絶対可憐ダストスパート!! (177)

このスレは椎名高志原作「絶対可憐チルドレン」と高橋留美子原作「ダストスパート!!」の
クロスオーバーSSのスレッドです

絶チル再アニメ化万歳

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1357961987

「そうか……もう行くのかね?」

顔に傷のある老人が問いかけた。老人はかなりの高翌齢であるにもかかわらず
背筋は真っ直ぐに伸び、体格もがっしりとしている。

「言う前から分かっちゃうとは流石……ええ、お世話になりました」

十代後半ぐらいだろうか。
まだ若い、いかにも東洋人といった顔立ちの男が握手の手を差し出した。

「大佐とはまた会うことになるんでしょ? 日本で」

その若い男の隣に、同じぐらいの年ごろと思われる女が居た。
黒髪を切りそろえずナチュラルに太ももまで伸ばし、野性味を感じさせている。

「ふふ……そうだね。一緒の便で行けないのが残念だよ」

老人は、若い二人それぞれにがっしりと握手をした。

「それでは、母国での健闘を期待しているよ。五味たむろ(ごみ たむろ)くん、
炎上寺由羅(えんじょうじ ゆら)くん!」

「ええ、グリシャム大佐もご達者で!」

「養生してね、大佐」

そうして二人の若者と老人は分かれた。

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「HCIA(ヒノマルシーアイエー)?」

皆本(みなもと)は首をかしげた。

「正式名称は『日の丸中央情報局』だヨ。古い上に情報公開していない
諜報組織だからネ。皆本クンが知らないのも無理はない。だが、コメリカの
支援の元に戦後すぐに作られたこの組織は、現代まで存続していたのだヨ」

桐壺(きりつぼ)局長はホワイトボードを棒で指し示しながら説明をした。

「コメリカの支援って……実質は占領統治策のひとつだったんじゃないですか?」

「さすが皆本クン。察しが良い」

皆本の質問に、桐壺はうなずいた。
コメリカとは新大陸にある大国であり、正式名をコメリカ合衆国という。
70年ほど前日本はその国に敗戦し、一時はコメリカの占領下におかれていた。

「HCIAは日本の組織なのだが、コメリカの指示で動いていた。
しかし日本の国力が回復し、コメリカと利害対立が起こるようになると
HCIAは日本からしてもコメリカからしても敵とも味方とも分からない
扱いにくい組織になってしまってネ……その結果予算を削られ続け、
このたびついに組織解体となったのだヨ」

(——それ以上にバベルが予算を食い過ぎたせいでは?)

そんなことを思い、皆本は少しバツの悪い顔をした。

「そして解体が決定したHCIA所属のエスパーを我々バベルが預かることになってネ。
しばらく彼らの指揮を皆本くんにお願いしたいんだヨ」

「でも、その間『ザ・チルドレン』はどうするんですか?」

皆本は不安げに聞いた。
皆本光一は超度(レベル)7の三人の女子中学生エスパーとその護衛である
二人の男子中学生エスパーを公私にわたってサポートしている。
それだけでも十分に激務であり、片手間にすることはできない。

「『ザ・チルドレン』の指揮はHCIAの指揮官に任せる予定だ。
いわば、元HCIAとバベルが互いに馴染むための人員交流だヨ」

(本当はチルドレンの三人がこれ以上皆本くんにべったりに
ならないためなんだけどね)

桐壺は心の中で舌を出した。
バベルは日本国の超能力政策を一手に引き受けている組織であり、その業務は
超能力の研究や、超能力犯罪への対処、大規模災害での救助等多岐にわたる。
超度7の『ザ・チルドレン』はバベルにとって宝とも言える存在であり、
バベル局長の桐壺は彼女達を溺愛していた。

「それで本当に大丈夫——」

「HCIAの二人のエスパーは今日の午後にも空港に着く予定です。
迎えに行ってあげてください」

皆本が不安を口に出そうとすると、桐壺の横に寄り添っていた女性——
柏木朧(かしわぎ おぼろ)が予定を告げた。どうやら拒否権は
与えないつもりらしい。

「そんないきなり——」

「ちょっと待ってくレ、電話だ」

皆本の抗議を打ち切り、桐壺は携帯電話に出た。

「……何だって!?」

桐壺はシリアスに驚いた。

「局長、どうしたんですか?」

「HCIAのエスパー二人を乗せた特別便が空中崩壊した!
皆本クン、いますぐ空港に向かうんダ!」

「な……はい! 了解しました」

思いもよらぬ緊急事態に、皆本は二つ返事で拝命してしまたった。

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「なぜ、HCIAのエスパーがゴミ処理場に……?」

皆本は固まった。

車を飛ばしている最中に電話連絡を受けて、急遽、
皆本はこのゴミ処理用埋め立て地まで来たのだ。

「あんたのおかげでいつもゴミにまみれてんだから!」

「助かったのに文句言うなよ!」

そんな皆本を気にすることもなく、ゴミの山の上で二人の若者が口論をしている。
その横ではパイロットや飛行機の乗組員らしき人たちが首をかしげていた。

「あの……もしかしてキミたち、HCIAのエスパーじゃないかい?」

皆本は笑顔を作り、臭いをガマンして、二人の若者に声をかけた。

「……ん? おまえは?」

(むっ、なかなかのルックス……)

二人が皆本の方を振り向く。

「バベルの皆本光一(みなもと こういち)だ。
キミたちを迎えに行くように言われた」

「炎上寺由羅、HCIA所属、超度6の念動能力者(サイコキノ)よ」

炎上寺由羅と名乗った女が皆本に手を差し出す。
ゴミまみれの手を握るということに少し戸惑ったが、
皆本はなんとか笑顔を崩さず握手を交わした。

「『元』HCIAだろ。五味たむろ、超度6の瞬間移動(テレポート)と
超度2の念動(サイコキネシス)だ」

五味たむろは服で拭いてから手を差し出した。
もう開き直ったのか、皆本はためらいなく握手をした。

「それじゃあ、今からバベル本部まで送っていくから車に乗ってくれ」

皆本は二人を自分が乗ってきた車に案内した。

「あっ、ちょっと待って!」

そこで、由羅が立ち止まって何かを拾った。

「それは?」

「ミスター・ブーだ」

皆本の問いにたむろが答えた。

「最近流行りのマスコットよ。飛行機の中にもあったけど、
一緒にテレポートしてたのかしら?」

「ああ、おまえが気に入ってるみたいだからついでにな」

そんな由羅とたむろのやりとりを見て皆本は思った。

(たむろくんは意外と気遣いができるのかな?)

そうして、一行は『ミスター・ブー』ごと車に乗り込んだ。

しかし——

 ガタンッ

しばらく走ったところで、大きな音を立てて突然車の車輪が外れた。

「なっ、なんだ?」

外壁も崩れ、バベル所有の公用車はあっという間にスクラップに変わった。

「みんな無事か!?」

皆本が二人の安全を確認する。

信号機で停止する前の、徐行運転中だったのがせめてもの救いだろう。

車は炎上することもなくエスパーの二人にも怪我はないようだ。

「ええ。無事よ。でも、ここからどうやって帰れば……」

由羅が途方にくれた。この埋め立て島には電車が通っていないし、
車の通りが少なくタクシーもほとんど来ない。

「たむろくんは、瞬間移動能力者(テレポーター)だったよね?
悪いけどバベルまでテレポートしてくれないかい?」

「ちょっと待って余計なことを——」

皆本の提案に、なぜか由羅は慌てだした。

「しゃーねーな」

しかし、たむろは由羅の様子など気にも留めず瞬間移動能力を使った。

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「なぜだ!?」

皆本は目を疑った。
五味たむろのテレポートによって埋め立て地から一気にバベル本部まで飛んだ。
超度6でありながら超度6にも劣らないテレポートと言える。
しかし、目を疑った理由はそこではない。

テレポートをして出た先が、管理官・蕾見不二子(つぼみふじこ)
の部屋のゴミ箱だったからだ。

「あら? 皆本くん、夜這いに来てくれたのかしら?」

ナイトガウンに身を包んだ、巨乳白髪の女性が皆本に声をかける。

「ち、違います! 元HCIAのエスパーを連れてきただけで——」

皆本はあわてて女性に弁明をする。

「夜這いどころか真昼間よ」

(すげーナイスバディ)

由羅がつぶやき、たむろは女性を凝視した。

その女性は皆本の横にいる二人に視線を移した。

「ふーん。あなたたちがコメリカで訓練を積んだ、HCIAのエスパーね」

「ああ。そうだけど……」

「あなたは誰?」

たむろと由羅はいぶかしげにたずねた。皆本が敬語を使っているということは
偉い人なのだろうが、外見はどう見ても20代、しかも昼間っから部屋にこもって
お休み中。とても重大な責任を預かっている人間には思えなかった。

「あたしは蕾見不二子、バベルの管理官よ」

ウインクをして、不二子は自己紹介をした。

「管理官?」

聞きなれない役職名に、二人は戸惑う。

「えーと、一応バベルで一番偉い人」

皆本は小声でたむろと由羅に言った。

「五味たむろです」

「炎上寺由羅です」

一番偉い人と言われたので、とりあえず二人とも敬語を使った。

「うんうん、かわいい子たちね」

不二子は満足げにうなずいた。

「でも、どうしてこんな所にテレポートを?」

自己紹介が終わったところで皆本がたずねた。

「それがたむろの能力なのよ!」

キレ気味で由羅が答えた。

「その能力がなけりゃ今ごろお陀仏だったろうが!」

たむろもキレ気味で応戦した。

「どういうことだ?」

皆本はいったいたむろの能力がどういうものなのかいまだに把握できない。

「なるほどねぇ……それじゃお披露目もかねて、能力テストしてみましょうか?」

不二子はにっこりと微笑んで言った。


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「来なよ、お嬢ちゃん」

帰国子女らしく、カモンのジェスチャーをして炎上寺由羅は挑発した。

「あたしが超度7と分かってるのに、ずいぶん余裕じゃない」

由羅の視線の先には赤髪の少女がいた。

背中まで伸ばした髪、歳のわりによく育った胸。

キッとにらみつける強い目つきが、男勝りだった小学生時代の名残を残す。

「薫(かおる)、今回は超能力を体外に出さずに戦うんだ、いいな?」

いくつも重ねられた強化ガラスの向こうから、マイク越しに皆本が指示を出した。

「了解、いっくぞー!!」

薫と呼ばれた少女は走りこんで一気に由羅との間合いを詰めた。

「おお、さすが薫クンだ。慣れない脚力強化でもかなりのスピード」

皆本同様に、強化ガラスの向こうにいる桐壺がつぶやいた。

「いえ、まだ超能力反応はありません」

そのつぶやきに朧が答えた。

「あれは、薫の生身の身体能力ですよ」

皆本も説明を加えた。
明石薫(あかし かおる)は皆本が担当する『ザ・チルドレン』という
エスパーチームの一人で、超度7……最高レベルの念動能力者だ。

超能力のレベル『超度』は1から7まで存在するが、最高の超度7は一部の
例外を除き日本に三人しかいない。その三人をひとまとめにしたチームが
『ザ・チルドレン』である。そして、薫は日本最高の念動能力者である。
薫は最高超度の念動能力者であると同時に、生身の身体能力も高い。
念動力を直接ぶつけたり、モノを動かしたりしなくても、生身のパンチに念動力を
加えるだけでかなりの威力になるだろう。

「サイッキック——」

走りこんだまま止まらず、そのスピードをこぶしに上乗せして薫は腕を振りかぶる。

「来たわねー……」

一方、むかえ撃つ形となった由羅は後ろを向いてかがむような姿勢になって、
体を最大限にまでひねる。

「ファーストブリッド!!」

「どっかーん!」

薫は振りかぶったこぶしを前に突き出し、由羅はひねった体を一気に逆回転させ、
そして、二人の念動能力者のパンチがぶつかり合った。
ただのパンチでは絶対にありえない轟音がひびき、超能力テスト用の
特殊強化ガラスが割れ始めた。

「うわッ!」

「す、すごい威力です!」

「大丈夫か、コレ!?」

桐壺、朧、皆本の三人はひとまずかがんで伏せた。
三層の強化ガラスが全部割れれば、超能力をもたない三人に、とてつもない
エネルギーがふりそそぐことになるのだ。下手をすれば死んでしまう。

「……どうなった?」

そして、衝撃がやんだところで三人は立ち上がって前を見た。
彼らは目を見張った。二層まで割れて見えにくくなったガラスの向こうには、
クレーターができていて、その真ん中に由羅が一人立っていたのだ。

「ゆ、由羅クン、薫クンはどこだネ!?」

桐壺が叫んだ。
由羅は得意げに前を指差して答えた。
その先には吹き飛ばされ、壁にたたきつけられてうつ伏せに倒れた薫の姿があった。

「薫、無事か!?」

皆本も叫んだ。
すると、薫はひょいと立ち上がった。

「くっそーっ! 負けた!」

こぶしを握りしめ歯ぎしりをする薫の姿に、皆本は安心した。
悔しがる元気があるなら深刻なダメージはないだろう。

「しかしすごいネ、薫クンにパワーで勝ってしまうとは」

「炎上寺由羅は肉体の強化——つまり怪力に特化した念動能力者です。
離れた場所にあるモノを動かしたりはできませんが、
得意分野の怪力に関して言えば超度7並の威力を発揮できます」

驚く桐壺に、朧が資料を見ながら解説した。
その炎上寺由羅はピースサインをして勝利をアピールした後、
小走りに薫に近づいた。

「ごめんね、痛かった?」

そう言って、由羅は薫に手を差しのべた。

「あ、いや、大丈夫」

思いのほか優しい対応に、薫は少しテレてその手をとった。

「ほう……性格もなかなか良い子じゃないカ」

まるでスポーツのようなさわやかな情景に、桐壺は心を和ませた。
これなら、今後とも仲良くやっていけそうだと判断したのだろう。

「しかし、彼女は——」

朧が懸念すべきところを言おうとした時だった。

「痛ってぇーっ!」

そんな叫び声と共に、薫が念動力で由羅を吹き飛ばした。
由羅は屋根にぶつかって、床まで落ちた。

「ちょっと、いきなり何するのよ!」

由羅は立ち上がりながら抗議した。

「それはあたしのセリフだ!握手のフリして手を握りつぶそうとしただろ!?」

「ハァ!? あんたみたいなお子さんじゃあるまいし、そんなイタズラしないわよ」

そして、険悪なムードの言い合いがはじまった。

「炎上寺由羅さんは自分の怪力をあまりコントロールできないんです。
リミッターをつけても彼女の力を完全に防ぐことはできません。
特に、感情的になったときにはほとんど制御がきかないようです」

朧は冷や汗をながしながらそう言った。

(また面倒ごとを押し付けられちゃったのかナ? これは)

桐壺は自らの冷や汗をハンカチでぬぐった。

(そして、最終的にはボクに押し付けられるんだろうな)

皆本は、ギャーギャーわめきあう薫と由羅を見てため息をついた。

初回アップはここまでです

いちおう、絶対可憐チルドレンもダストスパートも知らない人でも分かるように
書こうと思っていますが、説明が多くてかえって分かりづらいかもしれません

このマイナークロスにレスありがとうございます
小学生編からいろいろ変わっているところはありますが、その辺はおいおい

今日からニコでも兵部スピンが放送♪

>>5に間違いがありました
後ろから二行目を
>超度6でありながら超度6にも劣らないテレポートと言える。
から
>超度6でありながら超度7にも劣らないテレポートと言える。
に脳内変換してください

おお、またもや
レスありがとうございます

私もダストスパート!!は偶然見つけた感じでした
きょうびリアルタイムで連載見てた人なんてほとんど居ないでしょうねww

今日は聖人でも星人でも性人でもなく、成人の日
ただいまよりアップします

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「なんや、この汚い部屋は?」

由羅・薫とは別の能力テストルームで、メガネの少女がぼやいた。
長い黒髪に細身の体はいかにも大和撫子といった風貌だが、
その表情にはつつましさやしおらしさは無く、不満を言うときの関西の
おばはんの顔をしていた。

「一面ゴミだらけだな、こりゃ」

たむろがあたりを見回しながら言った。
彼はそのメガネの少女と向かい合って立っている。
少女が汚い部屋といったのも当然だろう。
床には壊れた機材やシュレッダーにかけた紙、折れた鉛筆や使い切ったペンなど
ゴミがいたるところに散乱している。
さらに、同じようなゴミが壁にも天井にも、一面貼り付けられていた。

「葵(あおい)、たむろくん、準備はいいかい?」

マイク越しに、皆本が呼びかけた。

「ああ、大丈夫だ」

たむろはそう答えたが、葵と呼ばれた少女は手を上げた。

「その前に質問! この部屋の様子はなんやの?」

「僕も詳細は聞いていないが、今回の能力テストには必須の環境らしい」

あいまいな答えに葵は釈然としないが、必須というからにはゴネてもゴミを
どけてはもらえないことは理解した。

「分こうた。はよ、始めよ」

「よし、それではルールを説明する。それぞれ足元にロープが置いてあるだろう?」

皆本の言葉に、たむろと葵は足元を見た。そこには合成繊維と思われるひもで
作られたロープが三重ほどのとぐろを巻いていた。
ロープの片方の先はESP錠と呼ばれる対エスパー用の手錠に結び付けられていた。

「これか?」

「ゴミかと思うたわ」

たむろはロープを腕に通して持ち上げ、葵は手錠のついている先端を手にした。
皆本は説明を続けた。

「ルールは簡単だ。ESP錠とロープを使って相手を捕まえた方が勝ち、ESP錠を
された方が負けになる。ただし、相手を殴る蹴るモノをぶつけるなどの暴力行為は
犯則。テレポートは自由に使って構わないが、部屋の外に出ることも犯則だ。
なにか、質問は?」

質問はと言われてたむろが手を上げた。

「暴行にならない範囲なら念動能力も使っていいのか?」

「いいだろう、許可する」

そのたむろと皆本のやりとりに葵が顔をしかめた。

(あいつ、複合能力者か……合成能力者かも知れへんな)

複合能力者とは、複数の種類の超能力を使える者のことである。
そして、合成能力者は複数の能力を組み合わせて特殊な超能力を使う者だ。
複合能力者や合成能力者は、能力の組み合わせや使い方しだいでは
超度だけでは測れない強みを持っていることがある。

「ウチも質問。互いに手錠をつけられた場合はどうなんの?」

「ええと、その場合は引き分けだ」

葵の質問に、皆本は手元の紙を読みながら答えた。

(あのにーちゃんに瞬間移動以外もあるなら、近づくのは少し危険やな)

葵はそんなことを思った。
野上葵(のがみ あおい)は薫と同じく『ザ・チルドレン』の一人であり、
超度7の瞬間移動能力者だ。そして、日本最高の瞬間移動能力者である。
葵自身も自分の能力には自信を持っていて、純粋にテレポートだけの勝負なら
負ける気はおろか引き分けになる可能性すら考えていなかった。
だが、複合能力者や合成能力者であれば多少の用心は必要だ。
いくら最強の瞬間移動能力者でも、葵の生身の肉体はただの女子中学生に過ぎない。

「他に質問は無いか?」

皆本の問いに、二人は首を横に振った。

「では、はじめっ!」

その号令と同時に、葵はESP錠をたむろの手元にテレポートさせた。

(相手は男で念動持ちや、力では勝てん。接近戦では高リスクや。
ESP錠だけをテレポートさせて捕らえる!)

しかし、たむろはすぐ横にテレポートしてそれをかわした。

「なかなか速いやん!」

葵は手元に残ったロープを結び始めた。モノを頭上などにテレポートさせ、
落として攻撃するのは今回のルールでは犯則になってしまう。
だが、結んだロープをテレポートさせて縛り上げるのならば犯則にならないはずだ。
完全に縛り上げられなくても体のどこかを引っ掛ければ相手の動きを抑えられる。
それが、葵の考えだった。
葵がロープを結んでいる間にも、たむろがすぐ後ろにテレポートしてきた。
たむろは念動であやつったロープを葵に伸ばしてきた。

「ちょっとでもウチに触れられると思うんやないで!」

葵はすぐさまロープごとテレポートして部屋の一番奥にまで逃げた。

「ちっ、流石に速いな」

「え!?」

葵は目をみはった。
自分がテレポートしてすぐに、たむろが目の前に現れたのだ。

(超度7のウチについてこられるんか?)

葵は逆サイドの壁までテレポートで逃げた。だが、たむろはまたすぐに、
真後ろに現れた。これではロープを結んでいるヒマなどない。

「ここならどうや!?」

葵は今度は接近戦のやりにくい空中にテレポートした。
瞬間移動にしても念動にしても、滞空し続けるにはそれなりの超度が必要なうえ
近距離を保つことも難しい。

「あー、この、空中に逃げたか!」

たむろは苦々しげに空中で断続テレポートを続ける葵を見上げた。

(なんや? あれだけ速いテレポートができるんなら空中にも少しは
ついてこれそうなもんやけど……)

葵は疑問に思ったが、どうあれ相手が追ってこないなら反撃に移るだけだ。
葵はESP錠とロープをたむろに向けてテレポートさせた。
たむろは地上を素早くテレポートしてそれを避けた。

「くっ、ちょこまかと!」

二つの拘束具を葵は何度もたむろにけしかけるが、たむろのテレポートも素早く
いっこうにつかまらない。

(でも分かってきたで。あいつはテレポートのスピードならウチと
同じぐらいかも知れへんけど、地面の上だけ、しかも本人を中心にしか
テレポートできへん)

超度7に匹敵するスピードのテレポートは脅威だが、そういう相手なら
こうして空中にいる限り一方的に攻撃できる。葵がそう思った時だった。

「ええい、こうなりゃヤケだ!」

そんな掛け声とともに、天井からたむろが落下してきた。

「へ?」

葵はとっさにテレポートして避けた。たむろはそのまま床まで落ちそうになるが、
ぶつかる直前でテレポートして姿を消した。
かと思ったら、今度はすぐ近くの壁から姿を現した。

「うわっ、こっからも!?」

たむろのロープが絡みつく、その直前でギリギリ、葵はテレポートして逃げた。
そして、三次元的に部屋のど真ん中、床からも壁からも天井からも一番遠い場所で
滞空した。

(床だけやなしに天井や壁もアリなんか……)

それでもここに居ればたむろが頭上に現れたときだけ避ければいい。
葵にとって考えうる一番安全な場所だった。
壁から地面に落下したたむろは、攻めあぐねて葵を見上げた。

(あの子に直接暴力をふるわなけりゃ良いんだよな? それなら——)

そんなことを思い、たむろは再び天井にテレポートした。
しかし、葵の頭上ではなく、端っこにだ。

(っ!? なんのつもりや?)

葵にはたむろの狙いが理解できなかった。
たむろは天井に現れると同時に、ロープを長大なムチのように振って、
天井に貼り付いたゴミをこそげ落とした。雨あられと部屋中にゴミが降り注いだ。

「テレポート妨害やな!」

葵が叫ぶ。雨降りや粉塵にまみれているなど、まわりにゴチャゴチャと
物質がある状態ではテレポートに必要な空間把握能力が乱される。
瞬間移動能力者を捕まえるのにこういう手段は有効と言えた。

「でも、超度7のウチをこの程度でどうにかできると思わん方がええで!」

確かに、葵でもテレポートがやりにくいが、不可能なほどではなかった。
優れた瞬間移動能力者は空間把握能力も優れているのだ。

(むしろ、自分で自分のテレポートを封じたようなもんや)

テレポートがやりくくなったという点では超度の低いたむろの方が苦しいはず。
葵がそう思ったその時だった。

「よし、捕まえた!」

なんと、空中にいるはずの葵の目の前にたむろが現れた。

(こいつ、空中にもテレポートできたんか!?)

