サシャ「いつだって、あなたの味方です」(231)
・『サシャ「どんな味でも構いません」』の続きです
―― 夕方 営庭
コニー「雪もかなり少なくなったなー。もう雪かきする必要ねえじゃん」ウロウロ
ジャン「トロスト区から運ばれてくる雪の量も減ってきたからな。卒業試験が終わる頃には全部溶けてなくなってるだろ」
コニー「スプリンガー帝国もなくなっちまったもんな。ちぇっ、もう跡形もねえや」
ジャン「帝国……? ああ、この前クリスタたちと一緒に作ってた雪だるまのことか」
コニー「何言ってんだ、一緒じゃねえよ。そもそもクリスタとは敵同士だったんだぞ? まあ、最後は和平を結んだんだけどな!」
ジャン「……お前らいったい何の遊びしてたんだ?」
コニー「ほう……俺たちの国の興亡の歴史を聞きたいのか?」フフン
ジャン「いらん。そんなくだらねえ歴史を暗記する暇があるならお前はもう少し机に向かえよ。時間がもったいねえだろ」
コニー「それを言うならこの当番こそ時間がもったいねえじゃねえか。もう土が見えてんだから雪かき当番なんて意味ねえのに」
ジャン「意味があるかないかを決めるのは教官だ。俺たちは兵士なんだから命令に従うだけだろ」
コニー「そんなもんかぁ?」
ジャン「ああそうだ。……いいから無駄話してないで働けよ。教官室に報告に行くのは俺なんだぞ」
コニー「へいへい、わかったよ」
コニー「……」ザクザク
ジャン「……」ザクザク
コニー「お前さぁ……中間成績見たか? 教官室の前に貼られてたの」
ジャン「ああ、ついさっきな」
コニー「俺、憲兵になれっかなぁ……」
ジャン「意外と成績伸びなかったよな、コニー。班の奴らとうまくいかなかったのか?」
コニー「いや、正直ジャンの班にいる時よりやりやすかった」
ジャン「おい」
コニー「けど到着まで時間がかかっちまってさ、あまり点数伸びなかったんだ。それに俺は元々座学が死んでたからなー……ところでジャンの班はどうだったんだ? お前一人だけ成績伸びてるみてえだけど」
ジャン「俺のところは……というか、俺の運がよかったんだよな。お前の代わりに入った女子が途中でへばっちまって、俺ともう一人で荷物の半分を引き受けたんだ。だがそいつも到着前に音を上げちまったから、そいつの荷物を更に半分俺がもらったわけだ。――さて、俺は結局全体の何割の荷物を運んだでしょう。具体的な数値を解答せよ」
コニー「…………………………………………た、たくさん」
ジャン「具体的な数値を答えろって言ったろ。はい戦死」
コニー「……まあ座学は置いといて」
ジャン「そろそろ手をつけねえとやばいんじゃねえか?」
コニー「とにかく、今回の山岳訓練のおかげで上位の奴らとの差は縮まったんだ! まだ望みはあるっ!」
ジャン「でも十位だよな」
コニー「……」シュン
ジャン「まっ、せいぜい頑張れよ。俺は高みの見物をさせてもらうぜ」ニヤニヤ
コニー「……浮かれてたら足元掬われるぞ?」
ジャン「浮かれてねえって。これが俺の元々の実力ってヤツだからなー。……死に急ぎ野郎も大きく突き放したし」ニヤニヤニヤニヤ
コニー「でもエレンとジャンは成績発表の度に順位が入れ替わってるだろ。だったら最後にまた入れ替わりがあるんじゃねえの?」
ジャン「……不吉なこと言うなよ」
コニー「つーかさ、クリスタがいきなり上位に食い込んできたのにも驚いたけど、サシャはいったいどうやってあの位置に入り込んだんだろうな。山岳訓練だけでいきなりあそこまで順位が上がるもんか?」
ジャン「お前もちったぁ頭使えよ、コニー。……山岳訓練でサシャと同じ班なのは誰だった?」
コニー「んあ? えーっと……確か、ベルトルトとアニだな」
ジャン「そういうことだ」
コニー「どういうことだ?」
ジャン「つまり、サシャが大きく上がれば同じ班のベルトルトとアニは自然と下がるだろ」
コニー「…………?」
ジャン「だーかーらー! どっかが上がればどっかが下がるってことだ! ……なんでそんな荷物の配分にしたのかは知らねえけどな」
ジャン(憲兵狙いのベルトルトやアニが、そう簡単に荷物を多く渡すわけがない……だが、サシャがあいつらをだまくらかすほどの頭を持ってるとも思えねえんだよな)
ジャン(俺も前に獲物を横から掻っ攫われたことはあったが……ありゃ不意打ちだからできたことだ。ベルトルトやアニがそう簡単にやられるとは考えられねえんだが……)
ジャン「とにかく、上位の成績なんて今となっちゃあほとんど誤差だ。……逆転するチャンスはまだあるからな、浮かれてもいられねえんだよ」
―― 掲示板前
【第104期訓練兵団 中間成績】
1 ミカサ・アッカーマン
2 ライナーブラウン
3 サシャ・ブラウス
4 ジャン・キルシュタイン
5 ベルトルト・フーバー
6 アニ・レオンハート
7 クリスタ・レンズ
8 エレン・イェーガー
9 マルコ・ボット
10 コニー・スプリンガー
11 ××××・×××××
12 ユミル・××××
.
クリスタ「……」
サシャ「……」
サシャ(なんと言いましょうか……こうやって成績を目の当たりにすると、途端に罪悪感がこみあげてきますね)ドヨン
サシャ(そうですよね、成績上がったのって私だけじゃないんですよね……まだ安全圏だとは思いますけど、憲兵狙いのベルトルトとアニは大丈夫なんでしょうか)
サシャ(……というか、隣のクリスタがものすごーく怒ってるのが気になるんですけど)チラッ
クリスタ「…………」
サシャ(今までに見たことがないくらい、眉間に皺が寄っちゃってますね……えーっと)
サシャ「あの……クリスタすごいですね! 今回の訓練で一気に7位ですよ? 頑張ったんですね!」パチパチ
クリスタ「……」
サシャ「クリスタ?」
クリスタ「……私、ユミルのところに行ってくる」スタスタ...
サシャ「はぁ、そうですか……」
サシャ(成績が上がったの早く教えたかったんでしょうかねー? ……部屋に戻れば会えるのに)ウーン...
―― 教官室付近の廊下
ライナー(そろそろあいつらとの待ち合わせの時間だな。当番も終わったし、なんとか間に合いそうだ)
ライナー(……ん? あそこにいるのは……サシャとクリスタか?)
ライナー(そういや中間成績が発表されてたな、二人で一緒に見てるのか)
ライナー(おっと……クリスタが一人で外に出たな。サシャは……まだ動かないみたいだ)
ライナー「……」キョロキョロ
ライナー(周りに人は……いないな。よし)
ライナー(……少し驚かしてやるか)ニヤリ
サシャ(でも、まさか三位まで上がるなんて)
サシャ「……」
サシャ(……もうちょっとで、ライナーに届くんですね)
サシャ(届いたら、その後は……)
サシャ(……その後は、どうしましょう。やっぱりユミルが言ったとおり、私から行動しないと――)
サシャ「……あれ?」
サシャ(目の前が急に暗く……? 夜にはまだ早いですよね? ということは、誰かが目隠ししてる……?)
ライナー(どうだ、いつぞや出かけた時にやられたお返しだ……! 驚いただろう! 驚いただろう!)ニヤニヤ
サシャ「えっ? えっ? 誰ですか?」
ライナー「……」
ライナー(答えたら声でバレるよな……ここは無視だ無視)
サシャ(むむっ、誰かはわかりませんがだんまりですか。私の知り合いで、こんなことをする人と言えば――)ピコーン!
サシャ「わかりました! コニーですね!」
ライナー「……」
サシャ「あれー……? 違うんですか? じゃあミカサ……?」
ライナー「…………」
サシャ「うーん……ユミル!」
ライナー「……………………」
サシャ「ユミルでもないんですか? ……えーっと、クリスタはさっき女子寮に行きましたよね」ブツブツ
ライナー(いやいや、ちょっと待て……手の大きさとか指の太さとかで普通わかるもんじゃないのか? そもそも候補にも上がらないってどういうことだ?)
サシャ「ミーナ? ……は、さっきアニと一緒に歩いてるのを見ましたし、他に思い当たるのはぁー……」ブツブツ
ライナー(早く当てろよ……! 誰か来たらどうするんだ!)ソワソワ
ライナー「……」グニッ
サシャ「痛っ!? いたたたた、誰ですかほっぺた摘んでるのー! 実はまさかの複数犯!?」ジタバタ
ライナー(ほら当てろ! さっさと当てろ! 二人ずつなら簡単だろ!)ソワソワソワソワ
サシャ「二人で仲良し……! あっ、わかりました!」ポン
ライナー(よしこい! この際ベルトルトとセットでも許してやる!)
サシャ「エレンとミカサですね!」
ライナー「……」
サシャ「違う……? んーっと、じゃあアルミンとミカ――」
ライナー「…………」グニグニグニグニ
サシャ「んぎゃっ!? 駄目ですって、私のほっぺたは伸びませんってばー!」ジタバタジタバタ
ライナー(枠増やしても当てられないってどういうことだ!? ミカサなんか三回も出てるのになんで俺は一回も出ないんだ!! もっとしっかり考えて――)ハッ
ライナー(しまった……! 廊下の向こうからジャンとコニーが来る!)
コニー「こうなっては、最早衝突は避けられない……! そんな絶望的な状況に現れたのがそう、ユミルの民だっ! まずユミルの民はクリスタ王国の主であるクリスタを抱きかかえるとそのまま」ペラペラペラペラ...
ジャン「お前そんなくだらねえ歴史覚えてる暇があるなら勉強しろよ」
コニー「くだらなくなんかねえ……俺たちの創った国はくだらなくなんかねえよ!」ダンッ!!
ジャン「うるせえな静かにしろ。――ん? あそこにいるのは……ライナーとサシャか?」
コニー「あ、本当だ。あいつら教官室の前で何やってんだ? 目隠しして遊んでるのか?」
ジャン「…………」
コニー「本人たちに聞いてみるのが一番か。――おーいライナー! 何してんだー!?」ブンブン
ライナー(!! しまった、のんびりしすぎた……!)
ライナー(名前まで呼ばれたら、流石にバレたよな……?)チラッ
サシャ「むむむっ、この声は……コニーですね! ということはそれ以外の誰かだからー……えーっとえーっと」
ライナー(まだわかんねえのかこいつは!! ――ちっ、こうなったら仕方がない!)ガシッ
サシャ「ひぇっ!?」ビクッ!!
コニー「おお……すげぇな、片手一本で人抱えて走るなんて」
ジャン「……………………」
コニー「二人とも行っちまったな。……結局なんだったんだ?」
ジャン「……なあコニー、世の中にはどうして男と女がいると思う?」
コニー「知らん」
ジャン「どうして俺には黒髪美人のかわいい彼女がいないんだと思う?」
コニー「だから知らねえよ。……なあ、早く教官に報告しに行こうぜ。ついでにぶっ壊しちまったスコップのこと謝んなきゃなんねえんだからよ、早いほうがいいって」グイグイ
ジャン「なあ……なあコニー、ライナーを見たか? あいつの手つきを見たか? どこに手を回してたか見たか?」
コニー「見てねえよ。あいつらすぐに走って行っちまったじゃねえか。そもそもこんなに離れてちゃちゃんと見えねえだろ」
ジャン「腰だ」
コニー「お前よく見えたな」
ジャン「俺も……俺も、俺だって、ミカサの腰に手を回したいに決まってんだろっ……!」グスッ...
コニー「お、おい泣くなよ……腰に手を回せないくらいで……」オロオロ
ジャン「しかも教官室の前でイチャイチャとはいいご身分じゃねえかちくしょうライナーめ羨ましいっ!!」ダンダンダンダンダンッ!!
コニー「うわっ!? ――じゃ、ジャン静かにしろって、ここ教官室の前だぞ!?」
ジャン「教官室がなんだってんだ! くそがぁっ!!」
コニー「え、えーっと、えーっと……俺マルコ呼んでくるな、あとは一人で頑張ってくれ!」ダッ
―― ガラッ
キース「……楽しそうだな。キルシュタインにスプリンガー」
ジャン「」
コニー「」
―― しばらく後 兵舎裏手
ライナー(人は……いないな。ここまで来ればいいか)キョロキョロ
ライナー「よっこらしょっと」ドサッ
サシャ「あうっ」ゴロンッ
ライナー「というわけで正解はコニーでもミカサでもユミルでもクリスタでもミーナでもアニでもエレンでもミカサでもアルミンでもミカサでもない。残念だったな」
サシャ「どうしてミカサのこと三回も言ったんですか?」
ライナー「胸に手を当ててよーく考えてみろ」
サシャ「……?」ペタン
ライナー「俺のじゃない。自分の胸だ自分の」
サシャ「へっ? ……ああっ、すみませんすみません」ペタペタ
ライナー「両手じゃなくて片手だ」
サシャ「細かいですね……これでいいですか?」ペタッ
ライナー「ああ、それでいい。――そしたら目を閉じて、今日お前がやったことを思い出してみろ。何か心当たりがあるんじゃないか?」
サシャ「心当たりですか? うーん、何かありましたかねー……?」ウーン...
サシャ「ええと……そうだ! 今日の朝はクリスタに起こしてもらったんですけど、すぐに起きられませんでした!」ポン
ライナー「……」
サシャ「あれ? でもこれじゃミカサ関係ありませんね……どういうことでしょう」
ライナー「そうじゃない、そうじゃないぞ……というか戻りすぎだ」
サシャ「えっ? でも今日私がやったことを思い出せばいいんですよね?」
ライナー「……ここ十分以内に何が起きたか考えてみろ」
サシャ「ライナーに目隠しされて攫われました。……ところで、どうして突然目隠しなんかしたんです? 私すごくびっくりしたんですよ?」
ライナー「驚いたなら狙い通りだな」フフン
サシャ「……私を驚かせるためだけに目隠ししたんですか?」
ライナー「それ以外に何かあるか?」
サシャ「じゃあ私をここまで連れてきたのは? 何か用事とか?」
ライナー「そりゃあ、もちろん――」ハッ
ライナー(……待てよ? 冷静に考えたら、ここまで連れてくる必要はなかったんじゃないか?)
ライナー(あの場でネタばらしすればよかった話だよな。……何やってんだ俺は)
ライナー「……」
サシャ「……?」キョトン
ライナー「……いや、特に用はない」
サシャ「ええー……? 明日のことで話があったとか、そういうことじゃないんですか?」
ライナー「! そうだな、それだそれ」ポン
ライナー「明日は整備班の顔合わせがあるから……昼前に、兵舎の食堂で待ち合わせでいいか?」
サシャ「いいですけど、ここの食堂なんですか? 街のじゃなくて?」
ライナー「今回はいつ打ち合わせが終わるかお互いわからないからな、兵舎から直接街に向かう。……それに、街には変な虫がいるかもしれん」ギリッ
サシャ「虫……? 今は冬なんですが」
ライナー「お前は知らないだろうがな、冬にも活動する虫はいるんだ」
サシャ「食べられますか!?」
ライナー「……食わせるわけねえだろ」
サシャ「はぁ、そうですか……がっかりです」シュン
ライナー「他に決めておくことは―― そうだ、今のうちに何が欲しいか考えておけよ? 俺は女物の装飾品なんてさっぱりだからな」
サシャ「草食……ええと、お肉以外に何か食べるんですか? キャベツとか?」
ライナー「違う。髪ゴムの代わりになるもん買ってやるってこの前言っただろ? もう忘れたのか?」
サシャ「へっ? ……私、普通の髪ゴムを買いに行くんだと思ってたんですが」
ライナー「それだとただの買い出しじゃねえか」
サシャ「でも、この前みたいに高いものをもらうのって気が引けますし……ライナーが選んでくれるなら、私はなんでもいいんですけど」
ライナー「俺はお前が欲しいもんを贈ってやりたいから駄目だ。――それにお前、今回の訓練で頑張ったみたいだからな。褒美だと思って気楽に構えとけ」
サシャ「ご褒美……」
サシャ(……ご褒美もらえるほど、私はいい子じゃないのに)
ライナー「それにしても、まさかいきなり三位まで上がってくるとはな。この調子ならミカサも追い越せるんじゃないか?」ハハハ
サシャ「……」
ライナー「……? どうした、黙りこくって。腹でも減ったか?」
サシャ「……いいえ、なんでもないですよ。――そろそろ私、寮に戻りますね。課題も片付けないといけませんし」
ライナー「そうか? それなら寮まで送って……やりたいところなんだが、この後用事があるんでな。ここまで連れてきて悪いが一人で戻ってくれ。できるよな?」
サシャ「……私、子どもじゃないんですけど」
ライナー「お前は見てないところで何をしてるかわからんからな……いいか、寄り道しないで真っ直ぐ帰れよ? 拾い食いするんじゃねえぞ? 危ないことはするなよ?」
サシャ「そんなに心配しなくってもやりませんよ。……じゃあライナー、また明日」
ライナー「ああ、また明日な」
―― 兵舎 廊下
サシャ「……」
サシャ「はぁ……」トボトボ...
サシャ(……ライナーが褒めてくれたのに、どうも素直に喜べませんね)シュン
サシャ(ううっ……こんな気まずい気持ちになるなら、不意打ちなんかしなきゃよかったです……やっぱり、後でアニとベルトルトに謝りに行ったほうが)トン
サシャ「あ……っと、すみません、よそ見してて――」ハッ
アニ「……ちゃんと前見なよ。危ないから」
サシャ「」
アニ「……? ちょっとサシャ、何その顔」
サシャ「……こ、こんばんは」ペコッ
アニ「どうも」
サシャ「……」
アニ「……」
サシャ「………あの、あああああ、ああああのあアニああににににああににアニアニあのアニ」モジモジ
アニ「あんた大丈夫? ……用があるなら手短に言って」
サシャ「……こんなところで何してるんですか?」
アニ「掃除当番。……の、帰りだよ」
サシャ「へえ……へえー! お掃除の当番だったんですね、それはそれは大変だったでしょう、ええ、大変に決まってます!」ソワソワ
アニ「なんでそんなに焦ってるの?」
サシャ「焦ってませんっ!!」
サシャ(今一番会いたくて会いたくない人が目の前に現れたらそりゃ焦りますって! 焦りますとも!!)
アニ「…………」ジトッ...
サシャ(ああっ……! アニってばそんな目で見ないでくださいよ! 今回ばかりは私がおかしいって自分でもわかってるんですから!!)ダラダラ
アニ「あんた汗っかきだった?」
サシャ「ええっと……それなりに?」
アニ「私に聞かないでよ」
サシャ(私にも聞かないでくださいぃ……!)ギリッ...
サシャ(どうしましょう……先にアニだけにでも謝っておいたほうがいいんですかね……? でもいつベルトルトと話せるかわかりませんしどうせベルトルトを呼び出すことになるなら一緒にアニも呼んだほうがええっとええっと)ソワソワソワソワ
アニ「……一日目は、技巧と対人格闘だったよね」
サシャ「……へ? 何がです?」
アニ「試験だよ。来週から始まるでしょ」
サシャ「……」キョトン
アニ「ミーナもあんたもしょっちゅう表情変わるよね。……変なの」クスッ
サシャ「……あの、怒ってないんですか? この前のこと」
アニ「別に? ――あれはあれでケリがついただろ。終わったことをいつまでも引き摺るほど、私は器の小さい女じゃないんだよ」
サシャ「おおー……なんか大人っぽい台詞ですね。見習いたいです」パチパチ
アニ「あんたはズルズル引きずりすぎ。……不意打ちとはいえ、私やベルトルトに勝ったんだから堂々としてなよ。そうやってびくびくしてる姿を見せられる方がよっぽど頭にくるからさ」
サシャ「……すみません」シュン
アニ「悪人面するなら最後までやり通しな。……そんな調子じゃ、将来苦労するだろうよ。きっと」
サシャ「悪人面……こうですか!」キリッ
アニ「……」
サシャ「……」キリリッ
アニ「……なんかさ、あんたみたいな馬鹿に負けたって思うと余計悔しいよね」ハァ
サシャ「!? わ、私そこまで馬鹿じゃありませんってば! コニーより座学の成績はいいんですよ!?」
アニ「そこで引き合いに出すのがコニーって時点でね……下と比べてどうするの? せめてミカサやユミルにしたら?」
サシャ「いえ、流石にその二人に頭で勝てるとは思わないんですけど……」
アニ「そんな弱気なら勝負は目に見えてるね。――次は負けないよ。油断も手加減もしない」
サシャ「! ……私だって、負けませんよ」
アニ「上等じゃないか。卒業試験であんたを叩きのめすのを楽しみにしておくよ。……じゃあね」スタスタ...
サシャ「あっ……行っちゃいました」
サシャ(……そういえばアニ、どこに行くんでしょう? あっちに何かありましたっけ?)
――営庭隅 とある林の中
アニ(確か、この辺だったかな……)キョロキョロ
ベルトルト「あっ、来た来た……アニ、こっちだよこっち」
アニ「! ……待たせたね、遅れてごめん」スタスタ...
