男「雪合戦をしよう」女「ばっちこい」(30)


女「おとこー、私だよー」

男「すやすや。すぴー」

女「私がここにおりますよー」

男「うーん……」

女「おとこー。早くしないと朝が、太陽が」

男「……ん」

女「急がないとお日様が。朝焼けが」

男「……」


女「大変だよ。どうしようおとこ。このままでいたら日光が」

男「ああもう! さっきから耳元でなに?! 朝がなんだって?!」

女「朝が、来ちゃう」

男「…………」

女「あ、でもね。今はまだ暗いよ」

男「時計は?」

女「12時前だって」

男「とうとう日付を跨がずにお迎えにきちゃったね」

女「えへへ、いやー」

男「これっぽっちも褒めてないです」


女「どうしようね。することがない。すっごくない。なにもない」

男「どうしようと問われても……、うおっ!? 部屋が寒い!」

女「だって窓が開けっぱなしなんですもん。雪が降ってるのに」

男「まるで俺の不用心を指摘しているみたいに言ってるけど、毎晩しっかり施錠してるからね」

女「泥棒じゃなくてよかったね。私だから命まで盗まなかったものの」

男「なにか盗んだ?」

女「……ポテチ」

男「金品じゃなくて甘味に目が眩む当たりがすごく女の子っぽい。というか女っぽい」


女「そ、そんなことはいいでしょ! それよりも何かする方が大事だよ!」

男「そうだね。まず寝よう。来るべき明日に向けて英気を養おう」

女「だよね。眠くちゃ何もできないから動きたいよね」

男「まるで恋愛関係とは思えない鬼畜な提案。驚きと動揺を隠しきれません。俺たち本当に恋仲?」

女「寝るだけなんてつまらんですもん。ね、……シ・ヨ?」

男「なんでだろう。ただのお誘いなのに胸の高鳴りが止まらない」

女「私ね。おとこがしたいことなら、なんだってするよ」


男「うひあっ。耳元で喋られるとぞわぞわする」

女「お部屋も外も寒いけど、どうしてだろうね。おとこの隣ってすごくすっごくあったかいの」

男「おんな……」

女「早くしないと、朝……きちゃうよ」

男「そう、だな」

女「おとこ……」

男「雪合戦をしよう」

女「ばっちこい」


男「雪が入ってくるから窓閉めて」

女「はいはい」

男「それとベッドの脇に脱ぎ捨ててるコートを羽織ったら玄関前に集合ね」

女「むっ。そうやって私だけを追い出す作戦か」

男「窓の鍵を容易に開錠できちゃう人に今更そんな無駄な抵抗はいたしません」

女「いさぎよい」

男「服を着替えたり諸々のしたくが整うまで、お外で待機していてください」

女「了解です」


*

男「お待たせ」

女「もう、遅いよ! いつまで待たせるの!」

男「え? そんなに待った?」

女「待ったも何も、約束の時間はとっくに過ぎて」

男「ませんね。そんな約束もしてませんね」

女「はい」

男「はい。じゃ、どこか広いところに移ろう」

女「お庭じゃできない?」

男「あそこでは雪合戦よりも肉弾戦の方が白熱する距離感を強いられるよ」

女「負けないよ!」

男「しないよ」


女「深夜だから? ノリが悪いなあ」

男「調子に乗って挑戦に乗ったらパトカーにも乗ってしまう」

女「今日は……冷えるね……」

男「つまらなかったね。ごめんね」

女「そういえば、今期の降雪はこれが最後かもって言ってた」

男「そっか。それを知ればなおさら雪合戦をしなければ」

女「残された冬を遊びつくさなければ」

男「そうなると少し遠出して広めの公園が適地だね」


女「そんなに歩かなくても近くにだって公園あるよ」

男「近くのは狭いし。それにこの時間帯で騒げば近所迷惑にもなるし」

女「そっか」

男「……ふわー」

女「むっ。もしかして、眠いな?」

