上条当麻と一方通行が友達やってる話。再構成のレベルではないのでそういうのを求めている方はそっ閉じ推奨。
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すみません。立てたけど序盤上書きで消してしまいました。ちょっと待っててください。
変わらない炎天下の中、佐天涙子は第七学区の公園にいた。
今日も彼女はある先輩先生の特訓を受けに来ていた。
が、その待ち人はいまだ現れない。
まぁ、そうはいっても約束の時間からはまだ十分ほどしか経っていない。
ちょっと待っていれば来るだろう。
彼が約束をすっぽかすような人間ではないことは、短い間しか接していないが、もう分かっている。
夏の暑い日差しを受けて、彼女は目を細める。
日焼け止めをもっと塗ればよかったな、と思いながら、佐天は木陰にあるベンチへと向かう。
遮る物があっても、太陽の光の鋭さはそれほど和らがないが、まだ楽になる。
ベンチに腰かけてから、周囲を見渡す。
夏の終わりの公園には、あまり人がいない。
学生が住人の多数派であるこの街では、それは珍しくはない。
おそらく、多くの人は夏休みの宿題に追い込まれたり、もっと別の場所で遊んでいるのだろう。
そう、思っていたが。
「……ん」
ふと、視界の端に小学生ほどの少年たちが騒ぎあっているのを捉えた。
子供たちにとって、このじめじめとまとわりつくような暑さは関係ないらしい。
元気にはしゃぎあっている彼らを、佐天は微笑ましい気持ちで眺める。
(……元気にしてるかな)
何となく、実家の弟のことを思った。
手のかかるし、ちょっと生意気なところもあるけれど、憎めない。
それから流れるように、他の家族のことが心に浮かぶ。
その思い出は、良いことばかりではない。
嫌だったことはいくらでもある。
小言がうるさかったことも、意見が対立してケンカしたこともある。
それは当たり前のことで、あの頃はそれが煩わしかった。
早く家を出て、学園都市で超能力者になりたがっていた。
非日常な世界に身を任せてみたかった。
でも。
それでも。
「……」
そっと、佐天はジーンズのポケットに手をやる。
その中の、ひもの付いた布地の感触を確かめる。
科学とは正反対の世界の品物。
どうしてこんな物を持ち続けるんだろう、と佐天は何とはなしに考える。
この街に来て、一度だってこれを手放していない。
非科学だ、なんて笑っていたのに。
それでもこれを放さないのは、やはり。
――これが自分と家族を結んでいる、そんな気がするからだろうか。
(……やめやめ)
頭を振って、そんな思考を止める。
ちょっとしたホームシックに陥っているらしい。
そんなの、自分らしくない。
佐天は待っている時間を惜しんで、自主的に能力の訓練を始めた。
ついでに涼しくなるしいいだろう、と思いながら、彼女は自分の顔を扇ぎながら能力を使う。
微風しか起こせないレベルでしかないが、こうして手の動きと合わせれば効果はあるらしい。
早くこの熱を打ち払おう。
夏のこの熱が、こんなことを考えさせるのだ。
……決して悪い熱ではないが。
午前九時を少し過ぎた頃。
一方通行は第七学区の公園に着いた。
携帯電話を取りだして確認すると、約束していた時間を過ぎてしまっている。
少し急ぎ足で彼は周りを回ってみた。
こういう日には公園まで来る人間はそういないらしい。
何だか、いつもとは違う感覚がした。
そう思っていたが。
(……ン)
人があまりいない公園には、小学生くらいの少年たちが遊んでいるのが見える。
元気に笑っている彼らを、一方通行は一瞬だけ眩しそうに眺めて、すぐに目をそらした。
そのおかげで、目的の人物を見つけた。
彼女――佐天涙子は一昨日と同じベンチに腰かけていた。
彼女が能力の訓練をしているのが遠目でも分かる。
不自然な風が佐天の髪を撫でていた。
近付いてみると、向こうもこちらに気付いたらしい。
能力使用を止めて、彼女は立ち上がった。
「おはようございます」
「……おォ」
丁寧に頭を下げた彼女に応じる。
今日の彼女は、淡い色のシャツにジーンズという一昨日と同じ格好でいた。
前と違うところがあるとすれば、目のやりどころに困らなくなったことだろうか。
頭を上げてニコリと笑った佐天を見てから、一方通行は公園に設置されている柱時計を眺める。
「……じゃ、始めるぞ」
今日も今日とて、特訓の時間だ。
「……ふー」
「……一度休むか」
数十分が経過した。
大きな成果が出たわけではないが、あまり頑張りが度を過ぎても良くない。
そういうわけで、機械とにらめっこしている佐天を促し、二人はベンチに並んで座った。
ふと周囲を見れば、いつの間にか子供たちはいなくなっていた。
辺りからはセミの鳴き声だけがする。
夏休みの終わりだが、外へ出るにしてもわざわざ公園に来る人間はあまりいないらしい。
「……良かったのか。夏休みも今日で終わりだろ」
ただ黙るのも退屈なので、適当に話題を振る。
佐天はそれに答える代わりに首を横に数回振ると、
「いやー、皆して夏休みの宿題がまだ終わってないから、って言うんですよね」
初春も風紀委員で忙しいって言うし、と若干不服そうに加えると、佐天は苦笑いした。
なるほど、上条のようなヤツは世の中にはいくらでもいるらしい。
「……オマエはどォなンだ?」
隣の少女はどうなんだろう、と考える。
正直、そこまで真剣そうには見えないが。
ちょっとばかり失礼なことを思う一方通行に対し、佐天は晴れやかな笑みを浮かべると、
「あたしは終わってますよー。何でか皆してあたしがやってるの信じられないみたいに言うんですよね」
まぁ、その友人たちの気持ちが分かる気がする。
佐天のようなタイプは夏休みを遊ぶ時間だと解釈しがちだろう、
とこれまで見てきたクラスの三バカ(デルタフォース)の傾向を頭に浮かべる。
……あの大馬鹿どもとこの少女を比べるのは間違っているが。
「……悪い」
それも込みで、一方通行は失礼な考えについて彼なりの謝罪の言葉を口にした。
その言葉を聞いて、佐天は顔に驚きの混じった笑みを浮かべる。
「ええー、一方通行さんもですか」
ひっどいなぁ、と佐天は少しばかり不服そうにむくれた。
「……悪い」
非難めいた視線に、一方通行はもう一度謝罪する。
その言葉を聞くと、佐天は何がおかしいのか分からないが、高らかに笑った。
少女からしてみれば、学園都市一の能力者が遥か下の自分にすごすごと謝るのがとても不思議な感覚がしてつい笑えてしまったのだ。
それを一方通行が知ることはないが。
「もー、しょうがないですね」
特別に許しちゃいます、と右手の親指と人差し指で円を――いわゆるオーケーサインだ――を作り、一方通行に示した。
それから、彼女は改まったように空を見上げた。
つられて同じように一方通行もしたが、空には特に変化はない。
いつも通りの、のどかな青色に若干の白だ。
しばらく、二人はそれを眺めていた。
言葉を交わすことなく、ただ静かな時が流れる。
「……にしても、もう二学期なんですね」
佐天が思いついたように声を上げ、静寂を破った。
「そォだな」
とりあえず相槌を打つと、彼女は更に続けた。
「大覇星祭とか楽しみですね。すごい盛り上がるって聞きましたし」