葵は慌ててテレポートで逃げるが、その目の前にはすでにたむろがいた。
ゴミが降っているせいで遅くなっているとは言え、葵は先回りをされたのだ。

「えっ、ウソやろ!?」

「もういっちょ!」

驚いている隙に、葵の足にたむろのロープが絡まった。
葵はテレポートで振り切ろうとするが、物質的に接着した状態で高レベルの
瞬間移動能力者から逃げることは困難だ。念動力のこもったロープを巻きつけ
られているのではなおさらだった。
たむろはばっちり葵のテレポートについていき、葵の腕にESP錠をはめた。

「う、ウチが負けたぁ〜」

葵はショックでかがみこんだ。

「任務完了……だな?」

たむろはガラスの向こうにいる、皆本・桐壺・朧の三人に目線を向けて言った。

「彼は本当に超度6かネ? 最後は完全に葵クンを上回っていたヨ?」

桐壺はたむろの能力に驚き、目をみはっていた。

「ゴミが多くてごちゃごちゃした環境だったので葵のテレポートが鈍ったせいも
あると思いますが、何故たむろくんはあの環境であれほどのテレポートを?」

皆本も疑問に思いたずねた。

「はい、五味たむろさんは確かに超度6です。テレポートのスピード、距離、
連続性どれをとっても超度7に匹敵するのですが……」

朧は言いにくそうに台詞にタメを作った。

「が?」

桐壺が次の台詞をうながす。

「彼は、ゴミからゴミへしかテレポートできないそうです」

朧は心底残念そうに言った。

「……なるほど。おかげで分かりました。ゴミを降らせたのは葵のテレポートを
妨害するためではなく、自分が空中にテレポートするためだったんですね」

皆本が先ほどの能力テストを振り返って言った。

「おそらくは。あと、ゴミが壁や天井にはりついているなんて状況は普通は
ありえませんから、天井へテレポートしたのも初めてなのでしょう」

朧が解説を加えた。

(それに、たむろくんにとってはゴミはいくらごちゃごちゃしていても
テレポートの邪魔にならないと考えるべきかな?
普通の瞬間移動能力者とは違って物質によるかく乱が効かないとしたら、

今回のテストのように状況しだいでは葵を上回る能力だ)

皆本はたむろの能力をそう分析した。

「HCIAは一体、どういう能力開発をしていたのかナ?」

何をすればゴミからゴミへのテレポートなんていうおかしな能力が身に付くのか、
桐壺には想像がつかなかった。

「それはCCIA(シーシーアイエー)の守秘義務にかかるので明かせないそうです」

(なるほど面倒臭い)

朧の説明に、桐壺はHCIAが廃止に至ったことに納得した。
CCIAは正式名称を『Comerica Central Intelligence Agency』、日本語訳で
『コメリカ中央情報局』といい、コメリカの巨大諜報機関であり、HCIAは主に
CCIAと連携して活動を行っていた。たむろと由羅は日本ではCCIAの守秘義務を
守らなければならない一方でコメリカに居た時は日本の守秘義務も守らねば
ならなかった。
そうなれば常にスパイ疑惑、二重スパイ疑惑がついてまとってくることになり、
日本にとってもコメリカにとっても使いづらいことこの上ない。

「そういえば、HCIAのエスパー指揮担当者もバベルに来るんですよね?」

皆本が思い出したように言った。

「ああ、背古井(せこい)クンと言ってネ。
いま、紫穂(しほ)クンが迎えに行っているヨ」

「え? 迎えに行かせたんですか?」

桐壺の言葉に、皆本はわずかながら反発心を覚えた。
桐壺は、内務省特務機関超能力支援研究局——通称バベルの局長である。
皆本は桐壺の部下にあたり、その皆本の部下が先ほどの薫・葵を含む三人組みの
『ザ・チルドレン』だ。皆本としては桐壺にあまり『ザ・チルドレン』に直接
命令してほしくない。その理由は皆本の担当としての立場のほかに、桐壺が
『ザ・チルドレン』の三人を溺愛しているため勝手な命令をしたり甘やかしたり
することが多いためである。

「いや、違うヨ。紫穂クンが自分から行きたいと言ったんだ。
背古井クンが元諜報員だと言ったらネ、ぜひ話を聞いてみたいと——」

「そうですか……」

桐壺の説明に皆本はうなずいて見せた。
だが、その内心は普段あまり見せない紫穂の積極性に疑問を抱いていた。

(確かに犯罪捜査などは紫穂の趣味かもしれないが……本当にそれだけか?)


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「始めまして、背古井さん。バベルの三宮紫穂(さんのみや しほ)です」

バベル本部の最寄り駅改札で、紫穂は待ち受けていた。

「はじめまして、元HCIAの背古井です」

能面のような顔をした男が、背筋を曲げないビシッとした挨拶をした。

「お名前は伺っています。『ザ・チルドレン』の三宮さんに自ら迎えに来て
いただけるとは光栄です」

背古井は表情をピクリとも動かさないまま、紫穂に右手を差し出した。

「……っ!?」

紫穂は、背古井のその行為に驚いた。

「あの……、私、超度7の接触感応能力者(サイコメトラー)よ?」

三宮紫穂の超能力は接触感応(サイコメトリー)だ。体が触れた人や物から
情報を読み取ることができる。つまり、接触感応能力者に触れるということは
心の中を見透かされることを意味する。そして、ほとんどの人は自分の心の中を
それを嫌がるので接触感応能力者とは手を触れようともしない。
にも関わらず、この背古井という男はためらいもせずに紫穂に握手を求めたのだ。

(皆本さん以来ね……)

紫穂は自分の担当である皆本と出会ったばかりの頃のことを思い出した。
彼もまた、ためらいもせずに紫穂の手を握ったのだ。
その時はまだ紫穂は小学4年生に過ぎなかった。しかし今や中学2年生だ。
初めて出会ったときに紫穂が中学2年生だったら皆本は、小学生の紫穂と同様に
ためらいもなく手を繋げただろうか。

「ええ。細かい自己紹介をする手間が省けます」

背古井はあっさりとそう言った。

(え、透視していいの?)

まるで是非、接触感応してくれと言わんばかりの背古井の態度に紫穂は戸惑った。
HCIAという諜報組織の人間にしてはあまりにも機密保持にずさんに思えたのだ。

「それでは……」

「今後ともよろしくお願いします」

当たり前のように背古井は志穂の手を握った。

(……?)

互いに手を握った瞬間、志穂は不思議に思った。
背古井の考えていることにはそんなに変わったことはない。
今追っている事件の話とか『HCIAからバベルに変わったら給料増えるかな?』とか。
しかし、感じ取れる情報量が少なすぎた。それに、なんとなくだが違和感がある。
人間として必要なものが抜けているような、そんな不思議な感覚だ。

「背古井さんは超能力者ではないのよね?」

志穂は背古井に聞いた。超能力者相手には接触感応がやりにくい場合がある。
違和感の原因をそれではないかと思ったのだ。

「いえ。私は普通人(ノーマル)です。検査では潜在能力も無いということでした」

背古井はきっぱりとそう答えた。

(それなら何だったのかしら?)

志穂は、この男が危険な人間でないかどうかを調べるために会いに来た。
一時的とは言え自分達の指揮を任せることになるという情報を、すでに職員から
接触感応で聞き出しているから、まず自分達に害がないかどうか知る必要がある。
さらに、諜報員である以上、何らかの任務を秘めてバベルに潜り込もうとしている
可能性も疑わなければならない。
接触感応で読みきれない相手というのは危険だと志穂の頭脳は告げた。
だが——

(この人は、ためらいもなく私の手を握ってくれた)

それだけの理由でいい人だと思いたいという感情がどこからか湧き上がってきた。

(……バカね、もう小学生の子供じゃないのに)

志穂は心の中で自嘲した。

「それじゃ、行きましょう。こっちよ」

志穂は案内をはじめる。最寄り駅からバベル本部までは歩いてすぐいける距離で
その区間は警備も充実している。直接的な攻撃手段となる超能力の無い志穂が
安心して一人で迎えにいけるのはそのためだ。

「それでは」

背古井は素直についていった。

「ところで、さっき少しだけ背古井さんが追っている事件のことを
透視させてもらったんだけど——」

志穂は仕事の話を振った。
志穂は事件の捜査をバベルに所属する「特務エスパー」としての任務のほかに、
父親が警察庁の長官であるためその手伝いとしても行っている。
そうしているうちにか、元々そうだったからかは分からないが犯罪捜査は
志穂の趣味でもあった。特に、猟奇殺人など残酷で凄惨なものが志穂の好みだ。

「ああ、連続スクラップ事件ですね。最近、乗り物や家屋などが突然崩壊する
という奇妙な現象が多発しています。私はこの件を何らかの組織的犯罪では
ないかと疑っているのです」

背古井の表情は変わらないが、語る口調が真剣なように志穂には思えた。

(よっぽどの仕事人間なのかしら?)

さっき志穂が接触したとき、背古井は給料のこと以外には仕事のことしか
考えていなかった。雑念が少なかったことが情報量が少なく感じた原因のひとつだ。

「犯罪の可能性が高いというのはわかるけど、組織的?
どちらかと言えばただの愉快犯のように思えるわ」

「犯罪だと仮定した場合、標的がランダムに近く、確かに一見無目的な愉快犯に
見えます。しかし、我々HCIAのエスパーを乗せた特別便の飛行機とそれを迎えに
行った車が同じ手でやられているのです」

それは、背古井にとっても志穂にとっても先ほど仕入れたばかりの情報だった。
たむろと由羅の乗った飛行機と、その二人を迎えに行った皆本の車がどちらも
急に大破したのだ。

「その二つは偶然とは思えないわね。それに、偶然でないとしたらバベルやHCIAの
情報を取得できるほどの組織……」

そんな組織がいくつか、志穂の脳裏に浮かんだ。

「分かったわ。明日学校で聞いてみるわ」

志穂はさも当たり前のように、かつシリアスにそう言った。

「はて? 学校でですか?」

背古井は志穂の言っている言葉の意味がよく分からずに首をひねった。

本日のアップはここまでです

グリシャムらが属する組織は絶チル原作では単に「中央情報局」となっていますが
このSSの中では「コメリカ中央情報局(CCIA)」とします

うわ、最悪の間違いしてます

×志穂 → ○紫穂

脳内修正お願いしますm(_ _)m

レスなしにもめげずにアップするぜ

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「五味たむろクン、炎上寺由羅クン、キミ達二人は今日からバベルの特務エスパー
としてチームを組んでもらうヨ。チームには『ザ・ダストスパート』のコードネーム
を与える!」

桐壺の命名に、たむろと由羅は感激の涙をながした。

「これで、貧乏生活ともおさらば……」

「缶詰とファーストフードの生活から開放されるのね!」

その涙の理由に朧がもらい泣きした。

(この子たち、そんなに苦労してたのね)

「そして、チームの指揮は最低一ヶ月、皆本光一クンにお願いするヨ」

桐壺は指令を続けた。

「しかし、その間『ザ・チルドレン』は本当に大丈夫なんですか?」

皆本は前と同様に不安を訴えた。

「心配いらない、その間、『ザ・チルドレン』の指揮は同じく本日付けで
バベル所属となった背古井クンにとってもらう」

「よろしくお願いします」

背古井はキリッとした態度でお辞儀をした。

「お前たちは、大丈夫なのか?」

皆本は『ザ・チルドレン』の三人にたずねた。

「大丈夫よ。背古井さんは仕事熱心でマジメな人だもの」

紫穂がまずはじめにそう答えた。

「まー、紫穂がそういうんやったらウチらも……」

「うんうん、別に文句ないよ」

葵と薫も紫穂の言葉にうなずいた。

(っ!? こいつらにしては聞き分けが良すぎないか?)

皆本はそれがかえって不安に思えた。

「それじゃ、背古井さんに超能力で暴力を振るったりしないって誓えるか?」

『ザ・チルドレン』の三人に皆本が迫った。
最近少しは大人しくなってきたものの、小学生時代の『ザ・チルドレン』は
規則を破ったり機材を破壊したり、やりたい放題で、担当者への暴力も
日常茶飯事だった。

皆本の前の前任者たちは『ザ・チルドレン』のあまりのきかん坊っぷりに呆れて
すぐ辞めてしまうか、そうでなければ病院送りになったりノイローゼになったりして
仕事ができなくなってしまったのだ。
皆本にとって、『ザ・チルドレン』が慣れない大人の指揮下でやっていけるか
どうかも不安だったが最大の不安は背古井の身の安全だった。

「あたしだって、もう小学生じゃないんだから、そのぐらいの聞き分けはつくよ」

「それとも、皆本はんさびしいんとちゃうか?」

「泣いて止めてくれるなら、断ってあげてもいいわよ」

薫、葵、紫穂はいつものように皆本を茶化した。

「キミたちに問題があるから言ってるんだが……、まあこの分なら大丈夫か」

『ザ・チルドレン』の三人はどうやら今回の人事に腹を立てている様子はないし、
背古井を嫌がってもいないようだ。もう中学生なんだし、たまにはこういう経験も
必要だろう。皆本はそう思って心を落ち着けた。

「——それに、私達の生活の面倒は今までどおり見てくれるんでしょう?」

「そりゃそうだが……」

紫穂のその言葉に、皆本は『ザ・チルドレン』と顔を会わす機会が減ったことや
心配以上に、成長したことに寂しさを抱いている自分に気が付き言いよどんだ。

「話はまとまったようですね。それでは、薫さん、葵さんもよろしくお願いします」

背古井が差し出した手を、薫と葵はそれぞれしっかりと握った。


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「——と言うわけで、最近のスクラップ事件ってあなたたちのせいじゃないの?」

中学校のお昼休み、紫穂は単刀直入にクラスメートに聞いた。

「カズラ、何か聞いてる?」

金髪をゆるく束ねた少女が横にいる黒髪サイドテールの少女にたずねた。

「何も。少佐が居なくなってからこっちはそれどころじゃないわ」

カズラと呼ばれた少女はうつむき加減でそう答えた。

「そっちこそ、少佐の情報が何かあったら隠すんじゃないわよ?」

金髪の少女は紫穂をにらむようにしてそう言った。

「そのことについては私達も何も聞かされてないし、透視も妨害されてるわ。
肝心なところで子供扱いされちゃうのはバベルでもパンドラでも同じね」

紫穂はスラスラとそう答えたが、ウソである。本当は彼女達の言う「少佐」が
どうなっているのか知っているが口止めされているのだ。

「そっか……ところでさ、あたしたちもかもしんないけど、
今日は薫と葵も元気ないね」

金髪の少女は視線をその二人のほうに向けた。

「なに、澪(みお)、あんた気になるの?」

そんな澪にカズラがニヤニヤしてたずねる。

「バ……バカッ、そんなんじゃなくてっ!」

なぜか澪は必死になって言い返した。

「ああ、あれは気にしなくていいわ。昨日新入りに超能力テストで負けちゃって
へこんでるだけだから」

「へぇ……あの子たちより強いエスパーが入ったの?」

紫穂の説明に、カズラは少し驚いた様子だった。
超度7の薫と葵に勝てるような超能力者は滅多にいないはずだ。新入りで
そんなに強いとすれば、カズラ・澪たちの『パンドラ』にとって強敵になりうる。

「ええ、私たち『バベル』も着々と力を増しているわ。
現場で会ったらあなたたちでも容赦はしないから、覚悟することね」

紫穂は普段なら薫と葵を擁護するところだが、今回はあえてこう言った。
筑紫澪(ちくし みお)、玉置カズラ(たまき かずら)の二人は
『ザ・チルドレン』のクラスメートであると同時に犯罪組織『パンドラ』の
メンバーだ。他にも数名、同学年に『パンドラ』のメンバーがいる。
現在『パンドラ』はロビエト連邦という北の大国の庇護を受け、日本にも
ロビエト大使やその職員・子弟として堂々と入り込んできている。
だから、普段は犯罪組織のメンバーと分かっていても手が出せない。
しかし、現行犯ならば話が別なのだ。その時はクラスメートで友人で
あったとしても任務として捕まえなければならない。だから紫穂は、できるだけ
余計な争いにならないようにけん制しているつもりだった。

「ふん、そんときゃ返り討ちにしてやるよ」

しかし、挑発と受け取った澪は腕を組んでふんぞり返ってそう答えた。

「——て言っても、ウチも学校とかロビエトへの遠慮があるから
最近あたしたちにそういう仕事が回ってこないのよね」

カズラは肩をすくめてみせた。

「ふぅん、それならいいんだけど……場合によっては応援頼むかもね」

「言ってること逆じゃん!」

紫穂の言葉に、澪がつっこむ。

「バベルが狙われたってことは反エスパー団体の仕業ってこともありうるでしょ?」

そんな澪をカズラが抑えた。
パンドラはエスパーによるエスパーのための世界を作るための組織だ。
そのため反エスパーのテロや犯罪などに関してはバベルとも利害が一致している。

「あ、そっか」

澪は納得してうなずいた。


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渦巻きメガネをかけた、いかにもガリ勉といったふぜいの男が一団の先頭に
立っていた。
全員が若い……おそらく学生だろう。

「ズバリ、時は今でしょう!」

その言葉と同時に、一団は武器を持った。

「たまちゃん、突撃だね」

「僕達はどこにでもいるんだぜ、ベイビ〜」

そうして十数名の男女が、家屋から出ようとした時だった。
突然、ゴミ箱から巨大な虫の触覚のようなものが伸びてきて、手近に居た人間の
ピストルを叩き落した。

「な、何がおこったんだブー!?」

丸顔で背の低い男が驚愕の声をあげた。
なぜなら、ゴミ箱から一人の男が出てきたからだ。
手には二本の黒いムチを持っていた。それが、先ほどは触覚のように見えたのだ。

「食らえっ!」

ゴミ箱から出てきた男——たむろはムチで次々と周りの人間を攻撃した。
その混乱に乗じて、またゴミ箱からメガネの男と長髪の女が現れた。

「我々はバベルだ。キミたちのテロ行為は予知されていた。
今すぐ武器を捨てて投降するんだ!」

メガネの男、皆本が口上を述べた。

「何を! 反撃するんだ、ウジキくん!」

頭頂部が尖った髪型の男が反撃を指示すると、ひょろ高い背格好の男が
ピストルを発砲した。

「避けて!」

「ぎゃっ」

長髪の女——由羅は皆本を叩き飛ばして銃弾を避けさせるが、力あまって
壁にめり込ませてしまった。

「なにやってんだ、由羅!」

たむろが由羅をしかった。

「……いや、構わないこのぐらい慣れている。それより、たむろくんは敵の
武器を叩き落して、由羅ちゃんは反撃してくる敵に攻撃を!」

壁にめりこんだまま、皆本は機敏に指揮を飛ばした。
その指揮に従い、たむろと由羅は次々に敵を倒していった。
狭い室内で大人数であるため、相手側はむやみに発砲できないのだ。

「ズバリ、ピンチでしょう!」

渦巻きメガネの男が冷や汗をたらした。

「くっくっく……こっちはECMがあるよ……」

目の小さい女が小さく笑って、腕時計のようなもののスイッチを押した。

「えっ?」

それと同時に由羅のパンチは敵に簡単に受け取られ、たむろのムチは枯れたように
力を失ってだらしなく垂れた。

「さすが、オーノくん、すぐに反撃だよ!」

今がチャンスとばかりに、一団は一斉に襲いかかった。しかし——

(ECCM発動!)

ECMとは、正式名を超能力対抗措置(Esp Counter Measure)と言い、一定容量内で
超能力を無効化する装置である。また、ECCMは超能力対抗対抗措置(Esp Counter
Counter Measure)のことで、ECMを無効化する装置のことだ。

皆本が携帯電話のボタンを押すと同時に、由羅は自分の腕をつかむ男を力づくで
振り払い、それに巻き込んで何人かを一度に倒した。
既に羽交い絞めにされていたたむろは、即座にテレポートでゴミ箱まで移動した。
皆本の指示でポケットの中にゴミを詰め込んでいたのだ。
これならたむろの能力でも、時を選ばずテレポートできる。
そして、すぐにムチで攻撃に移った。

「うっ、こ、この化物がぁ〜〜っ!」

「や、やめるんだウジキくんっ!」

由羅・たむろの逆襲を受けて、ひょろ高い男が錯乱したようにピストルを連射した。

「危ない! 由羅ちゃん、机を!」

皆本が叫んだ。由羅はすばやく大きな机を持ち上げて、銃弾をそれで防いだ。
その隙にたむろがムチで、ひょろ高い男を拘束した。
由羅はそれを確認すると、机を敵に放り投げる。
何人かの敵が一度にそれの下敷きになった。

その後は一方的だった。由羅の圧倒的なパワーで敵を壁に叩きつけて倒し、
武器を持つ手はたむろのムチで弾かれる。皆本もゴム弾ピストルで攻撃に加わり、
『ザ・ダストスパート』は無事、テロリストのアジトを占拠した。

「ズバリ、覚えてやがれでしょう!」

「くっくっく……私達は『普通の人々』、どこにでもいる。
だからこれで終わりはしないよ」

拘束された犯人たちはそんなことをわめいていた。

「よくやった。キミたちは『普通の人々』のテロにより家屋数軒崩壊という
予知を覆した。これは期待していた以上の成果だ」

皆本はたむろと由羅を手放しで褒めた。

「いやぁ、それほどでも」

「皆本さんったら、褒めて伸ばすタイプ?」

初仕事を評価されて、たむろと由羅も表情をゆるませた。

が、

 バキッ

大きな音がして、太い柱が一本折れた。
由羅に殴り飛ばされた人間がぶつかったり銃弾が当ったりして脆くなっていたのだ。

 メキメキ ミシッ

そして、全方位からやばい音が聞こえた。

「まずい、たむろくん、全員テレポートを!」

「りょ……了解!」

たむろは、皆本と由羅、それにテロリストたち全員を巻き込んで一気に
テレポートした。その先はお好み焼き屋のゴミ箱だった。

「なんだ、てめぇら!?」

店員が驚いた声を出した。
客も突然現れた二十人ちかい大群にビビって動けなかった。

「ここは、どこ?」

由羅が首を傾げた。

「なんで近所のお好み焼き屋にテレポートするんだブー?」

捕まった犯人も疑問をいだいた。

「ええと、すいませんでした! 我々はバベルの任務で——」

皆本はとっさに、かつ必死に店員に事情を説明した。

その間に、たむろと由羅がテロリスト達を外に連れ出した。

そうして外に出てみると、先ほどまで居たテロリストの潜伏アジト……
ただの古い住宅は崩壊し、左右の隣家がそれに巻き込まれて被害を受けていた。

「あちゃー、これじゃ予知の『家屋数軒崩壊』を防いだことにはなんないわね」

由羅は他人事のようにつぶやいた。

「まあ、お前が出たにしてはマシに済んだ方じゃないか?」

たむろも投げやりに言った。

「やっぱりこうなったか……」

ようやくお好み焼き屋から出てきた皆本はくたびれた様子だった。

「しかし、お前らなんでこんな普通の町でテロなんかしようとしたんだ?」

捕らえたテロリストたち相手に、たむろがたずねた。

「この近くにエスパー児童専門のフリースクールがあるのさ」

テロリストたちに代わって皆本が答えた。
設備・人員等の問題からエスパー児童は学校への入学を断られるケースが多い。
そうでなくとも、学校でなんらかの問題が起こって不登校になることもある。
そういったエスパー児童のためのフリースクールが近年急増しているのだ。

「でも、キミたちはまだ学生だろう、どうして?」

皆本がたずねると、ウジキと呼ばれていたひょろ高い男が答えた。

「そこのナガサワラくんの家はエスパーの超能力暴走で火事になったんだ。
ナガサワラくんだけじゃない、ここにいるみんなはそれぞれエスパーに
恨みをもっているのさ」

「それが、テロの被害者とどう関係があるのよ!?」

由羅がウジキをつかみ上げた。彼女もエスパーだが、だからと言って関係ない
ほかのエスパーの恨みまで自分のせいにされてはたまらない。
由羅のその言葉に、ウジキも、他のテロリストも何も答えなかった。
答えられないというよりも、由羅がかんしゃくを起こして暴力を振るってくるのが
恐ろしかったのだろう。

「そうか……」

皆本はつぶやくようにそう言った。
エスパーとノーマルの間の軋轢をなくすことも、バベルの目的のひとつである。
それを果たせていないことに、皆本はやるせなさを感じていた。