男「そうだよ。眠いよ。よく分かったね」

女「まあね。私ですもの」

男「皮肉に動じない図太さが羨ましい。そして恨めしい」


女「しかたないから手を握ってあげましょう。きっと目が覚めます」

男「周りに誰もいないことを確認。よし」

女「緊張してる男かわいい。私的にはいてもらってもかまいません」

男「なんかこういうさ、それっぽいことをするのに慣れてなくて」

女「大丈夫だよ。誰も見てないし。それにね、私」

男「それに?」

女「私……手袋してるから。きゃっ、言っちゃった!」

男「底なしの羞恥と絶望を同時に味わいました。これが有頂天から蹴落とされた人間の心境か……」


女「はい。これ男の分の手袋」

男「ありがとう。容赦のない無慈悲な追撃に涙が出そう。布め……布め……っ」

女「もしかして私とのお揃いは嫌?」

男「思いもよらぬどんでん返し。そういう方向できたかと思いました」

女「よかった。あげる」

男「思いもよらぬ羊のワッペン入り。そういう方向できたかと思いました」

女「でも羊毛は使ってないんだって。ずるいよね」

男「ずること尽くめでなにやがなにやら。お、あったかい」


女「うん、そうなんです。羊成分ゼロパーセントでもあったかいのってミラクルだと思う」

男「保温力に溜め息でそう。ほお~……」

女「ふへぇ~……。で、これでさらに手を握りますと、なんと」

男「なんと?」

女「お互いのふわふわ手袋が堪能できます」

男「ここまで男心をないがしろにされると逆に清々しい気分に――、あ……、もこ……ふわ……」

女「素敵でしょ? あなどりがたし、魅惑のもこふわ手袋」


男「これって雪を握っても水は浸透しないの?」

女「どうだろうね。試してないから分かんないや」

男「濡らすと寿命が縮まるなら雪合戦の時は素手で戦わないといけなくなるかもね」

女「もしやまさかの肉弾戦?」

男「なんでそんな期待に満ち満ちた眼差しになれるの? なにが女を戦闘に駆り立ててるの?」

女「流れる血?」

男「流血の意味か血脈の比喩かで今後のお付き合いが変わります」

女「…………えへ」

男「なにその笑顔。超怖い。脈絡のないぶん余計に怖い」


女「ただ雪合戦するだけどつまらないから、なにか罰ゲーム決めようよ」

男「その前にそろそろ歩こう。いつまでも家の前にいるのはよくない」

女「はい。仰る通りでございます。件の公園は右だっけ?」

男「惜しい」

女「ぜんぜん惜しくないもん……」

男「なんだろうね、この罪悪感。悲しげな表情をされるとは思いませんでした」

女「……ばか」

男「……」


女「ばかばか」

男「…………」

女「ばかばかばーか」

男「………………」

女「ばかちんがあ」

男「そう、それ。それです」

女「ばかちんがあ」

男「ありがとうございます。満ち足りたりました」

女「ばかちん、むぐぐ」

男「これ以上は危ない。過剰摂取の範囲。濫用、ダメ絶対。いい? うん。よし、離そう」


女「ぷはぁっ」

男「ひとりの過ちによって尊い命が失われるところでした」

女「これっぽちも過ちじゃないです。それよりも公園まであとどれくらい?」

男「もう少し。あの十字路の右角に木が立ってるでしょ」

女「あそこを曲がるの?」

男「曲がらずにもうちょい奥側」

女「説明に不必要な木を使ったワンステップは挟んだのはなにゆえですか?」

男「なんか目についたからつい」


女「おとこー、雪があると慣れた道でも長く感じるよー。余計に疲れるよー」

男「こんなんで疲れてらんないよ。本番は公園に着いてからなのに」

女「歩き疲れたら満足に動けなくなると思いませんか?」

男「一戦交える前に休憩いれる? たしかあそこの公園はベンチに屋根がついてたはず」