その言葉に、一方通行は少し黙る。
それから、その単語を頭の中で処理する。
(大覇星祭、か)
大覇星祭、というのは要するに体育祭のことである。
学園都市最大のイベントといっても過言ではない。
何せ全世界同時中継されるような祭である。
普通の学校とはまず規模が違う。
自分のいる世界の外に対して閉鎖的でありたい一方通行はそういった行事はあまり好まないが。
「そりゃそォだが……結構大変だぞ」
去年を思い返したようにしみじみと一方通行は言った。
それを受けて、佐天も合わせるように返す。
「あー……能力のぶつかり合いですもんね」
そう、大覇星祭では生徒たちに超能力を全力で使用する許可が出ている。
宣伝も兼ねているのだから当然といえば当然だが、
大して強い力を持たない生徒が大多数の学園都市では、それなりに怪我人が出ることもままある。
去年も、上条がいつも通り能力で吹き飛ばされたり髪を燃やされたりしていた。
……といっても、彼の場合は昔から慣れているから、大した怪我にもなってはいなかったが。
「……まァ、御坂とまでは言わねェがな」
危なくなるから無茶すンなよ、と先輩として一応の忠告をしておく。
「えへへ……ま、楽しみますよ」
実に屈託のない笑顔を見せると、佐天は楽しそうな口調で続けた。
「久しぶりに弟とかに会えますしね」
「……弟いンのか?」
何となく興味を持ったので聞いてみる。
すると、彼女は何かを思い出しているのか、困ったような笑顔を見せた。
「ええ、これが手のかかる子でして――」
そう言って、佐天は様々なことを淀みなくつらつらと語り出す。
学園都市に来る日まで、ずっと心配そうにしていた両親。
目を輝かせて姉を送り出してくれた弟。
そして――お守り。
大事そうにそれを見せてくれた佐天の様子から、本当に佐天が家族を想っていて、その家族もまた佐天を想っているのが分かる。
ひたすら聞き役に回っていた一方通行は少なくともそう感じた。
きっと、それは『普通』で、『当たり前』なのだろうが。
一方通行にとって、それは『珍しい』。
木原は確かに父だが、それは義理の関係であるし、彼はおよそ一般的な人間とは呼べない。
上条家は『普通』だが、一方通行はそれしか知らない。
だから、隣の少女が嬉々としてする話は聞いていて飽きない。
「――っと、すみません。こんな話してもつまんないですよね」
ある程度一方的に話し終えて、佐天は後頭部を撫でて申し訳なさそうに笑った。
照れているのか、と何となく推測する。
その気持ちは、一方通行にも分かる気がした。
確かに認めているが、普段から木原を『親父』と呼ぶことだって、一方通行は最初抵抗があった。
でも、佐天のそれはもったいないだろう、と思った。
彼女は自分と違う。
『普通』で、その存在を嬉しく思える家族がいるなら。
照れることなど、ない。
だから、
「……いや、ンなことねェよ」
「へ?」
否定の言葉を聞いて、佐天が意外そうに目を丸くする。
天下の第一位がそういったことを言うのは、想定外だったらしい。
そう思ったことを無視して、一方通行は言葉を続ける。
「家族、っての? イイじゃねェか、そォいうモン」
深く、一方通行は息を吐きながら言った。
その声色には若干の羨望が混ざっていたかもしれない。
自分にない物を持つ佐天への――
(……くだらねェ)
どうしようもない考えを一蹴する。
それがどうした。
佐天が自分にない物を持つのなら、自分もまた同じだ。
その感情は、ろくでもない。
それを聞いた佐天は、何かを思ったのか、おずおずと尋ねてきた。
「……一方通行さんのご家族はどんな人たちなんですか?」
その質問に一方通行はすぐには答えない。
懐かしむような目で青空を見上げてから、彼は口を開いた。
「とンでもなくマヌケなアホ親父が一人」
瞳を閉じて、そっと思い出す。
ろくでもないが、嫌いというわけでもないあの男の姿。
一方通行にとって全ての始まりを象徴する、アイツ。
「血も繋がっちゃいねェが、一応親父だ」
確信に満ちた声で、はっきりとそれを言えた。
少しだけ、そんな自分に驚くが、一方通行は気にしないことにした。
「そう、ですか」
呟くように言うと、佐天は黙った。
そして、何かを深く考え込むように俯いてしまった。
そんな生徒の様子を見て、初めて一方通行はしまったと思った。
それこそ、こんなことを話してもしょうがない。
わざわざ言うことなどなかった。
一方通行はどうにかフォローするために、口を開こうとした。
しかし、彼は何も言えなかった。
理由は単純。
それより先に佐天が行動したからだ。
彼女はさっと顔を上げて、こちらを向いた。
その顔には、あの輝かしくて眩しい笑みがあった。
どうして彼女がそんな表情をしているのか理解する前に、一方通行はその言葉を聞いた。
「――じゃ、あたしと一緒ですね!」
「――――」
一方通行の行動が止まる。
本当に思いもしない言葉だった。
それは違う、とは一方通行は言えなかった。
佐天の『家族』と自分のそれは違うと、分かっているのに。
何であれ、あの男は『家族』だ。
なら、きっとそれは佐天とも、上条とも変わらない。
そう、思ってもイイ、気がしてしまった。
「……そォだな」
それだけ返すと、一方通行は小さな笑みを浮かべる。
「はい!」
さっきと同じ笑顔で、佐天が応えてくれた。
……変なヤツ、と一方通行は思った。
別に嫌とは感じないが。
そのまま、二人はまた色々なことを語り始めた。
自分の友人のこと、学校のこと、この街のこと。
取り留めもない話をただ続けた。
それから、また空をぼーっと眺めていた。
こんなふうに誰かと過ごしたことは一方通行にはなかった。
いつもは、あの馬鹿たちとくだらないことをしていたから。
こうして穏やかな雰囲気を過ごすのも悪くない、と感じた。
と、その時。
「あ、アイス!」
ふと、視線を周りに移した佐天が大声を上げて立ち上がった。
つられて一方通行もそちらを向く。
視線の先には、いつぞやインデックスと姫神と共に行った屋台があった。
少し懐かしい気持ちを抱いた一方通行の横で佐天は目を輝かせる。
「ちょっとあたし買ってきますね。一方通行さんもどうです?」
「いや、いらねェ」
別に今は暑いとも思わないし、アイスを食べたいわけでもない。
「そうですか? ……じゃ、あたしちょっと行ってきます」
それだけ言い残すと、佐天は小走りで屋台へと向かっていく。
その背中は何だか喜びに満ちていた。
……元気なヤツ、と完全に子供を見るような目をして一方通行は佐天を見送る。
この快晴には、彼女ぐらいの明るさがよく映え――
「……っ」
会話が止まって脳の緊張が緩んだのか、急に眠気を感じて、一方通行はあくびを一度した。
よくよく考えれば、今日も昨日も寝不足である。
今日は上条の手伝い、昨日は魔術師の手伝いで、あまり眠ることが出来なかった。
それを意識しだすと、一気に溜まった睡眠欲が流れ込んできてしまう。
このままでは、少しばかり辛いかもしれない。
一方通行は佐天の向かったアイスクリームの屋台の方に視線を送る。
人気のある屋台には、どこから来たのか、多くの人が並んで列を作っていた。、
佐天の姿が最後尾に確認出来た。
おそらく、戻ってくるのに十五分はかかるとみた。
(……少し寝るか)