ライナー「いや、俺たちも今来たところだ。それほど待ってない」
ベルトルト「今日は掃除当番だったんだよね? それなら遅れても仕方ないさ」
アニ「ううん、当番だけじゃなくて……ちょっとサシャと話してたんだよ」
ベルトルト「……」ピクッ
ライナー「お前がサシャと? ……珍しいな」
アニ「試験の話を少しだけね。――それで、目処はついたの? ベルトルト」
ベルトルト「ああ、なんとかね。今から説明……する前に、ちょっと足元が不安だけど火を落とそうか。この前はミカサに見つかっちゃったし」フッ
アニ「……真っ暗で何も見えないんだけど」
ライナー「話をするだけならこれでもできるだろ。――それで、計画を実行する日についてだが」
ベルトルト「ちゃんとキース教官から聞き出してきたよ。解散式の次の日、運良く調査兵団がトロスト区から離れるらしい」
アニ「壁外遠征だっけ? ……それ、確かな情報なの?」
ベルトルト「ああ、間違いないと思う。キース教官はかなり調査兵団の事情に明るいみたいでね。トロスト区を出発する時間まで詳しく教えてくれたよ」
アニ「いくら主任教官だからって、訓練兵団所属の兵士が調査兵団の事情に詳しいっておかしくない? 本当に大丈夫なの?」
ライナー「お前の疑問も最もだが、教官が調査兵団の関係者だってことは間違いないと思うぞ。秋の山岳訓練の時に、調査兵団の自由の翼と教官の署名が入った物をこの目で見たからな。どの辺りの地位にいたのかまではわからんが」
ベルトルト「それに、夏の肝試しの時にハンジさんって臨時教官がいただろ? 実はあの人、調査兵団の分隊長らしいんだ」
ライナー「……」ピクッ
アニ「……肝試し?」
ベルトルト「現役の調査兵団の分隊長が、わざわざ訓練所まで訪ねてくるくらいだから……少なくとも分隊長以上の地位にはいたんじゃないかな? それがどうして訓練兵団の教官になったのかまでは想像つかないけどね」
ライナー「……」
アニ「……」
ベルトルト「……? どうしたの、二人とも。急に静かになったけど」
アニ「……あのさ、ベルトルト」
アニ「営庭に巨人って……いないよね?」
ベルトルト「はい? ……いるわけないだろ、何言ってるんだよアニったら」
ライナー「便所に一人で行っても、変な声とか聞こえてこないよな……?」
ベルトルト「……ああ、七不思議か」ポン
アニ「七不思議か、じゃないでしょ? ……あんたのせいで思い出しちゃったじゃないか」プルプルプルプル....
ライナー「そ、そうイライラするなよアニ、少し落ち着け、なっ? ――それでベルトルト、あの時アルミンやお前が話してたのは全部嘘っぱちなんだろ? そんなこと実際ありえないよな? な?」ソワソワ
ベルトルト「……」
アニ「ねえってば……なんとか言ってよ、ベルトルト」グイグイ
ライナー「ベルトルト? 話聞いてるか?」ユサユサ
ベルトルト「……誰もいないトイレから聞こえる、謎の声」
アニ「ひっ」ビクッ!!
ライナー「………………聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない」ブツブツ
ベルトルト「……片腕だけで帰ってきた息子が、夜な夜な母親の枕元に立っては母さん母さん痛い痛いと呻き声を――」
―― 同刻 男子寮 エレンたちの部屋
アルミン「……」パラッ
エレン「九十六っ、九十七っ、九十八っ」ブンブンブンブン
アルミン「……? 今、どこかで悲鳴が聞こえなかった?」
エレン「九十九……悲鳴? 気のせいだろ、俺には何も聞こえなかったぞ?」
アルミン「……ちょっと調べてくるね」スクッ
エレン「一応聞くがどの辺りに行くんだ?」
アルミン「そうだなぁ……営庭の隅っこの林辺りかな。この前、あそこでなんだか光が動いてた気がするんだよね。――七不思議が生まれた気がする」キリッ
エレン「じゃあ七不思議じゃなくて八不思議だな」
アルミン「ちょっと僕出かけて」
エレン「行かせるわけねえだろ? 一人で四人分の点呼なんか誤魔化せねえよ」ガシッ
アルミン「『点呼してやる……! 一人残らず!』……みたいな感じでさ、なんとかならない?」
エレン「ならねえよ。座れアルミン」
―― 同刻 営庭隅 とある林の中
アニ「ひぃぃぃぃ……!」ガタガタガタガタ...
ライナー「あああああもう完ッ全に思い出しちまったじゃねえかぁ……! 夜中に便所に行きたくなったらどうしてくれんだよ……!」ブルブルブルブル...
アニ「……そうだ、私はミーナ起こそうっと」ポン
ライナー「なっ……!? アニ、お前汚ねえぞ!?」
アニ「あんたはベルトルトを連れて歩けばいいでしょ? 怖いの平気なんだから」
ライナー「……なあ、ベルトルト」クイクイ
ベルトルト「寒いから嫌だね。用足しくらい一人で行きなよ、子どもじゃないんだから」
ライナー「くそっ……! この薄情者め! 覚えてろよ!」イライラ
ライナー「……」
ベルトルト「……」
アニ「……」
ライナー「……俺たち、さっきまで何の話してたんだっけ?」
ベルトルト「壁を壊す日のことだよ」
アニ「……話を戻そうか。日程がズレる可能性は?」
ライナー「そりゃ天候次第、としか今のところは言えないな。その日に限って馬が一匹残らず体調を崩すかもしれないし、運悪く団長が当日腹を下すかもしれん。可能性を一つ一つ考えていたらキリがない」
アニ「確かにそうだね。……それで、解散式の次の日の、いつ頃にやるの?」
ライナー「できれば……そうだな、昼前には決行したいところだ。ベルトルト、お前の整備班はその日どうなってる?」
ベルトルト「……」
ライナー「……? ベルトルト? どうした?」
ベルトルト「え? ……あ、ごめん。少し考えごとしてた」
アニ「……」
ベルトルト「その日は仕事がないはずだから問題ないよ。ないけどさ、その……」
ライナー「なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言え」
ベルトルト「この、壁を壊す日なんだけど……どうしても、ズラせないかな。一日か二日でいいからさ」
ライナー「……」ポカン
アニ「……」
ベルトルト「……? 何?」
アニ「いや……」
ライナー「お前が自分の意見を言うなんて珍しいと思ってな。驚いただけだ」
ベルトルト「……たまにはね。それでどうかな、やっぱり無理?」
ライナー「日をズラすのははっきり言って難しいな。この日以降は論外だし、その前はまだトロスト区に調査兵団がいる。下手すりゃお前のうなじが削がれるぞ?」
ベルトルト「ならせめて、時間帯をなんとかできないかな。例えば……そうだ、明け方近くとか」
ライナー「それも無理だ。時間も変更はできない。昼前にしたのはな、調査兵団が出発した直後だからってものあるが……ちょうどこの時間に、壁外を監視してる駐屯兵団が交替するからなんだ。引き継ぎ前後はどうしても気が緩むから、できればそこを突きたい」
アニ「当日の明け方だとまだ調査兵団がいるし、次の日の明け方だと調査兵団が戻ってきてる可能性も高まるからね。ライナーが言ってる調査兵団が出発した直後ってのが一番いいタイミングだと思うよ」
ベルトルト「……そうだね、二人の言う通りだ。――ごめん、さっきのは撤回するよ。忘れて」
ライナー「いや、お前の意見が聞けるなんてかなり貴重な機会だからな。正直忘れられそうにない」
アニ「私もびっくりしたよ。あんた、自分の意見を言うことちゃんとできたんだね」クスッ
ベルトルト「二人とも酷いな……僕だって、思うところがあったらそれなりには言うさ」
アニ「……ここまで、長かったね」
ベルトルト「訓練兵団に入って三年……ううん、ここに来た時からって考えるともう五年か」
ライナー「その苦労もあと少しで報われるさ。――当日にしくじるなよ? ベルトルト」
ベルトルト「大丈夫、わかってるよ。任せておいて」
アニ「今回で打ち合わせは終わりだっけ?」
ライナー「ああ、後は当日までお互い接触は控えよう。変に疑われても困るからな」
ベルトルト「じゃあ、今日はこれで解散……かな。あまり部屋を空けてもまずいし」
アニ「終わりなら私は帰るよ。やることもあるからね」
ライナー「いや、お前には少し話がある。……ベルトルト、すまないが先に戻っててくれないか? 二人だけで話がしたいんだ」
ベルトルト「……? わかった、行ってるよ」スタスタ...
アニ「……」
アニ「話って何? まだお風呂に入ってないんだから早く済ませてよ。こっちはフォローしてくれる奴がいないから、あまり部屋を空けたらミカサたちに怪しまれるんだ」
ライナー「……お前、今回の中間成績は六位だったよな。確か」
アニ「ああ、そうらしいね。私はちゃんと見てないけど、ミーナに教えてもらったよ」
ライナー「山岳訓練の前は四位だった。……二つ順位を落としたな?」
アニ「説教するためにわざわざ残したの? ――次はちゃんとやるよ。あんたに心配されなくても大丈夫」
ライナー「……」
アニ「何?」
ライナー「俺は、お前らに誤魔化されるほど馬鹿じゃない」
アニ「……」
ライナー「今回の訓練の直前にも成績が貼りだされたよな? あの時、ユミルの成績は確か八位だった。クリスタは……悪くはなかったが、それでも二十番前後といったところだ。それが今回大きく逆転した」
アニ「へえ、頑張ったんだねクリスタは」
ライナー「ユミルの荷物はクリスタよりも多かった」
アニ「……」
ライナー「お前の言うとおり、普通はクリスタが頑張ったと考えるところなんだろうな。だが、俺はあいつらが荷物の配分をどうしていたのか知っている」
ライナー「ユミルはクリスタと荷物をすり替えたんだ。……いつやったのかはわからんがな」
アニ「つまり?」
ライナー「俺たちの班だけで起こっていたとは考えにくい」
アニ「へえ……あんたは、私たちの班でも同じことがあったって疑ってるわけだ」
ライナー「……近いことはあったんじゃないかと、俺は考えている」
アニ「……」
ライナー「何かあったんだな?」
アニ「……あんたには、教えてやんない」
ライナー「アニ」
アニ「……ベルトルトがどう思ってるかは知らないけどさ、私は今回の結果に不満はないんだ。むしろ感心してるんだよ」
アニ「あの子はただの食欲馬鹿じゃない。あんたが思っているよりずっと強かだし、色々考えてるよ」
ふぇぇぇ……話の流れは決まってるのに入れたい展開が多すぎてまとまらないよぉ……
デートネタだけでもう一本書けるぞぉ(白目)
というわけで話としては中途半端なんですが一旦ここまでです 次回は来週
今回途中に出てきた順位ですが、一応考えた上であの並びになってますので「あのキャラがそんな下なわけない!」って怒らないでくださいね
アニ「あんた、明日はあの子と一緒に街に出かけるんでしょ? 最後くらいしっかり楽しんで、いい思い出作ってあげなよ。後悔がないようにね」
ライナー「ああ、もちろんそうするさ。……そうだな、最後なんだよな」
アニ「……ねえ、もう何回聞いたのかわかんないんだけど……本当に言う気ないの? このまま何も言わないつもり?」
ライナー「当然だ。……言えるわけねえだろ、そもそも」
アニ「頑固」
ライナー「なんとでも言え」
アニ「石頭、筋肉馬鹿、堅物、お人好し、それから……」ブツブツ...
ライナー「……言いすぎじゃねえか?」
アニ「あんたが言えって言ったんでしょ? ……あの子を壁内に置いていくつもりなら、あんたの手でしっかり突き放しな。いつまでも思わせぶりな態度ばかり取られるほうの身にもなってみなよ」
ライナー「……お前に説教されなくたってわかってんだよ、そんなことは」
アニ「わかってるのに実行しようとしないのはなんで? ……あんたらしくもない」
ライナー「……」
アニ「あのさぁ……あんたはいい加減、自分の気持ちに正直になったら? 私やベルトルトや……故郷のことは置いといてさ」
ライナー「そういうわけにはいかんだろう。大体――」
アニ「サシャを故郷に連れて行きたいならそうすればいい。……無理矢理にでも、ね」
ライナー「……は?」
アニ「だから、連れてっちゃえばいいって言ってるの。力尽くでも説得するにしても、あんたならやろうと思えばできるでしょ?」
ライナー「俺に人攫いになれってか?」
アニ「そうだけど?」
ライナー「……犯罪じゃねえか」
アニ「壁壊したあんたが今更何言ってるんだか。……でも、連れて行きたいなら覚悟しなよ? 中途半端な態度や誘い文句じゃ、あの子にはすぐ見抜かれるからね。説得するはずが逆にフラれちゃったとしても、私はフォローしてやんないよ」
ライナー「……」
アニ「……ふふっ、変な顔。――ベルトルトも残ればよかったのにね、あんたのそんな顔見る機会なんて滅多にないよ」クスクス
ライナー「お前は……俺が、あいつを故郷に連れて行くことには反対しないのか?」
アニ「別にしないよ。あんたの好きにすればいいんじゃない? ――そもそも、他人の色恋に口出しなんかしたくないし。そういうのはもうミーナだけで充分だよ」ハァ
ライナー「……そうか」
アニ「ただし、私もベルトルトも……あんたも。いざという時には、自分の手の届く範囲しか守れない」
アニ「そして私やベルトルトの手は、あの子までは届かない。――そのことが覚悟できるなら、連れて行くのも可能性としては充分ありなんじゃないの?」
ライナー「……つまり、お前らはサシャの手助けはしないってことでいいんだな?」
アニ「あんたの予想通り、こっちは今回手酷くやられたんでね。そこまで面倒みてあげる義理はないよ。……それに、そういう手助けの仕方は嫌うと思うんだ。あの子」
ライナー「……ったく、お前も随分簡単に言ってくれるよな。どっちを選ぶにしろ、結局説得するのも掻っ攫うのも俺なんだぞ? わかってるのか?」
アニ「そんなのあんたがズルズル関係引き延ばしたのが原因でしょ? 私は悪くない」
ライナー「それにしたってなぁ……俺たちのことを明かすにはリスクがでかすぎるだろ? 計画の実行前に調査兵団に駆け込まれでもしたらそれこそ終わりだ。仮に受け入れてもらえたとしても、サシャなら何かの拍子にポロッと言っちまうこともあるだろうし、そもそもだな――」ブツブツ...
アニ「……あんたさぁ、そうやってぐだぐた言ってるけど――本当は、サシャに拒否されるのが怖いだけなんじゃないの?」
ライナー「……何だと?」ピクッ
アニ「意気地なし」
ライナー「……煽るならもう少し凝った言い回しを覚えるんだな。――確認したかったのはさっきのことだけだ。もう俺は戻るぞ」スタスタ...
アニ「……あの子だって、怖いんだよ」
ライナー「……」
アニ「私やあんたは『任務だから』って逃げることができるけど……サシャにはそれがないんだ。――怖くたって、進まないといけない。戻れないんだよ」
ライナー「……」
アニ「ねえ、あんたはいつまで目を逸らしてるつもりなの? 本当にこのままでいいわけ? 絶対に後悔しないって言える? 餌付けした野良犬の面倒は、最後まで見るのが道理ってもんなんじゃないの?」
ライナー「……」
アニ「……」
ライナー「……つまり」
アニ「うん」
ライナー「つまり……長々と、色々言ってはいるが、結局のところ」
アニ「うん」
ライナー「俺から、サシャに…………………………………………………………すっ、好きだと伝えろ、ってことか?」
アニ「うん」
ライナー「……」
アニ「……」
ライナー「……」クルッ
アニ「待ちなよライナー、どこ行く気?」ガシッ
ライナー「ちょっ、ちょっとだけ、ちょっとだけその辺走ってくる……!」ソワソワ ウズウズ
アニ「……ふんっ!!」ゲシッ
ライナー「ぐおぁぁっ!?」ドタンッ!!
アニ「馬鹿か! 馬鹿か!! あんたなんですぐ肉体いじめる方向に走るの!?」ゲシゲシゲシゲシ
ライナー「痛って! 痛えって、スネ蹴るんじゃねえ! 俺はただ、走りながら考えをまとめようと――」ジタバタジタバタ
アニ「どうせそのまま疲れて寝ちゃおうって魂胆なんでしょ!? 私はね、まだ一晩あるからきちんと悩んで結論出せって言ったの!! あやふやにしろなんて言ってないっ!!」ゲシゲシゲシゲシ
ライナー「わかった、わかったから蹴るのをやめろ!!」ゴロンゴロン
アニ「……ふんだ、そのスネじゃ走れないよね。さっさと寮に帰りな」スタスタ...
ライナー「」グッタリ
―― しばらく後 男子寮 エレンたちの部屋
アルミン「ライナー遅いねー」
ベルトルト「ねー」
アルミン「僕はてっきりベルトルトと一緒だと思ってたんだけどな。……お風呂どうする? そろそろ先に行ったエレンが帰ってくるはずだけど」
ベルトルト「そうだね……ギリギリまでは待とうかな。どうせ明日は休みだし」
アルミン「休みといえば、明日ベルトルトは何かするの? 予定は入れてる?」
ベルトルト「いや、明日は打ち合わせもあるし大して時間取れないだろ? だから敢えて予定は入れないで、余った時間で勉強してようかなって思ってるけど……アルミンは?」
アルミン「今のところ予定はないけど……昨日の夜辺りからミカサがそわそわしてるんだよね」
ベルトルト「……? それが?」
アルミン「明日の……そうだな、朝に突然『エレンも連れて午後から三人でどこかに行こう』って言われるんじゃないかな、って思ってるんだけど」
ベルトルト「急なお誘いだね」
アルミン「ミカサはほら、恥ずかしがり屋さんだからさ。……そういうところが放っておけないんだけどね」
ライナー「……ただいま」ガチャッ バタンッ
アルミン「ああライナー、遅かった…………ね……?」
ベルトルト「……ライナー、もしかして雪の中を走ってきたの? びしょ濡れだけど」
ライナー「いや……雪の上に寝っ転がるとどんな気分なのか試してみたくてな、遊んできただけだ」グッショリ
アルミン「……遊んできたんだ」
ベルトルト「……」
ライナー(くっそ、巨人の力じゃ風邪は治らねえんだぞ……! アニの奴、今度覚えてろよ……!)プルプルプルプル...
ライナー「すまんが、先に風呂入ってきていいか? ……寒くてな」サスサス
アルミン「どうぞどうぞ」
ベルトルト「僕たちには構わないで行ってきなよ。……あ、エレンに会ったら早く戻ってくるようにって言っておいてくれるかな?」
ライナー「ああ、伝えておく。……悪いな、じゃあ行ってくる」ガチャッ バタンッ
―― しばらく後 男子寮 エレンたちの部屋
エレン「いっちにぃっ、さーんしぃっ」グイグイ
アルミン「エレン、お風呂あがりなのにストレッチなんかして大丈夫なの? また汗かくんじゃない?」
エレン「なんだアルミン、知らねえのか? こういう柔軟体操は風呂あがりにやったほうが効果的なんだぜ? ……って本に書いてあったぞ」
アルミン「でも汗が出るほどやるのはよくないよ。しかも髪の毛もろくに乾かしてないだろ? そのまま寝たら布団が湿っちゃうよ? 布団が湿ったらカビが繁殖して、カビが繁殖したらエレンはそのカビと一緒に寝ることになって、カビと一緒に寝たら体に様々な影響が――」
エレン「わかったわかった、ちゃんと乾かすって。……ベルトルトが風呂から戻ってきたらな」
アルミン「もう……そんな言い訳使うなら、ベルトルトを待ってあがってきたらよかったよ」ハァ
エレン「……なあアルミン。ところでライナーはしかめっ面して何してんだ?」ヒソヒソ
アルミン「さあ? 瞑想でもしてるんじゃない? 腕組みと胡座ってのが少し気になるけど」ヒソヒソ
ライナー「…………」
ライナー(………………………………寝ちまいたい…………)ズーン...
ライナー(……アニを問い詰めるつもりが、逆に説教されちまったな)
ライナー(それにしても、あいつがあんなことを言ってくるとは……正直驚いた)
ライナー(昔は「他人なんかどうでもいい」って態度を隠しもしなかったのに、今日は他人の関係に自分から首突っ込んできやがった)
ライナー(しかも……前より、よく笑うようになった気がするな。アニのああいう顔を見たのは、一体いつ以来になるんだ?)
ライナー(ベルトルトだってそうだ。以前は定期報告の時でも少ししか話そうとしなかったのに、自分の意見を言うようにまでなった)
ライナー(アニも、ベルトルトも……ここの、この訓練所に来て色々変わったんだな)
アルミン「……ほら見てエレン。ライナーが菩薩のような顔をしているよ」ヒソヒソ
エレン「ボザド?」
アルミン「違うよ、ボザドじゃなくて菩薩。東洋の神様のことさ。厳密に言うと違うんだけどね」
エレン「ふーん……確かに、何かしら悟りきった顔はしてるな」
ライナー(まあ……なんだ。アニの言うことに従うわけじゃないが……予行練習くらいはしておいてもいいか)
ライナー(本人がいないと想像しにくいな。……何かないか?)ゴソゴソ...
ライナー(似顔絵でも描いて枕に貼り付けるか? だがベルトルトはまだしも、エレンやアルミンに見られたらまずいよな……ん?)
ライナー「……」ビローン
ライナー(サシャからもらった髪ゴムか。……待てよ、ここをこうして――)ギュッ
ライナー(これでよし。あいつの髪型に見えなくもないよな……さて、何から切り出すか)
アルミン「枕を縦にして壁に立てかけたね。新しい睡眠法かな?」ヒソヒソ
エレン「じゃあ枕の端っこをゴムで縛るのも睡眠法か? ……ていうかさっきから何やってんだ、ライナーは」ヒソヒソ
アルミン「気になるなら聞いてきたらどうかな。きっとライナーなら正直に答えてくれると思うよ」
エレン「よっしゃ、聞いてこよう」
ライナー「………………」
ライナー(駄目だ、こうやって面と向かっても何も思い浮かばねえ……そもそも、諸々の事情をどう説明するかなんだよな……どうするか……)
エレン「よっ、ライナー!」ヒョコッ
ライナー「」ビクッ!!