女「それはなんともありがたいご提案ですので却下です」

男「逡巡も躊躇もなくありがたさを斬り捨てられた。即断すぎて悲しみも湧かない」

女「足を休ませたらたぶん寝るよ?」

男「寝ないよ。眠気は冬の風に吹かれて東へと飛ばされました」


女「ううん。男じゃなくて、私が」

男「胸中で昂ぶるこの気持ちはいったい。これは怒りか喜びか」

女「疲れたままの雪合戦は不利です。ゆえに疲れたくありません」

男「たたき起こした側の発言としては許されるべきものでないことは確かだね」

女「解決策を見つけたり! おんぶ!」

男「……」

女「零下の外気に劣る冷ややかな眼差しに屈しません! 長い付き合いでなにをいまさら! おんぶを所望する!」

男「なんという我儘むすめ。公園の入口までだよ。じゃないと俺が疲れて戦えなくなるからね」


女「せっちゅう案で妥協しましょう。えいしょっと、えへへ。プリンセスおんぶ」

男「好きだね。おんぶ」

女「それはだって、好きですから」

男「なにそれトキメク」

女「よっしょ。ではではご褒美に手袋を外してあげましょう。落とさぬようにしっかり握るといいでしょう」

男「手袋を?」

女「手を」

男「夢のような配慮だけれども、腕が担うは太ももを抱える役目。なんという生殺し」


女「しっかりと抱けばとどくよ。ほら、とどいた」

男「……ありがと。ぷにふに。あったかい」

女「ふえへへ、どういたしまして。それでね、もうひとつわがままいい?」

男「握手に免じてなんでもござれ」

女「足……やすめちゃった……」

男「……」

女「……」


男「寝ちゃうの?」

女「……くぅ」

男「おんな? おんなさーん? 外ですよー。雪合戦がまだだよー」

女「すー……すー……」

男「…………帰るか」


*

女「おはようございます! 朝です!」

男「……」

女「元気な太陽がおはようって!」

男「……んん」

女「窓を開ければ暖かな日差しと柔らかな朝の空気が寒いね! やっぱり寒かったね!」

男「おんな……布団の中……おいで」

女「……おじゃまします」

男「まだダメ」

女「なんとっ?!」


男「窓とカーテンを閉めてから」

女「ばいばい、朝。ただいま、男。おじゃまします」

男「いらっしゃい。うん、ぬくい」

女「あったかい」

男「七時半に起きれば遅刻はしません。それまで目覚まし時計に任せてまどろむよ」

女「……鳴らなかったら?」

男「目覚ましの責任」

女「せいっ。これで悪い目覚ましが出来上がりました」

男「それは悲しい事故でした」


女「でもお昼前にはちゃんと学校に行こうね」

男「いいことを教えてあげる。七時半の五分前に起きる体なんです」

女「嘘つき」

男「女の無遅刻無欠席の偉業をとめるわけにはいくまい」

女「無遅刻無欠席は懐かしの恋人成立記念日でついえてました。忘れてたな、このこの」

男「ほめんなはい。ほっへはやめへ」

女「忘れるごとに記念日増やすぞ、ばかちんがあ」

男「今なら幸せな眠りにつけそう。おやすみ」


女「お昼休みにはちゃんと遊んでね」

男「雪は?」

女「なんとか少しだけ。雪だるまを玄関前に作ると楽しいかも」

男「いいね。しよっか」

女「実はですね、雪うさぎとか可愛いものも作れたりします」

男「そうなんだ。それは楽しみだ。しっかりと寝ておかなければ」

女「えへへ。昨晩のお詫びにお庭も賑やかにしてあげるね。だから学校が終わったら」

男「雪合戦をしよう」

女「ばっちこい」

おわり

ポテチは甘露というミス
カレーは飲み物じゃないです

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