そう結論付けると、一方通行は携帯電話を取り出す。
アラームを十分後に設定して、ベンチの端に畳んで携帯電話を置く。
そうして、頭を電話側に向けて横になった。
能力を発動して完全に光を遮断してから瞳を閉じる。
睡魔は彼をすんなりと眠らせてくれた。
――しかし、一方通行には一つ失敗があった。
それは能力の設定。
昨日、隣人の睡眠妨害対策のために『反射』の対象をそのままにしていたのだ。
眠気で普段より思慮していなかった彼は、それに気付かないままでいた。
――それが、新たな厄介事を生むとは知らずに。
一旦ここまで。短くてすみません。
いつの間にかレールがンがアニメやってますね。どうせなら三期が見たいです。
それでは。
どうも。始めます。
夏にはやっぱりアイスクリームだ。
そんな感想を抱きながら、佐天はスキップで先生の場所へと向かう途中。
バニラというベタなフレーバーのそれを、小さな舌で彼女はじっくり味わう。
人気のある店だったので、暑い中を十分ほど並んで待つことになったが、その苦労に見合う味であった。
高貴なバニラの香りと優しい甘さが全身を癒す錯覚を覚えてしまうほどだ。
気分良く鼻歌を歌いながら、ベンチにいるであろう人物に彼女は元気よく挨拶する。
「一方通行さーん、佐天涙子、ただいま戻ってきました!」
たったった、と彼のいるはずのベンチに駆け寄ったところで、佐天はあることに気付く。
「……あれ?」
首を傾げながら、佐天はじっとそこを見つめる。
その困惑したような視線の先の彼―― 一方通行は何故か横になって眠っていた。
「一方通行さーん……?」
ゆっくりと近付いて呼びかけてみる。
特に反応はない。
さらに近付いてみる。
……無防備な寝顔なんだなぁ、とまじまじと眺めながら思った。
普段はちょっと鋭い目付きをしているせいか、何だか違った印象を抱いてしまう。
幼い子供のような、弟がよく見せていたような、純粋な様子。
……ちょっといいな、と少しの間寝顔を観察する。
(……っと、いけない)
つい長く見とれてしまいそうになって、佐天は顔を離す。
このまま眠られては困る。
そろそろ特訓を再開してもらいたいし。
そういうわけで、今度は軽く揺すろうとする。
「……わっ!?」
が、そっと手を伸ばすと、その手が跳ね返された。
小さな衝撃に驚きつつ、どうなっているのか考える。
「えーと? 確か……」
ちょっと前に教えてもらった彼の能力について思い出す。
どんな風であれ自分に触ってきたモノは何でも思った方向に動かせる、らしい。
今は、つまり。
(……触ったモノを跳ね返す、のかな)
揺すって起こすのはダメだ。
ならば、
「一方通行さーんっ! ――ぎゃーっ!!」
名前を大声で叫ぼうとしたら、自分の声がそっくりそのまま返ってきた。
思わぬ響きに、佐天は頭を抱えて唸る。
あいにくと少女は白い少年が音ですら『反射』の対象に入れていることを知らなかった。
(――――っ!)
ガンガンと痛む頭で、佐天はこの先の行動について悩む。
どうやら彼は何をやっても起きないらしい、ということは分かった。
だとすれば。
だと、すれば……
(どうしよ?)
特に具体的な解決法が思い付かない。
何でも跳ね返す人間の起こす方法など、誰にも分からないのではないだろうか。
チラリ、と一方通行を見る。
変わらず、ぐっすりと彼は寝ている。
……これほど気分良さそうに寝られてしまっては、
(お、起こしにくいなぁ……)
自分は教えてもらってる側だし、彼も疲れているのならちゃんと教えられないかもしれない。
ならば休みたいだけ休んでもらおう。
そうして行動方針をまとめると、佐天は彼の寝転がる即興木製ベッドの空いたスペースに座る。
思い出したようにアイスを味わい始めながら、彼女は自分の隣にある彼の寝顔を観察する。
(……うーん)
改めてみると、本当に一方通行は白い。
髪もそうだが、何よりその肌がだ。
これほど透明感のある人間には、生まれてこのかた会ったことがない。
……羨ましい、とはあまり思わない。
世の女性はそういったモノへの憧れはある、とは思う。
しかし、これはいささか病的だろう。
……一体どんな風に彼は生きてきたのだろうか。
ふと、興味が湧いた。
考えてみると、一方通行のことを佐天はよく知らない。
学園都市最強の超能力者。
自分の友人の第三位(トンデモ人間)を軽々と越える、頂点の中の頂点。
何故か普通の高校に通っていて、義理の父親がいるらしい。
……それで、全て。
そこから先を、何も知らない。
人の細かい事情に突っ込むのはあまり誉められたことじゃない。
しかし、佐天はどうしても興味を持てずにはいられなかった。
知りたかった。
どうして、彼が御坂のように名門に通わないのか。
どうして、自分と話す時、ときどき羨ましそうな目をするのか。
どうして……彼がただの能力者(レベル1)の自分を特訓してくれる気になったのか。
本当は不思議で仕方なかった。
いつぞや追いかけられたのを助けてくれたのは、彼が『優しい』から、というのはまだ分かる。
しかし、わざわざこんな特訓に付き合ってくれるのは、ただ『優しい』からでは理由としては弱い気がする。
暇潰しだ、と一方通行は言っていた。
でも、おそらくそれは嘘だ。
本心を感じられない言葉だったのだ。
……何かがある、と思った。
それを知りたい。
そうでないと納得がいかなかった。
分からないまま、でいたくない。
あの日颯爽と助けてもらって以来、彼に感じているモノを見極めるためにも。
そんなことを考えていると、いつの間にかアイスを食べ終えていた。
コーンまで完全に胃の中に収めて、佐天は一度伸びをした。
……とりあえず、今は一人でも特訓をしよう。
まだ一方通行が起きる気配はない。
彼のことを知るのは、もっと後で、もっと彼と仲良くなってからだ。
一つ決心すると、佐天は早速能力を――
「わっ!」
突然、ピピピッ! と目覚まし時計のような音がすぐ隣から聞こえた。
何だろう、と佐天が自分の隣、一方通行の頭との間にある物体を見る。
携帯電話が鳴っていた。
一方通行の物であるそれは、どうやらアラームらしき音を知らせていた。
……能力で音が聞こえないらしいのに、どうしてアラームを設定しているんだろう。
案外うっかり屋さんなのかな、と最強の意外な可能性を思いながら、佐天はとりあえず携帯電話に手を伸ばす。
いつまでも鳴られていても困る。
少しずつ公園に増えてきていた人の視線を受けるのは嫌だった。
そういうわけで、佐天は携帯電話のアラームを止める。
別にそれ以外のことをするつもりはないし、これぐらいはいいだろう。
「……うん、よし」
開いた画面に映されて示された、設定解除のボタンを押して、佐天はミッションを完遂する。
さ、戻しとこう、と音を出さなくなったそれを佐天は折り畳んで置き直そうと――
「え?」
急に手の中の機械から響く、先ほどとまた別の音に佐天の動きがつい止まる。
画面に数字の羅列と着信中という文字が浮かぶ。
そして。
それを確認する前に。
普段、自分の携帯電話を扱う時の動きを佐天は反射的にとってしまう。
まぁ、つまりは。
「あ!?」
しまった、と思うにはもう遅く。
佐天は思いきりボタンを押して――通話モードにしてしまった。
(ど、どーしよ!?)