エレン「さっきから百面相して何やってんだ? 新しい遊びか何かか?」
ライナー「……少し考えごとをしてるんだ。放っておいてくれ」
エレン「あっ、そうだったのか……悪いな。でもその前に一つだけいいか?」
ライナー「なんだ? さっきの柔軟体操の話か?」
エレン「違う違う。……それ、枕の端っこを縛って何してんだ?」
ライナー「……」ギクッ
エレン「アルミンは睡眠法の一つだって言ったけど、それだと壁に立てかけてあるから寝にくいよな。もしかして何か別のことやってんじゃねえの?」
ライナー「いや、これはだな…………サシャの……」モゴモゴ
エレン「? サシャのなんだって?」ズイッ
ライナー「これは……これはその、あれだ、リラックスして寝るためのおまじないだ。サシャは全く関係ない」
エレン「そっか。でも寝てねえじゃん」
ライナー「……リラックスしていい夢を見るためのおまじないなんだ。ただし、寝る前にやらないと効果がない」
エレン「ふーん……変なおまじないもあったもんだな。――教えてくれてどうも。アルミンにも伝えておくよ」
ライナー「……待て。アルミンも見てたのか?」
エレン「並んで二人で見てたぞ」
ライナー「そうか……なあアルミン、少しいいか?」
アルミン「僕? 何か用かな、ライナー」ヒョコッ
ライナー「お前、手持ちの本は全部処分しちまったのか? もしそうじゃなかったら、今ものすごーく読みたい本があるから貸してほしいんだが」
アルミン「何冊かは残ってるよ。何? 兵法の本? それともえっちぃお姉さんの本?」
ライナー「いや、恋愛小説だ」
アルミン「えっ」
エレン「……レンアイ?」
ライナー「少し参考にしたいんだ。――できれば純愛もので頼む」キリッ
アルミン「じゅんあい」
ライナー(恋愛小説なら、『何か特別な秘密を好きな相手に打ち明けるシーン』というものもあるかもしれんからな……我ながらいい考えだ)フッ
エレン(小説かぁ……ライナーはそういう本を読んで参考にしてたのか。効率的な筋トレの仕方でも載ってんのかな)
アルミン(ライナーって、実は特殊な趣味を持ってたんだろうか……? ――ううん、そういうことを見た目で決めつけちゃいけないよね。だめだめ)
アルミン「期待させて悪いけど、小説の類はこの前全部処分しちゃったんだ、ごめんね。……あ、でもミカサが何冊か残してた気がするな。明日でいいなら借りてこようか?」
ライナー「いや、そこまでしなくていい。……今日じゃなきゃ意味がないんでな」
アルミン(そんなに読みたかったの!? 今日じゃなきゃ意味がないって何!?)
エレン(『ライナーはレンアイ小説が好み』っと。俺も読んだほうがいいかな。ミカサも腹筋すげえし……腹筋にはレンアイが深く関わってるのかもしれねえ。明日借りてこよっと)メモメモ
アルミン(あのライナーが、純愛系の恋愛小説貸してだなんて……いくらなんでも突拍子がなさすぎるよ。今まで興味がある素振りすらなかったのに)
アルミン(……もしかして)ハッ
アルミン「ねえライナー。……君、明日は何か予定があるの?」
ライナー「明日か? 明日は整備班の打ち合わせがあるだろ?」
アルミン「その後だよ、その後。ちなみにベルトルトは勉強するって言ってたけど、ライナーは? 一緒に勉強かな?」
ライナー「いや、街に出かける予定を入れてる」
アルミン「へえ……そっか。誰と? 何人で?」
ライナー「サシャと二人でだ。……なんでそんなことを聞くんだ?」
アルミン「ううん、別に? ところでさ……ライナー、もしかして今悩みごとを抱えてない? それも結構深刻な」
ライナー「! ……よくわかったな。態度に出てたか?」
アルミン「少しだけね。リラックスして寝たいとか、本を読みたいとか……何か迷ってる時ってさ、そういうのについ頼っちゃうよね」
アルミン「そういう時はさ、もちろん逃げるのもいいんだけど……頭で考えてることを全部紙に書き出しちゃうっていう手もあるよ。悩みを目に見える形にすれば解決の糸口が掴めたりするし、何より書き出すことで頭の中がスッキリするからね」
ライナー「書き出す、か……なるほどな」
アルミン「まだ処分してないノートがあるから、紙が足りないなら何冊かあげるよ? いる?」
ライナー「いや、大丈夫だ。――ありがとなアルミン、参考になった」
アルミン「どういたしまして。……ほらエレン、僕たちはもう寝よう? ライナーを考えごとに集中させてあげないと」
エレン「髪乾いてないけどいいか?」
アルミン「しっかり拭けばたぶん大丈夫だよ。――ライナー、ランプは点けてていいからね。ベルトルトもまだ戻ってきてないし、僕らのことは気にしないで」
ライナー「何から何まで悪いな。……それじゃあおやすみ、エレン。アルミン」
アルミン「うん、おやすみライナー。……ほらエレン、髪拭いて」ゴシゴシ
エレン「自分でやるってそれくらい。――んじゃおやすみー」
―― しばらく後 消灯時間前 男子寮 エレンたちの部屋
ベルトルト「ただいまー……って、あれ?」ガチャッ バタンッ
ライナー「おうベルトルト、おかえり」カキカキ
ベルトルト「やあ、ライナー。……エレンとアルミンは? 寝ちゃった?」ヒソヒソ
ライナー「ああ、お前が帰ってくるちょっと前にな。……しかし随分と長風呂だったな。のぼせてないか?」
ベルトルト「いや、お風呂自体には長く浸かってないんだ。ちょっとモタモタしてたら掃除の時間になっちゃってさ、マルコが当番だったから手伝ってただけで……ところで何してるの? 勉強?」
ライナー「違う。頭の中を整理してるんだ。お前もやるか? 結構スッキリするぞこれ」
ベルトルト「ううん、やらない。頭の中を整理するのはいいけど、まずその周囲に散らかってる紙を整理しなよ……何なの? この紙の山」ガサガサ
ライナー「アルミンがな、考えごとを整理するときには紙に書きだすのが一番だと教えてくれたんだ。それで色々書き散らしてた」
ベルトルト「へえ、アルミンが…………あのさライナー、君酔ってないよね? お酒飲んだ?」
ライナー「はぁ? 飲んでねえよ、なんだ突然」
ベルトルト「ちょっと確認したかっただけ。――じゃあ、この辺りの紙に書いてあるのは君が全部素面で書いたものなんだね?」
ライナー「おう、そうだぞ」
ベルトルト「サシャに好きって伝えるの?」
ライナー「……なんでわかった」
ベルトルト「うーん……このポエムみたいな文句を読んだから、かな。なんでこんなの書いてるんだ君は」ピラッ
ライナー「先に言っとくが、必ずやるって決めたわけじゃないからな? 検討してるだけだ」
ベルトルト「検討するだけでこんなに散らかる? しかもこんな枚数になる?」
ライナー「散らかるって……一応これでも片付けたんだがな。それにほら、こっちに残りがあるぞ。そこに散らかってる分だけじゃない」ドサッ
ベルトルト「わあ、すごいね。座学の宿題か何かかな?」
ライナー「……俺の人生の宿題だ」
ベルトルト「誰がうまいこと言えって言ったんだよ。あーあ、こんなにたくさん書いちゃって……文集でも作る気? 九割ほど人に見せられない内容だけど」ペラペラ
ライナー「そうか? そんな恥ずかしいことは書いてないはずなんだが……」
ベルトルト「そうだね、残り一割はそういう感じだね。……ねえ、こっちの紙は途中からサシャに買ってあげるおやつリストになってるんだけど、これはどういう意図があるの?」
ライナー「やはり肉のほうがいいと思うか?」
ベルトルト「知らないよ。……なんていうか、君の愛重たいね。物理的に」ズシィッ...
ライナー「よせよ、照れるだろ?」ハハハ
ベルトルト「……それで、なんでこの数分間でこんな凄まじい黒歴史作っちゃったの? 若気の至り?」
ライナー「いや、最初はアルミンに恋愛小説を借りようと思ったんだけどな?」
ベルトルト「だからなんで?」
ライナー「『何か特別な秘密を好きな相手に打ち明けるシーン』があったら参考にしようと思ったんだ。……持ってないから借りられなかったんだけどな」
ベルトルト「真面目か」
ライナー「真面目で何が悪い。下調べは大事だろ?」
ベルトルト「……」
ベルトルト(告白だけでこの状態ってことは……もしラブレターを書くってことになったら、アルミンやマルコに推敲頼みそうだな。……よかった、そこまでの事態にならなくて)ホッ
ベルトルト「とにかく、この産業廃棄物は明日全部燃やすからね。ライナーもちゃんと手伝ってよ? あと今日はもうさっさと寝てくれ頼むから」
ライナー「は? 別に燃やす必要ねえだろ? ただ頭の中身を書き出した紙なんだからよ。他の奴らに見られようが、特に困ったことには――」
ベルトルト「それじゃあここに書いてる文字読んでみて? 小声でね」
ライナー「……? なんで小声なんだ?」
ベルトルト「いいから早く」
ライナー「わかったわかった、ええっとな……『俺の正体は鎧の巨人です。壁の外からやってきました』」ボソボソ
ベルトルト「……」
ライナー「……」
ベルトルト「……」
ライナー「…………あっ」
ベルトルト「『あっ』じゃないだろ? 馬鹿なの? 君は馬鹿なのか? ――わかったらさっさと寝なよ。明日は朝一番に焼却炉に走るからね」
ライナー「そんな……! 下調べも練習もしねえで本番に挑めってのか!?」オロオロ
ベルトルト「いいから寝ろ」ゴンッ
―― 翌日 朝 訓練所の食堂
アルミン「ライナーとベルトルトいなかったね。今日当番だったっけ?」スタスタ...
エレン「特に聞いてねえけどなー……おっ、いたいた。――ミカサ、おはよう」スタスタ...
ミカサ「! おはよう。エレン、アルミン。席は取っておいた」
アルミン「おはようミカサ。ありがとね」
ミカサ「どういたしまして。……エレン、髪の毛がはねてる。昨日はちゃんとお風呂あがりに乾かしたの? 湿ったまま放置すると傷んでしまうから気をつけて」
エレン「あー乾かした乾かした、もうすっげえ乾かした。カサカサになっちまったくらいだぜ」
ミカサ「カサカサではだめ。それは髪の毛が傷んでる証拠。……朝ごはんを食べたら井戸に行ってトリートメントしよう。私も手伝う」
エレン「アルミン! ――俺の今日の髪の毛の状態はどうだ?」
アルミン「すごくいいよ。ここ近年になかったほどサラサラしてる」
ミカサ「そうなの? ……まあ、アルミンが言うのなら本当なのだろう。信じる」
エレン『アルミン感謝。すごく感謝。たくさん感謝』シュッシュッ
アルミン『手信号がぎこちないよエレン、もうちょっと練習しようね』クルクル ブンブン
ミカサ「……」ソワソワ モジモジ
ミカサ「あの……あの、二人とも、今日の予定は何かある? どこか出かけたりする?」
エレン「今日か? 今日は……整備班の打ち合わせだけだな。当番も今はねえし」
ミカサ「それしかない? 本当に?」
アルミン「うん。僕もエレンもものすごーく暇だよ、ミカサ」
ミカサ「そう、そうなの……」
エレン「今日はにんじんのスープか……おおっ! アルミン見てみろよ、俺のスープにゴロッとでかいにんじんが入ってるぞ! 今日は当たりだ! やったぜ!」ワーイ
アルミン「うん……うん、そうだね……」チラチラ
ミカサ「……」モジモジ
アルミン「……」
ミカサ「あのねエレン、アルミン。――この前、街に……サシャたちと一緒に出かけた時に、その……お店のチラシをもらったのだけれど……」モジモジ ゴソゴソ...
エレン「ああーっ!!」ガタンッ
ミカサ「ひぇっ! ……え、エレン、食事中に立つのはよろしくない。ちゃんと座って」クイクイ
エレン「今思い出した! なあミカサ、お前に頼みがあるんだけどいいか?」ズイッ
ミカサ「私に……何? なんでも聞く。遠慮せず言ってほしい」
エレン「お前が持ってるっていうレンアイ小説貸してくれねえか?」
ミカサ「……」ピクッ
アルミン「……」
エレン「なあ頼むよ、俺には(腹筋を手に入れるためにも)どうしてもレンアイ小説が必要なんだ!」
ミカサ「待って……待ってエレン、私が恋愛小説を持ってるって誰から聞いたの?」
エレン「決まってるだろ? アルミンだよ」
ミカサ「……アルミン?」ジロリ
アルミン「……」プイッ
エレン「いいだろ? お前(腹筋を鍛えるのが)趣味だって前にも言ってたじゃねえか。(腹筋を鍛えるのが)好きなんだろ?」
ミカサ「……」
ミカサ(前にも……? そんな話、エレンにした覚えはないのに……)
ミカサ(どうしよう……確かに恋愛小説は持っているけれど、エレンに読ませるのはちょっと……何より、私の好みを知られるのは恥ずかしい……///)
ミカサ(……心苦しいけれど、ここは誤魔化しておこう)
ミカサ「……違う、エレン。私はそんなの持ってないし、そもそも読んだことがない。そんなの知らない」
エレン「はぁ? ……なんだよお前、レンアイ小説くらい貸してくれたっていいだろ? それとも今読んでるから貸せねえのか?」
ミカサ「だから、私は恋愛小説なんて知らな――」
エレン「お前の趣味は!! レンアイ小説(を使って腹筋を鍛えること)だろうが!!」
ミカサ「!! え、エレン……やめて、大きい声で言わないで……! みんなに聞こえてしまう……!///」
エレン「何を恥ずかしがることがあるんだ!! (腹筋を鍛えることは)立派な趣味だろ!? お前の(腹筋への)情熱はそんなもんだったのかよ!?」
ミカサ「う、ううっ……///」モジモジ
ミカサ(どうしてエレンはこんなにしつこいの……? アルミンはエレンに一体何を吹き込んだのだろう……?)チラッ
アルミン(あちゃー、エレンってばこう来たかぁ……ちゃんと周りを見なよエレン、ミカサが真っ赤っ赤だよ? 君のせいで君の幼馴染がみんなの好奇の目に晒されてるよ? 「あのミカサが恋愛小説……だと……?」みたいな雰囲気になってるよ?)
ジャン(あのミカサが恋愛小説……だと……?)チラチラ
マルコ(へー、ミカサがね……)
ミーナ(そういえば部屋にあったなー……趣味だったんだ、あれ)
サシャ(今日の夕ごはんなんでしょうかねー)パクパク
アルミン(まさかエレンがここまで暴走するなんて……ごめんよミカサ)
アルミン(今の僕にできるのは、この被害をこれ以上広げないことだ。――なんとか話は収めてみせる!)キリッ
アルミン「エレン、食堂で大声出しちゃだめだよ? 迷惑になるから静かにしよう?」ニッコリ
エレン「あっ……すまねえなアルミン、時と場所を考えずに叫んじまった」
アルミン「いいよいいよ、気にしないで。……ねっ、ミカサもごはん食べようよ。せっかくのスープが冷めちゃうし」
ミカサ「……わかった。食べる」
エレン「でもさぁ」
アルミン「エレン?」
エレン「食うよ、食うって。……だから睨むなよ、アルミン」シュン
アルミン(よーし、これで危機は脱したな。あとは穏便に朝ごはんを食べちゃえば――)
ミカサ「……ところでエレン、どうして突然恋愛小説なんか読みたくなったの? いつもは普通の本でも避けて歩くのに」
エレン「ん? ……ああ、そりゃ昨日ライナーが読みたいって言ってたからだな!」
アルミン(わーお)
ジャン(あのライナーが恋愛小説……だと……?)
マルコ(ミカサはまだしもなんでライナーが?)
アニ(あいつ、遂にトチ狂ってそんなものにまで手を……)
コニー(今日も雪かき当番かー……ちぇっ、面倒くせえなぁ)
アルミン(ああもうどうして君は次から次へと問題を持ち込むかな!! なんでかな!? そんなに僕の頭を使わせたいの!? 頭が良くなるわけだよ全く!)
ミカサ「……ライナーが?」
エレン「ああ! ……そうだミカサ、お前髪ゴム持ってたりしねえか? ライナーが昨日教えてくれたんだけどよ、リラックスして眠れるおまじないってのが――」
アルミン「あー! あーっ! ああーっ!!」
エレン「わっ!? ……なんだよアルミン、うるせえぞ」
アルミン「朝一番の発声練習って大事だよねぇー!! ミカサもそう思わない!?」
ミカサ「え? ……ええと、うん、思う」コクコク
エレン「でもこんなところで発声練習って迷惑になるだろ? 静かにしろよ」
アルミン「そうだねぇー! じゃあちょっと食堂の外に出ようかー!? ねっ、そうしようそうしよう!」ガタンッ グイッ
エレン「おわっ!? 待てよアルミン、俺の当たりのにんじんがー!」ズルズル...
アルミン(全く冗談じゃないよ! これ以上被害を拡散させてたまるか! ――こうなったら物理的に排除させてもらうよエレン! 悪いと思わないでね!)グイグイ
ミカサ「アルミン待って、せめてパンだけでも持って行って!」タタタッ
ミーナ「……何だったの?」
アニ「さあね。知らない」
アニ(まあ、大体想像はつくけど……あいつ、本を参考にするつもりだったんだね。自分で考えなよそれくらい)ハァ
ミーナ(あのライナーが恋愛小説読みたがるなんて、ちょっと考えづらいなぁ……しかもただの小説じゃなくて「恋愛」小説なんだよね? ということは――)チラッ
コニー「やった! これでにんじん三個目だ!」ゴロンッ
サシャ「あーっ! いいなぁ、コニーばっかりずるいです……私のスープには何も入ってないのにぃ……」ションボリ
ミーナ「……ねえサシャ。今日の午後さ、暇だったらどこかに出かけない? 卒業試験前に行きたいところがあるんだよね」
サシャ「あっ……えっと、すみません。今日は予定が入ってるので無理です。他の人と出かける約束しちゃったので」
ミーナ「予定か……予定ねぇ。ちなみに誰と? 何人で?」
サシャ「ライナーとですよ。二人だけです。……あれ? ミーナには前に言いませんでしたっけ?」
ミーナ「聞いてない聞いてない。そっかそっかぁ、お出かけかぁ……」
ミーナ(……つまり、「恋愛小説を参考にしたいほどの何か」をするってことだよね)
ミーナ「ほーう……ほほうほうほう」ニヤニヤ ニマニマ
アニ「フクロウかあんたは」ペチンッ
こっそり投下 今日はここまで 早くデートしたいけどもう少し前フリが続きます
入れられないデートネタを番外編にしてもいいのよお願いします
―― 午前 営庭
エレン「えー……固定砲整備4班、班長のエレン・イェーガーだ! ……です」ギクシャク
ミリウス「固いぞエレン、緊張してんのかー?」
トーマス「しかもなんで敬語なんだよ」
ミーナ「あはは、サシャの真似してるのかな?」
サシャ「真似っこ一回につきパン一個です! ください!」
コニー「ていうか声でけぇよ、隣の班まで聞こえたんじゃね?」キョロキョロ
アルミン「あれだけ発声練習すればねー……」
エレン「だああああもうっ! うるせえな、静かにしろ! それとパンはやらん! ――とにかくだな、お前らには前もって言っておくことがある!」
トーマス「実は一つ年下でした、とかか?」ハハハ
エレン「違ぇよ、真面目に聞けって。――俺は頭がいいわけじゃねえし、周りを見ないで突っ走ることがよくある。しかも、固定砲の整備もあまり得意じゃない。……というか、正直苦手だ」
エレン「本当のところを言っちまうと、俺は班長には向いてないんじゃないかって思ってる。……まあ、教官に言われたことだからちゃんとやるけどな」
エレン「だから、もしかすると班長なのにみんなに迷惑をかけることがあるかもしれない。……いや、あるだろうな。絶対に」
エレン「それで、まあ……その逆の場合も当然あるはずだ。そういう時は、俺はできるだけそいつのことを手助けしてやりたいし、みんなにも助けてやってほしいと思ってる。もちろん、自分ができる範囲で構わない。共倒れになったら意味ねえからな」
エレン「――とまあ、なんだか堅苦しい話しちまって悪いんだけどよ。これが班長としての俺からの頼みだ。……おいなんだよトーマス、笑うんじゃねえ」
トーマス「ははは、悪い悪い……そうかそうか、整備苦手なんだな、エレンは」
ミリウス「お前、技巧の成績もよくねえもんなぁ」
エレン「あっ、アルミンと比べるなよ!? そもそも全くできねえ訳じゃねえからな!? 細かい調整が苦手なだけで――」
コニー「大丈夫だぞエレン、俺も苦手だから!」ポン
サシャ「私も得意ではありません! 安心してください!」ポン
ミーナ「だってさエレン。よかったね?」
エレン「……なんだか釈然としねえんだが」ムスッ...
アルミン「そう? みんなエレンが言ったことにきちんと従ってると思うけどなぁ」
トーマス「そうだそうだ、アルミンの言う通りだ」
ミリウス「俺たちちゃんと班長様のフォローしてるよな?」
ミーナ「してるしてる。ばっちりできてるよ」クスクス
エレン「……そうか、お前らがよくできた班員で安心したぞ俺は」
コニー「だろ? ――なんたって俺は天才だからな!」エッヘン
サシャ「いよっ! 壁内いちーっ!」パチパチ
エレン「まあ……とにかくだ。所属兵科が決まるまでの短い間だが、よろしく頼む」
―― しばらく後 女子寮廊下 ユミルたちの部屋の前
サシャ「いやー、気合い入ってましたね。エレン」
ミーナ「壁の防衛に直接関わる仕事だからね。普段から駆逐駆逐言ってるエレンだもの、気負っちゃうのもわかるなぁ」
サシャ「……整備中に壁から飛び降りて、巨人を駆逐しに行っちゃわなきゃいいんですけど」
ミーナ「まさか、いくらエレンでもそんなことは…………………………しないといいよね」
サシャ「援護するにしたって限度がありますよねー……ところで、ミーナの部屋ってあっちじゃありませんでしたっけ?」
ミーナ「そうだよ?」
サシャ「……ここ、私の部屋なんですけど」
ミーナ「まあまあ、そういう細かいことはいいからいいから! ――それじゃあ失礼しまーす!」ガチャッ
ユミル「……なんだミーナか」ドヨン
ミーナ「むっ、なんだとは失礼じゃない? ……って、ユミルなんだか元気ないね。どうしたの?」
サシャ「ああ、それは――」チラッ
ユミル「ミーナには関係ない」プイ
サシャ「……だそうです」
ミーナ「隠されても大体わかるよ。クリスタと喧嘩したんでしょ?」
ユミル「……うっさい。読書の邪魔だぞ」ムスッ...