「たむろくん、由羅ちゃん、全員の身元を確認してくれ。ボクは本部に連絡を取る」

気を取り直して、皆本は指示を出した。

「はいはいっと。お前ら、免許証……は無いか、保険証か学生証だせ」

たむろは面倒くさそうにテロリストたちを小突いた。

「たむろ、あんまり乱暴にしちゃダメよ」

由羅はそう言いながらも強引に相手のポケットをまさぐり、財布を取り出した。

「ふぅーん、小伝馬高校ね」

「こっちも小伝馬だ」

由羅とたむろが口々に言った。

皆本も本部との連絡を終え、手近な犯人の身元を調べた。

「キミもか……もしかして、全員小伝馬高校の生徒なのか?」

皆本の言葉に、テロリストたちはしぶしぶうなずいた。

本日のアップは以上です

更新開始します

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「わっ、ティム、それは卑怯だ!」

薫が叫んだ。

「え、でも、接待プレイはするなって、さっき……」

ティムと呼ばれた少年は戸惑った。

「接待プレイは嫌だけど、負けるのも嫌だ!」

小学生の子供でもなかなかいわないようなわがままを薫は言った。
薫とティムの視線の先には、テレビモニターがあり、格闘ゲームらしき画面が
映っていた。差し合いだけなら運動神経の良い薫がやや上手いのだが、ティムは
コンボを覚えていて、一回の反撃で薫のゲージを半分ぐらい減らしてしまう。
二、三発のコンボで終わってしまう薫では勝負にならなかった。

またその一方で——

「わー、アカン、もうブルしか残ってないやんか!」

「では……いきます」

葵がなげく横で、黒髪にバンダナの少年が冷静にダーツを投げた。
それは、的の真ん中にある円形のさらに真ん中に見事に的中した。
当たると同時に、『Bullet』と書かれた表示板に一気に40点が加算され、
『Winner』の表示が新しく出現した。

「あんた、ホンマに超能力つかってないんか、ソレ!?」

「オレは普段から射撃訓練してますし、こういうは得意って言ったじゃないですか」

葵の物言いに対して、少年はやや疲れたように答えた。

「くぅ……バレットのくせにっ! もう一回や!」

「そ、それならクリケットじゃなくて、カウントアップにでも——」

ムキになる葵に対して、バレットと呼ばれた少年は必死になだめた。

「なんで今日は二人してああも当り散らしてるんだ?」

皿洗いをしながら、皆本は紫穂にたずねた。

「『ダストスパート』の二人に負けたのにショックを受けてるみたいなの」

「ああ、なんだそんなことか」

皆本は軽くため息をもらした。

「『ザ・ダストスパート』の担当にとっては『そんなこと』かもね」

それに対し、紫穂が嫌味ったらしい返しをした。

「そういう意味じゃないよ。あのテストはあくまで新人に自信をつけさせるために
極めて有利な条件でやったんだ。普通にやればああはならないことぐらい、
本人たちも分かってるだろう」

皆本のマジメな答えに、今度は紫穂がため息をもらした。
いつだって、この男はクソマジメなのだ。

「まあ、こっちは捜査が進んでないからまだ良いんだけど、
実働の時に薫ちゃんと葵ちゃんがこのまんまじゃ困るわ」

「へぇ、紫穂が手間取るとは珍しいな」

紫穂の言葉に、皆本が意外そうな顔をした。
超度7の接触感応能力者が出動して手がかりが得られない事件など考えにくい。

「皆本さんや『ザ・ダストスパート』の二人が巻き込まれた一連の事件よ」

そう言って、紫穂は資料写真を広げて見せた。

「連続スクラップ事件か……確かに謎の多い事件——お?」

写真を見てさっそく、皆本は何かに気が付いた。

「ここに映ってるのって『ミスター・ブー』じゃないかい?」

「ええ、そうね……こっちにも映ってるわ」

紫穂は何枚かの写真を見比べた。
そのうちの半分ほどには『ミスター・ブー』らしきものが映っていた。

「ボクが乗っていて大破した車にも『ミスター・ブー』が乗っていた……
もしかしたら関連性があるんじゃないか?」

皆本は深刻な表情で語った。

「『ミスター・ブー』はけっこう流行ってるし、わりとどこでもあるわよ?」

紫穂がそう言うと、皆本はがっくりと肩を落とした。

(相変らず、流行には鈍いのよね)

紫穂はくすりと笑った。

「でも、皆本さんの勘が当たってるかも知れないし、調べてみるわ」

「そうか。それじゃボクはそろそろ行くよ」

皿を片付け終えた皆本が言った。

「あら? 仕事?」

「ああ、この間の事件に関連してね」

皆本はそう言っていそいそと着替え始めた。


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「たしかに、ほとんどの現場において『ミスター・ブー』が確認されています」

背古井は分厚い調査資料をながめながら言った。

「しかし、ESP鑑識でも特に異常無しという報告です」

「せやけど、紫穂は超度7や。鑑識とは別の結果がでてもおかしくないで」

紫穂に代わって葵が言った。

「背古井さん、その鑑識結果を見せてもらえる?」

「あ、はい」

背古井が資料を紫穂に渡した。

紫穂は目を通すより先に、触れて接触感応でその内容を読んだ。

「あたしたちだったら、これ読むだけで半日かかりそう」

薫は面倒そうに舌を出した。超能力にも向き不向きがある。

捜査段階では念動能力者の薫にはほとんど出番が無かった。

「……超能力痕跡が無さ過ぎるわ。低超度エスパーぐらいどこにでもいるから
ただのヌイグルミだってもうちょっと超能力痕跡があっても良さそうなものなのに」

資料内容をざっと確認した紫穂が言った。

「かえって怪しい……という事ですか?」

背古井の質問に紫穂はうなずいた。

「微弱な超能力ならその痕跡を消すような細工も可能よ。
問題は、微弱な超能力で乗り物や建物を破壊できるかってことなんだけど——」

紫穂はそう言って、薫に目を向けた。

「弱い力でぶっ壊すってなったら……柱とか重要な部分に力を集中させるかな」

薫は念動能力者として、微弱な超能力で建物を壊す方法を考えてみた。

「一ヶ所に力を集中させるような超能力の使い方なら、
現場にはっきりとした痕跡が残るでしょう」

だが、薫の案は背古井にあっさりと否定された。

「せやったら、澪の分身みたいに建物の粒子をテレポートで間引きするってのは
どないや? 全体の強度を下げて崩壊させられるんとちゃうか?」

今度は『ザ・チルドレン』の三人の中では一番学がある葵が発案した。

「いえ、建材の密度が下がっていたというような報告もありません」

しかしそれも、背古井は首を横に振った。

「うーん、やっぱり私が現場に行ってみて透視するしか……」

考えあぐねた紫穂がそんなことをつぶやいた。その時——

『みなさん、お茶ですよー』

1/1スケールの『モガちゃん人形』がメイド姿でお茶を運んできた。

「……お手伝いロボットですか?」

目を見開きならがら、背古井が聞いた。

「ティム、背古井さんビビッてるからそういうのやめたげて」

『え? 喜ぶと思ったのに……』

薫のツッコミに対して、『モガちゃん人形』は残念そうにうつむいた。

「すんまへん、これはうちらのサポートスタッフが超能力で動かしとんねん。
その子がちょっとヘンな趣味しとって——」

葵が背古井に事情を説明した。

「素晴らしい! さすが『ザ・チルドレン』です。サポートスタッフまで
これほど優れた超能力を使うとは! やはりあなた方と組ませていただいて
正解でした!」

すると、背古井はやけに大げさに感動して見せた。

「え……!? この人もそっち系?」

薫がやや引いた。
『そっち系』とは、『オタク系』という意味だ。

「いいえ、違うわ。本当に素直に感動してるみたい」

紫穂は背古井に触れて透視しながらそう答えた。

『え、ええと、それはともかくお茶です』

そう言いながら『モガちゃん人形』はテーブルにお茶を並べていった。

「では、頂きます!」

「別にお茶に超能力は入っていないわよ」

やけに気合をいれて飲もうとする背古井に、紫穂がつっこんだ。

「ちょいぬるい、レンジで温めなおして」

薫は一口だけ紅茶に口をつけるとすぐ『モガちゃん人形』につき返した。

「淹れなおしてもらった方がええんとちゃうか? 電子レンジやと香りが飛ぶで?」

葵がそこに口をはさんだ。

「いや、そうすっとあたしが口をつけた紅茶が残るわけでしょ……
ティムが間接キスとか言って飲み干さないとも限らないし」

そう言って薫はジト目で『モガちゃん人形』を見た。

「そんなのしそうなのはアンタだけや!」

葵はすかさずツッコミを入れた。

「ティムは三次元じゃそれもできないぐらオタク……いえ、オクテよ」

紫穂も余計な一言をつけたした。

「今のわざと間違ったやろ!? どっちにしても言い過ぎや!」

葵はさらにツッコむ。

(く、皆本さんがおらんかったらツッコミ役が足らん! ここは——)

「背古井さんもなんとか言ってやってや」

皆本の代わりにツッコミをしてくれと、葵は背古井に助けを求めた。

「え? いえ、年頃の男子ならそういうこともあるのでは……」

しかし、背古井は事件の話と同じぐらい、いやそれ以上に深刻な表情でそう答えた。

「いや、そこ真剣に考えることちゃうから!」

(ダメや、この人はツッコミにならへん)

葵はツッコミ疲れて肩で息をした。

『ああ、もうなんかいいッスよ、葵さん』

その様子を見て『モガちゃん人形』も疲れたようにそう言った。

そうして、『モガちゃん人形』は暖めなおした紅茶を薫に差し出した。

「あ、表面ばっか熱くて中はそうでもない」

薫はそんな事を言った。

「電子レンジだから仕方ないわよ。ちゃんとかき回してから飲んだら?」

「水分子を振動させるだけやから湯煎とは違って均等にはあたたまらへん——」

紫穂と葵が口々に答えた。

「あっ!? 振動!」

そこで、葵が何かに気が付いた。

そのセリフで背古井もハッとした。

「そうか、振動波なら弱い念動でも建築物などを破壊できる可能性があります!」

背古井の言葉に、一同が顔を見合わせた。

「よし、それじゃこのお茶飲んだら現場調査開始だ!」

薫が拳を握って叫んだ。

「ついでに、菓子も!」

「皆本さんが帰ってこないうちに食べるのよ!」

葵と紫穂も叫んだ。

「……何にやる気を出しているのですか?」

さすがにこれには、背古井がツッコンだ。

本日の更新はここまで

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「へぇー、さっそくお手柄とは、さすがコメリカ帰りね」

長髪でおしとやかそうな女性がそう言った。

「結局損害はあんまり変わらなかったけどね」

由羅はテヘッと舌を出した。

「でも、ナオミちゃんこそ、いつも被害を最小に抑えてるって局長が言ってたわよ。
そのうえ、ちゃんと勉強もして大学まで行ってるんだから凄いなぁ」

「大学に行けたのは……ううん、中学も高校もそうだったけど、担当の人が
頑張ってくれたから」

高超度エスパーというのは、学力があっても進学が難しい。
ナオミと呼ばれたこのエスパー少女が無事進学できたのは、本人の頑張り以上に
彼女のためには何でもするぐらい懸命な担当官がいたからこそだ。

「へぇ。もしかしてその人、ナオミちゃんのこと好きなんじゃないの?」

由羅はナオミを茶化すつもりでそう聞いた。

すると、急にナオミはうつむき加減でプルプル震えだした。

そして、顔を上げた時には鬼の形相に変わっていた。

「それが問題なのよ! ヤニ臭いクソ中年の分際でキモイこと考えやがって!
恩があるから殺して終わらせるわけにもいかないし、いくら半殺しにしても
まったく懲りない……」

「え? あ、な、ナオミちゃん?」

由羅はナオミの豹変に驚いた。

そこにたまたま皆本が通りかかった。

「あ、皆本さん、こんにちわ」

すぐに、ナオミはいつものナオミに戻って皆本に挨拶をした。

「……一体何が起こったの?」

理解を超えた現象に、由羅はゆっくりと首を振った。

「何かあった?」

皆本の問いにも、由羅は反応できなかった。


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「小伝馬高校……都内でも有名な札付き学校だ。
全寮制で生徒は携帯電話等の通信機器の所持を禁止されている。
……つまり、中で何をやっているかほとんど分からないということだ」

皆本がたむろと由羅に説明した。

「その学校で反エスパー教育をしているっていうの?」

由羅がたずねた。

「今の段階では、『かも知れない』としか言えない。文科省の須磨さんに
調べるようにお願いしたんだけど、小伝馬高校側は立ち入り調査を拒否している」

皆本がそう答えると、たむろは面倒臭そうな顔をした。

「そういう真っ当なやり方してるウチに向こうも対策を練ってくるんじゃないか?」

たむろの言葉に皆本はうなずいた。

「ああ。役人が来たときだけ誤魔化すってことは多かれ少なかれどこでも
やってることだからね。証拠隠滅する時間的余裕を与えるべきではないだろう。
そこで——ボクが教師として小伝馬高校に乗り込み潜入捜査をすることになった」

皆本はそう言ってから、かるくため息を漏らした。

「え!? よくそんな作戦に許可が出たわね」

由羅が驚いた。
諜報機関であるHCIAならいざしらず、バベルは真っ当な行政機関のはずだ。
超法規的活動を行える状況はごく限られている。
由羅には、今回のことがその限られた状況には思えなかった。

「うん……本当はまずいと思う。しかし局長がどうしてもすぐ調べろってね」

「あちこちで陰口叩かれるわけだな、あのオッサンも」

冷や汗を流しながら答える皆本に対し、たむろはあきれた様子を見せた。

「まあ、そんなわけでボクはしばらくアパートに戻れない。
そこで、その間たむろくんが行っててくれないかい?」

「え、オレが!?」

たむろは慌てた。

「キミはまだ宿直室に仮住まいだろう? ボクが指示を出すまでは出動も
ないワケだし、最低限の家事をしてくれるだけでいいんだ」

「別に由羅でもいいんじゃないか?」

いきなりの集団生活ということに戸惑いがあるのか、たむろは由羅に振った。

「あら、私はもう呉竹寮に定住してるわよ」

「それに、泊まる事になるのは男子中学生二人のいる部屋だ。
年頃の男子と一緒の部屋で由羅ちゃんを生活させるわけにはいかないよ」

由羅と皆本が口々に事情を述べた。

「……そ、それなら、仕方ねーか」

不承不承ながら、たむろはうなずいた。

「ま、たむろに家事を任せたらゴミまみれになるかも知れないけどね」

そんなたむろを由羅がからかった。

「バカヤロー、オレだって好きでゴミにまみれてるわけじゃねーよ!」

たむろがそう抗議せずとも、皆本は知っていた。
たむろはコメリカ時代……少年の頃から一人暮らしをしている。
グリシャム大佐が送ってくれた資料にも家事は一通りできると書いてあった。
だから皆本は安心してたむろに自分が面倒を見ている子供達を任せられた。


----------


『ザ・チルドレン』の三人と背古井の目の前には10体ほどのブタのヌイグルミが
置かれていた。

「とりあえず、バベル内で集められるだけの『ミスター・ブー』を集めてきました」

背古井はそう言って、『ミスター・ブー』のひとつを手にとって見せた。

『ミスター・ブー』はお腹を押されると、「ブッ」という声を出した。

「きょうび、こんなチャチなギミックでよう売れたな」

葵がつぶやいた。

クマのヌイグルミが歌って踊れる時代だ。

葵には『ミスター・ブー』はあまりに簡単なオモチャに思えた。

「そこがかえってブサかわいいとか、そんなんじゃない?」

薫は適当に答えた。

「それじゃ、背古井さん」

無駄話はほどほどに、紫穂は背古井にうながした。

「はい、三宮紫穂、解禁!」

背古井が携帯のスイッチを押すと、紫穂の指輪が光った。

指輪につけられていた超能力を制限するリミッター機能が解除されたのだ。

そして、紫穂は全力の接触感応でもって、『ミスター・ブー』を1体つかんだ。

「生産ライン、流通過程、販売者……特に不審な点は無いわね……」

紫穂はそう言ってはじめの1体を置いた。

「こりゃ、ハズレかな?」

「まだ分からんで」

そんな調子で、紫穂は10体全部を透視した。

その結果——

「10体中1体だけ、ほとんど透視できる情報が残っていない『ミスター・ブー』が
あったわ。意図的に情報を消すように特殊な超能力をかけた可能性があるわね」

紫穂はつかれて汗をぬぐいながら言った。

「どれ?」

薫がたずねた。

「これよ」

紫穂はその1体を手にとって見せた。

「見た目は他のとなんも変わらへんな」

「特に不自然なところもありませんな」

葵と背古井が率直な感想を述べた。

「いいえ、ひとつ決定的に違うところがあるわ……」

そう言って紫穂は、二つの『ミスター・ブー』の尻を前に向けた。

すると片方は何も無いただのヌイグルミの尻で、もう片方にはくっきりと
『類似品に御注意ください』という文字が書かれていた。

「この文字は情報の読み取れない『ミスター・ブー』にしか書いていないわ!」

「な、なんですとぉ!?」

紫穂の言葉に、背古井がオーバーに驚いた。

「ちょい待たんか、アンタら」

「まさか、そんな違いに今まで気付かなかったの!?」

葵と薫がゲンナリした顔で背古井にたずねた。

「さすがのHCIAもこれには気付きませんでした」

背古井は冷や汗をたらしていた。

「HCIAって……」

「アホの集まりやろ」

二人はあきれ返った。

「まあ少しおざなりだとは思うけど、『ミスター・ブー』の類似品は何種類か
あるみたいだし、特定は難しかったと思うわ」

それに対して、紫穂は一応フォローを入れた。

「それで、後はこの『ミスタ・ブー』で本当に建築物等の破壊が
できるのかということですが——」

しかし背古井は全く落ち込んでなど無いようだ。

(この人、もしかしてただの無神経?)

そんな疑問が、紫穂の頭の中をよぎった。

「超能力で破壊しているなら、分解しても仕組みは分からないと思うわ。
まだ、超能力の残存している『ミスター・ブー』を探さないと……」

紫穂がそう言うと、薫が首をひねった。

「お店で『類似品注意』って書いてある『ミスター・ブー』を探すしかないかな?」

「よし、そんなら早速行くで!」

葵はさっそく、みんなを巻き込んで街までテレポートをした。


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由羅はバベルの女子エスパー寮である呉竹寮に、早々に帰宅した。

まだ引っ越したばかりで荷解きが終わっていないのだ。

皆本が潜入捜査中で指示がこないうちに生活を落ち着けなければならない。

「あら、由羅ちゃんおかえり」

寮の先輩エスパーである常磐奈津子(ときわ なつこ)が由良に声をかけた。

「ただいま〜っと。常盤さんは今から?」

「そ。受付の交代時間なのよ」

由羅の問いに奈津子は答えた。彼女の仕事は主に、バベルの受付なのだ。

彼女は超度5の透視能力者(クレヤボヤンス)であり、不審物などを
見逃さないために今の部署についた。

「あれ? 由羅ちゃん、そのヌイグルミ——?」

そんな奈津子が何かに気が付いた。

「ああ。『ミスター・ブー』っていうマスコットよ」

そう言って、由羅は腰に下げていた『ミスター・ブー』を顔の位置まで
持ち上げて見せた。

「何かおかしいわ。透視に耐性があるような……?」

「え? まさか、ただのヌイグルミよ、これは。鳴き声を出すギミックはあるけど」

由羅は何の警戒もせず、『ミスター・ブー』のお腹を押した。

 ぶっ

不細工な鳴き声と共に、呉竹寮の壁に亀裂が走った。

「え、うそっ!?」

「まずいわっ、天井が落ちる!」

奈津子が叫んだ。

そのセリフを言ったすぐ後に、天井の建材が崩れて二人の上に落ちてきた。

「ていっ!」

由羅は難なく落ちてきた天井を砕いた。

バラバラになった破片が二人の頭上にふりそそぐ。

「……助かった、ありがとう由羅ちゃん」

奈津子はホッとため息をついた。

「うんん……それよりも、もしかしてコレが原因なのかしら?」

由羅は『ミスター・ブー』を眺めた。

「そこまでは透視できないわ……でも、一度ESP鑑識に出したほうが良さそうね」

奈津子の言葉に、由羅はうなずいた。

ダストスパートの方しか知らない俺は異端か?
まさかSSがあるとは…
期待です

駄ブルは? ねえ駄ブルは?

>>53
レスありがとうございます!
絶チルは2ch界隈ではあまり人気がないみたいなので異端でもないかと

>>54
……?
誤爆ですか?

>>55
レスありがとうございます!
さあて、どうなんでしょう?

�→4+円→し+えん

支援!

>>57
ああ、そういう意味だったんですね、ありがとうございます
おかげ様でひとつ賢くなれました

>>54
というわけで勘違いすみません
支援レスありがとうございます!

「……と、言うわけで、オレが皆本さんの留守を預かることになった」

そう語るたむろの目の前で、少女達はわめいた。

「皆本はんが潜入捜査やて!?」

「代わりが来るにしても由羅ちゃんの方が良かったなぁ」

「あなた、家事できるの?」

『ザ・チルドレン』の三人はてんでバラバラのことを同時にしゃべった。

(くそ、面倒なの押し付けられた)

たむろはさっそく後悔した。

ようやく由羅の抑え役から解放されたと思ったら、今度はさらに面倒に見える
この少女達三人のお守りだ。

「とりあえず、メシ作る。あ、それとコレを透視してくれねぇか?」

たむろはそう言ってその場に『ミスター・ブー』を置いた。

先ほど、由羅に携帯で呼び出されて取りに行かされたものだ。

『ザ・チルドレン』の元に行くのならついでに、『ミスター・ブー』を鑑識に
まわすよりも先に超度7の接触感応能力者に見せた方が良いと考えて
たむろはここにそれを持ってきた。

「これは……もしかして!?」

薫はその『ミスター・ブー』を超能力で持ち上げて尻を向けてみた。

するとそこにはくっきりと『類似品にご注意ください』の文字が書かれていた。

「おお、例のパチモンや」

「どれ……」

紫穂はさっそくその『ミスター・ブー』に触れた。

「……残ってる! まだ読み取れる情報が残ってるわ!
音波に念動ベースの振動波を乗せて電磁的環境を乱して透視できる情報を
消すのと同時に物体を破壊……すごい、かなりの器用な念動能力者か、
あるいはそういう形でしか能力を発揮できない変則超能力者が必要ね」

紫穂の分析に、薫は頭をひねる。

「まあ、薫みたいなタイプには無理やろな。やっぱパンドラの連中とちゃうんか?」

葵が言った。

薫は念動力の力が大きい分、細かい操作はそれほど得意でもない。

「でもさ、アイツらにこんなことして何か得があるかな?」

薫が疑問を口にした。

「犯人や目的までは透視できなかったわ。後は背古井さんに流通経路とかを調べて
製造元を突き止めてもらわないとね」

紫穂はそう言いつつ携帯電話のメールを打った。

「お前ら、メシができたぞ」

ちょうどその時、たむろが声をかけてきた。

たむろは次々と皿をテーブルの上に乗せていく。

が——

「これは……ウチのかあちゃん並だな」

薫がため息を漏らした。

「包丁で切ったレタスにツナ缶ひっくり返しただけのサラダやて?」

葵は何かの見間違いではないかとメガネをズラした。

「焼いただけのスパムに電子レンジに入れただけのミックスベジタブル……」

紫穂も露骨に表情がくもっていた。

「な……なんだよ」

三人の様子にたむろはたじろいだ。

「主夫しにきとるんならもっとマトモなもん作ってや!
ウチら安月給の独身サラリーマンちゃうねんで」

「料理はね、そこに込められた感情が大事なの。
作るときの苦悩とか、無残に殺された家畜の怨念とか!
大量生産品じゃ情報が薄いのよ!」

葵と紫穂は不満を騒ぎ立てる。

「ま、あたしにとっては懐かしい家庭の味だけどね……」

薫はそう言って少し寂しそうに舌を出した。

薫の家族は母と姉がいるが、二人とも芸能人で忙しくまともに家事をしない。

皆本に生活管理されてから初めて薫はまともな家庭の味というのを知ったのだ。

「はぁ……だから嫌だったんだよなぁ」

たむろがため息をついた。

コメリカと日本では家事の基準が違う。

男女同権の考え方が根付き共働きが多いコメリカでは、女性がずっと家にいて
家事をしているということはあまりない。

そのため、家での炊事などはパッパとすませてしまうのが当たり前なのだ。

そんなコメリカの中ではたむろも十分『家事ができる』ことになってしまう。

だが、日本の基準では独身男性のいい加減な家事でしかなかった。

「何事でありますか?」

「なんか、さわがしいけど」

そこに扉でつながった隣部屋からバレットとティムが入ってきた。

「ああ、これは——」

薫が二人に説明をする。

「そういうことならボクらも手伝うよ。あと一品か二品ふやせばいいでしょ?」

ティムはそう言ってエプロンをつけた。

「すまねーな」

「いえ、我々は『ザ・チルドレン』のサポートスタッフですから」

バレットも腕まくりをした。

「ウチは煮物がええ」

「私は肉がいいなぁ」

「あたしは家庭的な奴」

『ザ・チルドレン』の三人は口々に注文を飛ばした。

そのワガママな少女たちのために慣れない包丁を振るう男たち。

(皆本さんが戻ってくるまでこの調子かよ……)