動揺しながらも、彼女は電話を耳に押し当てる。
押してしまったものは押してしまったのだし、このまま通話を終了させるのもまずいだろう。
一方通行が出れないことだけ伝えれば良いのだ。
そう結論を出した頃には、もう彼女は頭をすっかり冷やしていた。
だが、
『……一方通行ですか、とミサカは確認します』
「へ? 御坂さん?」
意外な名前の登場に、思わず冷静になりかけた頭が動揺する。
御坂美琴。
何故彼女が一方通行の携帯電話に連絡をするのか、という点にではなく。
何故彼女の携帯電話から連絡をしないのか、という点に佐天は疑問を抱く。
彼女は、一方通行と美琴がお互いの番号を交換しているのを、おとといの特訓の時に見ている。
それなのに、さっきの画面は知らない電話番号からの着信を知らせていた。
(……ま、いいか)
何か緊急事態なのかな、ということで納得することにした。
そんな佐天の考えとは別に、電話口の先の相手は答える。
『はい、ミサカですが、とミサカは応じたのが一方通行でないことに驚愕します。
……まさか電話番号を間違えたのでしょうか、とミサカは木原博士に一杯食わされた可能性を考えます』
(……御坂さんってこんな喋り方だっけ?)
何だか不思議ちゃんな調子で話す美琴に違和感を抱く。
まさか、一方通行相手だと口調が変わるということなのだろうか。
そもそも、電話に出た自分のことに気付いていないようだ。
……変なの、と思いはしたが口にせず、佐天は疑問に答える。
「……えっ、と。一方通行さんは今、ちょっと電話に出れないんです」
『おや、そうでしたか、とミサカは早合点した自らを戒めます』
淡々とした声で言う相手に、戒めている風には聞こえませんよ、と笑いながら言おうとしたがやめる。
それよりも、美琴の用事が何となく気になっていた。
何か緊急なら早く伝えた方が良いだろう。
そう思っているうちに、声は用件を話した。
『では、すみませんが彼に伝えてください、とミサカは木原博士からの伝言を頼みます。
「例の病院に来い。おめーに会わせたいヤツがいる。ついでに妹達のその後の話もしてやる」。
ミサカ〇七七七七号――御坂妹から、と言えばおそらくは伝わりますので……それではよろしく、とミサカは通話を終了させます』
「へ? あ」
ちょっと、と言う前に声は失せた。
後には、通話の終了を伝える電子音しか聞こえない。
携帯電話を耳から離し、佐天はそれをじっと固まったように見つめる。
突然すぎる電話に、一気に頭の中を駆けていった情報を、数秒かけてから整理する。
それから、彼女は空を仰ぐ。
相変わらずの青が眼前に広がっている。
その色に心を落ち着け、すう、と彼女は新鮮な空気を吸い込み――
「――何じゃそりゃーっ!!」
大声で叫んだ。
周りの人たちが突然の声に驚きながら、こちらを盗み見たが関係ない。
そんなことを気にしていられる精神状態ではなかった。
(御坂妹? え、妹さん!?)
しすたーず、とかいう意味の分からない単語も気になるが、それどころではない。
知らなかった驚愕の事実の方がよっぽど重要だった。
あの御坂美琴に妹がいただなんて、驚き以外にどういった感情で表現すればいいのか分からない。
(……何で御坂さん隠してたんだろ?)
叫んでいくらか落ち着いた脳で考える。
これまで、いつもの四人で話してきた中で家族についても話したことはあったが、さっきの言葉は初耳だった。
妹の存在なんて、隠すほどのことなのだろうか。
分からないなー、と『普通』のスケールの考え方で少女は頭を悩ます。
真実はもう少しとんでもないし、それは知りたがっていた彼のことを知る機会にもなるが、彼女がそれを知る由などなかった。
さて、悩む少女の隣。
ようやく、少年の目が覚める。
「…………ン」
はっきりとしない頭で、唸りながら一方通行は起き上がる。
……すっかり眠っていたのか、と少しずつ冴えてきた頭で見た柱時計の時間を確認する。
どうしてアラームで目が覚めなかったのかをぼんやりと考えながら、振り返る。
振り向いた先、隣で生徒が唸っているのに気付いた。
すると、彼女もこちらのことに気付いたらしく、笑って挨拶してきた。
「あ、おはようございます」
挨拶に手を振って応えて、髪を軽く掻き上げながら質問をする。
「……寝てた、か?」
「ええ、まぁ」
置いておいた自分の携帯電話を取って、やっと眠り続けた原因に思い至った。
「……悪い」
どう考えても完全にこちらが悪い。
眠気で気が回らなかったことを反省しながら、一方通行はまた謝った。
「いえいえ、お気になさらず」
大したことでもなさそうに言う彼女に若干の罪悪感を抱く。
この埋め合わせはちゃんとしておかなくてはならないだろう。
と、そんなことを思う一方通行に、佐天が思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ。その、眠ってた時に電話が来まして、それで、あの、悪いとは思ったんですけど」
「……出たのか?」
申し訳なさそうな表情で続きを言い淀む彼女の様子を見て、そのまま聞いた。
すると、彼女は素早く頭を下げた。
「す、すみません! つい、うっかりというか」
そもそも俺が寝ちまったせいだけどな、と思う。
何も気にする必要などないだろう。
全身から謝罪の意思を示すような佐天の行動に、一方通行は何でもなさそうに(実際大して気にしていない)答える。
「いや、気にすンな。……誰からだった?」
それよりも大事なことを聞いてみる。
電話の相手はどうせ上条だろうが。
何か宿題で問題発生したり、インデックスがいつもの暴食で会計を恐ろしい値段まで吊り上げたとか、そういう泣き言が予想できる。
……が、時に現実と予想は外れることもある。
ずっと面倒な方向に。
「……あ、御坂さんの妹さん? だそうで」
「……御坂の?」
意外すぎる名前、意外すぎる単語に嫌な予感を抱きながらも、一方通行は続きを促す。
まさか、そんなことはないだろ――
「はい……何か語尾に、とミサカは、とか言ってて……わっ!?」
言葉を遮るように一方通行は両手で佐天の肩を掴むと、一気に引き寄せた。
「そいつ何て言ってやがった!?」
ガクガクと彼女の細く小さな肩を揺らす。
ついでに一方通行の脳内も揺れに揺れた。
「ち、ちちち、ちか、近いです……っ!」
思わぬ距離に顔を一気に紅潮させた佐天の様子を見て、ようやく我に帰る。
辺りには人はいなかったが、一方通行はさっと手を離す。
「……悪い」
冷静さを欠いた行動を省みつつ、本日四度目の謝罪をする。
すーはーすーはー、と深呼吸をしながら、大丈夫です、と佐天が目で訴える。
朱色が引く頃には、彼女は平静になっていた。
そうして、一方通行への『伝言』を伝えた。
「……え、えっと。病院に来てくれ、って。しすたーず? のその後の話もするから、だそうです」
(……あ、の、アホ親父……ッ!!)
