「邪魔だ!」ダダダダダダ


エディ「クソッ! どきやがれぇ!!」ダダダダダダ



 「グハッ!」 「グワ…」 「ギャッ…!」






  「ナンダ! キサマラハ!?」


トム「かかれぇ!!」


  「ワガ シンセイナル……」


エディ&ダニー「「うおぉぉぉぉぉぉ」」ダダダダダダ


  「グワァ…!!」


トム「よし、倒した!」

トム「ボールは!?」


ダニー「……取った!」


  「キサマラ……コンナコトヲシテ ユルサレルト……」 


トム「逃げるぞ!」


エディ&ダニー「「おうッ!」」ダダダダダダ


   「ギニャァ…!!」






  「クソッ……ダイジョウブカ?」

  
  「アア ナントカ」


  「オレモダ」



トム「走れ!」ダダダダダダ


エディ「言われなくても!」ダダダダダダ


ダニー「うおおおぉぉぉ」ダダダダダダ



 「グハッ!」 「グワ…」 「ギャッ…!」






トム「ジェリー、逃げるぞ!」

トム「火を起こせ!」


騎士「了解だ」ボッ


  ゴオオオオオ


トム「ダニー! ボールは持ってるな!?」


ダニー「ああ!」


トム「よし、走れ!」

トム「一気に出口まで抜けるぞ!!」



   ダダダダダダダダダダダダ





エディ「よっしゃあ、出口だ!」

エディ「くっ、かぁっ……はぁ、はぁ」


ダニー「……ぜぇ、ぜぇ」


騎士「はぁ……はぁ…」


トム「…お前ら……無事、か?」


エディ「ああ……生きた心地は……しなかったけどな」


トム「ヘッ……そいつは…よかった」

トム「ダニー、お前……は?」


ダニー「」


エディ「ダメだぜ…完全に、バテてやがるよ……」


トム「走り込みが……足りない、みたいだな」

トム「アンタ…は? ……ジェリー」


騎士「私…も、大丈……夫だ」


エディ「そうは……見えない、ぜ?」


騎士「結構……走った、から…な」

騎士「……普段、やらない……から」


トム「ムリに…しゃべるな」

トム「よし、少し……休憩だ」

トム「そしたら、出発…する……」


エディ「……りょ、了解」




エディ「で、あれから一週間くらい経ったけどよ」

エディ「オレ達はどこに向かってんだ?」


トム「さぁ? 俺も知らん」


エディ「もう、野宿は勘弁してほしいぜ」

エディ「ダニーの寝言はうるさいし」

エディ「ジェリーは寝る時も鎧を脱がねぇし」

エディ「これで安眠しろってのが無理な話だよな、トム?」


トム「俺に振るな」

トム「いい加減、お前の小言も聞き飽きた」

トム「たまにはダニーやジェリーにも振ってみたらどうだ?」


エディ「そりゃないぜ、トム」

エディ「ジェリーは冗談が通じそうにないし、ダニーとは話しててもつまんねぇんだよ」


トム「はぁ……」

トム「ジェリー、次の街までどれくらいで着きそうなんだ?」

トム「この軟弱野郎がわめいてうるさいんだ」


騎士「そうだな……」

騎士「私も経験がないから、なんとも言えないが」

騎士「あと半日もすれば着くはずだ」




エディ「うお!? マジか!」

エディ「やっとベッドで寝られるぜ!」


トム「良かったな、願いが叶って」

トム「で、そこはどんなとこなんだ?」


騎士「……隣国の歓楽都市」

騎士「大陸の中央部にあり、旅人が一度は訪れる街」

騎士「それ以上のことは分からない」


トム「意外と悪くなさそうだ」


エディ「悪くないどころか、最高だぜ!」

エディ「よし、走るぞ! オレの後に続け」


ダニー「え、なに?」


エディ「いいから走るんだよ! 付いてこい」


ダニー「あ……待てよ!」



  タッタッタッタッタッ



騎士「……いいのか? 追わなくて」


トム「どうせ途中でバテてる」

トム「追うだけ体力のムダだ」




エディ「クソ……やっと着いた」

エディ「もう足が限界だぜ」


トム「考えなしに走り出すからだ」

トム「余計な荷物まで増やしやがって……」


ダニー「」ズズズズ


騎士「とりあえず……宿をとって休もう」

騎士「いつまでもダニエルを引きずって歩くのは良くない」


トム「そうだな」


  「待てよ、トム」


エディ「あ、お前!」


トム「……ジェームズ」


ジム「久しぶりだな、一週間ぶりか?」


トム「ハロルドはどうしたんだ? 一緒なんだろ」


ジム「買い出しに行かせてるよ」

ジム「最近、剣の切れ味が悪くなってきてな」




トム「相変わらずみたいだな」

トム「いい加減に目を覚ましたらどうだ?」


ジム「寝ぼけてんのはお前らの方だ」

ジム「せっかくヒーローになれるんだぜ?」

ジム「このチャンスを逃がす手はないだろ」


トム「重症だな、手の施しようがない」


ジム「ハッ……好きに言え」

ジム「それより、いいことを教えてやるよ」


エディ「ケッ、頭がお花畑のヤツに教わることなんてないね」


ジム「いいのか? 後悔するぞ、能無し野郎」


エディ「このっ……!」


トム「やめとけ、エディ」


エディ「なんだよ、トム!」

エディ「こんなヤツの話なんて聞く必要ねーって」




トム「いくら頭がお花畑でも、右と左が分からないバカじゃない」

トム「俺達に声をかけたのにだって何かあるはずだ」

トム「そうだろ? ジェームズ」


ジム「さぁ? どうだろうな」

ジム「だが、面白いモンを見つけたぜ」

ジム「そこの角を曲がって広場に出てみな」


エディ「なんだよ? 面白いモンって」

エディ「もったいぶってないで教えやがれ」


ジム「いちいち教えてやってられる程、俺もヒマじゃねぇんだ」

ジム「自分の目で確かめるんだな」

ジム「それじゃあ……次があればいいな、トム」


エディ「おい! ジム」


騎士「やめるんだ、エドワード」

騎士「追ってもどうにもならない」


エディ「でも……トム!」


トム「忘れたか? 相手にするだけムダだ」

トム「宿でも取って、ダニーが回復したら広場に行くぞ」





  ざわ ざわ

        ガヤ ガヤ



エディ「結構、人がいるんだな」


騎士「ああ、ここはこの辺りで最も大きな街だからな」

騎士「自然と人が集まっているんだろう」


ダニー「でも、何もないぞ」


エディ「嘘だったんじゃないのか?」

エディ「あの野郎、口から出まかせ言いやがったんだ」


トム「分からん……が」

トム「あんなに自慢げに言うんだ、何もないことはないだろ」



  「レディース&ジェントルメン……」



エディ「ん? なんか始まったぞ」


騎士「アレは……向こう側のステージから聞こえてくるみたいだな」


トム「……行ってみるか」





  「さぁさぁ、今回もやってまいりました」

  「世界の大食いどもが一堂に会する、大大食い(だいおおぐい)大会!!」

  「泣く子も黙る大食漢たちが、ここに集まった!」

  「初日を勝ち抜いてきた戦士たちの熱気……正しく、アイドリング中の蒸気機関だ!!」



トム「なんだ? アレは」


騎士「大食い大会だな、それも大きな」


エディ「まさか、アイツが言ってったのってこれのことかぁ?」

エディ「とんだ肩すかしだぜ」



  「さぁーて、最初の大食いが現れたぁ!!」

  「おおっと!? これは去年の準優勝、いきなりの優勝候補だ!」

  「泣かした飯屋は数知れず、家計はいつも火の車」

  「こいつを止められる奴はいるのかぁ!?」



ダニー「あ……選手入場が始まった」


エディ「見るつもりか? ダニー」

エディ「やめとけって、人が飯食ってるのを見ても楽しいことなんて何もないぜ」





  「さて、2番手は……これも負けず劣らずの猛者だ!!」

  「半年分のブルーベリーパイを胃に収めたという逸話の持ち主!」

  「今回はその実力をふんだんに見せてくれるのだろうかぁ!?」



ダニー「だって……」


エディ「だってもへったくれもねぇ」

エディ「オレ達は騙されたんだよ、なぁ? トム」


トム「いや……そうでもないみたいだ」

トム「アレを見てみろ、エディ」


エディ「ん……!」

エディ「あ、アイツ!?」



  「おおっと? 3人目は見慣れない顔だ」

  「それもそのはず、新進気鋭のフードファイター!」

  「今大会、期待のルーキーだぁ!!」

  「予選での食いっぷりに……なんと! 地元の資産家まで後援に付いたぁ!!」
  





エディ「ラ、ラードボーイ!?」

エディ「どうしてあんなとこに?」


トム「こいつが面白いモノの正体みたいだな」


騎士「あの選手も知り合いなのか?」


トム「ああ、アイツもチームメイトだ」


騎士「だが、そのラードボーイというのは……」


エディ「あだ名だよ、あだ名」

エディ「あいつはラードボーイでRB」

エディ「誰も本名は知らねぇし、スペルが違う理由も分からねぇ」


騎士「……そうなのか」


ダニー「でも、どうするのさ……」

ダニー「RBは試合中だろ?」


エディ「そんなの、簡単だろ?」

エディ「試合が終わるまで時間を潰しゃあいいんだ」

エディ「分かったら、近くの酒場にでも入ろうぜ」




トム「また、酒場か……」


ダニー「トム? どうかした」


トム「いや、酒場にあまりいい思い出がないだけだ」

トム「こういう場所に来ると大抵……」


エディ「おい! 聞いてくれよ、トム」


トム「何かが起こる」


エディ「どうしたんだ? 辛気臭い顔して」


トム「いや……何でもない」

トム「それより何だ? 何かあったのか」


エディ「それが……」


騎士「良くない噂を耳にしたんだ」


エディ「ああっ! オレが言おうとしたことを」


トム「噂?」


騎士「ああ、マスターにラードボーイのことを聞いてみたんだ」


エディ「そしたら、あいつも消えちまうだとよ」


トム「あ?」




エディ「だから、消えちまうんだってよ」


トム「分かったか? ダニー」


ダニー「いや……」


騎士「……エドワード、私が説明する」


エディ「ちょっと、待てって! まだ……」


トム「頼む、ジェリー」


エディ「おい! トム」


騎士「マスターが言うには、彼の後援についた資産家……」

騎士「そいつに問題があるらしい」


トム「資産家?」


騎士「ああ……」

騎士「名前はアルバート・ダーマー」

騎士「この街にやってくる旅人を口説いては、決まってあの大会に出場させているらしい」

騎士「それで……目を付けられた旅人は支援のお陰か、毎回上位に食い込むらしいのだ」




トム「そこだけ聞くと、悪い話には聞こえないな」


エディ「だが、ここからが問題なんだよ」

エディ「そいつが……」


トム「消えるんだろ?」


エディ「違ぇよ! そのダーマーってのが支援した旅人が消えるんだよ」


トム「どういうことだ?」


騎士「そのままの意味だ」

騎士「大会が終了した後、その旅人が忽然と姿を消すらしい」

騎士「旅人とダーマーがケンカ別れした、ダーマーと主催者が裏で手を組んでるなど、色々な噂が流れているが」

騎士「その中で最も有力なのは……」




エディ「おい、RB! 一緒に行こうぜ」

エディ「このままだと、お前食われちまうぞ!」


RB「何言ってるんだよ」

RB「ボクは食べられるんじゃなくて食べる方さ」


エディ「いいか? RB」

エディ「アイツはカ二バリ野郎なんだ」

エディ「お前を太らせて食べちまうつもりなんだよ!」


RB「証拠はあるのかい?」


トム「噂になってるんだよ」

トム「お前が組んでる相手が良くないってな」


RB「ボクはそんな噂、気にしないね」

RB「食べ物をくれる人に悪い人はいないよ」


エディ「そう思ってんのはお前だけだ」

エディ「おかしいと思わねぇのか? タダ飯をくれる奴にロクな奴はいないぜ」




RB「なんだよ、そんなにボクを連れて行きたいのか?」


エディ「当たりめぇだ! お前だって帰りたいだろ?」


RB「嫌だよ。ボクはこの生活に満足してるんだ」

RB「行くなら君らだけで行けばいいじゃないか」


トム「いいのか? ラードボーイ」

トム「ハンバーガーにコーラ、お前の好物はここにないぜ」


RB「いいよ」

RB「アレ、そんなに好きじゃないし」


エディ「嘘つけ! いっつも食ってたじゃねぇか!?」


RB「何が食べれるかより、どうしたら腹が膨れるかが重要なんだ」

RB「アレはコストパフォーマンスが良かったから食べてただけさ」


エディ「な……」


RB「それじゃあ、ボクは行くよ」

RB「大会はまだ終わってないからね」

RB「また会う機会があったら、よろしく」




エディ「ジェームズに続いて、あいつまで」

エディ「食うことしか考えてねぇと思ったら、ホントにそれしか考えてなかったぜ」


騎士「どうするんだ? ここから離れる気はなさそうだぞ」


トム「無理矢理にでも連れて行く」

トム「チームメイトが食肉になるのを黙って見ているわけにもいかないだろ」


ダニー「でも、本当に噂だったら?」

ダニー「いくらなんでも人を食べるなんて……」


エディ「おいおい、あれだけ聞いてもまだ信じないのかよ」

エディ「元々、有名な美食家で大食らい、他人に何かをやるなら死んだ方がマシってヤツだったらしいじゃねか」

エディ「そいつが他人を自分の家に招待して、大食い大会に出すんだぜ?」

エディ「おまけに体臭は酸っぱい、家のゴミから血と骨が出てくる、大会の次の日は決まって家から出てこない」

エディ「完全にクロだろ」




騎士「街の警備隊に賄賂を贈っているという噂もある」

騎士「ゴミは解体した食肉の残りと言っているが、さすがにそれも無理がある」

騎士「そうでなければとっくに捕まっていただろう」


トム「とりあえず、大会は明日まであるんだ」

トム「明日の夜、奴の屋敷に忍び込んでRBを連れ出す……それでいいか?」


騎士「明日? 早い方がいいんじゃないのか」


トム「少しは食べられる方の気持ちを分かってもらわなくちゃな」

トム「そしたら、腹が減っても文句を言わなくなるだろ」


ダニー「なぁ、トム……忍び込むって」


トム「トム・クルーズに出来るんだ」

トム「俺達にもできるだろ」




エディ「それで……何でオレが忍び込むことになってんだよ!」

エディ「言いだしっぺはトムだろ!?」


トム「仕方ないだろ? 大勢で押しかけてもバレるだけだ」

トム「なら、一番見つかりにくそうなお前が適任じゃねぇか」


エディ「オレだって、なりたくて背が低いわけじゃねぇ!」

エディ「それにオレは平均身長なんだ」

エディ「お前らがデカいから小さく見えるだけなんだよ!」


トム「けど、この中でジェリー以外に小さいのはお前じゃねぇか」

トム「それとも……全身鎧のジェリーに行かせる気か?」


エディ「チッ……分かったよ」

エディ「で、どうやって屋敷に忍び込むつもりなんだ?」


トム「まず、お前が塀をよじ登って敷地に入る」

トム「そしたらダニーが門番をおびき出す」

トム「そんで、お前が門の内鍵を外して玄関から侵入する……簡単だろ?」


エディ「……何かあったらどうすんだよ?」


トム「そのときはそのときだ」

トム「幸運を祈るぞ、エージェント・エドワード」


エディ「…」




エディ「……お邪魔しまーす」ガチャ


RB「ぐおぉぉぉ……ぐおぉぉぉ」


エディ「やっと見つけたぜ……」

エディ「手間かけさせやがって、この野郎」

エディ「おい、起きろ! RB、起きるんだよ」


RB「ぐあぁぁ……、誰……?」


エディ「オレだよ! エドワードだ」

エディ「助けに来たんだ!」


RB「なんだよ……エディか、帰ったんじゃなかったの?」


エディ「いいからユニフォームを着ろ」

エディ「こんな場所、さっさとズラかるぞ」


RB「でも……」


エディ「早くするんだよ!」


RB「分かったよ……ふわぁあ……」ガサゴソ



   ギシ ギシ ギシ ギシ





トム「……遅いな、何かあったのか」


騎士「まだ探しているんじゃないのか?」


トム「だと、いいけどな」

トム「あんまり遅いとダニーの奴が捕まっちまう」

トム「そしたら計画がおじゃんだ」


騎士「まあ、大丈夫だろう」

騎士「洞窟で見たが、ダニエルの足の速さはかなりのものだった」

騎士「一介の門番が追いつくのは難しいだろう」


トム「いいや、アイツはスタミナがねぇんだ」

トム「あんまり追いかけっこが続いたら、すぐ捕まっちまう」


騎士「だが、あの速さだ」

騎士「門番も早々に見失ってしまうのではないか?」


トム「そうあって欲しいね」


  
   「うわぁぁぁぁあ!!!」  ガシャン



トム&騎士「!」


騎士「今のは!?」


トム「行くぞ! ジェリー」





エディ「ヤバいヤバいヤバい! アイツはヤバい!!」

エディ「血染めのエプロンに肉切り包丁って、完全にアレじゃあねぇか!?」


RB「そこ……」


エディ「いいから、付いてこい! 殺されたいのか!?」


RB「いや、でも」


エディ「黙ってろ!!」

エディ「ああ、クソッ! 行き止まりじゃねぇか」

エディ「出口はどこにあるんだよ!?」


RB「さっきの角を右だよ」


エディ「なぁぁぁ……!」

エディ「どうして黙ってた!?」


RB「ボクの話を聞かないからだろ?」

RB「大体、いきなりたたき起こしたりなんかして……」



  ギシ ギシ ギシ ギシ



エディ「ああ……もう! こっちだ!」


RB「そこは地下室だよ」


エディ「んなこたぁ、分かってる!」

エディ「隠れるんだよ!!」




RB「お腹すいたなぁ……」グウゥゥゥ


エディ「なっ……!」

エディ「オメェ、緊張感ってもんはないのかよ!」

エディ「このドクロだらけの部屋で、一歩間違えたらカニバリ野郎のエサになっちまうんだぞ!?」


RB「この前もそういってたけどさ……」

RB「ホントに食人鬼なの?」

RB「近所の肉屋だって似たような格好をしてるじゃないか」


エディ「じゃあ、なんで包丁を持ってお前のベッドルームなんかに来たんだよ!?」

エディ「就寝前に豚の解体ショーでも見せようってか?」

エディ「んな訳あるか! ありゃ、お前をバラそうとしてたんだよ!!」

エディ「分かったか! あ!?」


RB「あ、ああ……でも……」


エディ「なんだよ、まだ何かあんのか?」


RB「後ろ」


エディ「あん?」





   「うわぁぁぁぁぁああ!!」



騎士「トーマス!」


トム「分かってる!」

トム「この下からだ、行くぞ!!」



    タッタッタッタッ  バンッ



トム「無事か!? エディ!」



  「…」


エディ「ト、トム!」

エディ「こっちだ! RBもいる!!」



騎士「とりあえず……無事、みたいだな」


トム「ああ、アレさえなければな」



食人鬼「…」




エディ「トム! 早くしてくれ!!」



騎士「どうする? このままでは2人に近づけんぞ」


トム「……俺に策がある」

トム「合図をしたら一斉に奴に飛びかかるぞ」


騎士「だが、トーマス……」


トム「大丈夫だ、俺を信じろ」

トム「行けるな?」


騎士「ああ、分かった」



食人鬼「何者だ……」


エディ「トム!!」



トム「エディ! そいつの注意を引き付けろ」



食人鬼「ワタシの屋敷に土足で上り込んだのは……」


エディ「何言ってんだ!? コイツは包丁持ってるんだぜ!」



トム「キッカーの意地を見せろ、エディ」

トム「お前なら出来る」




食人鬼「食事の邪魔をしてタダで済むと思ってるのかね?」


トム「さぁ? アイツらを連れて帰らせてもらうつもりだが」



エディ「おいおい、トムのヤツはオレにどうしろってんだ」


RB「何かを蹴れって言いたいんじゃないの?」

RB「ほら、アイツも後ろを向いてるし、直接言っちゃうとバレるだろ」


エディ「でも、何を蹴りゃいいんだよ?」

エディ「ボールなんか持ってないぜ」


RB「代わりになりそうなモノなら、そこらへんに転がってるじゃないか」


エディ「マジで言ってんか」

エディ「ありゃ本物だぞ? 骨格標本じゃないんだぜ」


RB「じゃあ、おとなしく食べられるつもり?」


エディ「……冗談キツイぜ」




食人鬼「残念ながら、それは無理と言う話だ」

食人鬼「何故なら君達は今から……」



エディ「行けぇ!」バシッ



    バキッ


食人鬼「!」グラッ

食人鬼「な、何だ!?」


トム「今だ! かかれ!!」



   ダダダダダダダダダ



食人鬼「なっ……!」


トム「くらぇ!!」 騎士「やぁッ!!」


食人鬼「ぐがっ……」




トム「エディ、RB、走れ!」



エディ「行くぜ! RB」


RB「分かってるよ」



トム「行くぞ! ジェリー」


騎士「ああ!」


食人鬼「クソォ……待て…」


トム「振り返るな! 外まで走りぬけろ!!」


食人鬼「マテェェェエ!!!」



   タッタッタッタッタッ





RB「あぁ……お腹減った」グウゥゥゥゥ

RB「何かないの? トム」


トム「……みんなお前が食っちまったろ」

トム「俺達の2日分を1日で消費しやがって……」

トム「少しはガマンするってことができないのか?」


RB「仕方ないだろ? 生理現象なんだし」

RB「もっとたくさん持ってくるべきだったんだよ」


エディ「ったく、どの口が言いやがるんだ!」

エディ「お前が素直にオレ達に付いてくりゃ、あんな逃げ出すようなマネしなくて済んだんだよ」


騎士「まぁまぁ、良かったではないか」

騎士「こうして皆無事に旅を続けられるんだ」

騎士「それに……もうすぐ村に着く」

騎士「そうすれば、食料もなんとかなるだろ?」


エディ「でもよ……」


ダニー「おーい! みんな」

ダニー「村が見えたぞ!」




トム「で、村に着いたはいいが……」



   「化け物の仲間……」

         「アイツ……仲間を呼んだんだ」   


   「…!」



騎士「お世辞にも歓迎されているとは言い難いな」


トム「ああ」



ダニー「……いてっ!」ポカッ

ダニー「誰だよ、石投げたの……」


RB「ボクじゃないよ」



エディ「なんだよ、あいつら」

エディ「親の仇でも見たみたいな目でオレ達をみてやがる」

エディ「オレ達が何かしたってか?」


騎士「何とも言えないが」

騎士「破壊された村の様子を見る限り……何かあったのだろう」





ダニー「RB、何ソレ?」


RB「ラッカセイだよ」



トム「何があったか知らんが、俺達を見てああなってるんだ」

トム「大方、チームの誰かがここに来たんだろ」


エディ「またジェームズかよ」

エディ「勘弁してほしいぜ」



RB「こうして、引っこ抜けば……」

RB「うわっ……」コケッ


ダニー「わっ……気を付けろよ」


  「旅のお方……それはまだ種がなっておりませぬ」


ダニー「え?」


  「一緒に来てもらえませぬか?」




トム「悪かった、ウチの馬鹿どもが迷惑をかけて」

トム「アイツらは外で待たせておいた」

トム「責任は俺が取る」


  「いえ、良いのです」

  「それよりも……あなた方を見込んでお願いがあるのです」


エディ「オレ達に? 何を」


  「それは……」


騎士「その前に……あなたについて教えてほしい」

騎士「さすがに見ず知らずの相手の頼みは聞けない」


  「ああ、これは失礼しました」