たむろはがっくりと肩を落とした。


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背古井の目の前で『ザ・チルドレン』の三人が特務エスパーの制服を着て
立っていた。

「複数の店舗で見つかった偽『ミスター・ブー』から製造元を割り出しました。
今からその工場に乗り込みます」

「うっしゃ、腕が鳴る」

「よーやく、うちらの出番やな」

背古井の言葉に、薫と葵はがぜん、やる気を出す。

捜査段階では紫穂の仕事がほとんどだったが、ここからは彼女たちの仕事だ。

「敵にもエスパーが居ることや流通量から考えてかなり大規模な組織の
可能性があります。気を引き締めて、元気に仲良くいきましょう」

「……?」

紫穂は背古井の言い回しに違和感を覚えた。

犯罪組織の掃討作戦に「元気に仲良く」もないだろう。

背古井流のジョークとも思えなく無いが、彼の顔はあくまでマジだった。

「それでは、『ザ・チルドレン』解禁です!」

そうして、背古井が『ザ・チルドレン』のリミッターを解除すると、
葵は全員を連れてすぐにテレポートをした。

しかし……

「ここは?」

薫は目をうたがった。

テレポートした先は、ヒビの入ったボロボロの木造家屋だったのだ。

そこでは三名の男が手作業で『ミスター・ブー』を作っていた。

「ただの内職やないか……場所を間違ったんとちゃうんか?」

葵がその様子を見回してそう言った。

「な、なんやあんたら!? おなごと……サラリーマン?」

その内職をしていた一人で、頭がハゲ上がった男がおどろきの声を上げた。

「テレポートで人ん家入るのは不法侵入やでえ」

続いて、サングラスで顔に傷のあるいかにもヤクザといった風貌の男が抗議した。

「我々は『バベル』の者です。捜査の途中、誤ってここにテレポートを
してしまいました。申し訳ありません」

背古井はそう言って、身分証を提示した。

「ば……バベルやて!?」

ジーンズの男がやけに驚いた声をあげた。

その反応にピンと来た紫穂は、素早く手近にいたサングラスの男に触れた。

「『米内たかし』、犯罪組織『完全の豚(パーフェクトン)』のメンバー……
背古井さん、謝る必要はないわ! この人たちが犯人よ!」

接触感応でそれを見抜いた紫穂が叫ぶ。

そして、その『米内たかし』に対してワイヤーガンを構えた。

「なんですと!? 薫さん、葵さん、犯人の確保を!」

背古井はすぐに指示を出した。

「く、おんどりゃあ!」

名前までばれてしまったサングラスの男は、すぐに紫穂に手をかざした。

すると、紫穂の持っていたワイヤーガンがバラバラに砕け散った。

「これは、低周波念動!?」

背古井が言った。

そうだとすれば『ミスター・ブー』に仕込まれていたのと同じものだ。

つまり、米内たかしこそが『ミスター・ブー』で怪現象をおこした張本人と
言うことになる。

「てめー、よくも紫穂にっ!」

薫が米内たかしに殴りかかった。

それに対し米内たかしは力づくで紫穂を自分の前にひっぱった。

紫穂をなぐるわけにはいかないので、やむなく薫は動きを止めた。

その隙をついて、米内たかしは逃げ出した。

「葵さん、テレポートで奴を先回りしてください!」

「了解っ!」

背古井の指示に従い、葵はテレポートしようとする。しかし、

「これでもくらいなはれ!」

ジーンズの男が葵の頭に『ミスター・ブー』を投げつけてぶつけてきた。

「なっ——」

葵の周りの空間がゆがんでその姿がふにゃふにゃになるが、
どこにもテレポートしない。

「その低周波振動はな、人間のような軟体を破壊するには力が足らんが
頭にぶつかれば、超能力中枢を狂わせるぐらい十分にできんのや。
そうなれば、あんさんはもうタダのガキやでえ!」

ジーンズの男は葵を捕まえようと襲い掛かった。

「ウチを——なめるなっ!」

葵はあきらめず、さらに空間の湾曲を大きくした。

すると、葵のまわりの空間はまるでぐちゃぐちゃで何も分からない状態になった。

当然、ジーンズの男は葵を捕まえようとしても空振りになった。

そして、捕まえようとしたのとアベコベに、葵に手錠をかけられた。

「くっ——ならワシはこのガキを人質に!」

仲間が捕まったのをみて形成が不利と判断したハゲの男は、武器を破壊されて
丸腰になった紫穂を人質にとろうと近づく。

「させてたまるかぁ!」

しかし、その直前で、ハゲの男は薫の念動で壁まで吹き飛ばされた。

これで敵三名のうち二名を倒したことになる。

その時——

壁からはがれたハゲの男は、大量の『ミスター・ブー』が入った
ダンボールの上に落下した。

それと同時に『ぶっ』という鳴き声が、何百何千の大合唱でなりひびく。

「しまった! 薫さん念動でバリヤーを——」

背古井の指示が終わるよりも早く、そのボロボロの木造住宅は一瞬で崩壊した。

しばらくして、背古井がよろよろと立ち上がり、足元を見回した。

「く、二名は捕まえましたが、肝心のエスパーを逃がしてしまいましたか」

背古井は無念そうにつぶやいた。

「あかん、まだ超能力が狂ってて敵を追えへん」

ガレキの中から頭だけをだし、葵はそう言った。

「超能力戦に少し手馴れてる感じがしたわね」

紫穂は倒れたままでそんな分析をした。

「ええ、手ごわいですね。おそらく……敵の『完全の豚』は
よほど大きな陰謀組織なのでしょう」

背古井はシリアスにそう語った。

「大きな組織にしちゃ工場は脆くて小さかったような……」

薫がつぶやいた。

「とにかく、我々の敵がはっきりしました。『完全の豚』を叩き、
世界平和を達成するため、元気を出して仲良くやりましょう!」

キメのセリフのつもりなのか、背古井は大声を出す。

「なんか、いろんな意味でタフな人やなぁ」

「こっちが疲れるわね」

葵と紫穂は大きくため息をもらした。

レスありがとうございます

巨大な悪の前に、『ザ・チルドレン』と『ザ・ダストスパート』の運命やいかに!?(棒

たむろが鉄鍋を振るい、ティムが蒸し器の具合を確かめる。

バレットは素早く果物を切り刻んでいった。

「皆本主任はいっつも、こんなにメシに凝ってるのか?」

たむろが鍋を大きく回転させると、鍋の上の具が宙を舞った。

たいした料理経験のないたむろだが、超度2の微妙な念動能力を使って
操作を加えているので具が落ちることは無い。

「こんなもんじゃありません。下手な料理屋よりも皆本さんの方が上です」

バレットはきっぱりとそう答えた。

「超能力も無いのにこんな面倒くさいことよくやるな」

たむろはぼやいた。

もっとも、ここにいる三人とも料理に向いた超能力は持っていない。

「皆本さんの場合、むしろ家事が趣味みたいなものですよ。
しんどそうだったりしても家事してたら機嫌よくなりますから」

そんなことを言いながら、ティムは蒸し上がった小籠包を皿に盛り付けていった。

そこに、ガチャリと扉の開く音がして女子達が帰ってきた。

「あー、今日は疲れたわ」

「カラダもやけど精神的にもしんどいわ」

「学校の後、任務ってコースが一番しんどいね」

『ザ・チルドレン』の三人はぞろぞろとキッチンまでやってきた。

「あ、お疲れ様です」

「おかえりー」

バレットとティムは作業をしながら挨拶をする。

「主夫ども頑張ってるか?」

「今日のメニューは——」

「……中華料理やて?」

テーブルの上に並べられつつある料理を見て、三人の動きが止まった。

「今日のはけっこー凝ってるぞ。これで文句ねーよな」

たむろの言葉に、『ザ・チルドレン』は三人ともムスッとした顔を返した。

「しんどい時にこないな油っこいもん食えるかっ!」

「この油の匂いだけでゲップでそう」

「スープだけで良いわ」

そのわがままな女子達の態度に、たむろは思わず拳を握りしめる。

そして、前に出て何かを言おうとした時、バレットとティムが抑えた。

「ここは我慢であります、五味どの!」

「ケンカになったら絶対勝てないからっ!」

バレットとティムの言葉に、たむろはいったん気を落ち着かせる。

「……とりあえず食えそうな分だけ食え」

精一杯感情を抑えて、たむろはそれだけ言った。

そんなたむろに、紫穂は「フン」とあざ笑うような表情を見せつけた。

(どうせあなたは私達には逆らえないのよ)

言外にそう言っているのだ。

片や国の宝とも言える超度7のエスパーにして、バベル局長から溺愛される
可憐な少女たち。

一方のたむろは不要な組織・HCIAから引き取られた半端なエスパーでしかない。

上に不満を訴えてもどちらの言い分が通るかは明らかだった。


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いつものスーツを着た皆本が、教壇の前に立っていた。

「速度から答えを導くには、ここで距離をχ、時間をyと置いて——」

生徒達は全く物音すらたてず、黒板と皆本をながめていた。

ノートを取っているわけでも計算しているわけでもなく、ただ呆然としているのだ。

「え、ええと、質問はあるかな?」

あまりに予想外の反応に、皆本は戸惑った。

ここは高等学校のはずだ。そして今教えているのは中学生レベルの数学だ。

それなのに——

「『χ』ってナニ?」

生徒の質問は小学生以下のレベルだった。

いや、小学生でももっと物分りの良い子はいくらでもいる。

仕方なく皆本は、その日は小学生中学年レベルの算数の授業に切り替えた。

そうして一日の授業が終わると、皆本はなにか打ちひしがれたような気分になった。

「皆本先生、お疲れですか?」

そんな皆本に、よれよれで骨と皮だけで出来ているような男が声をかけてきた。

「あ、鹿羽先生。はい、思っていたより大変ですね」

皆本は素直な感想を漏らした。

「エリートの皆本先生のような方にとっては信じがたいでしょうが、
こういう学校もあるのですよ」

そう言った鹿羽の言葉には、どこか諦観のようなものが感じられた。

「そ、そうだ。もし良かったら鹿羽先生の授業の様子などを見学させて
いただけませんか? 他の先生がどのように教えておられるのか興味がありまして」

皆本は本来の仕事を思い出してそう言った。

今、皆本はこの小伝馬高校の教育実態をさぐるために潜入しているのだ。

「ああ、いいですよ。皆本先生の授業と重ならない時間があれば来て下さい」

鹿羽はあっさりと皆本の要望を認めた。

そして、数時間後、皆本は鹿羽が授業をする教室へ行った。

「——このように、塩素系洗剤に含まれる次亜塩酸ナトリウムに塩酸を加えると
塩酸ガスが発生します。その化学式は……」

鹿羽はじつに淡々と授業をしていた。

ほとんどの生徒は聞いていないか、理解していない。

しかし鹿羽はそんなことは気にもとめず、ただただ読み上げを続けるだけだった。

皆本は鹿羽の教育者としての姿勢に疑問を感じた。

生徒に何かを教えたい、学んで欲しいという気力が全くつたわらない。

だがそれ以上に気になることがあった。

(これは、毒ガスの発生方法じゃないか!?)

「来週は、この化学変化を実際に行いますので、授業開始時間までには
実験室に着席しているように」

そんな鹿羽のセリフを最後に、授業は終了した。

すぐに、皆本は鹿羽に駆け寄った。

「鹿羽先生、本当に塩素ガス発生の実験をやっちゃうんですか?
危険なような気がしますが……」

「ああ、皆本先生。当然、ガスが発生するのはフラスコの中だけですよ。
それも、念のため全員マスクも着用させます」

鹿羽はこともなげにそう答えた。

「しかし——、この教科書に載っているのは危険性が高いものがほとんどです。
硫化水素の発生や、火薬の製造など……こんなことまでさせるんですか!?」

少し言葉に熱が入った皆本に対して、鹿羽はハァと小さくため息をついて見せた。

「この学校の生徒達はあまり賢くありません。そんな子たちが社会に出て行く
ためには特殊な技能が必要……、それがこの学校の教育方針なのです」

だからと言って、賢くない生徒達に危険な知識を与えていいのか。

むしろ生徒達を危険人物に仕立てるだけではないのか、皆本はそう思う。

「鹿羽先生はそれでいいと考えておられるのですか?」

「このやり方が正しいのかどうかは私には分かりません。
それに、どう思っても私はただの教師ですから。校長先生には逆らえませんよ」

鹿羽のその言葉に、皆本はうつむいて表情を隠した。

鹿羽は教育に対して何の情熱ももたず生徒の人生に対して責任を感じていない。

そのことへのいら立ちを、皆本は表情から消し去れなかったのだ。

皆本は職員室に戻ると、生徒達に配布されているはずの教科書を一通り確認した。

社会科・公民の教科書では河村武憲という社会学者の論文が解説されていた。

河村武憲は、今でこそエスパーとノーマルの融和を訴える学者だが、元々は
バリバリの反エスパー思想の持ち主だった。

そして教科書に載っている論文は、その反エスパーだった当時のものだ。

さらに、保健体育の教科書には反エスパー団体『普通の人々』との関わりが
噂されている東都大学医学部の教授が著者の一人として名を連ねていた。

(この学校は生徒に危険な化学知識などを与えた上に、反エスパー思想を
植えつけようとしているのか?)

その意図を、皆本はつかみかねた。

世の中を反エスパー思想で染め上げたいのならば、危険人物を育てても逆効果だ。

反エスパーの犯罪者などが増えれば、反エスパー思想=危険思想と思われかねない。

世の中の思想を変えたいのなら、社会的な信用や影響力の高い人間に育てるべきだ。

(たまたま、校長や幹部が反エスパー思想の持ち主だというだけの話か?
それとも——)

そんなことを考えていると、突然、皆本はがっしりと肩をつかまれた。

「担当教科以外の教科書にも目を通すとは熱心ですな、皆本先生」

皆本が振りかえるとそこには、七分刈りで恰幅のいい体育教師がいた。

「な、投槍先生……」

「少し、付いてきてもらえますか?」

投槍と呼ばれた体育教師は、ジロリとにらみつけるように皆本に迫った。


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深夜、たむろはひとり、居間でノートパソコンに向かっていた。

そこに、尿意で起きたのか、バレットが通りかかる。

「たむろ殿、こんな時間に仕事ですか?」

寝ぼけまなこをこすりながら、バレットはたむろにたずねた。

「ああ、皆本さんへの報告だ。
夕べは家事でそういうことが全然できなかったからな」

たむろはバレットを一瞥だけすると、すぐにまたパソコンの画面に向き直った。

「それはお疲れ様であります。
……報告というと我々や『ザ・チルドレン』の生活態度などに関わることですか?」

「そういうのもある」

たむろの返答に、バレットは急に改まって敬礼した。

「五味たむろ特務技官殿! 我々は誠心誠意、『ザ・チルドレン』の護衛と
生活の支援に全力を尽くし——」

「お前とティムについては悪く書かんから安心しとけ」

たむろは苦笑いをしながらそう答えた。

バレットは安心したようにため息をもらす。

「あのクソガキ共は別だがな……」

そう言って、たむろは暗い微笑みを浮かべた。

たむろが『ザ・チルドレン』のわがままに対して仕返しできるところは
ここ以外ほかに無いのだ。

「それも、ほどほどにお願いします」

バレットは冷や汗を流しながらそう言った。

それに対してたむろは、やたらしつこくカチカチとクリックをしていた。

「……ん? おかしい、皆本さんからの今日の分の報告がないぞ」

たむろがつぶやく。

「え!? まさか、皆本さんの身に何か!?」

バレットは思わず少し大きな声をあげた。

「え? 皆本が!?」

「なんやて! 大丈夫なんか!?」

「一人で潜入捜査なんてするからこんなことにっ!」

その声に反応して、たった今起きてきたらしい『ザ・チルドレン』の三人が
テレポートしてきた。

「そのことは良いから早く寝ろ、お前らにはお前らの任務があるだろ」

たむろは『ザ・チルドレン』の三人を寝かしつけようとする。

しかし——

「あら、このメール皆本さんへの報告ね」

紫穂がめざとく、たむろのメールに気が付いた。

「『わがままでどうしようもなく』やて?」

「『暴力的で言うことをきかないガキ』だと?」

葵と薫も、その内容を読んだ。

「アンタは皆本はんにこんなウソ八百報告する気ぃか?」

「失礼しちゃうわよね」

三人はじりじりとたむろに迫る。

「いや、俺は単に仕事をしていただけで……」

そんなたむろの言い分を、『ザ・チルドレン』が認めるはずも無かった。

「だったら、暴力的とかデタラメ書くなっ!」

薫はそう言いながら、超能力でたむろの体を持ち上げて、バックブリーカーのように
えびぞりにしてたむろの背筋を痛めつけた。

「うががっ、それを暴力と言う!」

たむろはまるで笑いながら泣いているような妙な表情でツッコミをいれた。

「そんじゃ、これならええねんな?」

そう言って葵は、たむろを上下さかさまにして天井にテレポートさせ、
落下して床にぶつかる直前でまた天井までテレポートさせた。

落下の恐怖をなんども味あわせる、葵のテレポーテーション奥義、
『寸止めフリーフォール』だ。

リミッターをつけたままのたむろは何の抵抗も出来ずに悲鳴をあげた。

「あ、あの、それより先に皆本主任の安否確認や救出を……」

力なくバレットが『ザ・チルドレン』をなだめようとする。

「あ、そやな」

思いのほか、葵はあっさりとその説得に乗った。

「ぐはっ」

急にテレポートをやめたので、当然、たむろは天井から床にモロに落下する。

(く、こんのクソガキども……)

たむろは這いつくばりながら拳を握りしめた。

乙です〜

>>75
レスありがとうございます

ニコが重くて兵部見られない(´・ω・`)

「と、言うわけで緊急事態につき、わたくし背古井が
皆本二尉救出作戦の指揮をとらせていただきます」

背古井の前には五人のエスパーが並んでいた。

明石薫、野上葵、三宮紫穂、五味たむろ、炎上寺由羅の五人だ。

つまり『ザ・チルドレン』と『ザ・ダストスパート』の合同チームである。

「これまでの皆本主任からの報告によると小伝馬高校は校舎の屋上に
大型で新式のECMがあるって話だが、エスパーチームで勝てるのか?」

たむろが質問した。

「古そうな校舎なのに、そんなモンだけは新しいんだ」

薫は資料の小伝馬高校の写真を念動で浮かせて眺める。

ろくに校舎の整備もしていないくせにエスパーを押さえ込むことには
力を入れているという姿勢が、エスパーである薫には不快に思えた。

「そのことについてですが、五味たむろくんと炎上寺由羅さんの超能力に
関して、皆本二尉のまとめたデータがありまして……
そのデータによればお二人の能力は状況しだいでECMが効きにくいという
特性があります。なので、まず始めにたむろくんと由羅さんで小伝馬高校に
侵入し、その大型ECMを破壊してもらいます」

背古井はたんたんと作戦をのべる。

「よしっ、皆本さん、あたしが助けるからね! そうすればきっと皆本さんも——」

由羅は妙なやる気を出した。

 ガンッ

そんな由羅の頭上にどこからか金ダライが落ちてきた。

「こら、皆本はんはウチらのもんや」

葵が由羅にいちゃもんをつけた。

「な、なによ。今はわたしの担当だからいいじゃない!」

そう言って由羅は金ダライを地面にたたきつけた。

金ダライはバベル本部の床にめりこんでペシャンコにつぶれる。

(——っ!? このお姉さんこわっ!)

葵はそのバカ力に少しびびった。

「アホ、そんなおれ達の仕事はECMの破壊だ」

「それに、今、皆本さんでよからぬ妄想してたでしょ?」

紫穂はたしなめるたむろに同調するように言ったが、由羅には目がマジに見えた。

(こ、この子、なんだか怖い)

由羅は、戦車や戦闘機だろうがどんな戦力でも怖いと感じたことはない。

だが、この紫穂という少女にはそういったものとはまったく異質の怖さを感じた。

「なにっ、どんなエロ妄想!? 紫穂、全力で透視して!」

そこでなぜか、薫が興奮しだす。

(この子も別な意味で怖いな)

たむろは呆れてため息を漏らした。オヤジ趣味のある少女だとは聞いていたが、
そのノリについていけそうにない。

「腹立つからイヤ、超能力の無駄遣いはやめときましょう」

紫穂はポッキーをかじりながら薫にそう返した。

「みなさん、仲が良いようでなによりです」

話が脱線しそうなこの状況を背古井は強引にまとめた。

「「「どこが!?」」」

当然のごとく、五人のエスパーから一斉にツッコミが入る。

しかし、背古井は総ツッコミを受けておきながらそれを素で流した。

「では作戦の続きですが、ECMが破壊され次第、葵さんのテレポートで
『ザ・チルドレン』が学校に侵入し、薫さんが校長ほか幹部を捕らえ、
紫穂さんのサイコメトリーで皆本二尉の所在や反エスパー教育の実態などを
調べます」

(なんかこの人……)

(やりにくいわぁ〜)

一同は冷や汗をたらしながらその作戦を聞いていた。

「……作戦自体は的確なんやろうけど、そんなコトができんのやったら
皆本はんに潜入なんてさせへんで良かったんやないんか?」

葵が意見をした。こんな荒事をしていいのなら、ノーマルの皆本を一人で
潜入させる必要など無かったはずだ。

それにはたむろが答える。

「今回の任務はもともと正当な捜査じゃなかったから、
はじめから特務エスパーを出すわけにゃいかなかったんだ」

「はい、たむろくんの言うとおりです。ですからこの作戦に失敗した場合、
あるいは小伝馬高校側に違法性を問えるような活動が無かった場合、
バベルの方が組織としての存在を問われることになります」

たむろの言葉に、背古井が説明を加えた。

「え? それってけっこうヤバいんじゃ?」

薫が冷や汗を流した。

「そこはホラ、いざとなったら局長や管理官の権力で——」

紫穂はさらりと黒いことを言ってみせる。

「そういう汚いこと続けてたら、そのうちしっぺ返しくらうぞ」

そう言うたむろに対して、

「HCIAみたいな弱小組織ならともかく、バベルは大丈夫じゃないの?」

由羅は他人事のようにつぶやいた。


----------


「うっへぇ、いきなりゴミポートなんて最悪」

由羅はさっそく不満を漏らした。

ここはゴミ溜めか焼却炉らしくあたり一面ゴミだらけで、
出口は5、6メートルほど上にしかなかった。

「仕方ねぇだろ。ECMのせいでテレポート出来るのはここだけだったんだ」

ゴミをかきわけて、たむろが姿を現した。

「でもどうするの? あたしは飛べないわよ」

由羅の念動能力は自分の体や攻撃を強化する形でしか発動しないので、
他の高超度エスパーのように空を飛ぶことは出来ない。

そのうえECMの影響で、その力も全開では発揮できない。

だからジャンプしても到底上までは届きそうにもなかった。

「これでどうだ?」

たむろは、二本のムチを結び、上に伸ばしてみた。

だが、それでも出口までは届かない。

また、たむろの念動能力も封じられているので、狙い通りにムチを操ることすら
困難だった。


 ガサッ

その時、ゴミの山がかすかに動き、その隙間で黒い物体がうごめいた。

「キャッ、ゴキブリ!」

由羅は怖がって、たむろに抱きつこうとする。

「わっ」

たむろは素早い反応でそれを避けた。

「怖いのはこっちだ!」

由羅に抱きつかれれば、骨折するかもしれない。

いつものこととはいえ、たむろは必死だった。

そうしている間にも、ゴミの山は崩れていき、そこによれよれの人影が現れた。

「人間か?」

「メガネ……皆本さん!?」

由羅が叫ぶと、そのよれよれの人間——皆本は、ゆっくりと顔を上げた。

「だ……ダストスパート? たすかった……」

割れたメガネをさわりながら、皆本は安堵のため息をもらした。

「大丈夫っ!?」

さっきまでゴキブリと思って怖がっていた由羅だが、皆本と分かるとすぐに
近づき肩を抱いて持ち上げた。

「ありがとう……」

皆本は力なく由羅にもたれかかった。

「『ザ・チルドレン』も来てる。背古井さんの指揮で、このまま一気に
相手を叩く作戦だ」

たむろは皆本に状況を説明する。

「そうか……だったら、ECMを先に破壊しないと……」

弱った状態でも、皆本は的確に作戦を言い当てた。

「さすが! でも、皆本さんはどうしてこんな状況に?」

たむろはそんな皆本に事情をたずねた。

「ああ……いきなり殺されたりはしないと思っていたが、うかつだった」

息を整えながら、皆本は語り始めた。

「この学校を辞めた教師や生徒を調べてみると、精神疾患やノイローゼが異常に
多かったんだ。始めは、あんまりにも酷い教育環境だからだと思ったが違った。
おそらく、学校の方針に疑問を持つ人間をこの焼却炉に放り込んで発狂させたんだ」