『伝言』の内容を理解すると同時、頭の中で頭を抱えた。
言った本人は意味は分かっていないだろうが、佐天が『妹達』という言葉を知ったのは少し困った話だ。
おまけに佐天は電話の相手をこれまで知らなかった御坂の妹だと思っているようだが、
間違いなくそれは『妹達』の一人であり、ファミレスで奢ってやったアイツが電話してきたのだろう。
それを後で御坂に聞きでもしたら、とてつもなく面倒だ。
急速に思考をまとめる一方通行のことなど露知らずに、佐天は『普通』の疑問を投げ掛けてくる。
「……あの、御坂さんって妹さんがいたんですね」
「佐天」
佐天の言葉を最後まで聞かずに、一方通行は呼び掛ける。
「は、はい」
特訓の時とは違う雰囲気の声に、緊張した様子で彼女は応えた。
それを確認するよりも早く、一方通行は続ける。
「……良けりゃ一緒に来てくれ。ついでに紹介するからよ」
こうなれば仕方ない。
御坂美琴の『病弱』の妹、という設定(シナリオ)でごまかすしかないだろう。
無理に秘密にしたらこの少女はよけいに気になって他の人間に話してしまうかもしれない。
知り合って三日ほどしか経っていないが、それぐらいは分かる。
ならば、適当に秘密にする理由を作ってしまうまでである。
「い、行きます」
そんな一方通行の考えを知らないまま、佐天は素直に答える。
それに対して頷くと、一方通行は佐天を案内するために歩き出す。
これがこの夏最後の厄介事であってくれ、とこっそり願いながら。
「へぇ。御坂さん、妹さんがいたんですねー」
同じ頃、第七学区のとある公園の、一方通行たちのいたベンチから二十メートルほど離れた植え込みの中にて。
双眼鏡から目を離した初春飾利は、意外そうに声を上げた。
制服に身を包み風紀委員(ジャッジメント)の腕章を装着している彼女は現在『休憩』をしている。
一般にはそれを出歯亀と呼ぶが、あくまで初春は見守っていると思っている。
これまでとは少し違う親友の姿。
そんなに面白そうな……もとい放っておけないそれを彼女は見過ごせるはずもなかった。
そういうわけで、初春はこっそりと昨日のうちに佐天の服に小型マイクを仕込んでこの場にやってきたのだ。
スカートのポケットに忍ばせた自作の盗聴器に繋がるイヤホンを外しながら、初春は隣に声をかける。
「これからどうしましょうか白井さん」
白井黒子。
初春の同僚であり、無理矢理彼女の『休憩』に付き合わされた少女は、何も答えないで俯いていた。
あれ? と反応のない同僚を不思議に思いながらも、初春は荷物を片付ける。
追いかけようかなー、と少女は楽しげに次の行動を考える。
すると、
「………………さま」
と、急に黒子の声を耳にして、初春は振り向く。
淑女(レディ)のすることではありませんわ、と言ってずっと俯いていた彼女は何かを呟いていた。
「? 白井さん?」
不審に思い、初春はもう一度声をかける。
その声に、黒子は。
勢いよく顔を上げた。
「お姉様の妹様、お姉様の妹様、お姉様の妹様ですってーっ!! あは、あはははははああァ――っ!!」
公園の植え込みの中、ということを忘れたように、黒子は絶叫に近い笑い声を上げた。
思わぬ行動に、初春は恐れおののく。
「ちょ、ちょっと白井さ……」
たしなめようとした初春を無視するように、黒子は彼女の手をひっ掴む。
「さぁ行きますわよ初春。すぐに即座に即行で!!」
叫ぶように早口で言うと、初春たちはその場から消えた。
厄介事は、一つとは限らないのだ。
今日はここまで。
それでは。
ひっそりと始めます。
今日はここまで。
それでは。
どうも。やっていきます。
今日はここまで。それでは。
生存報告。
当分来れそうにないです。
来たらまとめて出します。
どうも、かなりお久しぶりですがやっていきます。
「いやー、楽しかったですね!」
「……疲れただけだろ」
夕暮れの学園都市。
並んで歩く一方通行と佐天の様子は実に対照的だった。
結局、打ち止めとの約束を取り付けさせられた後、特に能力の特訓もないままに過ごしていた。
それどころか、木原や芳川を交えて昼食にしたり、打ち止めの遊び相手をさせられたりして、いつの間にか夕方まで病院に留まっていた。
そこで、ようやく打ち止めも引き止めるのを諦めて、二人はこうして家路へと着いているわけだ。
「打ち止めちゃん、良い子ですね」
「そォ思うンならそォだろうな」
「あ、何ですかその言い方ー」
「……さァな」
適当に言い合いながら、オレンジの混じった青空を仰ぐ二人は歩く。
誰もいない大通りも、こうしていると退屈にはならない。
といっても、その時間も終わりは早かったが。
「あっ、と。あたしはこっちです」
「そォか。じゃあな」
いつまでも同じ道を歩くわけではない。
佐天と交差点で別れ、一方通行は一人で進む。
――退屈だ。
足を動かしながら、一方通行はふと思う。
昔は退屈なんて気にもしていなかったのに。
変わった、のだろうか。
自分のことについて、何とはなしに考えてみる。
昔の自分は、ただただ流れるように生きて、何にも興味を持たずに『生きていた』。
自らのそういう生き方を受け入れていた。
それが、今では嫌になっている。
どうしてだろうか。
あの時と今、一方通行という人間を、何が変えたのだろうか?
「……」
唐突に、携帯電話から着信音が聞こえて、彼の注意がズボンのポケットに移る。
ゆっくりと、一方通行は音源を取り出し、折り畳まれた画面を開き、覗く。
誰からの着信か?
――決まってる。
先程の問いの答えが、そこには表示されていた。
「――よォ」
『あーっ! や、やっと繋がった!』
「……叫ぶな、響く」
頭の中まで響き渡る声に不満を呟く。
もちろん本心からというわけではない。
ちょっとした、そう、彼なりの喜びの表現方法のようなものだ。
『あ、悪い。いや、今はそんな時間ねーんだ!』
「何だよ、まだ終わってねェのか?」
上条と別れてもう六時間は経過している。
御坂のように優秀な人材の手伝いもあれば、少なくとも八割は終わっていると踏んでいたが……。
一方通行の声に、上条は噛みつくように答える。
『御坂のヤツが門限で帰ったんだよ! ――そういえばお前、佐天たちにバレたんだって?』
「……あァ」
唐突な言葉に、一方通行は少し詰まりかけながらも肯定する。
芳川は言った通りに二人に伝えることを伝えたらしい。
上条はさらに続けた。
そんな彼に対してあくまでもいつも通りの口調で。
『御坂のヤツに伝言もらってるから言うけど、いいか?』
「……何だ?」
伝言――何を言うのかなど、本当は一方通行は分かっていた。
しかし、彼はそれを敢えて聞いた。
自分の勘違いの可能性を忘れていることはない。
『「こっちでもフォローしとくから気にしないで。いつかは、バレるって思ってたし」……ってさ』
「そォか」
それはあまりにも予想に合っていた。
御坂は優しい人間だ。
自分を責めたりするような人間ではない。
だから、その言葉は予想通りで―― 一方通行を責め立てる。
そんな気遣いをさせてしまったのだ、と。
もちろん、それを表には出さない。