  「私はこの村の村長をしているものです」

  「それで……お願いというのは、ある人物を止めてほしいのです」


トム「ある人物……?」

トム「何だ? そいつは」


村長「申し訳ありません……名前は分からないのです」

村長「村の近くで行き倒れになったのを助けまして」

村長「しばらく村で介抱していたのですが……」




村長「ある日突然暴れ出し、村のほとんどを破壊してしまいました」

村長「なんとか村の男衆を集めて、小屋に閉じ込めたのですが……」

村長「一向に収まる様子もなく途方に暮れていました」

村長「そこで……」


トム「そいつと同じ格好をした俺達が通りかかったんで、助けを求めたって訳だな」


村長「そう、そうなのです!」

村長「村の者達は反対しましたが、これ以上放って置くわけにはいきません」

村長「どうか、お力をお貸しください」


トム「その前に……そいつの番号は覚えているか?」

トム「この肩のところにある番号だ」


村長「確か……62か3であったように記憶しております」


エディ「トム、コイツは……」


トム「ああ、決まりだな」




トム「アンタ、そいつにピーナッツをやらなかったか?」


村長「……ピーナッツですか?」

村長「ええ、確かに……欲しそうにしておりましたので」


トム「やっぱりか……」


騎士「何かわかったのか?」


トム「ああ、捕まってるのが誰かも、ここで何が起こったのかもな」


村長「ということは……!」


トム「ああ……俺達が何とかする」


村長「おお、ありがとうございます!」


騎士「大丈夫なのか? トーマス」

騎士「一筋縄ではいきそうにないぞ」


トム「大丈夫だ」

トム「ただ、厄介な禁断症状ってだけだ」


村長「では、さっそくご案内します」


トム「その前に、今から言う物を用意してくれないか?」




  「出せぇぇぇェェエエエ!!」


     ガンガンガン


  「オレヲここから出せ!!!」


    ガンガンガンガン



エディ「おぉ……相変わらず激しいねぇ」


トム「久しぶりだな、グレッグ」

  
グレッグ「誰ダァ……」


エディ「忘れちまったのか? オレだ、エディだ」


グレッグ「え、ディ……? エデぃ!」

グレッグ「出せ! 俺をここからダセぇ!!」


トム「良かったな、エディ」

トム「覚えているみたいだぞ?」


エディ「はは、素直に喜べないぜ……」





トム「それにしても、ずいぶんと嫌われたみたいだな」

トム「鎖に巻かれて小屋に閉じ込められるなんて、なかなか経験できないぞ?」


グレッグ「おまエは……とム」

グレッグ「オレを…ダしてくれ」

グレッグ「もう、イヤダ……これ以ジョウ」


トム「分かってる。今出してやる」

トム「ダニー、コイツにアレを飲ませてやれ」


ダニー「……嫌だ」

ダニー「おれ、こんなグレッグに近づきたくない」


トム「文句を言うな、さっきの罰だ」

トム「少しぐらい働け」


ダニー「でも……」


トム「大丈夫だ、噛みつきゃしない」


ダニー「分かったよ……はい、グレッグ」


グレッグ「ナんだ? こレハ……」


エディ「気にすんなよ、早く飲めって」

エディ「そしたら出してやるからさ」




グレッグ「ホン当か……?」


トム「ああ、本当だ」


グレッグ「ワカった」

グレッグ「…」ゴクゴク


エディ「ふぅー、これでひとまず安心だな」

エディ「全く……アイツがあんなになるの何て初めて見たぜ」


トム「よっぽど大量に食べたか、見たりしたんだろ」

トム「じゃなきゃ、あそこまでバケモノじみた言動になんてならねぇ」


騎士「な、なぁ……」

騎士「これは一体、どうなってるんだ」


エディ「ジェリーは知らねぇんだったな、グレッグのこと」


騎士「あいつは……グレッグというのか?」


エディ「ああ、正式にはグレゴリー」

エディ「アイツもオレ達のチームメイトで、ピーナッツモンスターだ」




騎士「……なんだ?」

騎士「その、ピーナッツモンスターというのは」


トム「グレッグのあだ名だ」

トム「普段は人畜無害なマトモな奴なんだが……」

トム「ピーナッツが絡むとさっきみたいに暴走しちまうんだ」


騎士「でも、どうして?」


トム「ピーナッツ依存症でピーナッツ排斥論者だかららしい」


騎士「意味が分からないぞ」


トム「さぁ……俺に聞かれても、な」

トム「ピーナッツ中毒を治すのに失敗して、ああなったらしいが……詳しくは分からん」

トム「分かってるのは……」

トム「ピーナッツを食べると暴走して、ピーナッツを取らなくても禁断症状を起こす」

トム「暴走したときはピーナッツを食わせれば、元に戻る」

トム「それだけだ」




騎士「……それでは、どうしようもないではないか?」


RB「いや、大丈夫だよ」

RB「グレッグはピーナッツを毛嫌いしてるけど、見た目がピーナッツじゃなきゃ大丈夫なんだ」

RB「その証拠に、ダニーがあげたアレを飲んでるだろ?」

RB「アレはミルクにピーナッツの粉を溶かしたやつさ」

RB「ぜんぶ飲み終わる頃には元通りだよ」


グレッグ「う、うう……」


トム「どうやら、正気に戻ったみたいだな」


グレッグ「トム!? どうしてここに」


トム「色々あってな……」

トム「後で話してやるよ」


グレッグ「そうか、ありがとう」

グレッグ「でも……どうしてオレは縛られてるんだ?」


トム「気にするな、俺達が来たときにはこうなってた」


グレッグ「そうなのか……」


トム「その恰好で話すのも難だろ?」

トム「今、鎖を外してやる」





   「号外! 号外だよ!」


           「そこの兄ちゃんたち、寄ってかねぇか?」

      「安いよ、安いよー」



エディ「こりゃあ、また……ずいぶんとデケェ街だな」

エディ「今までで一番大きい街じゃねぇか?」


騎士「それもそうだ、ここは大陸を二分する大国の首都なのだからな」

騎士「もっと大きなところだと思っていたくらいだ」


グレッグ「そう言うってことは、来たことがないのか?」


騎士「ああ、私はこの旅で初めて自分の国を飛び出したのだ」

騎士「だから、今までの旅の知識も本で読んだものなんだ」


ダニー「へぇ……おれ、本なんか一冊も読んだことない」


騎士「なら、読むべきだな」

騎士「使わない知識でもあるのとないのでは大違いだ」


ダニー「そうもんなのか?」


騎士「ああ、そういうものだ」




トム「ご歓談のところ悪いが……」

トム「お前ら、この街がおかしいって気づいてるよな?」


エディ「そりゃあ、オレだって」

エディ「ここの連中がおかしいことぐらい分かってる」

エディ「けど……絶対、面倒くさいことになるだろ、これ」


トム「そうは言っても、誰かいたらどうすんだ」

トム「放って置くわけにもいかないだろ」


エディ「でも、どうすんだよ」

エディ「いちいち聞いて周るか?」

エディ「『どうしてあなたはフットボールのユニフォームを来てるんですか?』って」

エディ「んなことしたら日が暮れちまうぜ?」

エディ「なんたって、ここの住民がほとんどみんなユニフォームを着てるんだかんな」


トム「とりあえずは……誰かに聞いてみるしかないだろ」




トム「で、分かったのが……」

トム「最近、この国で新しい勇者が生まれた」

トム「そんで、そいつがモンスターの砦を次々に落としている」

トム「当然……その勇者は人気者になり、その仲間も人気になった」

トム「その結果、勇者の仲間の鎧が大人気になり」

トム「みんなマネして着ている、と」


騎士「トーマス、その勇者というのは……」


トム「ああ……十中八九、ジェームズのやろうだな」

トム「そんでもってアイツの仲間がハロルド」

トム「何でか知らんが、ハロルドのユニフォームが人気になったんだろうな」


エディ「また、ジムの野郎か」

エディ「アイツ……本気でヒーローになろうとしてんのかよ」


グレッグ「ジェームズがどうなっているか知らないが、やりづらくはなったな」

グレッグ「オレ達と同じ格好をしている奴を探してるってのが通じないから」


騎士「情報を集めるしかないだろ」


エディ「だな」




騎士「そうと決まれば、酒場へ行こう」

騎士「何か分かるかもしれない」


トム「また、酒場か……」


RB「どうしたんだよ、トム」

RB「酒場にだって食べ物はあるじゃないか」


トム「……お前はいい加減に食い物を主体に考えるの止めろ」

トム「それで痛い目にあったんだろうが」


RB「仕方ないだろ? お腹がすいたら食べるしかないんだから」


トム「こいつは……」


RB「何か言ったかい? トム」


トム「何でもねぇ……行くぞ」




騎士「ふむ、ここも満席か……」

騎士「どうする?」


トム「別に無理して酒場に入る必要もないだろ」

トム「難だったら、そこらへんの奴をとっ捕まえて話を聞けばいい」


エディ「でも、トム……捕まえるったって一体どいつにすんだ?」

エディ「ユニフォーム姿の奴なんてそこかしこに一杯いるぜ」


トム「そんなもん、誰でもいい」

トム「例えばあそこで突っ伏してる奴とかいるだろ」


エディ「あのボロ布を纏った野郎をか?」

エディ「オレは嫌だぜ」


トム「なら、俺が行く」

トム「おい! そこのアンタ」


  「何だよ…」




トム「聞きたいことがあるんだ」


  「……後にしてくれ」


トム「すぐに終わるから、な?」


  「分かったよ、少しだ……」


トム「ん?」


  「お、お前……!?」


トム「何だ?」


  「トム! トムだろ!?」


トム「どうして俺の名前を……」


  「エディにダニー、グレッグとRBも!」


ダニー「……RB、知り合いなのか?」


RB「さぁ? ボクは知らないよ」


  「忘れちまったのか?」

  「俺だよ! スティンだよ!!」




スティン「あー、助かった」

スティン「ジェームズがいるのは知ってたが、お前達も来てるなんてな」

スティン「俺にもようやくツキが周ってきたぜ」


エディ「なぁ、スティン……お前に会えたのは嬉しいけどよ」

エディ「そのボロ雑巾みないな恰好はどうしたんだよ」

エディ「お前もジェームズと同じクチか?」


スティン「違う、盗られたんだよ」

スティン「お前達も知ってるだろ? この街でユニフォームが人気だって」

スティン「その煽りで俺のも目を付けられたみたいでさぁ」

スティン「通りを歩いてるところを後ろから……こう、な?」

スティン「お陰でこのアリサマよ」


騎士「それはいつの話だ?」


スティン「ん? アンタは……」

スティン「トム、知り合いか?」


トム「そいつはジェリーだ」

トム「説明が面倒くさいが、一緒に旅をしている仲だ」


スティン「俺はスティン」

スティン「よろしくな、ジェリー」


騎士「ああ、よろしく」




騎士「それで……鎧を奪われたのは何時なんだ?」

騎士「場合によっては取り返せるかもしれないぞ」


スティン「本当か!?」

スティン「たしか、3日か4日くらい前だった気がする」


騎士「なら、まだこの街にいる可能性が高いな」

騎士「賊の顔は見たのか?」


スティン「いいや……頭をぶたれた後は、気絶するまでボコボコにされたからな」

スティン「覚えてねぇや」


騎士「そうか……」


グレッグ「何とかならないのか?」

グレッグ「ユニフォームがないままじゃ、スティンもかわいそうだ」


騎士「そうは言っても……相手の顔も覚えていないのでは」


RB「なら、探せばいいじゃないか」

RB「食べ物がないなら自分で作る、それと同じさ」


トム「よし、決まりだな」

トム「夜まで各自情報収取、夜になったここに集合だ」

トム「ダニー、遅れるんじゃないぞ」


ダニー「なんで、おれだけ……」


トム「お前が一番心配だからだ」




トム「よし、集まったな」

トム「ん? ダニーの奴は……」


スティン「見てないぜ、どうせまた遅刻じゃないのか?」


トム「ったく、ジェームズもいないのに何やってんだか」

トム「それじゃあ始めるぞ」

トム「まずは俺からだが……正直言って収穫はゼロだ」

トム「せいぜい鎧泥棒が多いってことぐらいだな」


グレッグ「それならオレも聞いた」

グレッグ「ここ1ヶ月で頻発しているらしい」


騎士「私も似たようなものだ」

騎士「だが、これだけ噂になっているということは」

騎士「かなり大規模な組織のようだな」


スティン「ああ、前から噂は聞いてたが」

スティン「ここには大きな盗賊組織が居るらしい」

スティン「奴らは金目になりそうなモノを盗んでは、裏ルートに流してるんだとよ」


トム「RB、お前は?」


RB「先物取引が流行り始めたってことぐらいかな」


トム「どうやら……その盗賊組織ってのが、ユニフォーム強盗の犯人と考えていいみたいだな」




トム「で、どうやって取り戻すかだが……」


エディ「おい! 待て」

エディ「オレの話は!?」


トム「お前のは聞くだけムダだ」

トム「どうせ聞いても分からねぇ」


エディ「なっ! 言ったな……この野郎」

エディ「オレが何か掴んでたらどうするんだよ」


トム「何か分かったのか? 俺達が話した以外で」


エディ「そ、それは……」


     ガチャ


スティン「ほら、ダニーも帰ってきたみたいだぜ」

スティン「ケンカはそれぐらいにしておきな」


エディ「チッ、分かったよ……」

エディ「遅せぇぞ、ダニー」

エディ「もう話合いは……って、ダニー!?」




ダニー「エディ……おれ…」


エディ「どうしたんだよ! その傷は!?」


ダニー「おれ……見たんだ」

ダニー「街のヤツがユニフォームを取られてるところ」


スティン「なんだって!?」

スティン「そりゃ、本当なのか!」


ダニー「……ああ」


トム「それで……何があったんだ」


ダニー「後を付いて行ったんだ……ユニフォームを盗んだ奴の」

ダニー「そしたら、そいつが建物に入るのを見てさ」

ダニー「トムたちに知らせようとしたんだ」

ダニー「でも……」


騎士「奴らに見つかった……」


ダニー「あいつら……おれを殺すつもりだった」

ダニー「それで、何とか逃げ出して……」


トム「ここまで戻ってきたんだな」


ダニー「ああ」




騎士「トーマス、急いだ方がいい」

騎士「ああいう奴らはアジトをいくつも持っているんだ」

騎士「そのひとつが見られたとなれば、逃げ出す可能性が高い」

騎士「この機会を逃したら探し出すのはより難しくなるぞ」


トム「ダニー、場所は分かるか?」


ダニー「ここから……裏路地に入って」

ダニー「……四つじを右に曲がった3番目の左側」


スティン「その場所なら分かる」

スティン「俺が案内するぜ」


トム「奴らのアジトに乗り込む」

トム「RB、ここでダニーを見てやってくれ」


RB「分かった」


トム「行くぞ!」





   ガチャ ガチャ ガチャ



エディ「クソッ! 鍵かかってやがる」


トム「離れてろ、エディ」

トム「ドアをぶち破る」

トム「行くぞ! グレッグ」


トム&グレッグ「「うりゃぁ!!!」」


    
   ガンッ  ガタンッ



騎士「よし! 開いた」


スティン「行くぜ!」



    ダダダダダダダ







盗賊1「……!」



トム「よし、まだ居残ってたみたいだな」



盗賊1「くっ、仲間を呼ばれたか」


盗賊2「やはり……始末しておくべきだったか」



エディ「オレ達がどうして来たのか……分かってるよな?」


  
盗賊1「報復だろ? 仲間の」

盗賊1「だがな、オレ達もただでやられるわけにはいかねぇ」チャキ


盗賊2「ここに乗り込んだことを後悔させてやるよ」ガチャ


盗賊3「出てこい、お前ら!」



   カチャ ジャキ  チャキ



スティン「おいおい、3人だけじゃなかったのかよ!?」





騎士「6人……トーマス!」

騎士「私だけでは対処しきれないぞ」ジャキ


トム「分かってる」

トム「エディ! ボールだ」ヒョイ

トム「一発お見舞いしてやれ」


エディ「おうよ!」

エディ「くらいやがれ!!」バシッ

   

盗賊3「なっ! ぐへっ……」バキッ


盗賊5「おい! 何しやがった!?」



トム「グレッグ、かかれ!」



グレッグ「おらっ…!」


盗賊5「ギャッ……!」ガスッ


盗賊1「やりやがったな!」





スティン「危ねぇ! グレッグ!」ガンッ


グレッグ「ぬわっ……!」ドンッ
 


     ザシュッ

 
   
盗賊1「クソッ……余計なもんを斬っちまった」




トム「大丈夫か!? グレッグ!」

   
盗賊2「よそ見してんじゃねぇ!」ヒュンッ


騎士「危ない!」キンッ


盗賊2「チッ…!」


トム「悪い、ジェリー」

トム「今どかしてやる」

トム「どりゃ!!」ガンッ


盗賊2「ぐがっ……」


騎士「助かった」





盗賊1「今度は外さねぇぞ」


スティン「マズい……こっちに来るぞ、グレッグ」


グレッグ「…」


スティン「どうしたんだよ!? グレッグ!」

スティン「このままじゃ切られちまうぞ!?」


グレッグ「……してやる」


盗賊1「死ねっ!」


グレッグ「ブッ殺しシテやる!!」


盗賊1「なっ、なんだこいつは……いきなり」


グレッグ「うおぉォォォォオおおおおオオ!!!!」


盗賊1「う、うぎゃぁぁぁぁああ!!!」



    ドカッ 
         バキッ 
              グシャ




盗賊4「な、なんだ?! 何が起きてやがる」


グレッグ「おまエも……オまえもかぁあああ!!」


盗賊4「や、やめろ……来るな!」


グレッグ「オらぁァアア!!」


盗賊4「にぎゃあぁああああ!!!」





スティン「トム! 大変だ」

スティン「グレッグが暴走した!」


エディ「嘘だろ!? こんな場所のどこにピーナッツなんか」


スティン「袋だ!」

スティン「ここに積んであった袋にピーナッツが入ってたんだよ」

スティン「それをあの盗賊が切り開いちまって……」


トム「話は後だ」

トム「さっさとこの部屋から離れるぞ」


騎士「だが、グレッグを置いては……」


エディ「ああなっちまったらどうしようもねぇ」

エディ「そこらへんに転がってるズタ袋みたいになりたくなきゃ、さっさと逃げんだよ」


騎士「しかし……!」


トム「今のアイツは見境のないモンスターだ」

トム「殺されたくなかったら、奴の視界に入らないようにするしかない……分かったか?」


騎士「わ、分かった……そこまで言うなら信じよう」



  「ウぎャァぁぁぁァァァあアアアアア!!!!」



スティン「話は終わったのか?」

スティン「さっさと逃げようぜ!」

スティン「こんな場所にいたんじゃ、命がいくつあっても足りねぇよ」




グレッグ「それで……大丈夫だったのか?」

グレッグ「途中から記憶がないんだが」


トム「大丈夫だ」

トム「盗賊どもが厄介なモノを取引していただけで、後は問題ない」

トム「スティン、お前からも言ってやれ」


スティン「ああ、そうとも」

スティン「俺はユニフォームを取り戻したし、盗賊組織はもれなく壊滅」

スティン「街の平和も戻って、バンバンザイさ」


グレッグ「本当に大丈夫なのか?」


エディ「大丈夫だって言ってるからいいんだよ」

エディ「細かいこと気にしてるとハゲちまうぞ?」


グレッグ「それは……嫌だ」


エディ「だろ?」




騎士「ところで、グレゴリ―」

騎士「本当に覚えてないのか?」


グレッグ「ああ、よくあるんだ」

グレッグ「トムたちに会ったときもそうだった」


騎士「そう……なのか」


トム「それ以上聞いてやるな」

トム「それより、次はどこへ向かうんだ?」

トム「前の街を出てから結構たったぞ」


騎士「ああ、次は……」


RB「おーい、トム」


トム「どうした? RB」


RB「なんか……変なヤツがいるんだ」


トム「変なヤツ?」


RB「そう、ボクらだけじゃどうしようもないから」

RB「見に来てくれない?」


トム「分かった……そこで待ってろ」





   「…」



ダニー「アレだよ、トム」


トム「何だ? あの鎧野郎は」

トム「馬鹿デカい斧なんか担いで」


RB「分からないけど」

RB「あそこで待ち伏せしてるみたいんだよね」


トム「無視だ、無視」

トム「放っとけ、あんな得体のしれない奴」

トム「わざわざ関わり合いになる必要はないだろ」


ダニー「でも、トム」


トム「どうした?」


ダニー「こっちに向かって来てる」


トム「あ?」





  「待っていたぞ」



トム「……何の用だ?」

トム「道に迷ったんだったら他を当たってくれ」

トム「こう見えても、俺達は忙しんだ」



  「心配するな、時間は取らせん」

  「単なる人探しだ」



トム「それなら尚更、他の奴に聞くんだな」

トム「アンタの探してるヤツなんて俺達は知らん」

 

  「いいや……知ってるはずだ」



トム「だからな……」





騎士「どうかしたのか? トーマス」

騎士「何やら困っているようだが……」


トム「ああ、聞いてくれ」

トム「この……」



  「見つけたぞ、勇者」

  「聞いていた情報と違うが……随分と仲間を増やしたようだな」



トム「……何言ってんだ? コイツ」



  「我が名は魔王三柱(ビッグスリー)が1人、銀斧のウォルター」



トム「ビッグスリーねぇ……」

トム「車でも売ってそうな名前だな」


騎士「トム……油断するな」

騎士「コイツは魔王直属の部下だ」

騎士「おそらく、この大陸でその名を知らない者はいない」





銀斧「炎天の勇者ジェームズよ」



トム「ジェームズの奴と勘違いしてるのか……面倒なことになった」


騎士「どうする? 戦って勝てる相手ではないぞ」


トム「待ってろ……今、考える」



銀斧「お前の活躍は大陸はおろか、遥か魔王城の魔王様の耳にまで届いている」



トム「ダニー、ボール持ってるか?」


ダニー「持ってるけど……手元にはない」


トム「じゃあ、そいつを取り戻って、俺に投げてよこしてくれ」


ダニー「ああ、わかった」



銀斧「人間の勇者にしてはよくやった 魔王様もそう仰せだ」



トム「おい、RB……走れるか?」


RB「大丈夫だけど」


トム「向こうにいるエディたちを呼んで来い」

トム「それでこう言うんだ『俺の前に敵がいる、合図をしたら飛び込め』ってな」


RB「分かった」





銀斧「しかし、その活躍もこれまでだ」



騎士「な、なんという魔力……」

騎士「来るぞ! トーマス」


トム「……分かってる」

トム(頼むぜ……ダニー、RB)



銀斧「魔王の命により、その命を……」


ダニー「トム!」ヒュッ


銀斧「な…!」



トム「ナイスパスだ! ダニー」パシッ




トム「食らえ!」ブンッ



     バシッ



ウォルター「ハッ……」

ウォルター「このような子供だましで私が倒せると思ったか!」

ウォルター「甘い! 甘いぞ!! ゆう……」



トム「潰せ! ランニングバックだ!!」

トム「ボールを持ってるぞ!」



銀斧「なに……!?」



   「「「「うおりゃぁあ!!!」」」」


     ダダダダダダダダダダダダダ    




   