ミーナ「当たりかぁ、やっぱりね。――ところでサシャ、ブラシと櫛持ってる? よかったら貸してくれない?」
サシャ「持ってますよ、ええっと……これですね、どうぞ」ゴソゴソ...
ミーナ「ありがと。じゃあ着替えてくれる? 今すぐに」
サシャ「はい、わかりました。…………へっ? なんでです?」
ミーナ「髪、梳いてあげるって言ってるの。梳いてから着替えたら台無しになっちゃうからね。先のほうがいいんだよ」
サシャ「へえ、そうなんですか……でも、お願いしちゃっていいんですか? 私としてはありがたいですけど、先にミーナが着替えてきてからでも――」
ミーナ「いいのいいの! 私は別にこの後は用事ないし……それに、準備に手間取って待ち合わせに遅れちゃまずいでしょ?」ポン
サシャ「それは……まあ、そうですけど」
ミーナ「だよね。――午後からだからいつもより時間は少ないけどさ、できるだけおしゃれして……ライナーにかわいいところいっぱい見せたいよね? そうじゃない?」
サシャ「…………見せたいです」
ミーナ「でしょ? だったら私に協力させてよ。――っていうかむしろお願い、髪も服もいじらせてー! とびっきりの美人さんにしてあげるから!」スリスリスリスリ
サシャ「わわっ、頬ずりしなくてもさせてあげますってば! ……でも、美人さんはちょっと無理なんじゃないですか?」
ミーナ「かわいいは作れるっ!!」キリッ
サシャ「……えーっと、じゃあ少し待っててもらえます? すぐ着替えますから」ヌギヌギ
―― しばらく後 ユミルたちの部屋
ミーナ「ふーんふふふーんふふふーんふふふーん♪」シュッシュッ
サシャ「……」チョコン
ユミル「…………」ジトッ...
ミーナ「サシャの髪、全然傷んでないね。元から傷みは少ない方だったけど」シュッシュッ
サシャ「そうですか? ……うーん、髪の毛は自分じゃさっぱりわかんないんですよね」
ミーナ「私の髪は湿気ですぐに広がっちゃうからさ、サシャみたいな髪質は羨ましいなぁ……さてさてお客様、今日はどのようなアレンジになさいますか? この前みたいに編みこんでみる?」
サシャ「ああ、いえ……今日は髪飾りを買いに行くので、あまり複雑な髪型だとちょっと」
ミーナ「そうなの? ならいつも通りの結い方でいいかな……っと」シュルッ
ユミル「いつもと一緒じゃ代わり映えしねえだろ。爆発させろ爆発」
ミーナ「そこが私の腕の見せどころです! あと爆発はさせません! ……それでサシャ、ヘアピンは持ってる? できれば使いたいんだけど」
サシャ「へあぴん……??」キョトン
ユミル「そいつは結ぶことしかしねえから持ってねえよ。……真ん中の机の上に置いてある、青色の紙箱の中に入ってるぞ。勝手に使え」
ミーナ「はいはい、ありがと。……ところでこれ、誰のなのかなー?」ニヤリ
ユミル「……知らん」ムスッ
ミーナ「サシャ、少し下向いてくれる? 髪の毛結っちゃうから」クイッ
サシャ「下ですね……こんな感じでいいですか?」ググッ
ミーナ「うん、大丈夫。――だいぶ梳いたけど、もしかしたら絡まって引っかかるかもしれないから痛い時は言ってね?」
サシャ「はーい、わかりました」
ミーナ「……それで、最近ライナーとはどうなの?」ボソッ
サシャ「へっ? ……ど、どうって、別に何も」ギクシャク
ミーナ「まったまたぁ、何か少しくらいあるでしょ? ――サシャの話、何でもいいから聞かせてほしいな」
サシャ「なんでもですか? うーん……あっ! そういえば昨日、ライナーに目隠しされました!」ポン
ユミル「なんだと?」ノソッ
ミーナ「わっ、びっくりした! ……目隠しって何? 目隠しされた後に何されたの?」
サシャ「その後は、ええっと……教官室の前から兵舎の裏まで連れて行かれました。無理やり」
ユミル「ほうほう……ほうほう! なるほどな! なるほどなるほど!」ズイッ
ミーナ「それでそれで? その次は?」ワクワクワクワク
サシャ「それだけです」
ユミル「……」
ミーナ「……それだけ?」
サシャ「それだけです。――でもライナーってすごいんですよ! 手が大きいから目隠ししたまま私のほっぺた摘めましたし、片手で私のこと抱えて走ったんです! 普通の人にはちょっと無理ですよね、これって!」キャッキャッ
ユミル「……」
ミーナ「……」
サシャ「……あれ? 二人ともどうしました?」キョトン
ユミル「目隠しされて、掻っ攫われて……それで、続きはないのか?」
サシャ「ありませんよ? その後は少しお話しして帰りましたし」
ミーナ「何の話!?」ズズイッ
サシャ「今日の待ち合わせについてです」
ユミル「……」
ミーナ「……」
ユミル(なんっで人気のない兵舎裏まで来て打ち合わせなんかしてんだよこいつら……色気もへったくれもねえな)チッ
ミーナ(そこまでしておいて事務的な連絡だけって……! ああもうじれったいなぁっ! もうちょっとこう何かあるじゃないっ!? 壁際に追い詰めてキスとか、誰も見てないのをいいことに抱きしめちゃうとかっ!)ソワソワ
ミーナ「……二人には、甘い会話が足りないよね」ハァ
ユミル「言えてるな。……食い気と実直が混じっても化学反応は起きないらしい。勉強になった」
サシャ「甘い?」キョトン
ミーナ「サシャももう少しそういうの意識したほうがいいよ? ……ほら、鏡持って? 自分の顔が見えるようにね」スッ
サシャ「はーい……この角度でいいですか?」ギュッ
ミーナ「うん、いい感じ。前髪整えたいからそのまま持っててね」シュッシュッ
サシャ「……ミーナは、すごいですよね」
ミーナ「? 何が?」シュッシュッ
サシャ「こういうのを簡単にできることがです。――私、この訓練所に来るまでずーっと狩りのことしかやってきませんでしたから……髪とか服に関しては未だに疎くって。クリスタやミーナがいなかったら、どうなってたかわからないです」
ユミル「お前、非常食用に蜂蜜の匂いのする香水買ってくるくらいだもんな。香水だから食えねえのに」
サシャ「だって私、香水って空腹を紛らわせるために嗅ぐものだと思ってたんですもん……」ムー...
ユミル「んな発想誰もしねえっての」
ミーナ「あはは、いいじゃない蜂蜜の匂いでも。……熊が一匹引っかかったみたいだし?」クスクス
ユミル「ただの変態ピュアゴリラだろあいつは」ケッ
ミーナ「サシャは私のことすごいって言うけどさ、私から見たサシャも充分すごいよ? 立体機動も上手いし、狩りなんて私には逆立ちしたってできっこないし。かっこよくて憧れちゃうな」シュルッ
サシャ「でも、立体機動はミカサやアニのほうがもっと上手ですよ? 狩りだってお父さんに比べたら全然――」
ミーナ「そんなこと言ったら、私のこれだって専門の人と比べたら全然だよ。しかもサシャみたいに誰かに技術を教わったわけじゃなくて、完全に素人の独学だしね。――はいできた! これでどう? いつも通りのポニーテールだけど」サッ
サシャ「……ポニーテールってこんなに綺麗にまとまるんですね。驚きました」ジーッ...
ミーナ「時間をかければなんとかね。……ねっ、私に任せてよかったでしょ?」
サシャ「はい、よかったです! ……ありがとうございます、ミーナ」
ミーナ「ふふっ、どういたしまして」
ユミル「ハンカチと財布は忘れんなよ。遅くまで出るなら上着も持ってけ」
サシャ「もちろんちゃんと持っていきますよ! お財布にー、ハンカチにー」ゴソゴソ...
サシャ「よしっ、準備出来ました! ――サシャ・ブラウス、いつでも行けます!」バッ!!
ミーナ「よろしいよろしい。……軍曹殿、如何です? 今日の仕上がり加減は」
ユミル「馬子にも衣装」
ミーナ「もう、素直じゃないなぁ」
ユミル「今は他人を褒める気分じゃねえんだよ。私に振るな」ペラッ
サシャ「……」
サシャ(久しぶりに出かけるので、浮かれてましたけど……クリスタとユミルが喧嘩中なんですよね)
サシャ(……私一人だけ、楽しんできてもいいんでしょうか)
サシャ「あの、ユミル……私、今日は出かけないほうがいいですか?」
ユミル「はぁ? ……なんで私に聞くんだ」
サシャ「え? ――それは、その……すみません」シュン
ミーナ「ああーっ! いけないサシャ、ヘアピン一本取り忘れてた! ちょっと廊下まできて!」グイッ
サシャ「わっ!? ……ヘアピンならここでも取れるんじゃ」
ミーナ「いいからいいから! ――じゃあねユミル、また後でね!」ガチャッ バタン
―― 女子寮廊下
ミーナ「駄目だよサシャ、あんな風にユミルに聞いたら」スタスタ...
サシャ「でも……クリスタとユミルが喧嘩してるのに、私だけ楽しんでくるのは――」
ミーナ「二人が喧嘩してるのとサシャのデートは別問題でしょ? 心配なのはわかるけどね、一緒くたに考えるのは違うと思うな。ユミルにしたら『ユミルのせいで楽しめなかった』って言われてるようなものだし、そっちのほうがユミルはもっと傷つくと思うよ?」
サシャ「……言われてみればそうですね。すみませんでした」シュン
ミーナ「まあ、いつも仲良しな二人が喧嘩すれば気になるのは当然だよね。……でも今日のところはさ、クリスタとユミルのことは私に任せてよ」
サシャ「ミーナに?」
ミーナ「うん! ――仲良しこよしに戻すのは難しいと思うけど、普通に会話するくらいにはしておくからさ。今日はライナーと一緒に楽しんでおいで? せっかくのデートなんだもん、ライナーだってサシャの笑った顔が見たいと思うよ?」
サシャ「……」
ミーナ「……? サシャ? どうしたの?」
サシャ「ミーナは……最初に、私がライナーと出かけるって言った時から協力してくれましたよね。髪のことも、服も……クリスタと一緒に色々教えてくれて」
サシャ「私、すごく嬉しくて……何も返せてないのに、今日も迷惑かけちゃって。それがすごく申し訳ないんです」
ミーナ「……いいんだよ、私はもう充分色々もらってるもの」ポン
ミーナ「私ね、ミカサやアニみたいに……すごい特技は何も持ってないからさ。だから、少しでもそういう人たちを応援したいだけなんだ」
ミーナ「さっきサシャは私がすごいって言ってくれたけど……私がすごいんじゃないんだよ。私の周りにいる人たちがみーんなすごいの。ただそれだけ。……ちなみに、すごい人の中にはサシャもちゃんと入ってるからね?」
サシャ「私も?」
ミーナ「もちろん! 今日のサシャ、すっごくかわいいよ。……頑張ってね」
サシャ「……! はい、頑張ります!」
―― しばらく後 女子寮 ユミルたちの部屋
ユミル「……」ペラッ
ミーナ「お邪魔しまーす」ガチャッ
ユミル「……なんだミーナ、そのまま帰ったんじゃなかったのか?」
ミーナ「ちょっと用事があってね。……隣座っていい? ちゃんと着替えてきたし」
ユミル「勝手にしろよ。私に許可取るな」
ミーナ「じゃあ勝手にします」ギュムッ
ユミル「……狭い。邪魔だどけろ」ギュウギュウ
ミーナ「ユミルが座っていいって言ったんじゃない。私は悪くないよ」
ユミル「……それで、私に何の用だ? それとも他人のベッドの寝心地でも確かめて見たくなったのか?」
ミーナ「ううん、お節介焼きにきただけ。同じ部屋の人には話しにくいこともあるんじゃないかなーって思って」
ユミル「……ばーか」
ミーナ「馬鹿ですよーだ」クスクス
ミーナ「ねえ、二人がなんで喧嘩したか当ててあげようか? ――ずばり、この前の山岳訓練のことでしょ!」
ユミル「……さあな」
ミーナ「やっぱりね。……大方、訓練中なのにいつもの調子でふざけちゃったんでしょ? 駄目だよ、クリスタはそういうところ真面目なんだから。公私はしっかり分けないと――」
ユミル「……? なあミーナ、お前そういや山岳訓練の時、何かの係やってたよな?」
ミーナ「うん、荷物の計量係やってたよ。ユミルは女子で二位だったよね? あの時は
ユミル「お前、今回の順位見て何かおかしいと思わなかったのか?」
ミーナ「? なんで?」キョトン
ユミル「……山岳訓練の前に貼りだされた中間成績は見たか?」
ミーナ「前……? 後じゃなくて? 前にも貼ってたの?」
ユミル「……いや、なんでもない」
ユミル(どうやらミーナは山岳訓練前の成績を見てなかったみたいだな。……口止めしなきゃならんと思ってたが、手間が省けた)
ユミル(これで、私の不正を知ってるのはクリスタとライナーだけか。――クリスタはともかく、ライナーが何も言ってこないってのはどういうわけだ? それともミーナみたいに気づいていないのか? 気づいた上で黙っていてくれるなら助かるが……まあ、一応後でライナーも口止めしておくか)
―― 同刻 訓練所の食堂
ミカサ「……エレンが来ない」グデーン
サシャ「ライナーが来ません……」ゴローン
アルミン「二人とも、机に突っ伏して行儀悪いよ? ちゃんと座ろう?」
ミカサ「お腹が空いて、力が出ない……」キュー
サシャ「あっ、ミカサのお腹の音かわいいですね。きゅーって聞こえましたよきゅーって」グー
ミカサ「聞いちゃだめ。……恥ずかしい」モジモジ
サシャ「駄目ですもう聞いちゃいましたー」ニヤニヤ
ミカサ「サシャのいじわる……」ムー...
アルミン「……仲いいね、二人とも」
ミカサ「! そう……そう! 私たちは仲がいい! とてもいい!」ガタッ
アルミン「立たなくてもわかったよ、わかったから。どうどうミカサ」
サシャ「アルミンも混ざります? 女の子二人に男の子一人ですけど」
アルミン「あはは、お誘いは嬉しいけど遠慮しとこうかな。二人の邪魔しちゃ悪いし」
ミカサ「……それにしても、遅い」ムスッ...
サシャ「ですよねぇ……何してるんでしょう、二人とも」
アルミン「班長会議が長引いてるんだろうね。固定砲の整備なら駐屯兵団も関わってくるし、そこの摺り合わせに時間がかかってるのかも。……ミカサ、朝のチラシもう一度見せてくれる?」
ミカサ「チラシは食べられない」
アルミン「食べないよ。出かける前に色々確認しておきたいんだ。もし道に迷ったら更に時間かかっちゃうからね」
ミカサ「そういうことならわかった。……これ」ピラッ
アルミン「ありがとう、見せてもらうよ」ガサガサ
サシャ「三角に折ったハンカチって、サンドイッチに見えません……?」ボンヤリ
ミカサ「食べてはだめ」
アルミン「あれ? ……ねえミカサ、このチラシちゃんと確認した?」
ミカサ「当然。予習もばっちりしておいたから、立体機動装置があれば訓練所から五分で店にたどり着ける。抜かりはない」
アルミン「立体機動装置はつけていっちゃ駄目だからね? ……その新しく開店した食堂でさ、何を食べるんだっけ」
サシャ「もちろんお肉です! お肉!」
アルミン「だよね。――でもさ、ここの隅っこに『肉料理の提供時間は正午まで。以降は通常メニューに切り替え』って書いてあるんだけど」
ミカサ「……なんと」
サシャ「今何時ですか!?」ガタッ
アルミン「さっき鐘が鳴ったからね。少なくとも正午は過ぎてるよ」
ミカサ「ということは……」
サシャ「私たち……お肉は食べられないってことですか……?」
アルミン「そういうことになるかな。残念ながら」
ミカサ「……エレンにお肉を食べさせてあげたかったのに」シュン
サシャ「そんなぁー……あんまりですよぉ……」ガクッ
ミカサ「……待って。そうなると……もしかしてお出かけは中止?」ハッ
サシャ「えっ!? それだけは困ります、なんとかなりませんかアルミン!!」ユサユサ
アルミン「僕に言われても……やめてやめて揺すらないでごめんごめん無理なものは無理だよ! 揺するのやめて!」ガックンガックン
ミカサ「ならばせめて……そうだ! サシャの行きつけの食堂に行けば――」ポン
アルミン「たぶん無理だと思うよ?」
サシャ「なんでさっきからそんないじわる言うんですかぁっ!!」バンッ!!
アルミン「いじわるじゃないよ。――ほら、この前トロスト区に大雪が降ったでしょ? みんなで雪かきしたの覚えてる?」
ミカサ「もちろん覚えている」
サシャ「雪合戦楽しかったですよねー」ホンワカ
アルミン「大雪だったのは内地も同じみたいでね。実はあの時、一時的に壁内の流通がほとんどストップしちゃったらしいんだ。中でも一番深刻な被害を受けたのが畜産業でね、道が塞がれたせいで餌が届かなくて餓死したり、屋根に積もった雪で押しつぶされた家畜がかなりいたみたいだよ」
サシャ「食べましょうよそのお肉!!」
アルミン「そういうお肉は衛生上の問題で市場に卸せないんだってさ。だから食べられないよ。――そういう事情もあってさ、今後は肉の流通に関しては締め付けがもっときつくなるらしいんだ。だから、今まで以上に自由にお肉が食べられなくなるみたいだよ?」
ミカサ「でも、あのお店は内地の知り合いの人から直接卸していると言っていた。ので、なんとかなるのでは――」
アルミン「だから、状況が変わったんだって。今まではそういうのも見逃されてて、個人のお店でもなんとか肉料理を出せてたんだけどね。これからは商会で一元管理されるみたいだよ」
ミカサ「……世界は残酷だ」ギリッ...
サシャ「家畜の安寧は虚偽の繁栄だったんですね……」ドンヨリ
アルミン「おーい、二人とも大丈夫? 混乱してない?」ブンブン
―― 同刻 男子寮 エレンたちの部屋
エレン「ああもう駐屯兵団の副隊長だかなんだか知らねえけど話が長いんだよ! ハンネスさんの与太話より長いってどういうことだ!」ヌギヌギ バサバサ
ライナー「暇すぎて他にやることないんじゃねえのかあいつら! ベルト、俺のベルトルトはどこだ!?」キョロキョロ
ベルトルト「逆だよライナー。ベルトは机の上に置いただろ? ベルトルトはここだよ、ここ」フリフリ
ライナー「今はそんな冗談聞いてる暇はないっ!」
ベルトルト「……君が言ったんじゃないか」イラッ
エレン「もう大分時間過ぎちまったな……でも約束は約束だ、きちんと守らねえとな!」
ライナー「そうだな、お前の言う通りだ! ――よしできた! 先に行ってるぞエレン!」ダッ
ベルトルト「待って待ってライナー待ってその服後ろと前が逆だよ! 逆!」グイグイグイグイ
ライナー「なんだと……!? くそっ、人が急いでる時に足引っ張りやがって服風情が……! ええいボタンが多いっ!!」プチプチッ
エレン「あああーっ!! ボタンが取れたぁーっ!」ポロン
ライナー「落ち着けエレン! ボタンなんて三分ありゃ縫え――」ビリッ
エレン「やばいやばいやばいやばいやばいやばい」オロオロ オロオロ
ライナー「…………」
ベルトルト「破けたね。袖のところ」
ライナー「……まだだ、まだ慌てる時間じゃない」スーハースーハー
ベルトルト「そろそろ正午から一時間経つねー」
ライナー「無責任に煽るのはやめろ! ――エレン、取り敢えず今は別の服にしろ。代えの服は持ってないのか?」
エレン「これしかない……」グスッ...
ライナー「これくらいで泣くなみっともないっ! ――ほら貸してみろ、ボタンくらい応急処置で縫ってやる! 糸の色が違っても文句言うなよ!」チクチク
エレン「流石だぜライナー……! こんな時でも頼りになるとは、やっぱりお前はみんなの兄貴だな!」キラキラキラキラ
ベルトルト「兄貴っていうかお母さん?」
エレン「ライナー母さん、ありがとう……!」キラキラキラキラ...
ライナー「お母さんって言うな! 気が散る!」チクチクチクチク
―― しばらく後 正午から一時間経過 訓練所の食堂
ミカサ「……来ない」ムスッ...
アルミン「来ないねぇ。……僕もお腹空いてきちゃった」キュ-
サシャ「どうしたんでしょうかねー……もしかして、このまま二人とも来なかったりして」
ミカサ「そんなことになったら、私は飢え死にしてしまう……」
アルミン「僕も、お腹と背中がくっついちゃうよ……」
サシャ「そうなったら立体機動に便利でいいじゃないですか……あ、ほらほら見て下さいよ二人とも、ハムサンドですよハムサンド」
ミカサ「……本当だ、ハムサンドだ」
アルミン「一点の汚れもない、純白のハムサンド……」
サシャ「どうです? おいしそうでしょう……?」
ミカサ「うん、……とってもおいしそう」ウフフ
アルミン「あれー……? ハムサンドって真っ白だったっけ……?」アハハ
サシャ「なーに言ってるんですかアルミンってば、真っ白に決まってるじゃないですかぁ……」ウヘヘ
エレン「悪いミカサ、アルミン! 遅くなった!」バタバタ
ミカサ「……」スネスネ
アルミン「……」スネスネ
サシャ「……」スネスネ
エレン「……何やってんだお前ら」
ミカサ「ハムサンド」
アルミン「食べたいなって」
サシャ「お腹が空きました」グー
エレン「? ?? は、ハムサンド……? ハムサンドが食いたいのか? 肉を食いに行くんじゃなかったのかよ」
アルミン「家畜の安寧」
サシャ「虚偽の繁栄」
ミカサ「世界は残酷だ……」
エレン「……わかった、俺が悪かったから。せめてわかる言葉で話してくれよ、頼む」
エレン「……なるほどな。つまり今から街に出ても、もう肉は食えねえのか」
ミカサ「ごめんなさい、私が事前にしっかり確認しておけばよかった。……ぬか喜びさせてしまった」シュン
エレン「まあ、そんなうまい話なんかそう簡単に転がってねえよな。――それで、代わりにどこに行くんだ? もう決めてあるのか?」
ミカサ「……え?」
アルミン「どこかに行くの?」
エレン「当たり前だろ? そもそもここに来る前にお前らの分の外出許可も取ってきちまったしな、出かけないと格好がつかねえよ。……それともお前ら、腹減ってねえのか?」
ミカサ「空いた」グー
アルミン「死んじゃう」キューキュー
エレン「だろ? ……俺も減った」グーキュルルルル...