「なんて酷い」

由羅が相槌をうつ。

「ここぐらいの札付き高校ならノイローゼの人が出たって世間では
『まあ仕方ない』ぐらいにしか思われない。だから、今までバレなかったんだ」

皆本の言葉に、たむろが頭をひねった。

「だが、精神的にタフな奴で、なかなか発狂しなかったら?」

「それは——」

たむろの質問に答える前に、皆本は上を向いた。

そこには人影が見える。

「まずい、火を落とす気だ!」

皆本が叫ぶ。

しかし、焼却炉の中にいてECMが効いている状態で、三人にはどうすることも
出来なかった。

「焼却炉に間違って落ちちゃったってことにするワケね」

由羅は歯ぎしりをしてくやしがる。

無情にも、燃え盛る新聞紙の束が落下し、あっという間に火が燃え広がっていった。

「くそ、いったんゴミにもぐって逃げるか!?」

たむろが言った。

「……いや、ここで逃げたら恐らく二度と潜入するチャンスは無い。
このまま捜査を続けるためには上に出るんだ」

衰弱状態でありながら、皆本は強気な指示を出す。

「でも、どうやって? 抜け出せられるならとっくにしてたんじゃないの?」

由羅が質問した。

「一人ではできない。だが、三人いれば可能だ!」

皆本は、自信を持って断言した。

その方法は——

「肩車かぁ」

一番下になった由羅が、なんとなくつまらなさそうな顔をする。

普通ならこういう場合、男が最後まで残るのだろうが、力持ちの由羅は例外である。

由羅の超能力はECMの影響で全開ではないが、それでも超度4相当のパワーだ。

その肩の上に皆本が乗っかって、たむろが二人の上をよじ登った。

「……よっと」

そして、上りきったたむろが、下の二人に結んで一直線にしたムチを垂らした。

まだ体が衰弱から回復していない皆本の尻を、由羅が押し上げて、なんとか皆本も
登りきり、最後にたむろと皆本が二人がかりでムチを支えて由羅が登った。

「あー、もう髪が少し焼けちゃった」

由羅がちいさく愚痴った。

「そんなこと気にしてる場合かよ」

「それはすまなかった。後で労災が効くか聞いてみよう」

たむろと皆本は対象的な対応をする。

由羅はたむろに対してムッとした顔を見せると、皆本にピタッとくっついた。

「はい、それじゃ、はやく行きましょ」

「え? ああ」

皆本はよく分からないながらもうなずいた。

「おいおい、何やってんだ、由羅。主任の邪魔だろ」

そこにたむろがツッコミを入れた。

「何よ、皆本さんはまだ体が回復してないから支えてあげてるだけじゃない」

由羅はあてつけに皆本に抱きついただけの行為に、もっともらしい言い訳をつけた。

「けっ」

たむろはそれを口実だと分ってはいるが、これ以上文句をつけても自分が
ひがんでいるように見えるだけなので、押し黙ってしまった。

(ああ、そうだったのか。そりゃそうだよな。変に意識しちゃ
由羅ちゃんに失礼だったな)

一方、恋愛感情にうとい皆本は由羅の口実を鵜呑みにした。

「よし、それなら一気に屋上まで行こう。由羅ちゃんのパワーならECMを
破壊できるはずだ」

「はいっ!」

由羅は皆本の言葉に大きくうなずくと、たむろには皆本に見えないようにして
アッカンベーをした。


---------------


「——と、言うわけでこの学校に特務エスパーが潜入してくる可能性があります」

小伝馬高校校長は、応接室のソファに腰掛けながら言った。

「フフフ、それがボクを呼んだ理由じゃなーい?」

長いチョビ髭を生やした、白髪サングラスの男が含み笑いをする。

「ステキよ、クライド!」

その隣で、ボディコンの女が白髪の男を絶賛した。

「エスパーと反エスパーの対立を煽り社会を荒廃させる。
我々『完全の豚』のユートピア計画にはこの学校はかかせない。頼みましたよ」

校長の言葉に、黒髪で顔に傷のあるサングラスの男がうなずいた。

「バベルには『ミスター・ブー』の工場を潰された恨みもあるで。
ここらでけちょんけちょんにしてやらんと、なめられてまう」

「ボクのアートを認めてくれる『完全の豚』のタメならやってやろうじゃなーい」

白髪の男もうなずいた。

「それに……ボクにとっても4年前の雪辱戦じゃなーい」

本日はここまで

乙です

めぞんの四谷さんの正体が背古井さん説とはなんだったのか…

>>85
レスありがとうございます
……まあ、設定上矛盾はないんじゃないですかね?>四谷=背古井説

敵サイドから見たチルドレンが鬼過ぎる

「皆本先生が逃げ出しただって!?」

「捕まえた奴は赤点免除だ!」

皆本、たむろ、由羅が校舎に入ると、生徒たちが大勢で襲い掛かってきた。

「わっ、なんだコイツら!」

「できるだけ怪我はさせるな、押しのけて屋上まで上がるんだ!」

皆本の指示に従って、たむろはムチで床を叩いて生徒達を払いのけた。

しかし、たむろは念動に関してはたかが超度2だ。

ECM環境下では完全に無効化されているので、腕に覚えのある人間にとっては
何の脅威にもならなかった。

力のある体育会系の男子は難なくムチを突破してたむろになぐりかかる。

「えいっ!」

由羅がその男子生徒をなぐると、彼は吹き飛ばされて、後ろの生徒達にぶつかった。

「あっ……やりすぎた? もう、半端に強いの相手だと加減が難しいのよ!」

由羅は逆ギレしながら近づいてきた他の生徒達もなぐりとばしていく。

「将を落とすにはまず将を刺せ、ギリシャの哲学者の言葉だ!」

たむろと由羅が道を開けるために前面の生徒達と戦っている隙に、
後ろからカッターを持った女子生徒が皆本に襲い掛かった。

「あ、しまった!」

「皆本さん!」

エスパー二人は振り返るが、助けに行くのは間に合わない。

女子生徒のカッターが皆本の顔面にまでせまる、その時——

「将を落とすにはまず馬を射よ、日本のことわざだ!」

皆本はカッターナイフをかわすと女子生徒の手首をとってひねり上げ、
そのまま床に押し倒した。

「おみごと!」

「皆本さん、やるー」

たむろと由羅は皆本がそれなりに強いということを知って少し驚いた。

確かに皆本はもともと技術畑の完全理系だったが、超度7の念動能力者や
瞬間移動能力者の暴力に何年も耐え、軍事訓練も受けて今やかなりの実力者なのだ。

「さあ、いくぞ!」

皆本がふたたび指示を出し、三人は階段を駆け上がった。

そして、屋上に出ると、そこには一軒家ぐらいの大きさはあるECMが鎮座していた。

「よーし、ぶっ壊すわよー!」

由羅は気合をいれて、腕をまくる。

「いや、待つんだ。」

そんな由羅を皆本は制止する。

「闇雲に破壊してもECMはすぐには止まらない。まずは、電源パイプを探すんだ」

「はい!」

「じゃ、オレもだな」

皆本の言葉に従い、二人は電源パイプを探し始めた。

(しかし、おかしい。生徒をけしかけるような暇があったのに、
ここに護衛がまったくいないなんて……)

皆本が疑問に思っている間にも、たむろが電源パイプを見つけた。

「由羅、こっち来い!」

「そこねっ!」

由羅は電源パイプらしき太いパイプの前に来ると、全力でぶん殴った。

その力は、皆本の測定ではECM環境下でも超度4並だ。

由羅は難なく、絶縁体の樹脂と金属で固められたパイプを破壊した。

すると、たむろと由羅に超能力がもどってくる。

「おお、これなら行ける!」

たむろは由羅の破壊したパイプの破片を集めた。

「たむろくん、先に『ザ・チルドレン』をここにテレポートさせて合流を——」

今にもテレポートしそうなたむろに皆本が指示を出す。

「いや、オレは逃げられないうちに校長とかをとっちめてくる!」

「ちょっと、たむろ!」

しかし、たむろは皆本や由羅の言うことを聞かずに自分ひとりで
テレポートしてしまった。

「ああもう、勝手なことを……由羅ちゃん、通信機もってる?」

皆本は頭をかかえる。

「ええ、ここに」

由羅はトランシーバを取り出した。

皆本はそれを受け取ると『ザ・チルドレン』あての周波数に合わせる。

「ECMを破壊した。学校に突入してたむろくんを探してくれ」

皆本は簡潔に指示を出す。

『皆本、無事だったのか!?』

『たむろはんとはぐれたんか?』

薫と葵の声がトランシーバ越しに聞こえる。

「ああ。葵の言うとおりだ。こっちは由羅ちゃんが護衛にいれば大丈夫だから
先にたむろくんの方を——」

皆本がそう返事をした、その時、

 ベチャ

色とりどりの液体が飛んできて、皆本が持つトランシーバに張り付いた。

トランシーバは故障し、通信は中断される。

「何者っ!?」

由羅が振り向くと、そこには金髪ロングでボディコンの、
いかにもな白人女性がいた。

皆本が攻撃されたのだ、由羅はためらいなくその女になぐりかかる。

「これはっ……ダメだ、そいつに攻撃すると——」

皆本は由羅を制止しようとするが遅かった。

 パンッ

由羅のパンチが当たると女は水風船のようにはじけて割れる。

「えっ!?」

もちろん、由羅は相手を殺すつもりまでは無かった。

まるで北斗○拳のような現象に目を丸くする。

しかし、本当に驚いたのはその後だった。

はじけた女の体が色とりどりの液体となって由羅に降り注ぎまとわりついた。

そして、トリモチのように粘着してはがれなくなったのだ。

「むがが、なにこれ!?」

超度7に匹敵する肉体強化を持つ由羅であっても、その液体は引き剥がせない。

「ふっふっふ、早くも勝負あったじゃなーい?」

そこに、白髪で長いチョビ髭の男が現れた。

「お前は、クライド=バロウ!!」

皆本が叫ぶ。

「ふん、キサマには見覚えがあるじゃなーい」

クライドと呼ばれた男はサングラスを額にずらして直接皆本の顔を凝視した。

4年前、クライドが日本のエスパーに敗れて逮捕されたとき、そのエスパーの指揮を
とっていたのはこの男、皆本光一だったのだ。

「お前の芸術的才能を認めた富豪が保釈金を出したハズだったが——
呆れて捨てられたか、それともその富豪が犯罪者の仲間だったのか!?」

質問しながら、皆本は身構える。

しかし、学校の教師として潜入していた以上、皆本は銃器などは持っていない。

丸腰のノーマルが高レベルエスパーに勝てるワケなどない。

皆本はジワジワと後ろに下がった。

「質問に答える義務はないじゃなーい。それに、時間稼ぎもさせないじゃなーい!」

「ステキよ、クライド!」

クライドの言葉に合わせて、いつの間にか復活していたさっきの女が
皆本に襲い掛かる。

(くそ、打つ手がない——)

皆本は諦めかけた。が、

 ベチャ

白人女がいきなりその姿を崩し、完全な液体になって水溜りと化した。

「ぐぇ」

その後ろで、クライドが倒れている。

「あたしをなめんじゃないわよ!」

クライドの足元を見ると、そこに由羅が居た。

由羅は蓑虫状態のまま体当たりでクライドに攻撃したのだ。
 
しかも、その体当たりの際に、由羅についていた粘着液体がクライドにも付着し
彼もまた身動きできなくなってしまったのだ。

「由羅ちゃん、よくやった! これで動けるのはボクだけだ」

皆本はクライドを捕まえようと近づく。

「甘い! 一時的に念動が乱れただけ、まだ使えるじゃなーい!」

そう言って、クライドは念動を水溜りのようになっている絵の具に飛ばした。

すると、その絵の具の塊はふたたび人間の女のような姿に変わった。

あの白人女性は実はただの絵の具の塊で、クライドの念動によって
つくられたものだったのだ。

その絵の具人間が、再び皆本におそいかかる。

「——かかったな!」

そう言うと、皆本は絵の具人間は相手にせず、クライドの頭をぶんなぐった。

「ぬがっ」

絵の具を操作していたので、クライドは念動で防御することも出来ず
もろに直撃を食らって失神した。

クライドが失神すると同時に、絵の具人間はまた水溜り状態に戻って
完全に動きを止めた。

「さすが皆本さん! さ、はやくコレを——」

蓑虫状態のままの由羅は、皆本が粘着を剥がしてくれることを期待する。

「……すまないが、クライド=バロウの粘着絵の具は強力で簡単には
剥がれないんだ。救援を待つしかない」

「えっ!?」

皆本の言葉に由羅は固まった。

その言葉が事実だとすれば、気絶したクライドとくっついたままの状態で
当分待たねばならないのだ。

「ええと、薫ちゃんか葵ちゃんが来れば大丈夫なのよね?」

恐る恐る、由羅はたずねる。

「……4年前、葵はクライドと戦ったんだが、その時は剥がせなかった。
薫もできる保障はない」

もし葵も薫もこれを剥がせなければ、一体いつまで待てばいいのか。

由羅は途方にくれるしかなかった。

「通信が途切れた……っ!」

トランシーバを持った薫が言った。

「たむろくんとはぐれたというのも気になります。
今なら葵さんのテレポートも使えるはずです、すぐに突入しましょう!」

「まずは、皆本はんのいる屋上やな!?」

背古井の指示に、葵がテレポートする場所を確認した。

「……いえ、皆本さんの指示通り、先にたむろくんを探しましょう。
おそらく、職員室か校長室に殴りこんで幹部を捕まえようとしているはずです」

「え、でも、皆本さんは!?」

紫穂は驚いたように聞いた。

通信が途絶えたということは敵に襲われたなどの緊急事態の可能性が高い。

そんな状態で放置するというのは事実上見捨てるということに、紫穂には思えた。

「戦力を分散させます、先に私たちを校舎内にテレポートさせてから、葵さんだけ
皆本さんのいる屋上へテレポートしてください。すでにECMを破壊している以上、
敵がいても皆本さんたちを連れて逃げてくれれば大丈夫です。
薫さんと紫穂さんは私とともに、たむろくんを探し、合流します」

「わかった!」

葵はすぐに、全員をテレポートさせた。


---------------


職員室らしき、大部屋に背古井たちはテレポートした。

「そんじゃ、皆本はんとこいってくるわ!」

すぐに、葵はもう一度テレポートをして姿を消した。

突然現れた一団に、何名かの教職員が呆然として眺めていた。

「あんたら、なんですか?」

少しして、やけに体格のいい教師が前に出てきた。

「我々は、バベルの特務エスパーチームです。
ここの学校で教職員が監禁を受けているとの報告を受けて緊急出動しました」

背古井は律儀に口上を述べる。

「そのような事件、知りませんなぁ。
失礼ですがあんたら裁判所の令状持っとるんですか?」

体育教師らしいその男はにらみつけるように背古井に顔を近づけた。

そこに薫が割って入る。

「現行犯に令状はいらないよ。皆本……あ、いや被害者はもうこっちが
確保してんだから、捜査に協力するかひっこんどいて」

「ほう、それでは上であばれているのはあんたらの仲間ですか。
……困りますなぁ、これでウチに不正が無かったらどうするつもりですか?」

しかし、体育教師はあくまで強気に出てきた。

「ふーん、『逆らう奴を焼却炉に投げ入れているのがバレたらまずい』ねぇ」

そこに、いつのまにかその教師に触れていた紫穂が横槍を入れる。

「接触感応能力者!? だが、透視は能力者の虚言と区別が付かないから
証拠にはなりませんよ!」

そう言いながら、体育教師は慌てて紫穂から離れる。

「そうですか、それではそちらの教諭にお尋ねしましょうか?」

背古井はひょろひょろでガイコツのような教師に迫った。

「教員免許を剥奪されたくなければ、正直に答えてください。
この学校では教員や生徒を焼却炉に投げ入れるようなことをしているのですか?」

真顔の背古井が間近でまばたきもせず、じっと見つめてくる。

ガイコツのような教師はその異常なプレッシャーに耐えられなかった。

「ひいっ、こ、校長室まで案内します! そ、それでカンベンしてください」

そんなガイコツ教師の肩を、体育教師ががっしりとつかむ。

「鹿羽先生っ! あなたという人は……」

「投槍先生、だ、だって仕方ないじゃありませんか。特務エスパーですよ、相手は」

鹿羽と呼ばれたガイコツ教師は必死で弁解する。

そんな鹿羽の態度が、なおさら気に食わなかったのだろう。

体育教師・投槍はカッときて拳を振り上げた。

「サイキック、暴力反対!」

が、鹿羽を殴る前に、投槍は壁まで吹き飛ばされた。

「ぼ、暴力反対ってそれも暴力じゃ……」

鹿羽は怯えながらも口答えをする。

「いいから早く、案内して。全部透視されたいの?」

「ひぃ、そ、それも一種の暴力です!」

紫穂にも脅されて鹿羽は逃げ出すように席を立った。

---------------

葵が屋上にテレポートすると、そこには皆本と由羅がいて、
そしてどこかで見たようなヒゲの男が失神していた。

由羅とヒゲの男はよくわからない粘着質のものでたばねられている。

「葵、よく来てくれた。コイツが目を覚ます前にESP錠を……」

「了解や!」

皆本の指示に、葵はすぐさま、ESP錠をとりだしてヒゲの男に付けた。

「え、葵ちゃんだけ? 他の子たちは?」

由羅が不安げに、葵に聞いた。

紫穂や背古井はともかく、薫がいないとこの状態から抜け出せない
可能性があるのだ。

「他はたむろはんの捜索を優先や。とりあえず、あんたをテレポートさすで!」

葵は由羅をテレポートさせた。

が、由羅はすぐ近くにテレポートしたものの、まわりのネバネバは取れない。

「葵、覚えてないか? こいつはクライド=バロウだ。
こいつの粘着絵の具は簡単には剥がせない!」

「えーと、誰やったっけ?」

皆本がそう言っても、葵はクライドを思い出せなかった。

「でも水性絵の具やったら水で溶かせるんとちゃうか?
油やったらシンナーがいるか……」

葵が考え込む。

「と、とりあえず、薫ちゃんが来るまで待つことにするわ」

プールにぶち込まれたり、シンナー漬けにされたらたまらない。

由羅はそう思って、今すぐに解放されることを諦めた。


---------------

「くそ、お前は『完全の豚』の……!?」

たむろはその微弱な念動波を際どくかわした。

すると背後にあった校旗が壊れ、たむろの頭を直撃する。

「いてっ、クソ!」

「反エスパー教育の学校やからてエスパーはおらんとでもあんさんおもったんか?
甘いのう、元HCIA所属エスパー、五味たむろはん」

顔に傷のあるその念動能力者は、先日相まみえた米内たかしだ。

(こいつ、俺の名前を知っている?)

そんなことを考えながらも、たむろは米内たかしのすぐ後ろにテレポートした。

破壊された校旗がゴミになったので、後ろのゴミ箱までテレポートできたのだ。

「甘いのはお前だ! お前の能力じゃオレは捕らえられないぜ」

そして、たむろは米内たかしに向かってムチを走らせる。

「あぎゃ、いたっ、ごっつ痛いわ」

あっさりと、米内たかしはダメージを受けた。

が——

「後ろが、お留守ですな」

あくまで非戦闘員だと言いたげにただ座っていた校長がたむろに対して
『ミスター・ブー』を投げつけた。

見事にそれは、たむろの後頭部に命中した。

「しまった!」

偽『ミスター・ブー』の物質破壊には人体を破壊する効果は無い。

しかし、頭に直撃した場合、超能力中枢が狂ってしまう。

「さあ、これでもうあんさんは無力なノーマルと一緒や」

「始末させてもらいますよ……」

超能力を失ったたむろに米内たかしと校長が迫る。

「くそ、オレを超能力だけの男と思うな!」

たむろはそれでもムチを振るった。

が、それはあっさりと米内たかしにつかまれた。


「アホかい、わいはサイコキノやで。こないなムチきくかいな」

そして、鈍器としてトロフィーを握った校長がたむろに殴りかかる。

その時——

「サイキックバシルーラっ!!」

威勢のいい薫の声とともに、たむろ、米内たかし、校長の三人は壁まで
吹き飛ばされた。

「小伝馬高校校長、あなたを監禁致死ならびに致傷の容疑で逮捕します!」

そこに、すばやく背古井がかけつけて、校長に手帳をはめた。

「あなたも御用よ!」

紫穂は拘束用のワイヤーガンを米内たかしに射出し、捕まえた。

「く……」

たむろは壁にたたきつけられた痛みからかよろよろと立ち上がった。

「あー、悪い。力入れすぎちゃった?」

「痛えよ、そりゃ!」

あまりにも軽い薫の聞き方に、たむろはマジギレ気味に返した。

「あら、助けられたのにその言い方は無いんじゃない?
しかも、一人で特攻してそのザマとか……」

紫穂は、そんなたむろをいやらしく責める。

「ぐ……すまなかったな、ありがとうよ」

たむろは、歯をかみ締めたまま、ようやくそう言った。

「ええ。無事、犯人の身柄を確保しました。はい、テレポートでこちらに——」

一方、背古井は皆本と連絡をとっているようだ。

「お待たせーっ!」

するとすぐに、葵と皆本がテレポートしてくる。

「あれ、由羅は?」

たむろがたずねた。

「ああ、由羅ちゃんはちょっと今動けない状態だから、ひとまず置いてきた」

「動けない!? なに拘束とかされてんの? 動けない状態でおさわりし放題!?」

皆本の言葉に、薫があらぬ方向に興奮する。

「あのな……粘着性の超能力だ。おさわりし放題どころか、触れたらくっついて
放れなくなるぞ」

「粘着質!? あの野性味溢れる由羅ちゃんのボディがネチョネチョまみれ!?」

皆本が説明を加えても、薫の妄想は暴走するだけだった。

「はぁ……薫はほっといてだな。たむろくん、今回のキミの独断は
褒められたものではない。今後はちゃんと指示を聞いてから動くようにしてくれ」

「……はい」

皆本のお叱りに、たむろはややためらいがちにうなずいた。

その時だった。

「うわわ、なんやこれ!?」

突然、ワイヤーガンに巻きつかれたままの米内たかしの体が浮かび上がった。

そして校長室の窓ガラスを突き破って外に飛んでいく。

「あ、待て、この!」

薫が念動で引き戻そうとするが間に合わない。

米内たかしが飛んでいく向こうには、ヘルメットを被った少女がいた。

少女の横には粘着絵の具に包まれたクライドの姿もある。

「あいつは、ファントム・ドーター!?」

皆本が叫ぶ。

「逃がすか!」

葵はとっさに屋上に置いてきた由羅を、その少女の頭上にテレポートさせた。

「わっ、なに、なに?」

由羅は何がなんだか分らないまま落下し、そのファントム・ドーターらしき
人物にぶつかりそうになる。

が、ファントム・ドーターはすんでのところで由羅をかわし、そのまま逃げ去った。

「……ヘンね。ファントム・ドーターが出てきたのってずいぶん久しぶりだし
前と違って全然無駄口を叩かなかったわ」

紫穂がそんな感想を漏らした。

「その、ファントム・ドーターというのは?」

背古井は首を傾げる。

ファントム・ドーターは『ブラック・ファントム』という犯罪組織の
重要メンバーである。

『ザ・チルドレン』や皆本にはそういう推測がついているが、
それ以上は何も分からないし、小伝馬高校や『完全の豚』との関係も不明だ。

誰もが事態を把握し切れていない。

そんな中、たむろだけがわずかに舌打ちをしていた。

>>93
レスありがとうございます

乙です
今回更新ここまでかな?