銀斧「………! ……!!!」ジタバタ


エディ「で、どうするよ……コイツ」


トム「放置でいいだろ」

トム「運が良かったら助かるし、悪かったら野垂れ死にだ」


騎士「私は反対だ、トーマス」

騎士「こいつは人間に仇なす悪魔」

騎士「生かしておく道理はない」


トム「でもなぁ……」

トム「人殺しってのも寝覚めが悪いし」

トム「第一、俺は殺したくない」


スティン「俺もトムに賛成だ」

スティン「ここの法律がどうなってんのか知らねぇが、俺達の国じゃ立派な犯罪者だ」

スティン「身内に人殺しなんていない方が良いだろ?」


騎士「だが……こいつは魔族だぞ」

騎士「伝承にもある通り、太古の昔から人間の敵だったのだ」

騎士「その敵を生かしておいていいのか?」





RB「別に敵味方の話をしてるわけじゃないよ」


騎士「では、何だというのだ」


RB「家畜を殺すの一緒さ」

RB「ボクは肉が大好きだし、そのために家畜が死んでも何とも思わない」

RB「でも、生きてる家畜をワザワザ自分で殺したりしないよ」

RB「だって……血抜きはめんどくさいし、動物を殺したなんて聞こえが悪いじゃないか」


騎士「つまり……」

騎士「この魔族がどうなっても知らないが、殺すのは嫌だと言いたいわけか?」


RB「まぁ、大体そんな感じ」


騎士「それこそ詭弁ではないか!」

騎士「自分が汚れる覚悟がなくて、何が正義だ」

騎士「それでも、お前達は勇者なのか!?」


ダニー「おれ……よくジムにいじめられるから、ジェリーの気持ちも分かる」

ダニー「何度もぶっ殺してやりたいって思ったけど」

ダニー「でも、本当に殺すのとは違うと思うんだ」


騎士「お前と一緒にするな」

騎士「この世界を知らないからそう言えるのだ!」




グレッグ「やめるんだ、ジェリー」

グレッグ「ケンカをしたところで解決はしない」


騎士「私が間違っているというのか?」

騎士「魔王は悪、人間の敵だ」

騎士「その悪を生かしておいていいというのか!?」


トム「……分かった、ジェリー」

トム「そいつはお前の好きにしろ」

トム「その代わり、俺はこの旅を下りさせてもらう」


エディ「お、おい! いきなり何を言いだすんだよ!?」


トム「仕方ないだろ」

トム「これ以上話し合っても時間の無駄だ」


騎士「勇者の役目を捨てると言うのか!? トーマス」


トム「今までハッキリしなかった俺も悪いが……」

トム「ジェリー、俺は最初から勇者になったつもりなんてない」

トム「最初に言っただろ? 勇者はよしてくれって」




騎士「なら、どうして旅に出た!?」

騎士「だったら最初から断ればいいだろう!」


トム「分かりやすい目的をくれたから、それに従っていただけだ」

トム「元から魔王なんて奴を倒すつもりなんてサラサラない」

トム「人殺しの片棒を担がされるんなら尚更だ」


騎士「フフフ……あはははは」

騎士「私は最初から騙されていたいうわけか」


エディ「おい、ジェリー」


騎士「もういい……」

騎士「こんな旅、私の方からやめてやる!」


エディ「お、おい! 待てって」


騎士「いいんだ、終わったんだよ……エドワード」

騎士「もう会うこともないだろうが、お前達との旅は楽しかったぞ」


エディ「おい! ジェリー!!」




エディ「トーマス! よくも言ってくれたな!?」

エディ「もっと他に言い方ってもんがあっただろうがよ!」


トム「悪いが、他に思いつかなかった」


エディ「何が思いつかなかっただ!」

エディ「仲間は見捨てないとか言ってたくせに……」

エディ「ジェリーは仲間じゃなかったのかよ!?」


スティン「落ち着けって! エディ」


エディ「落ち着いてられっか!」

エディ「もういい! オレはジェリーに付いていく」

エディ「後悔しても知らないからな!?」


スティン「待て! エディ」

スティン「いいのかよ!? トム」


トム「好きにさせとけ」

トム「行きたいんだったら、お前も行ってもいいぞ」




ダニー「トム、おれ……」


スティン「まさか、お前まで行くなんて言わないよな? ダニー」


ダニー「やっぱり、放っておけない」

ダニー「おれが困ったときはいつもトムが助けてくれたからさ……」


トム「……分かった」

トム「お前が決めたんならそれでいい」

トム「ただ、俺は魔王に会いに行く」

トム「アイツらにその気があるなら、言っておけ」


ダニー「……わかった、トム」


スティン「ダニーまで!」

スティン「トム、いい加減にしないと怒るぞ」


トム「…」


スティン「この野郎ッ…!」


RB「やめなよ、スティン」

RB「今更、何をしてもジェリーたちは戻ってこないよ」




スティン「なんだよ、RB!」

スティン「コイツの味方をするつもりか!?」


RB「どのみち、あんな状態じゃ話がつかないのは目に見えてたんだ」

RB「トムが切り出してなかったら、ジェリーが孤立して終わりさ」

RB「キレイに2つに割れただけマシじゃないかな」


スティン「そいつは……」


グレッグ「スティン、RBの言うとおりだ」

グレッグ「トムを責めたってどうしようもない」


スティン「くっ……」


トム「話し合いは終わったみたいだな」

トム「じゃあ、行くぞ」

トム「コイツに魔王とやらの居場所を吐かせたら、出発だ」


銀斧「……!? ……!」ジタバタ




ダニー「本当に帰るつもりなのかよ?」

ダニー「トムだって魔王に会いに行くって言ってたんだ」


騎士「どうせ嘘に決まっている」

騎士「もう私は騙されない」

騎士「お前だって分かってて、こちらに来たんだろう?」


ダニー「違う、おれは……このまま別れるのが嫌だから!」


騎士「もう諦めるんだ」

騎士「私に戻るつもりはない」


ダニー「でも……」


エディ「あー、もう! いい加減にしろ」

エディ「いつまでウダウダやってるつもりだよ」

エディ「もう終わったことだろ? いつまで引きずってるつもりだ」


ダニー「でも、エディ」

ダニー「それじゃあ……元に戻らないだろ」


エディ「いいんだよ、ジェリーが帰るって言ったら帰る」

エディ「こっちに来たってことはそういうことだろ?」

エディ「ジェリーも言ってやれ、トムのことは忘れろってな」


騎士「…」


エディ「どうしたよ?」


騎士「いや……なんでもない」

騎士「それより、先を急ごう」

騎士「この先に小さな村があるみたいだ」

騎士「日没前にはそこに着いておきたい」




騎士「……なんとか日が沈む前に到着できたな」


エディ「そりゃあ、結構なことだけどよ」

エディ「今晩の宿はどうすんだ?」

エディ「ここは村っていうより廃村だぜ」

エディ「まともな家は一軒しかねぇし」


ダニー「野宿は?」


エディ「バカ言え、何が楽しくてこんなとこで野宿しなきゃならないんだよ」

エディ「大体、キャンプの道具も置いてきちまったじゃねぇか」


騎士「ダメ元でその家に聞いてみよう」

騎士「最悪、小屋にでも泊めてくれるかもしれない」


エディ「小屋だって?」


騎士「ああ、贅沢を言っていられないからな」


エディ「牛や豚どもと一緒に寝るのかよ……」

エディ「勘弁してほしいぜ」





   コン コン コン



騎士「すみません」


少女「はい? どちら様でしょうか」


騎士「旅の者です」

騎士「僭越ながら、一晩だけでも泊めてもらえないでしょうか?」


少女「どうかなされたのですか?」


騎士「とある事情で、野営の道具を失くしてしまったので……」

騎士「夜を明かす術がないのです」


少女「それは大変です」

少女「汚い家ですが、それで良ければ」


騎士「めっそうもない、泊めて頂けるだけでも十分ありがたい」

騎士「エドワード、ダニエル、泊めてくれるそうだ」


ダニー「よかったな……小屋じゃなくて」


エディ「ああ、感謝感激だぜ」


少女「あ……!」




少女「待ってください!」

少女「あの人たちも一緒でなんすか!?」


騎士「そうだが……何か問題でもあるのか?」


少女「ごめんなさい! やっぱりムリです」

少女「帰ってください!」


エディ「おいおい、そりゃないぜ」

エディ「ぬか喜びさせておいて、いざそうなったらダメですってなぁ? ダニー」


ダニー「でも、ダメだって言ってるし……」


エディ「分かってねぇな」

エディ「こういうのはゴネたほうが得なんだよ」


ダニー「…」


エディ「で、泊まってもいいよな!」

エディ「最初は良いって言ったろ?」


少女「ダ、ダメなものはダメなんです!」

少女「お願いですから帰ってください!」




騎士「エドワード、そのくらいにしておけ」

騎士「家主がダメだと言っているんだ」

騎士「ここは引くしかあるまい」


エディ「でも、ジェリー」

エディ「これからどうするんだよ」

エディ「まさか、地べたに寝転がって過ごせってのか?」


騎士「何かいい手を考える」


  「どうかしましたか? 旅の方」


エディ「どうしたもこうしたも……って、お前!?」


  「僕の顔に何か?」


ダニー「デイブ!」


デイブ「デイブ? それは、一体……」


少女「何でもないの!」

少女「忘れて! ラルフ」


デイブ「待ってくれ、フラン」

デイブ「僕には何が何だかさっぱり……」




エディ「おい! 忘れちまったのか!?」

エディ「オレだよ、エドワードだ!」

エディ「ダニーだっている」


ダニー「そうだ、デイブ!」


デイブ「デイブ、エドワード、ダニー……」

デイブ「くっ……頭が」


少女「ラルフ!」

少女「お願い、帰って!」

少女「お願いだから、ラルフを連れて行かないで!!」


エディ「だから、そいつは!」


騎士「エドワード!」


エディ「なんだよ!? ジェリー」


騎士「ここはひとまず引こう」

騎士「これ以上は話し合いを出来る状況じゃない」


エディ「でもよ……!」


ダニー「……行こう、エディ」


エディ「ダニーまで、クソ……分かったよ!」




エディ「で、どうするんだよ? ジェリー」

エディ「もう日は沈んじまったし、野営の道具もないんだろ」


騎士「とりあえず、火を起こして暖をとろう」

騎士「そうすればいくらかマシになるだろ」

騎士「ダニエル、火打石は持ってるか?」


ダニー「……持ってない」


騎士「そうか」


エディ「やっぱし、あそこに戻ろうぜ」

エディ「デイブのことだって気になるしよ」

エディ「自分のことを僕とか言って、アレは普通じゃなかったって」


騎士「本当に知り合いなのか?」

騎士「覚えがない様子だったぞ」


ダニー「ユニフォームは着てなかったけど……」

ダニー「あれはデイブ……デイビットに間違いないよ」


騎士「なら、どうしてお前達が分からないんだ?」

騎士「人違いじゃないんだろ?」


エディ「こっちが聞きたいぐらいだね」

エディ「頭でも打っちまったんじゃないのか?」


  「そうかもしれないね」

  「気が付いたら、何も覚えてなかったんだ」


エディ「そうそう、頭を打った拍子に記憶が……って、デイブ!?」




デイブ「良かった、まだここに居たんだ」


ダニー「デイブ……どうして?」


デイブ「どうしても気になったんだ」

デイブ「僕のことを知っているみたいだから」


騎士「どういう意味だ?」


デイブ「僕はここに来るまでの記憶がないんだ」

デイブ「気が付いたらこの近くの森で倒れていて」

デイブ「あの子……フランソワに助けられたんだ」


エディ「マジかよ」

エディ「ホントに記憶が無くなっちまったのか?」


デイブ「ああ、今だって思い出せない」

デイブ「君達に会うまでは自分の名前さえ分からなかったんだ」




騎士「でも、どうやって私達に会いに来たのだ?」

騎士「あの様子だと彼女が許さないんじゃないか」


デイブ「フランには悪いけど、黙って抜け出してきたんだ」

デイブ「自分の過去がどうしても知りたかった」

デイブ「この機会を逃したら、もうチャンスはないだろうから」


ダニー「でも、おれ達じゃ力になれないかも」

ダニー「普段のデイブは喋らないし……」

ダニー「教えられるのはポジションぐらいだ」


デイブ「どんなことでもいいんだ!」

デイブ「教えてくれ! 頼む」


エディ「分かったから、そう熱くなるなって」

エディ「話してやるからよ」


デイブ「本当か!? ありがとう」


エディ「ったく……やりずらいぜ」

エディ「いいか? オレの知ってるお前は妙に無口で……」




エディ「どうだ? これでちょっとは思い出したか」


デイブ「ダメだ……思い出せない」

デイブ「でも、僕がそんな場所にいたなんて信じられない」


エディ「向こうに行けば嫌でも思い出すだろ」

エディ「あっちじゃ、こんな村なんて滅多にお目にかかれないからな」


デイブ「……ああ」


エディ「さ、分かったら、さっさと寝る準備をしな」

エディ「明日は早いんだろ? ジェリー」


騎士「ああ、なるべく早く街へ出たいからな」


デイブ「待ってくれ、フランを置いてはいけない」

デイブ「今日は話を聞きに来ただけなんだ」

デイブ「君達とは一緒に行けない」


エディ「それじゃあ、おめえぇは一生こんなとこにいるつもりか?」

エディ「お前がいなきゃ試合もできないじゃねぇか」


ダニー「そうだ、デイブ」

ダニー「おれたちは11人しかいないんだ」

ダニー「誰かが抜けるなんて……」




デイブ「それでも……彼女を1人にするわけにはいかない」

デイブ「この村を見たら分かるだろ?」

デイブ「あの子はたった1人で生きてきたんだ」

デイブ「君達を追い払ったのだって、君達が僕の知り合いだと思ったからだ」


エディ「本気で言ってんのかよ、デイブ」

エディ「こんなところに居たってお前の記憶は戻りゃしねぇ」

エディ「元に戻りたいから、オレ達のところに来たんじゃねぇのかよ!?」


デイブ「それは……」



      ガシャン  ゴォオォオオオ



デイブ「!」

デイブ「フランの家の方だ!」


エディ「おい、待て! デイブ」


ダニー「あ、勝手に行くなって!」


騎士「私達も追うぞ!」




デイブ「フラン! どこにいるんだ!?」


少女「来ないで! 来ないでラルフ!!」


  「フッフッフッ……誰かと思ったらただの雑魚か」


デイブ「彼女を離せ!」


  「イヤだと言ったら……?」


デイブ「この……ッ!」



エディ「よせっ! デイブ!!」



少女「やめてッ!!」


  「目障りだ……」ヒュッ


デイブ「がはっ……!?」バキッ


  「消えろ」バシッ


デイブ「ぐはっ……」ドサッ




ダニー「デイブ!」


騎士「くっ……遅かったか!」


  「ようやくお出ましか、勇者ジェームズ」

  「お前が来たならこの女には用はない」ブンッ


少女「かは……っ!」ガキッ



   ヒュュュゥ  ガァアアン



エディ「あ、あの野郎……!」


騎士「離れるな! エドワード」

騎士「隊列を乱したら、私達の負けだ!」


エディ「クソッ…!」


  「安心しろ、殺してはいない」

  「場違いなので退場してもらっただけだ」

  「雑魚相手に魔力を浪費するのは愚の骨頂だからな」


騎士「何者だ! 何故こんなことをした!?」


  「紹介が遅れた……俺はビッグスリーの1人、暴虐のヘンリーだ」


騎士「な……なんだと!?」




暴虐「ウォルターを探していたら、勇者に出会えるとはな……」

暴虐「流石の俺も予想外の出来事だよ」


ダニー「ジェリー、どうすれば……!」


騎士「ここは私が時間を稼ぐ」

騎士「お前達はデイビットたちを連れて逃げろ!」


エディ「おい、ジェリー!」


騎士「命令だ! 早くしろ」


暴虐「ここにきて仲間割れとは」

暴虐「敵を目の前にしていいのか?」


騎士「くッ……行け!」

騎士「うおぉぉぉぉおお!!!」ヒュッ



    キンッ



暴虐「勇者ともあろうものが無様に突っ込んでくるとは……」

暴虐「失望したぞ」ザッ


騎士「ぐわっ……!」


エディ「ジェリー!?」




騎士「くそ……!」

騎士「やあっ!!」ブンッ


   カンッ


暴虐「無駄だ」ガンッ


騎士「ぬぐっ…」


暴虐「どうした……なぜ本気を出さない」

暴虐「勇者の力はその程度ではないだろう!」


騎士「黙れぇ…!」ヒュゥ


   カキンッ


暴虐「……分かった」

暴虐「そこまで、本気を出したくないなら……」



エディ「くらえッ!」バンッ



   バシッ



暴虐「……邪魔だ」

暴虐「こんな球で俺が倒せると思ったか!?」




エディ「行け! ダニー」


ダニー「うおぉぉぉぉおお」ダダダダダダ



暴虐「な…!?」



エディ「ジェリー! 今だ」



騎士「たぁああ!!」


   ザシュッ


暴虐「がはっ……」ドサッ


ダニー「た、倒した……?」


エディ「やったな、ジェリー」

エディ「オレ達だけでもなんとかなったじゃねぇか」


騎士「い、いや……様子がおかしい」


暴虐「………ハッハッハッハッ」

暴虐「油断していたわけではないが、この俺が深手を負うとは……」




エディ「な、なんだよ! アイツ!」

エディ「まだやるってか!?」


騎士「クソ、これまでか……」


暴虐「いいだろう、お前達の敢闘を祝して全力を出してやろう!」



  「いいや、その必要はねぇぜ」

    
       ズブッ


暴虐「な……! 貴様は、一体……」  



  「俺か? 俺はなぁ……」



ダニー「ジ、ジム!?」



ジム「正義の勇者様だ」ザンッ

   