アルミン「……はは、エレンってば大きいよ。お腹の音」
ミカサ「私たちより大きい」クスクス
エレン「こ、これは……昼に肉食えるって聞いたから朝は加減したんだよ! ……ああもう笑うな!」プンスカ
エレン「ていうか、そんなに腹減ったんなら先に食っててもよかったんだぞ? ミカサはともかく、アルミンまでなんで律儀に待ってんだよ」
アルミン「だって約束したじゃないか。三人で食べに行くって……ねえミカサ?」
ミカサ「約束は守らなければいけない。……それに、お母さんが言っていた。ごはんは一人では食べてはだめだって」
ミカサ「私たちが先に食べてしまったら、エレンは一人になってしまう。それはよくないこと」
エレン「……はぁ、わかったよ。――ほらアルミン、お前の上着」ポイ
アルミン「わっ! ……えっ、上着? なんで?」
エレン「最近暖かくなってきたけど夕方はまだ冷えるからな。門限まで遊ぶなら必要だろ?」
ミカサ「……遊ぶの?」
エレン「もうこんな機会なんて滅多にないんだ。メシはその辺で食って、久しぶりに三人で遊ぼうぜ? まだ準備が終わってないなら待ってるからよ」
ミカサ「準備はできてる。……でも」チラッ
サシャ「私のことは気にしなくていいですよ、ミカサ。――エレン、ライナーはあと少しで来るんですよね?」
エレン「ああ、今は裁縫箱片付けてる。もうすぐ来ると思うぞ」
サシャ「だったら大丈夫です。――三人とも、楽しんできてくださいね? いってらっしゃい」フリフリ
エレン「すまねえなサシャ……俺がボタンをちぎったせいで、ライナーに余計な負担を……!」ギリッ...
サシャ「はい? ボタン……??」
ミカサ「エレン、またボタンをちぎったの? ――見せて、直してあげる」グイッ
エレン「それくらいいいって、もうライナーに直してもらったからな。応急処置だけど」
アルミン「ライナーって裁縫もできるの?」
ミカサ「ライナー……恐ろしい子……!」ピシャーン
エレン「ほら、こんなところで遊んでないで行くぞ! ――じゃあサシャ、またな」スタスタ...
アルミン「また後でね、サシャ」
ミカサ「行ってきます」フリフリ
サシャ「はーい、いってらっしゃーい!」ブンブン
―― 五分後 訓練所の食堂
サシャ「来ないじゃないですかぁー……エレンの嘘つきぃー……」イジイジ
サシャ(でも、おかしいですね……人を待つのって、こんなにヤキモキすることでしたっけ? 前はもうちょっと、私の側にも余裕があったと思うんですが)
サシャ(そういえば……二人で出かける時、私が待つ側になったことってないんですよね。いつもなんだかんだ言って、先にライナーが来ちゃってますから)
サシャ(なんだか緊張しますね……私、髪型負けしてないでしょうか)ソワソワ
サシャ(いえ、髪も服もミーナとユミルが見てくれましたし大丈夫……あっ、顔!)ペタペタ
サシャ(食べかすとかついてませんよね!? 大丈夫ですよね!? ええっと、手鏡手鏡……)ゴソゴソ...
サシャ「あった! ……あっ!」カチャンッ コロコロ...
サシャ(鏡が転がって……ああっ、廊下まで!)ガタッ
サシャ「もう、鏡のくせにやんちゃですねぇ……よいしょっと」ヒョイ
サシャ(うーん、傷とかついてませんよね……? ぱっと見ただけじゃわかりにくいです……)ジーッ...
サシャ(あっ、隙間に埃が詰まってる……ついでに取っちゃいましょう)ポイポイ
サシャ(中の鏡は……よし、割れてませんね。大丈夫です)パカッ
サシャ(顔も……髪も大丈夫ですね。鏡はよしっと)パチンッ
「こら、スカートで屈むんじゃない。裾が汚れるだろ」ヒョイッ
サシャ「わっ? ……っと」ストンッ
ライナー「ただでさえ丈の長いスカートはいてるんだ。訓練所はともかく、外に出たら気をつけろよ? ……ほら見ろ、少し引きずって歩いたせいで汚れになってる」
サシャ「えっ? えっ? どこですか? 見えないんですけど……」クルクル
ライナー「ちょっと待てよ、今払ってやるから。……こら、動くな」
サシャ「……」ピタッ
ライナー「そのままだ、動くなよ」ペシペシ
サシャ「……あの」
ライナー「なんだ? ……ん? こっち側もか。どれどれ」グイッ
サシャ「いえ、そうじゃなくて……遅かったですね、ライナー」
ライナー「すまんな、用事があって大分遅れた。かなり待っただろ?」
サシャ「………………い、今来たところです」ギクシャク
ライナー「嘘つけ。……ついさっき、そこでミカサとアルミンを連れたエレンに会ったぞ」
サシャ「……そうですか」
ライナー「よし、綺麗になったな。……もう動いてもいい」
サシャ「……ありがとうございました」ペコッ
ライナー「どういたしまして。―― あー……やっぱり怒ってるよな? 一時間も待たせちまったし」ポリポリ
サシャ「怒るだなんて……私は、ただの班員の一人で……ライナーは班長なんですから。時間がかかることくらいわかってます」
ライナー「……」
サシャ「……わかってますよ?」
ライナー「……あのな? お前は待たされたほうなんだから、文句の一つや二つくらいは言ってもいいんだぞ? こういう時までいい子ぶらなくたっていい」
サシャ「文句なんて、そんな……」
ライナー「……」
サシャ「……」イジイジ
ライナー「それなら言い方を変えるか? ――待っててくれたんだろ? 俺のこと」
サシャ「! ……それは、そう、なんですけど」
ライナー「けど?」
サシャ「えっと、そのぅ……」モジモジ
ライナー「……」
サシャ「……待ちました。とっても」
ライナー「だよな。悪かった」
サシャ「…………さみしかったです」
ライナー「すまんな、俺もできるだけ急いだんだが……自分じゃどうしようもできんことが重なっちまったんだ。――ところでお前、もうメシは食べて」
サシャ「……」グーキュルルルル...
ライナー「……なかったのか」
サシャ「だって一緒にごはん食べに行く約束してたじゃないですか」
ライナー「それにしたって、こんな誘惑の多いところでよく我慢できたな。偉いぞサシャ」ポン
サシャ「ハンカチがハムサンドに見えましたけど、まあなんとか」エヘヘ
ライナー「……食ってねえよな?」
サシャ「いくら私でも食べませんよ!」ムー...
ライナー「ははは、悪い。……そうかそうか、遂にお預けを覚えたか」ニヤニヤ
ライナー「さてと。……新しい店とやらは、正午までだからもう間に合わねえよな」
サシャ「えっ? 正午までって知ってたんですか?」
ライナー「チラシ見せられた後に少し調べたんだ。……それで、今からでいいなら出るか? 新しく開いた店にはもう行けないが、他の店ならなんとか――」
サシャ「! 行きたいです!」
ライナー「わかった。――ここでもう少し待ってろ、外出許可まとめて取ってくる」
サシャ「いえ、私も一緒に行きます! もう準備出来てますし!」ピョン
ライナー「そうか? ……まあ、二人がかりで外出届書けば時間は半分になるからな。急ぐか」
サシャ「それなら教官室まで競争しましょう! ――というわけでよーいどんっ!」ダッ
ライナー「あっ……こら、廊下を走るな! 待てって!」ダッ
サシャ「へへっ、待ちませんよーだ!」タッタッタッ
ライナー「……ったく、相変わらず元気だな。あいつは」ハァ
ライナー(しかし、まさかここまで時間がかかるとは……訓練所を待ち合わせ場所にしておいてよかったな)ホッ
―― 訓練所の外 移動中
サシャ「結構街に出てる人多いんですね。外出届がちょっとした山になってましたよ」スタスタ...
ライナー「実質、訓練所での最後の休みだからな。普段出かけない奴もみんな出払ってるんだろ。……ところで」チラッ
サシャ「はい? なんですか?」
ライナー「今日の髪は……いつもと同じ髪型なのに感じが違うな。それは自分で結ったのか?」ジロジロ
サシャ「いえ、ミーナに梳いてもらったんですよ。……どうですか? 変わってます?」クルクルッ
ライナー「ああ。……綺麗だ」
サシャ「……」ピタッ
ライナー「しかし、梳き方一つでここまで変わるとは……男にはわからん世界だな。それだけ長いと手入れも大変なんだろ? 何か特別なことでもやってるのか?」
サシャ「……」プイッ
ライナー「? どうした?」ジロッ
サシャ「わっわっわっ……み、見ないでくださいよぅ……///」アタフタ
ライナー「おいサシャ、お前……耳が真っ赤だぞ? 寒いのか? 風邪でも引いたんじゃ――」ムニッ
サシャ「ひゃっ!?」ビクッ
ライナー「冷たくはないか……まあ、まだ訓練所出たばっかりだしな。冷えるにはまだ早いか」ムニムニ
サシャ「み、みみみみみみ耳……っ! 耳、くすぐったいんですけど……っ!」
ライナー「おっとすまん。……それで、その顔はどうした? 何を恥ずかしがってるんだ?」ジーッ...
サシャ「だ……だって、だって! ライナーが、いきなり変なこと言うからっ……!///」
ライナー「俺が? ……何か言ったか?」
サシャ「言いましたよっ! ――『かわいい』は、ミカサやクリスタやミーナがたまに言ってくれますけど、……でも」
ライナー「でも?」
サシャ「……き、綺麗、だなんて……そんなの、生まれて初めて言われた、かも、しれません……」
ライナー「……」
サシャ「…………///」モジモジ
ライナー「……お前、やっぱりかわいいな」
サシャ「へっ? ……ちょっと待って下さいよ、綺麗はどこに行ったんです? もしかして消えちゃったんですか?」
ライナー「さあな、知らん。――ほら、さっさと行くぞ、時間がなくなっちまう」スタスタ...
今日はここまで ここまででお話の半分です あと2回くらいかかります
取り敢えず次回はイチャイチャとニヤニヤばかり のはず
>>73 検討しておきますね! しかし本編のどの辺りの話にしたらいいのやら……
―― トロスト区 中心部 露店通り
サシャ「ふおおおーっ……! 屋台がいっぱい……!」キョロキョロ
ライナー「店に入ると料理を待ってる間に時間が潰れちまうからな。今日はここで食べ歩きだ。こういうのもたまにはいいだろ?」
サシャ「」コクコクコクコク
ライナー「首取れるぞ。少し落ち着け」
サシャ「こんなの見せられたら落ち着いてられませんよ! うわぁ、何から食べようかなぁ……!」ワクワク
ライナー「好きなもん好きなだけ食え。……おっと、忘れてたな」スッ
サシャ「……? 手?」
ライナー「はぐれたら困るだろ? しっかり握っとけ」
サシャ「……えと、じゃあ失礼しますっ」ギュッ
ライナー「ああ、勝手に離すなよ? ――それで、何か食いたいもんは」
サシャ「お肉!」
ライナー「だよな。少し歩くか」スタスタ...
サシャ「これだけ屋台がたくさん並んでると目移りしちゃいますね……! ――ところで、ライナーは何か食べたいものないんですか?」
ライナー「俺か? ……いや、特にないな。なんでも食うぞ」
サシャ「じゃあ、逆に食べたくないものとかあります? 『これだけはやめてほしい』っていうの」
ライナー「それもない。――俺に気は遣わんでいいぞ、サシャ。お前の好きなもん食えよ」
サシャ「そう言われましても……このままだとどれも選べそうにないんですよね。全部が全部おいしそうに見えちゃって」エヘヘ
ライナー「そうか、それなら……昼飯の代わりに食うもんだから、甘ったるいのは避けてもらえるか? あと、できれば量は多めのほうがいい」
サシャ「ふむふむ……甘くなくて、量が多めのですね! わかりました!」キョロキョロ
サシャ(……そういえば、ミーナが言ってましたね。私とライナーの間には甘い会話が足りないって)
サシャ(甘い会話……甘い、甘い……甘いもの……?)モンモン
サシャ「……」
ライナー「飯時も過ぎたってのに、ここは人の通りが多いんだな。……案外、他の訓練兵もその辺にいるんじゃないか? エレンやアルミンたちとばったり出くわすかもしれんぞ?」ハハハ
サシャ「……水飴」ボソッ
ライナー「は?」
サシャ「えと……クッキーに、チョコレートに、パウンドケーキ……?」ブツブツ...
ライナー「……」
サシャ「……」
ライナー「食いたいのか?」
サシャ「……」ブンブン
ライナー「サシャ?」
サシャ「……なんでもありません」
サシャ(今のって甘い会話には入らないんでしょうか……? うーん、難しいですね。私にはよくわからない世界です……)シュン
ライナー(どういうことだ……? 本当は肉じゃなくて甘いもんが食いたかったのか?)
ライナー(聞かれたからとはいえ、余計なことは言わんほうがよかったな。さっさと肉食って甘いもんでも探すか)ウーン...
ライナー「それにしても、さっきから肉の屋台が一軒も見当たらないな。気づかないうちに通りすぎたか?」キョロキョロ
サシャ「もしかすると、お肉の屋台自体がないのかもしれませんね。さっきアルミンから聞いたんですけど、トロスト区のお肉って偉い人が全部牛耳ってるらしいんですよ。ずるいですよね」ムー...
ライナー「……トロスト区の中で流通している肉の量を、商会がまとめて管理してるのか?」
サシャ「そうですそれです! だから、こういう露店にはお肉が回ってこないのかもしれませんね。……残念です」シュン
ライナー「……いや、そうでもないらしいぞ? あそこの角見えるか? 黄土色の天幕が張ってある店だ」
サシャ「角ですか? ……あっ!」
ライナー「鶏の串焼きなんてはじめて見たな。少し値が張るが食ってみるか? 他に肉の屋台があるかどうかわからねえし、それに――」
サシャ「食べます食べます! 私買ってきますね!」パッ タッタッタッ...
ライナー「あっ……! おいこら、手を離すな! この人混みで走るんじゃない!」ダッ
サシャ「大丈夫ですよ、ちょっとそこまでなんですから――わっ!?」ガッ
ライナー「!」ガシッ
サシャ(び、びっくりしたぁ……! 顔から転ぶところでした……)ドキドキ
ライナー「……ったく、少し油断したらこれだもんな。お前は」ハァ
サシャ「あ、あはは……」
ライナー「楽しみなのはわかったから走るな。足元と周りはちゃんと見ろ。屋台は逃げないから歩いていけ」クドクド
サシャ「……屋台は逃げませんけど、食べ物は逃げちゃうじゃないですか」ボソッ
ライナー「串に足は生えてない」
サシャ「そりゃあもちろん生えてませんよ? でもモタモタしてたら目の前で売り切れちゃうことだってあるでしょう?」
ライナー「……なるほどな。つまりお前は、慌てて走ってぶっ転んで怪我して肉を食えなくなる方がよっぽどいいと」
サシャ「……それは嫌です」
ライナー「だろ? ……何か言うことあるよな?」
サシャ「……走ってすみませんでした」ションボリ
ライナー「わかればいい。……それじゃ2本、頼んでいいか? 味や種類はお前に任せる。俺は二人で座れるところを探しておこう」チャリン
サシャ「おつかいですね! わかりました、おまかせください! ……ところで」
ライナー「ん? どうした?」
サシャ「手、離してくれます? 支えてもらったのはありがたいんですけど、その……腰に手を回されるのは、恥ずかしいというか」モジモジ
ライナー「腰? ……!」パッ
サシャ「わっ……ととっ」ヨロッ
ライナー「わざとじゃないぞ? ……わざとじゃないんだ、わかるよな?」
サシャ「わかってますよ、大丈夫です。――それじゃあ行ってきますね! いいところ探して置いてくださいよー!」タッタッタッ
ライナー「……」
ライナー(昨日担いだ時も思ったが、腰細っせぇな……あと柔らか……)ハッ
ライナー(違う違う違う! 何考えてんだ俺は! そうじゃねえだろ!)ブンブン
ライナー(しっかりしろ、浮かれてる場合じゃない……今日は他にやることがあるんだ。こんな心構えで臨むわけにはいかん)
ライナー(……けどあいつ、全然動揺してなかったな。俺だけ一人で慌てて馬鹿みてぇだ)ハァ
サシャ(うわぁ、びっくりしたぁ……ううっ、まだ顔が熱いです)パタパタ
サシャ(見られてないですよね? 不審に思われてないといいんですけど……)チラッ
サシャ(……よし、気づかれてないみたいですね。早くお肉買ってライナーのところに戻りましょう)
サシャ(それにしても、2本も食べるんですか……ということは、私の分も合わせて4本でいいんですかね。お金多く持ってきてよかったです)ゴソゴソ
サシャ(というか、4本も持ちきれるんでしょうか……結構お肉大きいですし、量もありますよね。袋とかあればいいんですけど)ウーン...
サシャ「あのー……すみません、この鶏の串焼きっていうの4本もらえますか? 種類とか味はおまかせで」
店員「はいよ、串焼き4つね」ジュー...
サシャ「……」ジュルリ
サシャ(……おっと、いけませんいけません! 涎垂らしてるところなんか見られたらまた子ども扱いされちゃいますからね、しっかりしないと)グッ
店員「お嬢さん、一人で4本も食うのかい? 見た目によらず大食いだね」
サシャ「いえ、二人で2本ずつ食べるんです。……まあよく食べるのはその通りなんですけど」エヘヘ
店員「ほい、串焼き4つだ。代金はそこの箱に入れておいてくれ。釣りが欲しいなら勝手に持って行きな」
サシャ「はーい……ええっと、4本だからー、代金は4をかけてっと……」チャリンチャリン
店員「タレが顔や手につきやすいから、食う時は注意してくれよ? ……それと、そこのそいつにもな」
サシャ「はい? そいつ? ……誰もいませんけど」クルッ
店員「違う違う、下だよ下」
サシャ「下……?」
犬「」ヘッヘッヘッヘッ
サシャ「……犬?」キョトン
店員「運が悪かったな、お嬢さん。そいつに目ぇつけられたら、手に持ってるもんやらねえと一生離れねえぞ?」
サシャ「ええっ!? ……ということは、この串焼きをこの子にあげないと」
店員「家までついてくる」
サシャ「」
ライナー(昨日はあのままベルトルトに寝かしつけられちまったからな……今朝もあいつに付き合わされたし、その後はすぐ打ち合わせや会議で考える暇がなかった)
ライナー(ぶっつけ本番は避けたかったんだがなぁ……さて、どう切り出したもんか)ウーン...
ライナー(今日の「いつ」話すかは置いといて……やはり問題は、「どこまで話すか」だよな)
ライナー(何もかも全部話しちまったら、壁内に置いていくという選択肢がなくなる……最悪の場合、アニが言った通り力尽くにでも連れ去るしかない)
ライナー(壁を壊した後、サシャを連れ去る余裕があるといいんだが……どうだろうな。こればっかりはやってみないとわからないか)
ライナー(ある程度話す……となると、どこまで話していいものなんだ? トロスト区の壁を破壊する計画は当然話せない、が……黙ってたら怒るだろうな、サシャは)
ライナー(いっそのこと、何も話さず連れて行くか? ……だが、いつまでも隠し通すってのは無理がある。いずれは打ち明けることになるだろうな)
ライナー「……」
ライナー(駄目だ、何を選んでも悪い未来しか見えん……! どうしろってんだよ! どれを選べばいいんだ!? いっそのこと鉛筆転がして決めちまうか!?)ウダウダ
ライナー(だが……どう転ぶにしたって、無理矢理ってのは避けたいところだな。嫌がるあいつを連れて行っても……そりゃただの自己満足でしかない)
ライナー「……困ったな、どうしたもんか」ハァ
サシャ「私も困ってます……」
ライナー「! サシャ、戻ってきてたのか? 遅かった……な…………?」
犬「」ヘッヘッヘッヘッ
サシャ「なんとかしてくださいぃぃ……」ションボリ
ライナー「…………」
ライナー「まあ、色々聞きたいことはあるんだが……その犬、どこから連れてきた? 首輪もつけてないし野良犬だろ?」
サシャ「勝手についてきたんですよ! 私のせいじゃありません……」シュン
ライナー「勝手にって……お前、こいつに仲間だと思われたんじゃないか? 顔もどことなく似てるよな」ハハハ
サシャ「……そうなんですか? あなた、私のこと仲間だと思ってついてきたんですか?」チラッ
犬「?」ハッハッハッハッ
サシャ「うぅー……とぼけた顔しても誤魔化されませんからね! ちゃんと答えてください!」ガミガミ
ライナー「犬が答えられるわけないだろ……そもそもなんで4本も買ってきたんだ? 店で眺めてたら食いたくなっちまったのか?」
サシャ「だってライナーが2本分のお金渡したんじゃないですか! 私だって2本食べたいですよ、一人だけ多く食べてずるいですっ!」
ライナー「……あのなぁ、それは一人分じゃなくて二人分の金だ」
サシャ「へ? ……そ、そうだったんですか、私てっきり――」
犬「」ピョン
サシャ「っとぉっ! ――あ、危ないところでした」ドキドキ
ライナー「完全に狙われてるな……一本くらいやっちまったらどうだ? そいつを避けながら食うのは無理だろ?」
サシャ「ダメですよせっかく買ってきたんですから! ――あっ、そうだ!」ヒョイ
サシャ「ほ、ほら! ネギですよネギ! ネギは嫌いでしょう!? ネギ食べたらお腹壊しちゃいますもんね、好き嫌いしちゃ駄目ですよ!! お残しは許しませんっ!!」プンスカ
ライナー「犬に怒ってどうする」
犬「」ピョン
サシャ「わぁーっ!? そっちじゃありませんってばー!」タタタッ
ライナー「言ってわかる奴ならはじめからついてこねぇだろ……どれ、一本もらうぞ」ヒョイ
サシャ「あぁっ! ……それ、その子にあげちゃうんですか?」
ライナー「他に方法があるか? 興奮した犬に噛みつかれるよりはよっぽどマシだろ?」ジロッ
犬「?」ヘッヘッヘッヘッ
ライナー「おい、これが欲しいんだよな? くれてやるからさっさと帰れ。なっ?」
犬「……」ジーッ...