そして小伝馬高校編は終わりかな?

>>102
レスありがとうございます

EXACTLY (その通りでございます)

「小伝馬高校の校長は間違いなく『完全の豚』のメンバーだった。
クズ人間を育てて世間を荒廃させることを理想実現だと本気で考えているらしい」

たむろの言葉に背古井はうなずいた。

「なるほど、悪の組織の考えそうなことです」

「いや、あんた本気で納得したのか!?」

慌ててたむろはつっこんだ。

「そんな一文の得にもならへんことのために学校まで建てるてアホやろ」

葵がマトモな感想を述べると、たむろは胸をなでおろした。

「ああ。皆本さんは『ブラック・ファントム』に洗脳されたんじゃないかって
言ってたな」

たむろが皆本から説明を受けた『ブラック・ファントム』とはエスパーを洗脳して
殺し屋や兵士として売り出す凶悪犯罪組織だ。
ノーマルである小伝馬高校の校長を洗脳したとすればイレギュラーになる。

「分らないわ。その場合『ブラック・ファントム』の目的は何になるの?
あそこは『完全の豚』みたいないい加減な組織じゃないはずよ」

紫穂が言った。
たむろとは違って、『ザ・チルドレン』の三人は何度も『ブラック・ファントム』の
洗脳エスパーやファントム・ドーターと戦ってきた。
紫穂からしてみれば今回のことはあまり『ブラック・ファントム』らしく
ないように見える。

「それは皆本さんの言うには『ブロークン・ウィンドウズ理論』じゃないかってさ」

「なにそれ? 壊れやすいパソコンのこと?」

薫が首をかしげる。

めんどくさそうにするたむろが説明するより早く、背古井が口を開いた。

「コメリカの犯罪心理学者ジョージ・カリング氏の説ですね。
簡単に言うと、軽微な犯罪をきっちり取り締まることで凶悪犯罪を抑止できる
という説です。これを逆手に解釈すれば、軽犯罪でも放置すれば人々の規範意識が
薄れ、やがては大きな犯罪も増えるという理屈にもなります」

そしてスラスラと説明をする。

たむろとチルドレンの三人はきょとんとして背古井を眺めた。

(この人勉強できたんだ)

(考えてみたら、そうじゃなきゃ諜報員にはなれないわよね)

そんな会話が目と目でかわされる。

「え、ええと、そういうワケだから、軽犯罪を起こしそうな人間を増やすことで
結果としては『ブラック・ファントム』の商売になるような凶悪犯罪にも
繋がるって事らしい」

たむろはしばらく間をおいてようやく説明を繋いだ。

この推論が正しければ、『完全の豚』は『ブラック・ファントム』の下部組織か
あるいは洗脳された人間がそうと気付かずに『ブラック・ファントム』のために
活動しているということになる。

(でも、あれは本当にファントム・ドーターだったのかしら?)

紫穂はそんな疑問を抱いた。

「で、その辺の事情を確かめるために資料が必要なわけなんだが……」

そう言って、たむろは背古井の方をジト目で見た。

「これは私と『ザ・チルドレン』が押収したものです。
たむろくん、手柄の横取りはいけませんよ」

背古井は平然とそう答えた。

その手元には小伝馬高校から押収した資料が置かれている。

「あんたらの任務は皆本さんの救助だろーが!
小伝馬高校の調査は『ザ・ダストスパート』と皆本さんの仕事だ!」

思いもよらぬ背古井の物言いに、たむろはキレた。

「助けられといて、なんやの、その物言いは?」

「皆本も『ザ・ダストスパート』もちょっと調子に乗ってるよね」

「お願いするなら、態度ってものがあるわよね?」

そこに、チルドレンの三人が次々にカウンターを返した。

「これは我々にとっても貴重な『完全の豚』の資料です。
なので、この資料は我々の用が済んでから皆本二尉にお渡しします」

最後に背古井にもきっぱりそう言われてたむろには返す言葉が無かった。

「あ、そーいえば、その皆本と由羅ちゃんはどうしてんの?」

そこでふと、薫がたずねた。

「ああ、由羅がプールに落ちたせいで風邪を引いてな……
皆本さんが今、看病に行ってる」

たむろがそう答えると、葵が少し気まずそうに顔をしかめた。

葵はファントム・ドーターへの攻撃のために、由羅をその頭上にテレポートさせたが
ちょうどそこがプールの真上で、由羅は粘着絵の具にしばられたままプールに落下
する羽目になってしまったのだ。

おかげで絵の具は溶けたものの、季節外れに長時間プールに浮かんだ由羅が風邪を
引いたのは当然といえる。

「由羅ちゃんって、呉竹寮でしょう、皆本さん入れるの?」

「エスパー女子寮にも男子入場用の特別許可証があるらしいですよ」

紫穂の質問には背古井が答えた。

「でも女の子の看病て、皆本はんにはできることに限りがあるやろ」

葵がそんな率直な意見を漏らしたその時、薫と紫穂の目の色が変わった。

「まずいわ! 部屋に二人きりだなんて。看病って理由をつけて色々させたり——」

「そうだ! 看病なんて由羅ちゃんの裸を拝む大チャンスじゃない!!」

二人とも急に大声を出す、特に薫は鼻息が荒い。

「葵ちゃん、早く呉竹寮にテレポートを!」

「了解や!」

そうして『ザ・チルドレン』の三人はあっという間に消えていった。

「……なんか言ってることが違ってなかったか?」

「私にはよく意味が……」

残された男二人はそんなつぶやきを漏らした。


--------------


(任務で風邪を引いてしまった頑張り屋のあたしと、看病に来るやさしい上司。
シチュエーションは完璧……だったはずなのに)

由羅はあたまを抱えた。

「頭が痛いのか?」

そんな由羅の仕草にも、皆本は敏感に反応して由羅を気遣う。

(なんていい人なんだろ。これで高学歴エリートでルックスも良いんだから
そりゃ言うことないわよ)

由羅はしみじみそう思う。

「『ただし、二人きりだったら』って思ってるわね」

野分ほたるが、由羅の気持ちを代弁した。

彼女もバベルのエスパーであり、常盤奈津子とコンビで『ザ・ダブルフェイス』の
コードネームを持つ精神感応能力者だ。

「え? 何が?」

皆本は何を言われたか分らず、ほたるに聞き返した。

「二人だけだったら看病が大変だったってことよね、由羅ちゃん?」

奈津子がそう言って微笑んで見せた。

微笑んではいるのだが、目は笑っていない。

「え、ええ。そういうこと」

由羅はうわずった、心のこもっていない声でそう答えた。

「熱冷ましできましたよー」

そこに、ナオミが熱冷まし用の冷却材を浮かせてやってきた。

「由羅ちゃん、具合よくなった?」

ナオミはいたって普通の澄ました表情でたずねるが、それも由羅には
どこか引きつったものに見えた。

独身寮の個室は、五人という定員オーバーの人間が溢れて
身動きすら取りづらい状況だった。

風邪を引いた由羅のために看病に皆本と三人の女性エスパーが集まった。

そのはずだが、女性エスパー達の本音は別のところにあるように、由羅には思えた。

抜け駆けは許さない、全員が言外にそう語っている。

そんな張り詰めた空気の漂う由羅の部屋の扉を、
『ザ・チルドレン』の三人はガラッと開けた。

「見舞いに来たよー!」

「すまへんな、ウチのせいで」

「皆本さん変なことしてない?」

口々にそんなことを言ってから、三人はしばし固まった。

「な、なんか人手は十分みたいやな」

「これなら皆本さんが変なことする心配も、される心配もないわね」

葵は冷や汗を浮かべ、紫穂はため息をついた。

「それでも、あたしは由羅ちゃんの看病させて欲しい!」

が、薫は熱心にそう訴えた。

「薫ちゃん……?」

薫の表情からは醜い女の争いが感じられない。

それは由羅の目には薫が自分を思ってくれているように見えた。

(こんなに良い子だったなんて……
初めて会ったときは生意気な子だとか思っててゴメンなさい)

薫の気持ちが嬉しくて、涙があふれそうになる。

が、

「着替えさせたり体拭いたりするついでにセクハラしようって思ってる」

精神感応能力者のほたるが薫の心理を公表した。

「透視しなくても分るわよ」

紫穂はあきれてまたため息をついた。

「へ? 皆本さん、薫ちゃんってもしかして、レ——」

「たのむ、それ以上言わないでくれ」

皆本は由羅の言おうとしたことをとっさに止めた。

「ウチらもようセクハラされるけど、そのケはないらしいで」

葵は他人事のようにそう語った。


---------------


深夜、皆本のマンションの中で、たむろはカタカタとノートパソコンを打っていた。

「ふぁ……あれ? たむろさん、またこんな夜中に仕事ですか?」

目の下にクマを作ったティムがたむろに問いかけた。

「……まあそんなとこだ。おまえはゲームだかアニメだか知らんが、
あまり深夜まで起きずに寝られるときは寝とけよ」

たむろはノートパソコンに向かったままそう答える。

その画面にはメールソフトが起動していた。

(さすがにたむろさんはネットゲームってことはないか)

そんなことを思いながら、ティムはぼんやりと画面を見る。

画面の中には「Esper Killer」という名前が見える。

(『エスパーキラー』って確かコメリカのグリシャム大佐の……)

ティムは直接は会ったことがないが、『ザ・チルドレン』や皆本からコメリカの
駐日エスパーD.J.グリシャムの話は聞いたことがある。

『エスパーキラー』はそのグリシャムの異名である。

(そっか、たむろさんはコメリカで訓練を受けたんだったっけ)

たむろとグリシャムが知り合いであることは、何ら不自然な点はない。

しかし、たむろは今はれっきとした日本のバベルの特務エスパーである。

上司である皆本を介さずにコメリカのCCIAの人間と連絡を取ることが
果たして『仕事』の内にあるのだろうか。

ティムは少し疑問に思ったが、たむろに何も聞くこともなく自室に戻った。

仕事の合間に知り合いに連絡取ったって何も悪いことはない、
そう自分を納得させて、それっきりそのことは考えなかった。

楽しみにしていた深夜アニメの放送時間が迫っていて、
それどころではなかったのだ。

今回のアップは以上です


壊れやすいパソコンワロタ

ようやく追いついた!ダストスパートは父の蔵書を漁ったときにたまたま読んでたから懐かしいなぁ
皆本が調べてた高校の教科書の中に絶チル本編のマイナーキャラの名前を引用してたのは純粋に感動しました。よく読んでるんだなぁ
基本的にストーリーはダスト側を踏襲するんですかね?

>>111
レスありがとうございます
初めて聞いたらどうしても連想しますよね

>>112
感想ありがとうございます
どちらも好きな作品なので、できるけそういうモノを仕込んでいきたいと思っています
基本的にはダストスパート側です。絶チルはまだ先が長そうですしね

「夏や!」

「海ね!」

「水着のネーちゃん!」

出だしから高いテンションで、『ザ・チルドレン』の三人は飛び出した。

自分達のイメージカラーに合わせ、それぞれ赤、青、紫の水着をつけている。

「連続海難事故の真相を突き止め、予知の妨害ができれば今回の任務は終了です。
時間が余れば思いっきり遊んでくれてもかまいません」

背古井の言葉に、三人はなおさらテンションを上げる。

「おっしゃ、泳ぐでぇ〜」

「乳、尻、フトモモ!」

「あそこの屋台、生きた魚介類をそのまま焼くんだって……クフフ」

「ですが……」

テンションのあがりきった三人に対して申し訳なさそうに、背古井は口を開いた。

「今は夏じゃありませんよ?」

そう言われて、『ザ・チルドレン』の三人は愕然とする。

「さむっ、ごっつ寒い!」

「屋台しまってるじゃない!」

「水着のネーちゃんがいない!?」

三人は寒さに縮こまって身を寄せ合った。

「なんで、海回なのに夏じゃないの!? 読者サービスは?」

薫は必死に訴える。

「SSでは水着で読者サービスなんて意味がありません」

背古井はそれをバッサリと斬って捨てた。

「にしたって、原作では夏やったのに!」

葵がさらにメタ度を増した訴えをする。

「私が『ザ・チルドレン』を担当するのは約一ヶ月、そして前回文中で
筆者が〔季節外れのプール〕と書いてしまいました。
なので、時系列的にこのエピソードを夏にはできません」

「ひどい、そんなのはじめっから季節を夏にしとけばよかったでしょう!?」

紫穂も苦言を呈した。

「もう書いてしまったものは仕方ありません。
というか、あまりメタな話をさせないでください」

背古井はそう言ってため息をついた。

「でも、今回は変動確率レベル6なんでしょう?
他のチームでも良かったんじゃないかしら?」

ふと紫穂が背古井にたずねた。

「ええ、確かに超度6のエスパーでも覆せる事件ではあるのですが、
たまたま他の超度6以上の方々の手がふさがっていまして……」

「ふーん、まああたしたちもおかげで学校行けてるわけだし、しゃーないか」

薫がそんな感想をもらした。

『ザ・チルドレン』が学校に行っているうちは、できるだけそちらを優先し
事件を他のチームが片付けるようにバベルでは配慮しているのだ。

そのことを考えれば文句は言えなかった。

「それに変動確率というのは予知の妨害だけなら超度6で出来るかもしれない
という話で、真相を突き止めるとなると話は変わってくるでしょう」

背古井はいたって生真面目に説明を続ける。

「んなこと言うても、真相解明に繋がるような手がかりがないんやったら、
ウチらだってどうにもできへんで?」

「まあ、その辺りは民宿で聞きましょう」

葵の質問には答えず、背古井はそのまま三人を『海の家・つぶらや』に案内した。

『つぶらや』では背の低い老婆が四人を出迎えた。

「ほんき遠いとこからよくきなされた」

強い訛りのある言葉だった。

「お世話になります、『背古井』一行です。
今日は通常の宿泊のほかに民話口伝のオプションもお願いしたいのですが——」

「おお、きいとるんさ。んーまへすっかね?」

「ええ、ではすぐに」

そんな背古井と老婆のやりとりに、薫が不思議そうに首をかしげた。

「民話って?」

「この地方には海難事故にまつわる民話があるのです。

それが今回の連続事故のヒントになりはしないかと思いまして」

「ふぅーん」

チルドレンの三人はあまり興味なさげにうなずいた。


---------------


背古井と『ザ・チルドレン』の一行は奥の座敷に通された。

宿屋の老婆は雨戸と障子を閉めて部屋を暗くした上で、部屋の真ん中に
ろうそくを一本立てた。

温度差によって歪む空気と、暗闇の中に浮かぶ小さな火が、
神秘的な雰囲気をかもし出す。

「なんか、すっごい、嫌な予感がする」

その雰囲気にすでに何かを感じ取ったらしい紫穂は、
小さく震えながら葵にしがみついた。

「さすが、超度7のサイコメトラーです。もう手がかりを掴みかけているのですね」

背古井はひとりごちにうなずく。

「いや、紫穂のコレはそうじゃないから」

「ってか、ウチらが超度7っておばあちゃんの前で言うたらあかんやろ」

薫と葵が口々にツッコミを入れる。

「そっでは、はじめいね」

老婆は顔をろうそくの火に近づけて、その顔を闇の中に浮かび上がらせた。

「作者不詳、脚色宿屋のばばあ。船幽霊の話——」

「キャーッ! やっぱり幽霊! いや、わたし聞かない!」

すると、紫穂が半狂乱に叫びだす。

「話が始まる前からこんだけ怖がるとは、器用なやっちゃな」

葵は呆れたように紫穂を抱きとめた。

「やはり精神系の超能力を持つ紫穂さんだけが感じ取れる何かがあるのでは?」

背古井は身を乗り出して、火明かりにその顔を浮かべた。

「うわっ、背古井さんもけっこー迫力あるね……」

宿屋の老婆とはまた違った背古井の不気味さに、薫も少しびびった。


「それは生ぐさ〜い晩らった。ある男が沖にこぎ出して、
夜釣りをしてたんらと……」

老婆は話をはじめる。

静かな語りだしと、皺だらけの老婆の顔が不思議な緊迫感を作り出す。

薫と葵も思わず息を呑んだ。

紫穂はもはや会話も成り立たちそうにないほど震え上がっている。

「『こんな夜は何かが出そうな気がする』そんなことゆうた時らった……」

老婆はそこまで言って、いったんタメを作る。

そして、

「ひ〜しゃ〜〜く〜を〜くれ〜〜っ!」

渾身の表情と震えるような声で一気に叫ぶ。

「ギャーーーーーッ!!」

紫穂の金切り声が響いた。

それが老婆の演出との相乗効果を生み、薫と葵も背筋を撫でるような
恐ろしいものを感じた。

「もうイヤ、私帰る!」

紫穂はそう言って立ち上がると、急ぎ障子のふすまを開けようとした。

しかし、入るときは軽かった障子が考えられないほど重くなっていて
紫穂の力ではビクとも動かなかった。

「そ……そんな……!?」

思いもよらない心霊現象に、紫穂はさらに錯乱する。

「それなら外よ!」

紫穂は強引に窓を開けて、そこから飛び出した。

「やったわ! これで出られた……えっ!?」

紫穂は目を疑った。

窓から外に飛び出したはずなのに、着地点はまた同じ部屋の中だったのだ。

「この部屋にはさぁ、船幽霊の呪いがかかってるんだよ」

「紫穂〜、逃げられへんでぇ〜」

そして、薫と葵が薄気味悪い笑みを浮かべて紫穂を出迎えた。

「うそ……そんな……」

紫穂の瞳が絶望の色に染まる。

この部屋はすでに幽霊の力によって抜け出せない場所になってしまったのか。

そして、ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべる薫と葵は憑かれでもしてしまったのか。

「まさか!? 幽霊が超能力者にとりついて?」

背古井はいたって真剣な表情で冷や汗を流していた。

「え? いや、背古井さんまで信じなくても」

「さっきの薫の念動能力とウチの瞬間移動やで」

薫と葵は背古井には素でツッコミを入れた。

もちろん、紫穂だって冷静ならば障子のふすまを開けられなかったのも
超能力によるものだとすぐに気が付いただろう。

エスパーの指揮をする人間がこんな簡単なトリックにかかるようでは困る。

「あ、いえ、そうではなくてこっちです」

そう言って背古井は紫穂を指差した。

指差された少女は、すでに泡を吹いて気絶していた。

「あ、やり過ぎた」

「これは単に怖くて気絶しただけやな」

薫と葵は少々気まずそうに目を見合わせた。

「続きは明日にすっかね?」

老婆が心配そうにたずねる。

「あー、いや、今続けて。どうせ紫穂がいたら話進まないから、このままで」

薫がそう言うと、葵もこくりとうなずいた。

「せやな。 すまん、ばあちゃん、話の腰折ってしもて」

そんなやり取りをしている中で、背古井だけは真剣に
「一体何が超度7のエスパーをここまで恐れさせるのか」と考え込んでいた。

「船幽霊に出くわした男は恐怖のあまり、幽霊のいうとおりひしゃくを
あたえたんだと。すると幽霊は、そのひしゃくで船の中に海水を注ぎ込み——」

いったん話を折られたというのに、老婆のテンションには冷めたところがない。

地の底から湧き上がるような低く、恐ろしげな声で気絶していない三人にせまる。

「あっという間に船を沈めてしまったんら!」

その言葉と同時に老婆はカッと目を見開いた。

「「ひゃあっ!」」

薫と葵の声がハモる。

老婆の迫真の演技に、紫穂ほどではないにしても肝を冷やしたのだ。

「ふむ。なるほど」

背古井だけはクソ真面目になにやらうなずいていた。

「以来、この辺の猟師は必ず底の抜けたひしゃくをひとつ用意して、
漁に出るんらと。底抜けひしゃくでは海水をくめねえすけ、幽霊は
『うらめしや〜』といって沈んでいくんらと」

そう言って、老婆は話をしめた。


---------------


数時間後、意識を取り戻した紫穂はまだ青くなって震えていた。

改めて背古井が話の内容を説明したのだが、それが怖かったらしい。

「まあ背古井はんでも、あのおばあちゃんにはかなわへんな、流石はプロやで」

「あれでテレパス持ちだったらグリシャムのじいちゃんにも匹敵するね」

一方の、葵と薫は楽しそうに先ほどの恐怖体験を思い起こしていた。

「でも、あの話と今回の連続海難事故って関係あんの?」

ふと、薫が背古井をふりかえりたずねた。

「ええ、そのことですが、事故被害者が海坊主に襲われたと証言しているのです。
しかも、その海坊主は『バケツをよこせ』と言ってきたとか」

背古井の説明に、葵はアゴに手を当てて考えた。

「海坊主に船幽霊、ひしゃくにバケツ……うーん、似とるゆうたら似とるかもな」

「やっぱり、本当にそういう妖怪が……」

薫も真剣に考え込む。

「いない! そんなの絶対いないわよ!」

そんな中、紫穂だけが必死に叫んでいた。

今回のアップはここまでです


背古井さんがメタな発言しても何の違和感もないのはなぜ?

>>121
レスありがとうございます
違和感がないとおっしゃっていただき幸いです
うーん……ダストスパートはメタ無しだから原作には背古井さんのメタ発言はないはずですよね?

乙です。
妖怪話になるとどうしてもGS美神チックな絵が浮かぶな

>>123
レスありがとうございます
GS美神と絶チル見ると結構絵が変わってますよね


---------------


「そんなわけで、かれこれ三時間、海坊主の出現を待ってるわけだけど——」

「全っ然、でーへんな」

磯の岩の上で、薫と葵が言った。

『……誰に向かって言っているのですか?』

そんな二人に、背古井がトランシーバで質問をする。

「なんちゅうか、お約束」

葵は答えになっていない返事をした。

「そんなの絶対に出てこないわよ。海坊主なんて非常識なもの
いるわけないんだから」

紫穂はさっきからずっとぶつぶつとそうつぶやいている。

現在、背古井だけがボートで海に出て、『ザ・チルドレン』の三人は
見通しの良い磯で待機している。

何かあったときにはテレポートでどこにでも駆けつけられるようにという配慮だ。

「……むっ、あのネーちゃん!?」

ふいに、薫が何かに気が付いた。

その視線の先には物憂げな女性が一人、小高い岩の上にたたずんでいる。

「あの人がどうかしたの?」

「けっこう、ムネあるな。あたしより上だ!」

紫穂の質問に、薫は真剣な眼差しでそう答えた。

「なんちゅうか、お約束やな」

葵はため息をつきながら、先ほどと同じセリフを吐いた。

「でもさぁ、あんな美人でグラマーな人が一人で海を眺めてるとかさ、
ドラマにでもなりそうな雰囲気だよね」

「そうねぇ、さしずめ、愛する人を失って自殺する前のワンシーンってトコかしら」

薫のどうでもいい感想に、紫穂も同調した。

すると、その女性は『ザ・チルドレン』の会話が聞こえていたのか、
キッと三人をにらみつけて去っていった。

「ありゃ、もしかして悪いことしてもうたかな?」

葵がそんなことをつぶやいた、その時だった。

『ザ・チルドレン、ただちにこちらに急行してください! 海坊主が!
うわあああーー……ザー、ザー』

トランシーバーから緊急事態を告げる背古井の悲鳴が響いた。

「何が起きたの!?」

紫穂はとっさに、双眼鏡で背古井の方を覗き込んだ。

そこには確かに、海面から巨大な上半身を突き出した海坊主のような存在がいた。

「きゃああああああああああああああっ!!」

この世のものとは思えない絶叫を上げ、紫穂はまた気絶した。

「あー、もうこんなときに!」

「これもお約束やけども!」

葵は紫穂だけ民宿にテレポートさせ、自分と薫は海坊主のもとへテレポートした。

すでに船は沈み、背古井は必死に泳いでいる。

海坊主は突然あらわれた二人の少女に驚いているようだった。

「葵、背古井さんを連れていったん民宿に戻って! あたしはこいつを……」

薫はそう言って、宙に浮かびながら巨大な海坊主と対峙した。

「了解や!」

葵はすばやく背古井を回収して飛び去った。

『バケツをくれぇえ』

海坊主が言った。

不思議な響き方をするその声は、拡声器なのかそれとも妖怪のなせるものか。

海坊主の体はまるで海水がそのまま人型に整形されているかのように
液体質に見える。

そして、巨大な目と歯、それに舌がついていた。

超能力で操るとしてもかなりの超度が必要だろう。

「ない!」

薫はきっぱりそう答えた。

すると、海坊主は突然、口からゴミを吐いて薫に向かって飛ばしてきた。

「うわっ! ひゃっ!」

薫は空中で器用にそれをかわす。

(ゴミ!? これで今まで船を沈めてきたってコト?)