暴虐「が、はっ……」





エディ「で、なんでお前がここにいるんだよ! ジム」


ジム「助けてやった割に随分な口の利き方じゃねぇか? エディ」


エディ「いちいちムカつく野郎だぜ」

エディ「けど、助けられたのは事実からな」

エディ「礼だけは言っておいてやる」


ジム「ハッ、普段からその態度で望んでもらいたいもんだね」


エディ「それで……なにしにここに来たんだ」

エディ「また、ダニーの奴をからかいに来たのか?」


ジム「別にお前らに用はねぇよ」

ジム「たまたま通りかかっただけだ」

ジム「まぁ……敵の幹部をやれたんだから、収穫はあったがな」


騎士「その幹部のことだが……」

騎士「なぜ逃がしたんだ?」

騎士「あの一撃も急所を外していただろう」


ジム「ハリーの奴がうるせぇんだよ、人型を殺ると」

ジム「こっちとあっちは違うっつうのに面倒くせぇ奴だよ」

ジム「だが、まぁ……生かしておいた方が俺の知名度も上がるし」

ジム「文句があるってわけでもねぇけどな」




エディ「……バカじゃねぇのか」

エディ「わざわざ自分から目を付けられたがるなんてよ」


ジム「フンッ、仲間内でケンカ別れした奴に言われたくないね」

ジム「あいつの口振りからして、勇者になんてなるつもりなんて無いのは分かり切ってたのによ」


騎士「…」


ジム「けどよ……お前までここにいるなんてな、ダニー」

ジム「アイツの金魚のフンかと思ってたぜ」


ダニー「おれは……別に」

ダニー「いつまでもトムに頼りたくないから」


ジム「……お前が何を考えようがどうでもいいや」

ジム「おい、ハリー」

ジム「デイブ達の様子はどうなんだ?」


ハリー「頭を打ってるが命に別状はないみたいだ」

ハリー「そろそろ目が覚めてもいいはず」


ジム「なら、放っておいてもいいな」

ジム「行くぞ、ハリー」




エディ「おい! どこ行くんだよ!?」


ジム「勇者様は忙しいんだ」

ジム「これ以上付き合っていられるほど暇じゃねぇ」


エディ「うるせぇ! 浮かれ野郎」

エディ「テメェはいいだろうが、オレ達は迷惑してんだ!」

エディ「お陰で魔王とやらに目を付けられちまったじゃねぇか」


ジム「知るか、テメェのことはテメェでどうにかしろ」

ジム「俺は自分のやりたいようにやっただけだ」

ジム「他人にとやかく言われる筋合いはねぇ」


エディ「んだと……この野郎!」


騎士「止めろ! エドワード」


ジム「やるのか? チキン野郎」


ハリー「ジム! 言い過ぎだ」


     「うるさい!」


ダニー「デ、デイブ……起きてたのか?」


デイブ「静かにしろ、睡眠の邪魔だ」




デイブ「世話になった……なったね」


少女「ラルフ……いいえ、デイビット」

少女「ありがとう、今まで」


デイブ「それは俺……僕のセリフだ、よ」


少女「いいの、無理しないで」

少女「元の喋り方のほうが楽でしょ」


デイブ「済まない」


少女「あなたが謝ることなんてないわ」

少女「こうなることはあなたを拾ったときから分かってたの」

少女「……私のわがままに付きあわせて、ゴメンなさい」


デイブ「……俺は楽しかった」

デイブ「拾ってくれたのがお前でよかった」


少女「ラルフ……」


デイブ「話しいてないことがいっぱいある」

デイブ「だから……」


少女「分かった」

少女「私……待ってるから」

少女「絶対に戻ってきて、約束よ」


デイブ「ああ、約束だ」




エディ「……なぁ、アイツばっかりズルくねぇか?」

エディ「オレ達も結構、頑張ったぜ」


ダニー「……確かに」


騎士「気にするな」

騎士「そのうちお前達にもいい相手が現れるさ」


ジム「どうだかね」

ジム「こいつらじゃ、一生かかっても無理じゃねぇか?」


エディ「あ ん だ と !?」

エディ「そういうテメェはどうなんだよ!」

エディ「脳みそがお花畑の男に寄りつく女なんて居ないんじゃないのか?」


ジム「ハッ、何とでも言いやがれ」

ジム「お前達じゃ到底、俺には勝てないんだからな」


エディ「な、なんだよ……その余裕」

エディ「何かアテでもあるって言うのかよ!?」


ジム「まぁな」


エディ「なんだよ! 言ってみろ」


ハリー「エディ、やめておいた方が良い」

ハリー「たぶん君達じゃジムには勝てない」




エディ「どういう意味だよ!?」

エディ「このバカのが、オレ達より格が上ってことか?」


ハリー「そういう意味じゃない」

ハリー「ただ……聞いたところで傷が深くなるだけだ」


エディ「そんなモン構わねぇ」

エディ「コイツがこんなに余裕かましてる理由が知りてぇんだ!」

エディ「な? ダニー」


ダニー「あ、ああ」


ハリー「後悔するなよ」


エディ「大丈夫だ」


ハリー「……ジムは王都にファンクラブを持っているんだ」

ハリー「それも、数千人規模のな」


エディ&ダニー「「んなっ……!」」


騎士「さすがに、一国の勇者は……」


エディ&ダニー「」


騎士「相手が悪すぎたな」




騎士「で、次はどこへ向かうのだ? 魔王城か」


ジム「いや、俺達はその前に寄るところがある」


エディ「どこだ? そりゃ」


ジム「情報が入ったんだよ」

ジム「ハリーと同じ格好をした奴がモンスターに連れてかれたってな」

ジム「ガセかもしれねぇが、モンスターの巣には変わらねぇし」

ジム「勇者としては見過ごせねぇわけだ」


ハリー「それがこの先にある砦で」

ハリー「王都から向かっていたら、君らに遭遇したんだ」


エディ「で……いいとこだけ持って行ったってわけだ」


ジム「そう僻むなよ、エディ」

ジム「俺が居なきゃお陀仏だったんだからよ」


エディ「チッ……よく言うぜ」


ジム「それじゃ、俺達は行くぜ」

ジム「勇者は忙しいからな」


騎士「待ってくれ、ジェームズ」

騎士「私達も付いて行っていいだろうか?」




エディ「ジェ、ジェリー……?」

エディ「何言いだすんだよ」

エディ「コイツと一緒にモンスターの巣に行こうってのか!?」


騎士「そうだ」


ダニー「でも、どうして…!」


騎士「どうやら……私達は魔王に目を付けられてしまったらしい」

騎士「たとえ向こうの勘違いだとしても」

騎士「確実に奴らは私達の命を狙ってくるだろう」

騎士「こうなってしまっては、勇者の近くにいた方が安全だ」


エディ「でもよ……」


デイブ「俺は賛成だ」

デイブ「わざわざ別行動する理由がない」


ダニー「デイブまで」


ジム「仕方ねぇなぁ……」

ジム「俺はアホみたいパーティを増やす主義じゃねぇが」

ジム「放っておいて野垂れ死にされるのも気分が悪いしな」


騎士「恩に着る、ジェームズ」


エディ「マジかよ……」




スティン「なぁ、トム」

スティン「お前は勇者の使命とかいうのには従わないんだろ?」


トム「ああ」


スティン「なら、どうして俺達は魔王の城なんかに向かってんだよ?」

スティン「わざわざ魔王なんていうケッタイなモンに会う必要なんてないだろ」


グレッグ「そうだ、トム」

グレッグ「魔王を倒すつもりは無いって言ったじゃないか?」


トム「確かにな……」

トム「俺だって魔王なんて眉唾モンに会いたいなんて思っちゃいない」

トム「でも、他に出来ることがあるか?」


スティン「そんなの決まってる」

スティン「俺達以外の仲間を探すことだろ」


トム「それで……見つけてどうする?」

トム「仮に見つかったところで元の世界に帰れる保証はないんだぞ」


スティン「それは……」


トム「だったら、ここに来て最初に言われたことをやってみるしかねぇ」

トム「それにジェームズの奴も魔王を目指してる」

トム「ジェリーもその気があれば魔王討伐を続けるはずだ」

トム「上手く行けば、魔王の前で全員集合さ」




トム「ま、嫌なら無理に来いとは言わねぇけど……」

トム「どうするよ?」


スティン「そこまで考えてたなんてな」

スティン「伊達にキャプテンはやってないか……」

スティン「よし、いいぜ」

スティン「魔王城だろうがなんだろうが付いて行ってやるぜ」

スティン「な? グレッグ」


グレッグ「ああ、オレもトムに付いていくよ」

グレッグ「RBは?」


RB「別に、ボクはなんだってよかったさ」

RB「ただ……空きっ腹だけは勘弁してほしいね」


スティン「どうする? トム」

スティン「RBを満足させるのは難しいぜ」


トム「人の2倍以上食う奴の心配なんかしてられん」

トム「いざとなったら、そこらへんの雑草でも食わせとけ」


RB「いくらボクでもそれは……」


トム「それが嫌なら、さっさと歩くんだな」

トム「遅くなったらそれだけ食料が無くなっちまう」




グレッグ「街に着いたはいいけど……」

グレッグ「なんだか、居心地の悪いとこだな」


トム「我慢しろ」

トム「あの斧野郎の言う通りなら、ここが最後の人里らしい」

トム「多少は荒れてても人がいるだけマシだ」


スティン「でも、見てみろよ」

スティン「あの檻……人間が入ってるぜ」

スティン「これってアレだろ? 人身売買ってやつだろ」


トム「……さぁな」

トム「自分から檻に入るキテレツな趣味でもなきゃ、そうなんだろ」

トム「何にしても関わらないのが一番だ」

トム「面倒事は増やしたくない」


スティン「そうだな……魔王城とやらも近いらしいし」

スティン「必要なモンを手に入れたら、さっさとおさらばしようぜ」


RB「残念だけど」

RB「そうはいかないみたいだよ」




スティン「あ? 何だって」

スティン「また腹が減ったってか?」


RB「そうじゃないよ」

RB「アレを見てみなよ、アレ」


グレッグ「アレって……ただの檻じゃないか」

グレッグ「関わらない方が良いって話したばかりだろ?」


RB「違う、檻の中身だよ」

RB「薄汚れてわかりずらいかもしれないけど……」


トム「な……アイツは!?」


スティン「ケン!?」




ケン「…」


トム「おい、起きろ!」


ケン「…」


トム「迎えに来たぞ!」


ケン「…っ」


グレッグ「ケン!!」


ケン「んんっ、君達は……」


スティン「目ぇ覚ましたか? 俺達だよ」


ケン「ス…ティン?」


スティン「そうだぜ、ケン」


ケン「これは……夢?」


RB「現実だよ」

RB「じゃなきゃ、ボクのお腹が減ってる理由がつかないだろ?」


トム「お前は本当にハラヘリのことしか考えてねぇんだな」


ケン「RBにトム! スティン、グレッグも!?」

ケン「夢じゃなかったんだ!」




スティン「こんなところに入れられてるなんて、何があったんだよ」

スティン「おまけに手枷と足枷で壁にはりつけにされちまってるし」

スティン「キリストごっこでもやってるのか?」


ケン「お願いだ!スティン」

ケン「僕をここから出してくれ!」

ケン「このままじゃ売られちゃうんだ」

ケン「僕は誰かの奴隷になんてなりたくない!」


  「……静かにしてくれない」


ケン「ゴ、ゴメン……エルフさん」


グレッグ「他にも誰かいるのか?」


ケン「ああ……奴隷仲間、みたいなものかな」

ケン「それより、エルフさん」

ケン「友達が来てくれたんだ」

ケン「僕達はここから出られるんだよ」


エルフ「それは良い事かもしれないけど」

エルフ「どうやって出るつもり?」


ケン「それは……こう、どうにかして」




エルフ「まさか、自分の価値を忘れちゃったの?」

エルフ「あなたはこの大陸じゃ珍しい人種なのよ」

エルフ「到底この人たちに買える値段だとは思えないけど」


ケン「でも……」


エルフ「それに自分の手足を見てみなさい」

エルフ「そんなんで、どうやって脱獄なんてするのよ?」


ケン「…」


エルフ「……やるなって言ってるわけじゃないわ」

エルフ「ただ、もし競り以外でこの人を助けるつもりなら」

エルフ「あまり目立つことはしないことね」

エルフ「下手をすればあなた達も仲良く奴隷の仲間入りよ」


トム「それは忠告のつもりか?」


エルフ「似たようなことして失敗した人をたくさん見てるから」

エルフ「それに、ここで失敗されると私も困るし」




トム「だが、俺達は失敗しない」

トム「必ずケンをこの牢獄の中から助け出す」

トム「もちろん、こんな檻の中に閉じ込められるヘマもしない」


エルフ「そう……」

エルフ「それならいいんだけど」


トム「それじゃあ、ケン」

トム「俺達は一旦離れるぜ」

トム「お前を助け出す作戦を考えなきゃいけないからな」


ケン「ああ、分かった」

ケン「待ってるよ」


トム「ああ、期待して待ってろ」

トム「2、3日もすれば晴れて自由の身だ」




RB「それで、どうするのさ?」

RB「ボク達の手持ちじゃケンを競り落とすなんてできないよ」


トム「そんなことは分かってる」

トム「お前のメシ代を心配するような懐事情で、オークションなんかやってられるか」


スティン「ならよ、あのウォルターとかいう奴の装備を売るってのはどうだ」

スティン「あいつをミノムシにしたついでに、ふんだくってきたろ?」


トム「無理だろうな」

トム「アレは無駄に豪華なだけの斧と鎧だろ?」

トム「火でも噴くってなら話は別だが、これじゃあ木こりの道具かそれ以下だ」

トム「そこまで高くは売れねぇよ」


グレッグ「なら、どうするんだ?」

グレッグ「力ずくでいこうにも、あの檻は破れそうにないぞ」


スティン「いや……お前ならいけるんじゃねぇのか?」


グレッグ「オレだって人間だ」

グレッグ「檻を破るなんて無理だ」


スティン「本当かよ」




グレッグ「それに、檻を破れたとしても」

グレッグ「ケンが磔にされてるんじゃどうしようもない」


RB「だったら……後は鍵を盗むぐらいしかないじゃないか」


スティン「それが出来るなら苦労しないぜ」


トム「いや……案外アリかも知れないぞ」


スティン「そうか? そう簡単には行かないと思うぜ」

スティン「こんだけ大っぴらに奴隷商売してんだ」

スティン「そう簡単に鍵なんざ盗めねぇ」

スティン「それに、どれがケンの入っている檻の鍵かも分からないだろ?」


トム「いや、分かる方法がある」


グレッグ「なんだ? それは」


トム「ケンをエサにしておびき寄せるんだよ」

トム「カモに出来そうな奴をな」





  「それでは本日のメインに参りましょう」

  「こちらは大陸ではなかなかお目にかかれない東方の民族の血を引いた……」



トム「始まったみたいだな」


スティン「本当に大丈夫なのかよ」

スティン「作戦ったって……アイツ、売られてるんだぞ?」

スティン「俺達が失敗したら、奴隷生活まっしぐらじゃねぇか」


トム「しくじらきゃいいだけの話だ」

トム「アイツだってそれを信じて待ってるんだ」



  「では、お待ちかねの入札の時間です」

  「初めは1000から……スタート!」カンッ


  「1200!」
                「1300!」

       「1240!」





トム「よく見ておけよ」

トム「競り落とした奴を見逃したらシャレにならねぇからな」


スティン「分かってるよ」

スティン「お前もだ、RB」

スティン「何食ってるのは知らねぇが、口じゃなくて、目を動かせよ」


RB「うるさいなぁ」

RB「この方がボクは集中できるんだ」


トム「おい、よそ見するな」

トム「そろそろ決まるぞ」



   「2万3千!」



   「その他の入札はございませんか?」

   「それでは……」



   「待ちなさい!」



   「おっと、まだいらっしゃいましたか」

   「では、あなたの入札金額は?」






   「2万5千! これでどう!?」


   「ぐっ……参った」



   「その他の入札はございませんか?」   

   「……ございませんね」

   
     カンッ  カンッ


   「おめでとうございます!」

   「この奴隷はあなたの者です」

   
   
トム「決まったみたいだな」



スティン「うげ……何だよアイツ」

スティン「男のくせに女みたいな格好しやがって」


トム「ゲイかカマか……どっちか知らんがそういう人種なんだろ」

トム「普段なら関わり合いになりたくない人間だが、今回は好都合だ」

トム「奴がゲイで、顔で選んでケンを落札したなら」

トム「……俺達にもつけ入る隙はある」


グレッグ「でも、それが失敗したら……」


RB「やめろよ、食べ物がマズくなるだろ」

RB「追いかけるならさっさと追いかけよう」

RB「ボクだって、手遅れになるのはイヤだ」


トム「ああ、RBの言う通りだ」

トム「行くぞ!」





トム「なぁ、アンタ」


カマ「……あら? なにかしら」


トム「さっき、奴隷を競り落としてた奴だろ?」

トム(……嫌な役目だ)

トム(誰が好き好んで野郎を口説かなきゃならねぇんだ)


カマ「そうだけど」

カマ「何か用かしら?」


トム「いや、オークションなんて金持ちの道楽だと思ってたからな」

トム「アンタみたいなのが大金をポンと出すなんて思ってなかったんだ」

トム(我ながら良く舌がまわるな)

トム(嫌になってきた……)


カマ「それでワタシに興味でも持ったの?」

カマ「口説いたところで何も出ないわよ」


トム「……別に口説いてるわけじゃないさ」

トム「あの奴隷は俺も目を付けてたんだ」

トム(そうでもなきゃ、アンタなんかに関わりたくないね)




カマ「でも、今はワタシのモノ」

カマ「ワタシに声をかけても、このカギはアナタのモノにはならないわよ?」


トム「そんなこと分かってるさ」

トム「でも、アンタを見た瞬間、俺の中の何かがビビッてきたんだ」

トム「声をかけたのはアンタ個人に興味があるからだ」

トム(カマ野郎に興味なんて露ほどもわかないし、きてるのは吐き気だ)


カマ「あら……嬉しいこと言ってくれるじゃない」

カマ「よく見たら、アナタ中々いい男ね」


トム「…」

トム(黙れ)


カマ「いいわ、付き合ってあげる」

カマ「今夜はワタシも空いてるしね」

カマ「場所は……任せるわ」

カマ「レディをエスコートするのは紳士の役目だもの」


トム「そうか……」

トム(その顔でレディとか言うんじゃねぇ、ぶん殴るぞ)




トム「それなら良いところを知ってる」

トム「あそこなら、アンタも満足するだろう」


カマ「それは楽しみね」

カマ「まぁ、アナタが居るならどこでもいいけど」


トム「こっちだ、付いてきてくれ」

トム(後はこいつから鍵をふんだくって終わりだ)

トム(さすがに気の毒だから、手加減はしてやるがな)


カマ「さぁ」スッ


トム「……何だ?」


カマ「手よ、エスコートするんでしょ?」

カマ「紳士なら取ってくれてもいいんじゃない」

カマ「じゃなきゃ、その気にならないかも」


トム「…」

トム(……前言撤回だ)

トム(全力でボコボコにしてやる)