ライナー「いらねえなら俺が食っちまうぞー?」ブンブン
ライナー(そういえば、子どもと話す時は目線を合わせたほうがよかったんだよな? 犬の場合はどうなんだ? 少し屈んだほうがいいのか……?)スッ...
サシャ「! ライナー、ダメですよ! 野良犬と目線合わせちゃ――」
犬「わんっ!」ガブッ
ライナー「い゛っ!?」
サシャ「あっ!」
犬「」タッタッタッ...
ライナー(痛ってぇぇ……! あの犬、思いっきり噛みやがった……!)ジンジンジンジン...
サシャ「ああ、やっぱり……! ライナー、手は大丈夫ですか? もしかして噛まれたんじゃ――」オロオロ
ライナー「い、いや……少し引っかかれただけだ。なんともない」サッ
サシャ「! 血が出てるじゃないですか!」グイッ
ライナー「平気だって。これくらいツバつけときゃ治る」
サシャ「治るわけないでしょう! このままほっといて破傷風にでもなったらどうするんです? ――ちょっと待ってて下さい、お水もらってきますから!」スクッ
ライナー「おい、何もそこまでしなくても――」
サシャ「はい串持って!」サッ
ライナー「お、おう」
サシャ「それではサシャ・ブラウス、水の確保に行ってまいります!」バッ!! タタタッ
ライナー「あっ、おい待てサシャ! ……ダメだ、行っちまった」
ライナー(もう姿が見えなくなっちまったな……なんであいつ、こういう時は足が速いんだ? ……ん?)チラッ
犬「」ヘッヘッヘッヘッ
ライナー「……お前のせいで余計に時間が潰れちまったじゃねえか。どうしてくれる」
犬「?」ヘッヘッヘッヘッ
ライナー「んな顔してももうやらねえよ、あっち行け。人の邪魔するな」シッシッ
犬「」トテトテ...
ライナー「行ったか。……さて」
ライナー(怪我はしないように気をつけてたんだが、最後の最後に油断したな。やっちまった……)ハァ
ライナー(今のうちに治して、さっきのは気のせいだって言い張るか? ……いや、この人通りじゃ無理だな。赤の他人に蒸気を見られたら洒落にならない)
ライナー(技巧……は、なんとかなるよな。対人格闘もキツいができなくはない。座学は手を使わないからいいとして……問題は立体機動か)
ライナー(帰ったら傷を塞いで、上から包帯でも巻いて誤魔化しておくか。……ああ、またベルトルトに叱られるな)
―― しばらく後
サシャ「ハンカチを巻いて……これでよしっと。訓練所に帰ったら医務室行ってくださいね、約束ですよ?」ギュッ
ライナー「ああ、わかった。……返すもんが増えちまったな」
サシャ「いいですってこれくらい。それに血の汚れって洗っても落ちませんから、帰ったらハンカチは捨てちゃってもいいですよ。――さあ、お肉食べましょっか! ライナーはどれ食べます? 全部種類が違うみたいですけど」ワクワク
ライナー「どれでも構わん……って言ったら困るか。ほら」スッ
サシャ「……? 2本?」
ライナー「俺は1本でいいから、お前が2本食え。――すまんな、作りたてだったのに手当てしてるうちに冷めちまった」
サシャ「いえいえ、お肉が食べられるだけ儲けものですよ! それじゃあいただきまーす!」ガブッ
ライナー「いただきます。……服にこぼすなよ? 染みになったら洗濯が面倒だからな」ガブ
サシャ「そんなもったいないことしませんよー」モグモグ
サシャ「ああー……おいひぃぃ……」トローン...
サシャ(この塩っけがある味は、訓練所じゃ絶対に食べられませんよね! 甘くないし量もありますから、これならきっとライナーも満足――)チラッ
ライナー「……」モグモグ
ライナー「…………」ハァ
サシャ(……あれ? どうしたんでしょう、元気ないですね……)ジーッ...
サシャ「あの……お肉おいしくありませんでした? 私のと交換します?」
ライナー「ん? ――いや、そんなことないぞ? 普通にうまい」モグモグ
サシャ「それじゃあ……えーっと、手が痛いんですか? 血は止まったみたいですけど」
ライナー「そりゃ少しはな。軽くとはいえ犬に噛ま……引っかかれたんだ。何事もなかったかのようにってのはちょっと無理だろ」
サシャ「……あの、さっきはすみませんでした。私がさっさとあの子にお肉あげてればよかったんですよね。――そしたらライナーが怪我しなくても済んだのに」シュン
ライナー「いや、謝らんでいい。……よくよく考えたら、お前が他人に食い物分けてやれるはずねえよな」
サシャ「考えるだけでゾッとします!」キリッ
ライナー「ああ、知ってる」モグモグ
サシャ「あっ、でも……ライナーもさっきはちょっと迂闊でしたよ? 野生の動物とあんなに長く目を合わせるなんて自殺行為です。今度から気をつけてくださいね?」
ライナー「……? 犬と目を合わせるとまずいのか?」
サシャ「大抵の動物は目を合わせると『喧嘩を売られてる』って思っちゃうんですよ。ペットの躾をするならむしろ必要な行為なんですけどね」
ライナー「……なるほど、躾か」
サシャ「ですから、訓練所にはじめて来た時は戸惑ったんですよ。今まで目線を合わせちゃいけない相手とばかり接してきましたから、目を合わせて人と話すってことにどうしても慣れなくて……でも今はなんとか、誰とでもお話できるようになったんですけ……ど…………」
ライナー「……」ジーッ...
サシャ「……? なんですか? 私の顔に何かついてます?」ペタペタ
ライナー「いや、何もついてない」
サシャ「それならどうして私の顔見てるんです? 恥ずかしいんですけど……」
ライナー「……」ジロジロ
サシャ「う、ううーっ……見るのやめてくださいってばぁ……」モジモジ
サシャ「……///」プイ
ライナー「よし、俺の勝ちだな」ニヤリ
サシャ「へっ? ……今のって勝負だったんですか?」
ライナー「なんだ、躾のほうがよかったのか?」ニヤニヤ
サシャ「……」ムー...
サシャ(こっちは真面目に反省して、真剣に心配してたのに……完全に遊ばれちゃってるじゃないですか。なんだか悔しいです)ムスッ...
ライナー「ごちそうさんでした、っと……珍しい味だったな。うまかった」
サシャ「え? ごちそうさまって……もう食べちゃったんですか? 早くありません?」
ライナー「そりゃ俺は1本だったからな。お前はゆっくり食えよ、時間は気にしなくていい。無理にがっつこうとするんじゃないぞ?」
サシャ「」ピタッ
ライナー「……しなくていいからな?」
サシャ「ふぁーい……」モグモグ
サシャ(そう言われましても、私一人だけ多く食べるってのはどうも落ち着かないんですよねー……あっ、そうだ)
サシャ「ライナー、もうお腹いっぱいだったりします? まだ平気ですか?」
ライナー「ああ、平気だ。もう何軒かは回れるぞ」
サシャ「じゃあ……これどうぞ。こっちの串焼きはまだ手をつけてませんから」スッ
ライナー「どうぞって……なんだ、もしかして食い切れねえのか? だから4本じゃなくて2本にしろって――」
サシャ「違います、食べられますよ! ……そうじゃなくて、二人で半分こしませんか? その串焼き」
ライナー「……お前、2本食いたいんじゃなかったのか?」
サシャ「2本食べたいから買ってきたわけじゃないですよ。ライナーが2本食べるから、私も同じく2本にしたんです。そこまでこだわりはありません」
ライナー「まあ、俺としちゃ半分でも食えるならありがたいが……本当にいいのか? もらっちまっても」
サシャ「全部はあげませんよ半分ですからね全部食べたら本気で怒りますからね半分ですよ半分半分はんぶんはんぶん!!」ユサユサ
ライナー「わかったわかったわかった。……じゃあ、いただきます」ガブ
サシャ「……」ジーッ...
ライナー「見張ってないでお前も食え」
サシャ「そうですね、それじゃあ見張りながら食べます」ジーッ... モグモグ
ライナー(……食いづれぇな)モグモグ
サシャ「ごちそうさまでしたー! いやー、おいしかったですね! 最初の店から大当たりとは幸先がいいです!」ニマニマ
ライナー「幸先いいのは構わんが、顔がめでたいことになってるぞ? 移動する前になんとかしとけよ、それ」
サシャ「えっ? まさかそんな……」ゴソゴソ... パカッ
サシャ「…………確かにめでたいですね」
ライナー「だろ?」
サシャ(このままの顔で歩き回るわけにはいきませんよね。ええっと、ハンカチハンカチ……)ゴソゴソ...
サシャ「……あれ?」
ライナー「どうした? 財布でも落としたか?」
サシャ「いえ、ちょっと…………あれー……?」ゴソゴソ...
サシャ(おかしいですね、出かける前にきちんと入れてきたはずなのに……どこに行ったんでしょう、私のハンカチ……は…………)チラッ
ライナー(結構深く噛まれたが、これくらいの傷なら一晩あればなんとか塞がるよな。しかし、数日分の包帯を一体どこから調達するか……)ウーン...
サシャ「……」
ライナー「どうだ、探しものは見つかったか?」
サシャ「……ええ、まあ、ありました」
ライナー「そうか、ならよかった。――そういう物の管理は日頃からきちんとやっておけよ? いざって時に必要なもんがないと困るのは自分だからな」
サシャ「そうですね、今まさに困ってます。……ものすごく」
ライナー「? どういうことだ? 探しものはあったんじゃないのか?」
サシャ「……それ、探してたんです。実は」
ライナー「それって…………あっ」
サシャ「今回は、その……一枚しか持ってきてなくてですね、いつもは二、三枚準備してるんですけど……」
ライナー「……もしかして、他に顔拭くもんないのか?」
サシャ「…………はい」シュン
ライナー「そういうことは早く言えって……ほら、顔こっち向けろ」グイッ
サシャ「へ?」
ライナー「拭いてやる」
サシャ「拭いてやるって……えぇっ!? い、いいですよそんな! 貸してもらえたら自分でやれますからっ!!」ジタバタ
ライナー「その小さい手鏡じゃよく見えねえだろ? 遠慮するな」
サシャ「別に遠慮なんかしてないですって、平気ですからっ……!」
ライナー「なら、これはさっき手当てしてもらった礼だ。ありがたくやられとけ」
サシャ「……変なとこ拭かないでくださいね」
ライナー「んなことするか。……どれどれ」フキフキ
サシャ「……」モジモジ
サシャ(は、恥ずかしい……! しかも、顔が……顔が近いです……っ! いや近いのは別にいいんですけどでも結局子ども扱いされてますしなんか色々台無しになってるような)ソワソワ
ライナー「全く、お前は……いつまでも手がかかって、仕方ねえ奴だなぁ」ニヤニヤ
サシャ「……そう言う割には満更でもなさそうですけど?」
ライナー「生意気言う口はこれか?」グニュン
サシャ「ふぎゅっ!?」
ライナー「口周りは特に念入りに拭いとかねえとなー」ゴッシゴッシ
ライナー「よし、綺麗になった。――完璧だ」ドヤァ
サシャ「……どうもありがとうございまふ」ヒリヒリ
ライナー「さて、あまりのんびりもしてられないな。次の店に行くか?」
サシャ「そうですね、行きましょっか! 次は何食べます?」
ライナー「次は、そうだな……手と顔が汚れにくくて、簡単に食べられるようなものにするか。この後お前の髪飾りも探さなきゃならんからな、あまり食ってばかりじゃ時間がなくなる」
サシャ「……忘れてました」ポン
ライナー「おい」
サシャ「しっ、仕方ないじゃないですかっ! 串焼きがおいしいのが悪いんですよ、別に私が食い意地張ってるわけじゃありませんっ!」ブンブン
ライナー「いや、責めてるわけじゃなくてだな……お前が食べ歩きのほうがいいってんなら無理に行かなくてもいいんだぞ? その分時間も浮くからな、もう少し色々なものが食えると思うんだが」
サシャ「……なんて恐ろしい提案をするんですかライナーは」
ライナー「まあ、お前の好きなほうを選べ。どっちでも付き合ってやる」
サシャ「好きなほう、ですか……」
サシャ(……今日、一緒にいられるだけで充分幸せなんですけどね)
ライナー「取り敢えずは歩きながら考えるか。……座ってないでそろそろ行くぞ」スクッ
サシャ「はーい、わかりました…………あっ」
サシャ(そういえば、手は……怪我しちゃってるから繋げませんよね。でも、逆側に回りこむのもなんだか……)モンモン
ライナー「ほら」スッ
サシャ「……え? あの、これってどうしたら――」
ライナー「どうしたらもこうしたらもないだろ? 腕に掴まれ」
サシャ「……いいんですか?」
ライナー「自由にさせておくと何をするかわかったもんじゃないからな。……早くしろ」
サシャ「は、はい……」ギュッ
サシャ(腕組みして、街の中を歩くなんて……なんだか、恋人同士みたいですよね……)
ライナー「……」チラッ
サシャ「……へへ」ギュー
ライナー「顔、緩んでるぞ」
サシャ「えっ、そうですか? ……それじゃあ気をつけますっ」キリッ
ライナー「……」
サシャ「……」キリリッ
ライナー「……」
サシャ(……へへへー)ニヘラ
ライナー(あーかわいい)ニヤニヤ
―― 夕方 トロスト区 繁華街 アクセサリー店前
ライナー「……屋台、何軒回った?」
サシャ「ええっと、7つくらいですかね……5番目がプレッツェルでしたっけ?」
ライナー「いや、6番目だ。……まあ、回った屋台の数はいいか。今更」
サシャ「そうですね、もういいですよね」
ライナー「量もそれなりに食ったから腹に溜まったな。財布もほぼすっからかんだが」
サシャ「私もですよ。……しばらくお菓子買えないです」シュン
ライナー「それで、まあ、食い終わって店の前に来たはいいが……」
サシャ「……閉まってますね」
ライナー「休みだってのは考えてなかったなー……」
サシャ「しかも臨時ですもんね、こればっかりはどうしようもないですよ。――それで、これからどうします? 門限まではまだ時間ありますけど……」
ライナー「時間も半端になっちまったからなー……。ここからまた屋台のある通りに出るのも面倒だ。――仕方がない、戻るか?」
サシャ「えっ? ……もう帰っちゃうんですか?」
ライナー「他にやることもないだろ? この辺りはぶらぶら歩くには少し治安が悪いし、今日のところはおとなしく訓練所に戻って――」
サシャ「! やっ……!」ギュッ
サシャ「あっ……! え、えっとすみません、しがみついたりして……」パッ
ライナー「ああ、いや……別に構わんが」
サシャ「あの、もうちょっとだけ……もうちょっとだけ、一緒に……いたいんです、けど」
ライナー「……」
サシャ「だめ、ですかね……?」
ライナー「……」
サシャ「……」
ライナー「……なあサシャ、本当に俺でいいのか?」
サシャ「……? はい? どういう意味です?」
ライナー「実質、今日が訓練所での最後の休みなんだぞ? 門限ギリギリに帰ったら、ミカサやクリスタと話をする時間もなくなるかもしれん。……それでもいいのか?」
サシャ「……今更何言ってるんですか。嫌なら、今日一日一緒に過ごしたりなんかしませんよ」
ライナー「……そうか、それもそうだな。――それで、どこか行きたいところはあるのか? 今からじゃ大したところには行けねえが」
サシャ「! あります、ちょっとここからは歩くんですけど――」
今日はここまで 遅くなって大変申し訳ありません 切ったり貼ったり削ったり伸ばしてたりしたらかなり時間が経ってました
次回も怒涛のイチャイチャタイム 次の投下で最後まで行く予定
13巻のDVDがライサシャでしたね!ライナーのサシャ呼びに萌えました。更新楽しみにしています。
>>1でございます ちょっと今週中の投下は無理そうだということを報告しにまいりました
今回の話の見せ場、というか山場に大苦戦中です 申し訳ありませんがもう少々お待ちください
>>157 非常に素晴らしいOADでした! >>1は猪の毛を掴んではしゃぐサシャと結婚したいです
―― 森の中
ライナー「おいサシャ、どこまで行くんだ?」ガサガサ...
サシャ「もうちょっとです、もうちょっと」ザクザク
ライナー「こんな奥まで来て大丈夫なのか? 大分歩いたぞ?」
サシャ「大丈夫ですって、こっちこっち!」グイッ
ライナー「おわっ!? ――こら、急に引っ張るんじゃない! 転んだらどうする!」
サシャ「ごめんなさ……あっ、着きましたよ!」ガサガサッ
ライナー「ここは……あの時の河原か? 秋に釣りをしにきたところだよな」キョロキョロ
サシャ「はい、そうですよ! ――ここの川、実は訓練所の中まで続いてるそうなんです。知ってました?」
ライナー「いや、知らなかった。わざわざ調べたのか?」
サシャ「調べたというか……訓練所から壁の上の固定砲までってかなり距離あるじゃないですか。だからこの前、地図を見て近道を探してたんです」
ライナー「そしたら偶然気づいた、と」
サシャ「そうですそうです! 街だと道が入り組んでて時間がかかりますけど、ここなら訓練所まで一本道ですからね。日が沈んでからゆっくり歩いても、門限には充分間に合いますよ」
ライナー「……ここは、地元の人間もよく来るところなのか?」
サシャ「いえ、流石にそこまではわかりませんけど……でもあまり来ないんじゃないですか? 私たちが釣りしている間だって誰も来なかったでしょう?」
ライナー「そういやそうだったな。……そうか、誰も来ないのか」
ライナー(つまり、ここでなら……誰かに話を聞かれる心配もないってことだよな)
ライナー「それにしても、この辺りはまだ雪が積もってるんだな。一面真っ白だ」
サシャ「誰もこんなところ雪かきしませんからねー……。いくらか解けたみたいですけど、深いところは膝まで隠れそうです」フミフミ
ライナー「裾汚れるぞ」
サシャ「平気ですって、これくらい。――ほら見て下さいよ! 昨日の夜に降った雪がまだ残ってます、ふわふわです!」モッフモッフ
ライナー「ふわふわなのはわかったが……それで、ここに何の用なんだ?」
サシャ「? 用って何のことですか?」キョトン
ライナー「……あのなぁ、お前が『行きたいところがある』って言い出したからここまで来たんだぞ? 一体何をしたかったんだ? まさかただ単に連れて来たかったわけじゃないだろ?」
サシャ「えっ? ……連れて来たかっただけじゃダメなんでしょうか」
ライナー「いや、それは……………………どうなんだろうな?」
サシャ「私に聞かれても――あっ、そうだ! だったらこの前の雪合戦! 雪合戦の続きをしましょう!」グリグリ コネコネ
ライナー「はぁ? 雪合戦?」
サシャ「もうここまで来ちゃったんですから、どうせなら思いっきり遊びましょうよ! この河原なら広さも雪も充分あります、雪合戦には最適です!」コネコネ
ライナー「……よし、わかった。やるからには負けねえぞ」ザクッ
サシャ「おやおや、そんなこと言っちゃっていいんですか? 前回は私に一発も当てられなかったでしょう?」フフン
ライナー「転んだ相手を痛めつける趣味はないんでな。――今日は大丈夫なのか? さっきも地面と友だちになろうとしてたからな、こりゃ手加減してやらないと悲惨なことになりそうだ」
サシャ「……」
ライナー「……」
サシャ「とうっ!」ポイッ
ライナー「おっと、危ねえ危ねえ」ヒョイッ
サシャ「ああっ! もう、避けないでくださいよ! ちゃんと当たってください!」ポイポイポイポイ
ライナー「無茶言うな、だったらお前も当たれ!」ブンッ
サシャ「嫌ですよ冷たいですし――ふぎゃっ!?」ベシャッ
ライナー「おっ? ……当たったな」
サシャ「……」ポタポタ...
ライナー「それで……前回がなんだって?」ニヤニヤ
サシャ「……! ――なんのこれしきぃっ! 負けませんよー!!」ニギニギ ギュッギュッ
ライナー「上等だかかってこい、相手になってやる! ――よし、雪玉できた!」ニギニギ ポイッ
サシャ「えっ、もう!? 早くありませんか!?」
ライナー「お前が作るの遅いだけだ! ……さーて、どこに当ててやるかな」シュッシュッ
サシャ(ううっ、まだこっちは雪玉できてないのに……!)キョロキョロ
サシャ「えーっとえーっと……えいっ!」バフッ
ライナー「ぶわっ!? ――おい、雪をそのままかけるのは反則だろ!」
サシャ「だってライナーが雪玉作るの早過ぎるんですもん! ちゃんとやってるんですか!?」
ライナー「やってるって。お前が遅いだけだろ」ギュッギュッギュッギュッ
サシャ「は、速い……!」ガーン
サシャ(このままじゃ一方的ですね、ここは一旦距離を取って――)スクッ
サシャ「逃げます!」ダッ
ライナー「あっ! こら待て逃げるな! おとなしく当たれ!」ダッ
サシャ「嫌ですってばライナーばっかり当てようとしてずるいです! 私だってぶつけ――わぁっ!?」ズルッ ビタンッ!!