そんなことを思っている間にも、海坊主はその巨大な鉄拳を繰り出してきた。

ゴミを避けるのに集中していた薫は念動による防御が間に合わず、
そのパンチを直撃してしまった。

薫は勢い良く海面に叩きつけられ、
そのまま引きずられるように海面を滑っていった。

(すごい威力だ、流体操作だとしたらメアリー並!?)

100mほども飛ばされたところで、ようやく薫は念動能力で体勢を整え、
海面の上に立った。

(あの巨体を整えながらあれほどの攻撃をしてきたとなると、
念動能力だけなら超度6じゃ足りない……)

底の知れない相手だった。

超能力者だとすれば複数の能力を高い超度で兼ね備えているか、
あるいは薫を越える念動能力者ということになるだろう。

だが、物質的な攻撃をしてきたことで薫にはある確信が生まれた。

(妖怪だろうがなんだろうが、物理攻撃で倒せる!)

薫に対して、ふたたび海坊主が迫ってくる。

「サイキック……つーらーぬーけーはーーっ!」

勢い良く、薫は拳を前にして海坊主に突進した。

その拳は海坊主に刺さり、薫は体ごと海坊主の腹から背中へと貫き通った。

貫いている間に触れた海坊主の体は、確かに水で出来ていた。

そして、すぐ振り返ると、貫かれた海坊主の体の真ん中を、まるで背骨のように、
人間一人が通れそうなほどの白いパイプが通っていた。

「あれは!? やっぱり海坊主はキカイと超能力で出来てたんだ!」

すぐに、海坊主は海水を吸い上げて貫かれた傷をふさぐと、
今度は指先から体内の海水を噴き出してきた。

しかも、シャワーか散弾銃のように広く円錐状にだ。

「なに、テレポートかく乱のつもり?」

薫は海坊主の攻撃の意図が分らず、特に防御もせずにそのシャワーを浴びる。

すると、その海水がベタついて離れなくなった。

目や鼻、口、耳などにも容赦なく貼りつき、薫は視界を奪われた。

「え? この能力は!?」

驚くヒマも無く、またも海坊主の強力なパンチが薫を襲う。

今度は防御の念動を発動させたものの、防ぎきれずにやはり吹き飛ばされた。

「薫! 大丈夫か!?」

そこに、背古井を宿に預けてきた葵が駆けつける。

「だ……大丈夫……」

薫は気丈にそう答えるが、葵から見てダメージは深刻そうだった。

「くそっ、いったん引き上げや! あんた、覚えときや!
次はギタギタにして尻の毛まで抜いたるからな!」

葵は海坊主に対して中指を立てると、薫を抱えてテレポートをして逃げ出した。


---------------


『——で、薫も背古井はんも宿につくなりバタンキューしてもうて、
ウチと紫穂だけや。紫穂はオバケ相手には期待できへんし、
明日の予知の時間までに二人が回復すればええんやけど……』

呉竹寮からの帰り道、皆本は葵と電話で話していた。

チームの指揮官と攻撃の主力がいきなりやられてしまい、途方にくれた葵が
頼りに出来る人間といえば皆本しか思い浮かばなかったのだ。

「そうか……不安だな。『ザ・ダストスパート』を救援に出動させたい
ところだけど、まだ由羅ちゃんが回復しきっていない。
局長に、他のチームを救援に向かわせるように言っておくよ」

そんなやり取りをしてから、皆本は携帯電話を切った。

すると、向こうからたむろが歩いてくるのが見える。

皆本と同様にさっきまで電話をしていたらしく、すばやく端末を携帯にしまった。

「あ、皆本さん、こんばんは」

「こんばんは、たむろくん。どうしたんだい、こんな時間に?」

皆本の質問に、たむろは手に持っている風呂桶と手ぬぐいをかかげて見せた。

「銭湯行ってきた。今からバベルの宿直室に戻るとこだから」

「ああ、なるほど」

そう言って相槌を打ちながらも、早く部屋を借りればいいのかと皆本は思う。

「ところで皆本さん、さっきの電話『ザ・チルドレン』から?」

「ああ……そうだけど?」

皆本は聞き返す。

「もしあの子たちがピンチっていうなら、オレだけでも出られます。
テレポートを使えば今日中にだって合流できる」

先日の失態を補いたいとでも言うのか、たむろは積極的に救援に立候補した。

「……」

皆本はしばし、思案した。

「いいだろう、ただしボクは由羅ちゃんの回復まで合流できない。
あと、局長にはボクから言っておくよ」

「よっしゃっ! それじゃ、行きます」

皆本の返答に、たむろはやる気を出したのか、走ってバベル本部へと戻っていった。

そんなたむろを眺めながら、皆本は再び携帯電話を取り出した。

(まずは葵に……いや、それより先に——)

 ピ ピッ ピ

番号を入力するとしばらくコール音が鳴り響く。

 ガチャ

そして、割と早めに、その電話相手は出た。

『皆本さん? なにか忘れ物ですか?』

「いや、違うんだ、実は——」

そうして皆本は何か話し始めた。


---------------


民宿の静かな和室に、三人の少女がいる。

一人は布団の上で仰向けに倒れ、その左右に二人が座っていた。

「この分だと、明日は薫ちゃんは出さない方が良さそうね」

紫穂が、ぐったりした薫をながめて言った。

「皆本はんのあの言い方やと救援もあまり期待できへん。
しゃあない、明日はウチ一人で出るわ。海坊主倒すのはキツいかもしれんけど
予知の事故防止だけならなんとかなるやろ」

葵は決意を込めるように、拳を握りしめる。

「わたしも……頑張って現場に出てみるわ。
海坊主が幽霊とか妖怪と決まったわけじゃない……
いえ、そんなハズないんだから!」

紫穂は震えながらそう言った。

「気持ちは嬉しいけど、無理せんといてや。
紫穂にまで倒れられたらホンマにウチ一人やで」

葵は額に冷や汗を流した。

「とりあえず、明日のためにももう寝ましょう。
まずは、薫ちゃんを着替えさせて……」

「そやな……」

そんなことを話して、紫穂と葵は二人がかりで薫の服を脱がせていった。

そこで、いきなりガラリと引き戸のフスマが開かれた。

「待たせたなガキども! オレが救援にきた!」

葵と紫穂がけげんな顔で見上げると、そこにはゴミまみれの男がいた。

その二人のにらみつけるような表情に、ゴミまみれの男——たむろは首を傾げる。

「ん……どうした?」

そうしてよく見ると、葵と紫穂の間に挟まって、上半身裸の薫が倒れていた。

まだ中学生であるにも関わらず、薫の胸部はなまじな大人よりもよっぽど大きく
膨れ上がっていた。

たむろも思わず顔が赤くなる。

「あ、やべ……」

たむろはとっさにきびすを返して逃げようとするが遅かった。

「『やべ』とちゃうわ、このボケ!」

「変態! ロリコン! ゴキブリ男!」

たむろは葵のテレポートによって顔をタタミの中に埋めつけられ、逆さになった
胴体を紫穂のワイヤーガンによって縛られた。

「んーっ んーっ!」

口答えしようと思っても、顔が埋め込まれているのでは何もしゃべれない。

それでもたむろが何か言おうとしているのは伝わったので、紫穂は接触感応で
言いたい事を読み取ろうとした。が——

「あ、透視妨害つけてる! 生意気!」

「なんやて、ますます許せへん!」

葵と紫穂は容赦なく、たむろに蹴る殴るの暴行を加えた。

「んーっ、んが、んんーっ!(任務中だから当たり前だろ!)」

そんなたむろの心の声は、二人には届かなかった。

今回はここまで


来週のサンデーはGSが復活するとのことだから買わざるを得ない。あとたむろさんすっかり弄られキャラが板についてるなwwww

>>133
レスありがとうございます
GS美神は本当にまさかですね
チルドレンの三人は悪ガキの方が書いてて楽しいのでつい(苦笑

たむろ、葵、紫穂の三人が、ボートに揺られて海上に漂っていた。

「やっぱり、安いボートだと揺れが大きいわね」

「もうちょっと、ええの借りれんかったんか?」

海の上でも、紫穂と葵はぶつくさと不満を言った。

「オレの金で借りたんだから文句言うな。お前らの方が給料高いくせに」

たむろは乗り心地の悪さを訴える二人よりもさらに機嫌の悪そうな顔をしていた。

「任務にかかる費用なんだから、後でバベルに請求すれば良いだけでしょ」

「海坊主に沈められた場合、そのツケがバベル経由でオレにまわってくるから
安めのボートにしたんだよ」

紫穂の質問に、たむろは呆れ気味にそう答えた。

年齢的にも、局長のさじ加減からしても、たむろの場合は『ザ・チルドレン』
のように全てを破壊しつくしておいてツケが回ってこないということはない。

「あれ?」

そんな時、葵が何かに気が付いた。

「出たか!?」

たむろは海坊主出現かと思って身構える。

「ひっ!」

紫穂は数珠と十字架とお守りで武装した。

「いや、海坊主やない。あそこの女の人、昨日もおったなって思うて」

そう言って葵が指差した方向には、一人でボートを操縦する女性の姿があった。

「こんな季節に、あんな女の人が一人で?」

たむろは双眼鏡で覗き込む。

ボートを操縦していたのはなかなか綺麗でまだ20代と思われる女性だった。

そのボートはレンタル屋に置いていたものと形式が違う。

おそらく私物だろう。

ボートを私有できるほどの金持ちで、ルックスも悪くない若い女性が
たった一人で季節外れのリゾート地に遊ぶ。

その光景に、たむろは違和感を覚えた。

「……ちょっと、声かけてみるか」

あ、上のは『絶ゴミ092』です

つぶやくように、たむろは言った。

「ナンパする気?」

「任務中やのに!? フケツ!」

「注意を促すだけだ! どっかの色ボケドクターと一緒にすんな!」

たむろは半ギレになって叫ぶ。

そうして三人を乗せたボートは女性のボートに近づいた。

「すいませーん、オレ達バベルの者です。現在このへんで海難事故が
予知されてるからご注意くださーい!」

ようやく声が届くぐらいの距離に入ると、たむろは大声で女性に呼びかけた。

「そ、そう。ご苦労様です」

女性はそれだけ言うと、逃げるように方向転換した。

「あらら、たむろさんフラれちゃったわね」

紫穂がクスリと笑う。

「だから違うっつーの! 避難してくれたんだろ、良かったじゃねーか」

「まあまあ、どこかの色ボケ医者もナンパは数だって言ってたから落ち込まないで」

たむろの反論にも、紫穂はズレたなだめ方をするだけだった。

「今の人、昨日も一人やったな」

そのとき葵がつぶやいた。

「そうなのか?」

「ああ。昨日は岩場で一人海を眺めてたで」

葵の答えに、たむろはますます気になるものを感じた。

「やっぱり失恋旅行かしら?」

「それでたむろはんみたいな変な男に声かけられたら、そりゃ気分ぶち壊しやわな」

一方、紫穂と葵はのん気におしゃべりをする。

「誰が変な男だ!」

たむろがそんなことを叫んだ時だった。

急に三人の目の前の海面が浮き上がった。

そして、海水は徐々に巨大な人の頭のようなものを形成していく。

「来たでぇ!」

薫がやられた分のリベンジマッチと言うこともあり、葵は意気盛んに飛び上がった。

「ひぃっ!!」

紫穂はさっそく、数珠と十字架とお守りをフル装備する。

『バ〜ケ〜ツ〜、よ〜こ〜せ〜』

上半身全部を現した海坊主に、葵は空中に浮いて対峙する。

「待て、葵!」

そして、今にも戦おうとする葵を、たむろが制止した。

「オレが海坊主の中にテレポートするから、葵は相手をひきつけながら
ボートごとテレポートして逃げ回ってくれ!」

「!?」

毅然と指揮をとるたむろを、葵はハトが豆鉄砲を食らったような目で眺めた。

「なんだ、不服か?」

「いや、たむろはん意外としっかりしてんねんな」

葵はメガネの位置を調整しながらそう答える。

「おまえなぁ……オレを何だと……」

たむろはハァっとため息をもらした。

「でも、相手が本物の妖怪やったら中に入った瞬間お陀仏かもしれんで?」

気を取り直した葵がようやくたむろに聞き返した。

「いや、大丈夫だ。オレには見える。ヤツの腹の中にゴミ置き場があるのが!
お前も瞬間移動能力者なら超感覚で何か見えるだろ」

「なんやて!?」

たむろの言葉にハッとして、葵は目を閉じ神経を研ぎ澄ませてみた。

瞬間移動能力者は、転送の能力だけではなく空間認識の能力も持っている。

その両方が組み合わさってはじめて瞬間移動は可能となる。

だから、すぐれた瞬間移動能力者は空間認識においても一流なのだ。

「……あ! あれは!?」

葵が何かに気が付いたその瞬間に、バケツをもらえなかった海坊主はやはり
ボートを沈めようとゴミを吐いてきた。

「今だ!」

たむろはゴミが降って来ると同時にテレポートをした。

「うわっ、ゴミ吐くんかいな!? キモいやっちゃ!」

一方の葵も、ボートごとゴミを避ける。

そして、葵は放心状態になっている紫穂の肩を揺らした。

「目ぇ覚ますんや、紫穂! あの海坊主はオバケやあらへん!」

「え……そ、そうな……の?」

別に何もされていないのに、紫穂は目の焦点すら合っていない。

「ああ、あいつは、下になんかでっかい金属の塊がある。
せやから気ぃ取り戻して、ボートの運転頼む!」

「わ、分ったわ!」

紫穂はようやく正気を取り戻してボートのハンドルを握った。

中学生なので免許が持てず、緊急事態でなければ法的に運転できないが、
超度7の接触感応能力者の紫穂にかかればボートの運転ぐらいわけはない。

たむろよりも明らかに軽快に、紫穂はハンドルをさばいて海坊主に向かった。


---------------


海坊主の中の大きなゴミいれの中から、たむろはひょこっと顔だけのぞかせた。

どうやらこれは潜水艦の内部らしい。

あたりには豚と『P』の字を合わせたロゴがデザインされたTシャツを着た男たちが
何名か見える。

(豚と『P』……こんな下らないことに潜水艦までもちだす組織は
やっぱり『完全の豚(パーフェクトン)』か!)

たむろとしては、ここで内部から一網打尽といきたいところだが念動能力者
としては超度2しかないので、大人数相手には厳しい。

そうしてチャンスをうかがっていると、少しいでたちの違う人間も現れた。

一人は白髪で長いチョビヒゲの生えた男……クライド=バロウ。

そして、サングラスと顔の傷がトレードマークの米内たかし。

さらにもう一人、小伝馬高校に現れたヘルメットを被った女だ。

(たしか、皆本さんやガキどもは『ファントム・ドーター』って呼んでたか)

ファントム・ドーターは小伝馬高校では気絶者二人と自分自身を宙に浮かせて
飛んで逃げるという芸当を見せている。

そんなことが出来るのは高超度の念動能力者としかたむろには考えられなかった。

そして、クライドは念動と瞬間移動の複合能力者、米内たかしも変則念動能力者だ。

(念動能力者が三人もいれば、あの薫にも勝てるわけだ)

まずい、とたむろは思った。

念動能力者三人を相手に、ゴミからゴミへのテレポートしかできない
瞬間移動能力者が勝てるはずなど無い。

見つかれば終わりだ、しかしこのまま隠れていてもボートごとテレポートして
敵をひきつけている葵をつかれさせるだけだ。

どうするべきか、たむろは悩む。

しかし、じっくり考えている時間は無かった。

「誰かそこにかくれてるじゃなーい?」

瞬間移動能力者でもあるクライドが、その鋭敏な感覚でたむろを見つけたのだ。

「くそっ!」

たむろはゴミに埋もれたまま大きくムチを振るい、あたりにゴミをばら撒いた。

「あ、おまえはんは小伝馬高校で!?」

米内たかしは素早くたむろに飛び掛り、頭をなぐろうとした。

彼の微弱な念動周波を脳に浴びれば、超能力を使えなくなってしまう。

たむろは自分でばら撒いたゴミの上にテレポートしてそれをかわした。

米内たかしのパンチははずれ、ゴミいれの容器を破壊した。

狭い船室内になおさらゴミがちらばる。

「クライド、米内、私一人では海坊主の形体維持と最低限の稼動しかできません」

ファントム・ドーターと思しき女は、戦いには加わらず海坊主の維持に
努めているらしい。

(これなら、イケる!)

たむろはテレポートで逃げ回りながら、ひたすらムチでゴミを散らかした。

「くっ、待つんじゃなーい!」

クライドもテレポートで追ってくるが、その能力ではたむろの敵ではなかった。

いや、たとえ超度7の葵であってもゴミの散乱した部屋の中ではたむろには
追いつけないのだ。

当然、米内たかしや一般『完全の豚』メンバーの攻撃も空振りを繰り返す。

「あかん、こないなもん、あたるかい!」

「だ、誰も追いつけないじゃなーい!」

やがて、たむろは『完全の豚』の一般メンバーからムチで倒し始める。

「ひぃ、助け……」

「ぐえっ!」

味方がやられたと思ったら、次の瞬間には自分が攻撃されているのだ。

ノーマルの『完全の豚』メンバーにはどうしようもない相手だった。

「このままじゃ全滅じゃなーい!」

そう言いながらもさすがにクライドはたむろのムチを際どくテレポートでかわした。

「くそっ」

米内たかしも、念動でムチの軌道をわずかにそらしてなんとか直撃を避ける。

「娘はん、海坊主はもうええ! このゴキブリ男を始末しなはれ!」

米内たかしはファントム・ドーターにそう指示を出した。

「了解」

ファントム・ドーターがそう言うのと同時だった。

船室内の全てのものが壁に押しやられた。

「ぐわっ!」

たむろがテレポートで逃げても無駄だった。

ファントム・ドーターは室内全てを攻撃範囲にしたため室内で逃げても無意味だ。

『完全の豚』のメンバーともども、たむろは壁にたたきつけられる。

(全体にこれほどの攻撃、しかも潜水艦の壁などを破壊しない繊細な力の
入れ具合……超度6以上で仕事の正確さもナオミちゃん並だ!)

そんなことを考えながら、たむろは立ち上がった。

が、すぐにその頭を思い切り殴られた。

「これでしまいや!」

米内たかしのパンチには、彼の独特の念動波がこもっている。

「く……そっ!」

これでしばらく、たむろの超能力は封じられた。

「殺しますか?」

ファントム・ドーターがたむろの処分を問う。

「外にも手ごわいエスパーがいるじゃなーい。
人質にした方がいいんじゃなーい?」

クライドの提案に、米内たかしがうなずいた。


--------------

今日はここまで

レスありがとうございます

原作では壊れたばかりの自動車や飛行機、果物を食べた後のヘタや種も
ゴミとみなしていますから、かなり広い範囲をゴミとみなせるようです

徳川葵(とくがわ あおい)はずっと、死に場所を探していた。

彼女は資産家の娘として何不自由なく育ち、それなりに端麗な容姿と
良好な運動神経や知能も持ち合わせ、まさに順風満帆といった人生を歩んできた。

だが——

(つまらない……)

欲しいと思えば大抵のものは手に入る。

それは他人から見れば羨ましいかも知れないが、彼女にとってはつまらなかった。

オペラも小説も、苦難や試練、時には絶望が訪れるからこそ面白いのだ。

はじめから上手くいくと分りきっていてその通りになるだけの人生などつまらない。

徳川葵には、結婚の時期が迫っていた。

名家の子女として、適齢期のうちに結婚して家庭を持たねばならない。

しかし、結婚してしまえば、ますます彼女の人生は彼女のために設けられた
規定路線へと定まってしまい、もはやつまらない人生から抜け出すことも
できなくなってしまうだろう。

(これ以上つまらなくなる前に、私の人生を終わらせよう)

それが、彼女の胸に宿った決意だった。

だが徳川葵は普通の自殺などしたくはなかった。

せめて、死に方ぐらい面白いものがいい。

『悲劇の令嬢』などと言われるよりは『変な死に方をしたヤツ』として新聞や
週刊誌に名前を載せる方が、彼女の好みに合っていた。

そうして面白い死に方を探し、さまよった末に見つけたのがこの浜に出没する
ゴミを吐く海坊主だった。

(海坊主が、私の人生の最後の舞台よ!)

決意を固めたそのときだった。

「すいませーん、オレ達バベルの者です。現在このへんで海難事故が
予知されてるからご注意くださーい!」

若い男が1人に、中高生と思しき女子を2名乗せたボートがやってきて、
彼女にそんな言葉を残した。

海難事故の予知、それはもしかすると自分の自殺のことではないのだろうか?

そういえば、バベルのボートの後ろに乗っていた少女たちは昨日も会ったが
自殺云々と言っていたのはやはり私の行動が予知に出ていたからなのか?

だとすれば、カマをかけられていたということもありうる。

徳川葵は焦った。

バベルの特務エスパーが妨害するとなれば、簡単には自殺できないだろう。

特務エスパーにも防ぎようの無い、完璧な自殺をしなければならない。

徳川葵は、海上に出現した海坊主と特務エスパーの戦いを眺めながら
チャンスをうかがっていた。

---------------

「な、なにアレは!?」

紫穂は思わず叫んだ。

突如、海坊主の体を覆っていた海水が落下していき、縦長のアンバランスな
建造物だけが後に残ったのだ。

そんなものが海上から浮き出ている様子はなんとも不自然である。

「たぶん、下に潜水艦があって、その上に建て増ししとるんや」

葵は身構えたまま様子をうかがうが、その建造物は動きもしなかった。

「そうだとしても、バランスが悪すぎるわ。あれで沈まないようにするには
かなりの念動能力者が必要よ」

紫穂の言葉に葵がうなずく。

そのときだった。

「そこのエスパー、すぐさま投降するじゃなーい!」

「こいつの命が惜しかったら観念しいや」

海に浮き出た建造物の上に、クライドと米内たかしが現れた。

その二人の足元には縄でイモ虫状態に縛られた五味たむろが倒れている。

「なっ!? たむろはん、捕まってしもうたんかいな!」

「まずいわね……」

葵と紫穂は冷や汗を流した。

敵には普通に戦うだけでも面倒な高超度エスパーが二人いるのに、人質まで
取られてしまっているのだ。

(イチかバチか、奇襲に出てみる?)