   ガチャン  キィィイイイ



ケン「!?」


スティン「戻ってきたぜ、ケン」


ケン「ス、スティン?! みんな!」

ケン「どうして牢の中に!?」


グレッグ「静かにするんだ」

グレッグ「外の奴らに気づかれたらマズイ」


ケン「あ、ああ……悪かった」

ケン「でも、どうして?」

ケン「オークションで落札されたときはもうダメかと思ったのに」


トム「気にするな」

トム「俺達が牢のカギを開けて、お前の前にいる」

トム「それで充分だろ?」


ケン「まぁ、それはそうだけど……」


トム「スティン、ケンの枷を外してやってくれ」


スティン「おうよ」

スティン「動くなよ、ケン」





   カチャ カチャ  ドサッ
 


ケン「ふーっ……久しぶりに手足が動かせるよ」

ケン「ここに入れられてからずっと磔にされてたからね」


スティン「そいつは難儀なこった」

スティン「奴隷だって商品なんだから、もう少し丁重に扱ってもいいのになぁ?」


ケン「まぁ、エルフさんと同じ檻だし……仕方ないよ」


スティン「それもそうか」


RB「話が終わったなら早く出ない?」

RB「こんなとこに長居しても臭い飯を食べることになるだけだよ」


トム「そうだな」

トム「行くぞ、ケン」


ケン「ちょ、ちょっと待ってくれ」

ケン「エルフさん! こっちに来て」

ケン「仲間が来てくれたんだ」





エルフ「それは良かったわね」

エルフ「なら、早く逃げなさい」

エルフ「見つかったら、お友達も一緒にここに住むことになるわよ」


ケン「エルフさんを見捨てて僕だけ逃げるなんてできないよ」

ケン「僕が逃げ出したりしたら、同じ牢にいたエルフさんが酷い目にあう」

ケン「いいだろ? トム」


トム「俺は別に構わない」

トム「連れ出すのが1人増えようが、労力は同じだしな」


ケン「ありがとう、トム」

ケン「行こう! エルフさん」


エルフ「……私は無理よ」

エルフ「忘れたの? 私には魔封じの腕かせが付いてるわ」


ケン「それなら、その鍵も取って来れば……!」


エルフ「このカギを持ってるのは奴隷市場のオーナー」

エルフ「いくらあなたの仲間が優秀でも、さすがにそれまでは盗ってこれない」

エルフ「仮に出られたとしても私は目立ちすぎる」

エルフ「どっちにしろ、あなた達と一緒に行くことは出来ない」


ケン「でも……」




エルフ「大丈夫、エルフの奴隷は珍しいから」

エルフ「独房に入れられるかもしれないけど、私がどうなるってことはないわ」


ケン「それじゃあ、君は……!?」


エルフ「ありがとう、ケン」

エルフ「一緒に逃げようって誘ってくれて、嬉しかったわ」


ケン「エルフさん……」


スティン「その、なんて言うか……」

スティン「悪い……そいつのことまでは考えてなかった」


ケン「……スティン」


RB「残念だけど……彼女もそう言ってるんだ」

RB「ケンだけでも逃げるべきだと思うよ、ボクは」


ケン「分かってる!」

ケン「分かってるよ……RB」


グレッグ「ほら、また後で助けに来ればいいだろ?」

グレッグ「次が無いってわけじゃないんだし」


ケン「いいや……無いんだよ、次は」




ケン「さっき、エルフさんも言ってただろ?」

ケン「僕が居なくなったら、独房に入れられるって」

ケン「そうなったら……エルフさんを助け出すなんて不可能だ」


グレッグ「それは……」


エルフ「さぁ、行きなさい」

エルフ「あまりモタモタしてると見張りがやってくるわよ」


ケン「けど……」


トム「そいつの言う通りだ、ケン」

トム「さっさとしないと逃げ遅れちまう」


ケン「待ってくれ! トム」

ケン「お願いだ……どうにかしてくれよ」

ケン「クォーターバックだろ? 作戦を立てるのが仕事だろ?」

ケン「こんな形でエルフさんと別れるのなんて……嫌なんだ」


トム「分かってる」

トム「だから逃げるんだよ、そいつも連れてな」


ケン「……え?」




エルフ「何を言っているの!?」

エルフ「さっきも言った通り、この腕かせを外すカギは……」


トム「なら、鍵を使わなきゃいいだけの話だ」

トム「おい! グレッグ、アレを持ってこい」


グレッグ「まさか、アレで壊すつもりなのか!?」


トム「ああ、鉄の鎖ぐらいどうにかなるだろ」


グレッグ「でも、そんなこと……人力で出来るはずがない!」


トム「だったら、モンスターに頼むまでだ」

トム「RB、アレを持ってこい」


RB「武器なんか持たせて大丈夫なの?」

RB「失敗したらタダじゃすまないよ」


トム「長い付き合いだ、扱い方ぐらい分かってる」


RB「なら、いいけど」


スティン「俺には仕事は無いのか?」

スティン「何もするなってのはナシだぜ」


トム「安心しろ、ちゃんとお前の仕事も考えてある」

トム「さぁ、行くぞ……作戦開始だ!」





  カン カン カン カン



スティン「火事だー! 火事だぞ!!」

スティン「みんな逃げろ!」


  「な、何だ! 何事だ!?」


スティン「火事だ! 火事」


  「火事?! 火事だって!」

  「一体どこから!?」


スティン「東の方から火が出たんだ!」


  「東って……風上じゃないか!?」


スティン「ここも危ねぇ、早く他のヤツにも知らせるんだ!!」

スティン「東の方は火の海だって!」


  「わ、わかった! 任せておけ」


スティン「あっちは任せたぜ!」

スティン「俺はここで逃げ遅れたヤツを助ける」




  「あ、ああ! 頼んだぞ」

  「それじゃあ……」

  「火事だ―! 逃げろ!!」



            「火事? 火事ですって!?」


  「おい、嘘だろ!?」



         「逃げるんだ! 奴隷は無視しろ」


    「おい! そっちに行くな!」

         
            「離せ! あっちには私の奴隷がッ……!」        


        
スティン「……こんなもんでいいだろ」

スティン「そろそろ俺も戻らねぇと」

スティン「嘘だってバレたら、俺が捕まっちまうぜ」




 
スティン「おい、トム」

スティン「粗方さわぎ終わったぜ」

スティン「おかげで外は大混乱だ」


トム「良くやった」

トム「後は逃げ出すだけだな」

トム「グレッグ準備はいいか?」


グレッグ「いいけど……」

グレッグ「本当にこの斧で、鉄の鎖なんて壊せるのか?」


トム「大丈夫だ、お前なら出来る」

トム「RB……行けるな?」


RB「ボクならいつでも大丈夫だよ」

RB「まぁ、失敗したときは知らないけど」


トム「軽口がたたけるなら問題ないな」

トム「ケン、そいつのことは頼んだぞ」

トム「下手に動いたりして、腕まで切り落としちまうわけにはいかねぇからな」


ケン「わかってるよ、トム」

ケン「エルフさんには僕が付いてる」


エルフ「ケン、あなただけでも逃げなさい」

エルフ「鉄の鎖をちょっと飾ったぐらいの斧で壊すなんて無理よ」





ケン「大丈夫だよ、きっと上手くいく」

ケン「僕達を信じて」


エルフ「……分かった」

エルフ「でも、約束してちょうだい」

エルフ「無理だって分かったら、すぐに逃げること」

エルフ「いいわね?」


ケン「わかった、約束する」

ケン「トム、大丈夫だ……やってくれ」


トム「RB、頼んだ」


RB「行くよ……グレッグ」サッ


グレッグ「ん? なん……だ」

グレッグ「こ、これは……」

グレッグ「うお、うオぉォォぉぉオオオオオ!!」


エルフ「な、何!?」


スティン「来たぜ!」


トム「RB! ピーナッツを鎖の近くに放り投げろ!!」




RB「…」ポイッ


グレッグ「ピィナァアアアッツ!!」

グレッグ「消エろぉぉォオおお!!!」ブンッ



     ガキィンッ



エルフ「きゃ…!?」


ケン「よし! 壊れた」


トム「RB! ピーナッツミルクの準備だ」

トム「スティン! グレッグを止めるぞ」


スティン「おうよ!」


     ガシッ


グレッグ「なッ……!?」」

グレッグ「離セぇぇェェエえ!!」


トム&スティン「「ぐっ……!」」




RB「グレッグ! 飲むんだ」


グレッグ「なッ……!!」モガモガ


   ゴク ゴク ゴク


グレッグ「…」


スティン「よし! 飲み切ったぞ」


トム「どうだ? グレッグ」

トム「俺が分かるか?」


グレッグ「……トム? オレは一体」


トム「作戦成功だ」

トム「よくやったな、グレッグ」

トム「お前のお陰だ」


グレッグ「でも、オレは……」


スティン「細かいことは気にすんなよ」

スティン「お前があの鎖をぶっ壊したんだぜ?」


グレッグ「そうか、そうなのか」


トム「さぁ、さっさとこんな場所とはおさらばだ」

トム「ケンに……アンタ、立てるか?」


ケン「ああ、大丈夫」


エルフ「私も……」


トム「よし、行くぞ」




  カチャ カチャ カチャ


スティン「う~ん、上手く行かねぇなぁ……」

スティン「あともう少しで行けそうなのによ」


エルフ「諦めたら?」

エルフ「別に、私は気にならないし」


スティン「そういうワケにはいかねぇだろ」

スティン「このままじゃ、牢獄から逃げてきましたって言ってるようなもんじゃねぇか」


ケン「スティン、さっきから何をやってるんだい?」


スティン「いや……こいつの腕かせを外してやろうと思ってな」

スティン「さすがにこれがファッションです、ってのはキツイだろ」


ケン「確かに……」

ケン「でも、外せるのか?」

ケン「なんだか特別そうな腕かせだけど」


スティン「おかしな模様が付いてるが」

スティン「カギ自体は大したことない、普通のカギみてぇだ」


エルフ「本当? これは魔封じの腕かせよ」

エルフ「私の魔法を封じるために付けているんだもの、簡単に外せるとは思えないけど」




スティン「任せとけって、これでも手先は器用なんだ」

スティン「それよりアンタ……魔法なんか使えるのか?」


エルフ「ええ、これでもエルフの一員だから」

エルフ「魔法ぐらい使えるわ」


スティン「へぇー、魔法なんざ出てくるなんて」

スティン「ますます違う世界に来たって感じだな」

スティン「知ってたのか? ケン」


ケン「いや、僕も初耳だよ」

ケン「魔法なんてあるとは思ってなかったから」

ケン「それで、どんな魔法が使えるんだい?」


エルフ「分からないわ」

エルフ「物心ついたときは奴隷になってたから」

エルフ「でも、火を起こすぐらいは出来ると思う」


スティン「そいつは凄いな」

スティン「聞いたか? トム」

スティン「エルフの奴が魔法を使えるんだったら、もう火打石なんて使わなくてもいいみたいだぜ」


トム「ああ、聞いてた」




スティン「なんだよ、反応が薄いな」

スティン「どうせ信じてないんだろ?」


トム「そういうわけじゃない」

トム「ただ……お前は気にならないのか?」

トム「そのエルフって呼び方に」


スティン「ん? 別に気にならねぇけど」

スティン「なんか問題でもあんのか?」


トム「大アリだ」

トム「いいか? エルフってのは種族名やら妖精の総称だ」

トム「お前、自分が白人や人間って呼ばれていい気がするか?」


スティン「うげっ……そいつは嫌だな」


トム「ケンもケンだ」

トム「一緒にいたなら名前ぐらい知ってるだろ」


ケン「いや、でも……」


トム「何か呼んじゃいけない理由でもあるのか?」


ケン「それは……」


エルフ「呼んじゃいけないんじゃなくて、呼べないのよ」




トム「どういうことだ?」


エルフ「私は生まれたときから奴隷だったの」

エルフ「私を身ごもったまま奴隷になった母は私を生んで死んだ」

エルフ「だから、私には名前なんてないの」

エルフ「周りにエルフなんていなかったから、エルフって呼ばれてた」

エルフ「それだけのことよ」


トム「そいつは……悪いことを言っちまったな」

トム「済まなかった」


エルフ「いいのよ、別に」

エルフ「今更、何かを感じるってことはないわ」


ケン「僕だって名前で呼びたいさ」

ケン「けど、それが無いんじゃどうしようもないだろ?」


トム「だが、俺は嫌だ」

トム「人様のことはちゃんと名前で呼ぶように習ったんでな」

トム「第一、奴隷じゃなくなったんなら名前がないと不便だろ」


ケン「でも、そんなこと言ったって……」




トム「名前がないならつけてやればいい」


ケン「……理屈はそうだけど、誰が?」


トム「決まってるだろ」

トム「ケン、お前が付けてやれ」


ケン「な、何を言ってるんだよ!」

ケン「エルフさんだって困るだろ?」


エルフ「いいえ、いい考えだと思うわ」


ケン「いや、でも……」


スティン「男らしくないぜ? ケン」

スティン「スパッと決めちまえよ」

スティン「そのほうが後腐れしないしよ」


ケン「……分かったよ」

ケン「じゃ、じゃあ……」

ケン「レ……レゴラス?」


トム「?!」




トム「お、おい! そいつは男だろ!?」


エルフ「失礼ね、私のどこが男に見えるのよ」


トム「……違う、お前のことじゃない」


ケン「ゴメン、エルフの名前っていうからつい……」


トム「とにかく、その名前はダメだ」

トム「もっと別の名前にしろ」


ケン「だ、だったら……」

ケン「フ……フィ………ル」


スティン「フィル?」


ケン「……フィール、フィールだ」

ケン「君の名前は今日からフィール」

ケン「どう……かな?」


エルフ「まぁ、及第点ってところね」

エルフ「飽きたらまた別の名前を付けてもらおうかしら?」


ケン「そ、そんなぁ……」


エルフ「嘘よ」

エルフ「ありがとう、ケン」

エルフ「この名前、大事にするわ」


トム「よし、名前も決まったことだし」

トム「野営の準備を始めるぞ」

トム「そろそろ薪を取りに行った2人も帰ってくるころだろ」




スティン「なぁ、魔王城ってのはまだか?」

スティン「フィールの腕かせも外しちまったし」

スティン「そろそろ着いてくれないと退屈すぎて死んじまうぜ」


グレッグ「そんなこと言っても、着かないものはどうしようもないじゃないか」


スティン「だってよ、ここ3日ぐらいただ歩いてるだけだぜ」

スティン「せっかく違う世界に来たってのに」

スティン「もっと色々あってもいいだろ?」


グレッグ「まぁ……最近何もなさすぎる気はするけど」


スティン「だろ、お前達もそう思うよな?」


ケン「僕はそうでもないかな」

ケン「人身売買させられるぐらいなら、何もない方がマシさ」


エルフ「私は、その退屈っていうのが理解できないのよね」

エルフ「自分の足で歩けて、周りの景色が変わる」

エルフ「それで充分楽しいじゃない?」


スティン「悪い……聞く相手を間違えた」

スティン「RB、お前は分かってくれるだろ?」


RB「どうでもいいね」

RB「でも、そろそろ食料が無くなるから早めに着いてほしいとは思うけど」




トム「少しは自制したらどうだ」

トム「食糧が足りないのは8割方お前のせいだぞ?」


RB「仕方がないだろ? 満腹にならないんだから」


トム「……仕方ねぇ奴だ」

トム「向こうに着いたら、しっかり働いてもらうぞ?」

トム「このままじゃ穀つぶしより質が悪い」


RB「はいはい、分かったよ」


トム「それとスティン」

トム「これ以上。うだうだ言うのはやめろ」

トム「お前までジェームズみたいに毒されちまったのか?」


スティン「いや、俺は……」


トム「あの馬鹿と一緒にされたくなきゃ、黙ってろ」

トム「俺はもう面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ」

トム「目的地に着くまで何もない、それが一番だ」


  「おやおや、その期待にそえそうにはありませんね」


トム「…」

トム(畜生、言ったそばからこれだ……)




トム「……俺達は忙しんだ」

トム「用がないなら消えてくれ」


  「そういうわけにも参りません」

  「あなた方に用があって来たのですから」


スティン「誰だ? お前は」

スティン「あの斧野郎の仲間か?」


  「まぁ、そのようなところです」

  「私の名前は幻影のウィリアム、ビッグスリーの1人です」


グレッグ「ビ、ビッグスリー!?」


ケン「それって、みんなの話にあった……」


トム「そのビッグスリーとやらが何の用だ?」

トム「目障りな俺達を始末しようってのか」


幻影「いいえ、今はそういうつもりはありません」

幻影「ただ、お伝えしたいことがあるだけです」 


トム「何なんだ? そいつは」

トム「わざわざアンタが出向いて伝えるようなことなのか?」


幻影「ええ、他の者では信用してもらえないかもしれませんから」





トム「アンタが来たところで信用するってわけじゃない」

トム「でも、せっかく敵の幹部が出向いてきたんだ」

トム「用件ぐらいは聞いてやる」


幻影「それは喜ばしい限りです」

幻影「では、お伝えしましょう」

幻影「炎天の勇者ジェームズとその仲間は我らが手中にあります」


スティン「おい! それって……」


幻影「助けたければ、この北にある砦に来なさい」

幻影「私もそこで待っています」


トム「待て! どういう意味だ!?」

トム「ジェームズが捕まっただと!」


幻影「ご安心を、命までは奪っていません」

幻影「私達も鬼ではないですからね」

幻影「それでは……また、お会いしましょう」


スティン「おい! 待て!! って……消えた?」

スティン「どうなってるんだよ! トム」

スティン「アイツらが捕まったって」


トム「分からん」

トム「だが、嘘を吐いているようには見えなかった」




エルフ「それで、どうするの?」

エルフ「どう見ても罠だけど」

エルフ「それでも行くの?」


トム「ああ」

トム「俺はチームメイトを見捨てない」

トム「それがキャプテンの役目だ」


ケン「僕も行くよ」

ケン「僕だって、みんな助けられたからね」


エルフ「なら、私も行くわ」

エルフ「ここで1人にされても困るもの」


スティン「もちろん、俺達も行くぜ」

スティン「な? グレッグ、RB」


グレッグ「ああ」


RB「まあね」


トム「いいのか?」

トム「何が起こるのか分からないんだぞ」


スティン「いいんだよ」

スティン「行くって言ってんだから、ついてこさせれば」


トム「……後悔するなよ?」




ケン「それで、北の砦とかいうのにやって来たけど……」


スティン「何もねぇな」

スティン「見張りがいるって感じでもないし」

スティン「本当にこんなところにジェームズ達がいるのか?」


グレッグ「分からない」

グレッグ「もしかしたら、嘘かも知れないし」

グレッグ「確かめてみるまでは何ともいえない」


トム「さて、問題はどこから入るかだが……」


ケン「さすがに正面から入るのはマズイよね」


スティン「そりゃな」

スティン「バカ正直に真正面から入っても、返り討ちにあってお終いだぜ」

スティン「裏口なりなんなり探した方がいいんじゃねぇか?」


RB「そんなのどうやって探すつもりなんだよ?」

RB「こういう砦の裏口は簡単に見つからないんだ」

RB「それこそ、魔法でも使わなきゃ無理だね」




スティン「んなこと分かってるわ」

スティン「俺は提案の1つとしてだな……」


エルフ「ねぇ、出来るかもしれないわよ」

エルフ「あの砦の裏口を見つけるの」


ケン「あ、そういえば」


スティン「そうか! アンタは……」


トム「魔法を使えるんだったな」


エルフ「ええ」

エルフ「まぁ、自分でもよく分かってないけど……」

エルフ「建物の裏口を探すことぐらいは出来るんじゃない?」


ケン「でも、どうやって?」

ケン「そもそも、君ってそんな魔法を使えたっけ?」


エルフ「それは……こう、風かなんかを操って、適当に」


ケン「本当に大丈夫なの?」


エルフ「うるさいわね」

エルフ「とりあえずやるだけやってみるの」

エルフ「ダメだったら、そのときはそのとき」

エルフ「いい? 分かった」




ケン「ゴメン、ゴメン」

ケン「悪かったから、そう怒らないで」


エルフ「別に怒ってるわけじゃないわ」

エルフ「ただねぇ……」


トム「痴話ケンカならそこらへんにしてくれ」

トム「本当にジェームズ達が捕まってんなら、さっさと救出したい」

トム「生きてはいるらしいが、あの砦の中の状況がさっぱりだからな」


ケン「あ、ああ……ゴメン」


エルフ「私も悪かったわ」


トム「分かったなら……」

トム「フィール、やってくれ」


エルフ「じゃあ、少し離れてて」

エルフ「初めてだから勝手が分からないの」

エルフ「あなた達まで飛び火したら嫌でしょ?」


トム「どれぐらい離れればいい?」


エルフ「とりあえず20メートルぐらい」

エルフ「暴走しても、そこまではいかないと思うから」


トム「分かった」

トム「俺が合図をしたら初めてくれ」




グレッグ「ゴホッ、ゴホッ……」


スティン「大丈夫か? グレッグ」


グレッグ「大丈夫だ」

グレッグ「少し埃を吸っただけだ」


スティン「しょうがねぇな……」

スティン「ほら、この布きれでもマスクにしてろ」


グレッグ「ああ、ありがとう」


スティン「にしても、本当にこの道であってるのか?」

スティン「床に埃は積もってるわ、壁にコケが生えてるわで」

スティン「使われてる感じが全くねぇぞ」


トム「ここを管理しようなんて真面目な奴がいないんだろ」

トム「近所のビルの非常階段なんか通行禁止だぜ」

トム「手入れしなさすぎて踊り場の床が抜けちまったんだとよ」


スティン「モンスターどもにもズボラな奴はいたもんだ」

スティン「いざって時に慌てることになるのによ」


ケン「まぁ、いいじゃないか」

ケン「誰にも見つからずに忍び込めそうなんだから」




トム「ほら、さっさと進むぞ」

トム「こんなとこに長居しても、良い事なんざ1つもないからな」


スティン「はいはい、分かってるって」


エルフ「トム、そろそろ着くわよ」


トム「そうか」

トム「あの馬鹿に会うのはRBのとき以来だな」

トム「噂を聞く限りじゃ相変わらずみてぇだが、これでちょっとは頭が冷えただろ」


スティン「とっとと迎えに行ってやろうぜ」

スティン「正義の勇者様の顔とやらを拝んでみたいしな? RB」


RB「ボクは関係ないだろ」


スティン「お前だって見てないんだろ?」

スティン「勇者とやらになったジェームズを」


RB「確かにそうだけど」

RB「それに何の意味があるのさ」

RB「勇者ったってジムが鎧を着てるだけだろ?」


スティン「いや、だからな……」


グレッグ「ゴホッ、ゴホッ!」

グレッグ「悪い……できれば先を急いでほしんだが」




トム「よう、会いに来てやったぜ」


幻影「!」


トム「脅かせて悪いな」

トム「ただ、こっちも真正面から敵の罠に嵌まるほどバカじゃねぇんだ」


幻影「それにしても……お早いご到着ですね」


トム「待たせちゃ悪いと思ってな」

トム「なるべく早く来たんだ」


幻影「そこまで急がなくともよろしかったのに」


トム「で、ジェームズの野郎はどこだ?」

トム「くたばちゃいないんだろ」


幻影「それならご安心ください」

幻影「あの檻の中におります」


スティン「檻? んなもんどこにあるんだよ」


幻影「この垂れ幕の向こうでございます」

幻影「お見苦しいので隠しておりましたが、何か問題でもございましたか?」




グレッグ「そんな気遣いはいらない」

グレッグ「早くジェームズ達に会わせろ!」


幻影「……そうですか」

幻影「では、行きますよ」パチンッ



    ガガガガガガ



ジム「俺は……」


ハリー「……やめろ」



ケン「ジム! ハロルド!」



ジェリー「…っ」


エディ「クソッ……」


ダニー「母ちゃん……」



スティン「ジェリーにエディ! ダニーまで!」

スティン「アイツら、どうしてジェームズ達と一緒に」





デイブ「僕…? 俺は……」



グレッグ「おい! アレってデイブじゃないか!?」


スティン「本当だ! コイツらと一緒だったのか」



  「どうせ、ボクなんか……」



RB「トム! マイクだ!」


ケン「マイクだって!?」

ケン「それじゃあ……」


トム「全員集合だな」


幻影「いかがですかな? 仲間との再会は」


トム「嬉しいね」

トム「半分がテメェに捕まってなきゃ尚更な」

トム「アンタ、あいつらに何をした?」

トム「アレはどう見たって異常だ」


幻影「すぐにお分かりになりますよ」

幻影「最も、理解できるかどうかは分かりませんが」




トム「どういう意味だ?」


幻影「要するに、私の力を使うというわけです」

幻影「幻影と言われる力をね」


エルフ「気を付けて!」

エルフ「アイツからとんでもない魔力を感じる」


スティン「魔力……って、魔法か!?」

スティン「そんなのどうやって防げばいいんだよ!」


エルフ「詠唱さえ止めれば!」


グレッグ「よし、それなら……」


幻影「残念ですが、詠唱は必要ありません」

幻影「この部屋には魔法陣が張ってありますから、後は発動させるだけです」


ケン「そんな……」


幻影「さぁ、行きますよ!」


RB「トム! なんとかならないの!?」


トム「俺に聞くな! 気合でどうにかしろ!!」


幻影「ハァッ!!」




トム「……うっ」

トム(確か……幻影のナントカとかいう奴の魔法を食らって)

トム(そうだ! アイツらは……!?)


トム「おい! みんな」

トム「スティン、ケン、RB、いるなら返事をしろ!」

トム「グレッグ、フィール、居ないのか!?」

トム「…」

トム(誰も……いないのか?)


トム「俺だけ……なのか?」

トム(どうして、俺だけこんなところに?)

トム(そもそも、ここは?)


トム「……グラウンド」

トム(帰ってきたのか? いつものフィールドに)

トム(いや、違う!)

トム(ここはあの場所じゃない!)

トム(あのバカどもがサボって遊んでばかりいたフィールドじゃない)

トム(ここは……)





  『今日も優秀なクォーターバックさんは練習にご執心ですか』



トム(昔、俺がいたクラブチームのグラウンド……)



  『しょうがねぇだろ? 人一倍練習してやっと半人前なんだ』

  『暖かく見守ってやろうぜ』



トム(いつも俺に絡んできたチームメイト)



  『うるさい、練習に戻れ』   



トム(年下の俺が実力でキャプテンを張ってたことに不満があったらしい)



  『なんだ? また命令か』

  『コーチの指示もマトモに聞けないポンコツになんて指図されたくないね』
  


トム(今にしてみればただの僻みだって分かるが……)



  『違う! コーチの指示が間違ってた』

  『あそこは俺の指示の方が正しかったんだ!』 



トム(この頃の俺は、そんなことを考える余裕はなかった)






  『ハッ、できそこないが吠えても何もできねぇよ』

  『大体、アンタの指示どおり動いたら、負けちまったじゃねぇか』



トム(憧れのチームのキャプテンになって、結果を出そうと焦ってた)



  『そうだ、お前が正しかったなら勝ってるはずだろ?』



トム(そして、俺は自分のことだけを考えるようになった)



  『それはお前達が本気でやらなかったからだろ!?』



トム(あそこにいる俺の目には、コイツらはただの邪魔者でしかなった)



  『思い通りに行かなかったら責任転嫁かよ』

  『とんだキャプテンがいたもんだ』



トム(俺はチームメイトを見捨てた)



  『事実を言っただけだ』

  『実際に手を抜いてたんだろ』





トム(その結果、チームで孤立し)



  『どこにそんな証拠があるんだよ』

  『そんな言いがかりを言うなんて』

  『あの間抜けみたいに、お前も知恵遅れなんじゃないのか?』



トム(誰も俺の指示を聞く奴はいなくなった)



  『そりゃ傑作だ!』

  『知恵遅れの友達は知恵遅れでしたってか?』  



トム(そして……俺は)



  『ダニーは関係ない! バカにするな』

  『これは俺とお前たちの問題だ!』

  


トム(くだらない挑発に乗って)



  『いいや、関係あるね』

  『俺達まで知恵遅れになったら困るだろ』
  


トム(チームメイトに殴りかかった)



  『な……! このッ!!』






トム(それからは、絵に描いたような転落人生さ)

トム(暴力行為を働いた俺はチームから追い出され)

トム(両親の不仲に俺の暴力事件が重なり、親は離婚)

トム(何とかハイスクールには通ってるが、お世辞にも良い生活とは言えない)

トム(気が付いたらあの弱小チームのキャプテンになってた)



  『うおぉぉぉおおお!!』


    ボコッ   バキッ



トム「だが、もう終わったことだ」

トム「今更こんなものを見せられてもどうしようもない」

トム「俺はあの弱小チームのキャプテンだ」

トム「俺が見なきゃいけないのは、あそこにいるガキじゃない」

トム「どうしようもないアホどもだが、俺を信用してくれている仲間たちだ」

トム「さぁ、帰してくれよ」

トム「アイツらのところへ」



      ピカッ





トム「!」

トム「ここは……」



エルフ「炎よ!」


   ゴォォォオオオオ


幻影「くっ……ブレス、ウインド!」


   ヒュウウウウウ



トム「……フィール」

トム(俺は戻ってきたのか)

トム(他の奴らは?!)



ケン「……嫌だ!」

ケン「奴隷なんて僕は……」


スティン「やめろッ! その名前で呼ぶな!!」

スティン「俺はスティンだ!」


RB「父さん……」

RB「……どうして」


グレッグ「グおッ……」

グレッグ「ぐぁぁアアあああアアア!!!」





トム「クソッ……全員やられてやがる」

トム「おまけにフィールはあいつに釘付け」



幻影「ブレイズ……ウインド!」


    ビュォォオオオオ


エルフ「風よ! 守って」


    ヒュゴゴゴゴゴ



トム(動けるのは俺だけか)

トム(だが、アイツは俺に気付いていない)

トム(なら……このメットを使って)