ライナー「!? おい、大丈夫か!? また顔から倒れたんじゃ――」
サシャ「なんちゃって! ――隙ありぃっ!」ヒュンッ
ライナー「……」ベッショリ
サシャ「ふっふーん、油断大敵ですよライナー!」ニギニギニギニギ
ライナー「…………」ボフッ
サシャ「ふあぁっ!? な、何するんですかぁっ! 雪玉じゃないものは反則ですよ反則!」
ライナー「何言ってんだ先にやったのはそっちだろ! 俺は悪くないっ!!」モッフモッフモッフモッフ
サシャ「ちょっ……! もうっ、だからってやりすぎですよ! なんでそんなに手が大きいんですか片方貸してくださいよ! 不公平です!」モッフモッフモッフモッフ
ライナー「貸せるわけねえだろ無茶言うな!」モッフモッフモッフモッフ
サシャ「やってもみないうちからそんなこと言わないでくださいよ、少しは試してから――ひゃあっ!? せ、背中に! 背中に雪が入ったぁっ!」ピョン
ライナー「あっ……悪い、そこまで考えてなかった」ピタッ
サシャ「うぅっ、裾からなんとか出ませんかね……! 冷たいぃぃ……!」バッサバッサ
ライナー「わかったわかった、取ってやるからあまり動き回るな。そっちは川が――」
サシャ「へっ、川? ……あっ」ズルッ
ライナー「!」ガシッ
ライナー「あっぶねえー……」ホッ
サシャ「び、びっくりしましたぁ……」ドキドキ
ライナー「そりゃこっちの台詞だ。今日は地面だけじゃなくて、川とも友だちになるつもりか?」
サシャ「……できれば遠慮したいです」
ライナー「だよな。今の時期に川に落ちたら洒落になんねえぞ」
サシャ「ごめんなさい、はしゃぎすぎました……支えてもらうの、今日はこれで二回目ですね」
ライナー「ああ、こんな調子じゃおちおち目も離してられん。……困ったもんだ」ハァ
サシャ「……すみません」シュン
サシャ(こうやって落ち着きがないから、いつもライナーに世話焼かれてばかりなんですよね……しかも困らせちゃってますし、私全然いいところありません……)ショボーン...
ライナー「? どうした、急におとなしくなったな。腹でも減ったか?」
サシャ「……いえ、なんでもないです。それより離してくださいよ、まだ決着はついてないんですからね!」ジタバタ
ライナー「……」
サシャ「……? あのー、聞いてます? 離してくださいってばー」ツンツン
ライナー「……思えばこれまでずっと、お前には振り回されっぱなしだった気がするな」
サシャ「ええー……そうですか? 私は逆だと思うんですけど」
ライナー「いいや、そんなはずはない。十人に聞きゃ十人全員が俺の味方につくだろう。……というわけで、だ」グイッ
サシャ「わっ……ちょっと、何してるんです? 腕押さえちゃったら雪合戦できないじゃないですか!」ジタバタジタバタ
ライナー「まあ、そう固いことを言うな。――なあサシャ、たまには俺がお前を振り回すってのもいいと思わないか?」ニヤリ
サシャ「……へ?」キョトン
ライナー「ただし、お前とは違って物理的にだがな。――どりゃあっ!!」ブォンッ!!
サシャ「ぎゃーっ!? ななな、なんですかいきなりぃっ! ライナー、手は!? 手はー!?」ジタバタジタバタ
ライナー「黙ってろ、舌噛んでも知らねえぞ!」グルングルン
サシャ「だからって振り回すのは――やっ、やめてくださいよー! 目が回るー!!」ジタバタジタバタ
―― しばらく後
ライナー「……ど、どうだ、参ったか」ゼエハア
サシャ「は、はいぃ……目が、目がくるくるしますぅ……」クラクラ
ライナー「よし……なら、雪合戦は俺の勝ちでいいな。文句あるか?」
サシャ「はいはいわかりました、わかりましたよぅ……ライナーの勝ちでいいです。――はぁ、疲れました」バフッ
ライナー「……? おい、何してんだ」
サシャ「いえ、寮のベッドもこれくらいふかふかだったらなぁって思いまして」ゴロゴロ
ライナー「だからって雪の上に転がる奴があるか。……あーあ、上着に雪がついちまったぞ? どうすんだそれ」
サシャ「後でまとめてなんとかしますよー……あ、ライナー星ですよ星。見えます? あそこの辺り」
ライナー「星……? まだ日は沈みきってないぞ? 見えるのか?」ジーッ...
サシャ「今の時間帯でも結構見えるもんですよ? ……まあ、本当は真夜中に見るのが一番なんですけどね。お肉の脂身みたいですごく綺麗なんです!」
ライナー「……いい雰囲気が粉々に砕け散りそうな表現だな」
サシャ「何言ってるんですか、お肉は脂身がついてるとついてないとじゃ味わいが全く違ったものに」
ライナー「わかったわかった」
サシャ「それにしても、時間が短い割にかなり遊べましたねぇ。正直また雪合戦ができるとは思ってませんでした」パタパタ
ライナー「遊ぶのはいいがはしゃぎすぎだろ、お前……付き合わされるほうの身にもなれよ」
サシャ「でも、なんだかんだ言ってちゃんと付き合ってくれますよね。ライナーは」
ライナー「一人にさせておくと何をしでかすかわからんからな」ハハハ
サシャ「……」ムカッ
サシャ(むー……また、子ども扱いされてます……)
サシャ「……」ゴロンゴロン
ライナー「こら、やめろって言ってるだろ。……こっちこい、髪の毛についた雪取ってやるから」
サシャ「……いいですよ、別に。手鏡もありますし、後から自分で取ります」ムスッ...
ライナー「手鏡じゃ後頭部まで見えねえだろ? 意地張ってないでここ座れ」ポンポン
サシャ「だから、平気ですってば! 見えなくてもこうやって、手櫛でやればなんとか……なんとか…………あれ?」ガシガシ
ライナー「無理に引っ張るな、髪が抜けちまうだろ? せっかくミーナにやってもらったんだ、台無しにしちまうのはもったいねえぞ」
サシャ「……じゃあすみません、お願いします」ストンッ
ライナー「ああ、任せとけ。……とは言っても、大したことはできんがな」
サシャ「……」
ライナー「あー……上着の毛糸と髪と雪が絡まってるな。少し時間かかるぞこれ」チマチマ
サシャ「無理に今やらなくてもいいですよ? 寮に帰ればきっと雪も解けるでしょうし」
ライナー「いや駄目だ。さっきお前が手櫛を通したせいでややこしいことになっちまってる。このまま歩き回ったら髪が引きつれるぞ」チマチマ
サシャ「引きつれて抜けてもどうせ二、三本でしょう? 別に気にしませんよ、私」
ライナー「俺が気にする。……せっかく綺麗な髪なのに、もったいねえだろ」
サシャ「…………そ、そうですか。もったいないですか」ギクシャク
ライナー「ああそうだ。――それに『抜けてもいい』って考えは感心しないな。世の中には抜けてほしくなくても髪が抜けてしまう人たちだっているんだぞ」
サシャ「……はぁ、そうですね」
サシャ(なーんだ……別に、特別私の髪を褒めてくれたってわけじゃないんですね)ションボリ
ライナー(毛糸に雪がくっついて玉になってるな……しばらくかかりそうだ)チマチマチマチマ
ライナー「そういやお前、兵団はどこに入るか決めたのか?」
サシャ「卒業した後のですか? 決めましたよ」
ライナー「憲兵団か?」
サシャ「……ライナーは、憲兵団なんですか?」
ライナー「いや、まだ決めてない。……憲兵団も候補には入ってるけどな」
サシャ「候補……ということは、他の兵団も」
ライナー「考えてはいる。まあ、ギリギリになってみないとわからんな。……お前は?」
サシャ「……あの、この前ここで川釣りしましたよね。ミカサとかコニーとか……みんなで一緒に」
ライナー「ん? ……ああ、そうだな」
サシャ「あの時は結局見られませんでしたけど……私の故郷の近くの川だと、秋には鮭が釣れるんですよ。――知ってます? 鮭って本当はウミの魚なんですって」
ライナー「……海?」
サシャ「あ、ウミって言うのは……ええっと、この世界の大半を覆ってる、山より高くて大きい湖のことで……塩の塊がその辺にゴロゴロ落ちてるところらしいんですが」
ライナー「……その話、誰から聞いた?」
サシャ「エレンからです。――だから、この川を下った先に……きっとウミがあるんですよね。見たことないですけど」
ライナー「まあ……そういうことになるだろうな」
サシャ「憲兵団の小奇麗な食卓に座って、豪華な食事を待っているのも悪くないとは思うんですが……それよりかは、自分の足で探しに行って食べるほうが性に合ってるんですよね。――だから私は、調査兵団に行こうと思ってます」
ライナー「……調査兵団に入っても、海に行けるとは限らねえぞ」
サシャ「そりゃあ可能性は低いでしょうけど……でも、壁の中でじっと待ってることなんかできませんよ。おいしいものは自分から迎えに行かないと!」
ライナー「……」
サシャ「……だから」
サシャ「もしライナーが、憲兵団や駐屯兵団に行くことになったら……お別れってことになりますね」
ライナー「……ああ、そうだな」
ライナー(……今日が終わったら、明日からは卒業試験だ)
ライナー(試験の後、すぐに解散式があって――それから俺たちが……いや、俺が壁を壊す)
ライナー(奪還作戦には、恐らく訓練兵も投入されるだろう。……サシャだって例外じゃない)
ライナー(たとえこの先、こいつの隣に俺がいられなくとも……どこかで生きていてさえくれればいいと、そう思っていた)
ライナー(だが、調査兵団に入っちまえば……その可能性はぐんと減る。最悪、俺の知らないところで死ぬかもしれない)
ライナー(それこそ、奪還作戦で命を落とすことだって充分ありうる。無事に生き延びられる保証なんて、この先どこにもないんだ。……そういう世界に、俺たちは生きている)
ライナー(あんな巨人どもに、サシャをやっちまうなんて真っ平だ。……渡してたまるか)
ライナー(このまま、サシャを見殺しにするくらいなら――)
ライナー(――俺が連れて行っても、いいよな?)
サシャ「……あはは、なんかしんみりした空気になっちゃいましたね、すみません。――雪取れました? ずっと話してましたけど」
ライナー「……」
サシャ「……? ライナー、聞いてます?」
ライナー「……取れたぞ。もういい」
サシャ「そうですか、ありがとうございます。……そろそろ、日が沈みますね」
ライナー「……ああ」
サシャ(帰りたくないな……ずっとこのまま、二人でいたい……)
サシャ(でも、そんなこと言ったらライナーが困っちゃいますよね。我慢しないと――)
ライナー「おいサシャ見ろ、川の向こうに肉があるぞ」スッ
サシャ「えっ、お肉っ!? 本当ですか!?」クルンッ
ライナー「……」グイッ ――ギュッ
サシャ「……」
ライナー「……」
サシャ「あ、あの……ライナー? どうしたんですか? いきなり……」
ライナー「寒いんだ。……しばらくこうしててもいいか?」
サシャ「私は別にいいですけど……お肉はどこです? 見当たりませんが」キョロキョロ
ライナー「すまん。それ嘘だ」
サシャ「……」ジトッ...
ライナー「悪かったって。……そもそも肉はさっき食っただろ」
サシャ「お肉は別腹ですよ! ――でも、手もすごく冷たいですね。雪遊びして冷えちゃいました?」ペタペタ
ライナー「……」ギュー
サシャ「? ?? え、えっと……?」オロオロ
ライナー「温かいな、お前……俺にはもったいないくらいだ……」
サシャ「あ、あのぅ……せめて顔だけでも見せてくれません? こんなに手が冷たいなら熱があるかもしれませんし、後ろから抱きつかれてると、その……緊張、するんですけど……」
ライナー「……すまん。卑怯だとは思うんだが、できればこのまま聞いてほしい。まだ踏ん切りがつかねえんだ」
ライナー「お前には、話さなきゃならんことがたくさんある。……ありすぎて、どこから話せばいいのか迷うくらいにな」
サシャ「……そんなにいっぱいあるんですか?」
ライナー「ああ。正直多すぎて困ってる」
ライナー(……順番を何も考えないなら、今すぐ説明できるのは巨人化のことなんだよな)
ライナー(この手の傷を、目の前で治しちまえばいい。……そうすれば、いくらサシャだって信じるはずだ)
ライナー(一番後回しにしたいことが、一番手っ取り早く話せるとは……皮肉なもんだな)
サシャ「あの……まだ話すことが決まってないなら、私が決めてもいいですか? 答えにくかったら後回しにしてもいいので」
ライナー「……? 何か聞きたいことがあるのか?」
サシャ「はい! ――私、ライナーの故郷の話が聞きたいんです」
ライナー「俺のか? ……なんでまた」
サシャ「よくよく考えたら、ライナーの故郷の話って聞いたことありませんし……それに、自分の故郷のことなら話しやすいかなって思いまして」
ライナー「……俺がしようとしていた話とは、随分毛色が違う話なんだが」
サシャ「まあまあ、いいじゃないですか。――教えて下さいよ、ライナーの住んでた村ってどういうところだったんです?」
ライナー「そう言われてもなぁ……それこそ何から話したらいいかわかんねえぞ」
サシャ「それじゃあ、えーっと……ライナーの故郷ってどの辺りにあったんですか?」
ライナー「」ギクッ
サシャ「……? あの、どうしました?」
ライナー「……いや、なんでもない」ソワソワ
ライナー(どうしてこう、絶妙に答えにくい質問を選んでくるんだ……! わざとやってるんじゃないだろうな……?)
ライナー「あー……お前には話してなかったか? ウォール・マリア南東の山奥の村だ」
サシャ「へえ、南東の……あれ? 南東に山ってありましたっけ?」
ライナー「ある。絶対ある」キリッ
サシャ「そうでした? ――ということは、えっと……シーナがあってー、ローゼがあってー、マリアがあってー……」カキカキ
サシャ「ここがトロスト区で、ここがシガンシナ区で、それで南東だから……この辺りですかね」クルッ
ライナー「ああ、たぶんそこだ」
サシャ「たぶん?」
ライナー「……村にいた当時は地図なんて読まなかったからな。少し位置があやふやなんだ」
サシャ「えっ? あやふやで故郷に帰れるんですか?」
ライナー「……な、なんとかなるだろ。きっと……きっと行けばわかるはずだ」ギクシャク
サシャ「ふぅん、そんなものですかねー……ちなみに私のダウパー村はこの辺なんですよ。コニーのラガコ村はここで、マルコのジナエ町はここで――」カキカキ...
ライナー「ほー……よく覚えてるな」
サシャ「前にそういう話をしたことがあるんです。アルミンが壁内の地形も一緒に説明してくれたんですよね。――ところで、村の中に川は通ってました? 広さとかどれくらいでした?」
ライナー「川は……そうだな、細いのが一本あったはずだ。大人なら跨いで渡れるくらいだから……これくらいの幅か?」スッ
サシャ「結構狭いですね……ということは、釣りで食べていくのって難しいですよね。狩りも専門じゃないってことは、野菜とか家畜を育ててたんですか?」
ライナー「どちらかというと野菜を作ってたな。山羊や鶏を飼ってる家もあるにはあったが……基本的に、村人総出でお前の友だち作ってたぞ」
サシャ「……友だちじゃありません」ムスッ...
ライナー「冗談だって、怒るなよ。……それで、他に聞きたいことは?」
サシャ「牛を育ててる家は」
ライナー「なかった」
サシャ「……山羊と猪ってどっちがおいしいんでしょうか」
ライナー「お前……いくらなんでも人様の家畜を勝手に食うなよ」
サシャ「もう五年も経ってますし、そろそろ野生化してる頃合いだからいいかなぁって思ったんですけど……駄目ですかね?」
ライナー「知らん。俺に聞くな」
サシャ「後はそうですねー……森でうさぎ狩りとかしました? お花の蜜啜ったり、蜂の巣に手を突っ込んだりとか――」
ライナー「ちょっと待て。なんで手ぇ突っ込んだんだ」
サシャ「蜂蜜食べるために決まってるでしょう。ライナーはやらなかったんですか?」
ライナー「やるわけねえだろ。……少なくとも普通の子どもはやらねえと思うぞ」
サシャ「えー……でもコニーはやってたって言ってましたよ? ――おかしいですね、コニーが嘘を吐けるはずありませんし……」ウーン...
ライナー「狩猟民と農耕民を一緒にするんじゃ――」ハッ
ライナー(いかんいかん、さっきから何の話をしてるんだ! 本題からどんどん外れちまってるじゃねえか!)ブンブン
ライナー(サシャのペースに飲まれるな、こうやって話せる機会は今日しかないんだぞ……)ブツブツ...
サシャ「まあ、蜂の巣のことは置いといて。――そういう時ってベルトルトと二人で遊んでたんですか? 今でも仲いいですもんね、二人とも」
ライナー「……いや、二人じゃない。四人だった」
サシャ「四人?」
ライナー「ああ。……とは言っても、一人はもういないんだけどな」
サシャ「それは、その……五年前の時に、ですか」
ライナー「俺を庇って……巨人に食われて、死んだんだ」
サシャ「……巨人、に」
ライナー「俺とは違って、頼りになる奴だったよ。ベルトルトも、もう一人の仲間も……もちろん俺も、そいつのことを心から慕ってた。本当の兄貴みたいにな」
ライナー「もしかすると、三人の中で一番懐いていたのは俺かもしれん。村の中じゃずっとあいつに付いて回ってた気がする」
ライナー「年齢はもう追い越しちまったが……未だにあいつに追いつける気がしねえな。図体ばっかり大きくなって、中身はまだ子どものままだ」
サシャ「……」
ライナー「あー……すまん、脱線しすぎて変な話になっちまったな。忘れてくれ」
サシャ「いいえ、変な話なんかじゃないですよ。その――」
ライナー「……マルセルだ」
サシャ「マルセル……さんの話。聞けてよかったです」
ライナー「……」
ライナー「マルセルがいなくなった時に、俺は誓ったんだ。――絶対に、何としてでも故郷に帰るってな。こればっかりは……今でも、曲げられない」
サシャ「……それが、ライナーの夢なんですね」
ライナー「夢って言うほど上等なもんでもないけどな。……他の何を犠牲にしてでも、やり遂げなくちゃならねえことではあるが」
サシャ「……」
ライナー「……けどな、俺だって何もかも切り捨てられるってわけじゃない。同郷のベルトルトと、ア……もう一人の仲間だけは別だ」
ライナー「あいつらだけは、たとえ俺自身が犠牲になったとしても……守ってやらないといけない。マルセルの代わりに生き残った俺には、あいつらを無事に故郷に連れて行く責任がある」
ライナー「……いや、守ってやらないとってのは違うな。こればっかりは、俺がやりたいからやってるんだ。細かい理屈は抜きにしてな」
サシャ「……」
ライナー「その、理屈抜きで守りたいもんが……いつの間にか、もう一つ増えちまった」
サシャ「もう一つ……?」
ライナー「……お前だ、サシャ」
サシャ「……私、ですか?」
ライナー「ああ。……最初はそれこそ、もう一人手のかかる妹ができたみたいに考えてたんだ」
ライナー「お前は放っておくと何するかわからなかったからな。危なっかしくて目を離してられなかった」
ライナー「それで、しょっちゅうお前の面倒を見ているうちに……一緒にいるのが少しずつ楽しくなってきたんだ。初めて知ることや、お前に教えられることも多かった。――冗談に聞こえるかもしれんが、お前と話しただけで疲れが吹き飛んじまったこともあるくらいだ」
ライナー「気がついたら、俺はお前から目が離せなくなっちまってた。いらない世話を焼いてでも、お前のそばにいたくなった。……僅かでも、お前との繋がりが欲しくなっちまった」
サシャ「……」
ライナー「……それで、だな」
ライナー(ちくしょう、怖ぇな……心臓がぶっ壊れそうだ)
ライナー(アニの言う通りだ。……ビビってるのは俺のほうだったんだな)
ライナー(だが……今、ここでサシャに伝えなければ、俺はきっと一生後悔する……)
ライナー「……俺は、お前が好きだ。サシャ」
ライナー「この先、何があっても俺がお前を守る。幸せに……してやれるかどうかは、正直に言えばわからない」
ライナー「だが俺は、お前が泣いている顔は見たくないんだ。俺の隣で……ずっと、笑っていてほしいと願っている」
ライナー「だからこそ、俺は俺の全てを懸けて、お前を一生守り抜くと誓う。――絶対に、何としてでもだ」
ライナー「幸せにはできなくても、お前を泣かせたりなんかしない。……約束する」
サシャ「……」
ライナー「……だから」
ライナー「……俺と一緒に、来てくれないか」
ライナー「……すまん、いきなりで混乱してるよな。返事は今じゃなくていい」
サシャ「……」
ライナー「……そ、そろそろ訓練所に帰るか? 体は冷えて……っと」パッ
ライナー「悪いな、話してる間かなり力こもってただろ? 痛くなかったか? 平気か?」
サシャ「大丈夫です。……痛くないです」
ライナー「そうか、大丈夫か、大丈夫ならいいんだ……そうかそうか、よかったよかった」ホッ
サシャ「……」
ライナー「あー…………今日の……今日の晩飯はなんだろうな? 肉は出てこないだろうが、多少は味がついてるといいよな。うん」
サシャ「……」
ライナー「……なあサシャ、座り込んでないで帰ろうぜ。門限に間に合わなくなっちまうぞ」
サシャ「……今、お返事考えてるんです。ちょっと待ってください」
ライナー「ああそうか、返事を考えてるのか……なら仕方ないな。……………………返事?」
ライナー「……今、か?」
サシャ「……だから、ちょっと待ってくださいってば」
ライナー「え、あ、あぁ……すまん、わかった、少し待つ。座ってていいか?」
サシャ「好きにしてくださいよ。いちいち私に聞かないでください」
ライナー「そ、そうだな……わかった。好きにする」ドサッ
サシャ「……」
ライナー「……」ソワソワ
サシャ「……」
ライナー「……」
サシャ「……」
ライナー「……肩でも揉むか?」
サシャ「静かにしてくれません?」
ライナー「……すまん」シュン
前回の投下時に最後までと言いましたが、お待たせし過ぎなのでキリのいいところまで投下しました 続きは推敲次第ですがたぶん今週中
次こそは最後まで行きます
ライナー(さっきから、俺のほうを見ようともしない……背中を向けて、俯いたままだ)
ライナー「なあ、もしかして怒ってんのか?」
サシャ「……なんでそうなるんですか」
ライナー「いや、だってよ……静かにしてくれとか好きにしろとか……その……」モゴモゴ
サシャ「だから、違いますってば。……私も余裕ないんです、ちょっと待って下さい」
ライナー「別に今すぐ答えようとしなくてもいいんだぞ? もう少し考えてからでも、俺は――」
サシャ「……考えてましたよ。私も、ずっと考えてたんです。……本当は、私から言おうと思ってて……なのに、どうしても、勇気が出なくて……」
サシャ「もう、気持ちは決まってるのに……わかんないんです、なんて答えたらいいのか……」
ライナー「……」
ライナー(答えにくいのも当然か。……よくよく考えたら、結局肝心なことは何一つ話してねえんだよな。俺は)
ライナー(本当は、何もかも打ち明けてから伝えるべきだったんだ。……サシャの気持ちを先に確かめたいってのは、完全に俺の都合だ)
ライナー(けど、これくらいの保険はかけたっていいだろ? 俺だって、答えを聞くのが怖いんだ……)
ライナー(その代わり――)
ライナー「難しく考えなくていいんだぞ、サシャ」
サシャ「でも……私、ちゃんとお返事したいんです。真剣に、答えたいんです。答えたいのに、どうしても言葉が浮かばなくって……」
ライナー「俺は、お前が出した答えならどんなものでも受け入れる。ありのままの、お前の気持ちを話してくれ」
サシャ「……私の、気持ち」
ライナー「ああ。……頭に浮かんだことを、そのまま話してくれればそれでいい。少しくらい無茶苦茶でもいいぞ?」
サシャ「……」
ライナー「何度も言うが、俺は急かすつもりはないんだ。すぐには返事をしにくいだろうってこともわかってる」
ライナー「いつまでも待つ、ってわけにはいかないけどな。できれば、そうだな……解散式までに聞かせてもらえれば充分なんだが、」
サシャ「……好き、です」
ライナー「……サシャ?」
サシャ「……」
ライナー「お前、今……」
サシャ「……私も、ライナーのことが好きです」
ライナー「……」
サシャ「好きです、私も、好きです……すごく好きなんです、だいすき……」ギュウッ...
ライナー「……」
サシャ「でも……一緒には、行けません」
サシャ「……」
ライナー「……そう、か」
サシャ「……」
ライナー「それは……俺がまだ、お前に話していないことがあるからか?」
サシャ「違います、それはもういいんです。……その隠しごとっていうのも、私のためなんですよね? ベルトルトから聞きました」
ライナー「ベルトルトに? ……まさか、他にも何か聞かされたのか?」
サシャ「そんなにたくさんは聞いてません。……けど、やらなきゃいけないことがあるとは聞きました」
サシャ「そのやらなきゃいけないことって、故郷に帰ることなんですよね? ライナーが私に来てほしいって言ってるのって、そのことですよね?」
ライナー「……ああ。その通りだ」
サシャ「正直に答えてください。――私が一緒に故郷へ行ったら、足手まといになりませんか?」
ライナー「ならない」
サシャ「……嘘ですよね」
ライナー「違う! 俺は本当に――」
サシャ「いいえ。もう、わかるんです。わかっちゃうんですよ……ずっと、ずっと一緒にいたんですもん……」
ライナー「……俺は、頼りにならないか?」
サシャ「そうじゃないです、そういうことじゃないんです。……あの、ライナーは覚えてます? 最初にキスしてくれた時、私に言ったこと」
ライナー「……? いや、覚えてない。何か変なこと言ったのか?」
サシャ「いいえ、変なことじゃないですよ。――『目的を果たそうとする意識はとても高い』って、『そういうところを尊敬している』って……褒めてくれたんです。私を」
サシャ「前にも言ったかもしれませんけど……あの時、私すごく嬉しかったんですよ? 『芋女』以外の私を見てくれてる人がいたんだって。こんな私にも……いいところがあったんだなって、実感できたんです」
ライナー「……悪いな。そんな大事なことなのに、俺は覚えてなくて」
サシャ「だから、いいんですってば。覚えてないってことは、ライナーの中から自然に出てきた言葉だってことでしょう? そういう言葉のほうが信じられます」
サシャ「それでですね……改めて考えてみたら、私も同じところが好きだったんですよ。故郷に帰ろうと……一つの目的に、夢に向かって頑張るライナーが、私は一番好きなんです」
サシャ「そういうライナーだったからこそ……あの時、私にキスの味を教えてくれたんですよね? そうでしょう?」
サシャ「隠しごとなんかいくらされてもいいんです。置いて行かれたって平気です。――でも、ライナーの足を引っ張ることだけはしたくないんです」
サシャ「だから……一緒には、行けません」
ライナー「……俺は、それでも構わない。お前のためなら、俺はいくらだって――」
サシャ「ライナーがよくても私が嫌なんですよ。私のせいで故郷に帰れなくなったらどうするんですか? そのために三年間頑張ってきたのに、全部台無しになっちゃうじゃないですか」
ライナー「俺が故郷に帰ったら、……一生、会えなくなるかもしれないんだぞ」
サシャ「だったら、私のほうから会いに行きますよ。故郷の大雑把な位置もさっき教えてもらいましたからね」
ライナー「……」
サシャ「やだなぁ、そんな顔しなくても大丈夫ですって! あんなに頑張ってきたんです、うまくいくに決まってますよ!」
サシャ「私、一緒には行けませんけど……ライナーのこと、ずっと応援してます」
サシャ「いつだって……どこにいたって、私はあなたの味方です。――それだけは、覚えていてください」
ライナー「……わかった。それがお前の答えなんだな」
サシャ「はい、そうです。――楽しかったです。今まで一緒にいられて」
ライナー「俺もだ。……故郷に帰っても、絶対に忘れない」
サシャ「私も忘れませんよ。忘れられそうにないってのが本当のところですけど」クスクス
ライナー「それはこっちの台詞だ。――さてと、もう帰るぞ。やり残したことはないよな? あったら今のうちに言っておけよ」
サシャ「……じゃあ、最後に一つだけ」
サシャ「……キスしてもらっても、いいですか?」
ライナー「……」
サシャ「これで、終わりにしますから。……お願いします」
ライナー「……ああ。わかった」
―― 日没後 訓練所 営庭
サシャ「なんとか晩ごはんの時間には間に合いましたね! よかったです、食いっぱぐれるところでした!」ホッ
ライナー「あれだけ食っといてまだ入るのか? お前の腹はいったいどうなってるんだ……?」
サシャ「そりゃあ結構食べましたけど、その分川原で遊びましたし…………あっ」ピタッ
ライナー「? どうした?」
サシャ「あの……ここまででいいです。今思い出したんですけど、今日は当番あったんですよ。あっち側の倉庫の掃除当番。晩ごはんの前に済ませておかないと」
ライナー「そうだったのか? ……なんなら少し手伝うか? 二人でやればすぐ終わるだろ」
サシャ「いえ、大した量じゃないので大丈夫ですよ。――ここまでありがとうございました、後は一人でなんとかします」
ライナー「……わかった。じゃあな」スタスタ...
サシャ「はーい、また明日!」フリフリ
ライナー「……」スタスタ... ピタッ
サシャ「……?」
ライナー「……」クルッ スタスタ...
サシャ「どうかしました? 何か――」
ライナー「さっきのは、お前のやり残したことだよな」
サシャ「はい? ……まあ、そうだと思いますけど」
ライナー「俺の分がまだだ」グイッ
サシャ「えっ? ライナーの分って――ちょっ……、ちょっと待ってください、こんなところで――」
―― プツン...ッ
サシャ「あ……」サラッ...
ライナー「……いいかサシャ、今から大事な話をするからよく聞けよ」
ライナー「調査兵団に入った後……もし、誰かに俺のことを聞かれたら」
ライナー「その時は、『自分は関係ないし何も知らない、ただの同期だ』と言い張れ。何を聞かれても答えるな」
サシャ「……それってどういう、」
ライナー「それとな……さっき、言い忘れたんだが」
ライナー「もしもお前が辛いなら、……俺のことは、忘れてくれてもいいからな」
サシャ「……」
ライナー「話はそれだけだ。――ごめんな。髪、解けちまった」
サシャ「……」
ライナー「おやすみ。夜更かしすんなよ」ポン スタスタ...
サシャ「……」
サシャ「……なんですか、もう」
サシャ「一度に、そんないっぱい言われても……わかんないですよ。私、馬鹿なんだから……」
サシャ「……」
サシャ「……」
サシャ「無理やりするから……髪ゴム、切れちゃったじゃないですか……」
サシャ「さっきもしたくせに、……勝手なんだから」
サシャ「……」
サシャ「……」
サシャ「…………」
「なーに突っ立ってんだ、サシャ」
サシャ「……ユミル」
ユミル「ぼーっと道の真ん中で突っ立ってんじゃねえよ。通行の邪魔だぞ」
サシャ「……あはは、すみません! 本当私ってば、すばしっこい割に鈍臭くて」
ユミル「わかってんならなんとかしろっての」ハァ
サシャ「そうですね、気をつけます。……それで、ユミルはクリスタと仲直りできたんですか? 今は一人みたいですけど……」キョロキョロ
ユミル「まあ、なんとかな。どこかのお節介焼きのおかげで、取り敢えず口は聞いてもらえるようになったよ。今はたぶん、私らの部屋でミーナと試験の話でもしてるはずだ。――ところで、お前のほうはどうだったんだ? 随分長々と出かけてたみたいだが」
サシャ「はい、とても楽しかったです!」
ユミル「そうかそうか、それじゃあ泣きべそかいてるように見えるのは私の気のせいか」
サシャ「……ユミル、嫌いです」
ユミル「そりゃ悲しいな。私は結構お前のことが好きになってきたんだが」
サシャ「……」グスッ
ユミル「それで、今回は一体何が原因で喧嘩したんだよ? 味付けか? 量か? それともどこの兵団に行くかって話か?」
サシャ「……喧嘩は、してません」
ユミル「んじゃなんでメソメソしてんだ。ちゃんと説明しろ」
サシャ「これは……これは、お腹空いただけです。だから悲しくなってきたんです……」
ユミル「そうだな、確かに腹が減ったら悲しい気持ちにはなりやすいわな。――それで?」
サシャ「……そういえば私、倉庫の掃除しなきゃいけないんでした。ユミルすみません、先に行きますね」スタスタ...
ユミル「嘘つけ。今週は固定砲の当番以外何もないだろ」
サシャ「……」ピタッ
ユミル「そういうのはいいからとっとと話せよ。……何があった?」
サシャ「……ライナーが、私のこと好きだって」
ユミル「ほー……遂にか。――それで? お前はきちんと返事したのか? それとも逃げてきたのか?」
サシャ「ちゃんと言いましたよ。……好きって、言いました」
ユミル「へぇ、よかったな。――ということは、要するにただの嬉し泣きか」
サシャ「……」
サシャ「……ライナーが、一緒に来てくれないかって、言ったんです。私に」
ユミル「ふぅん。――それで?」
サシャ「『行けない』って……言いました」
ユミル「はぁ……? ――ったく、まーたお前は捻くれた返事を……で、なんで行けないって言ったんだ? 一緒に来いって言ってんだからついていってやりゃあいいだろ?」
サシャ「そんなの駄目ですよ、駄目です……行けないですよ……」
サシャ「ベルトルトに聞いたんです……ライナーには、やらなきゃいけないことがあるって、だから……」
ユミル「……ベルトルさんに?」ピクッ
サシャ「私が行くって……行きたいって言ったら、邪魔になっちゃう……」
ユミル「それでおとなしく我慢したってわけか? ……本当に馬鹿だなお前――」
サシャ「そんなの知ってます!! いちいち言わないでくださいよ!!」
サシャ「……あっ」
ユミル「……」パチクリ
サシャ「ぅ、あっ……ああっ、……ごめんなさい、ごめんなさいユミル、私、今……!」
ユミル「……いいや、今のは私が無神経だった。お前が謝る必要はない」
サシャ「で、でも……っ、」
ユミル「……なあ、余裕ないなら溜めてるもん全部吐き出しちまったほうが楽だぞ? 私でいいなら聞いてやるから言っちまえよ」
サシャ「それは……その…………」
ユミル「……」
サシャ「……」
ユミル「……はぁ、わかったよ。今ミカサ呼んでくっからここで待ってろ」スタスタ...
サシャ「……」ガシッ
ユミル「……なんだなんだ、どっちなんだお前」
サシャ「……本当に、聞いてくれるんですか?」
ユミル「話せばそりゃ聞くさ。……ま、言うだけ言ってみろよ」
サシャ「あの時……ライナーが、私に、好きって言ってくれた時」
サシャ「声が、震えてて……手も、手もすごく冷たくて……」
サシャ「本当に、本気で言ってくれたんだって、わかって、……わかった、から」
サシャ「私じゃ、支えてあげられないんだって、……頼りにされてないんだって、気づいちゃって……、それどころか、」
サシャ「どこにも……どこにも、行かないでって……私、そればかりで……いっぱいいっぱいになっちゃってぇっ……」ポロッ...
サシャ「そしたら、何を……何を言ったら、いいのかっ、わかんなくっ、なってっ、それで……気づいたらっ、いつの間にか……っ」ポロポロ...
ユミル「……『行かない』って、言っちまってたわけか」
サシャ「ユミルには、わかんないですよっ……! 私じゃだめ、なんです、わたしが、弱いからっ……!」ポロポロ...
サシャ「わたしもっ、……わたしだってっ、ミカサとか、アニとかっ……ユミル、みたいにっ、強いっ、女の子にっ、なりたかったっ」
サシャ「そしたらっ……したら、いっしょにっ、行ってっ、支えて、あげられたのにっ……!」
サシャ「いもっ、いもおんなっ、じゃっ、何もっ、なんにもっ、変えられない……っ!」ポロポロ..
ユミル「……」
ユミル「……んだよ、ちゃんと言いたいこと言えるんじゃねえか。お前」
サシャ「うぅっ、ううぅぅうっ……!」ゴシゴシ
ユミル「こら、こするなって。目が腫れちまうぞ」グイ
サシャ「……」グスッ...
ユミル「……あのなぁ、別に私らは強くなんかねえよ」
ユミル「そりゃあ、お前から見たら全員とんでもない奴らに見えてるだろうが……中身はどうってことない、お前と一つしか変わらないただの女のガキだぞ。お前とはちょこっとしか変わんねえよ、実際は」
サシャ「……その、とんでもないのが、ほしかったんですっ」グスッ
ユミル「やめとけやめとけ、そんなもん持っても苦労するだけだぞ? アニとか見てみろ、ものすごーく生きづらそうじゃねえか」ワシャワシャ
サシャ「……」
ユミル「……で、だ。なんであいつの前で今みたく泣き喚いてやらなかったんだ? 『故郷なんか行くな、私の側にずっといろ』とでも命令してやりゃよかったじゃねえか」
サシャ「そんなの……できるわけ、ないじゃないですか……」
ユミル「なんで」
サシャ「私が、本気でも……そうじゃなくても。そういうこと言ったら、ライナーは全力でそうしようとしますもん……そういう人、ですから……」
ユミル「あいつが無理したがるのは今にはじまったことじゃねえだろ? お前が気にするこたぁねえだろうよ、あいつの自業自得だ」
サシャ「そういうのが、私は嫌なんですよぅ……それに、泣いた顔、見たくないって言ってたんです……私が泣いた顔、ライナーは嫌だって……」グスッ...
ユミル「だから律儀に守ってたってのか? ……本当、大した忠犬だよ。お前は」ポスッ
サシャ「……? ユミル……?」
ユミル「ほれほれ、私の胸の中はレアだぞ。普段はクリスタ専用だからな、ここは」ダキッ
サシャ「んぅっ……ゆっ、ユミルっ、だめですってば、服が、汚れちゃう……」グイグイ
ユミル「ああもう、こういう時くらい素直に甘えとけっての。……お前は今日泣かなかった、私は何も見ていない。これでいいだろ?」ギュー
サシャ「で、でも……」
ユミル「……強がるなら、最後までやり通さなきゃな」
サシャ「~~~~っ、う、ううぅ、うううう……っ!」ポロポロ...
ユミル「そうそう、うんと泣け泣け」ポフポフ
ユミル「……悪かったな、色々と」
サシャ「……? 何が、ですか……?」グスッ...
ユミル「いや、元はといえば……あの時、私がお前に当番押し付けなきゃよかったんだよな」
サシャ「……」
ユミル「そしたらこうやって、辛い思いすることも――いてっ」
サシャ「……ユミルのせいじゃない、です」ポカッ
サシャ「わたしが……私が! 自分の意思で、勝手に好きになったんです……ユミルのせいなんかじゃ、ないですっ!」ポカポカ
サシャ「私の、好きって気持ちまで……、そのきっかけまで、私から、取らないでくださいよぅ……」グスグス
ユミル「わかったわかった、痛いから叩くのはやめてくれ……ったく、あのゴリラのどこがいいんだかねぇ。クリスタのほうがよっぽどかわいいだろうに」ハァ
サシャ「……ライナーのこと、悪く言わないでください」グスッ
ユミル「ほいほい、私が悪うございましたよ」
―― しばらく後
ユミル「……そろそろ落ち着いたか?」ナデナデ
サシャ「はい、大丈夫です……ありがとう、ございました」クスン
ユミル「さーて、いつまでもここでこうしてるわけにはいかないよな……ほれタオル」ポイ
サシャ「……? なんで、タオル……?」
ユミル「洗濯物回収した帰りだったんだよ。――その顔じゃ食堂には行けねえだろ? このまま井戸に行ってその顔なんとかしてこい。あと手桶に水張って部屋に運んどけ」
サシャ「……なんで桶??」キョトン
ユミル「明日からその泣き腫らした顔で試験受けるのか? 一晩中冷やせば大分腫れも引くはずだ。ライナーに泣いたことバレたくないならおとなしく従え」
サシャ「……はい」コクン
ユミル「私は今から食堂に行ってお前のメシもらってきてやるよ。……そうだ、ついでに部屋にいるクリスタとミーナにも説明しとくから、少しだけ遅れて戻ってこい。いいな?」
サシャ「……ふへへ」ニヘラ
ユミル「……なんだよその笑いは。気持ち悪いぞ」
サシャ「いえ……ありがとうございます、ユミル。優しいですね」
ユミル「! ……かっ、勘違いするなよ、お前のためにやってんじゃないんだからな! これは全部クリスタのためなんだからな! あいつに余計な心配かけるんじゃねえぞ!」ガミガミ
サシャ「あはは……はぁい、気をつけまーす」クスクス
―― 同刻 男子寮 エレンたちの部屋
ライナー「……」ガチャッ バタン
ベルトルト「おかえり、ライナー。……遅かったね、もうみんな食堂行っちゃったよ?」
ライナー「……」
ベルトルト「……? どうしたの、怖い顔して……何かあった?」
ライナー「……何も、なかった」
ベルトルト「へえ、そうなんだ……まあ、僕としては何も聞かされなくて助かるけど、珍しいね? 本当に何もなかったの?」
ライナー「……」
ベルトルト「ライナー?」
ライナー「あいつと俺の間には、何もなかったんだ。……それでいいんだ」
ベルトルト「……?」
ベルトルト(おかしいな、なんだか話が噛み合ってないような――)
ライナー「……くそっ!!」ガツンッ!!
ベルトルト「!?」ビクッ
ライナー「俺は……あいつから、一言でも嫌だと言われたら……潔く身を引くつもりだったんだ……」
ライナー「なのに……あいつの気持ちを聞いたら、欲が出ちまった……」
ライナー「こんなつもりじゃ、なかったんだ……こうなるつもりは……」
ベルトルト「……」
ライナー「ああくそっ、かっこ悪いな……ちくしょう……」ズルズル...
ベルトルト「ちょっ……、ねえライナー、大丈夫? 立てる? どこか具合悪いの?」オロオロ
ライナー「……」
ベルトルト「具合悪いなら医務室に行く? よかったら付き添うけど――」オロオロ
ライナー「……いや、なんでもない。――そうだ、俺は大丈夫だ、大丈夫……」ブツブツ...
ベルトルト「そう? なんともないならいいけど……壁に頭突きしたせいで、額から血が出ちゃってるよ? 他に人もいないし、さっさと治しちゃいなよ」
ライナー「ああ、わかってる」シュウウウ...
ベルトルト「……サシャと喧嘩でもした?」
ライナー「……」シュウウウ...
ベルトルト「……」
ライナー「……ベルトルト」
ベルトルト「何?」
ライナー「必ず故郷に帰るぞ。……絶対に、何としてもだ」
ベルトルト「……うん。わかってるよ」
ライナー「……」シュウウウ...
ベルトルト「……ところで、そっちの手はどうしたの? ハンカチについてるのって血だよね?」
ライナー「あー……少し油断してな。こっちも今塞ぐ」ペリペリ...
ベルトルト「うわ、ハンカチが傷口に貼り付いてて痛そう……やっぱり医務室に行ったほうがいいんじゃない? 消毒だけでもしてもらえば――」
ライナー「駄目だ。医務室に行ったら記録が残っちまうからな……立体機動の試験までには治ったってことにしておきたいから、このままでいい」ペリペリ
ベルトルト「……ライナーがそれでいいなら、僕は何も言わないけど」
ライナー「……よし、まあこんなもんだろ。額も塞がってるよな?」シュウウウ...
ベルトルト「うん、きちんと塞がってるよ。傷跡もない。……あ、そうだ」ゴソゴソ
ライナー「……? どうした?」
ベルトルト「今日、みんなが出かけてから布団干したんだけど……部屋の中にこれが落ちてたんだ」スッ
ライナー「……それ」
ベルトルト「この髪ゴム、君の……というか、サシャのだよね? 昨日枕に付けてたし」
ライナー「ああ、そうだ。……そうか、切れちまったのか」
ベルトルト「端っこのほう結べばまだ使えそうだけどね。……まあ、使う用事は思い当たらないけど」
ライナー「……そう、だな。持ってても、仕方ないよな。こんなもの」
ベルトルト「ところで僕、これからゴミ捨て行ってくるつもりだけど……なんなら、そのハンカチと髪ゴムも持ってこうか? もう使えないだろうし」
ライナー「……」
ライナー「……そうだな。もう、必要ないよな」
おわり
このSSまとめへのコメント
いつだってあなたの味方ですの続きはまだですか?
楽しみに待ってます
ライナーがサシャに好きというところで(泣)