(もしものことを考えたらそういうわけにもいかんやろ……)

紫穂と葵は小声で話し合う。

しかし中々結論は出なかった。

人質を取られている以上、奇襲するのも逃げるのも大きなリスクを伴う。

「はよ、決めんかい! このあんちゃんがどうなってもええんか?」

米内たかしは刃物を取り出し、たむろの首筋に当てて見せた。

その時だった。

「せっかく海坊主で自殺できるとおもったのにーっ!!」

わけのわからない金切り声を上げて、一台のボートが海坊主だった変な潜水艦に
向かって突進していった。

「アレはなんなんじゃなーい!?」

「あ、さっきの謎の女やんか?」

「ちょっと、ぶつかるわよ!」

「むがー、むがーっ!」

敵も味方も思いもよらない横槍に困惑した。

 ドンッ

鈍く大きな音を立てて、ボートは潜水艦に衝突した。

その衝撃で、クライドと米内たかしは海に落ちる。

「今や!」

葵はその隙を逃さなかった。

すぐにたむろの元にテレポートし、ついでに謎の女も回収して
自分達のボートに避難する。

「潜水艦の沈没に巻き込まれないように逃げるわよ!」

紫穂は葵たちがボートに乗ったのを確認すると、すばやく舵を切って逃げ出した。

「ちょっと、なんであたしの邪魔をするのよ!」

謎の女がさわぐ。

「何をしたかったんか知らんけど、あんたあのままやったら死んでたで?」

「あなたたちの都合で生かされたくなんてないわよ!」

葵が聞き返しても、女はよく分からない答えを返すだけだった。

「ちょっと待ってね……」

紫穂は、ボートを片手運転しながらそんな女の肩に触れてみる。

「徳川葵、大手財閥会長の孫娘、海坊主に殺されるためにここに来た——」

そして、接触感応で仕入れた女の情報をスラスラと読み上げた。

「ウチと同じ名前なんか……せやなくて、自殺志願者やて!?」

葵が驚きの声を上げる。

「たぶん、予知されていた海難事故というのはこの人の自殺のことね」

紫穂はいたって落ち着いて答える。

警察の捜査に勝手に協力している彼女にとってはわりと日常茶飯事なのだ。

「何が悪いのよ! 私の生き方も死に方も私だけのものよ!」

徳川葵は叫ぶ。

そんな彼女に対して、紫穂はため息を漏らした。

「分っていないわね。あなたみたいに何も成し遂げていない人が
面白い死に方したって回想バンクにも使われず、忘れられていくだけよ!」

「な……なんですって!?」

「死に様が人の心を動かすことがあるのはそれまでの努力や生き方があったからよ。
ただの金持ちがいきなり変な死に方したって、三日もネタにならないわ」

「そんな……」

徳川葵はがっくりとうなだれた。

「あんたら何の話をしとんのや?」

葵がツッコむ。

「んがーっ、んががーっ!!」

そこで、猿轡をかまされたままのたむろが騒いだ。

その声でハッとして葵と紫穂が沈没していく潜水艦の方を見ると、
海上にファントム・ドーターとクライド、米内たかしの三人が浮いていた。

「わしらの大事な船壊しよって、覚えとれや!」

「いつか、お前たちとは決着をつけるじゃなーい!」

「今回は船員を救出して撤退します……が、邪魔をするようならば容赦はしません」

三者三様、捨て台詞を吐き、他の船員たちも浮かせて逃げていく。

「逃げていくわ、追える?」

「当たり前や! ウチをだれやとおもっとんねん!」

紫穂の言葉を受けて、葵が敵の前に急行する。

「むがが、むがぅ!」

そのとき、またもたむろが騒いだ。

もちろん、紫穂にはたむろの言いたいことは分っている。

「ああもう、今ほどくから騒がないの」

そう言っていったんボートを止めると、面倒くさそうに紫穂はたむろの拘束を
ほどいていった。

一方、ファントム・ドーターは葵に対して念動力の弾丸を飛ばした。

「容赦しないと言ったはずです」

葵はそれが頭を貫く直前でなんとか瞬間移動して避けた。

(速っ! 超度6相当はあるんちゃうか……オマケに空中戦では瞬間移動能力者は
消耗が激しくて不利……ここは、短期決戦や!)

葵は覚悟を決める。

「ウチの得意技、受けてみぃ! サイキック・影分身!」

その言葉と同時に無数の葵がファントム・ドーターの周りを囲んだ。

瞬間移動を繰り返すことであたかも分身の術のように見せるのだ。

ファントム・ドーターはそのうち何体かを攻撃するが、次の瞬間には他の場所に
テレポートしているのでまるで当たらない。

「これでしまいや!」

そして、葵は海から拾い上げてきたらしいバレーボール大の岩を持って
ファントム・ドーターの上にテレポートした。

それをぶつけて攻撃するつもりらしい。

が——

「うわっ、なんや!」

ファントム・ドーターは全方位に念動力を飛ばして葵を跳ね飛ばした。

さらに、念動力を大きく葵にぶつける。

葵は激しく海上に叩きつけられた。

「トドメです」

ファントム・ドーターは有言実行で容赦なく、葵に大して鋭く尖らせた
銃弾のような念動を飛ばそうとする。

「させるかぁっ!」

そこに、いきなり叫び声が聞こえたかと思うと、ファントム・ドーターが
横に大きく突き飛ばされた。

「えっ!?」

葵が振り返ると、そこには肩で息をする薫の姿があった。

「ふぅ、間に合ったようですね」

背古井も薫の後ろで浮いている。

「薫! 背古井はん! 大丈夫なんか!?」

そう聞いてくる葵を薫は自分の念動力で浮かせた。

瞬間移動能力者が宙に浮くのはずっとテレポートし続けなければならない上に
葵はもうずいぶん消耗しているように見えたので、薫は気づかったのだ。

「大丈夫……って言いたいところだけど流石に敵の三人相手にするのはつらいかな」

薫がそう言うと背古井もうなずいた。

「薫さんは敵に高超度の念動能力者がいることを見抜いていました。
いくらこちらも高超度とは言え瞬間移動と接触感応だけでは危険だと思い
無理を承知でかけつけました」

背古井は薫に無理をさせた理由を説明する。

そういうやり取りをしている間にも、ファントム・ドーターを含めた
『完全の豚』一行はゾロゾロと逃げていく。

「葵さんも薫さんもダメージを負っている現状では無理に戦うこともないでしょう。
一般人の被害は防いだのですし、今回はここまでにしておきましょう」

背古井がそう言うと、葵も薫もがっくりと肩を落とした。

その時、

「たむろさんが消えたわっ!」

紫穂が叫んだ。

葵、薫、背古井の三人は紫穂の乗るボートの上に向かう。

「縄をほどいた瞬間にテレポートしたのよ!」

「テレポートって……どこへ?」

あたりには全くたむろの姿は見えない。

広い海の上で、一同は呆然とあたりを見渡した。

今回はここまで

「それで、文字資料やコンピューターのデータなどがダメにならないうちに
どうにかしようと潜水艦の中にゴミポートしたわけですか」

「ああ、間違いない」

背古井の問いに、ずぶ濡れのたむろはストレートにそう答えた。

「せやかていくらなんでも無茶やで。沈む潜水艦の中を調査て」

「葵が超感覚でたむろさん見つけられなかったら、終わってたよ?」

口々に責める葵と薫に対して、面目なさそうにたむろはうつむく。

その一方で——

「ね、あなたたち面白いわね! お願い、バベルの活動を見させて!」

「もういい加減にして! 私たちは特務機関なんだから民間人にそうホイホイ
見せるわけにはいかないのよ」

紫穂が徳川葵を追い払うのに苦労していた。

「いくら接触感応能力者でも、言っても無駄な人間には無力なんだなー」

その様子を見て薫が感心したようにつぶやいた。

「こういうのはやはり、生身の人生経験がものを言うのですよ」

背古井はそう言って、自信ありげに徳川葵の前に出た。

「徳川葵さん……バベルに出資してくださると言うのであればオブザーバーとして
われわれの活動を見に来てくださっても結構ですよ」

「「「え!?」」」

『ザ・チルドレン』の三人とたむろは目を丸くした。

そんな条件で素人を現場に出入りさせるのか。けっこう危ない取引にしか思えない。

「いいでしょう。でも、お金を出す限りはちゃんと護衛もつけてもらうわ」

「ええ。それは当然です」

とんとん拍子に話はまとまる。

「ち……ちょっと、それでいいのか!?」

たむろが背古井を問い詰める。

「桐壺局長には敵も多いですから財力や権力を持っている人はできるだけ
味方につけるべきですよ」

背古井は平然とそう答える。

「うわぁ〜、いろんな意味でオトナやなぁ」

感心していいのか呆れていいのか、葵は複雑な表情をした。

「頼りになる味方ならいいんだけどさぁ」

「出資はともかく、現場じゃねぇ……」

薫と紫穂も不安そうに徳川葵をながめた。


---------------


みんなががんばっている中、独身寮で一人風邪と戦う。

普通ならさびしくなるような状況だったが、由羅は違った。

「はい、あーん」

野分ほたるがスプーンですくったプリンを由羅に差し出した。

由羅はプリンを唇でキャッチすると、息を吸い込んで口の中へと運んだ。

「あー、おいしー。ゴメンね、野分さんだって自分の仕事があるのに
つきっきりで看病してもらっちゃって……」

申し訳なさそうな由羅に対し、ほたるは首を横に振って見せた。

「いいの。人のこと心配するよりも、自分の復帰を第一に考えて」

ほたるの言葉に、由羅は思わずうるっときた。

内心、ほたるも皆本狙いで看病していただけだと疑っていた自分を恥じる。

「野分さんって本当にいい人だなー、たむろとはエラい違い」

「それは五味さんは男の人ですもの。つきっきりで看病ってわけにも
いかないでしょう?」

由羅の小さな愚痴に、ほたるはそう返した。

「昔は……それでも良かったんだけど……」

由羅は少し遠い目をしてつぶやいた。

「昔?」

ほたるは首をかしげる。

「あ、精神感応で透視していいよ。隠すほどのこともないし、
全部言葉で説明するのもしんどいから」

由羅は気さくにそう言った。

「それじゃあ、遠慮なく。『ザ・ダブルフェイス』野分ほたる、解禁!」

そうして由羅の精神にサイコダイブしたほたるの目の前に、
幼稚園児ほどに見える女の子と男の子がいた。

その子供たちには由羅とたむろの面影がある。

(そうか。由羅ちゃんと五味さんは小さいときから一緒に
超能力研究施設で育ったのね)

まるで『ザ・チルドレン』の三人のように、いつでもどこでも一緒の
子供の『ザ・ダストスパート』のイメージが次々に映し出された。

その可愛い姿に、思わずほたるの表情は和む。

が、二人が第二次成長期に入ったころ、徐々にたむろが由羅を遠ざけ始めた。

(!?)

お年頃ゆえとか、ほかのガールフレンドに夢中になったとか、そういうことでは
無さそうだ。

研究者たちに賞賛される由羅と、そのそばで居心地の悪そうなたむろのイメージ。

大人たちの間を瞬間移動能力で走り回るたむろと、研究施設から出られない
由羅のイメージ。

(超能力者としての評価は由羅ちゃんの方が高かった——
でも、実戦でしか使えない由羅ちゃんの能力はなかなか陽の目を見られず
普段から使える能力の五味さんは早くから実務に使われた。
それぞれの扱いの差が二人の間の微妙な対立を作り出しているんだわ。
そして、それが解消されることもなく今に至っている)

そこまで透視して、ほたるはふぅっと一息ついた。

「本当は、小さいときみたいに仲良くしたいのね?」

「べ、別にそこまでは……今のトシでそんなの無理だし」

少し照れながら、由羅は答えた。

「無理じゃないわ。恋人になっちゃえばそのぐらいの甘えは許されるわよ」

ほたるの言葉に、由羅は顔を真っ赤にして首をブンブンと横に振った。

「あ、あたしとたむろはそんなんじゃないったら!」

「ふふ、そういう選択肢もあるってことよ」

必死になる由羅をほたるはそう言ってたしなめる。

「それじゃあ、私はそろそろ自分のアパートに戻らなくっちゃ」

そして、ほたるは立ち上がった。

「うん、こんな遅くまで本当にありがとう」

「お大事にね」

別れの挨拶を済ませると、ほたるは静かに部屋を出、寮を出た。

そして、しばらく行ったところで携帯電話を取り出した。

「皆本さん、今日は貴重な情報が手に入ったわ——」

そうしてほたるの姿は闇へ消えていった。


---------------


「と言うわけで元気いっぱい、全快しました!」

由羅は皆本の前でビシッと敬礼をしてみせた。

「こちらもコンディション問題なしだ」

たむろはいたって普通のテンションである。

「よし、それでは今回の任務を説明する。
富士山の清掃活動にまぎれて『完全の豚』がゴミを集めるという予知があった。
我々『ザ・ダストスパート』はゴミの略取を妨害すると共に、『完全の豚』の
メンバーを捕らえることを目標とする」

「「了解!」」

皆本の説明にたむろも由羅もキッパリと返事をした。

「しっかし、これだけの規模の清掃活動になるとどこに『完全の豚』が
紛れ込んでいてもすぐにはわからないな」

たむろはあたりを見回してため息をついた。

「ゴミを運ぶトラックの出入り口は一ヶ所に限定されている。
そこを通るトラックのナンバーを見て、こっちの一覧に登録されていないものが
あれば、それがおそらく『完全の豚』のものだ」

そう言って皆本は二人にB5の用紙を一枚ずつ渡した。

そこにはずらっと車のナンバーが書かれている。

これが、今回の清掃活動で正式に登録されている自動車のものらしい。

「うわぁー、すっごい地味な作業ね」

由羅はその紙を見て冷や汗を流した。

「まあ役所らしい仕事っていったらそうだけどな」

たむろはさっそく駐車されているトラックのナンバーの確認を始めた。

「本来の君たちの仕事じゃないことはわかっている。
しかし、ここまでバベル本部の一般職員を連れて来るわけにもいかなくてね」

皆本もそう話しながら通過する車のナンバーをチェックしているようだ。

その様子を見て、由羅もそこらの車を確認する。

「えーと……あ、軽トラックって4ナンバーなんだ……『へ』の93-17……」

由羅の目はB5用紙をなでまわすように何度か見直した。

「……無い! この車、登録してないわ!」

由羅が大声をあげると、すぐに皆本とたむろがよってきた。

「すぐ行く!」

「確かか!?」

そして、二人もそのナンバーを確認した。

そのとき、

「あのー、俺らのトラックになんかありました?」

「なんじゃ、おぬしら?」

その軽トラックの持ち主らしい男たちが皆本たちの元へやってきた。

「今回の清掃活動に使う車にはナンバーの登録を義務付けられているはずだ。
この車は登録されていないが、どういうことか説明いただけないか?」

皆本の言葉に、男たちは顔を見合わせた。

「おぬしら清掃活動の主催者側のもんかい?」

「いいや、バベルの者だ」

男の問いに、皆本がそう答えると、男たちの目の色が変わった。

「やべぇ、ずらかるぜ!」

その言葉と同時に、男たちは即座に軽トラックに乗り込んで走り出した。

「あ、しまった!」

男たちの逃げ足は想像以上に速く、皆本もたむろも追いつけなかった。

が、すでに由羅は軽トラックの上に乗り込んでいた。

「甘い!」

由羅はトラックの荷台から運転席の後ろへ、車の外壁を突き抜けて腕を伸ばし、
運転をしている男の頭をつかんだ。

「う、うわぁ!?」

運転手も助手席の男もホラー映画のような光景に圧倒されて冷静さを失った。

当然ながら運転が狂い、トラックは道を外れて森林の中を突き進んだ。

「たむろくん、ゴミポートで追えるか?」

「もちろん!」

皆本の問いに、たむろは威勢よく答えるとその辺のゴミを使って瞬間移動した。

「あ、ちょっとまって! 僕も一緒に……」

皆本がそう言った時には既に時遅し、たむろの姿は消えていた。


---------------


「馬鹿、このままじゃ樹海に突っ込んじまうぞ!」

トラックの荷台に現れるなり開口一番、たむろはそう言った。

「誰がバカよ! こいつら逃がすわけにはいかないでしょ!」

由羅は運転手の頭をつかんだままそう答えた。

「とりあえず先に車を動かないようにして——」

そんな言い争いをしている、その隙だった。

助手席の男が、『ミスター・ブー』を由羅の頭に命中させた。

「あ、しまっ……」

由羅の力はみるみる弱り、頭を掴んでいた腕はあっさりと運転手に払いのけられた。

「まずい、逃げろ!」

反撃されるより早く、たむろはとっさに、由羅を突き飛ばした。

由羅の体はトラックから落ちて、落ち葉やコケの積み重なる地面に落下した。

「え? ちょっと、たむろ!?」

驚いた由羅がそう叫んでいる間にも、トラックは猛スピードで森の中を進む。

呆然と立ち尽くす由羅をよそに、トラックとたむろの姿は森の奥へと消えていった。

と、いうわけで季節柄いろいろあって久々のアップになってしまいました

「・・・・・・と、言うわけでたむろくんの行方がわからなくなってからすでに
24時間以上が経っています。他のチームによる捜索では手がかりもつかめず、
我々の出動となりました」

背古井の言葉を、『ザ・チルドレン』の三人はいかにも疑わしいといった表情で
聞いていた。

「他のチームで手がかりもつかめないって、あたしたちにどうしようもなくない?
そういうことに関しちゃ『ザ・ハウンド』とか『ザ・ダブルフェイス』の方が
向いてるんだし」

薫の言うことはもっともで、特殊な合成能力や精神感応などを持つ他のチームに
比べて、『ザ・チルドレン』の能力は直接的な戦闘や力仕事に特化している。

いくら超度7とはいえ、行方不明者の捜索という任務に関して『ザ・チルドレン』が
他のチームよりも適任であるとは思えないのだ。

「たむろくんが今いると思われる青木ヶ原では、樹海の特殊な磁場の影響によって
超感覚は狂わされます。そんな中ではちょっとやそっとでは無効化されない
高い超度が必要になります」

背古井は超度7の三人をおだてているつもりかそんな言い回しをした。

「どうせたむろさんはまたいつもの独断先行なんでしょう?
体力が回復すればテレポートで帰ってくるでしょうし、
心配する義理も必要もないんじゃないかしら?」

それでも背古井の答えにまだ納得がいかず、紫穂も不満を漏らす。

「人里離れた山奥にゴミなんてありませんよ……つまり、たむろくんは
独力では帰れない可能性が高いということです。
独断先行に関しては一度きっちりとしかっておく必要がありそうですが
そのためにもまず身柄の確保をしなければなりません」

「簡単にくたばるタマやとも思えへんけど、助けんわけにもいかんっちゅうわけか」

呆れたように、葵がため息をついた。


---------------


テレポートで樹海に降り立った3人は、思い思いに超能力をつかってみた。

「読み取れる情報が少ないわ……
確かにこの樹海には超能力を狂わせる何かがあるみたいね」

紫穂の言葉に、葵がうなずいた。

「確かに空間認識がうまく働かん。テレポートも少しやりづらいわ」

「こんなトコで全力出せそうなのは、それこそ『ザ・ダストスパート』の
二人ぐらいだよね——あっ!」

薫はつぶやきつつ、気がついた。

だからこそ、この場所での任務に『ザ・ダストスパート』が選ばれたのだと。

「皆本はん、落ちこんどるかもなぁ」

「意外とその辺面倒臭いところがあるものねぇ」

葵と紫穂が言うように、皆本は自分の判断が結果的にミスになったことを
気にするだろう。

「たむろくんが帰らぬ人になってしまえば、皆本主任の心理的な負荷は
なおさら重くなるでしょう。そうならないためにも今回の任務は真剣に
取り組んでください」

背古井の言葉に、『ザ・チルドレン』の3人はうなずいた。

——が、

「なんのヒントもでねー」

面倒くさくなってきた薫が空を飛びながら言った。

「G−23地区、何もあらへん!」

葵は投げ捨てるように、それだけ言ってまたテレポートする。

「情報を透視できそうなモノさえ、ろくに落ちてないわね」

紫穂も、肩をすくめて見せた。

「うーむ、こうも手がかりが無くてはどうしようもありませんな」

背古井も額に汗を浮かべて闇雲に辺りを走り回るぐらいしかできなかった。

『どうやら、お困りのようだね』

そのとき、『ザ・チルドレン』の三人と背古井の脳に、
急にテレパシーが飛んできた。

「あ、これは……」

「グリシャムのじーちゃん!」

三人は、このテレパシーには聞き覚えがあった。

コメリカ合衆国中央情報局の超度7の精神感応能力者、
J・D・グリシャムその人だ。

「あそこや!」

葵が空を指差す、その先には遠くにヘリコプターが見えた。

その機影を確認した薫は、葵と紫穂を念動能力で持ち上げ、自分に引き寄せた。

そしてすぐさま、葵が自分ごとあと二人をテレポートさせる。

『ザ・チルドレン』の三人の、いつもの手馴れたチームワークである。

そのすばやさに、背古井は任務中だと言って止めるひまも無かった。

「三人とも、疲れてないか?」

操縦席に居た若い男が声をかけてくる。

「え、皆本さんまで!?」

彼は、紛れも無く皆本光一その人だった。

「やっほー、あたしもいるわよ」

さらに、ヘリの中には由羅も居た。

「でも、どうして?」

「ふふっ……こんな話を知っているかね?」

紫穂の質問に対して、グリシャムはいつもの口癖を前置きにした。

「五味たむろくんは合衆国での訓練生時代にとある犬と出合った。
その犬は軍用犬になるため訓練を受けていたのだが、妙にたむろくんになついた。
たむろくんは戸惑いながらも、同じ訓練生であるその犬に愛着を抱いた」

精神感応で感情を送り込みながら語りかけるグリシャムの話術に、
『ザ・チルドレン』の三人は、すぐに惹き込まれた。

「ちなみにこいつがその犬ね、『駄ブル』って言うの」

由羅はおっさんのような顔をした、小柄な犬を抱き上げて見せた。

「二重って意味の『ダブル』とかけとんのかな?」

葵がたむろの微妙なネーミングセンスに首をかしげる。

「しかし! この『駄ブル』は能力が足りず、処分されることになった!」

そこで急に、グリシャムは顔を「くわっ」と凄ませて、悲しい感情を送った。

「処分って……そういうことね……」

「えっ、そんなっ!?」

「それだけで死ななあかんてひどいやろ!」

三人はそれぞれグリシャムに訴える。

「それを知ったたむろくんは、走った。 そして、係員に掴みかかり言ったのだ。
『オレがこいつを引き取る』とな……それ以来、駄ブルは彼のペットになったのだ」

「ええ話やー!」

「ううっ……たむろ、いい奴じゃん!」

「足手まといだと思っててゴメンナサイ!」

グリシャムの話に、三人とも涙を滝のように流した。

「あたしも、この話知ってるけど泣けてきちゃった」

由羅まで涙ぐんでいる。

「軍用犬としては使えない駄ブルを任務に連れて行くわけにもいかないから、
たむろくんはコメリカに置いてきたらしいんだ。
でも、駄ブルは実はすごい能力を持っていた——」

皆本が説明を加える。

「すごい能力?」

「実はエスパー犬やったとか?」

「でもそれなら普通の犬とは別枠で軍用犬になれるはずよ」

薫・葵・紫穂はそれぞれ首をかしげる。

「駄ブルはどんな状況下でもたむろくんの臭いだけは嗅ぎ分けられるんだ!」

皆本のセリフに、三人とも目が点になった。

「……たむろ限定?」

恐る恐る、薫がたずねる。

「そ、限定」

その駄ブルを持ち上げながら、由羅がうなずいた。

「普段なら役に立たない能力だが、今回の場合は駄ブルの能力が
役に立つと思ってね、私が連れてきたのだよ」

グリシャムがそう言うと、『ザ・チルドレン』の三人はなるほどとうなずく。

その時、皆本の携帯電話が鳴った。

『背古井です。事情はわかりましたが、たむろくんは日本のエスパーであり、
これは『ザ・チルドレン』の任務です。
コメリカ合衆国の手を借りるわけにはいきません!』

電話に出ると、背古井は一気にまくしたてた。

どうやら『ザ・チルドレン』に付けた通信機から話は聞いていたらしい。

「その点は心配いらない。今日は私は休暇をもらっている。
今回のことはたむろくんの友人として、私個人の私的な協力だ」

グリシャムは落ち着いて答える。

「たむろはあたしを助けるために車にゴミポートして行方不明になったの。
今回は独断先行なんかじゃないのよ! だからお願い私にも手伝わせて」

一方、由羅は必死に訴えた。

「ああ、そういうことなら」

「しゃーないな」

「手がかりなしでやるよりいいしね」

先ほどのグリシャムの話でたむろへの印象が変わった『ザ・チルドレン』の三人が
ノーと言うはずが無かった。

「そういうわけで、背古井さん。我々とグリシャム大佐が捜査に加わることの
許可をお願いします」

皆本の要請に、背古井はしばらく間をおいて考えた。

「……分かりました、許可しましょう。ただし、これはあくまで私と
『ザ・チルドレン』の任務ですから私の指示に従っていただきます」

その言葉で、一同は顔をほころばせる。

「おっしゃ、あたしたちにじーちゃんの精神感応も加わったらサイキョーじゃん!」

「たむろはんぐらいパパッと見つけて連れかえったるわ」

「ま、ここで恩を売っておけばあとあと言いなりにしやすいしね」

『ザ・チルドレン』の三人は、がぜんやる気を出した。

ようやく更新
遅くてスイマセン

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