トム「行けッ!」バシッ




幻影「食らえ、ブレス……」

幻影「!」サッ


トム「外したか」


幻影「馬鹿な……私の術を自力で」


エルフ「もらった!」

エルフ「炎よ!!」


幻影「な……!」


  ゴォォオオオオ


幻影「ギャアアアア!!」


トム「まだまだッ!」

トム「食らえ!!」 ダダダダダダ


   ガンッ


幻影「ぐへっ……」バタッ

幻影「」


トム「よし、やったぞ!」




幻影「」


トム「で、アレは何だったんだ?」

トム「お前には効かなかったみたいだが」


エルフ「アレは精神に作用する魔法みたいね」

エルフ「対象のトラウマを呼び起こして行動不能にする」

エルフ「私が無事だったのは、トラウマになるような記憶が無かったからじゃないかしら?」


スティン「トラウマを呼びこす魔法ねぇ……」

スティン「二度目は勘弁だな」

スティン「今度こそどうにかなっちまいそうだ」


トム「正気に戻ったのか?」


スティン「ああ、俺だけじゃないぜ」

スティン「グレッグにRB、ケン」

スティン「檻の向こうの奴らも気が付き始めたみたいだ」


トム「そいつは良かった」

トム「なら、牢屋の鍵を巻き上げてご対面といきますか」




トム「よう、無事か?」

トム「あの野郎に散々やられたみたいだな」


騎士「トーマス……?」

騎士「どうしてここに」


トム「仲間を助けたきゃここまで来いって言われてな」

トム「まぁ……お前らまで捕まってるとは思わなかったがな」


エディ「オレだって好きで捕まったわけじゃねぇよ」

エディ「アイツが魔法なんて反則ワザ使うから悪いんだ」


トム「久しぶりだな、エディ」

トム「お前にもトラウマなんてあったんだな」


エディ「うるせぇ!」

エディ「オレだって心のキズのひとつやふたつぐらいあるわ!?」


トム「悪い悪い」

トム「お前を見るとつい、からかいたくなってな」


エディ「ったく、オメェはヤツは……」

エディ「ケンカしたってこと忘れてんじゃねぇか?」




トム「もう終わった事だろ?」

トム「そんなこと気にするぐらいなら、RBの飯の心配をした方がよっぽどマシさ」


エディ「ケッ、良く言うよ」

エディ「なんとか言ってやれ、ジェリー」


騎士「な、何を……?」


エディ「そりゃあ……アレだ」

エディ「『謝るまで許してやらねぇ』とか『土下座して詫びろ』とか、色々あるだろ」


騎士「さすがにそれは言い過ぎではないか?」

騎士「それはあのケンカはトーマスだけが悪かったわけでもないし……」


エディ「こういうのはケジメが大事なんだ」

エディ「どっちが悪かったなんて今更関係ねぇ」

エディ「相手に謝らせて、自分も謝ればいい」

エディ「そしたら後腐れもなくスッキリ終わる、違うか?」


騎士「確かに……そうかもしれないな」


トム「悔しいがこいつの言うとおりだ」

トム「悪かったな」

トム「最初からちゃんと話し合っておくべきだった」


騎士「いや、こちらこそ済まなかった」

騎士「自分の考えで先走って、お前の話を聞こうともしなかった」




エディ「よし、これで解決だ」

エディ「これからはまた仲良くやって行こうぜ」


騎士「ああ、それはそうしたいのだが……」


エディ「なんだよ? 何か問題でもあんのか」


トム「お前は謝らないのか?」


エディ「え、オレ?」

エディ「どうしてオレが……」


トム「お前だって俺の話を聞かないで飛び出してっただろ」

トム「さっきの話じゃ、お前も俺に謝まる必要があるんじゃないか?」


エディ「え、えっと……それは」

エディ「お、おい! ダニー」


ダニー「……何?」

ダニー「まだ頭が痛いんだよ」


エディ「お前もだよな!」

エディ「オレと一緒にジェリーに付いて行ったの」


ダニー「そうだけど……」




エディ「そうか! なら、お前も一緒だよな!?」

エディ「一緒にトムに謝ろうぜ」


ダニー「……なに言ってんだよ?」


エディ「いや、だから……」


トム「なぁ、お前……もしかして」


エディ「な、なんだよ? トム」


トム「恥ずかしいのか?」


エディ「そんなわけねぇだろ!?」

エディ「ほら、ダニーだけ後回しにされちまうからさ」


トム「いいや、ダニーは謝る必要は無いぜ」

トム「ダニーは俺に断ってから行ったからな」

トム「な? ダニー」


ダニー「……よく分からないけど」

ダニー「トムの言う通りにした方が良いと思う」




エディ「そんなぁ、ダニーまで」


トム「やっぱり恥ずかしんじゃねぇのか?」


エディ「……そうだよ、悪かったな」

エディ「面と向かって謝るのは得意じゃねぇんだよ」


騎士「エドワード、私にも言ったではないか」

騎士「ケジメが大事だ、どっちが悪かったなど関係ないとな」

騎士「それとも……全部嘘だったのか?」


エディ「……分かったよ」

エディ「悪かったな、トム」

エディ「オレも後さき考えずに飛び出してさ」

エディ「お前達が助けに来てくれて、正直うれしかったぜ」


トム「言っただろ? 仲間は見捨てないってな」

トム「さぁ、行こうぜ」

トム「ジェームズとマイクの奴にも話を聞かなきゃならないからな」




トム「ケン、こっちはどうだ?」


ケン「ジムとハロルドはまだ気が付いてないみたい」

ケン「今、スティン達が見てる」

ケン「デイブは向こうにいるよ」


トム「そうか」


ケン「それよりトム、仲直りは出来たのかい?」


トム「お陰さまでな」


騎士「とりあえず、元通りだ」


ケン「あれ? その人は……」


トム「こっちに来てから世話になってるやつだ」

トム「ジェリーって呼んでる」


ケン「僕はケン、トムたちと同じチームのメンバーさ」

ケン「よろしく、ジェリー」


騎士「ああ、よろしく」


エルフ「ねぇ、ケン」

エルフ「この人は大丈夫なの?」

エルフ「さっきから黙ったきりなんだけど」


デイブ「…」




ケン「ああ……それなら大丈夫だよ」

ケン「デイブは普段からそんなんだから」

ケン「そうだろ? デイブ」


デイブ「ああ」


エルフ「それならいいんだけど」


エディ「ケン!」

エディ「そのキレイなねーちゃんは誰だよ?」

エディ「オレはそんなチームメイトなんか知らないぜ」


ケン「そりゃ、チームメイトじゃないからね」

ケン「彼女の名前はフィール」

ケン「フィール、エディとダニーだ」


エルフ「よろしく、2人とも」


ダニー「あ、ああ……よろしく」


エディ「お、おう」

エディ「でも、どうしてこんな美人と一緒にいるんだよ?」

エディ「ワケを話してほしいぜ」




ケン「えっと、説明すると長くなるけど……要するに」


トム「奴隷仲間だな」


エディ「ど、奴隷!?」

エディ「どういうことだよ!」


ケン「いや、それは……」


スティン「まぁ、落ち着けよ」

スティン「後でゆっくり話してやるから」


エディ「でもよ、奴隷だぜ!? 奴隷!」

エディ「お前は気にならないのかよ」


スティン「俺は一緒にいたからな」

スティン「それより、問題はマイクだ」


トム「マイクに何かあったのか?」


スティン「まだ話しかけてないんだろ?」

スティン「ありゃ、相当だぜ」

スティン「前々から暗い奴だとは思っていたが……あのトラウマ魔法のせいだな」


騎士「トラウマ魔法とは、私達もかかったアレか……」


エディ「あの野郎、まだ引きずってんのか?」


スティン「まぁ、見てもらった方が早い」

スティン「俺はジェームズ達のことを見てるから、行って来いよ」




トム「お前もこっちに居たんだな」


グレッグ「トム、それにジェリーも」


騎士「ああ……久しぶりだな、グレゴリー」


エディ「オレ達にはナシかよ」

エディ「そう思うよな? ダニー」


ダニー「いいだろ、別に」

ダニー「おれたちのほうが付き合いが長いし……」


グレッグ「悪かったよ」

グレッグ「久しぶりだな、2人とも」


エディ「全く、最初からそう言えっての」


トム「それで、グレッグ」

トム「マイクの調子はどうなんだ?」

トム「スティンから良くない話を聞いたんだが」


グレッグ「それが……」


マイク「どうせボクなんか……」

マイク「……誰からも必要となんかされてない」

マイク「どうして生きてるんだろ……」




エディ「重症だな、こりゃ」


グレッグ「さっきから膝を抱えたまま座り込んで」

グレッグ「ずっと、ひとりでボソボソ何か言ってるんだ」


トム「捻くれた奴だとは思っていたが、ここまで来るとな」


エディ「ただの精神疾患者だぜ」


騎士「アレは大丈夫なのか?」

騎士「私には異常に見えるのだが……」

騎士「また、普段通りとかいうオチなのか?」


エディ「いいや、今度ばかりは本当に異常だぜ」

エディ「いくらアイツでもここまでになったのは見たことがねぇ」


トム「お前達は知らなかったのか?」

トム「俺達より先に捕まって、コイツと同じ檻に入れられてたんだろ」


ダニー「おれ達もあの魔法にかかって……」

ダニー「マイクがどうなってるのかなんて分からなかった」


トム「そうか……」

トム「まぁ、うだうだ考えても仕方ない」

トム「とりあえず話しかけてみるか」




トム「おい、マイク!」


マイク「……誰?」


トム「俺だ、トムだ」

トム「エディにダニーもいる」


マイク「なんだよ……ボクに何の用?」

マイク「何もないなら、放っておいてくれ……」


エディ「そういうわけにはいかねぇぜ」

エディ「オメェを助けるためにこんなとこまで来たんだからな」

エディ「お前を連れてかなきゃ意味ないだろ」


マイク「……どうせ嘘だろ」

マイク「僕はそんなに必要とされてる人間じゃない」


ダニー「何言ってんだよ!」

ダニー「おれ達もトム達もマイクを助けるためにここまで来たんだ」


マイク「そんな言葉に騙されるほどボクは甘くないんだ」

マイク「分かったなら、どこかへ行ってくれ」


エディ「おい! マイケル、テメェ……」




トム「やめとけ、エディ」

トム「話しかけるだけ無駄だ」

トム「完全にふさぎ込んでやがる」


エディ「だったら、どうすりゃいいんだよ」

エディ「ぶん殴って正気に戻してやるか?」


RB「そんなことしてもムダだよ」

RB「余計にふさぎ込んでおしまいさ」


ダニー「なんだよRB……話に割って入ったりして」

ダニー「今はマイクのことで忙しんだ」


RB「どうせ困ってるだろうと思ってね」

RB「マイクのヤツ、聞く耳を持たなかったろ?」


騎士「それはそうだが……」

騎士「何か策でもあるのか?」


RB「まぁね」


トム「なんだ? それは」


RB「簡単なことさ」

RB「目には目を歯には歯を」

RB「魔法には魔法をさ」




エディ「もったいぶってないで教えろよ」

エディ「お前だって、マイクがこんなんじゃ面白くないだろ?」


RB「つまり、魔法を使ってマイクを元に戻すんだよ」

RB「あいつに出来てボク達に出来ないなんてことはないだろ?」


エディ「けど、魔法なんてどうやって使うんだよ」

エディ「あの野郎をもう一回たたき起こすってか?」


幻影「」


騎士「それなら、私は反対だ」

騎士「アイツを起こしたところで素直に従うとは思えない」


RB「ちがうよ」

RB「ボクらの中に1人いるだろ?」

RB「魔法を使える奴が」


グレッグ「フィールのことか……」

グレッグ「でも、本当に成功するのか?」

グレッグ「魔法だって、なんでも出来るわけじゃないだろ」


トム「いや、やってみる価値はあるな」

トム「失敗しても今よりはマシになるだろ」


マイク「……ボクなんかいらないんだ」

マイク「誰からも、ボクなんて……」


グレッグ「確かに……」


RB「決まったね、じゃあボクがフィールたちを呼んでくるよ」




ケン「本当に大丈夫なのか?」

ケン「君だって、魔法は良く分からないって言ってたじゃないか」


エルフ「そうだけど」

エルフ「なんだか使ってるうちに出来る気がしてきたわ」

エルフ「それに、この部屋にある魔法陣の逆をやればいいだけの話だもの」

エルフ「なんとかなるわ」


ケン「ホントかなぁ……」


トム「心配したところで何も始まらない」

トム「やっちまっても、そのときはそのときだ」

トム「フィール、始めてくれ」


エルフ「分かったわ」

エルフ「さぁ、行くわよ……」

エルフ「ハァッ!!」



マイク「どうせ、ボクなんて……」


       ピカッ
     

マイク「うわっ!?」






スティン「マ、マイクの奴が光りだしたぞ」


エディ「ヤバくねぇのか!? アレ」


グレッグ「黙ってろ」

グレッグ「失敗したらどうするんだよ?」


エディ「でもよ!」


トム「グレッグの言う通りだ」

トム「少しは黙って見てられねぇのか?」


エディ「……分かったよ」


ダニー「トム! マイクが」



マイク「…うっ」

マイク「うぉぉぉおおおお!!!」



トム「な、なんだ!? どうしたんだ!」



マイク「ボクは何てくだらないことで悩んでいたんだ!!」

マイク「情けない! 情けないぞぉ!!」





トム「おい! フィール」

トム「これはどういうことだ?」


エルフ「……ごめんなさい」

エルフ「失敗しちゃったみたい」


ケン「し、失敗!?」


スティン「おいおい、どうすんだよ!」

スティン「マイクの奴はどうなっちまったんだよ!?」


エルフ「それが……軽い洗脳魔法がかかちゃったみたいで」

エルフ「ちょっと性格に変化が……」



マイク「こんな情けない自分は鍛え直さなければッ!!」

マイク「やるぞぉ!!」

マイク「腕立て、腹筋、1000回!」

マイク「うおぉぉぉおおおお!!!」



エディ「軽い洗脳魔法だって?」

エディ「どう見ても、人格矯正魔法だろ」




エルフ「ごめんなさい」

エルフ「でも、そこまで強い魔法じゃないの……」

エルフ「普通の人ならここまでは効かないはずなんだけど」


エディ「けどよ……!」


ケン「もういいだろ? 彼女だって謝ってるんだ」

ケン「それに……失敗したとはいえ明るくはなっただろ?」


RB「そうそう」

RB「あそこでうずくまったまま動かないよりはマシだと思うけどね、ボクは」


スティン「そういや、そうだけど」

スティン「いくならんでもアレはやり過ぎだろ」



マイク「35! 36! うぉぉおおおお!!」

マイク「37! 38! 39! 40! 41! 42! 43……」



スティン「ちゃんと元に戻んのかよ?」


エルフ「え、ええ……」

エルフ「時間が経てば戻るはずだけど」


スティン「本当に?」


エルフ「ごめんなさい」

エルフ「私も初めてで……」




騎士「それ以上いじめてやるな」

騎士「お前達の仲間がなんというか、その……」

騎士「ああなってしまっても仲間には変わらないんだ」

騎士「温かく迎えてやろう」


エディ「ああ、けど……」

エディ「温かいっーか、熱いけどな」

エディ「……アイツが」



マイク「113! 1 14! 11…5! 116!……11 7! うぉぉおおお!!」

マイク「まだまだ! まだ行けるぞぉ!!」



デイブ「トム」


トム「どうかしたか?」


デイブ「ジムたちが目を覚ました」


トム「分かった、今行く」

トム「お前達はマイクを見ていてくれ」

トム「俺はジェームズ達と話をしてくる」


スティン「俺も行く」

スティン「正義の勇者様とやらを見てみたいからな」




トム「目を覚ましたんだな」


ハリー「ああ、今さっきな」


スティン「あの魔法に散々やられたみたいだな」

スティン「他の奴らはもう復活してるぜ」


トム「1人を除いてな」


ハリー「マイクのことだろ?」

ハリー「あの声はここまで聞こえてきたからな」


スティン「かわいそうだが魔法が失敗しちまってな」

スティン「ま、やかましいがうじうじ文句を垂れるよりかマシだろ」


トム「で、さっきから黙ってどうしたんだ? ジェームズ」

トム「いつもならお前の方から、つかっかかってくるだろ」


ジム「…」


スティン「おい、本当にどうしたんだよ」

スティン「そんなこと言われて黙ってる奴じゃないだろ?」


ジム「…」




スティン「どうしちまったんだよ、これ」

スティン「なんか知ってるか? ハリー」


ハリー「分からない、さっきからずっとこうなんだ」

ハリー「魔法にかかったきり、何も喋らないんだ」


スティン「あのトラウマ魔法にねぇ……」

スティン「こんな奴にもトラウマがあったとは」

スティン「正直、そんなもんがありそうな奴には見えなかったけどな」


トム「こいつも人間なんだ」

トム「頭のネジが緩いところもあるが、それなりに悩みも抱えてんだろ」


スティン「そういうもんかねぇ」


トム「それでジェームズ、お前はどうするんだ?」

トム「他の奴らはみんな一緒に魔王のところへ行くつもりみたいだぞ」


ジム「……俺は」

ジム「俺は勇者失格だ……」


スティン「あ? 何だって」


ジム「勇者は正義、正義は負けない……」

ジム「俺はなれなかった」




ハリー「……ジム、お前は負けちゃいない」

ハリー「アイツが変な魔法を使ったからで……」


ジム「違う! 俺は負けたんだ」

ジム「敵がどんな手を使おうが関係ねぇ」

ジム「勇者は負けちゃいけなかったんだ」


トム「お前、本気で勇者とやらになりたかったのか?」


ジム「当たり前だ、俺はいつだって本気だった」

ジム「俺は本気で勇者に……ヒーローになりたかったんだ」


トム「止めとけよ、ジェームズ」

トム「お前に正義の味方なんて似合わないぜ」


ジム「うるせぇ!」

ジム「お前に俺の何が分かるってんだ!」

ジム「俺の気持ちなんて分からないだろ!? トム」


トム「ああ、俺にお前の気持ちなんか分からねぇよ、ジェームズ」

トム「だがな……俺はキャプテンだ」

トム「キャプテンにはチームを導く責任がある」

トム「だから、お前に言うんだ」

トム「ヒーローなんかには向いてないってな」




ジム「何でだよ!」

ジム「何でお前にそんなことが言えんだよ!?」


トム「そんなの簡単だ」

トム「たかが1回負けたぐらいでビービー騒いでるからだ」

トム「俺にはヒーローなんて良く分からない」

トム「でも、ヒーローだって負けないわけじゃないだろ?」

トム「いくら正義が勝つったって、負けるときは負ける」

トム「そんなんで一々騒いでたら、悪を倒すなんて夢のまた夢」

トム「そう思わねぇか? ジェームズ」


ジム「俺だって……」

ジム「俺だって、自分がガキみたいなこと言ってたのは分かってたんだ!」

ジム「でも、勇者になって……誰かに褒められて、感謝されて……」

ジム「クラスの問題児だった頃とは大違いだった」


ハリー「ジム……」


ジム「分かるか!? この気持ち」

ジム「親にすらマトモに褒められなかった奴が、国中の奴から褒められるんだぜ」

ジム「それで……本気で勇者になろうとしちゃいけなかったのかよ!?」


トム「俺に聞くな」

トム「そんなこと他人に聞いても、答えなんか出ない」




ジム「だが……!」


トム「『誰に何て思われようが関係ねぇ、俺は俺の思ったことをする』」

トム「いつものお前ならこう言うはずだろ?」

トム「だから、俺の答えなんかに意味はないんだ」


ジム「…」


トム「なぁ、ジェームズ」

トム「お前はヒーローになれなかったとか言ってたが、俺はそうは思わないぜ」

トム「確かにお前は正義の味方には向いてない」

トム「でも、お前がヒーローになれる場所があるだろ?」


ハリー「そうだ、ジム」

ハリー「グラウンドじゃ誰もお前に追いつけない」

ハリー「今度こそ、本物のヒーローになれるんだ」


スティン「悔しいけど、お前の実力は本物だからな」

スティン「アンタが居ないと試合に勝てねぇ」

スティン「だから……戻ってこいよ、ジェームス」

スティン「みんな、待ってるぜ」


ジム「…」




トム「無理に付いてこいとは言わない」

トム「ただ、俺達は待ってる」

トム「ウチのチームにはお前の代わりになるような奴はいないからな」


ジム「ハリー……」


ハリー「なんだ? ジム」


ジム「……迷惑かけて悪かったな」

ジム「お前はトム達と一緒に行ってこい」


ハリー「待ってくれ」

ハリー「それじゃあ、ジムは……」