そんなことをしてしまっては、その気遣いが無駄になる。
『……おい、聞いてるか?』
「あァ」
上条が何か言っていたらしいが、一方通行の集中は外れていたために、内容は理解していない。
それでも、とりあえず相槌だけ打って、彼は場を繋ぐ。
どうせ上条のことだ。不安になって何度か確認をしてくる。
『じゃ、早く来てくれよ。そもそも、ファミレスの払い俺にはできないんだからな』
「わざわざ人にたかることを伝えてくれてアリガトヨ」
『ああ、上条家の財布はお前次第だ。じゃ』
軽口を叩き合って、二人は通話を終える。
電話を仕舞い、一方通行は周囲を見回す。
幸い、上条のいるファミレスは、そう……。
(三十分、てトコか)
近道込みで、と思考に加える。
遠くもなく、近くもなく。
すぐに直線的に飛んでいくこともできないこともない。
が、それは目立つ。
という訳で一方通行は普通に歩いて進む。
近道、という選択肢に関して言うなら、少し面倒な気もする。
しかしながら、その面倒は努力で回避可能なこと。
ならば、まぁ、一応上条のためにも急いでやらないこともないのだ。
そもそも、彼に宿題のことを伝え忘れていたのは一方通行なのだし。
と、自らの責任について真剣に考えながら歩いていれば。
「……」
目標の近道への入口が視界に入った。
表通りから離れて、明るい街灯の光も差し込まないその陰惨な空気。
路上のゴミが集まっている公共のゴミ箱のような高層ビル同士の隙間。
警備ロボットを寄せ付けないための板張り。
――つまり、そこは路地裏だ。
ここを少し通っていくだけで、目的地への道を二十分も短縮できる。
無論、警備を寄せ付けようとしない人為的な介入の匂いのするこの場所には厄介事も存在する。
公共の目から逃れようとしている不良の連中だ。
いつぞやの佐天の時と同じようなバカな連中だ。
……といっても、一方通行にはそれが障害になるわけではない。
彼なら、誰も傷付かずに事を収めることはできる。
この最強の能力とどこかの誰かの影響の技術があれば。
そうして、一方通行は迷わずに進む。
――彼を待つ厄介事の真の規模も知らずに。
(……誰もいない、か)
暗い中を特につまずくことなく一方通行は足を動かす。
風の流れを読むことで、彼は自らの周囲およそ五十メートルほどの状況を完全に把握している。
今日は運がいいらしい。
特に入り浸っている連中がいることはなく、一方通行は問題もなしに出口へと向かっていく。
周りを眺めれば、警備どころか掃除専用のロボットも入っていないせいか、ひどく汚らしい。
こういった場所にはもう縁がない身ではあるけれど、何となく懐かしい気持ちになる。
上条や佐天に出会った場所がこういったろくでもないところだったからかもしれないが。
(……俺の縁ってのはどォも褒められたモンじゃねェな)
たまにはもっと日常的に人と出会いたいものだ、と思う。
少しずつ、少しずつ。
せっかく、明るい場所を目指し始めているのだから。
昔なら、この考え方も笑っていられたのに。
そう考えだすと、やはりおかしくなる。
何かが、変わる。
一方通行の足は止まらない。
その行動の理由は、自らの責任のためか、それとも――この場所への嫌悪感か。
答えは出ない。
何故なら、その疑問はすぐに消えてしまったからだ。
(――あン?)
ふと、一方通行は初めて立ち止まった。
理由はといえば、彼の能力によるレーダーがここにきて障害物の存在を示してきたからだ。
一方通行は今、四棟のビルに囲まれる形――十字路といったところだろう――の下方にいた。
俯瞰的に言うなら、そこから上へと向かえば、もう出口である。
そこに、一つ……いや、複数の障害物が左方――そちらは大通りへと続く入口がすぐ近くにあるはずだ――から移動しているのが分かった。
移動する障害物のリサーチを一方通行は行う。
まず左方側のより入口に近い二つの障害物。
――どちらも人型。体格は一方通行と同じぐらいの上背。ある程度は肉体的。しかし、そこらの不良連中よりかは筋肉がない。
さらに今、十字路の中心点に向かっている障害物。
――人型。体格は、一方通行よりもそれなりに小さ目。男の身体つきではない。おそらく、子供だ。
こうして得た情報を、一方通行は脳内で分解して、状況の判断に使う。
そうしている間にも、彼の足は進み――
「ふみゃっ!?」
「あン?」
障害物に、出くわすのであった。
「だ、だいたいゴメン!」
「だいたいじゃねェだろ。全体的にだろ。何だ、最近は衝突事故でも流行ってンのか?」
言いながら、一方通行は自らの腰の辺りにぶつかって尻もちを無様に付いている障害物を見た。
障害物は、予想通り子供だった。しかも女の子。
日本では目立つ金色の髪。透き通るような白い肌。夏らしい簡素な淡い空色のシャツ、黒のスカート。ヒールの高めの茶の靴。
まるで西洋のポーセリン人形のように美しいその少女は、一方通行の言葉を聞きながら、それをまったく耳に入れていない。
「あっ! 私今とても忙しいから、後で……」
彼女はすぐに立ち上がった。
それから慌てたように走り出そうとして――
「ようやく追いついたぞ!」
ビクッ、とその身体を跳ねさせた。
一方通行は視線を少女の頭の先――路地への入口の方へとやる。
そこには、先程の予測の通りの人物たちが――二人とも学生服を着ていた――走ってこちらへと向かっていたのが見えた。
「あ、あ……」
五メートルほど接近してきたその二人組を目にして、人形少女は後退る。
なるほど、大方は思っていた通りの展開らしい。
そんな風に一方通行が納得していると、少年たちが彼の存在に気付いたらしく、怪訝そうな瞳を向ける。
「おい、お前は誰だ」
「人にモノ尋ねるなら自分からだろォが」
「何……」
安っぽい挑発のような言動に、少年たちのうち、神経質そうな眼鏡を掛けた少年が明らかな怒りの意思を見せる。
分かりやすいヤツだ、と何となく感想を付ける。
すると、その隣でまだ話のできそうな冷えた目つきの少年がそれを諌めるように前と出た。
「止めておけ。……おいお前、その子をこちらに渡せ」
いつの間にやら一方通行の背後に隠れて腰の辺りをぎゅっと握る少女を見ながら、そいつは言った。
一方通行もその少年の視線の先の少女をチラリと見て、そのまま少年たちを見据える。
「こいつが何をしたンだよ」
「お前には関係のない話だ」
それだけを冷淡な口調で返すと、冷えた眼差しの少年は何も言わない。
さっさと引き渡せ、ということらしい。
しかし、一方通行はそれで揺らぎはしない。
普通ならば、この意味不明な状況に不安がって、逃げるなりなんなりするのかもしれない。
が、彼はそんなことでは物怖じしない。
それだけの強さが、彼にはあった。
ついでに言うと少年たちの高圧的な態度や物言いが気に入らなかった、というのもある。
「関係はねェな。だが、ガキ一人相手に必死に追いかけっこやってるヤツに引き渡すと思うか?」
「な、何を……っ!」
一方通行の言葉に、神経質そうな少年が眼鏡を持ち上げながらさらに睨む。
どうやら、子供相手のストーカーでも一応の名誉というものがあるらしい。
「……なるほどな。お前も連中の仲間か」
そんな少年を尻目に、冷静そうな少年は勝手に何かを納得したように呟く。
誰の仲間かは知らないが、一方通行にはそんなものはいない。
いるのは友達だけだ。
「……何を言ってるのかさっぱりだけどよ」
一方通行はゆっくりと息を吐いた。
今日は面倒から逃れることはできないらしい。
逃れようと思えばできるが、それは選択しない。
ぶつかっておいて大した謝罪をしないこの少女に謝らせることも必要だ。
それに――あからさまに怯えて震えているこのガキを見捨てるマネはどうも取れない。
(……ったく、あのバカのせいだ)
もう一度ため息を吐く。
ただし、諦めるのはこれで終わりだ。
何せ、ここからは忙しい。
「オマエらにこのガキを渡すのはダメだってのは分かった」
一方通行ははっきりと宣言すると、後ろの少女に目を向ける。
少女は一方通行の目に肩を跳ねさせたが、一方通行は特に何も言わずに前へと目を戻す。
その視線の先では、例の神経質そうな少年が冷静な目をした少年に伺いを立てるような目を見せていた。
その瞳に対し、彼は心底面倒そうにしながら、淡々と声を紡ぐ。
「そうか――なら、こちらも実力行使するだけだ」
少年が言った途端、圧倒的な変化が世界に起こる。
眼鏡の少年と冷静そうな少年が同時に片手をこちらに向ける。
瞬間、眼鏡の少年の足元にあった小石が目でわずかに追える程度の速度で射出される。
冷静そうな少年の手の先の空間からは、拳大の大きさの氷の塊が生まれ、同じように吹き飛んでいく。
小石と氷。そのどちらも、狙う先は同じ。
一方通行の胸元。心臓の辺りだ。
当然ながら、目で追えないほどの速さの物体だ。
この至近距離で直撃すれば、簡単に意識を失う。
もちろん、当たれば、だ。
「これで終わりか、情けねェな」
「な――」
少年たちが驚きに身を固める。
それは当然のことだった。
彼らが攻撃した相手が、平然とその場に立っているのだから。
文字通り、一切の回避行動も見せずに。
彼らの撃った弾は全て勝手に方向を変えてどこかへと飛んでいったしまっていた。
一方通行は特に何も思わずに少年たちの能力を理解する。
念力による物体の移動と……空気中の水分を集めて凝固・射出する能力、といったところか。
今の威力からして、この少年たちはほぼ間違いなくレベル3(強能力者)だろう。
「――がっ!」
「――っ!」
驚き動きを止める彼らを、一方通行は遠慮なく風のムチで叩いた。
まさに瞬間。瞬く間。
本物の頂点を相手する、という時点ですでに戦いは終わっていた。
一方通行はよろめく二人の能力者の姿を確認する。
眼鏡の能力者はすでに意識が絶たれているらしく、特に何も言わずに倒れる。
しかし、冷静な氷の能力者は違った。
彼は少しその場に踏み留まった。
一撃が浅かったらしい。
が、やがては彼も倒れる。
一言を残して。
「……こ、この、無能力者、め……」
「あン?」
思わぬ単語に一方通行は聞き返したが、時すでに遅し。
その疑問に答える前に、少年たちは気を失ってしまった。
「……」
無能力者、と彼らは今言った。
それは、一体どういうことだろうか。
それに――
一方通行は自分の後ろで呆然と倒れた連中を見ている少女に視線を送る。
この少女は、何故追われているのか。
それも知らないことに気付き、一方通行は口を開く。
だが、
「――いたぞ、こっちだ!」
余計な声に、全ての意識がそちらに向く。
どうやら、この少年たちには仲間がいたらしい。
三方向――前方と目的の出口側、それに一方通行が入ってきた入口側から、人が来ているのが分かる。
チッ、と舌打ちしてから、一方通行は少女の手を取った。
一方向からならともかく、多方向から来られては、この少女に注意しながら戦えないだろう。
何より事情も聞いておきたい。
もしも、万一この少女が悪人であった場合、一方通行は彼らに謝る必要がある。
「オイ、オマエ。走るぞ」
「へ、え、ちょっと……」
一方通行の行動に何か言おうとする少女を無視して、彼は走り出す。
必然的に一つしかなくなった退路を、名も知らない少女と進む。
「だ、大体っ! 私には、フレメアって名前があるんだけどー!」
少女の叫びなど聞こえないまま、一方通行は走る。
能力で飛べば目立って面倒だ。
それに、残った退路の先――十字路の右方は入り組んだ廃棄工業地帯への入口でもある。
ひとまず、そちらで身を隠せばいい。
――そうして、一方通行とフレメア=セイヴェルンは出会う。
後の大きな因縁のためか、そもそもこれ自体が因縁なのかもしれないが。
終わり。だいぶ間ができました。
これも今季アニメがおもしろかったからです。MJPとかガイルとか。
遅れてすいません。それではまたいつか。
どうも。時間がまだ取れそうにないです。まとめてやりますので期待しないで待っててください。
どうも、ホントすみません。全然時間なかったです。
ようやく暇を取れたのでとりあえず書いた分を出します。
「……で? オマエ名前は?」
「……」
逃げ込んだ先の入り組んだ工業地帯。
その中にあった、『外』にあるどこかの会社の打ち捨てられたビルの中に、
一方通行と少女――フレメアとか名乗った気がしたが、細かくは聞いていなかった――は入っていた。
五階建てのその鉄筋の建物の三階で、彼らは窓側から外の様子を見ながら潜んでいる。
だいぶ前に放棄されたのか、どのフロアの壁も全て打ち抜かれていた。
あちらこちらからわずかに響いてくる怒号に眉根を寄せる一方通行に、少女は無言のまま不審そうな目を向ける。
「…何だよ」
「だいたい、知らない人」
「あン?」
「名前、教えない」
ああ、とここにきてようやく彼もこの少女の言いたいことを理解する。
つまりは、こちらから名乗れ、ということらしい。
まぁ、当然のことだろうか。
知らない人に名前を教えちゃいけません、とでも親によく教育されているのだろう。
一方通行はため息を一つ面倒そうに吐いてから、億劫そうにその口を開く。
「俺は木原ってンだ。近道してたらオマエがぶつかってきた。……それだけだ」
暗にあの能力者たちの仲間ではないことを強調すると、少女はそれを察したらしくやっと名前を教えてくれた。
「…わ、私はフレメア。フレメア=セイヴェルン」
名乗りを聞いて、一方通行は怪訝そうに少女――フレメアを見る。
名前は特に覚えはないが、その苗字にはある印象があった。
「セイヴェルン? オマエ、フレンダの親類か?」
「にゃあ!? お姉ちゃんを知ってるの!?」
ずい、とフレメアは一方通行の問いに対する答えを出しながら、一気に近付いてきた。
アイツ、妹いるのかよ、と思いながら、一方通行はわずかに下がった。
人に近寄られるのはあまり好きじゃなかった。
しかし、奇妙な縁があったものだ、と思う。
偶然見かけて助けた少女が、知り合いの妹とは。
この街には外国人の生徒はあまりいない。
苗字が同じならまさか、と何となく聞いてみたのだが……。
(コイツ、フレンダのヤツが何してるかは知らない、のか?)