ジム「1人で行く……1人で考える時間をくれ」


スティン「でも、それなら……!」


トム「やめとけ、スティン」

トム「こうなったら何言ってもムダだ」

トム「コイツが自分で答えを出すまで待つしかない」


ジム「トム、次に会うときは魔王の本拠地だ」

ジム「そん時までに決めてくるぜ……俺が何になりたいのかを」




トム「ああ、くたばるんじゃねぇぞ」


ジム「ヘッ、それは俺のセリフだ」

ジム「じゃあな、ダニーの奴にもよろしく言っとけ」

ジム「トムの野郎から離れるなんてちっとは見直したぜ、ってな」


トム「もとの調子に戻ったみたいだな、ジェームズ」

トム「次に会うのが勇者じゃないことを祈っとくぜ」


ジム「勝手に祈ってろ」

ジム「俺はお前の祈りで変わるほど安くはないぜ」


トム「分かったら、とっとと行けよ」

トム「俺達に先を越されても知らないぞ」


ジム「んなもん言われなくても分かってる」

ジム「じゃあな、キャプテン殿」




騎士「アレが魔王の居城、魔王城……」

騎士「遂にここまで来たのだな」


トム「ああ、俺もこんなところまで来るなんて思ってなかったぜ」


マイク「うぉぉおおお!!!」

マイク「アレが! 魔王城!!」

マイク「ボク達の旅の目的地!! 感激だぁアアア!!」


トム「……グレッグ」

トム「あのバカを止めてくれ」

トム「これじゃあ、俺達の居場所を教えているようなもんだ」


グレッグ「でも、オレ1人じゃあ」


トム「RBも使って良いから、早くしろ」


グレッグ「あ、ああ……分かったよ」

グレッグ「行こう、RB」


RB「待ってくれよ、まだ食べ終わってないんだ」


トム「なら……ハロルド」

トム「頼めるか?」


ハリー「ああ、任せろ」

ハリー「こういうのの扱いは慣れてる」




ダニー「それで、トム」

ダニー「来たのはいいけど、どうやって入るんだ?」

ダニー「見張りだっているみたいだし……」


スティン「また、魔法を使って裏口でも探せばいいだろ?」


ケン「そうだね」

ケン「フィール、お願い」


エルフ「……待って、ケン」

エルフ「あの城自体から魔力を感じるの」

エルフ「迂闊に魔法を使ったら、何が起こるか分からないわ」


エディ「マジかよ」

エディ「こんなとこまで来て手詰まりかぁ?」


トム「そうでもないぜ」

トム「デイブ、そいつの猿ぐつわを解いてやれ」


幻影「……!」モガモガ


エディ「あ? 何言ってやがんだ」

エディ「そいつはタダの道案内だろ?」

エディ「ワザワザ解放してやる必要は無いって」




トム「桶は桶屋とかいうだろ?」

トム「ここを一番よく知ってるのはこいつだ」

トム「だったら、こいつに聞くのが一番早い……違うか?」


エディ「確かに、そうだけどよ……」


デイブ「いいのか?」


トム「ああ、やってくれ」


デイブ「…」


幻影「…」シュルシュル 


デイブ「解いたぞ」


スティン「ほら、さっきまでの話を聞いてただろ?」

スティン「隠し通路でも裏口でも、とっとと喋りな」


幻影「……フフフ」


エディ「なんだよ、気味悪りぃ笑い声なんか出してよ」


幻影「お前達は自分の置かれた状況が分かっていないみたいだな」


エディ「分かってないのはテメェの方だろ?」





エディ「お前ひとりでオレ達に勝てるワケねぇ」

エディ「正直に吐いたらどうだ?」


幻影「フフッ……ここは魔王の居城、魔王城」

幻影「その周りには魔力を感知する障壁が張ってある」

幻影「許可なく魔法を使えば、魔王の元へ私達の居場所が分かる」

幻影「つまり……!」


    ゴキッ


幻影「ぎゃあああ!!」


トム「悪いな、魔法は使わせないぞ」

トム「俺達も居場所はバレたくないんだ、指の一本ぐらい我慢しな」


幻影「ぐそぉおお……!」


トム「それと……キャラを作るならやり通した方が良いぜ」

トム「余裕がないのがバレバレだ」


騎士「おい、トーマス」

騎士「大丈夫なのか? こんなことをして」

騎士「これでは喋らせるどころの話ではないだろう」


エディ「そうだぜ、トム」

エディ「確かにムカつく野郎だったが、指を折っちまったら話なんてできねぇだろ」




トム「大丈夫だ、折っちゃいない」

トム「ちょっと関節を外してやっただけだ」

トム「見た目ほどひどくはねぇ」


ケン「いや、折れてる折れてないの問題じゃなくて……」


トム「そのうち痛みにも慣れて話も出来るようになるだろ」

トム「ま、それまで続けるけどな」


エルフ「これって奴隷の扱いよりヒドいかも」


スティン「ま、まぁ……そっちはあくまでも商品だからな」


トム「よし、デイブ、右手を頼む」

トム「俺は左手をやる」


デイブ「分かった」


トム「さぁ……さっさと吐いた方が身のためだぜ?」


幻影「や、やめろ……!」

幻影「やめてくれぇえええ!!」




幻影「ゆ、指がぁ……私の指がぁ……」


トム「良かったじゃねぇか、左指4本で済んで」

トム「素直な奴は好きだぜ」

トム「両手で足りなきゃ、足の指まで外すつもりだったからな」


幻影「ひっ……!」


騎士「もうよしてやれ、トーマス」

騎士「魔王の玉座へ通じる隠し通路も分かったことだし」

騎士「そろそろ解放してやってもいいんじゃないか?」


トム「いいや、まだこいつには働いてもらうぜ」


エディ「働いてもらう、って何させるんだよ?」

エディ「隠し通路を通るってなら邪魔にしかならねぇだろ」


ケン「そう、こんなの連れまわしても足手まといだ」

ケン「いいとこ盾になる程度じゃないか?」


トム「全員が裏道を行くなら、そうなるな」


ダニー「トム、それって……」


トム「ああ、二手に分かれる」

トム「正面から殴り込みをかける奴らと裏から回り込む奴ら」

トム「その二班でここを攻略する」




ハリー「いくらなんでも、それは無茶だ!」

ハリー「ジムと一緒にいたから分かる」

ハリー「正面からここへ突入するなんて、死に行くようなものだ」


トム「そうならないために、人質がいるのさ」

トム「敵の幹部ともなれば、そう簡単に手を出されないだろ」


スティン「もし、そいつが見捨てられたら?」

スティン「それなら、いくら人質が居ようが関係ないだろ」

スティン「城に近づいただけでおしまいだ」


トム「お前達、重要なことを忘れてねぇか?」

トム「ここへ来た目的だ」


RB「魔王を倒すことだろ?」

RB「魔王城に入るっていうのに忘れるわけないだろ」


トム「まぁ、倒すってワケじゃねぇが」

トム「勇者ってことでここに来てんだ、何もないはずがない」

トム「つまり……」


騎士「魔王に対抗する手を考えなければならない、ということか……」


トム「そういうこった」




グレッグ「でも、それとこれとにどんな関係が?」

グレッグ「だったら、みんなで一緒に襲い掛かった方が良いんじゃないのか」


トム「戦略シミュレーションとかやったことねぇのか?」

トム「何も考えないで敵に突っ込んでも負けるだけだろ」


グレッグ「じゃあ、何か作戦でもあるのか?」


トム「成功するかどうかは分からねぇが……」

トム「魔王とやらの魔法を使えなくする方法はある」


騎士「そんなことが可能なのか?」

騎士「魔族の王から魔力を奪うことなど……」


トム「やってみなきゃ分からない」

トム「だが、成功すればこっちのもんだ」


エディ「そんで……その秘策を使うために二手に分かれるってのか?」


トム「ああ、それには奴を油断させなけりゃならない」

トム「正面から突っ込む陽動部隊が必要なんだよ」

トム「どうだ? 賛成する気になったか」




ダニー「おれは……トムを信じる」

ダニー「ここまで来れたのもトムおかげだから」


マイク「もちろん!! ボクは賛成だぁ!」

マイク「ボクらの力を合わせて魔王を倒そう!!」


ハリー「ア、アイツ……」

ハリー「猿ぐつわしてたのに、自力で外しやがった」


トム「まぁ、いいだろ」

トム「返事ぐらいはさせてやっても」

トム「他の奴は? 反対なのか」


騎士「……言わなくても分かるだろ」

騎士「皆、賛成だ」

騎士「そうだろう? エドワード」


エディ「おうよ」

エディ「オレ達はチームなんだ、キャプテンの指示に従うぜ」


エルフ「私も、チームじゃないけど」

エルフ「この空気で反対なんてできないでしょ?」


トム「上等だ」

トム「それじゃあ、チーム分けに移るぜ」




  「こっちだ、この道をまっすぐ行った先に魔王様がいる」


トム「道案内、ご苦労さま」

トム「おかげで迷わずに済んだぜ」


  「気にするな、上からの命令だ」

  「それと……そいつを離してやってくれないか?」

  「こうなったら人質の意味もないだろ」


トム「…」

  
  「安心しろ、治療するだけだ」

  「お前達の作戦を聞き出そうなんて気はない」


トム「……そうか」

トム「なら、こんな奴いくらでもくれてやる」

トム「ほら行けよ、仲間が待ってるぜ」


幻影「…」テクテク


  「よし、無事みたいだな」

  「じゃあ、案内はここまでだ」


トム「世話になったな」


  「気を付けろよな」

  「あんなんでも、魔力は高いから」

  「それじゃあ……」





スティン「……行っちまったな」


ケン「なんと言うか……肩すかしだ」


騎士「まさか、あっさり通してくれるどころか」

騎士「道案内までしてくれるなんて……」


スティン「なんか、魔王の奴も尊敬されてない感じだし……」

スティン「どうなってんだ?」


マイク「気にするなぁ!!」


スティン「…!?」

スティン「いきなり叫ぶなよ、鼓膜が破れちまう」


マイク「そんなのどうでもいい!!」

マイク「ボクらは魔王を倒すだけだ!!」

マイク「余計なことは考えるなぁぁああ!!!」


スティン「う、うるせぇ……」


デイブ「マイクの言う通りだ」

デイブ「余計なことを考えるだけ無駄だ」




スティン「確かにそうなんだろうけどよ」

スティン「こうなってくるとエディたちの方が心配だぜ」

スティン「アイツらしっかりやってんのか?」


ケン「フィールも大丈夫かな」

ケン「こっちよりは安全だろうと思ってあっちに行かせたけど」


トム「心配するだけムダだ」

トム「アイツらが上手くやってくれることを祈るしかない」


デイブ「そうだ」

デイブ「俺は信じている、アイツらの事を」


騎士「そうだな、私達は私達に出来ることをしよう」

騎士「少しでも魔王を油断させて、奇襲を成功させるんだ」


トム「……行くぞ」

トム「あんまり遅いと怪しまれるからな」





   ガダン  ギィィイイイイ


  
トム「散々苦労させやがって……」

トム「ようやくその顔が拝めるぜ、魔王」


魔王「…」


騎士「こ、これが……魔王」

騎士「なんという魔力」

騎士「気を許したらこちらがやられてしまう」


スティン「確かに……これはヤバいぜ」
 

マイク「おい! 魔王!!」


騎士&スティン「!?」


マイク「来てやったぞ! お前を倒しになぁ!!」

マイク「さぁ、かかってこい!!」

マイク「このボクが相手だ!!!!」


スティン「バ、バカ野郎! 黙ってろ!!」

スティン「台無しにしたいのかテメェは!?」


マイク「違うぞぉ!! ボクは!」





トム「デイブ、黙らせろ」


マイク「こいつをッ……!?」


デイブ「静かにしてろ」ガシッ


マイク「……! ……!!」モガモガ


デイブ「いいぞ」ガシッ


魔王「…」


トム「ああ……悪かったな、連れが騒いで」

トム「さぁ、続きを始めようぜ」

トム「何か言うことでもあるんだろ?」


魔王「……幾千の苦難を乗り越え、よくぞここまでたどり着いた」

魔王「そなた達、異次元の勇者は……今、魔族の王の眼前にいる」

魔王「ここから先は、どちらが勝つともしれぬ勝負」

魔王「我が力、その全てをもって、相手をしよう」

魔王「さぁ、死力を振り絞り、我に立ち向かうのだ!」


スティン「おいおいおいおい、これってマズくないか?」

スティン「初っ端から本気モードだぜ」




トム「アイツらがやってくるまで時間を稼ぐしかない」

トム「ケン、アレは持ってるか?」


ケン「……ここにある」


トム「よし、お前は怪しまれない程度に離れてろ」

トム「俺が合図を出したら……分かってるな?」


ケン「任せてくれ」

ケン「絶対に失敗はしない」


魔王「勇者! かかってこないのか?」


トム「待たせて悪いな」

トム「まだ、作戦会議が終わってなかったんだ」

トム(さて、どうやって時間を稼ぐか……)


魔王「今ので終わったのか?」


トム「大体はな」

トム「それより、アンタ……」

トム「そのマントみたいなのを取ったらどうだ?」

トム「今時、顔まで覆うフード付きのマントなんて流行らねぇぜ」

トム(とりあえず、これで様子見だな)




魔王「…」


トム「何だ? 外せないのか」

トム(お? こいつはもしかして……)


魔王「いや……これは、魔王の権威の象徴であって」

魔王「そう簡単に外すわけにはいかない」


トム「たかが象徴だろ」

トム「外せないってのはどういうことなんだ?」

トム(……大当たりだ)


騎士「おい、マントぐらい……」


トム「いいから黙ってろって」

トム「で、どうなんだ?」


魔王「ぜ、全力を……全力を出せなくなってしまう」

魔王「これがないと」


トム「そうか、それは困ったな……」


魔王「そうであろう!」

魔王「お前達も我が全力でなければ困るだろう!?」




トム「俺、マントアレルギーなんだよ」

トム「マントがヒラヒラしてるのを見ると気持ち悪くなってな」


魔王「な、なんだ!?」

魔王「そんなもの聞いたことないぞ!」


トム「いいや、俺達の国にはある」

トム「だよな? スティン」


スティン「な……! 俺に振るのかよ!?」


魔王「どうなのだ? 本当にそんなものがあるのか」


スティン「あ、ああ……あるぜ!」

スティン「とびっきりのがな!!」


魔王「ま、まさか……そんな」


トム「そういうこった」

トム「さぁ、早く外してくれねぇか?」

トム「お前が着てるのを見てるだけで痒くなってきたぜ」


魔王「い、いや……私は…」





マイク「……!! …!」モガモガ


デイブ「…」ガシッ



トム「アイツも早く脱げって言ってるぜ?」


魔王「で、でも……」


トム「いいから脱げよ」

トム「脱ーげ! 脱ーげ!」


魔王「いや、だから……」


トム「脱ーげ! 脱ーげ!」

トム「ほら、お前らもやれ」


騎士「な、なんで……私達まで」


トム「いいからやるんだよ」


騎士「ぬ、ぬーげ……ぬーげ」


スティン「こうなりゃ、ヤケだ」

スティン「脱ーげ!! 脱ーげ!!」



マイク「…!? …………!!!」モガモガ


デイブ「…」ガシッ





魔王「な、これは……」


トム「みんな言ってるぜ?」

トム「マントを脱げってな」

トム「どうするんだ? 脱ぐのか、脱がないのか」


魔王「わ、私は……魔王で、これは象徴で……」


トム「ほら、脱ーげ! 脱ーげ!」


騎士「脱ーげ、脱ーげ……」


スティン「脱ーげ!! 脱ーげ!!」


魔王「や、やめろ……」


トム「脱ーげ! 脱ーげ!」


騎士「脱ーげ、脱ーげ……」


スティン「脱ーげ!! 脱ーげ!!」


魔王「やめてくれ……」



マイク「………!!! ………!!! ………!!!」モガモガ


デイブ「…」ガシッ


ケン「……フィールがいなくてよかった」

ケン「こんな光景、見せられないよ」




   ガタリ


トム「…!」

トム(魔王の玉座が揺れた……)

トム(アイツらが着いたのか)



魔王「やめて……脱ぎたくない」


騎士「脱ーげ、脱ーげ……」


スティン「脱ーげ!! 脱ーげ!!」



トム「…」

トム(必要ない気がしてきたが……念のためだ)


魔王「私は……」


トム「おい、魔王」

トム「そんなにマントを脱ぎたくないのか?」


魔王「……脱ぎたくない」


トム「仕方がない、今回は特別だぞ?」

トム「マントありでも戦ってやる」

トム(……ったく、どっちが悪役か分からねぇじゃねぇか)




魔王「本当か!?」


トム「男に二言はない」


魔王「ありがとう……ありがとう……」


トム「あ、ああ……」

トム「喜んでくれたみたいで、よかった」

トム(最初のキャラはどこへ行ったんだよ……)

トム(これじゃあ、門番のあの態度も頷けるぜ)


魔王「それで……私はどうすればいい?」


トム「いや……」

トム(俺に聞くなよ……仮にも敵だろ?)


スティン「おい、トム」

スティン「なんか話がヘンな方向へ向かってないか?」


トム「とりあえず、作戦通りにやる」

トム「今は話を合わせるんだ」


魔王「……聞いているのか?」

魔王「何か……気に障るようなことをしたか?」


トム「いいや、大丈夫だ」

トム「とりあえず魔法でも見せてくれ」

トム「アンタの実力が知りたい」




魔王「分かった」

魔王「でも、誰に打てばいい?」

魔王「あそこで捕まってるヤツか?」



マイク「!?」

マイク「……! …………!!!」モガモガ


デイブ「…」ガシッ



騎士「やめろ!」

騎士「彼にじゃない」


魔王「……じゃあ、どうすればいい」

魔王「魔法を見たいんじゃなかったのか?」


騎士「それは……」


トム「そこらへんの柱にでもうってみろ」

トム「柱ぐらい1本消えても大丈夫だろ」


魔王「そうか、その手があったな」

魔王「よし、いくぞ……」

魔王「我が呼び起こすは太古の精霊」

魔王「我が望むは炎熱の炎……」




騎士「トーマス、魔王が詠唱に入ったぞ」

騎士「……やるのか?」


トム「ああ、アイツらはもう来ている」

トム「あのムダに豪華なイスを動かして、エディたちを待機させろ」

トム「準備が出来たら合図を忘れるなよ」


騎士「了解した」


トム「スティン、俺達は全力で奴の気を引くぞ」


スティン「おう」



魔王「……その火を我が目に焼き付けろ!」

魔王「グ ラ ン ド フ レ イ ム !!」


    
       ピカッ   


       「!?」


   ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ 


       「!!」






スティン「な……なんつー馬鹿げた威力だ」

スティン「柱どころじゃねぇ、床まで消し飛んじまいやがった……」



デイブ「これが……魔王」


マイク「まおッ……!?」

マイク「……!!! ……!」モガモガ


デイブ「…」ガシッ



魔王「ど、どうだ?」


トム「あ、ああ……」

トム(冗談じゃねぇ……)

トム(あんなの食らったら、文字通り消し飛んじまう)


魔王「何か……いけなかったか?」


トム「い、いや……あまりの凄さにビビッてただけだ」

トム「そんな力を持ってるなんて、さすがは魔王だな」

トム(とにかく時間稼ぎだ)


魔王「そ、そうか?」

魔王「面と向かって言わると照れるな……」




トム「いいや、照れる必要なんてないぜ」

トム「アンタは凄い力を持ってるんだ」


魔王「いや……そんなこと」


スティン「そんなことあるぜ! 俺達なんか束になっても勝てない」

スティン「あんな魔法を食らっちゃおしまいさ!」


魔王「そ、そうなのか」


トム「炎以外の呪文も使えるんだろ?」


魔王「まぁ、四大元素の魔法くらいなら」


トム「なら、見せてくれよ」

トム「どうせやられるんなら、もっと魔法を見ておきたいからな」


魔王「でも、これ以上魔力をムダ使いするのは良くないし」


トム「気にすんなって」

トム「戦ったら一撃でやられるんだ」

トム「なら、その前にいくら使おうが関係ないだろ?」




魔王「けど……」


トム「頼む! 一生のお願いだ」


魔王「……しょうがないなぁ」

魔王「水、風、土ってあるけど、どれがいい?」


トム「水で」

トム(これで……時間は稼げそうだな)


魔王「じゃあ、行くよ?」


トム「ああ、頼む」

トム(後はジェリーの合図を待つだけだが……)


魔王「我が呼び起こすは太古の精霊」

魔王「我が望むは氷結の刃……」





騎士「…」コクリ



トム「…」

トム(……準備ができたみたいだな)

トム(やるか……)


魔王「我が呼び起こすは……」


トム「おい! 魔王」


魔王「太古の……!?」

魔王「何? どうかした」


トム「頼んでおいて悪いが、もう十分だ」

トム「お前だって、こんなもん何発も打ち込むと疲れるだろ?」


魔王「別に、そんなことはないけど……」


トム「いいや、無理しなくていいぜ」

トム「それより、お前に渡したいモノがある」


魔王「私に?」


トム「戦いの後じゃ、出来ないかもしれないだろ?」




魔王「でも、勇者が魔王にそんなこと……」


トム「いいんだよ」

トム「俺が個人的にプレゼントしたいんだからさ」


魔王「……わかった」

魔王「勇者がくれるっていうなら、貰う」


トム「よし、いい子だ」

トム「じゃあ、こっちに来てくれ」


魔王「え、でも……」


トム「いいから」


魔王「…」テクテク

魔王「これでいい?」


トム「そのまま手を出してくれ」


魔王「手?」

魔王「どうして、手なんか……」


トム「直接渡したいんだ」

トム「ケン、アレを持ってきてくれ」


ケン「ああ、分かった」




魔王「その……くれるって何を?」


トム「見りゃ分かる」

トム「ほら、早く手を出しな」


魔王「……はい」


トム「ちょっいと失礼するぞ」ガシッ


魔王「…!?」


トム「ケン!」


ケン「よっと……」


    ガチャン


魔王「え……」


トム「よし、これで完了」

トム「悪かったな、手間かけさせて」


魔王「これは……?」




トム「魔封じの腕かせだ」

トム「エルフの奴隷に付けられてた」


魔王「腕…かせ……」


トム「悪く思うなよ」

トム「まんまと騙されるお前も悪いんだぜ」


魔王「そんな……嘘だ」


トム「追い打ちをかけるようで悪いが、拘束させてもらう」

トム「来い! エディ」

トム「コイツをひっ捕らえろ!」


エディ「行くぜ!」

ダニー「おりゃ!」


魔王「う、うわあぁぁああ!!!」




魔王「うう……ひっく……」


トム「悪かったよ、騙して」


魔王「勇者に騙されたぁ……」


トム「ほら、泣くなって」

トム「魔族の王様だろ? アンタ」

トム「こんなことで落ち込んでどうするんだよ」


魔王「そうだけど、私なんか……私なんかぁ……」


トム「いや……だから、泣くなって」



エディ「おいおい、こりゃ一体全体どうなってやがるんだ」

エディ「アレが魔王って奴だろ?」

エディ「どうして、そんな奴が泣いてて、それをトムがあやしてんだ」


騎士「私に聞かれても……」

騎士「正直、私も困惑している」

騎士「……どうしてこうなったんだか」


スティン「まぁ、原因はトム……だよな」


ハリー「それはなんとなく分かるが……」

ハリー「やっぱり、何が起こったのか分からない」




スティン「そう言われてもな」

スティン「俺には何て言っていいか……」


デイブ「魔王の弱点を付いたんだ」


スティン「おわっ!?」

スティン「いきなり喋るなよ、ビックリするだろ」


デイブ「悪い」


RB「で、弱点って?」

RB「トムが言ってった魔法を封じることじゃないの?」


デイブ「心だ」

デイブ「アイツは魔王の心を折った」


エルフ「こころって、あの心?」


デイブ「ああ」


エルフ「それだけじゃ分からないわよ」

エルフ「ケン、あなたも居たんでしょ」

エルフ「どういうことなの?」


ケン「まぁ、なんて言うか……」

ケン「君達が来るまで時間稼ぎをしてんだけど」

ケン「最初はマントを取る取らないから始まって」

ケン「気付いたら……ああなってた」




魔王「うわぁああん」


トム「悪かったって」

トム「謝るからな、ほら!」

トム「おい! お前らも見てないで手伝え」


ダニー「でも、そんなこと言ったって……」


マイク「ボクが行こう!!」

マイク「慰めるのは得意なんだ!!」


魔王「ひっ…!」


トム「やめろ! お前は来るな」

トム「怖がらせるだけだ」


マイク「そんなわけないだろ!!」

マイク「ボクのどこが怖いって言うんだ!」


トム「とにかく怖がってんだ、来るんじゃねぇ」

トム「グレッグ! コイツを止めてくれ」


グレッグ「あ、ああ……」

グレッグ「マイク、やめろってさ」




マイク「ボクにはやらなきゃならないことがあるんだ!!」

マイク「邪魔しないでくれッ!!」


グレッグ「昔はもっと静かなヤツだったのに……」

グレッグ「ほら、黙って行くぞ」ガシッ


マイク「な、何……!」モガモガ

マイク「……!! ……!」モガモガ


トム「もう大丈夫だ」

トム「アイツは向こうへ行ったぜ」


魔王「ひっ……ぐすっ……」



エルフ「……しばらく放っておいた方がいいんじゃない?」

エルフ「魔王が泣き止まない限り終わりそうにないわよ」


騎士「そうだな」

騎士「とりあえずは、他の者が入ってくる気配はなさそうだし」

騎士「そのほうがいいだろう」




魔王「……っ…」


トム「そうだ、その調子だ」

トム「息を大きく吸って吐き出せ」


魔王「すぅー、はぁー」


トム「よしよし、いい子だ」

トム「ようやく落ち着いてくれたな」


魔王「……うん」


トム「それで、アンタにいくつか聞きたいことがあるんだが」

トム「聞いてもいいか?」


魔王「待って、私じゃ上手く説明出来ないかもしれないから」


トム「誰かを呼ぶってか?」


魔王「…」コクコク


トム「ああ、問題ないぜ」

トム「お前らもいいよな?」


エディ「別にどうでもいいぜ」




マイク「何だ!? 魔王の増援かぁ!!」

マイク「それなら……!」


グレッグ「お前は……」ガシッ


デイブ「こっちだ」グイッ


マイク「離せッ!! 邪魔するな!!」

マイク「ボクは……! ……!!」モガモガ



エディ「これ以上おかしなことにはならねぇだろうからな」


トム「ということだ、呼んでくれ」


魔王「リチャード、来て!」


  「何でございましょう? 魔王様」


エディ「のわッ!?」

エディ「何だよ、脅かすんじゃねぇよ」


  「申し訳ありません」


スティン「な、なんだ? この爺さんは」

スティン「どこから出てきたんだよ」




  「私は魔王様のお世話をさせていただいております、リチャードと申す者です」


ケン「つまり……執事みたいなものってこと?」


  「肩書としては魔王様の側近に当たります」


トム「で、その側近さんが俺の質問に答えてくれるって訳だな?」


側近「魔王様がそう仰せであれば」


トム「どうなんだ? 魔王」


魔王「リチャード、説明してあげて」


側近「承知いたしました」

側近「勇者殿、名前は?」


トム「トーマスだ」


側近「では、トーマス殿」

側近「なんなりとお申し付けください」


トム「じゃあ、まずは……」

トム「この世界は何かとか、俺達は帰れるのかとか、色々聞きたいことはあるが」

トム「初めにこれだけは聞いておきたい」


側近「と、言いますと?」




トム「コイツは一体何なんだ!?」


魔王「……!」


トム「こんなやつが本当に魔王なのかよ!?」

トム「確かに魔法は凄かった」

トム「だが、それ以外がてんでダメだ!」

トム「マントを脱ぐように言われただけで半泣きになるヤツがいるか!?」

トム「挙句の果てには大泣きして、俺に慰められてるし」

トム「一体全体どうなってるんだよ!? あ?」



エディ「……トムが珍しく本気で怒ってやがる」


ダニー「相当、頭にきてたんだ……」


騎士「そんなに珍しいのか?」


エルフ「確かに、本気で怒ったところなんて見たことなかったけど」


RB「ボクらみたいなのをまとめてるからね」

RB「いちいち怒ってたらキリがないんだよ」


スティン「お前が言うか? RB」


RB「ボクには発言権が無いって言うの?」


スティン「俺にしてみればな」


ケン「なぁ……無駄話もいいけど」

ケン「僕らは会話に入らなくていいの?」


エディ「そんな空気じゃねぇだろ」

エディ「少なくともトムの頭が冷めるまで様子見だよ」




魔王「うう……リチャード」

魔王「勇者が……」


側近「落ち着いてください、魔王様」


トム「……悪い、言い過ぎた」


側近「いいえ、構いません」

側近「トーマス殿のお怒りはごもっともです」

側近「どうやら、私の教育が甘すぎたみたいです」


魔王「そんなぁ……リチャードまで」


側近「魔王様、いい加減に大人になるときなのです」

側近「今回の件についても、私が助けに入るべきではありませんでした」


魔王「でも、魔王は勇者を倒さないと……」


側近「こうなっては関係ございません」

側近「今のままの魔王様が勇者を倒したところで、何の効果も得られないでしょう」


魔王「だって……」


側近「だっても何もありません」




側近「影から覗かせてもらいましたが」

側近「何ですかアレは?」

側近「魔王様ともあろうお方がマントのごときで半泣きになってはしょうがないでしょう」


魔王「でも……恥ずかしいし」

魔王「これなしじゃ、魔王って言っても信じてくれないし」


側近「わざわざ異世界から勇者となる者を呼んだのに……」

側近「肝心の魔王様がこれでは仕方がありません」


トム「おい、待て」

トム「勇者となる者を呼んだって……」

トム「お前らが俺達をここへ呼び出したのか?」


側近「ええ、魔王様を本当の魔王にするために」

側近「勇者……トーマス殿達が必要だったので」


トム「……順を追って説明してくれないか?」

トム「それだけじゃ、意味が分からない」


側近「分かりました」

側近「お仲間もお呼びください」

側近「全てをお話ししましょう」




トム「……要するにだ」

トム「親の後を継いだ情けない魔王様が自分の支持率を上げるために」

トム「おとぎ話にあやかって、魔王と対峙する勇者を思いついた」

トム「そんで、百年、二百年かけて勇者の伝説とやらを作って、その勇者役に俺達が選ばれた」

トム「それから、おとぎ話みたいな勇者と魔族の戦いが始まるかと思ったら」

トム「人間は勇者をはやし立てるだけはやし立てて戦争はせず」

トム「魔族にも開戦論者はいなかった」

トム「そんな宙ぶらりんの状態のまま」

トム「特に何の感動もなく、俺達がここまで来たと……」


側近「……その通りでございます」


ハリー「でも、待ってくれ」

ハリー「ジムはモンスターの砦をいくつも落としたんだ」

ハリー「それで戦争が始まらないのはおかしいじゃないか?」


側近「簡単なことです」

側近「それは魔族の砦ではありませんから」


ハリー「え?」


側近「混同されがちですが、魔族とモンスターは別物になります」

側近「ですから、いくらモンスターの砦が攻撃されても魔王軍は動かないのです」




ハリー「なら、あのビッグスリーというのは何なんだ?」

ハリー「アイツらは魔王と言っていたし、魔族に違いないんだろ」


側近「それは私達の用意した役者です」

側近「物語にもあるでしょう? 四天王とか三人衆とか」


トム「まさか……」

トム「アイツらは軍の幹部でも何でもないのか?」


側近「ええ、魔王様の護衛の者です」

側近「もちろん、勤務外手当は払いましたよ?」


トム「……そういう問題じゃねぇよ」


エディ「って、言うことは……」

エディ「オレたち、アンタらの手の平の上で無意味に踊らされてたってワケか?」


側近「……そう思われても致し方ありません」


エディ「マジかよ」


騎士「それにしても、魔王も大変だな」

騎士「適性がなくとも親の後を引き継がねばならないのだからな」


側近「ええ、ですが」

側近「魔王様に実力がないわけではないのです」

側近「ただ……」




トム「性格に難あり、と」

トム「確かに……これじゃあ愛想を尽かされても仕方がないな」


魔王「わ、私だって……」

魔王「私だって、頑張ったんだぞ!」

魔王「勇者と会った時のセリフを考えたり、見た目で舐められないようにマントをかぶったり」


スティン「あんなにマントを取るを嫌がった理由がそれかよ」


魔王「……仕方ないじゃないか」

魔王「好きでこんな見た目に生まれたわけじゃない」


スティン「まぁ、生まれつきなら仕方ねぇけど……」

スティン「それを隠そうとしたマントが仇になったんだから、どうしようもねぇな」


魔王「うっ……」


トム「しかし、まぁ……ご苦労なこった」

トム「わざわざ異世界から俺達を呼び出して」

トム「魔王と勇者のヒーローごっこをさせるなんて」


側近「それで魔王様の威厳を取り戻せるなら安いものです」

側近「もっとも、あなた方には大変な迷惑をおかけしましたが」




エディ「全くだぜ」

エディ「何日も歩かされたり、おかしな奴らの相手をさせられたり……」

エディ「おまけに、見てみろ」



マイク「さぁ、魔王ッ!! こい!」

マイク「ボクたちの戦いは!」

マイク「まだ、始まっちゃいないんだぁああ!!!」


デイブ「いい加減に黙れ」ドスッ


マイク「ぐへっ……」ドサッ



エディ「チームの1人は、性格まで変わっちまったぜ」


魔王「さすがに、それは私にも……」


トム「マイクのことはいい、アレはああするしかなかった」

トム「それより、結果はどうだったんだ?」

トム「散々俺達に迷惑をかけて……」

トム「少しは威厳を取り戻せたのか?」




魔王「そ、それは……」


側近「…」


騎士「その反応は……」


グレッグ「ダメだったみたいだ」


エルフ「まぁ……信用を取り戻すのって大変だから」


魔王「……ごめんなさい」

魔王「私が頼りないから」


RB「ま、帰れそうならいいじゃない?」

RB「そのためにワザワザこんなところまで来たんだから」


ケン「RB、もう少し疑問とかないのか?」

ケン「僕らは良いようにこき使われたようなもんなんだぞ」


RB「別に、ボクは終わった事には執着しないから」

RB「そんなことより、早く帰ってハンバーガーが食べたいね」


ダニー「そんなに好きじゃないって言ってただろ? それ」


RB「いざ帰れるとなると欲しくなるもんなんだよ」

RB「なんだかんだ、ずっと食べてたし」


ダニー「そういうもんなのか……」


RB「そういうもんさ」




トム「それで、魔王」

トム「俺達は帰れるのか?」


魔王「う、うん……」

魔王「私が呼び出したから」


トム「そいつは良かった」

トム「行先だけの片道切符じゃシャレにならねぇからな」


魔王「でも……」


トム「何だ? まだ、なんか問題でもあるのか」

トム「まさか……支持率アップを手伝えなんて言うんじゃねぇだろうな」


魔王「違うよ!」

魔王「この腕かせが付いてるから……」

魔王「上手く魔法を使えないかも」


トム「ああ、そういえばそんなモンをくっ付けってたな」

トム「スティン、外せるか?」


スティン「すぐには無理だ」

スティン「何日も挑戦して、たまたま外れただけだからな」




トム「しばらく足止めか……」

トム「おい、リチャード」

トム「帰れるまでここに居座らせてもらうが、文句はないよな?」


側近「私は魔王様の付き人です」

側近「魔王様の指示に従います」


トム「なら、魔王」

トム「いいよな?」


魔王「あ、うん……」

魔王「城には空きがあるから、私が言えば大丈夫だと思う」


トム「決まりだな」

トム「お前ら、しばらくここへ泊るぞ」


エディ「よっしゃ! 久しぶりにベッドで寝られるぜ」

エディ「ここ最近、野宿ばっかしだったからな」


ケン「僕なんかこっちで初めてのベッドかもしれない」

ケン「トムと会うまでは奴隷だったし、そこからはずっと野宿だったから」


グレッグ「そんなことより風呂だ」

グレッグ「体中がベトベトで気味が悪い」




デイブ「トム、話がある」


トム「ん? 何だ」

トム「珍しいな、お前から話なんて」


デイブ「人と会う約束をした」

デイブ「帰るまでには戻る、だから……」


トム「行かせてほしい、ってか?」


デイブ「ああ」


トム「いいぜ、別に」

トム「お前に強制する権利なんてないからな」


デイブ「済まない」


トム「で……お前達はどうするんだ? ジェリー、フィール」

トム「アンタら、この世界の住人なんだろ」


エルフ「私はここに残るわ」

エルフ「ずっと奴隷だったから家なんてないし、知り合いもあなた達だけだから」


ケン「けど、僕達が帰ったらどうするんだ?」

ケン「さすがにここに居続けるわけにはいかないだろ」




エルフ「ケンに付いて行こうかしら、異世界ってのも気になるし」


ケン「え? でも、それは……」


スティン「ケン、そこは『俺に付いてこい』って言う場面だぜ?」


ケン「いや、だってさ」


エルフ「冗談よ、そうなってから考えるわ」

エルフ「せっかく奴隷じゃなくなったんだし、自由を満喫するのもいいかもね」


トム「お前は? ジェリー」


騎士「私は……国へ帰るよ」

騎士「魔族の実態も知れたことだし、国交だって結べるかもしれない」

騎士「私のように偏見で凝り固まった人間もいるからな」

騎士「それに……開戦否定派の魔族たちも国交を結ぶとなれば、魔王に一目を置くかもしれないだろ?」


トム「……敵だった奴の心配までするとは」

トム「感謝しとけよ? 魔王様」


魔王「あ、ああ……ありがとう」


騎士「気にするな、お前の苦労も分かる」

騎士「親の後を継ぐのは大変だからな」




トム「いつ出て行くんだ?」


騎士「お前達を見送ってから行く」

騎士「急ぐ旅でもないからな」


トム「そういうワケだ」

トム「全部で12……いや、13部屋用意してくれ」

トム「後でもう1人合流するんでな」


魔王「分かった……けど」


トム「個室がないってか?」

トム「だったら大部屋でもいいぜ、男どもは」


魔王「そうじゃなくて……お願いがある」


トム「お願い?」


魔王「試合……」

魔王「試合を見せてほしいんだ!」


エディ「あ? 試合って……何の試合だ?」


魔王「アメフトだよ! アメフト!!」


ダニー「ア、アメフト!?」




トム「また、どうしたってそんなもんを……」


側近「魔王様はアメリカンフットボールのファンなのです」

側近「勇者となる者を探して異世界を覗いていたら、たまたま発見しまして」

側近「以来、このスポーツの虜になってしまったのです」

側近「それはもう、フットボール選手を勇者に選んでしまうほどに」


スティン「けど……どうして俺達なんかを呼んだんだ?」

スティン「世の中、俺らより強い奴なんてゴマンと居るぜ」


魔王「それは、その……」

魔王「……あまり強すぎるチームは好きじゃないから」

魔王「弱くても頑張ってるチームの方が好きだから」


トム「俺達も舐められたもんだな」

トム「弱いチームだとさ」


RB「でも、事実だろ?」

RB「勝ったことより負けたことの方が多いし」


トム「……認めてどうする」

トム「ここは言い返すところだろ」




魔王「それで……どうなんだ?」

魔王「やってくれるのか?」


トム「どうする? お前ら」


エディ「オレは別にいいぜ」

エディ「久しぶりに試合でもしたい気分なんだ」


グレッグ「俺も構わない」

グレッグ「フットボールが嫌いなわけじゃないしな」


マイク「うぉおおおお!!! やるぞ!!」

マイク「生まれ変わったボクの力を見せてやる!!」


トム「……決まったな」

トム「でも、対戦相手はどうするんだ」

トム「仲間うちで戦えなんて言わないよな?」


側近「それなら、ご心配なく」

側近「来なさい」



銀斧「全く……荒野に置き去りにされた時はどうなるかと」


暴虐「俺なんか失血が結構マズかったぞ?」


幻影「どうせ回復魔法で全快だ」





エディ「あ! アイツら!?」

エディ「何してんだ! ユニフォームなんか着て」


側近「魔王様のチームです」

側近「魔王親衛隊、総勢13人が寝る間も惜しんで訓練に励みました」

側近「相手にとって不足はしないつもりです」

側近「もちろん、フィールドの方も……」パチンッ



   ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ



スティン「ぬわっ!?」

スティン「後ろの壁が動いて、グラウンドが出てきやがった……」


側近「後は試合をするだけでございます」


トム「なら、後はアイツだけだな……」


魔王「アイツ?」


トム「ああ、アンタらも名前は知ってるだろ?」

トム「ヒーローかぶれのランニングバックだ」


魔王「それって……ジェームズ?」




トム「ああ、そうさ」

トム「そいつは……」



   ガチャ  ギィイイイイ


     「!?」



トム「……来たみたいだな」


ジム「待たせたな、トム」

ジム「遅くなっちまった」


トム「遅刻だぜ、正真正銘の」


ジム「ヒーローは遅れてやってくるだろ?」


トム「また勇者気取りか?」


ジム「いいや、勇者は廃業だ」

ジム「試合でヒーローになることにした」

ジム「俺はこのヘッポコチームのランニングバックだ」


トム「そうかい、そいつは頼もしいね」




エディ「トム、今度こそ全員そろったな」


スティン「俺はいつでも行けるぜ」


デイブ「準備は出来てる」


マイク「うおぉおお!! やるぞぉぉおおお!!」


ケン「久しぶりだけど、体は鈍ってないかな?」


ハリー「動かしてるうちに慣れるだろ」


RB「お腹が減ってきた、さっさと終わらせてご飯にしよう」


グレッグ「ダニー、ボールの準備だ」


ダニー「分かってるよ……言われなくても」


トム「ったく、相変わらず締まりのない奴らだぜ」

トム「だが……それでこそ俺のチームメイトだ」

トム「さぁ、行くぜ!」

トム「キックオフだ!!」



    「おうッ!!」





エディ「ふーっ……やっと家に帰れるぜ」

エディ「手錠の鍵開けるのにどんだけ時間かっかてんだよ、スティン」


スティン「仕方ないだろ」

スティン「俺だって、もう一度あの手枷のカギを開けるなんて思ってなかったんだ」


エディ「一度開けられたんだろ?」

エディ「にしては時間がかかり過ぎだと思うぜ」


スティン「だからなぁ……」


ジム「うるせぇぞ、能無し野郎」

ジム「細けぇことをガタガタと」

ジム「フットボールのやり過ぎで頭が湧いちまったのか?」


エディ「ジム! テメェ……」

エディ「ちょっとは頭が冷えたと思ったら」

エディ「中身は相変わらずみてぇだな」

エディ「そんなんだから、エセ勇者にしかなれなかったんだよ」


ジム「……言うじゃねぇか、エディ」

ジム「ここ数日、大人しくしすぎて物足りなかったんだ」

ジム「餞別代りに地面にキスさせてやるよ」




エディ「ヘッ、ちょうどいいや」

エディ「今日限りでその減らず口を利けなくしてやるよ」


スティン「2人ともケンカはよせ」


ダニー「そうだ、最後ぐらい静かにしろよ」


ジム「黙ってろ、口はさむんじゃねぇ」

ジム「こいつは俺をバカにしやがった」

ジム「ここらで一発やっておかねぇと気がすまねぇんだ」


トム「なら、向こうで好きなだけやるんだな」

トム「グレッグ、デイブ、こいつらを連れてけ」


デイブ「了解」


グレッグ「向こうで待ってる、トム」


トム「ああ、頼んだぜ」



グレッグ「さぁ、行くぞ」ガシッ


エディ「な……!?」

エディ「おい、グレッグ! 離せよ!」


デイブ「…」ガシッ


ジム「クソッ……馬鹿デカい図体しやがって」

ジム「どこへ連れて行くんだよ!? おい!」




スティン「トム……アイツらを何処へやったんだ?」


トム「一足先に元の世界へ、な」

トム「魔王が転送ゲートを作ってくれたらしい」


ダニー「転送ゲート?」


トム「魔法で作ったドアみたいなもんだ」

トム「そこをくぐれば元の世界へ帰れる」


ダニー「へぇ……」


スティン「なぁ、トム」

スティン「ずっと気になってたんだけどよ」

スティン「お前、魔王の奴は名前で呼ばねぇのか?」

スティン「フィールの時に、人は名前で呼びたいとか言ってただろ」


トム「……長いんだよ、名前が」

トム「あんだけ長いとさすがに覚えきれない」

トム「もう、魔王ってのが愛称みたいなもんだろ?」




スティン「まぁ、確かに……」

スティン「俺も魔王の本名なんて覚えてないしな」


トム「そういうことだ」


ハリー「おい! こんなところで何してんだ」

ハリー「もうみんな集まってるぞ!?」


スティン「悪い、今から行く」


ハリー「ハァ……しっかりしてくれ」

ハリー「ジムたちの姿も見えないし」


トム「それなら心配いらない」

トム「アイツらは先に返した」


ハリー「何だって!?」


トム「気にするな」

トム「挨拶が済んだら、俺達もすぐに追いつく」




魔王「トム! どこへ行ってたんだ!?」


ダニー「あ、魔王」


トム「ちょっとした野暮用だ」

トム「大したことじゃねぇよ」


魔王「し、心配したんだぞ!」


トム「分かった分かった」

トム「だから、引っ付くな」


スティン「モテモテだな、トム」

スティン「火傷しそうだぜ」


トム「冷やかすなよ、スティン」

トム「こんなガキに興味はないぜ」




ダニー「本当に?」


トム「ああ」


魔王「な……なに」

魔王「こ、これでも私は……!」


トム「200才以上とか言うんだろ?」

トム「その考え方がガキ臭いって言ってるんだ」

トム「ムダに年だけ食ったって大人にはなれねぇよ」


魔王「だったら、どうすれば」


トム「そんなの自分で考えろ」

トム「俺が教えちゃ意味がないだろ」


魔王「そんなこと言ったって……」




騎士「まるで親子だな」

騎士「王国の人間も、魔王がこんな姿をしていると知ったらどう思うか」


エルフ「親子、か……」

エルフ「私の親はどんな人だったんだろ」


騎士「そ、それは……済まない」


エルフ「ごめんなさい、気にしないで」

エルフ「ちょっと感傷に浸っただけだから」

エルフ「それに、今の人生も悪くはないって思ってるの」

エルフ「檻の中が大半だったけど、あなた達に出会えたから」

エルフ「ね? ケン」


ケン「ん? どうかした」


エルフ「ううん、なんでもない」

エルフ「そんなことより……ケン」


ケン「何?」




エルフ「決めたわ」

エルフ「やっぱりあなた達に付いていく」

エルフ「エルフもいない、魔法もない世界でもう一度やり直してみる」

エルフ「人生をやり直すのに、異世界なんて都合のいいとこ他にはないもの」


ケン「な、何言ってるんだよ!?」

ケン「僕の国へ来たって面倒なだけだ」

ケン「戸籍もないし、保険だってないんだぞ?」


エルフ「それでも……」

エルフ「それでも、私はあなたと居たいから」


ケン「うっ……卑怯だよ」

ケン「そんなこと言われたら、断れないじゃないか」

ケン「後悔してもしらないぞ?」


エルフ「奴隷以上の仕打ちはなかなかないわよ」


ケン「……良く言うよ」




ハリー「集まった割になかなか始まらないな」


RB「ま、いいんじゃない?」

RB「ボクらがまとまるのは試合ぐらいだし」

RB「トムが魔王に釘付けじゃ、しばらくは始まらないよ」


ハリー「それもそうか」


マイク「はぁ……」


ハリー「どうしたんだ? マイク」

ハリー「あの元気はどこへ行ったんだ?」


マイク「ここ最近の自分の言動を思い出してね」

マイク「少し憂鬱になってたんだ」


RB「考えるだけ無駄さ」

RB「いくら考えたって、マイクがしてきたことが無くなるわけじゃないだろ」


マイク「分かってるけどさぁ……」




マイク「こういう時、グレゴリーがうらやましいよ」

マイク「アイツは暴走したときの記憶が無くなるからさ」

マイク「なまじ残るぐらいなら、全部失くしてくれよ」


ハリー「仕方ないだろ」

ハリー「終わったことだ、気持ちを切り替えて行こう」

ハリー「愚痴ならいくらでも聞いてやるからさ」

ハリー「な? RB」


RB「嫌だよ、面倒くさい」


ハリー「なら、そこにいるだけでいい」

ハリー「勝手にやってるから」

ハリー「マイク、始めてくれ」


マイク「……愚痴を聞かせてくれなんて初めて頼まれたよ」

マイク「でも、まぁ……偶にはいいか」




魔王「トム、それでな……」


トム「はぁ……」


魔王「ど、どうしたんだ?」

魔王「何か……悪かったか」


トム「いや、お前が悪いんじゃない」

トム「ただ……もう、お別れの時間だ」


魔王「で、でも……」


トム「俺達は別れの挨拶をするために集まった」

トム「ムダ話をするために集まった訳じゃないんだ」

トム「そうだろう? 魔王」


魔王「…」


ダニー「トム、言い過ぎだ」

ダニー「魔王は……」


トム「分かってる」

トム「どうせ『俺達と離れたくない』とかそんな理由で話を引き伸ばしてたんだろ」


魔王「…」




トム「だがな……そうはいかないんだ」

トム「俺達は1人じゃない」

トム「帰る場所も、待っている人もいる」

トム「大人なら黙って見送るもんだぜ?」


魔王「私は……」

魔王「私は子供でもいい!」

魔王「だから……行かないで」

魔王「行かないでよ、トム……」

魔王「……っ…」


ダニー「トム……」


スティン「懐かれるってのも考え物だな」

スティン「どうするよ?」


トム「さぁな」


魔王「ひっ……ぐす」


トム「泣いてるアンタをあやすのはこれで2回目だな」

トム「初めてのときは酷かったぜ」

トム「目指してきた魔王が、こんな情けない奴だったとは思ってなかったからな」




魔王「あ、あれは……」


トム「マントが悪かったってか?」


魔王「…」


トム「いいや、違うな」

トム「アレは自分に自信がなかったからだ」

トム「自信のない奴はどんなに練習しても、実力を出し切れない」

トム「俺の経験則だ」


魔王「うう……」


トム「俺達は帰る」

トム「だが、これきりってわけじゃねぇ」


魔王「えっ……」


トム「約束だ」

トム「お前が本物の魔王になったら、俺はお前に会いに来る」

トム「今度は勇者なんて堅苦しい役じゃねぇ」

トム「フットボールの選手、トーマスとしてな」


魔王「それって……」




トム「おい! お前ら」

トム「帰るぞ、走れ」


ハリ「え、走る?」


マイク「か、帰るって……」


RB「…」モグモグ


トム「ジェリー、いろいろ世話になったな」

トム「楽しかったぜ」


騎士「ああ、私もだ」

騎士「機会があればまた私の国へ来てくれ、歓迎しよう」


トム「考えておく」

トム「フィールも、ここでサヨナラだ」


エルフ「私は一緒に行くことにしたわ」


トム「そうか」

トム「ケン! フィールのことはお前に任せた」


ケン「ああ、任せろ」


トム「よし、付いてこい!」

トム「ゲートのある部屋まで一直線だ!!」

トム「モタモタしてると置いてくぞ!」




スティン「おい、待てよ!」


ダニー「ト、トム!」


ハリー「RB、食べてないで行くぞ!」


RB「…ゴクッ…ったよ」


ケン「行こう! フィール」


エルフ「ええ」


マイク「ボクを置いてくな!」



   ダダダダダダダダ



魔王「トム、みんな……」


騎士「……行ってしまったな」

騎士「だが、アイツは約束を守る男だ」

騎士「きっとまた会えるさ」


魔王「そうだと……いいな」




―――数年後


王様「そなたらが、今年の勇者たちか……」


  「はいッ!」


王様「よし、いい返事だ」

王様「今年こそは我が王国の優勝……期待している」

王様「さぁ、行け!」

王様「あの、にっくき魔王軍を打ち負かすのだ!」


  「おおーッ!!!」


   ダダダダダダダダダ


王様「……行ったか、流石は国一番の選手達だ」

王様「だが、これで本当に勝てるのだろうか」


騎士「ご心配なく、勝てますよ今年は」


王様「しかし、魔族のチームは百戦錬磨」

王様「屈強な若者ぞろいとはいえ……」

王様「経験不足は否めない」


騎士「確かに……」

騎士「ですが、今年は彼がいます」


王様「彼?」


騎士「王もお会いになったことがありますよ」


王様「はて? ワシが……」


騎士「さぁ、行きましょう」

騎士「伝説の勇者、いや……アメフト選手のところへ」


おしまい


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