興奮した様子で、自分の今の状況なんてどこかに放ってしまったようにフレメアは姉のことを何やら聞いていた。
この様子を見るに、フレンダはこの妹から離れて、この街の暗い部分で――
……まぁいい。フレンダの家の事情など突っ込む必要はない。
本人も嫌がるだろうし、ここはさっさとこの状況を切り抜けることだけを考えよう。
「……今はそんな話してる場合じゃねェだろうが」
さらに近寄ってきた少女の肩を押して距離と取り、フレメアが何事かを言う前に一方通行は有無を言わさぬ調子で言葉を続ける。
名前を知ったら、次は事態の確認が必要になる。
「で、オマエは一体全体何をやらかしたンだ?」
あの能力者たちとの逃走劇。
このちっぽけな少女が、それなりに強力な能力者に追われなくてはならない理由。
それを知らなくては、一方通行は何をすべきか判断できない。
この少女か、あの能力者集団か。
どちらの方が自分の味方すべき者か。
少女は、戸惑うように視線を逸らした。
それから、頭を捻るようにして、唸り出した。
何をそんなに考えるのだろうか、と一方通行は思う。
どうせ何か相手に因縁を付けられるようなマネをしたんだろう。
それほど長く考えなくてはならない事情とは何だろうか。
と、不思議そうに一方通行が少女を眺めているうちに、フレメアはようやくその小さな唇から音を漏らした。
「……分かんない」
「あン?」
予想外の答えに、一方通行は反射で凄むような声を出してしまう。
低目でそれなりに迫力のありそうな声であったが、フレメアは特にそれに怯える様子を見せることもない。
それどころか、少し驚く少年に対して、先程よりも更に堂々とした調子ではっきりと言った。
「分かんないの。大体、急にあの人たち来たんだもん」
特に何も無い胸を張りながら言う少女に、一方通行は拍子抜けするような感覚を抱いた。
嘘でも吐いているのだろうか、とまじまじと少女の様子を観察してみる。
してはみるが、堂々としている様子の少女はそれでいて若干の恐怖をその態度に秘めていた。
とても演技とは思えないほどには。
「…アイツらに会うまでで何かやったンじゃねェのか?」
本人に覚えが無いとしても、何かがあるはずだ。
それこそ、無自覚な何かが。
「そんなの…」
一方通行の指摘に、フレメアは自分の一日の行動をゆっくりと語り出した。
朝、普段通りに学生寮で目覚め。
昼からは、友人たちと夏休み最後のお出かけとしてプールに出て。
そして、今からほんの数分前。
突如として現れたあの能力者の少年たちに名前を確認され。
フレメアがそれを肯定した途端に、追いかけられ。
そこで、一方通行に出会った。
一つ一つを思い出すように語り終えると、フレメアはまた唸り出した。
自分でも分からないから、また必死に考えているのだろう。
一方通行も、自分なりに思考してみる。
ここまでの経由をしれば、一体どういうことかも――
分かることはなかった。
まったく、全体的に意味不明であった。
しかしながら、話を聞く限りでは、その能力者の少年たちにはフレメア自体をどうこうというよりは何か別の目的があるように感じる。
そもそも、追跡者たちは能力者だ。
本気で、フレメアが生きてさえいればどうなってもいい、というようなやり方で捕まえもしないところから、それは間違いないように思える。
では、一体――?
そこまで考えてから、一方通行は思考を改めた。
分からないことは考えていても仕方ない。
とにかく、できることをしよう。
一方通行が能力で今追いかけてきている連中を片付けられはする。
するが、それでこの少女が巻き込まれては意味はない。
「……」
一方通行はそっとポケットから携帯電話を取り出した。
電話帳からとりあえず頼れる人間に連絡をする。
個人的にはあまり頼りたくはないが。
『はいはーい、どしたー? お姉さんに何か用か?』
電話口から聞こえてきたのは、陽気な調子の女性の声だった。
芳川桔梗の知り合いの、ある警備員(アンチスキル)の。
名を、黄泉川愛穂といった。
「…トラブルだ」
端的に一方通行は事の詳細を伝える。
警備員とは、学生たちが多くを占めるこの街にいる一部の大人たちによる治安維持部隊のことだ。
彼らの仕事は治安を守ること――スキルアウトや不良な能力者たちの取り締まりだ。
餅は餅屋、というヤツだ。
何も彼が頑張る必要などない。
彼には、いくらでも頼れる人間がいる。
『そこの位置は――えっと、はいはい、分かったじゃん』
「なるべく早く来いよ」
『そりゃもちろん。いいか、お前は何もするなよ? あんま目立ちたくないだろ?』
会話を終え、一方通行は通話を切り、視線を下にやる。
フレメアがこちらを不安そうに窺っている。
警戒、というわけではないのだろうが。
「……今、知り合いの警備員に連絡した。少し待ってりゃ助けに来る」
大人しくしてろ、と彼は吐き捨てるように告げると、外を窺える窓側に寄る。
外は相変わらず騒がしかった。
……相手の人数が増えているようだ。
少なくとも、十人は超えている。
あれ全てが強能力者だとすれば、ずいぶんな集まりだと思う。
このフレメアとかいう少女が、一体何だというのだろう?
「あ、あの……」
「あン?」
気を緩めずに外の様子を眺める一方通行に、フレメアがこらえきれないように小声で話しかける。
彼女は気になって仕方がない、というような調子で一つ、聞いてきた。
「木原は、お姉ちゃんの友達?」
「……」
こちらを見上げてくる少女の顔には、半端な興味などは浮かんでいなかった。
昔、木原のヤツが学校へと行き始めたばかりの一方通行によく聞いてきたことを思い出す。
友達は出来たか、と。
このフレメアとかいう少女は、まるで母親か何かのように、フレンダを心配でもしているのかもしれない。
一方通行はわずかに逡巡する。
果たして、フレンダは友達と言えるのだろうか。
昔から知ってはいるけれど、だから友達なのかは、分からない。
しかし、この少女のこの表情を、落胆に変える、というのも嫌だった。
仕方ない、か。
彼は一つ決めたように息を吐く。
その一挙一動を、フレメアは見守る。
そして、一方通行はゆっくりとその口を開いて――
「あっ……」
フレメアがびくりとその身を震わせる。
下から響く、足音のような音で。
チッ、と一方通行は舌打ちする。
来るのが早い、と思った。
こちらを見つけたわけではないのだろう。
この位置は下からは分からない。
しらみつぶしで調べていたところに、偶然にも一方通行たちがいた、ということに違いない。
これでは――
「……オマエ、少し待ってろ」
それだけ言うと、一方通行は下へと続く階段へと向かう。
一方向から、足手纏い抜きなら十分に対処できる。
見つかるよりも早く先制しておくのは当然だった。
できることならプロに任せておきたいところではあるが、間に合わないなら仕方ない。
正当防衛なら、黄泉川も文句は言うだろうが、まぁ、助けてくれるだろう。
「え……ちょ、ちょっと――」
フレメアの声を背に、一方通行は歩き出す。
すたすたと進む彼は、迷いない足取りでいた。
だが、
「……」
一方通行は一度だけその足を止めた。
後ろでは、フレメアが急に動きを止める彼を不思議そうに見ている。
彼は、そんなフレメアの様子を知ることなく、躊躇いがちに首だけ右に少し向けて、一言、告げた。
「……大人しくしてろ。ダチの妹に何かあっちゃ、俺が困る」
それだけだ、と残して、一方通行はさっさとその場を離れ、たった一つだけある地上への道である階段へと向かう。
背後からフレメアが何かを言いかけて止めたらしい気配を感じる。
そこまで確認してから、一方通行は下へと行く。
内心で、彼はため息を吐いた。
仕方ない。ここまで巻き込まれては、もうやるしかないのだから。
ふと、上条のことを思い出す。
今も、彼は夏の宿題に唸りを上げているのだろうか。
おそらく、急いでここの問題を片付けても、彼の助けには少し遅くなるに違いない。
悪い、と心の中で友人に謝りを入れておいて、一方通行は気を改める。
友人かどうかは分からないが、知り合いのために、彼は行く。
一度終わり。次いつになるかもちょっと分からないです。
期待しないで待ってください。とりあえず新約を三巻から読んできます。
もう八巻とか早すぎますよ、鎌池先生。
生存報告ちゃんとやれと言われてもできない。申し訳ない。
書きたいのに書けない。そんな日々です。どうにかまとめてどこかでやれるようにしたい。
悪いこととは思いますがチラ見するくらいでよろしく願います。
速報が復活してたので報告。年も明けてしまい申し訳ないです。そろそろ再開します。お待ちを。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません